その鬼、北方より来り
その鬼、北方より来り



 実の所、自分という存在は人間である。
 正しくは人間であったと言った方がいいのかもしれない。
 自分は何者だと問われれば、勝手に言えば鬼にも龍にも成れようが、他者が認めねば自分は何にもなれないし、何でも無いのだ。
 そこで話を戻すが、自分は自他共に認める鬼なのである。
 生まれながら鬼籍に入り、意味嫌われながら墓の下で育てられた。
 親の身長を超す頃にやっと息ができたのだが、此処に来るまで数百と殺され、その度に命を繰り返したような気もする。
 一眠りしてから気づけば、廻りの人間どもはどいつもこいつもとっくに死んでしまって、見当たる顔は名残ばかりさ。
 死んで命を落とすとは情けない。
 死んでも命だけは落としたら駄目だろう。

 ……やっぱり自分は人間だと思う。

 人間というのは『心』というものがあるという。自分にもあると言える。
 封されて、暗闇のなか、欠伸をしながら過ごすのも飽きるし、目覚めてみりゃあ周囲の風景の変わりように心が躍った。山が少なくなったのは悲しくも思えた。
 しかし何より小さい女の子が泣いている姿は頂けない。ありゃあ喚くとうるさいし、見ているこっちが切なくなる。よく見てみれば、愛らしい顔をしていたから将来は花嫁になって欲しいものだ。
 そこまで入れ込んで、力を貸せといわれたら堪らん。だからちょいと力を貸すのさ。
 暫く力を貸してくれれば、少女が恋焦がれていた自由ってやつをくれるというし、自分としては、惚れた身としては尽くしてやりたい。
 悪いね。やっぱり自分は自他共に認める鬼なのさ。


『昔、自分の姿を見ただけで怯えた人間が、我が身可愛さに娘を差し出し、逃げていった。あれは憐れな娘子だったね。
 自分はとって食おうとも思っていなかったが、三日三晩屋敷に放置している間に、首を括っていた。
 あまりにも綺麗な顔だったもんで、それを肴に酒を飲んだものさ。すぐに腐ってしまったがな』
 カカカ! と笑いながら、頭上の角を揺らす男。
 見た目は二十歳そこらの青年だが、彼が纏う瘴気は人を狂わせる。
 簡単に言えば、彼がそこに存在しているだけで人には毒なのだ。
『おっとお前さん、話を聞いているか? さては聞いていないな。
 死んでいるのか。大丈夫だ、命は落とさなければ幾度死んでも大丈夫だ。
 おや、駄目だったか、命を落とすたぁ情けない』
 本当に残念な顔を見せた鬼であった。心から泣いているようだ。
 しかしきっと明日の朝には忘れるのだろう。永くを生きれば、ひとつふたつの悲しみは麻痺してしまう。
『ここ一帯の者共は全て腐ってしまった。
 いかんいかん、話し相手がいないことには面白みのカケラも無い。
 さて我が花嫁のために、参ろう参ろう』
 そう言って鬼は、誰もいなくなった街を歩きながら森へと消えていった。


「鬼の封印が解かれた」
 久方相馬は集まった覚者たちへそう言った。
 古くより……では無く、丁度7年前に封印された鬼が再び闊歩し始めたのだと言う。
「7年前、封印を破壊したのは狂った隔者だったんだ。鬼を崇拝していた隔者たちって言ったほうがいいか。
 それを当時のAAAが封印し直した。隔者たちも既にAAAに捕らえられたり、討伐されている。でも今回また、封印が壊れたんだぜ」
 そこまで話をして、相馬は溜息をついた。
「その鬼、人里へ向かって歩いている。理由はわからない。あとは独り言が多いから、それを拾ったくらいでそれ以上の情報は無いんだ。
 鬼は瘴気を撒き散らす。
 俺たち覚者はまだ大丈夫だが、覚者以外の存在には毒だ。だから野放しって訳にはいかなくなった。
 けれど……この鬼、なかなか殺すことが出来なくて……だから封印という手段を取っているんだぜ。
 覚者で例えると命数みたいなものを自前でもっている……というか。この鬼が死を意識しない限り、死亡に値する事が身体に発生しても、死が発生しない。俺も、言っていて何が起きている鬼なのか解らないけれど、鬼が鬼のルールで生きているって事。
 この鬼を封印した元AAAの班が到着して封印するまで、どうにかこの鬼を引き止めて欲しい。幸い、この鬼はそんな戦欲は高く無い。
 でも封印されるとわかれば、その限りでは無いから、細心の注意を払って、頼むぜ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.鬼の封印(戦闘開始から15ターン耐える)もしくは説得
2.なし
3.なし
 工藤です、足止めの方法って色々あると思います

