<黒い霧>闇の中 破壊工作するウサギ
<黒い霧>闇の中 破壊工作するウサギ


●効率よく覚者を危険に晒す方法
 殺そう。殺そう。覚者を殺そう。
 刺殺? 銃殺? 惨殺? 絞殺? 薬殺? 病死? 感電死? 衰弱死? 何だっていい。殺そう。殺そう。だって覚者はいくらでも増えるから。
 人間が変異するように覚者となるのだ。だったら人間を殺しきらない限り覚者は増える。兵器による殺戮さえしなければ、覚者が絶えることはない。人口はすぐに増えるのだ。だから覚者もすぐに増える。
 どうやって殺すのが効率がいいのかを考えよう。一人一人殺していく? それは流石に大変だ。時間もかかるし、その間に覚者も増える。永遠に殺せるけど、それだと意味はない。
 効率よく覚者を殺す方法は『姉』が考えてくれた。囲いを奪い、守りを無くし、そこを襲うのだ。
 覚者の守り。それは肉体的な強さ?
 いいえ、もっと大事な守り。彼らが常に感じている社会からの隔意。
 善人であるがゆえに攻撃できない一般人からの恐怖という刃。それに彼らを襲わせよう。そのためには、その刃を納めようとする人を殺さなないと。
 さあさあ、ウサギが撥ねる時だ。

「覚者と非覚者は確かに肉体的な差があります。しかしそれは背丈や肌の色のような身体特徴ともいえるでしょう。確かに源素は危険性が高いでしょうが、暴力を振るうのは人の心です。そこを留意すべきではないでしょうか?」
 覚者差別反対。それを唱える非覚者はけして少なくない。家族や隣人が覚者に目覚め、その変化に戸惑う者は多数いる。そういった人達のサポートを行う集団が生まれるのは自然な流れだった。――もっとも声はまだ小さく、隔者犯罪や憤怒者の勢いにかき消されそうな程度ではあるが。
 だが小さい声を束ね、政治の世界に持ち込もうとする政治家がいた。時任大輔。この国に生まれた差別を憂い、どうにかしようと一石を投じようとしているのだ。彼の人気は高く、新しい風が吹くと報道も持ちきりである。
 そんな彼を遠くから見る目があった。無垢ともいえる幼い瞳に、純粋な殺意を載せて。

●FiVE
「そんなことはさせないっ、というのが今回のお仕事だよ」
 久方 万里(nCL2000005)は集まった覚者を前に説明を開始する。
「政治家さんを狙う黒霧っていう隔者集団を追い返してほしいの。全員ウサギさんの獣憑なんだけど、動きはどちらかというと忍者っぽい」
 暗殺に特化した集団らしく、戦闘力よりも任務達成に主眼を置いている。その為退く時にはあっさり退くようだ。
「あと近くに隔者を潜ませているみたいで、この政治家さんを一人にさせるとそこを襲うみたい。なのでできるだけ目を離さない方がいいかも」
 どこに潜んでいるかは夢見の能力でもわからなかったという。
「このフィボナッチっていう隔者は他よりちょっと強いみたい。前もよくわからなかったけど、このナイフは注意した方がいいかも。怪我しちゃいそう」
 まだ幼い万里の語彙では表現しきれないのだろうが、その隔者が持つナイフに切られると大怪我をするようだ。
 だが傷を恐れては守れないものもある。覚者達は頷きあい、会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.時任大輔の生存
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 黒い霧再び。今回は純戦よりです。

●敵情報
・黒霧(×3)
 隔者。全員卯の獣憑。闇に紛れて対象を襲撃し、即座に撤退するタイプの暗殺者です。ナイフを手にしています。
『猛の一撃(致命はなし)』『白夜』『斬・二の構え』『暗視』等を活性化しています。

・フィボナッチ(×1)
 隔者。卯の獣憑。万里が要注意人物と称した存在です。見た目は10代女性。ナイフを手にしています。
『猛の一撃(致命はなし)』『雷纏』『爆鍛拳』『爆刃想脚』『脣星落霜』『乱舞・雪月花』『福禄力』『暗視』等を活性化しています。

●NPC
・時任大輔
 一般人。政治家として覚者の差別反対を訴えています。人気も高く、それもあり暗殺されそうになっています。
 一点でもダメージを受ければ死亡します。

●場所情報
 近くに<黒霧>の隔者が潜んでいます。その為『戦闘圏外に離脱』した際に襲撃される可能性があります。
 住宅地区。時刻は夜。視界は暗めです。広さや足場などは戦場に支障なし。
 戦闘開始時、敵中衛に『黒霧(×3)』『フィボナッチ(×1)』が、敵前衛に『時任』がいます。
 急いでいるため、事前付与は不可とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年11月20日

■メイン参加者 6人■

『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)


 交差する殺意と守護。神具同士がぶつかり合い、火花を散らす。一呼吸遅れていれば、凶刃は理想持つ政治家を貫いていただろう。
「っ!? キミたちは……?」
「今回の依頼は、とても難しい物になりそうですね……」
 暗殺者の刃から時任を守った『ファイブピンク』賀茂 たまき(CL2000994)は背筋に汗が流れるのを感じていた。目の前のウサギの暗殺者だけではなく、周囲にも潜んでいるのだ。安全な場所がない状況で、守り続ける。体が持つかどうか。
「でもこの暗殺を成功させるわけにはいかない」
 戦場を見回しながら『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)は神具を構える。今の状況を憂いて覚者を護ろうとする人。その為に活動している人を殺させるわけにはいかない。自分や知り合いの為だけではない。まだ知らない覚者達のためにも。
「暗殺ねぇ……コソコソ動いてて、兎って言うよりかは鼠みたいな奴らだな」
 パーカーのフードを外し、『ファイブブラック』天乃 カナタ(CL2001451)が覚醒する。兎なら日の当たる場所で愛でてもらえばいいのに、と思いながら歩を進める。いつもは後ろで回復だが、珍しく前に出ていた。
「どうにもこの隔者、通常の黒霧とは指揮系統が異なるように思えますが。さて……」
 疑問符を浮かべながら『教授』新田・成(CL2000538)が闇の中を見る。七星剣の暗殺集団『黒霧』。最近活動が活発化しており、FiVEとの交戦記録も多い。だがこの隔者は何かが違う。違和感の正体を探る余裕がないのが残念だが、この交戦でわかるかもしれない。
「殺人嗜好の隔者何度か見てるけど、今回はどんな子かなー」
 格闘の構えを取りながら『豪炎の龍』華神 悠乃(CL2000231)は笑みを浮かべた。『対人を楽しむ』彼女の一番の興味は、兎の暗殺者だ。その中でも鋭い動きをする少女。政治家自体を軽視するわけではないが、興味がそちらに向かうのはその性格故か。
「いつも言っているが、決して無茶だけはしないでくれよ」
 そんな悠乃に一言告げる『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)。彼女の性格は知っているし、その行動を止めるつもりはない。だが怪我をしてほしくないのも確かだ。そんなジレンマに陥りながら隔者に目を向けた。
「あれえ? やっぱり来ちゃった。貴方達も死にたいの?」
「時任さんも私達も誰も殺させはしません!」
 たまきが宣戦布告をするように叫ぶ。覚者もそれに同意するように神具を構え、暗殺者に向けた。
 純粋な数や戦力はFiVEの覚者が優位だろう。
 だが暗殺者の目的は戦いに勝つことではない。時任を殺すことだ。戦闘はその為の手段でしかない。つまり彼らは負けてもいいのだ。
 覚者達もそれは理解している。力で圧倒するだけでは、裏をかかれる。詰め将棋、カードの切りあい、そういった戦術こそが重要なのだ。
 世風が吹く。その風が収まるよりも早く、両者は動いていた。


「なにはなくとも、指示された相手は確実に保護しませんとね。どうも、よろしくお願いしますね」
 時任に軽く挨拶をして悠乃が格闘の構えを取って暗殺者に向き合う。軽く膝を曲げて重心を降ろし、両手で血管を始めとした重要器官を護るような構えを取る。刃物を使う者から教えてもらった対ナイフ戦の基礎だ。……知識が活かせるのは良い事なのかどうか。
 暗殺者の足止めをしながら『双牙スコヴヌング』と『夜晶スヴェル』を使い暗殺者の動きを見る。水の中を泳ぐ魚のようにするりと迫り、同時に刃物で肉を割く。人を斬るという行為に躊躇はない。人を殺すことに楽しみを感じているが、『個人』には目を向けていない。対人を楽しむ悠乃と真にして逆。
「効率よく急所を狙うがゆえに、ナイフの軌道も限られる。とはいえ痛いのは痛いのよね」
「そうだよ。そして痛みに負けて腕が落ちてくるの。それとも先に失血で意識が飛ぶ? お姉さんはどっちかな? どっちかな?」
「その前に決着をつけたいな、とは思うんだけど」
「そうだな。悠乃をこれ以上傷つけさせやしない」
 怒気を乗せた声で両慈が暗殺者を睨む。相手のペースに飲み込まず、早期決着をつけることは合理的な思考だ。だがそれ以上に、目の前で自分の好きな人が傷つけられて冷静でいられない。思うよりも先に源素を練り上げていく。
 紫の瞳が戦場を射抜くように見る。狙うべき暗殺者の姿を捕らえ、脳内でその一秒後の位置を予測した。激情を力に変え、稲妻を解き放つ。生まれた稲妻は麒麟を形どり、仲間たちを縫うように動いて正確に隔者だけを穿っていく。
「お前達が俺の大事な物を傷つけるというのなら、この雷が黙ってはいない。その身に刻むんだな」
「いいじゃない。死んだらまた代わりを探せば」
「ふざけるな。悠乃の代わりなどこの世のどこにもいない!」
「いるよ。死んでもたくさんいるじゃない。0、1、1、2、3.5,8、13,21、34……」
「会話をする気がない……というよりは、倫理観と常識がズレてる……?」
 秋人はフィボナッチの言動を聞きながら、色々考えていた。人を殺してもなんとも思わない倫理観。確かにそういう隔者はいた。だけどフィボナッチはそれとは毛色が違う。同じ世界に居ながら、別の景色を見ている。そんなズレがある。
 思考を一度打ち切って戦闘に移行する。手を休めている余裕はないのだ。神具を構え、水の源素を集中させる。水が意識を持ったかのように渦巻き、龍となって荒れ狂う。荒々しい姿に相応しい威力をもって、隔者に叩きつけられた。
「時任さんを殺させやしない。絶対に生かして帰す」
「駄目だよ。そんなことして覚者が増え過ぎたら溢れちゃうよ。それにその人が死んでも他の人がやればいいじゃない」
「どうしてそんな考えに……それも『お姉ちゃん』の言葉なのか?」
「かもね。そう教育されたか、洗脳されたとか」
 隔者だからあり得るかもね、とカナタは頷く。世の中は不平等だ。親兄弟は選ぶことが出来ず、幼い子供は逃げることも難しい。FiVEのような存在が特異なだけであって、教育するものの意図によって、その者の道徳は容易に変異する。
 同情する気はないけどね。心の中で呟いてカナタは暗殺者たちに向き直る。神具を構え、ほおの源素を生んだ。炎の波が盛り上がり、暗殺者に向かって圧し掛かる。普段のカナタは後ろで回復する事が多いが、今回はそうも言ってられない。
「政治家のオッサン、無事に生き延びても覚者と隔者の戦闘を目の当たりにして、考えを変えずに居てもらえたらイイけどね」
「さすがにそれは。とはいえ暴力沙汰になれるということはなさそうだ」
「へー。だったらSPしてあげようか? 給料とかもらえるなら、だけど」
「さすがに議員が未成年を雇うわけにはいかないでしょう。覚者も非覚者も同じ国民と見る、がスローガンならなおのことです」
 カナタの言葉に成が答える。国の代表ともいえる政治家が、未成年に対する法律を破るわけにはいかない。覚者だからと特別視してしまえば、時任の政治活動に反してしまう。FiVEの活動はその辺りどうなのと問れれば、ボランティア的な扱いなのでグレー。
 閑話休題。相手の動きを見ながら仕込み杖に手をかける成。暗殺のパターンはある程度読める。自分が相手ならこうする。だからこう防ぐ。詰め将棋のように論理的に思考し、最善手と思われる一閃を放つ。白銀が夜に煌めき、暗殺者の刃を弾き飛ばす。
「短慮と言わざるを得ませんな。その狙いも。そもそも議員を狙うという行為そのものも」
「あははは。二度も防がれちゃった。おかしいな。前よりも慎重に動いたのに? ユメミってそんなにすごいんだ」
(ふむ……。この界隈に関する知識が乏しいようだ。敢えて知らされていないのは捨て駒的な事なのか、それともこの襲撃自体は本命ではない……?)
「何度でも防いでみます。覚者を、そして時任さんを殺させるわけにはいきません!」
 フィボナッチの言葉に強い意志でたまきは返す。覚者の差別反対。突然変異扱いされる因子発現を、蔑視する者は少なくない。そういった人達に光を与えようと、努力している人がいるのだ。その努力を摘み取らせたりはしない。
 時任を庇いながら、じりじりと戦場から移動する。時折飛んでくる暗殺者からの攻撃を呪符で防ぎ、土の源素で跳ね返す。同時に神秘の力を瞳に宿し、闇に蠢く者達の熱を察知し、襲撃者の場所を探ろうとする。人型の何かを、たまきの視界が捕えていた。
「これ以上進むのは危険ですね……!」
 暗殺者との距離を測る。一足で来るには遠いが、射撃や術式の範囲内。相手もそこは計算して待ち伏せていたらしい。
「お姉ちゃんは狙わないよ。今日はそこの人を殺せばいいだけだし」
「そんなことはさせません!」
「なんで?」
「なんで、って……死んだ人間は生き返らないのですよ!?」
 フィボナッチの問いにたまきが怒りの声をあげる。死んだ人間は生き返らない。当然の摂理だ。奇跡をもってしてもかなわない願い。故に命は大事で、人殺しは疎まれる。
 だがフィボナッチにはそれがない。だからこそ、こういうのだ。
「でもすぐに生まれるからいいじゃない。沢山いるよ、人間」
 個性を感じず、命の数だけで物を見る暗殺者。
 それはある意味、究極の生命平等主義とも言えた。全ての命が同価値であるがゆえに、一つ失っても代わりはいる。日本の人口は一億を超える。これだけ数がいるのだから、数名消えても影響はない。
「ふむ。殺人が楽しいというよりは殺人に対する抵抗がない、と言った感じかな。他に楽しいことを知ればそちらに向かうかもしれない」
 頭の中でフィボナッチの精神を分析する悠乃。
 職業暗殺者のような仕事めいたモノではなく、快楽殺人者のような激情もない。料理をするように人を殺す。大多数の菜食主義者から見れば、料理人が肉を捌くのにいい顔はしない。この例で言えば菜食主義者から見た料理人がフォボナッチだ。
「可能性はあるが危険だ。全力でサポートはするが、危険と判断したら止めるぞ」
 悠乃の言葉に肩をすくめながら両慈が口を開く。相手の精神性が異常と分かったのだ。彼女の安全を考えれば遠ざけるのが一番だろう。だがそれを良しとしないのなら、全力でサポートするのみ。
「都合のいい駒と言った所ですね。薬物あたりで正気を失わせ、使い捨てる」
 吐き捨てるように成が暗殺者を睨む。意図的に精神を狂わせる術はある。そして歴史上、それを行った組織もまたあるのだ。仕込み杖を強く握りしめ、戦闘を続行する。覆水は盆に返らない。その言葉を飲み込んで。
「酷い……。だけど今は……」
 あどけない顔をしている暗殺者を見ながら秋人が怒りの声を押さえ込む。同情すべき余地はあるかもしれない。だけど今フィボナッチを自由にさせるわけにはいかない。暗殺者の目的を妨げなければいけないのだ。
「……はい。今は時任さんを護らなければ」
 神妙な面持ちでたまきは重々しく口を開く。たまきの隣に居る時任もまた、現状を憂いているように唇を強く閉ざしていた。ここで暗殺の刃に触れさせるわけにはいかない。道具のように扱われる覚者を、一人でも減らすために。
「コイツらも一応、覚者差別の被害者って事になんのかねー?」
 大仰にため息を吐くカナタ。覚者になったということは必ずしもプラスではない。他人にはない力を持つがゆえに他人から外れ、そして力を利用される。もし七星剣に捕まらずFiVEに来ることが出来れば――詮無きことだ。そんな未来はなかったのだから。
 覚者の未来を護る盾と、凶刃持つウサギ。闇夜の闘いは激化していく。


 覚者達は暗殺者たちを足止めするために五名総出で押さえていた。
 足止めという目的は成功しているが、それは同時に一ヶ所に固まる事となり範囲攻撃をまともに受ける事になる。
「あいたたた……! やっぱり楽じゃないか」
「勘が鈍ったな。だが、まだだ!」
 物理的な防御力に劣る両慈とカナタが命数を削られる。なんとか立ち上がるも、今度は二人を集中的に狙う暗殺者達。
「壁を崩す方向に移行しましたか。効率的ですね」
「地味にフィボナッチの体勢を崩す攻撃も厳しい……!」
 足止めする数が減れば、暗殺者はたまきに到達できる。またバランスを崩して足止めができなくなれば、同じことだ。
「そうはさせない。壁は突破させないよ」
 秋人が集中攻撃を受けている両慈とカナタを中心に癒しを施す。暗殺者達はフィボナッチを除き、戦闘の練度は高くない。回復と防御に徹すればどうにか乗り切れそうだ。その分攻撃手が減ってしまうが、突破されるよりはマシだろう。
「問題はありません。相手の数を減らせば危険度は下がる。想定内です」
 呼吸を整えながら成が頷く。圧されるならそれ以上の力で圧せばいい。智謀は費やした。あとは人事を尽くすのみ。天命に頼るつもりは毛頭ない。体が動く限り神具を振るう。熟年ともいえる肉体だが、その年月蓄積された経験が成を動かす。
「どう? 戦って楽しい?」
 命数を燃やして立ち上がりながら、悠乃がフィボナッチに問いかける。彼女は始終フィボナッチに『自分が楽しかった事』のイメージを送り続けていた。そうすることで何かが変わるかもしれない。
「あまり無理をしてくれるなよ、悠乃」
 肩で息をしながら両慈が口を挟む。両慈から見てフィボナッチが心を動かした様子はない。すでに壊れている心は動かすことすらできないのか。卑劣すぎて救えない隔者はいた。だがフィボナッチは別の意味で『救えない』のではないのだろうか? そんな疑問がもたげてくる。
「いい加減逃げてもいーんだぜ!」
 言葉とともに炎を放つカナタ。カナタ自身も疲弊しているが、暗殺者にも相応のダメージを与えている。炎を放ちながら笑みを浮かべ、余裕を演出する。慣れているのか性格ゆえか、その動作によどみはない。見る人が見れば本当に余裕があるように見えるだろう。
「大丈夫です、時任さん。このまま、勝てます」
 時任を護りながら、たまきは戦いの趨勢を見守っていた。覚者達が範囲攻撃を受けているように、暗殺者達も範囲攻撃を受けている。たまきが参戦出来ない分、総合火力は低くなるが、それでも勝負の趨勢は見え始めていた。
 たまきの分析通り、暗殺者達は一人また一人と倒れていく。だが覚者側も両慈とカナタが地に伏す結果となった。そして――
「私から一本取るとは見事です」
 フィボナッチの一撃を胸に受けて成が命数を奪われる。だが暗殺の刃がそれ以上翻ることはなかった。
「――ですが勝利までは取らせない。これにて剣術の講義、終了です」
 突き刺すような成の一撃。その一撃を受けてフィボナッチが崩れ落ちた。


「確保――」
 倒れ伏した暗殺者を捕縛しようと覚者達が動くが、それよりも早く暗殺者達を中心とした霧が発生する。
「我々の次の目標は黒霧の本陣です。ここで死ぬか、本陣で死ぬか、逃げおおせて二度と神秘界隈に姿を表さないか……好きな道を選ぶといい」
 霧の中にいる暗殺者に語りかける成。言葉は返ってこなかった。既に逃げているのか、それとも返す言葉がないのか。――ただ三重県の黒霧との闘いにおいて、フィボナッチとその『姉』が姿を現すことはなかった。
「時任さん」
 秋人が真剣な面持ちで時任に声をかける。
「覚者には差別問題だけでは無く、世間一般から漏れ出してしまった人達も居ます。
 そういった人達が社会に戻れる様に……普通に暮らしていける様にして貰いた抱けないでしょうか?」
「簡単にはできそうにない事ですね」
 しばし思考した後、時任は言葉を返す。どれだけの覚者がどのように一般社会から洩れたか。その数は? どういった状況か? どうすれば救えるのか? そもそも『普通』の定義は?
「だからこそ、皆さんの協力が必要になる。宜しくお願いします」
 頭を下げてFiVEに協力を問う時任。その態度に秋人は何を見ただろうか?
「結局逃がしちまったか。痛み分けって所だよな」
 目を覚ましたカナタが傷の具合を確認しながら立ち上がる。フィボナッチから受けた傷がズキズキ痛むが、それを隠して表情を笑みに変える。時任は守りきり、暗殺者は撤退した。勝ち負けを論じるならFiVEの勝ちだろう。決着はいずれつければいい。
「悠乃、傷は大丈夫か?」
「大丈夫。というよりそちらの方が大丈夫?」
 両慈は傷ついた悠乃の傷を確認しようとし、逆に悠乃に怪我のひどさを指摘されていた。暗殺の刃で手ひどく傷ついたのは両慈だが、傷の深さで言えばフィボナッチと多く相対していた悠乃の方が深い。技術の差なのだろうか。互いの心配をしながら、両慈が肩を貸す形で悠乃と立ち上がる。
「黒霧は完全に退いたようですね」
 最後まで警戒を解くことのなかったたまきが、息を吐いて覚醒を解除する。戦うことは怖い。だけど怖さで立ち止まり、大事な何かを護れないことがもっと怖い。たまきのため息の中には、そんな戦いへの恐怖が混じっている。護りきれてよかった、という思いが。

 その後、FiVEの護送車で時任と一緒に覚者達は帰還する。
 戦いが終わり、夜の静寂が場を支配する。視界を奪う闇は暗殺者のステージ。
 されど夜はいつかは終わりを告げる。日が上り、明るく照らす正しき道を歩む者のステージに。
 夜が明けるように攻守が交代する。次は覚者が黒霧を追う番だ――

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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