目覚めるまえのクロニクル
●ただの人間だった頃
あなたにも、ただの人間だった頃がありましたね。
発現する前。
覚者や隔者と呼ばれる前。
力なきヒトだった頃。
あなたは何が好きで、何が嫌いでしたか?
何を求めて、何を失いましたか?
今こそページをめくり、過去を回想してみましょう。
あなたがただの人だった頃を。
あなたにも、ただの人間だった頃がありましたね。
発現する前。
覚者や隔者と呼ばれる前。
力なきヒトだった頃。
あなたは何が好きで、何が嫌いでしたか?
何を求めて、何を失いましたか?
今こそページをめくり、過去を回想してみましょう。
あなたがただの人だった頃を。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.発現する前を回想する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
発現者である今から過去へ遡り、発現する前のことを思い返してみましょう。
こちらはキャラクターの過去を掘り下げる変則日常シナリオです。
リプレイでは過去の日常、つまり発現する前の日常風景を描きます。
プレイングにもそれを意識しつつ、当時を思い返すように書いて頂いてOKです。
もしアレンジがOKでしたら、EXプレイングにでも『アレンジOK』と書いて頂けると頑張ります。
相談することが無いとは思いますが、折角ですので『自分は発現する前こうだった』ということを語り合ってみてはいかがでしょうか。
プレイングの刺激にもなりますし、なにより楽しいと思いますので。
楽しいついでに、紅茶のポットとクッキーをテーブルに置いておきますね。ご自由にお取りになってくださいませ。
それでは、よい回想を。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年08月20日
2017年08月20日
■メイン参加者 6人■

●目覚めるまえのクロニクル
むかしむかしの、そのむかし。
ひとがひとであったころ。
だれもがおなじだったころ。
●『教授』新田・成(CL2000538)のクロニクル
五麟大学考教授。酒蔵に生まれ酒造を学び、巡り巡って再び五麟大学の教授となった彼に、いかようにして様々な知識や武術が身についたのか。
その謎を知るものは、実のところきわめて少ない。
そんな彼のルーツを探るべく、およそ40年前の日本へと舞台を移すこととしよう。
畳。
うつ伏せの死体。
靴下にしみこむ血。
かつて18歳だった新田成が初めて刀で人を斬った時の光景である。
押し入り強盗による家族への被害と未成年という成り行き、そして当時のデリケートな社会情勢も相まって、彼は若くして不幸な目にあった青年として世間から伏せ目にされた。
殺人罪で起訴され投獄されるよりはずっとよかった……のだろうか。
彼を同情する声や、黙って避ける者たちの視線は、彼の人生を歪めるに充分だった。
それから十年とすこし。
ベルリンの壁が崩れるまえのころ。
異国の留学生の皮を被った成は、世界中の諜報機関が入り乱れるコ毒のごとき世界にいた。
優れていたから生き残ったのではなく、生き残るために優れなければならなかった。しかしそんな世界の中で、彼を『仕方なく人を斬った元青年』として見る者はいなかった。そんなレッテルがかすれてきえる程、彼は人を斬り殺してきたのだ。
「おいサムライ、暫くシカゴライターと遊んでてくれ」
見知らぬ諜報員がそんなことを言って拳銃を抜いた。FBIともMI6とも人武局ともとれる、どこかの国のなんかのスパイだ。
利害の一致から協力したが、明日にはお互い殺し合ってもおかしくない相手だった。
サムライとは紳士然とした杖をひねって刀を抜く成についた、きわめて安直な通り名である。
「承知しました。言っておきますが、弾丸を斬ったりはしませんよ」
短機関銃の嵐の中に飛び出す成。
明日には死んでいてもおかしくない、そんな日々のことである。
ふくらむカーテンと蝉の声。
研究所のオフィスで、成は目を覚ました。
「……懐かしい夢を見ましたね」
ふと見ると、古いドイツ製の杖が飾られている。
●『幸福の黒猫』椿 那由多(CL2001442)のクロニクル
那由多にとってお勉強とは、机に向かってノートに漢字を書き連ねたり計算ドリルを解き続けたりすることではなかった。
