憤怒する者たち
●
岩石の塊のような妖を、粉砕した事がある。
蔵王・戒で防御を固めた隔者を、叩き殺した事もある。
あれらに比べて、普通の人間の肉体の、何と脆く壊れやすい事か。
ちぎれかけた屍の1つを蹴り飛ばしながら、五樹影虎は呻いた。
「こんな……ゴミみてえな連中を、守るために……兄貴はよ……」
牙を剥くように微笑みながら、歩み寄って行く。
1人の男が、壁にすがりつくようにして怯え、震え上がっていた。
「ま……待て、待ってくれ……俺はもうイレブンじゃあない……イレブンは、もう……」
「解散すんのぁテメエらの勝手だ。俺ぁ1匹1匹、こうやって狩り殺すだけよ」
影虎は拳を握った。
手の甲で、紋章が燃え上がる。
「妖どもは当然、殺し尽くす。七星剣のクソッタレどもも、いずれ皆殺しだ。それはそれとしてな、俺ぁてめえらも生かしとくつもりはねえ……あんだけ散々、俺らとやり合っといてよ。今更アレだ、これからは仲良くしましょうねでやってけると思ってんのか?」
「た……助けて……」
「助かりてえか、そうかそうか」
影虎は身を屈め、男と目の高さを合わせた。そして睨み据えた。
「……じゃ兄貴を返せ。そしたら助けてやるよ」
「な……何を……」
「てめえらによォ、後ろから撃ち殺された兄貴をよお、返せっつってんだよォオオッ!」
紋章の輝く拳を、影虎は叩き込んでいた。
男の首から上が、潰れて壁に貼りついた。その壁に亀裂が広がる。
拍手が聞こえた。
「お見事……これは、あれだねえ。僕たち隔者よりも、君たち覚者の方が、いわゆる一般人の方々に対する恨みつらみが凄い事になってるのかも知れないね。もっとも君はもう覚者ではいられない、僕たちと同じ」
「今、言ったぜ。俺はよ」
呑気に手を叩いている男に、影虎は眼光を向けた。
「俺ぁな、てめえら七星剣の連中だって生かしとくつもりはねえ」
「それでいい。君は自分の復讐のために、僕たち七星剣の組織力を利用すればいいのさ」
七星剣隔者、黒崎竜一郎。
この会社を突き止めるには、確かに彼ら七星剣の探索力が必要だった。
都内。とある企業の社屋入り口、エントランスホール内である。
いくつもの屍が、床に転がり、壁に付着し広がっていた。
何故あの時、これをやらなかったのか。
妖と戦う前にイレブンの戦闘員を皆殺しにしておけば、兄が後ろから撃たれる事もなかったのだ。
今更どうしようもない後悔だけが、影虎の胸中で渦巻き、燃え盛る。
「この会社にいた元イレブン関係者は全員、君が始末した。そうではない社員も何人か巻き添えになったようだが、大丈夫なのかな? 五樹君的には」
「構わねえよ。イレブンのクソどもを匿ってやがった連中だ」
行き場所を失った元イレブン構成員を、好意的に雇い入れている企業がいくつかある。ここも、その1つだ。
「僕はこの後、君を八神様に推挙しようと思っている。七星剣の未来を担う隔者としてね」
黒崎が言った。
「八神様にお会いすれば、君も考えが変わるよ」
「いいね。八神勇雄は、その場で俺がブチ殺す」
「あの方はね、そういう若者が大好きなのさ」
言いつつ黒崎が、殺戮の場となったエントランスホール内を見回した。
「これで君はファイヴには戻れない、そしてファイヴから狙われる身となったわけだが」
「兄貴のいねえファイヴになんざぁ、未練はねえ……」
憎悪の炎が、影虎の胸の内で燃え猛る。
ファイヴは自分を、そして兄を、裏切ったのだ。
「実に……痛々しい演説だったね。気の毒すぎて見ていられなかったよ。いや見たけれど。酒を飲んで、笑いながらね」
黒崎が、楽しげに嘲笑った。
「彼ら彼女らは、自分たちが人間だと思っている。人間でありたいと願っている。自分たちが化け物であるという現実から、懸命に目をそらせようとしているのさ。まったく、笑えるほどに涙ぐましい」
あの演説は、影虎の心を粉々に打ち砕いた。影虎を、闇の中へと突き落とした。
いずれファイヴは組織として、イレブンへの反撃攻勢に出てくれるものと影虎は思っていた。
イレブンを、叩き潰してくれる。そう思っていたのだ。兄の仇を取るための戦いを、いずれ始めてくれると。
自分は当然、その先頭に立って、憤怒者などと名乗る狂信者たちを片っ端から殺し尽くすつもりでいた。
ファイヴがそれをしてくれないのであれば、自分がやるしかない。こうして七星剣を利用しながらだ。
「ファイヴは、やり方を誤った」
黒崎が言った。
「イレブンなど力で叩き潰すべきだったのさ。皆殺しにして、後腐れを無くすべきだった。血を流さない戦いにこだわったせいで、くすぶるものが残ってしまった。こうして……君のような怪物が、覚者の中から現れる事にもなってしまったね」
「憎しみの連鎖……それも、いいじゃねえか。なあ」
この場にいない、ファイヴの元仲間たちに、影虎は牙を剥いて微笑みかけた。
「やろうぜ! どいつもこいつも全員、死んじまうまでよォ!」
岩石の塊のような妖を、粉砕した事がある。
蔵王・戒で防御を固めた隔者を、叩き殺した事もある。
あれらに比べて、普通の人間の肉体の、何と脆く壊れやすい事か。
ちぎれかけた屍の1つを蹴り飛ばしながら、五樹影虎は呻いた。
「こんな……ゴミみてえな連中を、守るために……兄貴はよ……」
牙を剥くように微笑みながら、歩み寄って行く。
1人の男が、壁にすがりつくようにして怯え、震え上がっていた。
「ま……待て、待ってくれ……俺はもうイレブンじゃあない……イレブンは、もう……」
「解散すんのぁテメエらの勝手だ。俺ぁ1匹1匹、こうやって狩り殺すだけよ」
影虎は拳を握った。
手の甲で、紋章が燃え上がる。
「妖どもは当然、殺し尽くす。七星剣のクソッタレどもも、いずれ皆殺しだ。それはそれとしてな、俺ぁてめえらも生かしとくつもりはねえ……あんだけ散々、俺らとやり合っといてよ。今更アレだ、これからは仲良くしましょうねでやってけると思ってんのか?」
「た……助けて……」
