<黒い霧>血塗られた代表選
野党第一党、と呼ばれ始めてから何年経つであろうか。
与党は、確かに強大である。が、付け入る隙が全くないわけではない。
それを活かす事が出来ないのは、何故か。
隙に付け入って、声高に与党の失態・失策を喧伝する。まるで、鬼の首でも取ったように。
そのやり方では、もはや国民の支持を得る事は出来ないのだ。
皆、心のどこかでは、それに気付いている。にもかかわらず旧来の、与党の揚げ足取りで審議を遅らせるようなやり方を改める事が出来ない。
代表が代わったところで、そう簡単に改まるものでもないだろう、と三枝義弘は思う。
だが、改めなければならない。
今からでは遅い、のかも知れない。だが、今からでも始めなければならない。
「大盛況でしたね、三枝先生」
車を運転しながら、秘書が言った。興奮を、抑えきれない様子だ。
講演会の、帰りである。
与党とは、協調しなければならない。
与党のやり方に、協調しながら、さりげなく修正を加えてゆく。それが、野党の役割である。
与党総裁をひたすら攻撃するだけでは、政治というものは一歩も前に進んで行かない。
自分のその持論を聞くためだけに、あれだけの人々が集まってくれた。
三枝は、胸が熱くなった。
それが、しかし代表選に有利に働くとは思わない。政治とは、そこまで甘いものではない。
「ここからだよ。この国を変えるには、まず僕たち野党が変わらなければならない」
三枝は言った。
「今のままでは……野党というものが一体、何のために存在するのかわからないからね。国民の目には、税金泥棒にしか見えていないだろう。与党の先生方、以上のね」
「私は……ごめんなさい、たとえ今回の代表選が駄目でも三枝先生について行きます」
言いながら、秘書が軽やかにハンドルを転がす。
車が、政党本部ビルの駐車場へと入って行く。
「駄目元だと思っていますよ。先生、根回しとかあんまり得意じゃないですもんね」
「政治家に最も必要な能力、の1つなんだろうけど」
苦笑しつつ三枝は、車を降りた。
その時には、取り囲まれていた。
月が、いくらか不吉なほどに明るい。
夜闇が凝集したかのような人影が8つ、その月光の中に佇んでいる。
闇そのものの黒色をまとう、8人の男。
マフィアのような、黒いスーツ……ではない。忍び装束である。
時代劇から飛び出して来たかのような男たちが、三枝と秘書を取り囲んでいた。
「な……何だ、お前たちは。警察を呼ぶぞ」
秘書が、健気にも三枝を背後に庇いながら言う。
警察が来る頃には自分たちは死んでいる、と思いながら三枝は言った。
「聞いた事がある。与党の先生方のうち、ごく一部の人々が猟犬のように使っている集団……確か、黒霧」
「ご存じとは話が早い。三枝先生、あんたには消えてもらうよ」
男たちの1人が、言いながら忍者刀を抜き放つ。
模造刀の類ではない、本物の刃が、月光を受けてキラリと冷たく輝いている。
同じ輝きが、あと7つ、立て続けに生じた。
計8人の忍者が、得物を抜き構えたところである。
全員、覆面を被り、忍者刀を構え、忍び装束を身にまとい、そして尻尾を生やしている。細長く伸びた、鼠の尻尾だ。
鼠たちを相手に、三枝は会話を試みた。
「僕が……命を狙われるほどの政治家だとは、思えないんだが」
「それは自分を卑下し過ぎというもの。あんたに生きててもらっては困る先生方、大勢いるよ」
鼠たちが、三枝を褒めてくれた。
「今回の代表選……万が一にも、三枝先生が勝つような事があってはいけない」
「腐っても野党第一党。あんたみたいな、まともに物を考えられる政治家がトップに立てば、大化けしてしまう可能性は大いにある」
「この政党にはね、与党の揚げ足取りしか出来ない無能の集団でいてもらわなきゃ困るのさ」
「何しろねえ。ブーメラン投げのたいそう上手な人が、辞めちまったからねえ……ああいう様を、国民に見せ続ける。あんた方には、そういう政党でいてもらいたいとの事だ」
忍者にしては饒舌である。
死にゆく者に対しては、何を喋っても問題ない、という事であろう。
だが、おかしい。自分と秘書を殺すのであれば、8人はいくら何でも多過ぎだ。
三枝が思った、その時。
足音が聞こえた。ばらばらと駐車場に駆け入り、駆け付けて来る。
「ちっ……来やがったか、ファイヴ」
「まったく夢見って連中はよ……この人数で、正解だったようだな」
鼠たちが、謎めいた事を言っている。
ファイヴ。その名も、聞いた事がある。
いわゆる覚者の組織で、この政党の最大支持団体であるイレヴンいわく、超常的な能力を振るって様々な悪事を働く、怪物のような無法者の集団であるらしい。
その覚者たちが、しかし今、自分を助けるために駆け付けてくれた、という事なのか。
イレヴンは、こういう時に何もしてはくれない。三枝は、それだけを思った。
与党は、確かに強大である。が、付け入る隙が全くないわけではない。
それを活かす事が出来ないのは、何故か。
隙に付け入って、声高に与党の失態・失策を喧伝する。まるで、鬼の首でも取ったように。
そのやり方では、もはや国民の支持を得る事は出来ないのだ。
皆、心のどこかでは、それに気付いている。にもかかわらず旧来の、与党の揚げ足取りで審議を遅らせるようなやり方を改める事が出来ない。
代表が代わったところで、そう簡単に改まるものでもないだろう、と三枝義弘は思う。
だが、改めなければならない。
今からでは遅い、のかも知れない。だが、今からでも始めなければならない。
「大盛況でしたね、三枝先生」
車を運転しながら、秘書が言った。興奮を、抑えきれない様子だ。
講演会の、帰りである。
与党とは、協調しなければならない。
与党のやり方に、協調しながら、さりげなく修正を加えてゆく。それが、野党の役割である。
与党総裁をひたすら攻撃するだけでは、政治というものは一歩も前に進んで行かない。
自分のその持論を聞くためだけに、あれだけの人々が集まってくれた。
三枝は、胸が熱くなった。
それが、しかし代表選に有利に働くとは思わない。政治とは、そこまで甘いものではない。
「ここからだよ。この国を変えるには、まず僕たち野党が変わらなければならない」
三枝は言った。
「今のままでは……野党というものが一体、何のために存在するのかわからないからね。国民の目には、税金泥棒にしか見えていないだろう。与党の先生方、以上のね」
「私は……ごめんなさい、たとえ今回の代表選が駄目でも三枝先生について行きます」
言いながら、秘書が軽やかにハンドルを転がす。
車が、政党本部ビルの駐車場へと入って行く。
「駄目元だと思っていますよ。先生、根回しとかあんまり得意じゃないですもんね」
「政治家に最も必要な能力、の1つなんだろうけど」
苦笑しつつ三枝は、車を降りた。
その時には、取り囲まれていた。
月が、いくらか不吉なほどに明るい。
夜闇が凝集したかのような人影が8つ、その月光の中に佇んでいる。
闇そのものの黒色をまとう、8人の男。
マフィアのような、黒いスーツ……ではない。忍び装束である。
時代劇から飛び出して来たかのような男たちが、三枝と秘書を取り囲んでいた。
「な……何だ、お前たちは。警察を呼ぶぞ」
秘書が、健気にも三枝を背後に庇いながら言う。
警察が来る頃には自分たちは死んでいる、と思いながら三枝は言った。
「聞いた事がある。与党の先生方のうち、ごく一部の人々が猟犬のように使っている集団……確か、黒霧」
「ご存じとは話が早い。三枝先生、あんたには消えてもらうよ」
男たちの1人が、言いながら忍者刀を抜き放つ。
模造刀の類ではない、本物の刃が、月光を受けてキラリと冷たく輝いている。
同じ輝きが、あと7つ、立て続けに生じた。
計8人の忍者が、得物を抜き構えたところである。
全員、覆面を被り、忍者刀を構え、忍び装束を身にまとい、そして尻尾を生やしている。細長く伸びた、鼠の尻尾だ。
鼠たちを相手に、三枝は会話を試みた。
「僕が……命を狙われるほどの政治家だとは、思えないんだが」
「それは自分を卑下し過ぎというもの。あんたに生きててもらっては困る先生方、大勢いるよ」
鼠たちが、三枝を褒めてくれた。
「今回の代表選……万が一にも、三枝先生が勝つような事があってはいけない」
「腐っても野党第一党。あんたみたいな、まともに物を考えられる政治家がトップに立てば、大化けしてしまう可能性は大いにある」
「この政党にはね、与党の揚げ足取りしか出来ない無能の集団でいてもらわなきゃ困るのさ」
「何しろねえ。ブーメラン投げのたいそう上手な人が、辞めちまったからねえ……ああいう様を、国民に見せ続ける。あんた方には、そういう政党でいてもらいたいとの事だ」
忍者にしては饒舌である。
死にゆく者に対しては、何を喋っても問題ない、という事であろう。
だが、おかしい。自分と秘書を殺すのであれば、8人はいくら何でも多過ぎだ。
三枝が思った、その時。
足音が聞こえた。ばらばらと駐車場に駆け入り、駆け付けて来る。
「ちっ……来やがったか、ファイヴ」
「まったく夢見って連中はよ……この人数で、正解だったようだな」
鼠たちが、謎めいた事を言っている。
ファイヴ。その名も、聞いた事がある。
いわゆる覚者の組織で、この政党の最大支持団体であるイレヴンいわく、超常的な能力を振るって様々な悪事を働く、怪物のような無法者の集団であるらしい。
その覚者たちが、しかし今、自分を助けるために駆け付けてくれた、という事なのか。
イレヴンは、こういう時に何もしてはくれない。三枝は、それだけを思った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.三枝義弘、及び秘書の生存
2.隔者8名の撃破(生死不問)
3.なし
2.隔者8名の撃破(生死不問)
3.なし
今回の敵は、黒霧の隔者(火行獣、子。使用スキルは『猛の一撃』『飛燕』『火焔連弾』)8名。
彼らに取り囲まれている某野党議員・三枝義弘氏とその秘書を救助して下さい。
取り囲まれているところへ皆様が駆け付ける、そこが状況開始です。
時間帯は夜、場所は政党本部ビルの駐車場。
隔者8名のうち、4人は地上から、他4人は車の屋根・ボンネットの上から、三枝と秘書を取り囲んでいます。覚者の皆様から見た場合、地上の4名が前衛、車上の4人(ノックBで叩き落とす事は可能)が後衛で、中衛の位置に要救助者2名がいる形となります。
隔者8人は、自分たちの退路を確保するためにも、最初のターンでは全力で覚者の皆様に攻撃を仕掛けて来ます。(1ターンで皆殺しに出来る、と思い込んでいるので)
2ターン目以降は、隔者たちの攻撃対象に三枝と秘書が加わります。(手強い覚者の相手よりも、本来の殺害任務を優先させようとする者が出て来るという事です)2人とも素人なので、回避も防御も出来ません。隔者の1人に攻撃されただけで2人とも死にます。
2人を「味方ガード」するため敵陣に飛び込む事は可能ですが、「飛び込む」行為で1ターンを消費していただく事になります。
敵前衛4人のうち1人でも戦闘不能に陥った場合、その穴から要救助者2名を避難させる事が出来ますが、覚者様のどなたかお1人による、1ターンを使っての避難誘導が必要です。
後衛4名全員が戦闘不能に陥るなり叩き落されるなりで車上から1人もいなくなった場合、三枝と秘書を車で脱出させる事が出来ます。
ちなみに隔者たちは、三枝と秘書を人質に取ろうとはしません。「動くな!」などと言っている間に皆様の攻撃を喰らうからです。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年09月05日
2017年09月05日
■メイン参加者 6人■

●
夜間である。『暗視』を使うべきか、と桂木日那乃(CL2000941)は思ったが、その必要はなくなった。
突然、灯りが生じたからである。『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神伊織(CL2001603)
の、堂々たる口上と共にだ。
「闇夜に紛れて人を殺めるなど……そのような悪行・愚行、許しはしませんわ! 投降なさい、命までは取りませんから」
彼女の守護使役が、夜空に浮かんで炎を発し、照明を成している。
「私達は! 世界に輝く未来のアイドル、獅子神伊織とそのファンクラブ」
「ではなくファイヴです。人殺しなどさせませんよ、黒霧の方々」
続いて口上を発したのは『ファイブピンク』賀茂たまき(CL2000994)である。
「私たちは貴方がたとは違います。ファイヴが悪事を働く集団ではない事、証明して見せます」
「私たち、悪事を働く集団と思われてマス。無法者とか言われてマース。全部、貴方たち隔者のせいデース! わかってマスカー!?」
憤っているのは、『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)だ。
「因子の力を悪用している人たちに、覚醒者の何たるかを叩き込んで差し上げマース! さあ行きマショウ赤貴君」
「ま、待ってくれリーネさん。突出は禁物だ」
リーネの細腕に、半ば抱き寄せられるように引きずられながら、『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)が狼狽している。目つきの鋭い仏頂面が、いくらか赤らんでいるようだ。
そんな赤貴とリーネ、たまき、そして『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、前衛に立った。
「自分に都合悪い奴は、消す……物騒な世の中になっちまったもんだ。マンガとかの中だけだと思ってたぜ、そんなの」
「政治って……そう、なの?」
背中の翼をふわりと揺らしながら、日那乃は敵に問いかけた。
「政治、って……暗殺、する……こと?」
●
日那乃の問いかけに、隔者たちは、言葉ではないもので返答した。
隔者8人。全員が獣憑の『子』で、黒い忍び装束をまとっている。
うち前衛の4名が、疾風の如く踏み込んで来て『飛燕』を繰り出し、後衛4人が印を結んで『火焔連弾』を放つ。
翔が、たまきが、リーネが、鮮血の飛沫を散らせて揺らぐ。飛燕の、直撃だった。
「リーネさん……!」
「だっ大丈夫デスヨー赤貴君」
言いつつリーネがのけぞり、鼻血と火の粉を飛び散らせる。火焔連弾が、顔面を直撃していた。
赤貴とて、他者を気遣っている場合ではない。
飛燕の斬撃が、叩き込まれて来る。
身体のどこかを斬られた。どこなのかは、わからない。
死んではいない。それがわかれば充分だった。
他3発の火焔連弾のうち、1発は日那乃を後方に吹っ飛ばし、2発は伊織に集中していた。
日那乃は軽やかに羽ばたいて火の粉を蹴散らし、伊織も怒りに震えながら立ち上がる。
「私の、髪を……アイドルの髪を、焦がして下さいましたわね……ッ!」
「うう……私の髪も、ちりちりデース……でも貴方がたの攻撃ではそれが精一杯。姑息な人たちの力で、私の肉体と精神を打ち砕く事は出来マセーン!」
「次は、私たちの攻撃を受けていただきますよ」
たまきの可憐な足元で、地面が揺れた。
その震動が、隔者たちの前衛を襲う。『大震』だった。
「こ、こいつら……!」
「わっ、我らの一斉攻撃に、耐えただと……!」
前衛4人の『鼠』が、超局地的な地震に襲われ、よろめいている間。
赤貴は、駆け出していた。
前衛で、大震によろめく4人。政党公用車の屋根あるいはボンネット上に立つ、後衛の4人。
8人の『鼠』に囲まれ、殺害される寸前であった要救助者2名に、赤貴は最接近していた。よろめく敵前衛を突破して、だ。
野党議員・三枝義弘と、その秘書。
この2人を、まずは鼠たちの包囲から脱出させなければならない。
リーネも盾2枚でガッチリと全身を防護しつつ突進。体勢を崩した鼠4名の間を、まるで隕石のように突破して、三枝議員の傍に到達していた。
そして、他の仲間たちも。
「政治の事はよくわかんねー。けどよ、これは違うだろ!」
翔が叫び、印を結び、電光を迸らせる。
「アイドルとして、政治に関わるつもりはありませんが……人助けは、させていただきますわね」
伊織がダンスパフォーマンスの如く両腕を舞わせ、気の塊を発射する。
「殺す、のが政治……なら私たち、政治家になれる、よ……殺さない、けど」
翼を広げた日那乃の周囲に水煙が立ち込め、渦を巻き、竜の姿を形成する。
それら全ての術式が、一斉に鼠たちを襲った。『雷獣』『烈空波』『水龍牙』が、前衛の鼠4人を直撃する。
「ぐっ……こ、こいつら手強いぞ……」
「俺たちの、何人かは死ぬ……だが標的だけは!」
雷に灼かれ、気弾に穿たれ、水龍の牙に引き裂かれた鼠たちが、半死半生の体を晒しながらも本来の任務に戻った。すなわち三枝議員の殺害。
だが三枝にも、巻き添えで殺されかけていた秘書にも、リーネと赤貴が護衛に付いている。
「させん……!」
「どんな攻撃デモ撃ってくると良いデスネ……私、ガード固いデスヨ?」
血まみれの顔でニコリと笑いながら、リーネが三枝を背後に庇う。
殺意に近いものが一瞬、赤貴の胸中に生じた。
(リーネさんを盾にするのか……!)
思わず、そう叫んでしまうところだった。
「どけ貴様らぁあああッ!」
前衛の鼠4人が、死に際の力を振り絞った。
猛の一撃。
獣の死力を秘めた4本の刃が、三枝と秘書を襲う。護衛の覚者2人もろとも、叩き斬る勢いでだ。
それらを、赤貴とリーネは身体で止めた。
斬撃が、赤貴の肉を切り裂いた。衝撃が、赤貴の骨を揺るがした。
辛うじて急所は避けたが、出血は凄まじい。
迸る血飛沫を目の当たりにして、議員秘書が悲鳴を上げる。
「ひっ、ひいいいいいッ!」
こんな男は見殺しにして、リーネを守らなければならない。赤貴は一瞬、本気でそう思った。
そのリーネも、鮮血の霧を飛散させながら、猛の一撃に辛うじて耐えている。三枝議員を、背後に庇いながらだ。
「お、おい! 君……!」
「平気……デスヨー……」
秘書のように泣き叫んだりせず、気遣いの言葉をかけてくる三枝に、リーネは血まみれの笑顔を向けた。
(リーネさん……!)
