いにしえを見つめる少女
【ひかりの目】いにしえを見つめる少女



 まるで雛人形だ、と村井清正は思った。
 雅やかな和服を着せられた美少女が、祭壇のような仰々しいものに品良く座っている。
 まともに学校に通っているならば、中学生であろう。
 学校になど通っていない、その少女を、大勢の大人が伏し拝んでいる。
 関東某県の、とある村。城のような宗教施設の拝殿で、礼拝の儀式が行われているところだ。
 礼拝する大人たちを、少女は見ていない。澄んだその目は、ぼんやりと遠くを見つめている。
 伏し拝む者たちの相手をしているのは、少女の傍に立つ、1人の若い男だ。
「懺悔の言葉を述べる必要はない。おみつめ様は、お前たちの罪を全てご存じだ。そして全てをお許しになる」
 おみつめ様、と呼ばれる少女の傍で、その若者は熱弁を振るった。
「お前たちは、そのようにひれ伏すだけで良い。罪深きその心を、おみつめ様に委ねるのだ。お前たちは今より赤児となる。成長する必要など、ないのだよ」
 若者の名は祁答院晃。
 実の妹を『おみつめ様』なる本尊として擁立し、宗教団体『ひかりの目』を立ち上げたのが、およそ半年前の事である。
 着実に信者を増やしつつある、とは言え、反社会的な事をしているわけではない。
 されてからでは遅いので、ファイヴからこうして覚者3名が派遣され、潜入調査に当たっているのだ。
 火行械の村井清正、木行獣の吉江博文と水行翼・西村貢。
 教祖・祁答院によって、因子発現者である事はすぐに見抜かれた。だから流れ者の隔者として入信し、教団の戦闘部隊に編入されて今に至る。
 戦闘部隊としての出番は、すぐにやって来た。
「動くな、この化け物め!」
 平伏している信者たちの数名が、いきなり立ち上がり、小銃を構えたのだ。
 恐らくはイレブンの工作員であろう。隔者を教祖に戴く宗教団体に潜入者を派遣していたのは、ファイヴだけではなかったという事だ。
「化け物の力で人心を惑わす輩! 我々が許してはおかんぞ!」
 1人が、おみつめ様に向かって躊躇いなく小銃をぶっ放す。
 村井は、すでに立ち上がっていた。雛人形のような少女の、盾となる形でだ。
 機化硬を施した全身に、銃弾がぱちぱちと当たって来る。
 油が跳ねたような痛みを村井が味わっている間に、吉江と西村が、イレブン工作員たちを制圧していた。
「お見事、村井さん。吉江君に西村君」
 おみつめ様の傍で、祁答院が手を叩く。死なぬ程度に叩きのめされた工作員たちを、蛇のような目で見据えながら。
「さあ、その輩にとどめを刺したまえ」
 吉江と西村が、硬直した。動揺を、隠しきれていない。
 祁答院が、笑う。
「どうした……まさか、人は殺せないなどと言うつもりではあるまいね? ふふっ、それではまるでファイヴではないか」
 信者の何人かが立ち上がり、村井たちを取り囲んでいる。
 全員、隔者だった。
「……これまで、か」
 赤熱する拳で1人を殴り倒しながら、村井は踏み込んだ。祁答院に向かってだ。
 踏み込む動きが、即座に止まった。
 光が、村井の身体を貫いていた。
「お兄様に、乱暴する人……許さない」
 おみつめ様の白い額で、第三の目が開き、破眼光を放ったところである。
「その命、捧げなさい。私の神様に」
「俺の命で良ければ、捧げてやろう……道連れも付けてな……ッ」
 血を吐きながら、村井は倒れず踏みとどまり、拳を振るい、叫んだ。
「吉江、西村! イレヴンの連中を連れて撤退しろ! そして中司令に伝えるのだ……ひかりの目には、七星剣が関わっていると……」


「ひかりの目、という宗教団体の名前は聞いた事があると思う。宗教団体の名を借りた隔者組織、と言われているが確かな事はわかっていない。潜入調査のためファイヴから村井清正、吉江博文、西村貢の3名を派遣したのが先月の事だ。
 潜入が、どうやら発覚したらしい。
 吉江と西村が、重傷を負いながら帰って来た。同じく負傷した、イレブンの工作員数名を連れてな。
 村井1人が捕われた。他の者たちを逃がすために、いささか無茶をしたようだ。
 ひかりの目は『おみつめ様』と呼ばれる少女を本尊に戴く組織で、教祖の祁答院晃はその実の兄であるらしい。
 そして本尊である少女が『私の神様』と呼ぶ存在が、どうやらいる。象徴的なものか、化け物じみた何かが実在しているのかは今のところ不明だ。
 その神様に、生贄を捧げる儀式が行われる。
 生贄というのは、要するに村井だ。捕えた覚者を惨殺し、その血と命を神に捧げるというわけだ。
 何故そんな事がわかるのかと言うと、実は情報提供があったのだ。信者の女性が1人、もう教団のやり方にはついて行けないと言ってファイヴに連絡をしてきた。吉江たちが辛うじて逃げられたのも、彼女の手引きによるところが大きい。
 もちろん、何かの罠という可能性は捨てきれん。だが村井を、助けられるものなら助けたい。
 詳細は資料を見て欲しいが、その女性を信じるかどうかは……お前たちに、任せる」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.覚者・村井清正の救出
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は、宗教団体を経営する隔者集団。捕われたファイヴ覚者・村井清正の救出が作戦目的となります。

 時間帯は真昼。場所は関東某県のとある村、広大な宗教施設の庭園。

 皆様にはまず、中司令の説明に登場した女性信者の手引きに従い、施設へ突入していただきます。
 彼女の名は海原遼子。見た目20代の美女で、素性は不明ですが因子発現者ではありません。
 彼女の手引きによって教団施設内、生贄の儀式が行われる庭園へと皆様が乱入なされたところが状況開始となります。

 庭園中央では、重傷を負い死亡寸前の村井が十字架に縛り付けられており、それを取り囲む形に隔者8名が布陣しております。内訳は以下の通り。

 土行彩(3人、前衛)僧兵風の大男で、武器は棍。使用スキルは五織の彩、蔵王・戒、無頼漢。
 天行暦(2人、中衛)覆面の死刑執行人。武器は槍。使用スキルは錬覇法、雷獣。
 木行翼(3人、後衛)天使のような装いをしている。武器は弓矢。使用スキルはエアブリット、棘散舞。

 村井は天行暦の2名に挟まれた、中衛中央の位置におります。
 瀕死の村井を術式で治療する事は可能ですが、彼は現在「重傷」の状態ですので体力は4分の1までしか回復しません。さらに意識を失っている上、鎖でがんじがらめにされております。戦闘へ参加させる事は出来ませんのでご注意を。

 周囲は客席状で、信者たちが祈りを捧げながら見物しております。
 その客席の最も高い位置に豪奢な座席が設けられており、教団本尊である美少女『おみつめ様』が儀式を見守っています。戦闘には参加しません。

 彼女の兄であり教祖である祁答院晃(男、20歳)はその傍にいて、2ターン目から前衛として戦闘に参加します。
 隔者としての彼は水行獣の巳、武器は仕込み錫杖で、使用スキルは猛の一撃と水龍牙。

 以上、村井を救出するためには、おみつめ様以外の隔者全員を倒していただかなければなりません。

 戦闘中、彼らが村井を攻撃する事はありません。生贄の儀式は、どさくさ紛れにではなく時間をかけてじっくり血生臭く行うものだからです。
 彼らが、村井を人質に取る事もありません。おみつめ様が、そのような行為を固く禁じているからです。

 教祖・祁答院の体力が0になった時点で(まだ死んではいません)、おみつめ様は敗北を認め、兄の助命を条件に村井を解放します。助命を拒否した場合、戦闘となります。

 おみつめ様(女、14歳)は水行怪。使用スキルは破眼光、伊邪波、海衣で、1ターン目は必ず海衣を使用します。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年11月27日

■メイン参加者 6人■

『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)


 ぞっとした。『天を翔ぶ雷霆の龍』成瀬翔(CL2000063)は、青ざめた。
 この海原遼子という女性が、あまりにも美しいからだ。
 翔の視線に気付いた遼子が、にこりと微笑む。
「何か?」
「い……いや、何つーか」
 翔はごまかし、見回した。
 宗教法人『ひかりの目』。その教団施設の、庭園である。
 中央で、村井清正が十字架に拘束されている。
 計8名の隔者が十字架を取り囲み、寄ってたかって村井を殺そうとしているところだ。
 周囲はスタジアムの客席のようになっており、大勢の信者たちが、そこで祈りを捧げていた。
 信者席の最も高い位置に玉座が設けられ、そこに教団本尊たる『おみつめ様』が雛人形の如く座らせられている。
 和服姿の、たおやかな美少女、にしか見えない。
 庭園の入口にそびえ立つ、仰々しい石像の陰に、翔たちはいた。遼子の手引きで施設内への侵入を果たした、6名の覚者。
「お帰り、カグヤ。ありがとうね」
 ぱたぱたと降下して来た守護使役を抱き止めながら、『修羅の拳』如月彩吹(CL2001525)が言う。
「伏兵の類は無し。敵はとりあえず、あそこにいる隔者8人だけ……まあ、教祖様と御本尊の兄妹を入れれば10人なんだけど」
 おみつめ様の傍に立つ、1人の若者……祁答院晃。彼こそが教団の実質的な指導者なのだが、その背後に七星剣の影が見え隠れしている、というのが瀕死の重傷を負った吉江博文による報告だ。
「……皆殺しだな」
 呟いているのは『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)である。
「吉江さんや貢さんが、死ぬような目に遭った。村井さんも殺されかけてる……殺す理由としちゃあ、充分だぜ」
「……おい直斗、忘れんなよ」
 翔は、直斗の肩を掴んだ。
「お前、あいつの首……取っちまってるんだからな」
「…………」
 直斗が牙を剥き、黙り込む。
 その重い雰囲気を吹き飛ばすように、風が吹いた。
 大祝詞・戦風。『天を舞う雷電の鳳』麻弓紡(CL2000623)の術式だ。
「殺す殺さないの話は、終わってからでもいいっしょ。まずは始めないとね? さ、張り切ってこー」
「私としても……七星剣からの出向者である、あの8人はともかく」
 遼子が、十字架を取り囲む隔者たちを一瞥する。
「祁答院の兄妹は助けてあげて欲しい、というのが正直なところね」
「教祖と御本尊の、兄妹……か」
 自分にも妹がいる。翔は、そんな事を思った。
「あの、おみつめ様……俺とそんなに歳の違わねー女の子じゃんか。それを、大勢の大人が祭り上げてありがたがって……わけわかんねえよ、宗教ってのは本当に」
「だからね、助けてあげて欲しいのよ」
 微笑みかけてくる遼子の美貌に、翔は圧倒された。曖昧に、頷くしかなかった。
「この教団に七星剣が関わっているのは、わかった」
 額で第三の目を開きながら、『鬼灯の鎌鼬』椿屋ツバメ(CL2001351)が言う。
「他にも知りたい事はある。そのためにも、生かしておける相手は生かしておきたいな」
「道を誤った者たちを、教え諭し、導き糺して、我が民として迎え入れる。それもまた王の努めというものさ!」
 自身に機化硬を施しながら『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が、先頭に立って処刑場へと踏み込んで行く。
「こんにちは、民のお迎えに来た王家だよ! 早速だけど敬愛していかない?」


 村井さんを助けて。頼むよ、彩吹さん。
 重傷を負った西村貢が、ストレッチャーの上で気を失う前に、そう言った。
「任されたよ、貢……」
 彩吹は『天駆』で、火行の因子を活性化させた。
 傍では、直斗が吼えている。
「警告は1度きりだ! 村井さんを……俺の仲間を、今すぐ解放しろ。でなければテメエら全員、殺す! 俺をなァ、首狩り白兎のバケモノに戻してえってのかぁああッ!」
「何かね、君たちは……そうか、この儀式に身を捧げてくれようと言うのだね」
 教祖・祁答院晃が、錫杖を鳴らしながら笑う。
 その傍で、おみつめ様が涼やかな声を発した。
「私の神様は……人の命を捧げれば、目を覚ましてくれる。貴方たち覚者の命なら尚更、良い……あの人たちがね、そう言っていたの」
「あの人たち、というのは七星剣だな」
 第三の目を燃えるように発光させながら、ツバメが言う。灼熱化の光だ。
「お前は怪の黄泉なのだろう? 私と同じく。ならば、その神様というのは……古妖だな。この村の地下にでも眠っているのか」
「眠っている、閉じ込められている。だから解き放ってあげたいの」
 おみつめ様の額でも、第三の目が禍々しく輝いている。
「お願い……貴方たちの、命をちょうだい」
「おみつめ様に申し上げます」
 海原遼子が、進み出て来て跪いた。
「私たちの神は、人の命など求めてはおられません。神は……もう、お目覚めにはならないのです」
「教団を裏切るのだね、海原さん」
 祁答院が言った。
「貴女の処分と同時に、儀式を遂行するとしよう。さあ覚者たちよ、我らの神に命を捧げたまえ」
 拘束された村井を取り囲む8名の隔者が、一斉に動いた。
 長棍を構えた、巨漢の僧兵が3人。槍を持つ、覆面の死刑執行人が2人。天使のような装いをした、有翼の若者が3人。
 彼らの動きよりも早く、直斗の術式が迸っていた。
「おい海原さん。俺ぁ貴女を信用しちゃあいねえが、俺らを騙してやがるとハッキリわかるまでは守ってやる。下がって隠れてろ!」
 卵のような小さな隕石が、大量に降り注いで隔者たちを直撃する。
 その時には、翔と紡が揃って印を結んでいた。
「龍鳳の舞、いくぜ紡!」
「はーい、よっと」
 雷鳴が轟いた。
 稲妻の龍が、電光の不死鳥が、僧兵を、死刑執行人を、天使を、激しく薙ぎ払う。
「2人とも元気だね……私も負けていられないっ、椿屋!」
「了解だ……!」
 荒れ狂う雷に灼かれる隔者たちを狙って、彩吹は跳躍して羽ばたき、ツバメは姿勢低く地を駆けた。
 援護する形に、直斗が妖刀を振るって仇華浸香を放射する。翔がカクセイパッドを掲げ、雷獣を放つ。
 毒香が僧兵3人を束縛し、電光が2人の死刑執行人を直撃した。
 そこへ彩吹が、猛禽のように襲いかかる。黒い羽が舞い散り、鋭利な美脚が一閃した。
 鋭刃想脚が、3人の僧兵を一緒くたに打ち倒す。
 彩吹は着地し、即座に跳躍して道を空けた。
 空いた道を、ツバメが疾駆する。そして死神の如く大鎌を振るう。
 超高速の斬撃が、死刑執行人2人を薙ぎ払った。地烈だった。
 計5人の隔者が、倒れ動かなくなる。
 プリンスが、攻撃目標を失ってしまったようだ。
「うむ、それなら……余のやるべき事は、1つかなっ」
 両腕を広げたまま、プリンスは進み出た。覚者の他5名を、まとめて背後に庇う格好だ。
 敵後衛、天使の装いをした翼の隔者3名が、一斉に弓を引いて術式を射出したところである。1人はエアブリット、2人が棘散舞。
 その全てを、プリンスが受けた。
 無数の荊が、プリンスの全身を引き裂きながら絡め取る。そこへ、暴風の弾丸が激突する。
 血飛沫を全方向にぶちまけながらプリンスは錐揉み状に回転し、派手に倒れた。
「お、おい! 大丈夫か」
「……相変わらず、豪快なやられっぷりだね。お見事」
「ちょっと回転が足りないかな。やり直し」
 ツバメが気遣い、彩吹は感心し、紡は駄目出しをした。
 翔が、プリンスを助け起こす。
「まったく、無茶すんなよなー」
「ひ、姫君たちを守って傷を負うのは本望さ。まあ貴公も、ついでに守って差し上げるから感謝しなさい。そこのうさぎ、貴公もだよ」
「……ぬかしてやがれ」
 今度は直斗が、翔とプリンスを背後に庇って妖刀を構える。
「……見ろよ、教祖様のお出ましだぜ」
 祁答院晃が、おみつめ様の傍から処刑場へと下りて来たところである。
 錫杖を、高らかに鳴らしながら。


 今回の作戦に参加した覚者6名のうち、怪・黄泉は自分1人である。
 この教団施設……否、この村全体に漂うものを感じ取る事が出来るのは、だから自分だけであろうとツバメは思う。
 それは、どうやら地下から滲み出している。
 ツバメにしか感じ取れないものの発生源が、この村の地下に、地底に、眠っているのだ。
(これが……お前の、神様か)
 こちらをじっと見下ろしている、雛人形のような少女に、ツバメは3つの眼光を向けた。
 この『神様』を目覚めさせるためには人の命が必要で、覚者の命であればなお効果的である。七星剣が、おみつめ様にそのような事を吹き込んだ。
 ここで自分たちが殺されれば、村井清正の他に6名もの覚者の命が『神様』に捧げられる事になる。となれば、やはり最初から罠であったという事か。隔者の命でも良いのならば、もはや勝敗すら関係ないという事になる。
「テメエらの目的は知らねえ、知った事じゃねえ……ただなぁ、落とし前は付けてもらうぜ!」
 直斗が、荒れ狂っている。
 凄まじい、としか思えない斬撃が、立て続けに祁答院を襲った。激鱗、それに猛の一撃。
 鮮血をしぶかせながら、祁答院が呻き、揺らぐ。
 直斗が怒り狂っているのは、仲間たちを傷付けられたからだ。
 そう思ったところで突然、ツバメは気付いた。七星剣の目的を、理解した。
「駄目だ直斗……祁答院を殺すな!」
「なっ……何だってェ!? おい……」
 直斗は困惑し、翔はカクセイパッドを構えた。
「もちろん殺しはしねえ、けど大人しくさせねーとッ!」
 雷獣が迸り、天使のような翼の隔者3人を直撃し墜落させる。墜落した3名が、そのまま動かなくなった。
 よろりと錫杖を構え直しながら、祁答院は舌打ちをした。
「所詮は、七星剣からの借り物……役に立たない。やはり……おみつめ様を守れるのは、僕だけか」
「あの子を本当に守りたいのなら、こんな事はもうやめなよ」
 語りかけながら彩吹が、黒い翼を舞わせる。飛散した羽を蹴散らすような鋭刃想脚が、祁答院の身体をグシャリとへし曲げた。
「殺し合いでは何も守れない……なんていうのは綺麗事が過ぎるにしても、人殺しは駄目だろう。憎しみがね、貴方だけでなく、あの子にも向けられる事になるんだよ」
「あの子……お前の、妹なんだろ」
 翔の声が、怒りで震える。
 カクセイパッドに映し出された雷の獣が、吼えた。
 迸った電光が、へし曲がった祁答院を吹っ飛ばす。
「お前は妹を、守ってなんかいねえ! 利用してるだけだろうがッ!」
「……貴様ら……なんかに、何がわかる……」
 翔の怒声に応えながら、祁答院が錫杖にすがりつく。
「僕たち兄妹の、一体……何が……」
「こんな宗教の御本尊に据えて、学校にも行かせない! 普通の学校生活も送れなくて、友達だっていないんじゃねーのか! お前、自分の妹を一体何だと」
「学校……友達……だと」
 血まみれの口元をニヤリと歪めながら、祁答院は錫杖を掲げた。
 水が生じ、渦を巻いて荒れ狂う。水龍牙だった。
 水行の因子が牙となって、直斗を、ツバメを、プリンスを、まとめて切り裂く。
 血飛沫と水飛沫が、混ざり合いながら飛散した。
「ぐっ……ぅ……」
 ツバメは倒れ、すぐさま上体を起こし、第三の目で祁答院を睨んだ。
「僕たち兄妹は、この村で生まれ育った。化け物、と呼ばれながらね」
 睨み返しながら、祁答院が語る。
「ある時、妖の群れが村を襲った。僕は当然、村の連中なんか見殺しにするつもりだった。だけど恵が、村を守りたいと言ったんだ。だから僕たち兄妹は戦い、妖どもを撃滅した。結果、村の連中は掌を返して、僕らを崇めるようになったのさ。それがまあ、この教団の始まりだよ」
 信者席に居並ぶ者たちを、祁答院は一瞥した。嘲りの視線だった。
「今ではね、救いを求める馬鹿どもが日本全国から集まるようになった」
「そんな言い方をしては駄目よ、お兄様」
 おみつめ様の声は、大きくはないが遠くまで通る。
「私の神様が、大勢の困っている人たちを助けてくれるわ。だから、だからね」
「我らの神には、何としても目を覚ましていただかなければならない!」
 祁答院が叫ぶ。
「恵が、神の声を聞いて馬鹿どもを導く。偉大なる、おみつめ様として! わかるかファイヴよ、それしかないんだよ。僕たち因子発現者が、そうではない連中と上手くやっていくにはね、崇められるしかないのさ。宗教にしてしまうしかないんだ! 学校? 友達だと? 力のある者とない者が、対等な人間関係なんて作れるわけが」
 ツバメの破眼光が、祁答院を直撃し、黙らせた。
「戦力・組織力増強のために、お前たちは七星剣と手を結んだ……それはつまり、七星剣に併合される道を選んだという事だ」
 大鎌・白狼を構えたまま、ツバメは告げた。
「このまま殺し合いをして、ファイヴと決定的に対立すれば……脅すような言い草になるが、お前たちは七星剣に逃げ込むしかなくなるぞ。奴らの目的はな、この教団を、この村を……村に眠る『神様』を、手に入れる事だ」


