深き処より
深き処より



 鉄パイプで、思いきり顔面を殴られた。
 下手をすると死ぬ。俺が、人間ならばだ。
 だが俺は、よろめきながらも立っている。言い訳がましい言葉を発しながら。
「ま、待て……俺は……」
「この化け物!」
 今度は、角材で殴られた。
「人間の言葉しゃべってんじゃねえ!」
「先生が言ってた、普通の人間の中にバケモノが紛れ込んでるって!」
「バケモノがよ、人間に化けてよお、一体何するつもりだったぁああ!?」
 銛で突かれた。
 町の人たちが、寄ってたかって俺を殺そうとしている。
 漁港の町である。
 俺は今、埠頭にいて、海の方へと追い詰められていた。
 このまま突き落とされるか、町の人たちに殺されるか、道はその2つしかないのか。
「死ねよ、死ね! とっとと死にやがれえええ!」
 鉄パイプが、角材が、銛が、俺を滅多打ちにしている。
 町の人たちは、怯えているようでもあった。
 角材が折れ、鉄パイプと銛がへし曲がる。
 俺の身体はいつの間にか、鎧みたいな鱗に覆われていた。その下では、筋肉が盛り上がっている。漁師だから、身体の頑丈さには確かに自信があるのだが。
 何十年も前から、俺はこの町で漁師をしている。
 その前は、小さな漁村にいた。海辺の町や村を、渡り歩いていた。
 この町には、少しばかり長く居すぎたようである。
 俺が全く年を取らない事を、町の人々に怪しまれてしまったのだ。
 俺自身、長いこと忘れていた。自分が、人間ではない事を。
 思い出してしまった俺を、止める事は誰にも出来ない。
 怯える男の顔面を、俺は水掻きのある片手で叩き潰した。
 俺の腕からノコギリのように生えた鰭が、町の人々を片っ端から切り刻んでいく。
 返り血を浴びながら、俺は海を見つめ、呟いた。
「海へ……帰ろう……竜宮へ、帰還しなければ……乙姫様に、御報告せねばならない」
 自分の使命を、俺は完全に思い出していた。
「人間は、己と異なる者を受け入れない。人間と、我ら竜宮の民が共存する事は……決して、出来ないと」


 五麟学園、昼休み。
 中庭の木陰で膝を抱える久方相馬(nCL2000004)に、用務員の老人が声をかけた。
「どうしました。何か、思い悩んでおられるようですが」
「……あんたか」
 以前とある事情で七星剣に命を狙われていた老人である。ファイヴによる保護を受け、そのまま学園の用務員として働く事となったのだ。
「毎度の事だけど、夢を見た。とある海辺の町で、1人の男が因子を発現させちまうんだ。で、町の人たちに化け物扱いされる。殺されそうになって」
 逆に、町の人々を皆殺しにしてしまう。
 それを止めるため、覚者を派遣しなければならないのだが。
「……そいつが一体、何の因子なのかがわかんなくてさ。現でも械でも、獣憑でもなし。あんなの見た事ねえよ」
「あんなの、とは?」
 老人が訊いてくる。
 相馬は、夢に見たものを出来る限り克明に、話して聞かせた。
「……因子の発現ではありませんよ相馬さん。その男は、覚者ではなく古妖です」
 老人が言う。
「恐らくは地上調査の御密命を乙姫様より賜りたる、竜宮の尖兵……その男は、人魚です」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖・人魚の撃破(生死不問)
2.人死にを出さない
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は古妖・人魚。と言っても外見は筋骨隆々の半魚人で、水辺であれば陸上でも不自由なく動けます。日本の人魚は基本ゲテモノなので。
 攻撃手段は怪力による格闘戦(物近単)のみですが、その身体は再生能力を有しており、1ターンごとに『潤しの滴』と同程度の体力回復が自動的に行われます。

 時間帯は真昼、場所は某県の漁港。埠頭(足場はコンクリート、多人数の動きに支障なし)で、町の人々(漁業関係者、計15名)が寄ってたかって人魚を殺そうとしたところ逆襲に遭い、まず最初の1人が殺されそうになっている場面。そこへ覚者の皆様が駆けつけたところが状況開始となります。
 人魚による逆襲・殺戮から、この15名全員を守り抜いて下さい。
 この人魚は人間という種族そのものに見切りをつけており、町の人々に対しても、覚者の皆様に対しても、殺戮を躊躇う事はありません。力ずくの戦闘で止めていただく事になります。

 体力がゼロになった時点で、この人魚は動きを止めますが死んだわけではありません。
 とどめを刺すか、生かして捕えるか、説得して海へ逃がすか、全ては皆様にお任せいたします。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年07月28日

■メイン参加者 6人■

『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 人間とは、同じ人間同士であっても仲良く出来ない生き物なのだ。
 自分たちに偉そうな事を言う資格はない、と『献身なる盾』岩倉盾護(CL2000549)は思っている。
「けど、理解……し合えたら、嬉しい」
 呟きつつ、機化硬を発動させる。
 背後から、ぽんと肩を叩かれた。
「理解し合うには、戦わなきゃいけない……事も、あるのよね」
 微笑みながら『眩い光』華神悠乃(CL2000231)が、灼熱化を実行する。
 他の仲間たちも、次々と行動を起こしていた。
「やめろーっ!」
 小さな少年から長身の青年へと変化を遂げながら『白の勇気』成瀬翔(CL2000063)が叫ぶ。
 この港町の漁業関係者15名が、漁師仲間であるはずの1人の男を殺そうとして逆襲に遭い、殺されかけているところである。
 その逆襲者が、ぎろりと翔を睨む。
「……それは小僧、どっちに対しての言葉だ。俺か、こいつらか」
「両方に決まってる!」
 逆襲者……竜宮の尖兵たる古妖・人魚。
 その眼前に、翔は立った。殺されかけていた漁師たちの、楯となる格好で。
「言いたい事はあるけど後だ……とにかく逃げろ、アンタたち! このままじゃ全員、殺されるぞ!」
「俺は一向に構わねえ、こんなクソ共むしろ俺が首狩ってやろうかってな感じだが」
 翔を護衛する形に『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が立ち、妖刀を抜く。
「ま、これも仕事だ。とりあえず落ち着いてもらうぜ、人魚さん」
「理性のない暴徒ってのは、もうね……キミはどう人魚さん。理性、ある?」
 語りかけながら悠乃が、直斗と並んで前衛を成した。
「俺はな、貴様らから見れば理性のない化け物だ。そうだろう?」
 人魚が牙を剥く。
「構わんよ、俺を殺すがいい……俺も貴様らを殺し、そいつらを殺してから竜宮へ帰還する」
「ゆっ許してやって、くんねえかな」
 人魚の眼前に、韋駄天足でズザァーッと割り込みながら、天乃カナタ(CL2001451)が言う。
「俺1人が謝ったところで、あんたの腹は治まらねえだろうけど……」
「誰が謝罪しようと、俺はそいつらを許しはせん」
 怯える漁師たちに、人魚の眼光が向けられる。
「そいつらは俺を殺そうとした。だが逆に殺されそうになり、怯えている……許せんのは、そこだ。俺がもう少し非力な生き物であったら、そいつらは狂乱のまま嬲り殺しに来ていただろう。強い者には怯え、弱い者には集団で嵩にかかる。貴様たち人間どもの、そこが俺は最も許せん」
「……返す言葉もねえけど、そんな奴ばっかじゃないんだよ」
 カナタの言葉に、人魚は聞く耳を持たなかった。
「もういい、俺は理解した。人間にとって我々は、集団で怯えるか集団で嬲り殺すか、どちらかの対象でしかないと……己と異なる存在に対して貴様たちは、それしかないのだ」
「1つ、お訊きしますね」
 巨大な魔導書を細腕で抱えた『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が、進み出て来て問いかける。錬覇法を使用し、瞳を赤く輝かせながら。
「鱗もなく鰭もなく、海に入れば何も出来ずに溺れ死んでしまう……そんな生き物を、あなたたちは共に生きる存在として受け入れる事が出来ますか?」
「……なるほど。お互い様、というわけか」
「異質な者、同士が手を取り合って生きる事。その難しさを認識した上で、お話をしましょう……あなた方と私たち、共存の道は残されていないのですか?」
「それは乙姫様がお考えになる事。我々はただこうして地上に遣わされ、貴様ら人間どもに混ざって年月を過ごした後、報告を持ち帰るだけよ」
「人間はクソみてえな生き物だから、戦争ふっかけて滅ぼしちまいましょう……と。そんな感じの報告か?」
 直斗が言った。
「だとしたら、悪いが貴方を竜宮城へ帰らせるワケにゃあいかねえ。一緒に五麟学園へ来てもらう事になるぜ」
「悪役みたいな事を言わないで下さい直斗さん。そ、それよりも……今、人魚さんは『我々』とおっしゃいました」
 ラーラが、ある事に気付いたようだ。
「地上にいらっしゃる、人魚の方は……」
「俺1人ではない。数百年に渡って人間に化け、地上の有り様を調べ続けている者がな、他に幾人もいるのだ」
 人魚が答える。
「その全員、各々が、乙姫様にいかなる報告を奉るものか……少なくともな、俺1人の言葉で乙姫様が何かをお決めになる事はない。俺ごとき雑兵の生き死にで、竜宮そのものが戦に動くわけもない。だから俺も、そいつらを皆殺しにしようとしている」
 怯える漁師たちに、人魚が鉤爪を向けた。
「貴様たちが今、決めるべき事は1つ。そいつらを守るために俺を殺すか否か」
「……守りたくねえなぁ、こんなクソ共。ああ守りたくねえ!」
 直斗の構えた妖刀の周囲に花が咲き、毒香が迸る。
 仇華浸香が、人魚を襲った。
「うぬっ……」
 人魚が呻き、ラーラが叫ぶ。
「ちょっと、直斗さん!」
「やるしかないよ、ここまで来たらね」
 悠乃が踏み込み、拳を振るう。炎をまとう、フック気味の豪炎撃。
 人魚は避けず、水掻きと鉤爪のある手を、カウンターに近い形で一閃させる。
 相打ちが起こった。
 人魚が、炎に灼かれながら後方に揺らぐ。悠乃が、吹っ飛んで地面に激突し、即座に起き上がる。
「……戦わなきゃ、わかりあえないし……守れない」
 怯える漁師たちを、悠乃は一瞥した。
「それとも見殺しにする?」
「……それなら最初から、ここへ来たりはしません」
 溜め息をつきながらラーラが、守護使役の尻尾から鍵を受け取り、魔導書の鍵穴に差し込んだ。
「本意ではありませんが、戦闘は避けられませんか……いいでしょう。良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を」
「お、おい待てって! みんなして殺る気満々かよ!」
 カナタが悲鳴を上げた。
「人魚さんも、まずは平和的に話し合おうぜ? じゃねえとラーラが、ほら黒歴史ノートの封印を解いちまう」
「そこ。石炭を食べさせられたくなかったら、お黙りなさい。イオ・ブルチャーレ!」
 開いた魔導書から炎が噴出し、火の玉となって飛ぶ。
 その直撃を喰らった人魚が、しかし炎を蹴散らすように踏み込んで来た。
 鱗のある全身あちこちで、大火傷が瘡蓋に変わり、ぼろぼろと剥離してゆく。
「人魚の肉を食らえば不老不死になれる、そうだな」
 ニヤリと牙を剥きながら人魚が、こちらの前衛を突破せんとする。直斗と悠乃の間を猛然と駆け抜け、カナタを襲う。
「俺を殺し、食らってみるか? 不老不死は無理でも、この程度の再生能力は身に付くかも知れんぞ」
 だが人魚は見落としていた。もう1人の、前衛の存在を。
 左右の盾を構えたまま、盾護は人魚の眼前に立った。カナタを、背後に庇う格好でだ。
 人魚の鉤爪が、ノコギリにも似た鰭が、盾の上から叩き付けられてくる。
 衝撃が、盾護の全身を震わせる。
 跳ね返ったかのように、人魚が後方へと吹っ飛んだ。
 衝撃に歯を食いしばりながら、盾護は呻いた。
「紫鋼塞……人魚さんの攻撃、返っていく」
「た、助かったぜ盾護。地味な奴とか思っててごめん!」
 カナタが、片手を掲げる。
 吹っ飛んだ人魚の身体が、空中で激しくへし曲がり、鮮血をぶちまけた。B.O.T.の直撃だった。
「なあ人魚。俺、戦いたくはねーけどよ……戦うしかねえってんなら、やるぜ」
 カナタが言う。背後の漁師たちに、片手の親指を向けながら。
「だけどコイツらみたく、弱い奴を嵩にかかって嬲り殺すような事はしねえよ」
「……どうかな。形的に6対1でボコってる。嬲り殺しと大して違わねえ」
 直斗が、いくらか陰惨な笑みを浮かべた。
「俺の仇華浸香でバッドトリップした状態じゃあ、盾護さんのガードをぶち抜く事なんて出来やしねえよ。わかったろ人魚さん? チームワーク、っつう名前の嬲り殺しになっちまう。このままじゃ本当にな。だから」
「降服しろ、とでも言うつもりか……」
 人魚が、立ち上がると同時に地面を蹴る。海中を猛進する鮫の動きで、覚者たちに襲いかかる。
「竜宮の戦人を、なめるな貴様ら!」


「おい、何でこんな騒ぎになった! あいつが何かしたのか!?」
 このような問答、している場合ではないと、翔も頭ではわかっているのだ。
「あんた方、全員で袋叩きにしなきゃいけないような事! 何かしたのかよ!」
「……何か、してからじゃ遅いだろう。あいつは化け物なんだぞ」
 人魚に殺されかけていた漁師15名が、口々に言う。
「しかも貫一の野郎、人間に化けてやがった! 何年も、何十年も!」
「俺たちを騙して、何かするつもりだったって事じゃねえのかよ!」
 貫一というのが、あの人魚の、人間としての名前なのだろう。
 翔は、何も言えなくなった。
 人間に化けて、地上を探る。調べ上げる。
 そこに竜宮の、侵略の意図のようなものが全くないと断言する事は出来るのか。
 玉手箱を透視して垣間見た、禍々しいほどに美しい女性の笑顔を、翔は思い起こした。
 竜宮の主たる古妖の姫君は、一体いかなる意図で、人魚たちを地上に派遣しているのか。
「俺はな、あんたら覚者って人たちの事は信じてるよ」
 漁師たちは、なおも言う。
「だがよ、貫一みてえなバケモノは信じられねえ」
「こないだだって! 京都の方で人が大勢、バケモノに殺されたって話じゃないか」
 あれは古妖ではない、妖の仕業だ。その言葉を、翔は呑み込んだ。言って、理解してもらえるとは思えない。
 翔は、別の言葉を絞り出さずにはいられなかった。
「貫一さんとの……いい思い出だって、あるんじゃないのか。何年も、何十年も、この街で一緒に暮らしていたんだろう」
 漁師たちは黙り込み、俯いた。
 1人また1人と逃げ去って行く彼らを、翔は黙って見送った。
 最後の1人を見送りながら、翔は言葉を発した。
「アンタにも言える事だぜ、貫一さん。この街で、あの人たちと一緒に暮らしていたのは……こんな事をするため、じゃないだろう? 違うかよ」
 振り返り、睨み据える。
 戦闘は、すでに始まっていた。
 前衛の悠乃が、直斗が、いくらか手傷を負っている。
 比較的軽傷の盾護が、しかし人魚の一撃を盾で受け、苦しげに踏みとどまっている。
 そんな盾護の背後から、カナタが『癒しの霧』を発生させ、前衛3人を包み込んだ。
「そう……貫一さん、とおっしゃるのですね」
 ラーラが言った。
 漁師・貫一であった人魚が、応えた。
「その前は源蔵と名乗っていた。太助や与次郎だった頃もある」
「様々な名前を使いながら、生きてこられたのですね。私たちでは想像もつかない年月を」
 言葉と共にラーラが、細腕で魔導書を掲げる。
 開いた頁から、燃え盛る文字が踊り出し、火の玉に変わった。
「色んな人たちとの出会いがあったのではないですか。酷い人たち、ばかりでしたか?」
「オレは……自分の正体をずっと隠してた、アンタにも問題があると思ってるよ」
 敢えて偉そうな事を言いながら、翔は印を結んだ。黒雲が発生して渦巻き、雷鳴を轟かせる。
「隠されると怖がるもんなんだよ人間ってのは……怖がると、攻撃的になっちまう」
「そんな人たちの中にも、あなたの事を受け入れてくれた人が……本当に、1人もいませんでしたか? 楽しかった日々もあるはず、それを思い出して下さい!」
 火焔連弾が、雷獣が、貫一を直撃していた。
 炎と雷に灼かれながら、しかし竜宮の戦人は牙を剥き、咆哮を張り上げ、襲いかかって来る。
 カナタによる回復を得た悠乃が、真正面からそれを迎え撃った。
「人魚の不老不死っていうのは、要するに……頑丈、って事だったのね。豪炎撃にも、猛の一撃にも、直斗君の雷獣や妖刀ノ楔にも、ことごとく耐えてくれちゃって」
 人魚の鉤爪が、鰭が、悠乃の巨体のどこかを切り裂いた。
 鮮血の飛沫を散らせながら、しかし悠乃が炎をまとい、拳と蹴りを躍動させる。
「だから、奥の手……黒竜殺よ」
 炎と痛撃を叩き込まれた貫一が、ゆっくりと悠乃の足元に崩れ倒れる。
「パワーとタフネスは一級品……だけど、それだけじゃどうにもならないよ。何かしら隠し球を身につけておくべきだったね」
 悠乃の、その言葉に反応したかの如く。
 貫一がいきなり立ち上がり、牙を剥く。鉤爪を、鰭を、一閃させる。
 悠乃を切り刻もうとする、その動きが、しかし止まった。
 直斗の『猛の一撃』が、人魚の脇腹に突き刺さっている。
「無茶……し過ぎだぜ、悠乃さん」
「盾護君にばっかり、ブロック役を押し付けるのもね……ありがと。助かったよ、直斗君」
「……貴女を、死なせるわけにはいかねえ」
「無茶やらかして死んじゃった人の事なんか、気にする事ないよ?」
 悠乃は微笑み、直斗は俯いた。


 倒れた人魚の身体が、傷を回復させてゆく。
 全快してしまう前に、とどめを刺す事は出来るだろう。
 無論、それをしようとする者はいない。戦いは終わったのだから。
「最後に螺旋海楼でもブチかまそうと思ったけど、出番なかったな」
 人魚の再生能力を『癒しの霧』で援護しながら、カナタは頭を掻いた。
 貫一が、むくりと身を起こす。
「……何故、とどめを刺さない。俺は貴様らを殺すつもりで戦ったんだぞ」
「俺たちに、そのつもりはねえってだけの事よ」
 直斗が言った。兎の耳を、頭上で揺らしながら。
「見ての通り、俺もバケモノだ。その俺から見ても、人間ってのは……一概に、見限ってもいいような連中ばっかりじゃねえ」
 揺れる兎の耳を、カナタは弄り回した。
「俺みたいなのを仲間として受け入れてくれる、例えばこいつらもいる……ってコラ貴様、人がせっかくイイ話しようって時に」
「はっはっは。うさぎちゃんは大切な仲間だぜー」
「首狩られてえのか、この中二病パーカー!」
「直斗にだけは、それ言う資格ねえと思うなー」
「や、やめる。2人とも」
 盾護が、止めに入った。
「人魚さん見てる。人間の、恥」
「放っておきましょう盾護さん。人間の恥ずかしいところ、古妖の方に少し見ていただくのも悪くないと思います」
 ラーラが、容赦のない事を言った。
「こんな私たちですけど、竜宮の方……あなたたちとの共存の道を、閉ざしたくはないと思っています」
「……楽しかった日々もあるはず。そう言っていたな、小娘」
 貫一が、遠くを見つめた。
「俺は、人間の女を娶った事がある。優しい女でな。俺を、この正体を知った上で、夫として受け入れてくれたのだ。そして、俺の子を産んでくれた……どのような姿の赤ん坊であったか、まあ想像はつくだろう」
 もう聞きたくない、とカナタは思った。
「妻は、赤ん坊を殺し、自らも命を絶った」
 貫一の目が、ラーラに、悠乃に、向けられる。
「自分の身体から、人間ではないものが出て来る……それが一体どういう事なのか、俺はわからん。お前たちは、どうかな」
 ラーラは息を呑んでいる。悠乃は、何も言わない。
 カナタも、何かを言う事が出来ずにいた。
(俺たちファイヴは……一体、何やってんだ……?)
 人間と古妖の架け橋。それもまた、ファイヴの役割であるはずだった。
 様々な神秘の解明が、確かにまだ進んではいない。危険な妖と友好的な古妖、その違いを明確に示す事が出来ていないから、今回のような事も起こる。だが、それ以前に。
(もっと、根本的な何かを……俺たちは何一つ、わかっちゃいない……)
 いくらかでも、それを理解している人間が、いるとすれば1人だけだ。
 そう思いながら、カナタはようやく言葉を発した。
「……五麟に、来てくれねえかな。貫一さんと、会ってもらいてえ人が」
「やめておこう。あの男はな、乙姫様の御心を乱し奉った。許す事は出来ん。会えば、殺してしまう」
 貫一は、にやりと笑ったようだ。
「それを止めようとする貴様らとの間で、また殺し合いだ……我々もな、地上の者たちとの殺し合いを望んでいるわけではない。ただ、許せん輩がいれば殺す。それだけだ」
「……あの連中の事は、許してやって欲しい」
 翔が、そして盾護が言った。
「話し合える、合えない……それ普通の人、すぐわからない。だから恐くて、攻撃的になる。皆、人魚さんたちの事……古妖さんたちの事、知らないから。忍耐強く、時間かけて、教える事……必要……」
 その声が、震えている。
「だけど……教えても、わからない事……あるかも知れないって、貫一さんの話……聞いてて思った……どうすればいいのか盾護、わからない……」
「気にするなよ、亀のような貝のような小僧。貴様らは少なくとも、俺に怯える事なく正面からぶつかってくれた。あいつらとは違う……死んで俺から逃げた、あの女ともな」
 人魚が、海の方を向いた。
 その背中に、悠乃が声をかける。
「私はね、キミとぶつかって楽しかったよ。正面からやりあって、楽しいかどうか……私は、それだけだから」
「乙姫様に奏上奉るとしよう。地上には、我々が何をしても正面から受け止めてしまう者たちがいる……戦を仕掛けるのは得策ではない、とな」
 言葉を残し、人魚は海に飛び込んだ。
 波紋を見つめながら、翔が呟く。
「人間も、悪い奴ばっかりじゃない……それをわかって欲しい、なんて思ってたけど」
「……そうだな、善いとか悪いとかじゃねえんだよな」
 まずは自分たちファイヴから、古妖との融和が進んでゆくよう努力をしたい。カナタは、そう思う。
 だが善悪の観点から見ているようでは、それは永久に不可能であろう。
 古妖を、迫害する者が悪。守る者が善。そうであれば、これほど楽に片付く問題はないのだが。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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