地獄へ落ちる覚者たち
地獄へ落ちる覚者たち



 物騒な世の中になったものだ。
 昔、俺たちと組んで色々と悪さをしていた今野が、殺された。どこぞのテロ集団よろしく、綺麗に斬首されていたらしい。
 金のトラブルで俺たちと喧嘩別れをした後、今野はブリーダー紛いの商売に手を染めていたようだ。仔犬や子猫を大量に産ませて売りさばこうとしていたわけだが売れず、結果として百匹を超える犬猫を無残に死なせた。
 まさしく腐れ外道の所業である。
 俺は、可愛い動物を殺した事はない。可愛くない人間を、山に埋めた事ならあるのだが。
 連続婦女暴行犯の有賀洋平が、拘置所で殺された。原形をとどめないほどズタズタに切り刻まれていたと言うから、世間は大喝采である。
 悪い事なら大抵やらかしてきた俺も、性犯罪だけは未経験である。もてるからだ。暴力に訴える必要もなく、女の方から寄って来るからだ。セレブな人妻に飼育され、お小遣いをもらって生活していた事もある。
 少し前に起こった6億円強奪事件の主犯である西照彦が、刑務所内で殺された。頭から股間まで、真っ二つに叩き斬られていたと言う。
 何十万円レベルの詐欺になら、俺も関わった事はある。6億円などというのは、正気の沙汰ではない。
 どいつもこいつも、死んで当然の連中なのだ。
 比べれば、俺の悪事など慎ましやかなものである。
 俺が罰を受けなければならない理由など、ないはずであった。
「ひいっ……お、俺ぁ悪くねえ……俺、ただショベルカー運転してただけだよう……」
 俺は今、切り刻まれていた。
 手足を切り落とされ、はらわたを引きずり出され、いよいよ死ぬ、というところで、
「活きよ」
 その一声をかけられる。
 手足もはらわたも、元に戻る。俺は、治ってしまう。
 そしてまた、死ぬ寸前まで切り苛まれる。その繰り返しだ。
「しょうがねえじゃねえか……上からの命令で……それに、あの野郎が金返さねえから……」
「なかなか、しぶといねえ。あいつらは、すぐ死んじまったのにさ」
 女の声だった。
 あられもなく和服を着崩した、ぞっとするほど魅惑的な女。その周囲に、剃刀みたいなものが大量に浮かんでいる。
 男もいた。まるでホストのような、イケメンの細マッチョが1人。そいつが言う。
「俺が、こうして治してやる暇もなく……な。活きよ」
 真っ二つになりかけていた俺の身体が、くっついてゆく。
 生殺しの目に遭いながら、俺は呻いた。
「あの女だって……旦那が、構ってくれないって言うから……」
「殺生、偸盗、邪淫……お前は、全てを犯している」
 男がもう1人。布の覆面を被った、褐色の大男である。
 そいつが、燃え盛る鞭で俺の両足を粉砕した。
「閻魔王は、お忙しくあられるゆえ……我らが裁く」
「生きながら等活、黒縄、衆合の各地獄を味わうがいい。さあ活きよ」
「ああ本当……地獄に落ちて来るのはクソばっかりだけど、クソをひり出してやがるのはこの現世なんだねえ。地獄にこれ以上クソは要らない、だからここを新しい地獄にしてやるよっ」
 計3人、女1人と男2人の組み合わせだ。
 こいつらが何を言っているのか、俺にはわからない。
 俺はただ、悲鳴を漏らすだけだ。
「助けて……も、もう……殺してくれえぇ……」


 久方相馬(nCL2000004)は、夢を見た。
「やあ、夢見の少年。私だよ、火車だ。
 先だっては厄介をかけて申し訳なかった。あれから閻魔王にこっぴどく怒られてね。今、叫喚地獄で煮られているところさ。
 私の骨から、香ばしい出汁が出ている。私のはらわたが、良い感じに煮込まれている。獄卒たちが、それを当てに一杯やっているよ。出来れば君たちも呼んであげたいが、それどころではなくなった。
 その獄卒が3名ほど、そちらへ出て行ってしまったのさ。
 地獄に落ちて来る者の、あまりの多さと悪業のひどさに、3人とも切れてしまってねえ。
 連れ戻しに行くのは本来私の役目なのだが、ご覧の通り懲罰の最中で動けない。
 私が仕事に穴を開けてしまったせいで、牛頭も馬頭も忙しい。
 心苦しいが、また君たちに面倒をかけるしかないのだよ。獄卒3名を、構わないから地獄へ叩き返してやって欲しい。礼と言っては何だが、覚者の皆が地獄へ落ちて来た時には、何とか便宜を図らせてもらうよ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・獄卒(壱、弐、参)の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 今回の敵は古妖・獄卒が3体。
 一般人の小悪党・安川浩夫(非覚者、男、34歳)が、彼らによって殺されかけて治療され、また殺されかけて治療され、という目に遭っております。そこへ覚者の皆様が突入したところが状況開始です。

 場所は、安川の車が止めてある地下駐車場。夜なので照明が灯っており、戦うのに支障のない広さもあります。
 敵の詳細は以下の通り。

●獄卒・壱
 等活地獄勤務。体格の引き締まった美青年。攻撃手段は剣(物近単)のみですが、「活きよ」の一言で獄卒3名全員の体力を『癒しの霧』並みに回復させます。前衛。

●獄卒・弐
 黒縄地獄勤務。覆面の巨漢。攻撃手段は炎の鞭(特近列、火傷)。前衛。

●獄卒・参
 衆合地獄勤務。和服を着崩した美女。攻撃手段は、刃の葉の乱舞(物遠全)。中衛。

 状況開始時点で、安川は死にかけております。治療役の獄卒・壱が覚者の皆様に注意を向けてしまうので、最初のターンで術式による回復を行わないと安川は死亡します(彼の生存は、成功条件には含まれません)。

 安川が倒れているのは自分の車の近く、獄卒・参の後方つまり敵後衛の位置になります。

 その後、獄卒たちは覚者の皆様との戦闘に専念し、自分たちの勝利で終わるまでは安川に危害を加える事はありません。

 普通に戦って体力を0にすれば、獄卒たちは地獄へ引き戻されます。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年12月06日

■メイン参加者 6人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)


 悪い事をすれば地獄へ落ちる。
 教育的思想である事を『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)は否定しない。授業で扱ってみてはどうか、という話も出る。
「俺ぁ面白えと思うなあ。やろうぜ先生、道徳の授業とかで」
 楽しげに『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)は言った。
「地獄ってさ、人殺しをやらかした奴はここ盗んだ奴はここってなふうに行く場所がいちいち決まっててよ。喰らう刑罰も、切り刻まれたりとか煮られたりとか虫にかじられたりとか、すっげえ細かく設定されてんのな? で、それが何兆年とか続くわけだろ。その設定考えた奴、凄えよなあ。とにかく悪い奴は徹底的に悲惨な目に遭わねぇと気が済まねえ、って感じか? まあ気持ちはわからんでもねえ、っつーかよくわかる」
「確かにね。せめて死んだ後で罰を受けて欲しい、と人から思われるような輩が昔から多かったのだろうとは思う」
 秋人は言った。
「にしても、学校で教える事じゃあないよね」
「まあ授業じゃなくてもな、地獄ってもんを体験学習出来るチャンスってわけだ……なあおい獄卒ども、地獄じゃ一体どうゆう事やってんのか教えて下さいよコラ」
「……何だ、貴様ら」
 地下駐車場の一角。血まみれの男が1人、倒れ伏しており、それを3人の男女が取り囲んでいる。
 ホストのような美しい青年、覆面の大男。和服をしどけなく着崩した、風俗嬢のような美女。
 こちらに気付いて、まず言葉を発したのは青年だ。
「人間の分際で、我々の邪魔を……いや? 貴様らは」
「ふん、ただの人間じゃあないね」
 美女が、現れた覚者6名をねっとりと観察する。
「衆合地獄にも割と頻繁に落っこちて来る、あの隔者って連中と似てる感じ……ははん。覚者ってのは、あんたたちだね」
「ほう、覚者だと」
 大男が言った。
「まさか、とは思うが……火車殿を退けたというのは」
「はいはーい! あすかたちなのよ」
 楽しげに片手を上げているのは『ゆるゆるふああ』鼎飛鳥(CL2000093)である。
「今度は、あなた方を退けるのよ。閻魔さまに代わって、お仕置きなのよ!」
「何しろ火車が、お出汁になっちゃってるからね。俺たちが、やらないと」
 続いて『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、動いた。
「ここは地獄みたいなもんだけど地獄じゃないんだ。あんた方の好きにはさせない!」
 闇社会の関係者にしか見えない男女3名……獄卒たちの横を、奏空は駆け抜けて行く。血まみれで倒れる男のもとへ、向かおうとしている。
「待て貴様……」
「おっと。お前らの相手は、俺たちだ」
 直斗と共に前衛の位置に立ちながら、『花屋の装甲擲弾兵』田場義高(CL2001151)が獄卒たちを牽制する。
「火車の旦那が動けないからって、地獄の裁きを現世でやるなんざ……越権行為もお門違いも過ぎるってもんだぜ。現世の裁きは現世の者がやる。お前さん方には手を引いてもらおうか」
「何をほざく。現世の裁きが行われていないからこそ、こやつは生き長らえて悪事を重ねているのではないのか」
 獄卒の壱番目、たちの悪いホストのような美青年が、血まみれの男に親指を向ける。
「貴様ら人間どもの裁きはな、ぬるいのだよ。だから罪人どもが図に乗って悪業を重ねてゆく」
「裁きを、人間どもには任せてはおけぬ!」
 獄卒の弐番目、死刑執行人のような覆面の巨漢が、燃え盛る炎の鞭を振るおうとする。
 その時にはしかし、直斗が妖刀を抜き放っていた。
「図に乗りまくってる極悪罪人がここにいるぜぇえ!」
 黒い獣が牙を剥いた。秋人には、そう見えた。幻視をもたらす斬撃が、獄卒の壱、弐を薙ぎ払う。
「そんな小悪党じゃあねえ俺を裁いてみろ! それとも何だ、俺が怖ぇか? 俺に負けて地獄の看板に傷がついちまうのは確かに怖ぇーよなああギャハハハハ!」
「……小僧がッ!」
 鮮血を散らせ、よろめきながらも、獄卒・壱が剣を振るう。
 返礼の斬撃を喰らった直斗が、のけぞりながら大量の血飛沫を噴射した。
 獄卒の参人目である美女が、崩れた着物をはためかせて舞う。
「ねえ坊や? アンタが殺した連中はねえ、あたしらの玩具になってるよ。仲間入りをするかいッ!」
 木の葉が、大量に生じて風に舞った。木の葉の形をした、それらは無数の刃であった。
 直斗、だけではない。覚者6名全員の身体が、ズタズタに裂けて鮮血を散らす。
 秋人は、歯を食いしばった。
 同じく歯を食いしばって激痛に耐えながら、飛鳥がステップを踏んで杖を振るう。
 水行の癒しが、雨となって降り注いだ。
 潤しの雨が、覚者6人だけでなく、血まみれで倒れていた男にまで治療をもたらしてゆく。
「も……もう嫌だ……殺してくれえ……」
「そうはいかない。あんたには、現世での裁きを受けてもらう」
 奏空が、怯える男の顔を正面から見据えた。
「安川さん、だったね。逃げないでよ? 離れられたら、庇いきれない」
「ひっ……ひいい、ななな何だお前らぁあああ!」
「だから、逃げるなと言っているんだ」
 男の逃げ道を、『人妖の架橋』切裂ジャック(CL2001403)が塞いでいた。
「逃げたら追う。ファイヴの追い込みはな、ヤクザよりキツいぞ」


 無理もあるまい、とジャックは思う。
 地獄へ落ちるような人間を毎日、何百年も見続けているのだ。心は荒んでくるだろう。
「現世まで出張して、どいつもこいつも皆殺しに……したくなるだろうよ。ただ見てるだけでも許せなくなる連中だもんなあ、人間ってのは」
 獄卒・弐が、炎の鞭で直斗と義高を打ち据える。
 火傷を負いつつ倒れかかった直斗を、同じく火傷を負った義高が掴んで引きずり立たせる。自身に『灼彩練功』を施しながら。
「どうした飛騨。おねむの時間か?」
「ああ……鈴白先生にしこたま宿題もらってよ、寝不足なんだ」
「なるほど、それなら目を覚まさせてあげるよ」
 大量の水が、直斗を直撃した。他の覚者たちには、やんわりと水滴が降り注ぐ。
 秋人の『潤しの雨』だった。
 癒しの力を浴びながら、ジャックは安川を睨み据える。
「おい、助かりたいか?」
「は……はい、出来る事なら……」
「これだよ、殺してくれとか言ってた奴が」
 ジャックが舌打ちをしている間に、奏空が踏み込んでいた。錬覇法の輝きを、両眼に宿しながら。
「大人しくしててよ安川さん! これ以上、生き地獄を味わいたくなかったらね!」
 双刀・天地が、闘気を帯びて一閃する。絶界・撃。
 血を噴き、よろめく獄卒・壱を庇うように、獄卒・弐の巨体が進み出る。そして炎の鞭を振るおうとするが、その前に直斗が妖刀を掲げ、凶花を咲かせていた。
 花びらが舞った。毒香の嵐が、男の獄卒2名を包み込む。
「ぐっ……こ、これしき!」
 毒に耐えながら、獄卒・壱が剣を一閃させる。
 その刃が、義高の分厚い胸板に突き刺さった。そして抜けなくなった。
「貴様……!?」
「……捕まえたぜ、獄卒の旦那」
 血を吐きながら、義高がニヤリと笑う。
「……おい、わかっているのか安川とかいうの」
 ジャックは印を結んだ。
「花屋のおやじも、探偵も先生も、可愛い方の兎も可愛くない方の兎もなぁ、お前を守るために戦っている! お前なんか守るために、死ぬ思いでだ! ったく、これだから人間って奴らはなあぁッ!」
 怒りの叫びに合わせて、大祝詞・戦風が吹き荒れる。
 吹き荒れる術式に後押しされて、飛鳥が可愛らしく杖を振るう。
「ジャックお兄さんも、なのよ。悪い人を守るために一生懸命っ」
 氷の煌めきが生じ、鋭利な氷柱が発射されて、動けぬ獄卒・壱を刺し貫く。
「調子に……乗ってんじゃないよ人間ども!」
 獄卒・参が怒声を響かせ、刃の葉を舞わせた。
 敵の刃を胸板で止めたまま義高が、自身に蔵王・戒を施しつつ、太い両腕を広げている。が、この広範囲に渡る斬撃の嵐を、単身で全て受けきれるものではない。
 わかっていながら、ジャックも両腕を広げていた。安川を庇う格好となった。
 偶然だ。
 全身を切り裂かれ、鮮血の霧を飛散させながら、ジャックはそう思った。
「ね、ジャックお兄さん……可愛くない兎ちゃんなんて、いないのよ」
 同じく血まみれになりながら、飛鳥が苦しげに微笑む。
「直斗お兄さんだって、可愛いのよ……」
「ヘヘ……どうよジャックさん。俺の可愛さ、筋金入りだろ」
 そんな事を言いながら直斗が、義高もろとも高熱量の一撃を喰らい、倒れ、よろりと立ち上がる。
 獄卒・弐の、炎の鞭だった。
「気にするなよ、直斗……」
 ジャックの右手に、鮮血の霧が集まって細長く固形化し、長柄の形を成してゆく。
 それは、血液で出来た大鎌だった。
「お前よりもな、ずっとずっと可愛くない兎が……いるんだよ」


「何故かな……君たちの意思と行動が一致していない、ように俺には思える」
 潤しの雨を降らせながら、秋人が言う。
「地獄へ落ちる人間たちの、悪業が許せない……と言うよりも。地獄の外へ出て、ただ殺戮を楽しんでいるだけに見えてしまう。どうなのかな? 獄卒の君たち」
「獄卒って、そういうもの……らしいよ、鈴白先生」
 切り裂かれた全身に、ひんやりとした癒しの力が染み渡る。その痛みを噛み締めながら、奏空は言った。
「とにかくね、罪人を殺しては生き返らせてまた殺す。何千年も何万年も、地獄でずっと……それが獄卒っていうものなんだって。俺が、お寺で教わった事だけどっ」
 言いつつ、疾駆する。ジャックの吹かせた戦風が、身体を軽快に運んでくれる。
「とにかくそれは、あの世でのお話! この世へ出て来て、そんな事するのは許さないよ。閻魔様も、聖観音様も、もちろん俺も!」
 大祝詞による後押しを得た絶界・撃が、立て続けに一閃して獄卒・弐と参を叩き斬る。血飛沫と絶叫が、迸る。
 義高の筋肉に斬撃を止められた獄卒・壱には、直斗が斬りかかっていた。
「獄卒さんよォ、首置いてけよ。そのイケメン生首、干して縮めて飾ってやっからよぉおおッ!」
 白い兎が、ないはずの牙を剥いた。
 激鱗、それに猛の一撃。戦風に吹かれた直斗の攻撃は、絶好調であった。
 等活地獄の罪人の如く斬られた獄卒・壱が、悲鳴に近い声を発する。
「ぐあっ……い、活き」
「遅い」
 足音が3度、響いた。
 残響が消えぬうちに、血の大鎌が一閃していた。
「あの世でな、罪人どもを……何億年先になるかわからない生まれ変わりに備えて更正させるのが、お前らの仕事だろ。こんな所で、さぼるなよ」
 ジャックが言い放つ。
 獄卒・壱は倒れ、動かなくなった。
 義高が、胸板に残った剣を左手で引き抜いて捨て、右手で戦斧を構える。
「さて……火車の旦那がな、興味津々だったよ。お前さん方、地獄の住人は、死んじまったら一体どこへ行くのか」
「我らが、死ぬ……だと!? 戯言を!」
 炎の鞭を振るおうとする獄卒・弐に、飛鳥が凛とした声を放つ。
「死んだ人たちをいつも虐めてるくせに、自分が死ぬ覚悟ないなんて言語道断なのよ!」
 氷柱の矢が、獄卒・弐の巨体を貫通し、参の豊麗な肢体に突き刺さる。
 硬直した獄卒・弐に、義高がとどめの一撃を叩き込んだ。
「ま、こんなもんで地獄の連中を殺せるかどうか! わからねえがっ」
 戦斧が、暴風のような唸りを発した。
 各種術式で強化された激鱗が、獄卒の巨体を叩き斬る。
「……死の恐怖ってもの、体験しとくのは無駄じゃねえと思うぜ」
「黙れ! 死の恐怖に震えるのはお前らだよ!」
 獄卒・参が怒り叫び、刃の嵐が吹き荒れる。
 こう何度も喰らえば、見えてくるものはある。奏空は双刀を振るい、襲い来る刃の葉を超高速で叩き落とした。火花が散った。
 全て、というわけにはいかない。弾き損ねた刃の葉が何枚か、奏空の身体に薄手を負わせる。
 微かな痛みに奏空が耐えている間、獄卒・参の身体に、光の矢が突き刺さっていた。
「死んだ人を、ひたすらに責め苛む……そんな地獄のありように、言いたい事がないわけではないけれど」
 B.O.T.を射出したばかりの弓を下ろし、秋人が言う。
「干渉すべきではない、という事くらいはわかるよ。そちらにはそちらの、こちらにはこちらの世界での裁き方がある。お互い、とやかく言うのはやめた方がいいと思うんだ……ただね、切裂くんの言う通り」
 ちらり、と秋人の視線がジャックに向けられる。
「……切裂くん、というのは苗字なのかな?」
「うーん。ま、それも不干渉って事で」
「そうか。まあとにかく彼の言う通り、罪人相手の仕事で心が荒むというのは、わからなくもない。もう1度、こちらへ来る事があるとしたら……もう少し穏便なストレス解消方法を、俺でも教えられると思う」
 獄卒たちは応えない。3名とも、倒れている。
「ストレス、か」
 義高が言った。
「火車1人が動けないだけで業務が回らなくなって、牛頭も馬頭も忙しい、獄卒もストレスでぶち切れる……地獄の職場環境ってのは、やっぱ地獄なのかな」
「義高……お兄さん。それちょっと、おやじギャグっぽいのよ」
「そ、そうか?」
 飛鳥の言葉に義高が、毛髪のない頭を掻いている。
 その時。地下駐車場に車が1台、入って来た。
 黒塗りの霊柩車が、覚者たちの近くに急停止した。
