Faith Justice Anger(Ⅰ)
【憤怒の祈り】Faith Justice Anger(Ⅰ)


●五麟市駅にて
 五麟市。
 京都南部にある市で、京都から電車を使って数十分の場所にある。何の予備知識もなければ、そんな小さな市だ。
 だが覚者界隈からすればそこにFiVEがあるということもあり、かなりの知名度を誇っていた。具体的なFiVEの所在地こそ不明だが、AAA崩壊後においてかなりの覚者を有するFiVEの力を求め、五麟市にやってくる人は後を絶たなかった。
 そんな中、一人のロシア人女性が五麟市の駅に降り立つ。
 翼人や獣憑のような身体的特徴はなく、守護使役に声をかける様子もない。そういう覚者はいると言えばいるが……。
「おい、あいつ……」
「まさか……いや、でも……」
 覚者達は彼女に気づかぬようにひそひそと話し合う。その顔に見覚えがあるからだ。
 憤怒者組織『イレブン』の一角、覚者を悪魔と認識して殺す宗教集団『エグゾルツィーズム』。そのリーダー格である女性に。
 分かりにくいように変装しているとはいえ、隠しきれない血の匂いのようなモノを感じ取ったのか、不審に思った覚者達は尾行を始める。
(……覚者の敵が単身ここに来れば、当然の反応か)
 ロシア人女性――リーリヤは心の中で溜息をつきながら、五麟の街を歩き始める。
 何かを探すように。何かを見定めるように。

●FiVE
「いや。わけわかんない」
 久方 万里(nCL2000005)はやってきた覚者に手を振りながら説明を開始する。そう言われた覚者も、とりあえず訳が分からないまま話を聞き始めた。
「分かってるところだけ説明するとこんな所かな。
 憤怒者さんのリーダーが五麟市にやってきて、それをまだFiVEに入っていない覚者さんが尾行してるの。お互い街中で暴れ出すことはないんだけど、人気がない所で覚者さんの一人が襲い掛かっちゃうの」
 憤怒者組織に恨みを持つ覚者は多い。そうでなくても、放置はできない。憤怒者のやっていることは犯罪行為だ。現行犯ではないにせよ、放置できるものではない。
「結果としては憤怒者さんに逃げられちゃう、っていうのが万里の見た未来。
 で、皆にはそうなる前に対応してもらおうかと言うのが今回の依頼だよ。憤怒者さんと覚者さんが争う前に接触して、事件を納めてほしいんだって」
「捕まえなくていいのか?」
「捕まえてもいいけど、五麟市内で戦うのなら注意してね。今、喧嘩とか荒々しいことはあまりよくないみたいだから」
 大妖がAAA京都支部を襲撃し、国民が不安を抱えている時期だ。その状況で街中で戦いが起きればどれだけの不安が広がるか。それを懸念しての事である。
「あとその憤怒者さんだけど、町中を適当に散歩しているみたいなの。誰かと会うわけでもなく、観光に着たみたいな感じで。
 何が目的かも聞いておいた方がいいかもね」
 話を聞いてもなお、訳が分からない。覚者を悪魔と認識する憤怒者が、覚者組織のある街に観光と言うのはさてどんな目的なのか。五麟市には目立った観光スポットがあるわけでもないのに。
 ともあれどうするかは覚者達に一任するようだ。捕まえてもよし、穏便に返してもよし。街中で派手に暴れられさえしなければOKとのことだ。
 万里に手を振って見送られながら、覚者達は会議室を出た。



■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:簡単
担当ST:どくどく
■成功条件
1.町中で派手な騒ぎを起こさない&起こさせない
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 変則的ですが、これも五七五。『エグゾルツィーズム』関連終章突入です。

●敵情報
・『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ(×1)
 憤怒者。白い肌を持つロシア人。TOP画像ではシスター服ですが、五麟市にはカジュアルな装いで来ています。
 源素を『悪魔の力』と称して排斥しようとしている憤怒者です。イレブン内では『エグゾルツィーズム(悪魔祓い)』と呼ばれている武装集団の長です。寸鉄帯びずとも、相応に戦闘力はあります。
 大妖襲撃で揺れる状況の中、単身五麟市にやってきました。目的らしい目的もなく、街を歩いています。主だって商店街や学校など、人が多くいる場所を見ているようです。
 拙作『覚者(ひと)殺す 信念ゆえに 覚者(ひと)守る』等に出ています。目的の為には手段を択ばないという意味では、面倒な存在と言えるでしょう。
 人気のある場所で彼女と戦闘をする際は、三ターン以内に戦闘不能にしなければ、騒ぎが大きくなって依頼失敗となります。
 
 攻撃方法
 パリィ  自付  隠し持っていた防御用ナイフを構えます。物防と回避が上昇。
 毒針 物近単 『ラプラスの魔』が作り出した『覚者にだけ効く毒』を塗った針です。【毒】【致命】

●NPC
・覚者(×3)
 リーリヤを追っている覚者です。それぞれ戌の獣憑、翼人、付喪。
 全員レベル1。FiVEに所属希望。憤怒者の存在を知り、尾行しています。

●場所情報
 五麟市。皆さんのホームグラウンドです。よほど奇抜でなければ、プレイング中に書いた場所(例えば皆さんのチームなど)は存在しますし、そこを出しても構いません。例外はFiVE本拠地。
 何もなければ憤怒者は『駅 → 商店街 → 学校 → 公園 → 河川敷(ここで戦闘発生)』の順に進んでいきます。どこで接触しても構いませんが、河川敷以外は人目があります。

 戦ってもよし。戦わなくてもよし。そんな依頼です。
 皆様のプレイングをお待ちしています。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年05月28日

■メイン参加者 8人■

『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)


「やっほー、リーリヤさん。シスター服以外も着るのね? だけど可愛いわよ!」
 五麟市駅で待ち構えていた『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、手をあげて五月の日差しを意識したロシア人女性の近づいていく。
「彼女に誘いをかけたという話は数多さんから聞きましたが……本当に来るとは」
 数多と同行していた『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)が驚き半分と言った顔で話しかけてくる。憤怒者と覚者。冬佳とリーリヤの関係はその例にもれず温厚ではない。矛を交えたこともある。
「酔狂とはワタシでも思うよ。日本では『トラの口』とでもいうのだろうね」
「虎口、ですか。一応言っておきますが、戦いに来た訳ではないですよ」
「アテンドというのか。そこから武器を即座に呼び出せる以上、軽々に信頼はできない」
 ため息をつくリーリヤ。守護使役のない(正確にはいるのだけど気付けない)人間からすれば、重装備でも即座に装備できる利便性も恐怖の対象になる。
「信頼はこれから街を見て築いてくれればいいさ」
 軽く手をあげて『静かに見つめる眼』東雲 梛(CL2001410)が歩いてくる。信頼は何もせずとも『ある』モノではなく、時間をかけて作っていくものだ。ましてや憤怒者は覚者に対してマイナスの信頼を持っていると言ってもいい。
「ここは普通の街だから、見て楽しいものはそんなにないかもしれないけど」
「そうでもない。普通の街だからこそ、見る価値はある」
「そんなもんかな。あんたがここを見ているように俺もあんたをみてる。ただあんたと同じようにそれ以上はしない」
 それじゃ楽しんで、と手を振り梛は去っていく。だが言葉通りリーリヤの行動を観察するようだ。
「よかったらうちの店にきなさいよ。奢ってあげる」
 数多はリーリヤを自分が住んでいる喫茶店に連れていく。特に目的があるわけでもないのか、リーリヤも特に抵抗はしなかった。冬佳もその後をついていく。
 そして、それを見ている三人の覚者達がいた。駅で憤怒者を見つけ、それを追っている覚者だ。
「あの、すみません」
「君達、少し話をさせてもらってもいいか?」
 その三人に話しかける『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)と『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)。三人とも二人がFiVEで活動する有名な覚者だと気付き、驚きの表情を浮かべた。
「あ、もしかしてFiVEの……いえ、今そこに憤怒者が」
「はい。私達も、その件で、動いています」
「尾行するなら、私達も同行させてもらおう。彼女に関しては、私達も少なからずかかわりがあるものでな」
 思わぬ一言に首をひねる覚者三人。
「彼女が五麟市に訪れた、真意を探るため、です。無用な刺激は、事態を悪化させます」
「そりゃ俺達も街中でドンパチはしたくないし」
「彼女の持ち物はあの鞄だけだ。あの中に隠せる程度の武装はあるだろうが、そんな装備でここで暴れると思うのか?」
「それにあの人は、一般人に危害を加えることは、ありません」
 祇澄と行成の言葉に納得する覚者三人。
 そうして五人に増えた尾行と監視が始まった。


『茂美路メトロ』
 五麟市にある小さな喫茶店である。お世辞も繁盛しているとはいいがたく、よく言えば落ち着きのある。悪く言えば閑古鳥がなくイメージを与える店だ。数多が住居としている場所で、文字通り我が家の如くカウンターに入りエプロンをつける数多。
「わりとレトロでいいかんじでしょ? 秋だったら外の紅葉がすっごい綺麗なのよ。全部真っ赤に染まって」
「そう言えばこの国の紅葉は赤かったな」
 呟くリーリヤ。ちなみにロシアの木々は黄金色になり、『黄金の秋』とよばれるとか。
「来てくれてありがとね。まあ、うんある意味敵が本拠地に乗り込んで来るんだから、あとをつけてる覚者については警戒意識が高いってことで許してね」
「むしろ当然の反応だろう。逆にこの扱いの方が驚きだ」
 数多が淹れた特製ブレンドコーヒーとパンケーキを前にするリーリヤ。最初は何の冗談かと思ったが、本気で奢るつもりか。全身でそう語っていた。
「――意外ですか? この流れ」
 そんなリーリヤの表情を見て問いかける冬佳。
「その一言でしかないな。口悪く罵られても文句は言えない立場なのに」
「先日の大妖の件もあり、FiVEとしては尚更街中で騒ぎが起きてほしくないのですよ。人心の不安といえば、お分かり頂けるかと思います」
 大妖一夜と呼ばれる大妖のAAA襲撃。未曽有の事件に世間は大きく揺れていた。
「ならなおの事、ここでワタシを捕まえておくべきだとは思うよ」
「確かにそれは合理的ですが、こちらが誘った手前それを行うわけにはいきません」
 憤怒者を捕まえておいた方がいい、という覚者からすればプラスの誘い。それを冬佳は断った。現状においてリーリヤが五麟市で暴れなければいい。それに、
「貴方には見てほしいのです。覚者の街、五麟市を」
「覚者の街、か」
 覚者はその数の少なさと力への恐怖により、排他的に扱われるケースもある。FiVEの覚者自身もそういった経験を持つ者も少なくない。
 五麟市はそういったことがない街だ。覚者の比率が違うこともあるが、そういった教育が行き届いていることが大きい。
「大妖って言えば」
 数多がコーヒーのお替りを淹れながら話題を振ってくる。
「私達のこの力、わかんないまま振るってるっていったら、大妖に『知らないままのほうが幸せだ』って憐れまれちゃったんだ」
「大妖と会話をしたという状況の方が驚きだ」
「まあね。多分このむずむずする感じがあんた達が感じているのとたいして変わんないんじゃないかって思うの。
 わかんないものは気持ち悪いしいつ牙をむくかもしれない。貴方達の怒りもそんなの怖いしそれに対しての防衛なのは理解してる」
 パンケーキを口にして一息つき、数多は言葉を続けた。
「だから私たちに足りないのは相互理解なんじゃないかな? わかんないものをわかんないままだから怖いんだと思う」
「それが容易ではないことは、アナタも経験しているだろうに」
 覚者と一般人。その関係が生む事件は逢魔化以降後を絶たない。だからこそ憤怒者が生まれ、だからこそイレブンが生まれた。リーリヤの言葉はその現実を指している。
「でも私、貴方のことを知って友達になれるかもって思った」
 それは事実だろう。だけどこれも事実だ。
「だから私達のことも知ってほしい」
 現実はいきなり変わらない。小さな一歩から変わっていくのだ。数多は今、一人の憤怒者と仲良くなろうとする一歩を、踏み出していた。


『茂美路メトロ』を出たリーリヤは、見知った覚者を目にとめる。
「こんにちは。私のこと、覚えてらっしゃるでしょうか」
「街のご案内するの!」
 頭を下げる『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)と『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)だ。
「覚えているよ。さてこれは監視と受け取っていいのかな」
「ご自由に受け取ってください。ですが戦うつもりはありません。今は必要がありませんので」
 笑顔で答える澄香。相対した仲ではあるが、その笑顔に邪気はない。そんな中、鈴鹿がリーリヤに手を差し出す。
「一緒に行きましょう! ねえ、手、繋いでいい?」
「この手はアナタ達の同胞を何人も殺した手なのにか?」
「でもあの時は一緒に戦ったよね?」
『あの時』――妖が街を襲い、複雑な状況の中で共闘した時の事だ。
「リーリヤお姉さんは憤怒者だけど優しいお姉さんなの。お姉さんに五麟市の事、FIVEの事を知ってほしいの!」
 鈴鹿の言葉に根負けしたようにリーリヤはその手を取る。体温が低いのか、冷たい指先が鈴鹿の指に絡まった。その感覚に笑みを浮かべる鈴鹿。
「リーリヤさんはどんな服が好きですか? あ! あのショーウィンドウの服、似合いそうですよ」
「服は用途で着替るからな。必要とあらばドレスも着る」
 実利重視のリーリヤの言葉に澄香は苦笑する。今の服装もそうなのだろう。
「私、見た目がこんななので、あまり大人っぽい服装似合わなくて」
「背の低さゆえに最初に目につく帽子を基調にして合わせれば、その背丈でも大人向けコーデはできる。第一印象を何処で見せるか、だ」
 はー。思わぬアドバイスに澄香は感心した。そういう考え方もあるのか。
「ここが私が通ってる小学校なの! えへへ、大きいでしょ」
「学校か……。覚者とそうでない人が文化祭をしたりしている、と言うのはにわかに信じられなかったが……」
 嬉しそうに紹介する鈴鹿の声。その明るい声が場違いではないほどに、五麟学園は平和な日常を謳歌していた。
 覚者と一般人が交わる場所では、どこかで軋轢が起きる。それが全くないと言うのは、そういう教育が行き届いているからだ。
「私達は力に目覚めはしましたけれど、心は普通の人間と同じです」
 その学園風景を見ながら、澄香はリーリヤに語りかける。それはリーリヤもわかっていることなのだ。
「戦わないで済む世の中になるといいですよね……」
 同じ人間だからきっと和解の道はある。そう澄香は訴えていた。
「……全ての覚者がそう考えているわけでもない」
 同じ人間だから。善人と悪人がいるのだから。だから争いは起きるのだ。リーリヤは感情を殺した声で、静かに呟いた。


『Beer Cafe Malt』
『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)が経営するビアカフェである。亡き父の後を継いで亮平が経営しており、アットホームな雰囲気が醸し出されている。
「ここまでくると驚きもないな」
 亮平の顔を見たリーリヤの第一声はそれだった。何度か矛を構えた者同士が、こういう接し方をしようとは。
「ご注文は? おすすめは豚肩ロースのビール煮とふわとろオムライスだよ」
「……じゃあそれで。九人分いただこうか」
「九人?」
「私とこの二人。外で尾行してる六人だ」
 リーリヤ、澄香、鈴鹿。そして尾行をしている祇澄と行成と覚者三人。それとは別に観察している梛。
「分かった。それじゃ――」
 亮平が携帯電話で連絡し、尾行している五人と連絡を取る。電話を切って、一分も経たない間に五人は入ってくる。梛は遠慮したのか入ってこなかった。
 行成はなじみの店と言うこともあって、手慣れたように机を移動させて席を作っていく。その間、リーリヤの様子を見ていた。警戒はしているがここで暴れる様な素振りはない。
 祇澄は覚者三人の様子を見ていた。警戒心はあるが、祇澄と行成の説得もあって彼らも覚醒したりはしない。それに安堵し、リーリヤの対面に座る。
「落ち着いて話をする機会はこれが初めてだね」
「互いの立場を考慮すれば、むしろその機会がないのが普通だろう」
 料理を配りながら亮平がリーリヤに語りかける。
「確かに。悪魔の力と貴方がいう気持ちも、実のところ分かる。
 発現する原因が具体的には分からず、どんな人でも破綻者になる可能性がある以上、その力が他人を傷つけないとは限らない。それを悪魔と言われ反発するのも無理はない」
「ましてや犯罪行為にその力を使う者もいる」
「全くだ。でも力を持っても、こうして生活してる人がいる事も知って欲しい。
 ……いや、知ってはいるんだろう。それでも覚者を殺す立場にいるのが、貴女だ」
『私とて自分の教えが絶対正義だとは思ってない』
 亮平は以前リーリヤが言っていたことを思い出す。彼女が『狂信的』なのは、力無い人間の祈りの対象となろうとしているからだ。
 優しい人間は、悪人を責めない。責めることが良くない事と思い、そしてそう思う自分を責める。そして悪人は責められないがゆえに自分を正当化する。そうして人は悪人に搾取されていく。
 だがその悪人が『責めてもいい対象』なら? 例えば『悪魔』と呼ばれる存在で、それを攻撃することが『正義』なのだとしたら?
「それでも、貴方がやってきたことは許してはいけない行為だ」
 静かに行成が口を開く。
 リーリヤのやってきた行為は、まぎれもなく殺人だ。そしてその行為を他人に強いている。大前提として死んだ命は帰ってこない。ゆえに殺人は許せない。
「だが善か悪かと言われれば、どちらとも取れない」
 行成自身、FiVEの任務でいろいろな経験をしてきた。妖のような明確な人間の敵。隔者のような犯罪者。そして――憤怒者。様々な愛憎から生まれる殺意。それを止める任務。完全な善と完全な悪。そんなモノはなかった。
「正義を免罪符にしては、互いに殺しあうだけだ。それでは何の解決にもならない」
「否定はしない。……だが、現状それ以外の未来はない。
 皮肉でもなく、先の大妖がいい例だ。圧倒的な力。それに抗するために力を求め、挑もうとする。差異こそあれど、我々も同じだ」
「ないなら探す。未来がない、などとは言わない。覚者は不幸な悪夢を覆すために動くのだから」
 未来は変えられる。それは覚者が何度も証明していた。一本道の未来などない、と。
「憤怒者は……イレブンの人は好きにはなれないの」
 拳を膝の上で握りしめ、鈴鹿が口を開く。
「わたしのお父さんとお母さんは、古妖なの。
 ある日、古妖狩人っていうイレブンの人に三人共誘拐されて……その後離れ離れになったの。わたしは……痛いことをいっぱいされて……」
 鈴鹿にとって、その事は心的外傷だ。思い出すのも辛い事だろう。沈黙ののちに、鈴鹿は言葉を続ける。
「リーリヤお姉さんは、古妖を襲うの?」
「理由がない。自衛以外で襲うことはない」
 リーリヤは教義に従う。覚者を悪魔と断ずるがゆえに、悪魔以外はよほどのことがないと襲わない。
「だったら嬉しいの。例え相容れなくても……偶にだけでも手を繋げる良き隣人であってほしいの。
 今でも憤怒者……人は怖いけど……お姉さんとなら仲良く出来そうなの」
 冷徹で残忍な憤怒者。リーリヤにその一面がないというわけではない。むしろ覚者と接する時には、その一面が表に出ている。
 だが、リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナと言う人間はそれだけではない。鈴鹿はその一面を知っている。こちらの伸ばした手を取ってくれたお姉さんと言う一面を。
「…………」
 そのやり取りを祇澄は静かに聞いていた。
 口を挟むことはない。リーリヤと言う憤怒者は『隔者から非覚者を守るために』覚者すべてを殺そうとする。その為に宗教による思想統一を行っていた。
 けして会話の通じない相手ではない。確かにその思想を変えることは困難だが、それは『守りたい』という根幹があり、そこに覚者が含まれていないだけである。そんな解釈もできる。
『力無きものを守る』……祇澄の戦う理由はそれだ。偽善と呼ばれようと、その道を貫く意思はある。
(相容れることはありませんが)
 祇澄はリーリヤの言葉を聞きながら、言葉なく思考していた。どのような答えを出すのかを。


 夕暮れの河川敷。
 覚者達と別れたリーリヤは、街を一望するためにそこを歩いていた。
「楽しかった?」
「少なくとも、特選ブレンドコーヒーと豚肩ロースのビール煮は美味しかった」
 ひょっこり現れた梛の問いに、特に驚くことなく五麟市の感想を告げた。少なくとも悪印象はないようだ。
「俺も、みんなも、元々は人だったから――今も人のつもりだったりするけど――俺達も割と普通だったんじゃない?」
「そうだな。それは否定しない」
 ふうん。と梛は頷いた。
 覚者を悪魔と断じ、それを殺すことを厭わない狂信者。リーリヤの最初の印象はそんな所だった。
 だが何度か戦い、それだけではないことを知った。覚者以外の命を救おうとし、その為には覚者と手を組むことを業腹ながらに受け入れて。
 梛はリーリヤと言う人間を知ろうとしていた。頑固な信仰を持ち、同時に街への誘いを受けてこちらにやってくるロシア人女性。ここに来た真意は別であるのかもしれないが、それでもいい。
 知らずに戦う方が気が楽なのは、梛自身もわかっている。覚者殺しの狂信者。イカれた憤怒者。覚者の敵。敵。そう割り切って戦う方が気が楽なのは間違いない。だけど、
(知らないよりは、知った方がきっといい)
 知ることで、新たな選択肢が生まれる。戦う以外の選択肢が。
「アナタ達が戦わないといけないのは、憤怒のカタチだ」
 リーリヤは梛に背を向け、静かに告げる。
「怒りの理由。怨みの理由。妬みの理由。……ワタシ達『エグゾルツィーズム』はそれを信仰に変え、そして団結力にしている。
 対話を望むというのなら、テーブルを作ろう。その結果、争うしかないとなれば戦場を作ろう」
「どういうこと?」
「シスイアマタから連絡先を貰った。改めてそこに連絡する。
 不本意だが、認めるよ。アナタ達は信用するに足る組織だ。とはいえ教義を曲げるつもりはないがね」
「ああ。そこは曲げないんだ」
 それでもリーリヤの言葉に何かを納得したのか、梛も背を向ける。これ以上の監視は必要ない。誰も彼女を襲わないし、彼女も誰も襲わないだろう。

 信仰。正義。怒り。
『エグゾルツィーズム』はその理念を糧として行動する。だがその糧の根幹はなんなのか?
 信者を皆殺しにすれば、組織は滅びる。それが一番容易だ。
 殺さずに組織を解体するには、その糧を押さえるしかない。
 覚者が憤怒者をホームに呼んだのなら、次のターンはその逆。
 数日後、『エグゾルツィーズム』からの連絡が電子にのって訪れた。その内容は――

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 五麟市を描くのは新鮮だなぁ。チームとか書くのは、意外といいかもしれない。

 シリーズものの第一弾、と言うことで軽いジャブでした。
 次あたりから重くなっていきます。
 憤怒者とどう決着をつけていくのか、このシリーズのテーマはそこです。

 次のシナリオまで、しばしお休みください。言ってもOP自体は既に書けているのですが。

 それではまた、五麟市で。




 
ここはミラーサイトです