●状況
 7年前に封印されていたはずの鬼が再び解放されている
 この鬼は人里へ向かって歩いているようだ。まだ被害は出ていない
 この鬼を封印するか、なんとか人里に近づかないように説得を行う

●古妖
・鬼

 体長2m、端的に言うとゴリマッチョ。右目が潰れており眼帯のようなものをしております
 皮膚は赤色、長い髪を一つに結び、侍を思わせる見た目です
 背中に打刀があります
 足下や、口から紫の瘴気を出し、霧のように纏っています
 戦闘狂では無く温厚。しかし目的があるようなので、それが妨害されるのでしたら限りではない

 戦闘開始(鬼が本格的に戦闘態勢になった瞬間が1ターン目とします)から15ターンでAAAが到着し封印を開始します。ファイヴとしてはこの15ターン耐えれば強制封印で成功です。
 が、封印するためには元AAAが準備を始めますので、工夫が無い限り鬼に何をしようとしているのはバレます

 体力値不明(死亡しない意味で)、物理系、神秘攻撃に弱い
 攻撃方法は……特に目星いスキルは無く、通常物理で攻めてきます

 毎ターン、紫の毒霧の効果により
 速度判定前にBS弱体、BS猛毒、BS痺れをランダムで付与します
 またこの毒霧は戦闘を行わない間でも発生します

 この鬼は戦闘不能はあっても、死亡しません

●場所
 森のなか、足場は悪くはありません

 それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
公開日
2017年12月30日

■メイン参加者 4人■

『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)


 という訳で依頼開始であるが、どういう訳か早朝の五時である。
 空は薄ら赤紫色であり、東の空から昇る太陽のあたりは綺麗な青空で。疎らに見える雲が朝日に反射して輝きながらも、暗い灰色も落とすような。
 寒い朝である。長年生きた鬼を老人扱いしてはいけないが、古い人の朝は早いということか。
「すぴー」
「おい、切裂、起きろ」
「くかー、んがっ」
 『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)の花提灯を『在る様は水の如し』香月 凜音(CL2000495)は指先で割った。飛び起きたジャックは早々、何事かと目を丸くすると思ったが、予想外にとろんと起き上がると凜音へ抱きついた。
「朝ご飯!」
「ちげーよ、あっこら、噛むな!」
 わあわあ色々やってる2人を微笑ましく見つめながら、上月・里桜(CL2001274) は山の中腹あたりを見つめる。なんだか見るからに、生気がない山であった。鳥ひとつ鳴かず、草木も色が良くない。枯れ木さえちらほらと見える。
「少し、ここらへんにも瘴気が来てる気がしますね」
「そうですね。少しばかり急いだほうがいいかもしれません」
 『ファイヴ村管理人雇用担当』栗落花 渚(CL2001360)は、ふと見かけた猫が瘴気に怯えて逃げていくのを見ていた。あのような存在でも鬼の脅威を感じるのだろう。ふと、渚の背中を凜音とジャックがぽんぽんと叩く。
「ま、大丈夫大丈夫! なんとかなるって、な! 凜音!」
「ああ、そうだな。相手が最初から力を振るうようなやつじゃないなら、話す余地は十分にある。一足飛びに友になれるかは分からんが、隣人にはなれるかもしれん」
 
 時間は経って山の中腹。人が歩くべき道なども無い道となっている。砂利や柔らかい土や草木に足を取られながら、ふと里桜は異様な臭いに鼻をハンカチで抑えた。ゴミの腐った匂い、いや、それよりも本能的に嫌悪する臭いだ。里桜の後方を歩いているジャックは忙しなく周囲を確認している。
「この辺りでしょうか……」
「切裂」
「へいへい」
 凜音に呼ばれたジャックのアホ毛が何かの気配の方向へ向いた。彼の因子ならではの能力であれば、この山の中、近くにいるはずの気配を弾きだすのは容易い。里桜も同じく守護私益を飛ばして空中から鬼を探していく。
「ほんとそれ便利ですよね」
「俺、怪の因子!」
 犬の尻尾のように揺れる毛を、渚は面白半分に引っ張っていた。
「アンテナですね」
「うおーはげちゃうー」
「あっちの方向ですね。参りましょう」 
「2人とも、いくぞ」
「あっ、ジャックさんならもうあっちの方向に走って行きましたよ」
「今日は軍人の保護者がいねえからやりたい放題か!!」


