体重があっという間に増えました
体重があっという間に増えました


●乙女の闘い、始まる!
「水着……」
 篠原勝美は迫りくる夏の季節に緊張感を高めていた。
「水着……!」
 大学に入って付き合い始めた彼。その最初の夏。性格的に海に行こうと誘ってくることは確定で、そうなると水着を着なければならない。だが――
「少し……お腹周りが厳しいかも……!」
 鏡を見て陰りを見せる篠原。気になるほどではないが、一分の隙も許せないのが乙女心。夏本番までにXキロ痩せると意気込み、ジョギングをベースとした運動に取り組む。学業と生活に支障のない程度に時間を切り詰め、目標まであと一歩、という時に事件は起きた。
「勝美、ケーキとか食べてダイエット大丈夫なの?」
「順調順調! これぐらいは自分のご褒美よ」
「まあケーキ一つぐらいならねぇ」
 休日に友人と喫茶店で歓談中、ついついケーキを一つ食べてしまったのだ。別にこれぐらいなら何ら問題はない。むしろ報酬効果という意味で精神的にもプラスである。
 だが――
「なんで……体重が増えてるの!?」
 昨日まで順調に減っていた体重が、驚くほどに増えているのだ。それだけではない。お腹周りの脂肪も膨れている。リバウンドどころの騒ぎではない。ケーキ一つで、どうしてこんなに!?
 驚く篠原の肉体はどんどん膨れ上がる。お腹の脂肪は増え続け、だらしなく垂れていく。手足もぶくぶく太り、見る間に巨大化していった。
「やだぁ、これじゃあ水着なんか着れないじゃないのよー!?」
 それどころではない状況だが、篠原はパニックに陥り近くにある者に当たり始めた。その力は覚者も驚きというほどのモノで、叫ぶ声は雷鳴の如く周囲に響き渡る。そのまま彼女はわけもわからず部屋から飛び出した。
 これが超常現象であることは火を見るより明らかだ。ではその正体はというと――

●FiVE
「寝肥(ねぶとり)ですね」
『安土村の蜘蛛少年』安土・八起(nCL2000134)は夢見から渡された資料を見て、そう判断した。あまりなじみのない単語だ。
「古妖……というよりは病魔の類です。女性に取り憑いて、その身体を肥満体にさせるとか。『百物語』では不摂生に過ごす女性に取り憑くと言われていますが……」
 たった一回の気のゆるみ。それに取り憑いたというなら酷い話だ。安土も同意見なのか頬を掻きながら説明を続ける。
「今回の場合は不摂生というレベルでもないので、分離させることは簡単です。ただ、暴れまわっているのを止めないといけませんので……」
 パニック状態に陥った篠原は、むやみやたらに暴れまわっている。肥大化して重量を増した肉体の一撃はただの人間が受ければ大怪我だし、叫ぶ声も間近で聞けば厄介だ。被害を押さえるうえでも、一度大人しくさせるしかない。
「彼女と寝肥を分離すればすぐに体重は戻ります。心苦しいかもしれませんが、お手伝い願えませんか?」
 古妖からすれば、自分の性質に従った行動だ。だがそれにより予想以上の被害を生みだすのは安土も本意ではない。古妖と人間の軋轢を増やすのは、FiVEとしてもよくはないだろう。
 覚者達は頷きあい、会議室を出た。




■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:どくどく
■成功条件
1.寝肥の打破
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 夏ということで、このような依頼を。

●敵情報
・寝肥(×1)
 ねぶとり。古妖。体は大学生女性(元の体重はごにょごにょ)ですが、身長二メートル、体重百九十八キロまで増えています。脂肪でぶよぶよしており、それが天然の鎧となって物理攻撃を吸収しています。
 また、五ターンごとに『イビキ』を自分の傍に一体場に呼び出します(行動には含みません)。
 HPを0にしたら、寝肥と取り憑かれている女性を分離できます。

・攻撃方法
腕を振るう 物近列   力任せに腕を振るいます。【二連】
突き出し  物近単   思いっきり腕を突き出します。【ノックB】
突撃する  物近列貫2 突撃し、その体重をぶつけます。【反動1】(100%、50%)
喚いて叫ぶ 特遠全   理不尽な状況に泣き叫びます。【ダメージ0】【混乱】
肥満体    P    非常識なまでの脂肪が柔らかくダメージを吸収します。物防上昇。
体重増加   P    四ターンごとに体重が増加し、物攻と物防上昇。速度下降。

。イビキ(×3)
 寝肥の叫び声から生まれた音の残響です。分類するなら古妖。
 自我などはなく、しばらくすると消滅します。

・攻撃方法
不快な音 特遠全 不快な音を響かせます。【ダメージ0】【弱体】
耳を打つ音 特遠単 音を一点に集中させ、衝撃を与えます。
残渣     P  発生から10ターン後に戦闘不能になり、消滅します。

●NPC
・篠原勝美
 寝肥に取り憑かれた不幸な大学生です。
 よほどのことがない(プレイングで明確に殺意を示さない)限りは、戦闘行為で彼女の体に傷が残ることはありません。

『安土村の蜘蛛少年』安土・八起(nCL2000134)が同行します。
 結界はって人をこないようにさせたり、蜘蛛糸で拘束したりと雑務をこなします。戦闘も指示があれば参加します。


●場所情報
 篠原が借りているアパート前。時刻は夕暮れ。広さと明かりは戦闘に支障なし。人が来る可能性は、アパート前なのでそれなりに。
 戦闘開始時、敵前衛に『寝肥』が、中衛に『イビキ(×3)』がいます。『イビキ』は発生から二ターン経っています。
 急いでいるため、事前付与は不可とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年07月22日

■メイン参加者 8人■

『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『ぬばたまの約束』
檜山 樹香(CL2000141)
『鬼灯の鎌鼬』
椿屋 ツバメ(CL2001351)
『ファイブブラック』
天乃 カナタ(CL2001451)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


「全く恐ろしい古妖が存在したものですわね」
 力士のように太った篠原を見ながら『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)は恐怖に慄いた。僅かな不摂生と、気のゆるみ。そこに取り憑いた古妖。それがこのような結果を生みだすとは。今すぐ助けてあげなくては。
「どんな理由があるとしても、女の子の体重を増やすだなんて許せないです!」
 怒りを露わにして叫ぶ『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)。女性がどれだけ体重を気にしているか。それを想えばこの怒りも当然だ。古妖の性質的なものとはいえ、見過ごすわけにはいかなかった。
「古妖が本分を全うしたが故のことのようですが……何とも見ていられません」
 暴れるたびに贅肉が揺れる被害者を見ながら『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は沈痛な表情を浮かべる。夏にセミが鳴くように、寝肥は不摂生な女性に取り憑く。悪意などないのだろうが、見てられない。
「折角の彼女の頑張り、早く倒して自信を付けてやりたい所だ」
 神具を構えて『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)が寝肥に取り憑かれた女性を見る。たった一個のケーキから発生した事態。それがこれまでの努力を無に帰すなどあっていいはずがない。
「体重が増えていくなんて女性にとっては二重の悪夢だよ」
 今なお増え突ける被害者の脂肪。それを見ながら『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は構えを取る。篠原は古妖の被害者だ。早くそこから解放してあげなくては。荒事は専門外だが、そうも言ってはいられない。
「ケーキ一つだけで取り憑かれるというのは……パニックになるのも無理はないでしょうね……」
 ため息を吐くように上月・里桜(CL2001274)は肩をすくめる。寝肥も他に取り憑く人はいなかったのだろうか、と思いながら戦闘の姿勢を取っていく。古妖さえ分離できれば体形は元に戻る。早く解決してあげなくては。
「しかしなんとまあ、まさに肉壁、といった感じじゃのぅ……」
『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)は篠原の姿を見てうむぅ、となった。ただの女子大生がここまで大きくなろうとは。寝肥と呼ばれる古妖の恐ろしさを感じ取っていた。動きは鈍重だが、防御力は高そうだ。
「女子ってこの時期大変なんだな」
 唯一の男性である天乃 カナタ(CL2001451)は女性達の怒りと沈痛な声を聞きながら一人頷いていた。水着を着るためにそこまで努力が必要とは。それが古妖に取り憑かれてこんなことになろうとは。さすがに可哀そうすぎる。
「わーん! こんなんじゃ水着なんか着れないよぅ!」
 暴れまわる篠原。古妖が取り憑いたことによる肉体強化。それは覚者とはいえ侮ることはできない。生み出された不快な音の残渣も覚者達を認識したのか襲撃の準備に移っていた。
 乙女の危機を救うため、覚者達は神具を握りしめ戦いに挑む。


「乙女の体重をもてあそんだ罪は重大、罪は明白、罪は許し難しです」
 最初に動いたのは結鹿だった。女性にとって体重がどれだけ重要なものなのか。そしてダイエットの合間に食べる甘い物がどれだけ大事なのか。それを理解しない寝肥に慈悲はない。天誅をくれてやると神具を構えた。
 真正面に立ち、大きくなった篠原の前に立つ。足元から浮かび上がる氷の粒。それが結鹿の剣に纏わりつく。城の結晶が螺旋を画いて剣に纏わり、白く鋭い槍となる。真っ直ぐに地面を蹴って、貫けとばかりに寝肥に突き刺した。
「死をもって、その罪を償いなさい!」
「いや。殺すのはやりすぎだから」
 クールに怒りをいなすツバメ。怒りはもっともだが、分離すれば元に戻るのだからそこまでしなくても。とはいえ先ずはおとなしくさせないといけないのだから、畳みかけることに異存はなかった。
『大鎌・白狼』を構え、戦場を見やるツバメ。目の前には寝肥。その背後には古妖が生み出した音の残渣。第三の瞳で寝肥の動きを制限しつつ、その後ろの音の残渣に狙いを定める。一閃する鎌が残渣を切り裂き、形なき肉体を削っていく。
「三度程切れば消せそうだ。元々不安定な状態だから、こんなものか」
「でしたら、早々に退場してもらいましょう」
 ツバメの言葉に頷いて応えるいのり。基本的に回復主体で動くつもりだが、早く戦いが終わるならそれに越したことはない。幸いにしてまだ皆の傷は深くはない。寝肥を倒して、被害者を解放しなくては。
 蜻蛉のような見た目の杖を振るい、いのりは力を籠める。赤の雷光が杖の先に集まり、一瞬にして戦場を駆け巡っていく。風のように駆け抜けた雷撃は矢のようにイビキを貫いていき、雷撃の消滅と共にそれらを消滅させた。
「今ですわ。一気に勝美様に攻撃を仕掛けましょう!」
「ええ。任せてくださいっ!」
 ここが攻め時とラーラが神具を手にして攻勢に移る。古妖の所業自体に怒りはあるが、古妖そのものには怒りはない。寝肥はそういう習性の古妖で、偶々不幸が重なっただけだ。まだ取り返しはつく。
 書物の神具を手にして前世との絆を深めていく。ラーラの知らない知識や経験が流れ込み、それとラーラ自身の知識と経験が融合する。赤く大きく燃える炎。その炎から小さな火の弾丸が連続で放たれた。魔女の火矢が寝肥の身体を穿っていく。
「やはり源素の力は堪えるみたいですね」
「それでしたら、私も」
 術符を両手に構え、里桜が頷く。肥大化してく脂肪により、物理的な攻撃は少しずつ寝肥に効き辛くなっていく。攻撃を仕掛けるなら源素による術式で。薄い桜色の髪をかきあげて、戦場に一歩踏み込んでいく。
 練り上げる源素は土。堅牢な盾となると同時に、硬き槌となる母なる大地。その力を細く鋭く練り上げる。里桜の攻撃の意志に応じて大地が隆起し、寝肥の近くから鋭い槍が突き上げる。槍は古妖を縫い留め、その動きを封じていく。
「篠原さん。今しばらくのご辛抱です。すぐに戻してあげますから」
「そうじゃな。しばらく我慢してくれ。ワシらが助けてやるから」
 乙女の黒髪の如く美しい刀身をもつ薙刀を手に樹香が篠原に迫る。高質量となった寝肥は、薙刀の刃も易々と通しはしないだろう。だがそれは戦いを諦める理由にはならない。覚者として人を救うため、凛として挑む。
 自分の身体を軸に薙刀を回転させる。刃は厚い脂肪を薙いだのみ。しかし樹香の狙いは薙刀の先に付けてある植物の種。傷口に付着した種は木の源素を受けて急成長する。棘が出血を促し、古妖の動きを制限する。
「困った人を救うのが、ワシ等の役目じゃ」
「そうだね。ボクらの力はこのためにあるんだ」
 妖精から授かった結界術を展開する理央。騒動を聞きつけて人がやってくるかもしれない事を考慮しての行動である。一手番遅れることになったが、これで人が来る可能性は皆無となった。篠原も今の体形を誰に見られたくないだろう。
 後衛から戦場全体を見やり、仲間の負傷具合を確認する。同時に水の術式を展開し、癒しの術を展開した。脳内にある様々な戦いの札。それは癒しだけではなく攻撃の手段もある。最適のタイミングで最適の行動を。行動の広さこそが理央の最大の武器だ。
「気力が切れそうになったら早く言ってね」
「あ、じゃあお願いしような。この技使うと、結構疲れるし!」
 尽きそうになってきた気力を考慮してカナタが手をあげる。普段は回復を行うカナタだが、今回は攻撃に回っている。少しずつ肥大化していく寝肥の脂肪。それにより増していく防御力。速攻で片を付けないと危険と判断しての構成だ。
 カナタは大きく深呼吸し、意識を集中する。寝肥を中心に範囲五メートルほどの空間を強く意識した。源素の解放と共にその空間内を荒れ狂う水の螺旋。それは水の竜巻。源素により生み出された疑似の渦。激しい水流が古妖の体力を奪いとっていく。
「姉ちゃん大丈夫かー? 水着の為にもう少し頑張ってくれよー」
 語り掛けるカナタ。しかし返事はない。それはパニック状態に陥っているからか、古妖に取り憑かれているからか。ともあれ今は沈静化させるのが最善の手だ。
 激化していく戦い。しかし覚者達は恐れることなく神具を振るう。


 覚者達は自然と増えるイビキを叩きながら、寝肥を叩いていた。
 それは敵の数を減らし、被弾率を下げるという意味では最良の作戦である。しかし同時に寝肥への攻撃回数が減り、戦闘可能な時間が増えることになる。そしてそれは時間経過により太っていく寝肥に少しずつ有利に傾く。
「わああああん!」
 パニックに陥った篠原の腕が振るわれ、重い突撃が覚者達を襲う。
「きゃあああ!?」
「む。流石に重いのぅ」
 前で戦う結鹿と樹香がその一撃を受けて、命数を削られる。
「いのり達が必ず元に戻しますから、落ち着いて下さいませ!」
 戦いながら篠原に語りかけるいのり。その声が届かないのかパニックが収まる様子はない。それでも構わずに声をかけ続ける。必ず元に戻す。それは誓い。時折飛んでくる一撃に負けぬよう、奮起するように声を張り上げる。
「体重が増えたのは、寝肥という古妖が取り憑いたせいで、分離すれば元に戻りますよ」
 いのりと同じく里桜も篠原の心に直接語りかけていた。パニック状態の精神で理解できるとは思っていないが、それでもパニックが和らいだ後にショックを受けないように。土の槍で足止めしながら、優しく言葉を告げる。
「さっきより強めに攻めさせて貰うぞ」
 体内の炎を燃やし、ツバメが走る。狼の紋章がついた大鎌が戦場を走る。それは狼が狩りをするように素早く、そしてしなやかな動き。最低限の動きで鎌は古妖を傷つけ、最大限の威力で刃が突き立てられる。
「ケーキ一つで体重が激増……それは確かに混乱もしますし泣き叫びたくもなりますよね」
 炎で古妖を攻めながら、ラーラは篠原の身を案じていた。ケーキの誘惑から生まれた悲劇。甘い物が好きなラーラにとって、寝肥は恐怖の一言だ。一度だから分離も可能だが、回数が増えれば分離が難しくなる。なんて恐ろしい。
「世の女の子がどれだけ体重を気にしていると思ってるんですかっ! そして女の子にどれだけケーキが大事かわかっていませんねっ!」
 乙女の代表として寝肥に抗議する結鹿。その怒りを水の術式に変化させて、古妖に叩きつける。どのような理由が在れど、女性の体重を増やすなど許しておけない。言葉と共に叩きつけられた氷柱が古妖を貫く。
「妖薙・濡烏よ、共に」
 神具の名を呟き、敵前で構える樹香。相手と歩いてすれ違うように動きながら、ふわりと薙刀を振るう。樹香の黒髪が戦場の風を受けてそよぐ。通り抜けたと相手が気付いた時には、古妖の両腕と両太ももに薙刀の傷痕が生まれていた。
「こりゃやべーな。俺も回復に回るぜ」
 苛烈になっていく古妖の攻撃を前に、カナタが攻撃から回復に移行する。改造したガントレットの強さも試してみたいと思ったが、今は被害者を寝肥から解放するのが先決だ。味方の被害を軽減すべく、回復の術式を展開する。
「ありがとう。それじゃあ、ボクもいくよ」
 カナタの回復以降により、理央の負担が軽減する。一人で様々な補助が行える理央だが、その身体は一つしかない。回復を最優先にすると、他の支援が滞ってしまうのだ。体力回復を任せて気力不測の仲間に気の癒しを行い、継戦能力を高めていく。
 脂肪により物理的な攻撃力と防御力が増していく寝肥。それに対し、術式で攻め続ける覚者。巻き込まれてパニックを起こす篠原と、それを救おうとする覚者。
 その天秤が傾いたのはその気力の差だろうか。
「はううううう……」
 結鹿が寝肥の突撃を受けて気を失うが、戦いの趨勢はほぼ決まった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を――」
『煌炎の書』を手にラーラが源素を解放する。赤々と燃える炎が鉄槌となって古妖の脂肪に連続で叩きつけられる。
「――イオ・ブルチャーレ!」
  トドメとばかりに大きな炎の球が篠原を襲う。爆発に吹き飛ばされるように仰向けになり、そのまま気を失ったのか動かなくなった。


「はい。これで分離完了です」
 八起が蜘蛛の糸で絡めとり寝肥の本体を捕まえる。大きさにすれば五〇センチぐらいの肉まんじゅうである。顔に相応する部分はあるが、殆どが肉だ。
「全く。悪意はないとはいえ迷惑な古妖だよ」
 腰に手を当てて理央が怒りの声をあげる。不摂生を行う女性の体重を増やす古妖。伝承では女性のみだが、おそらく男性にも憑依するのだろう。ただ男性の場合、書物に残すほどでもないだけで。ともあれ迷惑には変わりない。
「貴方は女性の不摂生に自戒を促す為に憑りついているのかもしれませんが、勝美様は不摂生と言うほどの事はしていませんし、明らかにやりすぎですわ」
 同じく怒りの声をあげるいのり。確かに一度のケーキ食でこの太りようはやりすぎだ。寝肥にとってみれば人間の事情など知らない。そもそも人間の言葉を理解しているかも怪しい所だ。ほとんど本能で動いているのだろう。
「はっ! なんだか悪い夢を見ていた気が!」
 目を覚ます篠原。そして覚者達の顔を見て、それが夢じゃなかったということに気づいて落ち込んだ。
「あの、勝美様。これまでの事は全て寝肥という古妖が――」
「あ、大丈夫。声は聞こえてたから。声をかけてくれたのは貴方達だね、ありがとう!」
 説明をしようとした里桜に軽く手をあげて応える勝美。戦闘中に思念で語り掛けていたのは、少なからず届いていたようだ。覚者達の呼びかけもあってかショックは思ったよりも大きくない。元気よく言葉を返した。
「食べ物の制限とジョギングだけではなく、もっと体全体を動かすといい体になるぞ」
 思ったより元気な様子を見て安堵したツバメ。念のためにと体を確認し、そのついでにダイエットのコツを伝える。ダンサーであるツバメはインナーマッスルの鍛え方の知識が深い。立つだけで人を魅了する踊り子。その秘訣を。
「結構色々攻撃しちゃったからさー。暴れて酷かったんだぜ?」
「あー。その色々御免」
 からかうようにカナタが篠原に告げる。事実、覚者数名が必要だった強さだ。勿論、古妖のせいなのだが。気にすんなよ、とカナタは言って篠原の背中を叩いた。全て終わったことだ。その事で恨み言を言うつもりはない。
「ともあれよかったですわ。甘い物一つでこうなるなんて、悲劇ですけど」
 ラーラが安堵するようにため息を吐く。ダイエット中にケーキを一つ食べる。ラーラもそれぐらいはやるだろう。それであそこまで太るだなんて。古妖とは可愛いモノばかりじゃないんだなぁ、と改めて思い直した。
「しかし水着か。今年の夏は何が待っておるんじゃろうなぁ」
 覚醒を解除し、樹香は軽く伸びをした。今年も夏が来る。夏休みになれば、海に山にといろいろなイベントが待っている。FiVEでどこかに行くこともあるかもしれない。平和な休みになるか、波乱が待っているのか。
 それはまだ見えない未来。しかし確実にやってくる未来だった。

 様々な思いを胸に秘め、覚者達は帰路につく。
 寝肥は『取り憑くなら本当に不摂生をしている人に!』と散々釘を刺されたのちに解放された。元よりあの古妖に悪意はない。不摂生をしなければ素通りする厄災だ。……ただまあ、解放後数日は男女含めて甘い物は控えたとか控えなかったとか。
 篠原は事件にめげることなく、ダイエットのラストスパートに向けて気合を入れているという。彼女の闘いがどうなるかは、また別のお話。
 夏近し、今年も水着の季節がやってくる――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 篠原の服? 古妖パワーで一緒に肥大化ですよ(書いている時にこれ、服どうなってるんだろうと気付いた私)。

 夏の戦い。それに挑む女子に襲い掛かった悲劇のお話でした。
 寝肥自体は不摂生を戒めるためのお話なのでしょう。今も昔も体重に関する話は尽きないという事で。
 皆様のプレイングを見て、各キャラの体重に関する思いが伝わってくるようでした。

 ともあれお疲れ様です。先ずは傷を癒してください。
 それではまた、五麟市で。 




 
ここはミラーサイトです