「助かりてえか、そうかそうか」
影虎は身を屈め、男と目の高さを合わせた。そして睨み据えた。
「……じゃ兄貴を返せ。そしたら助けてやるよ」
「な……何を……」
「てめえらによォ、後ろから撃ち殺された兄貴をよお、返せっつってんだよォオオッ!」
紋章の輝く拳を、影虎は叩き込んでいた。
男の首から上が、潰れて壁に貼りついた。その壁に亀裂が広がる。
拍手が聞こえた。
「お見事……これは、あれだねえ。僕たち隔者よりも、君たち覚者の方が、いわゆる一般人の方々に対する恨みつらみが凄い事になってるのかも知れないね。もっとも君はもう覚者ではいられない、僕たちと同じ」
「今、言ったぜ。俺はよ」
呑気に手を叩いている男に、影虎は眼光を向けた。
「俺ぁな、てめえら七星剣の連中だって生かしとくつもりはねえ」
「それでいい。君は自分の復讐のために、僕たち七星剣の組織力を利用すればいいのさ」
七星剣隔者、黒崎竜一郎。
この会社を突き止めるには、確かに彼ら七星剣の探索力が必要だった。
都内。とある企業の社屋入り口、エントランスホール内である。
いくつもの屍が、床に転がり、壁に付着し広がっていた。
何故あの時、これをやらなかったのか。
妖と戦う前にイレブンの戦闘員を皆殺しにしておけば、兄が後ろから撃たれる事もなかったのだ。
今更どうしようもない後悔だけが、影虎の胸中で渦巻き、燃え盛る。
「この会社にいた元イレブン関係者は全員、君が始末した。そうではない社員も何人か巻き添えになったようだが、大丈夫なのかな? 五樹君的には」
「構わねえよ。イレブンのクソどもを匿ってやがった連中だ」
行き場所を失った元イレブン構成員を、好意的に雇い入れている企業がいくつかある。ここも、その1つだ。
「僕はこの後、君を八神様に推挙しようと思っている。七星剣の未来を担う隔者としてね」
黒崎が言った。
「八神様にお会いすれば、君も考えが変わるよ」
「いいね。八神勇雄は、その場で俺がブチ殺す」
「あの方はね、そういう若者が大好きなのさ」
言いつつ黒崎が、殺戮の場となったエントランスホール内を見回した。
「これで君はファイヴには戻れない、そしてファイヴから狙われる身となったわけだが」
「兄貴のいねえファイヴになんざぁ、未練はねえ……」
憎悪の炎が、影虎の胸の内で燃え猛る。
ファイヴは自分を、そして兄を、裏切ったのだ。
「実に……痛々しい演説だったね。気の毒すぎて見ていられなかったよ。いや見たけれど。酒を飲んで、笑いながらね」
黒崎が、楽しげに嘲笑った。
「彼ら彼女らは、自分たちが人間だと思っている。人間でありたいと願っている。自分たちが化け物であるという現実から、懸命に目をそらせようとしているのさ。まったく、笑えるほどに涙ぐましい」
あの演説は、影虎の心を粉々に打ち砕いた。影虎を、闇の中へと突き落とした。
いずれファイヴは組織として、イレブンへの反撃攻勢に出てくれるものと影虎は思っていた。
イレブンを、叩き潰してくれる。そう思っていたのだ。兄の仇を取るための戦いを、いずれ始めてくれると。
自分は当然、その先頭に立って、憤怒者などと名乗る狂信者たちを片っ端から殺し尽くすつもりでいた。
ファイヴがそれをしてくれないのであれば、自分がやるしかない。こうして七星剣を利用しながらだ。
「ファイヴは、やり方を誤った」
黒崎が言った。
「イレブンなど力で叩き潰すべきだったのさ。皆殺しにして、後腐れを無くすべきだった。血を流さない戦いにこだわったせいで、くすぶるものが残ってしまった。こうして……君のような怪物が、覚者の中から現れる事にもなってしまったね」
「憎しみの連鎖……それも、いいじゃねえか。なあ」
この場にいない、ファイヴの元仲間たちに、影虎は牙を剥いて微笑みかけた。
「やろうぜ! どいつもこいつも全員、死んじまうまでよォ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者7人の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
お世話になっております。ST小湊拓也です。
元イレブン構成員を多人数、雇用している会社の1つが、隔者の集団に襲われます。
時間帯は真昼。場所はその社屋の入り口前広場で、隔者たちは今まさにエントランスホール内に突入しようとしております。
夢見の情報を得た覚者の皆様に、それを妨害していただくところが状況開始です。その時点では、まだ人死には出ていません。
敵の構成は以下の通り。
●五樹影虎(前衛)
男、16歳、火行彩。元ファイヴ覚者。
以前、イレブンの戦闘部隊が妖の群れに襲われた事件があり、救援作戦へ兄・五樹影清と共に参加した事があります。
その戦闘中、影清は、救助対象であるイレブン戦闘員による背後からの狙撃を受け、命を落としました。
イレブン関係者を、皆殺しにする。それだけが影虎の行動指針・行動原理なのです。
現場は昼間なので、人通りもあります。ただ戦闘中は通行人・一般人に危害を加える事はありません。オープニングにあるような虐殺モードに入るのは、覚者の皆様全員が戦闘不能になった後であります。じっくり時間をかけての復讐です。
使用スキルは『五織の彩』『灼熱化』『豪炎撃』『鋭刃想脚』で、1ターン目には必ず『灼熱化』を使います。
●黒崎竜一郎(中衛)
男、25歳、水行暦。七星剣隔者。武器は、妖力を持つ日本刀。
使用スキルは『錬覇法』『水龍牙』『氷巌華』『潤しの雨』で、1ターン目には必ず『錬覇法』を使います。
●七星剣隔者・木行械(前衛・2人)
黒崎の部下。武器は鞭で、使用スキルは『機化硬』『深緑鋭鞭』『仇華浸香』。五樹影虎の左右に布陣します。
●七星剣隔者・天行翼(後衛・3人)
黒崎の部下。武器は魔力のある杖で、使用スキルは『エアブリット』『雷獣』『脣星落霜』。
全員、普通に戦って体力を0にすれば、とりあえず死ぬ事なく行動不能となります。その後の生殺与奪は皆様次第であります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年12月21日
2017年12月21日
■メイン参加者 6人■

●
これからが大変なのよね、きっと。
演説の後、彼女はそう言って微笑んだ。
彼女のような覚悟が、自分は出来ていなかったのかも知れない。『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は、そう思った。
自分たちの言葉を、否定される。その覚悟がだ。
「否定されたら……そっからどーすんのか、って話だよな」
仲間5人と共に翔は今、隔者たちの眼前に立ち塞がっている。
自分たちの背後には、放っておけばこの隔者たちに今から殺されるであろう人々がいる。元イレブン構成員を、積極的に雇用している会社。窓から、社員たちが不審そうに不安げに、こちらを見下ろしている。
全員に、逃げてもらいたいところではあるが。
「日々のお仕事ってのは大事だぜ。俺らの都合で、止めさせるワケにゃいかねえ」
翔の肩を軽く叩きながら、『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が前衛に出た。
「真面目に働いてる人たちに迷惑かかんねえうちによ、終わらして退散してえからよ……とっとと始めようぜ」
「ファイヴ……か」
隔者7名の中心的存在……七星剣の水行暦・黒崎竜一郎が、こちらを睨みながら笑う。
「夢見を片っ端から暗殺する作戦を、そろそろ八神様に具申するべきかも知れないね」
「そんな事はさせないし、あんた方が今からやろうとしてる事も止めてみせる」
言いつつ翔と並んで中衛の位置に立ったのは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
桃色に輝く瞳が、隔者たちの前衛中央にいる少年を見据えた。
「いろいろ言いたい事はあるけど当然、聞く耳持っちゃいないだろうから……あんたたち全員、ぶっ倒すよ」
「五樹影虎、だったね」
その少年の名を呼びながら『ニュクスの羽風』如月彩吹(CL2001525)が翼を広げ、火行因子を活性化させる。
「ここから先、進ませるわけにはいかない。それと、青少年をそそのかす七星剣の面々……お前たちは、ここから先にも後にもどこへも行かせない。お縄になってもらうよ」
「そそのかしてはいない。この五樹君はね、自分の意志で復讐の道を歩いているのさ」
黒崎が言った。
「彼の復讐は至極、正当なもの。八神様はね、曲がった事が大嫌いな御方なんだ。正当な報復行為に、だから七星剣は協力を惜しみはしないよ」
「僕は……復讐を、否定したくはない」
感情を押し殺しているのは、『影を断つ刃』御影きせき(CL2001110)だ。
「僕に、そんな資格はないから……だけど連鎖は止めるよ。際限のない復讐の繰り返しは、止めなきゃいけない」
「……連鎖、か」
五樹影虎が、言葉を発した。
「復讐の連鎖……それも、いいじゃねえか」
「何だと……」
翔は息を呑んだ。一瞬、息が詰まるほどの怒りであった。
影虎の口調は、穏やかだ。
「やろうぜ? どいつもこいつも、死んじまうまで」
「……ふざけるなよ、お前」
翔の声が、低く震えた。
「連鎖を、止めたい……あの番組でそう言ってたのはな、オレの従姉妹の姉ちゃんだ。お前みたいな目に遭って、苦しんでた。言ったってわかんねーだろうけどな」
連鎖を、止めたい。
苦しみながら彼女は、その結論を導き出したのだ。
「おい影虎、復讐すりゃお前はスッキリするだろうよ。その後、死んだっていい。そう覚悟してるつもりだろーがな、お前の周りの人間はどうなる? お前の友達は!? お前が殺した奴の身内がな、お前の友達を殺しに来る。連鎖ってのは、そういう事なんだぞ! 姉ちゃんはな、そういうのを止めようとして」
「いねえよ、俺に友達なんざぁ」
影虎は言った。
「俺にはな、兄貴しかいなかった……お前、友達多いんだろうな。守りたい奴、大勢いんだろ。嫌味で言ってるわけじゃあねえ、素直に羨ましいと思う。お前さ、俺になんか関わってねえで、そいつらを守る事だけ考えてろよ」
七星剣隔者……木行械の2名が、影虎の左右で戦闘態勢を取る。天行翼の3人が、黒崎の後方で杖を構える。
その全員を、とりあえず制止するかのように、影虎は言った。
「俺みてえになっちまったら、本当に……どいつもこいつも死ぬまで、止まらなくなるぜ」
「お前……!」
「ここから先、進ませるわけにはいかない。そう言ってたよな? 黒い方の翼のお姉さん」
影虎が、彩吹の方を向いた。
「言われなくたってな、俺ぁこっから先には進めねえ。兄貴を殺した連中が……どっかで今も、のうのうと……生きてやがる……それだけでなあ、俺はこの先1歩も進めねえんだよ……ッッ!」
(……こういう奴と、わかり合う……それが出来なきゃ、憎しみの連鎖を止める事なんて絶対無理……って事だよな? 姉ちゃん……)
わかり合う。
そのための手段に、戦いが含まれる場合もある。
「影虎……今は全力で、お前をぶちのめしに行くぜ」
「相棒、熱くなり過ぎ」
黒くない方の翼人……『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、翔の背中をぽんと叩いた。
「心はヒートアップしても、頭はクールに……ね? 確実な戦いで、絶対に止めよう。影虎ちゃんを」
●
全身に加護が行き渡るのを、彩吹は感じた。
紡の『戦巫女之祝詞』である。
「ありがとう、紡……ええと。これはつまり私に、前衛で身体を張れと」
「今回のメンツで一番頑丈なの、いぶちゃんだからね……か弱いボクを、守ってね?」
「……了解、任されたよ」
前衛で隔者たちと向き合いながら、彩吹は微笑んだ。
「今回は報道陣が来ているわけでもなし……テレビ映りを気にする必要もなし。荒っぽく行かせてもらうよ? 物理的なお話し合いは、得意分野だからね」
「発現してようがしてまいが同じ人間、一緒に妖から人々を守っていきたい」
影虎が言った。
「……そんな事、言ってた奴がいたよな」
「俺だよ」
即答しつつ奏空が、錬覇法・改を発動させる。桃色の瞳が燃え上がり、影虎を睨む。
「文句あるなら、受けて立つけど」
「お前……本気で、思ってやがんのか? あのゴミどもと、一緒に戦える……とかよ」
影虎は笑った。
「妖相手じゃ、足手まといにしかならねえ……囮や盾くらいしか使い道ねえ連中と」
「あんた……一体、何年ファイヴで戦ってきた……?」
奏空が、激怒している。
「一体、何のために戦っていた……? あんたも、それに……あんたのお兄さんだって……人を守るため、じゃないのかよ……」
「お前、兄貴みたいな事言うなあ」
「……そうか。俺、あんたのお兄さんは知らないけど、それじゃ少しはお兄さんの気持ちがわかってるって事かな。じゃあ言わせてもらうぞ五樹影虎! あんた、お兄さんの戦いぶりを何も見ていなかったんじゃないのか!? あんたは今、否定しちゃいけないものまで否定した! お兄さんの想いまでも!」
「何を……当たり前の事、言ってやがる……!」
影虎の全身が、燃え上がったように見えた。灼熱化だ。
「ゴミどもを守るために戦って、ゴミどもに後ろから殺される! そんなもん否定するしかねえだろうがぁあああああッ!」
「お見事……立派な、隔者の考え方だな」
直斗が斬りかかり、妖刀を一閃させる。花びらが散った。
「何かよォ、昔の俺を見てる気分だぜ。鏡をブチ割るような戦いになりそうだ!」
斬撃そのものを、影虎はかわした。
だが斬撃と共に迸った仇華浸香が、影虎を含む隔者の前衛3名を包み込んでいた。
「ぐッ……て、てめ……」
「おい聞け影虎。俺もなぁ、奏空たちが言ってた事ぁ綺麗事でしかねえと思ってる。それに翔、きせき、紡さんに彩吹さん……みんな、綺麗事に命賭けてやがるんだよ。命懸けで、綺麗事に突っ走って……本当に命、捨てられちまったらよ……やりきれねえよなあ、そりゃあ……」
「心配すんな直斗。オレたちゃ死なねー、生きたまんま影虎を止める!」
翔が叫び、雷獣の印を結ぶ。
「そのためにも黒崎! まずはお前だ!」
電光が、黒崎を直撃していた。
直斗が、困惑している。
「ば、バカ野郎。誰が貴様らの心配なんざぁ……」
(……わかるよ直斗。死なれたら、辛いよね)
自分にも兄がいる。彩吹が思う事は、それだけだ。
「それに影虎……兄貴っていう生き物は本当に、弟とか妹のいる所だと張り切り過ぎちゃうからね。それで死なれたら……ごめん。ファイヴは、お前のお兄さんを守れなかった。私が謝っても意味はないかも知れないけれど」
「大切な誰かに死なれたら? 仇を討てばいい、それだけの事!」
黒崎が笑い叫びながら、自身に練覇法を施している。
「そんな当たり前の事を、君たちファイブは頑なに否定し続ける。何かと屁理屈をこねながら! それに我慢が出来なくなっているのは、果たして五樹君1人だけかな? 僕たち七星剣が接触しているのは」
「黙っていろ。私は今、影虎と話をしている……!」
彩吹は踏み込んだが、黒崎を黙らせるためには、前衛の五樹影虎を突破しなければならない。
飛翔ではなく、地上での躍動のために、彩吹は羽ばたいた。鋭利な美脚が、黒い羽を蹴散らすように一閃する。
爆刃想脚が、影虎を直撃した。爆発にも似た気圧変化が、彼の左右の木行械2名を吹っ飛ばす。
影虎自身は、よろめきながらも踏みとどまり、微かに血を吐きながら彩吹を睨む。
直後。電光が、彩吹の全身を灼いた。直斗も、きせきも、稲妻に打たれていた。
隔者後衛の天行翼3名が、一斉に雷獣を放ったのだ。
彩吹は歯を食いしばった。電熱による負傷はあるが、感電の痺れはない。
蹴り飛ばされた2人の木行械が、立ち上がりつつ反撃を繰り出して来る。鞭を振るいながらの仇華浸香。
凶花の毒気が、きせきと直斗と彩吹の身体を侵蝕し、だがすぐに消え失せた。
不思議な力が、覚者前衛3人を、痺れや毒から守り抜いている。
「僕もね、どっちかって言うと前衛無双系の戦い方を目指してるわけだけど……こういう事、出来ないわけじゃあないよ」
きせきの、清廉珀香だった。
「ねえ影虎くん……連鎖は、やっぱり駄目だよ。復讐の連鎖は、復讐とは関係ない人たちまで犠牲にしちゃう時がある。そうなったら誰より苦しむのは、きっと影虎くん自身だと思う。大きなお世話だろうけど、ここは世話を焼かせてもらうよ」
「復讐の連鎖……そんなもん、俺をぶち殺せば終わりだ」
影虎が、牙を剥いた。
「俺が死んでも、悲しむ奴はいねえ。仇を取ろうなんて奴ぁいねえよ」
「……かも知れないね。キミ、ほんとに友達いなそうだもん」
容赦のない事を言いながら、紡が『潤しの雨』を降らせてくれた。水行の癒しが、彩吹の全身に染み渡る。
「だけどね、これから先はどうかなあ? 影虎ちゃんにだって、守りたい誰かが出来るかも知れない。影虎ちゃんを守りたい誰かにだって、会えるかも知れない」
「そりゃ、うざってえな」
「ウザがりながら、苦笑いでも浮かべてなよ。キミが笑えば、いつかは出会うキミの大切な誰かも笑ってくれる……笑顔の連鎖を、ボクは守りたいな」
「やはりファイヴ、君たちの頭の中にはお花畑が咲き乱れているようだな!」
黒崎が叫び、妖刀を抜き放つ。
「君たちは、頭の中に大麻を咲かせている。自分の思想で薬物中毒を引き起こしながら、強大な力を振るっている! たちが悪いと思わないのか? そういう部分もまた、非覚者に嫌われているとは」
「……あんた方が何を言ったって、俺たちの心には刺さらないよっ」
奏空が踏み込み、双刀を同じく抜き放った。
左右の刃が立て続けに、刺突の形に一閃する。バチッ! と電光を帯びながらだ。
2つの刃が、影虎の頑強な胸板に突き刺さり、止まった。だが電光は止まらない。
