人面樹の森。或いは、酒虫駆逐作戦。
人面樹の森。或いは、酒虫駆逐作戦。


●人面樹の災難
深い深い森の奥、人なんて年に一度神事の際にのみ立ち入るようなその場所に一本の老木が立っていた。
一見すると、苔むした古い大木でしかないそれはよくよく見れば幹の一部に人の顔が浮かび上がっていることが分かる。
誰もいない森の中で、その人面樹はため息を零す。そんな彼の視線の先には手の平大の大きな虫が歩いている。
玉虫色の甲殻を背負い、十二本の脚で歩くどんな図鑑にも載っていない虫だ。酒虫とそう呼ばれているその虫の存在が人面樹のため息の原因だった。
人面樹の足元には無数の瓶が転がっている。僅かに酒精の香りを漂わせるそれの中身は空っぽだ。注連縄の巻かれたその瓶は年に一度、人間達が
神事に際してこの森に置いていくものだ。人面樹はその酒が好きだった。元来、人とは関わりたがらない性格の彼が、その酒の礼にと近隣の街や村を
大きな自然災害からそれとなく守ってやる程度には、年に一度の貢物を気に入っていた。
けれど、ここ数年ほど彼の元に酒は届いていない。
否、正確には届いているのだ。毎年、選ばれた人間が瓶をここまで運んでくる。
しかしその道中、森に住み着いた酒虫が瓶に取り付いて酒を全て飲み干してしまう。
人面樹に酒虫を駆除する力はない。自然災害を弱める力はあっても、虫の一匹も殺すことは出来ない。
その力も酒が有ればこそのものである。彼がため息を吐いている理由はこれだ。もうじき夏が来る。神事の季節だ。
それと同時に台風の季節でもある。酒を飲めなくなって数年、人面樹の力は弱くなってきた。酒が飲めないことが原因だ。
酒と共に人の願いを飲み干して、それを己の力に変えていたのだ。
今年も酒が飲めないだろう。今年は街や村を守り切れないかもしれない。
そう考えていた彼は渡り鳥からとある話を聞くことになる。
それは古妖に関わる事件を解決する、とある人間組織の噂であった。

●酒虫を駆逐せよ
「というわけで、とある山奥に住んでいる人面樹さんからの依頼だよっ♪」
そう言ったのは久方 万里(nCL2000005)だ。いつも通りの突き抜けた明るさは一体何を原動力とするものか。
万里から配られた資料には、森の簡単な地図と酒虫の写真が掲載されている。
手の平サイズかつ玉虫色の甲殻、十二本の脚という気色の悪さを突き詰めたかのような虫であった。
「人面樹の話だと森に住み着いた酒虫は全部で9匹。うち1匹が一回りサイズの大きい親みたい」
繁殖能力を持つ酒虫は親だけだと資料には記載されていた。つまり、親を駆逐しないことには森から酒虫は
居なくならない、とそういう事だ。
「酒虫の子供に戦闘能力はほとんどないみたいだねっ♪ だけど(睡眠)や(錯乱)を付与するアルコールに似た成分を散布する能力があるみたい。親虫は他のものよりも随分身体が大きい事と、攻撃の威力が高いことが確認されているよっ♪ 体内の酒量が多い人の所に誘われる習性があるみたい」
酒精の香りが、酒虫にとっての誘蛾灯の役割を果たしているのだろう。
積極的に襲ってくる古妖ではないようだが、それでも敵意に対して無抵抗という事は有り得ないと予想される。
「酒虫によって体内に(酒に似た成分)が溜まってきたら、人面樹さんの所で取り除いて貰えるよ。その後5ターンの間(怒り)状態になっちゃうから気を付けてね♪」
酒虫が姿を隠してしまう前に駆逐することが今回の任務の成功条件だ。
「じゃあ、酔い過ぎないように気をつけてねっ♪」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:病み月
■成功条件
1.酒虫の完全駆除
2.なし
3.なし
こんばんは、病み月です。
今回は酒に似た成分をばら撒く酒好きな虫と、人と共存する人面樹の物語です。
酒に似た成分なので、酒ではないです。

●場所
森の奥。神事の際以外は人間が立ち入ることのない大自然。注連縄を辿っていけば人面樹の元に辿り着ける。
森のあちこちに酒虫は分布している。人の気配を感じると、ある程度の距離までは近寄ってくる。おそらく、
人間=酒を持っている、と認識しているため。
見通しは悪く足場も不安定。
・人面樹
森に住む古妖怪。森の中心部から動くことは出来ない。
彼の元に戻れば、酒虫による状態以上を治療してもらうことが出来る。
治療には3分ほど時間が掛かる。また一度に1人ずつしか治療できず、治療後は(怒り)状態になる。

●古妖(酒虫)×9
玉虫色の甲殻、十二本の脚を持つ手の平サイズの虫。飛べる。
酒の香りに誘われる習性がある。
本能に忠実ではあるが、ある程度の知能もある模様。反撃、逃亡、潜伏などの行動をとる。
親虫を討伐しないと完全には駆逐できない。
※酒虫の攻撃を受けると、体内に(酒に似た成分)が蓄積されている。酒ではないので人体に害があるわけではないが
、蓄積すると酩酊状態になってしまう。人面樹によって取り除いてもらうことが可能。
(酒精の毒)→特近列(睡眠)or(錯乱)
酒に似た成分を散布、或いは直接対象へと撃ち込む能力。


状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2017年06月01日

■メイン参加者 6人■

『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●酒の香りに誘われて
 森の奥。神事の際以外は人間が立ち入ることのない大自然。注連縄を辿って進む6人の男女の姿があった。年に一度の神事以外において人の立ち入りが禁止されたこの森において、こうして背丈も服装も不揃いな者達が一塊になって歩いている光景は恐らく過去にも一度としてなかっただろう。
 ましてや、本来ならば森の奥の大樹に奉納される酒を飲みながら歩いているなど今だかつて例のないことだ。一団の中でも一際小柄な女性が頬を膨らませてコップに注いだ酒を煽る『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が腕を振り回し不満の言葉を口にする。
「たしかに、いつも疑われるけどね……でもね、わたしはれっきとした成人女性なのよ。飲んでも問題ないのよ。補導される? お酒飲んでなくても、されるときはされるんで慣れっこです」
 酒精に酔っているのか、普段に比べて些か口数も多く感情も顕わになっているように思う。そんな御菓子を一瞥して『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)がふぅ、と小さく溜め息を吐いた。
「酒虫も、人に襲い掛かるでもなく、被害もお酒だけと……未成年ですし、お酒は飲んだことないのですが、酔っぱらったらどんな感じになるんでしょうか」
「お酒好きの虫さん…自分自身は酔っ払うんでしょうか? このままだと、せっかく上手くいっていた皆さんと人面樹さんの関係が拗れてしまうこともありえます。放って置くわけにはいきません」
 清廉珀香の香りを周囲に振りまき治癒力を強化させながら『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)はぐっと拳を握る。
「おびき寄せるにゃ華やかな香り高いのがいいだろう? 体内の酒量が多い人の所に誘われる習性があるんじゃしょうがないよな。これも任務のため。ちっとばかし飲ませてもらうぜ。緒形はどうする?」
 酒瓶を逆さにして、喉の奥に酒を流し込む『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は酒の付いた口元を拭って、隣を歩く『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)へと視線を向けた。すっかりアルコールの臭いを身に纏った義高を一瞥して逝は小さく溜め息を零す。
「おっさんは後でいいよ。それより……おっさん達が持ち込んだのとは別の酒の臭いが近づいてくるよ?」
 フルフェイスヘルメットに覆われた顔を頭上へと向け刀を引き抜く。
「足音……羽音、2体接近中! 戦闘準備だねっ!」
 引き抜いた大太刀を腰溜めに構え『託された光』工藤・奏空(CL2000955)が周囲を警戒するように視線を左右へと振った。どうやら酒の臭いに誘われた酒虫は左右から接近してくるようだ。
「来ますっ!」
 そう叫んだのは奏空だ。それと同時、草木を突き破るようにして、玉虫色の甲殻、十二本の脚を持つ大きな虫が現れた。
 まっすぐに酒瓶へと飛びかかる酒虫。
 けれど……。
「おう、いらっしゃい!」
 そう言って叩きつけるようにして、義高が頭上に掲げた大戦斧を振り下ろした。衝撃と、酒の香りがする爆風。半身を砕かれた酒虫が体液を撒き散らしながら、上空へと弾き飛ばされる。
「っ……うぉっ!」
 酒虫の体液を浴びた義高の身体が大きく揺れる。突如として身体を包む酩酊感にバランスを崩したのだ。
 その隙を突いて、半身を砕かれた酒虫がまっすぐ落下。飛び込んだ先には酒瓶を手にした灯がいた。

●酒虫と人面樹
「うわっ! 気持ち悪いです!」
 ぶぉん、と風を切り裂いて灯の手にした鎌が旋回する。灯に跳びかかった酒虫は頭部を切り落とされたことにより絶命し、地面に落ちた。その時に巻き散らかされた酒精を浴びた灯の瞳が次第にとろんと閉じていく。
 にへら、と灯の頬が緩む。倒れそうになる灯を御菓子が支えるが、悲しいかな小柄な彼女では潰されないようにするだけで精一杯のようだった。
「もう1体来ました!」
 御菓子と共に灯の身体を支えるラーラが、新たな酒虫の接近を告げる。
「あいよっ!」
「任せて」
 逝と奏空が左右へ展開。跳び込んで来た酒虫を迎え撃つのは義高だ。先ほど浴びた酒精が効いているのか足元が僅かにふらついている。
 斧を構える義高だが、彼はそれを振るうつもりはない。
 彼も役割は、酒虫の誘導だ。左右に展開した逝と奏空が酒虫との距離を詰める。義高、逝、奏空で酒虫を包囲した陣形。酒虫を逃がさないための布陣だ。
「そらっ! 逃がさないように、っと」
 背後から酒虫に手を添えて、逝はそれを宙へと投げた。まるでフライパンでも返すかのようなゆるやかな動作。空気投げと呼ばれるスキルだ。脱力した酒虫は自由に動くこともままならず宙を舞う。
 そこに一閃。
 奏空の大太刀が、下段から上段へと振り抜かれた。酒虫の身体が切り裂かれ、玉虫色の外殻が地面に散らばった。酒精の香りに鼻を押さえながら奏空が周囲へと視線を巡らせる。
 酒虫の追撃はないようだ。
「皆、どうしましょう! 灯さんが……」
 戦闘が終了したことを確認した御菓子が涙混じりの声で仲間達に助けを求める。
 何事か、と視線をそちらへ向けた義高の目に飛び込んだのはけらけらと笑いながら地面に穴を掘る灯の姿であった。

「酒虫の酒精に酔ってしまったみたいですね。……あ、ちょっと、そっち行っちゃ駄目ですっ!」
「ふふふふ、あははははは!! あっちに何かいるかもです」
 勝手に歩き出そうとする灯を、ラーラが慌てて引き留める。灯の指差した方向へと視線を向けた御菓子が首を傾げて何事か思案している。
「超直感……? 森の奥ね」
「……ここに居たってしょうがねぇ。行ってみるか」
 大斧を肩に担いだ義高が溜め息を零し、歩き始めた。泥酔状態の灯を守るようにして森の奥へと進む。
 暫く歩くと、突如として開けた空間が目の前に現れた。背の低い草が足元に生い茂っている。空から降り注ぐ太陽の光の真ん中に巨木が生えている。樹齢は果たしてどれほどか。数名で手を繋いで囲んだとしても足りないだろう。
 ぞの巨木の表面に老人の顔が浮かび上がる。
『………』
 ゆっくりと目を開けた巨木(人面樹)は、一行の持つ酒瓶へと、泥酔した灯へと視線を向けた。

 人面樹の枝葉から淡い燐光が降り注ぐ。光に包まれた灯の笑い声が次第に小さくなっていった。しかし、その時酒の臭いに誘われて草木の影から2匹の酒虫が現れる。
 義高、逝、奏空は人面樹と回復途中の灯を守るべく各々の武器を構えた。
「先生もやる時はやるんだからね」
御菓子がヴィオラを構え、優美な旋律を奏でる。御菓子の周囲を煌めく水滴が舞い踊る。水滴は御菓子の身体に吸い込まれ自然治癒力を高めていく。
魔導書を構えたラーラが前に出た。
「もしもに備えて省エネでいきます!」
即座に放たれる火炎弾が数発。酒虫を1匹火炎が包み炭へと変える。けれど、地を這う2匹目の酒虫は素早い動作でそれを次々回避していった。その動きは、台所に現れる黒いアイツを彷彿とさせる。ひっ、とラーラが短い悲鳴を零した。
翅を広げ、酒虫が飛んだ。
 翅を震わせ周囲に酒精を撒き散らしながら、酒瓶目がけて一直線に飛びかかる。そんな酒虫の前に御菓子が身体を割り込ませる。仲間の代わりに酒虫の酒精を一身に受け止めた御菓子がふらりとよろけた。
 軌道を逸らされ、上空へと飛び上がる酒虫。
 ラーラが酒虫の動きを視線で追いかけた。火炎弾を放つため、小さく口を開いたその瞬間、ひゅおん、と空気を切り裂く音がラーラの真横をすり抜けていく。
「……っ。次に酔っ払ってしまったら、その時は攻撃してでも止めてください」
 酔っ払ってしまった羞恥からか頬を僅かに朱に染めて、灯は鎖鎌を振り回す。すでに酩酊状態は解除されているようだ。人面樹による治療の成果か。些か普段よりも鎖鎌の扱いが攻撃的で、繊細さを欠いているように見える。
 木端微塵に砕けた酒虫が、バラバラと地面に降って来た。

「えっと、4匹倒したから後は5匹かな。親玉はまだ出て来てないよね?」
 散らばった酒虫の遺体を土に埋め、指折り残りの数を数える奏空。その間に残りの仲間達は周囲の警戒と人面樹への説明を行っていた。人面樹からの返事はないものの、先程灯の酩酊状態を治療してくれたことからも、協力的であることは分かる。
「後で酒、持ってくるからよ! 同じ酒飲み。すでにあんたには友情感じてるぜ!」
 人面樹の幹を平手で叩いて、義高は豪快な笑い声をあげる。
 無言の人面樹に見送られながら、一行は再び森の中へと進んで行った。

 すっかり酔っ払っている義高を横眼に、逝はきょろきょろと辺りを見回していた。フルフェイスヘルメットに覆われた頭部を上下左右に振って、おや? と小さく首を傾げる。
「んー? あっちから酒の臭いがするね」
 猟犬のスキルによる嗅覚強化。彼の鼻は警察犬並みに正確かつ微細に臭いを嗅ぎわける。ましてや今回の対象は酒の臭い。場所も森の中とあっては、嗅ぎ間違える余地も無い。
 森の奥で酒の臭い、となればそこに居るのは酒虫だろう。
「ただ……臭いが濃いね?」
 なんて、言って。
 逝と義高を先頭に、一行は酒の臭いを辿って歩く。

 そして辿り着いたのは森の奥。じめじめとした、陽の光も碌に差さないような場所だった。周囲には濃い酒の臭いが漂っている。視界に中に、見えているだけでも酒虫が3体。
「他にも居そうですね」
 と、そう言ったのは灯だ。超直感によるものか。彼女にはまだ姿を見せぬ酒虫の存在が分かっているようだ。
「人の酒を横からかっさらうのは、大罪だ。俺たちが人面樹に代わって断罪するぜ」
 義高が酒瓶の蓋を開け中身を煽る。ゴクゴクと喉を鳴らして酒を飲む彼に酒虫達の視線が集まる。全身から酒精の香りを立ち昇らせる義高目がけて、一番近くに居た酒虫が飛びかかった。
「油断しちゃだめよ」
 後方へと下がる御菓子がヴィオラを構える。仲間がダメージを負った際、即座に回復させるのが彼女の役目だ。そんな彼女を守るように奏空が大太刀を構えた。
 跳びかかる酒虫を義高の大戦斧が迎え討つ。大上段からの振り下ろし。地面に斧が叩きつけられ周囲に土砂を撒き散らす。酒虫は、空中で急停止することで斧を回避。
 それと同時に、弾かれたように逝と灯が駆け出した。
 残る2体の酒虫へそれぞれが向かう中、そんな2人を補佐するようにラーラが火炎弾を放つ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 ごう、と火炎を撒き散らし無数の火炎弾が酒虫を襲う。翅を広げた酒虫が宙へと逃れた。それを追って灯が地面を蹴って跳び上がる。
「すみません、我々の都合で駆除させていただきます」
 灯が腕を振り抜いた。放たれたのは鎖分銅。じゃらら、と鎖を引き摺りながら酒虫の片翅を撃ち抜いた。空中でバランスを崩した酒虫が落下する。空中で、灯と酒虫の身体がほんの一瞬交差した。
 次の瞬間、酒虫の身体が2つに分かれる。胴の部分で真っ二つに切り裂かれた酒虫が酒精を撒き散らしながら地に落ちていく。灯の鎌による一閃は正確に酒虫の命を刈り取って見せた。

 灯が酒虫を切り裂いたのとほぼ同時。逝もまた、地を這う動きで酒虫に駆け寄っていた。逝に興味がないのか、或いは命の危機を感じてか酒虫は即座に無数の脚で地面を削り逃げ出そうとする。
「おっと、逃がすわけにはいかないのよ」
 逝が手を伸ばすが、間に合わない。射程外へと酒虫が姿を消す、その直前……。
「これっ! 割って!」
 逝に向かって御菓子が何かを投げつける。逝は咄嗟に直刀を振り上げ、背後から飛んでくる何かを叩き割る。ガラスの割れる硬質な音。御菓子が投げたそれは酒瓶だった。
降り注ぐ酒を頭から浴び、逝は「は?」と困惑の声を上げる。 
そんな逝の目の前に、つい今し方まで逃げ出そうとしていた酒虫が接近していた。
 大きく身を仰け反らせた逝が酒虫の突進を回避。酒虫の脚が肩を掠めて血が飛び散る。酒の臭いに誘われ、思わず飛び付いた酒虫だったが、本来の目的……つまり逃走を思い出したのか、酒虫は翅を広げて逃げの体勢に入った。
 だが、距離が近すぎる。逝の伸ばした手が酒虫の翅を持ち上げ空中に放り投げる。酒虫は身体の自由を失い、一瞬その場で動きを止めた。
 停止した酒虫の身体に手をかけて、逝はそれを叩きつけるように地面へと投げた。酒虫の身体が潰れ、溢れた酒精が土に染み込んでいく。 
 頭から滴る酒を拭って、逝は小さな溜め息を零した。
「横からヒトの酒をくすねて、飲み干すような無礼はいかんだろう」
 そう呟いて、逝はくるりと背後を振り返る。
「すこし酒入ったぐらいじゃかわりゃしねぇ、むしろ調子がいいくらいだぜ!」
 大斧を振り抜いた義高は、口元に笑みを浮かべて叫んでいる。斧に触れた酒虫は、粉々になって飛び散った。
「やりすぎでしょ……」
 なんて、逝の声は誰の耳にも届かない。

●虫と神事と古妖と酒と
 灯、逝、義高が3体の酒虫を倒した、その直後……。
「……っ!? 後ろっ!」
 奏空が身を翻し、大太刀を振り抜く。刀の刃が御菓子の頭上を通り過ぎていく。目を見開いて驚く御菓子の頭上を2匹の酒虫が飛び超える。内1体は今まで見たどの酒虫よりも身体が大きい。恐らくそいつが、酒虫達の親なのだろう。
 太刀の一閃を回避した酒虫が、奏空の顔に張り付いた。無数の脚で顔を引っ掻き、首に喰らい付く。それと同時に奏空の体内に酒に似た成分を送り込む。ラーラが魔導書を構えるが、酒虫と奏空との距離が近すぎて攻撃に移ることが出来ない。
「好きなものを奪われる悲しさは人も古妖も同じですよね。酒虫さんもそれを理解して、分かち合ってくれさえすれば退治することもなかったかもしれないんですけどね……」
 そう言って御菓子はヴィオラを降ろす。代わりに、足元に積んであった酒瓶を手に取りそれを空へと放り投げた。蓋の開いた酒瓶から、大量の酒が撒き散らされる。
 それを追って、奏空の顔に張り付いていた酒虫は空へと飛んだ。
「イオ・ブルチャーレ!」
 ラーラの放った火炎弾が酒虫を撃ち抜き、炭へと変えた。残るは親虫だけだ。撒き散らされた酒をラーラの炎が蒸発させる。周囲に強い酒の臭いが飛び散った。酒の臭いに包まれた親虫の動きに異変が起こる。右へ左へふらふらと飛びながら宙をさまよっているのだ。
 酒の臭いはするが、肝心の酒は既に全て蒸発してしまっている。臭いの発生源を探しているのだろう。
 そんな親虫を睨むの奏空の顔は、血で真っ赤に濡れている。焦点の定まらない瞳で親虫の姿を捉えると、大太刀を一閃。
「一体たりとも逃がさないよ!」
 切り裂かれた親虫が地面に落ちる。
 こうして、全ての酒虫は討伐された。流れるようなヴィオラの旋律が響き渡る。御菓子を中心に淡い燐光が降り注ぎ、傷ついた仲間達を癒していった。

 酒虫の討伐から、数十分後。
 人面樹の前には、無数の酒瓶が転がっていた。人面樹の前には杯が一つ。そこに御菓子が酒を注いでいく。注がれた先から杯の中の酒は消えていく。
 それを見ながら、良い飲みっぷりだ! と拍手をするのは義高だ。すっかり出来上がっている義高の隣では逝が舐めるように杯の酒を口に含んだ。
 未成年のラーラ、灯、奏空はおつまみを摘まみながらノンアルコールドリンクで祝杯を上げる。
「飲み過ぎじゃないかな? 人面樹さんも、義高さんも」
 なんて、呆れたように御菓子は言うが、そんな彼女の声なんて聞こえていないかのように義高と人面樹は揃って杯を空にした。
「たっぷり飲もうじゃないか。“責められるべきは酒を飲むことではなく、度を過ごすことだ”ってことさ」
 そう言って義高は、空になった人面樹の杯にとくとくと酒を注ぐのだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです