妖製造工場
妖製造工場


 妖を、人工的に作り上げる。
 七星剣に属する者であれば、戦力増強の手段として1度は思いつく事である。
 森羅万象、あらゆるものが妖に変化し得る時代だ。人工物も、自然物も、動植物、それに人間も。
 妖の材料として最も高い可能性を秘めているのが、人間である。
 人間の、屍は生物系の妖に変わる。霊魂は、心霊系の妖に変わる。
 1人の人間から、上手くゆけば2種類の妖を作り出す事が出来るのだ。
 問題は1つ。人間は、いかなる死に方をすれば妖に成れるのか。
 それはもう、ひたすら実験を繰り返して調べ上げるしかない。
「こっ、殺しちゃっていいんスね? こいつら、俺たちの好きなように」
「しょーがねえよなぁギヘへへへへ。こいつら、出来損ないだもんなァー。こうゆう実験で、せめて有意義に死なせてやるしかねーよなああああ」
 20名を超える隔者たちが全員、笑いながら牙を剥き、餓えた獣と化している。
 七星剣の入団試験で、人を殺せなかった子供たちが十数人、この廃工場に集められていた。
 男の子もいる、女の子もいる。因子の発現が原因で、一般人としての生活が不可能となった少年少女。もはや隔者として生きるしかないと言うのに、人殺しの1つも出来ないようでは、どのみち使い物にはならない。
 実験材料として有効活用してやるのが、せめてもの情けというものだ。
「出来損ない、とは言え因子を持った者どもだ。一般人よりは、妖となる可能性が高い……かどうかはわからんが、より妖に近いところにいるのは間違いあるまい」
 私は命じた。
「可能な限り丁寧に苦痛を与えながら、殺してやれ。絶望と苦痛、それこそが人を妖へと導く最短経路であると私は確信している。この人数だ、1人か2人は妖に化けてくれるかも知れん」
「了解! ああ夢みてえだ、10歳以下のJSをぉアレしてコレして殺せるなんてよォー、隔者やってて良かったぁああああ!」
「ぼぼぼぼボクは男の子の方がイイなぁ〜グフフフフフフ」
「あははははははぁはぁ、おっ俺の因子が止まんねえェー。因子覚醒不足の坊ちゃん嬢ちゃんたちに思いっきりブチ込んでやっからよおおお!」
 隔者に成り損なった子供たちが、恐怖に身を竦ませ、あるいは抱き合い、悲鳴を上げる。
 そこへ、大人の隔者たちが嬉々として襲いかかる。
 うち何人かの頭が、砕け散った。
 重いものが、唸りを発して宙を横断したところである。
 クレーンフックだった。廃工場の機械が、生きていて誤動作を起こしたのか。
 私がそんな事を思っている間に、また1人の隔者が死んだ。頭から股間まで、真っ二つに切り下ろされていた。電動ノコギリの轟音と共にだ。
 右手は、血まみれの丸ノコギリ。左手は、脳漿まみれのクレーン。
 そんな姿の怪物が、そこに立っていた。
 工場の機械類が組み合わさり、身長2メートルをいくらか超える大柄な人型を成している。
 人工的に妖を造り出す実験の最中に、本物の妖が出現してしまったのだ。
 隔者たちは、すでに反撃を行っている。各々、妖に向かって得物を振るい、術式を炸裂させる。
 刃は折れ、炎は単なる火の粉に変わり、電光は弱々しく弾けて消えた。
 あらゆる攻撃を蹴散らして、妖はクレーンフックを振り回し、ノコギリを猛回転させる。
 隔者たちが、片っ端から物のように粉砕・切断されてゆく。
「貴様……!」
 私は剣を振るい、猛の一撃を繰り出した。
 妖が光を吐いた。口吻が、溶接機である。発光する超高温ガスが、私の首を刎ね飛ばしていた。
 宙を舞いながら、私は見た。隔者たちの屍のうち、辛うじて原形をとどめた何体かが、のろりと立ち上がりつつある。
 妖に殺されれば妖に成れる、というわけではないのだろうが、成功率はいくらか高まるのだろうか。
 もっと、実験が必要だ。
 それが私の、最後の思考となった。 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖の殲滅
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は妖。工業機械の塊である物質系ランク2が1体と、それに殺された隔者たちの屍(生物系ランク1)が7体であります。

 物質系ランク2の攻撃手段は、電動ノコギリ(物近単)とクレーン振り回し(物遠列)、溶接ガスバーナー噴射(物近単・貫通1)。
 隔者たちの屍は、剣などの得物を持って攻撃して来ますが、扱いとしては全て物近単となります。すでに隔者ではなくランク1の妖ですので、術式は一切、使えません。
 場所は山中の廃工場。時間帯は夜で、隔者たちの設置した照明が辛うじて機能しています。
 隔者たちに殺されかけていた子供たち男女十数人が、今は妖に殺されそうになっているところが状況開始であります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
9日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年11月04日

■メイン参加者 6人■

『黒い靄を一部解析せし者』
梶浦 恵(CL2000944)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)


「せっかく死ねたのによォ、まぁだ何か笑える様ぁ晒してやがんな」
 動く屍……今や単なる最下級の妖と成り果てた隔者たちに『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)は嘲り言葉を投げた。
「しょうがねえ、この首狩り白兎がテメエら全員! 楽にしてやンからよおお!」
 妖刀を抜き、妖たちの眼前に駆け込んで行く。仲間5人と共に、子供たちの盾となる形でだ。
「オレより小さい子供だって、いるじゃねえか……」
 呻きながらも『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)は、子供ではなくなっていた。長身の、和装の青年。
「それを、こんな実験で……何て言うんだ、こういうの。いんが、おーほー?」
「そういう事だな。まあ因果応報で死ぬような連中に、子供たちを付き合わせるわけにはいかん」
 巨体が1つ、ずしりと進み出た。『花屋の装甲擲弾兵』田場義高(CL2001151)だ。
「……でかぶつの動きを止める。雑魚の始末は、任せてもいいか?」
「任されました!」
 応えながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、謎めいた踊りを始めた。
「ほーらほーら金髪の美少年が登場ですよ。16歳だけど! 子供しか相手に出来ない人たちから見れば年増かも知れないけど! ちなみに俺今すごく怒ってるから!」
 艶舞・寂夜。
 歩行する隔者たちの屍が、眠たげに揺れた。脳の壊れた死体であっても、妖である以上、催眠術式は有効である。
 有効ではない妖もいる。
 隔者たちを動く屍に変えた張本人。この廃工場の主とも言うべき、機械の巨体。
 工業機器類の集合体である妖が、左手のクレーンフックを振り回そうとしている。
「させるか……!」
 翔が、すでに印を結んでいた。
 電光の龍が生じ、荒れ狂い、妖の群れを薙ぎ払う。
 隔者の屍たちが、感電のダンスを披露する。機械の塊が、巨大な左腕を振り上げたまま電撃光に絡まれ、硬直する。
 屋内の落雷に怯える子供たちを、翔が叫び励ました。
「お前ら、よく頑張った! もう安心だからな。そのお姉さんに安全なところまで連れてってもらえ。あとは、このヒーローに任せろ!」
「ヒーローの役、独り占めはさせないっ……久々の愛刀天地、行くよ!」
 奏空が踏み込み、二刀を抜き放つ。
 地烈の一閃が、機械の塊を直撃した。血飛沫のようなスパークが散る。
 近くで感電していた隔者の屍2体が、奏空の地烈の余波を喰らってズタズタに切り裂かれ、崩れ落ちて動かなくなった。
 その肉片を蹴散らすかのように、丸ノコギリが猛回転をする。
 工業機器類の集合体である、妖の右手。轟音を発する電動ノコギリが、奏空を襲う。
 だが義高の巨体が、奏空を押しのけるように立ち塞がり、機械の斬撃を受けていた。
 岩盤のような胸板がザックリと裂け、鮮血が迸る。
「田場さん!」
「心配するな工藤……俺はな、装甲擲弾兵だぜ」
 ニヤリと笑いながら義高が、自身をいくらか上回る機械の巨体に戦斧を叩き付ける。
「敵の攻撃を喰らいながらな、至近距離で爆弾ぶち込むのが役目だ!」
 土行覚者の剛腕が、機械の妖に接近戦を挑んでいる間。
 直斗はすでに妖刀を構え、凶花を咲かせていた。
「テメエらの大好きな術式の香りだ! たっぷり味わいやがれ!」
 毒香の嵐が吹き荒れ、感電する隔者の屍3体を包み込む。
 催眠、電撃そして凶花の香りに苦しむ妖たちに、直斗はとどめの斬撃を食らわせた。
 猛毒香る花びらをまとっていた刃が、黒い妖気を帯びながら一閃する。
 燻り狂える黒獣の牙が、3つの動く屍を跡形もなく噛み砕いていた。
「あー……立て続けに大技使うのは結構、疲れんな」
「無理すんな直斗。いつでも前衛、代わってやっからな!」
 言いつつ翔がカクセイパッドを掲げ、光の矢を放つ。
 義高とぶつかり合っている妖に、B.O.T.が突き刺さっていた。
 機械の巨体が、大量の火花を散らせながらも勢いを弱めず、クレーンを振るおうとする。丸ノコギリを、回転させる。
 それら攻撃を、義高が辛うじて戦斧で押しとどめている。
 屈強な覚者の相手を機械に押し付けるようにして、隔者の屍2体が子供たちに迫っていた。死んでも、歪んだ欲望は捨てきれないという事か。
 彼らの眼前で、鴉の羽が舞い散った。
「16歳の奏空が年増なら、私なんて……お婆さん?」
 微笑みながら『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)が、槍を床に突き刺して支柱とし、鮮やかな回転を披露している。
「お年寄りの相手は出来ないって? ふふっ、つれない事言わずに……遊んで、もらうよッ」
 その回転から繰り出された爆刃想脚が、妖2体を粉砕した。
 飛び散る肉片を見つめながら、彩吹が呟く。
「あの世は、どうやら本当にあるらしいからね……黄泉醜女たちに可愛がってもらうといい」
 冷酷そのものの美貌が、怯える子供たちの方を向いてニコリと和む。
「怪我はない? 恐かったね、だけどもう大丈夫。落ち着いて、ここから離れなさい。そこのお姉さんが誘導してくれるから」
「お姉さん……ですか」
 守護空間を展開して子供たちを包み込みながら、20代半ばにしか見えない梶浦恵(CL2000944)が言った。
「如月さんが、お婆さん……それなら私なんて、化石のようなものではないでしょうか」
「……ごめん。年齢の話は、やめようか。お互い、微妙なお年頃だもの。ね? 直斗」
「ななな何で俺に振るの? 年齢の話始めたのは俺じゃなくて、おい奏空!」
「ひ、人のせいにするのは良くない。だいたい彩吹さんも梶浦さんも、20代なんてまだまだ若いよ! るりりんだって23歳なんだから」
「20代……ですか」
 守護空間の中に子供たちを導き入れながら、恵は言った。
「……まあ、そんな事はどうでもよろしい。今回の作戦目的は妖の殲滅であり、この子供たち全員の生存と保護は副次目標に過ぎません。が、戦える方々がこれだけおられる以上、私1人が副次目標の達成に専念しても問題はないかと思われます。ので妖の足止めをお願いしますよ。さあ皆さん、私から離れないように」
