【ひかりの目】いにしえより浮上するもの
●
物心ついた頃から、神様と会話をしていた。
遠い昔、この村が出来るよりも遥か以前、この場所の地底深くに閉じ込められてしまった神様。
帰りたいよ、と呟く声を、祁答院恵は幼い頃から幾度も聞いた。
神様がどこへ帰りたがっているのかは、わからない。わかったとしても、帰してあげる事など出来ない。
寂しがっている神様の、話し相手となる。恵に出来る事は、それだけだった。
両親にも、村の人々にも、神様の声は聞こえない。
いつしか恵は、自分が化け物と呼ばれている事に気付いた。
やがて本当に、色々と化け物じみた事が出来るようになった。
神様が力を授けてくれたのだ、と恵は思った。嬉しかった。村の人たちが困った時には、助けてあげられる。
恵はそう思ったが、村人たちはやがて自分に石を投げつけるようになった。
兄の晃が、そんな村人たちを相手に幾度も暴力沙汰を引き起こした。恵を守るために。
自分のせいで、兄が村人たちに嫌われてゆく。
自分など、いない方が良いのだ。
恵はそう思い、神様にお願いをした。迎えに来て下さい、あなたのいる所へ連れて行って下さい、と。
神様はしかし、恵を迎えに来てはくれなかった。
恵ではなく両親が、神様の所へ行ってしまった。
村が、妖の群れに襲われたのだ。
大勢の村人が殺された。その中に両親もいた。
悲しむ暇もなく、恵は戦わなければならなかった。自分には、神様からもらった力があるのだから。
あの時と同じ事が今、起こっている。
否。あの時よりも、ずっと強力な妖であった。
「おみつめ様! 早く、早く、お逃げ下さい!」
信者たちが、人壁を作っている。人と人の隙間から、しかし見えてしまう。
妖の、巨大な姿が。
岩石の身体を有する四足獣。犀、が最も近いか。両眼、口内、それに岩の外皮の隙間が赤く熱く発光している。体内は、溶岩の塊なのであろう。
この怪物が一声、吼えただけで、村が揺れた。この村のみを襲う、地震であった。
地面が砕け、家屋が倒壊した。
だが人死には出ていない。
海原遼子の指揮のもと、『ひかりの目』の信者たちが救助活動に当たっているのだ。
地割れの中や、家屋の残骸の下から、大勢の負傷者が救出された。
彼ら彼女らへの術式治療で、恵は力を使い果たしていた。今は、遼子に身体を支えられている。
「おみつめ様、ご無理をなさってはいけません」
「お兄様が……」
妖の眼前に、1人の青年が立ちふさがっている。仕込み錫杖を構えながらも、満身創痍だ。
「恵……お前は……」
教祖・祁答院晃。
彼が妖を食い止めていてくれたからこそ、遼子も恵も、救助活動と術式治療に専念する事が出来たのだ。
「この村の連中を、見捨てられないんだな……仕方がない、教団という体裁を整えたのは僕だ。信者を見捨てるわけにはいかない、か」
力ある者は、崇められるのでなければ迫害されるしかない。
この兄は、そう言って恵を本尊として擁立し、七星剣の助力を得て宗教組織『ひかりの目』を立ち上げたのだ。
「たとえ、どんなクズどもであっても……おい、さっさと逃げろ邪魔だ!」
「ひっ……ひいぃ……」
妖の近くで腰を抜かしていた男が、尻を引きずるようにして逃げ出した。泣き声を、漏らしながらだ。
「教祖様……あ、晃よう……俺ぁ昔、おめえらにひでぇ事言っちまって……石とか投げて……」
「さっさと消えろ! あっさりと掌を返すクズども、恵がいなかったら誰が貴様らなんか助けるものか!」
晃が叫び、妖に斬り掛かって行く。
「お前らの顔は見たくない! 声も聞きたくない! さっさと消えろ、僕の前から消えちまえ!」
妖が吼えた。村が、またしても揺れた。
地面が砕け、土が、瓦礫が、舞い上がる。
「お兄様! お兄さまぁあああッ!」
兄の姿は、もはや見えなかった。
●
「おみつめ様は?」
「……眠っておられます。ようやく落ち着かれました」
海原遼子の問いに、信者の1人が答える。
教団施設は、辛うじて無事だった。
妖による超局地的な地震で、村の一部が陥没し、小規模な窪地と化していた。
その中央に、地震を引き起こした妖の巨体が鎮座している。
何体もの、いくらか小型の妖が、窪地内を徘徊していた。プロレスラーのような人型に固まった、土。小型と言っても、それは犀のような岩の巨獣と比しての事だ。
教祖・祁答院晃の姿は見えない。妖に殺され跡形もなくなってしまったか、あるいは埋まっているのか。妖の群れがいる現状では、捜索も出来ない。
(教祖様、貴方には悪いけれど……私は、探し求めていたものを見つけたわ)
妖たちに踏み付けられながら窪地の底に横たわる巨大なものを、遼子は岩陰からじっと見下ろしている。
これまで、地の底に眠っていたもの。地震によって掘り出された今もなお、眠り続けているもの。
発掘途中の恐竜化石にも似た、それは巨人の骨格であった。
物心ついた頃から、神様と会話をしていた。
遠い昔、この村が出来るよりも遥か以前、この場所の地底深くに閉じ込められてしまった神様。
帰りたいよ、と呟く声を、祁答院恵は幼い頃から幾度も聞いた。
神様がどこへ帰りたがっているのかは、わからない。わかったとしても、帰してあげる事など出来ない。
寂しがっている神様の、話し相手となる。恵に出来る事は、それだけだった。
両親にも、村の人々にも、神様の声は聞こえない。
いつしか恵は、自分が化け物と呼ばれている事に気付いた。
やがて本当に、色々と化け物じみた事が出来るようになった。
神様が力を授けてくれたのだ、と恵は思った。嬉しかった。村の人たちが困った時には、助けてあげられる。
恵はそう思ったが、村人たちはやがて自分に石を投げつけるようになった。
兄の晃が、そんな村人たちを相手に幾度も暴力沙汰を引き起こした。恵を守るために。
自分のせいで、兄が村人たちに嫌われてゆく。
自分など、いない方が良いのだ。
