ナポリタン殺すべし!
ナポリタン殺すべし!



 その男にとって、イタリア料理は人生そのものだった。
 小さい頃に両親と行った店で食べた、ミートソースだけのシンプルなスパゲティ。
 そのひと皿が、男の人生の道標となった。

 それから男は脇目もふらずに、料理人の道を歩み続けた。
 本場イタリアでの修行を認められ、田舎に帰って小さいながらも自分の店を開くことも出来た。
 男は思った、あのスパゲティと同じものを作り、イタリア料理の素晴らしさを知ってほしいと。
 なのに地元の子供達は、精魂込めて作ったスパゲティに見向きもしなかった。

 男は苦悩した。
 子供達が食べやすいよう、味も色々と工夫を凝らした。
 仕入れ値を削り、出来るだけ値段は安くした。
 だというのに、家族連れで来た子供は口々にこう言うのだ、「紅うどんの方が美味しい」と。
 ああ、憎い。
 俺は憎い。あの紅うどんが!
 毒々しいトマトケチャップと、ミートボールと、輪切りピーマンが……!

 程なくして男は心労がたたって倒れ、帰らぬ人となった。
 残されたのは小さなイタリア料理店と、店に染みついた尋常ならざる怨念だけ。

 紅うどん。
 またの名を――スパゲティ・ナポリタン。


「海外には、『イタリア人を殺したければ、パイナップルを乗せたピザを出せばいい』ってジョークがあるらしい。要するに、イタリア人はそれくらい食に対して保守的で、並々ならぬ自負心を持ってるってことだ。そんなイタリアで修行した料理人ともなれば……言うまでもないよな」
 教室に集まった覚者に向かって、久方 相馬(nCL200004)は言った。
「さて、今回の依頼だけど、とあるイタリア料理店に出現する古妖を倒してほしい。こいつは妖でいうランク2の上位クラスの強さで『ナポリタンは絶対に許さない』という怨念が具現化したものだ」
 どこをどう間違って、こんなはた迷惑な古妖が生まれたのかは相馬も知らないという。ナポリタンだろうがミートソースだろうが、そんなものは個人の好み……と言いたいところだが、人間を襲うとなれば話は別だ。
「で、古妖を誘い出す方法だけど。とりあえず現地に着いたら、皆でナポリタンを注文してくれ。そこで美味しい美味しいとナポリタンを食べていれば、古妖の方から怒り狂って襲ってくるはずだ」
 古妖は真っ白なコックコートに身を包んだ料理人の姿で現れ、巨大な麺棒で相手を叩き潰したり、ワイヤーのように頑丈なパスタで敵を突き刺して攻撃してくる。また、パスタを食べて負傷やバッドステータスを回復する能力も有しているらしい。
 加えて、料理人の古妖に付き従うように、パスタの姿をした古妖がわらわらと沸いて出てくる。こちらは妖でいえばランク1程度の戦闘力なので、手こずる相手ではないだろう。
 戦いが終わった後は、引き続きイタリアンで食事をして帰ってくるといいだろう。ミートソース、カルボナーラ、ボンゴレ、メランザーネ、ボッタルガ……パスタは大体揃っている。他の料理もイタリアンならば大抵は注文可能だ。ただし未成年の飲酒喫煙はNGなので注意してほしい。
「やっぱり人も古妖も、好みを押しつけたらダメだよな! 店の平和のために頑張ってくれよ!」
 爽やかな笑顔と共に、相馬は依頼の解説を終えた。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:坂本ピエロギ
■成功条件
1.古妖の撃破
2.なし
3.なし
ピエロギです。
この依頼は「食事→戦闘→食事」の三部仕立てでお送りします。
油断せず戦って古妖を倒し、のんびり食事をして帰りましょう。
OPにもあります通り、未成年の飲酒喫煙はNGですのでご了承ください。

●ロケーション
五麟郊外にあるイタリア料理店。時刻は昼です。
店にはFiVEから連絡が行っていますので、避難誘導等は不要です。
店内では覚者達のテーブル以外は片づけられており、立ち回りに支障はありません。

シナリオは、注文したスパゲティナポリタンを皆で食べているところから始まります。
古妖はナポリタンに愛着を示した人間を優先的に襲う性質を有しているようですので、
戦闘への布石も兼ねて、ナポリタンへの思いなどを語ってみると良いかもしれません。


OPに登場した料理人のモノローグは、プレイヤーのみが知り得るメタ情報です。
プレイングに落とし込む際はご注意ください。

●敵
〇亡霊料理人 × 1
とある料理人の怨念が具現化した古妖です。
スパゲティナポリタンに対して尋常ならざる憎しみを抱いており、
ナポリタンを食べていたり、ナポリタンを褒める言動を取る人間を優先的に襲います。

人間の言葉を理解しますので、挑発のやり方次第では、戦いを優位に運べるでしょう。
ただし古妖の価値観は人間のものとは違いますので、説得は不可能とお考え下さい。

・使用スキル
撲殺麺棒(特近列)
カペリーニの棘(特遠単【呪縛】)
スピラーレの槍(特近貫3[100%・60%・40%])
デュラムの祝福(自単・HP回復・BS解除50%)

〇幽霊パスタ × 12
亡霊料理人のしもべとして動く古妖です(人間の言葉は理解できません)。
白い皿に様々なパスタがごった盛りにされていて、空中を飛びながら襲ってきます。
単体では雑魚ですがそれなりに数が多く、油断は禁物です。

・使用スキル
ロングパスタの呪い(特遠単)
ショートパスタの祟り(特近単【解除】)
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(5モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年07月12日

■メイン参加者 8人■

『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)


 昼時である。
 ナポリタンの大盛りが8皿、白いテーブルクロスにぐるりと並んだ。
(みんな、ナポリタン、好き、そう)
 食事を楽しむ仲間を見回し、桂木・日那乃(CL2000941)は苦手なピーマンを皿の脇にそっと除けた。後で水と一緒に飲むためだ。どんなに嫌いな食べ物も、日那乃に残すという選択肢はない。
「ナポリタンだー! いただきまーす!」
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が、フォークに巻き取ったスパゲティを口に運んだ。
 パスタのもっちりプチッとした歯ごたえと、程よく絡んだトマトソースの風味に、奏空の頬が緩む。
「ナポリタンは日本人が考えた料理なんだよね。厳密にはイタリアンじゃないんだろうけど……」
「それでもわたしは好きです。子供っぽいって言われちゃいそうですけれど」
 厚切りベーコンを頬張る奏空に、納屋 タヱ子(CL2000019)が思い出深そうにコクリと頷いた。
「わたしが最初に食べたナポリタンは、それは美味しかったんです」
「ナポリタン美味しいよね。家庭の味もお店の味も、それぞれ個性が出るし」
 パスタを皿に取り分けながら、『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)がそっと微笑んだ。
(家庭の……か。これから俺が築く家のナポリタンは、どんな味になるのかな)
 将来に想像を遊ばせ、柔らかい笑みを浮かべる秋人。その隣の席では、緒形 逝(CL2000156)がスパゲティを口元に運んでいた。フルフェイスメットは言わない約束というものだ。
「……うん、甘めさね。子供や尖った味が苦手なヒトは好きそうだ」
 逝はシンプルなパスタが好みだ。初体験のナポリタンは、今ひとつと感じた。
「味付けもマイルド過ぎて物足らん。もうちょいピリッとしてるのが好みよ――すみません店員さん、チリオイルないかね」
 辛味調味料が来るのを待つ間、逝はバイザー越しにテーブルの光景を見つめた。ナポリタンを食べる仲間達。自分が経験しなかった光景を。
(ま、そう言う意味でならナポリタンは好きだねえ)
 逝の向かいでは、『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)が早くも1皿平らげそうな気配だ。
「ナポリタン美味いよな! ていうか、オレ、ケチャップ味って大体好きだぜ!」
 オムライス、ミネストローネスープ、ハンバーグ……どれも翔の大好物だ。山と盛られたナポリタンも彼にとっては前菜同然で、既に皿の底が見えはじめていた。
「このケチャップの味がたまらんよな~。最初に作った人尊敬するで」
「昔はナポリタンを紅うどんって呼んだらしいね。ボクも調べて知ったんだけど」
 『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)の言葉に、『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)が頷いた。
「名古屋には卵と合わせた鉄板イタリアン言うんがあるらしいで。ナポリタンも日々進化しとるんやな、最高やで!」
 その時、逝がぱんと手を叩いた。彼の第六感が来客を告げているようだ。
「良き哉良き哉。……さあて皆、ちょっと食後の運動でもしないかい?」
「ちぇっ。オレ、もう一皿注文したかったのに」
「ごはんの、邪魔。したら、ダメ」
 席を立つ8人。店内の開けた一角に、白いコックコートに身を包んだ男がボウッと現れた。
『お前達……! ナポリタンを食べていたな!!』
 透き通った体。ところどころぼやけた輪郭。
 ナポリタン絶滅というテーゼのためだけに存在する、強固な自我。
 この店に取り憑いた、人ならざるもの。
『許すべからず……! ナポリタン殺すべし!』
 虚空からパスタの皿が次々と浮かんで現われ、シェフの前でくるくると踊った。
 さあ、戦いの始まりだ。


 先陣を切ったのは、奏空だった。
「いっくぞー! 迷霧!」
 口周りのケチャップを拭くのも忘れ、KURENAIとKUROGANEの二振りを高く掲げて交差させる。
 舞台のスモークにも似た白い濃霧が店を覆い、古妖たちを絡め取ってゆく。
「パスタが邪魔だな、一掃してやるぜ!」
「悪食や。あのごちゃ盛りの皿を喰っておやり!」
 翔のDXカクセイパッドが発動。天井の照明が明滅して消え、龍のごとき雷が店を包み込む。
 逝の直刀「悪食」が唸る。黒い瘴気を孕んだ刀が、溜めた力をバネにパスタを切り裂いた。千切れたパスタの破片が、宙を舞いながら溶けるように消えてゆく。
『貴様! ナポリタンがそんなに美味いか!!』
「ああ美味いぜ。いやー最高だな、ナポリタン! これ考えた奴、天才だと思うぜ!」
 立派な体躯で覚者をぎろりと睥睨するシェフの古妖。
 負けじと翔が、口周りのケチャップをぺろりと舐めとる。本音のニュアンスを含んだ口調だ。
『あの青年を狙え! 締め上げ、突き刺し、無限パスタ地獄に落とすのだ!』
 シェフがサッと手をかざすと、皿の群れからロングパスタが一斉に襲い掛かった。
 翔は腰を落とし、ガード体勢。
 スパゲティ、ヴェルミチェッリ、フェットチーネ……襲い来るパスタを、弾き、抑え、逸らしてゆく。
 並みの人間ならば、とっくにパスタのミイラと化して窒息死は免れないだろう。
「ずいぶん長い麺やなあ。連獄波(コイツ)で切ったるわ!」
 凛の朱焔が一閃。受けきれなかった皿が割れ、そのまま宙に溶けて消えた。
「ミートパスタにカルボナーラ、どれも美味そうやけどやっぱりナポリタンが最高やな! この味が解らん奴は人間やないで」
『ぬううううう!! 貴様もイタリアンを侮辱するか、許さんぞ!』
 シェフは怒りを露わに、巨大な麺棒をドスッと地面に突き刺した。
 凛の足元を囲うように光のサークルが走ったかと思うと、鉄針のように鋭いカペリーニがサークルの全方位から凛めがけて撃ち出される。
 凛は背後と側面のパスタを朱焔で切り払い、前面の攻撃を両腕でガード。剣着を貫いたパスタは多くない。これならばと攻撃体勢に移ろうとして、ふいに体が重くなる。
(ちっ、呪縛か。厄介やな)
 ここで行動不能に陥るのはキツい。嫌らしいスパイスに、凛は内心で舌打ちした。
「焔陰さん、大丈夫かな?」
「ふたりとも。いま、治療する、ね」
 すぐさま中後衛からフォローが入った。
 秋人が深想水で凛の呪縛を洗い流し、日那乃は潤しの雨を降らせ、凛と翔の傷を塞いでゆく。
「先にパスタを片付けようか。数の暴力に押されちゃうからね」
 理央の水龍牙が、空飛ぶパスタを一掃にかかった。
 次々と落とされてゆくパスタに、タヱ子は思わず肩を落としてしまう。
(あのパスタたち……食べられないと分かっていても、もったいないです……)
 タヱ子はシェフとの激突に備え、蔵王・戒で防御を底上げしていた。高い防御力をさらに上昇させ、すべての攻撃を受けきる構えだ。
 覚者たちの連携によって、パスタの古妖が全滅するまで、そう時間はかからなかった。
 いよいよ親玉、シェフの古妖と決着をつける時だ。


 豊四季式敷式弓をキリキリと引き絞り、秋人が弾幕を張る。
 シェフは振り回す麺棒で矢を打ち払いながら、店内のインテリアを怨嗟の声でビリビリと揺らす。
『ナポリタンに死を! ナポリタンを愛する者に死を!』
「ねえ、どうしてそこまでナポリタンが嫌いなの?」
 奏空はふと、この古妖に興味を覚えた。ナポリタンへの尋常ならざる憎しみの源を知りたいと。
『子供……! そんなに紅うどんが好きか! あんな紛い物の、おぞましいゲテモノが!』
「俺は大好きだよ。父さんと母さんのナポリタンは、すっごく美味しかった!」
 振り下ろされる麺棒をKURENAIとKUROGANEで弾きながら、奏空は語る。小さい時に我儘を言って、うどん屋の両親にナポリタンを作ってもらったこと。そこで出てきた、うどんのナポリソースがけ――文字通りの紅うどんのことを。
 中力粉でこねた麺。ケチャップから覗く浅葱。トッピングに添えられたナルトと揚げ玉。一目見るなり「こんなの違う」と泣き叫んだあの日の景色が、奏空には今も鮮明に思い出せる。
「ふたりとも、抵抗はあったと思う。それでも美味しいって俺の言葉には、喜んでくれたよ」
 奏空は自らの想いを語った。相手は古妖で、人間とは価値観を共有できない。それを承知で。
「料理人の手は、お客さんを笑顔にするためにある。その手で……人を傷つけたらダメだよ!」
 奏空の鞘から、二条の光が走る。速度の全てを力に換え、必殺の激鱗がシェフの胴を捉える。
 命中。だが物理属性の一撃は、思うようにダメージを通さない。致命傷には至らないようだ。
『イタリアンこそ世界で至高の料理! ナポリタンを根絶やしにすべし!』
「ナポリタンは、嫌い? どうして?」
 ますます怒り狂って暴れる古妖に、日那乃が首を傾げて問いかけた。
「パスタは、食べるのに。パスタの、古妖も、つれてる、のに」
『何故イタリアンの素晴らしさが分からぬ! ナポリタンの方が美味いなどと言うのだ!』
「なるほどね。何となく分かったぜ」
 話を聞いていた翔の目がキラリと光った。
 この古妖を生んだシェフは、自分の料理よりもナポリタンが美味しいという客が許せなかったのだろう。その思いがあまりに強すぎたが故に、こんな化け物を生んでしまったのだ。
「いい加減認めろよ。みんなが美味しいって言うからには、ちゃんと理由があるんだよ」
『我はイタリアンの料理人! 美味い不味いは我が決める!! ナポリタン殺すべし!!!』
 古妖は怒号を張り上げ、麺棒を地面に突き刺した。
 床から生えた極太のパスタが、鋼の槍と化して射線上の翔と仲間を貫く。直撃すれば大ダメージだったろうが、タヱ子と日那乃のフォローによって、翔たちの傷は瞬く間に塞がった。
 翔は口を開いて、オレの場合は、と続ける。
「ナポリタンって母さんの味なんだよな。お袋の味にかなうモンってあんまりねーと思うぜ?」
 まあ、レストランの本格的なパスタも大好きだけどさ――肩を揺らして、翔はケラケラと笑った。
「オレはこの戦いを終わらせて、ナポリタン以外のモンも食いたいんだ。さっさと退治されてくれ!」
 翔の雷獣が白虎の姿をとって、シェフの喉笛に食らいつく。
 視界を奪う雷光が走り、充満する煙を突き破って、シェフが麺棒を前列めがけて振り下ろした。
 振動が店を揺らし、天井の洒落たランプが悲鳴めいた音を立てて揺れる。
『おのれえええ! ナポリタンを愛する者どもめ、絶対に許さんぞ!!』
「四条さん、回復は俺と桂木さんが引き受けた。シェフを頼む」
「任せて。食らえ、火焔連弾!」
 理央の周りをはべる炎の塊が、放物線を描いて次々とシェフに飛んでゆく。連続して撃ち出される火球の直撃を受け、シェフの姿がぼやけ始めた。効いている。
 口を結び、再び火焔連弾の発動態勢に移る理央。好機と見たタヱ子がさらにシェフを挑発する。
「喫茶店に、サービスエリアに、唯一あるスパゲティがナポリタン。そういった事もあると思います」
『ナポリタンなど許さぬ! 認めぬ!』
「ナポリタンはイタリアンでなくとも――皆を笑顔にする素晴らしい料理。それではいけませんか?」
『ナポリタンを愛するものは、すべて我の敵!!』
 タヱ子がナポリタン、という単語を口にするたび、シェフの麺棒がうなりをあげて前衛を襲った。
 理央の火焔連弾や翔の雷獣を全身に浴び続けながらも、シェフの狙いはタヱ子から離れない。
「もしかしたら、ナポリタンを食べた人がイタリアンの素晴らしさに目覚める事だって――」
『ナポリタン死すべし! 殺すべし!! 滅ぶべし!!!』
「イタリアンの間口は広い方が良い。そう思いませんか?」
『ぬおおおおおおおおお!!』
 悲鳴とも絶叫ともつかぬ咆哮をあげ、シェフが麺棒を振り下ろした。
 悪あがきだった。元から守備に優れるタヱ子が、さらにバフスキルで防御を底上げしているのだ。範囲攻撃のダメージは、秋人と日那乃がすぐに回復してくれる。大したダメージにはならない。
「やれやれ。そも子供の舌は細かい味覚を正確に受け取りきれない……ま、馬の耳に念仏かね」
 琴富士の溜めを完了した逝が、わざとらしくため息をついた。自国の文化にない料理というのは、時間をかけて舌を慣らし、やっと良さが分かってくるものだからだ。
「悪食や、パスタだけじゃ物足りんだろう。あの思考がアルデンテ未満の料理人も喰っておやり!」
 硬化した逝の体が一本の刀と化し、シェフの体を唐竹割にせんと大上段の一閃を振り下ろす。
 直撃だ。シェフは麺棒を取り落とし、床に膝をついた。
『ナポリタン……殺す……べし……』
「終いやな」
 朱焔を正眼に構えて、凛は内心で苦笑する。
(ま、あんたの気持ちは解らんでもないで。あたしもTVで海外の日本料理を見た日には――)
 スパイダーロール。ザクロやマンゴーを握ったフルーツ寿司。リング状に握ったスシドーナツ……思わず「ありえへんやろ!?」とツッコんだことも一度や二度ではない。
 だが、凛は同時に思う。それを愛し、美味しいと言う人々が殺されるいわれはないと。
「人様に迷惑かけたらあかん、いうことやな。大人しく塵となって消えてんか!」
『おのれ……おのれナポリタンめえええええぇぇぇ!!』
 凛の豪炎撃を心臓に打ち込まれ、ついにシェフは霞となって霧消した。


 平穏を取り戻した店内に、再び食器の音と談笑が戻ってきた。テーブルが整列した店内は昼時の客で満員で、皆が笑顔で食事を楽しんでいる。
「お待たせいたしました。アラビアータの辛さ増量でございます」
「おお、いい匂いだねえ。こうでなくちゃ」
 逝は上機嫌でフォークを取った。真っ赤なアラビアータからは、唐辛子の辛みをたっぷりと吸ったオリーブオイルの香りが立ち昇る。見ているだけで、辛そうで――そして、美味そうだ。
「ああこれだ、この味だ」
 逝のフォークに絡んだパスタはまるでシュレッダーに吸い込まれる紙のように、フルフェイスメットの中へズズズズと消えていった。それを見たタヱ子の心に、常々気になっていた疑問が湧く。
(緒形さん、どうやってパスタを食べているんでしょう………?)
「アハハ! おっさんの『これ』が気になるかい? なら取ってみせよう、そら!」
 タヱ子の視線に気づいてか、逝は陽気な声で肩を揺らし、サッとメットを脱いだ。そこに現われた素顔は――黒い短髪に、深緑の瞳。整った端正な顔は、しかし、どこか仮面のようだった。
 結論から言えば、逝は至極普通にパスタを食べていた。フォークでパスタを口に運び、皆と同じように咀嚼する。喉が渇けば水も飲む。
 だが。
「おやおや、辛さのあまり汗が目に。ああ大変だ!」
「辛いねえ! おっさん、口から火が出ちゃうよ」
「セミフレッドはある? 嬉しいねえ、じゃあお願い。アハハ!」
 情感豊かな声。楽し気なジェスチュア。それらを全て、逝は全くの無表情でやってのける。表情を殺しているのではない。顔の上半分の表情筋は、最初から死んでいるかのようだった。腹話術の人形の方が、まだ表情豊かだろう。
「おっさん、顔がスースーしちゃった。というわけで、顔見せはお終い!」
 逝はメットを被り、食事を再開した。それを見ていた仲間達に、特に驚きの様子はない。FiVEはともすれば普通人の方が珍しい組織だし、何より逝は信頼できる仲間だ。
「それにしても……皆さん、よくお食べになりますね」
「本当にね。ボクなんか、見てるだけでお腹いっぱいになりそうだよ」
 ミートソーススパゲティの粉チーズを満遍なく混ぜながら、驚き半分呆れ半分で言うタヱ子。
 かたや理央はというと、エスプレッソを一口一口味わうように飲んでいる。
(食べ過ぎちゃうと、体重落すのが大変だしね)
「……(もくもく)」
 日那乃は先ほどから、小ぶりのピッツァ・マルゲリータを口に運んでいた。モッツァレラとトマト、バジルのみのシンプルなピザだ。
「やっぱ唐辛子の匂いって、食欲をそそるよな」
 翔は主菜のボンゴレを食べ終えて、セコンド・ピアット(第二主菜)に手をつけたところだった。旬のイサキを丸ごと使い、トマトとニンニク、オリーブオイルで煮込んだアクアパッツァだ。
 一方、凛もまた翔に負けず劣らずの食いっぷりで、巨大な鉄皿にガツンと盛られた肉の塊をぱくぱくと頬張っている。
「やっぱ動いた後はがっつり肉食べな。肉! 肉!」
 ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ。またの名をフィレンツェ風Tボーンステーキ。赤みが差したレアの骨付き肉のシズルが、この上なく食欲をそそる。骨付き部分は手掴みだ。へばり付いた旨みの塊をこそげ取り、その美味さに思わず頬が緩んでしまう。
 指先の脂をナプキンで拭うと、凛はワイングラスを手に取った。グラスに溜まった赤ワインの香りに、しばし言葉を失う。焼きたての骨付き肉に、芳醇な赤ワイン。形容の言葉が見当たらないほど、素晴らしい味わいだった。 
「……~っ! 美味い肉にワイン、最高やな!」
 肉とワインをぺろりと平らげた凛に、一同が目を丸くしていると、デザートが運ばれてきた。
「ティラミスとセミフレッドをお持ちしました」
「わーい! いただきます!」
「うん、やっぱり〆はこれさね」
 ティラミスを頬張る奏空の笑顔が、とろとろと溶ける。
 セミフレッドの心地よい冷たさが、唐辛子で熱くなった逝の体をそっと冷ます。
「ごちそうさまでした。皆で食べる料理は、やっぱり特別美味しいね」
 満ち足りた笑みを湛える秋人に、お腹のふくれた仲間たちが頷いた。


 かくして戦いを終え、食事を終えた覚者たちは、この一言で依頼を締めくくった。
「ごちそうさまでした!」
 小さなイタリア料理店で起こった、とある日の出来事である。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです