【つぎはぎ】つぎはぎの夜・憤怒
●冥宗寺
受話器を握りしめたまま、冥宗寺――義堂 隆寛は立ち尽くした。
――切られた?
不通音が不安を掻き立て、胸を騒がす。
信じられない思いで受話器を降ろし、夜の闇に沈む墓地へ目をやった。
寺務所の窓から漏れる白々しい光が、真新しい墓石にかかっている。墓はファイヴと交戦して命を落とした片倉・満彦のものだ。
ラプラスの魔との共同作戦中に介入してきた謎の妖や、急に連絡が取れなくなったイレヴン幹部など、早急に対応しなくてはならない案件が重なって起こっていた。そのため配下の者たちへの目配りがなおざりになり、結果として片倉を死なせてしまったことについて、隆寛は今でも本心から悔い、償っても償いきれないと感じている。
(「片倉よ。こんな時にこそ、お前の率直な意見が聞きたかったのに」)
長いためらいの後、再び緊急連絡用の番号を打ち込んだ。
コール音が続く。
どうせ繋がらない。
机から電話機を乱暴に払い落した。奥歯をかみしめヒステリーの波を抑え込む。
イレヴン崩壊の危機が迫っているというのに、いや、だからこそ、『やつ』は保身に走った。このままイレヴン幹部という裏の顔を封じて、我々を切り捨てるつもりに違いない。
一年半前、『古妖狩人』の長である平山正彦が逮捕され、つい先日、『エグゾルツィーズム』の長であるリーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナが捕まった。四つの実行部隊のうち、二部隊が事実上壊滅したのだ。まだ動いている武闘派は他にもあるが、戦力の著しい低下は否めない。
原因は覚者組織ファイヴだ。
早々に潰すつもりだったものが、いまいましいことに今やAAAの後釜、政府公認の治安組織。うかつに手が出せる相手ではなくなっていた。
(「時間がたてばたつほど不利になる。動けるのはオレと『ラプラスの魔』だけだが――」)
あの理想ばかりが高い男女を荒事に巻き込みたくなかった。実行部隊の一つを率いてはいるが、あれは現場向きの人間ではない。
(「くそ。今の政府とファイヴの信頼を地の底まで失墜させ、世間を味方に堂々とやつらを討つことができる大義名分はないものか」)
頼みの綱は雑誌記者の入江だが、その入江とも一日前から連絡が取れない。最後に話をしたときは、AAAが隠して来た秘密を娘と一緒にこんどこそ暴露する、と息巻いていたのだが――。
エアコンがごとり、と音を立てて止まり、窓が勝手に開いた。
生臭く熱い風が寺務所の中に吹き込んでくる。
隆寛は錫杖を手にとった。
「そこから降りろ、汚らわしい妖が!」
片倉の墓石の上につぎはぎの女が立っていた。
●ファイヴ
中に叱られても眩はまったく動じなかった。
「どうして黙っていた、ですって? 失礼しちゃうわ」
夢見は全知全能の神ではない。妖の討伐直後に発生する危機なんて、乱数要素が多すぎて、スーパーコンピューターを併用しても予測できないだろう。
しかし、まあ、覚者たちに伝えた内容だけでは終わらないだろうという、漠然とした予感は胸にあったのだが……。
「でも、予感と予知は違うでしょ? 私は不確定な情報で彼らの不安を煽りたくなかっただけ」
ソファーにゆったりと腰を下ろし、爪の手入れをしながらしれっと口答えする。
「大丈夫よ。第二の予知夢を受け取ってからすぐ、応援の覚者を手配したから。ちゃんと資料も持たせたわ。冥宗寺とその手下、ランク4の妖のことも含めて作成したものをね」
●車窓
術を叩き込もうとした瞬間、妖は墓石の上から降りた。
「ふうん、パパンのお墓はぶっ壊せても部下の墓は壊せないのね。おもしろーい」
片倉の墓を背にしているかぎり攻撃してこないと踏んだか、つぎはぎの顔に妖艶な笑みを浮かべる。
「アナタのパパン、義堂良明って表向きは立派な覚者坊主だったんですってね。ほんとうは実の子を執拗に、陰湿に、虐待し続けた隔者だったのにねぇ。この子たちから聞いたわ」
三匹の猫が妖の足にじゃれついていた。ミケ、ラン、ジェロ。隆寛が飼っている猫たちだ。いつの間に……。
「実の息子に殺され埋められ、寺を取られたあげくに、墓を何度も壊される♪ なーんて、因果よね~」
「……与太話はそれで終わりか。ならば大人しくオレに滅されろ」
「耳寄りな話かあるの。アタシもアナタと同じ、覚者とその協力者、AAAの哀れな犠牲者なのよ。生きながら切り刻まれ、死んでから繋がれて妖化。アタシ自身が動く証拠――」
懐で震える携帯が、隆寛を数時間前の回想から引き戻した。車窓に流れる夜の街を見ながら、携帯の通話ボタンを押す。
<「はぁい。そろそろ着く頃かしら?」>
「さっさと用件を言え」
<「面白いものが撮れたから送るわ。証拠隠滅に来たのね。入江さんたち、無事だといいけど、アハハハハ」>
切りボタンを思いっきり押し込んだ。深呼吸してから、送られてきた写真データを画面に表示させる。
以前、会ったことのあるファイヴの覚者が二人写っていた。
受話器を握りしめたまま、冥宗寺――義堂 隆寛は立ち尽くした。
――切られた?