 降りて来たのは、2人の大男である。筋骨たくましい体格が、黒いスーツの上からでも見て取れる2名。
「ほう……すでに片付いているとはな」
 1人が言った。
 顔面が、縦に長い。まるで馬だ。
「なるほど……覚者、か」
「……何だぁ? 貴様ら」
 妖刀を構えようとする直斗を、奏空は制した。
「待て、直斗。この人たちは……」
「すまぬ、迷惑をかけた」
 大男のもう1人が、ぺこりと頭を下げた。その頭からは1対、角が生えている。猛牛の角だ。
 馬面の方が、倒れた獄卒3名をてきぱきと霊柩車に放り込む。
「……お役目、ご苦労様です」
 奏空も頭を下げた。
「で……その獄卒たちは、これから」
「それは閻魔王がお決めになる事。まあ焦熱地獄、辺りで済めば良いがな」
「ほう、あんた方は……ふうん、なるほど」
 ジャックが興味深げに、第三の目を開いている。
「いや、まさか生きているうちにお目にかかれるとはね」
「おぬし、これまでの戦いで何度か死にかけているだろう。我らの姿を、垣間見た事くらいはあるはずだ」
「ああ……おっかないものなら、何回かは見た。あれが、あんたらか」
「忙しい、と聞いていたが」
 義高が言うと、大男2人は苦笑したようだ。
「露骨に忙しがっては、また火車の阿呆が調子に乗るのでな。やはり自分がおらねば仕事が回らん、などと」
「やっぱり、もうちょっと懲らしめないと駄目なのよ」
 飛鳥が言った。
「火車さんに伝言をお願いするのよ。あすかはいい子だから、地獄には落ちないから。今回のご褒美は別のものにして下さい、なのよ。初夢で地獄見物とか、オモシロそうなの!」
「……そういう事を言っている人間がな、いくらでも地獄へ落ちて来るのだ」
 馬面の大男が言った。
「おぬし、この度の獄卒どもを見て何を思った?」
「どうせ悪い人を襲うなら、七星剣をやっつけてくれれば良かったのに! なのよ」
 大男2人が、顔を見合わせた。
「……無理かな、これは」
「うむ。地獄へは落ちずとも、餓鬼道か畜生道か……すでに畜生道には片足を入れておるようだが」
「獣の因子が出てるだけなのよ!」
 じたばたと怒る飛鳥の頭を軽く撫でながら、義高が言う。
「俺からも火車の旦那に伝言を頼みたい。忙しい身なのはよくわかった、勤めを終えたらまた遊びに来い。慰労を兼ねて酒でも奢ってやる、とな」
「気持ちだけは伝えておこう。我らとしては、あの大馬鹿者を甘やかして欲しくはないが」
 霊柩車に乗り込んで行く大男たちに、秋人が声をかけた。
「獄卒たちの……心のケア、みたいなものは大事だと思う。今回のような事が、また起こらないようにね。変な話だけど、彼ら彼女らに『趣味』を持つ事を提案してみたいな。読書や食べ歩き、女性の獄卒には美容系のものなど」
「そういう話がな、出てはいるのだ。地獄へ落ちて来る人間たちの、心を知る必要はあるのではないか、というな」
 大男の片方が、運転席から角の生えた頭を出した。
「我々から、おぬしたちには……せいぜい善行を積んでくれとしか言えん。特に、そこの兎。地獄で会わぬ事を祈っているぞ」
 霊柩車が、走り去って行く。
 言い残された直斗が、頭を掻いた。
「今更、な……ま、俺も人の事ぁ言えねえが安川とやら。次はねえぞ? これから自分のやる事、わかってんだろうな」
「どんな事情があろうが、一線を越えれば犯罪者だ」
 ジャックも言った。
「とっ捕まって、裁かれて、償う覚悟は出来てるよな? まあ今からでも遅くはない。きちんと此岸で償いをすれば、閻魔様の判決にも少しは手心が加わるかもな」
「……自首、するよね?」
 俯いて泣きじゃくる安川の眼前で、奏空は屈み込んだ。
「拒むなら無理やり、突き出すしかない。そんな事はしたくないぞ」
「ほら泣いてんじゃねえよ小悪党。貴様どうせ地獄行きだ、覚悟決めろ」
 言いながら、直斗が天井を見つめた。いくらか不安げにだ。
「俺も……地獄行きかなあ、やっぱ」
「あすかは天国へ行くから、お釈迦様にお願いして蜘蛛の糸を垂らしてもらうのよ」
「駄目だろうね。何だかんだ言って飛騨くんは結局、他の人に蜘蛛の糸を譲ってしまうよ」
 飛鳥と秋人が、笑い合っている。
 奏空は、ぽんと直斗の肩を叩いた。
「地獄にも、仏の救いはあるさ。南無」
「……拝むな、縁起でもねえ」
 直斗の口調が、暗くなってゆく。何か奢ってやるべきか、と奏空は思った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです