黄泉路を駆ける天馬
黄泉路を駆ける天馬



 三國悠花がファイヴを寿退職したのは、昨年の事である。
 祝福はされたが、反対もされた。考え直せ、とも言われた。
 結婚相手が、覚者ではない一般人の男性であったからだ。
 聞く耳を持たず、悠花は挙式を敢行した。三國悠花から、高柳悠花になった。
 それから1年後の今。
「許して……頼むよ、悠花……許してくれよう……」
 夫・高柳久が、怯えている。
 怯える夫の目の前で、悠花は佇んでいる。純白の、ウェディングドレス姿でだ。
「ねえ久くん……もう、忘れちゃったの?」
 泣いている夫に、悠花は微笑みかけた。
「私の、このドレス姿……世界一きれいだって、言ってくれたじゃない」
 1年前、あの幸せな結婚式で、久は確かにそう言ってくれた。
 某県。いくらか鄙びた、観光地のホテルである。
 エントランスホールの床に尻餅をついたまま、久は怯えている。1人の若い女と一緒にだ。
 駆け落ちの不倫旅行。
 おめでたい、としか言いようがないと悠花は思う。一般人の男女が、覚者から逃げられるわけがないのだ。
「今は……化け物がウェディングドレス着てる、なぁんて思ってたり?」
 一歩、悠花は久に歩み寄った。
 ドレスの裾から、蹄が現れた。
 天馬の蹴り。現役時代、そう呼ばれていた。この蹄で、数多くの妖を、隔者を、粉砕してきたものだ。
 今や自分も隔者か……否、と悠花は思った。
 獣憑の因子が、体内で暴走を始めているのがわかる。
 自分は今、破綻者になろうとしている。
 もはや止められない。夫も、この女も、助からない。
「バケモノ……そうよ、あんたはバケモノよぉ……!」
 女が、泣きじゃくりながら罵声を吐く。
「バケモノが! 久さんと結婚しようなんてのがぁあ!」
「悠花……俺、わかってなかったんだ」
 久が、跪いている。
「君ら覚者と、俺みたいな非力な一般人が一緒に暮らす……それが一体どういう事なのか、俺ぜんぜん理解してなかった。俺が悪かったよ、だから許して」
 ウェディングドレスの裾が、ふわりと舞い上がる。
 悠花の蹄が、久の腹に叩き込まれていた。
 夫の臓物を粉砕した感触を、悠花はしっかりと踏み締めた。
 女が悲鳴を上げ、涙と鼻水を飛散させる。
 悠花は睨み据えた。血を吐いてのたうち回る夫の身体を、蹄で軽く踏みにじりながら。
「助けなさいよ、久くんを」
 泣き喚くだけの女に、悠花は声を投げた。燃え盛る眼光を向けた。
「私ね、妖に襲われた久くんを何回も助けてあげた。守ってあげたわ。貴女はどう? 私を殺して、久くんを助けてあげる……くらいの事も出来ないで、私から奪うの? 久くんを」
 悠花は微笑んだ。
 足元で、夫の命が消えてゆく。完全に消え失せた時、自分はもはや後戻りが出来なくなる。隔者として、いや破綻者として。
 そうなったら、ただひたすら殺すだけだ。
 目の前で無様に怯える、この女を。
 エントランスホール内を逃げ惑う、客やホテルマンたちを。
 ホテルの中にいる人々、外にいる人々を。
 この世の全ての人間を、殺せるだけ殺す。
 覚者として、これまで守ってきたものを、自分の手で打ち壊す事になる。
 構わない、と悠花は思う。足元で死にゆく夫を、じっと見下ろしながら。
 自分が一番、守りたかったもの……守れると信じていたものは、実は最初からこの世に存在しなかったのだ。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.破綻者・高柳悠花の撃破(生死不問)
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は元ファイヴ覚者(女、26歳。天行獣・午)の高柳悠花(旧姓・三國)で、現在は深度2の破綻者となっております。
 攻撃手段は蹴りを中心とする格闘戦(物近単)、それに『猛の一撃』と『雷獣』。

 場所は某県観光地のホテル、エントランスホール内で、客やホテル従業員たちが逃げ惑う中、悠花が夫・高柳久とその不倫相手の女を殺そうとしています。そこへ覚者の皆様に、まずは乱入していただきます。

 悠花の足元では高柳久が死にかけていますが、最初のターンで術式による回復が行われなかった場合、彼はそのまま死亡します。
 悠花の暴走は歯止めを失い、彼女を止めるにはもはや命を奪うしかなくなります。戦って体力がゼロになると同時に、悠花は死にます。手加減や峰打ちの余裕がなくなるほど暴走が激しくなる、とお考え下さい。

 高柳久が一命を取り留めた場合、悠花は彼の殺害よりも、邪魔をする覚者の排除を優先させます。

 覚者側の戦闘勝利後、高柳久生存の場合に限り、悠花への説得が可能となります。彼女は生きていますが、とどめを刺していただいても構いません。久氏の身の安全を考えるなら、それが最良とも言えます。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年08月25日

■メイン参加者 6人■

『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『恋結びの少女』
白詰・小百合(CL2001552)
『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ……とは言うけれど」
 逃げ惑う人々をかわしながら『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は呟いた。
「これは、それとは……うん、ちょっと違うのかな」
 自分たちの恋路を自分で台無しにした男が、荒馬の蹄に踏まれ、死にかけている。
 その蹄は、ウェディングドレスの裾から現れていた。獣憑・午の証。
 彩吹は、声をかけた。
「ともあれ。はい、そこまで」
「……夢見の誰かが、私を見つけちゃったのね。誰? 真由美? 相馬くん? それとも万里ちゃん?」
 半人半獣の異形をウェディングドレスで隠しきれていない女性が、夫の身体を踏みにじりながら、覚者6人に微笑みかける。
「あなたたち、真由美に伝えておいてよ。結婚は……急いじゃ駄目、ってね」
「肝に銘じておきましょう。それより悠花さん、落ち着いて下さい」
 応えたのは『世界樹の癒し』天野澄香(CL2000194)である。
「浮気に怒る気持ちは、私もわかります。同じ女ですから……だけど、まずは話し合いましょう?」
「久くんとはね、結婚前に随分、話し合ったわ。そのつもりだった」
 元ファイヴ所属、天行獣の覚者……現在は破綻者である、高柳悠花は言った。
「それで、わかり合えたと思っていた……私が結局、どうしようもないバカだったのね。覚者と、そうじゃない人が結婚して一緒に暮らす。それが一体どういう事なのか、綺麗な言葉しか出てこない話し合いなんかで、わかるわけがないって言うのに」
「……ま、そういうこったな。トチ狂った破綻者を、話し合いで止められるワケがねえ」
 人影が、踏み込んで行く。『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)だ。
 その拳が炎を発し、悠花を直撃する。
 立ちのぼる爆炎が一瞬、荒ぶる獅子の姿を形作った。
 炎の獅子に灼かれながら悠花が後方へと吹っ飛び、だが倒れずに踏みとどまる。
「……面白い技、使うのね。兎の坊や」
「飛騨直斗オリジナルの『ぐりふぉん』だよ、馬の先輩。そして成りかけの同類さんよ、堕ちた気分はどうだ!? おい」
「あなたは……『堕ちた』事がある感じね」
「最初っから堕っこちてた。今はちょいと浮かび上がって、前よりはマシな所にいるよ」
「じゃ今度は……地獄にでも、堕ちてみる!?」
 焼け焦げたウェディングドレスが裂け、蹄が跳ね上がる。
 悠花のその蹴りが、直斗を直撃した。
 否。直斗の眼前にいつの間にかある、岩石のようなものを直撃していた。
「ぐっ……」
 左右2枚の盾で防護の構えを取った『献身なる盾』岩倉盾護(CL2000549)である。
「……人殺し、絶対阻止」
「石ころみたいな坊やがいたのね。貴方から踏み割ってあげましょうか?」
「させませんよ」
 澄香が言いながら、たおやかな両腕と翼を広げる。
 植物の芳香が、覚者6名を包み込んだ。清廉珀香。
 かぐわしい術式の粒子がキラキラと舞う中に、いくつもの小さな炎がちょこまかと着地する。
 炎で組成された、何匹もの仔猫。
 それらは『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が小さな手で抱え開いた、巨大な魔法書からこぼれ落ちていた。
 炎の仔猫たちを覚者6人の周囲に控えさせながら、彼女は声を発している。逃げ惑う、客やホテルマンたちに向かってだ。
「皆さん、この場にいるのは危険です! 私や仲間の指示に従って、最寄りの出口や通路から避難して下さい!」
「懐かしいわ。私にもね、そうやって世のため人のために戦っていた時期があったの」
 悠花が、微笑ましげに言った。
「それが、いつしか久くん1人を守るための戦いに変わって……本当に、懐かしい……今では全部、何もかもが夢のよう」
「夢なんかには、しません。私たちが」
 ラーラは言った。
「せっかく掴んだ幸せが、こんな事になってしまって……辛かったんですね悠花さん、辛くないわけがないんです。だけど……かつて守ってきた人たちを手にかけてしまったら、あなたはもう戻れなくなります。これ以上、自分を傷付けないで下さい」
「それ系のお説教、した事あるわぁ私も。頭のおかしい隔者とか破綻者みたいな連中を相手にねえ。話通じた事なんて1度もなかったけど」
 悠花が会話に気を取られている間、やっておかなければならない事がある。
 まずは、
「おい、こら浮気者。生きてる? 生きてなさい」
 妻の蹄から解放された高柳久の身体を、彩吹は物のように担ぎ上げた。
 そして悠花から可能な限り遠ざけて床に放り出す。怪我人だが、丁寧に扱ってやる余裕はない。
「死んで楽になんかさせないから……小百合、頼むね」
「お任せ下さい……」
 放り出され横たわる久の身体に、『恋結びの少女』白詰小百合(CL2001552)が両手を触れる。
 たおやかな繊手から『大樹の息吹』が発せられ、内臓破裂の重傷を負った肉体へと流れ込んでゆく。
 要救助者がとりあえず一命を取り留めたのを確認しながら、彩吹は『天駆』を発動させた。
 火行術式の力が全身を駆け巡り、細胞が猛々しく燃えたぎる。
「……よし」
 バズヴ・カタを握り構えながら、彩吹は翼を広げた。黒い、鴉の翼。
「ひいっ……バケモノ……」
 か細い悲鳴が聞こえた。
 彩吹とそう年齢の違わぬ若い女が1人、すぐ近くで震え上がっている。高柳久の不倫相手。
「ああ、そう言えばもう1人いたね。要救助者が」
 彩吹は笑った。女は、泣いている。
「バケモノどもが……寄ってたかって、あたしから久さんを……久さんにはねぇ、あたしが先に!」
「わかったわかった。自分の足で歩けるなら、とっととお逃げ」
 喚く女を庇う形に、彩吹は悠花と対峙した。
「ねえ悠花さん。こんな連中の言葉に付き合って、本当にバケモノになってしまう必要はない。武器を構えて言う事じゃないけれど……どうか、落ち着いてくれないかな」
「落ち着いてるとねぇ、久くんとの楽しい思い出とか頭の中でぐるぐる回り出して、私……その女のはらわた蹄で引っかき回したくなっちゃうのよぉ」
「私のはらわた引っかき回していいよ。やれるものなら、ね」
 彩吹は言った。
「だけど今、旦那さんのはらわた蹴り潰したばっかりじゃないか。もちろん奥さんの権利としては当然と思うけど、もうやめておいた方がいい」
「現役の頃はね、思ってた。隔者とか破綻者って連中、どうしてこんなに話通じないんだろうって。だけど今なら、少しだけわかるわ。あいつらの気持ち」
 悠花の美貌が、ニヤリと凶悪にねじ曲がった。
「よってたかっての説得って、結構……神経、逆撫でされるわ」
「あっそう? じゃあよォ、寄ってたかって首狩る事になっちまうかもだけど」
 言いながら、直斗が妖刀を抜く。
「その覚悟、出来た上で……破綻者なんかになっちまってんだろーなぁ? 馬の先輩よお」
「やあねえ、兎の坊やが調子に乗っちゃってる……」
 直斗と悠花が、再びぶつかり合うのか。
 そう思えた瞬間、盾護が短く、何かを呟いた。唱えた。
 戦巫女之祝詞、である。
 その恩恵が、キラキラと直斗の身体を包み込む。
「あらあら。猪口才な事するのねえ、石ころ坊や」
 微笑む悠花に向かって、直斗が妖刀を振るう。
 その斬撃は、かわされた。空を切った刃の周囲に、しかし凶花が咲き、毒香を放つ。
 仇華浸香が、悠花を包み込んでいた。
「こいつも猪口才だろうが、それで結構! 猪口才もな、積もれば山になるぜえ」
「じゃ、その山を吹っ飛ばしてあげる……」
 悠花が手にしている花嫁のブーケが、ガス状の黒いものを噴射した。
 雷雲だった。


 雷鳴を伴う電撃光が、直斗を、彩吹を、盾護を、打ち据える。
 臓物をも揺さぶる感電の痙攣を晒しながら、盾護は思った。
(経験不足……露呈、している……?)
 戦巫女之祝詞は、物理的攻撃に対する堅固さを高めてくれる。だが、電撃に対しては。
「ぐゥッ! あっがががががが!」
 絡み付く電光に全身あちこちを灼かれながら、直斗が絶叫を張り上げる。
 同じく電光に絡まれ、電熱で血を沸かされながら、盾護は唇を噛んだ。
 自分の術式は全く、直斗の役に立っていない。
「おいッ……気にするなよ、盾護さんが……迂闊だった、わけじゃあねえ!」
 感電の嵐に抗いながら、直斗が叫ぶ。
「物理系の防御が、強くなった……そう見た瞬間、得意の蹴りを封印してっ……術式攻撃に、切り替えてきやがった! この馬女、破綻者のくせして理にかなった事……」
「ベテランだね……伊達に、元ファイヴじゃ……」
 彩吹が、呻きながら血を吐いた。
「……私の術式も、見てもらうよ……先輩……ッ!」
「私も!」
 澄香が叫ぶ。
 悠花の全身が突然、炎に包まれ、荊に巻かれた。
 火蜥蜴の牙と、棘散舞。
 迸る血飛沫が、炎に灼かれて蒸発する。
 そんな凄惨な有り様を晒しながら、悠花は吼えた。
 それは悲鳴であり、怒号であった。
 慟哭でもある、のかも知れない。
 そんな事を思いながら盾護は再び、戦巫女之祝詞を唱えた。対象は、彩吹だ。
 仲間の守りを、高める。
 愚者の一つ覚えであろうと、今は自分に出来る事をするしかないのだ。


「バケモノ! バケモノ! バケモノどもが、寄ってたかって! あたしと久さんをぉおおッ!」
 女が泣き喚く。
 小百合は知っている。
 両親が自分を屋敷の外へ出さなかったのは、外界にはこのような人々しかいないからだ。
 このような人々との、会話。
 それは自分が決して避けては通れぬ、覚者としての試練なのだと小百合は思う。
「そうやって……泣き叫ぶだけ、なのですか? 久様のために、貴女がしてあげる事は」
 荒ぶる電光に絡み付かれた直斗、彩吹、盾護を、清廉珀香の粒子がキラキラと包み込む。
 香気に薄められた電光を、炎の仔猫たちがカリカリと噛み砕いてゆく。
 雷獣から解放された直斗が、猛然と悠花に斬りかかった。妖刀ノ楔。
 その戦いを背景に、小百合は要救助者2人に語りかけた。
「もしそうなら貴女に、久様を愛する資格はありません。久様も。一生の愛を誓い合ったお相手に対し、どのように考えておられるのですか?」
 彩吹が、続いて飛燕を繰り出す。
 戦巫女之祝詞で強化された一撃が、悠花に叩き込まれた。
 その間、澄香が『大樹の息吹』で前衛3名を包み込む。
 小百合は思う。自分にはまだ、直斗や彩吹のように前線で戦う力はない。治療回復の術式も、澄香には遠く及ばない。
 自分に出来る事は、ただ1つ。戦う力を持たない人々を、戦いの場から遠ざける。それだけだ。
「初恋もまだの小娘が、戯言を……そんなふうにお思いでしょうけど、私はハッピーエンドが大好き。ですから1人も死なせはしません。ついて来て下さい」
 久も、不倫相手の女性も、俯いたまま小百合の言葉に従ってくれた。ワーズワースが、効いているようではある。
「……バケモノ相手に……何やれってのよォ……」
 小百合の誘導に従ってホテル外へと向かいながら、女が呻く。
「バケモノが、久さんを奪っていく……あたしなんか……こうやって泣く以外ないじゃない……」


 エネミースキャンの結果、ラーラは朗報を得た。
 この高柳悠花という相手に対し、手加減の類は必要ない。
「悠花さん、貴女は強い……私たちの全力を、受け止めてくれる人」
 開いた魔導書から、燃え盛る隕石のような火の玉が2つ出現し、飛翔する。
「とてつもなく危険な破綻者としての貴女を、今は撃ちます……良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を! イオ・ブルチャーレ!」
 錬覇法による強化を得た火焔連弾が、悠花を直撃していた。
 荒れ狂う炎の中で、しかし悠花は凄惨な笑みを浮かべている。
「熱く燃え盛る石炭を、喰らわせてくれたわね……だけど!」
「悠花さん。あなたたち御夫婦が都合良く元に戻れるかどうか、私にはわかりません」
 ラーラは言った。
「だけど久さんを死なせてしまったら、その儚い機会が永遠に失われてしまうんです。そんな結末を私は望みません。貴女の意思は関係ない、これは私個人の勝手な思いです」
「そう、それでいいのよ。誰かのために戦う、なんて思っちゃ駄目……」
 毒香、炎、荊、それに妖刀の呪い。
 それらによる束縛を引きちぎるように悠花は踏み込み、蹄を跳ね上げた。
 蹴りによる『猛の一撃』が、彩吹を強襲する。
「私も……久くんのために、なんて思わなければ……!」
 直撃。鮮血の飛沫が舞い、彩吹が吹っ飛び、そして悠花も吹っ飛んでいた。
「霞……舞……」
 血を吐きながら、彩吹が呻く。
「綺麗なカウンター、というわけには……なかなか、いかないね……どうしても、痛々しい相打ちになってしまう……」
「ぐっ……こ、この程度……」
 よろよろと立ち上がろうとする悠花を見据え、彩吹は言った。
「凄い蹴り、だったよ……天馬の蹄、なんだって? つまらない暴力で汚す、なんて……もったいない……」
 立てぬ彩吹を背後に庇って、盾護が立つ。
 守られながらも、彩吹は言葉を続けた。
「他人様の色恋沙汰に、私がアドバイスなんて出来ないけれど……誰かを思う気持ちって、綺麗なものだと思う……天馬の蹄は、綺麗なもののために……」
「綺麗なもの、なんて……ふふっ、あるのかしらねえ……!」
 ゆらり、と攻撃の構えを取ろうとする悠花に向かって、盾護が念弾を発射する。
 正直、彼の術式攻撃では……とラーラが思っている間に、悠花が片手を振るっていた。小さな念弾が、叩き落とされてしまう。
 それは、しかし隙となった。
 矢のような、小さく鋭利なエアブリットが、その隙をついて悠花に突き刺さっていた。
「私……わからなくなって、しまいました……」
 要救助者2名の避難誘導に当たっていた小百合が、いつの間にか戻って来ていた。
 彼女のエアブリットを受けた悠花が、ゆっくりと倒れる。
 見つめながら、小百合は言った。
「あの女性も、久様の事を……純粋に愛しておられた、ように思えて……私が、どなたかに恋をしたら……あの方のようにも、悠花様のようにも、なってしまうのかも……」


 小百合の悩みは、意外に短時間で解決してしまったようである。
「私、理解いたしました。恋愛に、ただひとつの正しい答えなど存在しないのですね」
「そうかも知れねえが小百合さん、もっともな事言いながら俺の耳と尻尾いじるの、やめてくんねえかなあ」
「あ……ご、ごめんなさい直斗様。私、けもの系の方を見るとその、どうしても」
「駄目だよ小百合、あんまり直斗に馴れ馴れしくしたら」
 死にかけていた彩吹も、術式による治療を終え、今は軽口をたたいている。
「何しろ気になる子がいるんだもの。ね? 直斗」
「まあ、そうなのですか。応援いたします、直斗様」
「ななななな何言ってんのかわかんねえよ2人とも。そ、それより澄香さん」
「大丈夫。ラーラさんの言うとおり、頑丈な人ですよ」
 倒れた悠花に『大樹の息吹』を施しながら、澄香は語りかけた。
「痛い思いをさせて、ごめんなさい悠花さん。久さんの事、本当に愛しているんですね……夫婦喧嘩は、心ゆくまでやればいいと思います。犬も食わない、とは言いますが」
 高柳夫妻の、今後の事はわからない。ファイヴが関与すべき事でもない、とは言える。
「覚者としての能力を……使わないで喧嘩をする方法、覚えないとですね。悠花さん」
「……貴女、うざったいわね」
「よく言われます」
 澄香は微笑んだ。
「久さんは結局、逃げてしまいましたか。平手打ちの一発くらいは、と思ったんですけど」
「あの手の男はな。一発二発ぶちのめしても、自分は正当な罰を受けたからもう大丈夫、くらいにしか思わねえさ」
 直斗が言った。
「で、だな悠花さん。その、女性陣の前じゃ言いにくいんだがよ」
「……わかってるわ兎の坊や。私は私で……久くんのために、こんなに頑張っているのに……としか、思っていなかった」
「ま、どうにか2人とも生きてるんだ。話し合ったらいいと思うぜ」
「言うね直斗。恋愛というもの、思春期の少年なりに理解しようと努力して」
 彩吹が1人うんうんと頷いている。
「お姉さん、とっても感心」
「お姉さんって、俺と大して年齢違わねえじゃんよ」
「……そう、か。私の年齢、直斗には教えてなかったっけ」
 女子高生にしか見えない彩吹が、一瞬だけ躊躇をした。
「……私、23歳」
「えっ、もうそんな微妙な年……」
 うっかり口走ってしまった直斗に、澄香は微笑みかけた。
「あのね直斗くん、私も23歳。微妙ですか?」
 にこにこ、にこにこと笑いながら彩吹と澄香が、直斗に歩み迫る。
 青ざめた直斗が、盾護の後ろに身を隠す。
「たっ助けてくれ、献身なる盾……」
「むむむ無理。盾護でも、これは防げない……」
 怯える少年2人を、澄香と彩吹は容赦なく捕獲した。
「……今夜は飲みましょうか、彩吹さん」
「そうだね、おつまみもゲットした事だし」
「盾護、無関係……」
 聞く耳持たず盾護を捕らえたまま、澄香は言った。
「悠花さんも御一緒に、どうですか?」
「駄目ですよ。破綻者だった人には、ファイヴで適切な治療を受けていただかないと」
 ラーラが、肩を貸すように悠花に寄り添う。
「救護班が来てくれてるみたいです。私たちで悠花さんをお連れしますから……あとの事は、まあ適当に。さ、行きましょう小百合さん」
「私、澄香様たちのお話に興味が……」
「駄目。これは深入りしちゃいけないお話です」
 少女2人に連れられながら、悠花は1度だけ振り向いた。
「気を付けなさいね……破綻者になるのって、意外と簡単よ」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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