蠱毒の姫。或いは、地を這う蟲の怪。
●蠱毒の姫
地中深くで目を覚まし、ゆっくりと時間をかけて地上へ這いあがった。生まれたのは壺の中で、そのまま壺ごと地中に埋められた。長い間眠っていたような気がする。初めて見た空の色は青く、空気は美味しく、太陽の光は暖かかった。
地上に出た彼女は、無数の足で地面を削って声のする方向へと歩いて行った。
目に付いたのは、丸いドーム状の建物だった。ドームの中から歓声が聞こえる。彼女には知る由も無いことだが、そのドームでは今夜、とあるミュージシャンのライブが行われる予定となっている。
ドームの形状と、中に居るであろう人の数を、その歓声から予想した彼女は、薄い唇をにぃぃと歪に吊りあげ笑った。
そこはまるで、自分の生まれた壺の中のようではないか、とそんなことを考えて。
彼女はゆるりと両腕をひろげた。
彼女の動きに指揮されるようにしてその脚元から無数の蟲が這い出して来る。
地面を黒く埋め尽くす蟲の群れを引き連れて、彼女はドームへと向かった。巨大な芋蟲の下半身を蠢かせながら、ゆっくりと、暖かい陽の光を楽しむようにしながら進むのだった。
●蠱毒阻止戦線
「収容人数は四万人近く……。ちょっと不味い規模だよねぇ」
頬を引きつらせ、そう呟いた久方 万里(nCL2000005)はモニターに映った奇妙な古妖の姿を一瞥して溜め息混じりにそう言った。
モニターに映っているのは、体調3メートルほどの巨大な芋蟲だ。その頭部からは女性の上半身が伸びている。痩せた身体に、伸び放題の長い髪。身に纏った着物はボロボロで、赤茶けた染みで汚れていた。
青白い顔色や、淀んだ瞳の色を別にすれば整った容姿をしているように思う。
「古妖(蠱毒)……蟲姫と呼称するけど、なんだか地上に出てきたばっかりで本能のままに行動しているみたいね。問題は目的地に人が大勢居ることと今から避難させていたら時間が足りないし、混乱も大きくなり過ぎるしね。なんで皆には、蟲姫がドームを占拠してしまう前に殲滅、不可能であれば追い払ってね」
ドームまでの距離はそう長くはない。このまま順当にまっすぐ進むとすれば駐車場か、ドーム手前の公園辺りで戦闘となるだろう。
駐車場であれば見晴らしは良く、戦闘の妨げになるようなものもほとんど存在しない。
一方で公園は遮蔽物が多く、見通しが悪いのが特徴だ。
「蟲姫は、蟲を使役する能力と、(毒)(麻痺)(減速)などの状態異常を付与する攻撃が得意ね。自信は(毒)や(麻痺)に対して耐性があるみたいだねっ」
幸い、というべきか。
蟲姫の移動速度は遅く、また使役する蟲達も蟲姫の周囲十数メートル外では彼女の命令は届かないようだ。
「それじゃあ迅速に、まるで何事もなかったかのように事件を解決してこようかっ」
なんて、言って。
万里は仲間達を送り出すのだった。
地中深くで目を覚まし、ゆっくりと時間をかけて地上へ這いあがった。生まれたのは壺の中で、そのまま壺ごと地中に埋められた。長い間眠っていたような気がする。初めて見た空の色は青く、空気は美味しく、太陽の光は暖かかった。
地上に出た彼女は、無数の足で地面を削って声のする方向へと歩いて行った。
目に付いたのは、丸いドーム状の建物だった。ドームの中から歓声が聞こえる。彼女には知る由も無いことだが、そのドームでは今夜、とあるミュージシャンのライブが行われる予定となっている。
ドームの形状と、中に居るであろう人の数を、その歓声から予想した彼女は、薄い唇をにぃぃと歪に吊りあげ笑った。
そこはまるで、自分の生まれた壺の中のようではないか、とそんなことを考えて。
彼女はゆるりと両腕をひろげた。
彼女の動きに指揮されるようにしてその脚元から無数の蟲が這い出して来る。
地面を黒く埋め尽くす蟲の群れを引き連れて、彼女はドームへと向かった。巨大な芋蟲の下半身を蠢かせながら、ゆっくりと、暖かい陽の光を楽しむようにしながら進むのだった。
●蠱毒阻止戦線
「収容人数は四万人近く……。ちょっと不味い規模だよねぇ」
頬を引きつらせ、そう呟いた久方 万里(nCL2000005)はモニターに映った奇妙な古妖の姿を一瞥して溜め息混じりにそう言った。
モニターに映っているのは、体調3メートルほどの巨大な芋蟲だ。その頭部からは女性の上半身が伸びている。痩せた身体に、伸び放題の長い髪。身に纏った着物はボロボロで、赤茶けた染みで汚れていた。
青白い顔色や、淀んだ瞳の色を別にすれば整った容姿をしているように思う。
「古妖(蠱毒)……蟲姫と呼称するけど、なんだか地上に出てきたばっかりで本能のままに行動しているみたいね。問題は目的地に人が大勢居ることと今から避難させていたら時間が足りないし、混乱も大きくなり過ぎるしね。なんで皆には、蟲姫がドームを占拠してしまう前に殲滅、不可能であれば追い払ってね」
ドームまでの距離はそう長くはない。このまま順当にまっすぐ進むとすれば駐車場か、ドーム手前の公園辺りで戦闘となるだろう。
駐車場であれば見晴らしは良く、戦闘の妨げになるようなものもほとんど存在しない。
一方で公園は遮蔽物が多く、見通しが悪いのが特徴だ。
「蟲姫は、蟲を使役する能力と、(毒)(麻痺)(減速)などの状態異常を付与する攻撃が得意ね。自信は(毒)や(麻痺)に対して耐性があるみたいだねっ」
幸い、というべきか。
蟲姫の移動速度は遅く、また使役する蟲達も蟲姫の周囲十数メートル外では彼女の命令は届かないようだ。
「それじゃあ迅速に、まるで何事もなかったかのように事件を解決してこようかっ」
なんて、言って。
万里は仲間達を送り出すのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.蟲姫の討伐
2.蟲姫を退散させる
3.なし
2.蟲姫を退散させる
3.なし
暖かくなって蟲の声があちこちで聞こえるようになってきました。今回はそんなお話です。
以下詳細。
●場所
ドーム会場の手前。ドーム内にはおよそ四万人の観客。
ドーム周辺の警備員などは避難済み。
ドーム手前の駐車場、および公園がメイン戦場となる。
駐車場は広く遮蔽物などは存在しない。
公園は樹木や遊具など遮蔽物が並んでいる。
時間を掛け過ぎると蟲姫がドームへ到達。ドームを占拠されてしまうので注意。
●ターゲット
古妖(蠱毒・蟲姫)
芋蟲の下半身に、女性の上半身を繋げたような姿をしている。
言語を解するが寝起き故かぼーっとしている。また、蠱毒によって生まれた存在の為か生き残ることと、他者を憎悪することに執着しているようだ。
動きは鈍く、巨体故の弱点も多い。
【毒蟲】→物近列(猛毒)(減速)
蟲を操り対象範囲内のターゲットを襲わせる。蟲は対象に纏わりついたまま行動を阻害する。
【糸織】→物遠単(麻痺)
糸による行動妨害。遠距離攻撃。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2017年05月21日
2017年05月21日
■メイン参加者 5人■

●蟲姫進群中
4万人の歓声が聞こえるドーム球場を、虚ろな瞳に捉えたまま(蟲姫)はゆっくりとそこへ向かって進んで行く。蟲姫に追従するのは地面を黒く染め上げる多種多様な蟲の大群だった。蜘蛛や百足等の毒蟲が多いだろうか。それらが折り重なるようにして大河となって押し寄せるのだ。
ドーム付近の駐車場へと蟲姫が至る。駐車場を囲む金網を、その巨体で押し潰しての進軍だ。
体長3メートルほどの巨大な芋蟲の身体。その頭部からは女性の上半身が伸びている。痩せた身体に、伸び放題の長い髪。身に纏った着物はボロボロで、赤茶けた染みで汚れていた。
蟲姫の歩みが止まる。虚ろな視界に映ったのは5名の男女。駐車場の中頃で隊列を組んだ彼ら、彼女らと蟲姫が対峙する。
『人だ……』
蟲姫の薄い唇から、掠れた声が吐きだされる。それと同時に蟲姫はゆっくりと片腕を持ち上げた。骨と皮だけしかないような細い腕だ。その手の動きに導かれ、黒い大河の一部から大量の羽蟲が飛び立った。
にぃぃ、と蟲姫の口角が吊りあがる。
悪意に満ちた歪んだ笑みだ。地中から這い出して以降、初めて人を見つけた彼女は“やっと殺せる”なんて、仄暗い悦びにその身を僅かに震わせた。
「寝起きとは言え、本能的に人を襲う存在なら討伐が必要になりそうだね」
飛びかかってくる大量の蟲を一瞥し『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は細く長く肺の中の空気を吐きだす。すぅ、と目を細めた理央。パン、と両手の平を打ち鳴らす。柏手。彼女を中心に、白檀に似た香りが広がる。
香木の香りを身に纏い『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が刀を抜く。
「……蟲毒の姫ってことは、施した術者がいるはずなんだけどまずは彼女を止めるのが先決か」
奏空が刀を振り抜くと、辺りに濃い霧が立ち込める。霧に触れた蟲達の動きが目に見えて鈍る。重たくなった自分の身体に違和感を感じたのか、蟲姫が小首を傾げ自分の腕を見つめていた。
「ま、この際、蟲姫がどんな奴かでどうやって生まれたかなんて関係ねー。古妖だろうが妖だろうがな。大事なのはたった1つ。俺らの後ろにはドームがあって、止められなかったら4万人の命が危ねーってことだろ?」
機化硬のスキルで自身の身体を強化した『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が霧の中を抜けて来た蟲の一群を刀の一閃で薙ぎ払う。攻め立てることより、仲間の安全を重視した迎撃の戦法。
次々と霧の中から現れる蟲を斬り捨てながらも、その視線は蟲姫から逸らさない。
巨大な芋蟲の身体を蠢かせ蟲姫が進軍を再会する。枯れ木のような上半身がゆらゆらと揺れる。
翼を広げ宙へと舞いあがった桂木・日那乃(CL2000941)は胸に抱いた本を開いた。
「消す。で、いい、の、ね?」
開いた頁の上で空気が集まり渦を巻く。解き放たれたのは圧縮された空気弾。蟲姫の額を撃ち抜いた。
ぐらりと蟲姫の身体が仰け反る。割れた額から血が流れた。顔面を滴る赤黒い血をぺろりと舐めて、蟲姫は驚いたように目を見開いた。自分が何をされたのか理解できないでいるらしい。
蟲姫が腕を宙へと伸ばす。指揮されたように、蟲の大群が日那乃の元に迫る。
「……っぅ」
群れる蟲から逃れるように高度を下げた日那乃の身体に、無数の糸が絡まっていた。日那乃の動きが止まったのを見て、蟲姫が笑う。蟲姫の進軍を妨げるべく、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が前に出た。ラーラを守るように、飛馬が群がる蟲を斬り捨てる。
「食い止めます。そのためにここへ来たんですから。憎悪も、呪いも、全部まとめて私の炎で焼き払って見せます」
放たれた無数の炎弾が蟲姫の身体に吸い込まれるように命中していく。炎に焼かれた蟲姫が目を見開いて悲鳴を上げた。
炎弾から蟲姫を守るように、地面の蟲が一斉に飛び立つ。
●蟲姫憎悪中
蟲のカーテンが炎を消すのと、奏空が跳び出したのはほぼ同時。地面を這うように身を低くした奏空は蟲姫に迫ると、両の手に持った二本の刀をきつく握り締めた。アスファルトを蹴って身体ごと蟲のカーテンに跳び込んでいく。
蟲姫目がけて、奏空は一瞬のうちに無数の斬撃を叩きつけた。
身を切り裂かれた蟲姫が甲高い絶叫をあげる。その声に誘導されるように、奏空の身体に無数の蟲が群がった。蟲に塗れた奏空が地面に転がる。
呼吸を荒げた蟲姫が、地面を転がる奏空を見てくすりと笑った。
蟲姫の巨体が奏空に迫る。奏空を、その芋蟲の身体で轢き潰すつもりなのだろう。
「これはまずい」
「っ……。どんな理由でだって殺させやしねーぞ」
理央の放った火炎弾が蟲のカーテンに穴を開けた。その隙間に身を躍らせた飛馬が滑るようにして蟲姫に接近。蟲姫の足元に刀を突き刺し、進行を押し留める。
蟲姫が動きを止めたのは一瞬だった。その一瞬のうちに飛馬は奏空を抱きかかえると、地面を蹴って後ろへ跳んだ。
奏空の身体を後方へと投げ飛ばした飛馬は、けれどそこで動きを止める。
否、止めたのではない。止められたのだ。いつの間にか、飛馬の脚に数本の糸が巻き付いていた。
「理央さん……奏空さんを、おねがい、ね」
糸の拘束を振りきった日那乃が奏空を抱えて後方へと下がった。日那乃から奏空を受け取った理央は潤しの滴を発動させる。淡い燐光を放つ雨粒が奏空へと降り注ぎ、身に纏わりついた蟲の群れを、傷と一緒に洗い流す。
「少し可哀そうですが仕方ありません」
ラーラの放った火炎の弾が、飛馬を拘束していた糸を焼き切る。
飛馬に向けて伸ばされた蟲姫の手が空を切る。
『あぁ……惜しい』
そう呟いた蟲姫の瞳は、どこかまでも暗く淀んで見えた。
「広すぎ場所だと、数が多すぎて対応が間に合わないね」
淡い燐光を振りまきながら、理央は視線を左右へと走らせる。左右から迫りくる蟲の群れを、飛馬とラーラが迎撃。その隙を突くように奏空が前に出て蟲姫へと斬撃を喰らわせる。
一撃入れては後退し隙を窺う。最も効率よく蟲姫へのダメージを稼ぐには、この方法が一番だとラーラのエネミースキャンで割り出したのだ。
幸い、蟲姫の身体は大きいのでこちらの攻撃が思うように命中する。確実にダメージを与えているのは、血に濡れた蟲姫の身体を見れば一目瞭然だろう。
けれど残念ながら、思うようには蟲姫の進軍を阻むことはできていない。
既に駐車場の端にまで後退させられた理央は、視線を背後の公園へと向けた。
「誘導するのに、いい場所。探して、みる」
陣形の中から、翼を広げた日那乃が飛び立つ。蟲の群れを風圧で追い払いながら、彼女は公園へと向かう。戦場が駐車場から公園へと移動することを見越して、予めこちらに有利な場所を見つけ出すためだ。
「たのむよ」
そう呟いた理央が、白檀の香りを周囲へと振りまく。清廉珀香。治癒力を高める香りを浴びて、奏空はにやりと笑う。
「時間稼ぎだね。いくよっ」
奏空の展開した濃霧が蟲姫の身体に纏わりついた。動きの鈍った蟲姫へ向け、ラーラが炎弾を撃ち込んで行く。火炎弾は間に張り巡らされていた糸を数本焼き切りながら、蟲姫の腹部へと命中。肉の焼ける不快な臭いが辺りに漂う。
火炎弾の後を追うようにして、飛馬が数歩前に出た。
刀を振り抜き、今まさに濃霧の中から飛び出そうとしていた蟲の群れを薙ぎ払う。
後衛の守りに徹する飛馬の働きにより、ラーラや理央は戦況の把握とスキルの発動に意識を集中させることが出来ていた。
『いい場所、みつけた。逃げられないように、注意』
その時、皆の脳裏に日那乃の声が響き渡った。送受心・改による遠隔からの意思疎通。
日那乃から得た情報を元に、理央、ラーラ、飛馬は即座に公園へ向け走り始める。
その場に残ったのは奏空一人。両の手に下げた刀を構え、濃霧から這い出した蟲姫へと笑いかけた。
恨み、憎悪の感情に突き動かされる彼女の身を案じるような、どこか寂しげな笑みだ。
「コンサート会場には行かせたくないからね。ここで無理なら公園で……」
放たれた糸を回避し、奏空は地面を這うように駆け出した。地面を蹴って、跳び上がる動作のままに蟲姫の腹部から胸にかれてを深く切りつける。
飛び散る鮮血に頬を赤く濡らした奏空の腕に無数の蟲が纏わりついた。痛みと毒に顔を歪ませながらも奏空は後方へと跳んで、蟲姫の射程から逃れる。
そのまま、蟲姫と相対しながらも奏空は後退を続けた。
まるで蟲姫を、どこかへと先導し、誘うように。
●蟲姫誘導中
公園へと辿りついた蟲姫が首を傾げた。視界の中から人の姿が消えていた。代わりに頭上を一羽の鳥が飛んでいる。蟲姫には知る由も無いことだが、その鳥の名前は(ライラさん)という。奏空の守護使役であった。
「蟲姫さん、彼女が殺戮の意思を否定し退散してくれるのならこのままこれ以上危害は加えないけど」
妙法睡蓮水紋の効果により治療を済ませた奏空が噴水の影から姿を現す。
並んだ樹木や遊具の向こうに獲物の姿を見つけた蟲姫は歪な笑みを浮かべて進軍を再会した。蟲姫の身体から血が滴って地面を赤く濡らす。彼女の後を追うように大量の蟲も移動を開始した。
まっすぐと奏空へと迫る蟲姫。
彼女に従う蟲達もその後に続くが、数が多すぎる。遊具や樹木に分断された蟲達は駐車場の時みたいな密集陣形を保つことができないでいるのだ。
蟲姫が糸を撃ち出した。奏空の刀が糸を斬り飛ばす。奏空は噴水前を動かない。並んだ遮蔽物のおかげで、この位置ならば蟲姫の攻撃も進路も直線的なものになる。日那乃の見つけた迎え撃つのに適当な位置だ。今までのように、蟲姫の四方に展開された糸に絡め取られる心配がなくなっただけでも有利になったと言えるだろう。
加えて……。
「毒や麻痺に耐性があるようだけど、出血はどうかな?」
噴水の影から、理央が顔を覗かせた。噴水を盾とすることで、後衛を守る手数を減らす戦法。撃ち出されたのは一粒の種。それが蟲姫の胴に命中し、一気に急成長して彼女の全身を蔦が覆う。棘に貫かれた蟲姫の全身から血が噴き出す。
悲鳴を上げる蟲姫が、自信の前に蟲達を集め壁を作った。
蟲の壁と共に、蟲姫は前進。芋蟲はその身体の構造上、基本的に前にしか進めないように出来ている。遮蔽物が邪魔で、方向転換さえ出来ない蟲姫は前に進むことしか出来ない。
蟲姫が迫る。土煙を巻き上げ、逃げ遅れた蟲を押し潰しながら……。
理央が仲間達に向けて清廉珀香を掛けた。迫る蟲姫に対する最後の備えといったところか。
「ボクみたいな一芸に特化してないのは状況に応じて行動を変えていかないとね」
そう言って理央は噴水の後ろへと姿を隠した。入れ替わるように、ラーラが噴水の上に跳び乗った。脚が水に濡れることも構わず魔導書を開き、周囲に無数の火炎弾を展開。
熱気によって水が蒸発し、水蒸気が吹き荒れた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
撃ち出された無数の炎弾が蟲の壁を焼いた。蟲姫は前進を続けながら身を守る為に新たな蟲を呼び集める。けれど数が足りない。炎弾を防ぐだけの蟲がいない。
『……?』
蟲の数が足りないことに首を傾げる蟲姫を、頭上から見下ろす人影が一つ。
「わたし、を憎む、なら。べつに、いい、けど。ふつうのひとが、襲われた、ら。夢見さんが、苦しむ、かも、だから」
蟲姫の分断された蟲の大群を、空気の弾丸で押し潰しながら日那乃は呟く。
蟲姫から分断された蟲の大群を指揮するものはいない。蟲姫の元へと戻ろうとする蟲達を、丁寧に空気弾で撃破していた日那乃は残りの蟲達を撃破するためにその場を離れた。蟲姫の指揮を失っていても、危険な毒蟲であることに変わりは無いのだ。
「わわっ、来ましたっ!」
蟲の壁を失った蟲姫が前進の速度を上げる。ラーラは、小さな悲鳴と共に噴水の裏へと姿を隠した。
蟲姫は腕を前へと伸ばし、奏空へと掴みかかる。残り僅かな蟲の大群が腕の動きに合わせるように一斉に奏空へと跳びかかる。
しかし……。
「俺より後ろへ簡単に行けると思うな。こっから先は進入禁止の通行止めだ。来いよデカブツ。誰かを憎むんなら受け止められる奴にしやがれ」
木陰に潜んでいた飛馬が蟲姫の眼前に飛び出した。
二本の刀を高速で振り回し、正確に蟲達を切り刻んで行く。
蟲姫の前進を、身体を盾に喰い止め斬り飛ばした蟲の死骸で蟲姫の視界を覆い隠す。苛烈、獰猛、けれど繊細。繰り返された護るための剣捌きに淀みは無い。例え自身の腕に蟲が喰らい付き、激しい痛みに襲われようと、流れる血で刀を滑り落しそうになってもその動きが止まることはない。
彼の後ろに守護するべき対象の居る限り、彼は死ぬまで自身を盾に戦い続けるのだろう。
「守りは任せろ、その分攻撃は任せたかんな」
最後の蟲が地面に落ちた。
「必ず決める!」
地面の揺れるほどの踏み込みと共に、奏空が加速する。一瞬で、蟲姫との距離数メートルを詰めて、駆ける勢いそのままに、蟲姫の胴を切り裂いた。
振り抜きさえも見えない一閃。
一拍遅れて、蟲姫の身体から血が噴き出す。切り離された上半身が血の後を引きながら落ちていく。
蟲姫の身体が地面に落ちるその寸前……。
『……次は、絶対に……』
落下する蟲姫の上半身を、蛾や羽蟲が覆い隠す。蟲姫の上半身を持った大量の蟲が宙へと舞いあがり逃げ出していく。撃ち落とすべく噴水の影から飛び出した理央やラーラの元に僅かに生き残っていた蟲達が襲いかかった。
一瞬の隙を付いて逃げ出していく蟲姫に向けて、日那乃は言う。
「わたしたちは、FiVE……。恨むなら、わたし、たちを、ね」
『ふぁいぶ……。覚えたわ』
掠れた声で、そう言って蟲姫は蟲に連れられ逃げ去った。
「蟲毒だと言うならそれを作った術者がいるんだろうか……?」
顔にこびり付いた、毒蟲達の体液を拭いながら、奏空はそう呟く。
なにはともあれ、こうしてドーム会場に詰めるおよそ四万人の命は護られたのだった。
4万人の歓声が聞こえるドーム球場を、虚ろな瞳に捉えたまま(蟲姫)はゆっくりとそこへ向かって進んで行く。蟲姫に追従するのは地面を黒く染め上げる多種多様な蟲の大群だった。蜘蛛や百足等の毒蟲が多いだろうか。それらが折り重なるようにして大河となって押し寄せるのだ。
ドーム付近の駐車場へと蟲姫が至る。駐車場を囲む金網を、その巨体で押し潰しての進軍だ。
体長3メートルほどの巨大な芋蟲の身体。その頭部からは女性の上半身が伸びている。痩せた身体に、伸び放題の長い髪。身に纏った着物はボロボロで、赤茶けた染みで汚れていた。
蟲姫の歩みが止まる。虚ろな視界に映ったのは5名の男女。駐車場の中頃で隊列を組んだ彼ら、彼女らと蟲姫が対峙する。
『人だ……』
蟲姫の薄い唇から、掠れた声が吐きだされる。それと同時に蟲姫はゆっくりと片腕を持ち上げた。骨と皮だけしかないような細い腕だ。その手の動きに導かれ、黒い大河の一部から大量の羽蟲が飛び立った。
にぃぃ、と蟲姫の口角が吊りあがる。
悪意に満ちた歪んだ笑みだ。地中から這い出して以降、初めて人を見つけた彼女は“やっと殺せる”なんて、仄暗い悦びにその身を僅かに震わせた。
「寝起きとは言え、本能的に人を襲う存在なら討伐が必要になりそうだね」
飛びかかってくる大量の蟲を一瞥し『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)は細く長く肺の中の空気を吐きだす。すぅ、と目を細めた理央。パン、と両手の平を打ち鳴らす。柏手。彼女を中心に、白檀に似た香りが広がる。
香木の香りを身に纏い『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)が刀を抜く。
「……蟲毒の姫ってことは、施した術者がいるはずなんだけどまずは彼女を止めるのが先決か」
奏空が刀を振り抜くと、辺りに濃い霧が立ち込める。霧に触れた蟲達の動きが目に見えて鈍る。重たくなった自分の身体に違和感を感じたのか、蟲姫が小首を傾げ自分の腕を見つめていた。
「ま、この際、蟲姫がどんな奴かでどうやって生まれたかなんて関係ねー。古妖だろうが妖だろうがな。大事なのはたった1つ。俺らの後ろにはドームがあって、止められなかったら4万人の命が危ねーってことだろ?」
機化硬のスキルで自身の身体を強化した『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が霧の中を抜けて来た蟲の一群を刀の一閃で薙ぎ払う。攻め立てることより、仲間の安全を重視した迎撃の戦法。
次々と霧の中から現れる蟲を斬り捨てながらも、その視線は蟲姫から逸らさない。
巨大な芋蟲の身体を蠢かせ蟲姫が進軍を再会する。枯れ木のような上半身がゆらゆらと揺れる。
翼を広げ宙へと舞いあがった桂木・日那乃(CL2000941)は胸に抱いた本を開いた。
「消す。で、いい、の、ね?」
開いた頁の上で空気が集まり渦を巻く。解き放たれたのは圧縮された空気弾。蟲姫の額を撃ち抜いた。
ぐらりと蟲姫の身体が仰け反る。割れた額から血が流れた。顔面を滴る赤黒い血をぺろりと舐めて、蟲姫は驚いたように目を見開いた。自分が何をされたのか理解できないでいるらしい。
蟲姫が腕を宙へと伸ばす。指揮されたように、蟲の大群が日那乃の元に迫る。
「……っぅ」
群れる蟲から逃れるように高度を下げた日那乃の身体に、無数の糸が絡まっていた。日那乃の動きが止まったのを見て、蟲姫が笑う。蟲姫の進軍を妨げるべく、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が前に出た。ラーラを守るように、飛馬が群がる蟲を斬り捨てる。
「食い止めます。そのためにここへ来たんですから。憎悪も、呪いも、全部まとめて私の炎で焼き払って見せます」
放たれた無数の炎弾が蟲姫の身体に吸い込まれるように命中していく。炎に焼かれた蟲姫が目を見開いて悲鳴を上げた。
炎弾から蟲姫を守るように、地面の蟲が一斉に飛び立つ。
●蟲姫憎悪中
蟲のカーテンが炎を消すのと、奏空が跳び出したのはほぼ同時。地面を這うように身を低くした奏空は蟲姫に迫ると、両の手に持った二本の刀をきつく握り締めた。アスファルトを蹴って身体ごと蟲のカーテンに跳び込んでいく。
蟲姫目がけて、奏空は一瞬のうちに無数の斬撃を叩きつけた。
身を切り裂かれた蟲姫が甲高い絶叫をあげる。その声に誘導されるように、奏空の身体に無数の蟲が群がった。蟲に塗れた奏空が地面に転がる。
呼吸を荒げた蟲姫が、地面を転がる奏空を見てくすりと笑った。
蟲姫の巨体が奏空に迫る。奏空を、その芋蟲の身体で轢き潰すつもりなのだろう。
「これはまずい」
「っ……。どんな理由でだって殺させやしねーぞ」
理央の放った火炎弾が蟲のカーテンに穴を開けた。その隙間に身を躍らせた飛馬が滑るようにして蟲姫に接近。蟲姫の足元に刀を突き刺し、進行を押し留める。
蟲姫が動きを止めたのは一瞬だった。その一瞬のうちに飛馬は奏空を抱きかかえると、地面を蹴って後ろへ跳んだ。
奏空の身体を後方へと投げ飛ばした飛馬は、けれどそこで動きを止める。
否、止めたのではない。止められたのだ。いつの間にか、飛馬の脚に数本の糸が巻き付いていた。
「理央さん……奏空さんを、おねがい、ね」
糸の拘束を振りきった日那乃が奏空を抱えて後方へと下がった。日那乃から奏空を受け取った理央は潤しの滴を発動させる。淡い燐光を放つ雨粒が奏空へと降り注ぎ、身に纏わりついた蟲の群れを、傷と一緒に洗い流す。
「少し可哀そうですが仕方ありません」
ラーラの放った火炎の弾が、飛馬を拘束していた糸を焼き切る。
飛馬に向けて伸ばされた蟲姫の手が空を切る。
『あぁ……惜しい』
そう呟いた蟲姫の瞳は、どこかまでも暗く淀んで見えた。
「広すぎ場所だと、数が多すぎて対応が間に合わないね」
淡い燐光を振りまきながら、理央は視線を左右へと走らせる。左右から迫りくる蟲の群れを、飛馬とラーラが迎撃。その隙を突くように奏空が前に出て蟲姫へと斬撃を喰らわせる。
一撃入れては後退し隙を窺う。最も効率よく蟲姫へのダメージを稼ぐには、この方法が一番だとラーラのエネミースキャンで割り出したのだ。
幸い、蟲姫の身体は大きいのでこちらの攻撃が思うように命中する。確実にダメージを与えているのは、血に濡れた蟲姫の身体を見れば一目瞭然だろう。
けれど残念ながら、思うようには蟲姫の進軍を阻むことはできていない。
既に駐車場の端にまで後退させられた理央は、視線を背後の公園へと向けた。
「誘導するのに、いい場所。探して、みる」
陣形の中から、翼を広げた日那乃が飛び立つ。蟲の群れを風圧で追い払いながら、彼女は公園へと向かう。戦場が駐車場から公園へと移動することを見越して、予めこちらに有利な場所を見つけ出すためだ。
「たのむよ」
そう呟いた理央が、白檀の香りを周囲へと振りまく。清廉珀香。治癒力を高める香りを浴びて、奏空はにやりと笑う。
「時間稼ぎだね。いくよっ」
奏空の展開した濃霧が蟲姫の身体に纏わりついた。動きの鈍った蟲姫へ向け、ラーラが炎弾を撃ち込んで行く。火炎弾は間に張り巡らされていた糸を数本焼き切りながら、蟲姫の腹部へと命中。肉の焼ける不快な臭いが辺りに漂う。
火炎弾の後を追うようにして、飛馬が数歩前に出た。
刀を振り抜き、今まさに濃霧の中から飛び出そうとしていた蟲の群れを薙ぎ払う。
後衛の守りに徹する飛馬の働きにより、ラーラや理央は戦況の把握とスキルの発動に意識を集中させることが出来ていた。
『いい場所、みつけた。逃げられないように、注意』
その時、皆の脳裏に日那乃の声が響き渡った。送受心・改による遠隔からの意思疎通。
日那乃から得た情報を元に、理央、ラーラ、飛馬は即座に公園へ向け走り始める。
その場に残ったのは奏空一人。両の手に下げた刀を構え、濃霧から這い出した蟲姫へと笑いかけた。
恨み、憎悪の感情に突き動かされる彼女の身を案じるような、どこか寂しげな笑みだ。
「コンサート会場には行かせたくないからね。ここで無理なら公園で……」
放たれた糸を回避し、奏空は地面を這うように駆け出した。地面を蹴って、跳び上がる動作のままに蟲姫の腹部から胸にかれてを深く切りつける。
飛び散る鮮血に頬を赤く濡らした奏空の腕に無数の蟲が纏わりついた。痛みと毒に顔を歪ませながらも奏空は後方へと跳んで、蟲姫の射程から逃れる。
そのまま、蟲姫と相対しながらも奏空は後退を続けた。
まるで蟲姫を、どこかへと先導し、誘うように。
●蟲姫誘導中
公園へと辿りついた蟲姫が首を傾げた。視界の中から人の姿が消えていた。代わりに頭上を一羽の鳥が飛んでいる。蟲姫には知る由も無いことだが、その鳥の名前は(ライラさん)という。奏空の守護使役であった。
「蟲姫さん、彼女が殺戮の意思を否定し退散してくれるのならこのままこれ以上危害は加えないけど」
妙法睡蓮水紋の効果により治療を済ませた奏空が噴水の影から姿を現す。
並んだ樹木や遊具の向こうに獲物の姿を見つけた蟲姫は歪な笑みを浮かべて進軍を再会した。蟲姫の身体から血が滴って地面を赤く濡らす。彼女の後を追うように大量の蟲も移動を開始した。
まっすぐと奏空へと迫る蟲姫。
彼女に従う蟲達もその後に続くが、数が多すぎる。遊具や樹木に分断された蟲達は駐車場の時みたいな密集陣形を保つことができないでいるのだ。
蟲姫が糸を撃ち出した。奏空の刀が糸を斬り飛ばす。奏空は噴水前を動かない。並んだ遮蔽物のおかげで、この位置ならば蟲姫の攻撃も進路も直線的なものになる。日那乃の見つけた迎え撃つのに適当な位置だ。今までのように、蟲姫の四方に展開された糸に絡め取られる心配がなくなっただけでも有利になったと言えるだろう。
加えて……。
「毒や麻痺に耐性があるようだけど、出血はどうかな?」
噴水の影から、理央が顔を覗かせた。噴水を盾とすることで、後衛を守る手数を減らす戦法。撃ち出されたのは一粒の種。それが蟲姫の胴に命中し、一気に急成長して彼女の全身を蔦が覆う。棘に貫かれた蟲姫の全身から血が噴き出す。
悲鳴を上げる蟲姫が、自信の前に蟲達を集め壁を作った。
蟲の壁と共に、蟲姫は前進。芋蟲はその身体の構造上、基本的に前にしか進めないように出来ている。遮蔽物が邪魔で、方向転換さえ出来ない蟲姫は前に進むことしか出来ない。
蟲姫が迫る。土煙を巻き上げ、逃げ遅れた蟲を押し潰しながら……。
理央が仲間達に向けて清廉珀香を掛けた。迫る蟲姫に対する最後の備えといったところか。
「ボクみたいな一芸に特化してないのは状況に応じて行動を変えていかないとね」
そう言って理央は噴水の後ろへと姿を隠した。入れ替わるように、ラーラが噴水の上に跳び乗った。脚が水に濡れることも構わず魔導書を開き、周囲に無数の火炎弾を展開。
熱気によって水が蒸発し、水蒸気が吹き荒れた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
撃ち出された無数の炎弾が蟲の壁を焼いた。蟲姫は前進を続けながら身を守る為に新たな蟲を呼び集める。けれど数が足りない。炎弾を防ぐだけの蟲がいない。
『……?』
蟲の数が足りないことに首を傾げる蟲姫を、頭上から見下ろす人影が一つ。
「わたし、を憎む、なら。べつに、いい、けど。ふつうのひとが、襲われた、ら。夢見さんが、苦しむ、かも、だから」
蟲姫の分断された蟲の大群を、空気の弾丸で押し潰しながら日那乃は呟く。
蟲姫から分断された蟲の大群を指揮するものはいない。蟲姫の元へと戻ろうとする蟲達を、丁寧に空気弾で撃破していた日那乃は残りの蟲達を撃破するためにその場を離れた。蟲姫の指揮を失っていても、危険な毒蟲であることに変わりは無いのだ。
「わわっ、来ましたっ!」
蟲の壁を失った蟲姫が前進の速度を上げる。ラーラは、小さな悲鳴と共に噴水の裏へと姿を隠した。
蟲姫は腕を前へと伸ばし、奏空へと掴みかかる。残り僅かな蟲の大群が腕の動きに合わせるように一斉に奏空へと跳びかかる。
しかし……。
「俺より後ろへ簡単に行けると思うな。こっから先は進入禁止の通行止めだ。来いよデカブツ。誰かを憎むんなら受け止められる奴にしやがれ」
木陰に潜んでいた飛馬が蟲姫の眼前に飛び出した。
二本の刀を高速で振り回し、正確に蟲達を切り刻んで行く。
蟲姫の前進を、身体を盾に喰い止め斬り飛ばした蟲の死骸で蟲姫の視界を覆い隠す。苛烈、獰猛、けれど繊細。繰り返された護るための剣捌きに淀みは無い。例え自身の腕に蟲が喰らい付き、激しい痛みに襲われようと、流れる血で刀を滑り落しそうになってもその動きが止まることはない。
彼の後ろに守護するべき対象の居る限り、彼は死ぬまで自身を盾に戦い続けるのだろう。
「守りは任せろ、その分攻撃は任せたかんな」
最後の蟲が地面に落ちた。
「必ず決める!」
地面の揺れるほどの踏み込みと共に、奏空が加速する。一瞬で、蟲姫との距離数メートルを詰めて、駆ける勢いそのままに、蟲姫の胴を切り裂いた。
振り抜きさえも見えない一閃。
一拍遅れて、蟲姫の身体から血が噴き出す。切り離された上半身が血の後を引きながら落ちていく。
蟲姫の身体が地面に落ちるその寸前……。
『……次は、絶対に……』
落下する蟲姫の上半身を、蛾や羽蟲が覆い隠す。蟲姫の上半身を持った大量の蟲が宙へと舞いあがり逃げ出していく。撃ち落とすべく噴水の影から飛び出した理央やラーラの元に僅かに生き残っていた蟲達が襲いかかった。
一瞬の隙を付いて逃げ出していく蟲姫に向けて、日那乃は言う。
「わたしたちは、FiVE……。恨むなら、わたし、たちを、ね」
『ふぁいぶ……。覚えたわ』
掠れた声で、そう言って蟲姫は蟲に連れられ逃げ去った。
「蟲毒だと言うならそれを作った術者がいるんだろうか……?」
顔にこびり付いた、毒蟲達の体液を拭いながら、奏空はそう呟く。
なにはともあれ、こうしてドーム会場に詰めるおよそ四万人の命は護られたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
