■ブレスト■鉄を斬る男が山を登ってく
■ブレスト■鉄を斬る男が山を登ってく


●大妖一夜。その後――
 大妖一夜――AAAを一夜で滅ぼした三体の大妖の事件は大きな波紋を呼んだ。
 明確な知性を持つ強力な妖が存在する。それだけでも脅威なのに、彼らは人と相対する意思を見せていた。
『斬鉄』大河原鉄平はそれを遊びと称し。
『新月の咆哮』ヨルナキはそれを狩りと称し。
『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号はそれを鉄槌と称し。
 そしてその場に現れなかった『後ろに立つ少女』辻森綾香は――未だに闇の中である。
 かつてAAAは『紅蜘蛛』継美を打ち滅ぼした。その際の戦闘記録は残されているが、大妖がどのような存在であったかの記録は残されていない。知るもの全てが没したのか、それも大妖の能力なのか。
 多くの人間の大妖に抱く意見は『脅威』であり、そして『敵愾心』だ。だが大妖に挑もうとする最大戦力のAAAは潰え、多くの覚者の心は折れた。逆らうだけ無駄と皆が思ってしまう。
 そんな中、大妖に対して『脅威』を抱きながらも別アプローチを行う者がいた。

●大妖を追って
「政府との関係について方針が決定したところで、一つ付議したい議案があります。すなわち『大妖対策』です」
 提案者の『教授』新田・成(CL2000538)の意見をまとめるとこういう事である。
 大妖と覚者との圧倒的実力差はそう埋まるものではない。
 だがしかし力のみで対抗するのが人の歴史ではない。断片的だが大妖に関する情報を入手した。そこから何かしらの攻略の手がかりが見つかるのではないだろうか。大妖が再び動き出す前に、何かしらのアクションを行わなくては大妖一夜の二の舞だ。
 かくして二ヶ月の間様々な調査を行った。民間伝承やAAAの交戦記録などから情報を精査する。とはいえ相手は知恵ある神秘的存在だ。常識的なアプローチでは易々と尻尾を掴ませてくれない。そして深入りしすぎて虎の尾を踏んでしまえば多大なる犠牲が出る。
 慎重に慎重を重ね、そして一つの糸口を見つける。
 長崎県雲仙岳。
 日本活火山の一つであるその近くで、大河原鉄平と思われる大男の影を見たという。

●FiVE
「――というわけよ」
 今回覚者を出迎えたのは夢見でもなく中でもなく御崎 衣緒(nCL2000001)だった。基本的に表に出てこない彼女だが、今回はそれだけ特別という事なのだろう。
「大妖が何故雲仙岳に現れたか。全く分からない状態なの。何かを企んでいるのかもしれないし、ただの気晴らしかもしれない」
 ため息を吐くような御崎の言葉は、仕方のない事だった。大妖と火山。どう組み合わせればいいのだろうか?
「火山周辺には妖らしい存在がいくつか見え隠れしているわ。どれも熱気から生まれた自然系妖で、生まれたてでランクも低いの。倒すのに時間はかからないでしょうけど、大きな音を立てれば大妖に気づかれる恐れがあるわ」
 隠密行動に徹するなら、妖は放置して大妖に急ぐのが吉だ。だが何かあった時の退路の安全性は低くなる。
「最低限の調査目的は雲仙岳にいるのが大河原鉄平本人かどうかの確認。可能なら大妖の能力の確認。会話を試みてもいいけど相手はこちらの事を塵芥にしか思っていないから、下手な挑発は大怪我の元よ」
 遊びでAAAを滅ぼす大妖の一体だ。戦って勝つなど論外。勝つための情報を得るのが目的なのだ。
「それとこれは大妖と関係があるかはわからないけど……雲仙岳に危険な古妖がいるわ。
 山姫。山に住み、人の血を吸う女の古妖よ」
 黒髪色白の絶世の美女。山の恐ろしさを表すように人を襲う存在だ。大妖と関係があるようには思えないが、危険区域という意味で留意しておくにことしたことはないだろう。
「一定時間の間に大妖に出会えなかったら即座に帰投した方がいいわ。山姫の問題もあるし、大妖に気づかれれば次の調査が難しくなる。僅かでも情報を得ることが重要よ」
 情報は多いに越したことはない。しかし多くを得ようとすればそれだけ危険性も高まる。
 どうしたものか。覚者達は頭を悩ませながら会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.雲仙岳にいると思われる大妖の姿を確認する
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 この依頼はブレインストーミングスペース#1の『新田・成(CL2000538) 2017年06月26日(月) 13:42:09』を元に作成されました。

