迷走のAAA
●
かつて仲間であった男の顔面に、村井清正は思いきり拳を叩き込んだ。火行械の、赤熱する鉄の拳。
「貴様らぁあああッ! AAAの誇りを、魂を、京都へ置き忘れて来たのかっ!」
「村井さん、落ち着いて村井さん」
木行獣・寅の吉江博文が、止めに入って来る。
某県の刑務所が、隔者の集団による襲撃を受けた。
襲撃者は7人。かつてAAAの覚者であった男たち。
その全員が今、死体寸前の有り様で倒れている。
彼らに殺されるところであった受刑者たちが、あちこちで怯え、泣きじゃくっていた。
怪我人もいる。水行翼の西村貢が、治療術式を施して回っているところだ。
吉江が言った。
「ともあれ、人死にが出なくて良かったですね」
「さぞかし……無様に見えているだろうな。AAAの今の有り様が、お前たちには」
村井は呻いた。
「大妖に潰され、組織を失い……くだらんプライドが邪魔をしてファイヴと共に戦う事も出来ず、隔者に堕ちる……何か1つ間違えば俺も、そう成り果てていたところだ」
「僕も同じようなものですよ、村井さん」
吉江が微笑む。
「僕は破綻者でした……ファイヴの覚者たちが、命がけで助けてくれたんです。彼らと共に戦えるのが、今の僕の誇りです。村井さんも、そうでしょう?」
「……まあ、な」
「俺は、ファイヴか七星剣かの二択だったよ」
西村が、歩み寄って来て言った。
「ファイヴに拾ってもらって良かったと思ってる。七星剣に行ってたら……こいつらと同じ事に、多分なってた」
「……我らは、七星剣ではないぞ……」
赤熱する拳の跡を顔面に刻印された1人が、弱々しく声を発した。
「我々は……隔者組織に属して、何か命令を受けたわけではない。己の意思で」
「己の意思で、このようなトチ狂った様を晒しているのか貴様!」
村井はまたしても拳を振るおうとして、吉江に止められた。
今や村井に殴り殺される寸前の男が、なおも呻く。
「トチ狂わねばならんのだよ、我らは……大妖どもを、倒すために……」
「何を……!」
「村井よ、覚者が狂えばどうなる。殺戮に狂い果てた覚者が、最終的にどこへ到達すると思うのだ」
「まさか……」
吉江が、息を呑んだ。
「貴方たちは、まさか……」
「そこへ到達せねば……大妖どもと戦うなど、夢のまた夢よ……」
灼けた拳の跡を刻印された顔面で、男はニヤリと笑った。
「刑務所など、いくらでもある……動いているのは、我々だけではない」
●
自分たちが守らなければならないのは、罪なき人々だけだ。犯罪者は殺してもいい。
武崎将人は、そう思っていた。つい先程までは。
刑務所内に侵入し、受刑者を片っ端から殺戮しようとした
ところで武崎は、この光景を目の当たりにする事となった。
妖の群れが、受刑者たちを襲っている。
人の形をした炎、とでも言うべき姿の妖たちと、武崎は気が付けば戦っていた。
「早く逃げろ!」
恐慌に陥った受刑者たちに、そう叫びながら。
「……くそっ、俺は何をしている一体!」
受刑者たちを殺し、血に狂い、あの到達点へと至る。それが目的であったはずなのだが。
力強い足音が、聞こえた。
「来たか、ファイヴ……」
ちょうど良い、と武崎は思った。
ゴミ同然の受刑者や、雑魚の妖では駄目なのだ。
もっと格上の相手と戦い、殺し、高次元の闘争と殺戮に狂う。そうでなければ、
「破綻する事など、出来ない……!」
破綻者となる。
大妖と戦うには、それしかないのだ。
かつて仲間であった男の顔面に、村井清正は思いきり拳を叩き込んだ。火行械の、赤熱する鉄の拳。
「貴様らぁあああッ! AAAの誇りを、魂を、京都へ置き忘れて来たのかっ!」
「村井さん、落ち着いて村井さん」
木行獣・寅の吉江博文が、止めに入って来る。
某県の刑務所が、隔者の集団による襲撃を受けた。
襲撃者は7人。かつてAAAの覚者であった男たち。
その全員が今、死体寸前の有り様で倒れている。
彼らに殺されるところであった受刑者たちが、あちこちで怯え、泣きじゃくっていた。
怪我人もいる。水行翼の西村貢が、治療術式を施して回っているところだ。
吉江が言った。
「ともあれ、人死にが出なくて良かったですね」
「さぞかし……無様に見えているだろうな。AAAの今の有り様が、お前たちには」
村井は呻いた。
「大妖に潰され、組織を失い……くだらんプライドが邪魔をしてファイヴと共に戦う事も出来ず、隔者に堕ちる……何か1つ間違えば俺も、そう成り果てていたところだ」
「僕も同じようなものですよ、村井さん」
吉江が微笑む。
「僕は破綻者でした……ファイヴの覚者たちが、命がけで助けてくれたんです。彼らと共に戦えるのが、今の僕の誇りです。村井さんも、そうでしょう?」
「……まあ、な」
「俺は、ファイヴか七星剣かの二択だったよ」
西村が、歩み寄って来て言った。
「ファイヴに拾ってもらって良かったと思ってる。七星剣に行ってたら……こいつらと同じ事に、多分なってた」
「……我らは、七星剣ではないぞ……」
赤熱する拳の跡を顔面に刻印された1人が、弱々しく声を発した。
「我々は……隔者組織に属して、何か命令を受けたわけではない。己の意思で」
「己の意思で、このようなトチ狂った様を晒しているのか貴様!」
村井はまたしても拳を振るおうとして、吉江に止められた。
今や村井に殴り殺される寸前の男が、なおも呻く。
「トチ狂わねばならんのだよ、我らは……大妖どもを、倒すために……」
「何を……!」
「村井よ、覚者が狂えばどうなる。殺戮に狂い果てた覚者が、最終的にどこへ到達すると思うのだ」
「まさか……」
吉江が、息を呑んだ。
「貴方たちは、まさか……」
「そこへ到達せねば……大妖どもと戦うなど、夢のまた夢よ……」
灼けた拳の跡を刻印された顔面で、男はニヤリと笑った。
「刑務所など、いくらでもある……動いているのは、我々だけではない」
●
自分たちが守らなければならないのは、罪なき人々だけだ。犯罪者は殺してもいい。
武崎将人は、そう思っていた。つい先程までは。
刑務所内に侵入し、受刑者を片っ端から殺戮しようとした
ところで武崎は、この光景を目の当たりにする事となった。
妖の群れが、受刑者たちを襲っている。
人の形をした炎、とでも言うべき姿の妖たちと、武崎は気が付けば戦っていた。
「早く逃げろ!」
恐慌に陥った受刑者たちに、そう叫びながら。
「……くそっ、俺は何をしている一体!」
受刑者たちを殺し、血に狂い、あの到達点へと至る。それが目的であったはずなのだが。
力強い足音が、聞こえた。
「来たか、ファイヴ……」
ちょうど良い、と武崎は思った。
ゴミ同然の受刑者や、雑魚の妖では駄目なのだ。
もっと格上の相手と戦い、殺し、高次元の闘争と殺戮に狂う。そうでなければ、
「破綻する事など、出来ない……!」
破綻者となる。
大妖と戦うには、それしかないのだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.隔者・武崎将人の撃破(生死不問)
3.なし
2.隔者・武崎将人の撃破(生死不問)
3.なし
今回の相手は、ランク1の妖8体、そして破綻者志望の隔者が1名で、詳細は以下の通り。
●炎人(8体)
自然系の妖、ランク1。成人男性サイズの人型を維持しながら燃え盛る炎で、攻撃手段は炎の手足による格闘戦(特近単)及び火球の発射(特遠単)。共に『火傷』付きです。
●隔者・武崎将人
男、23歳、水行暦。元AAA上級で、使用スキルは錬覇法、水龍牙、潤しの滴、斬・二の構え。グルカ・ナイフの二刀流が戦闘スタイルです。
時間帯は白昼。場所は某県の刑務所、屋外の広い作業場。
妖8体に武崎が取り囲まれているところへ、まずは覚者の皆様に駆け付けていただく事になります。逃げ惑う受刑者たちもいますが、戦闘の支障にはなりません。
妖が、皆様と武崎のどちらを攻撃するかは完全にランダムです。
8体の炎人は、武崎に対しては全員が前衛、覚者の皆様に対しては前衛3・中衛2・後衛3の陣形を構成しており、中衛の真ん中に武崎がいる形となります。
武崎は覚者の皆様との殺し合いを熱望しておりますが、まずは邪魔な妖を排除してから、という事になるでしょう。
普通に戦って体力がゼロになれば、武崎は戦闘不能になります。生殺与奪の権は皆様にありますが万一、妖の攻撃がとどめとなった場合、武崎は死亡します。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年09月21日
2017年09月21日
■メイン参加者 6人■

●
逃げ惑う囚人たちを守って、1人の男が戦っている。8体もの妖を相手に、左右2本のグルカ・ナイフを振るってだ。
覚者。元AAA上級・武崎将人。
その燃え盛る眼光が、こちらの覚者6名に向けられてくる。
「来たかファイヴ……待っていろ、この雑魚どもを片付けてから貴様らの相手をしてやる」
「……待たねーよ。妖はとっとと片付けて、お前と話つける」
静かに怒りを燃やしているのは『白の勇気』成瀬翔(CL2000063)である。
明るく笑う少年もいる。『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)だ。
「俺らと殺り合いてえなら受けて立つぜぇ喜んで。そのために邪魔なもの、さっさと片付けちまおうじゃねえの!」
抜き身の妖刀が、高々と掲げられる。
無数の何かが、豪雨の勢いで降り注ぐ。
「上手く避けねーとォ、ハンプティ・ダンプティの餌食になっちまうぜええ!」
言葉通り、と言うべきか、それらは小さな卵形の隕石だった。
炎の人型、としか言いようのない姿の妖たちが、隕石雨の直撃を受けて歪み、潰れかける。
そこへ、電光の嵐が襲いかかった。翔の『雷獣』だ。
炎人8体のうち、前衛の3体が、火の粉を散らせながら感電する。
「やるな貴様ら」
武崎が笑う。
「俺を、最強の破綻者へと進化させる……高次元の殺し合いが、出来そうだ」
「破綻者っての、そんなやり方で成れるモンなわけ?」
緒形譟(CL2001610)が言いつつ、何かを投擲する。
「なら、うちのクソ上司が成っちまってもおかしくねえ……いや本当に成っちまったら遠慮なく頭カチ割ってやるとこなんだがなー、あのクソ上司!」
轟音と光が、妖たちを猛襲した。閃光手榴弾だった。
怯む炎人たちに向かって『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)が弓を引く。矢を、つがえずに。
「武崎さん、今は共闘する時だと思う」
弦を手放し、弓を鳴らす。水滴が飛散した。
大量の水飛沫が渦を巻き、龍の形を成す。
一方、武崎はナイフを振るっていた。同じく水飛沫が散り、渦を巻いて龍と化す。
水行の覚者2人による、水龍牙である。
秋人のそれは、翔の電撃で半ば砕け散っていた炎人3体を、完全に消滅させた。
武崎の放った水龍牙は、そのまま彼の背後へと向かって暴れうねり、別の炎人3体を薙ぎ払う。
大量の水蒸気を発しながら、その3体が急激に痩せ細り、だが反撃を繰り出して来た。
発射された火球が3つ、それぞれ直斗を、翔を、秋人を、直撃する。
火の粉を散らせながら、秋人は呻いた。いくらか火傷を負った。それよりも、髪が焦げるのが気になった。
武崎も、同じように火の粉にまみれながら揺らいでいる。炎人2体による、燃え盛る剛腕の殴打を左右から喰らったところだ。
よろめく武崎を、巨大な水滴が直撃する。
「破綻……破綻者。こころが、壊れたら……なる、ね」
桂木日那乃(CL2000941)による『潤しの滴』であった。
「AAAのひと……こころ、こわれそう? な、の?」
「……いかにも。大妖どもは、我々の心を……へし折った……」
武崎は呻く。
「心が壊れて破綻者に成れるのならば、構わん……大妖どもを倒せるならば!」
霧が出て来た。
白色の濃霧が、攻勢に出ようとしていた炎人たちに絡みついてゆく。
「わかってない……心が壊れるっていうのが、どういう事か……」
迷霧だった。
それを発生させているのは『悪食娘「グラトニー」』獅子神玲(CL2001261)である。
「あれはね、苦しいよ……悲しいんだよ。おぞましいんだよ……」
●
「お前……破綻者がどんなもんか、本当にわかってるのか!」
火球の直撃を喰らいながらも、翔が激怒している。
当然だ、と直斗は思う。
破綻者になれば、大妖と戦う力が手に入る。そのような安直な考え方、破綻者と関わった事のある覚者であれば特に許せないものであろう。だが、自分は。
「翔は気ぃ悪くするかも知れねえが……俺はなあ武崎さん、そういう馬鹿な発想は嫌いじゃねえ。けど潰す」
火傷の痛みに耐えながら、直斗はちらりと玲に視線を向けた。
「まあその、個人的な理由でな!」
妖刀を掲げ、因子の力を燃やす。
電光が迸り、武崎の左右にいる炎人2体を直撃する。
「別に気、悪くはしねえよ。考え方は人それぞれだ。考え方だけならな」
言いつつ翔が、印を結ぶ。
B.O.T.が、炎人たちを貫通した。直斗の電光に灼かれていた1体と、武崎の水龍牙で消滅しかけていた1体が、完全に消え失せる。
「考えるだけじゃなくて実際、破綻しそうにでもなったら……ぶちのめすぞ、直斗」
「派手にやってくれ」
直斗が言うと、翔は微笑んだ。
「……直斗が破綻したらさ、でっかい兎になったりするの? ぶちのめしにくいなー」
「ならねえよ!」
「いいね、そいつは見てみたい」
言いつつ譟が、スレッジシャベルを持って踊る。
直斗の身体から、ひりつく火傷の痛みが消え失せた。
翔、秋人、そして武崎にも、同じ効果が及んだようだ。
「おう……何かと思えば、演舞・舞音か。助かったぜ」
直斗は言った。
「墓掘りをテーマにした、前衛舞踏かとも思ったけどな」
「オレのこのシャベルはな、うちのクソ上司の墓を掘るためにあるのさ」
「そのクソ上司って人、オレもよく知ってるけど」
翔も言った。
「……仲、悪いの?」
「上司は部下に何でも丸投げ、部下は隙あらば上司の寝首を掻こうとする。理想的な上下関係よ」
「まるでAAAだな」
会話に加わりながら武崎が、2本のグルカ・ナイフを一閃させる。斬・二の構え。
直斗の電撃に灼かれていた炎人の1体が、ズタズタに斬り散らされて消滅した。
「貴様らファイヴのように、上も下もベタベタと馴れ合うよりは遥かにまし……そう思っていたが、AAAは滅びてファイヴは生き残った」
「俺たちだって、馴れ合っているわけじゃあないよ」
秋人の言葉に合わせて、潤しの雨が、武崎を含む覚者たちに優しく降り注ぐ。
「それにAAAも、滅びたわけじゃないだろう。立て直すのはキミたちの役目だと思う」
「そのためにも大妖どもを滅ぼす!」
「……破綻者になって……そんな事、出来るとでも……?」
玲が、声を微かに震わせながら前に出ようとする。武崎に、詰め寄ろうとする。
「本当に、そう思ってるなら……僕は許さないよ、武崎さん」
ふらりと前進しかけた玲が、よろめいて火の粉を散らした。
残り2体となった炎人たちが、火球を放ったのだ。玲は、直撃を喰らっていた。
「玲さん!」
「……大丈夫だよ、直くん」
強気な言葉を発する玲を、日那乃が翼で包み込む。
「無茶は、駄目……あなた、危なっかしい」
その翼から潤しの滴が生じ、玲の身体に染み込んでゆく。
「あ……ありがとう、日那乃さん」
「わたしたち、中衛と後衛……前に出ちゃ、駄目。前衛でお説教するの、鈴白先生の役目、だから」
「そういう事。だけどね、破綻者になりたいなんて言っている子には……お説教、だけじゃ済まないかもね」
秋人は言い、武崎は笑う。
「体罰でも喰らわせてくれるのか? いいぞ、俺を追い込め。破綻せざるを得ないところまで」
「……ふざけるな!」
玲の怒声に応じて荒波が生じ、炎人の最後の2体を押し流して消滅させた。
「破綻者になれば大妖に勝てる? そんなわけない!」
「貴様は……」
「……そうだよ。僕は、破綻者だった」
玲は今、己の心の瘡蓋を剥がし、傷口を抉り広げている。
「ただ暴れて、大勢の人を傷付けるだけ……破綻者なんて、それだけのものでしかない」
「自分が破綻者になれば、もっと上手くやれる」
秋人が言った。
「……なんて思ってる? 武崎さん」
「だとしたら、オレも許さねーぞ!」
翔が叫ぶ。
「破綻者になって、大妖を倒した後で都合良く元に戻れる、つもりでいるわけじゃねーだろうな!? 言っとくけどな、元に戻れる程度の破綻じゃあ大妖には勝てねえぞ。大妖と戦えるかも、ってレベルの破綻者はな」
翔が口ごもり、玲が促した。
「構わない。言って翔さん、化け物だって」
「……そうだ……化け物だ……」
翔もまた、己の心の傷を抉っている。瘡蓋に覆われていた記憶を、呼び起こしている。
「仮に大妖を倒せたとしても、お前が新しい大妖になっちまうのと同じ事じゃねえのかよ!」
「……俺の、理想だ」
武崎が、牙を剥いた。
「都合良く元に戻ろうとは思わん。人間など、やめてやる」
「お前……!」
「貴様たち、思わなかったのか。破綻者と戦った事があるのなら」
武崎は吼えた。
「奴らのように、なりたいと……あの力が欲しいと、あの力があればと! 貴様ら、思った事は1度もないと言うのかあッッ!」
「バカやろう、そんなもん……」
踏み込みながら、直斗は叫びを飲み込んだ。
(あるに決まってんだろーがぁああああっ!)
●
生死をかけたスピード勝負にしか使えない車。公道を走る事は出来ない。動く事故車のようなもの。
それが破綻者だ、と譟は思っているが、玲の前で言える事ではない。
破綻者になりたいなどという言葉、彼女の逆鱗に触れるものでしかないであろう。
だが今、下手をすると玲よりも直斗の方が激怒している。
兎とは思えぬ獣の咆哮に合わせて『妖刀ノ楔』が一閃、武崎を直撃していた。
翔も負けず劣らず、憤激している。
「お前の考えはよくわかった、だからオレも自分の考えを押し通す……破綻なんて絶対させねー!」
B.O.T.が、翔の結んだ印から迸り出て武崎を穿つ。
よろめく武崎に、譟は右手の人差し指を向けた。拳銃の形だ。
「花火大会は好きよ、綺麗なだけだからね……ってのは、うちのクソ上司の言葉だが」
銃口である指先から、植物の種が射出される。
「アンタは実弾で打ち上げ花火をやろうとしてる。人死にが出るから、やめとけ」
種が、武崎の身体にめり込みながら芽吹き、荊となった。
鋭利な荊が、武崎の全身を縛り上げて鮮血をしぶかせる。
「見ての通りよ鈴白先生。体罰は、オレたちに任せとけって」
譟に続いて、直斗が言った。
「そうそう。新任の先公様に、そんな事させられねえよ」
「お気遣い感謝する。だけど俺もね、綺麗事だけの教師になるつもりはないから」
にこりと笑いながら秋人が、直斗の肩を軽く叩く。
「覚者の仕事、疲れるだろうけど……授業中の居眠りは程々にね? 寝言、みんなに聞こえているから」
「寝言……」
直斗が青ざめた。
「お、俺、一体何を……あっいや言わなくていいけど」
「言ってくれよ先生! 直斗の奴、どんな寝言」
面白がっている翔の肩にも、秋人は手を置いた。
「キミはキミで、授業中に早めの昼食を摂るのは控えるように」
「えっ、何でバレてんの……」
「翔の早弁、みんな、知ってる」
「ちくったのかよ~日那乃ぉ」
「ちくらなくても、みんな、知ってる」
そんな会話を放置したまま、秋人は武崎の方を向いた。
「御覧の通りの組織だよファイヴはね。元AAA関係者に、こういうノリを受け入れられない人たちがいるのは知っている。だから無理に協調してくれる必要はない。新しいAAAを立ち上げるために、ファイヴを色々と利用すればいい」
秋人の口調が、いくらか強くなってゆく。
「……キミの独力で大妖と戦おうとするから、破綻なんて考え方が出て来る。そんな特攻みたいなやり方じゃ、良くても大妖と相討ちだ。その後は? 覚者というのは、大妖を斃した時点で用済みになってしまうのかい?」
「その後……だと……」
荊を引きちぎりながら、武崎はグルカ・ナイフを振るった。水飛沫が、大量に飛散した。
「大妖どもを、斃す目処も付かぬ現状で、斃した後の事など! 考えている余裕が我々にあると思うのか貴様ぁああっ!」
巨大な水の龍が、出現していた。
一方、秋人も弓を鳴らした。水飛沫が飛び、龍が現れて牙を剥く。
「後先考えずに今、目の前にいる敵に全力で対処する。それが間違っているとは言わないけれど……大妖との戦いには、もっと長期的な対策が必要になると俺は思う」
2頭の水龍が、ぶつかり合った。武崎と秋人、両名による水龍牙。
水蒸気爆発にも似た衝撃が、武崎を吹っ飛ばした。
こちら側の前衛3名……直斗と翔それに秋人も、吹っ飛んで地面に激突していた。
「翔も言ってた、けど」
3人を庇うように、日那乃が翼を広げる。
「あなたが破綻して、大妖を斃して、だけど新しい大妖と同じ、に、なったら……誰が、あなたを止める?」
「そのような事……ッ」
武崎が辛うじて立ち上がり、答えようとするが、日那乃は言わせなかった。
「自分で、命を絶つ……なんて無し。絶対、許さない」
日那乃の翼がバサッ! と空気を殴打する。
旋風が巻き起こり、巨大なエアブリットとなった。
「あなたが死んだら、あなたも被害者……わたし被害者出るの、絶対、嫌」
旋風の砲弾が、武崎を直撃する。
猛回転しながら倒れ伏す武崎に、日那乃はなおも語りかけた。
「大妖と戦う気、ある、なら……生きて、手伝って」
「そうだよ……生きなきゃ、駄目」
言いつつ玲が、直斗を抱き起こす。
「大妖に対抗しようと頑張っている武崎さんは、立派だと思います……だけど破綻なんて安易な暴走、やめて下さい。武崎さんは、ここの受刑者さんたちを助けていましたよね。破綻者になったら、そんな優しい貴方はいなくなってしまう……」
「だから……俺が、止める」
直斗の身体に、玲の想いが流れ込んで行く。蒼炎の導。
護りの力を得た直斗が、玲の抱擁から飛び出して妖刀を振るう。
激鱗。
その一閃が、武崎を打ち据えた。
「み……峰打ち、だと……」
武崎が激しくよろめき、だが倒れない。
「貴様、俺を生かすつもりか! 死ぬほどの戦いでなければ破綻者には成れんと言うのに!」
「まだ、そんな事を……!」
翔が、雷獣を放つ。そして譟も、植物の種を発射する。
「相手は大妖、規格外だぜ。個人が強くたって意味はねえんだ」
電光が、荊が、武崎の全身を束縛する。
「規格外に対抗するには装備と連携、それを使いこなす練度……要するに数の力よ。アンタもな、生き残って数に加われ」
「個の力を、伴わない物量など……っ!」
左右2本のグルカ・ナイフが、電光と荊を蹴散らすように激しく閃いて直斗を直撃する。斬・二の構え。
「直くん……!」
玲が、息を飲みながら悲鳴を漏らす。
蒼炎の導に護られた直斗が、鮮血をしぶかせ、だが辛うじて絶命せず笑った。
「破綻するのは意外に簡単、って言ってた人がいるんだけどよ……アンタじゃ無理だ。破綻者になるにはな、人間ってものにもっと絶望しなきゃ駄目なんだと思う。ここの囚人連中を、ついうっかり助けちまうような武崎さんじゃあ絶対無理」
「貴様たちは……」
武崎が呻き、倒れてゆく。
その身体に、気で組成された矢が突き刺さっている。
「人のままで、大妖どもに勝てると……思っているのか……」
「勝てない、と思っているなら……もっと冷静になった方がいい」
秋人が、弓を下ろす。その弓がB.O.T.を放ったところである。
「冷静に考え抜いて、その結論に達したのなら……あまりにも思考力が足りない、と思う。だから、俺たちと一緒に考えよう」
●
日那乃の『潤しの滴』で、武崎は体力を回復させた。が、もはや戦う意志は折れている。
玲から餌のごとく与えられた中華まんをガツガツと喰らいながら、武崎は泣いていた。
「破綻者に、成れなかった……大妖と戦う、唯一の手段がぁ……」
「鈴白先生も、言ってた。わたしたちと一緒に、考えて」
日那乃は言った。
「大妖との戦い、きっと長くなる……今は時間稼ぎしか出来ない、かも、だけど。その時間で、助けられるひと増える」
「その時間で大妖どもが、より多くの人間を殺すとは考えられないのか……」
「そうさせないために、わたしたち、いる。あなたも、いる」
泣きじゃくる武崎を、日那乃はじっと見つめた。
「みんなが、いる」
覚者たちを、日那乃はふわりと翼で指し示した。
秋人が、怪我をした受刑者たちに治療術式を施している。
譟は、スマートフォンに向かって何事か怒鳴っていた。上司とやらに報告をしているようだ。
直斗は、玲に詰め寄られていた。
「大丈夫? ねえ直くん大丈夫なの? あんな無茶をして……約束、覚えてるよね? ちゃんと守ってくれないと、僕また」
「わかってる、わかってるって。約束……忘れちゃ、いねえよ。それより玲さんも、怪我ねえかい」
日那乃の全身が、むず痒くなった。見ていられないので無視をする、にしても声は聞こえてしまう。
「終わったな、日那乃。お疲れさん」
翔が話しかけてきてくれたので、助かった。
「翔も……前衛、大丈夫だった?」
「ああ。もうちょっと身体、鍛えねえとなーとは思う」
言いつつ翔は、頭を掻いた。
「……AAAの連中、大妖一夜がよっぽどトラウマになっちまってる。何かやらかす連中、まだいるかもな。まあ村井さんみたく、俺たちと一緒に戦ってくれる人も多いけど」
「村井さんも元気でやってるみてえだな。吉江さんや貢さんもよ」
玲から逃げるように、直斗が言った。ちなみに玲は逃さず、直斗の袖を掴んでいる。
「今度一緒に、飯でも食いてえな」
「村井さんか。犬嫌い、治ったのかなー」
翔の言葉に答えたのは、武崎だった。
「無理だ。村井五等の犬嫌いはな、それこそ大妖へのトラウマによるもの……あの男も、俺も、黒沼たちもな……大妖への恐怖からは、逃げられん……お前たちは、大妖が恐くはないのか……」
逃げ惑う囚人たちを守って、1人の男が戦っている。8体もの妖を相手に、左右2本のグルカ・ナイフを振るってだ。
覚者。元AAA上級・武崎将人。
その燃え盛る眼光が、こちらの覚者6名に向けられてくる。
「来たかファイヴ……待っていろ、この雑魚どもを片付けてから貴様らの相手をしてやる」
「……待たねーよ。妖はとっとと片付けて、お前と話つける」
静かに怒りを燃やしているのは『白の勇気』成瀬翔(CL2000063)である。
明るく笑う少年もいる。『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)だ。
「俺らと殺り合いてえなら受けて立つぜぇ喜んで。そのために邪魔なもの、さっさと片付けちまおうじゃねえの!」
抜き身の妖刀が、高々と掲げられる。
無数の何かが、豪雨の勢いで降り注ぐ。
「上手く避けねーとォ、ハンプティ・ダンプティの餌食になっちまうぜええ!」
言葉通り、と言うべきか、それらは小さな卵形の隕石だった。
炎の人型、としか言いようのない姿の妖たちが、隕石雨の直撃を受けて歪み、潰れかける。
そこへ、電光の嵐が襲いかかった。翔の『雷獣』だ。
炎人8体のうち、前衛の3体が、火の粉を散らせながら感電する。
「やるな貴様ら」
武崎が笑う。
「俺を、最強の破綻者へと進化させる……高次元の殺し合いが、出来そうだ」
「破綻者っての、そんなやり方で成れるモンなわけ?」
緒形譟(CL2001610)が言いつつ、何かを投擲する。
「なら、うちのクソ上司が成っちまってもおかしくねえ……いや本当に成っちまったら遠慮なく頭カチ割ってやるとこなんだがなー、あのクソ上司!」
轟音と光が、妖たちを猛襲した。閃光手榴弾だった。
怯む炎人たちに向かって『秘心伝心』鈴白秋人(CL2000565)が弓を引く。矢を、つがえずに。
「武崎さん、今は共闘する時だと思う」
弦を手放し、弓を鳴らす。水滴が飛散した。
大量の水飛沫が渦を巻き、龍の形を成す。
一方、武崎はナイフを振るっていた。同じく水飛沫が散り、渦を巻いて龍と化す。
水行の覚者2人による、水龍牙である。
秋人のそれは、翔の電撃で半ば砕け散っていた炎人3体を、完全に消滅させた。
武崎の放った水龍牙は、そのまま彼の背後へと向かって暴れうねり、別の炎人3体を薙ぎ払う。
大量の水蒸気を発しながら、その3体が急激に痩せ細り、だが反撃を繰り出して来た。
発射された火球が3つ、それぞれ直斗を、翔を、秋人を、直撃する。
火の粉を散らせながら、秋人は呻いた。いくらか火傷を負った。それよりも、髪が焦げるのが気になった。
武崎も、同じように火の粉にまみれながら揺らいでいる。炎人2体による、燃え盛る剛腕の殴打を左右から喰らったところだ。
よろめく武崎を、巨大な水滴が直撃する。
「破綻……破綻者。こころが、壊れたら……なる、ね」
桂木日那乃(CL2000941)による『潤しの滴』であった。
「AAAのひと……こころ、こわれそう? な、の?」
「……いかにも。大妖どもは、我々の心を……へし折った……」
武崎は呻く。
「心が壊れて破綻者に成れるのならば、構わん……大妖どもを倒せるならば!」
霧が出て来た。
白色の濃霧が、攻勢に出ようとしていた炎人たちに絡みついてゆく。
「わかってない……心が壊れるっていうのが、どういう事か……」
迷霧だった。
それを発生させているのは『悪食娘「グラトニー」』獅子神玲(CL2001261)である。
「あれはね、苦しいよ……悲しいんだよ。おぞましいんだよ……」
●
「お前……破綻者がどんなもんか、本当にわかってるのか!」
火球の直撃を喰らいながらも、翔が激怒している。
当然だ、と直斗は思う。
破綻者になれば、大妖と戦う力が手に入る。そのような安直な考え方、破綻者と関わった事のある覚者であれば特に許せないものであろう。だが、自分は。
「翔は気ぃ悪くするかも知れねえが……俺はなあ武崎さん、そういう馬鹿な発想は嫌いじゃねえ。けど潰す」
火傷の痛みに耐えながら、直斗はちらりと玲に視線を向けた。
「まあその、個人的な理由でな!」
妖刀を掲げ、因子の力を燃やす。
電光が迸り、武崎の左右にいる炎人2体を直撃する。
「別に気、悪くはしねえよ。考え方は人それぞれだ。考え方だけならな」
言いつつ翔が、印を結ぶ。
B.O.T.が、炎人たちを貫通した。直斗の電光に灼かれていた1体と、武崎の水龍牙で消滅しかけていた1体が、完全に消え失せる。
「考えるだけじゃなくて実際、破綻しそうにでもなったら……ぶちのめすぞ、直斗」
「派手にやってくれ」
直斗が言うと、翔は微笑んだ。
「……直斗が破綻したらさ、でっかい兎になったりするの? ぶちのめしにくいなー」
「ならねえよ!」
「いいね、そいつは見てみたい」
言いつつ譟が、スレッジシャベルを持って踊る。
直斗の身体から、ひりつく火傷の痛みが消え失せた。
翔、秋人、そして武崎にも、同じ効果が及んだようだ。
「おう……何かと思えば、演舞・舞音か。助かったぜ」
直斗は言った。
「墓掘りをテーマにした、前衛舞踏かとも思ったけどな」
「オレのこのシャベルはな、うちのクソ上司の墓を掘るためにあるのさ」
「そのクソ上司って人、オレもよく知ってるけど」
翔も言った。
「……仲、悪いの?」
「上司は部下に何でも丸投げ、部下は隙あらば上司の寝首を掻こうとする。理想的な上下関係よ」
「まるでAAAだな」
会話に加わりながら武崎が、2本のグルカ・ナイフを一閃させる。斬・二の構え。
直斗の電撃に灼かれていた炎人の1体が、ズタズタに斬り散らされて消滅した。
「貴様らファイヴのように、上も下もベタベタと馴れ合うよりは遥かにまし……そう思っていたが、AAAは滅びてファイヴは生き残った」
「俺たちだって、馴れ合っているわけじゃあないよ」
秋人の言葉に合わせて、潤しの雨が、武崎を含む覚者たちに優しく降り注ぐ。
「それにAAAも、滅びたわけじゃないだろう。立て直すのはキミたちの役目だと思う」
「そのためにも大妖どもを滅ぼす!」
「……破綻者になって……そんな事、出来るとでも……?」
玲が、声を微かに震わせながら前に出ようとする。武崎に、詰め寄ろうとする。
「本当に、そう思ってるなら……僕は許さないよ、武崎さん」
ふらりと前進しかけた玲が、よろめいて火の粉を散らした。
残り2体となった炎人たちが、火球を放ったのだ。玲は、直撃を喰らっていた。
「玲さん!」
「……大丈夫だよ、直くん」
強気な言葉を発する玲を、日那乃が翼で包み込む。
「無茶は、駄目……あなた、危なっかしい」
その翼から潤しの滴が生じ、玲の身体に染み込んでゆく。
「あ……ありがとう、日那乃さん」
「わたしたち、中衛と後衛……前に出ちゃ、駄目。前衛でお説教するの、鈴白先生の役目、だから」
「そういう事。だけどね、破綻者になりたいなんて言っている子には……お説教、だけじゃ済まないかもね」
秋人は言い、武崎は笑う。
「体罰でも喰らわせてくれるのか? いいぞ、俺を追い込め。破綻せざるを得ないところまで」
「……ふざけるな!」
玲の怒声に応じて荒波が生じ、炎人の最後の2体を押し流して消滅させた。
「破綻者になれば大妖に勝てる? そんなわけない!」
「貴様は……」
「……そうだよ。僕は、破綻者だった」
玲は今、己の心の瘡蓋を剥がし、傷口を抉り広げている。
「ただ暴れて、大勢の人を傷付けるだけ……破綻者なんて、それだけのものでしかない」
「自分が破綻者になれば、もっと上手くやれる」
秋人が言った。
「……なんて思ってる? 武崎さん」
「だとしたら、オレも許さねーぞ!」
翔が叫ぶ。
「破綻者になって、大妖を倒した後で都合良く元に戻れる、つもりでいるわけじゃねーだろうな!? 言っとくけどな、元に戻れる程度の破綻じゃあ大妖には勝てねえぞ。大妖と戦えるかも、ってレベルの破綻者はな」
翔が口ごもり、玲が促した。
「構わない。言って翔さん、化け物だって」
「……そうだ……化け物だ……」
翔もまた、己の心の傷を抉っている。瘡蓋に覆われていた記憶を、呼び起こしている。
「仮に大妖を倒せたとしても、お前が新しい大妖になっちまうのと同じ事じゃねえのかよ!」
「……俺の、理想だ」
武崎が、牙を剥いた。
「都合良く元に戻ろうとは思わん。人間など、やめてやる」
「お前……!」
「貴様たち、思わなかったのか。破綻者と戦った事があるのなら」
武崎は吼えた。
「奴らのように、なりたいと……あの力が欲しいと、あの力があればと! 貴様ら、思った事は1度もないと言うのかあッッ!」
「バカやろう、そんなもん……」
踏み込みながら、直斗は叫びを飲み込んだ。
(あるに決まってんだろーがぁああああっ!)
●
生死をかけたスピード勝負にしか使えない車。公道を走る事は出来ない。動く事故車のようなもの。
それが破綻者だ、と譟は思っているが、玲の前で言える事ではない。
破綻者になりたいなどという言葉、彼女の逆鱗に触れるものでしかないであろう。
だが今、下手をすると玲よりも直斗の方が激怒している。
兎とは思えぬ獣の咆哮に合わせて『妖刀ノ楔』が一閃、武崎を直撃していた。
翔も負けず劣らず、憤激している。
「お前の考えはよくわかった、だからオレも自分の考えを押し通す……破綻なんて絶対させねー!」
B.O.T.が、翔の結んだ印から迸り出て武崎を穿つ。
よろめく武崎に、譟は右手の人差し指を向けた。拳銃の形だ。
「花火大会は好きよ、綺麗なだけだからね……ってのは、うちのクソ上司の言葉だが」
銃口である指先から、植物の種が射出される。
「アンタは実弾で打ち上げ花火をやろうとしてる。人死にが出るから、やめとけ」
種が、武崎の身体にめり込みながら芽吹き、荊となった。
鋭利な荊が、武崎の全身を縛り上げて鮮血をしぶかせる。
「見ての通りよ鈴白先生。体罰は、オレたちに任せとけって」
譟に続いて、直斗が言った。
「そうそう。新任の先公様に、そんな事させられねえよ」
「お気遣い感謝する。だけど俺もね、綺麗事だけの教師になるつもりはないから」
にこりと笑いながら秋人が、直斗の肩を軽く叩く。
「覚者の仕事、疲れるだろうけど……授業中の居眠りは程々にね? 寝言、みんなに聞こえているから」
「寝言……」
直斗が青ざめた。
「お、俺、一体何を……あっいや言わなくていいけど」
「言ってくれよ先生! 直斗の奴、どんな寝言」
面白がっている翔の肩にも、秋人は手を置いた。
「キミはキミで、授業中に早めの昼食を摂るのは控えるように」
「えっ、何でバレてんの……」
「翔の早弁、みんな、知ってる」
「ちくったのかよ~日那乃ぉ」
「ちくらなくても、みんな、知ってる」
そんな会話を放置したまま、秋人は武崎の方を向いた。
「御覧の通りの組織だよファイヴはね。元AAA関係者に、こういうノリを受け入れられない人たちがいるのは知っている。だから無理に協調してくれる必要はない。新しいAAAを立ち上げるために、ファイヴを色々と利用すればいい」
秋人の口調が、いくらか強くなってゆく。
「……キミの独力で大妖と戦おうとするから、破綻なんて考え方が出て来る。そんな特攻みたいなやり方じゃ、良くても大妖と相討ちだ。その後は? 覚者というのは、大妖を斃した時点で用済みになってしまうのかい?」
「その後……だと……」
荊を引きちぎりながら、武崎はグルカ・ナイフを振るった。水飛沫が、大量に飛散した。
「大妖どもを、斃す目処も付かぬ現状で、斃した後の事など! 考えている余裕が我々にあると思うのか貴様ぁああっ!」
巨大な水の龍が、出現していた。
一方、秋人も弓を鳴らした。水飛沫が飛び、龍が現れて牙を剥く。
「後先考えずに今、目の前にいる敵に全力で対処する。それが間違っているとは言わないけれど……大妖との戦いには、もっと長期的な対策が必要になると俺は思う」
2頭の水龍が、ぶつかり合った。武崎と秋人、両名による水龍牙。
水蒸気爆発にも似た衝撃が、武崎を吹っ飛ばした。
こちら側の前衛3名……直斗と翔それに秋人も、吹っ飛んで地面に激突していた。
「翔も言ってた、けど」
3人を庇うように、日那乃が翼を広げる。
「あなたが破綻して、大妖を斃して、だけど新しい大妖と同じ、に、なったら……誰が、あなたを止める?」
「そのような事……ッ」
武崎が辛うじて立ち上がり、答えようとするが、日那乃は言わせなかった。
「自分で、命を絶つ……なんて無し。絶対、許さない」
日那乃の翼がバサッ! と空気を殴打する。
旋風が巻き起こり、巨大なエアブリットとなった。
「あなたが死んだら、あなたも被害者……わたし被害者出るの、絶対、嫌」
旋風の砲弾が、武崎を直撃する。
猛回転しながら倒れ伏す武崎に、日那乃はなおも語りかけた。
「大妖と戦う気、ある、なら……生きて、手伝って」
「そうだよ……生きなきゃ、駄目」
言いつつ玲が、直斗を抱き起こす。
「大妖に対抗しようと頑張っている武崎さんは、立派だと思います……だけど破綻なんて安易な暴走、やめて下さい。武崎さんは、ここの受刑者さんたちを助けていましたよね。破綻者になったら、そんな優しい貴方はいなくなってしまう……」
「だから……俺が、止める」
直斗の身体に、玲の想いが流れ込んで行く。蒼炎の導。
護りの力を得た直斗が、玲の抱擁から飛び出して妖刀を振るう。
激鱗。
その一閃が、武崎を打ち据えた。
「み……峰打ち、だと……」
武崎が激しくよろめき、だが倒れない。
「貴様、俺を生かすつもりか! 死ぬほどの戦いでなければ破綻者には成れんと言うのに!」
「まだ、そんな事を……!」
翔が、雷獣を放つ。そして譟も、植物の種を発射する。
「相手は大妖、規格外だぜ。個人が強くたって意味はねえんだ」
電光が、荊が、武崎の全身を束縛する。
「規格外に対抗するには装備と連携、それを使いこなす練度……要するに数の力よ。アンタもな、生き残って数に加われ」
「個の力を、伴わない物量など……っ!」
左右2本のグルカ・ナイフが、電光と荊を蹴散らすように激しく閃いて直斗を直撃する。斬・二の構え。
「直くん……!」
玲が、息を飲みながら悲鳴を漏らす。
蒼炎の導に護られた直斗が、鮮血をしぶかせ、だが辛うじて絶命せず笑った。
「破綻するのは意外に簡単、って言ってた人がいるんだけどよ……アンタじゃ無理だ。破綻者になるにはな、人間ってものにもっと絶望しなきゃ駄目なんだと思う。ここの囚人連中を、ついうっかり助けちまうような武崎さんじゃあ絶対無理」
「貴様たちは……」
武崎が呻き、倒れてゆく。
その身体に、気で組成された矢が突き刺さっている。
「人のままで、大妖どもに勝てると……思っているのか……」
「勝てない、と思っているなら……もっと冷静になった方がいい」
秋人が、弓を下ろす。その弓がB.O.T.を放ったところである。
「冷静に考え抜いて、その結論に達したのなら……あまりにも思考力が足りない、と思う。だから、俺たちと一緒に考えよう」
●
日那乃の『潤しの滴』で、武崎は体力を回復させた。が、もはや戦う意志は折れている。
玲から餌のごとく与えられた中華まんをガツガツと喰らいながら、武崎は泣いていた。
「破綻者に、成れなかった……大妖と戦う、唯一の手段がぁ……」
「鈴白先生も、言ってた。わたしたちと一緒に、考えて」
日那乃は言った。
「大妖との戦い、きっと長くなる……今は時間稼ぎしか出来ない、かも、だけど。その時間で、助けられるひと増える」
「その時間で大妖どもが、より多くの人間を殺すとは考えられないのか……」
「そうさせないために、わたしたち、いる。あなたも、いる」
泣きじゃくる武崎を、日那乃はじっと見つめた。
「みんなが、いる」
覚者たちを、日那乃はふわりと翼で指し示した。
秋人が、怪我をした受刑者たちに治療術式を施している。
譟は、スマートフォンに向かって何事か怒鳴っていた。上司とやらに報告をしているようだ。
直斗は、玲に詰め寄られていた。
「大丈夫? ねえ直くん大丈夫なの? あんな無茶をして……約束、覚えてるよね? ちゃんと守ってくれないと、僕また」
「わかってる、わかってるって。約束……忘れちゃ、いねえよ。それより玲さんも、怪我ねえかい」
日那乃の全身が、むず痒くなった。見ていられないので無視をする、にしても声は聞こえてしまう。
「終わったな、日那乃。お疲れさん」
翔が話しかけてきてくれたので、助かった。
「翔も……前衛、大丈夫だった?」
「ああ。もうちょっと身体、鍛えねえとなーとは思う」
言いつつ翔は、頭を掻いた。
「……AAAの連中、大妖一夜がよっぽどトラウマになっちまってる。何かやらかす連中、まだいるかもな。まあ村井さんみたく、俺たちと一緒に戦ってくれる人も多いけど」
「村井さんも元気でやってるみてえだな。吉江さんや貢さんもよ」
玲から逃げるように、直斗が言った。ちなみに玲は逃さず、直斗の袖を掴んでいる。
「今度一緒に、飯でも食いてえな」
「村井さんか。犬嫌い、治ったのかなー」
翔の言葉に答えたのは、武崎だった。
「無理だ。村井五等の犬嫌いはな、それこそ大妖へのトラウマによるもの……あの男も、俺も、黒沼たちもな……大妖への恐怖からは、逃げられん……お前たちは、大妖が恐くはないのか……」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
