新進・雷轟電撃
【相撲一代男】新進・雷轟電撃


●決戦、重蔵邸
 その平屋の屋敷は、都内の一等地に広い土地を買い建てた物だった。
「荒影が戻りました!」
「首尾は!?」
「失敗したぜ、聞いてたよりも数が多かったぞ」
「荒影!」
 伝令の報告が始まるより早く、傷ついた機械腕を畳の上に置き荒影が姿を現す。
「やっぱ覚者の奴らは強いな。絶対にぶっ殺す」
「轟雷鳳め……!」
 同じ理事であり、今回の暗殺劇の標的だった男の名を忌々しげに口にして歯噛みするのは、土門・重蔵。
 過去は角界を騒がせた横綱飛来竜の名を冠していた関取にして、今もって角界への覚者参入を憎む者である。
「あいつさえいなければ、私の協会での地位は盤石であったというのに……!」
 その姿は在りし日の栄光の影もなく、私欲に染まっている。
「私の部下はどうなりましたか?」
 集団に、黒いスーツをピシリと着込んだ男が姿を現す。
「捕まったよ。あの分じゃ全員だな」
「そうですか」
 荒影の返答に、しかしサングラスの奥の表情は変わらない。
「立場が危ういかい? イレブンの幹部補佐さん」
「いえ、彼程度の持つ情報なら、私の上司に捜査の手が及ぶことはないでしょう」
 煽りを相手にしない男に荒影の興味は薄れ、フンと鼻息一つを返した。
「ですが、私はもう、その役目を終えねばなりません」
 そう言って黒服の男は懐からアンプルを取り出し、おもむろに自らの腕へと打ち込んだ。
「!? ゴホゴホッ、ゲフッ」
 直後、男はせき込み、血を吐く。
「お、お前まさか!?」
 慌てる重蔵を、しかし男は手で制し、言う。
「オーバードーズ、しました。私の命はしばらくすれば終わります。その代わり、あなたが逃げる時間くらいは稼ぎましょう。重蔵さん」
 見上げる視線に垣間見えた男の瞳もまた、狂気に彩られていた。
「全ては……」
 忌々しく世に蔓延る、人ならざる力を安易に扱う者共を打ち破るため。
「……!」
 男の視線に重蔵は恐怖し、荒影は喜色を見せた。
「……金を掻き集めろ! 逃げるぞ!」
 交わされる二人の視線から逃れるように、重蔵は黒服達に声を掛けた。

 現場に覚者達と共に到着した、今回の騒動の中心点に立つ男、轟雷鳳こと轟・雷太。
 彼は遠くに重蔵邸を見やり、傍に立つ覚者達へと声を掛けた。
「見届けさせてくれ、あんたらの戦いを。この世は、自分達で変えられるってことを!」
 一連の物語の幕引きとなる戦いが今、始まろうとしていた。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
■成功条件
1.土門・重蔵の確保
2.なし
3.なし
ここまで付き合って下さっている皆様ご贔屓にありがとうございます。
ここから新たに参加なさろうとする剛毅な方へ、ようこそ大舞台へ。みちびきいなりです。
今回の依頼は一連の襲撃事件の首謀者を白日の元へと晒すべく確保するというもの。
奴をここで逃がせば、半年という時に積み上げた開かれた角界はまた遠ざかることになります。
決着を。
また、これはシリーズ物依頼の四話目となります。

●舞台
都内某所、一等地に建てられた武家屋敷風の造りをした『重蔵邸』の敷地内が舞台となります。
時刻は深夜、白く輝く月明かりの下での決戦です。
一般的な出入口は正門と裏門の二か所、それ以外の屋敷の周囲は2m強の塀で囲まれています。
敷地内は大立ち回りしにくい部屋部屋と、鯉の住む池や白砂を敷き詰め開けた、裏門から続く立派な庭があります。
また、逃走準備をするべく重蔵が籠もる彼の私室があります。
以上の情報は、協力者である四方田部屋の親方、秋元・周作によりもたらされています。

●敵について
轟雷鳳暗殺未遂事件の首謀者である土門・重蔵と、彼に雇われ、想像に難くない理由から覚者への殺意を燃やす元関取の憤怒者、荒影。
重蔵と協力関係にあったイレブンのとある派閥の幹部、片倉・満彦とその部下である黒服隊が相手となります。
屋敷にいる黒服隊の数は13人、何れも訓練された人間で、洗脳に近い教育で満彦に従順です。
以上の情報は先だっての事件で捕えた構成員の供述によって判明しています。

以下はそれぞれの攻撃手段です。

『土門・重蔵』(どもん・じゅうぞう)
・戦闘能力はありません。生き汚く胆力がある以外は一般的な60代の男性です。
 彼を逃がさず確保することが今回の勝利条件です。

『荒影』(あらかげ)
・殺人張り手
[攻撃]A:物近列・巨大な義腕の先の機械の手で強烈な張り手を放ち、中ダメージを与える。【ノックB】
・圧殺
[攻撃]A:物近単・対象を機械の手で握り潰し、特大ダメージを与える。【必殺】

『片倉・満彦』(かたくら・みつひこ)
・薬物投与
[攻撃]A:特近単・独自に配合した強烈な酩酊効果のある薬物を対象に投与し、小ダメージを与える。【不随】
・号令
[補助]A:特遠全・仲間を鼓舞し、士気を高めます。物攻:+10% 効果持続:6ターン BSリカバー:40%
・オーバードーズ
[強化]P:薬物の過剰摂取状態であり、一定時間経過後に死亡する。【怒り無】【麻痺無】【睡眠無】【混乱無】【魅了無】

『黒服隊・護衛』4名
・改造拳銃
[攻撃]A:物遠単・対能力者用に改造を施された拳銃で攻撃し中ダメージを与える。《射撃》
・改造スタンロッド
[攻撃]A:特近単・対能力者用に改造を施された電磁棒で攻撃し中ダメージを与える。【痺れ】

『黒服隊・突撃』7名
・改造機関銃
[攻撃]A:物遠列・対能力者用に改造を施された機関銃で攻撃し中ダメージを与える。《射撃》

『黒服隊・治療』2名
・違法強心剤・黒
[回復]A:特近単・非合法な製薬を行なった薬でHP中回復とBSリカバーを行なう。

●協力者について
現場近くには一連の事件の被害者である轟雷鳳関こと轟・雷太と、彼を追い続けている記者の遠藤・史郎がいます。
戦闘には参加せず事件の顛末を見守っていますが、望めば覚者である雷太は協力を惜しみません。


夢見の力を借りずに行う作戦のため、敵の正確な配置が分かりません。
相手はこちらの襲撃を迎え撃つべく身構えていることでしょう。
また、戦いの中で重蔵の逃走も阻止せねばなりません。
突破、確保、鎮圧。作戦が必要となるでしょう。
如何にして成し遂げるか。覚者の皆様、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年06月10日

■メイン参加者 8人■


●突入と迎撃
 深夜。かつては不夜を謳った東京も、妖の出現から夜の帳の手にその明るさを薄めている。
 だがその日、土門・重蔵の屋敷には幾多の人影があった。これより迫り来る脅威を迎え撃つために。
 来たる脅威……FiVEの覚者を乗せた二台の車が、重蔵邸の正門と裏門をそれぞれに目指す。
(表門、余と仲間達。配置についたよ!)
(や、おっさん達も裏門にそろそろ着くよ。送受信の範囲から出るから後は手筈通りにやるさね)
 表門に向かったチームの『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)から届く送心に返心し、『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)が後続を確認する。
「……」
 四つの顔がそれぞれに逝を見つめ、頷きを返した。
「澄香さんの清廉珀香の効果が切れるより前にしかけないと」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言う通り、覚者達は2チームに分断する前に支援を掛けあっている。これは突入直後の優位を少しでも作るための策であり、轟雷鳳関の活動を非合法に妨害してきた土門・重蔵の確保を最優先とする、速度を要求される作戦を進める上での選択である。
「ならとっとと派手にぶちかまそうぜ」
「迷うことはありません」
 逸る気持ちを隠さず『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)が提案し、『継承者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)が肯定する。
 裏門に回った五人の覚者は、中で待ち受けているだろう憤怒者達を最大限引き付ける囮、陽動を目的としている。
「行きましょう。皆様!」
 『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)の号令に、逝が頷きGOサインを出す。直後、
「ええと、たしかこうですね……タノモウ!!」
 シャーロットと遥が裏門を一撃。金属製の豪奢な扉はひしゃげ、留め具を破壊されれば敷地内に派手に吹き飛んでいく。
「FiVEの覚者、鹿ノ島遥だ! 土門重蔵! お前の悪事はすべてロケンした! 無駄なあがきはやめて、大人しくお縄につけーーい!!」
 陽動隊は全力でその役目を果たそうと敷地の中へと突入していった。
「……! 始まったよ!」
「了解。門を開錠する」
 正門に回った本隊。重蔵の確保を目的とした覚者達も、裏門から響く音に行動を開始する。
 物質透過を用いて『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)が中に侵入、周囲を警戒しつつ内側から鍵を外す。
 扉の内と外から義高とプリンス、そして轟雷鳳こと轟・雷太の三人で協力し、人が通れる程度に開く。
 その隙間をいち早く移動し、暗視能力を持った『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)が慎重に索敵を行なう。
『轟雷鳳関、私達と一緒に行ってくださいませんか?』
 そう澄香に誘われた雷太は提案を受け彼女らに同行する。逃走を図る重蔵を確保した後、他の抵抗勢力と戦う覚者に代わって彼の身柄を確保し続けるためだ。
「屋敷の玄関も開けるぞ。気を付けてくれ」
 先行する義高が次々と侵入路を確保していく中、本隊も敷地の中へと突入していく。
 そして、彼らはそれぞれに遭遇した。

「待ってたぜ、くそ覚者共!」
 庭には既に布陣した荒影とその指揮の元に武装を構える黒服達が。
「放て!」
「!? 皆、屈め!」
 屋敷内にはイレブン幹部、満彦とその指示の元、即応の迎撃陣で対応する黒服達が。
 片や派手な衝突音で、片や密集させた激しい銃声で。
「ここから先にゃ……」
「……通す訳にはいきません」
 憤怒者達は侵入者を歓迎した。

●二正面作戦を打ち破れ!
 重蔵邸、庭。
「荒影!」
「ココデアッタガヒャクネンメ! です!」
 突入直後の遭遇に遥達の足が一旦止まる。冷静に、この場にいる敵の数を確かめるべく視線を巡らせる。
「……七人。約半数ですわ」
 陽動隊はまず相手を挑発し庭にある程度の人数を引き寄せる作戦を考えていたが、数に限ればそれは達成されていると言えた。だが。
「ありゃま、綺麗に囲まれてるねぇ」
 逝の言葉通り、荒影達は裏門から侵入した覚者達が展開する前に彼らを囲い込み、抑え込む布陣を展開していた。
「地の利があるんだ、当然だろう?」
「ごもっとも」
 荒影の言葉に逝が自らのヘルメットを叩いた直後、黒服達のガトリングが咆哮をあげる。
 機先は憤怒者達が勝ち取り、砲火を浴びた覚者達は陣を乱される形でそれを受けることになった。
「っ!」
「いくぞ、覚者共!」
 銃撃が収まると同時に飛び込んでくる荒影を、彼との再戦を望んでいたシャーロットが迎え撃つ。
「からあ……じゃなかった、あらかげ!」
「んだぁ!?」
 強襲する人造巨大義手に向かって己の持つ刀、蓮華による一太刀。触れた瞬間に金物の打ち合う音が響く。直後、
「ふぅん!」
 素早く身を振ったシャーロットがその場で横に一回転。剛腕を紙一重で交わしながら二撃目を打ち込む!
「ちっ!」
 目にも留まらぬ連撃に手の平を大きく弾き返された荒影が舌打ちする。
「お預けにされたものは、キチンと終わらせたいのです!」
「へっ、上等だ!」
 そこから中庭での戦闘は、互いの破壊力をぶつけ合う乱戦へと移り変わっていく。
「聞いてた敵の大将は……いないか?!」
 遥は黒服のガトリングの射線から体を外しながら戦場を見回す。だが、事前に話に聞いていた憤怒者組織とのパイプ役の姿はこの場に見つけることが出来なかった。
「屋敷の中でも同じ様に迎撃の布陣が敷かれいていると考えて間違いないと思います!」
「……厄介ですわね」
 受けた傷をそれぞれの術式で庇うラーラといのりの表情にも、戦線の膠着を予想してか影が差す。
 その一方で、逝は包囲網の向こうにあるモノを探していた。
(奴さんが生き汚いなら必ず外へ出ようとするだろうしね、したら……)
 ヘルメットの向こう、深い緑が負の感情渦巻く戦場を見回していた。

 屋敷内では、狭所を徹底的に利用した満彦の戦術に覚者達が苦戦を強いられていた。
(完全に二手に分かれてる感じかい? となるとこっちが厄介だね)
 送受心による情報共有を密に重ねているプリンスは、機化硬で強化した左腕で銃弾を受け止めつつ思案する。
(まとめてから倒すどころか、数の有利不利がハッキリ出てきてるよ!)
 五人のFiVEの覚者が活動する庭での戦闘に対して、こちらは三人+轟雷鳳。轟雷鳳は旗頭でもあるため彼を矢面に立たせるわけにはいかない。地の利をとった敵を相手にするには不利が大きい。
(でも、だからこそやりようはあるってね。ニンジャ作戦だよ!)
(了解だ!)
 プリンスの念を受けとり、義高は前線から後方に下がった。敵の銃撃をプリンスが一身に受ける形になる。
(踏みしめる度に鳴る、うぐいす床、だっけ? ここを土足とか、マジ遺憾!)
(グレイブルさん、意外と余裕でしょうか?)
 直後に結構大変! と声をあげたプリンスを、澄香が大樹の息吹で作り出した雫を以て癒す。
 声を出さずとも意思疎通ができるというのは憤怒者には出来ない戦術である。相手は覚者の突発的な動きに思考を要した。
 動きの変わった義高を警戒し、満彦は護衛の黒服を一人動かす。道を塞ぐよう指示し、護衛対象の元へ覚者が辿り着くのを妨害しようと試みた。
 その思考は正しかった。だが、
『リーダー、遭遇予測地点に対象いません!』
 インカム越しに報告を受けた満彦は困惑した。そして同時に相手が得体の知れない存在だということを思い出した。
「……くっ!」
 彼は戦闘を続ける黒服達にこの場を死守するように命じると、一人重蔵の元へと駆け出していた。

 重蔵は内外で響く戦闘音に震えながらも、逃走の準備を無事完了した。
(どっちに逃げれば生き延びられる!? 外か? 屋敷か!?)
 しばらく迷い、重蔵は庭に出ることを決断する。満彦が近く命を落とすことを思い出したからだ。
(荒影を捨て駒にした方が今は役に立つ!)
 下卑た笑みが庭へと向かうその瞬間、声は床下から響いた。
「捕えたぜ」
「!?」
 義高の手が重蔵の足首を掴んでいた。
「ば、化け物め!」
「人の命を食い物にしてる奴には言われたかねぇな?」
 床下を透過して姿を現した義高は、相手の抵抗にも怯まず拘束し重蔵の動きを封じる。
 プリンスの透視により居場所を特定した後、義高は物質透過で床下を行き敵の包囲を悠々と突破してここまで来たのだ。
(対象確保。合流したい所だが、ちょっとそういう訳にもいかんらしい)
 念を送る。作戦の段階は進んだが、成功に至るにはこのまま重蔵を連れ出し然るべき機関に引き渡さなければならない。
 そして義高はそれが未だ困難であると理解していた。
「行かせませんよ、覚者……!」
 サングラスの向こうに深く暗い憎悪を持った男、片倉満彦が立ち塞がっていた。

●激突
 重蔵確保の報はプリンスの送受信を介して覚者達に即座に伝達された。
「よっしゃー! 後は連れ出すだけだ!」
 黒服の一人を真っ正直に殴りとばしながら、遥が歓喜の声をあげる。
 庭で繰り広げられる戦闘は、少しずつだが覚者達の優勢へと傾いていた。
 元より体力で劣る憤怒者達が、ラーラといのりの術技による支援を止めることが出来ずにスタミナ切れを起こし始めたのだ。
 唯一覚者を圧倒する攻撃力を持つ荒影も、シャーロットとの勝負に固執し戦術を乱す結果となった。
「てめぇみてぇなのが、一番嫌いなんだよ!」
「ガッ……ぁ……!」
 荒影の巨腕に掴まれたシャーロットが握力に任せて握り潰され、地にうち捨てられる。常ならばそこで意識は刈り取られ無力化されるのだが、
「!?」
「ま、だ。まだ……!」
 彼女は命を燃やし立ち上がる。刀で体を支え、未だ消えぬ闘志の火を灯した瞳で荒影を見やった。
「シャーロット様!」
 即座にいのりが癒しの霧を放ち、彼女の傷を僅かでもと治療する。
「……」
 戦う力を取り戻したシャーロットが何事かを呟く。その文言は彼女にだけ聞こえる音で、
「To be,or not to be:that is not the question(生きるべきか、死ぬべきか。それは、問題ではない)」
 キアイを入れる魔法の言葉。剣の戦士、剣士の覚悟を決める。
「道を開けます!」
「しゃらくせぇ!」
 荒影は目の前のシャーロットがどうにも気に入らない。彼女を見ていると恨み以外の何かが湧く。
「今の内に!」
「うん! 良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 状況が動く。それをいち早く察したラーラの展開した炎の津波が、黒服達を纏めて呑み込み怯ませた。
「緒形さん!」
「はいよ」
 炎の中に遥と逝が飛び込んでいく。荒影の動きを完全に度外視した動きで、敵の囲いを抜けに掛かる。
「はぁぁぁ!」
 懐に飛び込みながらシャーロットが刃を振るう。
 一撃、手の平で受け止められた。
 二撃、手首を振る一撃で打ち払われた。
「どうだ!」
「まだです!」
 シャーロットは止まらない。打ち払ったはずの刃は荒影の腕をなぞるように滑り、直後。
「ワタシの、勝ちです!」
 三撃、振り抜いた刃は荒影の胴を切り裂いた。
 体に奔る痛みに荒影は耐えきれず、その場に膝をつき崩れ落ちた。

「……」
 重蔵の私室で、義高と満彦は睨み合っていた。護衛の黒服達を従えた満彦の視線は鋭く、重蔵を睨む。
「た、助けて」
 予想よりも彼の退出が遅かったという訳ではない。覚者の動きが早かった。
「すぐに仲間が突破して来る。そして俺はこいつを手放すつもりはないぜ?」
 イレブンは非能力者を妖や能力者の脅威から守る組織を標榜している。この状況は間違いなく義高に分があった。
 そのはずだった。
「重蔵さん。あなたの犠牲は無駄にしません」
「なっ!?」
 満彦は重蔵をあっさりと見捨てた。
 暴論は銃撃となり重蔵を襲う。だがそれを義高は許さない。
「……ッ。覚者を人にあらずと憎んでおいて、自分が人の道を外れてどうすんだ、おい」
 重蔵を庇い傷を負いながらも、義高の視線は揺るがず憤怒者達を睨み返す。
「そうすることは分かっていました。人の皮を被った化け物め!」
「どっちがだ!」
 重蔵を背に庇う形となった義高は迫り来る憤怒者達を迎え撃つ。
「無力化して、貰います!」
 弾丸に耐える義高の元へ駆け込む満彦の手には針のない注射器。振り抜くそれを義高は身を反らしてギリギリでかわす。
「はぁっ!」
 スウェーの要領で身を引き戻した義高は、反撃とばかりに手に持つ斧の柄で満彦を打つ。痛みに注射器を落とした満彦は恨めし気に義高を睨んだ。
「このままお前もとっ捕まえてやろうか?」
「くっ。時間がないというのに……!」
 満彦に残された時間は少ない。だが、それ以上に早く、戦いの幕が終わろうとしていた。
「動けますか?」
「先に行くよ!」
「お願いします」
 無力化した黒服達への対処を澄香に任せ、プリンスは救援に向かう。残された澄香は土蜘蛛の糸を作りだし、黒服達を拘束していった。
 庭の戦いも決着を迎える。
「何だこの光は? ぐぁっ!」
「火が! うわぁぁっ!」
 いのりの操る光の粒とラーラの炎の津波が黒服達の体力を遂に削り切ったのだ。
「回復は、あいつはどうしたんだ!」
「そんなの、真っ先に倒すに決まってるでしょ?」
 驚愕の感情を身に受けつつも、逝は黒服の一人を昏倒させた。彼の持つ感情探査と猟犬の力を以てすれば、他者を心配し薬の香りを持つ相手の特定は容易だった。
「そんでもって、目的のモノも発見っとね」
 屋敷に向かって突撃していく遥とシャーロットを見送りながら、逝は違う方向を眺めていた。
「うおおおお!」
 庭から響く一気呵成の咆哮に、満彦は作戦失敗を悟る。
(冥宗寺様……!)
「なっ!」
 次の瞬間、満彦が義高へ飛び込んだ。体ごとぶつかり、そして新たな注射器を取り出す。
「させるか、よ!」
 義高はバランスを崩しながらも満彦の手を打ち注射器を払い落す。
「ひぃぃ!」
 その隙に、重蔵が私室から飛び出した。
「なっ!」
「しまった!」
 入れ替わるように突入した遥とシャーロットには、即座に黒服達が立ち塞がる。
(対象が庭に逃げたよ!)
 少し遅れてその場に到着したプリンスが、仲間達に念を送った。
「はははっ、引き寄せ切った。私の役目は果たしました! 後は好きにさせて貰う!」
 およそ非能力者が発揮できるとは思わない力で満彦は義高を払い立ち上がり、その場で覚者達を相手に暴れ始める。その瞳は既に焦点がぶれていた。
「そこまでして覚者を殺したいのか……あんたは!」
 暴走する満彦を相手に遥が吼える。戦いの日々の中、覚者と非覚者について考え続けてきた彼の心の叫びだった。
「なんかあったんだろうけどさ。だからって認めるわけにはいかねえよ。あんたらのやり方は!」
 拳を振りかぶる。殺すためではなく、止めるために。だが、打ち込んだ拳は寸でで止まる。
「……」
 満彦は既に事切れていた。

「ひ、ひぃ!」
 庭に逃げおおせた重蔵は、覚者達の視界を掻い潜り隠すように置いてある黒塗りの車の元へと辿り着いた。
「これで、これで私の勝ちだ!」
 笑みを浮かべながら重蔵が車のエンジンを掛ける。が、いくら鍵を回しても掛からなかった。
「なんで、なんでだ!?」
「そりゃ先手を打ってるからさね」
 逝が窓越しに立っていた。その手には、ガソリンを引き抜いたことを示す車のパーツが握られている。
「まあ喰われないだけマシ、と思っておくれ」
 刃がそっと重蔵の頬を撫でる。そこまでで彼の意識は途切れた。

●新時代
 全てが終わり、重蔵を含む憤怒者達は警察に引き渡された。
 その中でも担架で運ばれる荒影の傍に、プリンスとシャーロットの姿があった。
「スモー新時代に腕が機械の関取がいてもいいと思わない?」
「悪くないかんがえなのです」
 勧誘していた。
「だって貴公、スモーしたくてその腕付けたんでしょ?」
 その言葉に荒影は何かを悟ったのか、力の入らない体を動かし一言だけ返す。
「俺じゃダメだ。だから他を当たってくれ」
「図星だった? いいよ、余は覚者スモーとサイバネスモーの協働だって出来るって、二ポンスモーの懐の深さを信じてるからね!」
 運ばれていく荒影を見送るプリンスは、堂々と胸を張っていた。
「新時代の相撲、か」
 役に立たなかったことを謝りながら、雷太が言う。
「覚者の相撲参加に限らず、もっと道を拓かなきゃいけねぇことがあるんだな」
 その隣で澄香といのりが微笑む。
「伝統も大切ですけれど、時代に合わせて変化するのも大切だと思います」
「貴方がこれから築く新たな角界を楽しみにしていますわ」
「ああ、やってやるさ」
 これから相撲の世界を変えていく男の背中は、まだ明けぬ空を見上げていた。
 この戦いは、覚者達の心にもまた様々な思いを残す。
「覚者だろうが、そうでなかろうが、悪事は悪事だろうが……」
「命をかけた行動を笑うことなんてできませんが、でも。やっぱりこんなやり方は間違ってます」
「この薬の出所も、ちゃーんと洗わないといけないさね」
 覚者憎しの思いが起こす凶行。人の道を外れた行いの数々。
「止めねえとな」
「守らないといけません」
「さあて、ね」
 思いはそれぞれに、これからに向き合っていく。
 そして、

 少し未来の話。
「東ー! 上総丸ー!」
 土俵には、トカゲのしっぽを生やした男が立っていた。
「西ー! 轟雷鳳ぅぅ!」
 対する位置に、不敵な笑みを浮かべる男がもう一人。
「見合って見合ってぇ!」
 大勢の観客に見守られる中、本場所の前日という晴れの舞台で。
「はっきよい! のこった!」
 新たな時代を切り拓く一歩が踏みだされた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『角界の導き手』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
特殊成果
なし



■あとがき■

お疲れ様でした。依頼達成です。
覚者の皆様の活躍に、角界は変革を受け入れ進んでいきます。
それに関わった多くの人々のことを心に刻みながら。
敵の配置の分からない中、それぞれのプレイングがしっかりとカバーしあう形になっていました。
地力に勝る覚者の底力が引き寄せる勝利です。
今回でこのシリーズは完了となります。
お付き合い下さりありがとうございました。




 
ここはミラーサイトです