●説明
 長崎県雲仙岳。そこに大妖の一、『斬鉄』大河原鉄平の姿が確認された。
 大妖に関する情報を得ようと、覚者達はそこに向かう。だが運悪く雲仙岳には妖の発生と凶悪な古妖の存在が見受けられた。
 妖を退治すれば帰り道の安全は確保できるが、時間がかかり大妖に気づかれる恐れがある。隠密性が低くなることは確実だ。これは古妖に関しても同様である。
 大妖の動きは『山の麓』からまっすぐに『山頂』に向かっているという。あくまで予測でしかないため、参考程度に留めてほしい。現地で調査することで、正確な足取りがつかめるだろう。
 情報の最低ラインは『大妖の存在確認』。最悪、姿だけ見て帰ってくればいい。あとで再度調査すれば、精度は劣るが何か情報が得られるかもしれない。
 大妖と接触する事はハイリスクだろう。だが大きなリターンがあるかもしれない。その判断全てを、FiVEは参加者に委ねるつもりだ。

●敵情報
・妖(数不定)
 ランク1。自然系妖。陽炎のような揺らめきです。強くはありません(倒すとプレイングに書くだけで倒せます)が、倒すと光と音を立てる為とにかく目立ちます。
 山頂に近づくにつれて多く発生し、昼をすぎれば発生率は収まっていきます。

・山姫(×1)
 古妖。山に来た人を襲う絶世の美女です。それなりに強く、倒そうとするならかなり疲弊します(こちらも倒すとプレイングに書けば倒せますが、相応の傷を受けます)。
 予知場所が分かっていますが、覚者の存在に気づくと動き始めます。

・『斬鉄』大河原鉄平(×1)
 大妖。『大妖一夜』と呼ばれる事変でAAAを滅ぼし、FiVEと相対した存在です。
 四本の腕に日本刀を持ち、単純な戦闘力では他を凌駕します。強者との戦闘を好む傾向があります。戦闘をすれば、大怪我を負います。
 山の麓からの正確な足取りは不明です。技能やプレイングなどで追うことは可能です。

●場所情報
 長崎県雲仙岳。
 便宜上雲仙岳を、六エリアに分割する。線でつながっているエリアは往来可能です。
 一エリアの移動を含めた各エリアの捜索には一時間かかるものとします。
 調査開始時刻は午前八時。午後六時が調査のタイムリミットです。その時間までに『山の麓』に居なければ、状況によっては大怪我を負います。具体的には山姫の生死等で。

『山の麓』 ― 『中腹』 ― 『山頂付近』 ― 『山頂』
         |       |
        『休憩所』  『山姫の予知場所』

 妖、山姫、大妖も時間経過により移動していきます。

 特殊なシナリオですが、最低条件を満たすだけなら危険度は低いです。それ以上を求めるなら相応のプレイングと覚悟をお願いします。
 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年09月29日

■メイン参加者 8人■

『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)


『斬鉄』大河原鉄平。四本の腕を持つ人型の異形。
 その名前こそ誰もが知る存在だが、その来歴に関しては誰も知らない。大妖の一である以上の情報は無く、相対した者達さえ強さの尺度が違いすぎるため、その実力を計りかねていた。
「遠路はるばる雲仙まで大妖見物に来ましたよと」
 雲仙岳を見上げながら『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)は口を開く。実際の所は口調程気楽なものではないことはわかっている。大妖の情報を得るために、わざわざ長崎まで足を運んだのだ。
「鉄平の奴、山へハイキングに来たって訳でもないやろけど」
 言って首をひねる『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)。雲仙岳と言えば凜が生まれる前になるが人的被害を出した噴火が起き、火山噴火予知連絡会による火山ランクでも最高のAランクとなっている。そんな所に何をしに来たのだろうか?
「連絡用に借りて来たぜ。山で使うようの無線機」
『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は一組の無線機をリュックから取り出す。業務で使う出力の大きい無線機である。登録申請とか面倒なことはFiVEの報がやってくれたとか。これで山での連絡は可能となる。
「一つは後発班の俺が受け取ろう。情報共有は重要だからな」
 トランシーバーを受け取った『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は感度などを確認する。隊を二つに分けて行動する以上、互いの状況把握は重要になってくる。この山には大妖だけではなく危険な古妖までいるのだ。
「大妖はどいつもこいつもヤバい奴らばかりだからな」
 先の大妖一夜を思い出しながら『静かに見つめる眼』東雲 梛(CL2001410)はため息を吐く。梛が戦ったのはケモノ四〇六だが、伝聞だけでも『斬鉄』の恐ろしさは理解できる。ここで何らかの情報を得ることで、何かの取っ掛かりが見つかればいいのだが。
「戦いは嫌いなんだよな」
 腕を組んで『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は自らの主張を言い放つ。大妖によりこの国の人間が恐慌状態にあることは理解できる。その上で闘い以外の策を模索していた。それを現実が見えていないととるか、尊い理想とみるかは人それぞれだ。
「大妖に関する資料って、ない物なんだねぇ……」
 事前に大妖のことを知ろうと過去の資料を探った『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)だが、予想以上の少なさに落胆していた。出現率も低く、出会えばほぼ殺される。大妖一夜で戦った仲間の方が詳細な情報源だった。
「だからこその調査なのです。ここが千載一遇の好機と言えましょう」
 山頂を見上げ、『教授』新田・成(CL2000538)は杖を握りしめる。大妖が如何なる存在で、いつ自分達に牙を向くかわからない以上、備えは必要になる。可能な限り情報を得て、大妖に関する対抗策を得る。待ちの戦略で勝ちが拾える状況ではない。
「行きましょう。反撃の狼煙、それをあげるために」
 覚者達は頷きあい、山道に足を踏み入れた。


 覚者達は雲仙岳全体を調査するために、隊を二つに分けた。
 先ず真っ直ぐに山頂を目指す班と、休憩所や山姫出現場所を調査する班。
「基本方針は、発生する妖とはできるだけ戦わないこと」
 覚者達は妖に対する対応を確認し、行動を開始する。帰りのリスクよりも、今見つかって相手に感づかれることを防ぎたい。『斬鉄』に山姫。共に気づかれて先手を打たれれば碌な事にはならないだろう。守護使役による観察や遠視などの視覚情報拡大により妖との戦闘を避けることは難しくはなかった。
 そのまま中腹で班を分ける。休憩所に向かったゲイルと梛は――
「人がいる?」
 そこに登山者を見つけた。外の様子をうかがいながら立てこもっている。そんな様子だ。
「何があったんだ?」
「あ、あんたら覚者か!? あ、妖が出たんだ!」
 登山者は恐怖におびえた顔でそう告げた。因子発現していない人間からすれば、ランク1の妖でも命を失う可能性がある。
「……どうする?」
「資料を見る限り、家に押し入ってまで人を襲う習性ではないみたいだしな。このまま隠れてもらった方が安全かもしれん」
「夢見の情報にもなかった、ということは妖の被害にあわないということかもしれないし」
 相談する二人。山頂に向かった者達とも相談し、休憩所に籠った方が安全だという結論に陥った。
「今は妖よりももっと危険な奴がうろついているんだ。外に出ない方が安全だぞ」
「知ってるよ。山姫だろ。確かナメクジかヒルをつければ驚いて逃げてくれるって」
 登山者には有名な古妖のようだ。それ故に対策もいろいろあるようだ。効くかどうかは眉唾だが。
「ああ、でも前に山姫を見たやつは『テッペーが来る』とかブツブツ言ってたとか言ってたぞ。お陰で見つからずに帰れたようだが」
「テッペー……大河原鉄平か」
「山姫は『斬鉄』がここに来ることを知ってた……?」
 梛とゲイルは顔を見合わせ、登山者の情報から推測できることを口にする。
「推測、鉄平と山姫は共に人を襲う仲間である」
 梛は自分でもないよな、と思う推測を述べてみる。大妖と古妖。共に人外で規格外の人類の敵だが、手を組むとはとても思えない。妖は古妖にも容赦なく襲い掛かるのだ。梛は手を振って自説を否定した。
「ないな」
「となると山姫は負の感情を『斬鉄』に持っている、という前提になる。それが敵意なのか、あるいは怯えなのか」
 指を二つ立ててゲイルが推測を続ける。仮定として山姫が斬鉄に悪印象を持っているのなら、それは殺意か恐慌の二つだろう。相容れないものが自分のテリトリーにやってくるのだ。ならば常識的に考えればその二つだ。
「少なくとも山姫は『斬鉄』の到来を知っていたことになる。夢見のように予知能力を持っているのではないのなら、なぜ知れたんだ?」
「感知能力が優れているか、夢見とは別の何かで知ったか。……ふむ?」
 推測するには材料が足りない。これ以上は、実際に山姫に会って話を聞くしかないだろう。先発隊にも情報を伝え、二人は休憩所を後にする。
「山頂での用事が終わったら妖をどうにかする。それまではおとなしく待っていてくれ」
「分かった。食料と水はあるし問題ない」
 登山者にそう告げて、ゲイルと梛は休憩所を後にした。


 さて、先行して山頂に向かったチームは、山姫の気配を気にしながら進んでいた。
「山姫は動きそうにないぜ」
 怪因子の力で古妖の気配を察したジャックが皆に告げる。半径三百メートル以内にはいるが、それ以上は近づいてこないようだ。
「こちらを警戒している、とみるべきでしょうな」
「せやな。鉄平となんか関係あるんやないかと疑っているんやろうなぁ」
 成と凛はつかず離れずの距離を維持する古妖をそう推測した。通信機で後続組からの情報は伝わっている。山姫が大妖を警戒しているのは確かだ。
「なら話をしに行くか?」
「大妖と古妖。どっちが人間の味方かと言われれば、古妖なんだろうけど……」
「やめておいた方がいいだろうな。人間にいい感情を持っていない古妖もいる。行って争いになれば厄介なことになる。
 後発組の情報も気になるが、避けれる戦闘は避けるに越したことはない」
 遥の提案を受けて奏空が腕を組む。その答えを出したのは凜音だ。情報を得られるかもしれないが、襲われる可能性は高い。警戒されている以上、近づけば逃げられるだろう。あるいは問答無用で襲われる可能性もある。『話し合い』になる可能性は低い。
「襲ってこないというのなら、置いておきましょう。我々の目的は大妖です」
 成の一言に覚者達は頷く。山頂に向かったであろう大妖。その情報を得るために歩を進める。
「それにしても、なんであいつは雲仙岳に来たんだろうなぁ?」
 遥の疑問は覚者全員の疑問でもあった。
「かなり前に噴火活動があったらしいけど、それと関係あるんとちゃうか?」
 1991年6月。大規模な人的被害を出した雲仙岳噴火。凛本人は生まれてはいないが、親戚筋からいろいろ話を聞いたことがある。
「覚者や妖が現れ始めた時期とほぼ一致するし、何か関係あるかもしれんなぁ」
「雲仙岳、あるいは火山そのものが『斬鉄』の出自に関係あるのかもしれません」
 顎に手を当てて成が推測を述べる。雲仙岳は天孫降臨の地という異説がある。昔の人は山を神とみて信仰していたという。何か関係があるのかもしれない。
『力を高める霊的なスポットがあったり龍脈の集結点があったりとかだろうか』
 通信機から聞こえてくるのはゲイルの声。大地に流れる龍脈という力。それが集う場所には特異点とも言うべき力の奔流があると言われている。雲仙岳がそうだとしても不思議ではない。
 推測はいくらでも飛び交うが、結論は出ない。何が正しいのか、その答えは山頂にいると思われる大妖に会わなければわからない。
 御崎所長からの最低ラインは『大妖本人かの確認』だ。大妖が去った後に雲仙岳を調査し、異変を見つけてそこから推察する。覚者の安全を考えるならそれが一番だ。
 だが、大妖と話が出来ればさらなる情報が得られる。少なくともその可能性はある。何せ情報源そのものだ。その情報が虎口に手を入れて『牙が痛い』だけになるかどうか。そこは慎重を期さなければならない。
 山頂についた覚者達は、守護使役や遠視などを使い警戒を深めなて調査する。
 その入念な準備と慎重さが功を奏したのだろう。
「――いた」
 大妖に気づかれるよりも早く、覚者達は山頂に居る大河原鉄平の姿を捕らえることが出来た。


 人型の大妖、とはいえその背丈は人の身の丈を超え、鍛えられた筋肉も人のそれとは比べ物にならない。何よりも肩から伸びる腕はそれぞれ二つずつ。合計四つの腕が存在しているのだ。
 その腕一つ一つに人の力では持てそうにない刀を持ち、それを苦もなく振り回している。大妖一夜で相対したものは、何よりもそのいでたちに恐怖を感じ、そして振るわれる刀技に畏怖する。四本の刀をそれぞれが邪魔にならないように振り回し、乱戦を切り抜ける。その戦闘経験も侮れるものではない。
 その『斬鉄』は何をしているかというと――
「動かないな……」
「せやけど、寝てるわけやなさそうやで。刀構えてそれを維持してるんや」
 刀を構えて、そのまま不動の状態を維持していた。
 構える、という状態は見た目は楽そうに見えるがそうではない。いつでも攻撃を仕掛けることが出来るように、体の一部に力を溜めている状態なのだ。弓を引き絞っていつ状態、と言えばわかりやすいだろうか。
 そのままの状態を維持する『斬鉄』。しびれが切れそうだ、と誰かが思った瞬間に――
「せい!」
 裂帛と共に振るわれる一閃。それはただ横なぎに刀を振るっただけだった。素振りの練習か? と怪訝に思った瞬間、甲高い悲鳴が聞こえた。
「キエアアアアアアアアアアアアア!」
 振り向けば、狂ったかのように気勢を上げて山姫がこちらに走ってきた。口には血の混じった泡を吹きだし、血走った眼はその精神状態を示すが如く。そしてその視線の先には覚者はなく、真っ直ぐに『斬鉄』に向かって走っていた。
「なんだなんだ!?」
「テッペー! キサマ、キサマアアアアアアア!」
 鬼気迫る表情で自分達の横を通り抜ける山姫。驚きのあまり止める事すらできなかった。そのまま山姫は『斬鉄』に襲い掛かり――
「この山の姫か。悪ィが――斬らせてもらったぜ」
「ア、アア、アアアアア……!」
 言葉と共に刀を振るい、山姫を切り裂いた。肢体は地面に落ちるよりも早く灰になり、颪に乗って消えていく。
「っと、そこに誰かいるのか?」
 覚者達の方にかけられた声。これ以上隠れていても情報は手に入らない、と意を決して覚者達は姿を現した。


「大河原と接触したようだな。こちらも急ごう」
 ゲイルは通信機から聞こえてくる情報を聞き、急ぎ山頂を目指す。山姫がもういない以上、山姫がいる場所に向かう意味はない。
「…………なんだ?」
「どうした?」
 植物の声を聞いていた梛が動揺の声をあげる。木行の力で植物から『斬鉄』の話を聞いていたのだが、ある瞬間を境に急変したのだ。
『斬鉄』が刀を振るった瞬間から。
 怪訝に思ったゲイルが尋ねる。なんとも説明しようのないことに、梛は起きたことをそのまま説明した。
「いや、木の声が急に聞こえなくなったんだ」


「おいおい。ただの人間か。山姫の仲間か連れ添いと思ったんだがな。
 今日は気分がいい。そのまま帰りな」
 若干肩透かしを食らったかのような『斬鉄』の声。山姫の仇を打とうとしている部下か何かだと思っていたのだろう。古妖では無い人の姿に肩をすくめ、軽く手を振った。このまま帰ることは可能だろう。
「ハイキングは楽しかったか? そういや確かこの山二十七年前に噴火活動があったらしいけど、もしかしてあんた此処におったとか?」
「そんなこともあったのか。ちっ、その時に居りゃ、もう少し面白いことになったのにな」
 凛の質問に舌打ちをして悔しがる『斬鉄』。少なくとも二十七年前の噴火とは何の関係もなさそうである。
「ふうん。ところでごつい構えなんやな。四本腕の剣術なんか何処で学んだん?」
「んなもん習えるわけねぇだろう。我流だよ。阿修羅やナタクあたりに弟子入りすればそういうのも学べたんだろうがな」
「いるんか、阿修羅とかナタクとか神様やで!?」
「知らねぇよ。でもいるんじゃねえか」
 剣術家としてなんとなく気になったことを聞く凛。面倒そうな顔をしながらわざわざ答える『斬鉄』。
「はー。上には上があるって知ってたけど、神様に弟子入りとかすごいレベルだよな」
 強さ談義となったのでなんとなく口を挟む遥。自分がどこまで強くなるか。それを求めるのが格闘家の欲だ。自分より強い相手に挑み、学んで研鑽するのが強くなる道。その相手が神様ともなれば、かなりの強さを得られるのだろう。
「物の例えだよ。俺だって強いからと言ってスサノオみたいなのに弟子入りしたくはねぇしな。母の国に帰りたいって泣き叫ぶんだぜ」
「そりゃ確かに弟子入りしたくないよなぁ」
 うんうんと頷く遥。自分の師匠がマザコンだった、と知れば敬意も薄れる。
「もしかしてとは思うけど、ここが特異点でその力を得に来たとか?」
「半分あたりで半分外れだ」
 奏空の問いかけに『斬鉄』はそう答える。
(特異点であることがあたりで、力を得に来たのが間違い? どちらにせよ雲仙岳が特異点であることが関係しているのは確かなのかな?)
『斬鉄』の答えを元に推測を深める奏空。少なくとも特異点の力を得てパワーアップ……というモノではないだけよかったと思うべきなのだろうか。
「なあ、斬鉄。鉄平」
 ジャックは笑顔で『斬鉄』に語りかける。
「呼び名はどっちかにしてくれ」
「じゃあ鉄平。俺たちとあそぼう。ああいや、そんな剣呑な遊びじゃなく」
 大妖が手にした刀を意識しながら守護使役に収納させた将棋盤を取り出した。
「将棋か」
「おう。鉄平、将棋は打てるのか? 将棋やろう!
 俺が勝ったら、源素について教えてくんね? どんな現実でも受け止めてみせるから知りたいんよ。負けたら――」
「負けたらお前達のことを教えてくれるんだろうな?」
「…………う」
 負けた時の条件を先に言われ、口ごもるジャック。最初は自分の肉体をかけるつもりだったが、仲間に迷惑がかかる可能性になれば話は別だ。しかも情報と情報。ベットとしては釣り合いが取れている。
「ま、将棋は嫌いじゃねぇ。条件なしで遊んでやるぜ」
 駒を並べ始める『斬鉄』。その対面に座るジャック。そして――
「ま、負けた……」
 言って崩れ落ちるジャック。これで五連敗である。負けるたびに切られるという条件だったら、今頃命はなかっただろう。
(『斬鉄』……性格は戦闘好き。かといって猪突猛進でもなく、戦略を組むだけの頭脳もある)
 凜音は『斬鉄』を観察しながら、その性格を計っていた。その気になればこの場の覚者を一掃できるだけの力を持ちながら、将棋のような『遊び』に付き合う器量もある。大妖は人間の敵だが、人間を積極的に滅ぼしたいかと言われると違うようだ。
(だからと言って『善い奴』かというとそうでもない。むしろ遊びで人間を殺そうとするあたりが厄介だ。気まぐれでAAAを滅ぼしたのが大妖一夜なら、いつか『その気』になって牙を向きかねない)
 心の中で思考する凜音。憎いなら憎しみの条件を調べ、妥協することが出来る。だが理由が特にないのなら、理知的に防ぐことはできない。無理やりにでも『人間と対峙するのは利がない』と思わせるか別のモノに興味を持ってもらうか。
「『斬れないものはない』と言ったな」
 山頂にやってきたゲイルは、将棋盤を片付けていた『斬鉄』に問いかける。唇を笑みに変え、『斬鉄』は答える。
「おう。その通りだ」
「『鉄でも斬れる』ではなく『斬れないものはない』。なのに異名は『斬鉄』か」
「ハッタリと思うか?」
「いや。ハッタリではないのだろうな」
 誇張表現は弱い者が自らを強く見せるために行う事だ。だが『斬鉄』は強い。大妖がハッタリで自らを強くする意味はない。
「つまり、それが能力のヒントなのだろう。『鉄を斬る』ことが『斬れないものはない』事と同じ意味。そして先ほど起きた異常事態」
「植物の声が聞こえなくなる事象。あれはアンタが引き起こしたんだね」
 梛の言葉に沈黙のままに笑みを浮かべる『斬鉄』。
「成程。つまり『斬鉄』とは――」
 成はこの山で起きたことを整理しながら推測を組み立てた。
『何か』を斬った大河原鉄平。それにより狂ったように暴れ出した山姫。同時刻、植物の声が聞こえなくなった事象。つまり『斬鉄』が斬ったものとは――
「――自然そのもの。おそらく源素すら切れるのでしょう。
 この山に来たのはおそらく腕試し。この山の『力』を斬ることが出来るかどうかを試しに来た、という所でしょう」
 山に住む山姫が狂ったように襲い掛かってきたのは、おそらく山の力ともいえる『何か』を斬られたからだろう。山姫が『斬鉄』の到来を知ったのは、山の力が山姫に危機を告げたからか。
 植物の声が聞こえなくなったのは、山に満ちた木の源素を絶たれたから。となれば妖の発生も何らかの源素を絶ったからという可能性もある。
「その通り。かつて存在した『金』の源素。それを斬ったのが『斬鉄』の由来だ」
 成の推測を肯定する大河原鉄平。自らの二つ名の真実。大河原鉄平と呼ばれる大妖の力の意味にして、その根幹。
「『金』の源素……? なんだそれは?」
「それに関しては知らなくてもいいさ。金行の隙間を埋めるように『雷』が転じて『天』になっちまったがな。ああ、洒落じゃねえぜ。それよりも――」
 聞いたことのない源素の名前に首をひねる覚者。手を振って『斬鉄』は立ち上がる。赤い瞳が射貫くように鋭く輝いた。
「お前達を殺す理由が出来たな。何せ俺の秘密を知っちまったんだ。残念だが口止めの為に死んでもらうぜ」
「その割に、隠す気はあまりなさそうでしたね」
「そりゃそうさ。迷い込んだ鼠を殺すよりは、勇猛果敢に挑むやつを倒す方がやりがいがある。
 精々抗いなよ、覚者。そちらの老体の言う事が正しいなら、お得意の源素に頼った戦いは難しいだろうからな!」
 四本の刀を抜き、大妖が殺意を膨らませる。
 神具を構え、覚者達は大妖に相対した。


 覚者達は苦戦を強いられた。
 大妖と人間という純粋な種族の差もあるが、覚者の力の源である源素を斬る『斬鉄』の能力は、攻撃のテンポを大きく狂わせる。特に水行の回復が封じられるのが痛かった。回復を阻害され継戦能力が激減する。
「撤退しましょう」
「異議なし!」
 成の言葉に頷く覚者。元より大妖との戦闘を行うつもりはない。相手の能力の一旦は知れたのだ。それだけでも善しとしよう。
 だが、大妖がそれを許すわけがない。四本の刀を振るい、覚者を追い詰めていく。逃げようとする先々に回り込まれる。山頂という狭い足場もあってか、逃げる未知が少しずつ失われていく。
「源素を斬る、とは言いましたがあくまで一時的な事のようですね」
「まあな。力を込めても一時間程度。戦闘の最中だと十数秒程度だ」
 切り傷の痛みに耐えながら成は『斬鉄』に語りかける。勝者の余裕か、あるいはもともとそういう性格なのか。成の言葉に答えを返す『斬鉄』。
「自然そのものを生命とみた場合、それらにも回復能力があるのでしょう。つまりその根幹までは斬れていない……と言った所でしょうか」
「そういう事だ。修行不足痛み入るね」
 成の言葉を素直に認める『斬鉄』。不服を認めさらなる研鑽に挑む。これだけの力を持ちながら、しかし修行が足りぬと己を恥じる。
「ちっくしょう。全く『戦い』にならねぇな!」
「はは。何しても刀届く気せんわ」
 遥と凛が肩で息をしながら『斬鉄』を睨む。持ちうるすべての技術をもって挑んでいるのだが、何ひとつ通じる気がしない。二人は体術中心なので源素斬りの能力の影響を受けてはいないのだが、純粋な実力差がありすぎる。
「回復を封じられるのは厳しいな……」
「全くだ。源素が使えない、っていうのはこんな感じなのか」
 回復を主とするゲイルと凜音は増え続ける傷を前に歯軋みしていた。いつもなら容易に癒せる傷も、今はただ見ているしかできない。
「くそ、こんな所で負けてたまるか!」
「俺が犠牲になる! だからほかの奴らは逃がしてくれ!」
 気合で忍者刀を振るう奏空と、自らを生贄にして他人を逃がそうとするジャック。裂帛の一閃も四本の刃には通じず、情に訴えても大妖の心には響かない。
 絶体絶命。嵐の前の小舟の如く、迫りくる大波に絶望する覚者達。
「……なんだ?」
 梛が気付いたのは小さな息吹と、同属の気配。息吹は『斬鉄』に斬られた植物の声。それはこの山の植物の力が蘇りつつある証拠だった。
『力を込めても一時間程度』……それだけの時間が経ち、山という生命が目覚め始めたのだ。それは弱々しい息吹だが、確かな蘇生だ。そして――
「テッペー! コ、コロオオオオオオオオス!」
 山と共に存在する古妖も僅かながら息を吹き返す。灰となって散ったはずの古妖が山と共に息を吹き返し、大河原鉄平の背後から襲い掛かる。
「てめぇ、この死にぞこないが!」
「一緒ニ、落チロオオオオオオ!」
 山姫が方向をあげると同時、山頂の足場が崩れ始める。『斬鉄』は足を踏み外し、山頂から山姫と共に転げ落ちていく。土煙が舞い上がり、山姫と『斬鉄』の姿を覆い隠す。
「助けて……くれたのか?」
「さあどうでしょう。ともあれ今が好機です。大妖があの程度で死ぬとは思えません」
「……だな」
 覚者達は頷き、急いで下山する。
 この情報を持ち帰ることが、明日の日本の為。重い足取りだが、その一歩は強く踏みしめられていた。


 途中、登山時にスルーした妖と遭遇し、予想外の時間と怪我を負ったが覚者達は無事に麓にたどり着く。
 麓で待っていたFiVEスタッフの車に乗りこみ、眠るように意識を失う。気が付いた時には、、五麟市の病院のベットの上だった。聞けば三日ほど寝込んでいたという。
 雲仙岳は異例の登山禁止令が敷かれた。凶悪な妖が出没したという理由だ。大妖の存在は混乱を避けるために伏せられた。覚者チームが結成されて雲仙岳を捜索したが、大妖の姿は既になかった。
 大妖と呼ばれる存在の弱点や特性を知るには至らなかったが、その能力の一端を知ることが出来た。これが大妖攻略の足掛かりになるかは、まだわからない。
 だが人類が大妖に対し怯えて縮こまるのではなく、情報という確かな抗いを見せた瞬間だった。

 大妖との闘いは、まだ始まったばかりだ――




■あとがき■

 
 情報追加

『斬鉄』 P かつて存在した『金』属性を斬った証。すなわち源素自体を斬る能力。特定の属性を一つ選び、そのターンの間その属性の術式を使用不可にする。




 
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