<大妖一夜>特別急行・修羅道巡り
●
ピンポンパンポン♪ と能天気な音楽が鳴り響き、アナウンスが流れた。
『間もなく13番線に各駅停車・地獄行きが無限編成で参ります。黄色い線の外側で、身を乗り出してお待ち下さい。駆け込み乗車、飛び込み自殺に押し出し他殺、大歓迎でございます』
どこかで電車が停まったようだ。
目に見えない列車。だがプシューッと扉の開く音は聞こえる。
そして、妖の群れが姿を現した。見えない列車から降りて来たのだ。まるで通勤時のサラリーマンのように。
生物系、自然系、物質系、心霊系……様々な妖が統一性なく群れを成し、襲いかかって来る様を見据えながら、
「ふん……千客万来、か」
村井清正は幾分、やけくそ気味に微笑んだ。
AAA京都支部。妖の、襲撃である。
「今のAAAならば一息で潰せると、そう見られているわけだな」
無理もない、と村井は思う。
今のAAAは、腐りきっている。老いさらばえ、衰えている。ファイヴなどという新参者の組織に、取って代わられかねないほどにだ。
「半人前の、学生どもが……!」
村井は右拳を握った。鋼鉄製の拳が、熱を発して赤みを帯びる。
赤熱する拳を、村井は足元のアスファルトに思いきり叩き付けた。
アスファルトが砕け散り、炎柱が噴出した。
そして、襲い来る妖の何体かを灼き砕く。
悲鳴が聞こえた。
事務員の女の子が1人、無数の触手を生やした生物系の妖に襲われている。
そちらに、村井は左拳を向けた。鋼鉄製の拳から、火焔連弾が速射される。
嫌らしく触手を蠢かせていた妖が、焦げ砕けて遺灰と化した。
「早く逃げろ」
「は、はい。ありがとうございます村井五等!」
逃げて行く女の子に追い迫ろうとする妖たちを、村井は赤熱する左右の拳で片っ端から粉砕した。
この程度の戦い、ファイヴの覚者もやってのける。
この程度の戦いが出来る覚者、今のAAAに果たしてどれほど残っているものであろうか。
学園生活の息抜きに妖と戦っているような者たちが、しかし今、全盛期のAAAに劣らぬ実績を世に示している。それは村井とて認めざるを得ない。
「だが所詮は学生……大妖との戦いも知らぬ、半人前の集団よ!」
ぶつかって来る銃弾の嵐を、機化硬で跳ね返しながら、村井は踏み込んで行った。
自衛隊か在日米軍の武器が、物質系妖と化したものであろう。人型に組み上がった小銃が、銃撃をぶっ放している。
踏み込みと同時に村井は、豪炎撃を叩き込んだ。人型小銃が、黒焦げの残骸に変わり砕け散った。
「断じて、負けてなるものか……我々が、あのような者どもに……!」
残骸を蹴散らしながら、村井は奥歯を噛み鳴らした。
何年前であろうか。村井の部下であった巳の獣憑が、一般人の家族を襲った。両親と娘を惨殺し、1人生き残った息子を憤怒者組織へと走らせた。
村井の戦友であった翼の男は、あろう事か紅蜘蛛・継美を狂信し、和歌山で誘拐事件を引き起こした。
前者は、村井自身の手で処刑した。後者は、ファイヴに託す結果となってしまった。
AAAは、本当に腐りきっている。新参者のファイヴに、尻拭いなどさせてしまうほど。
「AAAは……俺が、立て直す!」
村井の決意を粉砕するかのような咆哮が、その時、響き渡った。
新月に吼えるものの、咆哮。
村井の身体が、硬直した。心が、凍り付いた。
「…………奴が…………来ている、だと…………」
この場にはいない。が、どこかにはいる。
AAA凋落を決定づけた、あの怪物が。
硬直した村井の身体が、震えている。
恐怖が、歴戦の覚者から全ての行動力を奪っていた。
「AAAを……立て直す……そのためには、奴を……まずは、奴を……」
村井は、決意にすがりつくしかなかった。
「何よりも最初に、奴を……倒さねば……倒す……殺す、滅ぼす……」
動けぬ村井に、妖の群れが一斉に襲いかかる。そこへ、
「助けて! こちらです!」
ファイヴの覚者たちが、先ほどの女の子に導かれて駆け付けた。
「村井五等が1人で戦っています! どうか掩護を……」
「う……うぁあ……ぁあああああああああああ! たっ倒す、ここ殺す、ほほほほ滅ぼす! 奴を! さもないと滅ぼされる、AAAが滅ぼされる! 殺し尽くされるぅううううううう!」
視界に入るもの全てが今、村井にとっては殲滅の対象であった。
妖も、覚者も、全てがあの怪物の眷属であった。
ピンポンパンポン♪ と能天気な音楽が鳴り響き、アナウンスが流れた。
『間もなく13番線に各駅停車・地獄行きが無限編成で参ります。黄色い線の外側で、身を乗り出してお待ち下さい。駆け込み乗車、飛び込み自殺に押し出し他殺、大歓迎でございます』
どこかで電車が停まったようだ。
目に見えない列車。だがプシューッと扉の開く音は聞こえる。
そして、妖の群れが姿を現した。見えない列車から降りて来たのだ。まるで通勤時のサラリーマンのように。
生物系、自然系、物質系、心霊系……様々な妖が統一性なく群れを成し、襲いかかって来る様を見据えながら、
「ふん……千客万来、か」
村井清正は幾分、やけくそ気味に微笑んだ。
AAA京都支部。妖の、襲撃である。
「今のAAAならば一息で潰せると、そう見られているわけだな」
無理もない、と村井は思う。
今のAAAは、腐りきっている。老いさらばえ、衰えている。ファイヴなどという新参者の組織に、取って代わられかねないほどにだ。
「半人前の、学生どもが……!」
村井は右拳を握った。鋼鉄製の拳が、熱を発して赤みを帯びる。
赤熱する拳を、村井は足元のアスファルトに思いきり叩き付けた。
アスファルトが砕け散り、炎柱が噴出した。
そして、襲い来る妖の何体かを灼き砕く。
悲鳴が聞こえた。
事務員の女の子が1人、無数の触手を生やした生物系の妖に襲われている。
そちらに、村井は左拳を向けた。鋼鉄製の拳から、火焔連弾が速射される。
嫌らしく触手を蠢かせていた妖が、焦げ砕けて遺灰と化した。
「早く逃げろ」
「は、はい。ありがとうございます村井五等!」
逃げて行く女の子に追い迫ろうとする妖たちを、村井は赤熱する左右の拳で片っ端から粉砕した。
この程度の戦い、ファイヴの覚者もやってのける。
この程度の戦いが出来る覚者、今のAAAに果たしてどれほど残っているものであろうか。
学園生活の息抜きに妖と戦っているような者たちが、しかし今、全盛期のAAAに劣らぬ実績を世に示している。それは村井とて認めざるを得ない。
「だが所詮は学生……大妖との戦いも知らぬ、半人前の集団よ!」
ぶつかって来る銃弾の嵐を、機化硬で跳ね返しながら、村井は踏み込んで行った。
自衛隊か在日米軍の武器が、物質系妖と化したものであろう。人型に組み上がった小銃が、銃撃をぶっ放している。
踏み込みと同時に村井は、豪炎撃を叩き込んだ。人型小銃が、黒焦げの残骸に変わり砕け散った。
「断じて、負けてなるものか……我々が、あのような者どもに……!」
残骸を蹴散らしながら、村井は奥歯を噛み鳴らした。
何年前であろうか。村井の部下であった巳の獣憑が、一般人の家族を襲った。両親と娘を惨殺し、1人生き残った息子を憤怒者組織へと走らせた。
村井の戦友であった翼の男は、あろう事か紅蜘蛛・継美を狂信し、和歌山で誘拐事件を引き起こした。
前者は、村井自身の手で処刑した。後者は、ファイヴに託す結果となってしまった。
AAAは、本当に腐りきっている。新参者のファイヴに、尻拭いなどさせてしまうほど。
「AAAは……俺が、立て直す!」
村井の決意を粉砕するかのような咆哮が、その時、響き渡った。
新月に吼えるものの、咆哮。
村井の身体が、硬直した。心が、凍り付いた。
「…………奴が…………来ている、だと…………」
この場にはいない。が、どこかにはいる。
AAA凋落を決定づけた、あの怪物が。
硬直した村井の身体が、震えている。
恐怖が、歴戦の覚者から全ての行動力を奪っていた。
「AAAを……立て直す……そのためには、奴を……まずは、奴を……」
村井は、決意にすがりつくしかなかった。
「何よりも最初に、奴を……倒さねば……倒す……殺す、滅ぼす……」
動けぬ村井に、妖の群れが一斉に襲いかかる。そこへ、
「助けて! こちらです!」
ファイヴの覚者たちが、先ほどの女の子に導かれて駆け付けた。
「村井五等が1人で戦っています! どうか掩護を……」
「う……うぁあ……ぁあああああああああああ! たっ倒す、ここ殺す、ほほほほ滅ぼす! 奴を! さもないと滅ぼされる、AAAが滅ぼされる! 殺し尽くされるぅううううううう!」
視界に入るもの全てが今、村井にとっては殲滅の対象であった。
妖も、覚者も、全てがあの怪物の眷属であった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の殲滅
2.村井清正の救出、及び撃破
3.なし
2.村井清正の救出、及び撃破
3.なし
AAA京都支部が、妖の大群による襲撃を受けました。参加者の皆様には即、現地でAAA救援のための戦闘行動に入っていただく事になります。
場所は京都支部の職員専用駐車場。車が何台か、停まっていたり破壊されたりしています。戦闘に支障はないでしょう。
出現している妖は、以下の通り。
土男(自然系ランク1、8体、前衛)
土の塊がプロレスラーサイズの人型を成したもの。攻撃手段は怪力による接近戦(物近単)のみ。
人型小銃(物質系ランク1、8体、中衛)
人間サイズに組み合わさって歩行する、小銃の塊。攻撃手段はフルオート射撃(物遠列)。
触手の塊(生物系ランク1、8体、中衛)
ミミズの怪物。伸縮自在の触手を伸ばして攻撃してくる(物遠単)。
以上、計24体の妖が、駐車場の中央でAAA覚者・村井清正を包囲しております。
そこへ、事務員の女の子に助けを求められた皆様が登場するところで状況開始となります。
目的は村井の救出ですが彼は今、大人しく救出されてくれる状態ではありません。
村井清正(40歳、男、火行械)は紅蜘蛛やヨルナキとの戦いも経験しているベテラン、つまりヨルナキによって蹂躙された第三次討伐戦争の経験者であり、敗戦のトラウマに思いきり苛まれております。
今再びヨルナキの咆哮を聞いて錯乱状態に陥った彼を、前衛の土男8体が取り囲み、その外側から小銃・触手の計16体が包囲の輪を作っている形となります。
村井は現在、恐怖のあまり正気を失っており、視界に入るもの全てが敵という状態であります。戦闘になれば、妖だけでなく覚者の皆様にも攻撃を仕掛けてくるでしょう。もちろん位置関係上、妖の殲滅が優先という事にはなりますが、妖がいなくなればそのまま問答無用で皆様に襲い掛かります。
村井の使用スキルは機化硬、炎柱、正鍛拳、豪炎撃。錯乱状態でも、これらを使いこなす事は出来ます。
村井を正気に戻すには結局、戦いで叩きのめすしかありません。特に手加減の類は必要なく、普通に戦って体力を0にすれば、死ぬ事なく正気に戻ってくれます。そうなれば彼とてファイヴを認めるしかなくなるでしょう。
妖が村井と皆様のどちらを攻撃するかは、ランダムとさせていただきます。
なお前述の通り、村井は過去の対ヨルナキ戦でトラウマを負っています。
端的に申し上げますと「犬が恐い」という状態です。
村井は錯乱状態ですが、キレて強くなったわけではありません。本質的な恐怖心は、全く克服されていないのです。
参加者の方々の中に獣憑の戌、もしくは犬系の守護使役を連れている方がおられた場合、村井の能力値に下方修正が加わります。それでもランク1の妖に倒される可能性は高くはありませんが万が一、妖の攻撃がとどめの一撃となった場合、村井は純粋に死にます。作戦は失敗となりますのでご注意を。ちなみに、狐はギリギリ大丈夫です。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
●重要な備考
〈大妖一夜〉タグがついたシナリオは依頼成功数が、同タグ決戦シナリオに影響します。具体的には成功数に応じて救出したAAAが援護を行い、重傷率の下降と情報収集の成功率が上昇します。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年05月12日
2017年05月12日
■メイン参加者 6人■

●
1人のAAA覚者が、計24体もの妖に取り囲まれている。
「村井さん、だったよね。まずは状況確認、させてもらうよ」
覚醒を済ませた『新緑の剣士』御影きせき(CL2001110)が、赤く輝く瞳でAAA覚者・村井をじっと観察する。
「うん……強いね、この人」
「さもあらん」
妖の屍が、あるいは遺灰が、散乱している。
見渡しながら『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が感嘆した。
「民を守るために単身、戦っておられた御様子。まさしく勇士よ……村井殿! ただ今、余が助勢いたそう」
「ちょい待ち」
村井の様子を見つめながら『導きの鳥』麻弓紡(CL2000623)が声を発する。
「何か……様子、おかしくない? あの村井って人」
紡が何を言っているのかは、すぐ明らかになった。
「倒す……殺す、滅ぼす……」
呟きながら村井が、眼前の妖に、燃え盛る拳を叩き込む。
人型に固まって動く土塊。その巨体が、豪炎撃によって灼き砕かれた。
拳を構えたまま、村井が睨む。妖の群れ、だけではなく、駆け付けた覚者6名をも。
「さもなくば……滅ぼされる……殺し尽くされるうぅ……」
言葉も、血走った両眼も、自分たちに向けられている。『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、そう感じた。
「余……ちょっと思いついちゃったから先行くね」
機化硬を発動させながら、プリンスが村井に向かって歩み出す。
奏空は言った。
「待って、王子……至近距離で村井さんの楯になる、つもりなんだろうけど。今の村井さん……錯乱してる、可能性がある。近付くのは危険だよ」
「今、最も危険な目に遭っているのは村井殿ではないかな」
土の大男が剛腕を振るい、ミミズの塊のような妖が触手を伸ばし、人型小銃が弾丸の嵐を吐く。
その全てが、村井を直撃していた。機化硬で守られた身体が、よろめきながら微量の血飛沫を散らす。
「まずは間近で盾になる者が必要だ。そして民の盾となるべきは余しかおらぬ! 姫、どうか止めないで欲しい。惜別の涙は、再会の時まで」
「わかったわかった、怪我しても自己責任でね」
プリンスをあしらった後、紡は『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)に声をかけた。
「現場で一緒にやるの、久し振りだね相棒」
「へへっ。紡さんがいるんなら、もう楽勝だぜ」
翔が覚醒を遂げ、大人になった。だが言葉遣いは変わらない。
「村井のおっさん! 今オレたちが助けるからな!」
「AAA、か……昔はウザいだけの連中だったけど」
言いつつ『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が、妖刀を抜き構えた。
「俺がファイヴに入ってから色々と世話んなっちまったのは事実。まあ助けてやるとしますかねえ」
「うむ、いざ!」
プリンスが、村井を囲む妖の群れに突っ込んで行く。
「よし紡さん、オレたちも!」
「ほいよ相棒。好きなだけ、やっといでー」
紡が、細身を翻しつつ片手を振るい、翔の背中を叩く。
軽やかな動きが、そのまま『演舞・清爽』となった。
覚者6名の身体に、天行の加護が満ちてゆく。
「……じゃあ、俺から行くよ」
奏空は、片手で印を結んだ。
霧が生じ、計23体もの妖に絡まり付く。
動きを束縛された妖たちを見据えながら、続いて翔と紡が並んで印を結ぶ。
「翔、行ける?」
「まぁかせとけって!」
雷鳴が轟き、鳳凰と龍が出現した。
電光の翼が、稲妻の爪牙が、妖の群れを打ち払い引き裂いて荒れ狂う。
雷凰の舞と、雷龍の舞であった。
霧に縛られていた妖たちが、電撃に灼き砕かれてゆく。
辛うじて生き残っている何体かに向かって、翔が叫んだ。
「ほら、こっち来いよ! こっちにも獲物がいるぞ!」
「もちろんよォ、獲物になんのは貴様らの方だけどなぁ」
直斗が、妖刀を振りかざす。
「てなわけで喰らいやがれ必殺! カクセイ・エクスプロージョン!」
と言うか脣星落霜であった。
光の豪雨が、さらに数体の妖を粉砕する。
きせきが、不知火を構えた。
「いけるね……捕縛蔓とかは必要なさそうだ。奏空くん援護、頼めるかな」
「任せとけ……!」
錬覇法を発動させながら、奏空は双刀を抜いた。
踏み込んだきせきが、超高速で不知火を跳ね上げる。地烈。
触手の塊のような妖が2体、切り刻まれて崩れ落ちた。
そこへ、人型小銃2体が銃口を向ける。
その時には、奏空が双刀を一閃させていた。斬撃の弧が空中に残り、広がった。
「羅刹波斬……!」
奏空の声と共に2体の人型小銃が、斬撃の弧に薙がれて砕け散る。
ファイヴ覚者たちの戦いぶりを、村井は呆然と見つめている。辛うじて聞き取れる言葉を、漏らしながら。
「……ヨルナキの……眷属どもめ……」
ヨルナキ。その名前だけは、奏空も聞いた事がある。
「大妖の、眷属……って、僕たちが?」
きせきが怪訝そうな声を発する。村井は聞いていない。
「またしても我らを蹂躙するか……させんぞぉお……」
強がりながら、しかし村井は、その場に座り込んでしまった。頭を抱え、怯えている。
奏空の、思った通りであった。
村井は囚われている。大妖によって大いに蹂躙されたのであろう、過去の敗戦の記憶に。
そんな村井に、土男の1体が殴りかかる。
殴りかかった土男が、砕け散った。すぐ後ろにいた触手の塊も、潰れ飛んだ。
貫殺撃・改。プリンスであった。
「大事ないか村井殿! これより援護に入る!」
プリンスの声が、妙に格好良く響く。奏空は思わず問いかけた。
「……王子って、声色変化とか使えたっけ?」
「これぞ帝王学の賜物!」
「じゃなくてアニメで覚えただけだよ。この居候、すっかり日本のアレとかコレにハマっちゃってさあ」
紡が言う。
ともかくプリンスは、盾としての役割を充分以上に果たしていた。
人型小銃が、村井とプリンスをもろともに掃射する。
プリンスが両腕を広げ、その銃撃をほぼ1人で受けたところである。機化硬を施された全身が、火花を散らす。
「おお頑丈だ。パワーもある。ただのチャラついた外人だと思ってたけどよ」
直斗が感心しつつ雷獣を放ち、その人型小銃を粉砕した。
「結構やるじゃねえか」
「無駄飯食いは、させてないからねー」
言いつつ紡が、杖を構える。先端部がスリングショットになっている、謎めいた杖。
そのスリング部分を、紡は引っ張った。
「妖はね、あらかた片付いたみたいだけど……多分ここからが本番、仕事してもらうよ殿ッ」
引っ張っていたものを、紡は手放した。
光が飛んだ。術式が、射出されたのだ。
それが、プリンスに命中した。
珍妙な悲鳴を上げながら、プリンスは倒れた。
妖の最後の1体を斬り倒しながら、きせきが唖然とする。
「えっ、何……」
「戦巫女之祝詞だよー。はい御影ちゃんにも、ポイチョっと」
紡の杖から二つ目の光が射出され、きせきを直撃する。
「うっぐ……あ、ありがとう」
「おぉ……! ツム姫のっ、姫の慈愛が! 愛情がッ! この身に満つる、漲るううっ!」
プリンスが、元気に立ち上がる。
「ありがとう姫よ! 我が身、我が命は民のために。なれど我が魂はツム姫のために!」
「そんなの要らないから、ほら今日の晩ごはん食べたかったら働く働く。今回のお仕事、ここからだよ」
紡の言うとおり、村井が猛然と立ち上がって拳を振るう。
その一撃をプリンスが、機械化した剛腕で防御する。
「怯えながらの苦し紛れではな……姫の術式に護られたる余の身体、打ち砕く事はかなわぬぞ」
「大妖の下僕どもが……ヨルナキの、眷属どもがぁ……」
「怯える子供が両腕を振り回すが如く、粗雑なる力……そのようなもので己を偽るか! それが貴公の誇りかっ!」
プリンスの声に気合いが漲っている。
翔は、うろたえている。
「お、おい! どうしたんだよ村井のおっさん。妖はもういないってのに」
「妖も覚者も、関係なくなっちまってる……目に映るもの全部が敵、ってわけか」
直斗が言った。
「すげえトラウマだ。ヨルナキってのは、よっぽどのバケモノだったんだな」
「おっさん! しっかりしろ!」
「駄目だ、翔」
村井に向かって、奏空は双刀を構えた。
「言葉は聞こえてない。村井さんを正気に戻すには……力尽くでいく、しかなさそうだ」
「……そうみたいだね」
真紅に輝く瞳でエネミースキャンを行いながら、きせきが言う。
「この村井さん、かなり頑丈だから。僕たちが本気で行っても大丈夫だよッ!」
きせきが不知火を振るう、その動きに合わせて奏空も踏み込み、双刀を一閃させた。
計3本の刃に襲われながら、村井が叫ぶ。
「倒す! 殺す! 滅ぼす! ヨルナキの先兵ども!」
炎柱が出現し、奏空を、きせきを、プリンスを焼き払う。
「くっ……!」
奏空は、とっさに癒しを念じた。
癒力活性。火傷の痛みは壮絶なものだが、火傷そのものは癒えてゆく。
「紡さんの演舞・清爽、奏空くんの癒力活性……仲間たちが、貴方の炎から僕を守ってくれる」
言葉と共に、きせきが村井に斬りかかる。
「僭越、かも知れないね。だけど言わせてもらうよ村井さん、貴方も僕たちの仲間なんだ!」
その斬撃を村井が、金属化した拳で受け流す。
きせきを援護する形に、その時、稲妻が迸った。
「おっさん、あんたがベテランだってのはわかるよ……」
翔の、雷獣だった。
「オレみたいな子供じゃ想像つかねーような戦いも、経験してんだろうよ。おっかねえ事もあったろ、恐がったっていいと思う。オレたちに、それを馬鹿にする資格はねえ」
電光の直撃。村井がバチバチと感電しながら、よろめいている。
「だけど言わせてもらう! びびってんじゃねーぞ、おっさん! 頑張れ、恐怖に負けるな!」
「ふむ……大妖ヨルナキが恐い、か」
プリンスが、どこからか何かを取り出していた。
「ヨルナキとは確か、狼の妖なのだったな。では村井殿、これなど如何か。縁日で買い求めたものだが」
狼のお面であった。
顔に装着し、プリンスはなおも言う。
「さあ見よ、貴公の怨敵ここにあり! 死せる拳では、我が命には届かぬと思え!」
せっかくの台詞が、しかし掻き消されていた。
村井の、絶叫にだ。
泣き叫び、表記不能なうわ言を垂れ流しながら、村井は転げ回っている。
「あー……」
プリンスが思わず面を外し、紡の方を向いた。
「どうしようツム姫……思いきり、恐がらせてしまった」
「ばか、よそ見するな!」
紡が叫んだ時には、すでに遅い。
いきなり立ち上がった村井の正鍛拳が、プリンスの鳩尾にめり込んでいた。
大量の血反吐をぶちまけながら転げのたうつプリンスの身体を、村井が片足で踏みつける。声を、震わせながらだ。
「こ……ここ殺す、滅ぼす……さもなくば滅ぼされる、殺し尽くされるうぅ……」
村井は泣きじゃくり、失禁していた。
「見てらんねえ……」
直斗が、獣の速度で踏み込んで行く。
「……まあアレだ。トラウマが克服出来ねえっての、わからんでもねえ。さっさと楽にしてやる、喰らいやがれカクセイ・スラァーッシュ!」
妖刀ノ楔が、村井を直撃する。
鮮血を噴射しながら村井は、豪炎撃を繰り出していた。炎まとう拳が、直斗を吹っ飛ばす。
火傷を負いつつ錐揉み状に落下し、顔面から地面に激突した直斗を、奏空は助け起こした。
「大丈夫か?」
「何て事ぁねえ……」
血まみれの顔面を、直斗がハンカチで拭う。奏空が進呈したものだ。
「……1枚で足りるか? 新しいハンカチ、いる?」
「いらねえぜ!」
「だよな。お前……強いもんな」
口で、心の中で、奏空は同時に呟いた。
(そうだよ直斗。お前は、強いんだよ……)
立ち上がった直斗が、村井の血に染まった妖刀を舐める。
「小便ちびってるくせに強ぇじゃねえか、おっさん……首の狩り甲斐が、あろうってもんだぜ」
「……駄目だよ、首を狩っちゃあ」
言いつつ、奏空は思う。
(お前は強いんだよ直斗……首なんか狩らなくても、やっていけるはずだろ……)
失われてしまった何かの、埋め合わせ。
直斗の首狩りは、そのような行為であると、奏空には思えてしまうのだった。
●
「狼が恐い、って言うより……」
潤しの雨を降らせながら、紡が分析をしている。
「犬系の生き物、大抵ダメになっちゃってる感じかな。まあ狸とかフェネックなんかは大丈夫かもだけど」
「犬が恐い、か……」
笑うまい、と翔は思った。
自分には恐いものなどない、のではなく、恐くなるほどの戦いをした事がないだけかも知れないのだ。
「オレは子供で、戦いの経験が足りてねえ……それは認めるよ。子供に偉そうな事、言われんのは嫌か? だったら正気に戻れ、おっさん!」
再び雷獣を放ちながら、翔は思う。
恐いものなら、自分にもあると。
それは、守れない事。
あの時、自分が大人だったら。その思いは、今も翔の心に突き刺さっている。
(今は……おっさん、あんたを助けるぜ!)
そんな思いを宿した電光に灼かれ、硬直する村井を、直斗の仇華浸香が包み込む。
直斗だけでなく奏空も、きせきもプリンスも、紡に回復を施されて力を取り戻し、猛然と村井に攻撃を仕掛けている。
きせきの不知火と奏空の双刀が、交差する感じに村井を直撃した。この両名の連携には本当に、見るべきところが多い。
だが、村井は倒れなかった。
「殺す……滅ぼす……大妖の、尖兵どもぉ……」
血と涙と小便を垂れ流しながらの炎柱が、きせきと奏空を吹っ飛ばす。
いや2人とも、炎に耐えつつ踏みとどまっていた。
「その調子です村井さん……その恐怖、俺たちが全部引き受けますから」
奏空が、続いてきせきが言う。
「僕……昔、事故に遭ってAAAの人に助けてもらった事あるんだ。その時、思ったよ。この人たちみたいになりたい、って」
「大妖の手先が……ヨルナキの、眷属がぁ……」
「恐怖に囚われながらの、村井さんの攻撃……凄いよ。ベテランの底力だね。今までずっと、人知れず戦ってきてくれたんだって……わかるよ」
「殺す……滅ぼす……」
「僕も、貴方みたいになりたい。村井さんと、一緒に戦いたい!」
その言葉に、村井は攻撃で応えた。燃え盛る金属の拳が、隕石の如くきせきを襲う。
そして止まった。硬直した。村井の身体が、固まっていた。
きせきの肩の上に、ぴょこんと守護使役が現れたからだ。
「あ……だ、駄目だよステーシー。戦闘中なんだから」
次の瞬間、凄まじい絶叫が迸った。村井の口からだ。
口だけでなく全身で怯えを露わにしながら、村井は泣き叫んでいる。
「ここここ殺せ! ひと思いに殺せヨルナキめぇえ! 我々を蹂躙して楽しいか、楽しいのかあああッ!」
「ど、どんだけ犬苦手なんだよ……」
戸惑いつつも直斗が、容赦なく斬り掛かる。
「まあいい、その恐怖! ぶった斬ってやんからよ!」
猛の一撃が、村井を吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ村井が、倒れ込んで身を丸め、頭を抱えて怯え泣く。
奏空が容赦なく、村井の胸ぐらを掴んだ。
(わざわざ言う事じゃないですけど……ここにいる皆も、命かけて戦ってる。それはAAAもファイヴも同じ)
送受心・改で、奏空は村井に語りかけているようだ。
拳を、振るいながら。
(だから村井さん、俺たちと一緒に戦いましょう!)
殴り飛ばされた村井が、倒れ込んで立ち上がらず、頭を抱えて泣きじゃくる。
「もう一発、かな……」
奏空は、心を鬼にしたようだ。だが。
「ならぬ……奏空よ、これ以上はならぬ!」
プリンスが、村井を抱き起こし、抱き締めた。泣きながらだ。
「村井殿の、この有り様! まるでダディ上に折檻されている時の余ではないかあ! うおおおおおん!」
「ぐえぇ……や……やめろおぉ……」
機械化した剛腕が、満身創痍の村井をメキメキと圧迫した。
●
捕縛蔓で縛り上げられた村井の身体の上で、ステーシーがぴょこぴょこと執拗に跳ねている。大妖扱いを受けて幾分、気を悪くしているようだ。
きせきは声をかけた。
「ほらステーシー、もう許してあげな? 村井さん死にそうだから」
「殺せ……殺してくれえぇ……」
泡を吹きながら、村井は呻いた。
「俺は、もはや覚者として立ち直れぬ……貴様たち半人前の学生どもに……このような様を……」
村井の肉体は、奏空と紡によって治療術式を施されたところである。
術式では、しかし心の傷は癒やせない。
「なあ、おっさん。オレなんかは確かに小学生だけどさ」
翔が言った。
「学校の片手間に戦ってるわけじゃねえぜ。それは、わかってくれたと思うんだけどな」
「ボクたちの事、バカにするのも嫌うのも勝手だけどさ」
紡が、村井に微笑みかける。
「ボクの仲間たちに助けてもらった、っていう事実だけはね? おじさま」
「そうそう。余、頑張っちゃったんだから。あ~疲れた疲れた」
プリンスが、紡に甘えてゆく。
「ツム姫-、肩と腰モミモミしてモミモミ。うっぐ」
紡が、プリンスの腰に杖を突き込んだ。
「ツム姫、こっこれはモミモミじゃなくてグリグリ痛っ、痛い痛い」
「このロボット、だいぶガタが来てる。分解メンテしたげよっか? ねえ。バラバラになってみる?」
やりとりを眺めながら、村井が溜め息をつく。
「……わかっている。AAAが今や失いつつあるものを……お前たちは、持っている……」
「俺、AAAの人たち尊敬してますから」
奏空が言い、村井が俯く。
「……このような様を、晒してもか」
「俺より、ましだ」
直斗が言った。
「泣きながら小便ちびって、何にも出来なかった事なら……俺にだって、ある」
1人のAAA覚者が、計24体もの妖に取り囲まれている。
「村井さん、だったよね。まずは状況確認、させてもらうよ」
覚醒を済ませた『新緑の剣士』御影きせき(CL2001110)が、赤く輝く瞳でAAA覚者・村井をじっと観察する。
「うん……強いね、この人」
「さもあらん」
妖の屍が、あるいは遺灰が、散乱している。
見渡しながら『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が感嘆した。
「民を守るために単身、戦っておられた御様子。まさしく勇士よ……村井殿! ただ今、余が助勢いたそう」
「ちょい待ち」
村井の様子を見つめながら『導きの鳥』麻弓紡(CL2000623)が声を発する。
「何か……様子、おかしくない? あの村井って人」
紡が何を言っているのかは、すぐ明らかになった。
「倒す……殺す、滅ぼす……」
呟きながら村井が、眼前の妖に、燃え盛る拳を叩き込む。
人型に固まって動く土塊。その巨体が、豪炎撃によって灼き砕かれた。
拳を構えたまま、村井が睨む。妖の群れ、だけではなく、駆け付けた覚者6名をも。
「さもなくば……滅ぼされる……殺し尽くされるうぅ……」
言葉も、血走った両眼も、自分たちに向けられている。『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、そう感じた。
「余……ちょっと思いついちゃったから先行くね」
機化硬を発動させながら、プリンスが村井に向かって歩み出す。
奏空は言った。
「待って、王子……至近距離で村井さんの楯になる、つもりなんだろうけど。今の村井さん……錯乱してる、可能性がある。近付くのは危険だよ」
「今、最も危険な目に遭っているのは村井殿ではないかな」
土の大男が剛腕を振るい、ミミズの塊のような妖が触手を伸ばし、人型小銃が弾丸の嵐を吐く。
その全てが、村井を直撃していた。機化硬で守られた身体が、よろめきながら微量の血飛沫を散らす。
「まずは間近で盾になる者が必要だ。そして民の盾となるべきは余しかおらぬ! 姫、どうか止めないで欲しい。惜別の涙は、再会の時まで」
「わかったわかった、怪我しても自己責任でね」
プリンスをあしらった後、紡は『真のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)に声をかけた。
「現場で一緒にやるの、久し振りだね相棒」
「へへっ。紡さんがいるんなら、もう楽勝だぜ」
翔が覚醒を遂げ、大人になった。だが言葉遣いは変わらない。
「村井のおっさん! 今オレたちが助けるからな!」
「AAA、か……昔はウザいだけの連中だったけど」
言いつつ『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が、妖刀を抜き構えた。
「俺がファイヴに入ってから色々と世話んなっちまったのは事実。まあ助けてやるとしますかねえ」
「うむ、いざ!」
プリンスが、村井を囲む妖の群れに突っ込んで行く。
「よし紡さん、オレたちも!」
「ほいよ相棒。好きなだけ、やっといでー」
紡が、細身を翻しつつ片手を振るい、翔の背中を叩く。
軽やかな動きが、そのまま『演舞・清爽』となった。
覚者6名の身体に、天行の加護が満ちてゆく。
「……じゃあ、俺から行くよ」
奏空は、片手で印を結んだ。
霧が生じ、計23体もの妖に絡まり付く。
動きを束縛された妖たちを見据えながら、続いて翔と紡が並んで印を結ぶ。
「翔、行ける?」
「まぁかせとけって!」
雷鳴が轟き、鳳凰と龍が出現した。
電光の翼が、稲妻の爪牙が、妖の群れを打ち払い引き裂いて荒れ狂う。
雷凰の舞と、雷龍の舞であった。
霧に縛られていた妖たちが、電撃に灼き砕かれてゆく。
辛うじて生き残っている何体かに向かって、翔が叫んだ。
「ほら、こっち来いよ! こっちにも獲物がいるぞ!」
「もちろんよォ、獲物になんのは貴様らの方だけどなぁ」
直斗が、妖刀を振りかざす。
「てなわけで喰らいやがれ必殺! カクセイ・エクスプロージョン!」
と言うか脣星落霜であった。
光の豪雨が、さらに数体の妖を粉砕する。
きせきが、不知火を構えた。
「いけるね……捕縛蔓とかは必要なさそうだ。奏空くん援護、頼めるかな」
「任せとけ……!」
錬覇法を発動させながら、奏空は双刀を抜いた。
踏み込んだきせきが、超高速で不知火を跳ね上げる。地烈。
触手の塊のような妖が2体、切り刻まれて崩れ落ちた。
そこへ、人型小銃2体が銃口を向ける。
その時には、奏空が双刀を一閃させていた。斬撃の弧が空中に残り、広がった。
「羅刹波斬……!」
奏空の声と共に2体の人型小銃が、斬撃の弧に薙がれて砕け散る。
ファイヴ覚者たちの戦いぶりを、村井は呆然と見つめている。辛うじて聞き取れる言葉を、漏らしながら。
「……ヨルナキの……眷属どもめ……」
ヨルナキ。その名前だけは、奏空も聞いた事がある。
「大妖の、眷属……って、僕たちが?」
きせきが怪訝そうな声を発する。村井は聞いていない。
「またしても我らを蹂躙するか……させんぞぉお……」
強がりながら、しかし村井は、その場に座り込んでしまった。頭を抱え、怯えている。
奏空の、思った通りであった。
村井は囚われている。大妖によって大いに蹂躙されたのであろう、過去の敗戦の記憶に。
そんな村井に、土男の1体が殴りかかる。
殴りかかった土男が、砕け散った。すぐ後ろにいた触手の塊も、潰れ飛んだ。
貫殺撃・改。プリンスであった。
「大事ないか村井殿! これより援護に入る!」
プリンスの声が、妙に格好良く響く。奏空は思わず問いかけた。
「……王子って、声色変化とか使えたっけ?」
「これぞ帝王学の賜物!」
「じゃなくてアニメで覚えただけだよ。この居候、すっかり日本のアレとかコレにハマっちゃってさあ」
紡が言う。
ともかくプリンスは、盾としての役割を充分以上に果たしていた。
人型小銃が、村井とプリンスをもろともに掃射する。
プリンスが両腕を広げ、その銃撃をほぼ1人で受けたところである。機化硬を施された全身が、火花を散らす。
「おお頑丈だ。パワーもある。ただのチャラついた外人だと思ってたけどよ」
直斗が感心しつつ雷獣を放ち、その人型小銃を粉砕した。
「結構やるじゃねえか」
「無駄飯食いは、させてないからねー」
言いつつ紡が、杖を構える。先端部がスリングショットになっている、謎めいた杖。
そのスリング部分を、紡は引っ張った。
「妖はね、あらかた片付いたみたいだけど……多分ここからが本番、仕事してもらうよ殿ッ」
引っ張っていたものを、紡は手放した。
光が飛んだ。術式が、射出されたのだ。
それが、プリンスに命中した。
珍妙な悲鳴を上げながら、プリンスは倒れた。
妖の最後の1体を斬り倒しながら、きせきが唖然とする。
「えっ、何……」
「戦巫女之祝詞だよー。はい御影ちゃんにも、ポイチョっと」
紡の杖から二つ目の光が射出され、きせきを直撃する。
「うっぐ……あ、ありがとう」
「おぉ……! ツム姫のっ、姫の慈愛が! 愛情がッ! この身に満つる、漲るううっ!」
プリンスが、元気に立ち上がる。
「ありがとう姫よ! 我が身、我が命は民のために。なれど我が魂はツム姫のために!」
「そんなの要らないから、ほら今日の晩ごはん食べたかったら働く働く。今回のお仕事、ここからだよ」
紡の言うとおり、村井が猛然と立ち上がって拳を振るう。
その一撃をプリンスが、機械化した剛腕で防御する。
「怯えながらの苦し紛れではな……姫の術式に護られたる余の身体、打ち砕く事はかなわぬぞ」
「大妖の下僕どもが……ヨルナキの、眷属どもがぁ……」
「怯える子供が両腕を振り回すが如く、粗雑なる力……そのようなもので己を偽るか! それが貴公の誇りかっ!」
プリンスの声に気合いが漲っている。
翔は、うろたえている。
「お、おい! どうしたんだよ村井のおっさん。妖はもういないってのに」
「妖も覚者も、関係なくなっちまってる……目に映るもの全部が敵、ってわけか」
直斗が言った。
「すげえトラウマだ。ヨルナキってのは、よっぽどのバケモノだったんだな」
「おっさん! しっかりしろ!」
「駄目だ、翔」
村井に向かって、奏空は双刀を構えた。
「言葉は聞こえてない。村井さんを正気に戻すには……力尽くでいく、しかなさそうだ」
「……そうみたいだね」
真紅に輝く瞳でエネミースキャンを行いながら、きせきが言う。
「この村井さん、かなり頑丈だから。僕たちが本気で行っても大丈夫だよッ!」
きせきが不知火を振るう、その動きに合わせて奏空も踏み込み、双刀を一閃させた。
計3本の刃に襲われながら、村井が叫ぶ。
「倒す! 殺す! 滅ぼす! ヨルナキの先兵ども!」
炎柱が出現し、奏空を、きせきを、プリンスを焼き払う。
「くっ……!」
奏空は、とっさに癒しを念じた。
癒力活性。火傷の痛みは壮絶なものだが、火傷そのものは癒えてゆく。
「紡さんの演舞・清爽、奏空くんの癒力活性……仲間たちが、貴方の炎から僕を守ってくれる」
言葉と共に、きせきが村井に斬りかかる。
「僭越、かも知れないね。だけど言わせてもらうよ村井さん、貴方も僕たちの仲間なんだ!」
その斬撃を村井が、金属化した拳で受け流す。
きせきを援護する形に、その時、稲妻が迸った。
「おっさん、あんたがベテランだってのはわかるよ……」
翔の、雷獣だった。
「オレみたいな子供じゃ想像つかねーような戦いも、経験してんだろうよ。おっかねえ事もあったろ、恐がったっていいと思う。オレたちに、それを馬鹿にする資格はねえ」
電光の直撃。村井がバチバチと感電しながら、よろめいている。
「だけど言わせてもらう! びびってんじゃねーぞ、おっさん! 頑張れ、恐怖に負けるな!」
「ふむ……大妖ヨルナキが恐い、か」
プリンスが、どこからか何かを取り出していた。
「ヨルナキとは確か、狼の妖なのだったな。では村井殿、これなど如何か。縁日で買い求めたものだが」
狼のお面であった。
顔に装着し、プリンスはなおも言う。
「さあ見よ、貴公の怨敵ここにあり! 死せる拳では、我が命には届かぬと思え!」
せっかくの台詞が、しかし掻き消されていた。
村井の、絶叫にだ。
泣き叫び、表記不能なうわ言を垂れ流しながら、村井は転げ回っている。
「あー……」
プリンスが思わず面を外し、紡の方を向いた。
「どうしようツム姫……思いきり、恐がらせてしまった」
「ばか、よそ見するな!」
紡が叫んだ時には、すでに遅い。
いきなり立ち上がった村井の正鍛拳が、プリンスの鳩尾にめり込んでいた。
大量の血反吐をぶちまけながら転げのたうつプリンスの身体を、村井が片足で踏みつける。声を、震わせながらだ。
「こ……ここ殺す、滅ぼす……さもなくば滅ぼされる、殺し尽くされるうぅ……」
村井は泣きじゃくり、失禁していた。
「見てらんねえ……」
直斗が、獣の速度で踏み込んで行く。
「……まあアレだ。トラウマが克服出来ねえっての、わからんでもねえ。さっさと楽にしてやる、喰らいやがれカクセイ・スラァーッシュ!」
妖刀ノ楔が、村井を直撃する。
鮮血を噴射しながら村井は、豪炎撃を繰り出していた。炎まとう拳が、直斗を吹っ飛ばす。
火傷を負いつつ錐揉み状に落下し、顔面から地面に激突した直斗を、奏空は助け起こした。
「大丈夫か?」
「何て事ぁねえ……」
血まみれの顔面を、直斗がハンカチで拭う。奏空が進呈したものだ。
「……1枚で足りるか? 新しいハンカチ、いる?」
「いらねえぜ!」
「だよな。お前……強いもんな」
口で、心の中で、奏空は同時に呟いた。
(そうだよ直斗。お前は、強いんだよ……)
立ち上がった直斗が、村井の血に染まった妖刀を舐める。
「小便ちびってるくせに強ぇじゃねえか、おっさん……首の狩り甲斐が、あろうってもんだぜ」
「……駄目だよ、首を狩っちゃあ」
言いつつ、奏空は思う。
(お前は強いんだよ直斗……首なんか狩らなくても、やっていけるはずだろ……)
失われてしまった何かの、埋め合わせ。
直斗の首狩りは、そのような行為であると、奏空には思えてしまうのだった。
●
「狼が恐い、って言うより……」
潤しの雨を降らせながら、紡が分析をしている。
「犬系の生き物、大抵ダメになっちゃってる感じかな。まあ狸とかフェネックなんかは大丈夫かもだけど」
「犬が恐い、か……」
笑うまい、と翔は思った。
自分には恐いものなどない、のではなく、恐くなるほどの戦いをした事がないだけかも知れないのだ。
「オレは子供で、戦いの経験が足りてねえ……それは認めるよ。子供に偉そうな事、言われんのは嫌か? だったら正気に戻れ、おっさん!」
再び雷獣を放ちながら、翔は思う。
恐いものなら、自分にもあると。
それは、守れない事。
あの時、自分が大人だったら。その思いは、今も翔の心に突き刺さっている。
(今は……おっさん、あんたを助けるぜ!)
そんな思いを宿した電光に灼かれ、硬直する村井を、直斗の仇華浸香が包み込む。
直斗だけでなく奏空も、きせきもプリンスも、紡に回復を施されて力を取り戻し、猛然と村井に攻撃を仕掛けている。
きせきの不知火と奏空の双刀が、交差する感じに村井を直撃した。この両名の連携には本当に、見るべきところが多い。
だが、村井は倒れなかった。
「殺す……滅ぼす……大妖の、尖兵どもぉ……」
血と涙と小便を垂れ流しながらの炎柱が、きせきと奏空を吹っ飛ばす。
いや2人とも、炎に耐えつつ踏みとどまっていた。
「その調子です村井さん……その恐怖、俺たちが全部引き受けますから」
奏空が、続いてきせきが言う。
「僕……昔、事故に遭ってAAAの人に助けてもらった事あるんだ。その時、思ったよ。この人たちみたいになりたい、って」
「大妖の手先が……ヨルナキの、眷属がぁ……」
「恐怖に囚われながらの、村井さんの攻撃……凄いよ。ベテランの底力だね。今までずっと、人知れず戦ってきてくれたんだって……わかるよ」
「殺す……滅ぼす……」
「僕も、貴方みたいになりたい。村井さんと、一緒に戦いたい!」
その言葉に、村井は攻撃で応えた。燃え盛る金属の拳が、隕石の如くきせきを襲う。
そして止まった。硬直した。村井の身体が、固まっていた。
きせきの肩の上に、ぴょこんと守護使役が現れたからだ。
「あ……だ、駄目だよステーシー。戦闘中なんだから」
次の瞬間、凄まじい絶叫が迸った。村井の口からだ。
口だけでなく全身で怯えを露わにしながら、村井は泣き叫んでいる。
「ここここ殺せ! ひと思いに殺せヨルナキめぇえ! 我々を蹂躙して楽しいか、楽しいのかあああッ!」
「ど、どんだけ犬苦手なんだよ……」
戸惑いつつも直斗が、容赦なく斬り掛かる。
「まあいい、その恐怖! ぶった斬ってやんからよ!」
猛の一撃が、村井を吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ村井が、倒れ込んで身を丸め、頭を抱えて怯え泣く。
奏空が容赦なく、村井の胸ぐらを掴んだ。
(わざわざ言う事じゃないですけど……ここにいる皆も、命かけて戦ってる。それはAAAもファイヴも同じ)
送受心・改で、奏空は村井に語りかけているようだ。
拳を、振るいながら。
(だから村井さん、俺たちと一緒に戦いましょう!)
殴り飛ばされた村井が、倒れ込んで立ち上がらず、頭を抱えて泣きじゃくる。
「もう一発、かな……」
奏空は、心を鬼にしたようだ。だが。
「ならぬ……奏空よ、これ以上はならぬ!」
プリンスが、村井を抱き起こし、抱き締めた。泣きながらだ。
「村井殿の、この有り様! まるでダディ上に折檻されている時の余ではないかあ! うおおおおおん!」
「ぐえぇ……や……やめろおぉ……」
機械化した剛腕が、満身創痍の村井をメキメキと圧迫した。
●
捕縛蔓で縛り上げられた村井の身体の上で、ステーシーがぴょこぴょこと執拗に跳ねている。大妖扱いを受けて幾分、気を悪くしているようだ。
きせきは声をかけた。
「ほらステーシー、もう許してあげな? 村井さん死にそうだから」
「殺せ……殺してくれえぇ……」
泡を吹きながら、村井は呻いた。
「俺は、もはや覚者として立ち直れぬ……貴様たち半人前の学生どもに……このような様を……」
村井の肉体は、奏空と紡によって治療術式を施されたところである。
術式では、しかし心の傷は癒やせない。
「なあ、おっさん。オレなんかは確かに小学生だけどさ」
翔が言った。
「学校の片手間に戦ってるわけじゃねえぜ。それは、わかってくれたと思うんだけどな」
「ボクたちの事、バカにするのも嫌うのも勝手だけどさ」
紡が、村井に微笑みかける。
「ボクの仲間たちに助けてもらった、っていう事実だけはね? おじさま」
「そうそう。余、頑張っちゃったんだから。あ~疲れた疲れた」
プリンスが、紡に甘えてゆく。
「ツム姫-、肩と腰モミモミしてモミモミ。うっぐ」
紡が、プリンスの腰に杖を突き込んだ。
「ツム姫、こっこれはモミモミじゃなくてグリグリ痛っ、痛い痛い」
「このロボット、だいぶガタが来てる。分解メンテしたげよっか? ねえ。バラバラになってみる?」
やりとりを眺めながら、村井が溜め息をつく。
「……わかっている。AAAが今や失いつつあるものを……お前たちは、持っている……」
「俺、AAAの人たち尊敬してますから」
奏空が言い、村井が俯く。
「……このような様を、晒してもか」
「俺より、ましだ」
直斗が言った。
「泣きながら小便ちびって、何にも出来なかった事なら……俺にだって、ある」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
