つぎはぎの夜・序
【つぎはぎ】つぎはぎの夜・序


●AAA跡地・地下
皮肉にも美しく光る刃は闇をもたらした。頬に熱い流れを感じながら、キチガイじみた己の悲鳴を遠くに聞く。
娘を生きたまま切り刻んだ。
いま、その刃が私自身を切り刻んでいる。
ああ、頼む――。
誰かワタシを殺してくれ。
わたしを許してくれ。

●ファイヴ本部
 本体をとめない限り、それは分裂し、増殖する。ねじ曲がりつつ膨れ上がった狂気は、世界を蝕み、妖を生み続ける。
「だから見つけて頂戴。本体はちゃんと頭があるし、恐らくは徘徊するその他コピー妖の中心にいるはずだから。簡単でしょ?」
 暗い微笑みを浮かべて、眩(クララ)・エングホルム(nCL2000164)はゆっくりと振り返った。
 依頼資料を覚者たちの前に滑らせる。
「永遠に続く『自分殺し』はちょっとしたホラーでしょ。個人的にこういう話は大好きでずっと見ていたいぐらい……だけど、ファイヴとしては放置できない、と中さんは言うし」
 見た夢を話さなきゃよかったわ、と暗く笑う。
 覚者たちは眩を無視して、配布された資料に黙って目を通し始めた。
「場所は大妖に襲われて崩壊したAAA本部跡地。知ってのとおり、広大な敷地は現在、立ち入り禁止になっているわ。そこに入り込んで『何か』を探していた一般人が何者かに殺されて妖化。辺りに狂気をまき散らし、自己の複製である妖たちを次々と目覚めさせているから、さっさと始末して頂戴」
 地下に収まりきらなくなった妖が、地上に出て街に向かう前に。
「狂気をまき散らしているのは本人曰く、元AAAの神具開発研究者、岩畑まこと(いわはた まこと)。岩畑は約二年前、ちょうどファイヴ発足時に夫婦揃ってAAAを解雇されているのだけれど……」
 解雇の理由はトップシークレット。AAAが崩壊した今も、いや、AAAが崩壊した今だからこそ、解雇理由は明かされないという。
 ちなみにAAAを解雇されてから半年後、エージェントの監視が解かれた直後に岩畑夫妻は行方不明になっている。
 本件に関係があるかないかは分らないが、と前置いて、眩はちょっとしたゴシップ情報を覚者たちに話した。
「岩畑が解雇された当時のことだけど、AAAが逮捕、抑留していた犯罪者……憤怒者や隔者が次々に変死していたらしいの。もちろん、当時のAAAは否定しているわよ。悪意あるデマだって。資料の最後に、ゴシップ紙の記事コピーをつけておいから。興味があるなら読んでみて」
 記事が載ったのは、小さな出版社が出している週刊誌だ。いまもコンビニなどで売られている。当時も今も、記事の編集構成が発現者や怪異に対する中傷に偏っており、ありていに言えば憤怒者たちに向けて作られ、売られている雑誌だ。出版社自体がイレヴンと関わり深い、という噂があった。
 資料に目を通していた覚者の一人がおずおずと腕を上げた。
「どうして『自称』がつくのか、ですって?」
 眩は弟の大腿骨(模造)を撫でた。
「答え。岩下本人かどうか、夢では確認が取れなかった。以上。自称岩畑は、AAA本部跡地……神具開発・研究棟跡地の地下にいるわ。『何者か』によって狂気に落とされた自称岩畑ゾンビを倒せば、とりあえず妖の量産は止まる。」
妖たちは互いに殺しあっているから放置しても問題はなさそうだが、中曰く、一体でもうっかりと街に出られると厄介な問題が出るらしい。
「AAAは壊滅したとはいえ、憤怒者が喜びそうなネタでしょ。イレヴンとか? AAA跡地から妖が次々と湧き出てくる、なんてね。後釜に座ったファイヴを貶めるのに使えそうよね~。そこじゃないかしら、中さんが気にしているのは? そんなわけだから、面倒でも妖は封印されている者も含めて、見つけ次第倒して頂戴」
 覚者突入の時点で妖は六体。いずれもランクは1だ。ナイフなどで武装した個体もいるらしいが、総じて戦闘力は弱い。ちなみにコピー妖は、称岩畑ゾンビを倒すまで三十秒に一体ずつ封印解除されて目覚める。なお、封印された妖は地下二階全域で五十六体あるらしい。
「地下に明かりはなし、真っ暗よ。そうそう、肝心な事を一つ。岩畑に娘はいないわ。じゃ、お願いね」

●某寺の墓場にて
 繰り返し、繰り返し。
五十六回も切り刻まれた記憶がパーツには縫い込まれている。それぞれ異なる時に生み出されたそれらは、それぞれ別の痛みと怨みと快楽を包括している。生み出される妖気はつぎはぎされた神経を通じて、左右で違う脳うち、ある時は左をしびれさせ、ある時は右をしびれさせ、あるいは両方を同時に痺れさせてかろうじて一つの人格にまとまっている。
 それがあたし。

 種は巻いた。
 あとはあの坊主を躍らせるだけ。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.動き回っている妖、封印状態の妖、すべて退治する
2.妖を一体も、地上に出さない
3.なし
●場所と時間
AAA本部跡地。神具開発・研究棟跡地の地下二階。
大妖一夜事件で、焼け落ちており、半ば崩壊しているため危険区に指定されている。

地下二階へ降りるルートは三か所。
いずれも崩れた壁や、かろうじて形をとどめている階段を使って降りる。
地下一階はフロアが壊滅しており、瓦礫によって通ることができない。
三か所ある進入口から別々に入ると、地下二階の中央部まで合流できないので注意。
場合によっては、リプレイ最後まで合流できない可能性あり。
なお、進入口はそれぞれ300メートル以上離れている。

なお、物質透過による移動は危険なためお勧めできない。致死性の薬品やガス溜まり、爆発の危険がある器具類が確認されているためである。
突入時、妖は地下二階に留まっている模様。
個体数が二ケタ台になれば、一部が地上を目指しだす。

時間は夜。
月も星も出ているが、地下二階まで光は届いていない。
普通に呼吸できるが、火災後のひどい匂いが充満している。

●突入前、覚者の誰かが瓦礫上で見つけたもの……
・M. Iのイニシャルが入った一眼レフ(SDカードは抜かれている)
・パスケース(空。一部、血で汚れている)
・左手(女性のもの。腐敗が進んでいるが、切断面はとってもフレッシュ)

●岩畑某について
・元AAAの研究職員。
・二年前に夫婦そろってAAAを解雇されている。
・一年半前から行方不明。

●妖、いずれもランク1
 自称岩畑……生物系。
  頭がちゃんとあります。
  会話はできません。OP冒頭部分はあくまで自称岩畑の中でこだまし続けているものです。

 自称岩畑コピー……生物系。全部で五十六体。
  頭がありません。あるように見えても左半分だけ、または右半分だけです。
  会話できません。
  「コピー」のほとんどが封印状態にあります。
  ファイヴ到着時、地下二階で目覚めているのは六体。
  「自称岩畑」が近づくことによって封印が解かれて「コピー」は目覚めます。
  「自称岩畑」を倒すまで、およそ三十秒に一体の割合で増えます。

●その他
・眩がコピーして添付した記事の著名は、入江正志(いりえ まさし)。

●STコメント
地下への突入を遅らせて、地上を調査することもできますが、その間も地下では妖が発生しつづけていることを忘れずに。
何を見つけるか、そもそも見つけられるか……それは調査するPCの『運』次第。

なお、OPトップに立つ謎の人物は本シナリオでは登場しません。登場は次回?

それでは皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年07月29日

■メイン参加者 6人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


「これはおっさんが持っていくぞ」
 緒形 逝(CL2000156)は拾ったデジタル一眼カメラを、街から届く頼りない明かりにかざした。
「レンズが割れているわね。電源は……ああ、入らない」
 カメラを裏返す。下部にM. Iと刻印があった。持ち主のイニシャルだろう。とりあえず無視してバッテリーカバーを開く。バッテリーは入っていたが、SDカードはなかった。
「抜いたのはやじうま連中じゃないと思うぜ」
 逝の手元を覗き込みながら、『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)がいう。
 大妖によるAAA襲撃事件から今日まで、ここは閉鎖されている。しかし、警邏巡回の隙をついて興味本位で入り込む者は多い。
 だが、ただの野次馬ならカメラごと盗っていくはずだ。
 一悟の考察に、逝はふむと唸り、バッテリーカバーを閉じる。本体の内臓メモリーに何か残されているのでは、と思ったのだが、電源が入らなければ確かめることができない。
(「おや、これは……?」)
 指に白い粘着物質がついていた。バッテリーを出し入れしたときについたのだろうか。
「このカメラさ、『自称岩畑』ってやつのじゃねえ? 人間だったときの」
「あすかもそうだと思うのよ。誰かに殺されたときに盗られたと思います」
 瓦礫の撤去作業はまだこれからだ。発見したカメラはレンズの破損を別として、熱による変形や、煤汚れなどがついていない。大妖一夜後に捨てられたものだろう。
 『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は辺りを見回した。いまにも瓦礫の下から襲撃者が現れるのではないか、と全身を緊張させている。
「ここにも場違いなものがありました」
 少し離れた場所で、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) が声を上げた。
「パスケースですね。中は抜かれて表面に血のような……いえ、血がついています」
 ラーラは鉄骨からストラップを外して、パスケースを持ってきた。
 良く見えるように、と飛鳥が懐中電灯でラーラの手を照らす。
「確かに血かついているね。これもM. Iさんのものかな?」
 『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)はパスケースから目を上げると、もう少し探してみましょう、と提案した。
「もっと手がかりが見つかるかもしれないわ」
 パートナーの意をくみ取って、守護使役のカンタが夜空へ飛び立つ。
 賛成、と一悟も御菓子に同調した。
 待って、と制止する声があがった。
「あと、にしたほうが、いい。時間、ない、し」
 背を向けて立つ声の主に、御菓子が眉を曇らせる。
「エングホルムさんのお話だと、ゾンビの増殖が始まるまでまだ時間が――」
 桂木・日那乃(CL2000941)が振り返った。額で切り揃えた黒い前髪から下が、闇に隠れて見えない。
「……これ、そこに。落ちて、た」
 飛鳥が懐中電灯の光を向けると、胸の高さで切り落とされた腕――おそらく女の左腕を持った日那乃が照らし出された。
 色からして腐敗が始まっているようだが、切断面からは血がまだしたたり落ちている。
「うええ……日那乃ちゃん、相変わらずホラーなのよ」
「探索はゾンビどもを倒しきってからにしよう。あふれ出すと面倒だし。それに……いや、なんでもない。ささ、ペアを組んで。三か所から同時に下へ降りるわよ」
 覚者たちは二人ずつペアを組むと、それぞれ地下への入口へ向かった。


 どこに仕掛けてある?
 曲がった手すりを頼りに、逝と日那はA2階段を下りていた。
 逝は白い粘着物――プラスチック爆弾を探すことに気をとられ、足元がおろそかになりがちだったが、そこはペアを組んだ日那乃がしっかりとフォローしてくれた。
「そこ……穴が開いているから。気を、つけて。それにしても、暗い、ね」
 暗視はわずかな光を増幅して光度を上げ、暗闇の中を見通す能力だ。まったく光のない場所では何も見ることができない。
地下1階で早くも光力が足りなくなってきていた。
「心配いらんよ。この下も『まったき闇』ではないさね」
「どうして、分る、の?」
 もっともな問いだ。逝は考えた。憶測という雑音でシンプルな任務を複雑にしたくはないが、ここは――!?
「ガソリン?」
 逝を見上げていた日那乃が顔をしかめる。
 異臭の源を探して階段の先を見ると、崩れた壁から扉が破損した保管庫らしきものが突き出ていた。扉に白地に赤文字で「医薬用外劇物」と書かれたステッカーが貼られている。
壊れた扉から、PFAボトルらしき透明な容器が見えた。
「ガソリンではなさそうだ。トルエン……かな? やれ、換気に問題がなくてよかった」
 逝は建物の損壊を皮肉った。とはいうものの、トルエンの蒸気は有毒だ。覚者がダメージを受けるとは思えないが、これから撤去作業を行う者たちのために、せめていま見えているボトルの蓋ぐらいはきちんと締めた方がいいだろう。
「吸うと危険? なら、私とマリンが、行く」
「宜しく。漏れた液には触れないようにね」
 日那乃は『せんすい』能力を発動させてから階段を下りた。ハンカチを取り出し、液に触れないようにボトルにかぶせて持ち上げ、蓋を閉める。
 他に蓋が外れたボトルがないか探してから――なかった――逝を呼んだ。
「ほかには?」
「ない。けど、そこを、見て」
 細い指が逝の脇を指さす。
 階段を迂回するための道に、極細のワイヤーが張られていた。低い位置に張られたそれは、いまいる位置からだけ見えるようだ。臭いを避けて迂回したとたん、別の、おそらく致死性トラップが発動したのだろう。
「ふむ。急いでみんなと合流するわよ」


「じゃあ……わたしたちも行きましょう、か」
 そういっておきながら、御菓子はその場を動かない。
 一悟もその場で足踏みを繰り返していた。
「……先生、そろそろいいんじゃね?」
「そうね。手分けして調べましょう。カンタ、上から見てくれる?」
 他のペアが階段下に消えたのを確かめて、ふたりは地上の探索を始めた。お互い、他の者と組むことになったら素直にあきらめようと思っていたのだが……。
「三十秒が限界だな。パスケースと、カメラが見つかったところを重点的に調べようぜ」
 カンタが空で輪をかいた。何か見つけたらしい。
 御菓子が輪の下へ行くと、きらり、と光るものがあった。
「豆……電球?」
 つまみあげる。溶けたり割れたりしていない。これも大妖一夜の後に落とされたものだろう。
(「でも、豆電球って……」)
 首をひねる。
その拍子に、瓦礫の上にマッチ箱を発見した。マッチ箱なんて、今時珍しいなんていうレベルじゃない。御菓子がマッチを知っているのは、小学生だったころに理科の実験で使ったことがあるからだ。
 原型をとどめたままのマッチ箱には、中身が燃えずに残っていた。
「SDカード発見! あのカメラのやつだな。あ~、しまった。カメラ、緒形店長が持っていったっけ。でも壊れていたし……って、どうしたの、先生?」
 御菓子は黙って、一悟に手のひらに乗せた豆電球とマッチ箱を見せた。
「なに、これ?」
「よね~。わたしにも解らないの。どうしてこんなものがここに落ちていたのか。一悟くんの収穫はSDカードだけ?」
「たった今、また見つけたぜ。先生、左足を上げてくれ。写真かな?」
 御菓子は慌てて左足をどかせた。
 一悟は写真と、写真の下にあった記者証も一緒に拾い上げて、街の明かりにかざした。
「きれいな人だな。あのパスケースの中身?」
「だと思う。記者証が一緒にあったということは、M. I……入江さんの娘さん?」
 もっと探したいが、時間が迫っていた。自分たちがグスグズしている間に、担当する階段からゾンビが地上に出てきたとなれば他の仲間たちに申し開きできない。
急いでE1階段へ向う。
「うへ……なんていうか、ここさ、死んだAAAの隊員の霊とか出そうな感じじゃね? あ、大和、頼む」
 一悟は有毒ガスとゾンビの探知に『かぎわける』を活性化すると、先だって崩れた階段を降り始めた。とたん、後ろにぐいっとシャツを引っ張られてズッコケる。
「――!?」
「あ、あのね……ちょっとつかまえさせてもらってもいい?」
 怖いからじゃないのよ、と御菓子。
(「絶対、うっそだ~。御菓子先生、可愛いな。……ちっちゃいし」)
 一悟はニヤつきながら、シャツの裾を掴む御菓子とともに地下へ降りた。


「YO! 知るかそんなの過去の事情! それでも行かなきゃ大惨事! 地下で増殖、つぎはぎゾンビ!!」
 日那乃から受け取った左腕を振り回しながら、飛鳥が即興で作ったリリックを口ずさむ。歌いまわしはそれなりだが、微妙に韻が踏めていない。いや、そんなことよりもラーラは、振り回されるたびに左腕の切断面から飛び散る血と体液が気になって仕方がなかった。
「あの、鼎さん……」
「ラップなのよ。この腕の女の人はラップを聞かされながら切り刻まれたのよ。だからあすか、犯人をラップバトルに誘い出すことにしたのよ。ちなみにこの腕は岩畑さんでも入江さんでもじゃないのよ」
 そうじゃなくて、と言いかけて、天井で光る赤い点に気づいた。
 暗視能力を生かして光点のあたりをよく見ると、小さなレンズをつけた四角い板のようなものがあった。形状と大きから、携帯電話だと推測する。
「どうしたのよ?」
「しー。鼎さん、スイッチを切って戻ってきてもらえますか?」
 飛鳥は黙って懐中電灯を切ると、真っ暗な階段をゆっくりと、あぶなっかしく登ってラーラの横に立った。
 携帯のレンズは飛鳥がいた場所に向けられたままだ。
「今度は懐中電灯の光を階段下の壁に当てて、ゆっくり左右に動かしてください」
 光を動かしても携帯は向きを変えなかった。
 ラーラは守護使役のぺスカとともに『しのびあし』で階段を下りると、コンクリの大きな破片を拾って飛鳥が立っている段の下に投げつけた。
 音を立てて転がり落ちる破片を、携帯が追いかける。光でも熱でもなく、どうやら音に反応して作動するようだ。
 いきなり、携帯のフラッシュがたかれた。
「誰が何の為に――」
「つぎはぎ女なのよ」
「つぎはぎ女?」
「腕を切り落とした犯妖なのよ。微妙にサイズが合わなかったこの腕は、新しい腕が手に入ったとたん、ポイ捨てされたのよ」
「『自称岩畑』とコピー以外にも妖がいる、と?」
 飛鳥はこくりとうなずいた。
 だとしたら、いますぐ携帯を壊さなくては。トラップを自作して仕掛けるような妖であれば、高ランクに違いない。もうとっくに撮られた写真を見られているかもしれないが。
「でも、あれを攻撃したら、壁ごと崩して階段を埋めてしまいそうですね」
「ころんさんに食べてもらうのよ」
 守護使役のころんが『ぱくぱく』で携帯を食べると、ほかに携帯がないことを確認してから地下二階へ急いだ。


「左、から……くる」
 日那乃のナビと悪食の食い意地に任せて、逝は無造作に腕を振った。肉に刃が食い込む感触と同時に、手から頭へ、血管の中を何か波打ちながら駆けあがってくる。
 頭蓋の中で憎悪の花火が弾け、手の内で悪食がプルッと震えた。
「これ、悪食ちゃんや。ゲップとはお行儀が悪いぞぅ」
「もう、お腹、いっぱい? なら、残りはわたしがやる、ね」
 日那乃は暗闇の中で翼を羽ばたかせた。
 空気の刃がコンクリートの柱を切り崩す。潜んでいた妖が逃げ出したところを狙ってもう一度、空気の刃を飛ばして倒した。
「頭、ない。これも、コピー」
「桂木ちゃんや、奥州ちゃんたちとはまだ連絡が取れない?」
「まだ。呼びかけて、いる、けど……」
 ふたりはこれまでに、今倒したゾンビを合わせて四体を倒していた。
「突入してから一分半ぐらいかな。おっさんたちだけが地下二階にたどり着いたとして……いま稼働しているのは『自称岩畑』含めて五体か」
「爆弾も、見つからない、ね。もう、爆発、する?」
 大丈夫、と逝は明後日の方向へ首を向けながら言った。
「ターゲットの侵入が確認できない限り、むやみに起爆スイッチは入れないはずよ」
 日那乃の前へそろりと移動して、悪食を構える。
「……歌?」
「ラップかね?」
 逝の手前の床に黄色い光輪が落ちたとたん、闇の奥から炎の玉が飛んできた。
 正眼に構えた悪食で、飛んできた火の玉を二つに割る。
 火の玉がふたりの後ではじけ散ると、暗いフロアが一瞬だけ橙色に染まった。
 影が二つ、素早くフロアを横切って瓦礫の山の裏へ逃げ隠れたのが見えた。
「隠れても……無駄」
 日那乃が飛ばしたエアブリットを、山を越えて出てきた巨大な水龍がかみ砕く。

 ――Smettila!

 突然、若い女の声が響いた。
 瓦礫の山の上から、特徴のある魔女の帽子がひょっこりと突き出る。天井に黄色い光の輪が出現し、中に虫の守護使役と猫の守護使役の姿が浮かんだ。
「……まあ、間違いないと思うがね。みずたまや、ちと二人を迎えにいっておくれ」
 逝から離れられるぎりぎりのところまで守護使役のみずたまが出向くと、瓦礫の山の裏から飛鳥とラーラが出てきた。
「みずたまちゃん、お出迎えご苦労さまなのよ」
「すみません。途中でちょっと妙なものを見つけて……ピリピリしていたものですから」
 ラーラの謝罪を、お互いさまさね、とフルフェイスの前で手を振って流す。
「それより、妙なものとは?」
 日那乃と飛鳥が歩哨に立っている間に、逝とラーラが互いに発見したことを報告しあった。
「姿を撮られたかね?」
「たぶん。いまから二分前のことです。プラスチック爆弾は――」
「いますぐ爆破、はないさね。そうするには時間が立ちすぎている。おっさんたちは『つぎはぎ女』が狙う得物ではない、または他の誰かの到着を待っているか……。とりあえず先にゾンビを片付けてしまおうかね」
 飛鳥が振り返った。
「それはいいけど、一悟と御菓子先生はどうしたのよ?」
「呼びかけて、いる。けど……返事、ない」、と日那乃。
 まさか、とラーラが顔を青くする。
「待って、いま――」
遠くで怒声が響き、何かが崩される音がした。薄く伸びた土埃が、覚者たちの足元まで流れてきた。
<「奥州さん?」>
<「おう! オレだ、日那乃! いま先生が応戦している―って、逃げだ!」>
 奥からバタバタと足音がやって来たかと思うと、覚者たちの手前で直角に折れた。頭があったので、あれが『自称岩畑』だろう。
 すぐさま追跡にかかる。が――。
「コピーがいっぱいなのよ!」
 一悟と御菓子に怯えた『自称岩畑』が、やみくもにフロアを駆けまわったことで、あちらこちらに封じられていたコピーたちが動き出したらしい。いまや地下はバイオハザード状態だ。
「アハハ! 酷い有り様だねえ、コレは石棺が必要かしら。……ってのは、冗談よ」
 デジャ・ヴ。
目の前の光景に忌まわしい記憶を刺激され、逝の胸に冷たい怒りが宿る。
「行く手を阻まれては仕方ありません。『自称岩畑』はあちらのペアにお任せして、私たちはコピーの殲滅に専念しましょう。ぺスカ、鍵を!」 
 開かれた煌炎の書から炎の獣が飛び出して、ゾンビたちを次々と燃える牙にかけていく。風の刃を纏った水龍がゾンビを切り刻みながら肉片を冥途へ押し流す。
炎と水と空気が光放ちながら飛ぶ中で、胸に冷たい怒りを宿したまま、逝は悪食と一つになって地ごとゾンビを切り裂いた。
 一方。
「わたしが左から追い込むから、一悟くんは右から回り込んで!」
「了解!」
 柱の直前で二手に分かれ、御菓子はそのまま『自称岩畑』を追う。
(「つぎはぎされた……どっちの顔が岩畑さん? 写真の娘さんの記憶はもう半分の顔、入江さんの記憶ね。コピーの数からして、ほかにたくさんの遺体がつぎはぎに使われている……。誰の仕業か知らないけど、許せない!」)
 水龍牙とB.O.Tを使い分けて、『自称岩畑』を一悟が待つ方へと追い込んでいく。
「止まれ! 岩畑さん、入江さん!」
 『自称岩畑』は一悟の前でたたらを踏んだ。くるりと振り返る。が、その先に御菓子がいた。進退窮まった『自称岩畑』は頭を抱えてその場に座り込んだ。低い唸り声を上げて震える。
「おい、しっかりしろ! 誰にやられたんだ」
 意思疎通できない、と夢見は言ったが、一悟は目の前の哀れな妖に声をかけずにいられなかった。
<「やったのは、岩畑嫁と誰かのつぎはぎ妖なのよ」>
 送受心・改で飛鳥の声が送られてきた。
<「複雑な、事情が、ありそう? でも……」>
<「これ以上の苦痛を与えないように、せめて一撃で倒してあげてください」>
 クソ、と毒づいて立ち上がる。
 一悟は固めた拳に神秘の炎を纏わせると、全力でつぎはぎされた頭を粉砕した。
 御菓子は目蓋を伏せると、カンタから名器タラサを受け取った。
「犠牲になられた方の冥福を祈って、シャコンヌを演奏――声が……女の人のすすり泣きが微かに聞こえます!」
 合流した逝たちも辺りを見る。
「や、おっさんたちには聞こえないな。向日葵ちゃん、どこか教えておくれ」
 御菓子はしばらく耳を済ませた後、人間大の真鍮製カプセルを弓の先で指示した。蓋の隙間から微かに光が漏れている。
 蓋を開けて、息を呑んだ。入江の娘だ。
 布を噛まされた若い女が、豆電球で飾られた赤と黒の細い導線でぐるぐる巻きにされて横たわっていた。左の肘から先がない。
「鼎さん、それ……この人の、腕?」
「ぶー。この人の腕はいま、つぎはぎ女がつけているのよ」

 光っていない豆電球の中にはマッチ棒の先が入ってる。そして瀕死の女の下には白い粘土のようなものが――。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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