恵はそう思い、神様にお願いをした。迎えに来て下さい、あなたのいる所へ連れて行って下さい、と。
神様はしかし、恵を迎えに来てはくれなかった。
恵ではなく両親が、神様の所へ行ってしまった。
村が、妖の群れに襲われたのだ。
大勢の村人が殺された。その中に両親もいた。
悲しむ暇もなく、恵は戦わなければならなかった。自分には、神様からもらった力があるのだから。
あの時と同じ事が今、起こっている。
否。あの時よりも、ずっと強力な妖であった。
「おみつめ様! 早く、早く、お逃げ下さい!」
信者たちが、人壁を作っている。人と人の隙間から、しかし見えてしまう。
妖の、巨大な姿が。
岩石の身体を有する四足獣。犀、が最も近いか。両眼、口内、それに岩の外皮の隙間が赤く熱く発光している。体内は、溶岩の塊なのであろう。
この怪物が一声、吼えただけで、村が揺れた。この村のみを襲う、地震であった。
地面が砕け、家屋が倒壊した。
だが人死には出ていない。
海原遼子の指揮のもと、『ひかりの目』の信者たちが救助活動に当たっているのだ。
地割れの中や、家屋の残骸の下から、大勢の負傷者が救出された。
彼ら彼女らへの術式治療で、恵は力を使い果たしていた。今は、遼子に身体を支えられている。
「おみつめ様、ご無理をなさってはいけません」
「お兄様が……」
妖の眼前に、1人の青年が立ちふさがっている。仕込み錫杖を構えながらも、満身創痍だ。
「恵……お前は……」
教祖・祁答院晃。
彼が妖を食い止めていてくれたからこそ、遼子も恵も、救助活動と術式治療に専念する事が出来たのだ。
「この村の連中を、見捨てられないんだな……仕方がない、教団という体裁を整えたのは僕だ。信者を見捨てるわけにはいかない、か」
力ある者は、崇められるのでなければ迫害されるしかない。
この兄は、そう言って恵を本尊として擁立し、七星剣の助力を得て宗教組織『ひかりの目』を立ち上げたのだ。
「たとえ、どんなクズどもであっても……おい、さっさと逃げろ邪魔だ!」
「ひっ……ひいぃ……」
妖の近くで腰を抜かしていた男が、尻を引きずるようにして逃げ出した。泣き声を、漏らしながらだ。
「教祖様……あ、晃よう……俺ぁ昔、おめえらにひでぇ事言っちまって……石とか投げて……」
「さっさと消えろ! あっさりと掌を返すクズども、恵がいなかったら誰が貴様らなんか助けるものか!」
晃が叫び、妖に斬り掛かって行く。
「お前らの顔は見たくない! 声も聞きたくない! さっさと消えろ、僕の前から消えちまえ!」
妖が吼えた。村が、またしても揺れた。
地面が砕け、土が、瓦礫が、舞い上がる。
「お兄様! お兄さまぁあああッ!」
兄の姿は、もはや見えなかった。
●
「おみつめ様は?」
「……眠っておられます。ようやく落ち着かれました」
海原遼子の問いに、信者の1人が答える。
教団施設は、辛うじて無事だった。
妖による超局地的な地震で、村の一部が陥没し、小規模な窪地と化していた。
その中央に、地震を引き起こした妖の巨体が鎮座している。
何体もの、いくらか小型の妖が、窪地内を徘徊していた。プロレスラーのような人型に固まった、土。小型と言っても、それは犀のような岩の巨獣と比しての事だ。
教祖・祁答院晃の姿は見えない。妖に殺され跡形もなくなってしまったか、あるいは埋まっているのか。妖の群れがいる現状では、捜索も出来ない。
(教祖様、貴方には悪いけれど……私は、探し求めていたものを見つけたわ)
妖たちに踏み付けられながら窪地の底に横たわる巨大なものを、遼子は岩陰からじっと見下ろしている。
これまで、地の底に眠っていたもの。地震によって掘り出された今もなお、眠り続けているもの。
発掘途中の恐竜化石にも似た、それは巨人の骨格であった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の舞台は、関東某県のとある村。妖による超局地的地震で生じた、スタジアム状の窪地であります。
その中に計7体の妖がいて、放っておけば這い上がって来て村人たちを殺傷します。
また宗教団体『ひかりの目』教祖の祁答院晃が窪地の中で行方不明になっており、捜索のためにも妖たちを排除していただかなければなりません。
妖7体の内訳は以下の通り。
●岩の巨獣(1体)
自然系、ランク2、前衛。燃えたぎる溶岩を岩の外皮で包み込んだ、シロサイのような姿の怪物。攻撃手段は、巨体による突進体当たり(物近単)の他、口から炎を吐きます(特遠列)。あと本来であれば地震を引き起こす能力を持っていますが、それは何者かの不思議な力で封じられております。
●土男(6体)
自然系、ランク1、前衛。プロレスラーのような、人型の土の塊。攻撃手段は、怪力による格闘戦(物近単)のみ。
時間帯は真昼。妖たちが、今にも窪地から這い上がろうとしているところです。
夢見の情報を得て駆けつけた覚者の皆様には、まず這い上がって来た妖たちを窪地の外で迎え撃つか、窪地の底まで降りて行って戦うかを選択していただきます。
前者の場合、最初の2ターンのみ妖たちに一方的な攻撃を加える事が出来ます(ただし遠距離攻撃に限る)。
3ターン目で、妖たちは窪地の外に到達します。
岩の巨獣が生き残っていた場合その瞬間、各能力値に上方修正が加わる他、攻撃手段に「超局地的地震」(物遠全)が追加されます。この地震は、飛行中の方には全く無効である他、ハイバランサーをお持ちの方であればダメージを軽減する事が可能です。
窪地の外には、教団関係者や村人たちがおります。避難誘導は、案内人の海原遼子に頼めば手際良く済ませてくれるでしょう。
窪地の底には、巨人の骨格が半ば埋まった状態で横たわっています。怪・黄泉の方であれば、眠れるものの巨大な意思、のような何かを感じられるかも知れません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年12月13日