気遣いの言葉を、赤貴は口に出す事が出来なかった。
彼女がここにいるのは、赤貴に守られるためではない。
戦う力を持たぬ者の、盾となるためなのだ。
翔が、赤貴とリーネの名を叫んだ。
彼だけでなく伊織が、たまきが、日那乃が、赤貴とリーネを助けようとしてくれている。
そちらへ向かって、鼠たちの後衛4人が、公用車の車上から一斉に火焔連弾を放つ。
「愚かな……」
血反吐を噛み締めながら、赤貴は無理矢理に嘲笑った。
8人もいるのだ。赤貴かリーネに攻撃を集中させ、標的の護衛を確実に取り除くべきなのである。
なのに翔たちを警戒するあまり、こちらの6人全員に攻撃を分散させてしまっている。
「所詮は、脳みその足らん鼠ども……」
とは言え、的確な命令を出せる指揮官さえいれば、強力な兵隊となり得る者たちではあった。
(キサマが出て来い、霧山……!)
この場にいない男に対する敵意を燃やしつつ、赤貴は言い放った。
「その場にある餌を食い散らかすだけの鼠どもに、オレたちの命はやらん。オレたちの……未来は、やらん!」
●
吐血を噛み殺しながら強気な言葉を放つ少年の横顔が、リーネの心を鷲掴みにしていた。
(赤貴……君……)
豊かな胸の奥で、心臓がトクンッと跳ねる。だが無論、そんな場合ではない。
「お前ら……よくも、赤貴とリーネさんを!」
翔の怒りが、そのまま雷と化したかのような放電が起こった。雷獣。
「……喚くな翔。オレもリーネさんも、殺されたわけではない」
「へへっ、わかってるって! 鼠に噛まれたくらいで、お前がくたばるわけないもんな」
赤貴と翔がそんな会話をしている間に、放電光の嵐が黒霧の前衛4人を薙ぎ払っていた。
電熱に灼かれ、倒れた鼠たちが、そのまま動かなくなる。
敵の前衛が消え失せ、一気に視界が開けた。
まず見えたのは伊織の、軽快な音楽が聞こえて来そうなダンスである。
「ほらほらほら! いおりん流・癒しのダンスの大盤振る舞いですわよ!」
凹凸のくっきりとした見事な肢体が、キラキラと水滴の煌めきをまといながら舞い踊る。
伊織の『癒力大活性』と、日那乃の『潤しの雨』であった。
覚者2人分の治療術式が、リーネの、赤貴の、死にかけた肉体を癒してゆく。
「ふふっ、いい感じですわよ日那乃さん。今度、私のステージ演出をお願いしますわ」
「獅子神さん、普通のステージ、あんまり面白くない……こないだの、路上パフォーマンスの方が、わたし好き」
「え……あ、あれ、見てましたの……?」
「動画、出回ってる……面白かった。街中で、いきなり」
「あ、あれは主催者の方の意向で仕方なく! って誰が勝手に動画を!」
伊織が街中でいきなり何をしたのか実に興味深いところではあるが、今は要救助者の身の安全が最優先である。
敵の前衛が倒れ、包囲網が崩れ去った、今こそが好機なのだ。
「さあ逃げますヨ、お2人とも!」
三枝議員とその秘書を、リーネは促して走らせ、自身も両名の後に続いた。
「ま、待て……!」
「逃がすか!」
残る4名の鼠たちが、公用車の上から敏捷に飛び降り、駆け出し、追おうとする。
その眼前に、赤貴が立ちはだかった。
「行かせると思うのか……霧山のパシリども。オマエらのような輩がいるから、社会の歪みが消えんのだ」
「子供が、利いた風な口を!」
鼠4人のうち、2人が飛燕を繰り出し、赤貴を切り刻みにかかる。
本当に切り刻まれるような少年ではないが、リーネはやはり振り向いてしまう。
「赤貴君……!」
他2人の鼠が、リーネに向かって火焔連弾を発射したところであった。
燃え盛る流星のように飛来した火球たちが、しかしリーネの周囲で何かに激突した。見えざる、盾のようなもの。
いや、うっすらと視認出来る。
小さめのポスターほどもある、大型の符が、浮揚しつつリーネの周りを高速旋回しているのだ。
「リーネさん、そのお2人を! お願いいたしますね!」
たまきが、こちらを見送りながら叫んでいる。
「私のカクセイ・リフレクター! ……ではなく桜華鏡符が、貴女を守ります!」
「おっ、たまきさんが乗ってくれたぜ。さすがファイヴピンク」
「……つい口をついて出てしまっただけです。余計な事は言わずに戦いましょう翔さん、レッドらしく」
そんな会話はともかく、桜華鏡符によって跳ね返された火焔連弾が、発射源である鼠2人を直撃していた。
「……凄いものだな。覚者の戦い、初めて見るが」
三枝議員が、走りながら言う。
「君など、死にそうな怪我をしていたように見える。大丈夫なのか、お嬢さん」
「私なんかヨリ、あの男の子を気にしてあげて下サイ、ネ?」
切り刻まれかけていた赤貴が、反撃の刃を振るっている。
「好き放題、やってくれたな……礼の時間だ」
静かに燃える闘志を宿した、小中学生とも思えぬほど低い声。
それが、またしてもリーネの心を鷲掴みにしていた。跳ねた心臓に、突き刺さっていた。
その傷口から、様々な妄想が溢れ出し、リーネを満たしてゆく。
弟、のような存在であった少年が、その妄想の中で、リーネに様々な事をしている。様々な事を、されている。
「わ、ワ、私……もうすぐ13歳の男の子に、何て事……思ってるデスカーッ!」
近くの外灯に、リーネは思いきり頭突きを叩き込んでいた。
「私、破綻者になってしまいマスゥーッ!」
「お、おい君、何をしている! やはり、打ち所の悪い怪我でも」
「三枝先生、もう放っておいて逃げましょう! 覚者って連中、やっぱりおかしいですよおおおおお!」
議員秘書の泣き声を聞きながら、リーネは頭突きで外灯をへし曲げつつあった。
●
「吼えろ、沙門……世を乱す奴等を誅せ!」
赤貴の気合いと共に、沙門叢雲が跳ね上がって一閃する。
地烈が、4人の鼠を薙ぎ払っていた。そこへ、
「よし俺たちも行くぜ日那乃。必殺! カクセイ・サンダーストーム&ドラゴン……スプラッシュ、ええと」
「長い」
翔の雷獣と日那乃の水龍牙が、荒れ狂い襲いかかる。
間髪入れず、たまきは符を掲げた。
「貴方たちの悪しき心、打ち砕いて差し上げます!」
充分に気力を宿した符が、鼠たちに叩き付けられ、爆発する。『無頼漢』だった。
3人の鼠が、吹っ飛んで倒れ、動かなくなる。
残る1人が、ぼろ雑巾のようになりながら駆け出していた。
「ぐうっ……さ、三枝議員……貴様、貴様だけは……ッ!」
逃げた三枝を、追おうとしている。
その執念を、『猛の一撃』が打ち砕いていた。
「窮鼠は、猫を噛むのが精一杯」
レグルスを一閃させた伊織の足元に、鼠の最後の1人が倒れ伏す。
「……獅子を噛む事など、出来はしませんわ」
「お見事です、伊織さん」
たまきは拍手をした。
「ちなみに……あの前衛舞踏なら、私も動画で拝見しました。ああいう方向性でやっていかれるんですね。応援いたします」
「……前衛舞踏と違いますわ。それと! 私、動画の撮影など許可した覚えは」
「おお、すげー。波紋とか出せそう」
翔が、赤貴が、日那乃の取り出したスマートフォンを覗き込んでいる。
「……オレは、なかなかいいと思う。マタタビを喰らった猫の動きを、実に良く表現している」
「獲物を襲う獅子の動き、ですわ! いやそれよりも、違法視聴は禁止ですのよ!」
そんな騒ぎの間に、リーネが戻って来た。
「ハイ。お2人とも無事デスヨー」
「……本当に助かった、どうもありがとう覚者の方々」
三枝議員が、深々と頭を下げる。秘書の方は、覚者6人を恐がっているようだ。
「いえ、人を守る事が私たちの使命ですから。それよりも」
言いつつ、たまきは見回した。
倒れていた、はずの鼠たちが、いつの間にか1人もいない。
「黒霧の人たちは一体どこに……逃走する余力など、残っていたとは思えないのですが」
「……わたしも、ずっと見てた。なのに、いつの間にか、いなくなってて」
日那乃が、少しだけ悔しそうにしている。
「いなくなる、瞬間……スマホで撮ろうと、思ってたのに」
「黒霧は、戦いが終わると消えて失せる……屍すら残さない。噂通りですね」
たまきは腕組みをした。
「誰に暗殺など命じられて、このような事をしたのか……訊いてみたかったのですが」
「心当たりはある。与党の……君たちもテレビ等で1度は見た事のある先生方だろう」
三枝議員が言った。
「与党が、君たちファイヴに様々なバックアップを施しているようだが」
「それは……」
息を飲むたまきに、三枝が微笑みかける。
「ファイヴの機密事項だったのかな? そういうものは、いつの間にか漏洩しているのが政治の世界さ。君たちファイヴがいくら懸命に秘密を守っていても、政府関係者には口の軽い、脇の甘い人間がいくらでもいる」
「そう……なのでしょうね」
「今の与党総裁は、したたかな人物だよ。君たちを政府公認の組織として、大いに持ち上げて、おだて上げて」
「……利用する、とでも?」
赤貴が言った。
「利用されるようなオレたちなのかどうか、しっかり見ていろとしか言いようがない……オレたちも、アンタを見ている」
「身の引き締まる言葉だ」
「見ての通り、オレは子供だ。いくら学を積んだところで、国政に声は届けられない。だがオレは、未来を手放したくはない……今を支える気があるのなら、生き延びて、繋いでくれ。こんな所で殺させはしない」
「貴方が良い政治家でいらっしゃるなら、私たちファイヴがいくらでも守って差し上げますわ」
伊織が、にこりと微笑む。
「貴方がたにしてみれば、覚者も隔者も同じようなもの……なのでしょうね。ですが少なくともファイヴは、人を守るための組織。それだけはお忘れなきよう願いたいもの、ですわね」
「覚えておこう。イレヴンの方々から、君たちの悪口を大いに吹き込まれて……僕も、いくらか洗脳されかけていたところさ」
「政治家ならさ、話聞くだけじゃなくて、自分の頭で考えて欲しいよなー」
翔が言った。
「オレたちファイヴも、そりゃ一枚岩じゃねーけどさ。みんな、誰かを助けたくて戦ってる奴らばっかりだぜ? って事で! 今回あんたを助けたお礼は、いい政治をしてくれるって事でいいからな!」
「……何だ君は、どこから入り込んで来た?」
三枝が、怪訝そうな言葉を発する。
「子供が、こんな所にいてはいけない。仕方がないから、公用車で家まで送ろう」
「オレは覚者だよ! さっきまでここで戦ってただろーが!」
「君などいなかったぞ……そう言えば、あの雷を出していた和装の青年はどこへ行ったのかな。彼にも、お礼を言わなければ」
「これだから政治家ってのはー!」
小さな身体をばたつかせて、翔が怒り喚く。
彼だけでなく赤貴も、日那乃も、自分も、選挙権のない年齢ではあるが、覚者として報酬金を貰っている。所得税は引かれているのか、とたまきは思った。税金を払っているのなら大人だ、とも思わない事はなかった。
元気に怒る翔を、赤貴がじっと見据えている。たまきは声をかけた。
「どうしました? 赤貴さん」
「オレも、現の因子だったら……」
赤貴は呟き、黙り込んだ。
事情は知らない。とにかく、この少年には、大人になり急いでいるようなところがある。
急ぐものでもありませんよ、とたまきは偉そうな事をつい言ってしまうところだった。
夜間である。『暗視』を使うべきか、と桂木日那乃(CL2000941)は思ったが、その必要はなくなった。
突然、灯りが生じたからである。『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神伊織(CL2001603)
の、堂々たる口上と共にだ。
「闇夜に紛れて人を殺めるなど……そのような悪行・愚行、許しはしませんわ! 投降なさい、命までは取りませんから」
彼女の守護使役が、夜空に浮かんで炎を発し、照明を成している。
「私達は! 世界に輝く未来のアイドル、獅子神伊織とそのファンクラブ」
「ではなくファイヴです。人殺しなどさせませんよ、黒霧の方々」
続いて口上を発したのは『ファイブピンク』賀茂たまき(CL2000994)である。
「私たちは貴方がたとは違います。ファイヴが悪事を働く集団ではない事、証明して見せます」
「私たち、悪事を働く集団と思われてマス。無法者とか言われてマース。全部、貴方たち隔者のせいデース! わかってマスカー!?」
憤っているのは、『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)だ。
「因子の力を悪用している人たちに、覚醒者の何たるかを叩き込んで差し上げマース! さあ行きマショウ赤貴君」
「ま、待ってくれリーネさん。突出は禁物だ」
リーネの細腕に、半ば抱き寄せられるように引きずられながら、『歪を見る眼』葦原赤貴(CL2001019)が狼狽している。目つきの鋭い仏頂面が、いくらか赤らんでいるようだ。
そんな赤貴とリーネ、たまき、そして『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)が、前衛に立った。
「自分に都合悪い奴は、消す……物騒な世の中になっちまったもんだ。マンガとかの中だけだと思ってたぜ、そんなの」
「政治って……そう、なの?」
背中の翼をふわりと揺らしながら、日那乃は敵に問いかけた。
「政治、って……暗殺、する……こと?」
●
日那乃の問いかけに、隔者たちは、言葉ではないもので返答した。
隔者8人。全員が獣憑の『子』で、黒い忍び装束をまとっている。
うち前衛の4名が、疾風の如く踏み込んで来て『飛燕』を繰り出し、後衛4人が印を結んで『火焔連弾』を放つ。
翔が、たまきが、リーネが、鮮血の飛沫を散らせて揺らぐ。飛燕の、直撃だった。
「リーネさん……!」
「だっ大丈夫デスヨー赤貴君」
言いつつリーネがのけぞり、鼻血と火の粉を飛び散らせる。火焔連弾が、顔面を直撃していた。
赤貴とて、他者を気遣っている場合ではない。
飛燕の斬撃が、叩き込まれて来る。
身体のどこかを斬られた。どこなのかは、わからない。
死んではいない。それがわかれば充分だった。
他3発の火焔連弾のうち、1発は日那乃を後方に吹っ飛ばし、2発は伊織に集中していた。
日那乃は軽やかに羽ばたいて火の粉を蹴散らし、伊織も怒りに震えながら立ち上がる。
「私の、髪を……アイドルの髪を、焦がして下さいましたわね……ッ!」
「うう……私の髪も、ちりちりデース……でも貴方がたの攻撃ではそれが精一杯。姑息な人たちの力で、私の肉体と精神を打ち砕く事は出来マセーン!」
「次は、私たちの攻撃を受けていただきますよ」
たまきの可憐な足元で、地面が揺れた。
その震動が、隔者たちの前衛を襲う。『大震』だった。
「こ、こいつら……!」
「わっ、我らの一斉攻撃に、耐えただと……!」
前衛4人の『鼠』が、超局地的な地震に襲われ、よろめいている間。
赤貴は、駆け出していた。
前衛で、大震によろめく4人。政党公用車の屋根あるいはボンネット上に立つ、後衛の4人。
8人の『鼠』に囲まれ、殺害される寸前であった要救助者2名に、赤貴は最接近していた。よろめく敵前衛を突破して、だ。
野党議員・三枝義弘と、その秘書。
この2人を、まずは鼠たちの包囲から脱出させなければならない。
リーネも盾2枚でガッチリと全身を防護しつつ突進。体勢を崩した鼠4名の間を、まるで隕石のように突破して、三枝議員の傍に到達していた。
そして、他の仲間たちも。
「政治の事はよくわかんねー。けどよ、これは違うだろ!」
翔が叫び、印を結び、電光を迸らせる。
「アイドルとして、政治に関わるつもりはありませんが……人助けは、させていただきますわね」
伊織がダンスパフォーマンスの如く両腕を舞わせ、気の塊を発射する。
「殺す、のが政治……なら私たち、政治家になれる、よ……殺さない、けど」
翼を広げた日那乃の周囲に水煙が立ち込め、渦を巻き、竜の姿を形成する。
それら全ての術式が、一斉に鼠たちを襲った。『雷獣』『烈空波』『水龍牙』が、前衛の鼠4人を直撃する。
「ぐっ……こ、こいつら手強いぞ……」
「俺たちの、何人かは死ぬ……だが標的だけは!」
雷に灼かれ、気弾に穿たれ、水龍の牙に引き裂かれた鼠たちが、半死半生の体を晒しながらも本来の任務に戻った。すなわち三枝議員の殺害。
だが三枝にも、巻き添えで殺されかけていた秘書にも、リーネと赤貴が護衛に付いている。
「させん……!」
「どんな攻撃デモ撃ってくると良いデスネ……私、ガード固いデスヨ?」
血まみれの顔でニコリと笑いながら、リーネが三枝を背後に庇う。
殺意に近いものが一瞬、赤貴の胸中に生じた。
(リーネさんを盾にするのか……!)
思わず、そう叫んでしまうところだった。
「どけ貴様らぁあああッ!」
前衛の鼠4人が、死に際の力を振り絞った。
猛の一撃。
獣の死力を秘めた4本の刃が、三枝と秘書を襲う。護衛の覚者2人もろとも、叩き斬る勢いでだ。
それらを、赤貴とリーネは身体で止めた。
斬撃が、赤貴の肉を切り裂いた。衝撃が、赤貴の骨を揺るがした。
辛うじて急所は避けたが、出血は凄まじい。
迸る血飛沫を目の当たりにして、議員秘書が悲鳴を上げる。
「ひっ、ひいいいいいッ!」
こんな男は見殺しにして、リーネを守らなければならない。赤貴は一瞬、本気でそう思った。
そのリーネも、鮮血の霧を飛散させながら、猛の一撃に辛うじて耐えている。三枝議員を、背後に庇いながらだ。
「お、おい! 君……!」
「平気……デスヨー……」
秘書のように泣き叫んだりせず、気遣いの言葉をかけてくる三枝に、リーネは血まみれの笑顔を向けた。
(リーネさん……!)
気遣いの言葉を、赤貴は口に出す事が出来なかった。
彼女がここにいるのは、赤貴に守られるためではない。
戦う力を持たぬ者の、盾となるためなのだ。
翔が、赤貴とリーネの名を叫んだ。
彼だけでなく伊織が、たまきが、日那乃が、赤貴とリーネを助けようとしてくれている。
そちらへ向かって、鼠たちの後衛4人が、公用車の車上から一斉に火焔連弾を放つ。
「愚かな……」
血反吐を噛み締めながら、赤貴は無理矢理に嘲笑った。
8人もいるのだ。赤貴かリーネに攻撃を集中させ、標的の護衛を確実に取り除くべきなのである。
なのに翔たちを警戒するあまり、こちらの6人全員に攻撃を分散させてしまっている。
「所詮は、脳みその足らん鼠ども……」
とは言え、的確な命令を出せる指揮官さえいれば、強力な兵隊となり得る者たちではあった。
(キサマが出て来い、霧山……!)
この場にいない男に対する敵意を燃やしつつ、赤貴は言い放った。
「その場にある餌を食い散らかすだけの鼠どもに、オレたちの命はやらん。オレたちの……未来は、やらん!」
●
吐血を噛み殺しながら強気な言葉を放つ少年の横顔が、リーネの心を鷲掴みにしていた。
(赤貴……君……)
豊かな胸の奥で、心臓がトクンッと跳ねる。だが無論、そんな場合ではない。
「お前ら……よくも、赤貴とリーネさんを!」
翔の怒りが、そのまま雷と化したかのような放電が起こった。雷獣。
「……喚くな翔。オレもリーネさんも、殺されたわけではない」
「へへっ、わかってるって! 鼠に噛まれたくらいで、お前がくたばるわけないもんな」
赤貴と翔がそんな会話をしている間に、放電光の嵐が黒霧の前衛4人を薙ぎ払っていた。
電熱に灼かれ、倒れた鼠たちが、そのまま動かなくなる。
敵の前衛が消え失せ、一気に視界が開けた。
まず見えたのは伊織の、軽快な音楽が聞こえて来そうなダンスである。
「ほらほらほら! いおりん流・癒しのダンスの大盤振る舞いですわよ!」
凹凸のくっきりとした見事な肢体が、キラキラと水滴の煌めきをまといながら舞い踊る。
伊織の『癒力大活性』と、日那乃の『潤しの雨』であった。
覚者2人分の治療術式が、リーネの、赤貴の、死にかけた肉体を癒してゆく。
「ふふっ、いい感じですわよ日那乃さん。今度、私のステージ演出をお願いしますわ」
「獅子神さん、普通のステージ、あんまり面白くない……こないだの、路上パフォーマンスの方が、わたし好き」
「え……あ、あれ、見てましたの……?」
「動画、出回ってる……面白かった。街中で、いきなり」
「あ、あれは主催者の方の意向で仕方なく! って誰が勝手に動画を!」
伊織が街中でいきなり何をしたのか実に興味深いところではあるが、今は要救助者の身の安全が最優先である。
敵の前衛が倒れ、包囲網が崩れ去った、今こそが好機なのだ。
「さあ逃げますヨ、お2人とも!」
三枝議員とその秘書を、リーネは促して走らせ、自身も両名の後に続いた。
「ま、待て……!」
「逃がすか!」
残る4名の鼠たちが、公用車の上から敏捷に飛び降り、駆け出し、追おうとする。
その眼前に、赤貴が立ちはだかった。
「行かせると思うのか……霧山のパシリども。オマエらのような輩がいるから、社会の歪みが消えんのだ」
「子供が、利いた風な口を!」
鼠4人のうち、2人が飛燕を繰り出し、赤貴を切り刻みにかかる。
本当に切り刻まれるような少年ではないが、リーネはやはり振り向いてしまう。
「赤貴君……!」
他2人の鼠が、リーネに向かって火焔連弾を発射したところであった。
燃え盛る流星のように飛来した火球たちが、しかしリーネの周囲で何かに激突した。見えざる、盾のようなもの。
いや、うっすらと視認出来る。
小さめのポスターほどもある、大型の符が、浮揚しつつリーネの周りを高速旋回しているのだ。
「リーネさん、そのお2人を! お願いいたしますね!」
たまきが、こちらを見送りながら叫んでいる。
「私のカクセイ・リフレクター! ……ではなく桜華鏡符が、貴女を守ります!」
「おっ、たまきさんが乗ってくれたぜ。さすがファイヴピンク」
「……つい口をついて出てしまっただけです。余計な事は言わずに戦いましょう翔さん、レッドらしく」
そんな会話はともかく、桜華鏡符によって跳ね返された火焔連弾が、発射源である鼠2人を直撃していた。
「……凄いものだな。覚者の戦い、初めて見るが」
三枝議員が、走りながら言う。
「君など、死にそうな怪我をしていたように見える。大丈夫なのか、お嬢さん」
「私なんかヨリ、あの男の子を気にしてあげて下サイ、ネ?」
切り刻まれかけていた赤貴が、反撃の刃を振るっている。
「好き放題、やってくれたな……礼の時間だ」
静かに燃える闘志を宿した、小中学生とも思えぬほど低い声。
それが、またしてもリーネの心を鷲掴みにしていた。跳ねた心臓に、突き刺さっていた。
その傷口から、様々な妄想が溢れ出し、リーネを満たしてゆく。
弟、のような存在であった少年が、その妄想の中で、リーネに様々な事をしている。様々な事を、されている。
「わ、ワ、私……もうすぐ13歳の男の子に、何て事……思ってるデスカーッ!」
近くの外灯に、リーネは思いきり頭突きを叩き込んでいた。
「私、破綻者になってしまいマスゥーッ!」
「お、おい君、何をしている! やはり、打ち所の悪い怪我でも」
「三枝先生、もう放っておいて逃げましょう! 覚者って連中、やっぱりおかしいですよおおおおお!」
議員秘書の泣き声を聞きながら、リーネは頭突きで外灯をへし曲げつつあった。
●
「吼えろ、沙門……世を乱す奴等を誅せ!」
