≪花闘夜噺≫蜘蛛の糸
≪花闘夜噺≫蜘蛛の糸


●或る世界の終わり
 ――私はきっと、現実と向き合うのが怖かったのだろう。
 父の会社の状況が、余り思わしくないと言うことは薄々感じていた。けれど両親は心配することはないと言い聞かせ、私も大丈夫なんだと深く考えずに頷いて。
 今でも私は、あの時何が出来たのか分からない。そうして一見、何事も無い日々が続いたある日――家に帰った私を出迎えたのは、首を吊った両親の姿だった。
(……心中)
 そんな言葉が過ぎって、ふたりはどうしようもない所まで追い詰められていたと知って。その後でぼんやりと思ったのは、どうして私を一緒に連れて行ってくれなかったのか、と言うことだった。
(私は、違うから? 覚者だったから?)
 ――獣憑とはっきり分かる、猫の耳と尻尾が揺れる。その力は、驚異的な反応速度や治癒力に集約されていると言われていて、だから彼らは私を殺しきれないと考えたのだろうか。
(だから、ひとり残されたの……?)
 夕陽が差し込むリビングで、どれ位呆然としていたか分からない。気が付いた時には、私の家に柄の悪い男たちが踏み込んで来ていた。
『両親が借金をこさえていた』『利子が膨らんで』『こちらとしても随分待ったんですがねえ』『何、死んだ? 返す当ては』『娘ひとり残して』『酷い親だねえ』『じゃあ、遺されたあんたが何とかしないとな』『親の代わりに働いて』『ああ、若い娘なら楽に稼げる場所があるから――』
 あ、あ、あああ――! 何を言われているのか、私がどうなるのか分からない、否、分かりたくなかった。
「いや、嫌あぁ!!」
「この……っガキ、暴れるな……!」
 無遠慮に触られた腕を振り払う。拳が飛ぶ、顔を殴られる。無我夢中で私は爪を振るって暴れ、叫ぶ声を止めることは出来なかった。
「たすけて、たすけて、助けて……!」
 置いていかないで、ひとりにしないで。私の世界が壊れてしまったのなら――私も、壊れるしかない。

●月茨の夢見は語る
 久方ぶりに顔を覗かせた『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は、沈痛な面持ちで夢見による予知を告げた。覚者同士の戦いが切っ掛けで破綻者が生まれ、衝動のままに暴れ回る――要約すれば、そう言う事件が起きる。
「……ただ、その事情が複雑で。破綻者になるのは彩芽さんって言うんだけど、彼女は丁度、両親の死を目の当たりにした所だったの」
 小さな会社を経営していた彼女の父親は、経営難に陥り借金を重ね――それでも立て直しを図れずに会社を倒産させてしまったらしい。結果、膨大な負債を返す当てもなくなった彼は、心中を決意するに至ったのだが、一人娘の彩芽が覚者であったことで悲劇は起こる。
「覚者である彩芽さんを、殺しきれる力が無い……そう思ったのかは分からないけど、両親は彩芽さんを残して死ぬことを選んだ」
 ――或いは、実の娘を手に掛けるのが忍びないと思ったのか。其処までは分からないが、とにかく彩芽はひとり残された。しかし、其処へ借金の取り立て屋が押し寄せ、彩芽は借金を背負わされて強引に連れ去られそうになる。
 そうして絶望の果てに彼女は、自分が壊れることを望み――破綻者となって、見境なく牙を剥くのだ。
「取り立て屋は、その、柄の悪い感じのひと達で……荒事向けの隔者なんだけど。それでも契約をした上でお金を借りていたみたいだし、借金を帳消しに出来るとまではいかない」
 それは彩芽を縛り続けるだろうが、これをどうにかする方法までは瞑夜も分からないようだった。F.i.V.E.の保護を受けると言う考えも浮かんだが、あくまで組織は最低限の生活補助を行えるのみ。覚者ひとりの借金を肩代わりなど出来ないし、そもそも慈善団体でもない。
「経済的な面で彼女を救うことは、無理かもしれない。でも……もし彩芽さんを正気に戻せたのなら。彼女の心を救うことは、出来ると思うんだ」
 両親に置いていかれたと絶望する彼女は、全てから目を背け、たったひとりになってしまったと苦しんでいる。俯く瞑夜は、きっとかつての自分を重ねているのだろう――死にたいと願いつつ、それでも誰かが自分の為に動いてくれた。その繋がりこそが、己を現世に留めてくれた蜘蛛の糸で、地獄のような世界で見た希望だったのだ。
「あたしの情が、多分に入っていることは分かってる。それでも……どうか、彩芽さんを助けてあげて」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:柚烏
■成功条件
1.破綻者・彩芽(深度1)の討伐
2.なし
3.なし
 柚烏と申します。今回の依頼は破綻者の討伐となっておりますが、事件の背景が少々複雑になっています。成功条件には関わりがないのですが、より良い結末を迎えようとするのであれば、工夫が必要になってくると思います。

●破綻者・彩芽(深度1)
17歳の女子高生。火行の獣憑(猫)の覚者で、現在破綻者となって錯乱しています。そのきっかけは、両親の自殺でした。自分が何も出来なかったこと、ひとり残されたこと。それらの想いがないまぜになっており、正気に戻したとしても、心に深い傷を負った彼女が立ち直れるかは分かりません(正気に戻せず倒したとしても、成功扱いにはなります)

●隔者×3
消費者金融に雇われた、所謂取り立て屋です。荒事には慣れており、ひとり残された彩芽を借金のかたにしようとしています。内訳は精霊顕現(天行)、獣憑(土行)、付喪(木行)で、ごろつきと変わらず然程強くありません。

●戦場など
時刻は夕方。彩芽の家に押し入った隔者たちが乱闘を起こし、結果破綻者と化した彩芽が見境なく暴れ出します。放っておけば周辺に被害が出てしまいます。

●彩芽の境遇
父親の会社は多額の借金を抱えて倒産しており、金銭的な負担はかなりのものです。一個人の事情にF.i.V.E.は介入出来ませんので、この件に関して組織としてのフォローは行えません。救うと言うことは、どういうことを指すのか、其々の考えで動いて下さればと思います。

●隔者×?
この事件を離れた場所で観察している者がいるようです。人数は不明、基本手出しはしてきませんが、何らかの動きがあった場合、介入してくる可能性があります。

 こちらからの説明は以上になります。心情面重視になるかと思いますので、こだわりがありましたらぶつけてみてください。それではよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年06月26日

■メイン参加者 8人■


●少女の世界が壊れた日
 世界が壊れてしまった時、ひとはどんな風になってしまうのか。或る少女は、己もまた壊れるしかないと絶望し、破綻者と化した。その結果もまた、ありふれたもの。何処にでもある悲劇のひとつなのだと『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は思う。
「何もしなかったやつにゃ、何もしなかったなりの結果があるだけってこった」
 ――何かをしたとして、良い方向に向かったかは知らない。しかし少なくとも、後悔だけは残らなかっただろう、と。さらりと吐き捨てる刀嗣の口ぶりは不遜ですらあったが、其処には己の力で道を切り拓いてきた者の、確かな実感が伴っていた。
「在り来たりな事案、こんな物は警察かお節介焼きにでも任せればよい……が」
 ふむ、と今回の一件を思い溜息を吐いた八重霞 頼蔵(CL2000693)だが、不意にそのかたちの良い眉が潜められる。漠然とであるが、何かありそうで気にかかる――これも探偵の勘というやつか。
「……今は何かと微妙な時期だしな。偶には組織の為に、点数を稼いでやるのも悪くはないか」
 そんな頼蔵の隣には、彼が言う所のお節介焼き――『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)が居て。この昭倭の世においてもノブレス・オブリージュの精神を貫く彼女は、守護使役の力を使って周辺の様子を偵察しているようだった。
「うん、新手とか、怪しい人物は居ないようだけど」
 ――破綻者と化した少女、彩芽に降りかかった災難は両親を失ったことに加え、彼らがこさえた借金を取り立てに来た隔者たちに、無理矢理連れ去られそうになっていることだ。
「って、借金のカタに女の子をさらうとか、何年前の時代劇だっつーのよ!」
 怒りの余り愛刀を振り回しながら『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は悪態を吐き、彼女ら若人を静かに見守る『教授』新田・成(CL2000538)もまた、このようなことはもはや時代劇の中だけのお話なのですがね――と呟いて眼鏡を押し上げる。
 しかし、行き場の無い若者たちを巧みに誘って、裏でビジネスにしたりする輩も居るのだろう。とは言え、今論じるべき問題の本質は其処では無い。
(ただ一人残されてしまった彼女に、新しい居場所……せかい、を作れるのか。これが焦眉の問題だ)
「OK、OK! そんな古典的な時代劇にはヒーロー侍が必要よね? あら事は得意よ」
 と、その間にすっかり数多は覚悟を決めたらしく見得を切り、一方で三島 椿(CL2000061)は自分の辿った人生を思い起こしていた。彼女もまた小さい頃、両親を亡くしていたけれど――幼い椿を守ってくれたのは、歳の離れた兄だったのだ。
(兄さんが居てくれたから、私は一人じゃなかった。そして今はこうして、誰かを助けられる可能性にも立ち会っている)
 守護使役のペスカと共に路地を駆ける『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、魔女の一族に相応しくあれと帽子を被り直し、その先で『変態オス肉』切裂 ジャック(CL2001403)の手が勢いよく、彩芽の自宅のドアを開けた。
「彩芽。この少女の心と命、俺が拾う」
 微かに漂う死の気配が、自身の心を追い詰めていくが――やるべきことを口にすることで、ジャックは正気を保とうと努力する。どうやら、正面廊下を逸れたリビングで隔者たちは争っているらしく、事前に彩芽の両親が亡くなった場所へ向かおうとしていた頼蔵は、それが叶いそうもないと肩を竦めた。
「両親が自殺したと言う場所は、彼らの寝室だったか……。悠長に交霊術、と言う訳にもいかんな」

●暴力の象徴
 不意に響いたのは罵声と悲鳴、そして物が壊れる激しい音。一刻を争う事態と判断した一行はリビングへと急行し、いの一番に飛び込んだ数多が勢いをつけて飛び蹴りをかます。
「必殺! マジカル侍キック!」
 頬を腫らした彩芽――そんな彼女に尚も拳を振るおうとする付喪の男目掛けて、怒りの炎と融合した圧縮熱が叩き込まれ、そのまま彼は一気に反対側まで吹き飛ばされた。
「つーか! 花の女子高生にいかがわしい仕事斡旋しようとすんな! 女子の顔なぐんなや!」
 ドスの効いた声で刀を突きつける数多に続き、フィオナもまた彩芽と自身を勇気づけるべく、大げさに見得を切って名乗りを上げる。
「か弱い女の子を護る為、騎士の私が参上だ!」
「よぉ、不細工借金取り共。そいつの借金はチャラになるらしいぜ? ソウゾクホウキ? がどうとか……」
 其処で、悠然と踏み込んだ刀嗣が鋭いまなざしで挑発を行うと、そう言えば――とラーラも真剣な表情で呟いた。
「……私も聞いたことがあります。それを使えば、法的に彩芽さんが借金の返済を行う義務ってなくなると思うんです」
「まぁ、詳しい事ぁ新田のジーサンにでも聞け」
 説明するのも面倒だと丸投げをした刀嗣に頷いた成は、自分が未成年後見人となることも考えていると隔者たちへ告げる。が――彼らは、そんな小細工で負債を帳消しになど出来ないと、馬鹿にしたような顔で笑った。
(法律的な問題を無視して、強引に動く可能性もあるとは思っていましたが……それなら、隔者事件として対応出来る筈ですよね)
 その場合なら、F.i.V.E.としても出来ることがあるとラーラが考えを巡らせる中、数多も組織の名を出して彼らの反応を見てみようと思い立つ。
「私はF.i.V.E.の酒々井数多よ。アイドル侍いざ参るわ、この悪代官ども!」
 先日も大規模な妖戦を制したF.i.V.E.の勇名を、隔者であるならば耳にしたこともあると踏んだのだが――彼らは鼻で笑い、ふんぞり返って数多に対抗した。
「ハッ、それがどうしたよ。俺らのバックにはあの七星剣がついてるんだ! 下手に歯向かうと七星剣の報復を受ける事になるぜ?」
(それがどうした……ですか。そっくりそのままお返ししたい言葉ですが。まぁ、彼らは聞かないでしょうね)
 表面上は柔和な表情を崩さない成だったが、隔者たちが七星剣の威光を笠に着ていることは、容易に察しがつくと言うもの。恐らくは末端の闇金融、彼らに都合よく使われるチンピラと言ったところだろう。
 ――こんな小物の為に、わざわざ七星剣が動く程暇ではないだろうが、その名は一般人にとって恐怖以外の何物でもない。が、F.i.V.E.にとっては今まで何度となくぶつかった相手であり、却って戦いに力が入ると言うものだ。
(女の涙は年齢問わず、嫌いなんだよ。救うなんてそんな理由で十分だろ)
 泣き叫び、獣と化して暴れる彩芽――錯乱する彼女は今、誰も彼も敵に見えているのだろうか。それでもジャックは彩芽を巻き込むつもりは無く、自分の成せる全てを言葉にしてぶつけるつもりでいた。
「ったく、このガキとも関係ねぇだろうにしゃしゃり出てきやがって!」
 七星剣の名にも動じない一行に苛立ちを覚えたのか、其処で隔者のひとりが力任せに稲妻を奔らせる。しかし刀嗣は凄絶な笑みを浮かべてそれを受け、お返しとばかりに妖刀で辺りを薙ぎ払った。
「そうこなくっちゃ面白くねぇ。遊んでやるよゴロツキども」
 地を這うような軌跡からの斬り上げを、精霊顕現と獣憑の隔者がまともに食らう。が、先に倒そうとしていた付喪は一歩引いた位置におり、鈴蘭の非薬を流し込むべく動いていた。毒を受けた頼蔵が一瞬たじろぐものの、成の放つ波動弾が隔者たちを貫通していき――燃え盛る櫻火の如き数多の刃が、そのまま彩芽を殴りつけた男を容赦なく斬り伏せる。
(……全部纏めて、となると彩芽も巻き込むか)
 そうして、一気に炎波で隔者たちを呑み込もうとしていたジャックだったが、広範囲に影響を及ぼすことに気が付いて術を切り替えた。三度踵を鳴らして生み出す、深紅の大鎌――自分には此方の方が相応しい、と笑う。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 続いてとっておきの呪文を唱えるラーラは、既に魔導書の封印を解いていて。魔法陣から呼び出された真紅の火猫は、残る隔者たちを纏めて炎に包んでいく。悲鳴をあげながら、やぶれかぶれの攻撃をしてくる隔者の攻撃をいなし、フィオナが豪炎の剣を振るった時――其処に立っている者は彼女たち覚者と、破綻の兆候を見せる彩芽のみになっていた。
(これで説得に集中できる、かしら)
 邪魔な隔者たちがのびているのを確認した後、椿は潤しの雨を降らせて傷ついた仲間たちを回復していく。一旦武器を収めた一行は、手負いの獣を思わせる彩芽と向き合い、其々の言葉で彼女を救おうと動き出した。

●君がくれた言葉
 ――先ず口を開いたのは、頼蔵だ。両親の霊魂と言葉を交わすことは叶わなかったものの、彼らがどんな想いを残して死んだのか――その無念や謝罪、愛情の名残などを彼なりに想像し、彩芽に伝えようとする。
「彩芽……」
 けれど、率直に言うのであれば、頼蔵の説得は『あざと過ぎた』。憎悪や悪意は切り取って、善き様に脚色して耳触りの良い言葉に変える。そうして核心の場面では、父親らしい声音で情を伝える――それは完璧に演出されたが故に、却って不自然な説得だった。
(弱った者が縋りつくには、これ位でよいか?)
 ――彼の態度の端々に滲む弱者を見下す傲慢さも、救いを求めるからこそ、否が応でも感じ取ってしまう。彩芽とて、決して無知な小娘では無い。頼蔵がひとの弱みに付け込む類の大人であると本能的に悟り、彼女は不審感も露わに獣の爪を振るって襲い掛かる。
「――っ、降って沸く救済など期待するなと言うのに」
 こうなれば、後は自分で決めろと伝える筈だった頼蔵の言葉は、完全に逆効果だ。背後に控えていた成がやんわりと彼を押し止め、これ以上は刺激しない方が良いと言い聞かせた。
 幾ら上辺だけの救いを口にしようと、彼女はそれがどんな気持ちで放たれたものであるか、感じとることが出来るのだろう。ならば――。
「確かにご両親は居なくなってしまわれた。君のご両親がいた世界に戻ることはできません。ですが、今、君を救おうと必死に言葉を繋ごうとしている若者達がいる」
 教育者の顔で諭す成は其処で、牙を剥く彩芽に手を差し伸べようとする仲間たちをゆっくりと見渡した。彼らの気持ちに、ほんの少しだけ寄り添ってあげては貰えませんか――そう告げた成の横を、すたすたと刀嗣が歩いていって。その確りとしたまなざしを見て、彼らなら大丈夫だと成は頷く。
「そう、そうすればきっと、そこが新しい貴女の居場所に――……」
「おいクソガキ。お前馬鹿か? いや馬鹿だな。バーカバーカ」
 ――が、次の瞬間刀嗣が発した言葉に、夕暮れ時の空気が固まった。彩芽も最初は何を言われたのか良く分かっていない様子だったが、余りにストレート過ぎる物言いに、却って毒気を抜かれたような表情になる。
「心配かけねえように気ぃ使ってた親が、殺しにくいからなんて理由で娘を残すはずねぇだろ。テメェを借金から解放する為に死んだに決まってる」
 しかし、やれやれと言った調子で刀嗣が続けた言葉には、彼が剣術と向き合う時のような、真摯な響きが宿っている――ようにも思えた。其処で椿が、緊張の解けた彩芽に自己紹介をして、自分たちはF.i.V.E.と言う組織に所属している覚者なのだと告げる。
「私は貴女の現状を、悔しいけど……すぐにどうにかする力は持たない。でもここには、貴方の今後の為の力になれる人がいる。貴女を助けられる人がいる」
 ――自分はそう言う意味では力不足だけど、でも。そう言って深呼吸をひとつした椿は、そっと彩芽に向かって手を伸ばした。
「どうか、貴女の傍に居させて欲しい」
「……ぁ……!」
 びくんと身体を竦めた彩芽は、誰かに触れられることに怯え、声にならない叫びを上げて嫌々と首を振る。それでも椿は、傷つけられても構わないとばかりに――ゆっくりと、一歩ずつ近づいていった。
(家族を失うのは恐ろしいことだ。きっとぽっかり穴があいてしまって、この先の未来なんて絶望色なんだ)
 でも、それでいいとジャックは思う。彩芽が破綻者になったのは、至極当然の事だから。愛する両親を失って悲しまない子なんているものか――そう思うのは、きっと『正しい』筈だ。
「……なあ、人生には涙じゃ流せぬ悲しみがある事を、涙じゃ流しちゃいけない大切な痛みがある事を、彩芽は知ったんだな」
 だったら、それを死ぬ理由になんかしたらいけない。どんだけ死にたくなっても、自分が生かすとジャックは言った。何処か危ういまでに、正しい行いを己に課そうともがく彼は、微笑みながら泣いているようにも見えて――傷一つない心なんてないと呟きつつ、ずっと痛みを抱えて、笑いながら血を流し続けているのだろう。
「だから。今は寂しいかもしれないが、一人じゃない。一人にしない。……俺が、俺達が」
 ――自分では両親にはなれないけれど、キミの傍にいることはできる。欲しいものにもなれないかもしれないけれど、キミが泣き止むまで、傍でずっと話を聞く。
「涙いっぱい流して、涙で海作ったって。いっぱい落ち着くまで、抱きしめてやれる」
 駄々っ子のように振るわれる彩芽の拳が、ジャックをすり抜けて力無く床に叩きつけられたその時、椿は彼女の華奢な身体を優しく抱きしめていた。
「……辛かったね。苦しかったね。悔しかったね」
 貴女の力にならせて欲しい、一緒に考えさせて欲しい――その言葉も勿論だけれど、ただ自分を受け入れてくれたことが、壊れかけた彩芽の心をすくい上げたのだろう。ひとすじの涙が頬を伝った後、彩芽の瞳に輝きが戻り――彼女は無言のまま、肩を震わせて椿に縋りついていた。
「壊れてしまったら、そこでおしまいなんだ。……ご両親もだけど、君だってそうだ! 折角ご縁があったのにお話も碌に出来ないなんて、私は嫌だぞ!」
「F.i.V.E.にも家族を失って、悲劇から立ち上がって歩いてる人が沢山います。思い浮かべてください――心残りはありませんか? やり残して、これから果たしたいことは?」
 更に背中を押すように、フィオナやラーラが次々に言葉を掛けていって。君も、君の居る世界はまだ壊れていないのだと、君と友達にだってなれるのだと、其々が真剣に想いを伝えてくれたことが――震える彩芽の指先を捉え、やがてそれは力強い糸へと変わる。
「……彩芽さん、分かったでしょう。貴女は小さな声で助けを呼べた。だから私達はその声を聞いて助けにきたのよ」
 そう言って誇らしげに胸を張る数多は、彩芽が抱える問題諸々にしかたないなと首を振りつつ――それでも何でもないことのように、笑顔で手を差し出した。
「一緒に来てくれるなら、それも手伝ったげるわ。それと覚者の友達がほしいなら、私がなったげる!」
 ――獣耳がチャーミングだと、何気なく付け加えた数多は気付いただろうか。己の罪の証だと信じていた覚者の外見を、可愛いと言ってくれたこと。その一言で彩芽は漸く、自分の力でこの世界を生きていくと決意するに至ったのだ。

●花の誘い
 ――その時不意に鼻をくすぐったのは、微かな花のにおい。守護使役の力で嗅ぎ取った違和感に数多が顔を上げ、辺りに視線を巡らせていた成は玄関先へと向き直る。
「……慌てずとも、此方からお伺いしようと思っていたのですがね」
「成程、私どもの存在も把握しておられましたか」
 気配も感じさせず入口に立っていたのは、シンプルなスーツに身を包んだ女性だった。一見何処にでもいそうな会社員に見えるが、その感情を窺うことは困難であり、佇まいにも隙が無い。
「なんだテメェは? 今更ノコノコ出てきて訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ」
 タイミングを見計らったかのような女の登場に、刀嗣は不機嫌そうな顔をしつつ――実力試しの連撃を叩き込もうとした。しかし女性は滑るような動きで身体の軸をずらし、戯れの刃をひらりと躱す。
「貴方がたと争うつもりはございません。私は此方の、彩芽さんに用があって来たのです」
「……どういう事ですか?」
 穏便に事を運ぼうとしている様子に、ラーラが話の先を促すのを受けて、女性は語る――行き場を無くした覚者を、受け入れる場所があると。もし彩芽が来てくれるのなら、両親の借金も含め全てのことを此方が処理し、身の安全も保障できる、と。
「但し、貴女の覚者としての力を貸して頂くことになります。『花骨牌』様の元、花街を彩る『花』のひとりとして」
「ちょっと、それって……! ってあなた今、花骨牌って言った!?」
 若い娘が花街に――それだけ聞くと売られる以外の何物でも無いと数多が激昂するが、更に其処で七星剣幹部の名前も出てくるとは、胡散臭いにも程がある。
「……良くない印象を抱かれるのも仕方ありませんが、我々は無理強いしません。それに花街での仕事が、いかがわしいものばかりと言う訳でもありません」
 ――七星剣の末端に起きるトラブルまでは、幹部も関知しない。が、幹部の元に就くのなら、先ほどの隔者たちのような干渉は今後一切受けずに済む。
「それでも不信が拭えないのでしたら、一度貴方がたを招待しても構わないとも言われています。……如何なさいますか?」

 ――蜘蛛の糸。それは、地獄から救ってくれる希望の光である。しかし忘れてはいけない――垂らされた糸の向こうには、獲物を待ち受ける蜘蛛が居るのだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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