アルカナ少女 死、終わり、ただそこにある者
アルカナ少女 死、終わり、ただそこにある者


●『死』の意味を教えて
 風がうるさい、ビルの屋上。フェンスの外側で、革靴の男は眼下を見た。
 遠い地面。落ちればきっと死ねるだろう。
 半歩踏みだし、呼吸を荒げる。
 もう半歩進もうとした時、横から声がした。
「その死に、意味はあるのかい?」

 いつからそこにいたのか。
 なんのためにいるのか。
 何も分からぬまま、革靴の男は声を荒げた。
 放って置いてくれ。全部嫌になったんだ。こんな人生、死んだ方がましだ。
 そう語る男に、少女はしかし首を傾げるばかりだった。
 芝刈り鎌をかつぎ、ローブに身を包んだ少女はただ、首を傾げたまま。
「それはおかしいな。矛盾している」
 と、言った。
「生と死はおなじもの。死んだということは、生きていたという証明であり、生きるということは、やがて死ぬことの証明だ。少なくとも人間、きみにはそうだろう」
 男は言葉に詰まった。
 言われてみればそうだ。しかし……。
「もう一度聞くね。死の意味を教えて。君が本心から答えたなら、僕はそれを肯定も否定しないし、愛好も嫌悪もしない。ただし嘘偽りや詭弁を重ねたり、言い逃れをするつもりなら、僕は君から『死』を奪う。死を集めれば、いつか僕も意味が分かるかもしれないからね」

 男は黙り。
 黙り、黙り、黙り、そして、飛び降りた。
 そして気づけば、男は先程のビルの屋上に立っていた。
「君の死を貰ったよ。君はいま、死ぬことはできないし、生きても居ない。永遠に今の時間を繰り返すんだ。もう一度聞くね。死の意味を教えて」

●十三番目の少女
「少女の姿をした古妖が一般人を捕らえている、という予知を得ました。このままではとらわれた男性の精神が摩耗しきり、正常に戻れなくなってしまうでしょう」
 久方 真由美(nCL2000003)が語ったのは、そんな事件の概要であった。

 ここは五麟市、ファイヴ会議室。
「とらわれているのは一般人の男性です。プロフィールは本件と関係ありませんので伏せるとして、古妖から彼を取り戻さなければなりません。方法は大きく分けて二つ」
 ホワイトボードに書かれた二つの文字。
 ――『古妖を武力によって強制排除すること』
 ――『古妖の質問に答えること』

「どちらを選ぶかは皆さんの選択にゆだねます。しかし、両方を選ぶことはできません。相談をして、どちらかの方針に統一してください。詳しい資料はお渡ししますので、後のことはよろしくお願いします」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:八重紅友禅
■成功条件
1.一般男性を取り戻すこと
2.なし
3.なし
 このシナリオは参加者の方針によって大きく内容や雰囲気が変わります。
 参加者の間で相談し『質問に答える』『排除する』のどちらかを選んで統一して下さい。(仮に統一されなかった場合多数決によって決定し、少数派のプレイングが大幅に空振り扱いになる危険がございます。くれぐれもご注意ください)

 古妖、名称不明
 『死』の意味とはなにか、という質問をしています。
 質問に答える場合、自分(キャラクター)の思う『死』の意味について語ってください。
 戦闘で排除する場合、この古妖と戦闘になります。
 戦闘能力は未知数ですが、プレイングには以下の『PL情報』をご利用ください。

※PL情報
 これはプレイングを作成するにあたって必要となる情報を事前に開示するものです。
 相談がメタ視点になるのは仕方ありませんが、プレイングにてPCが最初から知っているように振る舞うと不自然になるため、マスタリングすることがあります。
 古妖はR2~3程度の妖と同程度の戦闘力をもち、体力が尽きても再び再生する能力を持ちます。
 ただし一度倒せば手出しするには割に合わないと考えて撤退するでしょう。その際に一般男性は解放されます。
 攻撃方法は鎌による斬撃。そのまま切りつける攻撃のほか、鎌を巨大化させて斬撃したり、大量に増やして投擲したりといった攻撃方法をもちます。
 そのほか、自己強化および補助、回復などを使用します。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
公開日
2017年08月07日

■メイン参加者 7人■

『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『空虚な器』
片科 狭霧(CL2001504)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

●生まれた意味を知るべきか
 風吹くビルの屋上で、いくつもの足音を聞いた。
 ローブの少女は振り返り、来るはずのなかった来訪者たちを見やった。
 年齢も性別もばらばらの七人。
 彼らは戦う意志を見せること無く、少女に自分が代わりになることを提案した。
 七人それぞれの死の意味を語って聞かせるかわりに、その男性を解放して欲しい、というものだ。
 少女は少しだけ考えてから手を広げて言った。
「いいよ。ぼくはきみから聞いた意味を、好みも嫌いもしない。否定も肯定もしない。ただしきみが偽ること、誤魔化すこと、逃げることは許さない。それでいいね? じゃあはじめるよ――」
 気づけば、七人は全く別々の場所にふりわけられ、少女と対峙していた。
「死の意味を教えて」

●『ファイブピンク』賀茂 たまき(CL2000994)の死
 デパートの屋上に、淡い夕日がさしている。
 パーラーのテーブル。スプーンの刺さったクリームソーダ。
 椅子に座って両手を揃えて、たまきは頬杖をつく少女を見て、すっとテーブルに視線を落とした。
「もし、死に意味があるとして、それを私なりの言葉で表わすなら……生き方の結果、なのではないでしょうか」
 しゅわしゅわと音を立てるグラス。
 遊園地のような音が外から聞こえてくる。
「色んな人が、色んな生き方をしていて、色んな生き方に触れたり、死に触れたりして、意味や姿を変えたりして……」
 グラスについた泡が無くなった。
 たまきは落としていた視線を上げた。
「私は、やはり、他の方の死によって、生きている方が襟を正す……ような。受け止めたり、違った見方をしたり、生きている方を活かすためにあると、思うのです」
 デパートが日に陰ってゆく。
「きみは」
 机を指でトンと叩いて、少女はようやく口を開いた。
「死は他人のものだと、考えているんだね」
「ええと、ちゃんと、説明できないかもしれないですけど」
 揃えた両手をぎゅっと握りしめた。
「誰かの死は、切り離せないもので、いつか向き合わなければならないもの、受け入れないといけないもの……だと、思います」
「ありがとう。納得したよ」
 少女はそう言って、瞑目した。

●『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)の死
「死は区切りだと思います。生まれることが始まりだとするなら、死ぬことは終わりだとするべきじゃないでしょうか」
 強い風の吹く学校の屋上で、フェンスに背をつけた結鹿は語った。
 背中あわせになった少女は、眼下の校庭を見ながら『続けて』と言った。
 咳払いをする結鹿。
「始まりがあれば、終わりが必ずあります。それは生き物の生死に限ったことじゃなくて、どんなことにも終わりがあると思うんです。なので……」
 くるりと翻って、結鹿はフェンスを掴んだ。
「あなたの言う『生と死はおなじもの』はある意味正しいと思います。けど、生まれてから死ぬまでの間には個体差があって、生き方も死に方も違います。だから意味だけを言うなら」
「意味だけを言うなら?」
 雲が流れていく。
 校庭を走る名も知らぬ群衆。
 吹奏楽の不揃いなクラシック音楽。
 高速で暮れていく夕闇のなかで。
 首だけで振り返る少女。
 結鹿は。
「死は約束された終わりです。それだけの、ことです」
 少女は。
「ありがとう。納得したよ」
 闇夜にきえてゆく。

●緒形 逝(CL2000156)の死
 グランドピアノの音がする。
 人が語る音がする。
 皿とフォークが当たる音がする。
 茜色のライトに照らされて、カフェラウンジのソファがきしむ。
 逝は足を組んで見せ、手を翳してからからと笑った。
「死の定義は難しいわよ。ヒトの数だけあるさね。集めるたびに多様化する。だからといって一つだけでは足りなさすぎる」
 目の前に並べられたワインも肉料理も、全てに手をつけること無く、逝は二本指を立てた。
「最初に聞くけど、知りたいのかね? 理解したいのかね?」
 答えを待つ。
 グランドピアノの音がする。
 人が語る音がする。
 皿とフォークが当たる音がする。
 茜色のライトに照らされて、カフェラウンジのソファがきしむ。
 逝はため息をついて、指を解いた。
「いいさね。ヒト殺しとして誠実に応えよう。『該当するものが及ぼす周囲への影響を断ち切り、忘却させて、それが成してきた事の結果或いは結末を殺す』……というのは冗談で」
 少女がまるで反応しないのを見て、逝は心からやりづらさを感じた。
 まるで自分と鏡あわせで喋っているようだ。過去に自分自身と会話したことがあるが、あれとは決定的に異なるこの感覚は、まるで……。
「死に意味はない。おっさんは、そう思うね」
「それは」
 ようやく反応した少女。
「生に意味が無いということかな」
「はは、結論を急ぎすぎだ。確かに死に意味をつけたがっている人もいたし、そういうのは転嫁や自己肯定、依存や逃避のたぐいだと思うわよ。けどもっと単純な話で」
 足を組むのをやめ、両手を組んで肘をつく。
「生を死の過程ととらえるなら、それもやっぱり意味はないさね。自然も畜生も虫も人間も古妖も妖もそう変わらない。あそこで飛び降り自殺をしようとした彼だって、それで社会に影響があるかね。地球の自転が止まるかね。何も代わりはしないわよ。社会は彼の穴を埋めて回るし、地球も変わらず回るだろう」
「うん」
 逝の『背後に』立っていた少女は、ソファの背もたれに手をついた。
「ありがとう。納得したよ」

●『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)の死
 百円玉で動くパンダ。回る観覧車。
 デパートの屋上の遊園地で、恭司はベンチに腰掛けていた。
 時計の針は奇妙に回転し、雲が気持ちの悪い速度で動いている。
 恭司は隣へ目をやった。
「死っていうのは、ゴールなんじゃないかな。より正確に言うなら終わりのライン……エンドマークって言い方が正しいのかな」
 誰もいない観覧車が回っている。
 目を細めて、首を僅かに傾げる恭司。
「けど他の人からしてみれば、死は損失になるんだ。その人が生きていれば起こりえたであろうことが、全て発生しなくなるからね。えっと……」
 言葉を噛み砕こうとして、胸ポケットに手を当てた。
 煙草を取り出して、一本くわえる。
「生きていると何かを買ったり、貰ったり、作ったりするよね。たいしたことないって思うかもしれないけど、何かしら影響はあるんだ。それに、身近な人にとって死は爆弾になりえる」
「爆弾」
「爆弾さ」
 恭司は苦笑した。
 煙草を噛み潰しそうになって、つまんで外す。
「身近な人は、死に大きな影響を受ける。中には人生を左右されるようなことや、大きく壊れてしまうようなことを経験する人もいるよね。もっとも、影響を与えることが目的なら、生きて与えた方が間違いなく大きいんだけど……おっと」
 恭司はそこまで言ってから、『生と死は同じもの』という言葉を思い出した。
 死が生の一環であるとすれば、死は生命の影響力そのものといっていい。
 確かに死んだ瞬間より生きている時間の方が長い人の方が多いし、死の影響が無くなるまでの時間は一般的に見てそう長くない。
 訂正すべきかと考えて、恭司はそれをやめた。
「とにかく、死んだらそこでおしまいなんだ」
「ありがとう。納得したよ」

●『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)
 公園のベンチが傾いている。
 壊れた水飲み場が噴水のように水を噴き上げ、チェーンの切れたブランコが土にめりこんでいる。
 炎を上げるケヤキの木。
 ジャングルジムが黒く焦げていく。
「死は停止であり救いである。俺のクソッタレな師匠の考えだ」
 傾いたままのシーソーに腰を下ろしたまま、直斗は煙る空を見ていた。
「死は変容を続ける生を止め、その存在全てをリセットする。生の終着点であり、それでいて地獄であるこの世からの脱却であり、来世への流転。すなわち救いである。俺はよくしらねえが、あの師匠はそう考えて死をまき散らし、自分自身も死を望んでた」
 ちらり、と燃えるシーソーの反対側を見やる。シーソーの頂点に。シーソーの最果てに。少女はつま先立ちしていた。
「……」
 何も応えず、同じく空を見ている。
 直斗は露骨に舌打ちをした。
「ムカつくクソ野郎だったが救いってとこには共感するぜ。ただ俺の考えは違う。死っていうのは、生き様じゃねーかと思うんだ」
 少女の視線がやっと直斗に向いた。
「俺はそいつの死に様を見れば、生き方が分かると思うんだよ。幸福な人生ってやつは、皆に見送られるように死ぬだろ? 人から恨みを買った奴は酷え死に様晒すだろ。おれはそう思うんだよ。どうだ、俺の解答はお気に召したか?」
 まくし立てるように言ってやると、少女は直斗を見たまま言った。
「ありがとう。納得したよ」

●『空虚な器』片科 狭霧(CL2001504)の死
「ねえ、私がアナタに死の意味を教えたら、アナタは私に答えを教えてくださるの?」
 オフィスビルの一角に、切り裂くような風が吹く。
 窓掃除用のゴンドラは不安に揺れて、名も知らぬ有象無象がガラスの向こうで退屈そうに暮らしている。
 狭霧は鉄柵に肘をついて、黙ったまま眼下を見る少女に毒気付いた。
「まあ、いいでしょう」
 風が再び吹き抜けていく。
 遠い大地はコンクリートで埋め尽くされ、茜色がいびつな影を伸ばしていた。
「私にとって死は解放よ。この身、この精神、私を作っている環境全てから開放される。私はそれを待ち望んでいる」
 ぶわり、と風景の一角から火が上がった。
 ゆれるゴンドラ。
 靡く髪をそのままに、狭霧は息をついた。
「死と言っても二つあるわよね。五体満足で病気も怪我もしなかったとして、それを動かすための心がなければ、死んだようなものよ。逆にどれだけ生きようとしても肉体が動かなければ死んだも同じよね」
 身を翻し、鉄柵に腰をつけてもたれる狭霧。
「この世には死にたくない人が殆どでしょうけど、そうでない種類もいるのよ。それが私。死んでないから生きている。自殺するほどポジティブにもなれないから、ただ生きている。どうかしら、お気に召して頂けるかわからないけど」
「きみは」
 質問をしたはずなのに、少女はまるで答える気がない風だ。
「今、長い時間をかけて自殺しているのかい」
 その言葉に、狭霧は笑った。
 心から楽しくなさそうに。
「ありがとう。納得したよ」

●『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の死
「死は、恐いものですよ」
 回る観覧車のボックスは、強い風に煽られている。
 頂上を目指す回転が、いつまでもいつまでも続いている。
 地平線の先にあった茜色が、いつまでもそこにあった。
 ラーラは座席の上で手を組んで、瞑目をした。
「もし仮に死が手放しに良いものだとすれば、それを夢見るように語ることが出来るのでしょうが、そうするためには私は死について悲しいイメージを持ちすぎています。私自身死にたくありませんし、家族や仲間やペスカたちと今まで通り一緒にいたいと思います」
 ぐらりと揺れる観覧車。
 頂上はまだ来ない。
「死の先に何かがあるらしいことは、こんな世の中ですから知らないわけではありませんけれど……死んでしまった方が今まで通り、大切な人たちと一緒にいられるなんてこと、ないじゃないですか」
 再び強風に煽られて、観覧車は揺れた。
 さび付いた音がゴンドラの中に響き、ひどく恐ろしく鳴いた。
「だから、自分の死について考えるなら……そうですね、生きているときにできることが、できなくなってしまうこと。私の言う恐怖とは、生のアントニムに対する恐怖なのかもしれません。そんな意味で言えば、他人の死だって恐いです。どんなに大好きでも、一緒に居たくても、今まで通り一緒にいることはできませんから」
「きみは」
 がくん、とゴンドラが揺れる。
「常に自分が死ぬかもしれないと、恐怖しているのかい」
「それは」
 ゴンドラがぴたりと停止した。
 目をそらすラーラ。
「そんなことを考えながら生きるなんて、できないじゃないですか。だって――」
 ゴンドラはどこまでも落下していく。

●死は歩いてなどこない
 ビルの屋上に風が吹いている。
 飛び降り自殺を図ろうとしている男性に、結鹿がそっと寄り添った。
「わたしの両親は、わたしが幼い時に不慮の事故で亡くなったそうです。いろいろやりたいことがあったでしょうけれど……自殺であっても選べるあなたは羨ましいかもしれません。でも、もったいないとは思います。こういう機会があったのも縁でしょうから。死ぬのは簡単ですけど、生きていればこそってこともありますよ?」
 男は聞き取れないようなうめき声を上げてその場にうずくまり、そしてその場から動かなかった。
 男の横に立つ少女。
 少女は瞑目をして、深く息をついた。
 フェンスを隔てて、七人の男女。
 たまき、結鹿、逝、恭司、直斗、狭霧、ラーラ。
「ありがとう。これで、よしとするよ。ぼくは何もせずこの場を去るけれど、それでいいよね」
 否定するような者はいなかった。
 皆の注意は既に、うずくまる男に向いていた。
 少女は頷き、そして仰向けにぴょんと跳ねて、ビルから飛び降りていった。

 その後、少女を見た者はいない。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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