赤貴の気合いと共に、沙門叢雲が跳ね上がって一閃する。
地烈が、4人の鼠を薙ぎ払っていた。そこへ、
「よし俺たちも行くぜ日那乃。必殺! カクセイ・サンダーストーム&ドラゴン……スプラッシュ、ええと」
「長い」
翔の雷獣と日那乃の水龍牙が、荒れ狂い襲いかかる。
間髪入れず、たまきは符を掲げた。
「貴方たちの悪しき心、打ち砕いて差し上げます!」
充分に気力を宿した符が、鼠たちに叩き付けられ、爆発する。『無頼漢』だった。
3人の鼠が、吹っ飛んで倒れ、動かなくなる。
残る1人が、ぼろ雑巾のようになりながら駆け出していた。
「ぐうっ……さ、三枝議員……貴様、貴様だけは……ッ!」
逃げた三枝を、追おうとしている。
その執念を、『猛の一撃』が打ち砕いていた。
「窮鼠は、猫を噛むのが精一杯」
レグルスを一閃させた伊織の足元に、鼠の最後の1人が倒れ伏す。
「……獅子を噛む事など、出来はしませんわ」
「お見事です、伊織さん」
たまきは拍手をした。
「ちなみに……あの前衛舞踏なら、私も動画で拝見しました。ああいう方向性でやっていかれるんですね。応援いたします」
「……前衛舞踏と違いますわ。それと! 私、動画の撮影など許可した覚えは」
「おお、すげー。波紋とか出せそう」
翔が、赤貴が、日那乃の取り出したスマートフォンを覗き込んでいる。
「……オレは、なかなかいいと思う。マタタビを喰らった猫の動きを、実に良く表現している」
「獲物を襲う獅子の動き、ですわ! いやそれよりも、違法視聴は禁止ですのよ!」
そんな騒ぎの間に、リーネが戻って来た。
「ハイ。お2人とも無事デスヨー」
「……本当に助かった、どうもありがとう覚者の方々」
三枝議員が、深々と頭を下げる。秘書の方は、覚者6人を恐がっているようだ。
「いえ、人を守る事が私たちの使命ですから。それよりも」
言いつつ、たまきは見回した。
倒れていた、はずの鼠たちが、いつの間にか1人もいない。
「黒霧の人たちは一体どこに……逃走する余力など、残っていたとは思えないのですが」
「……わたしも、ずっと見てた。なのに、いつの間にか、いなくなってて」
日那乃が、少しだけ悔しそうにしている。
「いなくなる、瞬間……スマホで撮ろうと、思ってたのに」
「黒霧は、戦いが終わると消えて失せる……屍すら残さない。噂通りですね」
たまきは腕組みをした。
「誰に暗殺など命じられて、このような事をしたのか……訊いてみたかったのですが」
「心当たりはある。与党の……君たちもテレビ等で1度は見た事のある先生方だろう」
三枝議員が言った。
「与党が、君たちファイヴに様々なバックアップを施しているようだが」
「それは……」
息を飲むたまきに、三枝が微笑みかける。
「ファイヴの機密事項だったのかな? そういうものは、いつの間にか漏洩しているのが政治の世界さ。君たちファイヴがいくら懸命に秘密を守っていても、政府関係者には口の軽い、脇の甘い人間がいくらでもいる」
「そう……なのでしょうね」
「今の与党総裁は、したたかな人物だよ。君たちを政府公認の組織として、大いに持ち上げて、おだて上げて」
「……利用する、とでも?」
赤貴が言った。
「利用されるようなオレたちなのかどうか、しっかり見ていろとしか言いようがない……オレたちも、アンタを見ている」
「身の引き締まる言葉だ」
「見ての通り、オレは子供だ。いくら学を積んだところで、国政に声は届けられない。だがオレは、未来を手放したくはない……今を支える気があるのなら、生き延びて、繋いでくれ。こんな所で殺させはしない」
「貴方が良い政治家でいらっしゃるなら、私たちファイヴがいくらでも守って差し上げますわ」
伊織が、にこりと微笑む。
「貴方がたにしてみれば、覚者も隔者も同じようなもの……なのでしょうね。ですが少なくともファイヴは、人を守るための組織。それだけはお忘れなきよう願いたいもの、ですわね」
「覚えておこう。イレヴンの方々から、君たちの悪口を大いに吹き込まれて……僕も、いくらか洗脳されかけていたところさ」
「政治家ならさ、話聞くだけじゃなくて、自分の頭で考えて欲しいよなー」
翔が言った。
「オレたちファイヴも、そりゃ一枚岩じゃねーけどさ。みんな、誰かを助けたくて戦ってる奴らばっかりだぜ? って事で! 今回あんたを助けたお礼は、いい政治をしてくれるって事でいいからな!」
「……何だ君は、どこから入り込んで来た?」
三枝が、怪訝そうな言葉を発する。
「子供が、こんな所にいてはいけない。仕方がないから、公用車で家まで送ろう」
「オレは覚者だよ! さっきまでここで戦ってただろーが!」
「君などいなかったぞ……そう言えば、あの雷を出していた和装の青年はどこへ行ったのかな。彼にも、お礼を言わなければ」
「これだから政治家ってのはー!」
小さな身体をばたつかせて、翔が怒り喚く。
彼だけでなく赤貴も、日那乃も、自分も、選挙権のない年齢ではあるが、覚者として報酬金を貰っている。所得税は引かれているのか、とたまきは思った。税金を払っているのなら大人だ、とも思わない事はなかった。
元気に怒る翔を、赤貴がじっと見据えている。たまきは声をかけた。
「どうしました? 赤貴さん」
「オレも、現の因子だったら……」
赤貴は呟き、黙り込んだ。
事情は知らない。とにかく、この少年には、大人になり急いでいるようなところがある。
急ぐものでもありませんよ、とたまきは偉そうな事をつい言ってしまうところだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