迸った稲妻が、影虎のみならず黒崎をも直撃していた。
黒崎が悲鳴を上げた。影虎は悲鳴を噛み殺し、踏み込んで来る。中衛に退いた奏空を追ってだ。
その眼前に、彩吹は立ち塞がった。防御の構えを取りながら、影虎を見据えた。
自分にも、兄がいる。彩吹は思った。
あの兄が、命を奪われたとしたら。自分は一体どうなってしまうのか。
眼前で憎悪を燃やす五樹影虎は、もしかしたら自分の姿なのかも知れない。
(直斗の言った通りだね。これは、鏡を打ち砕くような戦い……)
光り輝く拳が、燃え盛る隕石の如く彩吹を直撃した。影虎の、五織の彩。
折れた肋骨が、破裂した内臓を掻き回す。その激痛を噛み殺しながら、彩吹は心の中で呻いた。
(私が、影虎のようになったら……皆に、止めてもらうしかない……こんなふうに……)
●
彩吹が、大量の血反吐をぶちまけながら倒れ伏す。
その瞬間、直斗が自制を失った、ように見えた。怒りの雄叫びを張り上げ、影虎に斬りかかって行く。
吹彩、だけではない。例えば奏空が、あるいは翔が斃されたら、直斗は復讐に走るだろう。
彼の姉は、ある1人の隔者と相討ちになった。共に、死んだ。
その隔者が存命であったとしたら、直斗は全てをかなぐり捨てて命を狙うだろう。
(僕だって……)
直斗と調子を合わせて踏み込みながら、きせきは思う。
家族を、妖に殺された。
それが妖ではなく人間であったとしたらどうか。自分は、復讐を思いとどまる事が出来たであろうか。
(僕に、何か言う資格なんて……ない、のかも知れない。だけど)
「それは君を止めない理由にはならないんだよ影虎くん!」
姿勢低く駆けながら、きせきは不知火を一閃させた。高速で這う毒蛇が牙を剥くかのような、地烈の一撃。
ほぼ同時に、直斗が妖刀を振るう。燻り狂える黒い凶獣の姿が一瞬、見えた。
きせきと直斗。2人の斬撃が、影虎を含む隔者前衛の3人を薙ぎ払った。
「ぐっ……てめえら、やるなぁ……ッ!」
影虎が、血飛沫を噴射しながらも踏みとどまる。その左右で、木行械の2人が倒れて動かなくなった。
黒崎が、妖刀を振りかざしながら悪態をつく。
「役立たずどもが……」
「お前はどーなんだよ、おい!」
翔の掲げたカクセイパッドから、光の矢が迸り出て影虎を貫通し、黒崎それに天行翼の1人を串刺しにした。
影虎は血を吐きながら耐えているが、黒崎は悲鳴を上げている。
「ぎゃあっ……がッ!」
「痛えだろ黒崎。お前だって人間なんだ! お前に殺されるとこだった人たちと何も違わねー、攻撃されりゃ痛くて苦しい!」
翔が叫ぶ。
「化け物でも何でもねえ人間なんだよ、お前もオレたちも!」
「人間……ふ、ふふっ、僕たちが人間だと……こ、こんな……」
黒崎もまた、怒り狂っていた。
「こんな事の出来る人間が一体どこにいる!」
彼の妖刀から、大量の水が生じ、渦を巻いて龍と化し、覚者中衛を襲う。
水龍牙が、奏空を、翔を、切り裂いていた。水と鮮血の混ざり合ったものが飛散する。
「認めろよ、自分たちが化け物だと! 世の連中はどいつもこいつも僕たちを化け物にしたがる! 望み通りにしてやりたいとは思わないのかああああッ!」
「そんな奴らの……言いなりになんて、絶対ならない……!」
彩吹が、よろりと立ち上がりながら影虎にぶつかった。
鎧通し、であった。
影虎の身体を貫通した衝撃が、黒崎に激突する。
崩れるように座り込んだ黒崎が、そのまま白眼を剥いて失神した。
彼の後方に布陣する天行翼の3名が、報復の形にエアブリットを放つ。
それらはしかし彩吹ではなく、紡を直撃していた。
「ボクね……物理で殴られたらヤバいけど、術式攻撃にはちょっと強いんだぁ」
翼にくるまって防御しながら、紡はよろめいている。
「さすがにノーダメージってわけにはいかないけど、こんなのすぐ回復しちゃうよ……駄目駄目。ボクみたいなのは、最初に集中攻撃かけて殺しとかなきゃ」
その翼が開くと同時に、潤しの雨が覚者6人に降り注いだ。
「ジリ貧か……どうやら、ここまでだな」
影虎が、虚ろに微笑む。
「念のため言っておく。俺ぁな、殺されなきゃ止まんねえぞ?」
紡が言っていたのは、こんな笑いではない、ときせきは思った。
●
奏空が、きせきが、彩吹が、3人がかりで影虎の身体を押さえ込んでいる。
黒崎を含む他6人の隔者たちは、死にかけた状態のまま集められ、直斗と翔に監視されている。
捕縛・連行のための人員派遣を、紡が今、中司令に要請したところである。
「畜生……殺せ、殺しやがれ……!」
押さえ込まれた影虎が、弱々しく暴れている。
「てめえら、人の話聞いてねえのか……俺は、殺されなきゃ止まらねえって……」
「話、聞いてないのはキミの方」
紡は、杖の先端のスリングショットで術式を射出した。
影虎の顔面で、水飛沫が散った。癒しの滴だった。
「ボクたちはね、キミを殺しはしないよ」
「か……回復、だと……てめえら、どこまで俺を」
「元気になったんなら、また暴れてくれて構わないよ。僕が1対1で戦う」
きせきが言った。
「ゲームの範疇に収まる戦いで……影虎くんの、憎しみもストレスも発散させてあげるよ」
「その甘さで……君たちは、イレブンなどという狂人たちを許してしまった」
意識を取り戻した黒崎が、呻いている。
「禍根を残した、という事さ……」
「んーっと、そろそろ黙ろうか黒りゅん。エアブリとか思わず撃ち込んじゃう前に」
紡は微笑みかけた。
「まあアレだね。今度からさ、ファイヴの子を勧誘するならボクたち大人にアポ取ってからにしてよね。きっちり対応してあげるから」
「何が出来る、人も殺せないような連中に……」
「なあ紡さん、こいつも回復してやってくんね? 俺が戦うわ、1対1で」
言いつつ直斗が、黒崎に妖刀を突きつける。
「俺の仲間、さんざんコケにしやがった御褒美……激鱗がいいか? それとも猛の一撃にしとく?」
「おい直斗……!」
怒り睨む翔に、直斗は微笑を返した。
「……やらねえよ。奏空の生首、そんなに軽くはねえ」
これからが大変なのよね、きっと。
演説の後、彼女はそう言って微笑んだ。
彼女のような覚悟が、自分は出来ていなかったのかも知れない。『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は、そう思った。
自分たちの言葉を、否定される。その覚悟がだ。
「否定されたら……そっからどーすんのか、って話だよな」
仲間5人と共に翔は今、隔者たちの眼前に立ち塞がっている。
自分たちの背後には、放っておけばこの隔者たちに今から殺されるであろう人々がいる。元イレブン構成員を、積極的に雇用している会社。窓から、社員たちが不審そうに不安げに、こちらを見下ろしている。
全員に、逃げてもらいたいところではあるが。
「日々のお仕事ってのは大事だぜ。俺らの都合で、止めさせるワケにゃいかねえ」
翔の肩を軽く叩きながら、『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が前衛に出た。
「真面目に働いてる人たちに迷惑かかんねえうちによ、終わらして退散してえからよ……とっとと始めようぜ」
「ファイヴ……か」
隔者7名の中心的存在……七星剣の水行暦・黒崎竜一郎が、こちらを睨みながら笑う。
「夢見を片っ端から暗殺する作戦を、そろそろ八神様に具申するべきかも知れないね」
「そんな事はさせないし、あんた方が今からやろうとしてる事も止めてみせる」
言いつつ翔と並んで中衛の位置に立ったのは『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
桃色に輝く瞳が、隔者たちの前衛中央にいる少年を見据えた。
「いろいろ言いたい事はあるけど当然、聞く耳持っちゃいないだろうから……あんたたち全員、ぶっ倒すよ」
「五樹影虎、だったね」
その少年の名を呼びながら『ニュクスの羽風』如月彩吹(CL2001525)が翼を広げ、火行因子を活性化させる。
「ここから先、進ませるわけにはいかない。それと、青少年をそそのかす七星剣の面々……お前たちは、ここから先にも後にもどこへも行かせない。お縄になってもらうよ」
「そそのかしてはいない。この五樹君はね、自分の意志で復讐の道を歩いているのさ」
黒崎が言った。
「彼の復讐は至極、正当なもの。八神様はね、曲がった事が大嫌いな御方なんだ。正当な報復行為に、だから七星剣は協力を惜しみはしないよ」
「僕は……復讐を、否定したくはない」
感情を押し殺しているのは、『影を断つ刃』御影きせき(CL2001110)だ。
「僕に、そんな資格はないから……だけど連鎖は止めるよ。際限のない復讐の繰り返しは、止めなきゃいけない」
「……連鎖、か」
五樹影虎が、言葉を発した。
「復讐の連鎖……それも、いいじゃねえか」
「何だと……」
翔は息を呑んだ。一瞬、息が詰まるほどの怒りであった。
影虎の口調は、穏やかだ。
「やろうぜ? どいつもこいつも、死んじまうまで」
「……ふざけるなよ、お前」
翔の声が、低く震えた。
「連鎖を、止めたい……あの番組でそう言ってたのはな、オレの従姉妹の姉ちゃんだ。お前みたいな目に遭って、苦しんでた。言ったってわかんねーだろうけどな」
連鎖を、止めたい。
苦しみながら彼女は、その結論を導き出したのだ。
「おい影虎、復讐すりゃお前はスッキリするだろうよ。その後、死んだっていい。そう覚悟してるつもりだろーがな、お前の周りの人間はどうなる? お前の友達は!? お前が殺した奴の身内がな、お前の友達を殺しに来る。連鎖ってのは、そういう事なんだぞ! 姉ちゃんはな、そういうのを止めようとして」
「いねえよ、俺に友達なんざぁ」
影虎は言った。
「俺にはな、兄貴しかいなかった……お前、友達多いんだろうな。守りたい奴、大勢いんだろ。嫌味で言ってるわけじゃあねえ、素直に羨ましいと思う。お前さ、俺になんか関わってねえで、そいつらを守る事だけ考えてろよ」
七星剣隔者……木行械の2名が、影虎の左右で戦闘態勢を取る。天行翼の3人が、黒崎の後方で杖を構える。
その全員を、とりあえず制止するかのように、影虎は言った。
「俺みてえになっちまったら、本当に……どいつもこいつも死ぬまで、止まらなくなるぜ」
「お前……!」
「ここから先、進ませるわけにはいかない。そう言ってたよな? 黒い方の翼のお姉さん」
影虎が、彩吹の方を向いた。
「言われなくたってな、俺ぁこっから先には進めねえ。兄貴を殺した連中が……どっかで今も、のうのうと……生きてやがる……それだけでなあ、俺はこの先1歩も進めねえんだよ……ッッ!」
(……こういう奴と、わかり合う……それが出来なきゃ、憎しみの連鎖を止める事なんて絶対無理……って事だよな? 姉ちゃん……)
わかり合う。
そのための手段に、戦いが含まれる場合もある。
「影虎……今は全力で、お前をぶちのめしに行くぜ」
「相棒、熱くなり過ぎ」
黒くない方の翼人……『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、翔の背中をぽんと叩いた。
「心はヒートアップしても、頭はクールに……ね? 確実な戦いで、絶対に止めよう。影虎ちゃんを」
●
全身に加護が行き渡るのを、彩吹は感じた。
紡の『戦巫女之祝詞』である。
「ありがとう、紡……ええと。これはつまり私に、前衛で身体を張れと」
「今回のメンツで一番頑丈なの、いぶちゃんだからね……か弱いボクを、守ってね?」
「……了解、任されたよ」
前衛で隔者たちと向き合いながら、彩吹は微笑んだ。
「今回は報道陣が来ているわけでもなし……テレビ映りを気にする必要もなし。荒っぽく行かせてもらうよ? 物理的なお話し合いは、得意分野だからね」
「発現してようがしてまいが同じ人間、一緒に妖から人々を守っていきたい」
影虎が言った。
「……そんな事、言ってた奴がいたよな」
「俺だよ」
即答しつつ奏空が、錬覇法・改を発動させる。桃色の瞳が燃え上がり、影虎を睨む。
「文句あるなら、受けて立つけど」
「お前……本気で、思ってやがんのか? あのゴミどもと、一緒に戦える……とかよ」
影虎は笑った。
「妖相手じゃ、足手まといにしかならねえ……囮や盾くらいしか使い道ねえ連中と」
「あんた……一体、何年ファイヴで戦ってきた……?」
奏空が、激怒している。
「一体、何のために戦っていた……? あんたも、それに……あんたのお兄さんだって……人を守るため、じゃないのかよ……」
「お前、兄貴みたいな事言うなあ」
「……そうか。俺、あんたのお兄さんは知らないけど、それじゃ少しはお兄さんの気持ちがわかってるって事かな。じゃあ言わせてもらうぞ五樹影虎! あんた、お兄さんの戦いぶりを何も見ていなかったんじゃないのか!? あんたは今、否定しちゃいけないものまで否定した! お兄さんの想いまでも!」
「何を……当たり前の事、言ってやがる……!」
影虎の全身が、燃え上がったように見えた。灼熱化だ。
「ゴミどもを守るために戦って、ゴミどもに後ろから殺される! そんなもん否定するしかねえだろうがぁあああああッ!」
「お見事……立派な、隔者の考え方だな」
直斗が斬りかかり、妖刀を一閃させる。花びらが散った。
「何かよォ、昔の俺を見てる気分だぜ。鏡をブチ割るような戦いになりそうだ!」
斬撃そのものを、影虎はかわした。
だが斬撃と共に迸った仇華浸香が、影虎を含む隔者の前衛3名を包み込んでいた。
「ぐッ……て、てめ……」
「おい聞け影虎。俺もなぁ、奏空たちが言ってた事ぁ綺麗事でしかねえと思ってる。それに翔、きせき、紡さんに彩吹さん……みんな、綺麗事に命賭けてやがるんだよ。命懸けで、綺麗事に突っ走って……本当に命、捨てられちまったらよ……やりきれねえよなあ、そりゃあ……」
「心配すんな直斗。オレたちゃ死なねー、生きたまんま影虎を止める!」
翔が叫び、雷獣の印を結ぶ。
「そのためにも黒崎! まずはお前だ!」
電光が、黒崎を直撃していた。
直斗が、困惑している。
「ば、バカ野郎。誰が貴様らの心配なんざぁ……」
(……わかるよ直斗。死なれたら、辛いよね)
自分にも兄がいる。彩吹が思う事は、それだけだ。
「それに影虎……兄貴っていう生き物は本当に、弟とか妹のいる所だと張り切り過ぎちゃうからね。それで死なれたら……ごめん。ファイヴは、お前のお兄さんを守れなかった。私が謝っても意味はないかも知れないけれど」
「大切な誰かに死なれたら? 仇を討てばいい、それだけの事!」
黒崎が笑い叫びながら、自身に練覇法を施している。
「そんな当たり前の事を、君たちファイブは頑なに否定し続ける。何かと屁理屈をこねながら! それに我慢が出来なくなっているのは、果たして五樹君1人だけかな? 僕たち七星剣が接触しているのは」
「黙っていろ。私は今、影虎と話をしている……!」
彩吹は踏み込んだが、黒崎を黙らせるためには、前衛の五樹影虎を突破しなければならない。
飛翔ではなく、地上での躍動のために、彩吹は羽ばたいた。鋭利な美脚が、黒い羽を蹴散らすように一閃する。
爆刃想脚が、影虎を直撃した。爆発にも似た気圧変化が、彼の左右の木行械2名を吹っ飛ばす。
影虎自身は、よろめきながらも踏みとどまり、微かに血を吐きながら彩吹を睨む。
直後。電光が、彩吹の全身を灼いた。直斗も、きせきも、稲妻に打たれていた。
隔者後衛の天行翼3名が、一斉に雷獣を放ったのだ。
彩吹は歯を食いしばった。電熱による負傷はあるが、感電の痺れはない。
蹴り飛ばされた2人の木行械が、立ち上がりつつ反撃を繰り出して来る。鞭を振るいながらの仇華浸香。
凶花の毒気が、きせきと直斗と彩吹の身体を侵蝕し、だがすぐに消え失せた。
不思議な力が、覚者前衛3人を、痺れや毒から守り抜いている。
「僕もね、どっちかって言うと前衛無双系の戦い方を目指してるわけだけど……こういう事、出来ないわけじゃあないよ」
きせきの、清廉珀香だった。
「ねえ影虎くん……連鎖は、やっぱり駄目だよ。復讐の連鎖は、復讐とは関係ない人たちまで犠牲にしちゃう時がある。そうなったら誰より苦しむのは、きっと影虎くん自身だと思う。大きなお世話だろうけど、ここは世話を焼かせてもらうよ」
「復讐の連鎖……そんなもん、俺をぶち殺せば終わりだ」
影虎が、牙を剥いた。
「俺が死んでも、悲しむ奴はいねえ。仇を取ろうなんて奴ぁいねえよ」
「……かも知れないね。キミ、ほんとに友達いなそうだもん」
容赦のない事を言いながら、紡が『潤しの雨』を降らせてくれた。水行の癒しが、彩吹の全身に染み渡る。
「だけどね、これから先はどうかなあ? 影虎ちゃんにだって、守りたい誰かが出来るかも知れない。影虎ちゃんを守りたい誰かにだって、会えるかも知れない」
「そりゃ、うざってえな」
「ウザがりながら、苦笑いでも浮かべてなよ。キミが笑えば、いつかは出会うキミの大切な誰かも笑ってくれる……笑顔の連鎖を、ボクは守りたいな」
「やはりファイヴ、君たちの頭の中にはお花畑が咲き乱れているようだな!」
黒崎が叫び、妖刀を抜き放つ。
「君たちは、頭の中に大麻を咲かせている。自分の思想で薬物中毒を引き起こしながら、強大な力を振るっている! たちが悪いと思わないのか? そういう部分もまた、非覚者に嫌われているとは」
「……あんた方が何を言ったって、俺たちの心には刺さらないよっ」
奏空が踏み込み、双刀を同じく抜き放った。
左右の刃が立て続けに、刺突の形に一閃する。バチッ! と電光を帯びながらだ。
2つの刃が、影虎の頑強な胸板に突き刺さり、止まった。だが電光は止まらない。
迸った稲妻が、影虎のみならず黒崎をも直撃していた。
黒崎が悲鳴を上げた。影虎は悲鳴を噛み殺し、踏み込んで来る。中衛に退いた奏空を追ってだ。
