コズミックトラベラーシンドローム
●『スカイツリーは24年からあったんだよ! 昭倭? デタラメを言うな、俺は狂ってない! 狂ってな、あ、あ、あああ』
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
目を見開いた青年が、拳に炎を宿らせた。
燃え上がる赤と青の炎。ねじれ上がる蛇のように大気を焼き、拳と共に大地へ叩き付けられる。
細かくひび割れるアスファルト道路。
止マレのペイントが引き裂かれ、炎が波のように吹き上がってタクシーとメール便バイクを包んでいく。
慌てて飛び降りたタクシー運転手が制服についた炎をけそうと地面を転がり。
ヘルメットを被ったバイカーが唖然とした顔で荷物を取り落とす。
ここは東京渋谷区の大通り。
バスもタクシーも押しのけて、発現者が暴れていた。
一人だけの話ではない。
覇気を纏ったサラリーマンは刀を振り回して郵便ポストを八つ裂きにし、足を踏みならす女子高生は周囲のマンホールやブロック塀を変形させて荒れ狂い、新聞記者は取り出した手榴弾を辺り構わず放り投げている。
「あれは俺の掴んだスクープだ! 地下鉄で起きた悲劇をなぜ覚えてない!? 思い出せ! 狂ってるのはお前らだ! おかしいのはお前らなんだよ! ここは、ここは……」
サラリーマンも、女子高生も、新聞記者も小学生も、誰も彼もが同じようにわめいた。
「ここは本当の世界じゃない!」
●インサイドエネミー
蒼紫 四五九番(nCL2000137)は大学のロビーで資料の束をめくっていた。
立ち止まるあなたに振り返り、資料を小さく翳す。
「コズミックトラベラーシンドローム(CTS)……この事件が気になるの? そう、なら、この仕事を任せられると思うわ。この資料は渡しておくから、興味がわいたら一時に会議室へ来て」
町中で『覚者』が無差別に暴力をふるうという事件が発生した。
覚者と表記しているのは、彼らを罪に問うのは相応しくないがゆえだ。
理由は精神疾患による責任能力の欠如。
病名は……。
「コズミックトラベラーシンドローム(CTS)。
自らを別の世界から来たと主張する妄想症のひとつ。勿論ネット上の俗称よ、普通に妄想症と診断されているけど、みな同じ主張をすることからこの名前がついたの。
本当に別の世界から来たのか、ですって?
違うんじゃないかしら。彼らの過去を調べてみたけれど、普通に日本で生まれて育って今に至る普通の人たちよ。経歴もハッキリしているし偽造の疑いもなし。
それに、本人の主張は尋ねるたびにちぐはぐになるの。
ありもしない出身地、定まらない出席番号、聞くたびに変わる親の名前。他にも色々よ。本当にただの妄想なのね。
ただ……妄想であることを指摘されると強い暴力衝動にかられるという特徴があるわ。
それも、症状に見舞われた四人の男女がそろって覚者だったことが問題を大きくしているの。
振り回すのがカッターナイフならよかったものの、マシンガンや日本刀となれば警察だって手が出せないわよね。
殺人事件に発展すれば彼らもただの病人では済まされないわ。
ただちに戦闘行為によって鎮圧。そして拘束してちょうだい。
しかる後、病院のクワイエットルームへ送るわ」
暴れているのは四人の覚者だ。戦闘能力もそれなりにあるが、人数や経験でこちらが勝っているのでまともに戦えば負けはしないだろう。
「というわけで、任務は戦闘による鎮圧よ。よろしく頼むわね」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
目を見開いた青年が、拳に炎を宿らせた。
燃え上がる赤と青の炎。ねじれ上がる蛇のように大気を焼き、拳と共に大地へ叩き付けられる。
細かくひび割れるアスファルト道路。
止マレのペイントが引き裂かれ、炎が波のように吹き上がってタクシーとメール便バイクを包んでいく。
慌てて飛び降りたタクシー運転手が制服についた炎をけそうと地面を転がり。
ヘルメットを被ったバイカーが唖然とした顔で荷物を取り落とす。
ここは東京渋谷区の大通り。
バスもタクシーも押しのけて、発現者が暴れていた。
一人だけの話ではない。
覇気を纏ったサラリーマンは刀を振り回して郵便ポストを八つ裂きにし、足を踏みならす女子高生は周囲のマンホールやブロック塀を変形させて荒れ狂い、新聞記者は取り出した手榴弾を辺り構わず放り投げている。
「あれは俺の掴んだスクープだ! 地下鉄で起きた悲劇をなぜ覚えてない!? 思い出せ! 狂ってるのはお前らだ! おかしいのはお前らなんだよ! ここは、ここは……」
サラリーマンも、女子高生も、新聞記者も小学生も、誰も彼もが同じようにわめいた。
「ここは本当の世界じゃない!」
●インサイドエネミー
蒼紫 四五九番(nCL2000137)は大学のロビーで資料の束をめくっていた。
立ち止まるあなたに振り返り、資料を小さく翳す。
「コズミックトラベラーシンドローム(CTS)……この事件が気になるの? そう、なら、この仕事を任せられると思うわ。この資料は渡しておくから、興味がわいたら一時に会議室へ来て」
町中で『覚者』が無差別に暴力をふるうという事件が発生した。
覚者と表記しているのは、彼らを罪に問うのは相応しくないがゆえだ。
理由は精神疾患による責任能力の欠如。
病名は……。
「コズミックトラベラーシンドローム(CTS)。
自らを別の世界から来たと主張する妄想症のひとつ。勿論ネット上の俗称よ、普通に妄想症と診断されているけど、みな同じ主張をすることからこの名前がついたの。
本当に別の世界から来たのか、ですって?
違うんじゃないかしら。彼らの過去を調べてみたけれど、普通に日本で生まれて育って今に至る普通の人たちよ。経歴もハッキリしているし偽造の疑いもなし。
それに、本人の主張は尋ねるたびにちぐはぐになるの。
ありもしない出身地、定まらない出席番号、聞くたびに変わる親の名前。他にも色々よ。本当にただの妄想なのね。
ただ……妄想であることを指摘されると強い暴力衝動にかられるという特徴があるわ。
それも、症状に見舞われた四人の男女がそろって覚者だったことが問題を大きくしているの。
振り回すのがカッターナイフならよかったものの、マシンガンや日本刀となれば警察だって手が出せないわよね。
殺人事件に発展すれば彼らもただの病人では済まされないわ。
ただちに戦闘行為によって鎮圧。そして拘束してちょうだい。
しかる後、病院のクワイエットルームへ送るわ」
暴れているのは四人の覚者だ。戦闘能力もそれなりにあるが、人数や経験でこちらが勝っているのでまともに戦えば負けはしないだろう。
「というわけで、任務は戦闘による鎮圧よ。よろしく頼むわね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.暴れている覚者の鎮圧
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
青紫氏に渡された資料にいくつか補足事項がありますので、その内容について触れていきましょう。
●エネミーデータ
・覚者×4
火行、水行、土行、天行の四人です。
因子は不明ですが、戦闘に関わりづらい経歴だったようであまり戦闘慣れしていません。
武装も全体的にノーマルなものです。
●シチュエーションデータ
妄想が引き金になって家族や友人に暴力をふるい、それが酷くなったので病院のクワイエットルームへ搬送される途中でした。
症状確認の段階で暴力衝動がおき、担架を破壊。車両をも破壊して路上へ飛び出し、暴力行動を続けています。
そんなわけで現場は都内渋谷区。二車線道路の上となります。
暴力を振るう覚者がいるので皆勝手にどこかへ避難している筈です。
取り残された市民がないとは言い切れませんが、探し回って時間を浪費するより戦って危険な対象を沈黙させるほうが確実でしょう。
●症状に関する補足
例えば統合失調症や認知症、躁鬱病など強い妄想にとらわれる精神疾患は珍しくなく、妄想が引き金となって理不尽な暴力行動をとることもよくあるようです。
彼らはそういった精神疾患の診断をされており、適切な国立の治療施設へ送られる途中でした。
診断書や彼らの経歴。住所や氏名といった情報は既に調査され尽くされており、いまキャラクターたちの手元に資料の束というかたちで渡されています。ここからわかるのは、『ごく普通に生きてきた人が普通に精神を病み、暴力行動を起こしたのだ』という情報だけです。それ以外にはありません。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年06月06日
2017年06月06日
■メイン参加者 6人■

●『対象X1、X3、X5、X6を発見。観測を続行』
現場到着時刻より約15分前。
送迎用ワゴン車内。
『空虚な器』片科 狭霧(CL2001504)はカップホルダーに入った支給品の缶コーヒーをぼうっと眺めていた。
「妄想、ねえ」
彼女の呟きにふと意識を向けてくる『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)。
それを会話の合図を受け取ったのか、狭霧はため息でもつくように語り始めた。
「自分が思うとおりの世界に浸れるのって、素敵よね。けれど、人様に迷惑をかけるなら、お仕置きが必要だけれど……」
「ふむ」
言わんとしていることを樹香なりに理解したらしい。
オレンジジュースをこくりとやってから、狭霧のどこか内向的な話に加わった。
「妄想症は珍しくないが、複数の人間が同じ状態になるのは奇妙な話じゃ。何か外側からの力が働いているようにしか見えぬの」
「……」
目線だけで返す狭霧。
ただの妄想ではないと言いたげな樹香に対して、狭霧は一般的な妄想のたぐいだと考えているようだ。反論をしないのは、狭霧に意見の異なる他人をスルーする癖があるからだ。
しかし樹香はそういう相手とも会話を成立させるタイプのようで、別の誰かを会話に交えて話を続けようと試みた。
全員に配られたA4用紙一枚分の資料を手に、ちらりと別の座席を見やる。
「まずはこの者たちを取り押さえねばならぬ。傷害事件にならなければ、情状酌量の余地に納められるかもしれぬからの」
「病気の症状だから仕方ない、って話に収めたいわけね。別にいいわよそれで」
向いた先は『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)だった。彼女も彼女で口調に突き放した感じはあるが、狭霧と違って人付き合いに関して省エネするタイプではなさそうだ。会話を少し弾ませてみる。
「それにコズミックトラベラーシンドロームという言葉、なにやら気になるのぅ」
「略してCTS。とっても聞き覚えがあるわ。まったく……」
忌々しそうに言うありすに、樹香はもう一歩食いついた。
「ほう、聞き覚えがあるか。過去に例があるんじゃな? 参考までに聞かせてくれ」
「別にいいけどあれは……。えっと……」
口を小さくぱくぱくとさせるありすに、樹香は首を傾げた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、えっと、なにかしら……悪いわね、思えば『こんな単語を聞いたことなんて一度も無かった』わ」
勘違いだったみたい。忘れて。ありすはそう言って手を振った。
これで会話はおしまいにしたい。
そういう口ぶりだったのだが……。
「あんなこと、もう、起こるわけ無いよ」
きわめて決定的な口ぶりで、『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)が言った。俯き気味に、自分の内面を掘るようにしてだ。
「あのね」
一呼吸をおいて。
「ずっと前、夢の中で聞いたことがあったんだ。夢の中の僕はCTSって病気で、入院してたよ。その世界ではパパもママも生きてて、僕は卒業式の日に一緒にご飯を食べに行ったんだ。けどね、その世界は本当の世界じゃ無いんだよ。本当の世界はこっちの世界なんだ。僕はそれを知ってたし、分かってたけど、みんな違うっていうからついかっとなってママを叩いちゃって、でも大丈夫だよ、そんなのただの夢だし、OSEだってもう現われたりなんてしないんだからさ!」
早口でまくし立てるきせきに、樹香は表情を変えずに対応した。
と言うより、顔が引きつらないようにこらえたといった方が正確だろうか。
相手は自分より年下の子供だ。そう考えて、苦笑してみせる。
「お、お前様までそんなことを言い出して……冗談がきついぞ」
きせきもまた、くったくなく笑った。
「えへへ、ごめん」
「………………」
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)は沈黙している。
「……」
隣に座った 納屋 タヱ子(CL2000019)もまた、沈黙をしていた。
「狭霧さんと檜山さんには、話さないんですか? あの事件のこと」
「話してどうするね」
こんなややこしい話、面倒をかけるだけだろう?
そんなことを言外に述べる逝。彼の表情はヘルメットとアイシールドに隠れて見えない。どころか、全身が何か不可思議な気配に包まれているようで、考えがまるで読めなかった。
「少し、話しておきます」
タヱ子は振り向いて、樹香たちに声をかけた。
●うろ覚えのあらすじ
タヱ子とありす、そして口を閉ざし気味のきせきは樹香と狭霧に自分たちの不思議な経験について語った。
ある日六人の仲間が同時に同じ夢を見て、夢の中では自分がCTS患者として入院させられていたこと。
その世界はこことは微妙に異なる世界で、両親や家や歴史が本来と違うように思えたこと。因子らしきものもなく、覚醒もできなかったこと。
その病院で『顔が渦巻き状にねじれた怪物たち』に襲われ、他の入院患者も同じ怪物になってしまったこと。
その後、現実でも同じ怪物が現われ、不思議に思った自分たちは事件の根本的な解決に乗り出したこと。
その過程で『可能性交換棺』という不思議な装置を発見したこと。
逝がその装置を使えば夢で見た世界に行くことができると主張し、実際に自分で試したこと。
その上で怪物の発生原因はかの世界に居る青紫四五六番であり、彼女を殺害することで怪物は二度と現われないと主張したこと。
更にその後の調べで『アウトサイダー』という異なる次元の存在(古妖という扱いになっている)から怪物たちは人間であるという事実を聞かされたこと。
通常の人間となんら変わりは無いが、観測する側が化け物として認識してしまっているのだということ。
複雑で長い話だったので、樹香は途中からぼんやりとした顔になっていたが、なんとか重要な部分までは語ることが出来たようだ。
「それで、あの『車いすの女』を殺したことで事件は解決。もうあの変な怪物は現われないってわけ」
ありすのそんな締めくくりに、狭霧は小さくため息をついた。窓の外を見て、それ以上のリアクションはしなかった。
顔をしかめる樹香。
「なんじゃ、その……ワシの知らないところでなんだかヘンな事件が起きていたんじゃな。別の世界? というのは、まああってもおかしくないんじゃが……どうも所々引っかかるような気がするのぅ」
ただでさえ複雑なうえに自分が関わっていない事件なので、樹香はそれいじょう考えるのをやめた。そろそろ現場に到着する頃だ。
思考の続きは後回しにせねばなるまい。
●『昭和92年、5月。ブランク博士の殺害に成功。残る観測者は6名』
「いくわよ、ゆる――開眼!」
第三の目を開いたありすは、フィンガースナップによって指に火をともした。
炎の軌跡で描く横一文字。
まるで閉じたまぶたを開くかの如く膨らんだ炎は、二車線道路をまるごと埋めるようにどろりと広がり、暴れている対象者たちをも飲み込んでいった。
まさに波に呑まれるが如くなり。熱による風圧で押し流された女子高生やサラリーマンたちは乱暴に止められた車やガードレール、電柱といった障害物にぶつかって倒れた。
「この調子でまとめて……」
第二波を放つべく炎の勢いを強めるありすだが、相手の動きに思わず舌打ちをした。
サラリーマンも女子高生も、新聞記者もポニーテールの少女もばらばらに逃げ出そうとするのだ。
このまま拡散されては全体攻撃の範囲に収められない。どころか戦闘による被害区域自体が拡大してしまう。
「このパターンはちょっと考えてなかったわね。どうする?」
「四つのチームに分かれて追いましょう。その際に肉声で周囲の避難を促すのも忘れないように」
仲間のなかで真っ先に応えたのは狭霧だった。戦闘経験が少ないと言っていたようだが、頭は回る方だったらしい。というより、他のメンバーが色々なことにとらわれていたせいで考えが鈍ったのかもしれない。
ともかく、六人の中で最も適切に動けたのは誰よりも経験の浅い狭霧だったということである。
「私は爆弾を無差別に投げている記者を追います。どなたかフォローを」
「私が行きます。あとは任せますね」
走り出した狭霧にぴったりとつくタヱ子。
円形のシールドを取り出すと、逃げる新聞記者めがけて投擲した。
風をきって飛ぶシールド、振り返ってキャッチする記者。
狭霧は走りながら覚醒。口元を庇うように手の甲を翳し、破眼光を乱射した。
「なんだっ! なんなんだお前……!」
わめく記者。知ったことでは無い。
タヱ子は狭霧の射撃に混じるようにして突撃。タックルを浴びせ、相手をその場に転倒させた。
グレネードランチャーに変わった腕をタヱ子めがけて幾度も叩き付けてくるが、二重三重の術式装甲をもったタヱ子には傷一つつけられない。どころか、殴りつけた腕のほうが徐々に壊れていくほどである。
やや乱れた髪を指でかきあげて、狭霧は息をついた。
「ここは、なんとかなりそうね」
「ハハハ! 立ち方が悪いなあ。それ、また放り投げられるぞう」
掴みかかってくる女子高生のスカーフを掴み、足を払って投げ飛ばす逝。
ブレザー服が土にまみれ、長い黒髪が大きく乱れた。
「どいてください。私は両親のもとに帰らなきゃならないんです」
「おっさんには関係ないなあ」
引っぺがしたマンホールを投げつけてくる。
逝は上半身をぐねりと曲げただけでそれを回避。マンホールは背後の自動販売機にめりこんだ。
こきりと首を慣らす逝。
女子高生は後じさりし、歯を食いしばって足を踏みならした。
連動するように隆起するアスファルト地面。
「遅い、遅いなあ」
重ねるように地面を踏みならす逝。それだけで隆起が乱れ、逝をよけるように散っていく。
流れるように蹴りを放つ。彼を覆っていた瘴気が弾となってはなたれ、女子高生の額を打った。
日本刀を振り回すサラリーマン。
大型バイクを真っ二つにすると、ギラリとした目で樹香をにらんだ。
「そんな風に見られてものう……いや、話は後にするかの」
強烈な斬撃がくる。半歩下がって薙刀で絡めるように取り、ねじり上げるように刀を手放させた。
技量の差があまりに大きすぎるのだ。
サラリーマンは後ろに走りながら懐から取り出した拳銃を乱射。
戦闘経験を重ねた樹香にとって、銃弾などというものはスローで見える。
薙刀をぐるんと回転させることで、タイミングよく銃弾の側面を打って払ってしまった。
「無駄な抵抗はよしたほうがよいぞ」
「無駄かどうかは私が決める」
諦めずに銃を乱射。
そこへ割り込んだのはきせきだった。
銃撃をまるで避けること無く突撃。
胸と腹にばすばすと穴が空き、血が吹き出るが、目をおおきく開いて口角を上げた。
テレビゲームで遊ぶ子供のように笑うそのさまに、サラリーマンは初めて恐怖を露わにした。
「くっ、来るな」
「ごめんね」
胸を切りつけコンパクトな動きで背後に回り、背中を切りつけ余ったエネルギーでくるくると回る。
ブレーキをかけてから、刀をしまった。
「お願いは聞けないんだ」
「来ないで! 来ないでよ! ああもう、あっちへいきなさいよ!」
ポニーテールの少女は指から生み出した炎を乱射しありすへ浴びせてくる。
何発かくらっては見たが、多少熱さを感じる程度でろくな脅威には思えなかった。
顔へ飛んできた炎の弾を、指に灯った炎で払いのける。
「無駄な抵抗はやめなさい。峰打ちにしてあげるから」
言ってから、炎の峰打ちってどうやるのかしらと頭の中だけで考えた。
まあ、戦闘不能にしたくらいで死にはすまい。遠慮無く撃てば良いのだ。
「これで終わりね」
指鉄砲を向けるように構えるありす。
その直前。
「あんたなんか、私じゃない!」
少女は異様なことを言って、ありすの炎弾に倒れた。
●信じてはいけない人の言葉を、信じてしまったから
「人は、狂ってしまえるほうが幸せなんじゃないか、って思うときがあるの。この人たちはどうかしら」
クワイエットルームへの搬送車を携帯電話で新たに呼び、狭霧は拘束した対象者たちを見やった。
思うさま暴れた後だからだろうか、拘束はされているがこれ以上抵抗する様子はなかった。
仲間たちは一人ずつ話を聞いている。どうにも妄想の内容が気になるらしい。
現実逃避した妄想にどんな価値があろうものか。狭霧は意味の無いことだと最初は聞き流していたのだが……。
しだいにおかしな点に気がついた。
皆この世界が本当のものじゃないと主張する一方で、この世界が悪いものだとは考えていないという所だ。
中には元の世界に帰りたくないと主張する者もいるほどだった。
狭霧の考えていた妄想症は、もっと夢のような世界に閉じこもったようなものだったはずだが……。
「ううむ、皆要領を得ないのぅ……。話す内容がちぐはぐすぎて噛み合わん」
話を半分まで聞いた樹香は、そう言って頭をかりかりとやった。
「神奈川が横浜県になっているだの年号は昭和だの女性アメリカ大統領がいるだのFMラジオ局だの、かといえば周りの連中はこぞって否定しあっておる。やはりただの妄想なんじゃろうか」
「まあ、聞く限り……妄想の内容に共通点はまるでないわね。どう、逝さん?」
ありすはこの案件に深くタッチするつもりはないようで、逝に聞き込みを任せていた。だがひとつだけ気になることとして……。
「アナタの体験した話と、共通点があるんじゃないの?」
「ふむ? ううん……どうかなあ……」
曖昧な返答だ。
「おっさんが体験したことは皆とそんなに変わらんからなあ」
ふと見ると、きせきがぶるぶると震えていた。
首を振ってなにかをかき消すようにしている。
「どうしたの?」
「ううん。このひと、変なこと言うから……ちょっと気分が悪くなっちゃって。えっと、少し休むね」
力なく笑ってその場を離れるきせき。
ありすは、彼が聞き込みを行なっていた少女を見た。
ポニーテールの少女だ。
彼女は。
ありすを見て。
「私の名前は鈴駆ありす。能亜研究所というところの顧問をしてるの」
と、言った。
「あなたは何者? なんでアタシと同じ顔をしているの? 元の世界に帰る方法を知ってるの? 何でもいいから言いなさい。私は帰らなきゃいけないの」
とも、言った。
まるで、似ても似つかない顔をしているにも関わらず。
最後に、このことだけは語っておこう。
「すみません。こんなモノを見たことはありませんか」
タヱ子は顔の無い人間のスケッチを見せた。
内側にねじれて歪んだような怪物の絵である。
セーラー服の女子高生は指をさして言った。
「これです。これが現われてから、私はこっちの世界に飛ばされたんです。きっとこれのせいだと思います。何か知っているんですか? 教えてください。私はお父さんとお母さんのもとへ帰らなくちゃいけないんです」
「わかりました。その前にもう一つ。これを、どこで見ましたか?」
タヱ子の質問に。
「たしか、病院で」
と、女子高生は応えた。
「それと、この世界の人はなんで仮面をしないんですか?」
とも。
現場到着時刻より約15分前。
送迎用ワゴン車内。
『空虚な器』片科 狭霧(CL2001504)はカップホルダーに入った支給品の缶コーヒーをぼうっと眺めていた。
「妄想、ねえ」
彼女の呟きにふと意識を向けてくる『樹の娘』檜山 樹香(CL2000141)。
それを会話の合図を受け取ったのか、狭霧はため息でもつくように語り始めた。
「自分が思うとおりの世界に浸れるのって、素敵よね。けれど、人様に迷惑をかけるなら、お仕置きが必要だけれど……」
「ふむ」
言わんとしていることを樹香なりに理解したらしい。
オレンジジュースをこくりとやってから、狭霧のどこか内向的な話に加わった。
「妄想症は珍しくないが、複数の人間が同じ状態になるのは奇妙な話じゃ。何か外側からの力が働いているようにしか見えぬの」
「……」
目線だけで返す狭霧。
ただの妄想ではないと言いたげな樹香に対して、狭霧は一般的な妄想のたぐいだと考えているようだ。反論をしないのは、狭霧に意見の異なる他人をスルーする癖があるからだ。
しかし樹香はそういう相手とも会話を成立させるタイプのようで、別の誰かを会話に交えて話を続けようと試みた。
全員に配られたA4用紙一枚分の資料を手に、ちらりと別の座席を見やる。
「まずはこの者たちを取り押さえねばならぬ。傷害事件にならなければ、情状酌量の余地に納められるかもしれぬからの」
「病気の症状だから仕方ない、って話に収めたいわけね。別にいいわよそれで」
向いた先は『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)だった。彼女も彼女で口調に突き放した感じはあるが、狭霧と違って人付き合いに関して省エネするタイプではなさそうだ。会話を少し弾ませてみる。
「それにコズミックトラベラーシンドロームという言葉、なにやら気になるのぅ」
「略してCTS。とっても聞き覚えがあるわ。まったく……」
忌々しそうに言うありすに、樹香はもう一歩食いついた。
「ほう、聞き覚えがあるか。過去に例があるんじゃな? 参考までに聞かせてくれ」
「別にいいけどあれは……。えっと……」
口を小さくぱくぱくとさせるありすに、樹香は首を傾げた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、えっと、なにかしら……悪いわね、思えば『こんな単語を聞いたことなんて一度も無かった』わ」
勘違いだったみたい。忘れて。ありすはそう言って手を振った。
これで会話はおしまいにしたい。
そういう口ぶりだったのだが……。
「あんなこと、もう、起こるわけ無いよ」
きわめて決定的な口ぶりで、『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)が言った。俯き気味に、自分の内面を掘るようにしてだ。
「あのね」
一呼吸をおいて。
「ずっと前、夢の中で聞いたことがあったんだ。夢の中の僕はCTSって病気で、入院してたよ。その世界ではパパもママも生きてて、僕は卒業式の日に一緒にご飯を食べに行ったんだ。けどね、その世界は本当の世界じゃ無いんだよ。本当の世界はこっちの世界なんだ。僕はそれを知ってたし、分かってたけど、みんな違うっていうからついかっとなってママを叩いちゃって、でも大丈夫だよ、そんなのただの夢だし、OSEだってもう現われたりなんてしないんだからさ!」
早口でまくし立てるきせきに、樹香は表情を変えずに対応した。
と言うより、顔が引きつらないようにこらえたといった方が正確だろうか。
相手は自分より年下の子供だ。そう考えて、苦笑してみせる。
「お、お前様までそんなことを言い出して……冗談がきついぞ」
きせきもまた、くったくなく笑った。
「えへへ、ごめん」
「………………」
『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)は沈黙している。
「……」
隣に座った 納屋 タヱ子(CL2000019)もまた、沈黙をしていた。
「狭霧さんと檜山さんには、話さないんですか? あの事件のこと」
「話してどうするね」
こんなややこしい話、面倒をかけるだけだろう?
そんなことを言外に述べる逝。彼の表情はヘルメットとアイシールドに隠れて見えない。どころか、全身が何か不可思議な気配に包まれているようで、考えがまるで読めなかった。
「少し、話しておきます」
タヱ子は振り向いて、樹香たちに声をかけた。
●うろ覚えのあらすじ
タヱ子とありす、そして口を閉ざし気味のきせきは樹香と狭霧に自分たちの不思議な経験について語った。
ある日六人の仲間が同時に同じ夢を見て、夢の中では自分がCTS患者として入院させられていたこと。
その世界はこことは微妙に異なる世界で、両親や家や歴史が本来と違うように思えたこと。因子らしきものもなく、覚醒もできなかったこと。
その病院で『顔が渦巻き状にねじれた怪物たち』に襲われ、他の入院患者も同じ怪物になってしまったこと。
その後、現実でも同じ怪物が現われ、不思議に思った自分たちは事件の根本的な解決に乗り出したこと。
その過程で『可能性交換棺』という不思議な装置を発見したこと。
逝がその装置を使えば夢で見た世界に行くことができると主張し、実際に自分で試したこと。
その上で怪物の発生原因はかの世界に居る青紫四五六番であり、彼女を殺害することで怪物は二度と現われないと主張したこと。
更にその後の調べで『アウトサイダー』という異なる次元の存在(古妖という扱いになっている)から怪物たちは人間であるという事実を聞かされたこと。
通常の人間となんら変わりは無いが、観測する側が化け物として認識してしまっているのだということ。
複雑で長い話だったので、樹香は途中からぼんやりとした顔になっていたが、なんとか重要な部分までは語ることが出来たようだ。
「それで、あの『車いすの女』を殺したことで事件は解決。もうあの変な怪物は現われないってわけ」
ありすのそんな締めくくりに、狭霧は小さくため息をついた。窓の外を見て、それ以上のリアクションはしなかった。
顔をしかめる樹香。
「なんじゃ、その……ワシの知らないところでなんだかヘンな事件が起きていたんじゃな。別の世界? というのは、まああってもおかしくないんじゃが……どうも所々引っかかるような気がするのぅ」
ただでさえ複雑なうえに自分が関わっていない事件なので、樹香はそれいじょう考えるのをやめた。そろそろ現場に到着する頃だ。
思考の続きは後回しにせねばなるまい。
●『昭和92年、5月。ブランク博士の殺害に成功。残る観測者は6名』
「いくわよ、ゆる――開眼!」
第三の目を開いたありすは、フィンガースナップによって指に火をともした。
炎の軌跡で描く横一文字。
まるで閉じたまぶたを開くかの如く膨らんだ炎は、二車線道路をまるごと埋めるようにどろりと広がり、暴れている対象者たちをも飲み込んでいった。
まさに波に呑まれるが如くなり。熱による風圧で押し流された女子高生やサラリーマンたちは乱暴に止められた車やガードレール、電柱といった障害物にぶつかって倒れた。
「この調子でまとめて……」
第二波を放つべく炎の勢いを強めるありすだが、相手の動きに思わず舌打ちをした。
サラリーマンも女子高生も、新聞記者もポニーテールの少女もばらばらに逃げ出そうとするのだ。
このまま拡散されては全体攻撃の範囲に収められない。どころか戦闘による被害区域自体が拡大してしまう。
「このパターンはちょっと考えてなかったわね。どうする?」
「四つのチームに分かれて追いましょう。その際に肉声で周囲の避難を促すのも忘れないように」
仲間のなかで真っ先に応えたのは狭霧だった。戦闘経験が少ないと言っていたようだが、頭は回る方だったらしい。というより、他のメンバーが色々なことにとらわれていたせいで考えが鈍ったのかもしれない。
ともかく、六人の中で最も適切に動けたのは誰よりも経験の浅い狭霧だったということである。
「私は爆弾を無差別に投げている記者を追います。どなたかフォローを」
「私が行きます。あとは任せますね」
走り出した狭霧にぴったりとつくタヱ子。
円形のシールドを取り出すと、逃げる新聞記者めがけて投擲した。
風をきって飛ぶシールド、振り返ってキャッチする記者。
狭霧は走りながら覚醒。口元を庇うように手の甲を翳し、破眼光を乱射した。
「なんだっ! なんなんだお前……!」
わめく記者。知ったことでは無い。
タヱ子は狭霧の射撃に混じるようにして突撃。タックルを浴びせ、相手をその場に転倒させた。
グレネードランチャーに変わった腕をタヱ子めがけて幾度も叩き付けてくるが、二重三重の術式装甲をもったタヱ子には傷一つつけられない。どころか、殴りつけた腕のほうが徐々に壊れていくほどである。
やや乱れた髪を指でかきあげて、狭霧は息をついた。
「ここは、なんとかなりそうね」
「ハハハ! 立ち方が悪いなあ。それ、また放り投げられるぞう」
掴みかかってくる女子高生のスカーフを掴み、足を払って投げ飛ばす逝。
ブレザー服が土にまみれ、長い黒髪が大きく乱れた。
「どいてください。私は両親のもとに帰らなきゃならないんです」
「おっさんには関係ないなあ」
引っぺがしたマンホールを投げつけてくる。
逝は上半身をぐねりと曲げただけでそれを回避。マンホールは背後の自動販売機にめりこんだ。
こきりと首を慣らす逝。
女子高生は後じさりし、歯を食いしばって足を踏みならした。
連動するように隆起するアスファルト地面。
「遅い、遅いなあ」
重ねるように地面を踏みならす逝。それだけで隆起が乱れ、逝をよけるように散っていく。
流れるように蹴りを放つ。彼を覆っていた瘴気が弾となってはなたれ、女子高生の額を打った。
日本刀を振り回すサラリーマン。
大型バイクを真っ二つにすると、ギラリとした目で樹香をにらんだ。
「そんな風に見られてものう……いや、話は後にするかの」
強烈な斬撃がくる。半歩下がって薙刀で絡めるように取り、ねじり上げるように刀を手放させた。
技量の差があまりに大きすぎるのだ。
サラリーマンは後ろに走りながら懐から取り出した拳銃を乱射。
戦闘経験を重ねた樹香にとって、銃弾などというものはスローで見える。
薙刀をぐるんと回転させることで、タイミングよく銃弾の側面を打って払ってしまった。
「無駄な抵抗はよしたほうがよいぞ」
「無駄かどうかは私が決める」
諦めずに銃を乱射。
そこへ割り込んだのはきせきだった。
銃撃をまるで避けること無く突撃。
胸と腹にばすばすと穴が空き、血が吹き出るが、目をおおきく開いて口角を上げた。
テレビゲームで遊ぶ子供のように笑うそのさまに、サラリーマンは初めて恐怖を露わにした。
「くっ、来るな」
「ごめんね」
胸を切りつけコンパクトな動きで背後に回り、背中を切りつけ余ったエネルギーでくるくると回る。
ブレーキをかけてから、刀をしまった。
「お願いは聞けないんだ」
「来ないで! 来ないでよ! ああもう、あっちへいきなさいよ!」
ポニーテールの少女は指から生み出した炎を乱射しありすへ浴びせてくる。
何発かくらっては見たが、多少熱さを感じる程度でろくな脅威には思えなかった。
顔へ飛んできた炎の弾を、指に灯った炎で払いのける。
「無駄な抵抗はやめなさい。峰打ちにしてあげるから」
言ってから、炎の峰打ちってどうやるのかしらと頭の中だけで考えた。
まあ、戦闘不能にしたくらいで死にはすまい。遠慮無く撃てば良いのだ。
「これで終わりね」
指鉄砲を向けるように構えるありす。
その直前。
「あんたなんか、私じゃない!」
少女は異様なことを言って、ありすの炎弾に倒れた。
●信じてはいけない人の言葉を、信じてしまったから
「人は、狂ってしまえるほうが幸せなんじゃないか、って思うときがあるの。この人たちはどうかしら」
クワイエットルームへの搬送車を携帯電話で新たに呼び、狭霧は拘束した対象者たちを見やった。
思うさま暴れた後だからだろうか、拘束はされているがこれ以上抵抗する様子はなかった。
仲間たちは一人ずつ話を聞いている。どうにも妄想の内容が気になるらしい。
現実逃避した妄想にどんな価値があろうものか。狭霧は意味の無いことだと最初は聞き流していたのだが……。
しだいにおかしな点に気がついた。
皆この世界が本当のものじゃないと主張する一方で、この世界が悪いものだとは考えていないという所だ。
中には元の世界に帰りたくないと主張する者もいるほどだった。
狭霧の考えていた妄想症は、もっと夢のような世界に閉じこもったようなものだったはずだが……。
「ううむ、皆要領を得ないのぅ……。話す内容がちぐはぐすぎて噛み合わん」
話を半分まで聞いた樹香は、そう言って頭をかりかりとやった。
「神奈川が横浜県になっているだの年号は昭和だの女性アメリカ大統領がいるだのFMラジオ局だの、かといえば周りの連中はこぞって否定しあっておる。やはりただの妄想なんじゃろうか」
「まあ、聞く限り……妄想の内容に共通点はまるでないわね。どう、逝さん?」
ありすはこの案件に深くタッチするつもりはないようで、逝に聞き込みを任せていた。だがひとつだけ気になることとして……。
「アナタの体験した話と、共通点があるんじゃないの?」
「ふむ? ううん……どうかなあ……」
曖昧な返答だ。
「おっさんが体験したことは皆とそんなに変わらんからなあ」
ふと見ると、きせきがぶるぶると震えていた。
首を振ってなにかをかき消すようにしている。
「どうしたの?」
「ううん。このひと、変なこと言うから……ちょっと気分が悪くなっちゃって。えっと、少し休むね」
力なく笑ってその場を離れるきせき。
ありすは、彼が聞き込みを行なっていた少女を見た。
ポニーテールの少女だ。
彼女は。
ありすを見て。
「私の名前は鈴駆ありす。能亜研究所というところの顧問をしてるの」
と、言った。
「あなたは何者? なんでアタシと同じ顔をしているの? 元の世界に帰る方法を知ってるの? 何でもいいから言いなさい。私は帰らなきゃいけないの」
とも、言った。
まるで、似ても似つかない顔をしているにも関わらず。
最後に、このことだけは語っておこう。
「すみません。こんなモノを見たことはありませんか」
タヱ子は顔の無い人間のスケッチを見せた。
内側にねじれて歪んだような怪物の絵である。
セーラー服の女子高生は指をさして言った。
「これです。これが現われてから、私はこっちの世界に飛ばされたんです。きっとこれのせいだと思います。何か知っているんですか? 教えてください。私はお父さんとお母さんのもとへ帰らなくちゃいけないんです」
「わかりました。その前にもう一つ。これを、どこで見ましたか?」
タヱ子の質問に。
「たしか、病院で」
と、女子高生は応えた。
「それと、この世界の人はなんで仮面をしないんですか?」
とも。
