<黒い霧>暗殺の白刃煌めき兎跳ぶ
<黒い霧>暗殺の白刃煌めき兎跳ぶ


●暗殺部隊<黒霧>
 政治とは、端的に言えば『身内』を守る術である。
 例えば民族。島国である日本ではなじみが薄いかもしれないが、民族の生活を保護するために政治活動を行うことはポピュラーな動機だ。
 例えば同胞。同じ目的を持つ者同士。それが崇高な目的であれ、利益による繫がりであれ、共通の目的の為に政界に打って出ることは現代社会において有効な手段だ。
 甘粕まこともまた、そういった理由で政治の世界に足を踏み入れていた。まだ三〇代という政治の中では若手だが、若さゆえの体力と気力で政治活動を続けていた。そしてその政策は――

「自然区域の保護?」
「はい。古妖を守るために土地の開発に反対しているのです」
 甘粕の政策はこの町北部の山に住むと言われる古妖達の保護である。山彦などを始めとする『自然と一体化している』古妖を保護するために、前市長が行おうとしていた山林の開発に反対しているのだ。
「あの山を開発して道路を通せば市の財源も潤います。住宅地域も増え、いいことずくめだというのになぜ反対するのか……。山彦などどうでもいいというのに」
 愚痴る政治家は、甘粕の対抗勢力として有名な男だった。都市の開発に余念がなく、そのためは甘粕の反対が厄介な存在になっていた。
「ふむ。彼はもともとあの山近くに住んでいたようですね。おそらくそこで山の古妖達と交流があったのでしょうな。人の利よりも古妖の安寧を求めるとは、いやはや若い若い」
「ふん! どうせ『古妖を守る自然派』を気取りたいだけです! あるいはその古妖をマスコットキャラにして利を欲しているとかその程度です!」
 政治家は机をたたき、甘粕を罵る。根拠のない発言だが『もし自分があの山を守るなら、こういった所から利益を生む』という発想からきているため、的外れではないと思っていた。彼も政治家なのだ。善意のみでは活動できない。
「まあ、彼の政策に興味はありません。どういう形であれ、死んでしまえばみな屍」
「お願いします、先生」
 先生、と呼ばれた女性は依頼を受託するように頷く。資料を受け取り、外に出る。
『ねえねえねえ。殺していい依頼?』
 聞こえてくる思念。覚者が使用できる念波により、女は声無く返答する。
『そうだ。<黒霧>の名に恥じぬ動きを見せるがいい』
『やったね!』
 喜ぶような声。それが会話の終了。女はため息をつき、車に乗り込んだ。政治家襲撃。その為の人払いやその政治家の黒い噂の調査。その他諸々の後処理準備。それに追われることになるからだ。
(面倒だが仕方あるまい。これも譲様の為だ)
 主である黒霧譲のことを思い、瞳を鋭くする女。さて、何処から動こうか――

●FiVE
「――てな感じで政治家さんが暗殺されそうになるので、それを防いできて!」
 久方 万里(nCL2000005)は集まった覚者を前に説明を開始する。暗殺というダークな依頼だが、その声は明るい。それは集まった覚者を信頼しているからだ。
「襲われる政治家さんの名前は甘粕まこと。仕事が終わって家に帰る途中で襲われるの。一応護衛さんはいるけど、隔者の襲撃には対応しきれないみたい」
 ホワイトボードに状況を掻きながら万里は説明を続ける。甘粕と呼ばれる政治家と、SP二名。それと青丸が数カ所。これが隔者のようだ。
「これが暗殺する人たち。全員ウサギの獣憑。ばばっと現れて取り囲んで、シュパっと切り裂いて終わる感じ!」
 甘粕を囲むように展開する暗殺隔者。万里の表現から察するにスピード系といったところか。
「みんなが助けに入ればSPさんが政治家さんを守ってくれるので、皆は戦いに集中した方がいいかも。この隔者さんちょっと面倒そうなの。よく見えなかったし」
 万里は青丸の一つを塗りつぶす。その隔者には要注意、という意味だ。夢見は万能ではないが、どうもその隔者に関してのみ『見えなかった』ようだ。何かあるのかもしれない。
「よくわからない隔者が動きつつあるみたいだから、みんな気を付けてね」
 万里の声に送られながら、覚者達は会議室を出た。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.甘粕まことの生存
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 政治云々は些末事。お仕事は隔者退治です。

●敵情報
・黒霧(×5)
 隔者。全員卯の獣憑。闇に紛れて対象を襲撃し、即座に撤退するタイプの暗殺者です。ナイフを手にしています。
『猛の一撃(致命はなし)』『鎧通し』『斬・二の構え』『暗視』等を活性化しています。

・????(×1)
 隔者。卯の獣憑。万里が要注意人物と称した存在です。見た目は10代女性。ナイフを手にしています。
 戦いを楽しむタイプですが、暗殺不可能を悟れば撤退します。
『猛の一撃(致命はなし)』『大祝詞・戦風』『爆鍛拳』『脣星落霜』『乱舞・雪月花』『福禄力』『暗視』等を活性化しています。

●NPC
・甘粕まこと
 非覚者。政治家として街北部の山林保護を主張しています。そのため、反対勢力に疎まれて隔者に暗殺されそうになっています。
 一点でもダメージを受ければ死亡します。

・SP(×2)
 覚者。土の付喪。基本的に味方ガードで甘粕を守り、余った一人が攻撃します。
『機化硬』『蔵王・戒』『隆神槍』『命力分配』等を活性化しています。

●場所情報
 町はずれの道路。電車から降りて家に帰る途中の道で襲撃されます。時刻は夜。灯は街灯のみでやや暗め。道も狭く四名以上が横に並ぶと命中と回避にマイナス修正がつきます。
 戦闘開始時、敵後衛に『黒霧(×2)』『????(×1)』が、中衛に『甘粕』『SP(×2)』が、敵前衛に『黒霧(×3)』が展開しています。覚者と敵前衛の距離は一〇メートルとします。
 急いでいるため事前付与は不可とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2017年09月04日

■メイン参加者 6人■



「外国人が日本の国政に口を出すものではありませんが、これは別でしょう」
 戦場に向かって走りながら、『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)は口を開く。英国から来たシャーロットは、この国の政策などには関わるべきことではないと思っていた。だが殺人を看過するわけにはいかない。助ける相手が政治家というだけだ。
「護衛を伴う標的を仕留めるに足る質と量の人員を集め、暗夜に標的の移動中を狙って仕掛ける。基本を踏まえた堅実な作戦内容ですな。及第点です」
 隔者の作戦を頭の中で再確認し、『教授』新田・成(CL2000538)は頷いた。不謹慎ではあるが、護衛二人に守られた対象を短時間で葬るのなら自分でも似た構成にするだろう。だがそれにはFiVE覚者の乱入は予測されていない。夢見の予知という情報面で一歩先を行き、暗殺を塞ぐ一手を打つ。
「古妖が住む地域を護る政治家か。絶対に成功させないとね」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)は守護使役の『ピヨ』を上空に飛ばし、視界を確保しながら走っていた。政治自体は人並みに興味はあるが、甘粕という政治家自体は初耳だった。どういった理由で古妖を護ろうとしているかはわからないが、その活動は実ってほしい。その為にも急いで現場にたどり着かなくては。
「FiVEの古妖保護とも繋がりますし、必ずお守りして、無事に脱出する事が出来る様に、私は私の出来る限りの事をしますね!」
『ファイブピンク』賀茂 たまき(CL2000994)は走りながら拳を握る。山彦などの自然に依存している力ない古妖は、自然開発と共に住処を失ってしまう。山を追い出された山彦がどうなるかはたまきは知らない。甘粕はそうならないように、覚者とは別のやり方で戦っているのだ。それを暗殺という形で潰えさせるわけにはいかない。
「あら……ウフフ、そう今回の相手は私と同じ卯の獣憑なのね」
 口元に手を当てて『復讐兎は夢を見る』花村・鈴蘭(CL2001625)は嬉しそうに笑う。今回の暗殺集団。それを思うと笑いが止まらなくなる。どうやって復讐しようか。どんな悲鳴を上げるのか。どんな表情を見せるのか。どんな血を流すのか。どんな命乞いをするのか。それを想像しただけで笑いが止まらない。
「この首狩り白兎とどっちがより強い兎か勝負でもしようか? ギャハハ!」
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は刀の柄に手を当てて、滾るように笑う。相手は七星剣の『黒霧』と呼ばれる暗殺集団。うち一人は、夢見でさえ完全に情報を引き出せなかった存在だ。どんな強さを持っているのか戦う前から楽しみだ、とばかりに笑みを浮かべる。『妖刀・鬼哭丸沙織』の柄を握り、目的の場所にたどり着く。
「あれ? 乱入者?」
 リーダー格と思われる卯の獣憑が驚いたような声をあげる。まだあどけない少女の顔は突然の覚者達に驚いていた。見ただけで日本人ではないとわかる顔立ちと碧眼は可愛らしいと言えるが、黒く染めた暗殺用ナイフがその全てを打ち消していた。
「引き返すんだ、君達! おそらく彼らは七星剣の黒霧! 下手に関われば君達も――」
「心配無用。我々は貴方を救いに来た者です」
 巻き込みを恐れた甘粕の言葉を制するように、成が声をかぶせる。そのまま行動を開始する。
 七星剣の暗殺集団とFiVEの覚者。その刃が交錯する。


「ギャハハ! 七星剣の兎共、FIVEの首狩り白兎が参上だ!」
 最初に動いたのは直斗だ。『妖刀・鬼哭丸沙織』を手に名乗りを上げながら挑発するように笑う。相手の木を弾くために派手に動き、仲間の動きをサポートする。もっとも、七星剣の卯の獣憑に興味があるのは事実だ。
 神具を抜刀し、天の源素を集める。刃に集う白い稲妻。刀を横なぎに振るえば、稲光が隔者に向かって迸る。稲妻の斬撃が隔者を襲い、その動きをわずかに止めた。時間にして数秒程度だが、この状況では千金に値する。
「さあさあ、どっちがより強い兎か死合おうぜ! 首置いてけや!」
「首? 殺していいの? ねえねえ、殺していいの?」
「いいねぇ。存分に殺しあおうぜ!」
「同じバニーさんですもの。兎狩りを楽しみましょう!」
 唇を歪め、鈴蘭が戦場に視線を向ける。鈴蘭自身も卯の獣憑だが、あくまで狩るのは自分である。何故なら自分には復讐する必要があるからだ。この隔者自身は復讐相手と何の関係もないが、隔者というだけで十分復讐する理由がある。
 白衣の裾を正し、桃色の髪の毛を書き上げる。そのまま気の源素を活性化させてリラックスできる香りを放ち、仲間の自然治癒力を高めていく。隔者への復讐心はあるが、それは戦い終わってからでもできる。先ずは仲間を支援しなくては。
「少し消化不良だけど、戦いが終わったらたっぷり食べてあげるわ」
「食べるの? シチューとか大好きなんだ! お野菜とお肉!」
「いいわ。熱い夜にしてあげる」
「か、過度な行為は止めさせてもらいますからね!」 
 鈴蘭に釘を刺しながら、たまきが戦場を走る。いろいろ気になるが、今やらなければならないのは甘粕の救出だ。隔者に囲まれている護衛と甘粕。七星剣の隔者の実力を考えれば、急ぎ割って入るに越したことはない。その為の布石を打たなくては。
 呼吸を整え、土の源素を符に集中させる。それを地面に叩きつけるように張り付け、源素を大地に展開させた。隔者を襲う強烈な揺れ。局所的に大地を揺らし、そのバランスを崩したのだ。ダメージこそないが、この状況において逆転の布石となりうる一打。
「今です! 新田先生、鈴白先生、シャーロットさん!」
「了解しました。行きますね」
「へえ。すごいすごい! まさか突破されるなんて!」
 喜ぶ隔者。その顔を見ながら秋人は違和感を感じていた。こちらの行動に一喜一憂する少女の暗殺者。甘粕を殺させないように動くこちらの動きを見て、感心するように笑っていた。まだ殺せるという余裕なのか、それとも別の何かか。
 思考を切り替え、戦闘に周流する秋人。水の源素を練り上げ、龍の顎を形成する。龍は隔者に襲い掛かり、その体力を奪い取る。その最中、秋人は一人の隔者の所作に手中していた。ナイフを持ち、動き回る少女の卯の獣憑。
「悪いけど甘粕さんを殺させはしないよ」
「へえ。そんな名前なんだ、あの人」
(殺す対象の名前を知らない? というよりは……興味を持っていない?)
「成程。この子は暗殺専門。顔と特徴を覚えて殺すだけ、の役割のようですね」
 成は甘粕と護衛を逃がしながら、隔者の言動から情報を組み立てていた。おそらく背後に情報や作戦を立案する誰かがいて、この隔者はそれに従い行動しているようだ。情報を絞るメリットは、捕縛された時の情報漏洩対策といった所か。
 隔者を妨げるように立ちながら、成は仕込み杖に手をかける。仕込み杖の最大のメリットは刃の存在と距離を悟らせない事。抜刀と同時に刃を突き、衝撃波を放って迫る隔者を貫いていく。初手をしのげばあとはこちらのペースだ。甘粕を安全圏に送るように成自身も下がっていく。
「依頼主の要望なのでしょうが、暗殺とは下策ですね。政治家は、暗殺されれば英雄ですよ?」
「んー? その辺は『お姉ちゃん』が上手くやるんじゃない? すきゃんだるーとかぎじょーほーとかそんなので」
「スキャンダルに偽情報、ですか。中々用意周到だ」
 近代国家において暗殺とはジダイサクゴ、と思っていたシャーロットだが、暗殺も今風に変わっているのかと納得した。人は信じたい方を信じる。若い政治家が実は裏で悪いことをしており、その恨みで殺された……そんなストーリにでもするつもりだろうか。
 ともあれそうは問屋が卸さない。たまきが生んだすきを逃すことなく接近し、刀を抜く。ある人物への憧れで学んだ剣術。その教えを基礎として独学で学んだ基本の形。正眼で構え、踏み込みと同時に打つ。鋭い三連撃が隔者を穿つ。
「とはいえそれを実行させるわけにはいきません」
「そうなんだ。でも邪魔するなら殺すよ」
「やはり。貴方は戦いを楽しむのではなく殺しを楽しんでいるのですね」
「? 何が違うの?」
 シャーロットの問いに首をかしげる隔者。覚者の問いかけがどういう意味が本気でわからないようだ。彼女の中では『戦う=殺す』なのだ。それ以外の結末に意味はない。
 殺す者。護る者。互いの刃はその意思を示すように強く交差する。


 覚者達は甘粕と護衛を安全圏に確保し、隔者に挑んでいた。
 FiVEの任務としてはこの時点で八割終了なのだが、ここで黒霧を放置するつもりはない。重要な情報源としてここで確保するつもりでいた。
 まあ直斗に至っては、
「さぁて、保護対象を確保したなら遠慮はいらねェな! 自重せずに首狩らせてもらうぜ! 特に……そこの嬢ちゃん、あんたは俺と同類の気がするぜ!」
「だったら七星剣に来る? 一緒に楽しもうよ」
「悪くねぇなァ、その答え! 気に入ったから良ければ名前とメルアド教えてくれねェ?
 もっとも――」
「うんうんいいよ。だけど――」
「お互い生き残った場合だがな!」
「お互い生き残ったときはね!」
 隔者の少女と意気投合したのか、意気揚々と刃を振るっていた。
「ちょっと直斗君! ……ああ、もう。癒してばかりで欲求不満だわ」
 唯一の回復役である鈴蘭は、仲間の傷を癒すのに手いっぱいだ。特に少女隔者に突出している直斗の傷が深い。お陰で治療に集中することになり、鈴蘭自身が隔者に攻撃できずに不満が溜まっていた。
 かつて相棒だった直斗の戦いを見て、ため息を吐く。ナンパをしているように見えるが、あれは生きのいい獲物を見つけた時の顔だ。殺し合いを楽しんでいる。その喜びが手に取るようにわかった。
「まあいいわ。終わったらたっぷり楽しませてもらうから。ふふ、脚をもがれたウサギはどのように泣くのかしら?」
「戦闘後の処理はお任せします。ワタシはその方面には興味はありませんので」
 シャーロットは鈴蘭の声の『色』を感じ取りながら、自身は戦いに集中していた。剣士と暗殺者。二者の戦う意味は異なる。剣士は戦いの結果殺すが、暗殺者は殺しの手段で戦う。戦いに生きる者と、殺すために戦う者。極端に違っていた。
 そしてあの少女隔者は戦いではなく殺しを楽しんでいる。ナイフの動きからそれを感じ取れた。高速のナイフ術と隔者の身体能力。それを駆使して『不意を突く』動きだ。全てがトリック全てがハッタリ。必要なのは急所への一撃。シャーロットはそれを感じていた。
「いきますよ、賀茂さん」
「はい。鈴白先生」
 秋人はたまきに声をかけ、少女覚者の方に向かう。視線を合わせただけで断ギアのやるべきことを認識し、その為に足を動かす。少女隔者のナイフが翻る。高速で動くナイフの軌跡を前に、恐れず踏み込む秋人。ナイフは秋人の脇腹に迫り――
「華開け。その傷は汝の罪。『桜華鏡符』!」
 符を構え、たまきが術を展開させる。秋人を護るように桜のような盾が開いた。ナイフに触れた盾は衝撃波を放ち、隔者に痛みを与える。予期せぬ防御に動きを止める隔者。そしてそれを予測していたかのように秋人は足を振り上げ、少女の胸を蹴って飛ばす。
「簡単に突破できると思わないでほしいね」
「あははー。今のは上手くいくと思ったのになぁ。よし、じゃあ次はどうかな?」
「良い腕です。隔者の身体能力に依ることなく、鍛錬の結果が伝わってきます」
 甘粕の避難を終えて戻ってきた成が静かに告げる。その顔には相手への称賛と、そして昔を懐かしむ郷愁の覆いがあった。この程度は修羅場ですらない、と無言で語りながら仕込み杖を抜く。
 効率よく人を襲うには、統一された動きが必要になる。逆に言えば、その動きを読むことは不可能ではないことだ。老獪ともいえる成の経験。脳内で詰め将棋を解くようにその動きを察知し、その軌跡に合わせるように刃を振るう。
「が、冷戦期の東ベルリンで通用する程では無いですな」
 戦いの流れは覚者に向いていた。暗殺失敗からの立て直しをさせまいと、苛烈に攻める覚者達。
「まだまだァ! その首狩るまで倒れやしねぇぞ!」
「まだ倒れるわけにはいきません」
 隔者のナイフで直斗と秋人が命数を削られるが、覚者達は次々と隔者達を倒していく。
「すごいすごい! ねえねえ、どうやってわたしたちの襲撃を知ったの? 裏切者? だったら殺していい?」
 残り一人になり無邪気に問う隔者。その質問に覚者達は違和感を覚える。
 FiVEがこの襲撃を知ったのは万里の予知夢からだ。そして七星剣の隔者ならその可能性に思い至ってもいいはずだ。だが夢見を知らないとばかりに問いかけてくる。勿論、そんなことに答える義務はない。
(もしかして、この隔者は本当に夢見のことを知らない……?)
 そこに思い至るが、戦闘という苛烈な状況がそれ以上の思考を妨げる。今は一刻も早く戦闘と終わらせなくては。
 覚者が疲弊しているように、この少女隔者も疲弊している。覚者からの体術や術式で受けた傷は浅くない。それでもそれを意に介することなく笑いながら攻撃していた。痛みを感じないわけではないのだろう。それ以上の興奮で誤魔化している。
「あー、もう。折角楽しんでいるのに」
 ふと、その動きが止まった。不満そうな顔をした後に、ナイフを振るいながら覚者達と数歩分距離を取る。そのまま笑顔を浮かべ、友人に別れを告げるように手を振った。
「『お姉ちゃん』が呼んでるから帰るね。ばいばーい!」
 別れの挨拶と同時に黒い煙が隔者を包み込む。覚者の攻撃で倒れ伏した隔者からも煙が発生した。予期せぬ状況に一旦距離を取る覚者。毒ガスの類であれば、戦況をひっくり返されるかもしれない。
 だが黒霧は何の影響を及ぼすことなく、一〇秒と経たずに風に消えた。
 ――少女隔者を含め、すべての隔者の姿と共に。


 時間にすれば三分もかからなかっただろう攻防戦。上手く襲撃を制したのが功を奏したのか、覚者側に被害らしい被害はなかった。
「逃げられたわね……。ああもう、捕まえて色々な事をして情報を得たかったのに!」
 回復役に徹し、隔者に攻撃が出来なかった鈴蘭は不満をぶつけるように地面を蹴る。頭の中で考えていた『尋問』手段を行うことが出来ず、相手に関する情報も得られなかった。どちらかと言えば前者の怒りの方が大きい。
「暗殺に特化した部隊。退却するための技能を持っていた、という事でしょうね」
 成は先ほどの黒霧をそう判断した。戦闘力よりも身を隠したり退却したりする方に力を注いだ隔者集団。何かしら対策を立てなければ、また取り逃がすことになるだろう。それが分かっただけでも善しとするか、とため息をついた。
「剣士と暗殺者。その『技』の在り方が違うという事ですね」
 シャーロットは剣を納め、戦いを反芻する。剣に生きる剣士の技術と、殺すことを目的とする暗殺者の動き。刃を交えてはっきりとその違いを理解した。剣士にとって技が全てで殺しは付属。暗殺者にとって殺しが全てで技は付属。
「大丈夫ですか、甘粕さん」
「ありがとう。助かったよ」
 秋人は甘粕の護衛の傷を癒しながら、甘粕の無事を確認する。未だ震えているのはむしろ当然と言えよう。ともあれ無事を確認し、秋人から安堵のため息が漏れる。初手の行動を誤ればこの人は死んでいたかもしれない。今更ながら綱渡りだったと思う。
「無事でよかったです。古妖さんを御守りする政治家さんが亡くなれば、山彦さんの住む山がどうなっていたか」
 周囲を警戒しながらたまきが甘粕に声をかける。甘粕は手法こそ違えど古妖を護ろうとする人間だ。彼がここで殺されていたら山の開発が進み、山彦をはじめとした山に住む古妖はいなくなってしまうだろう。その未来を回避できて本当によかった。
「……ん? なんだこれ?」
 直斗はポケットに違和感を感じ、手を入れる。そこには四つ折りにされたメモ帳が入っていた。全く記憶のないメモ帳を開いてみれば、メールアドレスとアルファベットの羅列があった。疑問に思ったが戦いの最中に言った言葉を思い出す。
「これ、あの女の名前とメルアドか? なんて読むんだ? ふぃ、ぼな……?」
「フィボナッチ、ですね。イタリア系の苗字です」
 メモ帳を見たシャーロットが読み上げる。『Fibonacci』。それが少女の苗字なのだろうか。
「連絡付けれるのかねェ? ま、期待しない程度にメール送ってみるか」
 このメールアドレスもすぐに破棄できるアカウントなのだろう。ここから相手の足取りが追えるとはだれも思っていなかった。おそらくあの少女隔者の冗談なのだろう。
 黒霧たちは逃したが、その襲撃は妨げた。今はそれだけで十分だ。覚者達は念のために甘粕を家に送り、帰路についた。

 二匹のウサギが闇の中を進む。親子と間違えそうな卯の獣憑二人。
「ぶー。もう少し殺したかったのにー。おねえちゃんの意地悪ー」
「だめです。あれ以上戦えば騒ぎも起きる。そうなれば依頼どころじゃなくなるわ」
「そうしたら皆殺せばいいじゃない。わたしたちは増え続けるんだし」
「ええ、覚者は増える。これからも。だから殺してもいいのよ。だけど目立つのは駄目」
「はーい。沢山殺して殺して殺して。また増えるからまた殺して」
「さあ、次の依頼は――」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 初手完封。暗殺目標から上手く距離を離された時点で、隔者側の勝ちが消えました。

 というわけでなちゅいSTの企画に乗っかってみました。
『フィボナッチ』は本来「ボナッチの息子」的な意味なので女性につけるには正しくない名前なのですが、まあ。
 少し狂った系の隔者です。この手の隔者は大好物なんだけど、会話が成立しにくい欠点が。ぐぬぬ。
 どくどく産の黒霧関係のシナリオに出す予定ですので、お気に召したらまたお付き合いください。

 お疲れさまでした。先ずは体を癒してください。
 それではまた、五麟市で。




 
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