2017年12月13日
■メイン参加者 6人■

●
「蟻地獄みたいだねぇ」
地震で生じた窪地の中を見下ろしながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、ふわりと翼を広げる。演舞・清爽。光の粒子が舞い散り、覚者6人を包み込む。
天行の護りが身体に、心に満ちてゆくのを感じながら、『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)も同じように、窪地の中を観察してみた。
妖たちが、蠢いている。確かに蟻地獄のようではある。
だが窪地の底にいるのは、醜悪な肉食虫などではない。
発掘途中の恐竜化石にも似た、巨大な人骨。半ば埋もれた状態で横たわり、妖たちに踏みつけられている。
鈴鹿の額で、第三の目が燃え上がった。
「……その方を、足蹴にするのは許さないの」
「落ち着け、鈴鹿」
声をかけてきたのは『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)だ。
「見ろ。奴ら、どうやら這い上がって来る。こちらから降りて行って戦いを挑むか、ここで迎え撃つか」
窪地の周囲は、村である。
ここで迎え撃つとなれば、妖たちが這い上がって来るまでは一方的に攻撃を加える事が出来る。だがそれで殲滅出来なかった場合、村人たちに危険が及びかねない。
そんな事はわかっているのであろう『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が、言った。
「オレは……ここで迎え撃ちたい。窪地の中で戦うべきじゃないと思う。だって、祁答院晃が埋まってるかも知れねーんだろ」
迷いのある口調だった。
「だけど……妖を、村の中まで上げちまうってのもな……」
「教祖様の事を、心配してくれるのね」
案内人の海原遼子が、翔に微笑みかけた。
「村人たちは避難させるわ。貴方たちは気にせず、ここで戦って」
「……信じても、いいのかな」
自身に『天駆』を施しながら、『黒は無慈悲な夜の女王』如月彩吹(CL2001525)が言った。
「まあ教祖様は私たちが助ける、掘り出して見せる。お話はそれから、という事で」
「……見たわよ、貴女たちの演説」
言いつつ遼子が、ゆらりと背を向け、歩み去って行く。
「敵対する者を、ひたすら力で叩き潰す……よりも過酷な道を歩む事にしたのね」
その優美な背中を見送りながら鈴鹿は思わず、ツバメの手を握っていた。
「お、おい。どうした」
「あ……ご、ごめんなさいなの。わたし……あの人、怖い……」
「……そうだな。私も今、あの女が一瞬……人間の皮を脱ぎかけた、ように思えてしまった」
「心配する事はないよ姫君たち。何があっても、余が守ってあげるからね」
鉄の塊が喋っている、と鈴鹿は思った。
「何か、ロボがいるの」
「ふふふ、ロボ違う。まあ妖の地震攻撃は、余が抑えて見せるよ」
謎めいた甲冑に身を包んだ『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)であった。
彼の言う、地震攻撃を行う妖は1体だけである。
岩石で構成された、シロサイのような大型四足獣。重い蹄を土にめり込ませ、のしのしと窪地の底から登って来つつある。
他6体、その巨獣の取り巻きである妖たちが、同じく這い上がって来る。まるでプロレスラーのような、たくましい人型に固まった土。
計7体の妖が、窪地の外にいる人間たちを皆殺しにすべく、動き始めたのだ。
「……させないのっ!」
鈴鹿は攻撃を念じた。
窪地の中に無数の蔓植物が生じ、妖たちを縛り上げる。
その蔓を引きちぎるようにして歩み続ける岩石の巨獣を、光が直撃した。ツバメの破眼光だった。
「これで、少しでも動きを封じる事が出来れば……」
「俺たちも行くぜ紡!」
「ほいよー。龍鳳の舞、ポイチョっと」
翔と紡が。揃って印を結ぶ。
稲妻の龍が、電光の鳳が、窪地の中で荒れ狂って妖たちを薙ぎ払う。
その様を、プリンスが呑気に見物している。
「余たちの出番は、もう少し先かな。姫、御一緒におやつでも」
「今は集中。だらけてると紡に張り倒されるよ?」
「ぶちのめしちゃっていいからねー、いぶちゃん」
のんびりとした紡の言葉に合わせ、雷の鳳が激しく羽ばたき、電光の翼で妖たちを粉砕してゆく。
翔の放った雷の龍が、稲妻の牙で妖たちを引き裂いてゆく。
鈴鹿はそこに、水の龍を合流させる事にした。
「待ってて……あなたを、必ず助けてあげるの」
教団『ひかりの目』を統率する教祖が、窪地の底で生き埋めになっているかも知れないと言う。その人物も助けなければならないのだろうが、鈴鹿の目は今、もう1つの救出対象に向けられていた。
妖の引き起こした地震によって、半ば掘り返され、まだ半ば埋まっている、巨人の骨格。
「あなたを、そこから解放してあげるの!」
鈴鹿の『水龍牙』が、妖たちを直撃していた。
●
ぞっとするほど美しい、だけではない。
翔は漠然と、何かを思い出しかけていた。
自分は、あの海原遼子という女性と、かつて、どこかで会った事がある。
どこでなのか。そこまでは思い出せない。
だが、もどかしさを感じている場合ではなかった。
岩の巨獣が、眼前にいる。
両眼、口内、外皮の隙間を真紅に輝かせる、シロサイのような姿。その巨体が、窪地の外に這い上がって来た瞬間、さらに大きく膨れ上がったように翔には見えた。
「仕留めきれなかったか……いや仕留める、サンダービームを喰らいやがれッ!」
翔はカクセイパッドを掲げた。
迸った光が2つ、岩の巨獣を直撃する。2本の、光の投槍。B.O.T.改の連撃だった。
岩の装甲に光を突き刺したまま、巨獣はしかし揺らぐ事もなく、のそりと踏み込んで来る。
取り巻きの土男は6体とも、這い上がって来る前に撃砕・殲滅する事が出来た。
一番の難物が、しかし健在である。
「くそっ、こんな化け物を生き残らせちまって……」
「自分の力不足、なんて思っちゃ駄目だよ翔」
彩吹が跳躍した。いや、飛翔か。
「私たちの出番もしかしたら無いかも、なんて思っていたところ!」
黒い羽が舞い散り、そして爆発が起こった。宙を裂く美脚の一閃が、爆発にも似た気圧変化を起こしたのだ。
爆刃想脚が、岩の巨獣を直撃していた。シロサイに似た巨体が、僅かに後退する。
彩吹の身体が、跳ね飛ばされたかの如く高々と、再び跳躍していた。
「さすがに重くて頑丈……回数を叩き込むしかないねっ」
羽ばたいて方向を制御し、岩の巨獣に狙いを定め、彩吹は猛禽の如く降下した。
2発目の爆刃想脚が、飛び蹴りの形で妖に叩き込まれる。爆発が起こり、岩の巨獣を窪地の方へと圧した。
鉄槌のような蹄が、しかし地面に重く打ち込まれている。窪地の手前で、巨獣はしっかりと踏みとどまっていた。
彩吹が、軽やかに着地する。
「ふりだしに戻ってくれれば、と思ったけど……そう上手くはいかないか」
「ならば……!」
ツバメの額で、第三の目が禍々しく発光する。
破眼光が、岩の巨獣に突き刺さった。
硬直した妖の巨体に向かって、ツバメは踏み込んで行く。彩吹の攻撃が猛禽ならば、ツバメの襲撃は地を駆ける肉食獣だ。
巨大な鎌が、ツバメの優美な両手に操られて斬撃の弧を描く。螺旋状に、2つ。
死神の舞いを思わせる地烈が、巨獣の岩石外皮をいくらか削り取っていた。岩の破片が、飛散する。
ツバメが歯を食いしばる。
「固い……な。これは長引く戦いになりそうだ」
「それなら、じっくり腰を据えていくの」
鈴鹿が祈る。
青い炎あるいは光が、ツバメと彩吹の身体を包み込んだ。蒼炎の導だった。
「姫、どうか余にも1つ」
「これで我慢しな」
紡が、杖の先端のスリングショットで術式の塊を射出した。
戦巫女之祝詞が、プリンスを直撃していた。
吹っ飛んだプリンスが、岩の巨獣に激突する。
怒り狂ったかの如く、妖が吼えた。
強大・凶悪な力が地を揺るがし始めるのを、翔は足元に感じた。
「おおっと、地震は起こさせないよ」
プリンスが、岩の巨獣に組み付いている。
起こりかけた地震が、単なる地響きで終わった。
プリンスが一体何をしたのかは、よくわからない。とにかく岩の巨獣が、倒れていた。
「力の流れを乱し、妖の能力を封ずる……これぞ王家に伝わる秘奥義、ヒザカックンさ!」
得意げなプリンスに、紡が声を投げる。
「王家じゃなくてAAA秘伝でしょ。参点砕き、だっけ? 村井っち相手に特訓してたみたいだけど」
「うむ。その途中で、村井殿は教団への潜入任務に出てしまったんだけどね。何とか、余の自力で技の完成まで持って行きました! 褒めてツム姫」
そこで突然、プリンスの全身が燃え上がった。
岩の巨獣の、赤く発光する口内から、炎が迸ったのだ。
猛火の吐息が、プリンス1人にとどまらず彩吹を、ツバメを、焼き払っていた。
「このっ……!」
翔の怒りに合わせて雷雲が生じ、渦巻き、電光の嵐を吐き出した。
のそりと起き上がった妖の巨体を、雷獣の咆哮そのものの稲妻が直撃する。
その間、紡が翼を広げ、叫んでいた。
「こりゃもう回復役にジョブチェンジしないとヤバいね……瀬織っちゃん、一緒にお願い!」
「わ、わかったの!」
鈴鹿が印を結ぶ。
女性覚者2人分の、潤しの雨が降り注いだ。
ツバメ、彩吹、プリンス。その3人を包み焼いていた炎が、消えた。
「……やってくれたね。髪がチリチリになったよ、覚悟は出来てる!?」
焼けただれた肌を、焦げちぎれた羽を、水行の癒しで再生させながら、彩吹が猛然と踏み込んで行く。
繰り出された槍が、炎をまといながら岩の巨獣を滅多刺しにする。連続の豪炎撃。火の粉と岩の破片が、大量に飛び散った。
悲鳴と怒号の混ざり合ったものを発する妖の巨体を、斬撃の風が薙ぎ払った。岩の外皮がざっくりと裂け、溶岩のような鮮血が散る。
ツバメの、疾風双斬だった。
「女の、髪と肌に傷をつける……それが一体どういう事なのか、まあ少し思い知ってみるがいい」
くるり、と大鎌の動きを止めながら、ツバメが破眼光を放つ。
放たれた光が、岩の巨獣の裂傷部分を抉る。
硬直した妖の巨体に、プリンスが突っ込んで行く。
「余は男の子だからね! いくらでも傷付けるといい。姫たちへの攻撃は、全て余が引き受けるっ」
巨大な妖鎚が唸りを発し、岩の巨獣を直撃する。貫殺撃・改。シロサイに似た岩石質の巨体が、へし曲がった。
へし曲がった巨獣が、しかし即座に体勢を立て直しながら、蹄で地面を穿つ。
砕けた土を舞い上げながらの突進が、プリンスを轢き飛ばしていた。
今度はプリンスの方が、へし曲がりながら地面に激突し、よろよろと立ち上がりつつ情けない声を出す。
「ご、ごめん、やっぱり痛い……助けて姫」
巨大な水滴が、プリンスを直撃した。
紡が、杖の先端のスリングショットで『癒しの滴』を飛ばしたところである。
「本当に長引きそうだからね。盾の役目、しっかり務めてもらうよ殿」
水飛沫を飛ばしながら妖の方へと吹っ飛んで行くプリンスに、紡はそう言い放った。
●
鈴鹿の破眼光が、とどめの一撃となった。
「汝、哀しき獣……我が力によりて祓い清めん。大人しく黄泉に還るがいいの」
岩の巨獣が、崩壊してゆく。
鈴鹿の小さな身体が、弱々しく後方へと揺らぎ、倒れそうになってツバメに支えられる。だがツバメも力尽きる寸前である。2人揃って、その場に尻餅をつく事になってしまった。
「ふぃ~……キツかったぁ、今回の相手は」
「お疲れ、紡」
彩吹が微笑みながら、今にも倒れそうな足取りで歩み寄って来る。
「ボクは、疲れただけ……いぶちゃんは死にかけてたよね」
「ふふっ、王子ほどじゃないよ」
大破したロボットのように、プリンスは倒れていた。
同じく倒れた翔が、這いずり寄って気遣う。
「お、おい……しっかりしろ王子」
「……ダメだぁ……姫たちが助け起こしてくれないと……余は、生き返らない……」
「と、いうわけ。ほっといていいよ相棒」
紡は声を投げた。
「それより……へばってる場合じゃないね。教祖サマを、捜してあげないと。トゥーリ、お願い」
「頼むぜ、空丸……」
「さ、出番だよカグヤ」
3羽の守護使役が、窪地の中へと飛んで行く。
(生きててよね、教祖サマ……まったく、ツンデレも程々にしなきゃ駄目だっての)
教祖・祁答院晃は、あの岩の巨獣と1対1で戦おうとしたようだ。この村を、守るために。
「オレ……謝らなきゃ。あいつに、ひでえ事言っちまった」
俯き加減に、翔が言った。
「さっきから送受心・改で呼びかけてるんだけどよ……駄目だ、返事がねえ」
「宗教にするしかない……か」
先日の戦いで祁答院が叫んでいた事を、紡は思い返してみた。
「1つのやり方なのかな。迫害みたいな事されるよりは、拝まれてた方がマシだもんね」
「だからってよ、七星剣と手ぇ結ぶなんて」
「宗教団体を立ち上げるには必要だったんだって。村井のおっちゃんがね、言ってた」
組織設営のノウハウ、人員派遣、資金援助。そして祁答院兄妹に対する、隔者としての戦闘訓練。
そういったものを全て引き受けていたのが七星剣なのだと、村井清正は病室で語っていた。
七星剣が、そこまでして入手しようとしていたもの。
窪地の底に半ば埋まりながら横たわる、巨人の骨格。
鈴鹿がいつの間にか立ち上がり、それをじっと見つめている。
「わたし……あの方と、お話してみたいの」
「待て鈴鹿、あれは危険だ」
ツバメが言った。
「迂闊に触れてはいけないもの、という気がする……実は戦闘中、あれとの接触と言うか意思の疎通を試みた。協力を得られる、というのは虫が良すぎるにしても、せめて私たちの敵なのか味方なのかはハッキリさせたかったからな」
「敵、だったわけ?」
紡は訊いた。ツバメは一瞬、考え込んだようだ。
「……とてつもなく、暗く重く冷たい思念が返って来た。まるで私を、押し潰すような」
「……暗くて、重くて……冷たい……」
鈴鹿が呟きながら、第三の目を淡く発光させている。骨の巨人との会話を、試みているようだ。
「それは……あの方が、帰りたがっている場所なの。今までずっと埋まっていた地の底よりも……暗くて重くて、冷たい場所……そこが、あの方の……故郷……」
鈴鹿は、涙を流していた。
「そこは、わたしたちの故郷でもあるの……だけど、わたしたちは……もう、そこへは帰れない……せめて、あの方を連れて行ってあげたいの……」
「ありがとう」
声がした。
海原遼子が、いつの間にか、そこにいる。
紡は、とりあえず微笑みかけた。
「それって……何のお礼?」
「もちろん、妖を倒してくれた事へのね。聞いて? おみつめ様からも、お言葉があります」
1人の少女が、遼子の傍から、しずしずと進み出て来る。
「あなたたちが……来て、下さるなんて……」
おみつめ様……本名・祁答院恵。村人たちへの治療術式で力を使い果たし、今まで昏睡に近い状態にあったという。
「私たちは、あなた方に……あなた方の、お仲間に酷い事を……それなのに……」
「おみつめ様、だからオミ姫? それともメグ姫がいい?」
プリンスが突然、復活した。
「呼び名の通り、とっても綺麗な目をしているね! 目は見るだけ、だが意志を持って見る事で、悪を射る視線となる。王家に伝わるイケメンワードさ、カッコイイだろう?」
紡は、プリンスの耳を引っ張った。
「どこからパクった言葉?」
「は、はい。昨日読んだマンガですぅ……」
そんなやりとりを見つめていた恵の顔に、微かな笑みが浮かぶ。
「本当に、ありがとうございました」
「貴女の兄者上、思い込みの激しいタイプだよね。ジャンケン苦手でしょ」
プリンスが言った。
「守るって言葉ね、力ある王が力なき民によく使うけど、逆の場合だっていっぱいあるんだ。貴女もずっと兄者上を守ってた事、帰ったら教えてあげよう」
「……あなたたちに、兄の事でまで御面倒は……」
「そんな事を言うな!」
彩吹が叫び、羽ばたいた。
「カグヤが見つけた。待ってろ祁答院晃、今助ける!」
飛翔した彩吹がしかし、もはや飛ぶ力もなく、窪地の底へ弱々しく墜落してゆく。
「兄さんだろ……妹のためにも生きろ!」
骨の巨人にすがりつくように彩吹は這いつくばり、叫んでいた。
「それが出来ない奴に、村1つなんて守れるものか!」
半ば埋もれた、巨大な骨格。
その胸郭の中、まるで鉄格子のような肋骨の内側に、祁答院晃はいた。
意識はない。が、辛うじて生きてはいるようだ。
「お兄様……!」
恵の声が、かすれた。
その傍に、いつの間にか鈴鹿がいる。
「あなたの神様が、守ってくれたの」
「私の神様が……」
「神様とも、あなたとも、わたし……お友達になりたいの」
「貴女は……どうして、そんなに傷だらけなの……?」
「こ、これは何でもないの」
鈴鹿の小さな身体を、恵はそっと抱き締めていた。
それを見守るツバメに、遼子が声をかける。
「貴女も、同じ因子を持っているのでしょう? あの輪に入りたいとは」
「そんな資格はない」
ツバメは、いくらか暗く微笑んだ。
「私は、貴女がたの神様とやらを利用したいと考えているからな。何しろ大妖もいる、七星剣もいる。少しでも戦力が欲しい」
「あれは……見ての通り、屍よ。大妖と戦う力なんて」
「それでも、すげー力だと思う。妖の地震を抑えてくれてたし、晃だって助けてくれた」
翔が言った。
「あの神様って、どっから来たんだろうな。鈴鹿の言う通り、暗くて、重くて、冷たい場所……」
「だけど、ボクたちの故郷みたいな場所……」
紡は、ぼんやりと気付いた。
「それって……もしかして、海?」
「あんたも……そこから来たんじゃないのか、海原さん……」
翔は、震えていた。
「オレは……あんたが何者なのか、わかった気がする……」
「蟻地獄みたいだねぇ」
地震で生じた窪地の中を見下ろしながら、『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)が、ふわりと翼を広げる。演舞・清爽。光の粒子が舞い散り、覚者6人を包み込む。
天行の護りが身体に、心に満ちてゆくのを感じながら、『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)も同じように、窪地の中を観察してみた。
妖たちが、蠢いている。確かに蟻地獄のようではある。
だが窪地の底にいるのは、醜悪な肉食虫などではない。
発掘途中の恐竜化石にも似た、巨大な人骨。半ば埋もれた状態で横たわり、妖たちに踏みつけられている。
鈴鹿の額で、第三の目が燃え上がった。
「……その方を、足蹴にするのは許さないの」
「落ち着け、鈴鹿」
声をかけてきたのは『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)だ。
「見ろ。奴ら、どうやら這い上がって来る。こちらから降りて行って戦いを挑むか、ここで迎え撃つか」
窪地の周囲は、村である。
ここで迎え撃つとなれば、妖たちが這い上がって来るまでは一方的に攻撃を加える事が出来る。だがそれで殲滅出来なかった場合、村人たちに危険が及びかねない。
そんな事はわかっているのであろう『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)が、言った。
「オレは……ここで迎え撃ちたい。窪地の中で戦うべきじゃないと思う。だって、祁答院晃が埋まってるかも知れねーんだろ」
迷いのある口調だった。
「だけど……妖を、村の中まで上げちまうってのもな……」
「教祖様の事を、心配してくれるのね」
案内人の海原遼子が、翔に微笑みかけた。
「村人たちは避難させるわ。貴方たちは気にせず、ここで戦って」
「……信じても、いいのかな」
自身に『天駆』を施しながら、『黒は無慈悲な夜の女王』如月彩吹(CL2001525)が言った。
「まあ教祖様は私たちが助ける、掘り出して見せる。お話はそれから、という事で」
「……見たわよ、貴女たちの演説」
言いつつ遼子が、ゆらりと背を向け、歩み去って行く。
「敵対する者を、ひたすら力で叩き潰す……よりも過酷な道を歩む事にしたのね」
その優美な背中を見送りながら鈴鹿は思わず、ツバメの手を握っていた。
「お、おい。どうした」
「あ……ご、ごめんなさいなの。わたし……あの人、怖い……」
「……そうだな。私も今、あの女が一瞬……人間の皮を脱ぎかけた、ように思えてしまった」
「心配する事はないよ姫君たち。何があっても、余が守ってあげるからね」
鉄の塊が喋っている、と鈴鹿は思った。
「何か、ロボがいるの」
「ふふふ、ロボ違う。まあ妖の地震攻撃は、余が抑えて見せるよ」
謎めいた甲冑に身を包んだ『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)であった。
彼の言う、地震攻撃を行う妖は1体だけである。
岩石で構成された、シロサイのような大型四足獣。重い蹄を土にめり込ませ、のしのしと窪地の底から登って来つつある。
他6体、その巨獣の取り巻きである妖たちが、同じく這い上がって来る。まるでプロレスラーのような、たくましい人型に固まった土。
計7体の妖が、窪地の外にいる人間たちを皆殺しにすべく、動き始めたのだ。
「……させないのっ!」
鈴鹿は攻撃を念じた。
窪地の中に無数の蔓植物が生じ、妖たちを縛り上げる。
その蔓を引きちぎるようにして歩み続ける岩石の巨獣を、光が直撃した。ツバメの破眼光だった。
「これで、少しでも動きを封じる事が出来れば……」
「俺たちも行くぜ紡!」
「ほいよー。龍鳳の舞、ポイチョっと」
翔と紡が。揃って印を結ぶ。
稲妻の龍が、電光の鳳が、窪地の中で荒れ狂って妖たちを薙ぎ払う。
その様を、プリンスが呑気に見物している。
「余たちの出番は、もう少し先かな。姫、御一緒におやつでも」
「今は集中。だらけてると紡に張り倒されるよ?」
「ぶちのめしちゃっていいからねー、いぶちゃん」
のんびりとした紡の言葉に合わせ、雷の鳳が激しく羽ばたき、電光の翼で妖たちを粉砕してゆく。
翔の放った雷の龍が、稲妻の牙で妖たちを引き裂いてゆく。
鈴鹿はそこに、水の龍を合流させる事にした。
「待ってて……あなたを、必ず助けてあげるの」
教団『ひかりの目』を統率する教祖が、窪地の底で生き埋めになっているかも知れないと言う。その人物も助けなければならないのだろうが、鈴鹿の目は今、もう1つの救出対象に向けられていた。
妖の引き起こした地震によって、半ば掘り返され、まだ半ば埋まっている、巨人の骨格。
「あなたを、そこから解放してあげるの!」
鈴鹿の『水龍牙』が、妖たちを直撃していた。
●
ぞっとするほど美しい、だけではない。
翔は漠然と、何かを思い出しかけていた。
自分は、あの海原遼子という女性と、かつて、どこかで会った事がある。
どこでなのか。そこまでは思い出せない。
だが、もどかしさを感じている場合ではなかった。
岩の巨獣が、眼前にいる。
両眼、口内、外皮の隙間を真紅に輝かせる、シロサイのような姿。その巨体が、窪地の外に這い上がって来た瞬間、さらに大きく膨れ上がったように翔には見えた。
「仕留めきれなかったか……いや仕留める、サンダービームを喰らいやがれッ!」
翔はカクセイパッドを掲げた。
迸った光が2つ、岩の巨獣を直撃する。2本の、光の投槍。B.O.T.改の連撃だった。
岩の装甲に光を突き刺したまま、巨獣はしかし揺らぐ事もなく、のそりと踏み込んで来る。
取り巻きの土男は6体とも、這い上がって来る前に撃砕・殲滅する事が出来た。
一番の難物が、しかし健在である。
「くそっ、こんな化け物を生き残らせちまって……」
「自分の力不足、なんて思っちゃ駄目だよ翔」
彩吹が跳躍した。いや、飛翔か。
「私たちの出番もしかしたら無いかも、なんて思っていたところ!」
黒い羽が舞い散り、そして爆発が起こった。宙を裂く美脚の一閃が、爆発にも似た気圧変化を起こしたのだ。
爆刃想脚が、岩の巨獣を直撃していた。シロサイに似た巨体が、僅かに後退する。
彩吹の身体が、跳ね飛ばされたかの如く高々と、再び跳躍していた。
「さすがに重くて頑丈……回数を叩き込むしかないねっ」
羽ばたいて方向を制御し、岩の巨獣に狙いを定め、彩吹は猛禽の如く降下した。
2発目の爆刃想脚が、飛び蹴りの形で妖に叩き込まれる。爆発が起こり、岩の巨獣を窪地の方へと圧した。
鉄槌のような蹄が、しかし地面に重く打ち込まれている。窪地の手前で、巨獣はしっかりと踏みとどまっていた。
彩吹が、軽やかに着地する。
「ふりだしに戻ってくれれば、と思ったけど……そう上手くはいかないか」
「ならば……!」
ツバメの額で、第三の目が禍々しく発光する。
破眼光が、岩の巨獣に突き刺さった。
硬直した妖の巨体に向かって、ツバメは踏み込んで行く。彩吹の攻撃が猛禽ならば、ツバメの襲撃は地を駆ける肉食獣だ。
巨大な鎌が、ツバメの優美な両手に操られて斬撃の弧を描く。螺旋状に、2つ。
死神の舞いを思わせる地烈が、巨獣の岩石外皮をいくらか削り取っていた。岩の破片が、飛散する。
ツバメが歯を食いしばる。
「固い……な。これは長引く戦いになりそうだ」
「それなら、じっくり腰を据えていくの」
鈴鹿が祈る。
青い炎あるいは光が、ツバメと彩吹の身体を包み込んだ。蒼炎の導だった。
「姫、どうか余にも1つ」
「これで我慢しな」
紡が、杖の先端のスリングショットで術式の塊を射出した。
戦巫女之祝詞が、プリンスを直撃していた。
吹っ飛んだプリンスが、岩の巨獣に激突する。
怒り狂ったかの如く、妖が吼えた。
強大・凶悪な力が地を揺るがし始めるのを、翔は足元に感じた。
「おおっと、地震は起こさせないよ」
プリンスが、岩の巨獣に組み付いている。
起こりかけた地震が、単なる地響きで終わった。
プリンスが一体何をしたのかは、よくわからない。とにかく岩の巨獣が、倒れていた。
「力の流れを乱し、妖の能力を封ずる……これぞ王家に伝わる秘奥義、ヒザカックンさ!」
得意げなプリンスに、紡が声を投げる。
「王家じゃなくてAAA秘伝でしょ。参点砕き、だっけ? 村井っち相手に特訓してたみたいだけど」
「うむ。その途中で、村井殿は教団への潜入任務に出てしまったんだけどね。何とか、余の自力で技の完成まで持って行きました! 褒めてツム姫」
そこで突然、プリンスの全身が燃え上がった。
岩の巨獣の、赤く発光する口内から、炎が迸ったのだ。
猛火の吐息が、プリンス1人にとどまらず彩吹を、ツバメを、焼き払っていた。
「このっ……!」
翔の怒りに合わせて雷雲が生じ、渦巻き、電光の嵐を吐き出した。
のそりと起き上がった妖の巨体を、雷獣の咆哮そのものの稲妻が直撃する。
その間、紡が翼を広げ、叫んでいた。
「こりゃもう回復役にジョブチェンジしないとヤバいね……瀬織っちゃん、一緒にお願い!」
「わ、わかったの!」
鈴鹿が印を結ぶ。
女性覚者2人分の、潤しの雨が降り注いだ。
ツバメ、彩吹、プリンス。その3人を包み焼いていた炎が、消えた。
「……やってくれたね。髪がチリチリになったよ、覚悟は出来てる!?」
焼けただれた肌を、焦げちぎれた羽を、水行の癒しで再生させながら、彩吹が猛然と踏み込んで行く。
繰り出された槍が、炎をまといながら岩の巨獣を滅多刺しにする。連続の豪炎撃。火の粉と岩の破片が、大量に飛び散った。
悲鳴と怒号の混ざり合ったものを発する妖の巨体を、斬撃の風が薙ぎ払った。岩の外皮がざっくりと裂け、溶岩のような鮮血が散る。
ツバメの、疾風双斬だった。
「女の、髪と肌に傷をつける……それが一体どういう事なのか、まあ少し思い知ってみるがいい」
くるり、と大鎌の動きを止めながら、ツバメが破眼光を放つ。
放たれた光が、岩の巨獣の裂傷部分を抉る。
硬直した妖の巨体に、プリンスが突っ込んで行く。
「余は男の子だからね! いくらでも傷付けるといい。姫たちへの攻撃は、全て余が引き受けるっ」
巨大な妖鎚が唸りを発し、岩の巨獣を直撃する。貫殺撃・改。シロサイに似た岩石質の巨体が、へし曲がった。
へし曲がった巨獣が、しかし即座に体勢を立て直しながら、蹄で地面を穿つ。
砕けた土を舞い上げながらの突進が、プリンスを轢き飛ばしていた。
今度はプリンスの方が、へし曲がりながら地面に激突し、よろよろと立ち上がりつつ情けない声を出す。
「ご、ごめん、やっぱり痛い……助けて姫」
巨大な水滴が、プリンスを直撃した。
紡が、杖の先端のスリングショットで『癒しの滴』を飛ばしたところである。
「本当に長引きそうだからね。盾の役目、しっかり務めてもらうよ殿」
水飛沫を飛ばしながら妖の方へと吹っ飛んで行くプリンスに、紡はそう言い放った。
●
鈴鹿の破眼光が、とどめの一撃となった。
「汝、哀しき獣……我が力によりて祓い清めん。大人しく黄泉に還るがいいの」
岩の巨獣が、崩壊してゆく。
鈴鹿の小さな身体が、弱々しく後方へと揺らぎ、倒れそうになってツバメに支えられる。だがツバメも力尽きる寸前である。2人揃って、その場に尻餅をつく事になってしまった。
「ふぃ~……キツかったぁ、今回の相手は」
「お疲れ、紡」
彩吹が微笑みながら、今にも倒れそうな足取りで歩み寄って来る。
「ボクは、疲れただけ……いぶちゃんは死にかけてたよね」
「ふふっ、王子ほどじゃないよ」
大破したロボットのように、プリンスは倒れていた。
同じく倒れた翔が、這いずり寄って気遣う。
「お、おい……しっかりしろ王子」
「……ダメだぁ……姫たちが助け起こしてくれないと……余は、生き返らない……」
「と、いうわけ。ほっといていいよ相棒」
紡は声を投げた。
「それより……へばってる場合じゃないね。教祖サマを、捜してあげないと。トゥーリ、お願い」
「頼むぜ、空丸……」
「さ、出番だよカグヤ」
3羽の守護使役が、窪地の中へと飛んで行く。
(生きててよね、教祖サマ……まったく、ツンデレも程々にしなきゃ駄目だっての)
教祖・祁答院晃は、あの岩の巨獣と1対1で戦おうとしたようだ。この村を、守るために。
「オレ……謝らなきゃ。あいつに、ひでえ事言っちまった」
俯き加減に、翔が言った。
「さっきから送受心・改で呼びかけてるんだけどよ……駄目だ、返事がねえ」
「宗教にするしかない……か」
先日の戦いで祁答院が叫んでいた事を、紡は思い返してみた。
「1つのやり方なのかな。迫害みたいな事されるよりは、拝まれてた方がマシだもんね」
「だからってよ、七星剣と手ぇ結ぶなんて」
「宗教団体を立ち上げるには必要だったんだって。村井のおっちゃんがね、言ってた」
組織設営のノウハウ、人員派遣、資金援助。そして祁答院兄妹に対する、隔者としての戦闘訓練。
そういったものを全て引き受けていたのが七星剣なのだと、村井清正は病室で語っていた。
七星剣が、そこまでして入手しようとしていたもの。
窪地の底に半ば埋まりながら横たわる、巨人の骨格。
鈴鹿がいつの間にか立ち上がり、それをじっと見つめている。
「わたし……あの方と、お話してみたいの」
「待て鈴鹿、あれは危険だ」
ツバメが言った。
「迂闊に触れてはいけないもの、という気がする……実は戦闘中、あれとの接触と言うか意思の疎通を試みた。協力を得られる、というのは虫が良すぎるにしても、せめて私たちの敵なのか味方なのかはハッキリさせたかったからな」
「敵、だったわけ?」
紡は訊いた。ツバメは一瞬、考え込んだようだ。
「……とてつもなく、暗く重く冷たい思念が返って来た。まるで私を、押し潰すような」
「……暗くて、重くて……冷たい……」
鈴鹿が呟きながら、第三の目を淡く発光させている。骨の巨人との会話を、試みているようだ。
「それは……あの方が、帰りたがっている場所なの。今までずっと埋まっていた地の底よりも……暗くて重くて、冷たい場所……そこが、あの方の……故郷……」
鈴鹿は、涙を流していた。
「そこは、わたしたちの故郷でもあるの……だけど、わたしたちは……もう、そこへは帰れない……せめて、あの方を連れて行ってあげたいの……」
「ありがとう」
声がした。
海原遼子が、いつの間にか、そこにいる。
紡は、とりあえず微笑みかけた。
「それって……何のお礼?」
「もちろん、妖を倒してくれた事へのね。聞いて? おみつめ様からも、お言葉があります」
1人の少女が、遼子の傍から、しずしずと進み出て来る。
「あなたたちが……来て、下さるなんて……」
おみつめ様……本名・祁答院恵。村人たちへの治療術式で力を使い果たし、今まで昏睡に近い状態にあったという。
「私たちは、あなた方に……あなた方の、お仲間に酷い事を……それなのに……」
「おみつめ様、だからオミ姫? それともメグ姫がいい?」
プリンスが突然、復活した。
「呼び名の通り、とっても綺麗な目をしているね! 目は見るだけ、だが意志を持って見る事で、悪を射る視線となる。王家に伝わるイケメンワードさ、カッコイイだろう?」
紡は、プリンスの耳を引っ張った。
「どこからパクった言葉?」
「は、はい。昨日読んだマンガですぅ……」
そんなやりとりを見つめていた恵の顔に、微かな笑みが浮かぶ。
「本当に、ありがとうございました」
「貴女の兄者上、思い込みの激しいタイプだよね。ジャンケン苦手でしょ」
プリンスが言った。
「守るって言葉ね、力ある王が力なき民によく使うけど、逆の場合だっていっぱいあるんだ。貴女もずっと兄者上を守ってた事、帰ったら教えてあげよう」
「……あなたたちに、兄の事でまで御面倒は……」
「そんな事を言うな!」
彩吹が叫び、羽ばたいた。
「カグヤが見つけた。待ってろ祁答院晃、今助ける!」
飛翔した彩吹がしかし、もはや飛ぶ力もなく、窪地の底へ弱々しく墜落してゆく。
「兄さんだろ……妹のためにも生きろ!」
骨の巨人にすがりつくように彩吹は這いつくばり、叫んでいた。
「それが出来ない奴に、村1つなんて守れるものか!」
半ば埋もれた、巨大な骨格。
その胸郭の中、まるで鉄格子のような肋骨の内側に、祁答院晃はいた。
意識はない。が、辛うじて生きてはいるようだ。
「お兄様……!」
恵の声が、かすれた。
その傍に、いつの間にか鈴鹿がいる。
「あなたの神様が、守ってくれたの」
「私の神様が……」
「神様とも、あなたとも、わたし……お友達になりたいの」
「貴女は……どうして、そんなに傷だらけなの……?」
「こ、これは何でもないの」
鈴鹿の小さな身体を、恵はそっと抱き締めていた。
それを見守るツバメに、遼子が声をかける。
「貴女も、同じ因子を持っているのでしょう? あの輪に入りたいとは」
「そんな資格はない」
ツバメは、いくらか暗く微笑んだ。
「私は、貴女がたの神様とやらを利用したいと考えているからな。何しろ大妖もいる、七星剣もいる。少しでも戦力が欲しい」
「あれは……見ての通り、屍よ。大妖と戦う力なんて」
「それでも、すげー力だと思う。妖の地震を抑えてくれてたし、晃だって助けてくれた」
翔が言った。
「あの神様って、どっから来たんだろうな。鈴鹿の言う通り、暗くて、重くて、冷たい場所……」
「だけど、ボクたちの故郷みたいな場所……」
紡は、ぼんやりと気付いた。
「それって……もしかして、海?」
「あんたも……そこから来たんじゃないのか、海原さん……」
翔は、震えていた。
「オレは……あんたが何者なのか、わかった気がする……」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