不通音が不安を掻き立て、胸を騒がす。
信じられない思いで受話器を降ろし、夜の闇に沈む墓地へ目をやった。
寺務所の窓から漏れる白々しい光が、真新しい墓石にかかっている。墓はファイヴと交戦して命を落とした片倉・満彦のものだ。
ラプラスの魔との共同作戦中に介入してきた謎の妖や、急に連絡が取れなくなったイレヴン幹部など、早急に対応しなくてはならない案件が重なって起こっていた。そのため配下の者たちへの目配りがなおざりになり、結果として片倉を死なせてしまったことについて、隆寛は今でも本心から悔い、償っても償いきれないと感じている。
(「片倉よ。こんな時にこそ、お前の率直な意見が聞きたかったのに」)
長いためらいの後、再び緊急連絡用の番号を打ち込んだ。
コール音が続く。
どうせ繋がらない。
机から電話機を乱暴に払い落した。奥歯をかみしめヒステリーの波を抑え込む。
イレヴン崩壊の危機が迫っているというのに、いや、だからこそ、『やつ』は保身に走った。このままイレヴン幹部という裏の顔を封じて、我々を切り捨てるつもりに違いない。
一年半前、『古妖狩人』の長である平山正彦が逮捕され、つい先日、『エグゾルツィーズム』の長であるリーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナが捕まった。四つの実行部隊のうち、二部隊が事実上壊滅したのだ。まだ動いている武闘派は他にもあるが、戦力の著しい低下は否めない。
原因は覚者組織ファイヴだ。
早々に潰すつもりだったものが、いまいましいことに今やAAAの後釜、政府公認の治安組織。うかつに手が出せる相手ではなくなっていた。
(「時間がたてばたつほど不利になる。動けるのはオレと『ラプラスの魔』だけだが――」)
あの理想ばかりが高い男女を荒事に巻き込みたくなかった。実行部隊の一つを率いてはいるが、あれは現場向きの人間ではない。
(「くそ。今の政府とファイヴの信頼を地の底まで失墜させ、世間を味方に堂々とやつらを討つことができる大義名分はないものか」)
頼みの綱は雑誌記者の入江だが、その入江とも一日前から連絡が取れない。最後に話をしたときは、AAAが隠して来た秘密を娘と一緒にこんどこそ暴露する、と息巻いていたのだが――。
エアコンがごとり、と音を立てて止まり、窓が勝手に開いた。
生臭く熱い風が寺務所の中に吹き込んでくる。
隆寛は錫杖を手にとった。
「そこから降りろ、汚らわしい妖が!」
片倉の墓石の上につぎはぎの女が立っていた。
●ファイヴ
中に叱られても眩はまったく動じなかった。
「どうして黙っていた、ですって? 失礼しちゃうわ」
夢見は全知全能の神ではない。妖の討伐直後に発生する危機なんて、乱数要素が多すぎて、スーパーコンピューターを併用しても予測できないだろう。
しかし、まあ、覚者たちに伝えた内容だけでは終わらないだろうという、漠然とした予感は胸にあったのだが……。
「でも、予感と予知は違うでしょ? 私は不確定な情報で彼らの不安を煽りたくなかっただけ」
ソファーにゆったりと腰を下ろし、爪の手入れをしながらしれっと口答えする。
「大丈夫よ。第二の予知夢を受け取ってからすぐ、応援の覚者を手配したから。ちゃんと資料も持たせたわ。冥宗寺とその手下、ランク4の妖のことも含めて作成したものをね」
●車窓
術を叩き込もうとした瞬間、妖は墓石の上から降りた。
「ふうん、パパンのお墓はぶっ壊せても部下の墓は壊せないのね。おもしろーい」
片倉の墓を背にしているかぎり攻撃してこないと踏んだか、つぎはぎの顔に妖艶な笑みを浮かべる。
「アナタのパパン、義堂良明って表向きは立派な覚者坊主だったんですってね。ほんとうは実の子を執拗に、陰湿に、虐待し続けた隔者だったのにねぇ。この子たちから聞いたわ」
三匹の猫が妖の足にじゃれついていた。ミケ、ラン、ジェロ。隆寛が飼っている猫たちだ。いつの間に……。
「実の息子に殺され埋められ、寺を取られたあげくに、墓を何度も壊される♪ なーんて、因果よね~」
「……与太話はそれで終わりか。ならば大人しくオレに滅されろ」
「耳寄りな話かあるの。アタシもアナタと同じ、覚者とその協力者、AAAの哀れな犠牲者なのよ。生きながら切り刻まれ、死んでから繋がれて妖化。アタシ自身が動く証拠――」
懐で震える携帯が、隆寛を数時間前の回想から引き戻した。車窓に流れる夜の街を見ながら、携帯の通話ボタンを押す。
<「はぁい。そろそろ着く頃かしら?」>
「さっさと用件を言え」
<「面白いものが撮れたから送るわ。証拠隠滅に来たのね。入江さんたち、無事だといいけど、アハハハハ」>
切りボタンを思いっきり押し込んだ。深呼吸してから、送られてきた写真データを画面に表示させる。
以前、会ったことのあるファイヴの覚者が二人写っていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.冥宗寺一派の逮捕、あるは撃破
2.入江千夏の保護、または遺体回収
3.ファイヴ覚者、全員の生存
2.入江千夏の保護、または遺体回収
3.ファイヴ覚者、全員の生存
『【つぎはぎ】つぎはぎの夜・序』のリプレイ最後からの続きとなります。
前回参加者は地下二階から、新しく参加された方は地上、ちょうど冥宗寺たちがAAA跡地脇に到着した直後のスタートとなります。
前回参加していて今回不参加の人は、連絡のためファイヴに戻ったという扱いになり、リプレイには登場しません。
●状況
<前回参加者、AAA跡地、研究開発棟の地下二階>
大量のプラスチック爆弾と入江の娘が入れられた真鍮製のカプセルを発見しています。
入江の娘は起爆装置につながる複数の動線で拘束されています。
起爆装置の解除は専門知識ありで3ターン、知識なしで15ターンかかります。
※プラスチック爆弾は、他にも仕掛けられている可能性があります。
・入江千夏
地上で手に入れた写真から、入江の娘であることが判明していますが、下の名前までは判っていません。
左の肘から下を切り取られています。
止血されていますが、拘束されて長時間カプセルに入れられていたため、熱中症にかかっています。衰弱が激しく、意識がありません。
・注意
地下2階組は、冥宗寺たちの襲撃を知りません。
応援の覚者からか、地上で騒ぎが起こってから知ることになります。
<今回参加者、AAA跡地、研究開発棟跡の地上>
冥宗寺たちよりも少しだけ早く、現地についています。
2ターン後に、冥宗寺たちが研究開発棟跡地にやってきます。
地上からは、地下2階と連絡が取れません。
地下2階まで降りるか、地下1階のフロア中央付近でやっと送受心できます。
なお、携帯電話の電波は繋がりません。
※1階分の移動に1ターンかかるものとしてください。
・眩から渡された追加資料
入江の娘の名前、敵(冥宗寺たち)の情報、未確認の妖情報が載っています。
さらに、なにも対策を講じなければ、現地到着の5~7ターン後に大規模な爆発が起こり、地下が埋まってしまうことが予知されています。
具体的には冥宗寺が地下1階降りたった時点で、遠隔操作で起爆スイッチが入ります。
●敵 冥宗寺・僧侶……3人
・弟子の中でもとりわけ図体のでかい僧侶
初級正拳、初級閂通し、初級念弾
・弟子の中でもとりわけ体の線の細い、尼のような僧侶
初級癒力活性、初級鋭刃脚、中級鋭刃想脚
・淳教(『≪悪意の拡散≫思慮の圏外』リプレイにちょい役で登場しています)
初級癒力活性、初級飛燕、初級地烈
●敵 冥宗寺・黒服……2人
体術は使えません。代わりに対発言者用の防具と武器を持っています。
・アーミーナイフ……近単、失血
・サブマシンガン……遠列、失血
●敵 冥宗寺・義堂 隆寛
身につけている袈裟やすげ笠、 錫杖など、一見普通に見えて実は対覚者用の防具と武器。
体術使いであり、気を込めた御符を用いてレベルの低い妖を封じる法力があるようです。
・邪難破折……近列、解除・火傷/法力を全身から放って敵を爆砕、昇華させる技。
・炎鵬乱舞……遠列、火傷/飛ばした護符を火の鳥に変えて敵を攻撃させる技
その他、以下の中級体術を使用します。
中級正鍛拳、中級四方投げ、中級霞舞
●暗躍する妖・パッチワークレディ……ランク4
AAA元研究員、入江(妻)とある隔者たちの死体がつぎはぎされて妖化したもの。
能力不明。
遠くでファイヴと冥宗寺たちの戦いを見物しています。
人と人を憎しみ合わせ、殺し合わせることに深い喜びを感じるたちの悪い妖です。
現在の主人格は、左半頭の隔者のようです。
なお、現在の左腕は、入江千夏から切り取ったものです。
●NPC……入江千夏、二十歳。雑誌記者
殺されて妖した入江記者の実の娘。
左腕を切り取られています。瀕死。
デジタル一眼カメラとボイスレコーダー、懐中電灯を所持していましたが、真鍮カプセルの中には入っていません。
●STコメント
つぎはぎ女――パッチワークレディは基本、リプレイには登場しません。
取り逃がさない限り、イレヴン幹部・冥宗寺は今回で退場となります。ちなみに取り逃がすと失敗です。
宜しければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年08月18日
2017年08月18日
■メイン参加者 8人■

●
「ま、やるけどさ」
こぶし大の瓦礫が蹴り上げられて夜空を飛ぶ。地に落ちてごつり、と音を立てた。
たった二人。憤怒者組織の幹部、冥宗寺とその手下たちの足止めをたった二人でやらねばならなかった。困難なミッションを引き受けた代償に、瓦礫に当たるぐらいは許されてもいいだろう?
「……にしては楽しそうですね」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が、向けられた細い背中へ不安をにじませた声を投げる。
自分と同行者。ふたりの働きに、先行して依頼にあたっている姉とファイヴの仲間たち、それに一般市民の命がかかっているのだ。暴走されてはたまらない。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は遠くに目を向けたまま、嗤った。月光の下で白く長い兎耳が揺れる。
「ああ、楽しいさ。ようやく『あの坊さん』と戦えるからな。純戦じゃないってところが気に入らねェけど、それはそれで仕方がない」
そういう依頼だからな、と唄うようにうそぶく。
「出入り口は、あそことあそこ、そしてここの三か所か。こっちは二人しかいないんだから、ここを残して他はさっさと壊してしまおう」
「ですね。もはや猶予はありません。一刻も早く、お姉ちゃんたちにこの危機を伝えなければ!!」
冥宗寺たちがやってくる前に。
示し合わせすることなく、結鹿は左へ、直斗は右へ。それぞれが出入り口を破壊すべく、A2階段と書かれた壁の前で左右に散った。
●
「そんなに此処が嫌いかね。アハハ!」
懐中電灯に照らされた真鍮カプセルの中を覗き込んで一秒後、緒形 逝(CL2000156)は笑い声を上げた。
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が、きょとんとした顔を向ける。
「いきなり、どうしたの? 誰がここをキライだって?」
なんでもない、と逝はフルフェイスの前で手を振った。
ここに罠を張った妖の気持ちや動機が手に取るようにわかったからさね、なんてことを言ったら『また』隔離されかねない。されたらされたで、沼男の次に何が出てくるか楽しみではあるが。
気をつけろ、とでも言いたげに、フルフェイスの上で守護使役のみずたまが跳ねた。
「これの解除はおっさんに任せて、みんなは先に上がっておくれ。ビスコッティちゃんや、気持ちはわかるが、いまは救急車の手配を急いでくれると助かるさね」
真鍮カプセルの下を調べていた『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、立ち上がった。
横で守護使役のペスカがくしゃみをする。
「特になにも仕掛けられていないようです。では、緒形さん。お言葉に甘えて、爆弾の解除と入江さんの保護をお任せいたします」
ラーラと同じくカプセルの下を調べていた『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が、反対側から顔を上げた。立ち上がり、膝についた土埃を手で払う。
守護使役のカンタが膝の回りを飛び回って、埃落としを手伝った。
「ありがとう、カンタ。強力な妖の存在と、ここに爆弾が仕掛けられている可能性を考慮して、一刻も早くファイヴに連絡を入れなくてはなりませんね。急いで地上へ戻りましょう」
「あすか、提案があるのよ。つぎはぎ女はいないとは思うけれど、手下が残っていて出入り口をふさいでしまうかもしれないのよ。だから、あとから来る緒形のおじさんたちのために、みんな一緒にA2階段をあがりませんか?」
A2階段を選んだのは、入江の娘を背負って階段をあがらねばならぬ逝のためだという。一度と通っているルートなので、足場の確認などで余計な負担を強いられずに済むというのが飛鳥の理屈だ。
「そういうこと、なら、わたし、ここに残る……ね。来るとき、緒形さんと、一緒……だったし。撤退もサポート、する。入江さん、も死にそう……だし、すぐ、手当をした方がいいと思う、から」
「あれ、日那乃も残るの? じゃ、オレも残ろうかな」
飛鳥が懐中電灯の光を一悟の顔に浴びせた。
「あ゛? なに言いだしているのよ。『遺留品を探しにすぐ戻ろう』ってうるさかったくせに」
「ま、眩しいな! こっちは暗視を活性中だぜ。失明したらどーすんだよ!」
ふたりともやめなさい、と御菓子が叱る。
「鼎さん、めっ、ですよ。人の目に向けてはいけません。奥州くんは大げさに騒ぎすぎです」
はーいと返事をする飛鳥。守護使役のころんの方が怒られたことに恐縮して、丸い体を強張らせた。
「こんなことで時間を潰している場合ではありません。出発しましょう」
御菓子はA2階段へ向かって歩き出した。ラーラと飛鳥も後に続くが……。
「奥州さん、も。先に、地上に上がってて」と、連れない日那乃。
逝も一悟を追い払うように手を上下させる。
「ここは桂木ちゃんか残ってくれれば十分よ。それより上で万が一があるといけない。みんなを頼むさね、奥州ちゃん」
●
しぶしぶ離れた一悟が見えなくなると、逝は真鍮カプセルに向き直った。開腹手術に挑む医師のように、胸の前に掲げた両手の指を動かしてほぐす。
「さて、始めようかね」
「ん……ちょっと暗いし、わたしも、懐中電灯……つけるね。入江さんの回復は?」
あとで、と逝。
日那乃はこくりとうなずくと、懐中電灯のスイッチを入れてカプセルの中を照らした。
「単純な仕掛けだ、すぐ終わるわよ。ただ、慎重を要するがね。なに、単純なだけに、ちょっとした衝撃で爆破するってだけのことさね」
「気を……つける、ね」
「あ、桂木ちゃん。ちょっとそこの線を押さえてくれる? そうそう、動かさないように――!?」
微かな衝撃を空気の押しで肌に感じたその直後、籠った爆発音が逝と日那乃の耳に届いた。
日那乃はそっと漆黒の翼を動かして、天井から真鍮カプセルの中に落ちる白い破片を飛ばした。
守護使役のマリンが不安そうに尻尾を振りながらあたりを泳ぎまわる。
「二か所? A2階段は……爆発、まだ、してない?」
「爆発というよりも、隕石か何かが大量に堕ちた感じだったわね。ふむ、何かトラブルがあって不発だったのか、奥州ちゃんたちがうまく対処してくれたのか。いずれにしても……解除を急ぐわよ」
同刻。
爆破の振動は地下一階に到達していた先行組にも伝わっていた。むしろ爆破された出入り口と距離が近いだけに、こちらの方が驚きは大きかったといえよう。
「聞きづらかったのですが、爆発の直前、結鹿ちゃんの声がしたような気がします……」
御菓子は体にかかった土埃を払った。
みんな、頭の先からつま先まで、真っ白になっている。爆発の振動直後、地下一階フロアの奥からものすごい勢いで土埃が押し寄せて来たのだ。それも二方向から。
「もしかして……ほ、ほんとうにファイヴから応援が来ているのかもしれません。御菓子さん……、聞えたという声は、なんと、言っていましたか?」
咳き込みながらラーラが問う。
「『――階段は上がれなくなりますっ!』でした」
「なら、いまの爆発はつぎはぎ女の仕業じゃないな。妖だったら、わざわざ危険を知らせないと思うぜ」
一悟は保管庫から零れ落ちた薬品のボトルを拾い上げると、慎重に棚へ戻した。守護使役の大和が指示を出し、薬品が漏れているボトルは瓦礫に埋める。埋め戻しは飛鳥のアイデアだ。
その飛鳥は、まだ土埃が舞う中、階段のてっぺんから懐中電灯で地下一階フロアを広く照らしてみた。
入江が持っていたものが落ちているのではないか、と期待してやったことだったが、代わりに予想外のものを見つけてしまった。
「あ! 奥の床に白いかたまりが……いっぱい置かれているのよ」
一悟はただならぬ気配を察して、崩れかけた階段を駆け上がった。ラーラと御菓子も懐中電灯の光が示す先を見る。
「遠すぎてよくわかりませんが、もしかしたら、あれは……全部プラスチック爆弾なのでしょうか?」
「大変! 爆発したらこのあたり全部埋まってしまうわ。それどころか何もかも吹き飛んでしまうかも」
一悟は口を引き結ぶと、階段を飛び降りた。
「奥州さん、待って! 戻るよりも送受心・改で桂木さんに連絡を!」
でも、といって振り返った一悟の目が大きく見開かれた。異変を察したラーラも体を回して階段の上を見る。
踊り場の壁に月明りが作った人影がうっすらと写っていた。一人、いや二人か。
御菓子と飛鳥も階段の先を見上げた――と、言い争う複数の声が、上から壁に跳ね返りながら落ちて来た。
「急いで上がるのよ!」
●
卵状の隕石を大量召喚してE1階段口を封印した後、直斗はただちにA2階段がある場所へ引き返した。同じく出入り口を破壊して戻って来た結鹿とともに、幻影で隠した階段口を背にして立つ。
「来ました」
結鹿が岩の鎧をまとう横で直斗は全身から威風を発し、やって来た冥宗寺たちと対峙する。
「残念、ここからは通行止めだぜ、冥宗寺。悪い事は言わねェ、俺達の仲間が人命救助してる間、ここで大人しく俺達と駄弁りながら待っててくれや」
「貴様は! そうか……妖の言うことと、話半分のつもりでいたが、ファイヴが証拠隠滅に動いているのは事実だったというわけだ」
義堂が肩を怒らせる後ろで、黒服たちが出入り口を探しに散った。残った三人の僧侶たちは、義堂に習ってそれぞれが得意の型を取る。
「待てよ。俺も貴様と早くやりあいてェのを我慢しているんだぜ。そうだな……義堂さんよォ、志摩兄妹は元気にやってるか?」
意外だったのか、志摩兄妹の名を聞いて義堂は驚いた顔をした。少しだけ肩の力を抜き、眉を解く。
「ああ、元気にしている。妹の目の手術が先日成功してな。みんなで喜んだところだ」
そこへ黒服たちが戻って来た。
「冥宗寺さま、どこにも出入り口が見当たりません!」
「……となれば、奴らの後が怪しいな。大方、源素とかいう怪しげな力で隠しているのだろう」
左右分かれて横から回り込もうとした僧侶たちの足を、結鹿が睨みを効かせて止める。
結鹿の守護使役、たまも唸り声をたてて加勢した。もっとも、憤怒者たちにはたまの唸り声も姿も見えない。ただ、発した怒気はしっかり僧侶たちに伝播したようで、足止めの手助けにはなったようだ。
「あなた方が何目的なのかは知りませんが、あなた方が下に降りることは地下にいる方を危険にさらしますので、全力で足止めさせていただきます」
「ふん! 語るに落ちたか。地下への入口ははやつらの後だ。俺が相手をするから、お前たちは入江たちを助けに行ってくれ」
義堂の命で手下たちが一斉に幻で隠されたA2階段へ走る。
――焦るなって。
直斗が長い腕をゆるりと振るった。眠気をもたらす気だるげな空気が場に流れ、マシンガンを持った黒服たちが走る勢いのまま、顔から前へ、瓦礫の中に倒れ込む。
(「わっ、痛そう……」)
結鹿は顔をしかめながら、露がかかったものの力を奪う迷わしの霧を広げた。
「ちっ、アリス! 姉貴にご臨場願ってくれ」
直斗の要請を受け、守護使役のアリスが心得たとばかりに妖刀・鬼哭丸沙織を異空間から呼び寄せた。
二振りの妖刀を手に取るや、十字に構え持つ。脳天めがけて振り下ろされた金色の錫杖を、頭蓋が割られる寸前で受けとめた。
「そこをどけっ」
とりわけ図体のでかい僧侶が、階段を守る結鹿の顔めがけて熊の手のような拳を突き出す。同時に淳教が地烈を放った。
体の線の細い、尼のような僧侶が横を抜けて行こうとする。
「行かせません!」
攻撃を岩鎧で受けきった結鹿が、僧侶に向けてせいいっぱい足を伸ばす。
尼のような僧侶はとっさに結鹿の企みを見切った。さっと飛んで足をかわすと、そのままA2階段があるあたりへダイブ――。
「怪しいものではござらんのよ。あすかたちはファイヴなのよ!よ!よ!?」
階段を上がり切った飛鳥が幻を突っ切って出て来たところに、体の細い僧侶がぶつかった。
「「危ない!」」
後ろ向きに階段下へ落ちそうになった小さな体を、ラーラと御菓子の二人掛かりで受け止める。
一悟は三人の脇を駆け抜けて地上に飛び出した。勢いのまま、目についた――飛鳥と鉢合わせした僧侶を殴り飛ばす。
図体のでかい僧侶が、またも結鹿に向けて拳を振り降ろした。
まだ幻影に覆われた階段から御菓子の放った音玉が飛んできて、熊のような僧侶の腹をつきぬけ、その後ろにいた淳教の肩にヒットする。
「いまの……お姉ちゃん?」
「結鹿ちゃん? 本当に結鹿ちゃんなの?」
御菓子はラーラたちとともに幻影を抜けると、無事を喜ぶ義妹を抱きしめた。
「直斗、それに結鹿。来てくれたんだ。助かるぜ!」
「よう、奥州。全員、無事か?」
じりじりと、受けた錫杖を押し上げながら、直斗が一悟に聞く。
「いや、まだ。日那乃と緒形店長が下で入江っていう女性を助けている」
「そこの赤毛。いま、入江、といったか?!」
義堂は錫杖を持ち上げると、頭の上で素早く手首を返して一回転させた。
六の遊環が音を立て、柄が月光を弾いて光る。刹那――。風切りの音を後に引いて、錫杖が鋭く薙がれた。
「おっと!」
直斗が後ろへ飛んで、尖った錫杖の先をかわす。
すかさず前へ踏み込んできた義堂の前に、一悟が割り入った。
手のひらを袈裟に突き当てて気を放つ。
義堂は胸を圧迫されて、ふっ飛んだ。
「安心していいぜ。もうすぐ店長たちと一緒に戻ってくるからさ」
「たわごとを! お前たち、入江親子に何をした!」
着地するなり跳ね起きた義堂の前に、再び直斗が立つ。
「つぎはぎ女に嵌められたな、あんた。夢見の話じゃ、入江とかいう親子をやったのはその女の方だ。ちなみにこの先進むと爆弾が爆発してあんた等死ぬらしいぜ? それでも先に進もうとするなら……この首狩り白兎が相手だ。首狩ってやるぜ、ギャハハ!!」
「本当なのよ、危険なのよ! いますぐ退避せよ、なのよ!」
飛鳥が眠りこけている黒服の襟を掴んで引きずりながら、直斗の横を過ぎ、さらには義堂の横を通り過ぎていく。
ラーラも後ろ向きになって黒服を引きずりながら、飛鳥のあとを追ってやって来た。
「地下一階に大量のプラスチック爆弾が仕掛けられていました。嘘じゃありません。早く逃げてください。奥州さん、足をもってくれませんか?」
「おう。坊さんたちもマジで逃げろ」
その時、入江の娘を背負った逝と日那乃が地上に出てきた。
血の気が感じられないぐったりとした肢体、切り取られた肘から下を見て、冥宗寺たちが一斉に色めき立つ。
「あとよ! 走れっ!」
地下から大いなる震動と凄まじい音が届く。と同時に研究棟跡地の中央が陥没して穴が穿れた。
一瞬の静寂。
穿れた穴の土煙がすさまじい勢いで吹き上がり、穴の端から地面が崩れ落ち始めた。火山のごとき火柱が立ち上がり、火の粉を辺り一面に散らす。
「早く、逃げて!」
日那乃がパニックに陥って固まっていた尼のような僧侶の襟を掴んで飛ぶ。
「淳教! 逃げろっ」
「義堂、あんたもな!」
走れ、走れ、走れ、走れ――。
敵も味方も、覚者も憤怒者もない。崩れ落ちていく地面を必死に蹴って走る。
「――!! お、お姉ちゃん!」
「結鹿ちゃん!」
全員の逃走を確かめから最後に走り出した結鹿が悪意が引き起こした崩壊に捕まった。両手を土煙で濁る空へ伸ばしながら、瓦礫や土とともに穴の下へ吸い込まれていく。
少し前を走っていた御菓子が振り返った時には、もう、指の先しか見えていなかった。
「いや!」
倒れ込むように穴の縁へ手を伸ばす御菓子の横を、影が飛びすぎた。袈裟の端が御菓子の頬をかすめる。
「離すなよ」
結鹿の手首をしっかりつかんだはいいが、義堂自身、二人分の重みと地面の崩れに巻き込まれて穴へ落ちていく。
御菓子と直斗が義堂の足を掴み、さらに一悟とラーラが直斗の腰に抱きついた。
「がんばって」
戻って来た日那乃が翼を広げて穴の中へ。結鹿の腰に腕を回して跳びあがる。
「だ、ダメだ……持って行かれちまう!」
ずる、ずる、と人の綱が奈落へ落ちていく。
飛鳥がラーラの背に飛び乗った。
娘を背負ったまま、逝が一悟の腰を――。
「踏む? ここで腰、踏む?!」
ピンで刺す如く踏みつけた。
●
目を覚ました入江千夏からあらかたの事情を聞いてなお、義堂は憮然とした顔を崩さなかった。
「冥宗寺の皆さんの覚者に対する憎しみ……消すことはできないんでしょうか。もちろん難しいことは分かっているのですが」
ラーラの言葉に義堂は首を横に振って答えた。
「このまま大人しく捕まったんじゃ、面子がたたないってことだろ? いいぜ、やろう」
突然、敵味方入り混じった状態で、戦闘が始まった。
ラーラと飛鳥、御菓子と結鹿がそれぞれ隣にいた黒服に先制攻撃を仕掛けて落とす。
日那乃が空気の刃で尼のような僧侶を撃つ。
淳教が錫杖を振るって放った地裂を、逝が二枚の楯を地面に突き立てて防いだ。
腕を後ろに引いた熊のような僧侶の胸に一悟が炎を纏ったトンファーを叩き入れた。
「炎鵬乱舞!」
印を結んだ義堂から炎のオーラが立ち上り、火の鳥と化して覚者たちに襲い掛かる。
必殺技を仕掛けた直後の隙を見逃さず、直斗は義堂の懐へ飛び込んで猛の一撃を放った。
「ぐっ……ころ、せ」
「あんたの事は地味に気に入ってるからな……首狩りはなしだ。志摩兄妹のこともあるしな」
「生きていれば檻の中からでもやれることはたくさんあるわよ。死んだらおしまい……と釈迦に説法だったかな?」
逝の一言で観念したか、義堂はがくりと首を垂れた。
「ま、やるけどさ」
こぶし大の瓦礫が蹴り上げられて夜空を飛ぶ。地に落ちてごつり、と音を立てた。
たった二人。憤怒者組織の幹部、冥宗寺とその手下たちの足止めをたった二人でやらねばならなかった。困難なミッションを引き受けた代償に、瓦礫に当たるぐらいは許されてもいいだろう?
「……にしては楽しそうですね」
『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が、向けられた細い背中へ不安をにじませた声を投げる。
自分と同行者。ふたりの働きに、先行して依頼にあたっている姉とファイヴの仲間たち、それに一般市民の命がかかっているのだ。暴走されてはたまらない。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は遠くに目を向けたまま、嗤った。月光の下で白く長い兎耳が揺れる。
「ああ、楽しいさ。ようやく『あの坊さん』と戦えるからな。純戦じゃないってところが気に入らねェけど、それはそれで仕方がない」
そういう依頼だからな、と唄うようにうそぶく。
「出入り口は、あそことあそこ、そしてここの三か所か。こっちは二人しかいないんだから、ここを残して他はさっさと壊してしまおう」
「ですね。もはや猶予はありません。一刻も早く、お姉ちゃんたちにこの危機を伝えなければ!!」
冥宗寺たちがやってくる前に。
示し合わせすることなく、結鹿は左へ、直斗は右へ。それぞれが出入り口を破壊すべく、A2階段と書かれた壁の前で左右に散った。
●
「そんなに此処が嫌いかね。アハハ!」
懐中電灯に照らされた真鍮カプセルの中を覗き込んで一秒後、緒形 逝(CL2000156)は笑い声を上げた。
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)が、きょとんとした顔を向ける。
「いきなり、どうしたの? 誰がここをキライだって?」
なんでもない、と逝はフルフェイスの前で手を振った。
ここに罠を張った妖の気持ちや動機が手に取るようにわかったからさね、なんてことを言ったら『また』隔離されかねない。されたらされたで、沼男の次に何が出てくるか楽しみではあるが。
気をつけろ、とでも言いたげに、フルフェイスの上で守護使役のみずたまが跳ねた。
「これの解除はおっさんに任せて、みんなは先に上がっておくれ。ビスコッティちゃんや、気持ちはわかるが、いまは救急車の手配を急いでくれると助かるさね」
真鍮カプセルの下を調べていた『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、立ち上がった。
横で守護使役のペスカがくしゃみをする。
「特になにも仕掛けられていないようです。では、緒形さん。お言葉に甘えて、爆弾の解除と入江さんの保護をお任せいたします」
ラーラと同じくカプセルの下を調べていた『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が、反対側から顔を上げた。立ち上がり、膝についた土埃を手で払う。
守護使役のカンタが膝の回りを飛び回って、埃落としを手伝った。
「ありがとう、カンタ。強力な妖の存在と、ここに爆弾が仕掛けられている可能性を考慮して、一刻も早くファイヴに連絡を入れなくてはなりませんね。急いで地上へ戻りましょう」
「あすか、提案があるのよ。つぎはぎ女はいないとは思うけれど、手下が残っていて出入り口をふさいでしまうかもしれないのよ。だから、あとから来る緒形のおじさんたちのために、みんな一緒にA2階段をあがりませんか?」
A2階段を選んだのは、入江の娘を背負って階段をあがらねばならぬ逝のためだという。一度と通っているルートなので、足場の確認などで余計な負担を強いられずに済むというのが飛鳥の理屈だ。
「そういうこと、なら、わたし、ここに残る……ね。来るとき、緒形さんと、一緒……だったし。撤退もサポート、する。入江さん、も死にそう……だし、すぐ、手当をした方がいいと思う、から」
「あれ、日那乃も残るの? じゃ、オレも残ろうかな」
飛鳥が懐中電灯の光を一悟の顔に浴びせた。
「あ゛? なに言いだしているのよ。『遺留品を探しにすぐ戻ろう』ってうるさかったくせに」
「ま、眩しいな! こっちは暗視を活性中だぜ。失明したらどーすんだよ!」
ふたりともやめなさい、と御菓子が叱る。
「鼎さん、めっ、ですよ。人の目に向けてはいけません。奥州くんは大げさに騒ぎすぎです」
はーいと返事をする飛鳥。守護使役のころんの方が怒られたことに恐縮して、丸い体を強張らせた。
「こんなことで時間を潰している場合ではありません。出発しましょう」
御菓子はA2階段へ向かって歩き出した。ラーラと飛鳥も後に続くが……。
「奥州さん、も。先に、地上に上がってて」と、連れない日那乃。
逝も一悟を追い払うように手を上下させる。
「ここは桂木ちゃんか残ってくれれば十分よ。それより上で万が一があるといけない。みんなを頼むさね、奥州ちゃん」
●
しぶしぶ離れた一悟が見えなくなると、逝は真鍮カプセルに向き直った。開腹手術に挑む医師のように、胸の前に掲げた両手の指を動かしてほぐす。
「さて、始めようかね」
「ん……ちょっと暗いし、わたしも、懐中電灯……つけるね。入江さんの回復は?」
あとで、と逝。
日那乃はこくりとうなずくと、懐中電灯のスイッチを入れてカプセルの中を照らした。
「単純な仕掛けだ、すぐ終わるわよ。ただ、慎重を要するがね。なに、単純なだけに、ちょっとした衝撃で爆破するってだけのことさね」
「気を……つける、ね」
「あ、桂木ちゃん。ちょっとそこの線を押さえてくれる? そうそう、動かさないように――!?」
微かな衝撃を空気の押しで肌に感じたその直後、籠った爆発音が逝と日那乃の耳に届いた。
日那乃はそっと漆黒の翼を動かして、天井から真鍮カプセルの中に落ちる白い破片を飛ばした。
守護使役のマリンが不安そうに尻尾を振りながらあたりを泳ぎまわる。
「二か所? A2階段は……爆発、まだ、してない?」
「爆発というよりも、隕石か何かが大量に堕ちた感じだったわね。ふむ、何かトラブルがあって不発だったのか、奥州ちゃんたちがうまく対処してくれたのか。いずれにしても……解除を急ぐわよ」
同刻。
爆破の振動は地下一階に到達していた先行組にも伝わっていた。むしろ爆破された出入り口と距離が近いだけに、こちらの方が驚きは大きかったといえよう。
「聞きづらかったのですが、爆発の直前、結鹿ちゃんの声がしたような気がします……」
御菓子は体にかかった土埃を払った。
みんな、頭の先からつま先まで、真っ白になっている。爆発の振動直後、地下一階フロアの奥からものすごい勢いで土埃が押し寄せて来たのだ。それも二方向から。
「もしかして……ほ、ほんとうにファイヴから応援が来ているのかもしれません。御菓子さん……、聞えたという声は、なんと、言っていましたか?」
咳き込みながらラーラが問う。
「『――階段は上がれなくなりますっ!』でした」
「なら、いまの爆発はつぎはぎ女の仕業じゃないな。妖だったら、わざわざ危険を知らせないと思うぜ」
一悟は保管庫から零れ落ちた薬品のボトルを拾い上げると、慎重に棚へ戻した。守護使役の大和が指示を出し、薬品が漏れているボトルは瓦礫に埋める。埋め戻しは飛鳥のアイデアだ。
その飛鳥は、まだ土埃が舞う中、階段のてっぺんから懐中電灯で地下一階フロアを広く照らしてみた。
入江が持っていたものが落ちているのではないか、と期待してやったことだったが、代わりに予想外のものを見つけてしまった。
「あ! 奥の床に白いかたまりが……いっぱい置かれているのよ」
一悟はただならぬ気配を察して、崩れかけた階段を駆け上がった。ラーラと御菓子も懐中電灯の光が示す先を見る。
「遠すぎてよくわかりませんが、もしかしたら、あれは……全部プラスチック爆弾なのでしょうか?」
「大変! 爆発したらこのあたり全部埋まってしまうわ。それどころか何もかも吹き飛んでしまうかも」
一悟は口を引き結ぶと、階段を飛び降りた。
「奥州さん、待って! 戻るよりも送受心・改で桂木さんに連絡を!」
でも、といって振り返った一悟の目が大きく見開かれた。異変を察したラーラも体を回して階段の上を見る。
踊り場の壁に月明りが作った人影がうっすらと写っていた。一人、いや二人か。
御菓子と飛鳥も階段の先を見上げた――と、言い争う複数の声が、上から壁に跳ね返りながら落ちて来た。
「急いで上がるのよ!」
●
卵状の隕石を大量召喚してE1階段口を封印した後、直斗はただちにA2階段がある場所へ引き返した。同じく出入り口を破壊して戻って来た結鹿とともに、幻影で隠した階段口を背にして立つ。
「来ました」
結鹿が岩の鎧をまとう横で直斗は全身から威風を発し、やって来た冥宗寺たちと対峙する。
「残念、ここからは通行止めだぜ、冥宗寺。悪い事は言わねェ、俺達の仲間が人命救助してる間、ここで大人しく俺達と駄弁りながら待っててくれや」
「貴様は! そうか……妖の言うことと、話半分のつもりでいたが、ファイヴが証拠隠滅に動いているのは事実だったというわけだ」
義堂が肩を怒らせる後ろで、黒服たちが出入り口を探しに散った。残った三人の僧侶たちは、義堂に習ってそれぞれが得意の型を取る。
「待てよ。俺も貴様と早くやりあいてェのを我慢しているんだぜ。そうだな……義堂さんよォ、志摩兄妹は元気にやってるか?」
意外だったのか、志摩兄妹の名を聞いて義堂は驚いた顔をした。少しだけ肩の力を抜き、眉を解く。
「ああ、元気にしている。妹の目の手術が先日成功してな。みんなで喜んだところだ」
そこへ黒服たちが戻って来た。
「冥宗寺さま、どこにも出入り口が見当たりません!」
「……となれば、奴らの後が怪しいな。大方、源素とかいう怪しげな力で隠しているのだろう」
左右分かれて横から回り込もうとした僧侶たちの足を、結鹿が睨みを効かせて止める。
結鹿の守護使役、たまも唸り声をたてて加勢した。もっとも、憤怒者たちにはたまの唸り声も姿も見えない。ただ、発した怒気はしっかり僧侶たちに伝播したようで、足止めの手助けにはなったようだ。
「あなた方が何目的なのかは知りませんが、あなた方が下に降りることは地下にいる方を危険にさらしますので、全力で足止めさせていただきます」
「ふん! 語るに落ちたか。地下への入口ははやつらの後だ。俺が相手をするから、お前たちは入江たちを助けに行ってくれ」
義堂の命で手下たちが一斉に幻で隠されたA2階段へ走る。
――焦るなって。
直斗が長い腕をゆるりと振るった。眠気をもたらす気だるげな空気が場に流れ、マシンガンを持った黒服たちが走る勢いのまま、顔から前へ、瓦礫の中に倒れ込む。
(「わっ、痛そう……」)
結鹿は顔をしかめながら、露がかかったものの力を奪う迷わしの霧を広げた。
「ちっ、アリス! 姉貴にご臨場願ってくれ」
直斗の要請を受け、守護使役のアリスが心得たとばかりに妖刀・鬼哭丸沙織を異空間から呼び寄せた。
二振りの妖刀を手に取るや、十字に構え持つ。脳天めがけて振り下ろされた金色の錫杖を、頭蓋が割られる寸前で受けとめた。
「そこをどけっ」
とりわけ図体のでかい僧侶が、階段を守る結鹿の顔めがけて熊の手のような拳を突き出す。同時に淳教が地烈を放った。
体の線の細い、尼のような僧侶が横を抜けて行こうとする。
「行かせません!」
攻撃を岩鎧で受けきった結鹿が、僧侶に向けてせいいっぱい足を伸ばす。
尼のような僧侶はとっさに結鹿の企みを見切った。さっと飛んで足をかわすと、そのままA2階段があるあたりへダイブ――。
「怪しいものではござらんのよ。あすかたちはファイヴなのよ!よ!よ!?」
階段を上がり切った飛鳥が幻を突っ切って出て来たところに、体の細い僧侶がぶつかった。
「「危ない!」」
後ろ向きに階段下へ落ちそうになった小さな体を、ラーラと御菓子の二人掛かりで受け止める。
一悟は三人の脇を駆け抜けて地上に飛び出した。勢いのまま、目についた――飛鳥と鉢合わせした僧侶を殴り飛ばす。
図体のでかい僧侶が、またも結鹿に向けて拳を振り降ろした。
まだ幻影に覆われた階段から御菓子の放った音玉が飛んできて、熊のような僧侶の腹をつきぬけ、その後ろにいた淳教の肩にヒットする。
「いまの……お姉ちゃん?」
「結鹿ちゃん? 本当に結鹿ちゃんなの?」
御菓子はラーラたちとともに幻影を抜けると、無事を喜ぶ義妹を抱きしめた。
「直斗、それに結鹿。来てくれたんだ。助かるぜ!」
「よう、奥州。全員、無事か?」
じりじりと、受けた錫杖を押し上げながら、直斗が一悟に聞く。
「いや、まだ。日那乃と緒形店長が下で入江っていう女性を助けている」
「そこの赤毛。いま、入江、といったか?!」
義堂は錫杖を持ち上げると、頭の上で素早く手首を返して一回転させた。
六の遊環が音を立て、柄が月光を弾いて光る。刹那――。風切りの音を後に引いて、錫杖が鋭く薙がれた。
「おっと!」
直斗が後ろへ飛んで、尖った錫杖の先をかわす。
すかさず前へ踏み込んできた義堂の前に、一悟が割り入った。
手のひらを袈裟に突き当てて気を放つ。
義堂は胸を圧迫されて、ふっ飛んだ。
「安心していいぜ。もうすぐ店長たちと一緒に戻ってくるからさ」
「たわごとを! お前たち、入江親子に何をした!」
着地するなり跳ね起きた義堂の前に、再び直斗が立つ。
「つぎはぎ女に嵌められたな、あんた。夢見の話じゃ、入江とかいう親子をやったのはその女の方だ。ちなみにこの先進むと爆弾が爆発してあんた等死ぬらしいぜ? それでも先に進もうとするなら……この首狩り白兎が相手だ。首狩ってやるぜ、ギャハハ!!」
「本当なのよ、危険なのよ! いますぐ退避せよ、なのよ!」
飛鳥が眠りこけている黒服の襟を掴んで引きずりながら、直斗の横を過ぎ、さらには義堂の横を通り過ぎていく。
ラーラも後ろ向きになって黒服を引きずりながら、飛鳥のあとを追ってやって来た。
「地下一階に大量のプラスチック爆弾が仕掛けられていました。嘘じゃありません。早く逃げてください。奥州さん、足をもってくれませんか?」
「おう。坊さんたちもマジで逃げろ」
その時、入江の娘を背負った逝と日那乃が地上に出てきた。
血の気が感じられないぐったりとした肢体、切り取られた肘から下を見て、冥宗寺たちが一斉に色めき立つ。
「あとよ! 走れっ!」
地下から大いなる震動と凄まじい音が届く。と同時に研究棟跡地の中央が陥没して穴が穿れた。
一瞬の静寂。
穿れた穴の土煙がすさまじい勢いで吹き上がり、穴の端から地面が崩れ落ち始めた。火山のごとき火柱が立ち上がり、火の粉を辺り一面に散らす。
「早く、逃げて!」
日那乃がパニックに陥って固まっていた尼のような僧侶の襟を掴んで飛ぶ。
「淳教! 逃げろっ」
「義堂、あんたもな!」
走れ、走れ、走れ、走れ――。
敵も味方も、覚者も憤怒者もない。崩れ落ちていく地面を必死に蹴って走る。
「――!! お、お姉ちゃん!」
「結鹿ちゃん!」
全員の逃走を確かめから最後に走り出した結鹿が悪意が引き起こした崩壊に捕まった。両手を土煙で濁る空へ伸ばしながら、瓦礫や土とともに穴の下へ吸い込まれていく。
少し前を走っていた御菓子が振り返った時には、もう、指の先しか見えていなかった。
「いや!」
倒れ込むように穴の縁へ手を伸ばす御菓子の横を、影が飛びすぎた。袈裟の端が御菓子の頬をかすめる。
「離すなよ」
結鹿の手首をしっかりつかんだはいいが、義堂自身、二人分の重みと地面の崩れに巻き込まれて穴へ落ちていく。
御菓子と直斗が義堂の足を掴み、さらに一悟とラーラが直斗の腰に抱きついた。
「がんばって」
戻って来た日那乃が翼を広げて穴の中へ。結鹿の腰に腕を回して跳びあがる。
「だ、ダメだ……持って行かれちまう!」
ずる、ずる、と人の綱が奈落へ落ちていく。
飛鳥がラーラの背に飛び乗った。
娘を背負ったまま、逝が一悟の腰を――。
「踏む? ここで腰、踏む?!」
ピンで刺す如く踏みつけた。
●
目を覚ました入江千夏からあらかたの事情を聞いてなお、義堂は憮然とした顔を崩さなかった。
「冥宗寺の皆さんの覚者に対する憎しみ……消すことはできないんでしょうか。もちろん難しいことは分かっているのですが」
ラーラの言葉に義堂は首を横に振って答えた。
「このまま大人しく捕まったんじゃ、面子がたたないってことだろ? いいぜ、やろう」
突然、敵味方入り混じった状態で、戦闘が始まった。
ラーラと飛鳥、御菓子と結鹿がそれぞれ隣にいた黒服に先制攻撃を仕掛けて落とす。
日那乃が空気の刃で尼のような僧侶を撃つ。
淳教が錫杖を振るって放った地裂を、逝が二枚の楯を地面に突き立てて防いだ。
腕を後ろに引いた熊のような僧侶の胸に一悟が炎を纏ったトンファーを叩き入れた。
「炎鵬乱舞!」
印を結んだ義堂から炎のオーラが立ち上り、火の鳥と化して覚者たちに襲い掛かる。
必殺技を仕掛けた直後の隙を見逃さず、直斗は義堂の懐へ飛び込んで猛の一撃を放った。
「ぐっ……ころ、せ」
「あんたの事は地味に気に入ってるからな……首狩りはなしだ。志摩兄妹のこともあるしな」
「生きていれば檻の中からでもやれることはたくさんあるわよ。死んだらおしまい……と釈迦に説法だったかな?」
逝の一言で観念したか、義堂はがくりと首を垂れた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
