一期一会の味覚・時不知火
一期一会の味覚・時不知火


●ときしゃけ
「めえええ! 鮭さいこう!」
 ゴッツォサン・越後は今年35歳、料理人にして独身男性である。
 今日、越後は北海道、根室にいき、漁船の上で鮭を味わっていた。
「脂がしたたり落ちて銀シャリに絡む! たまんねえ!」
 春鮭《ときしゃけ》と呼ばれる珍味が味わえるのは、この時分において他はなし。
 定置網誘い込み方式をおこなう老人の漁船に『密航』し、最上級の鮭を堪能す。
「おっかしいねえ。バイトなんて雇ってねえんだが」
 越後をみて漁師の老人が首をかしげる。
 越後は、無精ひげ、トレンチコート。垂れ目で、品が無く楊枝を操る男はどうみても不審者である。
「じいさんも一杯やろうぜ! 飯がないと力《リキ》入らないだろ」
「えかね。休憩かね」
 『力』が働いているのだろうか、老人は言われるがままに、揺れる船の上で腰をおろし、越後から酌を受ける。
「この道何年かね?」
「ガキのころから手伝ってっから、六十かい」
「ははー。俺は料理が得意なんだ。うんめえ鮭の礼がしたい」
 波の音。青い空。雲はなし。
 飯を食うカツカツと鳴りし茶碗と箸の小気味よい音のみが支配して、世間の暑苦しさを忘却できるような、のどかさがここにあった。
 しかして、突如として奇妙な声がした。

『うっ! 産まれる!』

 思わず老人と越後は、声がしたほうを向く。
 見れば、人間大の鮭に人間の手足が生えたような出で立ちの者がいた。
 思わず二人は立ち上がる。
 かく、海外のハワード・フィリップスという作家は、魚類に対してはげしく恐怖を感じ、知人に手紙をおくってまで語ったという逸話がある。
 人間大の魚類がもつ、瞳孔なき魚眼、かの作家が感じた恐怖の片鱗をみるには十分なものであった。
「なんだお前は! 俺を誰だと思っている!」
 越後が言う。
 対して、魚類が声をはなつ。
『産ませてよ!』
 男声を無理に裏声にしたような模様。その声は、発狂をうながすがごとく――
「うわあああああああ!!」
 漁師の老人は、たちまち腰を抜かし、頭部を強打した。
「おい! じいさん! じいさん!」
 越後が漁師の老人を介抱するも、ここに往生す。
「――っ!? なんだこいつら、いつの間に」
 ふと越後、周囲をみる。
 足下で真っ赤な炎を纏っている鮭が、越後を包囲する。
「ぐわあああ!」
 そして鮭、たちまち、爆裂す!


●時不知火
「このままだと、善良な漁師が危ない! 助かってもPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまう」
 と、久方 相馬(nCL2000004)が語るなか、向こう側で久方 万里(nCL2000005)が七輪を「うんしょ」と運んでいる。
 F.i.V.E.の会議室、妖事件のブリーフィングである。
 万里がいろいろ運ぶなか、相馬は真剣な目つきで話をつづけた。
「事件は昼時に起こる。場所は洋上。高速船をチャーターしてあるから、急行して対処すれば、全部丸くおさまる。
 けれど、この妖、見た目はふざけているけど、配下を従えているタイプだ。十分気をつけてほしい」
 よく見れば、会議室の隅っちょにクーラーボックス、防寒具が鎮座する。
 こたびの事件、単純明快に妖の撃破と察せられるからに、必需品といえよう。
 炊飯器が運び込まれる。
 事件に真摯な相馬と、必需品を運んできた万里が言い争いを始めたが、その最中に、覚者の一人が手をあげた。
「この、よく覚者なのか隔者なのかわからない人は?」
 これには相馬、我にかえって、ひとつ咳払をする。
「調べているけど、有効な情報は出てきていない。でも、よっぽどのことが無いかぎり敵対しないとおもう」
 話次第では無難に動いてくれる可能性が無きにしも非ず、その逆もしかり、ということだろう。
 一方、万里が期待のこもったまなざしを覚者たちに向けて、親指をたててきた。



■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:Celloskii
■成功条件
1.鮭男《サーモンヘッド》の撃破
2.漁師の老人の生存
3.なし
 Celloskiiです。
 コメディ寄りですが、難易度『普通』です。
 押さえるところがある点にご留意ください。
 なお、プレイング次第になりますが、食事シーンがリプレイ半分以上になる可能性があります。
 以下詳細。


●ロケーション
・高速船で現場直行
・昼時の洋上
・接舷したときに飛び移るほか、船の上での戦闘です


●敵
『鮭男《サーモンヘッド》』ランク2
 人間大の鮭に人間の手足が生えたような、獣の妖です。
 定番ながら、網タイツはいてます。
「うっ、産まれる!」「産ませてよ!」など同じ台詞を繰り返すだけなので、知性は低めです。
 実際にはオスなので産まれることはありません。
A:
・産ませてよ
 音による遠距離全体神秘攻撃。ダメージ0。BS混乱

・うっ! 産まれる!
 音による遠距離単体神秘攻撃。威力低め。BS無力

P:
・時不知火召還
 毎ターンの初め、獣の妖である時不知火を海中から3匹召還します。
 出現位置および、前衛後衛はランダムです。


『時不知火《ときしらぬい》』
 真っ赤な炎をまとっているような鮭です。
 体力かなり低め。近接単体物理の自爆攻撃をやってきます。自爆攻撃後は消滅します。
 自爆前に倒すと消滅しません。
 撃破後、一日くらいはこのままです。妖化が解けるまえに食した場合、大変美味です。


●その他
 ゴッツォサン・越後
 能力者です。
 食に振り切れており、食のためなら『力』の悪用にためらいが無いので、悪党に分類されます。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年05月29日

■メイン参加者 8人■

『ストレートダッシュ』
斎 義弘(CL2001487)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

●SUN値直送
 F.i.V.E.! 侵攻! 北海道!
 船の上から仰ぎ見る空は青。
 海原と空の境界線がおたがいにグラデーションを描いて、曖昧になっているような景である。
「美味しい鮭、楽しみだねー!」
 御影・きせき(CL2001110) は、表で潮風にあたりながら、うーんと伸びをした。
 賀茂 たまき(CL2000994)も『鮭のちゃんちゃん焼き』を食べてみたいと思いながら、水平線をみている。
 鮭。
 普段スーパーで買ってくるやつしか食せぬ代物。獲れたてに対する期待に心おどる。
 ここで、アサシンのごとく『教授』新田・成(CL2000538)が背後に立つ。
 視線は遠くをみている。
「秋が旬とされる鮭は日本の川で生まれて海で四年ほど過ごしたあと、産卵のために生まれた川を遡上する途中で漁獲されたものです」
「……?」
 不意打ちのごとく後ろから飛んできた講釈に、きせきとたまきは少々驚いた。
 成は、構わずに続ける。
「それに対し春鮭、トキシラズと言われる川は、ロシア北部のアムール川の生まれたものです。回遊の途中に北海道の沿岸で漁獲されたものです。産卵に養分が使われない分、その身に脂を多く蓄えているのです」
 以上、講義終了。
 成の背は、つーっと高速船内部へもどっていく。きせきとたまきは見送るのみ。
 高速船内部のレイアウトは、バスや、新幹線やらと同様に、イスが整然と並んだ形である。中央に通路だ。
 先頭の席にて、斎 義弘(CL2001487)は、腕を組んで黙想す。
「――いや、いまは出来ることを考えるのみだな」
 なぜ魚に人間の手足が生えて、網タイツなんだろうか。考えるほどに削られているような感覚。
 あぶない、と現実逃避しかけた己を引き戻したところだった。
 一方、通路を挟んだ向こうの席で『幸福の黒猫』椿 那由多(CL2001442)は、少し顔をほっこりさせて鮭をたのしみにしている。
 すでに戦ったあとのことだけで思考を埋めている中、ふと義弘と視線が交差する。
 那由多、しっとりとした微笑で返す――義弘の心労、まさにどこふく風か!
「なんか変な敵……妖、なんだよね?」
 『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)のケダモノのごとき耳に、義弘の言葉が入り、つぎに首を傾げた。
「ですね」
 『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)、が小唄を肯定する。
 そう、変な敵。変な『妖』だ。
 三人の会話に影響されたわけではないが、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、此度の『妖』について考える。
「随分シュールな妖のようですけど……召喚能力といい」
 こちらの攻撃力を削ぎる。精神をかき乱す。本体は攻撃能力が低いようだが――召還のほうが爆裂するのだ。
 なんとも厄介だと、胸裏にて反芻す。……

 やがて、景色を堪能したたまきときせきが船内へもどり、船旅は依然とつづく。
 いまか、いまか。まだか、まだか。
 此度の敵を考えるもの。事後を考えているもの。戦いに備え闘志を漲らせるもの、さまざまの様子。
『到着です』
 と突如、船内放送が鳴る。
 みな一斉に粟立つ。
 ここに操舵を担当するF.i.V.E.職員、海上にてドリフト接舷す。


●SUN値直葬
 F.i.V.E.! 侵攻! 漁船!
「なんだい今度は!? 海賊か!?」「わからん!」
 衝突するように横滑りしながら接舷した高速船。
 越後と老人、驚愕す。
 覚者、一斉に漁船へと飛びうつる。不安定な足場において、ハイバランスなど、おのおの工夫を凝らして立つ。
 最初に体勢を立てなおして動いたのは最速、御影 きせきである。
 『鮭男』。
 両脇に『時不知火』が二匹いる。
 きせきの容姿一変、海原のごとき青一閃。たちまち深遠なる魚眼に肉薄し――
『うませてよ!』
「っ!」
 刹那に腕を交差させての防御する。音波攻撃を凌ぎ、その体勢のまま、身体に練気をめぐらせる。
 きせきの視界の端から、するっと小柄な金色――小唄が抜け出でる。
「一匹余分に……捕まえられるかなっ!?」
 小唄の拳、連打によって弾幕がごとく。目標を打ちすえる。
 目標――すなわち『鮭男』は無視して『時不知火』だ。
 ここで後方。
「おじいさん! あぶない!」
 たまきが印を切って符の盾を形成する。
 『妖』の攻撃を反射する秘術だ。
「私の後ろに居てください」
 守ります、決意を示してと敵を見据える。まともにみて正気が削られそうだが、初手の『うませてよ』の迎撃は相成った。
 ラーラが携える書物が、ひとりでにページがめくれ、黒足の‎ネコ科のごとき炎精がとびだす。
「召炎波でやっつけてしまった時、不知火は果たして生食できるんでしょうか……ダメそう?」
 場に暖かな熱をふりまきながら、ラーラは越後に視線をむける。
「時不知火、あとでわけてあげますので、どうかいまはお力添えいただけないですか?」
「お、おう? 『妖』ってことで良いんだよな?」
 クーも舞いながら語る。
「船長さんを守りたいと思っています。それから――」
 クーは睡魔に誘う空気を醸成しながら、此度の状況を簡潔に説明する。
 料理人、自らの顎をさする。
「まじめな表道具、研ぎに出しているから、あまり力になれんかもしれんがね」
 那由多も一言を添える。
「お手伝いして頂けるんやったら、その分のお礼はきちっとします――でも」
「あーあーあ、わかったわかったって。邪魔する気はねーし、それに鮭にチト興味がある」
 越後が振るった銀一閃。忍び寄っていた『時不知火』の三匹目を一枚おろす。
「ゴッツォサン・越後。相変わらずですね」
 成の銀一閃。
 『時不知火』の三匹目、もう一枚めくれ、三枚おろし。
「待て。なんでいきなり知り合いっぽく振る舞ってんの」
「さて?」
 義弘の精神《SUN値》直葬す。されど、那由多の癒やしの滴で正気をとりもどす。
「済まない。大丈夫だ」
 義弘の眼光がたちまち鮭頭を射貫く。
 一呼吸つき、前へ前へと疾走す。
 初手からやってくれたな――と得物を最上段に構え、鮭男の脳天に打ち下すは質量の武器。
 接触と同時に爆裂天。敵の骸骨、砕ける手応えを感じる。

 かく初手の攻防を経て戦いの火蓋が切られた。
 『鮭男』の階級は二だ。
 配下を従えし『妖』。骸骨砕けようとも音を上げる水準ではない。

「寝た……のか?」 
「寝た、みたいだね」
「うん」

 前衛の義弘、きせき、小唄――ただこう漏らす他ない。
 音を上げる水準ではないのだが――鮭男、クーの睡魔の前に堕つ。
 網タイツにつつまれた悩ましき脚線、いっそう妖しくMoveする。
「その網タイツ、全然似合ってへんから!」
 那由多、Moveを直視して狼狽す。
 おもわず「うわっ」と、はしたない声を発してしまった。正気が削がれていると自覚する。
 クー、Moveを忘却の彼方に追いやりながら、『時不知火』を刃のごとき蹴りでおろす。
 ラーラ、出てきた『時不知火』を得手とする火術にて粛々と制する。
「鮭男……眠っていても召還は使えるみたいですね――良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を。イオ・ブルチャーレ!」
 『時不知火』爆砕。力を入れすぎてしまった。
「寄生虫は――いないようです」
 成はちょっとした手空きに『時不知火』を調査をする。
 これなら安心だと、戦線に戻る。
 たまきは、Moveを見なかったことにして、ちゃんちゃん焼きを考えることにした。
 漁師の老人の守りはばっちりだ。
 越後は邪魔しないように、覚者が倒した時不知火を血抜きしたり、ちょくちょく包丁を振るっている。
「俺、攻撃には自信あるけど、打たれ弱いんだよね」
 なので前には出ない、臆病《すくたれ》者である。
 無力化攻撃や、混乱が当たった者は那由多が順々に癒やしていく。
 ラーラの秘術は持久戦に長けている。
 必要な数の『時不知火』が貯まれば、『鮭男』に用は無い。
 眠りの状態異常。「せーの」の一斉攻撃。眠りの状態異常。一斉攻撃。この繰り返しといった戦況にいたる。
 かくて『鮭男』は断末魔をあげた。
『あの熱い夜のときみたいに! うませてよ!』
 奇しくも最後の一撃は、きせきの得物、銘は不知火であった。


●ここまで前書
 場所は港街にうつる。
 大量の時不知火。漁師の老人は快く調理場に案内してくれたのであった。
 鮭。
 それも一品ものにして、逸品。
 身の弾力も並ではない。
 包丁で切ったら、身が包丁にひっついてくる。
 火が通っていない状態の赤身と、皮の間に、薄っすらと脂の層までみえる。
 戦闘で焼けたものや、すでに三枚におろされたものも多少あるが、おおむね丸一本!
「皆さん色々と料理されるようですから、私はご飯を炊きますか」
 成は土鍋を探すも、土鍋どころではないものを発見する。
 古きよき羽釜である。「ほお」と思わず嘆息。地元のご婦人方に協力をして貰い、飯を炊く。
 炊き上がりはおよそ30分後だ。
 きせきは七輪の前で鎮座する。
「美味しい食材はシンプルに食べるのが美味しいって、テレビで言ってた」
 切り身を金網にのせた瞬間、じゅーじゅーとうまそうな音と匂いがでる。
 したたる脂で、パチパチと音が弾けて、裏返したりしているうちに焼き目がついていく。もうおいしそうだ。
 クーはムニエルをこしらえる。
「レモンとタルタルソースで良いですか?」
 横で小唄が目を輝かせながらうなずく。
「なんだか、すごく……匂いの時点でお腹すいてくる」
 ただの鮭ではない。
 とても薫る。バターの香りがのってくる。空腹が刺激される。
 味見したくなる。そーっと手を伸ばす。クーに、メっされる。
 たまきもクーに習って『ちゃんちゃん焼き』の調理に取りかかった。
 ムニエルと要領は同じだ。
 ただし、鉄板を用いる。ネギを刻み、にんじん、キャベツで鮭の切り身ごと焼き上げる豪快な郷土料理だ。
 ちゃんちゃん焼きにも、バターを使う。
 鮭が焼ける香り、野菜の香りバターの香りが目の前から昇ってくる。
「はあ」
 たまきは、わくわくとおいしそうが混ざったため息を漏らした。
 成のほうで飯が炊き上がる。
「さて……と、うちもお料理始めましょうか?」
 那由他は、飯が炊き上がるまでに仕込みを終えていた。
 時不知火を一口サイズに切りわけ、アボガド、マヨネーズであえて――鮭アボガド丼。
 飯さえあれば即、完成!
 また、あえたものを敢えて飯にのせず、皿にわけて、酒の肴とする腹積もりである。
 やたら包丁にくっつくので、越後にも手伝ってもらった。
 結局、邪魔しないどころか協力にまわってくれたので、那由多のなかでは良しとした。
「で、君のリクエストは?」
 越後がラーラに問う。
「お寿司なら炙りサーモンとか好きです」
 たちまち銀一閃。その一瞬で酢飯を握り、サーモン寿司が並ぶ。
「あぶるのは自分でやるかい?」
「そうですね」
 ラーラが、サッと炙り、炙りサーモン寿司、完成す。
 ラーラ、会心の炙り具合。表面は焼き色で締まっている。
 身の下部はやや赤身が残り、焼けたところから赤い脂がしたたっている。
「――じゃ、俺はさすらいの料理人。この辺でな」
 と、去ろうとする越後を呼び止める声あり。
 義弘は、『時不知火』を一尾、越後に差し出した。
「交換条件、って話だったらしいからな」
「律儀だな。忘れてたぜ」
 義弘は、戦闘中も警戒を緩めない方針でいた。その方針はいまも継続中だ。
 そこへ、しかるべき場所から酒を持ってきた成が。
「一献いかがですかな」
「馴れ合いは好かねえ。縁があったら貰いにくるぜ」
 義弘と成の横を、越後は、つーっと抜けていった。
『――ボンクラどもがそろそろ何かするかもな。気ぃつけな』
 と垂れ目で無精髭の料理人は、去り際に言いのこす。


●ここから本番
「お待たせしました、鮭三昧。どれも、とっても美味しそう」
 那由多は両頬に手をあてて歓喜する。
 卓に『時不知火』の品々が並ぶ。
 鮭の塩焼き、ムニエル(レモン、タルタルソース仕立て)、炙りサーモン寿司、鮭アボガド丼、鮭とアボガドの和え物、ちゃんちゃん焼き、羽釜の飯――日本酒!
 鮭づくし。酒もある。
 すぐに皆で卓につく。
 たまきが「いただきます!」と言って、皆でいただきますを唱和する。

 鮭の塩焼き。
 尖った塩味が味蕾を刺激して、噛むとじゅわっと旨い脂が口中に広がる。
 やや塩味が強い。羽釜で炊いた銀シャリの甘みで中和する。パリパリの皮もたまらない。
「……何これ! すごい美味しい!」
 きせき、感動す。
 シンプルな塩焼きでもこれなのだ、他の料理に目移りする。どれもおいしそうだ。どれ食べようか。
 ムニエル。レモンとタルタルソース仕立て。
 クーは小さく切ったムニエルを小唄にむけて「あーん」と開口を催促した。
「どうぞ。温かいうちに召し上がってください」
 小唄、ぱくっと食べる。
 塩味はバターで和らいでいるが、常と異なる鮭とバターのうまさは、どっしりしている。
 ここが七輪で余分な脂を落とした塩焼きとちがう。
 脂のうまも加わって、重い。
 重いのだが、タルタルソースの酸味とレモンの香りが口の中で調和する。
「……わぁ」
 小唄の語彙の低下やむを得なし。
「こんな美味しい鮭初めて! 他の鮭食べられなくなったらどうしよう……!」
「ふふ。小唄さんが普通の鮭も美味しくいただるよう、腕を磨かないといけませんね」
 絶品の鮭。一緒に食べる食事は、なおうまい。
 炙りサーモン寿司。
 ラーラはイタリアの出である。日本人の祖母を持つクウォーターである。寿司を食べて以来、好物だ。
 眼前の炙りサーモン寿司。
 炙る前段階まで作った人物の腕前は確かだったのだろう。見た目は全く寿司屋と遜色ない。
 そして自ら炙ったものを一口食む。
 シャリが自然とほぐれる。重厚な旨味がとろりとしたたって、シャリに染みていて……。
「……――」
 焼き締まった香ばしさ、歯切れの良さと、包丁にひっつく程の身が半生。
 うまくてもだえそうになると形容すべきか。言葉がでない。
 鮭アボガド丼。
 アボガドという森のバターは、果物でありながら、刺身のように醤油、または塩で食すメニューもある通り、調味に垣根がないものだ。
 マヨネーズ、うまの脂が非常に濃厚な『時不知火』の和え物。
 那由多は、和え物を作ったあとで、脂と脂と脂で非常にくどくなるのかと思ったのだが。
「これは……頬っぺた落ちてしまう」
 とろり。
 口に入れると、アボガドの独特の風味が鼻腔をぬけて濃厚さを軽くする。
 マヨネーズの酸味、そして本命の『時不知火』が舌の上でアボガドと一緒にとろける。
 ここで羽釜の銀シャリ。飯の淡泊で奥深い甘みがここに活きる。
 舌の上でとろけたアボガドと時不知火の旨味を、すべて受け止める存在だ。
 ――では、飯が無い和え物そのままは?
 和え物を見ると、成がそいつで一杯やっている。
 くどい位が酒のつまみになるのだ!
「これは良い肴ですね」
 成は、喉の奥から熱い息を吐き出して、和え物に箸を伸ばす。
 成が用意したものは純米酒。それも塩味や風味に香りの強いものをチョイスしてきた。
 北海道産で醸された、現地のものを現地のものと組み合わせるのが最高にうまいの理論は成就せり。
「ゴッツォサン越後――気になることを言っていましたが、まあ良いでしょう」
 いずれ分かる事――と成は、塩焼きをつつき、猪口を傾けた。
 ちゃんちゃん焼き。
 たまきは鉄板直送の熱々をこしらえた。小皿にとって頂く。
 『時不知火』の旨味を受け止めるのは野菜だ。
 野菜のみずみずしさ、そして鉄板から直行で持ってきた熱そのものがうまい!
 あつ、あつ、と言いながら噛む。じゅわっと脂と野菜の水分が口の中で広がる。
「ご飯にのせたらもっとおいしそう」
 と、茶碗によそうと、お焦げがあった。
 せっかくなので、お焦げと一緒に食べる。カリカリとした食感がたまらない。
 また、たまきも好きなお寿司はサーモン寿司である。ラーラの炙りサーモン寿司があるのだ。食べ過ぎるわけにはいかないと葛藤す。
「石狩鍋も良いだろう」
 義弘が鍋を運んできた。
 汁物! そう、ここまで焼き物や生、半生のレパートリー。
 汁物! これが極みか。
 鍋の蓋をあけると、湯気がぼわっと立ち昇る。
 きれいに配置された野菜やピンク色の切り身が、ぐつぐつと声をだしている。汁は味噌ベースだ。
「うん、いいな。これはいい」
 濃厚な時不知火のエキスが汁に溶け出て、なおもしっかりと味を残す。
 量が多いので皆でとりわけて、舌鼓を打つ。締めは果たして、うどんか飯か。

 こうして覚者一行は、ほくほくと至福の時をすごした。
 やがて、宴もたけなわ。窓の外は暗闇である。
 漁り火が幻想的な夜の海を演出している。未成年勢の眠気もピークになり、そろそろ引き上げ時だ。
 うつらうつら、とクーの膝の上に頭をおとしかけた小唄であったが、膝枕の格好になる寸前に。
「そうだ」
 思い出したように立ち上がってクーラーボックスの中をのぞきにいった。
 この様子にクーは首をひねる。 
「あと一匹余っていたよ。相馬君と万里ちゃんの分も持って帰ろう」
 やさしさが暖かい。
 覚者は皆、心身あたたかいまま「ごちそうさま」を唱和した。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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