その眼前に、彩吹は立ち塞がった。防御の構えを取りながら、影虎を見据えた。
自分にも、兄がいる。彩吹は思った。
あの兄が、命を奪われたとしたら。自分は一体どうなってしまうのか。
眼前で憎悪を燃やす五樹影虎は、もしかしたら自分の姿なのかも知れない。
(直斗の言った通りだね。これは、鏡を打ち砕くような戦い……)
光り輝く拳が、燃え盛る隕石の如く彩吹を直撃した。影虎の、五織の彩。
折れた肋骨が、破裂した内臓を掻き回す。その激痛を噛み殺しながら、彩吹は心の中で呻いた。
(私が、影虎のようになったら……皆に、止めてもらうしかない……こんなふうに……)
●
彩吹が、大量の血反吐をぶちまけながら倒れ伏す。
その瞬間、直斗が自制を失った、ように見えた。怒りの雄叫びを張り上げ、影虎に斬りかかって行く。
吹彩、だけではない。例えば奏空が、あるいは翔が斃されたら、直斗は復讐に走るだろう。
彼の姉は、ある1人の隔者と相討ちになった。共に、死んだ。
その隔者が存命であったとしたら、直斗は全てをかなぐり捨てて命を狙うだろう。
(僕だって……)
直斗と調子を合わせて踏み込みながら、きせきは思う。
家族を、妖に殺された。
それが妖ではなく人間であったとしたらどうか。自分は、復讐を思いとどまる事が出来たであろうか。
(僕に、何か言う資格なんて……ない、のかも知れない。だけど)
「それは君を止めない理由にはならないんだよ影虎くん!」
姿勢低く駆けながら、きせきは不知火を一閃させた。高速で這う毒蛇が牙を剥くかのような、地烈の一撃。
ほぼ同時に、直斗が妖刀を振るう。燻り狂える黒い凶獣の姿が一瞬、見えた。
きせきと直斗。2人の斬撃が、影虎を含む隔者前衛の3人を薙ぎ払った。
「ぐっ……てめえら、やるなぁ……ッ!」
影虎が、血飛沫を噴射しながらも踏みとどまる。その左右で、木行械の2人が倒れて動かなくなった。
黒崎が、妖刀を振りかざしながら悪態をつく。
「役立たずどもが……」
「お前はどーなんだよ、おい!」
翔の掲げたカクセイパッドから、光の矢が迸り出て影虎を貫通し、黒崎それに天行翼の1人を串刺しにした。
影虎は血を吐きながら耐えているが、黒崎は悲鳴を上げている。
「ぎゃあっ……がッ!」
「痛えだろ黒崎。お前だって人間なんだ! お前に殺されるとこだった人たちと何も違わねー、攻撃されりゃ痛くて苦しい!」
翔が叫ぶ。
「化け物でも何でもねえ人間なんだよ、お前もオレたちも!」
「人間……ふ、ふふっ、僕たちが人間だと……こ、こんな……」
黒崎もまた、怒り狂っていた。
「こんな事の出来る人間が一体どこにいる!」
彼の妖刀から、大量の水が生じ、渦を巻いて龍と化し、覚者中衛を襲う。
水龍牙が、奏空を、翔を、切り裂いていた。水と鮮血の混ざり合ったものが飛散する。
「認めろよ、自分たちが化け物だと! 世の連中はどいつもこいつも僕たちを化け物にしたがる! 望み通りにしてやりたいとは思わないのかああああッ!」
「そんな奴らの……言いなりになんて、絶対ならない……!」
彩吹が、よろりと立ち上がりながら影虎にぶつかった。
鎧通し、であった。
影虎の身体を貫通した衝撃が、黒崎に激突する。
崩れるように座り込んだ黒崎が、そのまま白眼を剥いて失神した。
彼の後方に布陣する天行翼の3名が、報復の形にエアブリットを放つ。
それらはしかし彩吹ではなく、紡を直撃していた。
「ボクね……物理で殴られたらヤバいけど、術式攻撃にはちょっと強いんだぁ」
翼にくるまって防御しながら、紡はよろめいている。
「さすがにノーダメージってわけにはいかないけど、こんなのすぐ回復しちゃうよ……駄目駄目。ボクみたいなのは、最初に集中攻撃かけて殺しとかなきゃ」
その翼が開くと同時に、潤しの雨が覚者6人に降り注いだ。
「ジリ貧か……どうやら、ここまでだな」
影虎が、虚ろに微笑む。
「念のため言っておく。俺ぁな、殺されなきゃ止まんねえぞ?」
紡が言っていたのは、こんな笑いではない、ときせきは思った。
●
奏空が、きせきが、彩吹が、3人がかりで影虎の身体を押さえ込んでいる。
黒崎を含む他6人の隔者たちは、死にかけた状態のまま集められ、直斗と翔に監視されている。
捕縛・連行のための人員派遣を、紡が今、中司令に要請したところである。
「畜生……殺せ、殺しやがれ……!」
押さえ込まれた影虎が、弱々しく暴れている。
「てめえら、人の話聞いてねえのか……俺は、殺されなきゃ止まらねえって……」
「話、聞いてないのはキミの方」
紡は、杖の先端のスリングショットで術式を射出した。
影虎の顔面で、水飛沫が散った。癒しの滴だった。
「ボクたちはね、キミを殺しはしないよ」
「か……回復、だと……てめえら、どこまで俺を」
「元気になったんなら、また暴れてくれて構わないよ。僕が1対1で戦う」
きせきが言った。
「ゲームの範疇に収まる戦いで……影虎くんの、憎しみもストレスも発散させてあげるよ」
「その甘さで……君たちは、イレブンなどという狂人たちを許してしまった」
意識を取り戻した黒崎が、呻いている。
「禍根を残した、という事さ……」
「んーっと、そろそろ黙ろうか黒りゅん。エアブリとか思わず撃ち込んじゃう前に」
紡は微笑みかけた。
「まあアレだね。今度からさ、ファイヴの子を勧誘するならボクたち大人にアポ取ってからにしてよね。きっちり対応してあげるから」
「何が出来る、人も殺せないような連中に……」
「なあ紡さん、こいつも回復してやってくんね? 俺が戦うわ、1対1で」
言いつつ直斗が、黒崎に妖刀を突きつける。
「俺の仲間、さんざんコケにしやがった御褒美……激鱗がいいか? それとも猛の一撃にしとく?」
「おい直斗……!」
怒り睨む翔に、直斗は微笑を返した。
「……やらねえよ。奏空の生首、そんなに軽くはねえ」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