「よ! 鬼!」
 ジャックは久しぶりに友人に会うかのようなテンションで陽気に片手をあげた。ジャックが顔を出したのは茂みの中。座り込んで紫煙を燻らせていた鬼は少しばかり体を揺らして驚いていた。旧友でこんなものがいたか考えながら、兄は吊られて手を挙げた。
『よう』
「おはよう、最近目覚めたのか?」
『そうだな、つい二日前だ。ってお前さん誰だよ』
「俺は切裂ジャック」
『ハイカラな名前だな、西方から来たか?』
「ううん。友人帳に古妖の名前を集めている人間やき。みんなもいるで!」
 ジャックが体を半歩引いて背後を示してみると、3人の人間たちが鬼には見えたようだ。
『は? なんだなんだ人間の子供じゃないか。山の奥は気が立っている奴が多いからな、帰んな帰んな』
 鬼と遭遇した瞬間、鬼は4人を見るやいなや親心のように親切さであった。依頼書にもあったように、温厚なのは本当であろう。それが吉と出るか凶と出るかは、わからないが。
「私は、上月里桜」
『綺麗な名前じゃないか』
「俺は切裂!」
『それはさっき聞いたぜ坊主。そっちの青い嬢さんは?』
「鬼さん。ううん、やめとくね。まずは名前を教えてくれないかな。閻魔帳に名前が載ったってことは、ほんとの名前があるはずだよね」
『はは、俺の名前ねえ。そうさね、名乗るのは久々だが、ただの北方の夜叉ってもんだ。今は夜叉で構わん』
 鬼は話をしながらだが、立ち上がり歩きだす。方向的には人里に向かっていた。覚者たちは目配せで会話をしながら、鬼を四方で囲み、ちょっとずつ軌道をずらしながら遠回りせんとする。
 そういった行動中でも会話は必須だ。
 里桜は早速鬼の目的を探り出していく。
「鬼さんの目的は花嫁さんに頼まれたことでしょうか?」
『ああ、花嫁。そんなことなぜ知ってる?まあいい、可愛い娘さ、お前たちにもひと目見せたいほどだ!』
「その花嫁さんは今どちらに……?」
『わからん。すぅっと溶けて消えてしまったが、あやつも古妖よ。死んではおらぬ』
「どうしてそう思うのですか」
『なんとなくだな』
 花嫁のことを話す鬼は確かにさっきの雰囲気とは違い、楽しそうであり、嬉しそうであった。鬼はその花嫁候補がとても好いているのは間違いがない。しかしそれはそれで、渚の表情が不安で曇っていた。
 凜音は話の続きを紡ぐ。ジャックがどこかに行かないように見張りながら。
「お前さんは何がしたくて、何処に行こうとしてるんだ? 確約はできないが、なるべく意向に沿いたい」
『ふむ、人間の里へ行けと嫁がせがむものだから。どれ、久々に降り立ってみるのも一興かと』
「それだけ?」
『それだけさ。長く生きたからかな、神の気まぐれにも似たやうな意味で歩いて行く』
 ただこの鬼は里に降り立つだけでも驚異である。それを指示した嫁とは些か狡猾じみてはいないだろうか。凜音も一抹の不安が心を掠め始めた。逆にこの鬼の善意がこうして悪いことに遊ばれているのは、少しばかり、辛いもの。
「な! な! あんたおっきいな! 高い高いして! あしょんで、友達になりたい!」
『仕方ねェなあ』
 鬼の大きな手に担がれたジャックが高い高いされている間、覚者3人はどうしようかと目線を合わせた。
(おいおいどうする、目的が人里に行くことは、俺たちが協力できない流れだぜ)
(困りました。それに協力する事ができないのなら、封印ルートになりますね。AAAはそろそろ到着する時刻ではありませんか?)
(ちょっとまってね、私まだ聞いてみたいことがあるんだよ!)
(了解。AAAには待機を命じておけばいいんだな)
(そうですね、朧……私の守護使役がAAAを見つけたことをお知らせしますね)
(まだ時間稼ぎだね……!)
『で、話は終わったか?』
「もっとあしょんで」
『甘えん坊か!』


