小機・転禍為福
【相撲一代男】小機・転禍為福


●密会
 五月の大型連休を抜けたある日の晩。
 穴場と言われるとある料亭の二階の一室で、三人の男が会食していた。
 二人の大柄な男と一人の細身の男。二人は元関取で、一人は記者だ。
「この場に呼んでいただけた事、感謝します」
「ああ、構わんよ。自スポの……」
「遠藤です」
 上座に腰かけている白髪の男の声かけに、三十を過ぎた辺りの記者、遠藤・史郎は恐縮する。
「親方、俺からも礼を言わせてください。おかげで角界に新しい未来が作られる兆しが出て来たんですから」
 史郎と同じくやや緊張した様子のもう一人の元関取、轟雷鳳こと、轟・雷太は深く頭を下げた。
「二人ともよせやい。俺ぁやりてぇようにやってるだけだぁ」
 親方と呼ばれた白髪の男は、照れて自分の頭をガシガシと掻いた。
 彼の名は秋元・周作。世に通った名では“横綱・四方田丸”。轟雷鳳が関取だった時に所属していた部屋の親方で、相撲協会の理事の一人である。
 三人は次の協会幹部会で行われる議論の対策という名目で集まっていた。実際は既に世論、会議共に覚者相撲容認の向きとなっており、前祝いの様相が強かったが。
 それだけ先の襲撃報道や、雷太の活動は世間に強い影響を与えていた。
「覚者だなんだっつったって、昔は人間河童とだって相撲取ってたって言うじゃねぇか。金太郎だって熊を投げ飛ばしてたんだろう? だったら、今の人間でそういうこと出来るようになった奴が出たってんなら、それだけの話じゃねぇか」
 酒の入った周作は上機嫌で持論を語る。彼は雷太の発現を知っても気にしなかった。雷太が今も轟雷鳳を名乗れるのは、抗議を出すべき立場の彼がそれを黙認しているからという理由も大きい。
 協会に働きかけをしている覚者容認派の先鋭である。
「そいつが土俵の上で競える相手と競う。何もおかしい話じゃねぇ。存分にやってくれ」
「親方……」
「……」
 二人の会話を談話として後に記事にするべく、史郎はメモを走らせる。
 理事に渡りを付けてくれ、という無茶な電話が来た時のことを彼は思い出していた。
(その人物がまさかFiVEに所属する覚者だったとは想像もしていなかったが……)
 奇縁に、しかし史郎は笑みを浮かべる。
 彼らはきっと、これからをいい方向に導いてくれる。そう信じていた。
「それじゃあお二方。月明かり背景に楽しげに盃を掲げている画を撮りたいんでお願いできますか?」
 史郎の要望に雷太と周作が頷き、互いの猪口を掲げる。二人の表情は緩み笑顔が作られて、
「!?」
 次の瞬間、雷太はその器を捨て大きな腕で周作を庇う。
「えっ」
 突然の出来事に史郎が驚く間もなく、襖は一気に開け放たれ、そこに黒服達がなだれ込んできた。彼らの手にした銃は一斉に砲火を放ち、周作を庇う雷太を撃ち抜く。
「てめぇ! どうしてここが分かった!」
「話を聞く必要はない、やれ!」
「……死ね!」
 雷太の怒声にも構わず、黒服達は銃を撃ち続ける。
 周作はこの状況に混乱していた。
「ここの事を知ってるのは俺達と……!?」
 それでも必死になって考え、一つの答えに辿り着く。
「てめぇが繋がってやがったのか! ――!!」
 気付きを得た周作の叫びは、しかし銃声の中に消え誰の耳にも入らない。
 そうしてしばらく続いた放火の音が止まった時、そこには。
「………」
 男達三人の無残な死体が転がっているだけだった。

●謀略を破れ
 火急の要件だと、久方 真由美(nCL2000003)は真剣な眼差しで事態の詳細について語り出す。
 会談を行っている轟雷鳳とその親方、記者を狙った黒服達の犯行。襲撃者に関し周作は心当たりがあるようだったが、彼の口は死をもって塞がれ、夢見では知り得なかったと真由美は言う。
「皆さんには現場に急行し彼らの命を守って貰いたいんです」
 急ぎ用意された資料には、彼女が夢で視た可能な限りの情報が記されていた。
「黒服の集団は料亭の従業員を速やかに確保、制圧しており、その上で犯行に及んでいます。恐ろしく理性的で、計画的な行動です。それにこれは確かとは言い難いのですが……」
 雷太達が殺害される場面に黒服を扇動する指揮官と思わしき人物の姿を見たと、真由美は言った。
「その人物の確保に成功すれば、逆にこちら側から一手を打つことも可能になるかもしれません」
 そう言って彼女は可能な限りその人物の特徴について説明した。
「第一に人命の救助。第二に、可能であればその指揮官の確保をお願いします」
 相手は組織だって動く一軍であり、一筋縄でいかないことは間違いない。
 それでも、ようやく掴めそうな尻尾がそこにあった。
「二階の三名に関しては、救助が遅れれば遅れるほど状況は悪化する物だと思ってください。最悪、誰かの犠牲が出る可能性もあります」
 彼らの目的が三人の殺害である以上、その事実は揺るがない。
「皆さんの力が頼りです。よろしくお願いします」
 深く頭を下げる真由美。
 事態は風雲急を告げようとしていた。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
■成功条件
1.轟・雷太、秋元・周作、遠藤・史郎の生存
2.なし
3.なし
初めましての方は初めまして、そうでない方は毎度ありがとうございます。
みちびきいなりと申します。
今回の依頼は基本的に襲撃者から人々を守ることが目的となります。
また、これはシリーズ物依頼の三話目となります。

●舞台
夜の都市圏内某所にある高級料亭が舞台となります。天候は晴れ。月明かりが見えます。
さらに大きく分けると1階玄関、1階大広間、2階個室となります。

現場には車で向かい、皆さんが到着する時刻と黒服が料亭を制圧する時刻が同時となります。
個室への襲撃は次のターンです。
覚者は到着前に車内で能力による補助を行なう余裕があります。

部屋の移動には1ターン掛かり、1階玄関からは1階大広間、2階個室どちらにも行くことが出来ます。
しかし1階大広間と2階個室を行き来する場合、1階玄関を通る必要があります。

●敵について
組織立った動きをする憤怒者のグループ。7人+αの存在が確認、想定されています。
全員が黒い服に黒い帽子といった統一された衣装を身に纏い、充実した武装を所持しています。
2階個室に5名、1階玄関に2名、までは夢見によって把握されています。

以下はその攻撃手段です。

『指揮官』
・扇動
[補助]A:特遠全・言葉巧みに扇動し、集団を操り速度を上昇させる。継続3ターン。
・教唆
[補助]A:特近単・言葉巧みに操り、対象の殺意を向上させ物攻を上昇させ物防を下降させる。継続6ターン。
・捨て駒扱い
[補助]A:物近単・味方一人を身代わりにし、対象にスキル使用者を対象とした[味方ガード]を行なわせる。

『黒服』
・改造拳銃
[攻撃]A:物遠単・対能力者用に改造を施された拳銃で攻撃し中ダメージを与える。《射撃》
・改造スタンロッド
[攻撃]A:特近単・対能力者用に改造を施された電磁棒で攻撃し中ダメージを与える。【痺れ】

●警護対象について
轟・雷太は覚者であり、親方である秋元・周作を味方ガードし続けます。
遠藤・史郎は能力者ではなく、この現状に立ち向かう術を持っていません。
覚者達の介入がなければ5ターン目に雷太は死亡し、6ターン目に周作と史郎も殺害されます。
1階大広間にも料亭で働く人々が捕えられています。が、敵の目的からは外れる存在のためすぐに殺害されることはありません。


如何にして突入し危機を打ち破るか。
ここの役割分担が重要になってくる展開となり易いと思います。
如何にして護り抜くか。覚者の皆様、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年05月23日

■メイン参加者 8人■


●突入
 その時、虫達が不意に鳴くのを止めた。
 直後、その料亭は憩いの場から戦場へと、己が舞台の意味を変えた。
「てめぇ! どうしてここが分かった!」
 叫ぶ男の声を、開いた窓から響いた音を、車から飛び出した覚者達は聞く。
 ここからは時間との勝負だ。故に、彼らはそれぞれに迷いなく行動を起こす。
「天野、頼む!」
「はい!」
 『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)の呼びかけに、『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)が自らの黒い翼を広げる。
 地の気を纏い、それを全身に漲らせ駆け巡らせた義高を抱え、彼女は力強く夜空へと舞い上がった。
「おっさんも行きますよっと」
 舞い散る黒羽根を抜け、『冷徹の論理』緒形 逝(CL2000156)が駆け出した。壁に飛びつき、滑るように料亭の二階へと登り始める。
「裏手まで回って周囲を改める時間はなさそうですね。扉を開けます!」
 車を降り、周囲を油断なく見回し敵方の使った車を探そうとしていた『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)だったが、事態の急にそれを完遂することを諦め扉に張り付いた。その後ろにもう一人。
「横綱相撲といきましょうか……相撲取りの救出だけに!」
「えっ!?」
「あ、はい。適当に言ってみただけですお気になさらず」
 一連の事件に今回初めて関わる『継承者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)の言葉は、一拍の間と、いのりの中にあった強い怒りの感情を微かに解し冷静にした。
(そう、いのり達のこの力は救いを求める誰かの為に)
 一呼吸。彼女はしっかりと己の目的を確認する。
(お三方は必ず護ってみせます)
 後に続く仲間達の顔を見て、次の瞬間、引き戸の扉を大きく開け放つ。
「上は任すよカノプー、カッとんでおいで」
 開け放たれた道に二人分の迎え撃つ影。それを見据えて『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が己の愛槌を構えて突進する。
「余のお通りだよ!」
「来たか! FiVE!!」
 やはりというか、敵はこちらの乱入を予想していた。だが、それが何だというのだ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 先制で術式を練り上げていた『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)から炎の津波が放たれる。
「くぅっ!」
 吹き荒れる炎の波に黒服達が耐えているその間に、階段に向かって一直線、一人の覚者が韋駄天足で駆け抜ける。
「待ってろ! 轟雷鳳!」
 『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)の瞳は爛々と燃え盛っていた。

「夢見の御業というのは本当に、怪物の所業としか言えないな!」
 一階が騒がしくなったことにいち早く気づき、黒服達の指揮官は憎々しげに舌打ちした。
 制していたはずの情報戦があっさりと覆される。だが、ある程度想定出来ていたことでもある。
「ことを終わらせれば済む話だ!」
 冷静な指揮官の指示に、黒服達は再び銃を構え、轟雷鳳関を狙う。
「くっ!」
 微かに感じた希望も、目の前の銃口が凍らせる。
 轟雷鳳の瞳が揺れた、その時だ。
「いいんですか!?」
「構わん! 投げ込めぇ!!」
 二階へと直接飛びあがっていた澄香の手を離れ、義高がダイブする。
 多少壁にぶつかろうが構わない。それは、物質透過で無理矢理乗り越える。
「おおおお!!」
「なんだぁーーー!?」
 窓際から突如現れた巨体に、黒服達の狙いが逸れた。
「確り守ってやりなさいよ、轟何とかちゃん。露払いしてあげるから」
 親方である周作を守るために精一杯の轟雷鳳の肩を誰かがそっと撫で、声を掛ける。
「先ずは……黙らせようかね」
 声の主。どさくさに便乗し自らも物質透過で侵入に成功した逝が、異常に伸びた腕の先で直刀を構える。
 そして更なる覚者の増援は、階段から来た。
「ぎゃあ!?」
 高所から迎え撃とうと構えていた黒服の一人の顎に掌底を叩き込み、遥が現れる。
「FiVEの覚者、ただいま参上! 戦う気の無い相手にしか強気に出れない弱虫毛虫の黒ずくめども!」
 やんちゃな口が宣言する。
「オレたちが怖けりゃ尻尾巻いて逃げちまえ! まあ、逃がしゃしないけどなー!!」
「……化け物共め!」
 予想よりもはるかに速くこの場までやって来た覚者の力に、指揮官の表情はさらに険しくなった。

●守るために討つ!
 一階玄関に立つ黒服二人は、覚者達を上へと登らせないよう階段の前に陣取った。
 覚者達の速攻で遥に突破されこそしたが、分断の役目を与えられている彼らは自らの役割に従事する。
「この手の方々にしては大人しめな武装ですね?」
 相手の武装を見やりシャーロットはぽつりと呟いた。
 彼女の想定には相手が突撃銃や火炎放射器等を持ち込むものという考えがあったが、眼前の黒服達が持っているのは拳銃とスタンロッドである。
「だからといって油断する筋合いはありませんがね」
 真っ直ぐに向けられた銃口に対して身を低くしてから飛び込み、黒服達の足元から掬い上げる様な剣戟を放つ。
 階段を前に庇うように立つ二人に対しては、纏めて攻撃する技術と相性が良かった。
「こちらを見なさい!」
 シャーロットの一撃を辛うじてかわした黒服の一人が、抗いがたい気迫の声に主を探し視線を向けた。
 紅の女王と目が合った。
「ぐっ」
 重なった視線には彼女の、いのりの魔眼が込められていた。洗脳に抗い黒服の表情が歪む。
 そこに生まれた隙を、プリンスの妖槌・アイラブ二ポンが風切音と共に叩き潰す。
 ズシン、ミシリ、と強烈な音がした。
「おスモーさんたらなんてイイお店で飲食を! 余もこういうトコ行きたいー!(公費で)」
 床に倒れる黒服の事など気にも留めず、プリンスは二階を見上げ一人ごちる。
 問題なく終わればご相伴にあやかろう。それくらいの我儘は通るはず。否、通って然るべきだと決めつけた。
「くっ、舐めやがって!」
 残ったもう一人が放った弾丸がそんなプリンスの頬を軽く掠めたが、
「―――!」
 直後、彼の傍をラーラの創造した炎の黒足猫が駆け抜け、浅くついた傷を癒していった。

 二階の個室は乱戦の様相を呈していた。
 宴会用の広い空間とはいえ、その中に敵味方入り混じって十を越えた人間がいれば、場は中々に混乱する。
「名乗る名はねぇと言いたいところだったが、まぁ流石に相手も分かってるか」
 思い切り名乗った遥のことは置いておき、義高は轟雷鳳達の前で仁王立ち、カバーに入った。
 覚者として鍛え続け、さらには十全な強化を施した彼ならば、よほどのことがなければ敵の攻勢を凌ぎ切れる。
 今回の敵に貫通の技術を持つ者がいないのもあり彼の行動は功を奏した。
「轟雷鳳、もしかしてこの子らが……」
「ああ、そうです親方」
 庇われ、呆然としながらも会話する周作と轟雷鳳、そこに記者の史郎を保護した澄香が現れた。
「私もFiVEの仲間です。お怪我はありませんか?」
 労わりながら木気を練り上げ治癒力を持った雫を生成すると、特に傷を負っていた轟雷鳳を癒した。
「チッ」
 状況が一気に不利に転じたと分かれば、歯噛みをする指揮官。義高の超直観はその一行動を見逃さない。
「そこの男が指揮官だ!」
「なっ!?」
 図星を言い当てられ、指揮官の顔色が変わる。サングラスで隠してもその奥の動揺は隠せない。
「んじゃ、お仕事開始さね」
 逝が行く。人の群れを縫うように滑り抜け、指揮官を庇うように配列されていた二人の黒服を浅く斬りつけた。
「なんだ?」
「?」
 想定よりも痛みを伴わない攻撃に彼らに困惑が広がり、直後。
「……ひぃぃ!?」
「ああああ!?」
 全身に駆け巡る怖気、自らの体が恐ろしい何かに囚われた、呪いという感覚に苛まれたことを知る。
「な、なんだ!?」
 廊下側に立っていた黒服が一瞬気を散らす。そこで今度は遥が動いた。
「!?」
 一瞬の遅れから黒服が慌てて放った銃弾は、壁を蹴った遥の脇腹を浅く捉えただけで致命打にはならない。
「っせぇりゃ!」
 壁で踏ん張り飛びあがった遥は、そのまま黒服の顔面を横薙ぎに蹴る。さらに体を回し、もう一方の足も叩きつけた。
「がぁっ!?」
 振動に身を揺らす黒服。だが遥の動きはそれで終わらない。
「くっ、この……あがっ!?」
 初撃のダメージから復活したもう一人の黒服に、着地間際に強烈な踵落としを決めた。当たり所が良かったか、その黒服は完全に意識を失った。
「任務を最優先だ! 俺の指示で動け! まずは敵の動きを封じろ!」
 指揮官はもう自らの立場を隠すことなく指示を的確に飛ばすことに集中し始める。
 指示を受けた黒服達は混乱から回復し、それぞれにスタンガンを手に敵対者の無力化を狙う。そして、
「フッ……!」
 指揮官はグローブを外し、自らの唇で指を咥え。次の瞬間、

 ピィーーーーー!!

 甲高い指笛の音を響かせた。

「……」
 その音に誰よりも早く反応したそれは、縛られている料亭の職員達を横目に立ちあがった。

●憤怒の闘士
「何をした?」
「増援を呼んだのさ。あいつが動けば状況は変わる!」
 義高の問いかけに指揮官は歪んだ笑みを浮かべた。
(今の音、言う程遠くに響いた訳じゃないが、ってことは……)
 ヘルメットの奥で、逝の目が細まる。彼は状況がこれから大きく変わることを予想し、念を送る。
 恐らく変わるのはここではない。
(『さっきの笛、一階の何かが動きそうよ』)
 その念が一階の仲間に届いた時、二階の覚者達の元にも一つの思念が届いた。
(『でかーーーい! 説明不要! 伏兵!』)
 プリンスの念だった。

 一階の階段を守る二人の黒服を完全に沈黙させた時、それは大広間から現れた。
「ああー? 聞いてたより数がいるな。まぁ、いいかぁ!」
 それは体長2mを越えた大男だった。
 ダルダルの肉付きをしているのだろう巨躯は、しかししっかりと両足で立ち高い体幹を示す。
 顔には隈取、知る人が見ればそれは怒りを表す物だと分かるだろう。口元は歪んだ笑みを浮かべていた。
 そして何よりも、その両腕に人間が付けるには不相応すぎる巨大な機械腕が存在感を放っていた。
「!?」
 明らかに歪んだその存在を前にして、いのりは一瞬頭をよぎった事実に困惑した。
(いや、まさか……)
「動いていいってんなら、好きに暴れさせて貰うさぁな!」
 いのりが確信を得る間もなく、それは覚者達に牙をむく。
 掴めば人一人簡単に握り潰せそうな機械の手が開き、真っ直ぐに打ち込まれる。
「ぶるああああ!!」
 それはプリンスの愛槌を振るう質量よりも重い轟音と共に、覚者達に放つ張り手だった。
「どっせーーーい!!」
「!? ワタシも行きます!」
 プリンスとシャーロット、二人がかりで打ち返し、跳ね返す。
「!?」
 受け止めた二人の腕にビリビリと痺れが奔った。プリンスの左腕の機械部がギシリと軋んだ。
「付喪の因子……じゃないね、貴公」
「ぶるわぁ……そうとも。こいつは切られた腕の代わりで、てめぇらを殺すために用意した腕だぁ!」
 見合ったプリンスは、相手の瞳に深く深く暗い闇を見た。
「今の張り手、やっぱり……!」
「いのりさん、知ってるの?」
 後衛から支援の構えをとるラーラの問いかけに、いのりは頷く。
「元幕内力士の……荒影関!」
「ほーぅ、オレを知ってる奴がいるとはなぁ? ますます気に入らねぇなぁ」
 いのりの指摘は正しかった。荒影はそれを肯定し、だが敵意をむき出しにして再び機械腕を振り上げる。
 少なくとも今目の前に居るのは、彼ら覚者の敵だった。
「上がしくじる前に突破させて貰うぜ、ハエ共がぁ!」
「これが本当の横綱相撲ですか? 違う? だとしても……その挑戦、受けて立ちます!」
 吼える荒影に言い返し、シャーロット達はぶつかった。

●決着
 指揮官が指笛を吹いてから、既に1分が経過していた。
(なぜだ、なぜ来ない。荒影! 下に居るのは所詮二人程度だろう? 何を手こずる!?)
「焦りが顔に出てるさね、指揮官殿?」
「!?」
 気づけば懐に逝が接近している。壁に使える黒服達の数ももう二人にまで減っていた。
 早い段階で指揮官を特定できたのが覚者に有利に働いた。
 彼らは狙いを指揮官に集め、積極的に部下にカバーさせる作戦を選び、目論見通りに敵戦力を削っていった。
 逝の手にする直刀・悪食が指揮官の腕を軽く傷つける。呪いは指揮官の精神をさらに追い込んだ。
(ぐぅぅっ、引き時か!?)
 増援はどうしてだか来ない。これ以上闘い続けても暗殺を達成することは不可能だと結論付ける。
「そこのお前、俺を守れ! 死んでもだ!」
「!? はい!」
 黒服の一人に指示を出し、指揮官は身を引く。だが、人数差は彼の退路を既に奪っていた。
「おいおい、お偉いさんのくせに部下置いて逃げる気か? 部下も浮かばれねえな!」
「逃がしは……しません」
 廊下側には遥が、窓際には澄香がそれぞれに陣取り、人の身である彼らの逃げ道は失われている。
「ぐぁぁっ!?」
 指揮官を庇っていた一人が、逝の振るう悪食の新たな餌になった。
(逃げなければ! こんな奴らに捕まってはあの方に面目が……!)
 焦りから、指揮官の思考は感情に流された。
「こうも熱烈なファンがいちゃぁ有名人はつらいな」
 因子の刺青が赤々と輝く。
「まぁ、ストーカーには退場をお願いするから、しばしの辛抱だぜ」
 自分ではない誰かに掛けられている声に、指揮官はようやく思考の渦から現実に還り、間に合わない。
「聞きたいことが色々あるんでな。口と命が無事なら大丈夫だろ」
 練り合わせた気が全身を駆け巡り、全てが次の一瞬に収束する。
「覚悟しろよ」
 義高の拳が、指揮官へのトドメとなった。

「おおおお!」
 轟音と共に張り手が飛ぶ。覚者はそれをいなし、懐に飛び込んで斬り破る。
 一階は一進一退の攻防が続いていた。が、
「む」
 二階から響いた、およそ味方の出せる音ではない轟音に、荒影は戦う手を止めた。
 ただでさえ目の前の四人は強く、長く戦ってはいられない。一人で相手にするには荷が勝ちすぎる。
「くそムカつくが、勝負はお預けだ!」
 次の瞬間、彼は覚者ではなく近くの壁を攻撃した。
「うわわ!?」
「あ、ちょっと!?」
 弾けた壁は即席の目くらましになり、直後、荒影は一目散に料亭から逃げ出す。
「逃がす訳には!」
「待ってください、大広間には従業員の方が!」
 料亭が倒壊することこそないが、崩れ震えた家組みのどこが壊れるとも限らない。
「そんなー、リョーテーが、ゴショーバンが……」
 こうなってしまっては宴どころではない。プリンスは呆然としながらも従業員の救出に向かった。

 轟雷鳳達三人と、意識を失っている黒服達、恐怖に震えている従業員。その全てを回収して覚者達は料亭の外に出る。
「助かったぜ、ありがとうな」
「へへ、今度特別性の防弾チョッキでもプレゼントするぜ。轟雷鳳!」
 指揮官と思わしき男は手の内にあり、守るべき人々は一人として欠けていない。
 料亭での一件は、覚者達の勝利で決着となった。

●決戦の地は……
 救い出された親方、周作から話があると覚者が呼ばれたのはその直後のことだった。
「助けてくれてありがとうな。おかげで俺も、俺の大事なバカ弟子も、お客人も無事で済んだ」
 手短に礼を述べ、ここからが本題だと、真剣な顔をする。
「今日ここで俺達が食事するってのを知ってるのは、当事者と、あと一人だけなんだ」
「誰かに話したんですか?」
 澄狩の問いに頷き、周作はその名を口にする。
「土門重蔵。現、相撲協会理事の一人だ。まさか身内の、それも根深い所にここまでやる奴がいたとはな」
「このご時世だ、何が起きても不思議じゃないさ」
 意見の対立こそあれ、命のやり取りまでするほどだとは思っていなかったのだろう、周作の表情は苦々しい。
 落胆する男の肩を義高は優しく撫でた。
「元横綱……飛来竜」
 重蔵の名を聞き、相撲を祖父と共に愛したいのりもまたショックを受けていた。
 だが、ならばこそ止めねばならないとも思う。
「で、繋がってたのは……イレブン、そうだよね?」
「……ッ」
 プリンスの問いかけに、逝によって自決の手段も奪われていた指揮官は悔しげに目を逸らす。
 背後にいる大きな物の姿も、これで確定した。
「詳しく、聞かせて貰います」
 いのりの魔眼が彼から情報を引き出すのも時間の問題だろう。
「イレブンがこれだけの横槍を入れてくるということは、それだけ雷太さんの行動が色んな人の心を動かしてるってことですよね」
 手に入れた情報から、ラーラがそう呟いた。
「そうだな。その通りだ。轟雷鳳の行いは、間違いなく角界を、日本を変えてる」
 拳を握り、遥が頷いた。
「逃げた荒影って人も、多分その重蔵さんって人の所ですかね?」
「別れ際に言ったとされる言葉からも……その可能性は高いと思います」
 シャーロットの言葉を澄香が肯定する。
「重蔵の屋敷は都内にある。逃げ込むには最適だろうよ」
 周作もそれを認めて、いよいよ向かうべき場所が定まる。
「FiVEに顛末を連絡しますね。それと、可能な限りの応援を」
 恐らく今夜を逃してはいけない。ここで捕えなければ、重蔵は姿をくらまし、その上で何を企むか分からない。
「俺にも見届けさせてくれ」
「私も、真実を伝えるために」
 轟雷鳳……雷太と記者の史郎も、戦場ただなかとは言わずに動向を願う。
 この夜は、まだ始まったばかりだった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

依頼完了、覚者の皆様はお疲れ様でした。
雷太、周作、史郎の三名の守護を見事な手際で成し遂げました。
割り当てる人数も適切で、守り方も十分なプレイングでした。
次がいよいよクライマックスとなります。
過激すぎる対立者を無事鎮められるか。以下次回!




 
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