<無血決戦>十一の力と正義を削ぎに行け
<無血決戦>十一の力と正義を削ぎに行け



 イレブンの実働部隊が崩壊――
 覚者に対抗する『牙』を失い、イレブン内部は動揺が走っていた。
 数多の憤怒者を束ねるイレブンは、多数の幹部による議会制である。議会制は複数の意見が出るメリットがあるが、意見が割れるというデメリットもある。人は三人集まれば派閥が生まれる。覚者を排しようと集まった者達だが、その内容は様々だ。
 ――覚者という自分の常識外の存在に台頭されたくない者。
 ――組織運営によって生まれる利権をようとする者。
 ――混迷した世情の中、武器のルートを確保する者。
 ――組織の上層という名誉欲にかられた者。
 純粋に隔者に対する怒りで動くものは、この議会にはいなかった。そう言った者達は隔者に挑み、そして散っていったからだ。実際に戦えないからこそ彼らはここにいる。故に自分達の代わりに戦ってくれる『牙』を失い、焦っていた。
 どうする?
 実働部隊を作り上げるのにどれだけ時間がかかる? 金は? それだけあれば他に出来ることはあるのでは? 俺の目的のために。七星剣の動きは? 黒霧が攻められているか。なら軽々には動けまい。なら猶予はある。下手に動くよりも勝機を待つのだ。
 会議の内容は大まかそんな流れだった。脅威である七星剣とFiVEがぶつかり合っている以上、早期の武力介入はない。ならば今は時を待とう。そして勝機を待ち、盛り返すのだ。
 彼らは正しかった。七星剣の黒霧と交戦しているFiVEに、イレブンに対して攻勢を仕掛ける余裕はない。資金的にも人数的にも。
 そして彼らは誤っていた これは覚者と一般人との戦い――ではない。
 覚者と人。その格差に対する戦いなのだ。


「イレブンの実働部隊が壊滅したことは皆も耳にしていると思うわ。
 ここで追撃を仕掛けることで、イレブンの組織力を大きく削げる」
 覚者達を集めたのは所長の御崎 衣緒(nCL2000001)だった。意外といえば意外な呼び出し主と相手に困惑する覚者達。その困惑を他所に衣緒は説明を続ける。
「追撃、と言っても殴りこみに行くわけじゃないわ。そもそもそれで覚者と憤怒者の闘いが終わるとは思わない。禍根を残す終わり方をすれば、また同じことの繰り返しになるわ。
 イレブンという車のガソリンともいえる二要素。これを攻撃するの」
 指を二つ立てて衣緒は言葉を続けた。
「一。資金力。現状、イレブンは複数の組織のバックアップを受けている。そこに働きかけてイレブンから手を引くように話しかけるのよ。イレブンと繋がっている人と話し合うまでは用意できるわ」
 そこで暴力的な行動をとれば、覚者は危険だと証拠づけられてしまう。あくまで話し合いだ。
「二。怒り。能力を持つ者への恐怖や偏見ともいえるわ。これに関しては貴方達が思うことを言えばいい。FiVEのこれまでの活動が後押ししてくれるわ」
 FiVEがこれまで行ってきた活動。それはFiVEという組織、ひいては覚者という存在の『説得力』を高めていた。
「上手くいけばイレブンは存在意義を大きく失い、自然消滅するかもしれない。そうなれば組織だった憤怒者の活動はなくなり、因子発現の有無による事件は減るかもしれないわ」
 ――御崎衣緒は夢見の久方三姉弟妹の後継人だ。血縁上他人である彼女が後継人となった理由は、他の親族が受け入れなかったに過ぎない。夢見という能力を恐れ、覚者の存在を恐れた親族が、共に過ごせないと見捨てたのだ。
 その事実がどのような棘となったか。彼女はけして語らない。
 語るべきは、ただ一言。
「皆、頼んだわよ」
 信頼する覚者達への労いだった。


■シナリオ詳細
種別:決戦
難易度:決戦
担当ST:どくどく
■成功条件
1.イレブン幹部の説得
2.世間へのアピール
3.なし
 どくどくです。
 これもまた決戦。

●説明っ!
 実働部隊がほぼ壊滅したイレブン。その力を削ぐための作戦です。
 一つはイレブンに出資している者に接触し、手を引かせること。
 もう一つは覚者として声を張り上げ、憤怒者の戦意を削ぐこと。
 出資者への接触や、主張する場所はFiVEが用意してくれます。覚者達がやるべきことは、それからです。

【1】イレブン出資者
 接触場所は京都市内のホテルです。ドレスコードなどは満たしているものとします。
 上手く説得することでイレブンの資金力を削ぐことが出来ます。

・赤石恒雄
 67歳男性。SF小説の作家です。『機械が人を支配する』系の小説で大ブレイクしました。覚者を『いずれ人間を支配する』と主張し、扇動しています。
 もっとも、冷めた視点ではそれはないかもな、と思っている部分もあります。

・青井修介
 55歳男性。規模は小さいが、運送会社社長。イレブンの物資を運ぶ役割でした。
 イレブンの依頼を受ける事でどうにか会社を存続させていました。その反面、悪事であることも理解しており板挟みになっています。

・緑川里美
 46歳女性。表の顔はバーの店長ですが、武器の流通ルートを確保しておりイレブンとは顧客関係です。法の裁きに任せてもいいですが、その場合流通ルートは闇の中です。
 実働部隊壊滅後、イレブンには旨みがないと思っています。

・黒崎哲也
 98歳男性。イレブン初期のメンバーです。ただそれだけの男で、実力も器も大したことはありません。ここにいるのも、偶然生き残っただけです。
 イレブンの上に立つだけに執着しています。イレブン崩壊を頑なに認めようとしませんが、逆に認めてしまえば野心は萎えてしまうでしょう。

