<南瓜夜行2017>永遠のハロウィンパレード
<南瓜夜行2017>永遠のハロウィンパレード



 ゾンビと魔女のカップル。フランケンシュタインの怪物に吸血鬼、狼男と狼女。
 黒マントのジャックオーランタンも無論いる。
 ハロウィンとはあまり関係なさそうなアニメキャラのコスプレをしている者もいるが、まあ楽しければ全て良しという事でいいだろう、と久方相馬(nCL2000004)は思う。
 都内のどこかで行われているハロウィンパレードを、相馬は今、ビルの屋上から見下ろしている。
 イルミネーション輝く夜の街を楽しげに練り歩く彼ら彼女らの身に、今から何かが起こると言うのか。
「この国の民は基本的に、祭りが大好きなのだよ」
 相馬の傍らに、いつの間にか1人のジャックオーランタンが立っていた。
 全身を覆う黒いマント。首から上は、目鼻口をくり抜いたカボチャの被り物。
 中身は男性であろう。背はすらりと高く、声は、聞くだけで秀麗な顔立ちを連想させる。
 知り合いの覚者の誰かかも知れない、と相馬は思った。
「だから異国の聖人の誕生日などに、深い考えもなく大騒ぎをしてしまう……ああ、責めているわけではない。我々の中にも、祭り好きは大勢いる」
 我々、とは誰々の事か。
 相馬がわからずにいる間にも、そのジャックオーランタンは語り続ける。
「ただ……この祭りは、少し違うな。皆、楽しんでいるのは間違いないにせよ、その楽しみが……何と言うのかな。憂いを孕んでいるように思えて、ならないのだよ」
 霧が出て来た。
 イルミネーションの輝きが、ビルの屋上からだと白っぽく霞んで見える。
 その中を進むハロウィンパレードも、それはそれで風情があるものだ。
「皆……辛いのだろうな」
 霧の中を賑やかに楽しげに練り歩くゾンビや魔女やアニメキャラたちを、長身のジャックオーランタンが悲しげに見下ろしている。
「刹那の愉しみ悦びを求めて皆、この珍妙な祭りに参加している。祭りが終わり、夜が明けてしまえば、また憂いと重圧に満ちた日々が始まる……この国の民にとって祭りとは、すなわち逃避なのだ。苦海そのものの日々から、せめて一夜だけでも解き放たれて悦楽に身を委ねる。それが終われば、また苦海……変わらないのだなあ、この国の人々は昔から……」
 カボチャの被り物の中で、この男はどうやら泣いている。
 その悲しみに合わせるかのように、気がつけば霧がずいぶんと深い。
 夜の街並みを白く覆ってしまうほどの濃霧の中で、ハロウィンパレードだけが、霞みながらもキラキラと輝いている。
 楽しげな扮装をした人々が、楽しげなまま、霧の中に迷い込んでどこかへ消えてしまう。相馬はふと、そんな錯覚をしてしまった。
「……この祭りは元来、死せる者たちと縁深い催し物であったようだな」
 ジャックオーランタンが言った。
「この国に流れ着いた時点で、わけのわからぬものに変わってしまった祭りではあるが……その本質だけは、辛うじて受け継がれているようだ。こうして私が少し手を加えただけで」
 錯覚ではない。相馬は、直感した。
 この霧は、この世ではないどこかから発生している。
 この霧の中に迷い込んだ者は、この世ではないどこかへ行ってしまう。
「見よ……死せる者たちの住まう国へと、たやすく繋がってしまう。だが、それで良いではないか」
 ジャックオーランタンの中身が、燃え上がった。
 くり抜かれた目鼻口から、炎が溢れ出し、黒いマントを焼き尽くす。
「あの者たちは未来永劫、百鬼夜行のように愉しく踊り続けるのだよ。己が死んだ事にも気付かぬまま……もはや2度と、苦海に身を沈める事もなく」
 炎の中から、すらりと優美な姿が現れた。
 僧侶、に見える。錫杖を持ち僧衣をまとった、若い男。
 僧形だが、髪がある。さらりと綺麗な黒髪。
 その頭で、獣の耳がピンと立っていた。
 よく見ると尻尾もある。毛並みの良い、猫の尻尾。
 秀麗な顔が、涙に濡れたままニッコリと歪んだ。
「私は、それで良いと思う。君はどうか? 夢見の少年よ」
 獣憑の覚者、あるいは隔者か。それにしては、怪の因子を思わせる鬼火をいくつか浮遊させている。
 違う、と相馬は直感した。この僧形の青年は、隔者ではない。もっと禍々しい何かだ。
 今やジャックオーランタンではなくなった何者かが、にこやかに穏やかに名乗った。
「私は火車……君たちが古妖と呼ぶものの1つ。苦しむ人々を、安らかなる死者の国へと導くのが私の使命なのだが、それを妨げんとするなら受けて立とう。目を覚まし、私と戦う者たちを集めて来ると良い」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・火車の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は古妖・火車。彼の発生させた霧が、ハロウィンパレードを楽しむ人々を、死者の世界へと迷い込ませようとしています。

 この霧を消滅させるには、火車を倒すしかありません。普通に戦って打ち倒せば、退散してくれるでしょう。

 火車は、錫杖による白兵戦(物近単)を仕掛けてくる他、炎による攻撃を行います。
 この炎には「火の玉」(特遠単、高威力)と「火の荒波」(特遠全、中威力)の2種類があり、共にBS火傷付きです。

 放っておけば、パレードの人々が霧の中に迷い込み、あの世へ行ってしまう状況ですが、時間制限は設けません。じっくり腰を据えて戦っていただければ、と思います。

 場所は雑居ビルの屋上で、戦えるだけの広さは充分にあります。
 夜間ですが、火車は燃え盛る鬼火をいくつか従え浮遊させており、これが照明代わりにはなっています。霧が濃いのはパレードの行われている路上で、ビルの屋上では、視界の妨げになるほどではありません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
公開日
2017年11月10日

■メイン参加者 4人■

『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『デアデビル』
天城 聖(CL2001170)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)


「あーっ、しまった!」
 まだ戦う前だと言うのに『デアデビル』天城聖(CL2001170)が、そんな声を発している。
「せっかくのハロウィン・ナイト! とっておきの仮装で戦うつもりだったのに忘れてたー! 1回、家帰ってもいい?」
「ダメなのよ。敵さん目の前で準備万端なの」
 容赦のない事を言っているのは『ゆるゆるふああ』鼎飛鳥(CL2000093)である。
「聖お姉さんも、覚悟決めて戦うのよ」
「何だよー。普段ゆるふわなのに戦う時だけ真面目になっちゃって」
「当たり前なの! 特に今回は死神みたいな古妖さんが相手なの。みんなで真面目に戦わないと勝てないのよ」
「この格好じゃ気合い入んないから真面目に戦えないよ〜。そうだ、そこの探偵忍者。何か変身系の忍法で私をイイ感じに仮装させてよ!」
「ごめん、俺の忍法じゃ変身までは無理だなあ。背景の演出なら出来なくもないけど」
 呑気な事を言いながら『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が頭を掻く。
「変身なら、飛鳥ちゃんの方が得意だったりしない? その魔法のステッキで」
「あすかは魔法少女じゃないのよ!」
「……何やら楽しげで、微笑ましくなってしまうな。先制攻撃を思わず躊躇ってしまうほどに」
 古妖・火車が、にこやかに声をかけてくる。
「なるほど、それが狙いの作戦か」
「……すまんが、そんな事はないと思う。まあ気にしないでくれ」
 前衛で火車と対峙しながら、『花屋の装甲擲弾兵』田場義高(CL2001151)は言う。
「こんな調子だが、俺たちは今からお前さんを倒さなきゃならん」
「では私は君たちを、安らかなる死者の国へと導こう」
 言葉と共に錫杖を鳴らしながら、火車はちらりと視線を動かした。この屋上から、眼下のハロウィンパレード……様々な仮装をした人々が、霧の中を楽しげに練り歩いている様へと。
「……彼らもろとも、な」
「火車が地獄から現れるのは、罪人が死んだ時だけなの」
 飛鳥が言った。
「パレードに参加してる人たちは、死んではいないのよ。死にたいと思ってる人だって、いないはずなの」
「何故、それがわかる?」
「本当に死にたいのなら、お祭りに参加して憂さ晴らしなんてしないのよ!」
 飛鳥の愛らしい怒声が、霧を裂くように鋭く響く。
「生きている人たちを、自分勝手な思い込みで殺してしまったら! 火車さん自身が『地獄へ運ばれるべき罪人』になってしまうのよ! 長く生きてて、そんな事もわからない! あなたは愚か者ですか!? なのよ」
「私が、地獄へ……か。ふふ、牛頭や馬頭が私をどう扱ってくれるのかな」
 火車が、微笑みながら涙を流している。
「私は、死んだら一体どこへ行ってしまうのだろう……いわゆる『死後の世界』に関しては、実は我々も知らない事の方が多いのさ。八熱地獄や八寒地獄は無論ある、極楽浄土も存在する。かと思えば、黄泉醜女たちの住まう領域も確かにある。どのような者が、どのように死ぬ事で、どこへ行けるのか、本当にご存じなのは神仏のみだ。閻魔王や黄泉大神の間で一体いかように話がついているものか、我々ごときではわからんよ」
 火車の秀麗な僧形が、ゆらりと踏み込んで来る。
「どこであろうと……この珍妙な祭りに興じている人々にとっては、現世よりも安らかなる場所となるであろうさ!」
 錫杖の一撃を、義高は戦斧で受け止めた。
 火車の優美な外見からは想像もつかぬほど重い剛力が、押し付けられて来る。
 義高がそれを受けている間、奏空が術式を行使していた。
「余計なお世話だよ……お祭りを、ただ楽しんでるだけの人たちを! 勝手に悲観して死者の国へ連れて行くなんて!」
 薬師如来の法力が、瑠璃色の光となって覚者4人を包み込む。
「俺がお世話になってるお寺にもね、火車さんについての話は色々伝わってるよ。悪行を重ねて死んだ者の亡骸を奪う、葬式や墓場から死体を奪う……そんなのばっかりだけど、生きた人間を奪って行くなんてのは聞いた事ないな」
「ハロウィンってのは確かに元々、死んだ人間と縁深い催し物だ」
 剛力を宿す錫杖を戦斧で押し返しながら、義高は言った。
「この国で言う、お盆みたいなもの。同時に豊饒祭であり、年末年始でもあり」
「まさにアレだ、盆と正月がいっぺんに来るってヤツ!」
 聖がはしゃぎ、義高は苦笑した。
「……ま、そんなふうに死者も浮かれて彷徨い出て来る祭りなのさ。わかるかい古妖の旦那? このイベントはなぁ、死者がこっちへ来るんであって生者が向こうへ行くわけじゃあない。お前さんのやろうとしている事はルール違反、ペナルティー対象だぜ」
「日本の妖怪が、西洋のお祭りにかこつけて自分勝手をやろうとしている。俺にはね、そんなふうにしか見えないんだよ」
 言いつつ奏空が、桃色の両眼を激しく輝かせる。練覇法だった。
 聖が、続いて言う。
「別にさー、ハロウィンがどんな祭りだとかなんてのはハナっからどーでもいいんだよね。ただ……テメェの存在が、この祭りには邪魔ってだけ。別に知り合いでもない大勢の人間を、勝手にかわいそうとか決めつけて死者の国へ送るとかさぁ。一体、何様気取り? 自分がいい事してる、なぁんて思ってるわけ?」
「いい事だと思っているなら、どうして泣いているのよ」
 飛鳥が問いかける。
「何か変なのよ。もしかして誰かに無理やり、こんな事やらされていて本当は止めて欲しいとか」
「……同じだよ」
 飛鳥の言葉を、火車が静かに遮った。
「私には、生ける者も死せる者も同じに見えてしまう。今、この国の民は……生きながら死んでいる、ようなものではないか」
 火車の両眼が、涙を流しながら激しく燃え上がる。
 優美な僧形が翻り、錫杖がギュスターブを受け流す。
 前のめりに泳ぎかけた自分の身体を、義高はとっさに踏みとどまらせた。
 そこへ、錫杖が叩き込まれる。
「ぐっ……」
 前屈みに巨体を折り曲げながら義高は結局、倒れる事となった。
 錫杖を鳴らし、構え直しながら、火車が言う。
「そのような人々を、死者の国へと導く。私にとってそれは、屍を奪う行為と何ら違いはないのだよ」
「あんたは……!」
 息を飲む奏空に、火車が泣きながら微笑みかける。
「君の言う通り、昔の私は屍だけを運んでいれば良かった。生ける者と死せる者を、明確に判別する事が出来たからな。生ける者は、良くも悪しくも生きていた。何しろ荒々しい時代であったから、生きながら餓鬼道・修羅道・畜生道に堕ちているような者も大勢いたが。うん、君たちもそうか?」
「……否定は、しないのよっ」
 飛鳥の小さな身体が、くるりと舞ってステッキを振るう。
 大量の水飛沫が生じて飛散し、渦を巻いて水流を成し、牙を剥いて火車を襲う。
 水龍牙であった。
「むっ……」
 直撃を食らった火車が、水飛沫と血飛沫を散らせて揺らぎ、よろめいて屋上のフェンスにもたれかかる。
 そうしながら見下ろす。霧の中で、百鬼夜行にも似たパレードを繰り広げる人々を。
「今は皆、生きながら死んでいる……そのような日々にあって今この時だけは、ふふっ……楽しそうではないか。皆、たとえ等活地獄や叫喚地獄でも、浄土あるいは黄泉の国にあっても、ああして明るく踊り歩くのであろうな。獄卒どもや黄泉醜女たちも、地獄の十王や如来さえもが、つられて楽しく踊り出す……」
 嬉しそうに、本当に嬉しそうに、火車は泣いている。
 よろりと立ち上がりながら、義高は呻いた。
「……つける薬が、ねえな」
「ほう……私の一撃を受けて、立ち上がるとは」
 火車が、涙を拭った。
「地獄の鬼よりも頑丈な男よ」
「……蔵王・戒。人間でもな、鬼並みの身体に成れるぜ」
 土行の護りを全身に漲らせながら、義高は言った。
 火車の周囲に浮かぶ鬼火たちが、激しく燃え盛る。
「面白い。こちらはこちらで、祭りを楽しむとしようか……むっ?」
 錫杖を振るおうとする火車の全身に、霧が絡み付いてゆく。
 今、立ち込めている霧とは違う。
 聖が発生させた、迷霧であった。
「私たちさ……ちょっと勘違いしてるとこ、あったかもね」
 火車と同じく錫杖を構え、翼を広げながら、聖は言う。
「古妖ってさ、隔者や破綻者とか妖なんかと比べりゃ話のわかる相手だって……でも考えてみたら古妖って大抵、人間よりずっと長く生きてんだよね。人間なんかとはメンタリティーも違うし、人間よりずっとサイコな奴だって、そりゃあいるよね」


 迷霧に束縛された火車に向かって、奏空は踏み込み、天地二刀を一閃させた。
 その一閃で、幾度もの斬撃が繰り出される。地烈。
 全て命中はした、ようである。火車の僧衣がズタズタに裂け、鮮血が散る。
 その血飛沫が、全て火の粉に変わった。
 全身から炎を噴出させながら、火車が笑う。
「今や生ける屍ばかりの国にあって……君たちは、本当に生きているようだな!」
 その炎が、迷霧を蹴散らすように燃え猛りながら凝り固まって球体を成し、流星の如く飛んだ。飛鳥に向かって……いや。その流星の進路上に、義高が立ちはだかる。
 薬師如来の加護と蔵王・戒で守られた巨体に、炎の流星が激突し、爆発した。
 飛鳥が、悲鳴を上げる。
「義高おじ……おっ、お兄さん!」
「……無理をしなくていいぞ」
 全身を焼かれ、よろめきながらも倒れず踏みとどまり、義高が苦笑する。
 飛鳥が青ざめ、涙ぐむ。
「あ……あすかの、ために……」
「そんな事は考えるな。後衛の生存は、前衛の俺たちにとってもライフラインだからな」
「確かに、あすかは回復役やるつもりだったけど……攻撃だって、出来るのよ……あすかの仲間、傷つけるなんて言語道断なの!」
 水龍牙がまたしても生じ、火車の燃え盛る身体を直撃する。
 水蒸気爆発にも似た衝撃が、火車を後方へ吹っ飛ばした。
 激しく立ち込め渦巻く水蒸気の中、義高の焼けただれた巨体が赤く発光する。火傷が、熱を持って輝いているかのように。
「灼彩練功……さあ、反撃と行かせてもらうぜ」
「いいなぁ……久しぶりに、本当に久しぶりに、生きた人間たちを見た気がする……」
 吹っ飛んだ火車が、しかし軽やかに着地して屋上を蹴り、錫杖を構え、踏み込んで来る。全身から、炎を発しながら。
「生ける屍たちを、死者の世界へと導くよりも……ずっと、殺し甲斐があるというもの!」
「私も大概トチ狂ってるって言われるけどね。テメェほどじゃないわ多分、めいびー!」
 聖が叫び、羽ばたく。
 旋風が生じ、暴風の塊となって火車を直撃した。エアブリットだ。
 竜巻に全身を切り裂かれ、踊るように揺らぎ続ける火車に、奏空は斬りかかって行った。
「人の亡骸を盗んで行く……あんたはね、お寺にとっちゃ天敵みたいな妖怪だよ。それにも飽き足らず、生きた人間を盗んで行こうなんて!」
 地烈の連撃が、火車に叩き込まれる。
 飛び散った鮮血が、全て炎に変わった。
 そして紅蓮の荒波と化し、覚者4人を猛襲する。
「君たちの亡骸は要らない。醜い屍など残らぬよう荼毘に付し、その猛々しく純粋な魂だけをもらうとしよう」
 火車の楽しげな声に合わせて、炎の波が荒れ狂う。
「うっ……ぐぅ……ッ!」
 先に施しておいた薬師如来の加護力をも焼き尽くしてしまいかねない熱量の中で、奏空は苦悶した。
 まさに八熱地獄に堕ちた亡者の如く焼け爛れながら、奏空はしかし水行の癒しを感じた。
 飛鳥の『癒しの霧』であった。
「日本の妖怪さんが……外国の悪魔さんみたいな事、してはダメなの!」
 少女の言葉に合わせ、覚者4人の焼け爛れた身体が癒えてゆく。
「助かったよ、飛鳥ちゃん……焦熱地獄に、地蔵菩薩様が降臨してくれたみたいだ」
「奏空くんは、そう言えばお寺の人なのね。ふふっ、お地蔵様のコスプレとかも面白そうなの」
「ってなワケで今年度お地蔵さんの格好が似合う男ぶっちぎり1位のオヤジ! ここらで1つデカイの頼むよ」
「……あのな天城、お地蔵様は本当は割と恐いんだぞ。おちゃらけた扱いをするのは良くない」
 言いつつ義高が、斬・二の構えを取る。
「まあ地蔵菩薩ほどではないにしても、だ古妖の旦那。俺もな、怒らせると……この程度には、恐いんだぜっ!」
 大型の戦斧が、重い唸りを立てて一閃し、火車の身体を激しくへし曲げた。
「何故……怒る? 私の行いが……そうか、それほど許せないのか」
 燃え盛る鮮血を大量にぶちまけながら、火車は苦しげに嬉しげに笑う。
「生ける屍に等しい者たちを……それほどまでに、守りたいのだな……」
「なあサイコ野郎。テメェがな、ある意味じゃ私と同じ享楽主義者だってのはわかった」
 聖が猛禽の如く羽ばたき、錫杖を構える。
「だからかなぁ……許せねえよ、テメェは……ッッ!」
 その錫杖が、轟音と光を発した。
 電光だった。
 激しく帯電する錫杖が、火車に叩き付けられる。それは雷鳴を伴う、電光の斬撃であった。
「ゆ……許せない? ならばどうする、私を……殺すのか……」
 稲妻に灼き斬られた火車が、涙を流しながら歓喜している。
「ふふっ、私が……死ねば、一体どこへ行くのか……知りたいと思っていた。さあ教えてくれ、それが出来るものならば!」
 燃え盛る鮮血が、炎の荒波となって迸る。
「くっ……し、脣星落霜……」
 聖の声と共に、光の粒子が大量に降り注ぎ、炎の荒波とぶつかり合う。
 激突の衝撃が、聖の細い身体を吹っ飛ばしていた。
「そっ、相殺とか出来るかなぁって……やっぱり無茶だった〜」
 熱風に煽られ、錐揉み状に宙を舞い、そして聖は落下した。屋上のコンクリートに顔面から激突し、血飛沫を散らせた。
「……聖お姉さんは、あすかより身体が弱いんだから無茶をしてはダメなのよ」
 溜め息をつきながら飛鳥が杖を振るい、潤しの滴を降らせた。水行の癒しの力が、巨大な塊となって聖を直撃する。
 その間、奏空は跳躍していた。小型肉食獣のように。
 義高は、疾駆していた。巨大な猛牛のように。
「田場さん、一緒に……!」
「おうっ、合わせようか!」
 激鱗。
 奏空の繰り出すそれは、敵を切り刻む。義高のそれは、敵を粉砕する。
 速度と重量。2種類の激鱗が、火車を同時に叩き斬っていた。
 燃え盛る血飛沫が噴出して渦を巻き、そして消えてゆく。
 血を燃やし尽くした火車の身体が、弱々しく倒れ伏した。
 炎だけではなく、霧も消え失せている。
 死者の世界へと繋がる濃霧から解放されたハロウィンパレードが、相変わらず楽しげに路上を進んで行く。
「これでパレードも……こっちの世界で、のまま終わるのかな」
 飛鳥に助け起こされながら、聖が呟く。
「ま、そうでなきゃいけないんだけどね。永遠に続くハロウィンパレードなんて、あっちゃいけない」
「……あの人々は……」
 力尽きた火車が、辛うじて聞き取れる声を発する。
「明日からは、また苦海だ……それでいいと、君たちは思うのか……一夜しか保たぬ享楽を、永遠に続けさせてやりたいとは思わないのか……」
「永遠に楽しいまま……ねえ……」
 聖が、小声で吐き捨てる。
「……ふざけんな。そんなモン、死んでるのと同じじゃねえか」
「聖お姉さんは無茶ばっかりやらかすけど、別に死にたがってるわけではないのよ」
 飛鳥が言った。
「みんな、そうなの。死にたい人なんていないのよ。死にたいって言う人いるけど、本当は生きたいに決まってるのよ」
「……人は、いずれ死ぬ」
 寺で教わった事の受け売りに近い言葉を、奏空は発していた。
「古妖のあんたから見れば、とても短い間だ。今、急いで死なせる事もないだろう」
「その短い間にな、俺たちは色んなものを積み重ねていくんだ。憂いや重圧だけじゃない、笑いもある。喜びもある」
 義高が巨体を屈め、火車と目の高さを近付けた。
「お前さんたち古妖にだって、そういうもの全くないわけじゃないだろう」
「……私を、殺さないのか……」
 火車が呻く。
「憂いがあろうが、重圧があろうが、笑いと喜びがあろうが……戦いに敗れた者は、死ぬ……そうではないのか……」
「こいつは戦いじゃあない、ただの馬鹿げたお祭りだからな」
 倒れた古妖を見もせずに、聖が言う。義高が、それに続く。
「祭りってのはな、一瞬だからこそ盛り上がる。一夜だからこそ、エネルギーを集中出来る。さらに言えば、祭りってのは非日常だ。続いちゃあ、いけねえんだよ」
「そうか……私を生かしたまま、この祭りを終わらせるのだな……」
 火車がよろりと立ち上がり、弱々しく微笑む。
 聖が睨み据え、言った。
「くだらねえ祭りを、またやろうってんなら……」
「やらんよ。命がいくつあっても足りないという事が今日わかったのでな」
「……火車さん、1つだけ教えて欲しいのよ」
 飛鳥が問いかける。
「どうして、わざわざ夢見さんの夢に出て、あすかたちを呼び集めるような事を」
「何故かな。あの夢見の少年が、たまたま私の近くにいた……それもあるが」
 火車の姿が、夜闇に溶け込むかのように薄らいでゆく。
「……誰も助けに来ないようでは、今この国は本当に生きながら死んでいる事になる。生ける屍しかいない国、という事になってしまう。私はそれを、確かめたかった……のかも知れん」
「もう1つだけ、いいかな」
 消えゆく古妖に、奏空は言った。
「火車は、長く生きた猫が化けたもの。俺はそう聞いたんだけど」
「知らんよ。自分が元々何者であったのかなど、私はもはや覚えてはいない」
「もしかして、人間が恋しくなったのかな?」
 奏空は微笑みかけた。
「だったら毎年こうして、ハロウィンにかこつけて見に来るといいよ。生者と死者が交じり合うこの季節、2つの世界は隣り合わせ。そんなに遠いものではないから……ね」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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