正義と力が堕ちてゆく
この国も物騒になった、という事なのだろうか。
イレブンという組織の力によるもの、とは言え銃器・弾薬が以前よりもずっと容易く手に入るようになった。俺のような末端の戦闘員が、こうして乱用出来るほどにだ。
「くそったれ……糞ったれがっ、クソッタレがあああッ!」
涙を、鼻水を、無様に飛び散らせながら俺は今、小銃をぶっ放している。
岩のような樹皮が、ぱちぱちと銃弾を跳ね返し続けた。
巨大な樹木である。根をミミズの如く蠢かせてコンクリートを粉砕し、歩行している。
骸骨を思わせる枝が鉤爪を成し、伊藤と菅原を鷲掴みにしていた。両名とも首を折られ、頭蓋を割られ、すでに絶命している。
某県山中、イレブンの訓練施設である。
屋外の戦闘実技練成場に突然、そんな怪物が押し入って来たのだ。
訓練中の俺たちは、応戦した。
そして今、生き残っているのは俺1人だ。
伊藤と菅原だけではない。沼井も、原口も、今や物言わぬ肉塊となって練成場にぶちまけられている。
黒崎と高橋は、黒焦げの焼死体と化していた。
動く巨木が、いくつもの炎の塊を引き連れている。
人間大・人間型に固まりながら燃え盛る炎。そんなものたちが練成場内をうろうろと歩き回り、燃やすものを探し求めているのだ。
樹木と火では相性最悪の組み合わせではないか、と俺は思うが、まあ生木がそう容易く燃えるものでもない。
特に今、俺の目の前で伊藤と菅原を放り捨てている巨木の怪物には、沼井と高橋が実際に火炎放射器をぶっ放したのだ。
樹皮にいくらか焦げ目が付き、葉っぱが若干燃えただけだった。
動いて人を殺している時点で明らかなのだが、単なる樹木ではない。
妖、というやつだ。
「畜生っ、てめえらが……てめえらがいるから、テメエらがぁ……いるからあぁ……」
あの覚者という連中が、大きな顔をする。
俺はそう叫んだつもりだが、おかしな悲鳴にしかならなかった。
イレブン。それは、正義と力。
力なき人々の代わりに力を振るい、正義を行う。
そのための組織、であるはずだった。
人々を脅かす妖と戦うのは、だから俺たちでなければならないのだ。
覚者という、化け物じみた連中ではなく。
実際バケモノとしか思えないような輩が、奴らの中にはいる。化け物の力で、人を殺傷する輩。
それは覚者ではなく隔者だ、などと意味不明な言い訳を連中はしている。
凶暴凶悪で、化け物じみた力を持っている上に、言い訳がましい。
こんな連中は1日も早くこの世から消さなければならない、と俺は思う。
そんな連中以上に、しかし今このイレブンという組織は、おぞましいものと成り果てていた。
覚者どもの残虐非道を捏造・自作自演するために、よりにもよって『黒霧』と手を結ぶなどという本末転倒な企てが実行され、しかもそれがテレビ放映されたのだ。
あれによって日本全国に広く知れ渡ったのは、覚者の残虐非道ではなく、イレブンの愚かさだ。
上層部の馬鹿どもは一生懸命、火消しに勤しんでいるようだが、それは俺たちの知った事ではない。末端の戦闘員に出来るのは、ただひたすら戦力を鍛え上げる事、ただそれだけだ。
力なき人々を、守るために。
「畜生……ちくしょおぉ……」
泣きじゃくりながら、俺は小銃を振り回していた。弾倉は、とうの昔に空っぽである。
力なき人々を守る、どころではない。今や俺が、この世で最も無力な存在なのだ。
動く巨木が、人型の炎たちが、ゆらりと近付いて来る。殺戮の対象は、もはや俺1人だ。
「俺たちが……俺たちが、てめえらと戦えさえすればあぁ……」
覚者どもを、この世にのさばらせはしない。
それも、もはや声にはならなかった。
イレブンという組織の力によるもの、とは言え銃器・弾薬が以前よりもずっと容易く手に入るようになった。俺のような末端の戦闘員が、こうして乱用出来るほどにだ。
「くそったれ……糞ったれがっ、クソッタレがあああッ!」
涙を、鼻水を、無様に飛び散らせながら俺は今、小銃をぶっ放している。
岩のような樹皮が、ぱちぱちと銃弾を跳ね返し続けた。
巨大な樹木である。根をミミズの如く蠢かせてコンクリートを粉砕し、歩行している。
骸骨を思わせる枝が鉤爪を成し、伊藤と菅原を鷲掴みにしていた。両名とも首を折られ、頭蓋を割られ、すでに絶命している。
某県山中、イレブンの訓練施設である。
屋外の戦闘実技練成場に突然、そんな怪物が押し入って来たのだ。
訓練中の俺たちは、応戦した。
そして今、生き残っているのは俺1人だ。
伊藤と菅原だけではない。沼井も、原口も、今や物言わぬ肉塊となって練成場にぶちまけられている。
黒崎と高橋は、黒焦げの焼死体と化していた。
動く巨木が、いくつもの炎の塊を引き連れている。
人間大・人間型に固まりながら燃え盛る炎。そんなものたちが練成場内をうろうろと歩き回り、燃やすものを探し求めているのだ。
樹木と火では相性最悪の組み合わせではないか、と俺は思うが、まあ生木がそう容易く燃えるものでもない。
特に今、俺の目の前で伊藤と菅原を放り捨てている巨木の怪物には、沼井と高橋が実際に火炎放射器をぶっ放したのだ。
樹皮にいくらか焦げ目が付き、葉っぱが若干燃えただけだった。
動いて人を殺している時点で明らかなのだが、単なる樹木ではない。
妖、というやつだ。
「畜生っ、てめえらが……てめえらがいるから、テメエらがぁ……いるからあぁ……」
あの覚者という連中が、大きな顔をする。
俺はそう叫んだつもりだが、おかしな悲鳴にしかならなかった。
イレブン。それは、正義と力。
力なき人々の代わりに力を振るい、正義を行う。
そのための組織、であるはずだった。
人々を脅かす妖と戦うのは、だから俺たちでなければならないのだ。
覚者という、化け物じみた連中ではなく。
実際バケモノとしか思えないような輩が、奴らの中にはいる。化け物の力で、人を殺傷する輩。
それは覚者ではなく隔者だ、などと意味不明な言い訳を連中はしている。
凶暴凶悪で、化け物じみた力を持っている上に、言い訳がましい。
こんな連中は1日も早くこの世から消さなければならない、と俺は思う。
そんな連中以上に、しかし今このイレブンという組織は、おぞましいものと成り果てていた。
覚者どもの残虐非道を捏造・自作自演するために、よりにもよって『黒霧』と手を結ぶなどという本末転倒な企てが実行され、しかもそれがテレビ放映されたのだ。
あれによって日本全国に広く知れ渡ったのは、覚者の残虐非道ではなく、イレブンの愚かさだ。
上層部の馬鹿どもは一生懸命、火消しに勤しんでいるようだが、それは俺たちの知った事ではない。末端の戦闘員に出来るのは、ただひたすら戦力を鍛え上げる事、ただそれだけだ。
力なき人々を、守るために。
「畜生……ちくしょおぉ……」
泣きじゃくりながら、俺は小銃を振り回していた。弾倉は、とうの昔に空っぽである。
力なき人々を守る、どころではない。今や俺が、この世で最も無力な存在なのだ。
動く巨木が、人型の炎たちが、ゆらりと近付いて来る。殺戮の対象は、もはや俺1人だ。
「俺たちが……俺たちが、てめえらと戦えさえすればあぁ……」
覚者どもを、この世にのさばらせはしない。
それも、もはや声にはならなかった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の敵は妖9体、内訳は以下の通りであります。
●動く巨木(1体)
生物系、ランク2。攻撃手段は、怪力の枝による接近戦(物近単)。
もう1つ、触手状の根による生命力吸収があります。これが命中した場合、与えたダメージ分だけ体力が回復します。対象1名から多量の体力を奪うパターン(物遠単)と、対象複数から少量ずつ体力を奪うパターン(物遠列)があります。
●炎人(8体)
自然系、ランク1。人型の炎の塊。攻撃手段は、炎の手足による格闘戦(特近単)、及び火球の発射(特遠単)で、共にBS「火傷」が付きます。
時間帯は真昼。場所は山中のイレブン戦闘訓練場で、いくらか小さめのスタジアムのようなものです。屋根も障害物もありません。
ここが妖たちによる襲撃を受け、訓練中の戦闘員があらかた皆殺しにされたところが状況開始となります。ただ1人の生き残りである桑原毅(男、22歳)が今にも殺されそうになっていますが、彼の生存は成功条件には含めません。
炎人8体が動く巨木を取り囲んで9マス正方形の陣形を組んでおり、どの方向から攻撃しても巨木が中衛中心部となります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年11月22日
2017年11月22日
■メイン参加者 6人■

●
「聞いた聞いた? 妖が出たんだってー。まあ目の前にいるんだけど」
明るい声を発しているのは『デアデビル』天城聖(CL2001170)である。
「私らはアレを全部始末すればいいんだよね。何か石ころが落っこちてるみたいだけど気にしない気にしない、張り切ってこー」
「……石ころじゃありません、要救助者です」
聖の肩を軽く掴みながら、『プロ級ショコラティエール』菊坂結鹿(CL2000432)が軽く溜め息をつく。
「わかってくれていると思いますけど念のため、確認しておきますよ聖さん……あの人を、助けます。いいですね?」
「めんどいよー。あいつイレブンだし、助けたって感謝してくれるわけでもなし」
「わたし感謝が欲しくて人助けをしているわけではないですから。もちろん聖さんも、そうですよねっ?」
「まぁ感謝されるって結構ウザいからなー」
そんな会話を背中で聞きながら、『想い重ねて』柳燐花(CL2000695)は踏み込んで行った。
イレブン戦闘員・桑原毅が、弾の入っていない小銃を振り回しながら泣きじゃくり、恐慌に陥り、尻餅をついている。
その眼前に、燐花は立った。
「貴方がたにとって、私たち覚者は憎悪の対象……」
桑原を背後に庇い、妖の群れと対峙する形となった。
「そんな相手に助けられるくらいなら自ら命を絶つ、と言うのであれば……御自由に」
背後で怯える若者を一瞥もせず、燐花は言った。
「そうならない事を願ってはいますよ。奏空さん、お任せします」
人型の炎が8体、それらを従えて悠然と歩行する巨木が1体。
計9体もの妖を見据えながら、燐花は疾蒼・電燐を構えた。
傍に控えていた『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、座り込んだ桑原の身体をいくらか荒っぽく引きずり立たせる。
「桑原さん、だったね。あんたを安全な場所まで連行する。拒否権はないから」
「……てめえら……覚者……か……」
桑原が、どうにか声を発する。
「畜生、放せ……」
「言ったよ? 拒否権はないって」
奏空が、無理やりに桑原を引き連れて戦線から離脱して行く。
炎人の何体かが、それを追おうとする。
「おっと、お前らの相手はオレたちだ」
阻んだのは『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)だ。
イレブン戦闘員たちの屍を、じろりと見回し、彼は言った。
「……これ以上、好き勝手はさせねー」
「そういう事。君たちはね、少しばかり好き勝手にやり過ぎだよ」
言葉と共に、『想い重ねて』蘇我島恭司(CL2001015)が若返ってゆく。
「人を殺すという事は、人から逆襲を受けるという事でもある。君たち妖に、その覚悟はあるのかな」
返答の如く、炎人の1体が燃え上がった。燃え上がった炎が、恭司を襲う。
燐花は、すでに動いていた。
火行因子を活性化させながら、疾蒼・電燐を一閃させる。飛燕だった。
恭司を狙っていた炎人が、血飛沫のような火の粉を散らせて後退りをする。
「お見事、ありがとう燐花ちゃん」
恭司が言った。
「だけど今回の作戦目的は……僕の身の安全を確保する事、じゃないからね?」
「わかっています……」
貴方は、私が守る。
それは、わざわざ口に出して言う事ではなかった。
●
「カクセイサンダー! ドラゴン・ストォオムッ!」
翔の叫びと共に雷鳴が迸り、雷の龍が妖たちを薙ぎ払う。
その間、結鹿は『錬覇法』及び『蔵王・戒』を自身に施していた。
「ほら、わたしたちも行きますよ聖さん!」
「んー、今回って頼もしい人ばっかりだからねえ。私はみんなに丸な……後方支援でいいかな。うん、今夜は炒飯」
そんなやりとりを睨みながら、桑原が呻く。
「……遊びに来てんのか? そのついでに、俺らを助けようってのか……バケモノのやりそうな事ったな、おい」
「み、見た目の態度はアレだけど。天城さんだってね、あんたを助けるために」
そこで奏空は口ごもり、言葉を改めた。
「……誰かを助けるために戦う。それって、言葉に出す事じゃないもんな。あんただって、そうだろう?」
「馴れ馴れしくするんじゃねえぞ、バケモノが……」
「怪我を見せて。これからも、人を助けるために戦い続けたいのなら……あんた方の大嫌いな術式による回復、受けてもらうよ」
癒力活性が、桑原の負傷した身体を癒してゆく。
「……そうやって、何でも出来やがるんだよな。テメエらはよ……」
光の粒子が降り注ぎ、電光が荒れ狂う。
恭司の脣星落霜と翔の雷獣が、妖の群れを直撃していた。
桑原が、声を震わせる。
「ああやって、バケモノの力で何だって出来るテメエらから見りゃ……俺たちなんざぁ、虫ケラみてえなもんだろうよ」
まず警戒すべきは、この桑原が自暴自棄になって覚者たちに背後から攻撃を加える、戦闘の妨害となる行為に及ぶ、その事態であった。
仲間に害を及ぼさないために、このまま桑原を気絶させる。それも1つの手段ではある。
それをせずに奏空は、桑原の言葉を聞いていた。
「虫ケラに、救いの手を差し伸べる……さぞかし、いい気分だろうなあ! ええおい!?」
「……俺が言える事は1つだよ、桑原さん」
救いの手を差し伸べる、だけでは駄目なのだ。
力ある者が有無を言わせず一方的に、力なき者を守る。それだけでは永久に溝は埋まらない。
「俺はね、憤怒者って人たちを誤解してた。覚者への偏見だけで活動してるんだって……だけど、あんたは違った。妖から人々を守りたい、その思いは俺たちだって同じさ」
「同じだと……」
「あんたには、人を守りたいっていう意思があって……それは、俺の知ってる今までの憤怒者とは違って、何と言うか、光が見えたんだよ。俺が勝手に見てるだけの光さ」
桑原の目を正面から見据え、奏空は言った。
「あんたにも同じ光が見えたんだとしたら……俺は、嬉しい」
●
炎人たちは、燃え盛る紅蓮の手足で格闘戦を挑んで来る。己の身体をちぎり取るようにして、火球を投げつけても来る。
翔、だけではない。結鹿も聖も、燐花も恭司も、火傷を負っている。
イレブンの戦闘員たちは、しかし火傷では済まず命を失ったのだ。
(妖に、必死に立ち向かう……かなわなくて、悔しい……わかる。わかるぜ、本当に……)
自分が大人であれば、助けられた。そう思った事なら翔にもある。
「あの時の痛みに比べりゃ……へへっ、こんなもの!」
火球の直撃を喰らいながら、翔は無理矢理に笑って見せた。
「そうですねっ、この程度の妖……ッ……!」
燐花が、悲鳴を噛み殺している。
巨木の枝が、彼女を殴打したところである。
鮮血を散らせ、後方によろめいた燐花を、恭司が抱き止めた。
「少し張り切りすぎ、かな? 燐花ちゃんは」
水行の癒しの力が、焼けただれた自分の身体に染み込んで来るのを翔は感じた。
翔のみならず覚者全員を『癒しの霧』で包み込みながら、恭司が言う。
「彼の仲間たちの、仇を討つ……気持ちはわかるけど、焦らず落ち着いていこう。翔ちゃんも、痩せ我慢をし過ぎかな。痛い時は、無理に笑っていないで素直に泣き叫んだ方がいいよ?」
「痛いよ~、死んじゃうよぉ~。帰りたいよう。帰って晩メシの支度……炒飯じゃなくて、おでんにしよっかなー」
「……聖さんは、もう少し痩せ我慢をして下さい」
言いつつ、結鹿が太刀を構える。
その刃から霧が立ちのぼり、妖の群れを包み込んだ。迷霧だった。
霧に束縛された炎人の1体を狙って、結鹿は踏み込んだ。
刃にまとわりついた霧が、氷の粒子に変わった。
冷気の煌めきを帯びた切っ先が、炎人を貫通し、巨木の幹に突き刺さる。
「燐花さん、翔くん!」
「了解です……」
「任せてくれ!」
結鹿の呼びかけに応じて、燐花が飛燕を繰り出す。翔はカクセイパッドを掲げ、雷獣を迸らせた。
妖の前衛を成す炎人3体。その中央の1体から、結鹿が氷まとう刃を引き抜く。ほぼ同時に、燐花の斬撃が襲いかかる。
炎人は切り刻まれ、火の粉に変わった。
左右から燐花に殴りかかろうとする他2体が、翔の電光に粉砕される。
火の粉を蹴散らし、燐花はなおも踏み込んで行く。
さらなる飛燕が、動く巨木の頑強な樹皮を切り裂いた。
「恭司さん、オレ……泣き叫べなかったよ。泣けもしなかった」
自身の発現のきっかけとなった、とある事故を思い出しながら、翔は身を翻した。演舞・舞音。
「ぼーっとしてて、涙の1滴も出なかった。オレって冷たい奴なんじゃないかって、思ったりもして」
「人間ってね、本当に打ちのめされると、まず涙腺が凍っちゃうんだ」
あの事故の報道に関わったマスコミ関係者の中に、この蘇我島恭司がいた。
「今の君は、ちゃんと涙を流せる人になってるじゃないか。他人のためになら、ね……うん、やっぱり翔ちゃんの舞音は効く。火傷のヒリヒリがすっかり無くなって、身体が軽快に動くよっ」
言葉通り軽やかに、恭司が印を結ぶ。雷獣の印。
稲妻が、巨木を直撃した。
裂けていた樹皮が、焦げて砕けて飛び散った。一緒に拡散した電光が、巨木の左右で炎人2体を直撃する。
妖たちの反撃は、即座に来た。
炎人の1体が、燃え盛る剛腕で翔を殴る。他4体が火球をぶっ放したようだが、どれが誰を直撃したのか確認している暇はなかった。
大蛇のようなものが突然、コンクリートを砕いて地中から現れ、翔それに結鹿の全身に絡みついたからだ。
「うぐっ……!」
「きゃっ……あうッ!」
動く巨木の、根であった。
締め上げられる全身から、力が吸い取られてゆく。それを翔は呆然と感じた。
巨木の表面で、強固な樹皮が盛り上がり再生してゆく。覚者2人の生命力を、吸引しているのだ。
「厄介な……!」
燐花が放った飛燕の一閃が、翔と結鹿の全身を撫でる。切断された根が、ばらばらと落ちる。
翔も結鹿も、かすり傷1つ負ってはいない。慄然とするほどの、技の冴えであった。
「あ……ありがと」
「大丈夫ですか? 翔さん」
「オレは平気。それより結鹿さんが」
「大丈夫。わたしって、見た目より頑丈なんですよ?」
「……オレよりな」
頭を掻きながら、翔はよろめいた。そこそこの量の体力を、吸収されたのだ。
翔がよろめいている間、巨木が怒り狂っていた。鉤爪のような枝を振り立て、燐花を襲う。
その時、風が吹いた。
鉤爪状の枝が、切り落とされていた。頑強な幹が大きく裂け、鮮血のような樹液が噴出する。
激鱗の、一撃であった。
双刀を抜き放った奏空が、翔の傍に着地する。
「ごめん……お待たせ」
「何かヒーローみてえじゃんかよ、奏空なのに」
「助かりました、奏空さん……要救助者は?」
「大人しく、してくれてはいるよ」
燐花の問いにそう答えながら奏空は、両眼を桃色に発光させている。
「あとは、守るために戦うだけさ。ヒーローの役、渡さないぞ翔」
●
妖に体力を吸引されたせいで踏ん張りの利かない足を、結鹿は無理矢理に踏ん張らせた。
「殺された方々の無念、わたしが晴らします!」
冷気まとう刃を、動く巨木に突き込んで行く。
必殺の、氷穿牙。
血飛沫のような樹液を散らせる巨大な幹を、さらにザクザクと切り裂きながら氷の粒子が乱舞し、後方にいた炎人の1体をも襲った。
化け物の戦い方だ、などと思っているのだろう。桑原が、じっと見つめている。
覚者に対する反感、嫉妬、恐怖……様々なものが混ざり込んだ眼光。
そういった感情の奥にある思いを、しかし見逃すまい、疑うまいと結鹿は思う。
人を守りたい、そのために力を振るいたいという思い。
(わたしたちと、同じじゃないですか……!)
心の中で、結鹿は叫んだ。言葉に出したところで、憤怒者の心には届かない。今は、まだ。
(力なき人々のために力を振るい、正義を行う。言うは易し、行うは難しです。その行いに、覚者と憤怒者の違いなんてありません。自分たちだけで、なんて考えるから……!)
奪われた体力が、器に水を満たすが如く回復してゆくのを結鹿は感じた。
恭司の、癒しの霧。それに翔の演舞・舞音。
「続いていくぜっ、吼えろ! サンダービースト!」
演舞から雷獣の結印へと、翔の動きが移行する。
電光が、動く巨木を直撃し、その左右で炎人2体を打ち砕く。
仇を討つかのように、残り3体となった炎人たちが火球を発射した。全てが、翔に命中する。
「翔……うっぐ!」
倒れた翔を気遣おうとしたところで、奏空が捕縛された。その全身に、蛇のような木の根が絡み付いている。
動く巨木の、切断された枝が、再生してゆく。
「おおっと、完治はさせないって!」
聖の声に合わせて、光の豪雨が降った。
脣星落霜が、妖たちを猛襲していた。木の根が、奏空の全身から砕け散る。
「……あ、ありがとう天城さん。ミイラになっちゃうとこだったよ……」
「ふふん、集中に集中を重ねた脣星落霜! ここぞってとこでカマさないとね」
「……晩ごはんの事を考えながら、集中していたとでも?」
「そ、そんな目で見ないで。結鹿のジト目は男どもには大いに需要あるだろうけど、私は全然だから。まあそんなワケでっ、今年度ジト目の似合う美少女ぶっちぎり1位の仔猫ちゃんゴー!」
「……イレブンの方が見てるんです。覚者の恥晒しとなるような言動は、慎んで下さい」
氷穿牙よりも冷ややかな声を発しながら、燐花が飛燕を放つ。蠢き襲い来る無数の根を、ことごとく切断してゆく。
その間、奏空が疾風のように動いて火の粉を蹴散らした。炎人を2体、切り刻んでいた。
結鹿はもう一撃、氷穿牙を繰り出した。氷の刃が巨木を貫通し、炎人の最後の1体を粉砕する。
「とどめ……に、なるかな。恭司さん、一緒に!」
「了解。だけど、とどめになるかどうかはわからない。みんな気をつけてね」
翔と恭司が、雷鳴を轟かせる。
覚者2人の力で生み出された、巨大な雷獣が、電光の牙で巨木を噛み裂いていた。
動く巨木が、黒焦げの木屑の変わって砕け散る。
もはや跡形も残っていない。枝と幹は、だ。
結鹿の足元で、コンクリートが砕け散った。
巨木の根の、恐らく最後の1本が、結鹿の全身を絡め取り締め上げる。触手のようにだ。
(気をつけて、と言われていたのに……この体たらく……ッ!)
結鹿が己を責めている間、もう1つ雷鳴が轟いていた。
「よっしゃ間に合ったー! コレがやりたかったのよ」
聖の、雷斬であった。
電光の刃に変わった錫杖が、結鹿を束縛する根を鮮やかに灼き斬っていた。
「ぶった斬った、この感触! たまんないよねー。まあ結鹿に触手ってのも需要ありまくりだろうけどぉ」
「……斬りますよ」
「まあまあ燐花ちゃん。覚者にも、いろんな人がいるって事で」
燐花を止めながら恭司が、桑原の方を向く。
「いいんじゃ、ないかな。ねえ桑原氏? そりゃあ色々な人がいるよ」
「何を言われてもしょうがない連中が……因子持ちの中にだって、いるのは確かだけど」
奏空が言った。
「それでも、信じて欲しいんだ。根っこは同じ人間なんだって……ごめん。長々とお説教みたいな事言ったけど結局これなんだよな」
「現状を嘆く前に、自らを鍛えて下さい」
燐花の冷ややかな声に、いくらか熱のようなものが宿る。
「この世には、私たちを凌駕する力を持つ人もいます。そんな人たちも、私は同じ人間だと思っています。貴方は……力ある者は人ではない、とおっしゃるのですか? 私が昔いた村の人たちと、同じように」
黙り込む桑原に、今度は翔が言葉をかけた。
「アンタさ、子供ん時にヒーロー物とか見てた? ヒーローも怪人・怪獣も、どっちもバケモノだって思ってたか? 両方とも、強い力を持ってるってだけでさ。言いたかねーけど憤怒者って連中だって色々いる、だけどオレは全部一緒にはしねえぜ」
「……ヒーローが、うっかり機嫌悪くなったら……どうする」
桑原が呻いた。
「怪獣が暴れんのと大して違いはしねえ。俺たちなんて、皆殺しにされちまう……そうならねえって保証が一体どこにある。お前らが、ずっと聖人君子でいてくれるなんて……どうやって、俺たちに信じさせるつもりだ」
「……めんどくせえ。私ら来るの、ちょっと早過ぎたかも」
言おうとする聖の口を、結鹿は片手で塞いだ。
代わりのように、恭司が言う。
「なるほど……ね。君らが覚者の一体どういうところに憤怒しているのか、片鱗の片鱗くらいは見えたような気がする。ただ、この因子発現ってやつは病気みたいなものでね。イレブンに所属しながら発現する場合だってある。君にだって可能性はあるんだよ? そうなったら自ら命を絶つ、なんて言わないでくれよ」
「相互理解は無理、かも知れません。貴方がたも私たちも、人々を守るために為すべき事を、それぞれ行うだけです」
桑原に背を向けながら、燐花が言った。
「その過程で偶然、同じ歩みになってしまう事も……ある、かも知れませんね」
「いつかは一緒に戦えればいい。オレはそう思ってるぜ」
翔が微笑み、桑原は俯いた。
そこへ恭司が問いかける。
「言いにくいかも知れないけど敢えて訊く。個人的に、隔者から何か被害を受けたわけでは?」
「……ねえよ。そういう事をするかも知れねえから、俺はお前らを許せなかった……お前ら1人1人は、そりゃいい奴なんだろうよ。けど……」
「見ていて欲しい、としか言いようがないな」
恭司は言った。
「覚者という存在を、出来るだけ近くで見て判断して欲しい。そのために……五麟市で暮らしてみる、というのはどうかな」
「聞いた聞いた? 妖が出たんだってー。まあ目の前にいるんだけど」
明るい声を発しているのは『デアデビル』天城聖(CL2001170)である。
「私らはアレを全部始末すればいいんだよね。何か石ころが落っこちてるみたいだけど気にしない気にしない、張り切ってこー」
「……石ころじゃありません、要救助者です」
聖の肩を軽く掴みながら、『プロ級ショコラティエール』菊坂結鹿(CL2000432)が軽く溜め息をつく。
「わかってくれていると思いますけど念のため、確認しておきますよ聖さん……あの人を、助けます。いいですね?」
「めんどいよー。あいつイレブンだし、助けたって感謝してくれるわけでもなし」
「わたし感謝が欲しくて人助けをしているわけではないですから。もちろん聖さんも、そうですよねっ?」
「まぁ感謝されるって結構ウザいからなー」
そんな会話を背中で聞きながら、『想い重ねて』柳燐花(CL2000695)は踏み込んで行った。
イレブン戦闘員・桑原毅が、弾の入っていない小銃を振り回しながら泣きじゃくり、恐慌に陥り、尻餅をついている。
その眼前に、燐花は立った。
「貴方がたにとって、私たち覚者は憎悪の対象……」
桑原を背後に庇い、妖の群れと対峙する形となった。
「そんな相手に助けられるくらいなら自ら命を絶つ、と言うのであれば……御自由に」
背後で怯える若者を一瞥もせず、燐花は言った。
「そうならない事を願ってはいますよ。奏空さん、お任せします」
人型の炎が8体、それらを従えて悠然と歩行する巨木が1体。
計9体もの妖を見据えながら、燐花は疾蒼・電燐を構えた。
傍に控えていた『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、座り込んだ桑原の身体をいくらか荒っぽく引きずり立たせる。
「桑原さん、だったね。あんたを安全な場所まで連行する。拒否権はないから」
「……てめえら……覚者……か……」
桑原が、どうにか声を発する。
「畜生、放せ……」
「言ったよ? 拒否権はないって」
奏空が、無理やりに桑原を引き連れて戦線から離脱して行く。
炎人の何体かが、それを追おうとする。
「おっと、お前らの相手はオレたちだ」
阻んだのは『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)だ。
イレブン戦闘員たちの屍を、じろりと見回し、彼は言った。
「……これ以上、好き勝手はさせねー」
「そういう事。君たちはね、少しばかり好き勝手にやり過ぎだよ」
言葉と共に、『想い重ねて』蘇我島恭司(CL2001015)が若返ってゆく。
「人を殺すという事は、人から逆襲を受けるという事でもある。君たち妖に、その覚悟はあるのかな」
返答の如く、炎人の1体が燃え上がった。燃え上がった炎が、恭司を襲う。
燐花は、すでに動いていた。
火行因子を活性化させながら、疾蒼・電燐を一閃させる。飛燕だった。
恭司を狙っていた炎人が、血飛沫のような火の粉を散らせて後退りをする。
「お見事、ありがとう燐花ちゃん」
恭司が言った。
「だけど今回の作戦目的は……僕の身の安全を確保する事、じゃないからね?」
「わかっています……」
貴方は、私が守る。
それは、わざわざ口に出して言う事ではなかった。
●
「カクセイサンダー! ドラゴン・ストォオムッ!」
翔の叫びと共に雷鳴が迸り、雷の龍が妖たちを薙ぎ払う。
その間、結鹿は『錬覇法』及び『蔵王・戒』を自身に施していた。
「ほら、わたしたちも行きますよ聖さん!」
「んー、今回って頼もしい人ばっかりだからねえ。私はみんなに丸な……後方支援でいいかな。うん、今夜は炒飯」
そんなやりとりを睨みながら、桑原が呻く。
「……遊びに来てんのか? そのついでに、俺らを助けようってのか……バケモノのやりそうな事ったな、おい」
「み、見た目の態度はアレだけど。天城さんだってね、あんたを助けるために」
そこで奏空は口ごもり、言葉を改めた。
「……誰かを助けるために戦う。それって、言葉に出す事じゃないもんな。あんただって、そうだろう?」
「馴れ馴れしくするんじゃねえぞ、バケモノが……」
「怪我を見せて。これからも、人を助けるために戦い続けたいのなら……あんた方の大嫌いな術式による回復、受けてもらうよ」
癒力活性が、桑原の負傷した身体を癒してゆく。
「……そうやって、何でも出来やがるんだよな。テメエらはよ……」
光の粒子が降り注ぎ、電光が荒れ狂う。
恭司の脣星落霜と翔の雷獣が、妖の群れを直撃していた。
桑原が、声を震わせる。
「ああやって、バケモノの力で何だって出来るテメエらから見りゃ……俺たちなんざぁ、虫ケラみてえなもんだろうよ」
まず警戒すべきは、この桑原が自暴自棄になって覚者たちに背後から攻撃を加える、戦闘の妨害となる行為に及ぶ、その事態であった。
仲間に害を及ぼさないために、このまま桑原を気絶させる。それも1つの手段ではある。
それをせずに奏空は、桑原の言葉を聞いていた。
「虫ケラに、救いの手を差し伸べる……さぞかし、いい気分だろうなあ! ええおい!?」
「……俺が言える事は1つだよ、桑原さん」
救いの手を差し伸べる、だけでは駄目なのだ。
力ある者が有無を言わせず一方的に、力なき者を守る。それだけでは永久に溝は埋まらない。
「俺はね、憤怒者って人たちを誤解してた。覚者への偏見だけで活動してるんだって……だけど、あんたは違った。妖から人々を守りたい、その思いは俺たちだって同じさ」
「同じだと……」
「あんたには、人を守りたいっていう意思があって……それは、俺の知ってる今までの憤怒者とは違って、何と言うか、光が見えたんだよ。俺が勝手に見てるだけの光さ」
桑原の目を正面から見据え、奏空は言った。
「あんたにも同じ光が見えたんだとしたら……俺は、嬉しい」
●
炎人たちは、燃え盛る紅蓮の手足で格闘戦を挑んで来る。己の身体をちぎり取るようにして、火球を投げつけても来る。
翔、だけではない。結鹿も聖も、燐花も恭司も、火傷を負っている。
イレブンの戦闘員たちは、しかし火傷では済まず命を失ったのだ。
(妖に、必死に立ち向かう……かなわなくて、悔しい……わかる。わかるぜ、本当に……)
自分が大人であれば、助けられた。そう思った事なら翔にもある。
「あの時の痛みに比べりゃ……へへっ、こんなもの!」
火球の直撃を喰らいながら、翔は無理矢理に笑って見せた。
「そうですねっ、この程度の妖……ッ……!」
燐花が、悲鳴を噛み殺している。
巨木の枝が、彼女を殴打したところである。
鮮血を散らせ、後方によろめいた燐花を、恭司が抱き止めた。
「少し張り切りすぎ、かな? 燐花ちゃんは」
水行の癒しの力が、焼けただれた自分の身体に染み込んで来るのを翔は感じた。
翔のみならず覚者全員を『癒しの霧』で包み込みながら、恭司が言う。
「彼の仲間たちの、仇を討つ……気持ちはわかるけど、焦らず落ち着いていこう。翔ちゃんも、痩せ我慢をし過ぎかな。痛い時は、無理に笑っていないで素直に泣き叫んだ方がいいよ?」
「痛いよ~、死んじゃうよぉ~。帰りたいよう。帰って晩メシの支度……炒飯じゃなくて、おでんにしよっかなー」
「……聖さんは、もう少し痩せ我慢をして下さい」
言いつつ、結鹿が太刀を構える。
その刃から霧が立ちのぼり、妖の群れを包み込んだ。迷霧だった。
霧に束縛された炎人の1体を狙って、結鹿は踏み込んだ。
刃にまとわりついた霧が、氷の粒子に変わった。
冷気の煌めきを帯びた切っ先が、炎人を貫通し、巨木の幹に突き刺さる。
「燐花さん、翔くん!」
「了解です……」
「任せてくれ!」
結鹿の呼びかけに応じて、燐花が飛燕を繰り出す。翔はカクセイパッドを掲げ、雷獣を迸らせた。
妖の前衛を成す炎人3体。その中央の1体から、結鹿が氷まとう刃を引き抜く。ほぼ同時に、燐花の斬撃が襲いかかる。
炎人は切り刻まれ、火の粉に変わった。
左右から燐花に殴りかかろうとする他2体が、翔の電光に粉砕される。
火の粉を蹴散らし、燐花はなおも踏み込んで行く。
さらなる飛燕が、動く巨木の頑強な樹皮を切り裂いた。
「恭司さん、オレ……泣き叫べなかったよ。泣けもしなかった」
自身の発現のきっかけとなった、とある事故を思い出しながら、翔は身を翻した。演舞・舞音。
「ぼーっとしてて、涙の1滴も出なかった。オレって冷たい奴なんじゃないかって、思ったりもして」
「人間ってね、本当に打ちのめされると、まず涙腺が凍っちゃうんだ」
あの事故の報道に関わったマスコミ関係者の中に、この蘇我島恭司がいた。
「今の君は、ちゃんと涙を流せる人になってるじゃないか。他人のためになら、ね……うん、やっぱり翔ちゃんの舞音は効く。火傷のヒリヒリがすっかり無くなって、身体が軽快に動くよっ」
言葉通り軽やかに、恭司が印を結ぶ。雷獣の印。
稲妻が、巨木を直撃した。
裂けていた樹皮が、焦げて砕けて飛び散った。一緒に拡散した電光が、巨木の左右で炎人2体を直撃する。
妖たちの反撃は、即座に来た。
炎人の1体が、燃え盛る剛腕で翔を殴る。他4体が火球をぶっ放したようだが、どれが誰を直撃したのか確認している暇はなかった。
大蛇のようなものが突然、コンクリートを砕いて地中から現れ、翔それに結鹿の全身に絡みついたからだ。
「うぐっ……!」
「きゃっ……あうッ!」
動く巨木の、根であった。
締め上げられる全身から、力が吸い取られてゆく。それを翔は呆然と感じた。
巨木の表面で、強固な樹皮が盛り上がり再生してゆく。覚者2人の生命力を、吸引しているのだ。
「厄介な……!」
燐花が放った飛燕の一閃が、翔と結鹿の全身を撫でる。切断された根が、ばらばらと落ちる。
翔も結鹿も、かすり傷1つ負ってはいない。慄然とするほどの、技の冴えであった。
「あ……ありがと」
「大丈夫ですか? 翔さん」
「オレは平気。それより結鹿さんが」
「大丈夫。わたしって、見た目より頑丈なんですよ?」
「……オレよりな」
頭を掻きながら、翔はよろめいた。そこそこの量の体力を、吸収されたのだ。
翔がよろめいている間、巨木が怒り狂っていた。鉤爪のような枝を振り立て、燐花を襲う。
その時、風が吹いた。
鉤爪状の枝が、切り落とされていた。頑強な幹が大きく裂け、鮮血のような樹液が噴出する。
激鱗の、一撃であった。
双刀を抜き放った奏空が、翔の傍に着地する。
「ごめん……お待たせ」
「何かヒーローみてえじゃんかよ、奏空なのに」
「助かりました、奏空さん……要救助者は?」
「大人しく、してくれてはいるよ」
燐花の問いにそう答えながら奏空は、両眼を桃色に発光させている。
「あとは、守るために戦うだけさ。ヒーローの役、渡さないぞ翔」
●
妖に体力を吸引されたせいで踏ん張りの利かない足を、結鹿は無理矢理に踏ん張らせた。
「殺された方々の無念、わたしが晴らします!」
冷気まとう刃を、動く巨木に突き込んで行く。
必殺の、氷穿牙。
血飛沫のような樹液を散らせる巨大な幹を、さらにザクザクと切り裂きながら氷の粒子が乱舞し、後方にいた炎人の1体をも襲った。
化け物の戦い方だ、などと思っているのだろう。桑原が、じっと見つめている。
覚者に対する反感、嫉妬、恐怖……様々なものが混ざり込んだ眼光。
そういった感情の奥にある思いを、しかし見逃すまい、疑うまいと結鹿は思う。
人を守りたい、そのために力を振るいたいという思い。
(わたしたちと、同じじゃないですか……!)
心の中で、結鹿は叫んだ。言葉に出したところで、憤怒者の心には届かない。今は、まだ。
(力なき人々のために力を振るい、正義を行う。言うは易し、行うは難しです。その行いに、覚者と憤怒者の違いなんてありません。自分たちだけで、なんて考えるから……!)
奪われた体力が、器に水を満たすが如く回復してゆくのを結鹿は感じた。
恭司の、癒しの霧。それに翔の演舞・舞音。
「続いていくぜっ、吼えろ! サンダービースト!」
演舞から雷獣の結印へと、翔の動きが移行する。
電光が、動く巨木を直撃し、その左右で炎人2体を打ち砕く。
仇を討つかのように、残り3体となった炎人たちが火球を発射した。全てが、翔に命中する。
「翔……うっぐ!」
倒れた翔を気遣おうとしたところで、奏空が捕縛された。その全身に、蛇のような木の根が絡み付いている。
動く巨木の、切断された枝が、再生してゆく。
「おおっと、完治はさせないって!」
聖の声に合わせて、光の豪雨が降った。
脣星落霜が、妖たちを猛襲していた。木の根が、奏空の全身から砕け散る。
「……あ、ありがとう天城さん。ミイラになっちゃうとこだったよ……」
「ふふん、集中に集中を重ねた脣星落霜! ここぞってとこでカマさないとね」
「……晩ごはんの事を考えながら、集中していたとでも?」
「そ、そんな目で見ないで。結鹿のジト目は男どもには大いに需要あるだろうけど、私は全然だから。まあそんなワケでっ、今年度ジト目の似合う美少女ぶっちぎり1位の仔猫ちゃんゴー!」
「……イレブンの方が見てるんです。覚者の恥晒しとなるような言動は、慎んで下さい」
氷穿牙よりも冷ややかな声を発しながら、燐花が飛燕を放つ。蠢き襲い来る無数の根を、ことごとく切断してゆく。
その間、奏空が疾風のように動いて火の粉を蹴散らした。炎人を2体、切り刻んでいた。
結鹿はもう一撃、氷穿牙を繰り出した。氷の刃が巨木を貫通し、炎人の最後の1体を粉砕する。
「とどめ……に、なるかな。恭司さん、一緒に!」
「了解。だけど、とどめになるかどうかはわからない。みんな気をつけてね」
翔と恭司が、雷鳴を轟かせる。
覚者2人の力で生み出された、巨大な雷獣が、電光の牙で巨木を噛み裂いていた。
動く巨木が、黒焦げの木屑の変わって砕け散る。
もはや跡形も残っていない。枝と幹は、だ。
結鹿の足元で、コンクリートが砕け散った。
巨木の根の、恐らく最後の1本が、結鹿の全身を絡め取り締め上げる。触手のようにだ。
(気をつけて、と言われていたのに……この体たらく……ッ!)
結鹿が己を責めている間、もう1つ雷鳴が轟いていた。
「よっしゃ間に合ったー! コレがやりたかったのよ」
聖の、雷斬であった。
電光の刃に変わった錫杖が、結鹿を束縛する根を鮮やかに灼き斬っていた。
「ぶった斬った、この感触! たまんないよねー。まあ結鹿に触手ってのも需要ありまくりだろうけどぉ」
「……斬りますよ」
「まあまあ燐花ちゃん。覚者にも、いろんな人がいるって事で」
燐花を止めながら恭司が、桑原の方を向く。
「いいんじゃ、ないかな。ねえ桑原氏? そりゃあ色々な人がいるよ」
「何を言われてもしょうがない連中が……因子持ちの中にだって、いるのは確かだけど」
奏空が言った。
「それでも、信じて欲しいんだ。根っこは同じ人間なんだって……ごめん。長々とお説教みたいな事言ったけど結局これなんだよな」
「現状を嘆く前に、自らを鍛えて下さい」
燐花の冷ややかな声に、いくらか熱のようなものが宿る。
「この世には、私たちを凌駕する力を持つ人もいます。そんな人たちも、私は同じ人間だと思っています。貴方は……力ある者は人ではない、とおっしゃるのですか? 私が昔いた村の人たちと、同じように」
黙り込む桑原に、今度は翔が言葉をかけた。
「アンタさ、子供ん時にヒーロー物とか見てた? ヒーローも怪人・怪獣も、どっちもバケモノだって思ってたか? 両方とも、強い力を持ってるってだけでさ。言いたかねーけど憤怒者って連中だって色々いる、だけどオレは全部一緒にはしねえぜ」
「……ヒーローが、うっかり機嫌悪くなったら……どうする」
桑原が呻いた。
「怪獣が暴れんのと大して違いはしねえ。俺たちなんて、皆殺しにされちまう……そうならねえって保証が一体どこにある。お前らが、ずっと聖人君子でいてくれるなんて……どうやって、俺たちに信じさせるつもりだ」
「……めんどくせえ。私ら来るの、ちょっと早過ぎたかも」
言おうとする聖の口を、結鹿は片手で塞いだ。
代わりのように、恭司が言う。
「なるほど……ね。君らが覚者の一体どういうところに憤怒しているのか、片鱗の片鱗くらいは見えたような気がする。ただ、この因子発現ってやつは病気みたいなものでね。イレブンに所属しながら発現する場合だってある。君にだって可能性はあるんだよ? そうなったら自ら命を絶つ、なんて言わないでくれよ」
「相互理解は無理、かも知れません。貴方がたも私たちも、人々を守るために為すべき事を、それぞれ行うだけです」
桑原に背を向けながら、燐花が言った。
「その過程で偶然、同じ歩みになってしまう事も……ある、かも知れませんね」
「いつかは一緒に戦えればいい。オレはそう思ってるぜ」
翔が微笑み、桑原は俯いた。
そこへ恭司が問いかける。
「言いにくいかも知れないけど敢えて訊く。個人的に、隔者から何か被害を受けたわけでは?」
「……ねえよ。そういう事をするかも知れねえから、俺はお前らを許せなかった……お前ら1人1人は、そりゃいい奴なんだろうよ。けど……」
「見ていて欲しい、としか言いようがないな」
恭司は言った。
「覚者という存在を、出来るだけ近くで見て判断して欲しい。そのために……五麟市で暮らしてみる、というのはどうかな」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