 紡は翼を広げ、因子の力を拡散させた。
 潤しの雨が、降り注いだ。
 負傷したツバメ、直斗、プリンス、そして十字架に束縛された村井の身体に、水行の癒しが染み込んでゆく。
 出来れば、祁答院の怪我も治してやりたいところであった。
「宗教って、よくわかんない……や、存在自体がオカルトそのものなボクらが言えた義理ないんだけど」
 紡は言った。
「でもねぇ教祖サマ。キミが自分なりに妹ちゃんを守ろうとしてるのは、わかるよ。もうちょっと、やり方考えない?」
「どうしろと言うんだ……力のない連中はな、力ある者を、恐れて迫害するか、崇めて拝む! そのどちらかしかやろうとしない! 救いようない馬鹿なんだよぉどいつもコイツも!」
 仕込み錫杖をシャッ! と引き抜き、その刃を紡に向けようとした祁答院の身体が、ひしゃげて倒れた。
 プリンスが、貫殺撃・改を叩き込んでいた。
「余にも妹者いるけど……ダメだよ、小さいうちから公務を押し付けちゃ。人の上に立つって言うのは、キン肉仕事なんだから」
 オールバックの似合う額に、いつか「肉」の落書きでもしてやろう、と紡は思った。
 それはともかく、倒れた祁答院の傍らに、いつの間にか、おみつめ様が佇んでいる。
「御本尊が出て来やがったな……やろう、ってのか」
 ニヤリと牙を剥きながら、直斗が膝をついた。脚が、おかしな感じに痙攣をしている。
「ぐっ……畜生……ッ」
「無茶し過ぎだよ直斗ちゃん。激鱗と猛の一撃でコンボなんて、敵やっつける前に自分の身体が壊れちゃうって」
 直斗の背中を翼で撫でながら、紡は言った。
「それより、おみつめちゃん……やる気なら、相手になるよ。見ての通り直斗ちゃんや殿はちょっとボロボロだけど、ボクなんか今回サポートしかしてないから余力あるし」
「いやいや、ツム姫! 余はまだ充分に戦えるよ、だから頼って頼って」
 全身に荊を絡ませ、血まみれになりながら、プリンスが苦しげに笑う。1度の『潤しの雨』だけで完治するような負傷ではない。
 杖の先端のスリングショットで、紡は術式を射出した。
 癒しの滴が、プリンスを直撃する。
 大量の水飛沫を散らせながら、プリンスは錐揉み状に吹っ飛んで行く。なかなかの回転だった。
「村井さんは、お返しします。だから……私のお兄様を、殺さないで欲しいの」
 おみつめ様……祁答院恵が、倒れた兄の身体を抱き起こした。
 膝をついたまま、直斗が呻く。
「助けて欲しけりゃ……テメェらの神様とやらの、正体を言いな。いつか、そいつをブチ殺す」
「神様は……神様よ。ずっと、私を見守ってきてくれたの。私の神様は悪くない……殺すなら、私を殺して」
「ふざけてんのか……!」
「……そこまでにしておけ、飛騨」
 村井が、言葉を発した。
 翔とツバメと彩吹が、3人がかりで彼を十字架から解放したところである。
「村井さん……大丈夫なのか?」
「すまんな、面倒をかけた」
 3人に支えられたまま、村井が言う。
「……彼女の言う通りだ。神様という存在は、ただ地の底で眠っているだけ……命を捧げるだの何だのと騒いでいるのは地上の人間たちで、それを七星剣が煽り立てている」
「やっぱりね。いつだって、カミサマには何の罪もない……人間が、体良く理由付けに使ってるだけなんだよねー」
 紡は頷き、翔は呟いた。
「椿屋さんの言った通りってわけか。七星剣の連中が、ここの神様を欲しがってる……それなら何としても、その神様の正体を知りてえとこだけど」
「今日は……村井さんを連れて、このまま退散するしかなさそうだね」
 彩吹が、油断なく周囲を見回した。
 信者たちが、しずしずと処刑場に降りて来ている。祁答院兄妹を、取り囲み護衛する形にだ。
「おみつめ様に、ひどい事をなさるのなら……私たちを殺して下さい」
 信者たちが、口々に言う。
「私たちには、おみつめ様の他に、すがる存在がないのです」
「おみつめ様は、私たちを許して下さいました。許される事の安らぎと喜びを、私たちは知ったのです」
 プリンスが、ずぶ濡れのまま立ち上がった。
「いささか胡散臭い形ではあるにせよ……民を、慈しんでいるようだね。良い事だと思うよ。あとは三つ目の姫君、貴女のその3つの視線の先にあるものが知りたいな。一体どんな神様を見つめているのか、余にも教えてよ。あ、えっと、怖いお化けとかじゃないよねっ!?」
「私の神様は……ずっと大昔に、地の底へ閉じ込められて……かわいそうな神様……」
 三つの瞳が、涙に沈んだ。
「ねえ海原さん、本当なの? 私の神様は、本当に……人の命を捧げても、目を覚ましてはくれないの?」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです