一丁前の友情
一丁前の友情



「オレァなぁ、まだ少年だった頃、豆腐小僧に会った事があるんだ」
 山で猟師をしていた小林繁は、子供達に何度もその話をした。
「代々猟師の家系だったから、そりゃ殺した動物達にゃあ恨まれてたわな。『夜の山には決して入るな』は、親父の口癖だった。――野犬が出て危ないとか、そんな事を言ってんだと思ってたんだ」
 だが、ある日。山を降りるのが遅れた。
 父親には内緒で、1人でも猟が出来ると示したくて、猟銃を持ち出した。
 上手く出来ず、意地になって猟をしたのが原因だった。
「暗い山ん中で、目を光らせたのは野犬なんかじゃあなかった。あんな恐ろしいモンは初めて見た。首や、足が変な方向に曲がったり取れかけた鳥や猪。狼も狐も、鹿も兎も。一部が腐ってたり、目が飛び出していたりな。オレ達猟師が昔から猟をして殺した動物や獣。回収できずに腐り、他の獣に食われた哀れなもの達。奴等が恨みを晴らそうと闇から襲い掛かってくるんだ」
 逃げ惑う間、生きた心地はしなかった。
 繁はいつも、そう話しながらゾクリと身を震わせた。
「逃げ惑いながら、茂みを掻き分け懸命に山道に出た処に、豆腐小僧がいたんだ」
 俺もビックリしたが、あいつもビックリしていたな。
「ヒャアッなんて声出して驚いて、丸盆の上の豆腐が10センチ程も飛び跳ねてたんだから」
 ドジな奴だったなぁ。
 懐かしそうに目を細める。
「お前あいつらより強ぇか?」
 息を切らせ訊けば、化け物達を見た豆腐小僧がぶんぶんと首を横に振った。
「なら逃げろッ!」
 豆腐小僧と石や土、枝に葉に木の実、色んな物を化け物達に投げながら、山中を駆け回って。終いには足を踏み外し、急斜面を転がり川へと落ちた。
「普段なら命取りになるそれが、命を救う事になるんだから……人の命なんて判んねぇもんだと思ったよ」
 流されて。なんとか岸に流れ着いた時には、獣の化け物達は自分の周りには居なくなっていた。
「なんでお前まで流されてんだよ、なんて。懸命に岸に引き上げてくれた豆腐小僧を見て呆れたがな。オレァ足と手の骨を折っちまってたから、動けなくて。豆腐小僧が枝やら葉を探してきて、上手い具合に火を熾してくれたよ。『腹減ったなぁ』なんて言えば、豆腐をくれたな」
 折れた足や腕が治っていくのも不思議だったが、1番印象的だったのは――。
 今まで食ったどんな豆腐よりも美味かったことだ。
「死ぬまでにもう1回くらいは、食いてぇな」
 そう呟けば、火で編み笠を乾かしながらの小僧がにっこりと笑った。
「この山から見渡せる範囲で、見える合図を下さい。そしたら手前、豆腐を運んで行きます」
 約束が実行されるのは、1度きり。
 そう指切りして。
 赤い狼煙を上げると約束した。

「それで、あかいのろしは上げたの?」
「とーふこぞうに会えた?」
 過去に1度だけ尋ねた子等に、「いいや」と首を振って、繁は微笑む。
「今食うの勿体無ぇって、思っちまってなぁ」
 それの繰り返しばかりだったと、山を見上げた。

「今夜が、峠だ」
 父の幼馴染でもある医師のその言葉に、息子の健一は立ち上がる。
 庭へと出て、父親に教えてもらった赤狼煙を上げる準備を始めた。
「何やってんのよ、健一。お父さんの傍にいてあげなきゃ」
 姉の春美がそう言っても、健一は準備をやめない。
「豆腐、豆腐を食べさしてやんなきゃ。父さんの命の恩人を、大切な友達を、呼んでやんなきゃ」
 そうしてやんなきゃ……。
 言葉を途切らせ先を続けられない弟に、姉はツッカケを引っ掛け庭へと降りる。
「バカでしょ」
 そう吐息を震わせ、「他には何用意すりゃいいのよ?」と聞いた。

 赤い狼煙に、「合図がきました!」と眼前の編み笠を僅かに上げながら、着物姿の小僧が笑う。
 豆腐を落とさぬよう走り出して、真っ直ぐ狼煙に向かい駆け出した。
 繁と会った場所に近付いた時。
 木々の影から現れたその気配達が、行く手を阻む。
 何十年も前、自分達を襲った妖達。妖気に憑かれた死体達は、豆腐小僧を忘れていなかったのかもしれない。
「退いて、退いて下さいぃ! 手前はシゲルの所へ……友達の所へ、豆腐を運ばなくちゃならないんですーッ!」
 豆腐小僧の叫びが、山中に木霊した。


「大切な約束が果たされるよう、お力を貸してもらえないでしょうか」
 会議室。夢の内容を話した久方 真由美(nCL2000003)は、覚者達を見回した。
「今回、豆腐小僧さんを繁さんの許に到着させること。これを最優先にして頂きたいんです。何故なら――繁さんの残りの時間は、あまり多くはないからです」
 言って、真由美は瞼を伏せる。
「ですが、簡単な事ではありません。無数の妖達は至る場所から襲いかかり、殺そうとしてくるでしょう」
 しかし全てを相手にし、倒している時間などはないのだ。
「なんとか妖達の攻撃を掻い潜り、繁さんと豆腐小僧さんを再会させてあげて下さい」
 よろしくお願いします、と。夢見は静かに頭を下げた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:巳上倖愛襟
■成功条件
1.豆腐小僧を繁の許に到着させる
2.なし
3.なし
皆様こんにちは、巳上倖愛襟です。
今回は豆腐小僧を護りながら、山を降りて頂く依頼となっております。
宜しくお願い致します。

●現場
月明かりが注ぐ、とある山の中。皆様が駆けつけるのは、豆腐小僧の背後からとなります。
木々が生い茂った山道。道幅は3人が横一列に並べるほど。
勾配はそれほど急ではありませんが、木々に囲まれた山道を駆け下り、進む事になります。
OPに出てきた繁と豆腐小僧が流された川は崖の下にあり、流れも急な為、そこを下る事はお薦め出来ません。

●リプレイ
皆様が豆腐小僧の背後に駆け付けた処から始まります。既に20体の妖達が、豆腐小僧の正面や上空にいます。

●敵 生物系 全てランク1 
数は50体以上(リプレイに登場する数は皆様の作戦内容によって変動します)
山道の途中、別々の地点3ヶ所で、数十体ずつ登場します。(1ヶ所目に、現在豆腐小僧がいる事になります)

○獣類&鳥類
・『体当たり』 物近単 敵へと体ごとぶつかり、ダメージを与えます。

・『咆哮』 特遠列 大きな声で咆哮し、ダメージを与えます。

・『噛み付き・突っつき』 物近単 敵に噛み付き(突っつき)、ダメージを与えます。【出血】

※ある程度(1~3回位の攻撃命中)のダメージを受けると倒れ(鳥類の場合は落下し)、10秒間動きを止めます。10秒経つと、再び攻撃を始め、追いかけてきます。(追いかけてくるのは、山の麓まで)
何人かが足止めをする。一斉に攻撃をする。などの対策が必要です。


●豆腐小僧 古妖
頭に竹の笠をかぶり、丸盆に乗せた豆腐を手に持った、子供姿の古妖。性格はお人好しで気弱、軟弱で滑稽なところあり。
攻撃手段は持たず、落ちている石や枝を投げる程度。足の速さも小学生の子供程度。
お人好しの為、助けに来たと少し説明すれば、すぐに信じます。


●小林繁 58歳
少年だった頃に、豆腐小僧と出会った事のある元猟師。
幼馴染の医師に見守られる中、病気により命の灯が消えようとしています。
豆腐小僧とその時食べた豆腐の思い出は、今までとても大切にしてきました。


●小林春美(27歳)&健一(25歳)
繁の子供たち。庭で赤い狼煙を上げています。
母親は既に他界。父と豆腐小僧の再会を、強く願っています。


●相沢 悟(nCL2000145)
『B.O.T.』『火柱』『火炎弾』『双撃』『演舞・舞衣』『医学知識』『マイナスイオン』を活性化しています。
リプレイでは最低限描写。文字数がヤバい時は登場なし。登場しない場合も、判定には組み込みます。
指示がある場合、『相談ルーム』にて【悟へ】とし、指示をお書き下さい。(プレイングに書く必要はありません)


以上です。

今回は、皆様がお決めになる作戦が最も重要となります。
ご参加下さる人数にもよりますが、
「ここは俺達に任せて、お前達は先に行け。後で追いつく」
などの展開や、
【全員で襲い掛かる妖達を蹴散らしながら、颯爽と山道を駆け下りる】
などの展開も可能かと。
(勿論、他の作戦でも全然オッケーです)
格好よく決めて頂きたく存じます。

それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
サポート人数
2/2
公開日
2017年09月03日

■メイン参加者 6人■

『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『ちみっこ』
皐月 奈南(CL2001483)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

■サポート参加者 2人■

『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『地を駆ける羽』
如月・蒼羽(CL2001575)


 ――小さな頃の思い出を叶えてあげてあげたいと言う息子さん達の気持ち、分かります……。

 『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)は、胸の前、キュッと己の手を握る。
「私も豆腐小僧さんを繁さんに会わせてあげたいです。その為にも、皆さん頑張りましょう、ね……!」
 頷く仲間達の視線の先には、着物姿の小さな背中。
 その上空にいる妖達へ――まずは宣戦布告のように。
 轟きながら、緒形 譟(CL2001610)の発生させた雷が落ちた。
 澄香は黒き翼を広げ、同じく妖鳥達に向かう。仇華浸香で、2体を地面に墜落させた。
「ちょっと待った!」
 豆腐小僧と地上にいる妖達の間に割り込んだ『幸福の黒猫』椿 那由多(CL2001442)は、掌を突き出したままで妖達へと啖呵をきる。
「大切なお友達に、逢いに行くこの道のり。邪魔させてたまるもんですか」
「その、通りッ」
 同じく割り込んだ『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)は、那由多を追い越し、獣達へとその身を裂くが如く蹴りを叩き込んだ。
 クルッとそのままの勢いで振り返った彩吹に、豆腐小僧が一瞬、「ひぃ」と怯えた顔をする。
「小林繁さんの友だちで合ってる? 彼が……彼の、家族が、君を呼んでいる。迎えにきたよ……」
「シゲル!? シゲルを知っているんですか?」
「豆腐小僧さん、私達は貴方が繁さんに会う為のお手伝いに来ました」
 彩吹と澄香の言葉に竹笠を上げた小僧へと、「時間がない、一緒に来て」と彩吹が微笑み掌を差し出した。
 驚きながらも、豆腐小僧はキュッとその手を握る。
「豆腐小僧さん、うちらがちゃんと繁さんの所まで、お守りします。やから、繁さんに、この美味しいお豆腐……届けましょうね」
「はい!」
 那由多の言葉に嬉しそうに笑って、「皆さんよろしくお願いします」とペコリ頭を下げた。
「私達で周囲を満遍なく守れる位置を意識して、走るというのはどうでしょうか?」
 前を見据え言った『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)に、「それが良さそうですね」と澄香が豆腐小僧を見つめる。
「本当は、味方ガードで守りながら移動したいですけれど。走りながらの味方ガードは難しいかもしれません。なるべく私達も守ります。豆腐小僧さん、頑張って下さいね」
 はい、と頷き澄香達を見上げた豆腐小僧に、「あのねぇ」と『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が問いかける。
「昔、豆腐小僧ちゃん達を襲った妖ちゃんはこの中にいる?」
「いっぱいいますぅ」
 その答えにコクリと頷いて。奈南は『雷獣結界』を発動させた。
「わかったよぉ! 狙うはなるべくたくさん! だねぇ!」
「よしと。それじゃ皆、行くさね!」
 戦闘開始、と1歩を踏み出した事で反応した妖獣達へと、緒形 逝(CL2000156)が地烈を放つ。
 逝の連撃後には、続く奈南の烈空波。
 倒れた妖獣達の間を、一気に覚者達は駆け抜けた。
 10m移動した地点で、クルリと奈南と逝が振り返る。
 切り裂くように響く咆哮、渾身の体当たり。
 倒れずに済んだ、妖達からの攻撃を、2人で受けた。
「ごめん、任せる」
「ちゃんと後から、追いついてきて下さいね! 待っとるから!」
 言った彩吹と那由多に、2人が頷く。
「任せて! なのだ!」
 奈南の元気よい声に背を押されるように、駆け出した。
「クソ上司、先行くんで後はヨロシク!!」
 言い捨て駆ける譟を、逝が肩越しに振り返る。

「クソ上司ー、暇ならメシ食いに行こうず!」

 本当に。すぐ其処まで、くらいの軽い調子で。今回の依頼に誘ってきた。
「クソ上司の好きなの食い放題っすよ」
 笑いを含み言って、「それと」と真剣なものへと声音を変えた。
「それと、豆腐小僧は駄目だ。あいつ約束を守るんだ、って言ってた。オレ等は、あいつを無事に届けなきゃなんねえんだ。――そうだろクソ上司……安価は絶対!!」
 あの時の譟を思い出し、逝はフルフェイスの中で小さく笑う。
「やるじゃない、部下」
 良いわよ、手伝うさね。――そう、迷いもせずに引き受けた。
 逝は妖達へと向き直り、地を這う軌跡から敵達を跳ね上げる。
 その隣では奈南が、空を切り裂くような鋭き気弾を、妖達へと掃射していった。

 ――おじいちゃんと豆腐小僧ちゃんのお話に、ナナンは感動しちゃったのだ!
 だから絶対、豆腐小僧ちゃんをおじいちゃんの所まで、送り届けるよぉ!


 豆腐小僧の手を引き走りながら、彩吹は状況を説明する。
「繁さんの子どもたちが、お父さんの友だちを呼ぶんだって、あの狼煙の下で待ってる。だから私たちも、何が何でも君をあそこまで届ける」
 木々の隙間から見えるその先に、赤い狼煙が時折覗いていた。
「シゲルも一緒に、狼煙を上げてますか?」
 無邪気に問うてくる小僧に、彩吹は掴む手に力を込める。
「いや、繁さんは……。ともかく、急ごう」
 不思議そうに彩吹を見上げた豆腐小僧を、早く連れて行ってあげたいと、その思いで澄香は辛く見ていた。
(飛べば早いかもですが……)
 しかしここで飛んで別の妖に見つかってしまってはと、そう思える落ち着きも維持していた。
「でも優しい思い出と約束だね。こんな風に人と古妖が触れ合うこともできるんだ……」
「はい。シゲルの子供達……手前、会うの楽しみです」
 彩吹との会話にほわり笑んで、その拍子に小僧は蹴躓く。「ヒャァッ」と落としそうになった豆腐の盆を横から支えて、那由多がふふっと笑った。
「はよぉ着く為に走るの大変ですけども、がんばって下さいね」
「はい、おそれ入ります」
 ペコリと、豆腐小僧が頭を下げた。
 『鋭聴力』で敵との距離を、『危険予知』で山道に危ない物がないかを探りながら駆けていた譟は、時折仲間達より前に出る。
 道へと突き出す木の枝や葉を『5061式スレッジシャベル』で手早く取っ払い、動き易くしていった。
「どうやら次が、お出ましのようだぜ!」
 薮や枝葉を揺らす音が、羽音が、仲間達の耳に届く前に譟が声をかける。
 事前の敵の接近把握は、仲間達に最善の体勢を取らせる。そして現れた敵を薙ぎ払い、妖達の間を抜けた。
 複数の咆哮が覚者達を襲い、豆腐小僧は1度足を止めた澄香がガードする。
 ザザ――ッと。
 今度は那由多とラーラが立ち止まり、妖達を振り返った。
「ここは任せて、後からちゃんと追いつきます!」
 背中を向けたまま。仲間達へと那由多が伝えれば、澄香が願いを込め声をかける。
「危なくなったら逃げて下さいね……!」
 頷く2人にこの場を託し、豆腐小僧と残りの仲間達が再び駆け出した。
 それと同時に、スッとラーラが妖達の方へと一歩足を進める。
 ラーラが狙ったのは、なるべく多くの敵を認識出来る場所。
 木々に邪魔されず、遠くまで見渡せる。そして夜空に伸びる枝が、上空を飛ぶ敵を遮らぬ――そんな位置。
 去り行く仲間達を振り返れば、心配そうな豆腐小僧と目が合った。
「何十年も前の約束を果たしに……素敵なことだと思います。人間同士であってもこうありたいものです」
 この声は、彼には届いてはいないだろうけれど。豆腐小僧へと安心させるように微笑んで、20体はいるだろう妖達と相対した。
(繁さんにお豆腐を食べさせてあげたいのはもちろんですが、こうして危険を顧みずやってきてくださった豆腐小僧さんを危ない目にあわせるわけにはいきません)
「妖さん、ここから先は進入禁止ですよ?」
 ラーラが出現させたのは、暴れ狂う紅き炎の奔流。咆哮するように頭を振った怒れる炎獅子が、敵達を襲っていった。
 幾体かの妖鳥が地上へと落下し、妖獣が倒れる。
「この場ぁは、うちら2人がお相手しますよって。残念やけど、ここから先へは通さへんよ」
 那由多が飛ばした水礫が命中し、妖鳥が1体、地へと落ちた。
 しかし水礫は、単体しか敵を狙えない。攻撃を免れた妖達が、豆腐小僧達を追いかけようと進行した。
 懸命にブロックしながら、那由多は悔しく唇を噛む。2人のブロックを躱した妖5体が、仲間達を追って行った。
「あ……」
 金色の瞳が、揺れる双眸が、遠ざかる敵達の後ろ姿を追う。
「……大丈夫ですよ」
 聞こえた声に、ハッとする。
 顔を向ければ、隣でラーラが笑顔を浮かべていた。
「今、此処にいるのは私達2人だけですけれど。戦っているのは、2人だけではないですから」
 ――皆が信じてくれたのと同じだけの信頼で、私達も皆を信じましょう。
 FiVEの覚者達の戦いは、いつだって、そうである筈だから。

「妖ちゃん達の匂いなのだ!」
 ワワンのかぎわけるを使う奈南が鷹の目で状況を確認し、大きく声を発した。
「逝ちゃん、急ごう!」
 足止めしていた妖達を背後に引き連れ、那由多とラーラがいる地点へと急ぐ。
 雷獣結界もなく、2人だけで。
 懸命に敵達を足止めしていた事が判る。それは1度倒れ、命数を使い立ち上がっていた2人の姿を見ても、明らかだった。
 逝は「激痛くらいは我慢おし!」と透瘴による回復を真っ先に行い、奈南は攻撃を受けても雷獣結界を張る事を優先した。


――ザザザザザッ。
 靴底で地面を擦りながら振り返った譟は、妖達と対峙する。
「そら、対閃光準備! ぶっちゃけ直視すんな!」
 相沢悟(nCL2000145)が「了解ッ」と滑りながらもなんとか体勢を整えたのを確認し、閃光手榴弾を投擲した。
 到る所で閃光した手榴弾でスピードを落とした敵達へと、『地を駆ける羽』如月・蒼羽(CL2001575)が『雷獣結界』を展開させる。
「いっておいで」
 背後に庇うようにしていた、彩吹と澄香を振り返った。
 優しい笑顔に頷き応え、二対の黒翼が大きく開かれる。豆腐小僧は、澄香が抱き上げた。
「ここからは、一直線に向かいます。豆腐小僧さん、しっかり掴まってて下さいね。飛ばしますから……!」
 はい、とギュッと澄香の肩口の服を握った豆腐小僧が「ふわぁ……」と飛び上がる感覚に声をあげる。
「赤い狼煙が、よく見えます……」
 地上では、譟を中心に妖達を足止めしていた。
「オレは召雷をメインに鳥系の妖を叩き落とす、相沢は獣系の方を頼むぜ!」
「はい!」
 結界を免れ澄香達を追った妖鳥2体を、「あっ」と悟が振り仰ぐ。
「心配ないよ」
 視線では妖達を追いながらも、蒼羽は穏やかな口調で告げていた。
「彩吹がいるからね。追いかけていった、妖達の方が気の毒なくらいだよ」
 ――ひとりも逃すなとの厳命だったんだけど……そこは残念だな。
 にこりと笑う顔は、いつもの人好きのする笑顔。
 けれども先程とは、まったくの別物。
 夜空の星が落ちたのかと思える程の――輝く光粒が、幾つも落下し妖達を襲う。
 光が浮かびあがらせたのは、妖達が怯えるべき笑顔だった。
 飛行しながら、彩吹は妖鳥達を己へと惹き付ける。
「空中戦ができるのはお前達だけじゃない」
 バズヴ・カタの切先で妖鳥達を指し示し、宣言した唇が弓形に引き上げられた。
 エアブリットを叩き込めば、命中した1体の嘴が彩吹を襲い、もう1体は彩吹を抜ける。
 それにはすぐさま、澄香が反応した。体当たりしようとする妖鳥から豆腐小僧を庇い、己の背中を向ける。
「あ……」
 衝撃に抜け落ちた幾本かの黒羽根に、豆腐小僧が泣きそうな顔をする。その瞳は、戦闘が行われている山道へも注がれていた。
「最初で最後の、友達同士の再会。絶対に邪魔はさせない!」
 彩吹の鋭き蹴りが、妖鳥達を襲う。落ちてゆく妖に、澄香は力強く翼を羽ばたかせた。
「豆腐小僧さん、私も心配です。けど……みんなならきっと、大丈夫と信じているんです……!」
 急ぎましょう、と澄香は彩吹と共にスピードを上げた。
「こちとら補給と戦闘補助専門の工兵だが戦えない訳じゃねえ! つか、戦えなかったらクソ上司に殺されてるしな!」
 譟が落とした雷に、何体かの妖鳥が落下する。
「誰に殺されるってぇ?」
 聞こえた台詞と同時――繰り出された逝の連撃に、妖獣達が跳ね上がる。
 合流した仲間達の背後には、追いかけてきた妖達。
「妖ちゃん達と鬼ごっこしてきたのだ!」
 ナナンは大忙し! とペースを崩さぬ奈南は頼もしく、まるでこの戦いが楽しい事のようにも思えてくる。
 小さく笑った蒼羽が敵達へと光の粒を降らせ、那由多は仲間達へと潤しの雨を注がせた。
 道を塞ぐように相対した妖達から、那由多は瞬刻、背後へと視線を向ける。
 彩吹や澄香の姿は、木々が隠してもう見えない。
(全ての妖を惹き付ける事は出来んかったし。――こうしてる間にも……)
 焦る気持ちが心を埋め尽くしそうになる中、脳裏に甦った2人の姿に、「ううん」と首を振った。
 ――焦りは禁物、冷静にならんと……。
 目の前の敵達を見据えた那由多の口許には、ゆっくりと、緩やかに笑みが浮かぶ。
 甦った2人の顔も、ちゃんと笑っている。――大丈夫、と。冷静さを取り戻していった。
 そんな那由多に奈南は『命力分配』で生命力を分け与え、ラーラはペスカから金の鍵を受け取る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 封印解かれしは、資格ある者以外はその封印を解く事すら許されない『煌炎の書』。
 現れた炎の奔流が、紅き獅子へと姿を変える。蹂躙した獅子に、何体もの妖が地へと崩れていった。


「本当に、来てくれた……」
 声を震わせ呆然としている春美と健一に、「お父さんに会わせてあげて」と澄香と共に着地した彩吹が告げる。
 そうして、笑顔で豆腐小僧の背中を押した。
「待っているよ。いっておいで」
 ペコリと頭を下げた豆腐小僧が、「シゲル」と友の名を呼び、子供達と縁側から部屋へと入る。
 布団の傍らに座った小さな背中を見届けて、澄香は再び翼を広げた。
(皆さん、無事でいて下さい……)

「戻って来たか」
 鋭聴力で澄香と彩吹の羽音を聞き分けた譟は、仲間達を鼓舞する。
「よっしゃ皆、あとひと踏ん張り堪えるぜ!」
 一番消耗している奈南へと、譟が大填気で気力を回復させた。
「遅くなりました。皆さん大丈夫ですか?」
 言葉と共に、澄香の息吹き感じる大樹の雫が仲間達へと浸み込んでゆく。合流した澄香と彩吹に、那由多は小さく「ほっ」と息をついていた。
「良かった」
 笑み零し、水礫を放つ。
「まだ友だちの再会を邪魔するつもりなら相手をするが?」
 眼前の敵達をヒタリ見据えて、彩吹が鋭き蹴りを叩き込んだ。

 大きく放たれた幾重もの咆哮、無茶苦茶に身を翻し挑んでくる体当たり、皮膚を切り裂く突っつきに、肌に食い込むほどの鋭い噛み付き。

 それらすべてを、覚者達は耐え切る。
「豆腐小僧ちゃんが無事に帰れる様にも――」
 倒れても、しばらくすれば立ち上がる妖達。今、完全に倒す事は出来ない。
 それでも、と奈南はホッケースティック改造くんを強く握る。
「倒せるだけ倒していきたいよねぇ!」
 放たれた烈空波に続き、仲間達の攻撃が次々と、妖達を襲っていった。


 妖達が倒れている間に、覚者達は山を駆け下りる。
「豆腐小僧は間に合ったか?」
 頷いた彩吹の隣で、澄香が仲間達へと提案した。
「繁さんの家へ、戻りましょう」
 どうぞお入り下さい、と春美に迎えられ、覚者達は繁が寝ている部屋へと案内される。
「おじいちゃん、豆腐小僧ちゃんのお豆腐で、少しでも元気が出てるといいんだけど……」
 奈南の願いに応えるように、繁が布団の中で目を開けていた。
「悪いが、一足先に、戴いたよ……」
「シゲル、シゲル。彼等が、手前をシゲルの処までつれて来てくれました」
「……間に合って、良かった」
 那由多の言葉に豆腐小僧が「はい」と笑顔で頷いて、繁が覚者達へと視線を向ける。
「美味い豆腐食えたから、こうしてあんたらの顔も、子供等の顔も、幼馴染の顔も、懐かしい友達の顔も、最期に見る事が出来た。……あんたらの、お陰、だ。――……ほんと、うまかった、なぁ……」
 ありがとう、と。
 その言葉は掠れて、声にはならなかったけれど。覚者達の耳には、静かに瞼を閉じた繁の声が、確かに聞こえていた。
 幼馴染でもある医師が脈を確かめ、臨終を伝える。健一が、震える手で父の両手を組み合わせた。
「えぇーん!」
 皆が繁を見守る中、奈南の目からは涙が溢れ出す。止まらぬ奈南の涙に、春美が少女の頭を撫でていた。
「泣かないで。父は、幸せに逝けたんだから」

 ――あなた達のお陰で。

 笑んだ春美の唇が、震えている。
「わぁーん!」
 2人は抱き合って、互いに肩を震わせ続けていた。
「人と古妖、こやって素敵な関係の人たちもおるって、ええものなのかも、知れやんなぁ……。不思議と、幸せな気持ちにさせて貰いました……」
 那由多の言葉に、豆腐小僧が「はい」と見上げてくる。

 覚者達が与えてくれた、2人の時間。
 少しの会話も楽しくて、あの夜に2人、戻ったようだったと笑った。

「ありがとうございました。手前、シゲルの命に間に合いました」
 ペコリと覚者達へと頭を下げた小僧の前で、豆腐がプルルンと揺れる。
「帰ったら、豆腐のお味噌汁作ろかな」
 零れ落ちようとする涙を拭い、那由多は仲間達と共に微笑みを浮べた。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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