<第四機関>鬼の花嫁<神祝ノ光>
●
どんぐりころころどんぶりこ
おいけにはまってさあたいへん。
人々に悪さをしていた龍は。
今や奉られたものの。
自由が欲しいと泣いている。
助け出さないと可哀想だから。
助けるね。
●
「その第四機関というのは、使えるのか! 化け物揃いのファイヴを倒せるのか!」
顎鬚の立派な老人が怒鳴り散らしながら部屋に入ってくる。彼の後ろからは美人な秘書が軌跡を辿るように歩きながら、何度も顔を縦に振っていた。
老人は止まり、銀製の髑髏が頂上についたステッキをカツンと床につけ、前方を睨む。
「化け物が」
「あら、目には目を歯には歯を、ですわ」
そこには黒い軍服の少女が座っていた。優雅に足を組み、此処は私の家だと言わんばかりの寛ぎ方で、しかしその眼光は鋭利だ。
「ふん。憎たらしくも若人の姿を取りおって。以前会った時は憎いシワだらけの老婆であったな」
「あら、やめましょう。女性に年齢の話をするのはいけない事ですわ。
貴方のような小物、何時でも切り捨てられますのよ」
お互い平和に。
お互いの利益の為に。
そう女は――いや、アデリナと呼ばれた女は言いたいのだ。
「第四機関……、国籍不明の、多国籍軍。
何が軍だ。血と肉と争い事が大好きな野蛮人が集まった、合衆国のようなものでは無いか。儂の主も何を考えている事やら」
「ウフフ、ファイヴは子供だろうが、必要ならば戦争に放り込むイカした組織ですわよ。私たちと何一つ違わないわ。戦うという意味ではね。
日本の頭は、ネジが綺麗に飛んでいて大好きですわよ。御上はさぞ、左団扇で暮らしている事でしょう」
御上と言われ、老人の右目の端がぴくっと揺れた。
くすくす笑いながら紅茶を啜ったアデリナは、そして、本題へと入る。
「要点のみを言いますわ。『天使』を寄こしなさい」
「ふん、あんなもの。常に虚空を見ているだけの少女なんぞ――――」
●
天使というのは、宗教上、聖典や伝承に登場する神の使いである。時には愛くるしい姿や、または尊く純粋な姿で描かれる事が多いが、此処で言う天使とはそんな綺麗なものでは無い。
人なのか古妖なのか判別はつかないが、アルビノのように真っ白な身体に銀色の瞳を持った少女が、薄く白いワンピースを着て、湖畔の端に立っていた。
彼女の瞳は、その銀色と同じように儚く、湖に溶け込んでしまいそうな程だ。
小さな唇がすぅ――と息を吸い、吐き出す吐息に混じり、日本語では無い歌が響いた。
少女が歌うには研ぎ澄まされ過ぎていて、歌そのものが、鼓膜を通り越して脳に直接響くようだ。
刹那、ゴッ!! という衝撃が水面に奔る。
歌と調和してか、いやそれにしても荒い、荒すぎる。
明らかに自然のものでは無い揺れと共に、水がブリッジのように起き上がり、9つの蛇のような――龍のような――頭から、口が開く。
まるで湖の水で作った生物のようだ。
此の地に封印されていたものを、強制的に叩き起こしたような威圧と、内臓を掴まれたような重圧が周囲を簡単に飲み込んでいく。常人ならば、頭を抱えて地面に突っ伏すくらいだ。
20メートルも、50メートルも高く、重力に逆らうような9つの頭は、統一性無く動き、ひとつの頭が湖の外側の森を撫でれば、紙切れのように木々が折れてゆく。
その時、ゴパッと音を立てて少女が口から血を吐き出した。
彼女の身体が白いからか、その鮮血は紅葉のように美しく地面を濡らす。気管支炎のような微弱な息をしながら、少女は再び歌を歌う。
何度でも何度でも。
その身が例え、滅ぶとしても。
「天使と私は似てますわね。だから力を貸してくれるのでしょうね」
この状況でケロっとした表情で立っていたアデリナは、少女を愛おしく見つめながら笑っていた。
何度でも、何度でも。この女は争う、何とでも。
常に切り札を切り、次の切り札を用意する。一手使って、また一手。常に全力で常に本気で常にふざけながら常に命懸けで争うのだ。
「さ、無差別に封印を破る少女のお手並み拝見かしら。そして私(わたくし)は―――」
振り返るアデリナの表情がこれ以上なく恍惚なものに変わった。これを変貌というのだろう。
「ファイヴ。楽しい物語を紡ぎましょう?」
どんぐりころころどんぶりこ
おいけにはまってさあたいへん。
人々に悪さをしていた龍は。
今や奉られたものの。
自由が欲しいと泣いている。
助け出さないと可哀想だから。
助けるね。
●
「その第四機関というのは、使えるのか! 化け物揃いのファイヴを倒せるのか!」
顎鬚の立派な老人が怒鳴り散らしながら部屋に入ってくる。彼の後ろからは美人な秘書が軌跡を辿るように歩きながら、何度も顔を縦に振っていた。
老人は止まり、銀製の髑髏が頂上についたステッキをカツンと床につけ、前方を睨む。
「化け物が」
「あら、目には目を歯には歯を、ですわ」
そこには黒い軍服の少女が座っていた。優雅に足を組み、此処は私の家だと言わんばかりの寛ぎ方で、しかしその眼光は鋭利だ。
「ふん。憎たらしくも若人の姿を取りおって。以前会った時は憎いシワだらけの老婆であったな」
「あら、やめましょう。女性に年齢の話をするのはいけない事ですわ。
貴方のような小物、何時でも切り捨てられますのよ」
お互い平和に。
お互いの利益の為に。
そう女は――いや、アデリナと呼ばれた女は言いたいのだ。
「第四機関……、国籍不明の、多国籍軍。
何が軍だ。血と肉と争い事が大好きな野蛮人が集まった、合衆国のようなものでは無いか。儂の主も何を考えている事やら」
「ウフフ、ファイヴは子供だろうが、必要ならば戦争に放り込むイカした組織ですわよ。私たちと何一つ違わないわ。戦うという意味ではね。
日本の頭は、ネジが綺麗に飛んでいて大好きですわよ。御上はさぞ、左団扇で暮らしている事でしょう」
御上と言われ、老人の右目の端がぴくっと揺れた。
くすくす笑いながら紅茶を啜ったアデリナは、そして、本題へと入る。
「要点のみを言いますわ。『天使』を寄こしなさい」
「ふん、あんなもの。常に虚空を見ているだけの少女なんぞ――――」
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天使というのは、宗教上、聖典や伝承に登場する神の使いである。時には愛くるしい姿や、または尊く純粋な姿で描かれる事が多いが、此処で言う天使とはそんな綺麗なものでは無い。
人なのか古妖なのか判別はつかないが、アルビノのように真っ白な身体に銀色の瞳を持った少女が、薄く白いワンピースを着て、湖畔の端に立っていた。
彼女の瞳は、その銀色と同じように儚く、湖に溶け込んでしまいそうな程だ。
小さな唇がすぅ――と息を吸い、吐き出す吐息に混じり、日本語では無い歌が響いた。
少女が歌うには研ぎ澄まされ過ぎていて、歌そのものが、鼓膜を通り越して脳に直接響くようだ。
刹那、ゴッ!! という衝撃が水面に奔る。
歌と調和してか、いやそれにしても荒い、荒すぎる。
明らかに自然のものでは無い揺れと共に、水がブリッジのように起き上がり、9つの蛇のような――龍のような――頭から、口が開く。
まるで湖の水で作った生物のようだ。
此の地に封印されていたものを、強制的に叩き起こしたような威圧と、内臓を掴まれたような重圧が周囲を簡単に飲み込んでいく。常人ならば、頭を抱えて地面に突っ伏すくらいだ。
20メートルも、50メートルも高く、重力に逆らうような9つの頭は、統一性無く動き、ひとつの頭が湖の外側の森を撫でれば、紙切れのように木々が折れてゆく。
その時、ゴパッと音を立てて少女が口から血を吐き出した。
彼女の身体が白いからか、その鮮血は紅葉のように美しく地面を濡らす。気管支炎のような微弱な息をしながら、少女は再び歌を歌う。
何度でも何度でも。
その身が例え、滅ぶとしても。
「天使と私は似てますわね。だから力を貸してくれるのでしょうね」
この状況でケロっとした表情で立っていたアデリナは、少女を愛おしく見つめながら笑っていた。
何度でも、何度でも。この女は争う、何とでも。
常に切り札を切り、次の切り札を用意する。一手使って、また一手。常に全力で常に本気で常にふざけながら常に命懸けで争うのだ。
「さ、無差別に封印を破る少女のお手並み拝見かしら。そして私(わたくし)は―――」
振り返るアデリナの表情がこれ以上なく恍惚なものに変わった。これを変貌というのだろう。
「ファイヴ。楽しい物語を紡ぎましょう?」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.歌が終わる前に天使の討伐
2.歌が終わる前にアデリナの撤退、または討伐
3.上記ふたつのうちどちらかの遂行
2.歌が終わる前にアデリナの撤退、または討伐
3.上記ふたつのうちどちらかの遂行
方向性によっては神祝ノ光に影響があります。神祝は直接関係ないので説明省いてますが、神祝て何だろうと思いましたら購買を見て頂くとよいです。お手数かけます。
●状況
第四機関が動き出した。
彼らは天使と呼ばれた少女を使い、古妖の封印を解こうとしている。
古妖は強力なものであり、封印を解かれる前からも強大な力を出している。
少女を止めれば次第に封印の崩壊も止まるであろう。
●失敗条件
・歌が終わる(180秒経過すると終了する)
●敵
・第四機関(拙作:誰も知らない世界戦を見ておいた方が楽しめるかと思います)
隔者でも憤怒者でも妖でも無い敵。国籍不明の多国籍
多国より神秘解明、またはその神秘の共有をもとに、非公式であるが仕掛けられ編成されたもの
ただし目的の為なら負けようが関係無く何度でも火種を撒き続ける人たち
・アデリナ
第四機関の上層部の人間
黒い軍服姿の少女です、何度かファイヴとぶつかっております
見た目通りの年齢ではないでしょう
覚者であり、なんらかの執着心が高いです
種族不明×因子は火です、主にナイフと銃を使ってきます
遠近、不得意な場所はありません
今回もアハトアハト(自走式砲台、物遠貫通3(100%.70%.30%))、持ってきてるみたいっす
・天使
なんらかで飼われていた少女
古妖なのか人間なのかその他の存在なのかは不明
吐血し衰弱しながら歌い続けます。歌い終わったからといって死ぬことはないです。
ファイヴは危険な存在であると認定し、討伐を推奨している
天使というのは識別名であり、本名や、そのもの存在を意味している訳では無い
彼女自身に特に戦闘能力があるわけでは無いが、ターン開始に敵味方無差別に巻き込むBS回復(50%の確率でBS解除)スキルを放ちます(歌で)
・ヤマカガチ
体長は計り知れない程でかく、湖全面がこの敵である
頭は9つ。ひとつひとつが自律した個体だと思ってください、体力も別々にあります
首に関してですが、斬撃系の武器でないとトドメを刺せません
攻撃は二種
・横薙ぎ(物理列貫通3(100%、90%、10%)BS流血)
・縦薙ぎ(物理貫通3(10%、90%、100%))
配置としては、
ファイヴ(陸上)――アデリナ(陸上)――少女(陸上)・ヤマカガチ(水面)
ヤマカガチは少女の付近までいければ、近接攻撃でもあたります
●場所、湖近く
関東っす。戦闘に支障は無いです。欲しいものがあれば常識的な範囲であれば用意します、車とか。
それではご縁がありましたら、よろしくです
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2017年12月11日
2017年12月11日
■メイン参加者 10人■

●
「大戦を、始めるのよ」
――地を揺らす衝撃。
ドオオオンと轟音が鼓膜を震わせ、土の中に埋め込まれた爆弾でも破裂したかのような衝撃に地面が縦横斜めに弾けながらずれる。
真っ平らな地形が秩序無く崩壊し、天に向かって伸びる土製の槍の先端に灰の髪を揺らす軍兵『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が足を置いた。
一歩進めば落下しかねぬ崖先のような先端から見下ろせば、記録された地図の形と比べて変わり果てた湖が広がっていた。
乾いた風が頬を撫でる中、千陽が小脇に抱えた一鬼夜行の半人『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が血塗れで瞳を閉じていた。右手に開いた友人帳のページが勝手捲れてゆき、とあるページで止まる。そこには新たな名前が刻まれていく。
砂煙の中から飛び出した影が、ふたつ。
正常をかなぐり捨てた刀を携える仮面『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)と、その身に蒼き炎を纏う黒猫『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)だ。
黒い軍服を来た女を左右で挟む2人は、鋏の要領で軍服を横一文字に裂く為に仕掛けるが、切ったのは残像を含んだ砂塵。
ミサイルのように吹き飛んだ黒軍服。それの着地点は、蒼翼の射手である三島 椿(CL2000061)へ目掛けている。
椿が精密な術式を十秒内で組みながらも衝撃に備える姿勢を取った。しかしその手前で黒軍服をビリヤードのように真横から突撃して軌道を逸らした異国風の刀使い『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)。
蓮華と呼ばれた刀と、軍用ナイフの僅かな接し面から火花が散る。そのときシャーロットは眉を潜め、黒軍服の瞳はギラギラと輝いていた。
ズレ上がった土肌の断面を破壊しながら地面へついたときシャーロットは切り離して後方へ行くが、追いかけてきたのは一粒の弾丸。すれすれの所で顔を逸らす。
打ち出された弾丸は一つではない。斬撃撫子『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)は連打されたそれを丁寧に切り伏せてから敵へと詰め寄る。
ふらりと立ち上がった黒軍服の首を、的確に狙うつばめ。斬った。確かに何かを斬った感覚はあったが、一仭の風が背後に回り込んで来たのを感じる。
衝撃。
傷口が熱い痛みを強調させたが、つばめの顔は揺るがず。即座に傷は逆再生していく。
看護師の卵『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が祈り手を作りながら、荒れた地面に膝をついていた。それは戦場のまさに、天使か。
渚の瞳に映るのはアルビノ気質の少女だ。それを見て、渚は静かに顔を振る。
同じように扇子を舞わす男、屈強な癒し手『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)の耳に音色がこびりついていた。もう聞くことはないかもしれぬ唄だった。
轟。と燃る閃光が蛇のように放たれた。爆炎の申し子『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が縦に切り放った風圧が、炎と共に飛ばされたのだ。
直撃した。焔を纏う刀を一度振り払い、鎮火させた凜だが。はは、と乾いた笑みを浮かべた。
黒軍服が燃え上がりながら、何も無かったように。まるで何も起きていないように歩いてくる黒軍服――アデリナ。
「この日本でね」
横一列に並んだ十人の覚者の手前で。
一人、乱れた髪を手櫛で直すアデリナは、そう、宣戦布告した。
――いや、もしかしたらこの女は。既に開幕のベルはとうに鳴らしていたはずだ。
●
「ファイヴ。楽しい物語を紡ぎましょう?」
と言われて、素直にハイと答える覚者はいなかったが。
代わりに、渚が腕についた腕章に正義を込めアデリナへと見せた。
「わかってますわぁ。色々止めに来たのでしょう? 封印崩壊の阻止とかぁ、天使とかぁ。あっ、私の命とか!?」
その正義等、暴挙に蝕まれた女は児戯に似た笑みを携え、躱した。
優雅に指折り数えるファイヴの来た理由。その指が折られる時間さえ、切迫していた。アデリナへ距離を詰めて刃を叩き込むのは最速の燐花。
「やぁね、人が喋っている間くらい大人しくして欲しいですわぁ」
「構ってられないんです」
露骨な時間稼ぎを無視した燐花の攻撃を、アデリナは刃部を生の手で握って止めていた。
絶望の闇が忍び寄るように、アデリナの血が次第に燐花の手を染めていく。
その間に、幾人かの覚者がアデリナの背後を取った。それを目で追っていたアデリナは「ふぅん」と把握をする。
……毎度毎度同じ陣形で来ては、確かにこの女を止める事は出来ないだろう。前後に分かれた事により、この時点でファイヴとアデリナの軍配の行方は判らない。
渚が光の翼を広げながら、仲間を神秘のベールで囲うとき、アーチのように頭を湖面から出しながら、絶え間無く右へ左へと頭を揺らすそれは火の中で水を探す亡者のようだ。助けたい気持ちがジャックにはあるのだが、頭を掻き毟りたい気持ちをぐっと抑え。見据えるは戦場。
まさに数秒の間で激戦と呼ぶに相応しいものが出来上がっている。
千陽の洗礼された無駄の無い効き拳が、点から点へ最短距離で線を描いてアデリナの頬を弾かんとした。感触はあった、舞う砂塵が落ち着けばアデリナはその拳を片手で受け止めていた。
拳力だけでは倒せぬのがアデリナだ。十分にそれはわかっている。だがこの至近距離、無駄にはしない。
「貴方はこの国の龍脈を荒らして回って、この国を混乱に貶めようとしているのか?」
「来たわね恒例の質問タイム。いいわ、全部吐きなさい」
「1人でここにきているのは他の第四機関に知られたくないのか、それとも。個人的に某かの組織に依頼されたのか?」
「早漏は無しですわあ。私、優しいキャラクターに設定されてませんの。
欲しいなら貴方の手が、そうね……私の体を傷つけた回数分だけ教えてあげる」
「望むところです」
「楽しいのが倍々で楽しくなりましたの」
千陽がアデリナを蹴り飛ばし距離を取るとき、天空より降り注ぐは柔らかな祝福では無い。
蛇が倒れこみ山肌を削り取る衝撃が発生した。極度にでかい地震よりも遥かにタチが悪い。何故ならそこに敵意があるからだ。
端的に言えばヤマカガチは覚者の明確な敵である。理由は後々語るとして。
ヤマカガチの頭がひとつ撫でただけで、凛と渚、そして椿の体が地面にプレスされる。一瞬で荒れ果てた大地、起き上がる3人。笑うアデリナと、唄う少女。
「っ、みんな、今!!」
椿が回復を始める。第四機関の頭のおかしさの片鱗を見つめているような気分だ。椿を守るように立つ凛は、腸が煮えくり返る手前で、焔を刃から漏らしていた。
「回復助かるわあ、さて」
これ以上押さえ込むのは無理だろう。怒りなのか悲しみなのか全ての感情をごった煮にしながら、赤く染まった髪を揺らし、凛はアデリナの正面を正々堂々とる。
「姐さん、悪いけどそっちのやろうとしてる事邪魔させてもらうで」
「ええ、そうじゃないと……面白くないもの!!」
流派を極めた三連の爆炎が刃の鋭さをもってアデリナへと襲いかかった。
「それが!! 焔陰流ですのね!! 綺麗、綺麗だわ!!」
凛の焔を瞳に映すアデリナは限界までの笑みを見せていた。脈動する血液が沸騰しそうな程、アデリナは凛を褒めたたえたのだろう。
斬られ、斬られ、赤い血が滲めば即座に血液は蒸発する。
「私も混ぜて下さる?」
氷の雫を纏う金髪が揺れた。
「Expectation is the root of all heartache……I make money」
「あ、日本語で大丈夫ですわよ」
「……」
シャーロットの連華が凛の押さえ込むアデリナの腹部を裂いた。虎が叫ぶかと思われたが、シャーロットの目に映るアデリナは眉一つ動かさない。
怒りの火も痛みの電撃も介さぬ人形、それはそれで扱いが困る。児戯に付き合わされる面目は無いが、まるでオセロを回転させる子供と遊ぶような感覚に。
シャーロットは、あまり動かぬ表情だが。心の奥底ではドス黒いものが蠢くような気分を覚えている。
「失礼ながら。なますにして差し上げたく思います」
「怒らないで、こういう性格なの。可愛い顔が、私好みになるじゃない」
刹那、第二波の蛇が頭上より降り注いだ。
渚は戦場に癒しを与える。纏わりつくように首を振る蛇の一撃の重さはたった10秒で知れた。
最早此の場の回復手は回復を惜しむことは無いだろう。だが最早180秒回復し続けるのはかなり難しいと見える。
戦況の切れ目を探すように、渚の瞳は天使をみていた。
「天使さんはどうして私達を敵視するのかな。ヤマカガチさんを封印しておこうとするからなの?」
『……』
唄う天使は物言わぬ人形のように役割に徹している。渚の声は届いているのだろうが、なんの素振りも見せずに戦場のBGMと化していた。
「でもなんでだろう、あの天使、ほんと、人形みたい」
渚の第六感はそう告げていた。
金属同士が擦れあう錆び付いた音が響く。つばめの刃がアデリナのナイフを弾き、切りつける、疾風の如く。大人しそうなつばめの見た目とは裏腹に、いやそれが逆にフェイクとすら感じる程の精密な剣先にアデリナは息を飲んだ。
「貴方たちファイヴは、寄せ集めの割に、精鋭が揃っているのよね」
それは特殊な訓練を受けたり、そういった生まれであったり経緯は様々だが、千陽であったり、逝であったり、凛の事を差すが。
「まるで都合が良すぎる掃け先みたいじゃない」
気持ちが悪いとアデリナは言いたいのだ。
「私そういうの嫌いなんですわ」
「だからなんやってん」
轟と燃る焔がアデリナを後退させた。
「あんたが何に執着しとるんかは知らんけど、まぁ気持ちは解らんでもない」
蛇の頭が降り注いだ衝撃、しかし凛は立ち止まらず刃を振るう。黙って立ち止まってやるものか、されど凛が突き出したのは譲歩だ。
「あたしも流派の継承者になる事、ほんで超えるべき人間に勝つ事に執着しとるからな。せやけど他人様に迷惑かけるような事は大人としてやったらあかんやろ」
このアデリナを説得しようとしているのか。彼女は驚いた表情をしていた。
「言葉でどうなる時間は既に過ぎましたのよ!! って前も言ったのですが、ああ、あの時は貴方いらっしゃらなかったかしら?」
やはり凛の言葉はアデリナの仮面の上を滑ってしまう。
「私は上役の指示で動いてるだけのドイツ人ですの。敵の言葉は私の心は震えないわ。でもあなた、がんばったわよ」
肺さえ痛める焔の乱舞、轟激では終わらぬ凛の手。つばめのそれと相成り、息のあったコンビネーションでアデリナを触れれば切り落とされるダンスに誘っていく。
その中、ゲイルは扇を廻した。渚に続いて降らせるのは、癒しの雨。
片手間、ゲイルが気になるのは天使のことだ。先ほどの渚の言葉には全くもって反応しなかった天使。
だがおかしくはないか。天使に封印を解除させたいのなら、もっと軍兵で囲んで守るべきでは無いのだろうか。もっと安全な場所に放置するべきではないか。
――まるで、殺してあげてください。と言わんばかりの場所に何故あの天使は立たねばならなかったのだろうか?
そこに、この物語の奥深くが根深く関係しているとは、覚者たちが想像に至るにはまだ情報は足りなさ過ぎる今日。
燐花はみずらかアデリナの傍へと飛び込み、激燐を見舞う。あと幾度打てるかはこの体が感じて覚えていよう。
「アデリナさんと天使。両方の体力のモニタリングをお願いします」
「了解しました」
僅かにすれ違った千陽がアデリナへナイフを向ける。逝がアデリナへ接近し、腕と胴体の間に刃を突き刺したその一瞬の隙に千陽は回り込んだ。飲み込まれるように背中に突き刺さったナイフをすぐに外し、距離をとりながら抉れた傷口にねじり込む弾丸。
「ふたつ暴露してください」
「だれかの依頼かについて? はいそうですわあ。
何故ひとりできたかについて? ひとりで貴方たちなど十分だからですわあ」
●
「――で、さ」
切迫した雰囲気を切ったのはジャックだ。彼にとって、今日の戦闘はアデリナくらいオマケ。
人間とは違う目線で、人間の立場から世界を見据える両極端な瞳。
「ときちかをいじめたのは、お前か?」
「いえ、そのいじめられては……いない、つもりですけど」
千陽は即答していたが対してアデリナは大笑していた。
「変だと思っていたのですわ。貴方、殺意も敵意も無いから」
「アデリナちゃんと戦いたくない」
「戦う理由作ってあげますわ。だって私、争いごとが大好きですから!! よーく聞きなさい」
第四機関とは争いを招く機関だ。例え相手が誰であろうと次の争いを招くのが第四機関の鉄則。
「切裂、明らかな挑発に耳を貸す必要は――」
「『そうよ、私がいじめたのよ』」
カツン、という音。戦場が赤色の世界に『氷結』する。カツン、という音。ジャックの姿が消える。
カツン!! ジャックの手に、弓月のように細く長い紅鎌が出現。振り切ればアデリナの腕が大きく裂けていく。
「ちょっとちょっと、切裂ちゃんは中衛。おっさんが前衛。はい、ハウス」
「ウス」
かつんという音で逝の背後に戻ったジャック。
「どうどう。だめよ、悪食がアデリナちゃん喰べるのさ」
「俺は犬じゃないぞ!」
「誰も犬っていっとらんさ。頭冷えたら古妖の相手でもするさね」
む、という顔しながあらジャックはヤマカガチを見つつ、回復の祝詞を唱える。
「ふふ、化物と化物を従える化物、面白い2人ですわね。欲しいわ、どう? 第四機関へ」
フルフェイスの下、どういった表情をしているのかは逝にしか判らない。そのミステリアス性は今日以外の日でも、別の場所でも大いに発揮しているだろうが。
「ヒトを護る為に同類(ヒト)を喰う……えーっと、しまった誰だっけ……ア、あー、何だっけ?」
最近どうにもバグが広がっているのか、それともこの世界と別の世界が生んでしまった特異点となる逝は、疑問に打ち震えながら無意識にアデリナに悪食を叩き込んでいる。
悪食がアデリナの片腹を大きく抉った。肉が削げ、骨が見えようとも悪食は食欲の限界を知らぬ。
そこへシャーロットと燐花が重なった。初撃は燐花からだ。放つ激燐、逢魔が時の技。もし燐花が望むのなら、激燐の限界は限度は無く育つこともあるだろう。
目の前のアデリナもナイフ戦術には蓄えがある人物だが、何分アデリナは防御に徹していた。
「神秘の解明には興味があります。……が、誰かに、何かに危害を加える類のものは、ご遠慮いただきたいですね」
「虎穴に入らずんばなんとか、というではありませんか! 小さな猫さん」
「それでも駄目なんです」
アデリナの目にも追えぬ攻防のなか、燐花を引き剥がしたアデリナの一瞬の隙をついた所でシャーロットの刀がアデリナの頬に赤い一線を引いた。
本当は首を狙ったものの、心の中で舌打ちをしたシャーロットだが。しかしそれだけでアデリナが崩れるとも思ってはいない。
不気味なのだ。まだアデリナはナイフしか出していない。出せば拳銃からアハトアハトまであるというのに。アデリナはファイヴを殺しに来ていないというのか。
考えても答えがでぬことは切り捨ててしまえ。シャーロットは何かを言いかけて、飲み込んだ。興味はないのだ、アデリナにさえ。
荒れ狂う蛇の音に耳が慣れてきた頃、衝撃に地盤が緩み湖面が大きく揺れた。
ゲイルの扇が束の間、次の祝詞へとインターバルをあけたとき、逃げようがない天使と呼ばれた少女の歌が一瞬だけ止まった。
生々しい血色が天使の足元に広がり、衰弱の進行を知らせている。とはいえアデリナは一切それに関しては反応は無い。
「あの天使を、可哀想だとは思わないのか」
漏れ出したような声で、ゲイルはアデリナに告げたが。彼女は首を横に振る。しかしその真意の奥深くはけして見せない。
「狂ってる、おかしい。アンタ(アデリナ)も、天使も、ヤマカガチもだ」
どうせ無駄だとわかっていても、ゲイルは汲み出した感情を少しだけ吐露していく。殴り倒したい気持ちを回復に乗せ、癒しを載せるそれはまさに戦場の要と言えよう。
しかしそれだけでは今日は勝てない。攻勢にさえ意味を持つこの場で、頼りになるのは前衛の攻撃だ。
ゲイルの回復に押されて、つばめの一閃が地面ごと切り分けた。寸分も狂いもなく、壁のように地肌が露出したその切っ先でアデリナは縦回転しながら後退する。
古きに流行ったナックルがついたナイフを指でくるくる廻しつつ、蛇の頭が垂れてきたのにつばめとゲイルは巻き込まれたのを見ていた。
「貴方たちごとき、これ(ナイフ)だけで十分だって思ったのですが……」
僅かな間、飛び込んできたのは炎色に髪を揺らした凛。そしてその奥で椿が弓を構えていた。
「また、碌でもないことを考えているのでしょう」
「いいえ、私たちは隔者じゃなくてよ。覚者なのよ。その意味は……教えてあげませんけれど!」
「覚者だと、貴方たちとは一緒にされたくはないわね」
鬼と人の違いとはなんぞや。そう問われているのだろうが、確かにアデリナは隔者とは名乗らない。世間体は隔者と認定するのだが、自他共に認める隔者ならまだいい方だ。
アデリナにも正義があるとは言え、椿から見るそれは悪だ。限界まで引き絞った矢を放ち、風と共に駆け抜けたそれはナイフで割られて落とされた。
しかし一射撃だけではない。二回目、三回目だ。狙う、じっとまって。今か、今だと、椿の頭がそう判断したときに矢は放たれる。
次なる一手、そう判断したときに今一度大きな衝撃が椿の頭から降り注いだのであった。
●
湖面を囲む周囲の地形は変わり果てた。
最早人の成す所業を通り越した所で、覚者は行動を取りやめることは無いが。それにしてもやり過ぎだ。
優しい青色の翼やいま、悲しみに色にさえ等しい。小鹿のように立ち上がる椿だが、その瞳はまだ折れてはいない。しかし迷いがあった。
「どうして……?」
狂う蛇。破壊を唄う天使。それを指揮して奏でるアデリナ。
椿は見境無き迷いの中で、奥歯を噛み締めた。何が正解なのか、何が違うのか、判断できぬまま戦場まで来てしまった。
アデリナを倒す事が最良であることは理解しているのだが、それだけが正解では無い。最良と正解の僅かな隙間を埋める為に、問うのは当たり前の行動に等しい。
「どうして、封印を解こうとするの?」
癒しの雨を降らし、ぼろぼろの衣服で立ち、椿は問を落とした。凛とシャーロット、燐花との斬り合いと攻防の中で、アデリナは意地悪い笑みを浮かべている。
「封印を解きたいからですわ」
「そんなの、答えじゃないわ」
「よく耳を澄ましてみなさい」
蛇の頭が移ろい、地撫でながら地肌を捲り上げる騒音と共に、歌声によってかき消されていた僅かな蛇の声色が鳴っていた。
『嗚呼恨めしい忌々しい』
怨嗟を口にする蛇の頭の群れ。
「ね。苦しそうじゃない?」
ヤマカガチが繰り出す衝撃と攻撃こそ、今この戦場で一番厄介なものだ。何故ならアデリナは防戦に徹しているからだ。
「そういうことね」
逝はそれに気づいた。最早これ以上彼女の遊びに付き合うことはないだろう。
逝の剣先はされどアデリナの腹部を食らった。何度喰らえば彼女は倒れるだろうか、それさえ試すような形でフルフェイスに血がこびりついていく。
「あなた、ほんとうに……っ」
「しつこい、って? でもおっさん、何度でも食らいつくわよ」
「言わなくてもわかってますわあ、でも痛いの好きですからああああ!」
アデリナの回し蹴りが逝をひかせた。しかし好機を探してその怪物は移ろう。
アデリナは態々覚者をひとりひとり攻撃して倒して撤退させるかよりも、いかに180秒耐え凌ぐだけを考えている。
そこには任務を遂行する為の最良の手段として自ら戦闘意欲を抑え、自らを囮とし、万が一天使が狙われるなら……いや、このファイヴが『見知らぬ少女に手を出す』等は考えなかったのだろう。
その意図を汲み取るまでに5ターンのペナルティを覚者は食らわされた。その数十秒がこの戦場では命取りになる事はやぶさかではない。
豪快なひび割れが起きた。重力を無視して上へ吹き飛ぶ地面の切れ端と一緒に、つばめは飛んだ。
戦士たるもの戦う理由は十人十色だが、つばめとしてはアデリナによるつばめ内の世界の総崩しが気に入らず剣先を振り切る。どれほどの耐久性を持ち合わせていようが、その耐久ごと切り裂く。
「顔色が、悪いようですが?」
つばめの斬撃を受け止めたナイフに力がはいった。
「そうねぇ……予想外の出来事が、ありますわ」
アデリナの表情が歪んだ。思った以上に覚者の攻勢の力が強い。恐らく渚の戦風の察知だろう。このスキルは単純に10人の覚者を20人分にできるスキルだ。
つまり、至ってアデリナは防御したとて180秒の攻勢は受け止めきれないだろう。
この好機を見逃さぬファイヴ。逝とつばめは示し合わさずとも、軽やかなステップで血が舞う斬撃を躍るのだ。
『……』
天使の少女が動いた。指先、人差し指ひとつ。アデリナをさした。すると蛇の頭がアデリナを守護するように前衛をなぎ払う。
「そこと」
アデリナは渚と、
「そこと」
ジャックと、
「そことそこ」
椿とゲイルを指さした。
「今からヤるわ、今からね。あとで不意打ちだったとか言わせないで頂戴」
突如アデリナは渚の額を掴み、地面へと後頭部から叩き落とした。
アデリナが攻勢に回った事で戦場は当初より大きく変化した。
「まずは貴方」
「マジかよ!」
照準先はジャックだ。
ヤマカガチの頭がひとつアデリナを守護し、アデリナは自由に戦場を翔る。頭が残り8つ程あれば、頭が覚者の前衛を抑える事が可能であったのだ。その図体の大きさは伊達ではない。
当初よりファイヴ側が不利であったことは覚者は気づいている。
その上で、つばめとシャーロットは剣先を向ける相手を変更するけじめの早さを持ち合わせていた。
例えヤマカガチに妨害されようとも、アデリナよりも天使を破壊するのは容易いのは火を見るよりも明らか。
約束の90秒は迫る。焦ったのはジャックと椿だ。例え何であろうとも守りたい根源の意思が強い彼らは、切羽詰まった表情で声を荒らげていく。しかし時は止まらない。
燐花の一撃をいなしたアデリナ。そこに飛び込む凛が爆炎を舞い上げて、シャーロットが隙を狙いながら半円を描いて走る。戦場は一分たりとも待たない。
椿は天使へ言葉を送りたかった。せめて何か一つ、心を震わすものが言えればあの天使は手を止めただろうか。殺す覚悟はあったが、生かすには状況がそれを許さない。椿の言葉は轟音にかき消されて、届かないのだから。
「おいヤマカガ――」
ジャックが言いかけた所で、蛇頭が逝とジャックごとなぎ払った。しかし立ち上がる。立ち上がった刹那、逝は一度蛇の頭を切りつけ――ようとしたが、説得の気配を感じてやはりアデリナへと向かった。
「制限時間まで待つわよ。過ぎたら、天使は喰うさね」
「奉られた神かて、駄々っ子のように喚けば神の名が廃るでな」
確かに蛇は奉られている存在。遥か昔、暴れ狂った蛇は既に鎮められ清められている。そこまで汲んで、千陽の声が重なった。
「もとは信仰されていた貴方は本当に自由になりたいのですか?」
「人間を失望させてくれるな、お前はそれほどの期待を受けてる立派な神だろう?」
蛇の首は震え有象無象に動く姿は秩序は無く、そこに蛇の意思というものは遮断されている。突如吠えた蛇。声はない、ただの衝撃だけが口を開いたその奥から放たれ覚者たちを揺らす。
『忌々しい、忌々しい! この我が、『堕ちる』などと!!』
ぴく、とゲイルが揺れた。堕ちるとはなんぞや。回復を施し、しかしその耳は説得を逐一把握していく。渚も説得に加わった。
「ヤマカガチさんは自由を欲しがってどうするの……悪さをして暴れちゃうのかな。人間と仲良くすることは出来ないの? 自分を封印した人間が憎い?」
『憎いのは、憎いのは――!!』
湖面が荒れる。吹き荒れた水しぶきで体を濡らす千陽は、ジャックは、渚は、しかし止まらない。
「湖を守る9つの頭の龍の伝説を紐解けば貴方はこの地を守ることを約束したという。貴方に何がおこったのか、聞かせてくれませんか?」
「本当に救われたいなら力になりたいが、でも今はだめだ」
蛇の頭を断頭したつばめ。つばめの背後で首が湖面に堕ちた轟音がなりながら、水しぶきが上がる。
「いって」
「はい!」
その瞬間、燐花が妨害から逃れることができた。彼女の足の早さでアデリナに追いつくか――いや、追いつけなかった。蛇に押さえ込まれた逝を通り越したアデリナは、ナイフを逆手にくるりと持ち替え落とした。
ジャックの肩口が大きく血しぶきを放ち、しかし眼中にアデリナはない。
渚の声が荒げた。
「ほんとはこんな風に戦いたくないよ……人間と仲良くする道はないのかな?」
無い訳では無いが、今はまだ遠い道のりのようにも思えた夢の話か。
「俺、お前と友人になりたい」
されど、人の想いは古妖の心を動かすことだってあるのだ。
「彼は本気で貴方と仲良くなりたいと思ってい――」
千陽の声は途切れた。蛇の攻撃が迫る。ここまで説得しようと心動けど容赦はない。
「あ――」
凛に見えたジャックは全くといって防御の姿勢を取らなかった。
「俺、お前とは戦いたくない」
『懐かしき兎の匂いだ』
ひとつ、今一度大きな地響きが起きる。振動のなかで、走り出したつばめ。次の頭を断頭せんと蛇の頭の上に乗ったが、しかしその手を止めた。もうきる必要が、ないからだ。
蛇の瞳が彼を見つめていた。それまで苦しみを訴える蛇の目が、少年の声に応えたか。
そして銃声が起きた。
銃声銃声銃声だ。砂煙にまみれた視界に、覚者全体の視界が覆われた。
その中で笑い声が聞こえる。戦闘――いや、処刑に近い。一方的なもの。雨のように降り注いだ血に、千陽が顔をあげた刹那、彼の両腕にジャックが投げ込まれた。
常人なら発狂できる複雑な壊され方をした彼は、千陽の頬に触れ、彼の頬半分がべっとりとした血に塗られた。
「……逆境くらいが、クールだろ」
「はい、その通りです。逆境は超えるもので打ちのめされるものではありませんから」
頬に触れていた手は、地面へと落ちた。
「次は貴方ね」
アデリナは渚を指さした。
――時間だ。
約束の90秒は過ぎた。結果から言えば、この状態でアデリナを押し切るところは難しいものとなった。
頼みの説得は不発に終わった訳ではない。しかしこの状態でアデリナを押し切るところは難しいものとなっている。
不可能な訳では無い。しかしヤマカガチへの対策が初期に無かった分の欠落が今になって崩壊にも等しく綻んでいる。渚が狙われたとて、4人で回せていた回復をひとつ失った状態で蛇とアデリナの攻撃に、残りの3人がどこまで耐えられるかと言えば、数秒にも等しい。
つばめ、シャーロット、逝はきっちりと目標の変更を飲み込むだろう。
「待って、その子を本当に殺してもいいの?」
椿の声が響いた。腕が右往左往、まだ迷いはある。
いうても、天使は恐らく善意でこの場にいる存在だ。それに手を出すというのは果たしてどういう意味なのだろうか。いざとなれば、射るつもりではあるが、まだその結論は早すぎる気が拭えない。
ゲイルもそれは思っていた。もしかすればそれが何かしらのトリガーなのでは無いのかと。
その間にも渚にアデリナの弾丸が貫通した。
「天使さんお願い、歌をやめて……!」
血に塗れアデリナの手から逃れる為に後退した渚。彼女の声に、天使は顔を上げる。
『どうして、封印を壊したらいけないの』
そのつぶらな瞳がまっすぐに覚者を見ていた。
「わたくし達の目的は何ですの? 何の為に集まったのか、よくよく思い出して下さいまし」
「おっさんは天使ちゃん、喰うさね」
「目標は切り替えます。あの天使もなんなのかわからない以上ここで」
椿の隣を歩いていく逝、シャーロット、つばめ――。
迷いながらも椿も弓に矢をかけた。狙うは少女の額。しかしその手は震える。
つばめの剣先が天使の少女の眼前に突きつけられた。
「ま、まって!」
燐花は慌てていう。
「貴女に対して手を上げるのは心苦しい。歌を止めて頂くことはできませんか?」
続く椿。
「貴方は神祝でしょう……?」
『……』
重要なのはここだ。蛇は天使を守らない。渚、ジャック、千陽の説得は蛇の心を動かしていた。封印を中途半端に解除され苦しむ蛇は、人間の味方をしたのだ。
『……神、祝、ふ、ふふふ、ふふふふふふ、違違違違違』
『また逢いましょう?』
「また?」
椿は弓を下ろした。またとは、どういうことか。そういえば神祝とは本体が別にあったような気がしなくもない。そして千陽が事前に聞いた天使についてだが、やはり封印を無差別に破る存在としか無かったが、例えばそのような力の流れをおかしくする存在が複数いたらどうだろうか。
そして3度の剣先が天使を切り裂く。逝の悪食が、しかし天使だったものを吐き出した。
渚に向かっていたアデリナの拳が直前で止まった。
「……そっちの、負けだよ」
「そのようですわねえ、困りましたわあ、ハイ~」
しかし飛び出した千陽は止まらない。アデリナの側面からナイフをつきたて、脇腹を刺したのだ。
「約束は守ってもらいます」
「そうね教えてあげましょうか」
――大戦を、はじめるのよ。この日本でね。
「大戦を、始めるのよ」
――地を揺らす衝撃。
ドオオオンと轟音が鼓膜を震わせ、土の中に埋め込まれた爆弾でも破裂したかのような衝撃に地面が縦横斜めに弾けながらずれる。
真っ平らな地形が秩序無く崩壊し、天に向かって伸びる土製の槍の先端に灰の髪を揺らす軍兵『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が足を置いた。
一歩進めば落下しかねぬ崖先のような先端から見下ろせば、記録された地図の形と比べて変わり果てた湖が広がっていた。
乾いた風が頬を撫でる中、千陽が小脇に抱えた一鬼夜行の半人『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が血塗れで瞳を閉じていた。右手に開いた友人帳のページが勝手捲れてゆき、とあるページで止まる。そこには新たな名前が刻まれていく。
砂煙の中から飛び出した影が、ふたつ。
正常をかなぐり捨てた刀を携える仮面『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)と、その身に蒼き炎を纏う黒猫『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)だ。
黒い軍服を来た女を左右で挟む2人は、鋏の要領で軍服を横一文字に裂く為に仕掛けるが、切ったのは残像を含んだ砂塵。
ミサイルのように吹き飛んだ黒軍服。それの着地点は、蒼翼の射手である三島 椿(CL2000061)へ目掛けている。
椿が精密な術式を十秒内で組みながらも衝撃に備える姿勢を取った。しかしその手前で黒軍服をビリヤードのように真横から突撃して軌道を逸らした異国風の刀使い『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)。
蓮華と呼ばれた刀と、軍用ナイフの僅かな接し面から火花が散る。そのときシャーロットは眉を潜め、黒軍服の瞳はギラギラと輝いていた。
ズレ上がった土肌の断面を破壊しながら地面へついたときシャーロットは切り離して後方へ行くが、追いかけてきたのは一粒の弾丸。すれすれの所で顔を逸らす。
打ち出された弾丸は一つではない。斬撃撫子『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)は連打されたそれを丁寧に切り伏せてから敵へと詰め寄る。
ふらりと立ち上がった黒軍服の首を、的確に狙うつばめ。斬った。確かに何かを斬った感覚はあったが、一仭の風が背後に回り込んで来たのを感じる。
衝撃。
傷口が熱い痛みを強調させたが、つばめの顔は揺るがず。即座に傷は逆再生していく。
看護師の卵『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が祈り手を作りながら、荒れた地面に膝をついていた。それは戦場のまさに、天使か。
渚の瞳に映るのはアルビノ気質の少女だ。それを見て、渚は静かに顔を振る。
同じように扇子を舞わす男、屈強な癒し手『献身の青』ゲイル・レオンハート(CL2000415)の耳に音色がこびりついていた。もう聞くことはないかもしれぬ唄だった。
轟。と燃る閃光が蛇のように放たれた。爆炎の申し子『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が縦に切り放った風圧が、炎と共に飛ばされたのだ。
直撃した。焔を纏う刀を一度振り払い、鎮火させた凜だが。はは、と乾いた笑みを浮かべた。
黒軍服が燃え上がりながら、何も無かったように。まるで何も起きていないように歩いてくる黒軍服――アデリナ。
「この日本でね」
横一列に並んだ十人の覚者の手前で。
一人、乱れた髪を手櫛で直すアデリナは、そう、宣戦布告した。
――いや、もしかしたらこの女は。既に開幕のベルはとうに鳴らしていたはずだ。
●
「ファイヴ。楽しい物語を紡ぎましょう?」
と言われて、素直にハイと答える覚者はいなかったが。
代わりに、渚が腕についた腕章に正義を込めアデリナへと見せた。
「わかってますわぁ。色々止めに来たのでしょう? 封印崩壊の阻止とかぁ、天使とかぁ。あっ、私の命とか!?」
その正義等、暴挙に蝕まれた女は児戯に似た笑みを携え、躱した。
優雅に指折り数えるファイヴの来た理由。その指が折られる時間さえ、切迫していた。アデリナへ距離を詰めて刃を叩き込むのは最速の燐花。
「やぁね、人が喋っている間くらい大人しくして欲しいですわぁ」
「構ってられないんです」
露骨な時間稼ぎを無視した燐花の攻撃を、アデリナは刃部を生の手で握って止めていた。
絶望の闇が忍び寄るように、アデリナの血が次第に燐花の手を染めていく。
その間に、幾人かの覚者がアデリナの背後を取った。それを目で追っていたアデリナは「ふぅん」と把握をする。
……毎度毎度同じ陣形で来ては、確かにこの女を止める事は出来ないだろう。前後に分かれた事により、この時点でファイヴとアデリナの軍配の行方は判らない。
渚が光の翼を広げながら、仲間を神秘のベールで囲うとき、アーチのように頭を湖面から出しながら、絶え間無く右へ左へと頭を揺らすそれは火の中で水を探す亡者のようだ。助けたい気持ちがジャックにはあるのだが、頭を掻き毟りたい気持ちをぐっと抑え。見据えるは戦場。
まさに数秒の間で激戦と呼ぶに相応しいものが出来上がっている。
千陽の洗礼された無駄の無い効き拳が、点から点へ最短距離で線を描いてアデリナの頬を弾かんとした。感触はあった、舞う砂塵が落ち着けばアデリナはその拳を片手で受け止めていた。
拳力だけでは倒せぬのがアデリナだ。十分にそれはわかっている。だがこの至近距離、無駄にはしない。
「貴方はこの国の龍脈を荒らして回って、この国を混乱に貶めようとしているのか?」
「来たわね恒例の質問タイム。いいわ、全部吐きなさい」
「1人でここにきているのは他の第四機関に知られたくないのか、それとも。個人的に某かの組織に依頼されたのか?」
「早漏は無しですわあ。私、優しいキャラクターに設定されてませんの。
欲しいなら貴方の手が、そうね……私の体を傷つけた回数分だけ教えてあげる」
「望むところです」
「楽しいのが倍々で楽しくなりましたの」
千陽がアデリナを蹴り飛ばし距離を取るとき、天空より降り注ぐは柔らかな祝福では無い。
蛇が倒れこみ山肌を削り取る衝撃が発生した。極度にでかい地震よりも遥かにタチが悪い。何故ならそこに敵意があるからだ。
端的に言えばヤマカガチは覚者の明確な敵である。理由は後々語るとして。
ヤマカガチの頭がひとつ撫でただけで、凛と渚、そして椿の体が地面にプレスされる。一瞬で荒れ果てた大地、起き上がる3人。笑うアデリナと、唄う少女。
「っ、みんな、今!!」
椿が回復を始める。第四機関の頭のおかしさの片鱗を見つめているような気分だ。椿を守るように立つ凛は、腸が煮えくり返る手前で、焔を刃から漏らしていた。
「回復助かるわあ、さて」
これ以上押さえ込むのは無理だろう。怒りなのか悲しみなのか全ての感情をごった煮にしながら、赤く染まった髪を揺らし、凛はアデリナの正面を正々堂々とる。
「姐さん、悪いけどそっちのやろうとしてる事邪魔させてもらうで」
「ええ、そうじゃないと……面白くないもの!!」
流派を極めた三連の爆炎が刃の鋭さをもってアデリナへと襲いかかった。
「それが!! 焔陰流ですのね!! 綺麗、綺麗だわ!!」
凛の焔を瞳に映すアデリナは限界までの笑みを見せていた。脈動する血液が沸騰しそうな程、アデリナは凛を褒めたたえたのだろう。
斬られ、斬られ、赤い血が滲めば即座に血液は蒸発する。
「私も混ぜて下さる?」
氷の雫を纏う金髪が揺れた。
「Expectation is the root of all heartache……I make money」
「あ、日本語で大丈夫ですわよ」
「……」
シャーロットの連華が凛の押さえ込むアデリナの腹部を裂いた。虎が叫ぶかと思われたが、シャーロットの目に映るアデリナは眉一つ動かさない。
怒りの火も痛みの電撃も介さぬ人形、それはそれで扱いが困る。児戯に付き合わされる面目は無いが、まるでオセロを回転させる子供と遊ぶような感覚に。
シャーロットは、あまり動かぬ表情だが。心の奥底ではドス黒いものが蠢くような気分を覚えている。
「失礼ながら。なますにして差し上げたく思います」
「怒らないで、こういう性格なの。可愛い顔が、私好みになるじゃない」
刹那、第二波の蛇が頭上より降り注いだ。
渚は戦場に癒しを与える。纏わりつくように首を振る蛇の一撃の重さはたった10秒で知れた。
最早此の場の回復手は回復を惜しむことは無いだろう。だが最早180秒回復し続けるのはかなり難しいと見える。
戦況の切れ目を探すように、渚の瞳は天使をみていた。
「天使さんはどうして私達を敵視するのかな。ヤマカガチさんを封印しておこうとするからなの?」
『……』
唄う天使は物言わぬ人形のように役割に徹している。渚の声は届いているのだろうが、なんの素振りも見せずに戦場のBGMと化していた。
「でもなんでだろう、あの天使、ほんと、人形みたい」
渚の第六感はそう告げていた。
金属同士が擦れあう錆び付いた音が響く。つばめの刃がアデリナのナイフを弾き、切りつける、疾風の如く。大人しそうなつばめの見た目とは裏腹に、いやそれが逆にフェイクとすら感じる程の精密な剣先にアデリナは息を飲んだ。
「貴方たちファイヴは、寄せ集めの割に、精鋭が揃っているのよね」
それは特殊な訓練を受けたり、そういった生まれであったり経緯は様々だが、千陽であったり、逝であったり、凛の事を差すが。
「まるで都合が良すぎる掃け先みたいじゃない」
気持ちが悪いとアデリナは言いたいのだ。
「私そういうの嫌いなんですわ」
「だからなんやってん」
轟と燃る焔がアデリナを後退させた。
「あんたが何に執着しとるんかは知らんけど、まぁ気持ちは解らんでもない」
蛇の頭が降り注いだ衝撃、しかし凛は立ち止まらず刃を振るう。黙って立ち止まってやるものか、されど凛が突き出したのは譲歩だ。
「あたしも流派の継承者になる事、ほんで超えるべき人間に勝つ事に執着しとるからな。せやけど他人様に迷惑かけるような事は大人としてやったらあかんやろ」
このアデリナを説得しようとしているのか。彼女は驚いた表情をしていた。
「言葉でどうなる時間は既に過ぎましたのよ!! って前も言ったのですが、ああ、あの時は貴方いらっしゃらなかったかしら?」
やはり凛の言葉はアデリナの仮面の上を滑ってしまう。
「私は上役の指示で動いてるだけのドイツ人ですの。敵の言葉は私の心は震えないわ。でもあなた、がんばったわよ」
肺さえ痛める焔の乱舞、轟激では終わらぬ凛の手。つばめのそれと相成り、息のあったコンビネーションでアデリナを触れれば切り落とされるダンスに誘っていく。
その中、ゲイルは扇を廻した。渚に続いて降らせるのは、癒しの雨。
片手間、ゲイルが気になるのは天使のことだ。先ほどの渚の言葉には全くもって反応しなかった天使。
だがおかしくはないか。天使に封印を解除させたいのなら、もっと軍兵で囲んで守るべきでは無いのだろうか。もっと安全な場所に放置するべきではないか。
――まるで、殺してあげてください。と言わんばかりの場所に何故あの天使は立たねばならなかったのだろうか?
そこに、この物語の奥深くが根深く関係しているとは、覚者たちが想像に至るにはまだ情報は足りなさ過ぎる今日。
燐花はみずらかアデリナの傍へと飛び込み、激燐を見舞う。あと幾度打てるかはこの体が感じて覚えていよう。
「アデリナさんと天使。両方の体力のモニタリングをお願いします」
「了解しました」
僅かにすれ違った千陽がアデリナへナイフを向ける。逝がアデリナへ接近し、腕と胴体の間に刃を突き刺したその一瞬の隙に千陽は回り込んだ。飲み込まれるように背中に突き刺さったナイフをすぐに外し、距離をとりながら抉れた傷口にねじり込む弾丸。
「ふたつ暴露してください」
「だれかの依頼かについて? はいそうですわあ。
何故ひとりできたかについて? ひとりで貴方たちなど十分だからですわあ」
●
「――で、さ」
切迫した雰囲気を切ったのはジャックだ。彼にとって、今日の戦闘はアデリナくらいオマケ。
人間とは違う目線で、人間の立場から世界を見据える両極端な瞳。
「ときちかをいじめたのは、お前か?」
「いえ、そのいじめられては……いない、つもりですけど」
千陽は即答していたが対してアデリナは大笑していた。
「変だと思っていたのですわ。貴方、殺意も敵意も無いから」
「アデリナちゃんと戦いたくない」
「戦う理由作ってあげますわ。だって私、争いごとが大好きですから!! よーく聞きなさい」
第四機関とは争いを招く機関だ。例え相手が誰であろうと次の争いを招くのが第四機関の鉄則。
「切裂、明らかな挑発に耳を貸す必要は――」
「『そうよ、私がいじめたのよ』」
カツン、という音。戦場が赤色の世界に『氷結』する。カツン、という音。ジャックの姿が消える。
カツン!! ジャックの手に、弓月のように細く長い紅鎌が出現。振り切ればアデリナの腕が大きく裂けていく。
「ちょっとちょっと、切裂ちゃんは中衛。おっさんが前衛。はい、ハウス」
「ウス」
かつんという音で逝の背後に戻ったジャック。
「どうどう。だめよ、悪食がアデリナちゃん喰べるのさ」
「俺は犬じゃないぞ!」
「誰も犬っていっとらんさ。頭冷えたら古妖の相手でもするさね」
む、という顔しながあらジャックはヤマカガチを見つつ、回復の祝詞を唱える。
「ふふ、化物と化物を従える化物、面白い2人ですわね。欲しいわ、どう? 第四機関へ」
フルフェイスの下、どういった表情をしているのかは逝にしか判らない。そのミステリアス性は今日以外の日でも、別の場所でも大いに発揮しているだろうが。
「ヒトを護る為に同類(ヒト)を喰う……えーっと、しまった誰だっけ……ア、あー、何だっけ?」
最近どうにもバグが広がっているのか、それともこの世界と別の世界が生んでしまった特異点となる逝は、疑問に打ち震えながら無意識にアデリナに悪食を叩き込んでいる。
悪食がアデリナの片腹を大きく抉った。肉が削げ、骨が見えようとも悪食は食欲の限界を知らぬ。
そこへシャーロットと燐花が重なった。初撃は燐花からだ。放つ激燐、逢魔が時の技。もし燐花が望むのなら、激燐の限界は限度は無く育つこともあるだろう。
目の前のアデリナもナイフ戦術には蓄えがある人物だが、何分アデリナは防御に徹していた。
「神秘の解明には興味があります。……が、誰かに、何かに危害を加える類のものは、ご遠慮いただきたいですね」
「虎穴に入らずんばなんとか、というではありませんか! 小さな猫さん」
「それでも駄目なんです」
アデリナの目にも追えぬ攻防のなか、燐花を引き剥がしたアデリナの一瞬の隙をついた所でシャーロットの刀がアデリナの頬に赤い一線を引いた。
本当は首を狙ったものの、心の中で舌打ちをしたシャーロットだが。しかしそれだけでアデリナが崩れるとも思ってはいない。
不気味なのだ。まだアデリナはナイフしか出していない。出せば拳銃からアハトアハトまであるというのに。アデリナはファイヴを殺しに来ていないというのか。
考えても答えがでぬことは切り捨ててしまえ。シャーロットは何かを言いかけて、飲み込んだ。興味はないのだ、アデリナにさえ。
荒れ狂う蛇の音に耳が慣れてきた頃、衝撃に地盤が緩み湖面が大きく揺れた。
ゲイルの扇が束の間、次の祝詞へとインターバルをあけたとき、逃げようがない天使と呼ばれた少女の歌が一瞬だけ止まった。
生々しい血色が天使の足元に広がり、衰弱の進行を知らせている。とはいえアデリナは一切それに関しては反応は無い。
「あの天使を、可哀想だとは思わないのか」
漏れ出したような声で、ゲイルはアデリナに告げたが。彼女は首を横に振る。しかしその真意の奥深くはけして見せない。
「狂ってる、おかしい。アンタ(アデリナ)も、天使も、ヤマカガチもだ」
どうせ無駄だとわかっていても、ゲイルは汲み出した感情を少しだけ吐露していく。殴り倒したい気持ちを回復に乗せ、癒しを載せるそれはまさに戦場の要と言えよう。
しかしそれだけでは今日は勝てない。攻勢にさえ意味を持つこの場で、頼りになるのは前衛の攻撃だ。
ゲイルの回復に押されて、つばめの一閃が地面ごと切り分けた。寸分も狂いもなく、壁のように地肌が露出したその切っ先でアデリナは縦回転しながら後退する。
古きに流行ったナックルがついたナイフを指でくるくる廻しつつ、蛇の頭が垂れてきたのにつばめとゲイルは巻き込まれたのを見ていた。
「貴方たちごとき、これ(ナイフ)だけで十分だって思ったのですが……」
僅かな間、飛び込んできたのは炎色に髪を揺らした凛。そしてその奥で椿が弓を構えていた。
「また、碌でもないことを考えているのでしょう」
「いいえ、私たちは隔者じゃなくてよ。覚者なのよ。その意味は……教えてあげませんけれど!」
「覚者だと、貴方たちとは一緒にされたくはないわね」
鬼と人の違いとはなんぞや。そう問われているのだろうが、確かにアデリナは隔者とは名乗らない。世間体は隔者と認定するのだが、自他共に認める隔者ならまだいい方だ。
アデリナにも正義があるとは言え、椿から見るそれは悪だ。限界まで引き絞った矢を放ち、風と共に駆け抜けたそれはナイフで割られて落とされた。
しかし一射撃だけではない。二回目、三回目だ。狙う、じっとまって。今か、今だと、椿の頭がそう判断したときに矢は放たれる。
次なる一手、そう判断したときに今一度大きな衝撃が椿の頭から降り注いだのであった。
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湖面を囲む周囲の地形は変わり果てた。
最早人の成す所業を通り越した所で、覚者は行動を取りやめることは無いが。それにしてもやり過ぎだ。
優しい青色の翼やいま、悲しみに色にさえ等しい。小鹿のように立ち上がる椿だが、その瞳はまだ折れてはいない。しかし迷いがあった。
「どうして……?」
狂う蛇。破壊を唄う天使。それを指揮して奏でるアデリナ。
椿は見境無き迷いの中で、奥歯を噛み締めた。何が正解なのか、何が違うのか、判断できぬまま戦場まで来てしまった。
アデリナを倒す事が最良であることは理解しているのだが、それだけが正解では無い。最良と正解の僅かな隙間を埋める為に、問うのは当たり前の行動に等しい。
「どうして、封印を解こうとするの?」
癒しの雨を降らし、ぼろぼろの衣服で立ち、椿は問を落とした。凛とシャーロット、燐花との斬り合いと攻防の中で、アデリナは意地悪い笑みを浮かべている。
「封印を解きたいからですわ」
「そんなの、答えじゃないわ」
「よく耳を澄ましてみなさい」
蛇の頭が移ろい、地撫でながら地肌を捲り上げる騒音と共に、歌声によってかき消されていた僅かな蛇の声色が鳴っていた。
『嗚呼恨めしい忌々しい』
怨嗟を口にする蛇の頭の群れ。
「ね。苦しそうじゃない?」
ヤマカガチが繰り出す衝撃と攻撃こそ、今この戦場で一番厄介なものだ。何故ならアデリナは防戦に徹しているからだ。
「そういうことね」
逝はそれに気づいた。最早これ以上彼女の遊びに付き合うことはないだろう。
逝の剣先はされどアデリナの腹部を食らった。何度喰らえば彼女は倒れるだろうか、それさえ試すような形でフルフェイスに血がこびりついていく。
「あなた、ほんとうに……っ」
「しつこい、って? でもおっさん、何度でも食らいつくわよ」
「言わなくてもわかってますわあ、でも痛いの好きですからああああ!」
アデリナの回し蹴りが逝をひかせた。しかし好機を探してその怪物は移ろう。
アデリナは態々覚者をひとりひとり攻撃して倒して撤退させるかよりも、いかに180秒耐え凌ぐだけを考えている。
そこには任務を遂行する為の最良の手段として自ら戦闘意欲を抑え、自らを囮とし、万が一天使が狙われるなら……いや、このファイヴが『見知らぬ少女に手を出す』等は考えなかったのだろう。
その意図を汲み取るまでに5ターンのペナルティを覚者は食らわされた。その数十秒がこの戦場では命取りになる事はやぶさかではない。
豪快なひび割れが起きた。重力を無視して上へ吹き飛ぶ地面の切れ端と一緒に、つばめは飛んだ。
戦士たるもの戦う理由は十人十色だが、つばめとしてはアデリナによるつばめ内の世界の総崩しが気に入らず剣先を振り切る。どれほどの耐久性を持ち合わせていようが、その耐久ごと切り裂く。
「顔色が、悪いようですが?」
つばめの斬撃を受け止めたナイフに力がはいった。
「そうねぇ……予想外の出来事が、ありますわ」
アデリナの表情が歪んだ。思った以上に覚者の攻勢の力が強い。恐らく渚の戦風の察知だろう。このスキルは単純に10人の覚者を20人分にできるスキルだ。
つまり、至ってアデリナは防御したとて180秒の攻勢は受け止めきれないだろう。
この好機を見逃さぬファイヴ。逝とつばめは示し合わさずとも、軽やかなステップで血が舞う斬撃を躍るのだ。
『……』
天使の少女が動いた。指先、人差し指ひとつ。アデリナをさした。すると蛇の頭がアデリナを守護するように前衛をなぎ払う。
「そこと」
アデリナは渚と、
「そこと」
ジャックと、
「そことそこ」
椿とゲイルを指さした。
「今からヤるわ、今からね。あとで不意打ちだったとか言わせないで頂戴」
突如アデリナは渚の額を掴み、地面へと後頭部から叩き落とした。
アデリナが攻勢に回った事で戦場は当初より大きく変化した。
「まずは貴方」
「マジかよ!」
照準先はジャックだ。
ヤマカガチの頭がひとつアデリナを守護し、アデリナは自由に戦場を翔る。頭が残り8つ程あれば、頭が覚者の前衛を抑える事が可能であったのだ。その図体の大きさは伊達ではない。
当初よりファイヴ側が不利であったことは覚者は気づいている。
その上で、つばめとシャーロットは剣先を向ける相手を変更するけじめの早さを持ち合わせていた。
例えヤマカガチに妨害されようとも、アデリナよりも天使を破壊するのは容易いのは火を見るよりも明らか。
約束の90秒は迫る。焦ったのはジャックと椿だ。例え何であろうとも守りたい根源の意思が強い彼らは、切羽詰まった表情で声を荒らげていく。しかし時は止まらない。
燐花の一撃をいなしたアデリナ。そこに飛び込む凛が爆炎を舞い上げて、シャーロットが隙を狙いながら半円を描いて走る。戦場は一分たりとも待たない。
椿は天使へ言葉を送りたかった。せめて何か一つ、心を震わすものが言えればあの天使は手を止めただろうか。殺す覚悟はあったが、生かすには状況がそれを許さない。椿の言葉は轟音にかき消されて、届かないのだから。
「おいヤマカガ――」
ジャックが言いかけた所で、蛇頭が逝とジャックごとなぎ払った。しかし立ち上がる。立ち上がった刹那、逝は一度蛇の頭を切りつけ――ようとしたが、説得の気配を感じてやはりアデリナへと向かった。
「制限時間まで待つわよ。過ぎたら、天使は喰うさね」
「奉られた神かて、駄々っ子のように喚けば神の名が廃るでな」
確かに蛇は奉られている存在。遥か昔、暴れ狂った蛇は既に鎮められ清められている。そこまで汲んで、千陽の声が重なった。
「もとは信仰されていた貴方は本当に自由になりたいのですか?」
「人間を失望させてくれるな、お前はそれほどの期待を受けてる立派な神だろう?」
蛇の首は震え有象無象に動く姿は秩序は無く、そこに蛇の意思というものは遮断されている。突如吠えた蛇。声はない、ただの衝撃だけが口を開いたその奥から放たれ覚者たちを揺らす。
『忌々しい、忌々しい! この我が、『堕ちる』などと!!』
ぴく、とゲイルが揺れた。堕ちるとはなんぞや。回復を施し、しかしその耳は説得を逐一把握していく。渚も説得に加わった。
「ヤマカガチさんは自由を欲しがってどうするの……悪さをして暴れちゃうのかな。人間と仲良くすることは出来ないの? 自分を封印した人間が憎い?」
『憎いのは、憎いのは――!!』
湖面が荒れる。吹き荒れた水しぶきで体を濡らす千陽は、ジャックは、渚は、しかし止まらない。
「湖を守る9つの頭の龍の伝説を紐解けば貴方はこの地を守ることを約束したという。貴方に何がおこったのか、聞かせてくれませんか?」
「本当に救われたいなら力になりたいが、でも今はだめだ」
蛇の頭を断頭したつばめ。つばめの背後で首が湖面に堕ちた轟音がなりながら、水しぶきが上がる。
「いって」
「はい!」
その瞬間、燐花が妨害から逃れることができた。彼女の足の早さでアデリナに追いつくか――いや、追いつけなかった。蛇に押さえ込まれた逝を通り越したアデリナは、ナイフを逆手にくるりと持ち替え落とした。
ジャックの肩口が大きく血しぶきを放ち、しかし眼中にアデリナはない。
渚の声が荒げた。
「ほんとはこんな風に戦いたくないよ……人間と仲良くする道はないのかな?」
無い訳では無いが、今はまだ遠い道のりのようにも思えた夢の話か。
「俺、お前と友人になりたい」
されど、人の想いは古妖の心を動かすことだってあるのだ。
「彼は本気で貴方と仲良くなりたいと思ってい――」
千陽の声は途切れた。蛇の攻撃が迫る。ここまで説得しようと心動けど容赦はない。
「あ――」
凛に見えたジャックは全くといって防御の姿勢を取らなかった。
「俺、お前とは戦いたくない」
『懐かしき兎の匂いだ』
ひとつ、今一度大きな地響きが起きる。振動のなかで、走り出したつばめ。次の頭を断頭せんと蛇の頭の上に乗ったが、しかしその手を止めた。もうきる必要が、ないからだ。
蛇の瞳が彼を見つめていた。それまで苦しみを訴える蛇の目が、少年の声に応えたか。
そして銃声が起きた。
銃声銃声銃声だ。砂煙にまみれた視界に、覚者全体の視界が覆われた。
その中で笑い声が聞こえる。戦闘――いや、処刑に近い。一方的なもの。雨のように降り注いだ血に、千陽が顔をあげた刹那、彼の両腕にジャックが投げ込まれた。
常人なら発狂できる複雑な壊され方をした彼は、千陽の頬に触れ、彼の頬半分がべっとりとした血に塗られた。
「……逆境くらいが、クールだろ」
「はい、その通りです。逆境は超えるもので打ちのめされるものではありませんから」
頬に触れていた手は、地面へと落ちた。
「次は貴方ね」
アデリナは渚を指さした。
――時間だ。
約束の90秒は過ぎた。結果から言えば、この状態でアデリナを押し切るところは難しいものとなった。
頼みの説得は不発に終わった訳ではない。しかしこの状態でアデリナを押し切るところは難しいものとなっている。
不可能な訳では無い。しかしヤマカガチへの対策が初期に無かった分の欠落が今になって崩壊にも等しく綻んでいる。渚が狙われたとて、4人で回せていた回復をひとつ失った状態で蛇とアデリナの攻撃に、残りの3人がどこまで耐えられるかと言えば、数秒にも等しい。
つばめ、シャーロット、逝はきっちりと目標の変更を飲み込むだろう。
「待って、その子を本当に殺してもいいの?」
椿の声が響いた。腕が右往左往、まだ迷いはある。
いうても、天使は恐らく善意でこの場にいる存在だ。それに手を出すというのは果たしてどういう意味なのだろうか。いざとなれば、射るつもりではあるが、まだその結論は早すぎる気が拭えない。
ゲイルもそれは思っていた。もしかすればそれが何かしらのトリガーなのでは無いのかと。
その間にも渚にアデリナの弾丸が貫通した。
「天使さんお願い、歌をやめて……!」
血に塗れアデリナの手から逃れる為に後退した渚。彼女の声に、天使は顔を上げる。
『どうして、封印を壊したらいけないの』
そのつぶらな瞳がまっすぐに覚者を見ていた。
「わたくし達の目的は何ですの? 何の為に集まったのか、よくよく思い出して下さいまし」
「おっさんは天使ちゃん、喰うさね」
「目標は切り替えます。あの天使もなんなのかわからない以上ここで」
椿の隣を歩いていく逝、シャーロット、つばめ――。
迷いながらも椿も弓に矢をかけた。狙うは少女の額。しかしその手は震える。
つばめの剣先が天使の少女の眼前に突きつけられた。
「ま、まって!」
燐花は慌てていう。
「貴女に対して手を上げるのは心苦しい。歌を止めて頂くことはできませんか?」
続く椿。
「貴方は神祝でしょう……?」
『……』
重要なのはここだ。蛇は天使を守らない。渚、ジャック、千陽の説得は蛇の心を動かしていた。封印を中途半端に解除され苦しむ蛇は、人間の味方をしたのだ。
『……神、祝、ふ、ふふふ、ふふふふふふ、違違違違違』
『また逢いましょう?』
「また?」
椿は弓を下ろした。またとは、どういうことか。そういえば神祝とは本体が別にあったような気がしなくもない。そして千陽が事前に聞いた天使についてだが、やはり封印を無差別に破る存在としか無かったが、例えばそのような力の流れをおかしくする存在が複数いたらどうだろうか。
そして3度の剣先が天使を切り裂く。逝の悪食が、しかし天使だったものを吐き出した。
渚に向かっていたアデリナの拳が直前で止まった。
「……そっちの、負けだよ」
「そのようですわねえ、困りましたわあ、ハイ~」
しかし飛び出した千陽は止まらない。アデリナの側面からナイフをつきたて、脇腹を刺したのだ。
「約束は守ってもらいます」
「そうね教えてあげましょうか」
――大戦を、はじめるのよ。この日本でね。