 ここらへんで本題と洒落こもう。
 鬼がそれでどう出るかの対策はしてきた。ならば4人の手練れが集まれば、戦闘は容易いだろう。しかしこの場の4人は戦闘や不破を望むものがいなかった。故に、その優しさがどう出るかはまだ知れない。凜音は息を飲む。
「人は、お前さんの発する霧……のようなものに耐えられない。俺達みたいな『例外』もたまにはいるが、大抵は死んでしまうんだ。命は一つしかない。ほとんどの生命がそうなんだよ」
『なんだと、情けない。この程度の瘴気に倒れるとは。地獄ではやっていけんぞ』
「そうじゃなくてなぁ」
「死ぬっていうのは命をなくすことなんだよ。あなたは殺されたのかもしれない、だけど、命を失わなかったのは、死んでないからなの」
『違う違う、俺は死んでも命だけは落とさないのだ』
「あなたの瘴気は多くの人を死なせちゃうんだ。ただ……私達ならこうしてお話出来る。死ぬことなく。終着点はどっち? 良かったらしばらく私達と一緒に歩こうよ」
『ならば人間全てが瘴気に耐えられるようになれば良いものよ。向かう方向はやはり人里だ』
「だめ、人里は避けて欲しいんだ……知ってると思うけど、人里へ行っても話相手は見つからないよ」
『そんな事はない、現に今話相手がいるであろう』
 瘴気の中でも生きられるものとしか付き合えない鬼が、瘴気の中では生きられない存在に一々可哀想だと思う感情は無いものか。いや、きっとある。渚はそう踏んでいたからこそ、鬼の気持を汲めていた事だろう。
「……ほんとは人を死なせるのは悲しいんでしょ?」
『それはそうさ。話し相手がまた、減ってしまうからな』
 シメた。里桜には活路が見えてくる。この鬼が話が出来て、何かを殺してしまうことを悲しく思っているのなら、止めることは方法さえ突き出せれば可能であると。
「……瘴気を止めたりは、できないのですか……?」
『これは俺が出したり出さなかったりしている訳では無いのでなあ』
「では止めることはできないと」
『もしかすれば、清めることはできるかもしれんな! カカカカ』
「日本酒くらいなら持ってきましたよ」
『おお、気が利く。どれ、京の酒か良いものだ。どれ味見をしよう、これはすぐに飲み干してしまう量だな』
 どかっと座った鬼は里桜の持ってきた日本酒を丁寧にあけてから、一升瓶から直接飲み始めた。スポーツ選手が喉の渇きを潤すような勢いで無くなっていく日本酒。その飲みっぷりは正に鬼と違わぬ姿。終いには里桜にお酌をさせる始末だ。
 話は戻るが、この日本には清めの方法を持つものや、ことが、多いはずだ。今日は無理だろうと次に会うまでに用意くらいはできるだろう。ふと、渚は聞き返す。疑問に思ったのは第四機関という組織の関連だ。
「花嫁にしたいのはどんな子だった? 真っ白に銀色の目? 金髪で軍服?」
『白い方だ』
「もしそうなら、人を沢山を殺すよう言われるかも。私達のこともね。私はね、あなたみたいな存在といっぱいお話してきたの。心があって、悲しみの分かる子達と。少なくとも普通の人間じゃないからって戦いたくないな。覚えておいて。あなたのお話相手になれるのは花嫁さんだけじゃないって」
『歌がなあ、歌が聞こえるんだ。あの歌はだめだね、俺たちの頭がおかしくなる」
「歌」
 渚とジャックの目線があった。その花嫁、既にこのファイヴが殺害した可能性が高いが、あの後の花嫁の生死は『確認できていない』。
(ここで第四機関の差し金オチが出てくるとはな)
(そうだね。アデリナに気取られないうちに、今日は穏便に済ますべきかも)
(どうかな、あの女のことやから、既に気づいててもおかしくはないねんけど)
 ジャックと渚は周囲の警戒を始める。
 そんな2人を余所に、凜音と里桜は話を続けていた。いい感じで酒が体に回ってきた鬼は、上機嫌で2人を見ながら笑っている。
『今日はたくさん話が出来て愉快だなぁガハハハ!!』
「幸い俺達のような『例外』がいる。すぐにどうこう、は難しいが、共存の道を一緒に探さないか?」
「私達が手伝える事はありませんか?」
『ふむ……いいだろう、今日は免じて大人しく岩戸でも探すかね。手伝えること、あるぜぇ、浄めの酒だ、浄めの酒を持ってこい!そうしたら、花嫁の話でも語ってやる。あれは可哀想な女子でな、おっとこれ以上は有料だ』
「お前いい鬼やな!」
『切の字、お前こそ本名を名乗れ。その時に、俺の名前を渡そう。さぞ偉大な古妖の落し子であろう』
「待て、切裂の家族の話はまた今度だ」
 凜音がジャックと鬼の間に割って入ったのであった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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