新たなる……
新たなる……



 部活も体育の授業も休みがちになったので、塚本たちが心配してくれた。
「なあ西村。お前、何か隠してない?」
「べ……別に何も、隠してなんか」
「俺、思うんだけど」
 昭島が言った。
「西村さ、体育の授業が嫌いってより……人前で着替えたり薄着になったり、出来なくなったのと違う? 身体に何か、恥ずかしいものが出来ちゃったとか」
 いずれバレる事だ、と俺も思ってはいた。
 中学校生活も、あとまだ1年半以上は残っている。ずっと隠しておけるわけはないのだ。
 特に、この3人に対しては。
「じゃあさ、あたしが見てあげる」
 高梨さんが、俯く俺の顔を見つめてくる。
「さあさ、男どもは出て行って。あたしが西村君の身体、じっくり調べてあげるんだから」
「卑猥な言い回しをするんじゃねえ。とにかく西村さ、話してみろよ」
 塚本が言いながら若干、照れ臭そうにしている。
「俺たち……友達だろ? なぁんて言うつもりはねーけどよ」
「それでもさ、入学した時からずっと仲いいわけだし」
「だから話して? ああ大丈夫、もちろん誰にも言わないから」
 高梨さんが明るく、優しく、微笑んでいる。
「塚本は何か恥ずかしがってるけど、あたしは言うね。恥ずかしい事でも何でもないから……あたしたち、友達でしょ?」


 そう言っていた高梨さんが、俺に向かってバケツの水をぶちまけた。
「見ないで! こっち見ないでよ変態、バケモノ!」
「た……高梨さん、俺は……」
 言いかけた俺の口元に、昭島がバットを叩き込む。
「人間の言葉しゃべんなよバケモノのくせに……なあカクシャってのは、あれだろ? 透視とか出来るんだよなあ。それで高梨の事ずっと見てたのか」
「死んじゃえ!」
 高梨さん、だけではない。
 この屋上に集まった生徒たちが、口々に俺を罵っている。
「カクシャってのはよぉ、何かバケモノみてえな力で、人殺したり物盗んだり」
「女襲ったりも、してやがるんだよなあ。バケモノだから警察にも捕まらねえ」
「生きてんじゃねーよ、このクソ化け物野郎がああああッッ!」
 ほぼ一クラス分の男女生徒が、校舎の屋上で、俺に様々な物を投げつけてくる。
 フェンス際に追い詰められた俺に、塚本が声を投げる。
「逃げろよ、西村。そっから空飛んで逃げられんだろ?」
 確かに今、俺の背中からは翼が生えている。こんなもので、しかしどこへ飛んで行けと言うのか。
「お前、この間の大会で2メートル跳んでやがったよな? 走り高跳び。すげえ、とてもかなわねえって思ってたけどよ」
 俺と塚本は、同じ陸上部だ。
「何の事ぁねえ、その羽で空飛んでやがっただけか」
「ち……違う、俺は……」
「カクシャってのはよ、ろくに練習もしねえでオリンピック並みの記録出せるんだってな? 俺たちがよ、1メートル80跳ぶのにどんだけ死ぬ思いしてんのか、まぁバケモノにゃわかんねーよなぁあああっ!」
 塚本がラインカーを投げつけてくる。俺は、粉まみれになった。
 今は確かに人間ではない俺、だが人間として13年間、生きてきたのだ。
(……これが……人間……)
 罵詈雑言を浴びながら、俺はフェンスを掴んだ。
(13年、過ごした……これが、人間の世界なのか……)
「産みの苦しみ、だと思いな。こいつはよ」
 男が1人、いつの間にかフェンスにもたれている。
 筋骨たくましい巨体が、鉄のフェンスを押し曲げてしまいそうだ。
「おめえは今から……新しく、生まれるんだ」
 その大男も、人間ではなかった。
 被り物の類ではない巨大な角が、頭から生えている。猛牛の角だった。
「今までのクソつまらねえ人間の世界、俺がブッ壊してやる。ようく見てな?」
 猛牛のような大男が、蹄のある足でずしりと踏み込み、剛腕を振るう。
 昭島と高梨さんが、砕け散った。
 俺を罵倒するために集まった生徒たち全員が、大男の動きに合わせて潰れ、飛び散り、ぶちまけられる。
 俺の今までの13年間も、ぐちゃぐちゃに潰れて砕けた。
(これが……バケモノの、世界……)
 塚本の生首を掲げながら、牛男は笑った。
「新たなる世界へようこそバケモノ野郎! 俺たち七星剣は、おめえの味方だ」


 久方相馬(nCL2000004)の口調は重い。
「七星剣の、ここ最近のやり口さ。因子が発現して苛められてる奴のところへ、実にタイミング良く駆け付ける。で、苛めてる連中を皆殺しにする。苛められてた奴は、そのまま七星剣に取り込まれて新しい隔者の誕生ってわけだ。
 夢を見た。
 場所は長野県の中学校。校舎の屋上で、翼が発現した奴を大勢で苛めてる連中がいる。
 そいつらが、七星剣の隔者に殺されちまう。獣憑の丑だ。1人しかいないけど、とんでもねえ馬鹿力だから要注意な。
 こいつに殺されそうな連中を、まあ出来るだけ助けてやって欲しいってのもそうだけど。
 発現者……名前は西村貢、中学2年生の男。こいつの身柄を七星剣に渡さないでくれ。
 拉致みたいな形になっても一時的にファイヴが確保する、必要はあると思うんだ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.隔者の撃破
2.西村貢の生存・身柄確保
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は七星剣の隔者1名。火行獣の丑で、使用スキルは『猛の一撃』『灼熱化』『豪炎撃』。もちろん怪力による通常攻撃(物近単)も仕掛けて来ます。
 時間帯は放課後。現場は校舎の屋上、西村貢を苛めていた中学生たちが、この隔者に襲われ殺されそうになっているところが状況開始となります。
 戦うのに充分な広さのある屋上ですが、ほぼ一クラス分の中学生たちが恐慌に陥り、逃げ惑っています。牛男は彼らを殺そうとしていますが、覚者到着後は覚者との戦いに専念します。七星剣に、と言うより首領・八神に忠誠を誓っているので、降服する事はありません。死ぬまで戦うでしょう。
 西村貢の心は、七星剣側に大きく傾いていますが、戦闘の邪魔はしません。

 ちなみにこの牛男、以前の拙シナリオ『月日の経つのも夢のうち』に登場した猪男の弟であります。ので、あのシナリオに御参加下さった方が今回もおられた場合、その方を優先的に攻撃してくるでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年04月29日

■メイン参加者 6人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)


 翼が生えたからと言って、人間が容易く空を飛べるようになるわけではない。
 西村貢がファイヴに入る、としたら、まずは飛ぶ練習から始めさせる事になるだろう。
「私も……少しは先輩風を吹かせられる、かな?」
 呟きながら『エリニュスの翼』如月彩吹(CL2001525)は、空中から校舎の屋上を見下ろしていた。
 生徒たちが、恐慌に陥っている。
 そこへ、まるでミノタウルスのような巨体の隔者が、猛然と襲いかかろうとしているところだ。
 阻む格好で、彩吹は屋上に降り立った。
 猛牛の如き巨漢が、ギロリと睨んでくる。
「……来やがったな、ファイヴ」
「お前みたいな輩がいるから、発現者の皆が化け物と思われてしまう……だけど、お前は間違いなく化け物だね」
 冷ややかに、彩吹は微笑んで見せた。
 すぐ近くでは1人の少年がフェンスにもたれ、翼に包まっている。
 発現者、西村貢。
 彼を背後に庇って佇みながら、彩吹は言い放った。
「お引取り願おうか。この子は、連れて行かせないよ」
「てめえらが連れて行っても同じ事よ。そいつはな、もうバケモノとして生きるしかねえのさ」
 牛男の言葉に応えたのは、
「それを決めるのは、お前じゃあない!」
 屋上の出入り口から駆け出して来た『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)である。
 続いて『ファイブレッド』成瀬翔(CL2000063)と『ボーパルホワイトバニー』飛騨直斗(CL2001570)が、駆け出して来て同時に叫ぶ。
「ファイヴレッド、参上!」
 叫び、睨み合う。
「おい翔、レッドは俺だっつってんだろ!」
「干し首コレクションなんかしてる人に、レッドは任せらんねーっての!」
「たくさん首取った奴こそがレッドなんだよ! 干し首ってのは最強の証」
「そこの未開民族。後ろがつかえているから、どくように」
 彩吹が声を投げると、翔も直斗も慌てて横に動いた。
 屋上の出入り口から『ホワイトガーベラ』明石ミュエル(CL2000172)が、おずおずと姿を現す。
「ど、どうも……あのう、まずは避難誘導をしないと……」
「だね。先に『妖精結界』いかせてもらうよ」
 彩吹の傍に、いつの間にか『静かに見つめる眼』東雲梛(CL2001410)が立っていた。
 その額で第三の目が開き、淡く発光する。
 目に見えぬ結界が、逃げ惑う中学生たちを押しのけるように発生した。
 押しのけられた生徒たちを、屋上に一箇所しかない出入り口へと混乱なく誘導しなければならない。
 翔と奏空が、大声を発している。
「落ち着けー!」
「こっちだよ、こっち! 女の子が先に!」
 その避難誘導に、ミュエルも加わった。
 3人とも、ワーズワースとマイナスイオンを発動させているようである。
 その間、囮となって牛男と睨み合っているのは直斗だ。
「貴様もアレか、七星剣の鉄砲玉か。前に同じような猪野郎と殺し合ったけどよ、貴様も負けず劣らず頭悪そうな顔してやがんな」
「……そうかい。兄貴を殺りやがったのは、てめえらか」
 牛男の巨体に、炎の力が満ちてゆく。灼熱化だ。
「ま、戦ってりゃいつか死ぬわな。順番が回ってるってだけの話よ……兄貴の次は、てめえらだ」
「何でえ兄弟かよ? 安心しろ、貴様の兄貴は俺が大事にコレクションしてんからよ。最終学歴幼稚園の頭ぁ、ちゃんと干し首にして」
「言っとくが兄貴は中卒だ。高校は出てねえ……何しろ、弟の俺が問題ばっか起こしてたからなぁ」
 どのような問題であったのかは、想像がつく。
 フェンス際にうずくまったままの西村貢を見やりながら、彩吹はそう思った。
「同じ……なのかも知れないね。君も、私も。七星剣の化け物も」
 自分と同じく翼ある少年に、微笑みかけてみる。
「だけど、これからは違う。あんな化け物とも、私たちとも違う……君にしか飛べない空があるはずだよ、西村貢」


 あの頃の自分の前に、七星剣の勧誘者が現れていたら。
 それをミュエルは、どうしても思ってしまう。
「アタシも……隔者に、なっていたかも知れない……」
「今からでも遅くはねえぜ、お嬢さん」
 逃げ惑う中学生たちを睨み回しながら、牛男が言った。
「見りゃわかる。こいつらにムカついてんだろ? 殺ろうぜ! 俺たちと一緒に」
「……貴方は、アタシ……あり得たかも知れない、アタシの姿……だから、倒すよ?」
 ミュエルの周囲で、花が咲いた。
 花蜜の飛沫がキラキラと舞い散り、覚者6名を霧状に包み込む。
 自然治癒力を高める『カラミンサ・ネペタ』である。
「おっ、ミュエルさんの治療系術式か。これでもう、お前なんか恐くねーぞ牛肉野郎」
 覚醒して身長の伸びた翔が、しかし言葉遣いが改まるわけでもなく牛男を挑発する。
「お前の兄貴は牡丹鍋にしてやったぜ。お前はスキ焼きか、それとも牛丼かっ」
「てめえらは、俺が踊り食いしてやんからよ……おう、しっかり見とけ西村貢。勝った方が、おめえの身柄を持ってく事になる」
「持って行かせないよ。この子には、俺たちと一緒に来てもらう」
 梛が、西村を背後に庇って立った。
「無理やりでごめんな西村。ちょっとの間、俺たちの後ろに居てくれ」
「戦いが終わるまで、そこ動くなよ!」
 声と共に、翔が印を結ぶ。雷獣の印。
 直斗が、妖刀を振りかざす。刃の周囲に花が咲き、仇華浸香を放射する。
 電光が、凶花の香りが、牛男の巨体を直撃した。
 感電し、毒香に侵されながらも、牛男は突進を開始していた。
「八神の大将、どうか俺に力を……兄貴の仇! 討たせてもらいますぜ!」


 こんな事はどこででも起こっているに違いない、と奏空は思う。
 自分だけが特別ではない。自分と同じ目に遭っている少年など、いくらでいる。
 この西村貢のように。
(俺と同じ……なんて言ったら図々しいよね西村君。だから、思うだけにしとくよ)
「こっ来ないで! そんな優しそうな顔してたって、あたしたち知ってんのよ!」
 1人の女子中学生が、涙目で奏空を睨み、泣き叫ぶ。
「カクシャって連中、バケモノみたいな力で、男は殺して女にはひどい事しまくってるんでしょう!」
「あー……まったく、その通り」
 言いながら、直斗が吹っ飛んで来た。
「ひ、飛騨君……大丈夫?」
「平気。それより、こいつらの避難誘導ちゃんと頼むぜ奏空!」
 血まみれの直斗が、妖刀を構え直し、牛男に斬りかかって行く。
 見ろ。飛騨君は、君たちを守るため傷だらけになってるんだぞ。
 奏空は、そう叫びたかった。
 だが。この中学生たちとって、覚者と隔者に一体どれほどの違いがあると言うのか。
「逃げろ、とは言った……飛び降りて逃げろとは言っていない」
 彩吹が右手で男子生徒を、左手で女子生徒を、1人ずつ引きずって来た。2人とも錯乱し、屋上から飛び降りようとしたようだ。
「階段を使え」
「ひっ……は、羽の生えたバケモノ……」
「この状況で差別をする元気があれば大丈夫。早くお逃げ」
 引きずって来た少年少女を彩吹は、屋上の出入り口へと向かって放り捨てた。
「助けてやったところで」
 蹄で直斗を踏みつけながら、牛男が言う。
「そいつらが感謝して悔い改める、なんて事ぁ絶対にねえぞ」
「……そんなの、期待してるわけじゃないから……」
 倒れた翔を、膝の上で抱き起こしながら、ミュエルが呻く。
「アタシたちが何をしたって、その人たちは変わらない……そんなの、わかってるもの……」
「それでも守る、助ける……か。少しくれえ考えた事あるんだろうな?」
 牛男が笑う。
「バケモノに守られて助けられる連中の、気持ちってもんをよ」
「感謝されたい、なんて思った事はないよ」
 奏空は言った。
「いやまあ、全然ないわけじゃないけど……そんな事思ってたら、覚者なんて続けてられないから」
「その通り、おめえらは覚者だ。何でも出来る。速く走れる、空も飛べる。怪我してもすぐに治る。術式やら何やらで、証拠の残らねえ人殺しも出来る。そんなバケモノどもに……守られてみろ。助けられてみろ。友達面なんか、されてみろ。生きた心地しねえだろうがよ」
 牛男は、よく見ると満身創痍である。
 雷獣や斬撃による負傷、だけではない。木行術式の毒にも、侵されているようである。
 傷だらけの巨体に、しかし禍々しいほどの力を漲らせながら、牛男は吼えた。
「おめえらや俺たちに出来る事ぁ何だ!? そいつらの望み通り、バケモノでい続ける。それしかねえんだよ!」
 その言葉が、梛の破眼光で断ち切られた。
 直撃を食らった牛男が、よろめいて後退する。直斗が、重い蹄から解放された。
「まったく、あんたの言う通りだよ。俺たちみたいなのは友達面しちゃいけないよな」
 梛の口元は、吐血で汚れている。
「俺なんかと友達になったって……本当、ろくな事ないからな。それはそれとして、うさぎちゃんを踏んづけるなよ」
「お、俺……うさぎちゃん、じゃなくて飛騨直斗っす……」
 直斗が、流血に染まった己の顔面をハンカチで拭っている。
「……奏空ごめん、また汚しちまった」
「いいよー、そのハンカチ飛騨君にあげる。俺だと思って大事に使ってね」
 微笑みながら、奏空は双刀を抜いた。中学生たちが小さく悲鳴を漏らす。
 彼ら彼女らを背後に庇う格好のまま、奏空は言った。
「これ、本物だから。コスプレとかに使うやつじゃないから」
 自分たちは化け物ではない。人を守るために、戦っている。
 それを、言葉で叫んだところで意味はないのだ。
「本物の殺し合いを、してるって事……危ないから、早く逃げて」
 言われずとも、といった風情で男女の生徒たちが逃げて行く。
 夢見の夢の中では皆殺しにされていた中学生たちが、やがて屋上から1人残らず逃げ失せた。
 あとは、仲間たちを助けるだけだ。
 雷鳴が、心の奥底に轟き渡る。
 奏空の身体に、帝釈天の力が降りて来た。雷帝顕現。
(牛さん、確かにあんたの言う通りさ。力を持たない人たちは、俺たちみたいに力を持っちゃった奴を恐れる。それは仕方のない事……だけど力は、暴力や恐怖だけじゃあない)
 誰かを守る事が、救う事が出来る。
 それはしかし、声高に語る事ではなかった。
「俺……あんたのお兄さんには、殺されかけたよ」
「そうかい。兄貴の殺り残しは、俺が片付けねえとなあ!」
 満身創痍の巨体が、猛然と踏み込んで来る。
 奏空は、雷の力を得た『激鱗』で迎え撃った。
 強烈な手応えを、奏空は双刀の柄もろとも握り締めた。
 マグマの如く鮮血を噴出させながら、しかし牛男は、
「……てめえ、ナメてんのか」
 蹄の蹴りを返してきた。猛の一撃だった。
 奏空は直撃を喰らい、吹っ飛んだ。
 折れた肋骨が、破裂した臓物を掻き回す。
 その重傷が、しかしミュエルの『カラミンサ・ネペタ』によって、少しずつではあるが癒されてゆくのを奏空は感じた。直斗も翔も梛も、それで辛うじて生きているのだ。
 牛男が、怒り狂っている。
「てめえよ、本物の殺し合いとか言っときながら……俺を、殺さねえで確保……とか考えてやがるな?」
「甘い……のは、自覚してるよ……」
 言葉と一緒に、奏空は血を吐いた。
「だけど俺……あんたたちとだって、本当は殺し合いなんてしたくない! あんただって」
 西村君みたいな目に、遭ったんだろう。
 それは、言うべき事ではなかった。
 牛男の巨体が突然、燃え上がった。再び灼熱化が発動した、わけではない。
「火蜥蜴の牙、だよ」
 負傷した仲間たちの楯となる形に、彩吹が牛男と対峙する。
「私お料理が苦手でね。あんまり質の良くない牛肉、まあ火加減の練習にはもってこいかな」
「ぐっ……てめ、こんなもんで……」
 まとわりつく無数の火蜥蜴を、牛男が振り落とそうと悪戦苦闘している間。
 激痛が、奏空の体内で蠢いた。
 折れた肋骨が、破裂した臓物が、容赦なく修繕されてゆく。
 奏空だけでなく、負傷していた覚者全員が、麻酔なしの手術の痛みにのたうち回る。
 梛が『大樹の息吹』を吹かせていた。
「工藤……大丈夫?」
 自身もまた術式治療の痛みに歯を食いしばりながら、梛が声をかけてくる。
 俯いたまま、奏空は応えた。
「ありがとう……ごめん、梛さん。あの時みたく……俺が、甘いせいで」
「工藤はね、あれでいい。それでいいんだ。無理に変える必要ないって」
「梛さん……」
「そんな事よりも、だ」
 梛が咳払いをした。
「このところ頻発してるよな、こういう事……あんたら七星剣が、苛められてる奴の所へタイミング良く出て来てさ。ひょっとして七星剣にも、いる? 夢見の人たち」
「……どうだろうなぁ」
 明言をしない牛男に、彩吹が問いを投げる。
「なりふり構わない勧誘活動は総帥・八神氏の意向? 七星剣って、人手不足?」
「あの大将はな、アレやれコレやるなとか、いちいち指図しねえよ。こいつは俺ら下っ端が勝手にやってる事」
 牛男は言った。
「八神の大将に命捧げる兵隊はよ、いくらいたって多過ぎじゃねえのさ!」
 満身創痍の巨体が、言葉と共に突っ込んで来る。
 その時には翔が印を結び、叫んでいた。
「必殺カクセイブラスター! ……いやまあB.O.T.なんだけど」
 波動の弾丸が、牛男の左足を直撃する。
 突進中であった巨体が転倒し、地響きを立てた。
「オレ……遠くから飛び道具メインで戦うしかねえのかな。もうちっと身体鍛えねーと」
「よし見てろ翔。俺が、レッドらしい接近戦のお手本を」
 直斗が斬りかかる、と同時に牛男が猛然と起き上がる。
 巨大な角が、直斗の斬撃を跳ね返していた。
 よろめく直斗を、燃え盛る拳が襲う。牛男の、豪炎撃だった。
「兄貴! こいつをぉおおおおおおッッ!」
「……私もいるよ」
 彩吹の美脚が、横合いから一閃する。鋭刃脚。
 その直撃を受けて揺らぐ牛男に、直斗が、
「す、すんません彩吹さん……じゃ改めて、喰らいやがれカクセイ・スラッシュ!」
「……それ、妖刀ノ楔だろう」
 彩吹に呆れられながら、呪いの斬撃を叩き込んだ。
 硬直した牛男を見据えつつ梛が、ミュエルに片手をさしのべる。
「とどめの一撃……お姉さん、一緒にどう?」
「え……は、はい……」
 ミュエルがおずおずと、エスコートに応じた。
 手を取り合い身を翻す、木行覚者2名の周囲に、色とりどりの薔薇が咲いた。
 荊が鞭の如く伸び、牛男の全身を縛りながら切り裂いてゆく。
 そこへ薔薇の香気が嵐のように押し寄せ、満身創痍の巨体を容赦なく毒してゆく。
 梛の棘散舞とミュエルの仇華浸香が融合し、牛男を薔薇園の中に沈めていた。
「アタシは、貴方のようになるかも知れなかった……西村さんを、貴方のようにはさせないよ……」
 ミュエルの言葉に、牛男はにやりと笑った。死に際の笑みだった。
 最後の言葉が、舞い散る薔薇と共に消え入ってゆく。
「七星剣へ来い……八神の大将が、おめえらを待ってるぜ……」


 直斗が、屋上を見回している。
「何だァ!? あの屑共、みんな逃げちまいやがったのか」
「いや当たり前だろ。オレたち何しに来たと思ってんの」
 翔が呆れると、直斗は牙を噛み鳴らした。
「一発、説教かましてやろうと思ってたんだよ。威風とか使いながら」
「オレも……言いたい事あったけどな、あいつらに」
 翔は呻いた。
「……何で、こんな事に」
 うずくまったままの西村貢に、奏空と梛とミュエルが言葉をかけている。
 彩吹が、粉にまみれた西村の顔を、濡れたハンカチで優しく拭い清めている。翼で包み、抱くようにしながら。
 友達を失った少年に、しかし優しさは無力であろう。
「発現したって、そいつの内面まで変わるわけじゃないのに……周りは、変わっちまう……」
「内面まで変わっちまう奴もいるのさ」
 角の生えた生首を、くるくると弄びながら直斗が言う。
「発現と同時にな、心の中にバケモノが住み着いちまう……俺みてえによ」
「直斗さんもオレも……オレたち、化け物なんかじゃないよ。なあ西村……さん」
 翔は声をかけた。
「オレたちにも、あんたにも、普通の人と違う力があるのは確かだから……この力について、一緒に考えようぜ?」
「力を使って反撃とか……しなかった貴方を、俺は尊敬するよ貢さん。良かったら、俺と友達になってくれねえか」
 直斗が言った。
「俺は翼生えてるくらい何でもねえよ。見ろ、俺なんか兎耳だぜ」
「そうそう。ほら可愛いだろー」
「だだだからやめて下さい梛さん!」
 直斗が、梛に撫で回されて悲鳴を上げる。
 それを横目に、翔は言った。
「……こんな人たちもいるけど、オレたちは仲間だ。一緒に行こう、西村さん」
「新たなる世界へようこそ西村貢! 俺たちファイヴは、貴方の味方だ」
「そこの首狩り族。立派な事を言いながら、そんなもの見せびらかすのはやめなさい」
 彩吹が言った。
「生首とか持ってる子がいるけど気にしないでね貢。ファイヴに入れとは言わない、でも心と身体を癒すために今は一緒に来て」
「……普通の人たちとは、もう距離を置いて……無理に仲良くしようと、しない方がいいと思う……」
「ミュエルさん……」
 翔は思わず言ってしまいそうになった。自分から拒絶してしまうのか、と。
 奏空が無言で、翔の肩に左手を置く。
 ミュエルが過去にどのような思いをしてきたのか、自分たちは本当には知らない。何かを言うべきではなかった。
 今、とりあえず七星剣の手からは救い出す事の出来た少年に、翔は手を差し伸べた。
「オレたちと一緒に……ヒーローに、なろうぜ」
「…………」
 貢はついに一言も口をきかないまま、翔の手を軽く触った。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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