天然の氷、いただきます!
●
夏の日差しを避けるように、木々の陰に小さな木造小屋が立っていた。
小屋の名前は、氷室。先祖代々、何百年と続く製氷職人の聖域だ。
「……オリ……」
とある名峰に、こんこんと湧く岩清水。
氷池と呼ばれる池に貯められた清水は、ひと冬かけて氷職人の手で磨かれ、切り出されて、この氷室に収められる。暑い暑い夏が来て、かき氷となって器を飾る、その時まで。
「……オリ……コオリ……」
幾重もの層に覆われた透明な氷。不純物のない、なのに舐めるとほのかに甘い氷。
純粋で怜悧、それでいてどこか優しい輝きは、下手な宝石など比較にならない。
しかし。
俗に言うではないか。『美しい宝石には魔が宿る』と。そう考えれば――
「「コオリイイイイイイイイイ!!」」
氷室の氷が一斉に妖化したのは、仕方のない事だったのかもしれない。
これは真夏の、とある白昼の出来事である。
●
「イチゴ、練乳、抹茶、マンゴー……かき氷のラインナップって本当にバリエーション豊かだよな」
メロン味の氷をシャクシャクと頬張った久方 相馬(nCL2000004)は、ああ悪い、依頼の話だったとスプーンをくわえたまま照れ臭そうに頭をかいた。
「とある山の中に、天然氷の妖たちが出現するみたいだ。こいつらを撃破してほしい」
妖は岩清水の氷が妖化したもので、物質系のランク2。全部で8体出現するという。
攻撃手段は、凍傷を付与するパンチ。加えて、特属性攻撃を一定確率で弾き返すパッシヴスキルを有しているので、反射によるダメージには注意が必要だ。
「とはいっても物質系の妖だからな。物属性で攻撃すれば、大して苦労せずに倒せると思うぜ」
今回の依頼では、現場に到着した直後に妖が発生する。周囲に人はおらず、ちょうど戦いが終わる頃に氷室の職人たちがやって来るので、事情を話せば氷を分けてくれるだろう。
「実は、この山の麓に小さな茶屋があってね。この季節はかき氷が一番人気で、氷を持ち込めば、好きな味のかき氷を作ってくれるんだ。アイスやあずき、白玉とかのトッピングも自由だぜ。戦いが終わった後は、皆で一服してきたらどうかな」
ちなみに店ではテイクアウトのサービスも行っている。1人につき1杯まで、好きなかき氷を持って帰れるとのことだ。
「暑い日には、涼しい依頼の方がいいよな。真夏のかき氷、思う存分味わってきてくれよ!」
夏の日差しを避けるように、木々の陰に小さな木造小屋が立っていた。
小屋の名前は、氷室。先祖代々、何百年と続く製氷職人の聖域だ。
「……オリ……」
とある名峰に、こんこんと湧く岩清水。
氷池と呼ばれる池に貯められた清水は、ひと冬かけて氷職人の手で磨かれ、切り出されて、この氷室に収められる。暑い暑い夏が来て、かき氷となって器を飾る、その時まで。
「……オリ……コオリ……」
幾重もの層に覆われた透明な氷。不純物のない、なのに舐めるとほのかに甘い氷。
純粋で怜悧、それでいてどこか優しい輝きは、下手な宝石など比較にならない。
しかし。
俗に言うではないか。『美しい宝石には魔が宿る』と。そう考えれば――
「「コオリイイイイイイイイイ!!」」
氷室の氷が一斉に妖化したのは、仕方のない事だったのかもしれない。
これは真夏の、とある白昼の出来事である。
●
「イチゴ、練乳、抹茶、マンゴー……かき氷のラインナップって本当にバリエーション豊かだよな」
メロン味の氷をシャクシャクと頬張った久方 相馬(nCL2000004)は、ああ悪い、依頼の話だったとスプーンをくわえたまま照れ臭そうに頭をかいた。
「とある山の中に、天然氷の妖たちが出現するみたいだ。こいつらを撃破してほしい」
妖は岩清水の氷が妖化したもので、物質系のランク2。全部で8体出現するという。
攻撃手段は、凍傷を付与するパンチ。加えて、特属性攻撃を一定確率で弾き返すパッシヴスキルを有しているので、反射によるダメージには注意が必要だ。
「とはいっても物質系の妖だからな。物属性で攻撃すれば、大して苦労せずに倒せると思うぜ」
今回の依頼では、現場に到着した直後に妖が発生する。周囲に人はおらず、ちょうど戦いが終わる頃に氷室の職人たちがやって来るので、事情を話せば氷を分けてくれるだろう。
「実は、この山の麓に小さな茶屋があってね。この季節はかき氷が一番人気で、氷を持ち込めば、好きな味のかき氷を作ってくれるんだ。アイスやあずき、白玉とかのトッピングも自由だぜ。戦いが終わった後は、皆で一服してきたらどうかな」
ちなみに店ではテイクアウトのサービスも行っている。1人につき1杯まで、好きなかき氷を持って帰れるとのことだ。
「暑い日には、涼しい依頼の方がいいよな。真夏のかき氷、思う存分味わってきてくれよ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.かき氷を食べる
3.なし
2.かき氷を食べる
3.なし
手作りの天然氷は芸術品だと思います。
●ロケーション
とある山中に立つ、木造りの氷室小屋。
外には十分に動き回れるスペースがあり、傍には氷池と呼ばれる池があります。
周囲は木陰に包まれ、太陽の光はほとんど届きません。
山の麓には、小さなお茶屋さんがあります。
様々な甘味を供していて、この時期一番の名物はかき氷です。
●敵
氷人形 × 8
物質系、ランク2。前衛と中衛がそれぞれ4体です。
ビート板サイズの氷板が集まって出来た、人の形をした妖です。
高密度の氷が繰り出す攻撃は相応の脅威ですので、油断せず臨みましょう。
・使用スキル
氷の守護(パッシヴ【浮遊】【反射】)
氷パンチ(物近単【凍傷】)
氷結の舞(特近味単・BS解除50%)
●かき氷について
妖を撃破して貰った氷は、麓にあるお茶屋さんでかき氷にしてもらいましょう。
名峰の岩清水が幾重もの層となった氷は、職人が毎日心を込めて磨いた逸品です。
氷を削って作ったかき氷は、口に含めばほんのり甘く、頭やお腹も痛くなりません。
あなたの好きなかき氷を、好きなだけ堪能して下さい。お持ち帰りも可能です。
●お土産の発行について
シナリオに関連するアイテム(氷、またはかき氷)をお土産として発行します。
発行希望者は【発行希望】・名称・設定の3点を必ずご記載下さい。
プレイング欄・EXプレイング欄、どちらの記載でも構いません。
・字数上限は名称(全角14文字以内)、設定(全角64文字以内)とします。
・かき氷の場合、「かき氷(練乳)」のように好きな味を指定して下さっても構いません。
・記載事項に漏れがあった場合、アイテムは発行されません。
・字数オーバー、内容に問題がある場合はSTが修正を行う場合があります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2017年07月31日
2017年07月31日
■メイン参加者 5人■

●その体は水晶よりも清く
山の中にひっそりと築かれた氷室の周りには、清澄な空気が漂っていた。
漏れ出す冷気の恩恵に預かるように、周りの木々では暑さを逃れた鳥や虫が元気に鳴き、歌っている。そんな氷室の傍、透明な水がちゃぷちゃぷと波打つ氷池の前で、緒形 逝(CL2000156)はそっと辺りの空気を肺へと吸い入れた。
「スーッ……ハーッ……」
逝はどこか恐る恐るといった風情で、何度か深呼吸を繰り返し、ようやく安堵の溜息をつく。
「ふう、どうやら神域ではないようさね。おっさん一安心よ」
瘴気を帯びた妖刀の使い手である彼にとって、神気やご神水といった神聖な場所は非常に居心地が悪い。長居をすれば、体調のひとつやふたつも崩してしまいそうだ。
「ま、ご神水の氷だったら、かき氷を食べるどころじゃないけどね。アハハ!」
今回戦う場所がそうではないと知って、まずは一安心といったところだった。いつも通りの軽口とともに、掌でフルフェイスメットをぱんぱんと叩く逝。木造氷室の傍に設けられた氷池には、上流から引いてきた清水が流れ込み、ふくらはぎが浸かるくらいの水が貯まっていた。
(ただの池でも氷池。なんとも紛らわしいものだねえ)
一方、『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)はすでに戦いの準備を整え、妖が現れる氷室の入口に視線を注いでいた。
「油断しないでいこう、皆。……それにしても、今日も暑いね」
額に浮き出る汗を拭い、うっかり愚痴をこぼしてしまう。木陰に覆われた場所ですらこの暑さなのだ、もし氷の妖が出てきたら、つい近寄ってしまうかも……そんな誘惑を、秋人はそっと除けた。
「……あつい、から……すずしい、ところ。いきたい……」
桂木・日那乃(CL2000941)も秋人と同じく、山の暑さに参っていた。木漏れ日から差し込む嫌がらせのような日差しに、つい無意識に目線が氷室の方へと向いてしまう。
(……ところで。氷の妖、ちゃんと、もとの氷に、もど、る?)
日那乃は半ば強引に、これから戦う妖との戦いに頭を切り替えた。
相馬の話では、妖との戦いが終わる頃に、氷室を管理している氷職人たちがやって来るらしい。元に戻った氷は彼らに任せて、下手に弄らない方がいいだろう――
そんなことを考えながら、日那乃は暑気を振り払うように、背中の黒い翼をはためかせていた。
(この気温。この湿気。やっぱり、寒いのより暑い方が苦手……)
西園寺 海(CL2001607)がこの依頼に参加した理由は、至ってシンプルだった。涼しそうだからだ。氷池に張られた清水を見下ろして、もう少し深ければ泳ぐのに丁度いいのに……などと、とりとめもなく考えてしまう。
「頭が痛くならないかき氷、食べるの初めてだから楽しみ……」
海にとって妖との戦闘は、いわば食前の運動のようなものだ。彼女は戦いに勝利した後、頼むメニューまでちゃんと決めてこの場に臨んでいた。
「かき氷……ですか。美味しい一品は、氷作りからこだわるんですね」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)もまた、戦闘後のかき氷に想像を躍らせる覚者のひとりだった。冷たいものを想像すれば、多少は暑さも紛れるというものだ。
無論、彼女とて日本でかき氷を食べたことはある。だが、FiVEで耳にした話では、今回の氷は特別な代物だというではないか。取らぬ狸の何とやら、そう言われれば返す言葉もないが、ラーラは今からかき氷の味が楽しみで仕方ない様子だ。
「ペスカ、後で一緒に食べましょうね」
ラーラが守護使役のペスカに微笑みかけた、そのとき。
ふと氷室を覆っていた鳥や虫のさえずりが消えた。
「お出ましのようさね。悪食や、今日の獲物はちと固いかもしれん。念入りにかみ砕いておやり」
逝が直刀「悪食」を抜き放ち、氷よりも冷たい瘴気が辺りに漂う。
秋人が、日那乃が、海が、ラーラが、武器を手に隊列を組んで、氷室の前に展開する。
木造の壁の向こう側から、ガラガラと物々しい音が聞こえ、そして――
「「コオリイイイイイイイイイイイ!!」」
ぶち破られたドアの中から、妖たちが襲いかかってきた!
●死闘、氷職人の聖域にて
「さあ悪食や、ごちそうだ。思う存分お食べよ!」
逝が直刀で地面を突き刺すと、悪食の衝撃波がふたつの波となって地面を伝い、氷の表面を削り取った。妖たちが「コオリイイイイイイ!!」と悲鳴を上げ、体を構成する氷塊がガラゴロと小気味のよい音をたてて転げ回る。
「なるほど綺麗な氷ですね、向こう側が透き通って見えます」
「大人しくやられるんだ! そして、皆の美味しいかき氷になってくれ!」
ラーラと秋人は、ともに前衛のポジションをとっていた。
普段は特属性攻撃を主体とした後方の立ち回りを得意とする二人だが、目の前の敵は特属性のダメージを跳ね返す反射能力を持っている。そこで今回は、二人とも前衛で物理攻撃メインの戦闘スタイルへと切り替えて戦っているのだ。
ラーラは清廉珀香で味方の治癒能力を強化し、秋人は鋭刃脚で初手からの攻め。状況に応じた柔軟な戦法を選択し、仲間と呼吸を合わせて戦いに臨めるのは、ベテランの面目躍如といったところだろう。
「コオリ!」「コオリイイイ!!」
だが、妖たちも防戦に甘んじているわけはない。妖8体の両腕から氷の板がフリスビーのように飛び、覚者の前衛4人を滅多矢鱈に打ち据える。
「おっと! おっととと! おっさん、涼しいのは歓迎だが、痛いのは御免こうむりたいねえ!」
「大丈夫ですペスカ、大事はありませんよ」
妖の攻撃は威力こそ低いものの、頭数が揃えば相応の脅威だ。
「ぐ……っ!」
しかも厄介なことに、妖の攻撃には凍傷というオマケがある。攻撃を浴びた秋人が、氷に包まれ身動き取れなくなった。早いうちに妖の頭数を減らさないと、思わぬ苦戦を強いられそうだった。
「先生。大、丈夫?」
「……ありがとう桂木さん。助かったよ」
日那乃が深想水を発動し、秋人を拘束していた硬い氷をゆっくりと溶かしてゆく。
「西園寺、負けません。まずは前列の敵を削ります」
海は五織の彩を発動し、天行の力を顕現。手を繋いだ大好きなぬいぐるみ「もううさミミー」を振りかざし、端の氷妖を思い切りぶん殴った。彼女はどちらかといえば特属性スキルを駆使した戦闘が主体だが、肉体を駆使しての戦いも、決して引けを取らない。
「コオリイイ!」
「西園寺、把握です。今の一撃は効いたようですね」
隊列へと戻りながら、海はエネミースキャンで敵の状態を確認する。どうやら妖の耐久力は見た目ほど高くはないようで、海が攻撃した個体はもうひと押しで倒せそうだった。
「悪食は美味しくなくても喰べるが、美味しい物なら尚、嬉しいさね!」
逝は相棒の直刀を妖には触れさせず、体術のみでガリガリと、文字通り敵の体を削り砕いていく。隊列の「点」よりも「面」を攻めることを意識した逝の戦闘スタイルは、じわじわと妖達を追い詰めていった。その立ち回りは、幾分の余裕を感じさせるものだ。
(瘴気まじりのかき氷なんて、シャレにもならんからねえ)
一方、ラーラはといえば、
(火行のスキル……使っても平気でしょうか。溶けたりしないでしょうか)
錬覇法で攻撃力の強化を図りながら、煌炎の書に遠慮がちな視線を送る。いくら倒しても、かき氷が食べられなくては意味がない――そんなことを考えながら。多少のダメージ反射は織り込み済みだが、やはり一抹の不安を覚えずにはいられない。
(とりあえず単体を狙って試してみましょう。ええ、そうしましょう)
ラーラが仲間に視線を戻すと、秋人が活殺打で妖の1体を倒したところだった。
山の空気を切り裂くような断末魔をあげ、妖が氷塊となって地面に崩れる。ラーラはこれを好機と見て、仲間と共に攻めに出た。
「決着をつけましょう。氷が溶けてしまう前に!」
ラーラの周囲を鈴なりに浮かぶ火の玉が、敵前列の1体に襲い掛かった。
悲鳴と共に妖は消滅。元に戻った氷塊も、別段溶けた様子はない。これで心おきなく攻撃できる。
仲間をやられて怒り狂ったように、ふたたび妖たちが猛攻撃を浴びせてきた。数の暴力に任せた攻めによって、覚者側のダメージがじわじわと蓄積されていく。そこへ加えて、海が凍傷を付与されて凍りついた。
「……妖の、攻撃、うるさい」
潤しの雨で仲間を癒しながら、日那乃がうんざりした口調でつぶやいた。海の回復は秋人に任せ、まずは治療を優先する。いま5人の中で、味方の傷を癒せるのは日那乃だけだ。
(この程度の負傷なら、まだ透瘴の出番はないさね。さっさとケリをつけようじゃないか!)
逝の地烈が、氷妖の前列をついに決壊させた。ダメージの限界を超えた妖たちが、1体2体と崩れ落ち、きらめく氷塊へと戻ってゆく。これで敵の前衛は全滅だ。
「どうやら、勝負ありかな」
深想水で海の凍傷を癒しながら秋人は勝利を確信した。頭数でのアドバンテージを握った以上、覚者たちが敗北する可能性は皆無といってよかった。
「みんな、回復、平気、そう。私も、攻撃、する」
日那乃が練丹書を握りしめて、突撃。ゴギャッという鈍い音をたてて本の角が妖の頭に命中し、氷にピシピシと亀裂が入る。
「西園寺、もらったのです」
日那乃の背後を攻撃しようとした別の妖めがけて、海がスイングするミミーがうなりをあげて襲い掛かった。横薙ぎの一撃をもろに受けた妖が、千鳥足でバランスを崩す。
「さあて、こいつで終わりにしようか。おっさん、キーンと冷えた氷が好きなんでね」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
逝の悪食が大地を叩き、ひときわ大きな衝撃波が地を這って妖へと襲い掛かる。
ラーラの描く魔法陣から飛び出た紅蓮の猫が、牙をむいてその後を追った。
「「コ……コオリイイイイイ!!」」
ふたりの攻撃を交互に浴びて、3体の妖怪が立て続けに消滅。秋人は満身創痍となった最後の妖に狙いを定め、とどめを刺すべく腰に力を溜めて地面を蹴る。
「これで終わりだ。鋭刃脚!」
秋人の蹴りに頭を吹き飛ばされた妖が、物言わぬ氷塊となってガラガラと崩れ落ちる。
それが、戦いの終わりだった。
「お疲れ、様。皆、ケガは、ない?」
「西園寺は平気です。ただ……」
仲間の負傷を気遣う日那乃に、海が恥ずかしそうに口を開く。
「ただ? 何か問題が起こったかね?」
海の言葉に、首を傾げる逝。
海は一瞬言い淀むと、真っ赤な顔をミミーに顔を埋めて、消えそうな声で呟いた。
「その……すごく、お腹が空いてしまいました」
「アハハ! それは一大事……おや? 職人さんたちのお出ましのようだねえ」
「俺もお腹が空いてきたな。氷をいただいて、麓のお店に行くとしようか」
逝が振り返った先、氷池の向こう側から、道具を担いだ男たちがやって来るのが見えた。
●かき氷、それは永遠の輝き
職人との話は思ったよりもスムーズに進んだ。どうやら、事前にFiVEから連絡があったらしい。
6人は気に入った氷を選び出し、綺麗に磨いてもらうと、さっそく麓にある茶屋へ足を運んだ。
「ここが、夢見の久方が言っていた店ですね。西園寺、ワクワクします」
「ほらペスカ、もうすぐ食べられますよ。どの味がいいですか?」
「氷」ののぼりを掲げたその茶屋はカウンターに3つの卓という小さな構えで、カウンターに置かれた年代ものの大型削氷機が、店の長い歴史を物語っていた。氷室で採れたばかりのの氷を店員に差し出すと、さっそく6人は、各々の決めたメニューを店員に注文した。
秋人が頼んだのは、白蜜がけのシンプルなかき氷。
(この方が氷の溶け具合が分かり易そうだしね)
日那乃の注文は、イチゴと練乳。ふわふわと宙を泳ぐ守護使役にも、そっと耳打ちする。
「マリン、半分こ、する?」
ラーラもまた、膝に乗せた守護使役のペスカと一緒に食べるつもりのようだ。
「お店のお勧めはありますか? ……イチゴシロップ? では、それでお願いします」
海は宇治抹茶金時のバニラアイス練乳がけ、白玉付き。甘いものが大好きで、育ち盛りの年頃ともなれば、このくらいは食べられてしまう。
「西園寺、すごく楽しみです」
逝は複数のメニューを味わう方針のようだった。彼がまず最初に頼んだのは――
「酒粕でやらない方の、甘酒かけたヤツ食べてみたいねえ」
注文を終えた一行は、カウンターの腰壁に並べた6つの氷を、そっと眺めてみる。
ちょうど両手で持ち運べそうなサイズにカットされた氷は思わず言葉を忘れる美しさだ。結晶内には泡ひとつ不純物がなく、冷たいながらもどこか優しい輝きを放っていた。山を流れる岩清水を、そのまま空間ごと切り取ってきたようだ。
「ああ……これは美味しそうだね」
削氷機が奏でるシャリシャリという音に聞き入って、秋人は器に降り注ぐ氷の粒を見つめていた。程なくして運ばれてきた白蜜のかき氷をじっくりと目で味わってから、こんもりと盛られた氷の天辺を、匙でそっと掬いとる。
(……うん、凄いね。全然頭が痛くならない)
食べるペースこそゆっくりだが、秋人の一口は決して小さいものではない。なのに、冷たいものを食べたときに襲ってくる例の頭痛が、全く来ないのだ。
どうやら他の仲間たちも同じようで、各々のかき氷を一口一口噛みしめるように(逝はいつものようにフルフェイスメットを被ったまま匙を口元に運んでいたが)、自分のかき氷を味わっている。
「普通の氷と違って……すごく、優しい味だね」
「……ん」
秋人の言葉に、日那乃が頷く。
「ほんのり甘く、て。頭とか、お腹も、痛くならな、い」
6人の食べるかき氷には、仄かな滋味があった。人工の甘味料とは明らかに違う、そっと撫でるような儚い甘さ。素材や製法に秘密があるのだろうか? もしかしたら、戦いを終えた彼らの心が、甘いと感じているのかもしれなかった。
「いやあ、こいつは良い」
逝はというと、早くも甘酒をまぶしたかき氷を食べ終えようとしていた。
氷の白と甘酒のクリーム色という組み合わせは、外見こそ地味に映るものの、味わいは別格だ。
甘酒の濃厚で官能的な甘味。氷の冷たく透明で仄甘い味。両者が逝の口で合わさって、新しい味へと生まれ変わる。
「西園寺、びっくりです。このかき氷、ふあふあの雪のような、綿あめのような……」
海は、宇治抹茶金時のバニラアイス練乳がけを匙で突き崩して食べるうちに、だんだんと夢見心地の目つきになっていった。
口の中でスッと溶ける、氷の粒。いつまでもこの心地に浸っていたいと感じる、不思議で楽しい味わい。こんな贅沢な時間は、そう滅多に過ごせないと思った。
「味はどうですか、ペスカ?」
ラーラが器に取ったひと匙のかき氷に、ペスカはそっと口をつけた。白い尻尾から身を乗り出した桃色の体を小さく揺すって、シャクシャクとかき氷を食べる姿は、何とも可愛らしい。
「おや、お代わりの到着のようだ」
逝のところに次なる二皿が運ばれてきた。
ひとつめは、赤砂糖を振りかけて白玉と蜜柑を乗せた、和の彩りを添えたもの。
白玉の歯ごたえと舌触りに、蜜柑と赤砂糖の甘みと酸味が色を添えて、氷が程よく冷やして逝の舌を楽しませてくれる。難点といえば、白玉を口に運ぶのに難儀することくらいだろうか。
ふたつめは、レモンシロップで柘榴の実とグレープフルーツを乗せた色鮮やかな一品。キンと刺すような冷たさを、シロップの甘味とフルーツの酸味が一緒に追いかけてくる。粒々の歯ごたえも、程よいアクセントだ。
逝はかき氷を口へ運ぶごとに寡黙になっていき、最後には匙で氷を掬う音だけが残った。
「うん、いい味だったねえ。ごちそうさま」
6人の覚者たちは、かき氷を食べ終えた後も、氷が残していった涼しい余韻にしばし浸っていた。
空になったガラスの器には、どれも冷たい空気が名残惜しそうに漂っている。
「西園寺、面白いかき氷が食べられて大満足です」
カウンターの椅子にもたれ、海はミミーをぎゅっと抱きしめた。夏の日差しに火照った体が、ちょうど良い塩梅に冷えたようだ。
「本当に美味しかったね。……おや、お客さんかな」
秋人が暖簾越しに外を見ると、小学生と思しき子供たちが店の前に自転車を停めるのが見えた。プールバッグを抱えているところを見ると、恐らくプール帰りだろう。学校の教師である秋人は、ふとクラスの生徒たちに思いを巡らせた。
(夏休み本番か。今頃、子供たちは何をしているだろう)
窓辺から聞こえる風鈴の音が、昼の空をいっそう青く見せる。生徒たちも今頃は同じ空を見上げながら、夏を楽しんでいるのだろう――秋人は、そう思った。
子供たちが店に入るのを見て、6人はそっと席を立つ。お暇の時が来たようだ。
「美味しいかき氷でした。西園寺、大満足です」
「ごちそうさまでした。行きましょうか、ペスカ」
かくして依頼を終えた覚者たちは、FiVEへと帰還を果たしたのだった。
山の中にひっそりと築かれた氷室の周りには、清澄な空気が漂っていた。
漏れ出す冷気の恩恵に預かるように、周りの木々では暑さを逃れた鳥や虫が元気に鳴き、歌っている。そんな氷室の傍、透明な水がちゃぷちゃぷと波打つ氷池の前で、緒形 逝(CL2000156)はそっと辺りの空気を肺へと吸い入れた。
「スーッ……ハーッ……」
逝はどこか恐る恐るといった風情で、何度か深呼吸を繰り返し、ようやく安堵の溜息をつく。
「ふう、どうやら神域ではないようさね。おっさん一安心よ」
瘴気を帯びた妖刀の使い手である彼にとって、神気やご神水といった神聖な場所は非常に居心地が悪い。長居をすれば、体調のひとつやふたつも崩してしまいそうだ。
「ま、ご神水の氷だったら、かき氷を食べるどころじゃないけどね。アハハ!」
今回戦う場所がそうではないと知って、まずは一安心といったところだった。いつも通りの軽口とともに、掌でフルフェイスメットをぱんぱんと叩く逝。木造氷室の傍に設けられた氷池には、上流から引いてきた清水が流れ込み、ふくらはぎが浸かるくらいの水が貯まっていた。
(ただの池でも氷池。なんとも紛らわしいものだねえ)
一方、『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)はすでに戦いの準備を整え、妖が現れる氷室の入口に視線を注いでいた。
「油断しないでいこう、皆。……それにしても、今日も暑いね」
額に浮き出る汗を拭い、うっかり愚痴をこぼしてしまう。木陰に覆われた場所ですらこの暑さなのだ、もし氷の妖が出てきたら、つい近寄ってしまうかも……そんな誘惑を、秋人はそっと除けた。
「……あつい、から……すずしい、ところ。いきたい……」
桂木・日那乃(CL2000941)も秋人と同じく、山の暑さに参っていた。木漏れ日から差し込む嫌がらせのような日差しに、つい無意識に目線が氷室の方へと向いてしまう。
(……ところで。氷の妖、ちゃんと、もとの氷に、もど、る?)
日那乃は半ば強引に、これから戦う妖との戦いに頭を切り替えた。
相馬の話では、妖との戦いが終わる頃に、氷室を管理している氷職人たちがやって来るらしい。元に戻った氷は彼らに任せて、下手に弄らない方がいいだろう――
そんなことを考えながら、日那乃は暑気を振り払うように、背中の黒い翼をはためかせていた。
(この気温。この湿気。やっぱり、寒いのより暑い方が苦手……)
西園寺 海(CL2001607)がこの依頼に参加した理由は、至ってシンプルだった。涼しそうだからだ。氷池に張られた清水を見下ろして、もう少し深ければ泳ぐのに丁度いいのに……などと、とりとめもなく考えてしまう。
「頭が痛くならないかき氷、食べるの初めてだから楽しみ……」
海にとって妖との戦闘は、いわば食前の運動のようなものだ。彼女は戦いに勝利した後、頼むメニューまでちゃんと決めてこの場に臨んでいた。
「かき氷……ですか。美味しい一品は、氷作りからこだわるんですね」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)もまた、戦闘後のかき氷に想像を躍らせる覚者のひとりだった。冷たいものを想像すれば、多少は暑さも紛れるというものだ。
無論、彼女とて日本でかき氷を食べたことはある。だが、FiVEで耳にした話では、今回の氷は特別な代物だというではないか。取らぬ狸の何とやら、そう言われれば返す言葉もないが、ラーラは今からかき氷の味が楽しみで仕方ない様子だ。
「ペスカ、後で一緒に食べましょうね」
ラーラが守護使役のペスカに微笑みかけた、そのとき。
ふと氷室を覆っていた鳥や虫のさえずりが消えた。
「お出ましのようさね。悪食や、今日の獲物はちと固いかもしれん。念入りにかみ砕いておやり」
逝が直刀「悪食」を抜き放ち、氷よりも冷たい瘴気が辺りに漂う。
秋人が、日那乃が、海が、ラーラが、武器を手に隊列を組んで、氷室の前に展開する。
木造の壁の向こう側から、ガラガラと物々しい音が聞こえ、そして――
「「コオリイイイイイイイイイイイ!!」」
ぶち破られたドアの中から、妖たちが襲いかかってきた!
●死闘、氷職人の聖域にて
「さあ悪食や、ごちそうだ。思う存分お食べよ!」
逝が直刀で地面を突き刺すと、悪食の衝撃波がふたつの波となって地面を伝い、氷の表面を削り取った。妖たちが「コオリイイイイイイ!!」と悲鳴を上げ、体を構成する氷塊がガラゴロと小気味のよい音をたてて転げ回る。
「なるほど綺麗な氷ですね、向こう側が透き通って見えます」
「大人しくやられるんだ! そして、皆の美味しいかき氷になってくれ!」
ラーラと秋人は、ともに前衛のポジションをとっていた。
普段は特属性攻撃を主体とした後方の立ち回りを得意とする二人だが、目の前の敵は特属性のダメージを跳ね返す反射能力を持っている。そこで今回は、二人とも前衛で物理攻撃メインの戦闘スタイルへと切り替えて戦っているのだ。
ラーラは清廉珀香で味方の治癒能力を強化し、秋人は鋭刃脚で初手からの攻め。状況に応じた柔軟な戦法を選択し、仲間と呼吸を合わせて戦いに臨めるのは、ベテランの面目躍如といったところだろう。
「コオリ!」「コオリイイイ!!」
だが、妖たちも防戦に甘んじているわけはない。妖8体の両腕から氷の板がフリスビーのように飛び、覚者の前衛4人を滅多矢鱈に打ち据える。
「おっと! おっととと! おっさん、涼しいのは歓迎だが、痛いのは御免こうむりたいねえ!」
「大丈夫ですペスカ、大事はありませんよ」
妖の攻撃は威力こそ低いものの、頭数が揃えば相応の脅威だ。
「ぐ……っ!」
しかも厄介なことに、妖の攻撃には凍傷というオマケがある。攻撃を浴びた秋人が、氷に包まれ身動き取れなくなった。早いうちに妖の頭数を減らさないと、思わぬ苦戦を強いられそうだった。
「先生。大、丈夫?」
「……ありがとう桂木さん。助かったよ」
日那乃が深想水を発動し、秋人を拘束していた硬い氷をゆっくりと溶かしてゆく。
「西園寺、負けません。まずは前列の敵を削ります」
海は五織の彩を発動し、天行の力を顕現。手を繋いだ大好きなぬいぐるみ「もううさミミー」を振りかざし、端の氷妖を思い切りぶん殴った。彼女はどちらかといえば特属性スキルを駆使した戦闘が主体だが、肉体を駆使しての戦いも、決して引けを取らない。
「コオリイイ!」
「西園寺、把握です。今の一撃は効いたようですね」
隊列へと戻りながら、海はエネミースキャンで敵の状態を確認する。どうやら妖の耐久力は見た目ほど高くはないようで、海が攻撃した個体はもうひと押しで倒せそうだった。
「悪食は美味しくなくても喰べるが、美味しい物なら尚、嬉しいさね!」
逝は相棒の直刀を妖には触れさせず、体術のみでガリガリと、文字通り敵の体を削り砕いていく。隊列の「点」よりも「面」を攻めることを意識した逝の戦闘スタイルは、じわじわと妖達を追い詰めていった。その立ち回りは、幾分の余裕を感じさせるものだ。
(瘴気まじりのかき氷なんて、シャレにもならんからねえ)
一方、ラーラはといえば、
(火行のスキル……使っても平気でしょうか。溶けたりしないでしょうか)
錬覇法で攻撃力の強化を図りながら、煌炎の書に遠慮がちな視線を送る。いくら倒しても、かき氷が食べられなくては意味がない――そんなことを考えながら。多少のダメージ反射は織り込み済みだが、やはり一抹の不安を覚えずにはいられない。
(とりあえず単体を狙って試してみましょう。ええ、そうしましょう)
ラーラが仲間に視線を戻すと、秋人が活殺打で妖の1体を倒したところだった。
山の空気を切り裂くような断末魔をあげ、妖が氷塊となって地面に崩れる。ラーラはこれを好機と見て、仲間と共に攻めに出た。
「決着をつけましょう。氷が溶けてしまう前に!」
ラーラの周囲を鈴なりに浮かぶ火の玉が、敵前列の1体に襲い掛かった。
悲鳴と共に妖は消滅。元に戻った氷塊も、別段溶けた様子はない。これで心おきなく攻撃できる。
仲間をやられて怒り狂ったように、ふたたび妖たちが猛攻撃を浴びせてきた。数の暴力に任せた攻めによって、覚者側のダメージがじわじわと蓄積されていく。そこへ加えて、海が凍傷を付与されて凍りついた。
「……妖の、攻撃、うるさい」
潤しの雨で仲間を癒しながら、日那乃がうんざりした口調でつぶやいた。海の回復は秋人に任せ、まずは治療を優先する。いま5人の中で、味方の傷を癒せるのは日那乃だけだ。
(この程度の負傷なら、まだ透瘴の出番はないさね。さっさとケリをつけようじゃないか!)
逝の地烈が、氷妖の前列をついに決壊させた。ダメージの限界を超えた妖たちが、1体2体と崩れ落ち、きらめく氷塊へと戻ってゆく。これで敵の前衛は全滅だ。
「どうやら、勝負ありかな」
深想水で海の凍傷を癒しながら秋人は勝利を確信した。頭数でのアドバンテージを握った以上、覚者たちが敗北する可能性は皆無といってよかった。
「みんな、回復、平気、そう。私も、攻撃、する」
日那乃が練丹書を握りしめて、突撃。ゴギャッという鈍い音をたてて本の角が妖の頭に命中し、氷にピシピシと亀裂が入る。
「西園寺、もらったのです」
日那乃の背後を攻撃しようとした別の妖めがけて、海がスイングするミミーがうなりをあげて襲い掛かった。横薙ぎの一撃をもろに受けた妖が、千鳥足でバランスを崩す。
「さあて、こいつで終わりにしようか。おっさん、キーンと冷えた氷が好きなんでね」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
逝の悪食が大地を叩き、ひときわ大きな衝撃波が地を這って妖へと襲い掛かる。
ラーラの描く魔法陣から飛び出た紅蓮の猫が、牙をむいてその後を追った。
「「コ……コオリイイイイイ!!」」
ふたりの攻撃を交互に浴びて、3体の妖怪が立て続けに消滅。秋人は満身創痍となった最後の妖に狙いを定め、とどめを刺すべく腰に力を溜めて地面を蹴る。
「これで終わりだ。鋭刃脚!」
秋人の蹴りに頭を吹き飛ばされた妖が、物言わぬ氷塊となってガラガラと崩れ落ちる。
それが、戦いの終わりだった。
「お疲れ、様。皆、ケガは、ない?」
「西園寺は平気です。ただ……」
仲間の負傷を気遣う日那乃に、海が恥ずかしそうに口を開く。
「ただ? 何か問題が起こったかね?」
海の言葉に、首を傾げる逝。
海は一瞬言い淀むと、真っ赤な顔をミミーに顔を埋めて、消えそうな声で呟いた。
「その……すごく、お腹が空いてしまいました」
「アハハ! それは一大事……おや? 職人さんたちのお出ましのようだねえ」
「俺もお腹が空いてきたな。氷をいただいて、麓のお店に行くとしようか」
逝が振り返った先、氷池の向こう側から、道具を担いだ男たちがやって来るのが見えた。
●かき氷、それは永遠の輝き
職人との話は思ったよりもスムーズに進んだ。どうやら、事前にFiVEから連絡があったらしい。
6人は気に入った氷を選び出し、綺麗に磨いてもらうと、さっそく麓にある茶屋へ足を運んだ。
「ここが、夢見の久方が言っていた店ですね。西園寺、ワクワクします」
「ほらペスカ、もうすぐ食べられますよ。どの味がいいですか?」
「氷」ののぼりを掲げたその茶屋はカウンターに3つの卓という小さな構えで、カウンターに置かれた年代ものの大型削氷機が、店の長い歴史を物語っていた。氷室で採れたばかりのの氷を店員に差し出すと、さっそく6人は、各々の決めたメニューを店員に注文した。
秋人が頼んだのは、白蜜がけのシンプルなかき氷。
(この方が氷の溶け具合が分かり易そうだしね)
日那乃の注文は、イチゴと練乳。ふわふわと宙を泳ぐ守護使役にも、そっと耳打ちする。
「マリン、半分こ、する?」
ラーラもまた、膝に乗せた守護使役のペスカと一緒に食べるつもりのようだ。
「お店のお勧めはありますか? ……イチゴシロップ? では、それでお願いします」
海は宇治抹茶金時のバニラアイス練乳がけ、白玉付き。甘いものが大好きで、育ち盛りの年頃ともなれば、このくらいは食べられてしまう。
「西園寺、すごく楽しみです」
逝は複数のメニューを味わう方針のようだった。彼がまず最初に頼んだのは――
「酒粕でやらない方の、甘酒かけたヤツ食べてみたいねえ」
注文を終えた一行は、カウンターの腰壁に並べた6つの氷を、そっと眺めてみる。
ちょうど両手で持ち運べそうなサイズにカットされた氷は思わず言葉を忘れる美しさだ。結晶内には泡ひとつ不純物がなく、冷たいながらもどこか優しい輝きを放っていた。山を流れる岩清水を、そのまま空間ごと切り取ってきたようだ。
「ああ……これは美味しそうだね」
削氷機が奏でるシャリシャリという音に聞き入って、秋人は器に降り注ぐ氷の粒を見つめていた。程なくして運ばれてきた白蜜のかき氷をじっくりと目で味わってから、こんもりと盛られた氷の天辺を、匙でそっと掬いとる。
(……うん、凄いね。全然頭が痛くならない)
食べるペースこそゆっくりだが、秋人の一口は決して小さいものではない。なのに、冷たいものを食べたときに襲ってくる例の頭痛が、全く来ないのだ。
どうやら他の仲間たちも同じようで、各々のかき氷を一口一口噛みしめるように(逝はいつものようにフルフェイスメットを被ったまま匙を口元に運んでいたが)、自分のかき氷を味わっている。
「普通の氷と違って……すごく、優しい味だね」
「……ん」
秋人の言葉に、日那乃が頷く。
「ほんのり甘く、て。頭とか、お腹も、痛くならな、い」
6人の食べるかき氷には、仄かな滋味があった。人工の甘味料とは明らかに違う、そっと撫でるような儚い甘さ。素材や製法に秘密があるのだろうか? もしかしたら、戦いを終えた彼らの心が、甘いと感じているのかもしれなかった。
「いやあ、こいつは良い」
逝はというと、早くも甘酒をまぶしたかき氷を食べ終えようとしていた。
氷の白と甘酒のクリーム色という組み合わせは、外見こそ地味に映るものの、味わいは別格だ。
甘酒の濃厚で官能的な甘味。氷の冷たく透明で仄甘い味。両者が逝の口で合わさって、新しい味へと生まれ変わる。
「西園寺、びっくりです。このかき氷、ふあふあの雪のような、綿あめのような……」
海は、宇治抹茶金時のバニラアイス練乳がけを匙で突き崩して食べるうちに、だんだんと夢見心地の目つきになっていった。
口の中でスッと溶ける、氷の粒。いつまでもこの心地に浸っていたいと感じる、不思議で楽しい味わい。こんな贅沢な時間は、そう滅多に過ごせないと思った。
「味はどうですか、ペスカ?」
ラーラが器に取ったひと匙のかき氷に、ペスカはそっと口をつけた。白い尻尾から身を乗り出した桃色の体を小さく揺すって、シャクシャクとかき氷を食べる姿は、何とも可愛らしい。
「おや、お代わりの到着のようだ」
逝のところに次なる二皿が運ばれてきた。
ひとつめは、赤砂糖を振りかけて白玉と蜜柑を乗せた、和の彩りを添えたもの。
白玉の歯ごたえと舌触りに、蜜柑と赤砂糖の甘みと酸味が色を添えて、氷が程よく冷やして逝の舌を楽しませてくれる。難点といえば、白玉を口に運ぶのに難儀することくらいだろうか。
ふたつめは、レモンシロップで柘榴の実とグレープフルーツを乗せた色鮮やかな一品。キンと刺すような冷たさを、シロップの甘味とフルーツの酸味が一緒に追いかけてくる。粒々の歯ごたえも、程よいアクセントだ。
逝はかき氷を口へ運ぶごとに寡黙になっていき、最後には匙で氷を掬う音だけが残った。
「うん、いい味だったねえ。ごちそうさま」
6人の覚者たちは、かき氷を食べ終えた後も、氷が残していった涼しい余韻にしばし浸っていた。
空になったガラスの器には、どれも冷たい空気が名残惜しそうに漂っている。
「西園寺、面白いかき氷が食べられて大満足です」
カウンターの椅子にもたれ、海はミミーをぎゅっと抱きしめた。夏の日差しに火照った体が、ちょうど良い塩梅に冷えたようだ。
「本当に美味しかったね。……おや、お客さんかな」
秋人が暖簾越しに外を見ると、小学生と思しき子供たちが店の前に自転車を停めるのが見えた。プールバッグを抱えているところを見ると、恐らくプール帰りだろう。学校の教師である秋人は、ふとクラスの生徒たちに思いを巡らせた。
(夏休み本番か。今頃、子供たちは何をしているだろう)
窓辺から聞こえる風鈴の音が、昼の空をいっそう青く見せる。生徒たちも今頃は同じ空を見上げながら、夏を楽しんでいるのだろう――秋人は、そう思った。
子供たちが店に入るのを見て、6人はそっと席を立つ。お暇の時が来たようだ。
「美味しいかき氷でした。西園寺、大満足です」
「ごちそうさまでした。行きましょうか、ペスカ」
かくして依頼を終えた覚者たちは、FiVEへと帰還を果たしたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