 手際良く子供たちを誘導・引率しながら、恵が戦闘現場から遠ざかって行く。
「えっ、梶浦さんって……」
 本当は何歳なんですか、などと訊けるはずもなく奏空は固まった。
 翔が、低い声を出す。
「……おい探偵見習い。どーすんだよ、この空気。探偵ってのは、それでいいのか」
「たっ、探偵だからって! 女の人の年齢なんて全員分知ってるわけないじゃんか! 知ってたらそれ、探偵じゃなくて変態だよ! あっ俺、上手い事言った?」
「言ってねーよ全然!」
「……まだ、かかりそうか」
 轟音を立てる機械の巨体を戦斧で食い止めながら、義高が苦しげな声を発する。
 筋骨たくましい全身各所が電動ノコギリで切り裂かれ、鮮血が霧の如く噴出している。
「雑魚の始末が終わったのなら……そろそろ、こっちを手伝ってくれると助かるんだが」
「あ……す、すみません田場さん。まずは治します!」
 奏空が、慌てて真言を唱える。
 薬師如来のもたらす癒しの力が、波紋のように広がって義高を包む。
 直斗も気を引き締め、激鱗の構えを取った。


 蔵王・戒を、まずは使う予定であった。戦いが長引くなら、有効な術式だ。
「だが……どうも短期決戦で行けそうなんでな、こいつを使わせてもらったぜ」
 灼彩練功。
 筋骨たくましく鍛え上げた全身に、気の力が激しく行き渡る。
 敵を粉砕する力は高まるが、防御はいくらか脆弱になってしまう。
 だが義高とて、1人で戦っているわけではない。
「行くぜ必殺! カクセイ・ダブルスラッシャー!」
「まあ激鱗なんだけどもっ!」
 直斗と奏空、2人の激鱗が、交差する感じに妖を直撃した。
 機械の巨体が、小規模な爆発を起こした。いくつかの細かな部品が飛散する。
 よろめく妖に、翔が挑みかかって行った。
「覚えたての鋭刃脚だぜ、喰らえっ!」
 覚醒して長く伸びた脚が、機械の塊を直撃する。
「くっ……やっぱ、あんまり効かねえな。彩吹さんの蹴りにゃ、まだ全然かなわねーか」
「いや、いい線いってる。やっぱりサッカーやってる子は違うよね」
 言葉と共に、彩吹が跳躍する。
「あんな小さな的、的確に蹴り合ってるんだもの……私も負けてられないっ!」
 黒い翼が目くらましの如くはためき、そして左右の美脚が立て続けに一閃する。死を告げる、天使の舞い。
 妖の巨体が、大量の火花と金属片を飛び散らせて激しく揺らぐ。
「ふ……やっぱり大きいのはいいよね、壊し甲斐がある」
「まったくだ……!」
 彩吹の言葉に応じながら義高は、斬・二の構えから戦斧『ギュスターブ』を叩き込んだ。
 工業機器類の塊がグシャリと歪み、機械油が鮮血の如く噴出する。
 そんな有り様でありながら、妖は義高を睨み据えていた。
 眼球のない機械の頭部が、しかし義高に狙いを定めて口吻を発光させる。
「やばい……ガスバーナー噴射、来るよ! みんな気をつけて!」
 奏空が叫んだ時には、超高熱のガス炎が義高の身体を貫いていた。


 広大な廃工場である。
 子供たちを連れて20メートル以上、戦闘現場から離れても、まだ屋内だ。
 このような広い場所で、照明まで点して、七星剣の隔者たちは一体この子供たちに何をするつもりだったのか。
 もはや妖以下の行いであると言えるが、その隔者たちとて、因子の力に目覚めさえしなければ、善良無害な市井人でいられたかも知れないのだ。
 そして、この子供たちも。
「ここまで来れば、もう大丈夫……」
 最年長と思われる女の子に懐中電灯を手渡しながら、恵は言った。
「あの怪物を倒さなければいけないから……少し、待っていられる?」
「……あたしたちを……助けて、くれるんですか……」
 女の子が言った。
「助かった後で……あたしたち……どうすれば、いいんですか……」
「それは……」
 恵が返答に窮している間、他の子供たちが口々に声を発する。
「パパと、ママ……ぼくのこと、いらないって……」
「ばけものは、いらないって……」
「あの人たち……いらない子になりたくなかったら、ひ……人を、殺せって……」
「あたしたち、ころせなかった……だから、いらない子……?」
 その子供たちを恵は、左右の細腕でひとまとめに抱き締めた。
「あなたたちは……いる子よ。私には、あなたたちが必要」
 因子に目覚めてしまったばかりに、全てを失った子供たち。優しい言葉など、何の力添えにもなりはしない。
 わかっていながら、恵は言った。
「あそこで戦っている、お兄さんお姉さんもね、あなたたちがいなかったら全然駄目。あんなふうに戦えはしない」
「ぼくたち……いる、こ?」
「そうよ」
 恵は白衣を脱ぎ、子供たちに着せ被せながら、翼を広げた。
「見て。私は、あなたたちと同じ……少なくとも私と同じくらいには、あなたたちは幸せになれる。だから」
「…………」
 呆然と見つめる子供たちに、恵は背を向けた。翼を向けた。
 だから見ていて、などと言う事は出来ない。
 子供に見せられるような立派な背中など、持ってはいないのだ。


「やばい……ガスバーナー噴射、来るよ! みんな気をつけて!」
 奏空が叫んだ時には、妖の口吻から超高温の光が迸っていた。
 それが、義高の胸板に突き刺さり、分厚い背筋へと抜け、奏空を襲う。
 とっさに、かわした。
 そのつもりだったが奏空は、首筋に熱さを感じていた。
 頸動脈が、焼き切られていた。
「あ……あぁ……っ……」
 奏空の首筋から、大量の鮮血が噴出している。まるで赤い噴水だ。
 名を叫ぶ仲間たちの声が、遠い。
 ひんやりとした、だがどこか温かみを感じさせるものが、奏空の首筋に滴り落ちて全身に流れ込む。
「他人を気遣うのは美徳ですけど、その間に自分が傷を負っているようでは……」
 恵の、癒しの滴だった。
「もう少し自分を大事にしないと。工藤さんの身にもしもの事があれば結局、他の人たちが傷つく事になりますよ」
「そ……そう……なのかな……ありがとう、梶浦さん」
 奏空は、己の首筋を撫でた。傷は塞がったが、血は失われたままだ。
「そう……だぜ、工藤……」
 義高の声に、吐血の咳が混ざる。
「我が身を犠牲にして……なんてのはな、独りよがり……でしか、ねえんだ……」
「田場さんには言われたくないな。大丈夫?」
「心臓は……避けた……」
 だからと言って無事なわけはない。
 奏空は印を結び、真言を唱えた。
 先程と同じく、薬師如来の癒しの波紋が生じた。
 義高の身体を貫通していた傷が、塞がってゆく。奏空の体内でも、血液量が戻ってゆく。
「やれやれ……厄介なガスバーナーだね」
 彩吹が言った。
「直斗じゃないけど、首でも刎ねるしかない?」
「悪ぃけど彩吹さん、こいつの首じゃ鉄クズにしかならねえよ。干し首にも出来ねえしなっ」
 直斗が踏み込んだ。兎が、ないはずの牙を剥いた。
「てなわけでテメーはスクラップ行きだ、このガラクタ野郎!」
 猛の一撃が、妖の頸部に叩き込まれる。
 ガスバーナー内蔵型の頭部が、宙を舞った。だが斬首で活動停止してくれるような相手ではない。
「続いて行くよ……!」
 奏空は天地二刀を一閃させた。激鱗。
 半ば残骸と化しかけている機械の巨体が、さらに裂けて細かな部品類を噴出させる。
 そんな状態でありながらも妖は左腕を動かし、クレーンを振り回そうとするが次の瞬間、
「やってみようか、翔」
「きっ、恐縮だぜ!」
 彩吹と翔、2人の鋭刃脚が、その左腕を切断していた。
 続いて妖の胴体がグシャアッ! と潰れ歪み、ほぼ原型を失う。
 義高の、激鱗であった。
 奏空は脱帽するしかなかった。
「さすが、パワーある人の激鱗は違うなあ」
「こいつをな、工藤みたいに素早くブチ込めるようになりゃ恐いもん無しなんだが……っと、まだ生きてやがる!?」
 右腕のみ辛うじて原型をとどめた妖が、電動ノコギリを猛回転させる。
 その斬撃を、直斗がかわす。
 同時に、風が吹いた。暴風の塊だった。
「もちろん貴方には、そんな意思はなかったのでしょう。妖の本能に従って、ただ殺戮を行っただけ」
 恵のエアブリットが、妖を完全な残骸に変えていた。
「その結果として……子供たちが、七星剣による暴虐からは救われました。ありがとう、と言っておきますね」


 特に怯えている1人の女の子を、彩吹が抱き締めた。
 女の子は泣き崩れ、彩吹にすがりついている。
「あたしたち……ひと、ころさなくて……いいの……?」
「いいんだよ! その力はね、殺すためのものじゃないんだ……」
 彩吹が、その子の頭を撫でた。
 翔も、子供たちに話しかけてみる事にした。
「お前ら、さらわれてきたのか? それとも……」
 拉致されただけならば、話は簡単である。この子たちを、親元へ帰せば良い。
 帰る場所がしかし、この子たちにはあるのか。
「……大人に言われるまま人を殺してしまう子供たちが、世界には大勢いる」
 義高が言った。
「だが、お前たちは大人に逆らってまでも人を殺さなかった……偉い、としか言いようがない。お前たちは偉いんだ、胸を張れ」
「……そうだぜ。よく、道を踏み外さなかったな」
 1人の男の子の頭を、翔は撫でた。
 撫でられた男の子が、ぼんやりと遠くを見ている。
「人を殺せない子供たちが……人の死ぬところを、目の当たりにしちまったんだ。こいつの出番かもな」
 義高の大きな掌で、種が芽吹いて守護使役となった。
「及ばずながら、私のミントも」
 恵の細腕も、守護使役を抱えている。
 植物系の守護使役2体が、子供たちから記憶の吸い取りにかかっている、その間も恵は思案していた。
「この子たちは結局……ファイヴで保護する事になりますね。学校へ通わせる事も考えないと」
「まあファイヴに来たからって、戦わなきゃいけねーわけじゃねえから安心しろよ」
 翔が、続いて直斗が言った。
「もし戦いてえ奴がいたら、俺がみっちり鍛えてやる。けどな、戦う事と殺す事は違うんだぜ。殺せねえってのは立派な強さ、誇っていい……うん、俺が言える事じゃねえな」
「直斗が言うから、いいんじゃないか」
 奏空が笑い、すぐに表情を引き締めた。
「それにしても七星剣の連中、まだこんな事してるのか……その上、妖を人工的に作ろうなんて。計画書みたいなもの、ここにあれば押収しとかないとね」
「人や物が、どのような条件を満たせば妖と化すのか。まだ何もわかってはいません。私たち研究者の、力不足です」
 恵が俯いた。
「七星剣の研究者に、先を越されるような事があれば……妖の人造などという事態が、実現してしまいかねません」
「そうなったらなったで、俺らが叩き潰すだけさ。梶浦さんが気にする事じゃねえよ」
 直斗が言った。
「さて。それよりも当面、このガキどもをどこに住まわせるかだ。まあ俺の部屋とかでもいいんだけどよ」
「私の家なら提供出来ます。研究で居ない事も多いし、お留守番でもしてもらえれば」
 恵が言いながら、またしても俯いてしまう。
「ただ食事の世話となると……私、料理に自信ありませんから」
「お仲間だね」
「俺うどん作れる! 田場さんは?」
「土の調合は得意なんだがなあ。まあ独り酒のつまみなら作れん事もない」
「いいじゃない。じゃ未成年の子たちはさっさと帰して、飲もうか田場さん、梶浦さんも」
 彩吹が言い、そして直斗が翔の背中に隠れた。
「お、おい。どうした直斗」
「俺ら覚者ってのは、世の連中から見りゃバケモノだ……そりゃ間違いねえ……」
 直斗が怯えながら声を潜める。
「けどな……酒の入った女ってのは、大妖よりもバケモノなんだぜ……」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです