<双天>何故世界はこんなにも狭いのか
●
ナイフは物体を分かつ為にある。
器は何かを盛る為にある。
テレビは情報を与える為にある。
家具とはそんなもの。
我々七星剣という隔者組織には、自ら人権を破棄して家具となった双子が存在する。
双天。
彼ら家具の役割は、……。
まあ、家具っていうのは何時か壊れるものだから。使えなくなったら、其の時は間違いなく。
廃棄だね。あの家具は、そこら辺をとてもよく理解してくれているよ。
●
考えてみる。
これを殺せと命令されたが、方法というものは常に『全てお任せします』しか言われない。
人はどうすれば死ぬのかは認識しているつもりだが、一定の方法は既にやってきた。特に切るとか、殴るとか、刺すとか、いつも通り過ぎて飽きがくる。
「つまり僕は困っているんだ、兄弟」
「俺は困っていません、兄者」
細い兄の両腕が、指の先まできっちりと伸ばして直立する弟の首に絡んだ。
見上げてキスでもせがむような兄の絡みに、弟は虚空を見つめたまま動じない。
「獲物が揃った所を爆破して建物ごと破壊する? 風景が綺麗になるね」
「却下です。無関係の人たちをも巻き込みます」
「燃やす事も出来るね。臭そうかな、臭いがついたらどうしようか?」
「却下です。誰がその用具を用意するんですか」
「じゃあ直ぐに用意出来て、直ぐに使えるものだったらいいよねーェ。
先日、獣を二匹……友達にしたのさ。食べさせよう、餌代が浮くねぇ」
「古妖ですか。どうやって手懐けたのですか」
「きみは知らなくていいことさ」
弟の瞳は細くなる。
長く彼が見つめ続けていたのは、檻の中に入った『小さな獣』だ。
可哀想に。
ずっとあの中に入れられているのだろう、あの子は、長くは持たない。
恐らく今夜には――それを助けようとも思わない。
弟、御子神 辛は目を閉じ。
兄、御子神 庚は薄く笑った。
「いい子だねぇ、兄弟」
「趣味が悪いです。兄者」
●
七星剣の隔者が動いた。
予見は出来た。
隔者は双天だ。双天は古妖を二体従えている。
ファイヴの覚者が対応した。
双天の隔者の能力は知れている。今まで数度、交戦をしてきた。
しかし古妖の力が予想以上に強い。
だから。
『すまない、追加の戦力として皆を送る!』
そう久方相馬の声が、護送車のスピーカーから聞こえた。
情況は切羽詰まってしまった。
古妖の能力を解析しきれなかったのは痛いところだ。既に乗り込んだファイヴの覚者がギリギリの所で食い止めているとのこと。中には瀕死状態の者もいるとのこと。
『彼らの目的は、ビル内部を本部とする『アキュート』という覚者組織の再起不能なんだぜ。
アキュートは、どうやら七星剣に喧嘩を売ってしまったようで、双天がその報復をしに来たという所だと思うんだ。
彼ら双天は古妖を従えている。その能力は先行した覚者からデータを貰った。それを皆には送るんだぜ!
彼ら双天は二股のビルで、二手に分かれて行動している。だから今からデータ、おくr……ザ、ザザ』
相馬の言葉が途中で切れ、通信が乗っ取られたか、別の声が響く。
『……ザザ………、
あ゛、ぁぁだいぃい、痛い痛い痛い殺さないで、ぇぁあ、ぁああ!!
あーあーマイクテステス、ファイヴー?
ちょぉっと遅かったねぇ……? まず一人だねえ、残念、だねえあははいだだだぁぁあいやあだあああ食べ、こ、あははははは、ぁぎゃいだ殺っ、殺すなら首噛んで一瞬で殺し、テ、いやあ゛ぁぎゃあ助けてあははは助け、誰かああ、んぎ、あははははははは!!!』
咀嚼音と何かを砕く音と水音と叫び声と笑い声と。
命が喰いつくされる音と。
獣の咆哮。
ナイフは物体を分かつ為にある。
器は何かを盛る為にある。
テレビは情報を与える為にある。
家具とはそんなもの。
我々七星剣という隔者組織には、自ら人権を破棄して家具となった双子が存在する。
双天。
彼ら家具の役割は、……。
まあ、家具っていうのは何時か壊れるものだから。使えなくなったら、其の時は間違いなく。
廃棄だね。あの家具は、そこら辺をとてもよく理解してくれているよ。
●
考えてみる。
これを殺せと命令されたが、方法というものは常に『全てお任せします』しか言われない。
人はどうすれば死ぬのかは認識しているつもりだが、一定の方法は既にやってきた。特に切るとか、殴るとか、刺すとか、いつも通り過ぎて飽きがくる。
「つまり僕は困っているんだ、兄弟」
「俺は困っていません、兄者」
細い兄の両腕が、指の先まできっちりと伸ばして直立する弟の首に絡んだ。
見上げてキスでもせがむような兄の絡みに、弟は虚空を見つめたまま動じない。
「獲物が揃った所を爆破して建物ごと破壊する? 風景が綺麗になるね」
「却下です。無関係の人たちをも巻き込みます」
「燃やす事も出来るね。臭そうかな、臭いがついたらどうしようか?」
「却下です。誰がその用具を用意するんですか」
「じゃあ直ぐに用意出来て、直ぐに使えるものだったらいいよねーェ。
先日、獣を二匹……友達にしたのさ。食べさせよう、餌代が浮くねぇ」
「古妖ですか。どうやって手懐けたのですか」
「きみは知らなくていいことさ」
弟の瞳は細くなる。
長く彼が見つめ続けていたのは、檻の中に入った『小さな獣』だ。
可哀想に。
ずっとあの中に入れられているのだろう、あの子は、長くは持たない。
恐らく今夜には――それを助けようとも思わない。
弟、御子神 辛は目を閉じ。
兄、御子神 庚は薄く笑った。
「いい子だねぇ、兄弟」
「趣味が悪いです。兄者」
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七星剣の隔者が動いた。
予見は出来た。
隔者は双天だ。双天は古妖を二体従えている。
ファイヴの覚者が対応した。
双天の隔者の能力は知れている。今まで数度、交戦をしてきた。
しかし古妖の力が予想以上に強い。
だから。
『すまない、追加の戦力として皆を送る!』
そう久方相馬の声が、護送車のスピーカーから聞こえた。
情況は切羽詰まってしまった。
古妖の能力を解析しきれなかったのは痛いところだ。既に乗り込んだファイヴの覚者がギリギリの所で食い止めているとのこと。中には瀕死状態の者もいるとのこと。
『彼らの目的は、ビル内部を本部とする『アキュート』という覚者組織の再起不能なんだぜ。
アキュートは、どうやら七星剣に喧嘩を売ってしまったようで、双天がその報復をしに来たという所だと思うんだ。
彼ら双天は古妖を従えている。その能力は先行した覚者からデータを貰った。それを皆には送るんだぜ!
彼ら双天は二股のビルで、二手に分かれて行動している。だから今からデータ、おくr……ザ、ザザ』
相馬の言葉が途中で切れ、通信が乗っ取られたか、別の声が響く。
『……ザザ………、
あ゛、ぁぁだいぃい、痛い痛い痛い殺さないで、ぇぁあ、ぁああ!!
あーあーマイクテステス、ファイヴー?
ちょぉっと遅かったねぇ……? まず一人だねえ、残念、だねえあははいだだだぁぁあいやあだあああ食べ、こ、あははははは、ぁぎゃいだ殺っ、殺すなら首噛んで一瞬で殺し、テ、いやあ゛ぁぎゃあ助けてあははは助け、誰かああ、んぎ、あははははははは!!!』
咀嚼音と何かを砕く音と水音と叫び声と笑い声と。
命が喰いつくされる音と。
獣の咆哮。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.双天を止める(生死は問いません)
2.古妖を止める(生死は問いません)
3.アキュート陣営、50%以上の生存
2.古妖を止める(生死は問いません)
3.アキュート陣営、50%以上の生存
難易度相当の判定となっております
●状況
七星剣に属する双天の二人が、古妖を連れて二股のビル内を本部とする覚者組織アキュートへ攻撃を仕掛けた。
それは予見出来ていたからこそ、ファイヴの覚者を送り込んだが、
古妖の力が予想以上に強く、苦戦している模様。
追加戦力として、送り込まれることとなった。
双天と古妖を止めるのが今回の依頼となる。
●敵
★双天
・ビル25階、北側に居ます
御子神辛(みこがみ・かのと)
御子神兄弟、弟
因子は顔の頬に痕があるため、彩
術式は天行
命令と兄の言葉に対して絶対。それ以外は雑。
常に不機嫌極まりない表情をしており、巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます
FiVEを七星剣の敵として見ておりつつ、尊敬している
・ビル25階、南側にいます
御子神庚(みこがみ・かのえ)
御子神兄弟、兄
因子は顔の頬に紋があるため、彩
術式は天行
命令に対して不真面目。基本的に楽しければ良い。
常に笑っておりながら、考えていることは黒い
他人の顔と名前を憶えられない。常に初めまして、何度逢っても初めまして、今回も初めましてです
巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます
・鋏型武器
双天が所持する二つで一つの武器です
辛が持つ鋏は、所持者がダメージを受けるだけ、庚の攻撃力が増します。
庚が持つ鋏は、所持者がダメージを受けるだけ、辛の防御力が増します。
★古妖『白虎×2』
弱みを握られ、従っておりますが、真実を言い過ぎても暴走する可能性も高いです
暴走すればそれはそれで双天との協力関係も消滅します
一体の雄は庚の方に、
一体の雌は辛の方にいます
白虎は電を操る古妖であり、天行系の術式に対して防御が高いです
形態は獣、四本足で身体は常に放電している為、カウンターと反射が発生してます。またこのカウンターと反射により返すダメージは100です
攻撃は
遠距離貫通3(100%、70%、30%)防御無視
遠距離列BS麻痺
近距離単体捕食大ダメージ
近距離単体物理ノックバック攻撃があり、強制で20m吹き飛ぶので注意
高ジャミング能力がある為、通信機器の類、または送受心系統全てのスキルが使用不可能です
●味方陣営
・ファイヴ覚者×10人
5人、5人に別れて、対応する作戦としました
街のどこかで見かけたことがあるかもしれない程度のNPC
初動で1名死亡しております
南側大苦戦中……戦闘不能者既出、生死確認できておりません
北側苦戦中……5人全員生存しているとのこと。ほぼ全員戦闘不能、一部見逃されたとのこと
・覚者組織アキュート
民間自衛団体。
所属する覚者の9割が女性であり、覚者非覚者の女性への支援・保護を中心として活動(今回もビル内部に存在するアキュートは女性のみです)
七星剣系列暴力団体を衝突し、それを治めることに成功
しかし双天に目を付けられたというところ
かなりのパニック状態です。PC並みの戦力が外出中とのことで、低レベル系しか残っておりません
人数不明(殺され過ぎると失敗すると思って頂ければ結構です)
隔者対応する為に25階近くに人数が集中している。
または命永らえるために、最上階近くに多くが避難している。
●場所
50階建てのビルで、10階までつながっていますが、11階から上は北と南に別れて二股となっております。30階に渡り廊下があり、11階より上で唯一30階のみ北と南が繋がり行き来できます。
PCは50階からいくか、1階から向かうか選べます(50階はヘリ(ヘリが着陸できないので飛び落りて侵入となります)で行きますが、スタートは1階からいく人たちと同時スタートです)
ビルを覆う壁やガラスは強固な為、壊さないと侵入できません。飛んで向かう事は可能ですが、高度的に撃ち落とされて即戦闘不能もあり得ます
PC到着時、交戦は25階付近で行われています
1階~24階までの生存者は、ほぼいない(ほぼなのは辛が見逃した相手がいるということです)と思ってください(成功条件はPCが到着してからのアキュート陣営の人数です)
ビル内部では、高速エレベーターか、階段か、非常階段かで昇り降り可能です
ビル内部は10階までは商業用施設で一般に解放
11階より上は、南北どちらも共用廊下も無いワンフロアとなっております(障害物あり、机パソコンなどなど雑貨です)
明け方の為、一般人の存在は考えなくて構いません
それでは宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年07月26日
2017年07月26日
■メイン参加者 8人■

●
嗚呼、全身の細胞が活性化していくような。指先から髪の先、足先までも血が通っていくような。
「これが……これがッ、半生かけて探し求めていた感情だよ!!」
『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は思う。
―――、ああ。何故、一瞬たりとも忘れはしなかったのに。
約束が。
守らないといけない、約束が。
あったのに。
●
――獣の咆哮が響いた。
「こんな所まで、追いかけてきてしまうのですか?」
御子神辛は、冷静な声色で追いついた覚者たちへそう告げた。開いたエレベーターから降りた覚者の数は三人。
辛は礼儀正しく頭を下げてから、三人が戦闘体勢に入るまで『待った』訳だが、戦闘は開始されている。
自己付与をかけつつ『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)は刃を抜き、白虎へと一閃。血が頬を染めつつも、その瞳は横へスライド。彼女の口は、知人に話かけるような雰囲気で辛に話しかけるのだ。そこには説得という希望を武器にして。
「久しぶりですね、御子神辛。相変わらず、不満気ですね? 今回の命令が、気に入らないのですか?」
「いえ、命令に対して俺の意思でどうこうありませんよ。
むしろ貴方方が三人であるという人数に、己の力不足を感じます。さっきは五人でしたから……俺は、舐められているのか?」
伏し目がちで語る彼に、『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は何処となく『敵』というカデコリから遠いような気配さえ感じてしまう。
でも間違いなく彼は敵である。妨害するのならば迎え撃つという意思は明確で、彼が武器を持つことから当たり前のように知れる。
「辛さん……また会ったね」
「はい。その後から、再びお強くなられたご様子で」
「今回は『アキュート』のみんなをやっつける任務ってことなのかな?」
「やっつける……というのは倒すという事か?
いえ、俺達はアキュート組織が、組織として再起不能になれば任務が果たる。些かこれは喋り過ぎか……」
女性二人の間を割って入るように、抜き身の刀をぶら下げた『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、一度大きく舌を打つ。
「毎度毎度めんどくせえ状況用意しやがって」
何時もだ。
純粋に一騎打ちとさえ持って行けぬ状況ばかりだ。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。満足な状況じゃあねぇが、いくぜ」
「双天が一刃。御子神辛。お相手致します」
●
対して、別班。
エレベーターの扉が開いた、その瞬間――。
先制攻撃とも言える庚が、星を振らせてエレベーターごと『攻撃をしてきた』のだ。
覚者は被弾しつつもギリギリでエレベーターから抜け出し、階下へ落ち行くエレベーターの箱が轟音と共に落下しきった事を伝えた。
「いきなりかよ!」
額の血を拭いなら、『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)は、即回復を施していく。勿論彼は回復だけではなく、その精密な作業の片手間で階にいる『味方』に指示を出していた。
「だぁって、今このエレベーター使う人物って、僕から見れば敵以外あり得ないじゃん? それ狙わないわけ無いじゃん」
思えばこの兄は、何時だって狡猾で気分屋なのだ。
最速で飛び出した『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)が冷気を纏うそれを抜刀。しかし直後、真横より獣が狂ったような咆哮を上げ、雷撃の槍が冬佳たち前衛を飲み込んでいく。
槍を切り、再び前進する冬佳。
逆毛立つ猛獣に二撃の一閃を放ちつつ、僅かな時間で周囲を見回した。
女、子供、関係なかった。
倒れ伏した状態の彼らは既に命を落としたのだろう。
紛れもない庚と白虎の手によって。
その死骸のなかで、震えるのは、五麟ですれ違った誰かであった。
その、もう……一人は、庚の片足の下にしかれていて、ぐったりとしていて、全身が噛みちぎられているうえで生死の確認は不要だろう。
「ひどい……」
被害状況に目を背けたくなるが、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は前を見る。思えば彼が通ってきた24階から下のことなんて考えられないし、考えたくはない。
偉大な魔術師の卵であるラーラではあるが、その心は一人の少女として何が違えるというのか。
こつ、こつと階段から降りてきたのは泰葉だ。
この汚泥でも飲み干す感覚一体なんだというのか。マーブリングのような入り混じって、しかし溶け込めないこの具合を一体何と例えればいいものか。
泰葉は周囲の異常よりも、己の異常な感覚に興味を覚え始めていく。
再び響く獣の咆哮に、覚者の意識は一気に戦闘へと向けられていった。
庚が行う攻撃のバランス性よりも、遥かに白虎の特殊性が群を抜いて厄介ではある。
獣は雷を揺らし、鳴らし、そして相手の身体を縛る効果を十分に発揮して来るだろう。そこまで読んで、ラーラは仲間に電撃対策を放つ中。
僅かに轟音咆哮が鳴りやむのを見計らって、庚へとあいさつ交じりに声をかけていく。
「初めましてでしょうか、庚さん。きっとこのあいさつに意味はないんでしょうね。きっと次も初めましてなんでしょうし」
「そうかな? 試してみないと分からないよ。忘れられない恋にしてみせてよ」
庚に話かけたラーラの目つきが変わった。いざとなれば、――守護使役に渡している鍵がちりんと鳴る。
凜音が、まだ息があるアキュートや、ファイヴ覚者に回復をかけながら、ファイヴの覚者に肩を貸して立ち上がる。それをアキュートの少年に託してから言った。
「ここを出て、上階へ逃げろ。動ける奴は動けない奴を担いでくれ」
こく、と頷いた少年は駆けていく。
どこまで出来るかはわからない。凜音が倒れたテーブルに背を預けていた少女を抱えた時、ぞくっと感じたのは殺気か。
振り返れば、庚がにこ、と笑った。
「うーん、キミから殺すべきかな? 邪魔だもん」
「!!」
凜音自身はまだ良い。一撃を受け止めてもまだ立ち上がれる。しかし手のなかの少女は一撃で絶命する可能性が高すぎる。
庇えるのだろうか、白虎が飛び込んでくれば終わりだ。
これは恐らく、それで楽しんでいるのだろう。冬佳が気づき、しかしカバーは間に合わない。
そこで、唯一。
階段から降りて少し時間がかかってしまったものの、戦場へ飛び込んできた『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)が、
「愚かねえ……」
廓舞床を大上段から振り落とし、庚がそれを片鋏で受け止める。
「ここで真打が来るとは思わなかったなあ」
「あなた似てるのよねん、その……知人にね」
擦れる刃と刃の間から、火花が散っていく。
「僕に似ているのならさぞ美しいんだろうね。でも僕のほうが美しいよ」
切り払った輪廻。庚が少し後退したときには、凛音は少女を別の覚者に任せて避難を終えていた。
「それでもキミからだね」
にこっと笑った庚が凛音を指さす。
「俺も随分好かれたものだな、まだ会って数分もないのに」
「厄介だもん、あは、あは」
●
弧を描くように走る祇澄の軌跡に雷撃が迸る。
追いつかれ、静電気を大きくしたような音と共に祇澄の身体が跳ね飛んで天井へぶつかったが、壁を蹴り白虎を斜めに切り伏せる。
「貴方は自らの事を家具と称しながらも、その実とても人間らしい感情を有している。御子神辛、この件から手を引くべきです」
「貴方が俺の主では無い限り、聞けません」
「これは、命令ではありませんよ!」
仮面の上を言葉が滑って行ってしまう。
辛の仮面は、もう顔面にへばりついてそれが顔になっている。
白虎の咆哮に乗せた電が地を駆け、槍の如く祇澄、渚を貫通して貫いていた。
手が痺れ、身体が言う事聞かずとも渚は仲間へ治癒を与えていく。予防措置の水神の鴉が、未然に電撃の衝撃を抑えなければ、今頃動けなくなっていたところであろう。
渚は手を休めず、祝詞を唱える口を休めない。
その彼女を護るように、祇澄と刀嗣は刃を携えていた。
「おい、弟神。嫌な事は嫌だっつっても構わねぇんだぞ」
「俺の意思に何故そんなにも拘るのです……、意外ですね。厄介事は正面から、ただ切り伏せると思いましたが。
俺が仲間にでもなると、夢を視ているおつもりですか?」
「――るせえ!!」
刀を野球バッドの如く振り回したそれが白虎に直撃し、白虎の巨体が宙に浮いたかと思えば辛にぶつかった。
衝撃で後退した辛だが、口元の血を拭いながらすぐに起き上がる。そのまま前進、刀嗣が回避で捩った身体の脇腹を殴り切った。
「ハサミは切りたいもんが切れりゃあ良い。ハサミ自体が切り方に拘っても使う方にゃどうでもいいんだ」
其の時白虎が今迄の増して放電をし、一度大きくバチィと音をたてて刀嗣の身体を吹き飛ばさんとした。
刃を床に突き刺して勢いを飛ばしても、数m飛ばされた身体が前線に復帰するには時間がかかる。
「オイ、虎公。テメェラの大事なもんは俺様が取り返してやる。だから寝てろ」
「……」
辛が刀嗣の言葉に何か言いたげであったが、首を振った。
「真実は、そうじゃない。甘くはありません、兄者は」
辛が前進しかけたとき、祇澄が渚のカバーに入る為に辛の腹部に飛び込むようにタックルをし動きを止めていく。
「貴方自身の意思で決めてください。貴方は名前があり意志がある、一人の人間なのですから」
「ご冗談を」
辛が腰に張り付く祇澄をどかさんと、彼女の腕を掴む。
思うところは多々ある。
いつだって家具には、感情というものが邪魔なのだ。
覚者たちの言葉は届いていた。
しかし重すぎて、それでいて、タイミングが悪かった。
「そう、ですね……人間……であった時も……あったかもしれませ――」
●
結果から言うと、庚がいる方へと向かった覚者たちは苦戦を強いられていた。
エレベーターを使ったことにより、3人が雷撃に直撃し初撃のアドバンテージを完全に持っていかれてしまったこと。
そして、前衛が白虎と庚を抑えたとしても、敵の遠距離攻撃は常に回復手である凜音から崩そうとしており、そこへカバーが無いこと。
故に、凜音が一度目の命数を飛ばす時間はそう遅くはない。
また前衛陣も白虎に吹き飛ばされてしまえば、前衛へと返り咲くには時間がかかる。今この時点で、三層に別れていた立ち位置も、混ぜ合わさってしまい意味がほぼ無いようなもの。
例え避難でアキュート陣営達の命を護っていたとしても、敵から撤退してしまえば意味はない。
作戦が、思った以上に上手く動作していないのだ。
膝をついた凜音に代わり、冬佳が回復に手を取られれば返って白虎を弱らせる一手が乏しくなってしまう。
そんな状況に庚は、飽きてきたなあと狐のように細く笑っていた瞳を解いて、ため息を吐いた。
「僕、お仕事中なんだよねえ。戻っていいかなあ」
「あら、こんな素敵なお姉さんを放っておくなんて、いい男が廃るわよん!」
庚に付きまとうように妨害を繰り返す輪廻の蹴りを、腕で防御した庚。
「さっきから我慢をしていたんだ、キミはきっと、四つん這いの体勢が驚くほど美しいはず」
へら、と笑った庚の手が輪廻の髪の毛を掴んで引っ張り、容赦なく腹部に蹴りを返した。その手段さえ選ばぬ姿勢に、輪廻は哀しみさえ覚える程だ。
ブラックアウトしかけた意識で、陽炎のように揺れる断面から映し出すシルエットは輪廻の記憶のなかの住人。
「愚か、ね……あの子も、貴方も」
その意図の一片さえ庚はどうとも思わないのだろうが、輪廻を見つめる庚の瞳はどこか母親を前にした愚図った子供のようだ。
「人間みたいに愚かと思われるのさえ、家具には勿体ない言葉さ」
膝ついた輪廻は冷たい床に爪を立てて引っ掻き。どうして払拭できよう思いと共に、再び回し蹴りした足を庚に直撃させる。
その合間、白虎は冬佳を吹き飛ばしていた。分厚い窓ガラスが玩具のように壊れて外へ放り出されそうになったところを、ラーラが冬佳の身体を間一髪で掴んで止める。
「ありがとうございます……!」
「いえ!」
あのノックバックは覚者をビルから落とす為のものでもあるのだろう。ここから落ちれば戦線復帰は厳しいもの。
怒り震える咆哮を何度聞いたことか。最早荒れ狂うあの雷神を止めることさえキツくなってきている。
「誇り高き霊獣が、故無くして貴方達に組する筈も無し。御子神庚……貴方、彼等に何をしたのです」
「古妖も人間も、自分の命より大切なものには最弱なのさ。それ以上でも以下でも……」
つがいの白虎の大切なものとは『子』であること。
「彼等を利用するのは『その方が楽しいから』でしょう。
ならば、大方の所は読み易い――弱みに付け込み、飽きるまで利用し尽くし、そして棄てる。こんな所ですか?」
「よく理解してくれていて、嬉しいよ?」
チリ、と怒りさえ覚えた冬佳だが、刃を怒りに曇らせてはならないとラーラが冬佳の刀を握る手にそっと触れた。
「お仕事なんでしょうが、関係ありません。これ以上、罪のない方たちを殺させたりはしませんよ」
「瀕死目前の、君たちがまだ何ができるっていうの」
拳を床に叩きつけ、痺れと痛みに震える身体を起き上がらせた凜音。
普段愛らしいものを作ることができる凜音の優しい手は、血みどろに染まっていた。それは誰の血でもなく、己の血。
自分が倒れれば戦線は崩壊してしまうことを、凜音が一番よく理解しているのだ。
立ち上がり、術式を展開。凜音の瞳は燃え上がるような色をしていたが、直後優しい瞳に戻って、迫り来ては、牙で凜音を抉らんとする白虎を見つめた。
「お前さんの『大事なもの』を捉えていた檻は壊してある。上にいるから行ってやれ」
其の時一瞬だけ、白虎が止まった。
止まったの、だが。
「違うなあ、そうじゃないんだよねえ」
庚の笑い声に脅され、白虎は凜音を噛み砕いてしまう。
「無駄だよぉ、君たちはまだ真実に辿り着けていないようだね」
其の時、無数のワイヤーが中空を飛び、庚の四肢から胴、指先に至るまで巻き付いていく。
「ぁん?」
庚の瞳に映るのは、血塗れになりながらも、背を仰け反らせ大空を仰ぐように両手を広げて笑っていた泰葉だ。
「あーー……なんか若干一名壊れちゃったのかな?」
庚は呆れ気味に言うがそうではない。
泰葉自身今迄多種に渡るクズという生物を見てきたが、ここまで心が動かされることは無かった。
感情。
感情。
感情。
泰葉はやっと、肺に空気をため込んで息をする人間に戻れたのだ。
「ああ、それが嬉しくて! 悲しくて……楽しい!」
怒りの仮面が割れた。
「お前のような家具に、お前のようなクズに、負けるものか」
喜びの面が割れた。
「だが感謝もしているんだ、この感情を再び呼び起こしてくれたことに」
楽の面が割れた。
「さあ、始めよう。終わりを――」
例え全身が裂かれようとも厭わぬように、ワイヤーが絡んだ身体を強引に動かした庚。
その庚の瞳も、泰葉が一言一言を奏でる度に、爛欄と輝きを放っていた。
「嗚呼、そっかあ。それが、人間の輝きかあ」
ぽそ、と庚が呟いたとき、泰葉の全身は淡く光りを放つ。全てを投げ打ってでも、庚という敵を殺す為に。
「いいのかなあ、僕なんかと一緒にイっちゃうなんて。後悔、しない?」
庚は鋏を構えた。どんな素晴らしい攻撃が、衝撃が、飛んでくるというのだろうと。
かくして二つの光は衝突する。庚の攻撃の方が一歩早かった、無傷で泰葉が攻撃を繰り出せることは無い。
あえて庚の刃を身体で受け止める、そこは確実に心臓を射抜かれていた。しかし例え胸に穴があこうが泰葉の指がピアノを奏でるように動く。
ワイヤーで庚の身体を固定、直後。下から上へ振り上げる右手。
「悔しいなあ、……あ、これが感情か……きみの、名前が知りたい、忘れられない名前になるだろう、最初で最後の――」
庚が瞳を閉じた刹那、泰葉の爪の先から腕まで一気に、庚の心臓部を貫く――。
――ごぶ、と吐血した庚が鋏を落とし、だらんと体重を乗せてただの死体へと変わったとき。
泰葉はその体重を支え切れずに、膝から崩れ落ちていく。仲間たちが騒いでいるが何も聞こえない、見えない。
最後に、哀しみの面が割れた。
「……ごめん」
真っ赤に染まった泰葉の手が、天井へと伸ばされる。
『――……』
柔らかな声が聞こえた。
先に逝ってしまった妹分が、その手を優しく握っていたような気がした。
「い、一度体勢を立て直し――」
ラーラが言うのだが、電撃が舞う。そうまだ白虎が残っている。
白虎も瀕死間際だが、凜音と泰葉が戦闘不能と化した状態で、残る冬佳とラーラと輪廻にどこまで相手ができるだろうか。恐らく、ここで足止めされていれば、きっと弟が――来る。
●
ぴた、と動きを止めた辛。
「肯定しましょう。俺達は家具ですが、人間です。ですが、どうしてそんな事を思い出させたのです」
鋏は二つでひとつ。
ひとつの持ち主が死ねば、もう片方へと伝わって辛の身体は強固になっていた。それは同時に兄の死を辛に伝えているようなもの。
到底刀嗣の刃では、貫き切れない鋼となり。
到底祇澄の刀では、切り伏せきれない家具になり。
到底渚の治癒力では、終わりが見えれば崩れることになる。
元々三人では辛い相手である白虎と辛を前に、辛は血の涙を流し、言った。
「それで?
次は俺に、何を教えてくださるんです?
憎悪ですか、苦汁ですか、恨みですか――教えて頂きたい。胸の空白を、埋めてください。兄が、兄者が、あああ、あああ、あああああああああああ!!」
嗚呼、全身の細胞が活性化していくような。指先から髪の先、足先までも血が通っていくような。
「これが……これがッ、半生かけて探し求めていた感情だよ!!」
『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は思う。
―――、ああ。何故、一瞬たりとも忘れはしなかったのに。
約束が。
守らないといけない、約束が。
あったのに。
●
――獣の咆哮が響いた。
「こんな所まで、追いかけてきてしまうのですか?」
御子神辛は、冷静な声色で追いついた覚者たちへそう告げた。開いたエレベーターから降りた覚者の数は三人。
辛は礼儀正しく頭を下げてから、三人が戦闘体勢に入るまで『待った』訳だが、戦闘は開始されている。
自己付与をかけつつ『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)は刃を抜き、白虎へと一閃。血が頬を染めつつも、その瞳は横へスライド。彼女の口は、知人に話かけるような雰囲気で辛に話しかけるのだ。そこには説得という希望を武器にして。
「久しぶりですね、御子神辛。相変わらず、不満気ですね? 今回の命令が、気に入らないのですか?」
「いえ、命令に対して俺の意思でどうこうありませんよ。
むしろ貴方方が三人であるという人数に、己の力不足を感じます。さっきは五人でしたから……俺は、舐められているのか?」
伏し目がちで語る彼に、『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は何処となく『敵』というカデコリから遠いような気配さえ感じてしまう。
でも間違いなく彼は敵である。妨害するのならば迎え撃つという意思は明確で、彼が武器を持つことから当たり前のように知れる。
「辛さん……また会ったね」
「はい。その後から、再びお強くなられたご様子で」
「今回は『アキュート』のみんなをやっつける任務ってことなのかな?」
「やっつける……というのは倒すという事か?
いえ、俺達はアキュート組織が、組織として再起不能になれば任務が果たる。些かこれは喋り過ぎか……」
女性二人の間を割って入るように、抜き身の刀をぶら下げた『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は、一度大きく舌を打つ。
「毎度毎度めんどくせえ状況用意しやがって」
何時もだ。
純粋に一騎打ちとさえ持って行けぬ状況ばかりだ。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。満足な状況じゃあねぇが、いくぜ」
「双天が一刃。御子神辛。お相手致します」
●
対して、別班。
エレベーターの扉が開いた、その瞬間――。
先制攻撃とも言える庚が、星を振らせてエレベーターごと『攻撃をしてきた』のだ。
覚者は被弾しつつもギリギリでエレベーターから抜け出し、階下へ落ち行くエレベーターの箱が轟音と共に落下しきった事を伝えた。
「いきなりかよ!」
額の血を拭いなら、『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)は、即回復を施していく。勿論彼は回復だけではなく、その精密な作業の片手間で階にいる『味方』に指示を出していた。
「だぁって、今このエレベーター使う人物って、僕から見れば敵以外あり得ないじゃん? それ狙わないわけ無いじゃん」
思えばこの兄は、何時だって狡猾で気分屋なのだ。
最速で飛び出した『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)が冷気を纏うそれを抜刀。しかし直後、真横より獣が狂ったような咆哮を上げ、雷撃の槍が冬佳たち前衛を飲み込んでいく。
槍を切り、再び前進する冬佳。
逆毛立つ猛獣に二撃の一閃を放ちつつ、僅かな時間で周囲を見回した。
女、子供、関係なかった。
倒れ伏した状態の彼らは既に命を落としたのだろう。
紛れもない庚と白虎の手によって。
その死骸のなかで、震えるのは、五麟ですれ違った誰かであった。
その、もう……一人は、庚の片足の下にしかれていて、ぐったりとしていて、全身が噛みちぎられているうえで生死の確認は不要だろう。
「ひどい……」
被害状況に目を背けたくなるが、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は前を見る。思えば彼が通ってきた24階から下のことなんて考えられないし、考えたくはない。
偉大な魔術師の卵であるラーラではあるが、その心は一人の少女として何が違えるというのか。
こつ、こつと階段から降りてきたのは泰葉だ。
この汚泥でも飲み干す感覚一体なんだというのか。マーブリングのような入り混じって、しかし溶け込めないこの具合を一体何と例えればいいものか。
泰葉は周囲の異常よりも、己の異常な感覚に興味を覚え始めていく。
再び響く獣の咆哮に、覚者の意識は一気に戦闘へと向けられていった。
庚が行う攻撃のバランス性よりも、遥かに白虎の特殊性が群を抜いて厄介ではある。
獣は雷を揺らし、鳴らし、そして相手の身体を縛る効果を十分に発揮して来るだろう。そこまで読んで、ラーラは仲間に電撃対策を放つ中。
僅かに轟音咆哮が鳴りやむのを見計らって、庚へとあいさつ交じりに声をかけていく。
「初めましてでしょうか、庚さん。きっとこのあいさつに意味はないんでしょうね。きっと次も初めましてなんでしょうし」
「そうかな? 試してみないと分からないよ。忘れられない恋にしてみせてよ」
庚に話かけたラーラの目つきが変わった。いざとなれば、――守護使役に渡している鍵がちりんと鳴る。
凜音が、まだ息があるアキュートや、ファイヴ覚者に回復をかけながら、ファイヴの覚者に肩を貸して立ち上がる。それをアキュートの少年に託してから言った。
「ここを出て、上階へ逃げろ。動ける奴は動けない奴を担いでくれ」
こく、と頷いた少年は駆けていく。
どこまで出来るかはわからない。凜音が倒れたテーブルに背を預けていた少女を抱えた時、ぞくっと感じたのは殺気か。
振り返れば、庚がにこ、と笑った。
「うーん、キミから殺すべきかな? 邪魔だもん」
「!!」
凜音自身はまだ良い。一撃を受け止めてもまだ立ち上がれる。しかし手のなかの少女は一撃で絶命する可能性が高すぎる。
庇えるのだろうか、白虎が飛び込んでくれば終わりだ。
これは恐らく、それで楽しんでいるのだろう。冬佳が気づき、しかしカバーは間に合わない。
そこで、唯一。
階段から降りて少し時間がかかってしまったものの、戦場へ飛び込んできた『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)が、
「愚かねえ……」
廓舞床を大上段から振り落とし、庚がそれを片鋏で受け止める。
「ここで真打が来るとは思わなかったなあ」
「あなた似てるのよねん、その……知人にね」
擦れる刃と刃の間から、火花が散っていく。
「僕に似ているのならさぞ美しいんだろうね。でも僕のほうが美しいよ」
切り払った輪廻。庚が少し後退したときには、凛音は少女を別の覚者に任せて避難を終えていた。
「それでもキミからだね」
にこっと笑った庚が凛音を指さす。
「俺も随分好かれたものだな、まだ会って数分もないのに」
「厄介だもん、あは、あは」
●
弧を描くように走る祇澄の軌跡に雷撃が迸る。
追いつかれ、静電気を大きくしたような音と共に祇澄の身体が跳ね飛んで天井へぶつかったが、壁を蹴り白虎を斜めに切り伏せる。
「貴方は自らの事を家具と称しながらも、その実とても人間らしい感情を有している。御子神辛、この件から手を引くべきです」
「貴方が俺の主では無い限り、聞けません」
「これは、命令ではありませんよ!」
仮面の上を言葉が滑って行ってしまう。
辛の仮面は、もう顔面にへばりついてそれが顔になっている。
白虎の咆哮に乗せた電が地を駆け、槍の如く祇澄、渚を貫通して貫いていた。
手が痺れ、身体が言う事聞かずとも渚は仲間へ治癒を与えていく。予防措置の水神の鴉が、未然に電撃の衝撃を抑えなければ、今頃動けなくなっていたところであろう。
渚は手を休めず、祝詞を唱える口を休めない。
その彼女を護るように、祇澄と刀嗣は刃を携えていた。
「おい、弟神。嫌な事は嫌だっつっても構わねぇんだぞ」
「俺の意思に何故そんなにも拘るのです……、意外ですね。厄介事は正面から、ただ切り伏せると思いましたが。
俺が仲間にでもなると、夢を視ているおつもりですか?」
「――るせえ!!」
刀を野球バッドの如く振り回したそれが白虎に直撃し、白虎の巨体が宙に浮いたかと思えば辛にぶつかった。
衝撃で後退した辛だが、口元の血を拭いながらすぐに起き上がる。そのまま前進、刀嗣が回避で捩った身体の脇腹を殴り切った。
「ハサミは切りたいもんが切れりゃあ良い。ハサミ自体が切り方に拘っても使う方にゃどうでもいいんだ」
其の時白虎が今迄の増して放電をし、一度大きくバチィと音をたてて刀嗣の身体を吹き飛ばさんとした。
刃を床に突き刺して勢いを飛ばしても、数m飛ばされた身体が前線に復帰するには時間がかかる。
「オイ、虎公。テメェラの大事なもんは俺様が取り返してやる。だから寝てろ」
「……」
辛が刀嗣の言葉に何か言いたげであったが、首を振った。
「真実は、そうじゃない。甘くはありません、兄者は」
辛が前進しかけたとき、祇澄が渚のカバーに入る為に辛の腹部に飛び込むようにタックルをし動きを止めていく。
「貴方自身の意思で決めてください。貴方は名前があり意志がある、一人の人間なのですから」
「ご冗談を」
辛が腰に張り付く祇澄をどかさんと、彼女の腕を掴む。
思うところは多々ある。
いつだって家具には、感情というものが邪魔なのだ。
覚者たちの言葉は届いていた。
しかし重すぎて、それでいて、タイミングが悪かった。
「そう、ですね……人間……であった時も……あったかもしれませ――」
●
結果から言うと、庚がいる方へと向かった覚者たちは苦戦を強いられていた。
エレベーターを使ったことにより、3人が雷撃に直撃し初撃のアドバンテージを完全に持っていかれてしまったこと。
そして、前衛が白虎と庚を抑えたとしても、敵の遠距離攻撃は常に回復手である凜音から崩そうとしており、そこへカバーが無いこと。
故に、凜音が一度目の命数を飛ばす時間はそう遅くはない。
また前衛陣も白虎に吹き飛ばされてしまえば、前衛へと返り咲くには時間がかかる。今この時点で、三層に別れていた立ち位置も、混ぜ合わさってしまい意味がほぼ無いようなもの。
例え避難でアキュート陣営達の命を護っていたとしても、敵から撤退してしまえば意味はない。
作戦が、思った以上に上手く動作していないのだ。
膝をついた凜音に代わり、冬佳が回復に手を取られれば返って白虎を弱らせる一手が乏しくなってしまう。
そんな状況に庚は、飽きてきたなあと狐のように細く笑っていた瞳を解いて、ため息を吐いた。
「僕、お仕事中なんだよねえ。戻っていいかなあ」
「あら、こんな素敵なお姉さんを放っておくなんて、いい男が廃るわよん!」
庚に付きまとうように妨害を繰り返す輪廻の蹴りを、腕で防御した庚。
「さっきから我慢をしていたんだ、キミはきっと、四つん這いの体勢が驚くほど美しいはず」
へら、と笑った庚の手が輪廻の髪の毛を掴んで引っ張り、容赦なく腹部に蹴りを返した。その手段さえ選ばぬ姿勢に、輪廻は哀しみさえ覚える程だ。
ブラックアウトしかけた意識で、陽炎のように揺れる断面から映し出すシルエットは輪廻の記憶のなかの住人。
「愚か、ね……あの子も、貴方も」
その意図の一片さえ庚はどうとも思わないのだろうが、輪廻を見つめる庚の瞳はどこか母親を前にした愚図った子供のようだ。
「人間みたいに愚かと思われるのさえ、家具には勿体ない言葉さ」
膝ついた輪廻は冷たい床に爪を立てて引っ掻き。どうして払拭できよう思いと共に、再び回し蹴りした足を庚に直撃させる。
その合間、白虎は冬佳を吹き飛ばしていた。分厚い窓ガラスが玩具のように壊れて外へ放り出されそうになったところを、ラーラが冬佳の身体を間一髪で掴んで止める。
「ありがとうございます……!」
「いえ!」
あのノックバックは覚者をビルから落とす為のものでもあるのだろう。ここから落ちれば戦線復帰は厳しいもの。
怒り震える咆哮を何度聞いたことか。最早荒れ狂うあの雷神を止めることさえキツくなってきている。
「誇り高き霊獣が、故無くして貴方達に組する筈も無し。御子神庚……貴方、彼等に何をしたのです」
「古妖も人間も、自分の命より大切なものには最弱なのさ。それ以上でも以下でも……」
つがいの白虎の大切なものとは『子』であること。
「彼等を利用するのは『その方が楽しいから』でしょう。
ならば、大方の所は読み易い――弱みに付け込み、飽きるまで利用し尽くし、そして棄てる。こんな所ですか?」
「よく理解してくれていて、嬉しいよ?」
チリ、と怒りさえ覚えた冬佳だが、刃を怒りに曇らせてはならないとラーラが冬佳の刀を握る手にそっと触れた。
「お仕事なんでしょうが、関係ありません。これ以上、罪のない方たちを殺させたりはしませんよ」
「瀕死目前の、君たちがまだ何ができるっていうの」
拳を床に叩きつけ、痺れと痛みに震える身体を起き上がらせた凜音。
普段愛らしいものを作ることができる凜音の優しい手は、血みどろに染まっていた。それは誰の血でもなく、己の血。
自分が倒れれば戦線は崩壊してしまうことを、凜音が一番よく理解しているのだ。
立ち上がり、術式を展開。凜音の瞳は燃え上がるような色をしていたが、直後優しい瞳に戻って、迫り来ては、牙で凜音を抉らんとする白虎を見つめた。
「お前さんの『大事なもの』を捉えていた檻は壊してある。上にいるから行ってやれ」
其の時一瞬だけ、白虎が止まった。
止まったの、だが。
「違うなあ、そうじゃないんだよねえ」
庚の笑い声に脅され、白虎は凜音を噛み砕いてしまう。
「無駄だよぉ、君たちはまだ真実に辿り着けていないようだね」
其の時、無数のワイヤーが中空を飛び、庚の四肢から胴、指先に至るまで巻き付いていく。
「ぁん?」
庚の瞳に映るのは、血塗れになりながらも、背を仰け反らせ大空を仰ぐように両手を広げて笑っていた泰葉だ。
「あーー……なんか若干一名壊れちゃったのかな?」
庚は呆れ気味に言うがそうではない。
泰葉自身今迄多種に渡るクズという生物を見てきたが、ここまで心が動かされることは無かった。
感情。
感情。
感情。
泰葉はやっと、肺に空気をため込んで息をする人間に戻れたのだ。
「ああ、それが嬉しくて! 悲しくて……楽しい!」
怒りの仮面が割れた。
「お前のような家具に、お前のようなクズに、負けるものか」
喜びの面が割れた。
「だが感謝もしているんだ、この感情を再び呼び起こしてくれたことに」
楽の面が割れた。
「さあ、始めよう。終わりを――」
例え全身が裂かれようとも厭わぬように、ワイヤーが絡んだ身体を強引に動かした庚。
その庚の瞳も、泰葉が一言一言を奏でる度に、爛欄と輝きを放っていた。
「嗚呼、そっかあ。それが、人間の輝きかあ」
ぽそ、と庚が呟いたとき、泰葉の全身は淡く光りを放つ。全てを投げ打ってでも、庚という敵を殺す為に。
「いいのかなあ、僕なんかと一緒にイっちゃうなんて。後悔、しない?」
庚は鋏を構えた。どんな素晴らしい攻撃が、衝撃が、飛んでくるというのだろうと。
かくして二つの光は衝突する。庚の攻撃の方が一歩早かった、無傷で泰葉が攻撃を繰り出せることは無い。
あえて庚の刃を身体で受け止める、そこは確実に心臓を射抜かれていた。しかし例え胸に穴があこうが泰葉の指がピアノを奏でるように動く。
ワイヤーで庚の身体を固定、直後。下から上へ振り上げる右手。
「悔しいなあ、……あ、これが感情か……きみの、名前が知りたい、忘れられない名前になるだろう、最初で最後の――」
庚が瞳を閉じた刹那、泰葉の爪の先から腕まで一気に、庚の心臓部を貫く――。
――ごぶ、と吐血した庚が鋏を落とし、だらんと体重を乗せてただの死体へと変わったとき。
泰葉はその体重を支え切れずに、膝から崩れ落ちていく。仲間たちが騒いでいるが何も聞こえない、見えない。
最後に、哀しみの面が割れた。
「……ごめん」
真っ赤に染まった泰葉の手が、天井へと伸ばされる。
『――……』
柔らかな声が聞こえた。
先に逝ってしまった妹分が、その手を優しく握っていたような気がした。
「い、一度体勢を立て直し――」
ラーラが言うのだが、電撃が舞う。そうまだ白虎が残っている。
白虎も瀕死間際だが、凜音と泰葉が戦闘不能と化した状態で、残る冬佳とラーラと輪廻にどこまで相手ができるだろうか。恐らく、ここで足止めされていれば、きっと弟が――来る。
●
ぴた、と動きを止めた辛。
「肯定しましょう。俺達は家具ですが、人間です。ですが、どうしてそんな事を思い出させたのです」
鋏は二つでひとつ。
ひとつの持ち主が死ねば、もう片方へと伝わって辛の身体は強固になっていた。それは同時に兄の死を辛に伝えているようなもの。
到底刀嗣の刃では、貫き切れない鋼となり。
到底祇澄の刀では、切り伏せきれない家具になり。
到底渚の治癒力では、終わりが見えれば崩れることになる。
元々三人では辛い相手である白虎と辛を前に、辛は血の涙を流し、言った。
「それで?
次は俺に、何を教えてくださるんです?
憎悪ですか、苦汁ですか、恨みですか――教えて頂きたい。胸の空白を、埋めてください。兄が、兄者が、あああ、あああ、あああああああああああ!!」
■シナリオ結果■
失敗
■詳細■
MVP
称号付与
なし
特殊成果
なし
