神よあなたはどうして我らをお見捨てになったのですか
神よあなたはどうして我らをお見捨てになったのですか



 この世界に神様なんていない。
 きっと僕らを見捨ててどこかへ逃げてしまったんだ。
 村の教会に一人ひざまづき、肌着姿の少年は両手を組んだ。
 これからもきっとよいひとでありますから。
 ひとにつくす自分でありますから。
 どうか罪をお許しになり、よきところへ逝けますように。
 ひざまづいた少年は強く強く目を瞑り。
 そして。
 頭がはじけて飛び散った。

 東北のある村を襲ったのは未知の疫病であった。
 何の初期症状もなく、ある日突然眼球の奥がダイナマイトでも仕込んだかのように爆発し、顎から上を粉々に飛び散らせるというものである。
 医者のすべてがさじをなげ、祈祷師退魔師占い師とあらゆるオカルトの専門家も手を上げた。
 感染を恐れた市は村人を村から出すことを禁じ、谷に覆われた彼らの里をバリケードで封鎖した。
 数多くいた村人は一人また一人と死に、墓はやがていっぱいになり、神社の裏手に大きな穴を掘って埋めるようになり、やがて埋めるための人員すら追いつかなくなっていく。
 最後の一人が死ぬまでそれは続くだろう……と。
 異形の鬼は、高い木の上から思った。


「疫鬼という古妖がおりました。人が増えすぎた時。もしくは海や山の怒りをうけたとき、疫病をもたらして多くの人々を殺したと言います。彼は今もこの日本に住み着き、時として疫病をもたらしてきました。今回多くの人々が奇病で亡くなった村もまた、この古妖がもたらしたものとされています。それらは人々への悪意や害意によるものではなく、自らの使命として全うしてきたものだったそうです」
 逢魔化社会に疎い者はよく古妖と妖を混同するが、それらは根本的に別のものである。古くから存在する妖怪変化そのものを古妖と呼び、逢魔化時代に発生しはじめた因子のバケモノを妖と呼ぶ。
 しかし、この区別が全国民に深く浸透しているかと言えば、そうではない。
「疫鬼は谷に覆われた村の中で、人々に紛れる形で古くから暮らしていました。しかし逢魔化によって妖の存在が広まったことで、疫鬼は衆目と迫害に晒され、村をおわれました。山に隠れ住みながらも、定期的に猟師や覚者に追われ、逃げ惑う日々を、数十年。疫鬼は怒りと憎しみによって、村の人々への復讐を始めたのです」
 村も、そして周辺地域も、疫鬼への対策方法をもたない。
 疫鬼のことをよく知っている者たちも疫病で死に絶え、もはや何も知らない若者たちが病に脅かされて暮らすばかりである。
 この問題を解決できるものは今、ファイヴの覚者をおいて他に無いのだ。
「疫鬼の居所は掴んでいます。やり方は皆さんに任せますが……実力による殲滅、ないしは何らかの解決を望みます」





■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:八重紅友禅
■成功条件
1.疫病問題の解決
2.なし
3.なし
 八重紅友禅でございます

 死は誰にでも訪れるものであり、疫病もまたその一形態であります。
 病に意志はなく、ただ平等に訪れるものです。
 しかしそこに人格と姿形を持ってしまったことで、人々は疫病を憎み、疫病もまた人を憎むようになってしまいました。
 この問題の解決方法は、恐らくながら無数に存在しています。
 その方法を皆さんの話し合いによって探るか、もしくは皆さんの実力によって殲滅するか。
 皆さんは選ばなくてはなりません。

●古妖『疫鬼』
 疫病をおこす能力をもった古妖です。造形は人にやや近く、口元がクチバシのようにとがった奇妙な仮面をつけています。
 自ら施したものであれば病自体を操ることができるため、現在病にかかった人々を解放(治癒)することも可能です。これには一ヶ月前後かかります。その間病状の引き延ばしも可能なようです。
 戦闘能力は妖のランク2~3にあたります。格闘能力はそこそこですが、敵全体にバッドステータス全13種を一斉付与するスキルをもっており、今のファイヴ覚者にとってはかなりの驚異になるでしょう。
 彼は今破棄された神社の中に住んでいます。
 村への侵入方法は既に用意されているので、複雑に考える必要はありません。

 一応夢見から提案されている作戦手順は以下の通りです。
・覚者に敵意を持っているであろう疫鬼との戦闘を開始。
 推定戦闘不能者数3人。これを想定した作戦構築を行ない、疫鬼を戦闘不能状態にする。
・戦闘を終えた段階で話し合いが可能な関係性を築けていた場合、交渉を開始。最低でも疫病拡大の即時停止を要求。そこまでの要求が可能であれば疫病状態の治癒を求めること。

※交渉にあたっての補足
 →全員で同じことを唱えた場合、内一名のみを発言させ、残り全員が黙ることになります。プレイングもそのぶん『なかったこと』になります。
 →できないこと、ありもしないことを条件に出すと交渉決裂の危険があります。
 →どうしても困ったら交渉を破棄し、『言うことを聞かなければ殺す』という恐喝にシフトしましょう。この場合要求できるのは拡大停止までです。それすら拒否されたとしても殺してしまえば拡大停止は事実上完遂できます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
9/9
公開日
2015年09月28日

■メイン参加者 9人■


●神様はいてはならない
「積もり積もった怒りと憎しみが、彼を突き動かしていると考えると……悲しいのぅ」
 閑散とした村を『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)はゆっくりと歩いていた。
 『疫鬼』について、思うことは人による。
「できれば、連鎖を断ちたいですが」
 周囲の顔色をうかがう『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)。
 野武 七雅(CL2001141)は不慣れな環境にきょろきょろとし、桂木・日那乃(CL2000941)は何を考えているのか分からない顔をしている。
 『絶対的超越者』轟牙龍炎・超越(CL2001161)に至っては鬼のような形相で固まっている。
 何か言うべきだろうか。そう考えた所で、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が何気ない口調で語り始めた。
「この国には『たたりがみ』という考え方があります。だがそれをもたらす存在を具現化してしまえば、人は迫害する。とかく、人は弱くて臆病な動物です」
 そこに自分を含めているか否かは、表情からはわからない。
 『浅葱色の想い』志賀 行成(CL2000352)がため息をついた。
「人の都合と古妖の都合か。しかし使命が復習と化し、本来消えざるべき命が消えることを許してはおけない」
「人と古妖はあくまで共存関係であってほしいものですな」
 『教授』新田・成(CL2000538)の頷きに、阿久津 亮平(CL2000328)は視線だけで応えた。
 人が疫鬼を迫害し、疫鬼が人々を恨む。
 しかし。
「どうして、この土地を離れなかったんだろうな」
 目を細める。
 遠く道の先。木々に隠れるように、その神社は存在していた。
 神社の名前は、今やない。

●愛するものは同時に憎みもする
 神社に近づいた段階で木々を反響するようにどこからか声がした。
「立ち入るな。立ち去れ」
 目だけで合図する日那乃。相手は恐らく疫鬼だ。超越がごほんと咳払いをして三歩前へ出た。
「疫鬼と見受ける! 話を聞け! 俺の名は轟牙龍炎超越。我々は戦いでの解決など――」
「立ち去らねば殺すことになる」
「……」
 超越は鬼のような形相のまま、三歩下がった。
「なんということだ。俺のオーラですら通用しないとは」
「いえ、大丈夫です」
 手を翳す御菓子。
「今すぐ戦うつもりはありません。少しお話しませんか?」
「信じぬ。我は強く、人は弱い。弱さは欺きの故となり、欺きは強さをくじく牙となる」
 木々がざわめく。樹香の額から大粒の汗が浮かんだ。
『まずいぞ、構えろ』
『でも――』
『余裕が無い、行成!』
 御菓子の腕を強引に引っ張る樹香。代わりに行成が前へ飛び出して覚醒。薙刀を振りかざした。
 途端、頭上から降ってくる疫鬼。繰り出された手刀を薙刀で受けるが、思わず膝が震えた。それほどの衝撃なのだ。
「立ち去らぬなら、相応の苦しみを受けよ」
「どのみち実力は行使するはめになるかっ!」
 薙刀を返して突きを繰り出す行成。柄を蹴ってかわす疫鬼。
 宙に浮いた所へ、亮平が銃を乱射した。
 至近距離での銃撃ではあるが、疫鬼はそれらを両手の指の間でキャッチし、くるりと身を転じて着地した。
 ぶわりと宙に飛び上がる日那乃。
 空圧をワンドの先に凝縮させると、疫鬼めがけて発射した。
 腕を交差させて防御する疫鬼。
 成が後方へ回り込む。杖から刀を抜き、衝撃波を放った。
 衝撃は疫鬼へ直撃。バランスを崩した所に、樹香が狙い澄ましたように斬りかかった。
「ワシというなの命、見せてくれようぞ!」
 足を切断せんばかりの足払いが疫鬼を完全に転倒させる。転倒した疫鬼を、千陽が軍靴によって踏みつけた。
 激しい圧力にうめく疫鬼。
「まるでペスト医師のような仮面ですね」
「――」
 瞬間、千陽の身体に衝撃が走った。目に見えない力で後方へと吹き飛ばされる。
 一方で超越は鬼のような形相できょろきょろとしていた。
 袖を引く七雅。
「どうしたのです?」
「いや……」
 多くを語らない超越をよそに、七雅は今まさに立ち上がろうとしている疫鬼に杖を構えた。
「よく狙って」
 片目を瞑り、水礫を発射。
 反動で軽くのけぞったが、水を圧縮した弾は起き上がりざまの疫鬼の胸へ直撃し、再び仰向けに押し倒した。
「あたったのですっ」
「喜んでいる場合じゃないぞ」
 手を翳して後ろに下がるように合図する亮平。
 一方で仰向けになった疫鬼は、ゆっくりと再び身体を起こした。
「……」
 特にどのような動作をしたわけではない。
 急速に、そして突然に亮平たちの皮膚がいびつに腫れ上がった。
「ぐっ――!?」
 抵抗する暇などない。身体全体が一気に傷つき、弱り、そして意識が薄れていく。
 戦闘行動などおよそ続けていられる状態ではなかった。
 膝をつき、ぐらつく頭を押さえる行成。
 周囲を見回せば、皆一様に衰弱していた。
 杖をついてこらえる成。
「いけません。スリップダメージもさることながら、自然治癒ができなければ最大で三分は動けません。その毒や火傷で間弱体化し続けるとなると、手も足も出なくなります……」
「そうなったら話し合いどころではないのぅ。御菓子、治癒は」
「すみません、私も動けなくて……」
 御菓子は膝立ち姿勢を維持するのが精一杯だ。立ち上がることすらままならない。いわんや演舞や癒やしの霧においておや。
「しまった。はじめから向日葵さんを庇っておくべきだったか……」
 行成と亮平は血の混じった脂汗を流した。
 危なくなってからガードに徹するつもりだったが、見積もりが甘すぎたようだ。御菓子の回復術が仮に無かったとしても、味方を庇いながらであればここまで窮地に陥ることはなかったはずなのだが。
 荒い息をしながら疫鬼の様子を見上げる日那乃。
「……」
 疫鬼は、苦しむ日那乃たちをゆっくりと見回すばかりでそれ以上手を出してくる様子がない。
 特殊スキルが連発できるものではないのか、それとも追撃する気にならないのか。
 七雅は超越の足にすがるようにして自重を支え、熱にうなされたような顔で薄めを開けた。
 重々しく、しかしゆっくりとまばたきをする。
「な、なつねは……」
「ぐぬ」
 超越はまさかの直立不動だったが、指一本たりとも動かす様子はない。どうやら身体が固まりすぎて直立姿勢から動けなくなっているようだ。
 軍帽のつばを掴んで亮平のほうを見る千陽。
「このままでは全滅します。撤退を考えるべきでは」
「……しかし」
 思わず血を吐き出す亮平。
 地面に倒れないのが不思議なくらい、既に平衡感覚が失われていた。上下左右はもとより、敵味方の区別すら曖昧になってくる。行動不能状態が自然治癒によって解かれたとしても、思わず味方を撃ってしまう可能性すらある状況だ。
 そんな中で、疫鬼は静かに言った。
「立ち去れ。そうすれば命までは取らぬ」
「断わる、と言ったら」
「命を取らねばならんだろうな」
 疫鬼は懐から異様に薄くて細い小刀を取り出すと、行成の足に深く突き刺した。
 痛みが走る。血が噴き出し、広がっていく。
 刀を引き抜き、更に刺す。
 抜き、刺し、抜き、刺し。それを幾度も続けた。
 やがて行成の抵抗が止めば、今度は良平。良平の抵抗が止めば、今度は千陽。千景の抵抗が止めば、今度は樹香だ。直立姿勢で、一見立ち塞がっているように見える超越の横を素通りして、疫鬼は御菓子の背中に小刀を突き刺した。どさりと脱力して倒れる御菓子。
 味方がばたばたと倒れて行く中、超越は鬼の形相で震えた。
「う、ぬ、ぬおおおおおおお!」
 神経をぶちぶちと千切らんばかりに振り向き、腕を乱暴に振り回す。
 腕に巻き付いた植物のつるが拳を固め、疫鬼の顔面で炸裂した。
 拳が割れて血が吹き出し、超越当人は顔を真っ青にしてうつ伏せに倒れた。
 よたよたと後じさりする疫鬼。
「最後の抵抗か。むなしいな」
 小刀を手にゆっくりと近づく。日那乃が弱々しくも翼を広げ、抵抗の意志を見せた。
 手のひらを翳して『待て』の姿勢をとる疫鬼。
「今更あらがうな。苦しみが増すだけだ。死体は我が埋めてやる。供養まではできぬが」
「ちがう。そうじゃない、よ」
 日那乃は自分の服の裾を強く握り、疫鬼――のすぐ後ろに立った亮平を見た。
「わたしたちは、終わってない」
「――なにっ!?」
 慌てて振り向く疫鬼。
 その瞬間、七雅が癒しの霧を緊急展開。
 周囲が濃霧に包まれていく。
「おしごと、こなすのですっ」
「あなたが復讐を思う気持ち、分からないでもありません。でも――!」
 むくりと起き上がった御菓子が霧と同時に浄化物質を散布。それまで動けずにいた成がここぞとばかりに飛び出し、刀を疫鬼へと突き刺した。
「ぐ、しまった。覚者の命は一つだけでは無かったか――!」
「今更気づいても遅いですね」
 咄嗟に手を翳し疫病を放とうとする疫鬼だが、行成が日那乃を、亮平が樹香を、超越は七雅を、そして千陽が御菓子をカバーした。
 対抗して先刻の霧と浄化物質を展開する御菓子たち。
 そうした隙をついて、樹香が薙刀を大きく振りかぶった。
「ワシは人間じゃからお主の気持ちは分からぬ。それでもワシはお主を、救いたい!」
 大上段から振り下ろされた薙刀は、疫鬼の頭部へと直撃。仮面を粉砕し、今度こそ疫鬼を打ち倒したのだった。

●こんな世界でなかったら
 疫鬼の仮面の下にあったものは、人間のそれとさして変わらないものだった。
「お前の勝ちだ人間。我を殺せ。そうすれば病の拡大は止まる」
「断わる。まずは話を聞け」
 亮平はどっしりとその場に腰を下ろした。慣れない行動に疲労がたまったのだろう。
 戦闘が終わった今だから語ることだが、疫鬼に気づかれないように彼らは劣勢のふりをしていたのだ。元から立てていた作戦ではなかったのでかなりアドリブが入ったが、亮平の送受心でメッセージを送りあったことでうまく連携がとれたようだ。
 他にもいくつかメッセージを送りあっていたが、その件に関しては。今は使い物にならない。
 たとえば千陽は疫鬼の仮面が黒死病時代の感染防止マスクに似ていることを指摘した際に疫鬼が不自然な挙動をしたことを報告してきたが、だからどうとは言えない。
 今から彼らがしようとしてるのは交渉なのだ。『あなたはお医者さんのような格好をしているのだから人々を病弱にすることは不本意ではないですよね?』などと述べたところでなんだというのか。
 行為に対する後付けの理由にしかならない。仮にそれが問題解決のトリガーになるのであれば、そもそもこんな状況にはなっていないのだ。繰り返すが、彼らがするのは交渉だ。説得ではない。
「十数年耐えた貴方がなぜ、今突然復讐を始めたのか、それが解せません。貴方は迫害され、逃げながらも、この村の近くにいることを選び続けた。それには理由があるのではないですか? この地ではならない理由が」
「理由があったからなんだというのか。知ってどうなるものでもない。目的を述べよ、さもなくば去れ」
 疫鬼の突き放した言い方に、千陽は顔をしかめた。
 首を横に振る樹香。
「今更じゃ。感情で解決できなくなったから、今この状態があるのじゃ」
「とはいえ、話は聞いて貰う。私たちの目的はそこにあるんだからな」
 一応周囲を警戒しながら言う行成。
 疫鬼も懐から出した布をずきんのようにして顔を隠しつつ、小さく頷いた。
「いいだろう。話を聞く。聞いた上で、我が返答も述べよう」
「助かる」
 息をつく亮平に、日那乃が耳打ちをした。
 そんな様子をよそに、御菓子が疫鬼の前へ出た。
「繰り返すようですが、あなたの気持ちが分からないわけではありません。しかし、由緒ある疫鬼であるあなたが復讐の念に任せて暴れて倒されることは本望である筈がありません。今後どうしたいのか、教えてください。できればあなたも助けたいのです」
「向日葵君、大事なことを忘れていますよ」
 杖をついて、成が御菓子の隣に立った。
「我々の要求は、疫病拡大の即時停止です。そして、ご理解頂けるなら既に疫病にかかっている患者の治癒を要求します」
「……それ故の『どうしたいか』か」
「その通り」
 成は亮平と念話でメッセージを交換した。
『国立公園や世界遺産を住居として紹介するのは?』
『やめておけ。そんな権利、俺たちにはない。仮にあったとして、国を相手にどう説明する? 無い袖は振れないぞ』
『たしかに……』
 咳払いする成。
「かつて人間社会には食料が限られ、疫病は必要はものだったかもしれません。中国に至っては軒下の蜘蛛すら食べていたほどです。しかし今は豊かだ。病なくして、人々は生きていけます」
「むう」
 超越は鬼の形相で首をひねった。
「千陽の言に乗るようだが、今この場所に住み続けるつもりならば、可能な限り条件を呑むつもりだ。人の立ち入りを禁ずるように取りはからうことも、考えよう」
 何か言うことがあるか、という目で七雅を見下ろす。
 七雅は暫く考えてから、たどたどしく語った。
「パパやママが病気で苦しんだら、悲しい気持ちでいっぱいになるの。悲しい気持ちをぶつけるところがないから、きっとびょうきをうらんじゃうのです。そう、なつねはおもいました」
「…………」
 疫鬼は暫く黙った。
 沈黙がどれほど続いただろうか。
 やがて疫鬼は立ち上がり、廃墟化した神社へときびすを返した。
「我が要求は、人間の山への立ち入りを禁ずること。むろんお前たちもだ」
「あの……」
 御菓子の呼びかけに、一瞬足をとめる。
「病は、人知の及ぶ難病にまで引き下ろす。もし人が立ち入ることがあれば、彼らの命はない。それが条件だ。飲めぬなら、いつでも我を殺せばいい」
「……わかり、ました」
 静かに社へ戻っていく疫鬼をそれ以上呼び止めることは、彼らにはできなかった。

●ただの病でいられたならば
 不本意なのは当然のこと。
 悲しみは当然のこと。
 愛も憎しみもあって当然のこと。
 されどこうなってしまえば止められず、条件と言う名の銃口を突きつけ合ってお互いを止めるしかなくなったのだ。
 疫鬼の感情を入念に読んでいた日那乃は、独特の口調で、後にそのように語った。
 村の人々に言わせれば、きっと疫鬼が先に仕掛けてきたのだと言うだろう。母が殺されたのだと言うだろう。彼らの感情を抑えることは今更できない。そうである以上、疫鬼がいかに平静を保てたとて、問題が収まることはないのだ。
 無難に済ませるなら、超越が言うように、立ち入りを禁じるのは良い考えだったのだろう。あくまで結果論だが。
 町の電話ボックスから成が出てくる。
「……F.i.V.Eとの話が終わりました。周辺市町村には、『疫鬼の問題は解決したが山には対処不可能な病原菌が蔓延している』というカバーストーリーを立てて貰うことになりました。これを使って今後半永久的に山を立ち入り禁止区域とします。ある意味村人を人質に取られているようなものですから、慎重に扱わねばなりませんね」
 うつむく御菓子。
「そうですか。仲良くは、できないんですね」
「……」
 千陽は厳しい顔で軍帽のつばを掴んだ。
「疫鬼は人殺しなどしたくはなかったのでしょう。できれば永遠に、概念のままでいたかったのです。『疫鬼は自分たちが気に入らないから病気で殺そうとしているのだ』などというあてつけをされたくないあまり、本当に彼らを故意に殺してしまった。なるようにならなかったのです。すべてが」
「なるようにならぬ、か」
 呟いて、樹香は空を見上げた。
 空は今日も青く、雲は白い。
 誰の気持ちも知らず、地球は今日も回っているようだ。
「さて、帰ろうかのぅ。お前様方」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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