ある夢見の記録File2-Page1
●『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)の独白
新学期が、始まった。私は、夢見としてこの五麟学園内での生活を強いられている身だ。
とはいえ今の所教授職については差支えは感じていない。むしろ『論文出さないと予算下りない』なんて話がないのは楽なのだが……多分学会に参加するとかになったら詰む。その時はその時で考えよう。
「えーということで。質問ある?」
講義ノートを参照しつつ書き出した式を眺めながら、教室の後ろまで聞こえる声を上げて言う。すぐに手が上がった。
「はいそこの君」
「5行目の式の第3項の符号が違います」
「……え」
数秒間の沈黙。講義ノートと黒板を見比べて、「あ」と一言。
ちらりと学生達を一瞥してからさりげなくチョークを取って、マイナスをプラスに書き替えようとして――。
――がこっ。
……チョークが折れた。
「あ」
失笑がちらほら聞こえて、今度は黒板消しを取って式を消そうとして、手が滑る。今度は黒板消しを派手に落っことしてチョーク塗れになる始末。笑いが起きた。
……いつものことだ。計算ミスも、こういうミスもね。
講義を終えて、溜息一つ。一応、何とか問題なく終わった。
実は4月1日に中さんに高笑いしつつ『私実はイレブンの内通者なんですよ』と大ボラを言った。本当に大ボラだ。……まさか真面目に受け取られるなんて思ってなかった。
そのせいで監禁されかけて身辺調査を食らい、ちょっと講義の資料作る時間取られて死んだのだが……まあ講義自体はおおむね好評でよかった。
とはいえ、本当はこれで『上手く行っている』訳ではない。
大学の勉強――特に数学は、本当に学生達の自主性にかかっている。
本当は高校までの数学も暗記で済むものじゃない。公理、定義、定理、概念……何から何までそれがある理由や思想がある。それを五千年近くの歴史の中、発見、発明した先人達の思想と共に理解していくものだ。本当に自分のものにするには20歳前後の学生がそれを全て追体験する必要がある。大変な話だ。(だから本当は勉強に専念して欲しいっていう教員側の『ワガママ』は少なからずあったりもする)
私が講義で教えているのはあくまで概要やサンプル。90分の講義十数回で伝えられる物なんて本当にごく僅か。本当は沢山伝えたいことがあるが、それは教科書を読んだり数式をいじったりして自分で学んでもらわないといけない。
結局、夢見の仕事もそんな感じじゃないだろうか。数件の依頼を介してそう考えるようになった。
被害者や事件関係者の感情、事件の状況、その他背景……。
悪夢を見ている私にしてみれば無数に伝えたいことがあって、無数に分かってもらいたいことがあるけれど、覚者達に自ずと理解してもらわなきゃいけない。結局歯痒さは付き纏う。この感じは、学生達に数学を教えているときと同じだ。
依頼を通して喜べることもある。辛いこともある。私自身反省しなければいけないことも、山のように……。
でも、いずれにせよ私に出来るのは彼等の背を押す程度のこと――。
他の夢見は本当によく『できた』人達だなって私は思っている。皆を疑ってる訳じゃない。信じてるから、伝えるだけ伝えたいだけで。……でも、それは多分私の未熟さのせい。
まあ、大体関わってる事件の内容もあるだろうけど。
憤怒者組織XI。ラプラスの魔。イグノラムス。対立する利害。覚者と隔者、そして非覚者との差。差別、被差別。怒ること、糾弾することの意味。正義とか、悪って何なんだろうとか。多数派、少数派の違い。意識の差。FiVEが目指しているであろう『相互理解』の真の意味……。
正直言って、難しいことだらけだ。まあ、父や祖父が生涯をかけて学ぼうとしたことの一部でもあるから難しくて当然か。
人生は、馬鹿馬鹿しい程に皮肉と偶然に満ちている。
『お前の正義感は確かに評価する。だがその感性の豊かさは法学者や哲学者には向かない』
父にそう言われて理学の道を志したのに、ここでその一端を――いや、そのものの問題を直視せざるを得なくなるとは。
……皮肉な話、としか言いようがない。
そんなことを思っていた矢先の出来事だ。中さんを介して、私に『それ』の話が回って来たのは。
「覚者の話を?」
電話の内容に私は驚いた。
今から2ヶ月程前だったか。FiVEにやって来たばかりということもあって、ここの組織に所属する覚者に話を聞いてみたいと話を持ち掛けたのだ。幸いにも色々な覚者に話が聞けたし、ちょっと信頼を築けた感覚はあった。私自身も色々と成長の糧を貰ったと思う。
――というか、まだ2ヶ月なのか。ここまで時間を長く感じるのは、生まれて初めてかもしれない。私の中の時間というのは大体、光のようにあっという間に過ぎ去ってしまうものなのだ。
そんな回想に浸る間もなく返事を求められ、私は溜息を一つ吐いた。
「ええ、私でよければ」
徹夜しそうになったら今度は自室へ連行しますからねと釘を刺され、私は思いっきり顔をひしゃげた。
……よし。この仕事が終わったら簡易飛行取って学園上空飛んでやる。絶対にだ。
そういう経緯があって、私はまた記録を取ることにした。
私に出来るのは真正面から覚者の話を聞いて、私なりに適切な言葉を……一側面的には正しい言葉を返すだけ。
思うことは沢山あるけれど、それはきっと彼等も同じ。私でよければ話し相手になる。一緒に問題は考える。味方になれるだけなる。それでお互い信頼できるなら、それはきっと幸せな事だと思うからさ。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。
新学期が、始まった。私は、夢見としてこの五麟学園内での生活を強いられている身だ。
とはいえ今の所教授職については差支えは感じていない。むしろ『論文出さないと予算下りない』なんて話がないのは楽なのだが……多分学会に参加するとかになったら詰む。その時はその時で考えよう。
「えーということで。質問ある?」
講義ノートを参照しつつ書き出した式を眺めながら、教室の後ろまで聞こえる声を上げて言う。すぐに手が上がった。
「はいそこの君」
「5行目の式の第3項の符号が違います」
「……え」
数秒間の沈黙。講義ノートと黒板を見比べて、「あ」と一言。
ちらりと学生達を一瞥してからさりげなくチョークを取って、マイナスをプラスに書き替えようとして――。
――がこっ。
……チョークが折れた。
「あ」
失笑がちらほら聞こえて、今度は黒板消しを取って式を消そうとして、手が滑る。今度は黒板消しを派手に落っことしてチョーク塗れになる始末。笑いが起きた。
……いつものことだ。計算ミスも、こういうミスもね。
講義を終えて、溜息一つ。一応、何とか問題なく終わった。
実は4月1日に中さんに高笑いしつつ『私実はイレブンの内通者なんですよ』と大ボラを言った。本当に大ボラだ。……まさか真面目に受け取られるなんて思ってなかった。
そのせいで監禁されかけて身辺調査を食らい、ちょっと講義の資料作る時間取られて死んだのだが……まあ講義自体はおおむね好評でよかった。
とはいえ、本当はこれで『上手く行っている』訳ではない。
大学の勉強――特に数学は、本当に学生達の自主性にかかっている。
本当は高校までの数学も暗記で済むものじゃない。公理、定義、定理、概念……何から何までそれがある理由や思想がある。それを五千年近くの歴史の中、発見、発明した先人達の思想と共に理解していくものだ。本当に自分のものにするには20歳前後の学生がそれを全て追体験する必要がある。大変な話だ。(だから本当は勉強に専念して欲しいっていう教員側の『ワガママ』は少なからずあったりもする)
私が講義で教えているのはあくまで概要やサンプル。90分の講義十数回で伝えられる物なんて本当にごく僅か。本当は沢山伝えたいことがあるが、それは教科書を読んだり数式をいじったりして自分で学んでもらわないといけない。
結局、夢見の仕事もそんな感じじゃないだろうか。数件の依頼を介してそう考えるようになった。
被害者や事件関係者の感情、事件の状況、その他背景……。
悪夢を見ている私にしてみれば無数に伝えたいことがあって、無数に分かってもらいたいことがあるけれど、覚者達に自ずと理解してもらわなきゃいけない。結局歯痒さは付き纏う。この感じは、学生達に数学を教えているときと同じだ。
依頼を通して喜べることもある。辛いこともある。私自身反省しなければいけないことも、山のように……。
でも、いずれにせよ私に出来るのは彼等の背を押す程度のこと――。
他の夢見は本当によく『できた』人達だなって私は思っている。皆を疑ってる訳じゃない。信じてるから、伝えるだけ伝えたいだけで。……でも、それは多分私の未熟さのせい。
まあ、大体関わってる事件の内容もあるだろうけど。
憤怒者組織XI。ラプラスの魔。イグノラムス。対立する利害。覚者と隔者、そして非覚者との差。差別、被差別。怒ること、糾弾することの意味。正義とか、悪って何なんだろうとか。多数派、少数派の違い。意識の差。FiVEが目指しているであろう『相互理解』の真の意味……。
正直言って、難しいことだらけだ。まあ、父や祖父が生涯をかけて学ぼうとしたことの一部でもあるから難しくて当然か。
人生は、馬鹿馬鹿しい程に皮肉と偶然に満ちている。
『お前の正義感は確かに評価する。だがその感性の豊かさは法学者や哲学者には向かない』
父にそう言われて理学の道を志したのに、ここでその一端を――いや、そのものの問題を直視せざるを得なくなるとは。
……皮肉な話、としか言いようがない。
そんなことを思っていた矢先の出来事だ。中さんを介して、私に『それ』の話が回って来たのは。
「覚者の話を?」
電話の内容に私は驚いた。
今から2ヶ月程前だったか。FiVEにやって来たばかりということもあって、ここの組織に所属する覚者に話を聞いてみたいと話を持ち掛けたのだ。幸いにも色々な覚者に話が聞けたし、ちょっと信頼を築けた感覚はあった。私自身も色々と成長の糧を貰ったと思う。
――というか、まだ2ヶ月なのか。ここまで時間を長く感じるのは、生まれて初めてかもしれない。私の中の時間というのは大体、光のようにあっという間に過ぎ去ってしまうものなのだ。
そんな回想に浸る間もなく返事を求められ、私は溜息を一つ吐いた。
「ええ、私でよければ」
徹夜しそうになったら今度は自室へ連行しますからねと釘を刺され、私は思いっきり顔をひしゃげた。
……よし。この仕事が終わったら簡易飛行取って学園上空飛んでやる。絶対にだ。
そういう経緯があって、私はまた記録を取ることにした。
私に出来るのは真正面から覚者の話を聞いて、私なりに適切な言葉を……一側面的には正しい言葉を返すだけ。
思うことは沢山あるけれど、それはきっと彼等も同じ。私でよければ話し相手になる。一緒に問題は考える。味方になれるだけなる。それでお互い信頼できるなら、それはきっと幸せな事だと思うからさ。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.菊本准教授と話をする
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。
~前回までのあらすじ(ストーリーの内容ではない)~
S部「ネームド敵役やって分かったこととして、これは、なんというか……ダークサイドに堕ちる」
まーさみちゃん! あーそーぼ!!
常に光属性を目指すSTの品部です。ここでダークサイドに堕ちちゃいられねぇ。
前回おおむね好評だった(かもしれない)「ある夢見の記録」がExになりました。
・基本的な品部のシナリオと一緒で超ハートウォーミング、超前向きなシナリオです。心配になるぐらい前向き過ぎます
・本来は『PC様語りを品部に書かせて』って話(だった筈)
・別に語らなくてもいい。成功条件にあるようにNPCと話をするだけでもいい
・ついでに夢見NPCと顔見知りになろうってことでもあり
・基本アドリブ全開です
・前回参加者様は2か月間で何かあったかを正美ちゃんに報告してもいいから遠慮なくどうぞ
・プレイングはステシの設定含め読み込んで、品部と正美が一生懸命誠実かつジェントルに優しくコメントします
・お願いだからPCさん可愛がらせて(※本音)
・色々予知してる身だからラプラスの魔関連について色々聞いてみるのもアリでしょう(ただし彼の主観は多分に含まれる)
・利用方法は色々あるかもしれませんが、何であれ一生懸命PC様に向き合います。言った以上はやる。STに二言はない
・そんなこんなで納品まで時間いっぱい頂く可能性が高いです
そんなシナリオです。
どんな感じでリプレイになるか、どんな反応示すかは拙作「菊本准教授の最期」「ある夢見の記録File1-Page1」「ある夢見の記録File1-Page2」等をご覧下されば分かるかと思います(雑な説明だとは思いますが百聞は一見に如かずなので……!)
§概要
学園内で正美の質問に答えて下さいって話です。
中指令から話聞いて研究室にお邪魔してもいいですし。
基本的に正美は自分の研究室にいますが大学のキャンパス内とかこもれびとかでも会話に応じます(プレイングで指定してください。無ければ無いでこちらで決めますが)
尚、質問の回答をする必要もないです。どちらも『ない』のならないでいいです。その場合は近況報告したりとか、何かやりたいこととか、色々彼に語ってあげたり、質問してあげてください。あくまで成功条件は『菊本准教授と話をする』なので。
・正美からの質問
1『貴方は何故FiVEに入ったのですか。FiVEに入った理由が無いのであれば、貴方は何故今FiVEにいるのかをお聞かせください』
2『私(菊本正美)が関わった依頼を通して何か感じたこと、思ったこと、考えたことはありますか』
1、2いずれか(あるいは両者)お答えください。ですが、イベシナ等々と同じでどちらか一方にした方が描写は濃くなると思います。
質問の回答については正美が品部と一緒に誠実にかみ砕いてできるだけ誠実にコメント及びリアクションさせて頂きます。
質問に答えたら逆に彼に質問したりとか、将棋やったり研究室にあるニュートンのゆりかご眺めててもいいですよ。
准教授に「何でそんなにロン毛なの」とか聞いてもいいです。セクハラとか嫌がらせじゃない限りはマスタリングせずに答えます。
NPC(空野旦太と大柴智子)は呼ばれれば研究室あたりにひょっこり顔出します。遊んだげてもいいのよ。(※大変申し訳ありませんが小川忠彦は来ないです)
最低600字は埋めて下さい。
字数が余ったらどこで話したいかとか、好きな飲み物とか色々書いてください。(お茶とかコーヒーとかお茶菓子ぐらいなら出します。貧乏学者だから安い奴になっちゃうけど)
あとNG項目とかあったらお願いします。怒鳴らないよとか、大笑いしないよとか、大泣きしないよとか
「NG:」とか「×」とか入れてその後に項目も受けてもらうとアドリブの再現度が高くなります。(「NG:女らしく振舞う」みたいな感じで)
品部も字数の許す限り拾いにかかります。おバカな中身が露出しない程度にはがんばります。
一応断っておきますが、NPCも人間なのでPCさんが彼を怒らせたり挑発的なことをすればそれ相応の態度を取ります。
逆にちょっと叱られたいとか、批判されたいとか、矛盾指摘されたいとかそういうのをご希望の方はExプレイングかプレイングの隅っこに【殴】と書いておいてください。(※キツイ批判書くと品部が良心の呵責に苦しむので重要です)(前回意外と需要あって戦慄した)
ですが正美は基本的に心優しい自由主義者なので、あんまりキッツいツッコミは期待しないで下さい。いやマジで。
前回ちょっと怒鳴ってたけどあれでも実の所きつかった。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
5日
5日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年05月02日
2017年05月02日
■メイン参加者 8人■

●Case02シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)
講義の質問と聞くと嬉しい。だが研究室にやってきた留学生、シャーロット・クイン・ブラッドバーンの質問内容は虚を突くものだった。
「講義の日本語の表現について?」
盲点だった。英語は出来るので聞かれた表現の対訳とより簡単な日本語に変えたものを紙に書き出して渡す。
そういえば、彼女もFiVEの覚者だったか。
「貴女は何故FiVEに?」
一瞬戸惑いを見せられ、気にしない範囲でいいよと付け加えたが話題に乗ってくれた。
「これを理由とするのは、適切ではない。かも、しれませんが。
……よりよい選択が、他にないからです」
何度か聞いた言葉だ。
「そういう人は沢山いるから、気にしないで」
彼女は留学生だ。他の保護先は無かったらしい。内通者を疑われる可能性を考えたそうだ。あの王子も外務省から腫物扱いされたと言っていたか。
「帰りたいとは思わなかった?」
彼の問いに、シャーロットは一瞬黙った。聞いてまずかったか。しかし次の瞬間聞こえた彼女の声はまっすぐだった。
「それは。ワタシが、日本に来た理由。それを、捨てる選択です」
「それがここにいる理由って事か」
「はい。……少し、言い辛くはありますが」
「無理には聞かない」
正美の言葉に、シャーロットは頷きを返した。大丈夫では、ありそうだ。
「憧れ。あるいは、恋。でしょうか。複雑な思いを抱いた相手がいました」
「……」
「日本人の剣士でした」
「剣士?」
「サムライと呼ぶと、それは違うと言われたのですが。当時のワタシには分かりませんでした。
ただ、その生き方に、しなやかな強さに惹かれたのです」
「……分からなかったから惹かれたんじゃないかな」
思わず口元に手を当ててぼそり。
「え?」
「いや、独り言」
聞き返されて首を横に振る。聞こえてないならそれでいい。
……とにかく。
その後別れてから数年、その剣術をまねたり、その故郷である日本のことを学んだそうで。それから真似ではない、自分自身の生き方を作ろうと思ったそうだ。
「真似……ではない、か」
「何か?」
「いや、真似事が多い私には羨ましいなって」
「センセイは個性的だと思います」
「『見かけ』だけだと思う。……所でその人は?」
再びの問いに、シャーロットの言葉が詰まった。あれ、また聞いてまずかった奴か。
「ワタシが五麟に来る、数日前に亡くなったそうです」
「……え」
その人物は――妖との戦闘で死んだらしい。仲間を逃がして、一人で戦った。遺体は見つかっていない。
――あれ。その話……?
このFiVEに所属した以上、犠牲には敏感であろうと思った。犠牲をどうにかして防ぐ手立てが見つかればと思って、その手の資料は……。
しかし、正美は沈黙を貫くことにした。
「再会できなかったことは残念です。とても、とても……」
「そう、だろうね……」
「でも、何故でしょうか」
どこか、あまり遠くない所にいるような、気はしているらしい。
正美はシャーロットの守護使役がいる辺りに視線をやった。
名前は、知らない。
「不思議ですね」
「そうだね」
「流石神秘の国、なのです」
「何にでも神秘はあると私は思うけど、貴女の心に響く神秘がここにあるんだろうね」
●Case03『イッパンジン』風織 歩人(CL2001003)
風織歩人。彼女の弟か。お詫びということで菓子折りとお茶を持ってきてくれた。
……お詫び?
「姉がご迷惑おかけしたようで」
「そんなことないさ」
とはいえご厚意なので受け取った。
「そういえば姉からカフェやる話は聞きました?」
「うん」
「俺は最初聞いたとき何事かと思ったんですけどね。今、空き店舗探してるそうで。近々OLも辞めるそうです」
「え」
どうやら、背中を押された人がまた一人。酷い職場にいるのはどうかと思っていたのでその点は幸いだが……。
「……上手く行くといいね」
そんな彼女の弟がこのFiVEにいる理由に、正美は驚きを隠せなかった。
「姉を守るため、です」
「へ? お姉さんを?」
「姉自身が無茶をしないように見張っているというか」
それは容易に想像は付く。彼女は猪突猛進だ。
「息苦しいとは思います。でも、姉の気持ちを俺が利用しているってことでもあるんですよ」
「……ずいぶん分析的だ」
「事実ですから。俺がFiVEにいる限り、姉はそれ以上はどこにも行けません。正直、平和にならなくても構わない」
「……真の平和は理想でしかないよね」
「なら都合がいい。姉は相当なブラコンですが俺もかなりのシスコンです」
自嘲にも見える笑いが、虚しく響いた。
彼は姉に頼りになる人が現れるまでその立場を続けるつもりだそうだ。
「例えば夫とか彼氏とか」
その言葉はどこか寂しそうだった。しかし彼は直後『姉さんに伴侶が出来るのは嬉しい事ですよ』と付け加える。
……その時正美は歩人の顔を見ていなかったので、彼の視線に気づかなかったのだが。
「そこまでして守りたいんだ?」
「姉さんは、いじめられっ子だった俺をいつも助けてくれましたから」
――あたしだけ傷つけばいいんです。あの子は大切な大切な弟ですから。
そういうことか。
彼女はまさしく正義の味方だった。いつでも駆けつけてくれて……守ってくれた。
あの背を引き継ぐために、守りたい。彼の意思はそこにあるらしい。
自分以外の守る価値を見出した姉が、彼にとって誇らしい事だそうで。
「俺も、姉さん以外の『守る価値』を見いだせればいいですが」
沈黙が、空間を支配した。
「君は今お姉さんを守ることだけを考えればいいと思う」
そうポツリと零した。
少し、意外な返答だっただろうか。だがそれが最適解だと思った。
「私も彼女が心配だけど。それ以上に……君自身の為だ。
まずはお姉さんを守ることから、興味を広げればいい。その内お姉さんみたいに他のやりたいことが必ず見つかる。
ただ、辛くなったら休む。それだけは忘れないように」
彼の意思は否定したくはない。自分も彼と同じ立場ったらそうする。
少しずつ、景色が変わればいいのだ。その内きっと……何かが見えてくる。時間がかかっても、それでいい。
歩人はお茶を呷った後、正美の顔を見た。
「俺からも質問いいですか?」
「ああうん?」
「ご結婚とか、彼女を作るとかは考えてないんですか?」
「唐突な質問だなあ」
その質問の『意図』はあまり考えず、正美は笑った。
「血筋だろうな。研究だけで手一杯で……相手を悲しませる」
「そうか。残念だな」
「残念?」
意外なコメントに、正美は首を傾げた。
「姉さんがいたく准教授のこと褒めていたので。ワンチャンあるかなと」
例えば夫とか彼氏って……そういうこと!?
――菊本正美、42年の人生屈指の驚愕である。
「や、ちょ。お姉さんを傷付けるつもりは……!」
「いえ、無いならいいんです」
「あの……でも友達だから!」
「無理してフォローしなくても。諦める様に言っておきます」
「本音だし!」
「……そっちの方が傷付く気が」
●Case04如月・蒼羽(CL2001575)
コンコン、と聞こえてきたノックの音。それにどうぞと返して入ってきた青年に正美は椅子から立ち上がるとぺこりと頭を下げた。
如月蒼羽。スタントマン。藍色の瞳と黒髪。彼女そっくりだ。
「妹がお世話になっているようで……」
「いえこちらこそ」
草餅まで丁寧に渡されて、頭を下げた時のこと。じっと藍の視線がこちらを向いていることに気づいた。
「何か?」
「いや。とても穏やかで。妹と一緒に大学上空を飛び回って怒られた先生には見えないなと」
その言葉に正美は思わず吹き出した。
彼女もあの後『むしゃくしゃしていたので』と胸を張って言ってのけたに違いない。
「単に穏やかだったら学者なんてやってません」
その言葉に蒼羽も笑った。
お茶を淹れ、貰った草餅を一緒に食べて話をすることに。
彼がFiVEに来た理由、それは特に無かったようだ。まず首を傾げられて一言。
「消去法でしょうか」
あまり褒められたことではないですがと付け加えられて正美は首を横に振った。
隔者組織の在り方も、憤怒者も該当しない。在野で生きるという手もあった。だが彼はそれを選ばなかった。性に合わなかったらしい。
「私も長いこと在野にいた身ですが……そこまで?」
「やっぱり理由として弱いかな?」
彼の空気が、声色が妙に変わった気がした。ちらりと表情を見ると、笑顔の質が違った。
「ご存知の通り、妹は翼人です」
ああ、そういうことか。正美は溜息を吐いた。
発現は、妹の方が早かったそうだ。
「……あの子は、見た目ですぐに覚者と分かってしまう」
その言葉に、声に、僅かに憎しみと怒りを感じた。
見事に掌を返した親類もいた。気持ち悪いと言ってきた輩もいた。
その後彼も発現したそうだが、当たりは妹より弱かった。
「変ですよね。僕はそれが気に入らなかった」
「いえ……当然かと」
ぎゅっと、胸の辺りを掴まれた感覚を覚えた。
「その後弁護士さんに入ってもらってその手合いとは縁を切りましたけど」
表情を見る。その笑顔の奥の瞳には、猛禽類とも違う光が見えた。
「だからそうですね。ここでは自分らしく生きられると思ったんです」
「『自分らしく』ね……」
その言葉が嫌に何というか、酷く響いた。
あの妹にしてこの兄あり。やるときはやる。それはそれは容赦なく。……本質は彼女と全然変わらない。そしてそれが『自分』な訳か。
「だからでしょうか」
一瞬静かになった研究室に、蒼羽の声が響く。
「この間のデモのこと聞いたのですが……少し。思う所があって」
「……ああ」
「人間は『違い』があるとなかなか認められない生き物だけれど……僕は切ることはしたくはないです」
沈黙。正美は返事をしたものの、蒼羽の声だけが響いた……気がした。
「分かり合うことって、先生は出来るとお考えですか?」
その瞬間、静寂の中に。白い魔物の音が、声が、心が、正美の心と共振するようにずーんと響いた。
――人同士受け入れられるなんて甘いことは言わないよ。
彼は、問いに対して静かに首を横に振った。
「残念ですが、私は全ての人と無理に分かり合う必要はないと考えています。
……妹さんに辛辣な事を言った方も、悪意を振りまく方も、人です。如月さんがその方達と縁を切ったように……特定の人と干渉もせず、距離を取ることも……賢い共存でしょう」
あの魔物と同じぐらい、正美はそれをよく知っている。
「ただ、十把一からげに切ることは私も……したくはないです」
そこまで言って、ぞっと。何かが背を伝った。
心の中の白い魔物が、嗤っていた。
●Case06『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)
水部稜。弁護士。以前彼には旦太や小川を助けてもらった。そのお礼を言った所、稜は礼儀正しく頭を下げた。
だが
「ラプラスの魔の関してはあまり考えてません」
出てきた言葉はやはりドライだった。
「確かに思想や意志は感じますが、行いは明らかに不法行為だ」
不法行為。その言葉が嫌に耳に付いた。それを読む様にすっぱりと一言。
「私もFiVEは嫌いです」
「それなのに協力を?」
「仕方なく、ですよ。法に触れるというのは抵抗があって当然でしょう」
仕方ないことをそこまでして? それが気になったが、稜は誤魔化すように肩を竦めた。
「ま、正義や利害の対立なんてナンボでも見てます。実に醜く面倒な事ばかりだ」
「分かります。父もよく言っていました」
「法律家ですか?」
「憲法学者です」
「ああ……」
淡々とした返答に、正美は噴き出した。憲法は理想論の世界だ。リアリストの弁護士とは対極にある。
「ただ、弱者を虐げる連中は地獄に落ちればいいとは思っています。悪友が多数の暴力の被害に遭ったんですから。許すわけには行きません。その為に仕事はします」
彼の在り方は向日葵と天秤というより秋霜烈日だな。つくづく思う。
部屋が静かになった所で、正美はポツリ。
「何故、FiVEに?」
正美は一度はFiVEの所属を見送った身だ。稜はその問いに一言。
「『彼女』の為です」
彼女……以前ここを訪れた灰色の髪の翼人か。
「以前から気になっていたのですが、ご親戚でらっしゃる?」
「いえ。違います。大切ではありますが……」
そこで稜は首を傾げる。言葉にならない何かを抱えている気がした。
彼が今いる事務所の所長は、彼の父を冤罪から救ってくれた人物らしい(所長の息子が件の悪友のようだが)
そこでの仕事に慣れた矢先に入ってきた大仕事……それが彼女の件そうだ。
「遺産の管理ですか?」
「それだけなら18までで良かったのですが、金になる形見があったもんで」
「形見?」
「レシピノートです」
「失礼な感想ですが……そんなものが?」
「彼女の父が老舗ホテルの板長をやっていて、独自の創作料理を綴ったものでして」
「ああ……」
そこで弁護士の稜が雇われたようだが、彼自身はその形見への想いを尊重したようだ。
「何としてでも守らねばと思いましたよ」
想いよりも権利に金をつぎ込む人間がいて、一方で想いを守る為に権利を行使し、その為に金で弁護士を……。
何とか形見は守ったようだし、彼女も成人したので稜の手元を離れたが……
「FiVEに入ったのを見て、守らねばと……」
「守る……」
さっきから稜の話を聞いていて引っかかったのは、守るという単語だ。
「彼女は立派な成人女性ですよ? そこまでして?」
「え」
その指摘に彼は遂に言葉を止めた。珍しく戸惑う彼を見て、正美は溜息を一つ吐いた。
「水部さん、貴方分かってらっしゃる筈だ。
法律家は死んだ人の命さえお金に換算して、請求する訳じゃないですか。でも、それって想いや命の重みを測る尺度がお金なだけでしょう?
いい弁護士って、つまり人の心が分かってるってことじゃないですか。
……だったら弁護士らしく、自分の想いにも素直になりましょうよ」
「どういうことですか?」
しらばっくれているのだと思った。だが気付かないならそこまでだ。
「私の仕事は背を押すことです。……何であれ、ね」
背を押す実績は一応、中学の時からあるのだが。きっと気づいてくれる。
●Case08『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)
御影きせき。高校一年生。15歳……か。
とはいえ。
「菊本先生、こんにちは!」
そう言って研究室に入ってきた彼は、歳の割に幼さを感じる。……自分が言えた義理じゃないか。
将棋に興味を持ったようなので、彼に駒の動かし方を教えて詰将棋をさせる。感心を覚える程に飲み込みが早い。
「所で御影さんはどうしてFiVEに?」
「ドクターが五麟大学の研究室にいるから……かな?」
「ドクター?」
「お医者さん。僕の今の保護者」
今の。それに疑問を抱いた直後
「僕、小6の頃に妖に襲われてパパとママを亡くしたんだよね」
何かがちくりと痛んだ。しかし目の前の少年に暗さは一切ない。
その後AAAに助けられ、FiVEに保護されたらしい。戦うことについては「無理して戦わなくていいよ」と言われたそうだが(遠回しに反対されたのだと正美は思った)自発的に彼が選んだようだ。
「怖くない?」
「ううん。凄く楽しいよ!」
きせきの住む世界の色の彩度が上がっていく一方で、自分の世界が灰に染まっていく感覚を正美は覚えた。
「強い敵と戦うってゲームとか漫画みたいでさ、わくわくする! それに仲間と連携できると嬉しいし。それに……」
彼はそこで一瞬言葉を詰まらせた。灰色の世界が、伝染していった。
「僕と同じ境遇の人を少しでも減らせるなら、それっていいことだなって。
ホントは分かってるんだ。僕みたいなの、まともじゃないって。変な方向で立ち直って強く生きれるのも珍しいって」
言葉を挟もうと思ったが、それより早くきせきの口が開いた。
「こないだ憤怒者の隊長さんに言われたこと……考えちゃって」
隊長と称される男がきせきに投げかけた言葉については彼の耳にも入っている。
――覚者という言葉は差別だ。
――お前達は優越感に踊らされているだけ。
覚者に対する『一般人』という言葉に違和感はあった。優越感も少々認める。だがそんな言葉をこの多感な少年に……。
「皆を助けるために頑張って妖をやっつけてるのに……」
「酷いと思った?」
しっかりと頷きを返すが、どこか落胆した様子だ。
「あれは許せない。
でも、僕達のありがたみを知るような出来事なんて起こらない方が幸せなんだよね。あの人がああ言うのも当たり前な気がして……。
……分かんなくなっちゃった」
部屋の中が、しんとした。落ち込んだ様子の彼を、正美はまっすぐ見据えた。
「あのね。私もマトモじゃない」
きせきの目が大きく開いた。
「嫌われやすい数学や物理が大好きでそれしか出来なくって。でもそれのお陰で先生って持て囃されてるんだ」
「先生は駄目じゃないと思うよ? 教える人がいなくなったら大変だもん」
「じゃ、それと同じだ」
ちゃんと教養の大事さを知っている。いい保護者に育てられているようだ。そう思った。
「もう一度聞こう。君が戦う目的は?」
きせきの揺れる視線に、彼は笑みを返した。
「自分と同じ境遇の人を減らそう、だったね。
その目的を忘れないのならば、手段を楽しむのは素晴らしい。それは才能だから、誇るべきことだ。君の明るさも同じ。それもギフト。君達がいるから救われている人がいることも幸せだ。……私も君達がいるから生きている。
その珍しさは、充分誇っていい。
君は優しくて賢いから言うことはほとんどないけれど……ただ、気を付けるべきことは一つ。
『手段のために目的を選ばない大人』にはならないように。ずっと、その目的を忘れないで」
目的さえ見失わなければ、必要以上の不安は抱かない。彼はそう信じている。
きせきの顔に明るさが戻ったのを見て、正美も笑顔を返した。この明るさは間違いなく天性の才能だ。
●Case13『善を貫くヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)
「おーっす菊本先生!」
成瀬翔。中学生。そうかこの間は6年生だったか。
とはいえ自分の言い方に気づいたのか、研究室のドアを閉めた直後に
「じゃないお邪魔します!」
言い換えた。親族の教育の成果だろうか。
「何で日本語って色んな言い方あるんだ?」
だが、辛いようだ。
「英語にも丁寧な言い方はある」
「げ」
「その内習う」
翔はそれにげっそりしたが、何か話があるようだった。それを聞くことに。
「憤怒者って連中は何で覚者をそんなに毛嫌いするんだ?」
正美は僅かに目を大きくした。
「何でだと思う?」
「正直わかんねー」
翔は難しい顔をしているが、正美はそれに安堵した。
確かに発現して悪事を働く輩はいる。破綻者も無差別に人を襲う。それは恐ろしいが、一部だけの話。
「全部が全部そんな奴じゃないだろ?」
「そうだね」
非覚者も、覚者も同じ筈なのに……。
「仲いい友達が覚醒したら、途端に友達のことを化け物扱いする奴とか見たことあって。オレ、すげー悲しかった」
「……」
「この間電磁波で騒いでたやつは頭悪いけどよ、隊長はそういう奴ら利用してた訳で……。覚者が非覚者攻撃するのもさ、非覚者のせいじゃないかって……」
「それは……」
研究室の中が、水を打ったように静かになった。
「オレさ」
「うん」
「どんな奴でも命は奪いたくない」
「憤怒者も隔者も?」
翔は力無くも、頷いた。
「助けられる奴は皆助けたい……って思うんだけど」
「……」
「それって偽善なのかな?」
「……」
「覚者だからってイジメられてないからそう思うのか?」
「……」
「きれいごとって言われたらそれまでだし」
再び静かになった研究室の中、正美はぽつりと。
「成瀬さんは知ってるか」
「え?」
「私が精神科行ってたこと」
出会いは確か正美が殺されかけた件だから知っている筈だ。彼は28の時、友人の死を予知し――当時、そういう既往歴があったのだが。
「原因は研究室でのイジメだったんだけど」
「何でそんなことするんだよ」
「妬みだと思う。でも本質は『誰でも良かった』んだ」
――そう言えばイグノラムスは、凡庸な悪を認めろと言っていたか。
……凡庸な、悪。
「誰にも攻撃性がある。その対象が目立つ私だっただけ。
彼等だけじゃない。私も含め皆同じ。思想や因子じゃなくてもいい。ホクロの一つでさえ人は人を殺す」
正美の指摘に、翔は驚いて目を丸くした。
カーテンを開ける。正美の黒い髪に光が当たって、白く輝いた。
魔物の声が、聞こえた。獣性を、認めろと。
藍色の瞳が、こっちをまっすぐに見据えている。本当は視線は苦手なのだが、彼も懸命に翔を見据えた。
「怒りも、区別も、嫌悪も。この世にある物は全て必要なもの。ただ……皆、信じ過ぎる。自分の感覚も。自分の思考も。自分の真実も。視点はいくらでも持てるのに。せめて立ち止まれるのに。進んで、自分さえ見失う。
君はその事実を知っているから、皆を救いたいんだと思う。自分の中の悪を認めて、殺すことは自分の否定だと知っているから」
これは、こんな多感な少年に託す話だろうか。いや。彼は分からないことを知っている。それだけで充分だ。
「先生の正義って何なんだ?」
その問いに、時間の流れがいつもより長く感じた。風が、静けさが、彼等の髪を揺らした。
「正しさって何だろうって考えるためにあらゆる努力を惜しまないことだ」
翔の息を飲む音が聞こえた。
「考える君は偽善じゃない。真のヒーローだ」
正美は箱から草餅を一個渡して頷いた。
「助けられるものは助けよう。くよくよするなら脳に糖分入れてさ!」
「それでも言ってくる奴がいたら?」
「ぶっとばせ!」
正美が握り拳を翔の前に突き出す。翔はそれに自分の拳を突き出して、勢い良くぶつけた。
この少年は、間違いなくヒーローだ。
●Case14『不可知の鏡』新堂・明日香(CL2001534)
特に何をすることもなく、物思いにふけっていた時のこと。研究室のドアをノックする音が聞こえて、正美は弾かれたようにそちらを見た。
「菊本先生ー。……お話、聞いて貰ってもいいかな?」
新堂明日香。前に比べて……何というか。
気にしていたので丁度良かったが……。お茶とお菓子を用意しても、そちらに注意が行っていない。
「この間先生が予知したお仕事」
唐突に、明日香は呟いた。
「隊長の件か」
「イグノラムスって名乗ったね。会って、お話ししたの」
送り出した正美としては当時内心穏やかではなかった。彼の思考回路は分かっていたが……。
「それであたし、あの事件を画策した奴の事許せなくて、いつか殴りに行くから待ってろ! って伝言して! って言ってやったの」
「……無茶するなあ」
思わず本音が。
「ごめんなさい。でも、どうしても……」
「言っちゃったもんはしょうがない。
『彼』は安い挑発に乗らないとは私もどこかで思ってたし。でも言い返されたろ?」
「『凡庸だ』って言われた。表面しか見てないー、とか」
その後に続いたのは、取り留めのないような事ばかり。概要を知っているだけに、何か重い物を処理できていないような。
「……思った以上に、刺さっちゃって」
「……」
「あたしの考えは、あの電磁波で騒いでる人と変わらないんだ、って。あたしも、あの人達と……」
もう一度溜息。とはいえ、正美も責任を感じていた。彼女の感情を増幅させたのは自分だ。これでは魔物そのものだ。
「でも」
ぽつりと一言。彼女は呟いた。
「ここで下を向いてたら、カミサマに顔向けできない」
「……」
「イグノラムスは、思った以上に色んな事を話してくれた」
「何か、感じることはあった?」
「彼は……自分自身も赦せないのかなって」
――ああ、それが響いたのか。
「何にしても、もう一度会わなきゃ。言い負かされたままなんて嫌だし」
彼女はこちらを見据えて、言った。
「菊本先生。前にお話しした時に思ったことも含めて、改めて。
あたしは、戦う理由も、考え方も、何一つ『特別』なんてない。ごく普通の女の子でしかないんです。
……でも、それは戦うことをやめる理由にはならない。
あたしは普通のあたしなりに、イグノラムスとラプラスの魔に向き合おうと思います」
沈黙。
「これもきっと、『よくある理由』なんだと思うけど。あたし、頑張りますから!」
更に、沈黙。正美は珍しく明日香の顔をじっと見た。その視線に気づいたのか、彼女はまごついている。
「あ、えっと。面白くないですよね? そうだ! 空野君は……」
あまりの慌て様に、彼は笑いを零す。
「彼なら昨日もここに来てた」
彼としては問題に向き合う人を見られただけでいい。
正美は席を立つと窓を開けた。風が、吹いた。
「君に3つ伝えることがある」
「はい」
「まず一つ。君は十分秀でている」
「はい?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「自分が凡人だと自覚したからだ」
それは彼自身の経験だ。分からないことだらけで、限界を感じるから工夫する。才能が物を言う世界に身を置いているが、凡庸なりの才能もある。
「凡人で結構。考え方、知識、工夫……過去から今に至るまで、人が築き上げた素晴らしいものが無数にある。それを自分のものにするための知恵、直感、論理性を磨けば、天才が一個出来上がりだ」
多分、彼女はそれを実践しているだろうけど。
「そしてもう一つ。君の救いたいという欲求は間違いなく天性のものだ。
たとえ君と全く同じ生い立ちを送ろうと、悪意の塊のような人もいる。だから誇っていい」
その言葉に明日香はきょとんとしたのち、意味をゆっくり理解し、そして頷いた。
「最後は?」
「3つ目? それはね、無茶は駄目」
「へ?」
「頑張り過ぎは絶対駄目。
嫌な事は溜め込まない。ちゃんとご飯3食食べて8時間睡眠取る。頭働かないと鬱になる」
お母さん属性満載の忠告に、彼女は叫んだ。
「それは先生が注意することでしょ!? またn徹中ですよね!?」
「やだなあ。ゆうべも1時間寝たし」
次の瞬間、明日香は指令室にダッシュで向かった。
「あ! ちょっと!?」
尚正美はその後『徹夜の定義が曖昧だ』と叫び逃走したらしい。
●Case16『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)
空は抜けるように青く、どこまでも高い。
学園の屋上、フェンスに寄りかかって足を投げ出す。
くるくるくると、手は竹ひご飛行機のプロペラを手持ち無沙汰気味に弄び。詠うように呟く。
「空は青いケド、その青だって人それぞれだし。
ラプラスの魔、ラプラスの悪魔。そんな『敵』が明確に表れてボクの正義は揺らぎっぱなし。や。なかったからこそなのかもだけど。
……っていうのも青春の1ページ?」
麻弓紡。正美にやっほと呟き、ひらひらと手を振る彼女に、手を振り返す。
紡も依頼の報告書に目を通したらしい。
「イグノラムス……だっけ? ずいぶんとまぁ切り込んだなぁーって感じだよねぇ、アレ」
切り込む。揺さぶるような話術についてか。
空は青いままだった。静かに風が吹いた。
「で、うん」
「うん」
「なんていうかさ? 例えば空を飛べるってボクにとっては『普通』だから飛べないとモヤッとするんだけど。でもこれって他の人から見れば『普通』なことでさ」
「そうだね」
「それと一緒で、正義も人によって変わるものだと知っているのに。自分達とは違う正義を振りかざしている相手は『悪』で、『悪だから倒せば終わり』って思考停止をしていいものなのかな、っと。
まぁ、ヒトを『肉』扱いする相手なら、考える必要はないんだけど。
……ラプちゃん達って、ドレに当てはまるんだろうなって」
「どう思ってる?」
二人は空を見上げた。ちぎった綿のような雲が、風に流れた。
「単純に倒せば……殺せば、いい?」
その問いに、自分の心臓が引きちぎられる感覚を正美は覚えた。
「警察に引き渡す?」
風が、止まった。
「それとも……同じ道を歩めるよう努力する選択肢は作れたりするの?とか、さ」
空気が再び流れる。
「難しいよねー」
返事は求められてないのか。手を放した飛行機が青い空に浮き、空を飛ぶ。
紡はよっと声を上げて立ち上がり、正美を見た。
「マサミちゃんはさ、どうしたい?」
「私?」
「ボクはさ、マサミちゃんがやりたいことを気兼ねなくやりたいようにしたいよ?」
「『私』は求められてないんじゃないかな」
飛行機は、まだ空を飛んでいた。
「どして?」
「この間の依頼さ。正直、怖かった。私があれを『デマ』って怒ったばかりに……。……『私』はない方がいいのかなって」
「でも、間違ったことは言ってないんでしょ?」
「間違ってないから怖いんだ」
――正しいと思うことこそが本当に危ないとは貴方も少なからず分かっているのでは?
約2年前、スカウトを断った時の言葉が今になって響く。
多分、彼等はこの組織を映す鏡だ。
自分が怖いと思うなら、魔物も怖がっている。力と正義を。全ての行く末を。
「でも……」
迷いながら、言った。
「『私』はね、『凡庸な悪』の暴走を止めて欲しい。
薄っぺらな正義掲げたアホ面の連中に……中指立ててさ。『お前等鏡見て出直して来いよ』って言いたい」
その言葉に紡はクスリと笑った。
「過激だね?」
「学者は過激と相場が決まってる」
「じゃ、さ」
ゆるゆると速度を落とし、地面に落ちそうな飛行機に視線をやって、紡は言った。
「ボクはそんな過激なマサミちゃんのお手伝いをしよっと」
思わず正美は噴き出す。
「何するの?」
「空中散歩でさ、アタリマンをひと泡吹かせようよ。報酬はあのヒコーキの改良で」
「アタリマンと来たか」
風が、吹いていた。
「遠慮する。飛行機は直すけど」
「どして?」
「ユーモアに必須の斬新さが無い」
「じゃ、どするのさ?」
紡の声が笑っている。正美も上ずった声で答えた。
「あいつの机をピンクのお花紙で埋め尽くしてやる」
「……ぶ」
二人の笑い声が遠く遠くまで、空に響いた。
講義の質問と聞くと嬉しい。だが研究室にやってきた留学生、シャーロット・クイン・ブラッドバーンの質問内容は虚を突くものだった。
「講義の日本語の表現について?」
盲点だった。英語は出来るので聞かれた表現の対訳とより簡単な日本語に変えたものを紙に書き出して渡す。
そういえば、彼女もFiVEの覚者だったか。
「貴女は何故FiVEに?」
一瞬戸惑いを見せられ、気にしない範囲でいいよと付け加えたが話題に乗ってくれた。
「これを理由とするのは、適切ではない。かも、しれませんが。
……よりよい選択が、他にないからです」
何度か聞いた言葉だ。
「そういう人は沢山いるから、気にしないで」
彼女は留学生だ。他の保護先は無かったらしい。内通者を疑われる可能性を考えたそうだ。あの王子も外務省から腫物扱いされたと言っていたか。
「帰りたいとは思わなかった?」
彼の問いに、シャーロットは一瞬黙った。聞いてまずかったか。しかし次の瞬間聞こえた彼女の声はまっすぐだった。
「それは。ワタシが、日本に来た理由。それを、捨てる選択です」
「それがここにいる理由って事か」
「はい。……少し、言い辛くはありますが」
「無理には聞かない」
正美の言葉に、シャーロットは頷きを返した。大丈夫では、ありそうだ。
「憧れ。あるいは、恋。でしょうか。複雑な思いを抱いた相手がいました」
「……」
「日本人の剣士でした」
「剣士?」
「サムライと呼ぶと、それは違うと言われたのですが。当時のワタシには分かりませんでした。
ただ、その生き方に、しなやかな強さに惹かれたのです」
「……分からなかったから惹かれたんじゃないかな」
思わず口元に手を当ててぼそり。
「え?」
「いや、独り言」
聞き返されて首を横に振る。聞こえてないならそれでいい。
……とにかく。
その後別れてから数年、その剣術をまねたり、その故郷である日本のことを学んだそうで。それから真似ではない、自分自身の生き方を作ろうと思ったそうだ。
「真似……ではない、か」
「何か?」
「いや、真似事が多い私には羨ましいなって」
「センセイは個性的だと思います」
「『見かけ』だけだと思う。……所でその人は?」
再びの問いに、シャーロットの言葉が詰まった。あれ、また聞いてまずかった奴か。
「ワタシが五麟に来る、数日前に亡くなったそうです」
「……え」
その人物は――妖との戦闘で死んだらしい。仲間を逃がして、一人で戦った。遺体は見つかっていない。
――あれ。その話……?
このFiVEに所属した以上、犠牲には敏感であろうと思った。犠牲をどうにかして防ぐ手立てが見つかればと思って、その手の資料は……。
しかし、正美は沈黙を貫くことにした。
「再会できなかったことは残念です。とても、とても……」
「そう、だろうね……」
「でも、何故でしょうか」
どこか、あまり遠くない所にいるような、気はしているらしい。
正美はシャーロットの守護使役がいる辺りに視線をやった。
名前は、知らない。
「不思議ですね」
「そうだね」
「流石神秘の国、なのです」
「何にでも神秘はあると私は思うけど、貴女の心に響く神秘がここにあるんだろうね」
●Case03『イッパンジン』風織 歩人(CL2001003)
風織歩人。彼女の弟か。お詫びということで菓子折りとお茶を持ってきてくれた。
……お詫び?
「姉がご迷惑おかけしたようで」
「そんなことないさ」
とはいえご厚意なので受け取った。
「そういえば姉からカフェやる話は聞きました?」
「うん」
「俺は最初聞いたとき何事かと思ったんですけどね。今、空き店舗探してるそうで。近々OLも辞めるそうです」
「え」
どうやら、背中を押された人がまた一人。酷い職場にいるのはどうかと思っていたのでその点は幸いだが……。
「……上手く行くといいね」
そんな彼女の弟がこのFiVEにいる理由に、正美は驚きを隠せなかった。
「姉を守るため、です」
「へ? お姉さんを?」
「姉自身が無茶をしないように見張っているというか」
それは容易に想像は付く。彼女は猪突猛進だ。
「息苦しいとは思います。でも、姉の気持ちを俺が利用しているってことでもあるんですよ」
「……ずいぶん分析的だ」
「事実ですから。俺がFiVEにいる限り、姉はそれ以上はどこにも行けません。正直、平和にならなくても構わない」
「……真の平和は理想でしかないよね」
「なら都合がいい。姉は相当なブラコンですが俺もかなりのシスコンです」
自嘲にも見える笑いが、虚しく響いた。
彼は姉に頼りになる人が現れるまでその立場を続けるつもりだそうだ。
「例えば夫とか彼氏とか」
その言葉はどこか寂しそうだった。しかし彼は直後『姉さんに伴侶が出来るのは嬉しい事ですよ』と付け加える。
……その時正美は歩人の顔を見ていなかったので、彼の視線に気づかなかったのだが。
「そこまでして守りたいんだ?」
「姉さんは、いじめられっ子だった俺をいつも助けてくれましたから」
――あたしだけ傷つけばいいんです。あの子は大切な大切な弟ですから。
そういうことか。
彼女はまさしく正義の味方だった。いつでも駆けつけてくれて……守ってくれた。
あの背を引き継ぐために、守りたい。彼の意思はそこにあるらしい。
自分以外の守る価値を見出した姉が、彼にとって誇らしい事だそうで。
「俺も、姉さん以外の『守る価値』を見いだせればいいですが」
沈黙が、空間を支配した。
「君は今お姉さんを守ることだけを考えればいいと思う」
そうポツリと零した。
少し、意外な返答だっただろうか。だがそれが最適解だと思った。
「私も彼女が心配だけど。それ以上に……君自身の為だ。
まずはお姉さんを守ることから、興味を広げればいい。その内お姉さんみたいに他のやりたいことが必ず見つかる。
ただ、辛くなったら休む。それだけは忘れないように」
彼の意思は否定したくはない。自分も彼と同じ立場ったらそうする。
少しずつ、景色が変わればいいのだ。その内きっと……何かが見えてくる。時間がかかっても、それでいい。
歩人はお茶を呷った後、正美の顔を見た。
「俺からも質問いいですか?」
「ああうん?」
「ご結婚とか、彼女を作るとかは考えてないんですか?」
「唐突な質問だなあ」
その質問の『意図』はあまり考えず、正美は笑った。
「血筋だろうな。研究だけで手一杯で……相手を悲しませる」
「そうか。残念だな」
「残念?」
意外なコメントに、正美は首を傾げた。
「姉さんがいたく准教授のこと褒めていたので。ワンチャンあるかなと」
例えば夫とか彼氏って……そういうこと!?
――菊本正美、42年の人生屈指の驚愕である。
「や、ちょ。お姉さんを傷付けるつもりは……!」
「いえ、無いならいいんです」
「あの……でも友達だから!」
「無理してフォローしなくても。諦める様に言っておきます」
「本音だし!」
「……そっちの方が傷付く気が」
●Case04如月・蒼羽(CL2001575)
コンコン、と聞こえてきたノックの音。それにどうぞと返して入ってきた青年に正美は椅子から立ち上がるとぺこりと頭を下げた。
如月蒼羽。スタントマン。藍色の瞳と黒髪。彼女そっくりだ。
「妹がお世話になっているようで……」
「いえこちらこそ」
草餅まで丁寧に渡されて、頭を下げた時のこと。じっと藍の視線がこちらを向いていることに気づいた。
「何か?」
「いや。とても穏やかで。妹と一緒に大学上空を飛び回って怒られた先生には見えないなと」
その言葉に正美は思わず吹き出した。
彼女もあの後『むしゃくしゃしていたので』と胸を張って言ってのけたに違いない。
「単に穏やかだったら学者なんてやってません」
その言葉に蒼羽も笑った。
お茶を淹れ、貰った草餅を一緒に食べて話をすることに。
彼がFiVEに来た理由、それは特に無かったようだ。まず首を傾げられて一言。
「消去法でしょうか」
あまり褒められたことではないですがと付け加えられて正美は首を横に振った。
隔者組織の在り方も、憤怒者も該当しない。在野で生きるという手もあった。だが彼はそれを選ばなかった。性に合わなかったらしい。
「私も長いこと在野にいた身ですが……そこまで?」
「やっぱり理由として弱いかな?」
彼の空気が、声色が妙に変わった気がした。ちらりと表情を見ると、笑顔の質が違った。
「ご存知の通り、妹は翼人です」
ああ、そういうことか。正美は溜息を吐いた。
発現は、妹の方が早かったそうだ。
「……あの子は、見た目ですぐに覚者と分かってしまう」
その言葉に、声に、僅かに憎しみと怒りを感じた。
見事に掌を返した親類もいた。気持ち悪いと言ってきた輩もいた。
その後彼も発現したそうだが、当たりは妹より弱かった。
「変ですよね。僕はそれが気に入らなかった」
「いえ……当然かと」
ぎゅっと、胸の辺りを掴まれた感覚を覚えた。
「その後弁護士さんに入ってもらってその手合いとは縁を切りましたけど」
表情を見る。その笑顔の奥の瞳には、猛禽類とも違う光が見えた。
「だからそうですね。ここでは自分らしく生きられると思ったんです」
「『自分らしく』ね……」
その言葉が嫌に何というか、酷く響いた。
あの妹にしてこの兄あり。やるときはやる。それはそれは容赦なく。……本質は彼女と全然変わらない。そしてそれが『自分』な訳か。
「だからでしょうか」
一瞬静かになった研究室に、蒼羽の声が響く。
「この間のデモのこと聞いたのですが……少し。思う所があって」
「……ああ」
「人間は『違い』があるとなかなか認められない生き物だけれど……僕は切ることはしたくはないです」
沈黙。正美は返事をしたものの、蒼羽の声だけが響いた……気がした。
「分かり合うことって、先生は出来るとお考えですか?」
その瞬間、静寂の中に。白い魔物の音が、声が、心が、正美の心と共振するようにずーんと響いた。
――人同士受け入れられるなんて甘いことは言わないよ。
彼は、問いに対して静かに首を横に振った。
「残念ですが、私は全ての人と無理に分かり合う必要はないと考えています。
……妹さんに辛辣な事を言った方も、悪意を振りまく方も、人です。如月さんがその方達と縁を切ったように……特定の人と干渉もせず、距離を取ることも……賢い共存でしょう」
あの魔物と同じぐらい、正美はそれをよく知っている。
「ただ、十把一からげに切ることは私も……したくはないです」
そこまで言って、ぞっと。何かが背を伝った。
心の中の白い魔物が、嗤っていた。
●Case06『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)
水部稜。弁護士。以前彼には旦太や小川を助けてもらった。そのお礼を言った所、稜は礼儀正しく頭を下げた。
だが
「ラプラスの魔の関してはあまり考えてません」
出てきた言葉はやはりドライだった。
「確かに思想や意志は感じますが、行いは明らかに不法行為だ」
不法行為。その言葉が嫌に耳に付いた。それを読む様にすっぱりと一言。
「私もFiVEは嫌いです」
「それなのに協力を?」
「仕方なく、ですよ。法に触れるというのは抵抗があって当然でしょう」
仕方ないことをそこまでして? それが気になったが、稜は誤魔化すように肩を竦めた。
「ま、正義や利害の対立なんてナンボでも見てます。実に醜く面倒な事ばかりだ」
「分かります。父もよく言っていました」
「法律家ですか?」
「憲法学者です」
「ああ……」
淡々とした返答に、正美は噴き出した。憲法は理想論の世界だ。リアリストの弁護士とは対極にある。
「ただ、弱者を虐げる連中は地獄に落ちればいいとは思っています。悪友が多数の暴力の被害に遭ったんですから。許すわけには行きません。その為に仕事はします」
彼の在り方は向日葵と天秤というより秋霜烈日だな。つくづく思う。
部屋が静かになった所で、正美はポツリ。
「何故、FiVEに?」
正美は一度はFiVEの所属を見送った身だ。稜はその問いに一言。
「『彼女』の為です」
彼女……以前ここを訪れた灰色の髪の翼人か。
「以前から気になっていたのですが、ご親戚でらっしゃる?」
「いえ。違います。大切ではありますが……」
そこで稜は首を傾げる。言葉にならない何かを抱えている気がした。
彼が今いる事務所の所長は、彼の父を冤罪から救ってくれた人物らしい(所長の息子が件の悪友のようだが)
そこでの仕事に慣れた矢先に入ってきた大仕事……それが彼女の件そうだ。
「遺産の管理ですか?」
「それだけなら18までで良かったのですが、金になる形見があったもんで」
「形見?」
「レシピノートです」
「失礼な感想ですが……そんなものが?」
「彼女の父が老舗ホテルの板長をやっていて、独自の創作料理を綴ったものでして」
「ああ……」
そこで弁護士の稜が雇われたようだが、彼自身はその形見への想いを尊重したようだ。
「何としてでも守らねばと思いましたよ」
想いよりも権利に金をつぎ込む人間がいて、一方で想いを守る為に権利を行使し、その為に金で弁護士を……。
何とか形見は守ったようだし、彼女も成人したので稜の手元を離れたが……
「FiVEに入ったのを見て、守らねばと……」
「守る……」
さっきから稜の話を聞いていて引っかかったのは、守るという単語だ。
「彼女は立派な成人女性ですよ? そこまでして?」
「え」
その指摘に彼は遂に言葉を止めた。珍しく戸惑う彼を見て、正美は溜息を一つ吐いた。
「水部さん、貴方分かってらっしゃる筈だ。
法律家は死んだ人の命さえお金に換算して、請求する訳じゃないですか。でも、それって想いや命の重みを測る尺度がお金なだけでしょう?
いい弁護士って、つまり人の心が分かってるってことじゃないですか。
……だったら弁護士らしく、自分の想いにも素直になりましょうよ」
「どういうことですか?」
しらばっくれているのだと思った。だが気付かないならそこまでだ。
「私の仕事は背を押すことです。……何であれ、ね」
背を押す実績は一応、中学の時からあるのだが。きっと気づいてくれる。
●Case08『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)
御影きせき。高校一年生。15歳……か。
とはいえ。
「菊本先生、こんにちは!」
そう言って研究室に入ってきた彼は、歳の割に幼さを感じる。……自分が言えた義理じゃないか。
将棋に興味を持ったようなので、彼に駒の動かし方を教えて詰将棋をさせる。感心を覚える程に飲み込みが早い。
「所で御影さんはどうしてFiVEに?」
「ドクターが五麟大学の研究室にいるから……かな?」
「ドクター?」
「お医者さん。僕の今の保護者」
今の。それに疑問を抱いた直後
「僕、小6の頃に妖に襲われてパパとママを亡くしたんだよね」
何かがちくりと痛んだ。しかし目の前の少年に暗さは一切ない。
その後AAAに助けられ、FiVEに保護されたらしい。戦うことについては「無理して戦わなくていいよ」と言われたそうだが(遠回しに反対されたのだと正美は思った)自発的に彼が選んだようだ。
「怖くない?」
「ううん。凄く楽しいよ!」
きせきの住む世界の色の彩度が上がっていく一方で、自分の世界が灰に染まっていく感覚を正美は覚えた。
「強い敵と戦うってゲームとか漫画みたいでさ、わくわくする! それに仲間と連携できると嬉しいし。それに……」
彼はそこで一瞬言葉を詰まらせた。灰色の世界が、伝染していった。
「僕と同じ境遇の人を少しでも減らせるなら、それっていいことだなって。
ホントは分かってるんだ。僕みたいなの、まともじゃないって。変な方向で立ち直って強く生きれるのも珍しいって」
言葉を挟もうと思ったが、それより早くきせきの口が開いた。
「こないだ憤怒者の隊長さんに言われたこと……考えちゃって」
隊長と称される男がきせきに投げかけた言葉については彼の耳にも入っている。
――覚者という言葉は差別だ。
――お前達は優越感に踊らされているだけ。
覚者に対する『一般人』という言葉に違和感はあった。優越感も少々認める。だがそんな言葉をこの多感な少年に……。
「皆を助けるために頑張って妖をやっつけてるのに……」
「酷いと思った?」
しっかりと頷きを返すが、どこか落胆した様子だ。
「あれは許せない。
でも、僕達のありがたみを知るような出来事なんて起こらない方が幸せなんだよね。あの人がああ言うのも当たり前な気がして……。
……分かんなくなっちゃった」
部屋の中が、しんとした。落ち込んだ様子の彼を、正美はまっすぐ見据えた。
「あのね。私もマトモじゃない」
きせきの目が大きく開いた。
「嫌われやすい数学や物理が大好きでそれしか出来なくって。でもそれのお陰で先生って持て囃されてるんだ」
「先生は駄目じゃないと思うよ? 教える人がいなくなったら大変だもん」
「じゃ、それと同じだ」
ちゃんと教養の大事さを知っている。いい保護者に育てられているようだ。そう思った。
「もう一度聞こう。君が戦う目的は?」
きせきの揺れる視線に、彼は笑みを返した。
「自分と同じ境遇の人を減らそう、だったね。
その目的を忘れないのならば、手段を楽しむのは素晴らしい。それは才能だから、誇るべきことだ。君の明るさも同じ。それもギフト。君達がいるから救われている人がいることも幸せだ。……私も君達がいるから生きている。
その珍しさは、充分誇っていい。
君は優しくて賢いから言うことはほとんどないけれど……ただ、気を付けるべきことは一つ。
『手段のために目的を選ばない大人』にはならないように。ずっと、その目的を忘れないで」
目的さえ見失わなければ、必要以上の不安は抱かない。彼はそう信じている。
きせきの顔に明るさが戻ったのを見て、正美も笑顔を返した。この明るさは間違いなく天性の才能だ。
●Case13『善を貫くヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)
「おーっす菊本先生!」
成瀬翔。中学生。そうかこの間は6年生だったか。
とはいえ自分の言い方に気づいたのか、研究室のドアを閉めた直後に
「じゃないお邪魔します!」
言い換えた。親族の教育の成果だろうか。
「何で日本語って色んな言い方あるんだ?」
だが、辛いようだ。
「英語にも丁寧な言い方はある」
「げ」
「その内習う」
翔はそれにげっそりしたが、何か話があるようだった。それを聞くことに。
「憤怒者って連中は何で覚者をそんなに毛嫌いするんだ?」
正美は僅かに目を大きくした。
「何でだと思う?」
「正直わかんねー」
翔は難しい顔をしているが、正美はそれに安堵した。
確かに発現して悪事を働く輩はいる。破綻者も無差別に人を襲う。それは恐ろしいが、一部だけの話。
「全部が全部そんな奴じゃないだろ?」
「そうだね」
非覚者も、覚者も同じ筈なのに……。
「仲いい友達が覚醒したら、途端に友達のことを化け物扱いする奴とか見たことあって。オレ、すげー悲しかった」
「……」
「この間電磁波で騒いでたやつは頭悪いけどよ、隊長はそういう奴ら利用してた訳で……。覚者が非覚者攻撃するのもさ、非覚者のせいじゃないかって……」
「それは……」
研究室の中が、水を打ったように静かになった。
「オレさ」
「うん」
「どんな奴でも命は奪いたくない」
「憤怒者も隔者も?」
翔は力無くも、頷いた。
「助けられる奴は皆助けたい……って思うんだけど」
「……」
「それって偽善なのかな?」
「……」
「覚者だからってイジメられてないからそう思うのか?」
「……」
「きれいごとって言われたらそれまでだし」
再び静かになった研究室の中、正美はぽつりと。
「成瀬さんは知ってるか」
「え?」
「私が精神科行ってたこと」
出会いは確か正美が殺されかけた件だから知っている筈だ。彼は28の時、友人の死を予知し――当時、そういう既往歴があったのだが。
「原因は研究室でのイジメだったんだけど」
「何でそんなことするんだよ」
「妬みだと思う。でも本質は『誰でも良かった』んだ」
――そう言えばイグノラムスは、凡庸な悪を認めろと言っていたか。
……凡庸な、悪。
「誰にも攻撃性がある。その対象が目立つ私だっただけ。
彼等だけじゃない。私も含め皆同じ。思想や因子じゃなくてもいい。ホクロの一つでさえ人は人を殺す」
正美の指摘に、翔は驚いて目を丸くした。
カーテンを開ける。正美の黒い髪に光が当たって、白く輝いた。
魔物の声が、聞こえた。獣性を、認めろと。
藍色の瞳が、こっちをまっすぐに見据えている。本当は視線は苦手なのだが、彼も懸命に翔を見据えた。
「怒りも、区別も、嫌悪も。この世にある物は全て必要なもの。ただ……皆、信じ過ぎる。自分の感覚も。自分の思考も。自分の真実も。視点はいくらでも持てるのに。せめて立ち止まれるのに。進んで、自分さえ見失う。
君はその事実を知っているから、皆を救いたいんだと思う。自分の中の悪を認めて、殺すことは自分の否定だと知っているから」
これは、こんな多感な少年に託す話だろうか。いや。彼は分からないことを知っている。それだけで充分だ。
「先生の正義って何なんだ?」
その問いに、時間の流れがいつもより長く感じた。風が、静けさが、彼等の髪を揺らした。
「正しさって何だろうって考えるためにあらゆる努力を惜しまないことだ」
翔の息を飲む音が聞こえた。
「考える君は偽善じゃない。真のヒーローだ」
正美は箱から草餅を一個渡して頷いた。
「助けられるものは助けよう。くよくよするなら脳に糖分入れてさ!」
「それでも言ってくる奴がいたら?」
「ぶっとばせ!」
正美が握り拳を翔の前に突き出す。翔はそれに自分の拳を突き出して、勢い良くぶつけた。
この少年は、間違いなくヒーローだ。
●Case14『不可知の鏡』新堂・明日香(CL2001534)
特に何をすることもなく、物思いにふけっていた時のこと。研究室のドアをノックする音が聞こえて、正美は弾かれたようにそちらを見た。
「菊本先生ー。……お話、聞いて貰ってもいいかな?」
新堂明日香。前に比べて……何というか。
気にしていたので丁度良かったが……。お茶とお菓子を用意しても、そちらに注意が行っていない。
「この間先生が予知したお仕事」
唐突に、明日香は呟いた。
「隊長の件か」
「イグノラムスって名乗ったね。会って、お話ししたの」
送り出した正美としては当時内心穏やかではなかった。彼の思考回路は分かっていたが……。
「それであたし、あの事件を画策した奴の事許せなくて、いつか殴りに行くから待ってろ! って伝言して! って言ってやったの」
「……無茶するなあ」
思わず本音が。
「ごめんなさい。でも、どうしても……」
「言っちゃったもんはしょうがない。
『彼』は安い挑発に乗らないとは私もどこかで思ってたし。でも言い返されたろ?」
「『凡庸だ』って言われた。表面しか見てないー、とか」
その後に続いたのは、取り留めのないような事ばかり。概要を知っているだけに、何か重い物を処理できていないような。
「……思った以上に、刺さっちゃって」
「……」
「あたしの考えは、あの電磁波で騒いでる人と変わらないんだ、って。あたしも、あの人達と……」
もう一度溜息。とはいえ、正美も責任を感じていた。彼女の感情を増幅させたのは自分だ。これでは魔物そのものだ。
「でも」
ぽつりと一言。彼女は呟いた。
「ここで下を向いてたら、カミサマに顔向けできない」
「……」
「イグノラムスは、思った以上に色んな事を話してくれた」
「何か、感じることはあった?」
「彼は……自分自身も赦せないのかなって」
――ああ、それが響いたのか。
「何にしても、もう一度会わなきゃ。言い負かされたままなんて嫌だし」
彼女はこちらを見据えて、言った。
「菊本先生。前にお話しした時に思ったことも含めて、改めて。
あたしは、戦う理由も、考え方も、何一つ『特別』なんてない。ごく普通の女の子でしかないんです。
……でも、それは戦うことをやめる理由にはならない。
あたしは普通のあたしなりに、イグノラムスとラプラスの魔に向き合おうと思います」
沈黙。
「これもきっと、『よくある理由』なんだと思うけど。あたし、頑張りますから!」
更に、沈黙。正美は珍しく明日香の顔をじっと見た。その視線に気づいたのか、彼女はまごついている。
「あ、えっと。面白くないですよね? そうだ! 空野君は……」
あまりの慌て様に、彼は笑いを零す。
「彼なら昨日もここに来てた」
彼としては問題に向き合う人を見られただけでいい。
正美は席を立つと窓を開けた。風が、吹いた。
「君に3つ伝えることがある」
「はい」
「まず一つ。君は十分秀でている」
「はい?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「自分が凡人だと自覚したからだ」
それは彼自身の経験だ。分からないことだらけで、限界を感じるから工夫する。才能が物を言う世界に身を置いているが、凡庸なりの才能もある。
「凡人で結構。考え方、知識、工夫……過去から今に至るまで、人が築き上げた素晴らしいものが無数にある。それを自分のものにするための知恵、直感、論理性を磨けば、天才が一個出来上がりだ」
多分、彼女はそれを実践しているだろうけど。
「そしてもう一つ。君の救いたいという欲求は間違いなく天性のものだ。
たとえ君と全く同じ生い立ちを送ろうと、悪意の塊のような人もいる。だから誇っていい」
その言葉に明日香はきょとんとしたのち、意味をゆっくり理解し、そして頷いた。
「最後は?」
「3つ目? それはね、無茶は駄目」
「へ?」
「頑張り過ぎは絶対駄目。
嫌な事は溜め込まない。ちゃんとご飯3食食べて8時間睡眠取る。頭働かないと鬱になる」
お母さん属性満載の忠告に、彼女は叫んだ。
「それは先生が注意することでしょ!? またn徹中ですよね!?」
「やだなあ。ゆうべも1時間寝たし」
次の瞬間、明日香は指令室にダッシュで向かった。
「あ! ちょっと!?」
尚正美はその後『徹夜の定義が曖昧だ』と叫び逃走したらしい。
●Case16『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)
空は抜けるように青く、どこまでも高い。
学園の屋上、フェンスに寄りかかって足を投げ出す。
くるくるくると、手は竹ひご飛行機のプロペラを手持ち無沙汰気味に弄び。詠うように呟く。
「空は青いケド、その青だって人それぞれだし。
ラプラスの魔、ラプラスの悪魔。そんな『敵』が明確に表れてボクの正義は揺らぎっぱなし。や。なかったからこそなのかもだけど。
……っていうのも青春の1ページ?」
麻弓紡。正美にやっほと呟き、ひらひらと手を振る彼女に、手を振り返す。
紡も依頼の報告書に目を通したらしい。
「イグノラムス……だっけ? ずいぶんとまぁ切り込んだなぁーって感じだよねぇ、アレ」
切り込む。揺さぶるような話術についてか。
空は青いままだった。静かに風が吹いた。
「で、うん」
「うん」
「なんていうかさ? 例えば空を飛べるってボクにとっては『普通』だから飛べないとモヤッとするんだけど。でもこれって他の人から見れば『普通』なことでさ」
「そうだね」
「それと一緒で、正義も人によって変わるものだと知っているのに。自分達とは違う正義を振りかざしている相手は『悪』で、『悪だから倒せば終わり』って思考停止をしていいものなのかな、っと。
まぁ、ヒトを『肉』扱いする相手なら、考える必要はないんだけど。
……ラプちゃん達って、ドレに当てはまるんだろうなって」
「どう思ってる?」
二人は空を見上げた。ちぎった綿のような雲が、風に流れた。
「単純に倒せば……殺せば、いい?」
その問いに、自分の心臓が引きちぎられる感覚を正美は覚えた。
「警察に引き渡す?」
風が、止まった。
「それとも……同じ道を歩めるよう努力する選択肢は作れたりするの?とか、さ」
空気が再び流れる。
「難しいよねー」
返事は求められてないのか。手を放した飛行機が青い空に浮き、空を飛ぶ。
紡はよっと声を上げて立ち上がり、正美を見た。
「マサミちゃんはさ、どうしたい?」
「私?」
「ボクはさ、マサミちゃんがやりたいことを気兼ねなくやりたいようにしたいよ?」
「『私』は求められてないんじゃないかな」
飛行機は、まだ空を飛んでいた。
「どして?」
「この間の依頼さ。正直、怖かった。私があれを『デマ』って怒ったばかりに……。……『私』はない方がいいのかなって」
「でも、間違ったことは言ってないんでしょ?」
「間違ってないから怖いんだ」
――正しいと思うことこそが本当に危ないとは貴方も少なからず分かっているのでは?
約2年前、スカウトを断った時の言葉が今になって響く。
多分、彼等はこの組織を映す鏡だ。
自分が怖いと思うなら、魔物も怖がっている。力と正義を。全ての行く末を。
「でも……」
迷いながら、言った。
「『私』はね、『凡庸な悪』の暴走を止めて欲しい。
薄っぺらな正義掲げたアホ面の連中に……中指立ててさ。『お前等鏡見て出直して来いよ』って言いたい」
その言葉に紡はクスリと笑った。
「過激だね?」
「学者は過激と相場が決まってる」
「じゃ、さ」
ゆるゆると速度を落とし、地面に落ちそうな飛行機に視線をやって、紡は言った。
「ボクはそんな過激なマサミちゃんのお手伝いをしよっと」
思わず正美は噴き出す。
「何するの?」
「空中散歩でさ、アタリマンをひと泡吹かせようよ。報酬はあのヒコーキの改良で」
「アタリマンと来たか」
風が、吹いていた。
「遠慮する。飛行機は直すけど」
「どして?」
「ユーモアに必須の斬新さが無い」
「じゃ、どするのさ?」
紡の声が笑っている。正美も上ずった声で答えた。
「あいつの机をピンクのお花紙で埋め尽くしてやる」
「……ぶ」
二人の笑い声が遠く遠くまで、空に響いた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『天からの贈り物』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『真のヒーロー』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『地を駆ける羽』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『秋霜烈日』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『空の青さを知る鳥』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『白花の守護者』
取得者:風織 歩人(CL2001003)
『継承者』
取得者:シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)
『神速の刃』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『真のヒーロー』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『地を駆ける羽』
取得者:如月・蒼羽(CL2001575)
『秋霜烈日』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『空の青さを知る鳥』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『白花の守護者』
取得者:風織 歩人(CL2001003)
『継承者』
取得者:シャーロット・クィン・ブラッドバーン(CL2001590)
『神速の刃』
取得者:御影・きせき(CL2001110)
特殊成果
『竹ひご飛行機』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
カテゴリ:アクセサリ
取得者:麻弓 紡(CL2000623)

■あとがき■
この度はご参加ありがとうございました。
前回参加者様はご存知かと思いますが、同時納品予定のPage2と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
宣言通り指令の机の上がピンクのお花紙でてんこ盛りになったかどうかは、読者様のご想像にお任せすることにします。
楽しんで頂けたら幸いです。
前回参加者様はご存知かと思いますが、同時納品予定のPage2と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
宣言通り指令の机の上がピンクのお花紙でてんこ盛りになったかどうかは、読者様のご想像にお任せすることにします。
楽しんで頂けたら幸いです。
