<冷酷島>ヒトクイケモノに終焉を
●約束されなかった島
『冷酷島』
正式名称・黎刻ニューアイランドシティは埋立地に作られた複合都市でした。
日本の多くが妖によって被害を受ける中、日本国土の外側に居住地を建設すれば安全になるのだという主張から建設されたその人工島は、政治家と市民たちが夢見たフロンティアだったのです。
学校、病院、警察署や消防署、スタジアムや自然公園、高層マンションや一戸建ての住宅街。最新の技術で整えられたその人工島は、安息の地になるはずでした。
しかし、ならなかったのです。
●ヒトクイケモノをおうケモノ
「妖は、倒します……必ず」
大辻・想良(CL2001476)はプリントアウトした衛星写真式の地図を握りしめながら、空をぐるりと滑空していた。
翼をはばたかせ、ブレーキをかける。
眼下に広がるは崩れ落ちたマーケット。
この場所で行なわれていた戦いを、想良は思い出していた。
「ヒトクイケモノ。人間を捕まえ、食肉加工して喰う獅子型の妖。同タイプの妖を大量に集めコミュニティとしていた……と」
『教授』新田・成(CL2000538)は資料をチェックしながら、地面に落ちた泥を採取キットを使ってピックしていた。
「ボスのランク3妖『ヒトクイケモノ』に手傷を負わせたが対象は逃走した。ということですか」
「きょーじゅ、ありがとうねぇ。調べるの手伝ってくれて」
密閉された採取品を鞄につめて歩きながら、『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が頭を左右に傾けた。守護使役スキルの『かぎわける』を使って採取したサンプルの臭気濃度と地図を照らし合わせたグラフを作っているのだ。
「あの妖は、絶対やっつけるって決めてたからねぇ」
「目的は私も同じですよ。沿岸部にコミュニティをもつ妖は内陸調査の妨げになりますからね。しかし……もはやこの妖は、コミュニティを持っていないとみて良いでしょう」
そうしてやってきたのは、島中央から南に位置するコンテナ置き場であった。
翼を羽ばたかせる音と共に、『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が降り立つ。
「どうでしたか?」
「んー……言ったとおり、血の跡がこの辺りで止まってたよ。今度こそやっつけるチャンスかもね」
記憶の中で、鍵をかけて封印した光景。
紡はあえてそれを開封して、自らの感情を沸き立たせた。
妖に食事など必要ない。だというのに動物の行動をまねて捕食をし、その対象に人間を選ぶ。そこまでは……そこまでは『ただのゆるされざる行為』だ。
しかし。
しかし。
あの光景は、あんまりにもあんまりだ。
ややあって、想良もまた降り立ってくる。
「見えますか?」
「うん……はっきりと」
透視能力を働かせた紡の目には、コンテナを積み上げた囲いの中で身を休めるヒトクイケモノの姿がはっきりと映っていた。
「仲間を集めて、襲撃をかけよう。次は絶対に逃がさないから」
●追撃、そして最後の強襲作戦
所変わってファイヴ会議室。
中 恭介(nCL2000002)は紡たちの集めてきた詳しい資料をもとに、強襲作戦を覚者たちに説明していた。
「みんな、ヒトクイケモノとの戦い、ご苦労だった。
追跡調査によって得られた内容から、この妖がコミュニティを捨ててコンテナ置き場に引きこもっていることが確認された。
傷を癒やして再び行動するためだろうが、そんなことは絶対に許してはならない。また人々が食料として襲われることなど。
なんとしても、ランク3生物系妖『ヒトクイケモノ』を倒さなければならない」
作戦は覚者8人による降下強襲によって行なわれる。
コンテナを積み上げて作った即席の『巣』は周囲を強固に囲み外敵の接近に備えているが、上空からの襲撃には無防備なのだ。むしろその場合、自らが逃走する余裕も無くなるためトドメをさすには絶好のシチュエーションだというわけだ。
「皆は装甲ヘリに乗り、はるか上空から降下。ヒトクイケモノに頭上からの攻撃を開始する。
ある意味不意を打つことができる上、立地もこちらに有利になるはずだ。
電撃的な強襲ということもあって、人数はこの1チームのみで行なうこととする」
ヒトクイケモノはパワフルで体力の豊富な妖だ。コミュニティの眷属たちとの連携能力も驚異的だったが……そのうち体力とコミュニティをそがれている。
それでもパワーは侮りがたく、油断はできない妖だ。
「この妖を倒せば、冷酷島のコミュニティを一つ完全に絶つことができる。内部の調査もぐっと進むだろう。
島から逃げ遅れた人々や島外進出を目指す妖たちによる脅威を取り除くため……みんな、よろしく頼むぞ!」
『冷酷島』
正式名称・黎刻ニューアイランドシティは埋立地に作られた複合都市でした。
日本の多くが妖によって被害を受ける中、日本国土の外側に居住地を建設すれば安全になるのだという主張から建設されたその人工島は、政治家と市民たちが夢見たフロンティアだったのです。
学校、病院、警察署や消防署、スタジアムや自然公園、高層マンションや一戸建ての住宅街。最新の技術で整えられたその人工島は、安息の地になるはずでした。
しかし、ならなかったのです。
●ヒトクイケモノをおうケモノ
「妖は、倒します……必ず」
大辻・想良(CL2001476)はプリントアウトした衛星写真式の地図を握りしめながら、空をぐるりと滑空していた。
翼をはばたかせ、ブレーキをかける。
眼下に広がるは崩れ落ちたマーケット。
この場所で行なわれていた戦いを、想良は思い出していた。
「ヒトクイケモノ。人間を捕まえ、食肉加工して喰う獅子型の妖。同タイプの妖を大量に集めコミュニティとしていた……と」
『教授』新田・成(CL2000538)は資料をチェックしながら、地面に落ちた泥を採取キットを使ってピックしていた。
「ボスのランク3妖『ヒトクイケモノ』に手傷を負わせたが対象は逃走した。ということですか」
「きょーじゅ、ありがとうねぇ。調べるの手伝ってくれて」
密閉された採取品を鞄につめて歩きながら、『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)が頭を左右に傾けた。守護使役スキルの『かぎわける』を使って採取したサンプルの臭気濃度と地図を照らし合わせたグラフを作っているのだ。
「あの妖は、絶対やっつけるって決めてたからねぇ」
「目的は私も同じですよ。沿岸部にコミュニティをもつ妖は内陸調査の妨げになりますからね。しかし……もはやこの妖は、コミュニティを持っていないとみて良いでしょう」
そうしてやってきたのは、島中央から南に位置するコンテナ置き場であった。
翼を羽ばたかせる音と共に、『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が降り立つ。
「どうでしたか?」
「んー……言ったとおり、血の跡がこの辺りで止まってたよ。今度こそやっつけるチャンスかもね」
記憶の中で、鍵をかけて封印した光景。
紡はあえてそれを開封して、自らの感情を沸き立たせた。
妖に食事など必要ない。だというのに動物の行動をまねて捕食をし、その対象に人間を選ぶ。そこまでは……そこまでは『ただのゆるされざる行為』だ。
しかし。
しかし。
あの光景は、あんまりにもあんまりだ。
ややあって、想良もまた降り立ってくる。
「見えますか?」
「うん……はっきりと」
透視能力を働かせた紡の目には、コンテナを積み上げた囲いの中で身を休めるヒトクイケモノの姿がはっきりと映っていた。
「仲間を集めて、襲撃をかけよう。次は絶対に逃がさないから」
●追撃、そして最後の強襲作戦
所変わってファイヴ会議室。
中 恭介(nCL2000002)は紡たちの集めてきた詳しい資料をもとに、強襲作戦を覚者たちに説明していた。
「みんな、ヒトクイケモノとの戦い、ご苦労だった。
追跡調査によって得られた内容から、この妖がコミュニティを捨ててコンテナ置き場に引きこもっていることが確認された。
傷を癒やして再び行動するためだろうが、そんなことは絶対に許してはならない。また人々が食料として襲われることなど。
なんとしても、ランク3生物系妖『ヒトクイケモノ』を倒さなければならない」
作戦は覚者8人による降下強襲によって行なわれる。
コンテナを積み上げて作った即席の『巣』は周囲を強固に囲み外敵の接近に備えているが、上空からの襲撃には無防備なのだ。むしろその場合、自らが逃走する余裕も無くなるためトドメをさすには絶好のシチュエーションだというわけだ。
「皆は装甲ヘリに乗り、はるか上空から降下。ヒトクイケモノに頭上からの攻撃を開始する。
ある意味不意を打つことができる上、立地もこちらに有利になるはずだ。
電撃的な強襲ということもあって、人数はこの1チームのみで行なうこととする」
ヒトクイケモノはパワフルで体力の豊富な妖だ。コミュニティの眷属たちとの連携能力も驚異的だったが……そのうち体力とコミュニティをそがれている。
それでもパワーは侮りがたく、油断はできない妖だ。
「この妖を倒せば、冷酷島のコミュニティを一つ完全に絶つことができる。内部の調査もぐっと進むだろう。
島から逃げ遅れた人々や島外進出を目指す妖たちによる脅威を取り除くため……みんな、よろしく頼むぞ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『ヒトクイケモノ』の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
色々な形に分岐し、場合によってはルートが増える構成となっております。
そんなわけで、飛び入り参加をいつでも歓迎しております。
【シチュエーションデータ】
海上輸送用コンテナで無造作に囲まれた即席の『巣』です。
外敵の侵入を防ぐため全てを囲っていますが、上からの襲撃は想定していなかったようです。
今回はそんな隙をついての攻撃になるため、不意打ち判定として『1ターン目だけ2回行動が可能』となっております。
【エネミーデータ】
前回戦った『ヒトクイケモノ』と同一個体ですが、体力を消耗したうえに眷属の妖たちも潰えています。チームメンバーが力を合わせてぶつかれば、決して勝てない勝負ではないでしょう。
●ヒトクイケモノ
・R3生物系妖
・まとめて食らう:物近列全周【失血】:高い機動力で近くの対象をまとめて食い散らかします。取り囲んだとしても近接距離にある対象すべてに効果があります。
・スタンピング:物近列【不随】:強靱な腕を使って対象をたたきつぶし、衝撃で周囲の対象も蹴散らします。
・ジャンプスタンピング:物遠列【超重】【ノックバック】:飛び上がり、着地の衝撃で対象を吹き飛ばします。
・自動回復(小):パッシブ・毎ターンHP1%回復
・必死の抵抗:物近単大ダメージ:単体を徹底的に攻撃します。叩く、噛みつく、最悪喰ってしまうなどの非常にダメージの大きい攻撃です。
【事後調査】
(※こちらは、PLが好むタイプのシナリオへシフトしやすくするための試験運用機能です)
島内は非常に危険なため、依頼完了後は一般人や調査・戦闘部隊はみな島外に退避します。
しかし高い生存能力をもつPCたちは依頼終了後に島内の調査を行なうことができます。
以下の三つのうちから好きな行動を選んでEXプレイングに記入して下さい。
※EX外に書いたプレイングは判定されません
・『A:追跡調査』今回の妖や事件の痕跡を更に追うことで同様の事件を見つけやすくなり、同様の依頼が発生しやすくなります。
・『B:特定調査』特定の事件を調査します。「島内で○○な事件が起きているかも」「○○な敵と戦いたい」といった形でプレイングをかけることで、ピンポイントな依頼が発生しやすくなります。
・『C:島外警備』調査や探索はせず、島外の警備を手伝います。依頼発生には影響しなさそうですが、島外に妖が出ないように守ることも大事です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年06月05日
2017年06月05日
■メイン参加者 8人■

●ヒトとアヤカシ。その存在と生存。
静粛にプロペラ音を潜ませて、オリーブ色のヘリが飛ぶ。
海上輸送用コンテナが乱雑にそして円形に並ぶエリアの上を目指して、ゆっくりとゆっくりと飛んでいく。
「これ背負えばいいの? 切り離すスイッチ? ないの? 勝手に? なにそれすごくない?」
『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)がランドセルを潰したようなものを前と後ろに装着しつつくるくる回っていた。降下指導員の説明にちょいちょいリアクションを挟むのが楽しくなっているらしい。
しかし彼以外の全員、少しも楽しそうな様子は無かった。
「……」
向かい合わせに並び、多くの乗員がベルト固定された風景のなかで。
『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)は強く強く手を握った。
漏らすこと無く飲み込んだ、酷く酷く、嫌な光景。
胸焼けしそうな感情に、爪が強く食い込んでいく。
肩を叩くものがあった。
「大丈夫」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が、そっと紡の手を包む。
それでようやく、腕が震えていることを自覚した。
「ここでとめよう」
「……そうだね」
「ヒトクイケモノ」
大辻・想良(CL2001476)がぽつりと呟いた。
コンテナで作った即席の巣に籠もった巨大な妖を見て、である。
「眷属を倒した時、ネコの体が残りましたけど……あの妖の性質は、ネコからきているんでしょうか」
疑問を投げかけてはみたが、想良はすぐに目を伏せる。
「わたしは、妖を倒せればそれでいいですから」
全体的に閉じた性格をしているようだ。
ひどいことが起きやすい世界だ。このくらいの歳の子供が閉鎖的になるのも珍しくない。妖全般に憎しみを抱くことで精神の均衡を保つなんてことも、大の大人にだって頻繁に起こっている。
そんな中で。
「ナナンはねえ、思ったのだ」
『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)はいつもとなにも変わらないような表情で言った。
「仲間が食べられたり消えちゃったりすると怒るのは皆同じなのかなって。妖ちゃんも、同じなのかなあ」
問いかけではない。答えを持って語っていた。
「ヒトクイケモノちゃんは、目にキズをつけたナナンのこととっても怒ってるよね」
「手負いの獣、ってやつか」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)がシートの固定ベルトを解除して立ち上がった。
「敵は手負いで孤立無援。決着をつけるチャンスだけど侮っちゃいけねー。強いやつならなおさらだ。まあ、じーちゃんの受け売りだけどな」
「それでも」
みな、降下準備を整えている。
『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)もまた立ち上がり、降下装置を確認した。
「食べる必要のないひとを大勢襲い、数多の犠牲を出したことは、旗に誓って許せません。今度こそ」
「そうね、今度こそ」
降下ハッチの上に立ち、シグナルの点灯を確認。
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は祈るように手を組んだ。
眼下の、遠い遠い地面に妖の姿が見える。
「あなたなりの理由があるのだろうけれど、共存することは難しいようです。そして今、あなたはいつもとは反対に狩られようとしています。これも、自然の摂理」
シグナル点灯。
ハッチが開き。
「ファイヴ、向日葵御菓子――出ます」
空へと投げ出された。
●理由無く殺されたのなら、理由ある反撃は許されようか?
風が前から後ろへ抜けていく。
きをつけの姿勢で、顔を地面に向け、重力に身を任せて落下していく奈南。
戦闘可能高度に入る前に、段階的に開いたマルチパラシュートに引っ張られ減速。
次々に切り離された色違いのパラシュートが風船のように空を飛び、奈南はきゅっと口を引き結んだ。
目を閉じ、目を開く。
体勢を切り替え、ありもしないホッケースティックを握る動作をした。
振り込む一瞬、現われるホッケースティック。
具体化した波動がブレードディスクとなってヒトクイケモノに命中。吹き出る血、唸る獣。見上げ、片方だけの目が合った。
奈南はあえて。
いや、いつも通りに、笑った。
「やっほー、妖ちゃん!」
回転のかかったスイングが、顔面へと叩き込まれた。
先行した奈南を追うように、紡たちもまた重力に身を任せた。
勢いよく襲撃するには高高度で翼を開くわけにはいかない。かといってギリギリで開けば反動で翼が折れるので、途中まではマルチパラシュートの減速に任せた。
パラシュートを全て開ききるまえに強制パージ。
紡は翼を広げると、クーンシルッピを手に取った。
「みんな、いくよ」
スリングに術式丸をセット、引き絞って放つと即座に破裂、拡散。きらめく粒子になって広がっていく。
粒子を浴び、鈴鳴と想良はそれぞれ覚醒。
二人とも翼を広げると、眼下のヒトクイケモノめがけて構えた。
「手負いだからと、油断も容赦もしませんからねっ!」
現われた旗を振れば、氷の槍が生まれ尾部の破裂による自己推進でヒトクイケモノへと突き刺さっていく。
さらには想良が翳した手から雷撃を放射。ヒトクイケモノとその周辺のコンテナを電撃がはねていく。
「ずっと攻撃していたいけど、それだと全体としてバランスが悪いんだよね、天」
守護使役に語りかけつつ、想良は続けて迷霧の散布を開始。
霧に包まれた巣に、紡と彩吹が飛び込んだ。
敵を探すヒトクイケモノ。その鼻先一メートルの位置に紡と彩吹が現われた。
「紡っ!」
彩吹は刀を、紡はステッキをそれぞれ振り絞る。
二人の得物から炎と風が編むように重なり、それらは同時にヒトクイケモノへと叩き込まれた。
「不意打ちはひとまず成功。さ、ここからだ」
着地、受け身、すぐさま立ってブレーキ。彩吹はぐいっと腕まくりをして刀を向けた。
勇ましい音楽が聞こえる。
御菓子が降下装備による制御でくるくると回りながらも、目を瞑って高らか楽器を演奏しているからだ。
音が空気をゆらし、ゆれが肌を通って血管や心にしみていく。
ヒトクイケモノの大きさや、牙の鋭さや、恐ろしさを払いのけるように音楽が身にしみていくのだ。
同じく旗を振り足を踏みならす鈴鳴もまた、足踏みひとつから自らの心を振るわせていた。
「っしゃあ!」
両足でガツンと着地し、飛馬は気合いを入れた。
「俺たち恐いのか!? 来いよヒトクイケモノ! 俺が受けきってやる!」
刀を抜き、声を張った。
声と音楽と行軍が、全ての心を奮い立たせていく。
やがて飛馬の全身に因子の力が巡る頃、プリンスもまた自らを因子の力で包み込んで着地。
拳と片膝で地面を砕きながら、へらへら顔で手を翳した。
「や、また余だよ!」
唸るヒトクイケモノ。
どこからともなく飛んでくるハンマーをキャッチして、プリンスはその勢いのままヒトクイケモノへと飛びかかった。
「今回でバイバイだけどね!」
腕を振り上げるヒトクイケモノと、ハンマーを振りかざすプリンス。
双方の打撃がぶつかり合い、衝撃が周囲のコンテナを激しく揺らした。
●キミの決断が百万人を救うとして
たとえば巨大な爆発や地震が起きたとき。
人々を救うのは超人ではなかったりする。水道局員や役所の事務員や、道路工事作業員や銀行員だったりする。
けれど妖という『自律する災害』が動いたとき、最も有効な手段は一刻も早い破壊と除去である。
島ひとつが妖災害に覆われた今、それを救える人間はこの世界でもごく僅かだ。
そして今。
ここで。
『人を狩って食う災害』を打破せんと、八人の男女が立ち向かっていた。
「なめんなッ!」
気合いと共に叩き付けた二本の刀。
横薙ぎにするように放たれたヒトクイケモノの腕に叩き込み、その衝撃を僅かに殺す。殺しきれなかった衝撃は全て身体にかかり、肉体を振動によって破壊しながらサッカーボールのごとく吹き飛ばした。
吹き飛ばされた飛馬は歯を食いしばって骨と結果の破砕をこらえた。こらえるというよりダメージを内臓や表皮や脂肪に逃がす、ダメージコントロール作業に近い。
足を踏ん張れるなら、腕を振れるなら、頭が動くならそれでよい。今はそれでよいのだ。
が、猛スピードで金属製のコンテナへ突っ込む事実だけは避けようが無い。
まずいな――と思った矢先、彼を受け止める者があった。
小柄な飛馬と変わらない、線の細さで言えば飛馬よりも小さくみえるような鈴鳴が、彼をドッジボールのキャッチ動作のごとく胸で受けたのだ。
とはいえ50キロ超の物体である。
空中制動もきかず縦回転しながら後方の金属コンテナに二人まとめて激突した。
術式で生んだスライム状の治癒液をクッションにしたとはいえ、内臓にくる衝撃だ。
「だいじょぶか鈴鳴!」
「心配いりません。それより前にっ!」
投げるようにヒトクイケモノめがけて飛馬を投げる。
ヒトクイケモノはといえば、ノーガードになった奈南めがけて食らいつこうとしている。
させるか!
心でそう叫びながら鼻っ面に殴りかかる。
飛馬の打撃と交差するように、上空から弧を描いて彩吹の蹴りが走った。
右のつま先で鼻先を切り、左の踵を叩き付けるようにして離脱。
空中で余った衝撃を逃がすように斜めの回転をかけながら、彩吹はヒトクイケモノをにらみ付ける。
「私の友人たちに手を出せると思うなよ」
「ありがとねぇ――」
奈南の声だ。ヒトクイケモノの顎の下からだ。
ダッシュアンドスライドで絶好の位置をとった奈南は、目とスティックから不可思議な光を放った。
地面をこするようなスイング。
腰を中心にして全身を捻るようなスイングが、ヒトクイケモノのわずかに下がった顎を打ち上げた。
えぐられたコンクリート地面が砂と砕けて散り、直撃をうけたヒトクイケモノが思わず顎を上げる。
「回復、足りてるならこっちかな……」
想良が内なる自分に問いかけるようにして手の中の術式を切り替えた。
元々放とうと思っていた生命力の凝縮液をひっこめて、大量の電子を蓄えた水蒸気を空に放った。
水蒸気は大きく広く、そして層こそ薄いものの強制的に段階温度差が高くなった圧縮積乱雲として円形のプレート状に展開していく。
想良がグッと手を握りしめたと同時に雲の蓄電能力が失われ一斉放電。
ターゲットとして固定されていたヒトクイケモノの身体めがけて激しい電流が走った。
嫌がるように、あがくように腕をふり、よけきれなかった奈南は回転しながら吹き飛ばされた。
それを空中でキャッチする紡。横回転しながら翼を展開、制動、と同時に地面に両足を突っ張って強制ブレーキ。
「殿!」
「イエスアイアム!」
ぴょんと飛び退く奈南と入れ替わるように、プリンスが片膝立ちの姿勢で斜め下へポジショニングした。
「ツム姫っ、ナデナデしてナデナ――アアッ、だめっ、王家のつむじこげちゃう!」
紡の念を込めた拳をぐりぐりやられて、プリンスはやる気を出した。
と言うより、目に見えて筋肉が膨張した。
「余がケンブリッジ公みたくなったらツム姫のせいだからね! もうやだ!」
などと言いながらハンマーを地面に叩き付けるプリンス。
振動が亀裂を伴って地面を走り、衝撃となってヒトクイケモノを突き上げる。
連続してダメージをうけたからか、ヒトクイケモノは目に見えてたじろいでいるようだった。
二歩三歩と後じさりし、こちらと距離をとろうとしてくる。
とはいえコンテナに囲まれた巣の内側である。ヒトクイケモノ自身ですらそう簡単に破ることも超えることもできないようだ。
自らを守る砦が、自らをとらえる檻となっているのだ。
高く高く吠える。
胴体をぐっと落とし、足をバネのように曲げる。
「これはっ――」
御菓子はその動作から次の攻撃を予測した。
人間に限らず、学習する生き物は他の生物を観察し、その動作から次を予測して動く。捕食者から逃げるシマウマの群れも、それを追うチーターも、当然人間という生き物もまた、ヒトクイケモノの動きを直感的に学習していた。
一度の戦闘で活かせることは希だが、こと二度目となれば効果は倍増しだ。
「鈴鳴ちゃん、併せて! 『ソング・アンド・マーチ』!」
御菓子は架空のトランクケースからトランペットを引っ張り出すと、一呼吸で息を確保。きわめて強く高らかに吹き鳴らした。
ヒトクイケモノが飛び上がり、着地の衝撃が響き渡る。
衝撃を打ち消すように、吹き鳴らされた音楽と高く放った旗の力が響き渡っていく。
衝撃と音撃が喰らいあうように混ざり、ノイズになって周囲のコンテナを軋ませた。
目を見開くヒトクイケモノ。
そして誰もが直感した。
死を覚悟した獣が、最後の抵抗を見せる時である、と。
●いつか咲く花のために
ヒトクイケモノをはじめとするランク3妖は冷酷島の各所で発見されている。外周部分のごく一部を観測しただけで既に四件を超え、島中央にいたる頃には数倍が予測されている。
そして全ての中央にはランク4という強大な敵の存在が予測されていた。
本来なら島ごと爆破でもして沈めてしまいたい事実だが、誰もそうはしなかった。
島には今も多くの人々が取り残され、助けが来るのを待っている。
そしてこの島を作ろうとした人々の願いと希望もまた、散らすことをよしとしなかったのだ。
人の絶望を壊すため、人の希望を守るため、彼らは今も戦っている。
巨獣の咆哮。
血の涙を流し、大気をゆらして放ったそれは、いまにも爆発する爆弾の迫力に似ていた。
「みんな、そろそろ約束の時間だよ。今日のラッキー民は誰かな? うん余だね! 知ってた!」
プリンスはにこやかに言って、ハンマーを投げ捨てた。
ヒトクイケモノが最後の抵抗を見せるとき、とてつもないダメージが予測される。これをまともにくらってチームのバランスが崩壊すれば、相手にトドメをさすまでの時間がそれだけ長くなり、当然こちらの被害も連鎖的に広がっていく。最悪全員食いつぶされる危険もあった。
ゆえに。
「一番余裕のある民がパクッとされる約束なんだよね」
前衛に出て戦うメンバーはそれなりに高い体力があったが、基礎値にして200のラインを超えるのはプリンスと飛馬のみで、積極的に仲間を庇っていた飛馬がひどく消耗している今、安定した犠牲として機能するのはプリンスをおいて他にいないのだ。
「それじゃ、余が高貴なアレになっちゃうまえに頼むね」
走り、踏み込み、飛ぶ。
ヒトクイケモノはここぞとばかりに口を大きく開き、プリンスをばくりと喰った。
「御菓子先生、併せましょう――『聖援楽団』!」
旗を振りかざす鈴鳴。
大気を撫でた旗が架空の行軍隊を生み出し、トランペットを吹き鳴らした御菓子の音楽が架空の楽団へと変え、見えないマーチングバンドがヒトクイケモノを取り囲んだ。
音の波が水の渦となり氷の槍となり次々と突き刺さる。
「一斉攻撃だ、行くぞ!」
「はい……」
刀を握って飛び上がる飛馬。
雷を槍のように整形して構える想良。
投擲と突撃が同時に、ヒトクイケモノへと叩き込まれていく。
一方のヒトクイケモノはといえば、二人目を食らうこともできず飲み込んだプリンスと格闘しているようだった。
「ごめんね妖ちゃん。ナナンもねえ、仲間が食べられちゃったら……怒るんだよお」
ホッケースティックを片手で握り、回転しながら落ちてきたプリンスのハンマーをもう片方の手でキャッチする。
「だから、返してもうらね」
ぐるん、と身体ごとふりまわし、スティックとハンマーを叩き込む。
ヒトクイケモノの全身がおおきく歪んだように見えた。
「アンタは……」
紡は俯き、垂れた前髪の間からギラギラとした敵意を光らせた。
天空よりステッキを翳し、術式丸をスリングにかけて発射する。
放たれたエネルギーは巨大な雷の鳥となり、炎を纏った彩吹と共に天空を舞った。
見上げるヒトクイケモノ。
突撃した雷の鳥と炎を纏った彩吹が、ヒトクイケモノの胴体に強引に穴を開け、大地をえぐりながらブレーキをかけた。
崩れ落ち、粒子のような何かになって消えていくヒトクイケモノ。
「お前はここで終わりだ、ヒトクイケモノ」
●希望と期待を背に受けて
ヒトクイケモノの亡骸はない。
あるのは大柄なネコの死体だけだ。
「自分らしく生きられる世界におかえり」
唱える御菓子。飛馬も想良も、プリンスさえも何も言わずにその様子を見つめていた。
同じように輪になって囲んでいた奈南が、鈴鳴へと振り返る。
「この島のこと、もっと調べよう」
「……はい」
交わすべき言葉は、それで充分だった。
ぺたりと座り込み、地面を拳で殴りつける。
紡は過去の犠牲に歯ぎしりをして、ぎゅっと目を瞑った。
火が上がれば人が燃えるように、ビルが倒れれば人が潰れるように、妖が暴れれば人が死ぬことがある。発生そのものを根絶しないかぎり、妖による死を完全に回避することはできないだろう。
それはどこか、地震や台風を地球からなくすくらい、途方も無いことのように思えた。
けれど、その影で死んだ人々を悔やまないわけがない。
「お疲れ様」
彩吹は紡の背を撫でて、優しく笑った。
今は、それが一番だと思ったから。
静粛にプロペラ音を潜ませて、オリーブ色のヘリが飛ぶ。
海上輸送用コンテナが乱雑にそして円形に並ぶエリアの上を目指して、ゆっくりとゆっくりと飛んでいく。
「これ背負えばいいの? 切り離すスイッチ? ないの? 勝手に? なにそれすごくない?」
『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)がランドセルを潰したようなものを前と後ろに装着しつつくるくる回っていた。降下指導員の説明にちょいちょいリアクションを挟むのが楽しくなっているらしい。
しかし彼以外の全員、少しも楽しそうな様子は無かった。
「……」
向かい合わせに並び、多くの乗員がベルト固定された風景のなかで。
『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)は強く強く手を握った。
漏らすこと無く飲み込んだ、酷く酷く、嫌な光景。
胸焼けしそうな感情に、爪が強く食い込んでいく。
肩を叩くものがあった。
「大丈夫」
『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が、そっと紡の手を包む。
それでようやく、腕が震えていることを自覚した。
「ここでとめよう」
「……そうだね」
「ヒトクイケモノ」
大辻・想良(CL2001476)がぽつりと呟いた。
コンテナで作った即席の巣に籠もった巨大な妖を見て、である。
「眷属を倒した時、ネコの体が残りましたけど……あの妖の性質は、ネコからきているんでしょうか」
疑問を投げかけてはみたが、想良はすぐに目を伏せる。
「わたしは、妖を倒せればそれでいいですから」
全体的に閉じた性格をしているようだ。
ひどいことが起きやすい世界だ。このくらいの歳の子供が閉鎖的になるのも珍しくない。妖全般に憎しみを抱くことで精神の均衡を保つなんてことも、大の大人にだって頻繁に起こっている。
そんな中で。
「ナナンはねえ、思ったのだ」
『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)はいつもとなにも変わらないような表情で言った。
「仲間が食べられたり消えちゃったりすると怒るのは皆同じなのかなって。妖ちゃんも、同じなのかなあ」
問いかけではない。答えを持って語っていた。
「ヒトクイケモノちゃんは、目にキズをつけたナナンのこととっても怒ってるよね」
「手負いの獣、ってやつか」
『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)がシートの固定ベルトを解除して立ち上がった。
「敵は手負いで孤立無援。決着をつけるチャンスだけど侮っちゃいけねー。強いやつならなおさらだ。まあ、じーちゃんの受け売りだけどな」
「それでも」
みな、降下準備を整えている。
『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)もまた立ち上がり、降下装置を確認した。
「食べる必要のないひとを大勢襲い、数多の犠牲を出したことは、旗に誓って許せません。今度こそ」
「そうね、今度こそ」
降下ハッチの上に立ち、シグナルの点灯を確認。
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は祈るように手を組んだ。
眼下の、遠い遠い地面に妖の姿が見える。
「あなたなりの理由があるのだろうけれど、共存することは難しいようです。そして今、あなたはいつもとは反対に狩られようとしています。これも、自然の摂理」
シグナル点灯。
ハッチが開き。
「ファイヴ、向日葵御菓子――出ます」
空へと投げ出された。
●理由無く殺されたのなら、理由ある反撃は許されようか?
風が前から後ろへ抜けていく。
きをつけの姿勢で、顔を地面に向け、重力に身を任せて落下していく奈南。
戦闘可能高度に入る前に、段階的に開いたマルチパラシュートに引っ張られ減速。
次々に切り離された色違いのパラシュートが風船のように空を飛び、奈南はきゅっと口を引き結んだ。
目を閉じ、目を開く。
体勢を切り替え、ありもしないホッケースティックを握る動作をした。
振り込む一瞬、現われるホッケースティック。
具体化した波動がブレードディスクとなってヒトクイケモノに命中。吹き出る血、唸る獣。見上げ、片方だけの目が合った。
奈南はあえて。
いや、いつも通りに、笑った。
「やっほー、妖ちゃん!」
回転のかかったスイングが、顔面へと叩き込まれた。
先行した奈南を追うように、紡たちもまた重力に身を任せた。
勢いよく襲撃するには高高度で翼を開くわけにはいかない。かといってギリギリで開けば反動で翼が折れるので、途中まではマルチパラシュートの減速に任せた。
パラシュートを全て開ききるまえに強制パージ。
紡は翼を広げると、クーンシルッピを手に取った。
「みんな、いくよ」
スリングに術式丸をセット、引き絞って放つと即座に破裂、拡散。きらめく粒子になって広がっていく。
粒子を浴び、鈴鳴と想良はそれぞれ覚醒。
二人とも翼を広げると、眼下のヒトクイケモノめがけて構えた。
「手負いだからと、油断も容赦もしませんからねっ!」
現われた旗を振れば、氷の槍が生まれ尾部の破裂による自己推進でヒトクイケモノへと突き刺さっていく。
さらには想良が翳した手から雷撃を放射。ヒトクイケモノとその周辺のコンテナを電撃がはねていく。
「ずっと攻撃していたいけど、それだと全体としてバランスが悪いんだよね、天」
守護使役に語りかけつつ、想良は続けて迷霧の散布を開始。
霧に包まれた巣に、紡と彩吹が飛び込んだ。
敵を探すヒトクイケモノ。その鼻先一メートルの位置に紡と彩吹が現われた。
「紡っ!」
彩吹は刀を、紡はステッキをそれぞれ振り絞る。
二人の得物から炎と風が編むように重なり、それらは同時にヒトクイケモノへと叩き込まれた。
「不意打ちはひとまず成功。さ、ここからだ」
着地、受け身、すぐさま立ってブレーキ。彩吹はぐいっと腕まくりをして刀を向けた。
勇ましい音楽が聞こえる。
御菓子が降下装備による制御でくるくると回りながらも、目を瞑って高らか楽器を演奏しているからだ。
音が空気をゆらし、ゆれが肌を通って血管や心にしみていく。
ヒトクイケモノの大きさや、牙の鋭さや、恐ろしさを払いのけるように音楽が身にしみていくのだ。
同じく旗を振り足を踏みならす鈴鳴もまた、足踏みひとつから自らの心を振るわせていた。
「っしゃあ!」
両足でガツンと着地し、飛馬は気合いを入れた。
「俺たち恐いのか!? 来いよヒトクイケモノ! 俺が受けきってやる!」
刀を抜き、声を張った。
声と音楽と行軍が、全ての心を奮い立たせていく。
やがて飛馬の全身に因子の力が巡る頃、プリンスもまた自らを因子の力で包み込んで着地。
拳と片膝で地面を砕きながら、へらへら顔で手を翳した。
「や、また余だよ!」
唸るヒトクイケモノ。
どこからともなく飛んでくるハンマーをキャッチして、プリンスはその勢いのままヒトクイケモノへと飛びかかった。
「今回でバイバイだけどね!」
腕を振り上げるヒトクイケモノと、ハンマーを振りかざすプリンス。
双方の打撃がぶつかり合い、衝撃が周囲のコンテナを激しく揺らした。
●キミの決断が百万人を救うとして
たとえば巨大な爆発や地震が起きたとき。
人々を救うのは超人ではなかったりする。水道局員や役所の事務員や、道路工事作業員や銀行員だったりする。
けれど妖という『自律する災害』が動いたとき、最も有効な手段は一刻も早い破壊と除去である。
島ひとつが妖災害に覆われた今、それを救える人間はこの世界でもごく僅かだ。
そして今。
ここで。
『人を狩って食う災害』を打破せんと、八人の男女が立ち向かっていた。
「なめんなッ!」
気合いと共に叩き付けた二本の刀。
横薙ぎにするように放たれたヒトクイケモノの腕に叩き込み、その衝撃を僅かに殺す。殺しきれなかった衝撃は全て身体にかかり、肉体を振動によって破壊しながらサッカーボールのごとく吹き飛ばした。
吹き飛ばされた飛馬は歯を食いしばって骨と結果の破砕をこらえた。こらえるというよりダメージを内臓や表皮や脂肪に逃がす、ダメージコントロール作業に近い。
足を踏ん張れるなら、腕を振れるなら、頭が動くならそれでよい。今はそれでよいのだ。
が、猛スピードで金属製のコンテナへ突っ込む事実だけは避けようが無い。
まずいな――と思った矢先、彼を受け止める者があった。
小柄な飛馬と変わらない、線の細さで言えば飛馬よりも小さくみえるような鈴鳴が、彼をドッジボールのキャッチ動作のごとく胸で受けたのだ。
とはいえ50キロ超の物体である。
空中制動もきかず縦回転しながら後方の金属コンテナに二人まとめて激突した。
術式で生んだスライム状の治癒液をクッションにしたとはいえ、内臓にくる衝撃だ。
「だいじょぶか鈴鳴!」
「心配いりません。それより前にっ!」
投げるようにヒトクイケモノめがけて飛馬を投げる。
ヒトクイケモノはといえば、ノーガードになった奈南めがけて食らいつこうとしている。
させるか!
心でそう叫びながら鼻っ面に殴りかかる。
飛馬の打撃と交差するように、上空から弧を描いて彩吹の蹴りが走った。
右のつま先で鼻先を切り、左の踵を叩き付けるようにして離脱。
空中で余った衝撃を逃がすように斜めの回転をかけながら、彩吹はヒトクイケモノをにらみ付ける。
「私の友人たちに手を出せると思うなよ」
「ありがとねぇ――」
奈南の声だ。ヒトクイケモノの顎の下からだ。
ダッシュアンドスライドで絶好の位置をとった奈南は、目とスティックから不可思議な光を放った。
地面をこするようなスイング。
腰を中心にして全身を捻るようなスイングが、ヒトクイケモノのわずかに下がった顎を打ち上げた。
えぐられたコンクリート地面が砂と砕けて散り、直撃をうけたヒトクイケモノが思わず顎を上げる。
「回復、足りてるならこっちかな……」
想良が内なる自分に問いかけるようにして手の中の術式を切り替えた。
元々放とうと思っていた生命力の凝縮液をひっこめて、大量の電子を蓄えた水蒸気を空に放った。
水蒸気は大きく広く、そして層こそ薄いものの強制的に段階温度差が高くなった圧縮積乱雲として円形のプレート状に展開していく。
想良がグッと手を握りしめたと同時に雲の蓄電能力が失われ一斉放電。
ターゲットとして固定されていたヒトクイケモノの身体めがけて激しい電流が走った。
嫌がるように、あがくように腕をふり、よけきれなかった奈南は回転しながら吹き飛ばされた。
それを空中でキャッチする紡。横回転しながら翼を展開、制動、と同時に地面に両足を突っ張って強制ブレーキ。
「殿!」
「イエスアイアム!」
ぴょんと飛び退く奈南と入れ替わるように、プリンスが片膝立ちの姿勢で斜め下へポジショニングした。
「ツム姫っ、ナデナデしてナデナ――アアッ、だめっ、王家のつむじこげちゃう!」
紡の念を込めた拳をぐりぐりやられて、プリンスはやる気を出した。
と言うより、目に見えて筋肉が膨張した。
「余がケンブリッジ公みたくなったらツム姫のせいだからね! もうやだ!」
などと言いながらハンマーを地面に叩き付けるプリンス。
振動が亀裂を伴って地面を走り、衝撃となってヒトクイケモノを突き上げる。
連続してダメージをうけたからか、ヒトクイケモノは目に見えてたじろいでいるようだった。
二歩三歩と後じさりし、こちらと距離をとろうとしてくる。
とはいえコンテナに囲まれた巣の内側である。ヒトクイケモノ自身ですらそう簡単に破ることも超えることもできないようだ。
自らを守る砦が、自らをとらえる檻となっているのだ。
高く高く吠える。
胴体をぐっと落とし、足をバネのように曲げる。
「これはっ――」
御菓子はその動作から次の攻撃を予測した。
人間に限らず、学習する生き物は他の生物を観察し、その動作から次を予測して動く。捕食者から逃げるシマウマの群れも、それを追うチーターも、当然人間という生き物もまた、ヒトクイケモノの動きを直感的に学習していた。
一度の戦闘で活かせることは希だが、こと二度目となれば効果は倍増しだ。
「鈴鳴ちゃん、併せて! 『ソング・アンド・マーチ』!」
御菓子は架空のトランクケースからトランペットを引っ張り出すと、一呼吸で息を確保。きわめて強く高らかに吹き鳴らした。
ヒトクイケモノが飛び上がり、着地の衝撃が響き渡る。
衝撃を打ち消すように、吹き鳴らされた音楽と高く放った旗の力が響き渡っていく。
衝撃と音撃が喰らいあうように混ざり、ノイズになって周囲のコンテナを軋ませた。
目を見開くヒトクイケモノ。
そして誰もが直感した。
死を覚悟した獣が、最後の抵抗を見せる時である、と。
●いつか咲く花のために
ヒトクイケモノをはじめとするランク3妖は冷酷島の各所で発見されている。外周部分のごく一部を観測しただけで既に四件を超え、島中央にいたる頃には数倍が予測されている。
そして全ての中央にはランク4という強大な敵の存在が予測されていた。
本来なら島ごと爆破でもして沈めてしまいたい事実だが、誰もそうはしなかった。
島には今も多くの人々が取り残され、助けが来るのを待っている。
そしてこの島を作ろうとした人々の願いと希望もまた、散らすことをよしとしなかったのだ。
人の絶望を壊すため、人の希望を守るため、彼らは今も戦っている。
巨獣の咆哮。
血の涙を流し、大気をゆらして放ったそれは、いまにも爆発する爆弾の迫力に似ていた。
「みんな、そろそろ約束の時間だよ。今日のラッキー民は誰かな? うん余だね! 知ってた!」
プリンスはにこやかに言って、ハンマーを投げ捨てた。
ヒトクイケモノが最後の抵抗を見せるとき、とてつもないダメージが予測される。これをまともにくらってチームのバランスが崩壊すれば、相手にトドメをさすまでの時間がそれだけ長くなり、当然こちらの被害も連鎖的に広がっていく。最悪全員食いつぶされる危険もあった。
ゆえに。
「一番余裕のある民がパクッとされる約束なんだよね」
前衛に出て戦うメンバーはそれなりに高い体力があったが、基礎値にして200のラインを超えるのはプリンスと飛馬のみで、積極的に仲間を庇っていた飛馬がひどく消耗している今、安定した犠牲として機能するのはプリンスをおいて他にいないのだ。
「それじゃ、余が高貴なアレになっちゃうまえに頼むね」
走り、踏み込み、飛ぶ。
ヒトクイケモノはここぞとばかりに口を大きく開き、プリンスをばくりと喰った。
「御菓子先生、併せましょう――『聖援楽団』!」
旗を振りかざす鈴鳴。
大気を撫でた旗が架空の行軍隊を生み出し、トランペットを吹き鳴らした御菓子の音楽が架空の楽団へと変え、見えないマーチングバンドがヒトクイケモノを取り囲んだ。
音の波が水の渦となり氷の槍となり次々と突き刺さる。
「一斉攻撃だ、行くぞ!」
「はい……」
刀を握って飛び上がる飛馬。
雷を槍のように整形して構える想良。
投擲と突撃が同時に、ヒトクイケモノへと叩き込まれていく。
一方のヒトクイケモノはといえば、二人目を食らうこともできず飲み込んだプリンスと格闘しているようだった。
「ごめんね妖ちゃん。ナナンもねえ、仲間が食べられちゃったら……怒るんだよお」
ホッケースティックを片手で握り、回転しながら落ちてきたプリンスのハンマーをもう片方の手でキャッチする。
「だから、返してもうらね」
ぐるん、と身体ごとふりまわし、スティックとハンマーを叩き込む。
ヒトクイケモノの全身がおおきく歪んだように見えた。
「アンタは……」
紡は俯き、垂れた前髪の間からギラギラとした敵意を光らせた。
天空よりステッキを翳し、術式丸をスリングにかけて発射する。
放たれたエネルギーは巨大な雷の鳥となり、炎を纏った彩吹と共に天空を舞った。
見上げるヒトクイケモノ。
突撃した雷の鳥と炎を纏った彩吹が、ヒトクイケモノの胴体に強引に穴を開け、大地をえぐりながらブレーキをかけた。
崩れ落ち、粒子のような何かになって消えていくヒトクイケモノ。
「お前はここで終わりだ、ヒトクイケモノ」
●希望と期待を背に受けて
ヒトクイケモノの亡骸はない。
あるのは大柄なネコの死体だけだ。
「自分らしく生きられる世界におかえり」
唱える御菓子。飛馬も想良も、プリンスさえも何も言わずにその様子を見つめていた。
同じように輪になって囲んでいた奈南が、鈴鳴へと振り返る。
「この島のこと、もっと調べよう」
「……はい」
交わすべき言葉は、それで充分だった。
ぺたりと座り込み、地面を拳で殴りつける。
紡は過去の犠牲に歯ぎしりをして、ぎゅっと目を瞑った。
火が上がれば人が燃えるように、ビルが倒れれば人が潰れるように、妖が暴れれば人が死ぬことがある。発生そのものを根絶しないかぎり、妖による死を完全に回避することはできないだろう。
それはどこか、地震や台風を地球からなくすくらい、途方も無いことのように思えた。
けれど、その影で死んだ人々を悔やまないわけがない。
「お疲れ様」
彩吹は紡の背を撫でて、優しく笑った。
今は、それが一番だと思ったから。