「ととさま、うち足しびれてもた……」
幼い那由多がそう言っても、厳格な父は沈黙をもって返すのみである。
「かかさま」
振り返って母を見れば、『がんばって』と笑顔を返すのみである。
なんでこんなことをしなければならないのか。他の子供はテレビゲームやサッカーをして遊んでいるのに。そう問いかけた時には、母は『那由多やないとできないことなんよ』と返してくれていた。
今から思えば、最大限に言葉を選んだ結果だったのだろう。
しかし幼い彼女にとって自分にしか出来ないことほど素晴らしいものはない。
それに。
「できたやん! よおがんばったね! 舞、もいちど見せて」
言いつけ通りに祝詞を暗記すれば手放しで褒められ、舞を上手に踊って見せれば拍手をしてくれた。
褒めてくれること。
見てくれること。
那由多にとって、それ以上のものはなかった。
抱きしめられて『那由多はええこやな』と頭を撫でられる瞬間ほどに、幸せなことなど。
「この子が那由多さんですか?」
それから、どれほど経ってのことだろうか。
実家でもある神社を背負う自覚が育ち、立派に神主の仕事をこなせるようにと修行を続けていたある日のこと。
『じんじゃちょう』という所の女性が、那由多を尋ねてきた。
「素敵な守護使役をつれていますね。あなた、お国のために戦う気はありませんか?」
薄目を開ける。
どうやら座ったまま眠っていたようだ。
那由多は目をこすって小さくあくびをした。
「なんや……昔の夢、みとったみたいやな」
夢の内容を思い返してみる。最後のところが少し曖昧だった。
たしか、那由多が発現したことを聞きつけた神社庁の人間が、当時盛んだった妖退治の国営化運動の人員としてスカウトにやってきたのだった、きがする。
あのあとどうなったのだったか。
父や母は、どんな顔をして、どんなことを言ったのだったか。
少なくとも自分は今ファイヴにいて、時折簡単な仕事を受けたり受けなかったりするくらいだが、もしあの時の誘いを受けていたのなら……。
いや、遠い過去のIFはよそう。
「ととさま、かかさま……」
那由多はただ、蝉のなく曇り空を見上げた。
●楠瀬 ことこ(CL2000498)のクロニクル
「おつかれさまでーす!」
雑誌撮影の仕事明け、スタジオからたかたかと出て行くことことマネージャーは、ある人物の前で足を止めた。
「ことこさん」
見上げるほどの大男で、漫画に出ててくる殺し屋みたいな顔をしている。
彼は小さく頭を下げてこう言った。
「お疲れ様です。撮影、見させて貰いました。いい笑顔でした」
「ありがとうね、社長さん!」
差し入れだと言って手渡されたジュースを受け取って、ことこは少しだけ昔の話を思い出した。
むかしむかし、ことこが小学生で、羽根の無い天使だった頃。
両親からことこちゃんは天使だ天使だと育てられキラッキラに輝いていた頃。
父親が血相を変えて家の外に立っていたことがある。
またぞろ自宅まで告白しに来た男子がいたのだろうか。とはいえ学校でも人気の彼女である。そんなこと珍しくも無いし、物騒な話にはならないだろうとテレビをぼーっと見ていたが……。
「なんですか! 警察を呼びますよ!」
物騒な話になっていた。
ちょこんと窓からのぞき見ると、漫画で見た殺し屋みたいな顔をした大男が父とにらみ合っていた。
後に彼がアイドル事務所の人間で、元から人を似たんだような顔をしていただけだということがわかるのだが、当時のことこにはなかなかデンジャラスな出来事であった。
それから毎日、雨の日も風の日も妖が出た日も、男は家の前に立っては名刺を置いていった。
それがなんと一ヶ月も続いたことで家族も本腰を入れたらしく、彼の話を聞くに至り、ことこをどんなアイドルに育てたいかをひたすらにプレゼンする日々へと続いた。
長い長い日が過ぎ、ついに話がまとまった頃。
「あのね、わたし羽が生えちゃって……」
座敷に座り、斜め下を見やることこ。
正面に正座したスカウトマンは、ことこの顔と両親の顔、そしてことこにはえた翼を見て、二度ほど頷いた。
「問題ありません」
なにを言ってるんだろうこの人、と思った。
覚者は良くも悪くも人間と違う生き物である。ただのカワイイ小学生として売り出そうとしていた計画はパーになっただろうし、事務所もろとも色眼鏡で見られることになるだろう。
しかし。
「ことこさんは、ことこさんなので」
そう言って、契約書にサインをした。
でもそれじゃあ困る。なにか要望はないのか。そんな風に尋ねたところ、彼は……。
ジュースを手に、ことこは事務所の社長に笑いかけた。
「ちゃんと約束、守ってるよ」
●『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)のクロニクル
オモチャで遊ぶように人を斬り、テレビゲームのように戦争をする子供、御影きせき。
大きく歪んだ彼にも、ごく普通の子供だった頃があった。
今から五年ほど前。
夏の出来事である。
『今年は例年で一番の猛暑となります。熱中症にくれぐれも気をつけましょう。そんな時に便利なグッズがこれ!』
テレビでは毎年のように史上最悪と言い張る猛暑ニュースが流れている。春には花粉症しかり流行風邪しかり、テレビニュースというものはいつも大げさだ。
『さて、○○県で起きた隔者連続刺殺事件の続報です。取材班は容疑者の父親への突撃取材を行ない――』
妖が出れば未曾有の大災害であるかのように報じ、隔者犯罪が起きれば卒業文集を晒してまで歪んだ凶悪犯像を強調する。
当時小学六年生のきせきもまた、そんな空気をなにとはなしに察していた。
まあ当時から『中学生はキレてナイフを振り回す』だの『ニートは犯罪者』だの言っていた頃だったので、テレビってわけわかんないこと言うよねくらいに思っていたものである。
実際、きせきの周りでそれらしい事件が起きたことはないし、妖も見たことが無い。山から下りてくる熊と同じくらいに縁遠い存在だった。
むしろ彼にとって重大なのは……。
「これでいいでしょ!? これでランド行ける?」
大人気のテーマパークに遊びに行くというので、その準備に大忙しだった。
夏休みの家族客を狙ってイベント盛りだくさんで構えるテーマパーク。
そこへ連れて行って貰う約束にと宿題をせっせと終わらせて、これでどうだと親に見せつけた次第である。
頷く母親に、きせきは手放しで喜んだ。
明日は身軽にしなさいねと言われているのに、何を持って行こうか迷って結局リュックサックをぱんぱんにした。
お菓子を自分のリュックサックに詰めるかたわらちょっとつまみ食いした。
「楽しみだなあ……そうだ、予習しなくっちゃ!」
ガイドブックを開いて目を輝かせるきせき。
その翌日、彼は全てを喪うことになる。
●『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)のクロニクル
よく知らぬ者から素朴にされる質問のひとつとして――
『ラーラさんって海外に居た頃も覚者だったの?』
というものがある。
因子や妖なんてものはスーファミくらいにナウいものだったし、『URL』が何をさす言葉か分からない人が沢山いるように、覚者だとか神秘の国境だとかを知らない人もそこそこ居る者である。
そんな中でも特に誤解を受けたのが、ラーラの出身イタリアの地に伝わる『魔法使い』の存在である。
「えっと、魔法使いっていうのは魔術を行使する人々の総称……魔法とは悪魔の力を借りた術のことです。自身のエネルギーを使う覚者の術式とは根本的に違うものなんです」
という説明を、別に毎回しているわけではない。真面目な性格ゆえに結構細かい説明をしてしまいがちな彼女ではあるが、さすがに耳ダコなのだ。
「特に私の家系は魔女ベファーナの生まれ変わりが出ると信じられていて……あっ、魔女ベファーナというのはキリスト教に伝わる伝説の人物で、日本語に直訳すると魔女とはなるんですが悪魔に魂を売ったわけではなくてですね、アメリカで言うサンタクロースみたいに、クリスマスにはよい子にお菓子をあげる求道者として描かれているんですよ」
と言うところまで説明してやっと『ああだからいつもイオブルチャーレしてるんだね!』と言われるまでがパターンである。
まあそんなわけで、魔女とは言いつつもかなり聖人寄りの術は何もかもが独特で、それなりに勉強に強いラーラであってもそう簡単に覚えられるものではなかった。
更に言えばラーラの家系はカグツチ信仰の神社から来ているせいか火の恩恵があったものだから、一族の間からかなり白い目で見られていたという。
そんな彼女が発現したのは13歳の頃。
日本への旅行中になんかピンクいネコめいたものが見えてすわ危険な薬でも吸ってしまったかと目を白黒させたのが始まりである。
近くの病院で見て貰い、くさなぎしき? しんだんほう? みたいなので自身が発現しているという事実を知ったのだった。
ただそれだけなら、旅行中の珍体験で済んだのだが……。
試しに覚醒してみて驚いた。灼眼銀髪。ビスコッティの家に伝来するベファーナの特徴そのままだったからだ。
厳密な話をするとベファーナ像は伝承によって異なるので、あくまでビスコッティ一族の伝承にそった内容なのだが、さておき……。
こうして日本に運命を感じたラーラは日本への留学を決意。
自らの運命を背景に、今日も自分らしく慢心している。
●『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)のクロニクル
特撮ドラマは全少年の憧れである。
大人っぽいガジェットで変身して、剣や銃を振り回して悪いクリーチャーをやっつける。
ビニール刀を振り回して当時話題だった必殺技を叫びながら飛び回るという……男たちの半数以上が経験したであろう幼少時代を、奏空も例外なく送っていた。
「ねえおじさん! ここにも出ないの? あやかし!」
当時小学二年生であった奏空がそんな風に言ってビニール刀で指し示したのは、古びた寺の墓地であった。
今でこそ妖がどういうものか身をもって知っている奏空ではあるが、当時の彼からすると『テレビで見る悪い奴』である。
肉眼で見たことはあったが、それをクラスメイトに『俺妖見たぜ!』『まじで? つえー!』みたいな話題にできた程度である。
彼ら少年たちにとって妖なんていうものは、怪談話に聞く幽霊ほどではないが、実在の犯罪者よりは見かけない存在だった。
実際こういう地域はそこかしこにあって、妖の発生度合いが比較的少なかったり地元覚者が自然抗体的に駆除して回っていたりと、ちゃんとした理由があったりする。当時は(と言うか今も)妖の発生分布みたいなものは作れていないし作る手段がないので、今の奏空にもちゃんとした理由は分かっていない。
さておき……。
「ねえおじさんってば、あやかし出ないの!?」
ちょっとしつこく聞く奏空に、寺の住職であったおじさんは『あー、まー……でないんじゃないか?』という曖昧を通り越したスカスカな反応を返してきた。
当時はまあそういうものなんだろうと子供なりに納得したものだが……。
「あれ、どういう意味だったんだろうなあ」
寺の掃除をしていると、奏空はふと子供の影を見つけた。
特撮ヒーローのオモチャを手に、なりきって遊んでいる最中であるらしい。
お寺というのはやたらに広いので、こういう雑な遊びがしやすいのだ。
そんなことよりお掃除お掃除と箒をとると……。
「なー、にーちゃん」
急に声をかけられた。振り返る奏空。
お面をあげ、オモチャの剣で崩れた倉を指し示す。
「ここって出ないの? あやかし!」
その目のらんらんとしたことよ。
出ると言えば今にもそのオモチャで妖退治の冒険に出かけそうなテンションに、奏空は作り笑いで。
「あー、まー……出ないんじゃないか?」
と、応えてやった。
むかしむかしの、そのむかし。
ひとがひとであったころ。
だれもがおなじだったころ。
●『教授』新田・成(CL2000538)のクロニクル
五麟大学考教授。酒蔵に生まれ酒造を学び、巡り巡って再び五麟大学の教授となった彼に、いかようにして様々な知識や武術が身についたのか。
その謎を知るものは、実のところきわめて少ない。
そんな彼のルーツを探るべく、およそ40年前の日本へと舞台を移すこととしよう。
畳。
うつ伏せの死体。
靴下にしみこむ血。
かつて18歳だった新田成が初めて刀で人を斬った時の光景である。
押し入り強盗による家族への被害と未成年という成り行き、そして当時のデリケートな社会情勢も相まって、彼は若くして不幸な目にあった青年として世間から伏せ目にされた。
殺人罪で起訴され投獄されるよりはずっとよかった……のだろうか。
彼を同情する声や、黙って避ける者たちの視線は、彼の人生を歪めるに充分だった。
それから十年とすこし。
ベルリンの壁が崩れるまえのころ。
異国の留学生の皮を被った成は、世界中の諜報機関が入り乱れるコ毒のごとき世界にいた。
優れていたから生き残ったのではなく、生き残るために優れなければならなかった。しかしそんな世界の中で、彼を『仕方なく人を斬った元青年』として見る者はいなかった。そんなレッテルがかすれてきえる程、彼は人を斬り殺してきたのだ。
「おいサムライ、暫くシカゴライターと遊んでてくれ」
見知らぬ諜報員がそんなことを言って拳銃を抜いた。FBIともMI6とも人武局ともとれる、どこかの国のなんかのスパイだ。
利害の一致から協力したが、明日にはお互い殺し合ってもおかしくない相手だった。
サムライとは紳士然とした杖をひねって刀を抜く成についた、きわめて安直な通り名である。
「承知しました。言っておきますが、弾丸を斬ったりはしませんよ」
短機関銃の嵐の中に飛び出す成。
明日には死んでいてもおかしくない、そんな日々のことである。
ふくらむカーテンと蝉の声。
研究所のオフィスで、成は目を覚ました。
「……懐かしい夢を見ましたね」
ふと見ると、古いドイツ製の杖が飾られている。
●『幸福の黒猫』椿 那由多(CL2001442)のクロニクル
那由多にとってお勉強とは、机に向かってノートに漢字を書き連ねたり計算ドリルを解き続けたりすることではなかった。
「ととさま、うち足しびれてもた……」
幼い那由多がそう言っても、厳格な父は沈黙をもって返すのみである。
「かかさま」
振り返って母を見れば、『がんばって』と笑顔を返すのみである。
なんでこんなことをしなければならないのか。他の子供はテレビゲームやサッカーをして遊んでいるのに。そう問いかけた時には、母は『那由多やないとできないことなんよ』と返してくれていた。
今から思えば、最大限に言葉を選んだ結果だったのだろう。
しかし幼い彼女にとって自分にしか出来ないことほど素晴らしいものはない。
それに。
「できたやん! よおがんばったね! 舞、もいちど見せて」
言いつけ通りに祝詞を暗記すれば手放しで褒められ、舞を上手に踊って見せれば拍手をしてくれた。
褒めてくれること。
見てくれること。
那由多にとって、それ以上のものはなかった。
抱きしめられて『那由多はええこやな』と頭を撫でられる瞬間ほどに、幸せなことなど。
「この子が那由多さんですか?」
それから、どれほど経ってのことだろうか。
実家でもある神社を背負う自覚が育ち、立派に神主の仕事をこなせるようにと修行を続けていたある日のこと。
『じんじゃちょう』という所の女性が、那由多を尋ねてきた。
「素敵な守護使役をつれていますね。あなた、お国のために戦う気はありませんか?」
薄目を開ける。
どうやら座ったまま眠っていたようだ。
那由多は目をこすって小さくあくびをした。
「なんや……昔の夢、みとったみたいやな」
夢の内容を思い返してみる。最後のところが少し曖昧だった。
たしか、那由多が発現したことを聞きつけた神社庁の人間が、当時盛んだった妖退治の国営化運動の人員としてスカウトにやってきたのだった、きがする。
あのあとどうなったのだったか。
父や母は、どんな顔をして、どんなことを言ったのだったか。
少なくとも自分は今ファイヴにいて、時折簡単な仕事を受けたり受けなかったりするくらいだが、もしあの時の誘いを受けていたのなら……。
いや、遠い過去のIFはよそう。
「ととさま、かかさま……」
那由多はただ、蝉のなく曇り空を見上げた。
●楠瀬 ことこ(CL2000498)のクロニクル
「おつかれさまでーす!」
雑誌撮影の仕事明け、スタジオからたかたかと出て行くことことマネージャーは、ある人物の前で足を止めた。
「ことこさん」
見上げるほどの大男で、漫画に出ててくる殺し屋みたいな顔をしている。
彼は小さく頭を下げてこう言った。
「お疲れ様です。撮影、見させて貰いました。いい笑顔でした」
「ありがとうね、社長さん!」
差し入れだと言って手渡されたジュースを受け取って、ことこは少しだけ昔の話を思い出した。
むかしむかし、ことこが小学生で、羽根の無い天使だった頃。
両親からことこちゃんは天使だ天使だと育てられキラッキラに輝いていた頃。
父親が血相を変えて家の外に立っていたことがある。
またぞろ自宅まで告白しに来た男子がいたのだろうか。とはいえ学校でも人気の彼女である。そんなこと珍しくも無いし、物騒な話にはならないだろうとテレビをぼーっと見ていたが……。
「なんですか! 警察を呼びますよ!」
物騒な話になっていた。
ちょこんと窓からのぞき見ると、漫画で見た殺し屋みたいな顔をした大男が父とにらみ合っていた。
後に彼がアイドル事務所の人間で、元から人を似たんだような顔をしていただけだということがわかるのだが、当時のことこにはなかなかデンジャラスな出来事であった。
それから毎日、雨の日も風の日も妖が出た日も、男は家の前に立っては名刺を置いていった。
それがなんと一ヶ月も続いたことで家族も本腰を入れたらしく、彼の話を聞くに至り、ことこをどんなアイドルに育てたいかをひたすらにプレゼンする日々へと続いた。
長い長い日が過ぎ、ついに話がまとまった頃。
「あのね、わたし羽が生えちゃって……」
座敷に座り、斜め下を見やることこ。
正面に正座したスカウトマンは、ことこの顔と両親の顔、そしてことこにはえた翼を見て、二度ほど頷いた。
「問題ありません」
なにを言ってるんだろうこの人、と思った。
覚者は良くも悪くも人間と違う生き物である。ただのカワイイ小学生として売り出そうとしていた計画はパーになっただろうし、事務所もろとも色眼鏡で見られることになるだろう。
しかし。
「ことこさんは、ことこさんなので」
そう言って、契約書にサインをした。
でもそれじゃあ困る。なにか要望はないのか。そんな風に尋ねたところ、彼は……。
ジュースを手に、ことこは事務所の社長に笑いかけた。
「ちゃんと約束、守ってるよ」
●『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)のクロニクル
オモチャで遊ぶように人を斬り、テレビゲームのように戦争をする子供、御影きせき。
大きく歪んだ彼にも、ごく普通の子供だった頃があった。
今から五年ほど前。
夏の出来事である。
『今年は例年で一番の猛暑となります。熱中症にくれぐれも気をつけましょう。そんな時に便利なグッズがこれ!』
テレビでは毎年のように史上最悪と言い張る猛暑ニュースが流れている。春には花粉症しかり流行風邪しかり、テレビニュースというものはいつも大げさだ。
『さて、○○県で起きた隔者連続刺殺事件の続報です。取材班は容疑者の父親への突撃取材を行ない――』
妖が出れば未曾有の大災害であるかのように報じ、隔者犯罪が起きれば卒業文集を晒してまで歪んだ凶悪犯像を強調する。
当時小学六年生のきせきもまた、そんな空気をなにとはなしに察していた。
まあ当時から『中学生はキレてナイフを振り回す』だの『ニートは犯罪者』だの言っていた頃だったので、テレビってわけわかんないこと言うよねくらいに思っていたものである。
実際、きせきの周りでそれらしい事件が起きたことはないし、妖も見たことが無い。山から下りてくる熊と同じくらいに縁遠い存在だった。
むしろ彼にとって重大なのは……。
「これでいいでしょ!? これでランド行ける?」
大人気のテーマパークに遊びに行くというので、その準備に大忙しだった。
夏休みの家族客を狙ってイベント盛りだくさんで構えるテーマパーク。
そこへ連れて行って貰う約束にと宿題をせっせと終わらせて、これでどうだと親に見せつけた次第である。
頷く母親に、きせきは手放しで喜んだ。
明日は身軽にしなさいねと言われているのに、何を持って行こうか迷って結局リュックサックをぱんぱんにした。
お菓子を自分のリュックサックに詰めるかたわらちょっとつまみ食いした。
「楽しみだなあ……そうだ、予習しなくっちゃ!」
ガイドブックを開いて目を輝かせるきせき。
その翌日、彼は全てを喪うことになる。
●『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)のクロニクル
よく知らぬ者から素朴にされる質問のひとつとして――
『ラーラさんって海外に居た頃も覚者だったの?』
というものがある。
因子や妖なんてものはスーファミくらいにナウいものだったし、『URL』が何をさす言葉か分からない人が沢山いるように、覚者だとか神秘の国境だとかを知らない人もそこそこ居る者である。
そんな中でも特に誤解を受けたのが、ラーラの出身イタリアの地に伝わる『魔法使い』の存在である。
「えっと、魔法使いっていうのは魔術を行使する人々の総称……魔法とは悪魔の力を借りた術のことです。自身のエネルギーを使う覚者の術式とは根本的に違うものなんです」
という説明を、別に毎回しているわけではない。真面目な性格ゆえに結構細かい説明をしてしまいがちな彼女ではあるが、さすがに耳ダコなのだ。
「特に私の家系は魔女ベファーナの生まれ変わりが出ると信じられていて……あっ、魔女ベファーナというのはキリスト教に伝わる伝説の人物で、日本語に直訳すると魔女とはなるんですが悪魔に魂を売ったわけではなくてですね、アメリカで言うサンタクロースみたいに、クリスマスにはよい子にお菓子をあげる求道者として描かれているんですよ」
と言うところまで説明してやっと『ああだからいつもイオブルチャーレしてるんだね!』と言われるまでがパターンである。
まあそんなわけで、魔女とは言いつつもかなり聖人寄りの術は何もかもが独特で、それなりに勉強に強いラーラであってもそう簡単に覚えられるものではなかった。
更に言えばラーラの家系はカグツチ信仰の神社から来ているせいか火の恩恵があったものだから、一族の間からかなり白い目で見られていたという。
そんな彼女が発現したのは13歳の頃。
日本への旅行中になんかピンクいネコめいたものが見えてすわ危険な薬でも吸ってしまったかと目を白黒させたのが始まりである。
近くの病院で見て貰い、くさなぎしき? しんだんほう? みたいなので自身が発現しているという事実を知ったのだった。
ただそれだけなら、旅行中の珍体験で済んだのだが……。
試しに覚醒してみて驚いた。灼眼銀髪。ビスコッティの家に伝来するベファーナの特徴そのままだったからだ。
厳密な話をするとベファーナ像は伝承によって異なるので、あくまでビスコッティ一族の伝承にそった内容なのだが、さておき……。
こうして日本に運命を感じたラーラは日本への留学を決意。
自らの運命を背景に、今日も自分らしく慢心している。
●『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)のクロニクル
特撮ドラマは全少年の憧れである。
大人っぽいガジェットで変身して、剣や銃を振り回して悪いクリーチャーをやっつける。
ビニール刀を振り回して当時話題だった必殺技を叫びながら飛び回るという……男たちの半数以上が経験したであろう幼少時代を、奏空も例外なく送っていた。
「ねえおじさん! ここにも出ないの? あやかし!」
当時小学二年生であった奏空がそんな風に言ってビニール刀で指し示したのは、古びた寺の墓地であった。
今でこそ妖がどういうものか身をもって知っている奏空ではあるが、当時の彼からすると『テレビで見る悪い奴』である。
肉眼で見たことはあったが、それをクラスメイトに『俺妖見たぜ!』『まじで? つえー!』みたいな話題にできた程度である。
彼ら少年たちにとって妖なんていうものは、怪談話に聞く幽霊ほどではないが、実在の犯罪者よりは見かけない存在だった。
実際こういう地域はそこかしこにあって、妖の発生度合いが比較的少なかったり地元覚者が自然抗体的に駆除して回っていたりと、ちゃんとした理由があったりする。当時は(と言うか今も)妖の発生分布みたいなものは作れていないし作る手段がないので、今の奏空にもちゃんとした理由は分かっていない。
さておき……。
「ねえおじさんってば、あやかし出ないの!?」
ちょっとしつこく聞く奏空に、寺の住職であったおじさんは『あー、まー……でないんじゃないか?』という曖昧を通り越したスカスカな反応を返してきた。
当時はまあそういうものなんだろうと子供なりに納得したものだが……。
「あれ、どういう意味だったんだろうなあ」
寺の掃除をしていると、奏空はふと子供の影を見つけた。
特撮ヒーローのオモチャを手に、なりきって遊んでいる最中であるらしい。
お寺というのはやたらに広いので、こういう雑な遊びがしやすいのだ。
そんなことよりお掃除お掃除と箒をとると……。
「なー、にーちゃん」
急に声をかけられた。振り返る奏空。
お面をあげ、オモチャの剣で崩れた倉を指し示す。
「ここって出ないの? あやかし!」
その目のらんらんとしたことよ。
出ると言えば今にもそのオモチャで妖退治の冒険に出かけそうなテンションに、奏空は作り笑いで。
「あー、まー……出ないんじゃないか?」
と、応えてやった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
