Faith Justice Anger(Ⅱ)
【憤怒の祈り】Faith Justice Anger(Ⅱ)


●CASE1
 その日、夫が精霊顕現の因子を発現しました。
 彼は目覚めた力を『選ばれたのだ』と思い、周囲に強く当たるようになったのです。初めは嫌味を言う上司に。次に彼に強く当たる私の母に。そして――子供に。
 止めて、と叫んでも彼は止まらなかった。俺は選ばれたんだと言いながら、その力で殴り続けた。
 ――私が助かったのは、ただの偶然。悪魔祓いを名乗る組織が『彼』の噂を聞きつけてくれたから。
 だけど私はそれを神の御加護だと思う。夫とは別れ、いまは教会で娘と静かに暮らしています。
 ――もし、許されるのなら夫をこの手で……。娘の傷痕を見るたびに、その恨みは深まっていくのです。

●CASE2
 学校という閉鎖空間は、力で全てが決まることがある。喧嘩が強い者が、弱い者を虐げる。そんな構図が。
 僕は虐げられる側だった。不思議な力で他の人を操作する佐竹にかなう者はなく、ただ怯えるだけの学園生活だった。学校内はいざ知らず、家にまで押しかけてくる佐竹。逆らおうとしても、その瞳を使ってこちらの自由を奪う。だれも逆らえずにいた。友人も、先生も。
 その毒牙が妹に振りかかろうとした時、僕の中で何かがキレた。『何かあった時の為に』と悪魔祓いの人が渡してくれた拳銃。その引き金を、気が付けば引いていた。佐竹は生きてはいたが血塗れで動けず、僕はそのまま逃げだした。
 悪魔祓いの人の調べで、佐竹はAAAに連行されたことを知った。今までの悪行が明るみになったという。
 力が憎い。覚者は皆、殺したい。それがいけない事と分かっていても。佐竹が少年院から出るまで、僕はここで人殺しの訓練をするつもりだ。

●CASE3
 暴走する源素。破綻者と呼ばれる存在。
 あたしの妹はそんな状態に陥りました。覚者であるということが苛めの対象になったといいます。
 AAAへの通報も、FiVEの夢見も間に合わなかったのでしょう。近くにいた覚者によって、妹は殺されました。そうするしかなかったのだと、悲しげな声で彼らは私に言いました。それは事実なのでしょう。
 でも、でも。
 妹を殺したのは誰? 覚者さん? いいえ、彼らは最善を尽くしました。彼らを責めるのは酷でしょう。苛めていた人たち? ええ、彼らは酷いことをしました。でも、殺したのが彼らかと言うと違います。
 きっと殺したのは、源素と言う力。妹の姿を変え、苛めの対象とし、そして暴走した正体不明の力。あたしはそれを憎む。
 ……だって、そうしないとどうしていいかわからないから。

●エグゾルツィーズム
「――対話を望む、と言ったな。ならば向きあってもらおう」
 リーリヤと呼ばれるシスターは、集まった覚者達に静かに告げる。どこか諦念を含んだ憂いのある声で。
「会ってもらうのは『比較的』覚者に対する恨みの低い信者達だ。このまま恨みを深めれば、彼らもワタシ達『エグゾルツィーズム』の信徒となるだろう。
 無理なら無理と諦めてくれても構わない。むしろ『分かりあえない』事が分かっただけでも幸いだ」
 憤怒者になりかけている人達。覚者を殺そうと恨みを抱く者達。
 今はまだ理性で圧しとどめているが、心の傷がある限り恨みは増加し、押さえきれなくなるだろう。
 ――説得するのもいいだろう。暴力以外で抑えられるなら、それは上策だ。
 ――ここで彼らの命を絶ってもいいだろう。いずれ憤怒者になるなら、その選択も覚者の為だ。
 覚者と非覚者。その軋轢。
 呼ばれた覚者達は、それにどう向き合うのだろうか?



■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:簡単
担当ST:どくどく
■成功条件
1.三人の憤怒者達と向き合い、行動する。
2.なし
3.なし
 どくどくです。
『エグゾルツィーズム』終章その二。憤怒という感情そのものが相手です。

●説明!
 イレブンの憤怒者、リーリヤ。彼女が連絡先を交換した覚者達に連絡を取り、『エグゾルツィーズム』の境界に招待します。
 そこには、覚者に恨みを持ち憤怒者になりかけている一般人がいました。
 彼らをどうするか。それが課題です。
 話し合うのもいいでしょう。上手くすればその怒りが消えるかもしれません。
 彼らを連れてここから逃げるのもありでしょう。憤怒者数名を突破すれば、それも可能です。
 彼らを殺すのも一つの手です。この場合も、憤怒者を上手く突破して逃げる必要があります。
 全ては、覚者の選択一つとなっています。どくどくはその全てに従い、リプレイを描くだけです。

●NPC
・丸井・礼子
 二十六才女性。一児の母。娘の名前は智恵。
 因子発現した夫が家庭内暴力を振るい、そこを『エグゾルツィーズム』に助けられました。娘(一歳)の顔についた傷を見るたびに、覚者への怒りがこみ上げてきます。
 夫以外の覚者と対話する事に抵抗はありませんが、暴力行為には激しく反応します。
 余談ですが、夫の名前は友村・達治。現在服役中です。
 キーワードは『暴力を振るう隔者』『身近な人の変化』『愛するものを傷つけられたら』

 セリフ
「覚者、ですか。……いいえ、お気になさらずに」
「智恵の傷。一歩間違えれば死んでいたかもしれないんです」
「どうして……。覚者なんかに目覚めなければ、平和な家庭だったのに……」

・志村・英二
 十七才男性。高校生。
 同級生の覚者に目をつけられ、苛められてきました。同級生は『魔眼』等の精神操作系技能で他者をいい様に操るいじめっ子で、、自分の妹に手をかけようとした所で怒りが頂点に達しました。『エグゾルツィーズム』から護身の為にと借りていた拳銃を使い、その覚者に瀕死の重傷を追わせます。
 その経緯もあって『技能』を使って迫ってくる覚者に強い嫌悪を感じています。技能の効果はありますが、効果が途切れれば怒りは増大するでしょう。
 キーワードは『支配する隔者』『復讐』『力の悪用』

 セリフ
「……どうも」
「僕は何度も佐竹っていう覚者に不思議な力で操られてたんです。そして、いろんな犯罪をさせられたんです」
「いいですね、覚者。そうやって力で心を操っててたのしめるんですから」

・長田・灯里
 十四才女性。中学生。
 元ミッション系のお嬢様学園。双子の妹が因子発現し、そして苛められました。挙句破綻者となり、FiVEではない覚者と戦闘。そのまま殺されます。
 清廉な考えを持つがゆえに、恨みのはけ口を人間ではなく源素という力そのものに向けました。人を恨もうとはしませんが、それでも源素そのものは彼女の憎悪の対象です。
 キーワードは『憤怒者』『恨まないようにしている』『力』

 セリフ
「初めまして。長田灯里と言います。遠路はるばるよくお越しになられました」
「人は恨みたくありません。ですが、朱音……妹のことを思うと……」 
「力……怖くないのですか? その力が、愛する人を傷つけるかもしれないのに」

・『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ(×1)
 憤怒者。白い肌を持つロシア人。
 源素を『悪魔の力』と称して排斥しようとしている憤怒者です。イレブン内では『エグゾルツィーズム(悪魔祓い)』と呼ばれている武装集団の長です。
 覚者を教会に連れてきた張本人。立会人として同行しますが、覚者が暴力行為に出ない限り何もしません。
 戦闘になれば、近くのスコップを手にして襲い掛かってきます。

・神父(×6)
 教会に居る憤怒者。覚者により行き場を失った人たちを受け入れるため、活動しています。
 覚者の事はリーリヤから聞いているため、手を出しては来ません。ですが騒ぎが起きればそれを押さえるために襲い掛かってきます。

●場所情報
『エグゾルツィーズム』が所有する教会。その離れにある住宅区。
 NPC一人につき一部屋の個室を持っています。そこで話をする形式です。一人のPCが何人と話をしても(それこそリーリヤや神父と話をしても)構いませんが、一人に絞った方が密のある説得になるでしょう。
 戦闘が発生した場合『リーリヤ』のみが最初のターンの敵となり、1ターンごとに『神父』が二人ずつ場に現れます。

 明確な『答え』などありません。正解もなく、同時に不正解もありません。
 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年06月12日

■メイン参加者 8人■

『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)


 赤子を抱く丸井を見て『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)は頭を下げた。
「初めまして、志賀行成といいます」
「丸井礼子です」
 行成の礼に、何処か警戒心を含んだ固い声で丸井は礼を返す。
「私達のことは聞いているのでしょうか?」
「はい。……不幸な出来事だったとしか言えません」
 因子発現した夫による暴行。力に酔って愛娘を傷つけた愛する人。
「……私には、貴女方がここから出た方がいいと言う事が出来ない」
 ため息とともに丸井に告げる行成。ここに居れば憤怒者となる可能性があるのなら、覚者としては連れ出すべきなのだろう。だが、丸井の心情を考えるとそうもいかない。
「もしもの話になるが……貴女自身、もしくは娘が目覚めた場合、どうしますか?」
「どうして、そのような事を?」
「可能性は皆無ではない。発現は誰にでも起こりうる。そしてそうなった時に恨みが表に出ることもある。例えば、貴女が夫に恨みを抱くように」
 発現して力を得、そのまま力を感情のままに振るう事件は珍しくはない。
「ええ。私が発現したらきっとあの人を襲いに行くでしょう」
 抱いている赤子の額にある傷。それをなぞりながら丸井は言葉を返した。悲しげなその顔を見ながら、行成は言葉を続ける。
「許せる訳がないからな、傷つけた相手を。ただそれは友村達治であり覚者と言う力自体ではない」
「力自体に、罪はない……とでも?」
「力を間違った使い方をしただけで、覚者自体に罪はない……というのが恐らく見本的回答だろう。
 だが、それが全てを救える意見ではないことも知っている。少なくともこの言葉であなたの傷は癒せない」
『正しい』事は美徳だ。だがそれで人が救えるかと言うとそれは別問題なのだ。FiVEとエグゾルツィーズム。どちらが丸井を救っているかと言うと、後者なのだ。
「私は、エグゾルツィーズムの存在自体は納得しているのだろう。
 だがそのやり口は気に入らない。愛する者を傷つけられた貴女が、洗脳され、他の誰かの愛する者を傷つける事を恐れている」
「…………」
 丸井の答えはない。愛するものを傷つけられた痛みは理解している。その痛みを他者に与えるのは、忍びない。まだそれだけの理性はある。
(愛する人を失う辛さを連鎖させてはならない……)
 瞑目し、静かに思う行成。瞼に浮かぶのは妖に殺された最愛の人。あの悲しみを味わう人を増やしてはいけない。そう、強く誓った。


「力で心を操る、か」
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)は志村の過去を聞いて、静かに話を始める。事実、覚者と呼ばれる存在は力のない存在を操ることが出来る。
「これに関しては覚者も隔者も使っているという事実は否定できないし、もしかしたらと思う相手と向き合うのは怖いよね」
 パニックを起こした時の扇動や交渉時の下地など、そういった時に使用される精神操作系の技能。だが力無い者からすれば、それはいいように支配されていると思う人もいる。
「君はエグゾルツィーズムから『護身用に』と渡して貰ってた拳銃で、同級生の覚者を撃ったとの事だけど……」
「いけませんか?」
「いや。俺も妹がいるし、同じ状況になったら……と考えると、君がした事を全面的に非難する事はできない、というのが正直な気持ちだ」
 ため息を吐く亮平。暴力を肯定するつもりはないが、心情は理解できる。家族を傷つけられて平気な顔でいられるほど、亮平も達観できない。
 重い沈黙が数秒続く。志村は何も話すことはない、とばかりにこちらを見ている。その拒絶に似た強い視線。それを受けて亮平は口を開いた。
「志村君が今もこうしてエグゾルツィーズムの元にいるのは、ここに居る方が安心できるからなのかな?」
「どうなんでしょう。考える時間ができるのはありがたいです」
「そうか。ゆっくり考えてほしい。
 俺から言えることは一つだけだよ。力を悪用する覚者がいるように、そういった人たちから力無い人を守ろうとする覚者もいる。その事を知ってほしい」
「FiVE、の様にですか?」
「FiVEだけじゃないけどね」
 それだけ言って亮平は席を立つ。言うべきことは言った。あとは――
(まだまだなんだな。悪質な犯罪を防ぐ覚者の認知度。その信頼。一朝一夕で築けないとは知っていたけど、それを世間にに認知させるには、もう少し活動する必要がありそうだ)
 FiVEが表に出てからまだ一年と少し。その信頼は、まだすべてに頼られるには大きくない。

「初めまして。俺は東雲梛。怪の因子を持つ覚者だ」
『静かに見つめる眼』東雲 梛(CL2001410)の挨拶に志村は無言で頭を下げる。警戒心を隠そうともしない鋭い視線。それを見て、回りくどい聞き方は逆効果だと梛は察した。
「君は俺が憎い?」
「貴方が覚者の力で人を操って心が痛まない人なら憎い」
「成程。納得だ」
 覚者そのものが憎い、と言うわけではないらしい。だが覚者がそういった精神操作をできる以上、警戒は解かない。そんな所か。
「良いと思うよ、憎くても。あんたにはそれだけの過去があるわけだし。それだけ覚者にひどい目にあわされて、憎まないってのも変だし」
「……それはどうも」
「自分の大切な人達を守る為に強くなるのも良いと思う。ここはそういうのに長けた人も多いし」
 覚者としては止めるべきなのかも、と思いつつ梛は思ったままの事を言う。エグゾルツィーズムの性質上、覚者と対抗する技術は学べそうだ。それは単純な戦闘力と言うこともある。それを学ぶことは、悪くはない。こんな時代だからだ。
「ただこれ前にリーリヤにも聞いたんだけど、例えばあんたが、そしてあんたの妹が覚者になったらどうするの?
 ここにいるってことは、覚者になったら殺さないといけないんだよ」
 その問いかけに志村の動きは止まる。砂をかむような表情でゆっくりと答えた。
「その時は……ここから逃げて安全な場所を探す」
「そう。その時の事も含めてここに身を置くなら覚悟しといたほうがいいと思う」
「貴方は何が言いたいんです? このままでいいと言いつつ、いると危ないと言って」
 志村の問いかけにため息混じりに梛は以前から思っていたことを口にした。
「ここは覚者というカテゴリーで物事を見過ぎている」
 イレブンが憤怒者の組織だということもあるが、エグゾルツィーズムは覚者を憎む方向性が尖っている。個人的な恨みではなく、恨みや怒りを信仰に変えて統一化しているのだ。
「人にも色々といるでしょう? 覚者だって色々といるよ」
「だから覚者を許せ、と?」
「そこまでは言えないけどね。ただあんたが覚者になったとして、そのなんとかって人みたいにひどいことはしないと思う。だってあんたは辛い目にあってるから」
 話はこれで終わり、とばかりに梛は席を立つ。最後に監視しているリーリヤに顔を向けた。
「一緒に神秘探索しない? 俺達を殺すよりも覚者をなくす為には有効と思うけど。
 後、今日はお招き有難う」

「まず最初に言っとく。俺はお前がやった事は正しいと思ってる」
 ばっさりと志村に言い放つ『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)。憤怒者関係で糾弾されると思っていた志村はどちらかと言うと鼻白む表情で刀嗣を見返した。
「人を殺しかけたのに、ですか?」
「他人は誰も助けちゃくれねぇ。自分の大事なもんが踏みにじられそうになったら自分で守るしかねぇ。
 お前はそれをやった。誰が責めても俺だけは認めてやる」
 真摯に刀嗣は志村の行為を認める。大事な人を守るための暴行。それがたとえ法に触れる行為だとしても、それは褒められるべきだと。
 だが――
「ま、それは本題じゃねえ。本題はここからだ。覚者全殺しはやめとけ」
「……それは貴方が覚者だからですか?」
「違ぇよ。つーか、俺を殺せる奴なんざいねーよ。
 別に正義だの悪だのって話じゃねぇ。お前、妹が大事なんだろ? お前が覚者を全殺しにするんなら妹は死ぬぜ」
 極めて冷静に刀嗣は告げる。覚者を殺そうとするなら、その報復で妹が殺されると。
「芹香は関係な――」
「それが妹の名前か。関係ない、なんて事はいわねぇよな。なんとかって覚者に恨みがあるからって関係ねぇ覚者まで皆殺しにしようとしてるお前がよ」
「……っ」
 唇をかみ、押し黙る志村。刀嗣の言葉には筋が通っている。
 エグゾルツィーズムが、あるいはイレブンがどれだけ力を入れて妹を保護しようとも、偶然夢見が妹の未来を見る可能性はゼロではない。いや、それ以前に身内と言うだけで保護してくれるだろうか?
「それか妹を守りながら覚者を殺せるぐれぇ強くなるんだな。武術の基礎ぐれぇなら教えてやってもいいぜ。
 俺は俺より強い非覚者を知ってるからな。ま、お前が本気なら覚者より強くなるのは不可能って訳じゃねぇと思うぜ」
「そっちの方はリーリヤさんに教えてもらっているので」
「ほう。そう言えばあのピンクとやりあったらしいな、そこのシスター」
 強い者との戦いに余念がない刀嗣の興味が、背後で見守っているシスターに向く。今ここでやりあうつもりはないが。
「ま、どうしようが自由だ。頑張りな」
 刀嗣にしては珍しく好意的に志村に笑みを浮かべ、席を立つ。もし道場の門を叩いたら、先ずは素振りから教えてやるか。そんなことを思いながら。


「初めましてなの、灯里お姉ちゃん! 私は瀬織津鈴鹿なの!」
『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が元気よく手をあげて永田に挨拶をする。邪気のない笑みが覚者……と言うよりは力を持つ人間への警戒心をわずかに緩ませる。
「初めまして。長田です。宜しくね」
「ふわ、これがお嬢様……淑女の振舞なの! 灯里お姉様と呼んでもいい?」
「? いいですわよ」
 そして長田の挨拶に気品を感じたのか、その手を掴んで目を輝かせる鈴鹿。そして、
「私は灯里お姉様を尊敬するの」
 長田の話を聞いた鈴鹿は、心から感激するように感想を告げた。罪を憎んで人を憎まず。それが実際に出来る人間は多くはない。とはいえ、その内面が穏やかであるかと言われるとそれは別である。
「でもお姉様はこのまま憤怒者になったら……源素とは違う力を他の人に向けるの」」
「そうね。そうなります」
「それって……お姉様が憎む『人を傷つける力』と同じだと思うの……それじゃあ、お姉様も妹さんと同じ道に行っちゃいそうなの……」
 鈴鹿の言葉にぎゅ、と拳を握る長田。彼女とてその事に気づいていないわけではない。だからこそ、葛藤しているのだ。
「それでも、覚者の力は人を傷つけますわ。そんな力があるから……」
「確かにこの力は人を傷つけられる怖い力なの。だけど人を癒す……大切な人を守る事も出来るの」
 源素の力は人を傷つけるだけのものではない。癒し、守るためにも使われる。
「憎むな、とは言わないの。でもお願い、憎む方向を見失わないで。
 お姉様が振るった力で誰かが傷つく未来は見たくないの」

「私が発現した時、やっぱりいじめられました。これ、目立ちますからね」
 翼を指差し、『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)は小さく笑う。いじめられた記憶は消えることなく残っている。それを行った人たちを許せるかと言われると、まだ難しい。
「私の場合は両親が必死になって守ってくれました。きっと妹さんも、灯里ちゃんに感謝してたのではないでしょうか」
「でも、あたしは救えませんでしたわ」
「それは悲しい結果ですが、それでも守ってくれる人がいる、と言うだけで心はだいぶ救われます。けして自分を無力と嘆かないでください」
 いじめられた経験からくる言葉。それがどれだけ慰めになるかはわからないが、それでも澄香は言いたかった。彼女の行動は無駄ではない、と。
「……この力がなければ、と思った事はあります。
 私の両親は憤怒者に殺されました。両親は発現していないのでおそらく私が原因なのでしょう。私が発現しなければ、死なずに済んだのかもしれません」
 澄香の言葉に長田は身体を固くする。
「人を恨まないようにしてる灯里ちゃんはとてもいい子ですね。私は恨みましたよ……憤怒者の方達を、そして自分を」
「……いいえ、あたしは――」
 何かを言おうとする長田を澄香はそっと抱きしめた。
「灯里ちゃんはちゃんと泣きましたか? 恨み言を口に出しましたか? 私が聞きますから言って下さい」
 あの時、人を恨んだ自分がそうされたように。
「でも、人を恨んでも……何も戻ってこないから……」
「ええ。死人は戻ってきません。ですが灯里ちゃんは生きています。悲しい時には泣いて、辛いときには恨みを言っていいんです」
 心に蓋をしなくていい。澄香は優しくそう告げる。
 彼女の心の傷は癒せない。だけど、その負担が少しでも軽くなるように。そう願って頭を撫でた。
 長田の口から嗚咽が漏れ、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 教会の礼拝堂。その長椅子にリーリヤは座っていた。
「今日は素敵なお誘いありがとうなの!」
 その隣に座り抱き着く鈴鹿。リーリヤは特に抵抗することなく抱き着くままにさせている。
「だって、私達との相互理解の為に……何よりあの人達が私達と話す事で何かきっかけを掴める様に。そう思って会わせてくれたのでしょ?」
「どうだろうね。対話を望むと言ったのはそちら側だ。それで救われるのなら、あの三人の為でもある」
「憤怒者の数を増やしたい、と言うわけではないのですね」
 会話に割って入ったのは『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)だ。覚者への怒りが収まれば、憤怒者という過激な道へは進まない。エグゾルツィーズムとしては憤怒者の数を増やすに越したことはないはずなのに。
「実際に覚者に触れて、その怒りが増すケースもある」
「それを狙っていた、とは思えません。貴方は根本的に『人を救いたい』人ですから」
 冬佳は今までのリーリヤの行動から、そう判断していた。少なくとも私利私欲でエグゾルツィーズムを拡大しようというつもりはない。
「最初の覚者が確認されたのが四半世紀前……というのはご存じですか」
「有名な話だな」
「日本におけるここ四半世紀の歴史は、こうした問題を対処し続けてきた歴史でもあります。官公民、覚者か否かに関わらず。幾度となくぶつかり『向き合って』対処し続けてきたのです」
 思えば激動の時代である。覚者と言う存在が広く知り渡り、そして二十五年近くその差別に取り組んできた。……その結果がうまくいったかと言われると、悲しいかな不十分と言うしかない。
「彼等の怒りは正統なもの。しかし、そうした怒りを煽って兵隊に仕立て利用し、戦わせ犠牲者を生み出している者達が居ます。例えば、イレブン」
「否定はしない。エグゾルツィーズムもその類だ」
「『エグゾルツィーズム』にとって、最も重要な目的は何でしょうか?
 少なくとも貴方の目的は覚者の抹殺よりも、覚者による被害者の救済に重点が置かれているように見えます」
「『祈り』の対象になる事だ」
 リーリヤの答えは唐突なモノだった。
「健やかなる時、喜びの時、苦しい時、迷う時……日々にあって当然の時に祈り、明日の営みの力となる事だ。
 だが今のこの国では、それができない。圧倒的な力が脅かすからだ」
「それが覚者の力、ということですか」
「力の差に怯え、怒りを堪えて黙り込む。そんな人達のための祈りの対象。暴力も『悪魔』の認定もすべてそのためだ」
「そうね。その考え自体は納得するわ」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が腕を組んで頷いた。
「私も両親を妖に殺されて、にーさまを傷つけられて。その復讐で古妖も妖もまとめて大っ嫌いだったの。まあ古妖は違うってわかったんだけど。
 けどやっぱり妖はだめね。大嫌い。全部ぜんぶ殲滅してやりたいわ。それが私が強くなるための原動力になったわ」
 事故で一年ほど動けなくなった兄。その一年が数多の精神性を大きく変化させた。
「だから、わかるからあの人たちの説得は私には無理だわ。だって、知ってるもん。憎む気持ちは強さになるわ」
 怒りと言う感情はよく危険視されるが、怒りは純粋な感情の発露である。理性のブレーキが利きにくい状態ではあるが、それをエネルギーに変える人もいる。
「あの人達にとってエグゾルはその原動力であって欲しいって思っているんでしょう? 憎むものがあれば強く生きることができるから。絶望に到達しないから」
「そうだな。力がないというだけで暴力に震え、ただ耐える。それが正しい世界だと思わないでほしい」
「私達覚者と話すことでこの宗教が必要がないって彼らが思うのであれば、それでいいとリーリヤさんは思ってるの?」
「無論だ。人が救われるのなら、それでいい」
 数多の問いかけに、ノータイムでリーリヤは答えた。
「ほんとアナタってお人好しで優しい人なのね。不器用って良くいわれない?」
「頭が固い、はよく言われるよ」
 ああ、確かに。数多は深々と頷いた。
「アナタ、どうしてイレブンに籍を置いたの? ああ、人を救いたいとかそういう目的じゃなく、アナタ自身の事をことを聞きたいのよ」
「イレブンは最大の非覚者組織だったというだけだ。日本で言う所の『寄らば大樹の影』程度の理由だ。
 ワタシ自身のことを聞くのなら、それこそつまらない話だ。全てを救おうとし、絶望したよくある物語だよ」
 前置きして、リーリヤは語り始める。
 エグゾルツィーズムという組織が如何にして生まれたかを――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

どくどくです。
 文字数が……文字数が欲しい……っ!

 変則的なシナリオ、お疲れさまでした。
 もう一回だけこの変則系が続きます。今度は『比較的』がなくなった人達。
 残り二回の予定です。お暇があれば、次回も宜しくお願いします。

 それではまた、五麟市で。  




 
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