【2】
 TV放送により、覚者と憤怒者との戦いを語ります。インタビュー形式でもいいですし、壇上から主張する形式でもいいです。
 上手く語ることでイレブン憤怒者の戦意を削ぐことが出来ます。

 ※
 特定の事件やNPCの思い出を語りたい場合は、その依頼のID(URLの末尾4ケタの数字)を書いてくれると、検索が楽になってどくどくが助かります。

 プレイング冒頭、もしくはEXプレイングに番号を書いてください。書いていない場合は、適当に割り振ります。
 他PCと同行したい場合は、IDを表記してくれると助かります……が文字数圧迫などの理由で削除しても構いません。
 本決戦でも魂は奇跡を起こします。ですが成否判断はあくまでプレイングであることを忘れないでください。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
50LP
参加人数
29/∞
公開日
2017年12月07日

■メイン参加者 29人■

『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『月々紅花』
環 大和(CL2000477)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『凡庸な男』
成瀬 基(CL2001216)
『Mr.ライトニング』
水部 稜(CL2001272)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)

●青井修介
「青井さん、実は分かってるんだよね? これが良くないことだって」
 渚(CL2001360)はずばりと踏み込んできた。青井がイレブンに加担する理由に。そしてその心理に。言われた青井は糾弾される時が来たか、と表情を曇らせる。
「ああ、ええと違うんです。家族や会社を守るため、というのは仕方ないと思います。
 でも例えば、その社員さんや家族が因子発現したら……貴方は今までイレヴンが覚者にしてきたのと同じ目に遭わせることが出来るってことなのかな?」
「…………」
 ノーコメントを貫く青井。もしかしたら過去にそういった事例はあったのかもしれない。あるいは想定していなかったのかもしれない。
「それにイレヴンは力を失い始めてるみたい。このまま続けても会社が存続させられるかは分からないんだよ?
 お願い。自分達が今までやってたことが良くないことなんだって認めてさ、全うなやり方で立ち直ってよ」
「それは……」
 渚はこれ以上突き詰めても効果が薄いという感触があった。言っていることは正論だが、だからこそ青井は渚の言葉を拒否する。
 自分が正しくないことなど、言われるまでもなく青井はわかっているのだ。それでもそうせざるを得ない事情があるにすぎない。正しい、でお腹は膨れないのだ。 
「人はわからないものを恐れます。妖も、古妖も、覚者もそれは同じだったのでしょう」
 有為(CL2000042)は己の過去を振り返りながら、青井に語る。誰かを恐れること。誰かを憎むこと。これは人間としてごく当たり前の感情だ。
「私達にとってはイレブンこそがそうでした。絶対に何か反撃をしてくる。思いもよらない手段があるに違いない。実働部隊など叩いてもキリがないに違いない」
 溢れだす不安。だがその正体は想像力だ。根拠のない想像は妄想に等しい。推測と妄想の違い。それはたった一つだ。
「やっと分かりました、私達は、お互いの事を何も分かっていなかった」
 相互の理解。互いが互いの立場を理解しようとすること。歩み寄ろうとすること。
「ここまで並大抵の苦労では無かった事はお察しします。これからも戦い続けるというのならそれでもいいのです。
 ですが、ここまで来たなら世間体と大義名分を思い出してほしいのです」
 青井には青井なりの正義があった。誰かを護ろうとする意志が。それが間違いだと否定はできない。たとえ『悪事』ともいえる行為であったとしても、そこには確かな名分があったのだ。
「私は、ただ生きたかっただけなのです」
 それが有為が戦う理由だ。それもまた正しい理由だった。
「人は自分の想像以上の何かを見せられると恐怖を感じるもの。
 だからその恐怖や不安から力を持ったものを排除しようとする組織に協力したとしても、仕方がないと思うわ」
 大和(CL2000477)はイレブンに加担する事を責めたりはしなかった。むしろそれが当然だとばかりに首肯する。覚者の力を恐れ、そこから身を護るために組織に入る。同時に青井が守っているのは会社という家族。それを護るための行為なのだ。
 でも、と一泊置いてから大和は続ける。
「大切な人が突然因子発現した時。イレブンへ協力していたとあれば大切な者を切捨てるか裏切るか。
 そのような選択を取らなければいけなくなり、貴方自身が苦しむことになってしまう」
 そんなケースはたくさん見てきた。因子発現は偶発的だ。誰にも予測できず、それゆえに悲劇が起きる。それが憤怒者組織ならなおさらだ。
「わたしは出来るだけ覚者との壁を取り除いていきたいの」
 その言葉に嘘偽りはない。恨み、恨まれ、傷つけあう未来を歩みたいなど誰が思おうか。それを回避する手段があるなら、努力は惜しまない。
「イレブンの力が弱まった今であれば、出資や協力を拒むことで貴方自身や貴方の周りの大切な人が傷つかないように全力で努めるわ」
「……考えてみます」
 理解しようとする試みと助力。それが青井の心を動かし、熟考の後にその一言を口にした。

●世に向けて――壱
「先日ある憤怒者に会った」
 稜(CL2001272)はそういって世間に語りかけた。脳裏に浮かぶ一人の人物。イレブンの重要人物なのだが、それは語りたい内容とは関係ないので割愛する。
「魔物と称されていたが、その名前とは裏腹に聡明な人物だった。
 彼女は覚者の差別問題の為に勇敢に戦ったが、迫害の上隔者に襲われ、凶行に走り……身柄を確保された」
 それはよくある話だった。覚者と一般人の差別。それに対する抗議。そして大多数の意見に押し切られ、そして凶行に走る。強いて言えば、反抗する覚者に殺されなかったのは幸運と言えよう。
「彼女は言っていた。『差別は仮に見えなくても、結局身近にある』とな。そして分かりやすいものこそが偏見や差別を生むのだと。
 彼女が最初に迫害されなければ、そもそも凶行は起きなかった」
 法律に携わる稜は似たような話を何度も見てきた。覚者や因子発現などに限らない。人間三人いれば派閥はできるというが、二人いれば格差は生まれる。
「因子、畏怖、差別、格差。そんな熟語なんぞどうでもいい。それのせいでいくつもの人生が無駄になったことが下らない!
 本当に怒るべき対象は何か考えろ! 」
 机をたたき、人間の愚行を攻める稜。
 不義に対する怒り。それは法を司る人間故の強い感情だった。

「憤怒者達が覚者へ憤りを抱いているのは理解できるし、隔者と言われる奴らがいるのはたしか。
 でもそれは覚者すべてがそうではない事を皆に知って貰いたい」
 善い奴もいれば悪い奴もいる。奏空(CL2000955)はそう切り出した。覚者の力を恐れるという気持ちは充分に理解できるし、その力を悪用する者達もたくさん見てきた。そんな状況で覚者に恐怖を感じるな、というのは無理な話だ。
「憤怒者の中でも覚者への憤りだけで活動してる者ばかりではなく、妖から人々を守りたいという意思を持つ者がいる事も知った」
 そして奏空自身も『憤怒者』の一括りで彼らを見ていたことに最近気づいた。然もありなん。覚者からすればどうしようもない理由で命を狙ってくる狂気の存在だ。話し合おうとすること自体、無意味。話し合おうにもそのテーブルさえ用意できないのだ。
「俺達は人間なんだ。手を取り合って……妖やあの大妖から身を護るために手を取り合わなくてはいけない。
 発現してようがしてまいが俺達は同じ人間……一緒に妖からこの国に住む人々を守って行けたらと思う」
 人を守りたいと言う想いは同じはず。その気持ちが通じると信じて、奏空は一礼した。

「オレは憤怒者って隔者に酷い目に遭って恨んでる人なんだと思って」
 言葉を選びながら翔(CL2000063)は口を開く。喋るべきことは解っている。でもどう言えばうまく伝わるのか。それを考えながら間を置いた。脳裏に浮かぶのは今まで経験してきた事件。そしてその時抱いた想い。
「けど何度か憤怒者と関わって、自分や仲間の身を守る為に戦ってる人もいれば欲を満たす事に夢中になってる奴もいるって知った。目的の為なら仲間すらも殺そうとする連中もいた」
 憤怒者に挑み、抱いた感情。それは相手の怒りに対するモノだけではなかった。怒りを抱くに至った理由や、憤怒者の人間としての個性そのもの。言わばその人生を翔は知った。
「因子発現した奴にもしてない奴にもどっちにも悪い奴はいるんだ。
 力の有る無しじゃなく、何の為に力を使うのか武器を手に取るのかで考えることはできねーかなって最近思うんだ」
 力は所詮力でしかない。医療に使える薬も度を越せば毒になる。同様に麻薬と言われる物質も、痛みを和らげるための麻酔になりうる。全ては使い方次第なのだ。
「ちゃんと使い方の勉強して訓練してルール作って守るようにすれば、悲劇は減らせるんじゃねーかな。
 オレは誰とでも仲良くしたいぞ!」
 誰とでも仲良くしたい。それは十三歳の少年が抱く、ごくごく普通のだからこそ光り輝く言葉だった。

「覚者って言っても、人間とそんなに違いは無いんだよ。殴られたら痛い。刺されたり撃たれたりしたら死ぬ。悪口を言われたら辛い。
 だから、覚者だからっていじめるのはやめてほしいな」
 うんうんと頷きながら遥(CL2000227)が言う。因子発現していない人間との差異こそあれど、覚者も撃たれれば死ぬし精神を傷つけられれば心を病む。
 そして皮肉なことに、だからこそ憤怒者が生まれたのだ。銃でも傷つかない、心も病まないのならもはや反抗する気力も失せる。
「でも覚者は人間とは違うんだよな。
 鍛えてなくてもプロ格闘家並みのパワーが出る。火やらビームやら出して簡単に人を殺せる。言ってみりゃ、完全武装の兵士になったようなもんだ」
 そして前言をひっくり返すように遥は覚者の事を説明した。人とあまり違いがないと告げながら、人とは違うという。真逆に見えてるが、見事に真実を告げていた。
 覚者には力がある。だが同時に力があるだけのただの人間なのだ、と。
「ええと、何が言いたいかっていうと……覚者だろうがそうでなかろうが、何にも悪いことしてないヤツを傷つけるのは悪いことってことで!
 覚醒してようがしてまいが、悪いやつは悪い! いいやつはいい!  そういう事だ!」

●緑川里美
(……このひとたちが、イレブンの、後ろにいるひとたち? ……ふうん……)
 言葉なく日那乃(CL2000941)は緑川を観察していた。何処にでもいそうな女性。戦闘力は高くなさそうだが、彼女がイレブンに武器を卸しているのは知っている。
(じゃあ、作るのは。どこの、だれ? イレブンのひとたちの、装備とか、調べた、ら。 なにか、わかる……?)
 事前にイレブンの装備を調べたが、数が多すぎた。そもそもイレブンに武器を供給していたのは緑川だけではない。今は緑川を見るにとどめる日那乃。
「戦後処理っぽいねー、これ。いや、結構重要だけど」
 どこか間延びした声で千雪(CL2001638)は頬を書いた。血を流さない戦い。ロビイスト。派手な戦いではないが、その重要性はしっかり理解していた。ここの対処をしくじると、戦いの時間が伸びて被害が増える。『兵久しくして国の利する者は、いまだこれあらざるなり』とは孫子の言葉。戦いを長引かせて得する者は何もないのだ。
「ふむ。他の子が話に行くのか。ならピアノでも弾いて場を和ませますかー」
 会場にあったピアノを弾く千雪。緊張した場が幾分かなごんでいく。
「バーの店長さんだとか。片手間にイレブンの武器流通までこなすなんてやり手ですね」
「んー。もうすこし飲んでてていい?」
 にこりと微笑みながら蒼羽(CL2001575)が緑川に語りかける。その横でカクテルを飲む紡(CL2000623)。
「僕たちが苦戦した銃や炸裂弾も、そちらでお世話になったものかな」
「あら。報復に来たのかしら?」
「いいえ。ですが耳に入っていると思われますが、イレブンの実働部隊は壊滅状態です。
 イレブンの力が弱まった今、警察も流通ルート解明に乗り出すんじゃないでしょうか。緑川さんの所にも 捜査が入るかもしれませんね?」
 互いに笑みを崩すことなく、蒼羽と緑川は会話を続ける。
「けどその情報をFiVEに譲ってくれるのなら、司法取引という方法が取れるかもしれません。施行は来年からになりますが。
 勿論、強制はしません。ただその場合 一市民として僕たちは警察に協力しますけれど、ね」
「お姉さんさぁ、頭良さそうだよねぇ。だったら損得勘定できないわけ、ないだろうし」
 紡が蒼羽の言葉を継ぐように口を開く。アルコールが回っているのか、その顔は赤い。
「そーちゃんの言葉は、お姉さんにとってどっちが『得』なんだろねぇ。出来ればWinWinしたいよね、お互いに」
「あら。そちらにも得があるのかしら?」
「イレブンが弱まれば、FiVEも楽になるし」
 二人の言葉に黙考一秒。緑川は手を振って答えた。
「残念ですわ。かもしれない、ではお話になりません」
 司法取引――日本では2018年に施行予定なのだが――にはメリットとデメリットがある。罪が軽減される『かもしれない』が、確実に刑を受ける事だ。上手く逃げれば罪を逃れる可能性がある。
 要するに囚人のジレンマだ。協力することで互いに得する取引であっても、自分にとって協力しない方が得をするなら協力しない。
「なぁ、あんたさ。このまま行くと捕まっちまうんだろ?」
 飛馬(CL2001466)は緑川にずばりと踏み込んだ。その言葉に警戒の表情を浮かべる緑川。その表情を見て手を振る飛馬。
「その前に武器の流通ルートっていうのか? そういうのについて教えてくんねーかな」
「あら? どうして教えないといけないのかしら?」
「俺個人としては、悪いことした奴はその分だけちゃんと償わなきゃいけねーって思ってるけどさ」
 そこは敢えて我慢する、と言いたげに飛馬は息を吐いた。
「ただ、あんたが捕まっても流通ルートがそのままだと良くはねーと思う。イレブンじゃなくても誰かがそのルートを使って武器を蓄えるかもしれないし」
 FiVEにおいて緑川を即確保、と行かないのはそのあたりが大きい。
「あんたもそろそろ手を引きたいと思ってんだろ?」
 唐突に話を切り替える飛馬。イレブン弱体化により取引相手として旨みがないと思ってることは前情報として知っている。
「そん時にさ、イレヴンが多少なりとも力を残してるよりは完全に力を失ってる方が、あんたとしてもこれからを安全に乗り切りやすいんじゃねーか」
「……確かに。自分の撃った弾で死ぬ、なんて映画じゃあるまいし」
 それはありえそうな未来だった。暴走した元イレブンの憤怒者が報復に来る。それを安全に乗り切れるならそれに越したことはない。
「分かったわ。武器のルートの一部を教える。貴方達はそこを的蓮して、イレブンへの取引を少しずつ減らしていく。それでどう?」
 落としどころとしてはこの辺りか。覚者達は目を合わせ頷きあった。

●世に向けて――弐
「この前 ある憤怒者に言われました。
『覚者はいいよな。力もあって、弱いものフリもできて、真実を知る者だなんて言われて』と」
 淡々とした口調で彩吹(CL2001525)は語り始める。その声に熱意はなく、その声に怒りはない――ように聞こえる。彩吹がどのような思いでここに立ち、どのような気持ちで喋っているのか。それを余人が知る由はない。
「覚者には力があることを否定はしません。だけど、だから排斥されても仕方ないとは私は思えない――思わない。
 酷いことを言われれば辛い。攻撃されれば痛い。家族が仲間が傷つけられれば憎い。化け物と言われれば悲しい。何か違いますか」
 それは、現実に起きている事。心無い一言を受け、武器を向けられ、親愛なるものを傷つけられ、化物と言われた者の言葉。『人とは違う力を持つ』ことが罪なのか。つまはじきにされる理由になるのか。
「私は自分を正しい人間だとは思わない」
 ――内面を吐露するように彩吹は告げる。清廉潔白な人物と言うつもりはない。覚者の力を使い、暴力に頼ったこともある。
「だけど化け物になる気もない」
 だが分別はつけているつもりだ。獣のように理性なく暴れまわる事はしない。
「優しくされれば嬉しいから 私も優しくありたいと思う。助けてもらえれば嬉しいから 私も誰かの助けになりたい。
 人は誰だって そう思うものじゃないですか?」

「俺は兎妖と人間の間に生まれた化物さ。
 軟禁状態で飼われ一年前やっと下界に降りて、色んなものに触れた」
 怒りを抑える声でジャック(CL2001403)が告げる。怒りの対象など言うまでもない。
「そしてこう思った。人間って古妖にも妖にも劣る存在だと。
 人間だけだ。同種で殺し合っているのは」
 人間という種族。より正確に言えば人間という集団だ。
 背後の方で騒ぎが起きていた。
 ――このスピーチは憤怒者に対する揺さぶりが目的だが、ジャックはそうではなく人間へのヘイトを語っている。その影響がどうなるかわからない。止めるべきか、このまま静観するか。そんな騒ぎを知ってか知らずか、ジャックの言葉は続く。
「妖や強者に怯え誰かの不幸が無いと生きていけぬ。脆弱な種族ども、いつまでそのままでいるつもりだ。
 ヒトの朽ちるさまをみて見ぬふりする人間のほうがよっぽど化物だ」
 憎み、苦しみ、妬み。それで同属で殺し合う人間。それは今ジャックが人間に抱いている感情と同じだ。人間の嫌いな部分である暗い感情を、ジャックは人間にぶつけていた。
 だが――嫌いという気持ちは好きという感情の裏返し。
「目を向けるべき敵がいる。目覚める時だ。この日本に生きる命全てが平和を望み、安寧で暮らせるために。
 立ち上がれよ、人間」

「自分の、俺の両親はイレブンに所属しています。そんな家庭で発現し、俺は捨てられました」
 変装し、顔が写らないようにしながら喋る千陽(CL2000014)。
 親に捨てられる。それが子供にとってどれだけの傷になるか。不信、疑念、愛の欠落。愛してもらえるものもなく、寄る辺もない。子供にとって親は全てと言ってもいい。経済的にも、教育的にも、そして愛情的にも。
「それを俺は怨みには思っていません。あなた達イレブンもまた日本人として守るべき存在であると思っています。」
 千陽がその傷を受けてなおそう言えるのは、果たしてどれだけの年月が必要だっただろうか。けして諦念で言っているのではない。捨てられた傷を乗り越えて、怨まないのだ。多くの支え、多くの努力があったことは想像に難くない。
「覚者の犯罪で日本は揺れているのも事実です。あなた方の排斥は過激ではあるが正当な理由もあるでしょう」
 因子発現者すべてが善人だというつもりはない。覚者により傷つけられた人間などいないというつもりはない。その怒りが間違っていると責め立てるつもりはない。
「ただわかってほしい。俺たちもあなた方と同じように幸福を喜び不幸を悲しむことができる人間です。
 ですから俺はあなた達に和解を願う手を何度でも伸ばします」
 平和を望む以上、和解できないことはない。千陽はそう信じていた。

●黒崎哲也
「秋津洲いのりと申します。負傷中の身で少々お見苦しいかもしれませんが」
 一礼してからいのり(CL2000268)は黒川に向き直る。どこか好々爺と言った印象を受けるが、イレブンの子さんだという情報を知っているゆえに仮面めいたモノを感じる。そんな様子に怯えることなく、いのりは切り出した。
「お聞き及びかもしれませんが、黒霧は壊滅致しましたわ」
「聞いておる」
「七星剣の一角と言えど滅びる時は滅びるのは事実。そして貴方が認めようと認めまいと、イレブンの実働部隊が崩壊したのもまた事実ですわ」
 淡々と事実を語るいのり。それを黒崎は黙って聞いていた。
「イレブンの頂点に立ちたいとお聞きしました。けれど故事にも言うではありませんか。玉座の上には糸で吊るしただけのむき身の剣が下がっていると」
 ダモクレスの剣。シチリアの僭主・ディオニュシオスの逸話である。
「ご自身がその刃に刺し貫かれない自信がおありでしょうか?」
「愚問だな。剣があるのは玉座の上だけではない。この国において、老若男女全ての上にある。
 滅びも然り。FiVEのお嬢さん。今貴女は黒霧やイレブンの崩壊を告げた。貴方達がそうならない保証はどこにある?」
 アプローチの仕方を誤った、といのりは察する。いのりは故事を元に野心を諦めさせようとしたのだが、黒崎にとって危険は先刻承知なのだ。
「ついこの間イグノラムス……ああ、名無しか。彼に会いましたが、彼は本当に報われない無私の忠臣でしたよ」
 その会話に割って入る基(CL2001216)。『ラプラスの魔』と呼ばれる憤怒者の為に己を殺した男の名。その戦いを思い出しながら言葉を続ける。
「彼の部下も自首したって聞いてますが、まだ塀の外にいるかもしれない。
 彼、偽造身分証明書を何枚も持ってたぐらいだから潜入も得意かも。部下も然りだ」
 ここで言葉をいったん切る。実際のところ、『彼』の部下が塀の外にいるかなど知りはしない。仮に外に居ても怒りを捨てて野に下ったかもしれないし、イレブンの他の幹部と合流したかもしれない。
「部下は傍観だけの幹部に怒りを覚えているかもしれない。何せ名無しも上司の罪を庇って組織と心中を試みましたからね」
「ふむ。つまり報復に来るかもしれん、と」
「さあどうでしょう。根拠はありません。でも潔く座を降り、保護を求めるか……は検討されてもよいのでは?」
 笑顔で隠居を進める基。それを黒崎は、
「報復なら、むしろFiVEの方に来る『かもしれん』な。勿論、根拠はないが」
 言って一蹴した。かもしれない、で今まで築き上げたものを捨てることが出来るなら、ここまで地位に執着はしない。
「そうですか。では最後に一言。良い余生を」
「貴方の情報は事前に調べてる。長年イレブンに居た人なんだってね」
 頭を下げて去る基。その後で梛(CL2001410)がやってきた。簡単な自己紹介の後に、言葉を選ぶように口を開く。
「イレブンへの思い入れはとても強いものだと思う。だって自分の人生そのものじゃないかな、貴方にとって」
「あるいは我が子か。いろいろ苦労もあったわ」
 昔を懐かしむように黒崎が目を閉じる。
「イレブンは今、実働部隊が動かせない状態だって聞いたけど、そこはどう受け止めているの?」
「雌伏の時、と言ってこうか。FiVEも黒霧との戦いで疲弊していると聞く。七星剣も含め、状況を立て直したい所じゃろうて」
 FiVEは七星剣の黒霧と相対し、共にダメージを負っている。下手に動けばその隙を突かれるかもしれない状況だ。覚者の肉体的な部分よりも、組織の経済的部分で。
「貴方は高齢だ。貴方が生きている間に強いイレブンは戻ってこないだろう」
 ぴしゃり、と梛が言い放つ。イレブンが以前の実働部隊になるころには、黒崎は百を超えている。肉体的にも衰えている。
「今も世界の人達に、イレブンの協力者に俺達は対話を持ちかけている。武を使わなくても、俺達は貴方達と今も戦っている」
「そのようだな」
「逃げる選択をした貴方達が俺達に勝てるの?」
「逆だ。世間が覚者を受け入れられなければ、FiVEは自滅する。手を下すまでもないという事だ」
 朗々と黒崎は語る。だが同時にこうも思う。
「だが……世間が覚者を受け入れるのなら、イレブンは自然に消える。存在意義を失い、自然と解体される」
 それは認めざるを得ない。覚者憎しで生まれた組織は、覚者を受け入れられるようになれば消えざるを得まい。
(さてどうなる?)
 全てはFiVEが世間に語りかけ、世論をどう動かすか。それにかかっていた。

●世に向けて――参
「皆さん、よくみてください。わたしたちはどこか違いますか?」
 結鹿(CL2000432)は胸に手を当て、主張する。自分達と何が違うのか、と。
「確かにふつう持ちえない力を持ってはいますが、化け物といわれるほどおかしいですか?」
 覚者は源素を扱う。普通の人より力があり、覚者でない人間を簡単に制圧できる。それは確かに普通に持ちえない力だろう。
「わたしたちが対峙したイレブンという組織の憤怒者だって銃を持ち、ためらいなく相手に発砲してくるのですから、一般的な脅威という点では変わらないと思うのですが……違いますか?」
 憤怒者は武装して攻撃してくる。そちらの方が脅威なのだと結鹿は告げる。
 ――だがそれは逆効果。自分達の力の安全を主張したいのなら、他者を攻めるべきではない。『あちらの方が危険だ』という主張は、『自分達も比較できる程度には危険』という意図を持つ。結鹿本人にその意図がなくとも、言葉を受け取る側はこう受け取ってしまうのだ。
『憤怒者の危険性を前に出して、覚者の力を誤魔化そうとしている』……と。

「貝児言うんは素直で純粋でめっちゃ可愛い小さな女の子なんや」
 凛(CL2000119)はかつて起きた事件を語っていた。
 覚者に対抗するために古妖を誘拐するという事件。何も知らない人からすれば古妖は人と相容れないモンスターだ。妖怪が人を食べる話は昔から受け継がれている。勿論そうでない古妖の方が多いのだが、それでも古妖が恐怖の代名詞としてあげられることがある。
「それを憤怒者達は捕まえて道具にしようとしてたんや。因子発現してない人からしたらあたしら覚者も古妖も怖い存在なんやろ。そう思う気持ちを否定はでけん」
 暴力が怖い。血を見たくない。死が怖い。それは人間だけではなく生物なら必ず持っている恐怖だ。そしてそれは自分より強い存在から距離を置くことで、安全を確保できる。覚者や古妖から距離を置くのは、そういう理由だ。そしてそれは充分に理解できる。
「憤怒者の人らは正義を標榜しとるんやろ? けど、正義の為ならいくら古妖言うたかて子供を道具にしてもええとは思えへん」
 無垢な子供を誘拐し、道具に使う。それが正しくないことは、それこそ子供でも分かる理屈だ。
「憤怒者の皆も最初はそんな事思って無かった筈や。結果は手段を正当化せんとあたしは思う。もっぺんそこの事考えてみてや」

「わたし含め覚者の全てがおそらく偶然に力を得たものと思います」
 自己紹介の後に御菓子(CL2000429)は覚者について語りだす。因子発現の法則はいまだに解明されていない。自発的に覚者になった者はなく、覚者になることを拒んで力を放棄した者もいない。全ては偶然なのだ。
「その分、手にした力が人の手には余ることもわかっています」
 沈痛な声で御菓子は続ける。源素の力は人の手に余る。それは隔者と呼ばれる者がいる時点で明白だ。そしてそれを恐れて憤怒者と呼ばれるものが現れた。隣人に源素と銃を向け合う世界。それが人の手に余ると言わずしてなんというか。
「ですから、力を悪用しないよう。常に意識しています」
 FiVEはその管理と監視の役割をかねているのでしょうね、と苦笑する。五麟市や五麟学園は例外的と言ってもいいほどに覚者とそうでない人間の衝突事件が少ない。徹底した教育が行われているのだろう。それもまたFiVEの功績なのだ。
「覚者の事を必要以上に恐れないでください」
 柔和な笑みを浮かべながら御菓子が告げる。無条件で怖がるな、とは言わない。だが過剰な恐れは不要だ、と。
「私たちは普通の市民として生活をおくっています。何ら変わらない日常を営んでいるんですよ」
 力を持っているが、日常を営むことはできる。日々に笑い、平和を享受する。覚者もまた人間なのだ。

●赤石恒雄
「はじめまして。俺はFiVE所属の覚者をしている花屋の主人だ。
 まぁ、そう不思議そうな顔しなさんな。覚者だ、異能力者だといったところで所詮は人間だ。生きてくには食い扶持が必要なんだよ」
 驚く赤石の顔を見ながら義高(CL2001151)はため息を吐く。赤石が驚いたのはどちらかというと花屋の主人を想像させない義高の風貌だったのだが、それはさておき。
「で、どうだいここまでの経緯で、お前さんは俺たち覚者をどう見る?」
「SF作家的には今までの人類にとって代わる変異種、だな」
「変異か。成程、警戒する気持ちはわかる。しかし、結果として警戒するあまりに、過剰な力を持った憤怒者がどうなったか。
 結局のところ、力の有無より心のあり様なのだろうさ。そうじゃないか?」
「話のオチとしては妥当だが、現実に警戒する立場からすればそうもいくまい」
 小説家として納得し、憤怒者として納得しない。赤石はそう告げる。
「俺としちゃ警戒するなとは言わん。
 だがいたずらに騒ぎ立てて、憤怒者が人の道を踏み外させないでほしいのさ」
 言って義高は背を向ける。入れ替わるように (CL2000076)が接触してきた。
「先生の作品、読ませてもらいました。『赤に至る弾痕』とか面白かったです」
 赤石のことを知るためにその作品を読んだ一悟は、素直に作品の感想を告げる。流石に全ては読めなかったが。
「発現者の全部が日本征服を企んでるわけじゃないけど、先生の主張も一部あってると思う。
 だけどオレたちみたいに、そいつらと戦うやつがいるってことをこれを機会に知って欲しい」
「……まあ、FiVEの事を蔑ろにするつもりはない」
 FiVEが隔者や妖と戦っているのは明白だ。これまでの活動もあるが、先の大妖一夜の活躍も大きい。
「そんで、オレたちを含めた発現者が源素の力をかさに暴走しないよう、いままで、いや今まで以上にすっげー厳しい目で見張ってくれよ。
 ぺンを武器に憤怒者の先生にしかできない戦い? これからも続けてくれ」
 純粋な瞳で言われ、言葉を詰まらせる赤石。FiVEの覚者に言葉で攻め立てられると想像したいただけに、この反応は予想外だった。
「なあ、先生。昔何があって、日本だけこうなっちまったんだろうな……確かに発言者は日本にしかいないけど――」
「分かりやすい『敵』がいないからだ。
 こいつを倒せば平和に物語が終わる。そんな存在がいないから、皆自分だけの正義で動く。自分の同胞を護るために」
 ぼそりと呟いた一悟の言葉に、SF作家の立場から言葉を返す赤石。皆が自分以外を『敵』と見なすから、戦いは続くのだ。
「そういう話の方が売れると思うけど、どう?」
 焼酎を手にプリンス(CL2000942)が近づいていく。先ずは一献、と勧めた。ストレートで一気にあおる赤石。
「ワオ、意外といけるクチ?」
「昔は仲間と夜通し呑みあかしたものだ」
「余は炭酸割りで勘弁。スピリッツは味が強くてね」
 コン、とグラスを合わせて乾杯する。
「……そういや余、貴公の本読んだよ。シンプルなテーマだし、翻訳版が出れば海外でも売れるかもね」
「どちらかというとカビが生えたテーマだな」
『機械が人間を支配する』系列はコンピューターが出来た頃からの題材だ。棋士がコンピューターに負ける時代となり、少しずつ現実味を帯びてきている。
「でも、余が読めたのはニポン語の本だけだ。余の国まで届いたのは、人と友になるロボのお話の方だったよ」
「お国柄だろう。思想としては危険だしな」
 本人もそれは自覚しているようだ。
「『機械が人を支配する』系の小説って言うのは、その主体が持っていて読者の持っていない力、理解の及ばない部分を強調し、不安を掻き立てる側面がありますよね」
 ラーラ(CL2001080)が唇に指をあてて、言葉を継ぐ。
「物語として必要だからな」
「ええ。理解の及ばないものに人は恐怖を覚えるものです。貴方にとって覚者による人間の支配というのは、格好の題材だったんでしょうね」
 自分が書いた小説のように、覚者が人を支配する。扇動の方法としてはやりやすい手法だったのだろう。一言一句自分が書いた者なのだから。
「ところが、どうでしょう? 実際に人を扇動して操り支配していたのは、貴方であり、イレヴンの皆さんだったのではないでしょうか?」
「それは言いがかりだな。確かに小説を元にして煽ったのは認めるが、支配は過剰表現だ。
 イレブンが実際に支配できたのなら、それこそ因子発現者は根絶している」
「なるほど。確かに言い過ぎました。
 ですが社会も気付き始めています。そろそろ読者の皆さんは次の題材を求めているのではないでしょうか? 来れば次は、幸せな物語をお願いしますね」
 旗色が悪くなった事を察し、ラーラは謝罪してそう締めくくる。
「どうして、そんな主張をするようになっちゃったの……?」
 ミュエル(CL2000172)が赤石の顔を正面から見て、問いかける。『覚者が世界を支配する』という主張。赤石本人も冷めた部分では違うと思っている。
「本心じゃ、ないんだよね……? そういう事言ってると、本が売れるとかなのかな?」
「そういう欲求が皆無だ、と言うつもりはない。
 だが主張をする理由は『そんな世界が怖い』からだろうな。自分が書いた小説のように支配されるのはまっぴらごめんだ」
「でも……そんなことはない、とも思ってる……よね」
「確かに。それにFiVEの活躍があることは認めざるを得まい」
 力を得た人間が弱きを支配する者だけではなく、力を使って平和を守る者もいる。FiVEの活動は、多くの人の心を動かしていた。
「これから、世の中が変わったら……覚者への恐怖を書いても、今ほどは注目されないと思う……。
 本の題材になりそうなお話、アタシ達が提供するよ……不思議な遺跡とか、個性的な古妖さんとか……普通に暮らしてたら、体験することもないような冒険……たくさんしてきたから、ね」
「……ネタに困ったらお願いするかもしれないな」
 肩をすくめる赤石。『ネタになる』の一言は、創作家には垂涎であった。

●世に向けて――肆
「最近関わった憤怒者さんの話をするよ。『ラプラスの魔』に協力してた、隊長さんの話」
『ラプラスの魔』……イレブンの中でも有名な幹部の名前である。その名を出したのはきせき(CL2001110)だ。
「最初は、大好きな人に危害を加えた隔者が許せなかったんだって。それで怒りの矛先を覚者全体に向けてたんだけど……。
 大切な部下が発現しちゃったとき、すごくつらそうにしてたんだよね」
 発現は防ぐことが出来ない。コントロールすることが出来ない。過度のストレスで因子発現するケースもあるが、しないケースもある。いつ何時因子発現するかわからないのだ。例えどれだけ望んでも、どれだけ忌み嫌っても、平等にそれは起こりうる。
「ねぇ、憤怒者の皆さん。
 自分の大切な人が覚者になったら……家族や恋人や仲間が覚者になったら、貴方たちはどうする? 平気な顔で絶交できる?」
 年齢相応の無垢な表情できせきは問いかける。
 できる。そういう答えもあるだろう。それだけ覚者が憎いから。
 できない。そういう答えもあるだろう。それだけ喪失が怖いから。
 問いに対する答えはない。この放送は一方的なものだ。
 だが問いは確かに、心を揺さぶるだろう。

「私が知ってる方達はどちらも理想を抱いていました」
 澄香(CL2000194)は『憤怒者』という単語を使うことなく語る。自分達と同じだという意味を込めて。
「一人は皆が手を取り合う未来を目指して挫折し、多数を助ける道を選び。
 一人は差別の無い理想郷を目指しながら、内部から反乱分子が出て命を脅かされ」
 それぞれの顔を思い浮かべながら言葉を紡ぐ澄香。共に混迷とした世を治めようと努力し、そして覚者と相対する道を選んだ者達。
「二人とも誰かを救いたかっただけなのに。そしてそれは私達も同じ気持ちであるはずなのに。どうして手を取り合うことはできないのでしょうか……」
 同じ目的を持つはずなのに手を取り合うことが出来ない。それゆえの、現状だ。
「力を持った為に傍若無人になる者は確かにいます。力を持ってしまった為に虐げられる者もいます。虐げられた者は心が壊れたり恨みを抱いたり……そして負の連鎖が続いてしまいます。
 この連鎖を私達は断ち切りたいのです」
 きっと二人も同じことを思ったはずだ。力の限り努力し、暴力に抗い、だけど現実という刃に膝を折り。
 それぞれの顔を思い浮かべながら、聞くもの全てに澄香は問いかけた。
「その為にはお互いの理解が必要、そう思いませんか?」

「三年前、発現前の僕を隔者から助けてくれた貴女……見ていますか?」
 倖(CL2001407)はたった一人の女性に向けて語りかけていた。三年前、隔者に殺されかけていた所を助けてもらった人に。
「貴女の掲げた旗印がイレブンのものということを、後から知りました。あの日の貴女の戦いが覚者憎しからの行動ということは、今の僕ならば理解できます」
 住宅街に火を放ち、遊びで命を奪う隔者。『貴女』の目的はそんな隔者への義憤もあったのだろうが、力を持つ者への憎しみもあったのだろう。でも――
「でも、貴女は確実に僕を庇ってくれた。自分が傷を負うことも厭わず、取り残された一般人を守ってくれた」
 その一般人は因子発現し、FiVEの旗の下で人を救ってきていた。
「貴女が助けてくれたこの命で、僕は覚者として妖や隔者から人々を守ってきました。ちょうど貴女があの時そうしたように、です」
 たとえそれが偶然の産物だとしても、助けられたのは事実だから。助けた命が何かを助け、そうやって多くの人を救ってきたのだ。
「貴女がたと僕達の正義は、こんなに近しいものなのです。もう、憎み合うのはやめませんか」

 ――倖のスピーチから数時間後、一人の憤怒者が銃を捨てた。
 その顔は涙と共に憎しみを流し、険が取れた表情をしていたと言う。

●決戦終了
 血を流さない戦いは、一旦幕を下ろす。
 赤石、青井、緑川の三名はイレブンへの援助や活動を取り下げる方向で動くことになる。覚者の言葉に心動かされた部分があったのだろう。
 黒崎は覚者達のスピーチが思いのほか世を揺さぶったこともあり、諦念を示す。イレブンの幹部に拘泥はするが、積極的な活動は行わずに成り行きを任せるようになった。
 覚者達のスピーチに対する反応は様々だ。一部悪評もあったが、覚者と憤怒者……ではなく覚者と一般人との関係に一石を投じる結果となった。 
 これは覚者と一般人との戦い――ではない。覚者と一般人。その格差に対する戦い。
 両者の壁が潰える日は、残念だがすぐには来ない。
 しかし確実に、手を取りあう動きは見え始めていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『優しい奇跡』
取得者:田中 倖(CL2001407)
特殊成果
なし



■あとがき■

 MVPはそれぞれの憤怒者を最も揺るがせた方々に。


 憤怒者という敵はPBWでは特異な存在です。
 PCよりも弱く、そしてPCを憎む人間。心情的にも倒しにくく、PCPL共に心に傷を残しかねない敵です。
 そうと知りながらも憤怒者という敵を出したのは、ひとえに「力の意味を知る」がアラタナルのテーマだからです。
 それは源素という力の謎を解明する意味もありますが、力を持つ、という事の意味を知ってほしいということもありました。気力を消費して『敵』を傷つける安易なものとして見てほしくなかったのです。
 その企みが成功したか否かは、どくどくが語るべき事ではありません。それぞれのPCや参加者様の中にあると思っています。
 
 ともあれお疲れ様です。次の闘いが貴方達を待っています。
 それではまた、五麟町で。




 
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