<冷酷島>本能の獣と、残虐なる殺意
●冷酷島
黎刻ニューアイランドシティは埋め立て地として新たに作られた複合住宅都市である。しかしあるときの妖大量発生事件により島は閉鎖。取り残された人々は今も妖の脅威にさらされている。
地獄と闇に包まれたこの人工島を、彼らはこう『冷酷島』と呼んでいる。
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) と守衛野 鈴鳴(CL2000222) は割り当てられた調査隊を用いて、以前に戦った『獣型妖』の痕跡を追っていた。
「以上が、調査から判明した事実です。皆さんでご確認ください」
鈴鳴がディスプレイに表示させたのは、冷酷島のマップ。そして南部に広がる赤いドットマークである。
「これは『獅子型』の妖が発生したと思われる痕跡と、それを発見した場所のマップです」
「妖は一般生物とはあらゆる部分で異なるので痕跡を探るのに苦労しましたが、ひとつだけ類似点がありまして……」
ラーラは苦々しい顔で資料のページをめくった。撮影された写真があるのだが、これを皆に見せるのは控えるべきだと考えたからだ。
「この『獅子型』は人間を捕食する習性があります。それも、捕まえた人間を生きたまま保管したり、囮や疑似餌を使って人間をおびき寄せるような狩りも行なうようです」
だが皆も知っている通り、妖はものを食べる必要などない。
つまり、必要が無いにもかかわらずただ『喰って殺す』ことに執着しているのだ。
「ランク2の妖だけでここまでのコミュニティや知恵が身につくことは考えにくいでしょう。そこで調査を進めた結果、コミュニティを統率しているランク3の個体を発見しました。識別呼称――」
『ヒトクイケモノ』
巨大な獅子の姿をしたランク3生物系妖。
人を食い殺すことを好み、そのための手段として狩りを行なう。
他の妖よりも知能が高くランク2の群れを統率している。
●ヒトクイケモノの巣
ここからの情報は、調査隊の集めた情報と夢見による断片情報を統合したものである。
複数の商業施設が集まるレイコクモール。大型駐車場とそれをコの字に囲むように並ぶ大型マーケットの建造物で構成される場所。
そこが『ヒトクイケモノの巣』だ。
ランク3のヒトクイケモノとランク2獅子型が密集している。
その姿はライオンの群れに似ており、市場の広大な屋上エリアに『ヒトクイケモノ』が、下の駐車場エリアとその周辺に配下の獅子型が、そしてマーケット内には獲物としてとらえられた一般人が酷い状態で拘束されている。
中 恭介(nCL2000002)がまとめるように振り返った。
「このエリアに1チームだけで突入するのは自殺行為だ。しかし幸いなことに我々にはAAAやその他戦闘部隊が揃っている。彼らを活用し、『巣』を壊滅。とらわれた一般人生存者を救出する作戦を行なうことになった。各員に小隊規模の人員が割りふられるので、詳細を確認したうえで参加してほしい。説明は以上だ。皆、健闘を祈る!」
黎刻ニューアイランドシティは埋め立て地として新たに作られた複合住宅都市である。しかしあるときの妖大量発生事件により島は閉鎖。取り残された人々は今も妖の脅威にさらされている。
地獄と闇に包まれたこの人工島を、彼らはこう『冷酷島』と呼んでいる。
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080) と守衛野 鈴鳴(CL2000222) は割り当てられた調査隊を用いて、以前に戦った『獣型妖』の痕跡を追っていた。
「以上が、調査から判明した事実です。皆さんでご確認ください」
鈴鳴がディスプレイに表示させたのは、冷酷島のマップ。そして南部に広がる赤いドットマークである。
「これは『獅子型』の妖が発生したと思われる痕跡と、それを発見した場所のマップです」
「妖は一般生物とはあらゆる部分で異なるので痕跡を探るのに苦労しましたが、ひとつだけ類似点がありまして……」
ラーラは苦々しい顔で資料のページをめくった。撮影された写真があるのだが、これを皆に見せるのは控えるべきだと考えたからだ。
「この『獅子型』は人間を捕食する習性があります。それも、捕まえた人間を生きたまま保管したり、囮や疑似餌を使って人間をおびき寄せるような狩りも行なうようです」
だが皆も知っている通り、妖はものを食べる必要などない。
つまり、必要が無いにもかかわらずただ『喰って殺す』ことに執着しているのだ。
「ランク2の妖だけでここまでのコミュニティや知恵が身につくことは考えにくいでしょう。そこで調査を進めた結果、コミュニティを統率しているランク3の個体を発見しました。識別呼称――」
『ヒトクイケモノ』
巨大な獅子の姿をしたランク3生物系妖。
人を食い殺すことを好み、そのための手段として狩りを行なう。
他の妖よりも知能が高くランク2の群れを統率している。
●ヒトクイケモノの巣
ここからの情報は、調査隊の集めた情報と夢見による断片情報を統合したものである。
複数の商業施設が集まるレイコクモール。大型駐車場とそれをコの字に囲むように並ぶ大型マーケットの建造物で構成される場所。
そこが『ヒトクイケモノの巣』だ。
ランク3のヒトクイケモノとランク2獅子型が密集している。
その姿はライオンの群れに似ており、市場の広大な屋上エリアに『ヒトクイケモノ』が、下の駐車場エリアとその周辺に配下の獅子型が、そしてマーケット内には獲物としてとらえられた一般人が酷い状態で拘束されている。
中 恭介(nCL2000002)がまとめるように振り返った。
「このエリアに1チームだけで突入するのは自殺行為だ。しかし幸いなことに我々にはAAAやその他戦闘部隊が揃っている。彼らを活用し、『巣』を壊滅。とらわれた一般人生存者を救出する作戦を行なうことになった。各員に小隊規模の人員が割りふられるので、詳細を確認したうえで参加してほしい。説明は以上だ。皆、健闘を祈る!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『ヒトクイケモノの巣』の壊滅
2.一般人生存者の救出
3.なし
2.一般人生存者の救出
3.なし
今回は島内に確認されているR3妖のひとつ、『ヒトクイケモノ』の巣を襲撃します。
●覚者小隊
皆さんそれぞれをリーダーに据えた覚者による小隊が組まれています。
志願覚者兵で編成され、古妖戦車一台と覚者五名からなる小隊で攻撃、防御、機動力や回復力などをチーム単位で増幅させます。スキル構成はリーダーに会わせた自動編成となります。
部隊そのものに命令を出す必要は無く、皆さんの普段のプレイングそのままで活動していただいて構いません。イメージとしては自分のパワーが増大した感じです。
ただし捨て身の攻撃や無茶な作戦をたてると兵が傷つき場合によっては死亡します。
(※補足:魂が三つあったり最大命数が百あったりする皆さんは隊の要となる最重要戦力です。そのため依頼参加者が定員に満たなかった場合はその分の小隊が編成できません。危険度が大きく上がるため、作戦を一般人救助のみに切り替えてください)
●作戦概要
コの字型のモールにボスとなるR3が1体と配下のR2が15~30体の構成です。
R2の獅子型妖の数がゆらいでいるのは、普段半数ほどが狩りに出ているためです。
襲撃が始まると遠吠えで配下を呼び寄せる筈なので、作戦時間の短縮が求められます。
襲撃方法は決まっていませんが、特に指定しなかった場合固まってコの字の開放部から素直に突っ込んで戦うことになります。
【エネミーデータ】
●ヒトクイケモノ
・R3生物系妖
・まとめて食らう:物近列全周【失血】:高い機動力で近くの対象をまとめて食い散らかします。取り囲んだとしても近接距離にある対象すべてに効果があります。
・スタンピング:物近列【不随】:強靱な腕を使って対象をたたきつぶし、衝撃で周囲の対象も蹴散らします。
・ジャンプスタンピング:物遠列【超重】【ノックバック】:飛び上がり、着地の衝撃で対象を吹き飛ばします。
・自動回復:パッシブ・毎ターンHP5%回復
・遠吠え:遠くまで届く声で配下を呼び寄せます。これにより戦闘開始から3ターンに1体ずつ『獅子型』が増加します。(最大15体増加)
●獅子型
・R2生物系妖
・スタンピング:遠単【重圧】:飛び上がって前足を肥大化するスタンピング攻撃です。あまりの衝撃に暫く体術が困難になることがあります。
・食らいつき:単貫3【流血】:突撃と共に相手に食らいつきます。突撃の勢いゆえに庇ったものごとまとめて食いちぎってしまいます。
・自己回復:自HP小回復、BSリカバー30%:じわじわと自分を回復します。
【事後調査】
島内は非常に危険なため、依頼完了後は一般人や調査・戦闘部隊はみな島外に退避します。
しかし高い生存能力をもつPCたちは依頼終了後に島内の調査を行なうことができます。
以下の三つのうちから好きな行動を選んでEXプレイングに記入して下さい。
※EX外に書いたプレイングは判定されません
・『A:追跡調査』今回の妖や事件の痕跡を更に追うことで同様の事件を見つけやすくなり、依頼が発生しやすくなります。
・『B:特定調査』特定の事件を調査します。「島内で○○な事件が起きているかも!」といった形でプレイングをかけることで、ピンポイントな依頼が発生しやすくなります。
・『C:島外警備』調査や探索はせず、島外の警備を手伝います。依頼発生には影響しなさそうですが、島外に妖が出ないように守ることも大事です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年04月19日
2017年04月19日
■メイン参加者 8人■

●獅子型妖コミュニティ『ヒトクイケモノの巣』
『ヒトクイケモノの巣』とは、雄のライオンに似た形状の妖のみで構成されたコミュニティである。
妖は国内各所で自然発生的に現われるものとされ、コミュニティを築くケースは牙王事件における一時的な密集状態でしか、ファイヴは確認していないのだが……。
「これって、珍しいことなんですか?」
妖たちから検知されない程度の距離からじりじりと近づきつつ、大辻・想良(CL2001476)は植え込みの影に隠れた。
古妖戦車というなんだか聞き慣れない兵器がきゅらきゅらついてきているが、別に気になるほどではない。
「珍しいと言いますか、発生する条件が狭く限られるというべきでしょうか。けど、大妖クラスが大量の妖を引き連れていたり、妖が群れで行動するのは珍しいケースではありませんね」
同じく植え込みに身を隠す『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)。
現場が近づくにつれ、意識がそちらへと向いていく。
マーケットの建物と、その屋上に寝そべる巨大な獅子『ヒトクイケモノ』が見えてきた。 いや、遠目からでも充分見えていたのだが、この距離までくると巨大さをあらためて実感する。
「あの下にとらわれた人たちが……一刻も早くヒトクイケモノを倒しましょう。そのために私たちがやるべきことは」
「ようどう、だよねぇ」
きゅっと身を屈めてブロック塀に隠れる『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)。
「えっとぉ……駐車場とは反対のところから、入っていくんだよねぇ」
「大丈夫か? 相手は鼻がきくんだろ? 建物に近づく前に集まってこねえかな」
そろそろ身を隠すのも限界にきたのか、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が刀に手をかけた。
「臭いのするものを別の方向に置いてきたから、少しは減ってくれているといいんですけど……」
「さて、と」
覚醒状態に切り替え、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は立ち上がった。
後続の部隊にむけて振り返る。
「いい? 私たちは誰よりも慎重に、それでいて勇敢に動かなきゃいけないの。負傷者がでたら恐れず前に、しかし倒れてはいけないから慎重かつ迅速に。連携でそれを可能にするの。仲間の命を救うためにも、一人として倒れるわけにはいかないわ。わかりましたね!」
返事を待つこと無く、御菓子は再び戦場へと向き直る。
屋上から数体の獅子型妖がこちらを見下ろし、そして即座に飛び降りてきた。
ヒトクイケモノもまたすっくと立ち上がり、高く吠えた。
「やっぱ侵入前から気づかれたか!」
「けど、望むところです。私たちの目的は……陽動ですから!」
皆が戦闘態勢へと移行する。戦車は砲を放ち、歩兵たちは銃撃を開始した。
妖の群れが、波のように押し寄せる。
●救出作戦
ヒトクイケモノ討伐作戦はその発足当初、救出作戦として話し合いが進んでいた。
ゆえにと言うべきかしかるにと言うべきか、全8部隊のうち3部隊もがとらわれた一般市民の救出にあてられていた。
他の部隊も目的を陽動としている以上、ほぼ全部隊救出を第一に目指したと言うべきかも知れない。
「民のみんな、準備はいいかい? 余はトイレいきたい」
「我慢して」
『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)はいつものテンションでふんわり号令をかけたが、『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)がいつもの三倍くらいキツいテンションで釘を刺した。
「こわい。今日のツム姫こわい。飛べないから?」
「モヤモヤする……」
発現が何歳からかはちょっと記録にないが、幼くして発現した人は発現特徴を自然な身体部位として捉える傾向がある、と聞く。
急に腕が一本無くなったようなものと考えれば、モヤモヤどころでは済まないだろう。
プリンスはお口にチャックを決め込んだ。
それを知ってか知らずか、紡は後ろをついてくる『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)に声をかけた。
「大丈夫? 恐くない?」
「……本音を言えば、恐いです。でも生きてつかまっているひとたちは、もっと恐い筈ですから」
「そーだね」
会話のなかで、鈴鳴がハッと顔をあげた。妖たちが一斉に同じ方向へと移動していく。
紡の視点からは、もっと明確にそれが見えていた。
透視、鷹の目、さらには『ていさつ』も組み合わせた拡張視野でもって、ヒトクイケモノと妖たちがマーケットの南側(本来自動車が入っていくべき駐車場側とは逆の方向)へと集まっていくのが見えたのだ。
「絶好のチャンスかも。急ご」
「はいっ!」
鈴鳴たちはそれぞれの部隊を引き連れ、マーケットの中へと突入していった。
まだ機能している両開きの自動ドアを潜ると、がらんとした光景が広がっていた。
かつては生鮮食品が売られていたであろう場所は無残に破壊され、多くが踏みつけられ、腐敗した臭いだけが漂っている。
どこかで火災も発生したのかスプリンクラーの形跡が混じり、それだけが人が過ごしていた気配をにおわせていた。
もしこのとき、より強い嗅覚を持っていたなら、別室に沢山吊るされた『肉』の存在に気づいただろう。紡は透視した視野からそれに気づいてはいたが、鈴鳴やプリンスの精神面を考えて無視を決め込んだ。それより、大事なことがある。
「みんな、備えてね。『いる』よ」
プリンスの送受信をレシーバーにして、壁の向こうにいる一般市民たちと、それを見張るように座っている妖の存在が部隊内へと伝わっていく。
妖の数は3。R2とはいえ油断すれば一般市民が傷つく位置だ。
裏の大倉庫につながる両開きの扉。そこに片足をつけて、スリングショットを構えた。
「いち、にの――」
さんの声は誰にも聞こえなかった。
突入する部隊の銃声。放たれたスモークグレネードの幕に混じってショットガンを放つ兵士たち。
突然の襲撃によって先手をとられた妖たちが対応に遅れている間に、紡はまず一体の眉間めがけて空圧弾を発射。
命中し、ずしんと倒れた所をプリンスは大ジャンプで飛び越える。
手には巨大なハンマーがあるが、彼の細身からは信じられないほどのパワーでぐるんぐるんと振り回した。
「民をオヤツにしちゃうやつは、王家のスマイルをあげちゃうよ!」
着地と同時に叩き込まれたハンマーが、妖の頭部を見事に粉砕していく。
が、それで安心はしない。もう一体残っている。
残った一体はなんとか混乱を脱し、人間へと襲いかかった。
いや、混乱を脱してはいなかったのかもしれない。なぜなら襲いかかった人間がプリンスでも紡でも後続の部隊でもなく、とらわれた一般市民だったのだ。
「――ッ!」
飛びかかるには距離がある。走り寄るには時間がコンマ五秒足りない。
焦りが顔にでそうになったその瞬間。
ガン、と強固な金属音がした。
一般市民。
獅子の妖。
その間に割り込む、鈴鳴。
相手の顎に戦旗を差し込み、猿ぐつわでも噛ませるように更に奥へとねじ込んでいく。
「噛み砕けはしませんよ」
更には鉄棒で逆上がりでもするように柄を掴んで身をねじ上げると、靴底に氷の術式を集めた。
「この旗は、人々の平穏のためにあるんですから!」
喉元を蹴りつけると、妖は口を離して吹き飛んだ。
二度のバウンドの末、地面を滑って壁に激突。そのまま動かなくなり、気づいたネコへと戻っていった。
「もう大丈夫。大丈夫ですよ」
泣きじゃくる子供を抱いて、ぽんぽんと背中を叩いてやる鈴鳴。やがて子供は安心したように眠りに落ちていく。
一般市民を見張っていた妖を撃破したことで、とらわれていた市民たちを解放することが出来た。
粘液のようなものでべったりと地面に貼り付けられていた彼らを解くのはそれほど難しくなかったが、問題は『どこに逃がすか』だった。
装甲に手を添えて紡が問いかけてみた時のことである。
「戦車ちゃん、中に人を入れて逃げたりできる?」
「ニャーン」
「なあに今の、鳴き声?」
プリンスは首を傾げたが、しかし送受心でもって意識レベルで会話してみたところ、どうやら中には自分自身がぎっしり詰まっているから一人くらいしか詰められそうにない、ということらしい。貝類の軟体動物みたいな古妖なのだろうか。そういや中身見てないな、と思ったが……。
「ひーふーみー……数えても十人以上いるね。外に出したまま連れて行くのはチョットあぶないかなあ」
「ヒトクイケモノが妖を呼び寄せていますから、実質的には安全圏そのものがない……んじゃないかと」
「一番安全なのはココってことか」
三人は頷きあい、一部隊だけを護衛に残してヒトクイケモノを倒すために陽動班と合流することに決めた。
●ヒトクイケモノ
マーケットは島の南端に存在していて、駐車場は北向きについていた。
つまるところ、駐車場と逆側というのは島外縁部、ごくわずかな人工緑地帯になっていた。
ぱっと見背水の陣だが、ラーラたち陽動班は別に逃げ出すつもりはないので望むところである。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
自らを中心にした巨大な魔方陣が足下に現われ、ラーラを覆うように巨大な炎の獅子が飛び出していく。
襲い来る妖たちをぶち抜き、駆け抜ける炎の獅子。
それが、ヒトクイケモノと正面からぶつかった。
炎をまるごと食いちぎり、口の端から煙を噴きながら唸る。
「まだまだ!」
ラーラは手を翳し、五芒星型の魔方陣を起動。
その周囲では小銃のストック部分を杖代わりにした魔道歩兵が一斉に火炎弾を乱射した。
弾幕を浴び、煙たそうに首をふるヒトクイケモノ。
「ミサイルうてうてー!」
ホッケースティックを翳して走る奈南。
彼女の進行を助けるように、戦車が搭載されたロケットランチャーで周囲の妖たちに爆弾を浴びせていく。
次々におこる爆発の中を駆け抜け、スティックを振りかぶる。
「いっくよぉー!」
正面から突っ込んできた妖の顔面にスティックを叩き付ける。
体格からすれば、奈南はトラック事故にでもあったかのように吹き飛んで然るべきなのだが、このとき吹き飛んだのはむしろ妖の方だった。
奈南は踵で地面をかるくえぐったのみである。
「獅子王小隊推参! なんてな……奈南! 雷獣結界はどうだ!?」
ヒトクイケモノに割り込むように刀を翳し、防御を固める飛馬。
「もうだめみたい。妖が多すぎるからかなぁ」
「無理すんな! 『作戦』は大体成功してるみたいだからさ!」
ヒトクイケモノが飛び上がり、腕を硬化させていく。
「ヒトクイケモノなんて呼ばれるまでにどれだけ悪さしてきんだ? 俺が止めてやる、来い!」
防御を固めに固めた飛馬が、飛来するパンチを受け止める。
物理的にどう例えたものか困るが、ロードローラーが空から降ってきた状態を想像していただければよいだろうか。常人なら跡形も残さず道路のシミになるところである。
そこへきて飛馬は……。
「ぐっ……この……!」
なんとか耐えた。
が、右肩が音を立ててへし折れた。
「やべっ、防御の型が……!」
だがしかし。このまま噛み砕かれるかという所で、肩の異常がめきめきと直った。
振り返ると……。
「あなたも、無理しないでくださいね」
想良が書物を開いて空間干渉の術を展開していた。
横から妖が食いつこうと襲いかかるが、戦車が割り込んで防御。
ふわりと翼を広げて浮き上がった想良は、霧の術式を展開しはじめた。
「ヒトクイケモノは倒せそうですか?」
「どうか分からん。手下の妖が多すぎるし……なにより五つの部隊じゃしのぐのに精一杯だ!」
飛馬や想良の防衛力がモノを言って、陽動班はヒトクイケモノにたたきつぶされると言うことだけはなかった。集まってくる妖の群れに食いつぶされるということもない。
しかし全体的な攻撃力をそのぶん犠牲にしているので敵は増える一方だった。
「救助班が合流するまでの我慢だよ。向日葵隊――第三楽章!」
御菓子が楽器を構えると、後続の楽団がトランペットを構えた。
強烈な回復空間が、音楽という形で戦場を包んでいく。
荒れ狂うヒトクイケモノと妖たちの猛攻に、音楽がぶつかっていくのだ。
やがて曲調は行進曲のそれに変わり、マーチングバンドの様相へと変化していく。
なぜならば。
「おまたせ――しました!」
戦旗を掲げて戦場へ舞い込む、鈴鳴の到来があったが故である。
回復が更に厚くなったことで、想良はここぞとばかりに雷獣による攻撃へとシフト。
彼の電撃に混じり、青いイナズマがヒトクイケモノと妖たちへと浴びせかけられた。
あまりの衝撃に妖たちが次々と倒れていく。
「この攻撃は……」
「とらわれてた人たちは無事だよ。さっ、がんがんいこうか!」
ステッキをくるくる回し、柄でもってプリンスのケツをぶっ叩いた。
はぎゃんとか言って前へ出るプリンス。
しかし叩いたひょうしに何かの術がはたらいたようで、プリンスはこれまでにない勢いで飛び上がった。
「ヒトクイケモノ? カッコイイ名前つけてさ、余のこともかっこよく呼んでいいんですよ!」
ハンマーから光を放ちヒトクイケモノへ叩き付ける。
うなりを上げたヒトクイケモノは、じたじたと数歩よろめいた。
その時確かに、ヒトクイケモノの目に焦りの感情を見た。
●今日の終わり、そして明日へ
戦況を一度俯瞰してみよう。
マーケットの逆側からの侵入を試みた陽動班は、目視や嗅覚・聴覚といった要素によって侵入前に接近を気づいたヒトクイケモノの号令によって交戦状態に突入。
妖の大多数がマーケットを離れるという予想を超えた好ましい事態に、一方の救出班はとらわれた一般市民の救助に当たる。
見張りの(もしくは偶然その場に残っていただけの)妖との戦闘を終え、救出班はメインとなる目的を完遂。
どの方角から新しい妖が駆けつけるかわからないため、野外に出ることはせず小隊をひとつ残してヒトクイケモノとの戦闘に移行した。
移行するに当たって用いた通路は透視能力によって判明していた従業員用物資搬入路である。
動向した戦車と歩兵をつれ陽動班との合流を果たすことになる。
が、しかし。
ヒトクイケモノを含むコミュニティ全体を引きつけるに至った陽動班は妖の群れによって海を背にした包囲状態にあり、合流するにはまずその妖たちを排除する必要があったのだ。
こうして、包囲を脱しながら戦う元陽動班と、外側から包囲網を攻撃する元救出班による第三の戦闘作戦が始まったのである。
「皆さん、ついてきてください!」
三角形の魔方陣を連ねるように一列に並べながら走るラーラと歩兵部隊。
そんな彼女が直接攻撃を受けないようにぴったりと張り付いて攻撃を引き受ける飛馬の小隊。
両サイドからの挟み撃ちを防ぐべく展開した戦車が自ら遮蔽物となり、妖たちの体当たりを無理矢理に防いでいた。
包囲を塞ぐように回り込んでくる妖に対し――。
「一斉砲撃!」
ラーラの召炎帝をはじめとした魔法弾が集中。巨大な爆炎と煙を作り、その中を突っ切っていった。
中でもいち早く包囲を脱したのは想良である。
ラーラたちと一緒に包囲の脱出を目指す歩兵部隊の頭上を飛んで元救出班へと合流すると、術式の構築を始めた。
変化の乏しい表情ではあるが、妖を見る目にどこか鋭いものがある。
それを察したのか、どうなのか。
「今日はいそがしいなぁ」
戦車の上に飛び乗った紡は空に向けてカプセル状のものを発射した。
カプセルは天空ではじけ、鳳をかたどった電流へと変化した。
想良の雷撃と合わさり、周囲の妖たちへと次々と降り注いでいく。
回避を試みる妖もあったが、まるで戦場を駆け巡るように飛ぶ紡の雷撃につかまってはじけ飛んでいった。
とはいえ、命中精度はそこそこ。敵の数が多いうちにこそ有効な手である。
減ってくればより少数を想定した手に切り替えていくだろう。
「さて、アヤカシレストランはそろそろ閉店ガラガラしようか」
プリンスはハンマーをよっこいしょといって持ち直すと、側面から飛びかかる妖をカウンター気味にスマッシュアウト。
返す刀ならぬ返しハンマーで反対側からくらいつきにかかる妖の顔面にハンマーを叩き込んだ。
ハンマーの扱い方としてはあまりに強引かつパワフルな動きである。
うなりをあげ、口を大きく開くヒトクイケモノ。
獅子の口の開き方とはまるで異なる、同じ大きさの物体すら丸呑みにできてしまいそうな異常な大きさだった。
それを、アイスクリームをスプーンですくっていくかのような強引さで地面ごと喰らっていった。
歩兵の戦車が噛みつかれ、ぎしぎしぎと軋みを上げる。
「回復を集中! 急いで!」
御菓子は演奏のパターンを急遽変更。
インパクトの強い曲調に変えると、部隊の楽団たちも追いかけるように曲調を変えていった。その強引さたるや、高速道路で急に車体を180度回転させ対向車をかわしながら全速力で逆走するさまに近い。
だがその強引さに誰よりも早くあわせてきたのは鈴鳴だった。
戦車の上に立って足場を強く踏みならし、旗を振って見せる鈴鳴。
楽団が、もといマーチングバンドというものはどこか吹奏楽の延長のように思われがちだが、これも立派な兵士であり兵器である。それも軍の歴史から見ればかなり近代的な、人間を鼓舞するという重要な位置づけにある兵科であった。
それは当然、覚者戦闘にも適用される。
強引なドリフトをかけながらカーブする戦車の上で旗をふる。
ついさっきまで自分の頭があった場所を、跳躍した妖の牙が通り抜けていくが背筋ひとつ曲げはしなかった。
砲撃。ヒトクイケモノの口から解放された戦車が鳴き声をあげながら全速後退。
代わりに前へ出た別の部隊がヒトクイケモノたちに一斉砲撃を仕掛けた。
そして。
「妖……」
目をギラリと光らせた想良が空高く舞い上がった。
その光は魂の光である。
どんな感情が、どんな歴史がそうさせたのか、彼女の身体からわき上がった電撃は巨大な雷の群れとなり、ヒトクイケモノが引き連れていた大量の妖たちを次々に貫いていく。
さらには無数の雷が巨大な槍のように組み合わさり、想良の頭上へ形成された。
目測。
やや傷ついたヒトクイケモノをこの場で倒しきるにはまだ少しばかり火力不足だが、瀕死の状態にまで追いやるには充分だった。
「この傷痕は、あなたをやがて殺すでしょう」
槍を振り下ろす動作。
と共にヒトクイケモノを貫く雷の槍。
そして次々に倒れる妖たち。
ヒトクイケモノは……。 次々に倒れる妖たち。
その中にあって、ヒトクイケモノは。
「…………」
何か言いたげに、そして忌々しげに鈴鳴たちをにらみ付けたあと、ぐるりと背を向けて走り出した。
「逃がさないよぉ!」
戦車の上に乗って回り込む奈南。
砲撃にあわせてジャンプで飛びかかり、ホッケースティックを叩き付けた。
対するヒトクイケモノも速度をまるで落とすこと無く突進。
一人と一匹はすれ違う。
ヒトクイケモノの右目が大きく傷付けられ、片目を瞑った状態のまま駆け抜ける。
対して奈南は空中でバランスを失って反転。
地面に頭から落ちそうになったところを、紡がスライディングでキャッチした。
「ごめんねぇ、かっきーんって戻そうとしたんだけど」
「充分充分。あれを倒すのが目的じゃあないしね」
振り向くと、大量の妖が力尽き、妖化前の生物へと戻っていた。
恐らくはこの土地に流れてきた野良猫の集団だったのだろう。
ヒトクイケモノもそのボスかなにかだったのかもしれないが……。
「次があるよ。追っかけてやっつけよう」
「んっ!」
奈南はグッとガッツポーズをとった。
マーケットが再び巣として利用されないように、砲撃による破壊が行なわれた。
欲を言えば建物を破壊する専用の重機や爆薬が欲しかったところだが、そういうのは後々専門家に任せればよい。餅は餅屋である。
「いくら覚者にパワーがあると言っても、建物を的確に解体する技術や経験があるわけじゃありません。出来ることは限られていますね」
「けど、そのできることは充分やれたと思うぜ」
崩壊したマーケットを、とらわれていた一般市民たちが眺めている。
トラウマになった建物が無くなったことで、ほっとした表情を見せる者もいた。
「この後は、民を連れて島の外に出るんだよね」
「妖を逃がしたのは、まだ悔やまれますが……」
プリンスの問いかけから少しズレることを言って、想良はヒトクイケモノが逃げた方角を見つめていた。
「わたしはもう暫くここに残って、足取りを追おうと思います。幸い、痕跡は沢山ありますから」
血のあとが転々とつながっている。
奈南が去り際につけた傷が深かったのだろう。
「では、私たちは市民の皆さんを外に送ってから、警備を手伝おうと思います」
鈴鳴と御菓子はそれぞれのやり方で市民たちをケアしながら船に乗せていく。
そしてふと、崩壊したマーケットをもう一度だけ振り返った。
この場所に妖がいなくなって、本当に誰もが安心して暮らせる土地になったなら。
また同じようにマーケットがたち、その日の夕飯を何にしようか考えながら歩く主婦や子供たちが訪れるのだろうか。
そうなるかどうかは。
自分たちにかかっているのだろうか。
『ヒトクイケモノの巣』とは、雄のライオンに似た形状の妖のみで構成されたコミュニティである。
妖は国内各所で自然発生的に現われるものとされ、コミュニティを築くケースは牙王事件における一時的な密集状態でしか、ファイヴは確認していないのだが……。
「これって、珍しいことなんですか?」
妖たちから検知されない程度の距離からじりじりと近づきつつ、大辻・想良(CL2001476)は植え込みの影に隠れた。
古妖戦車というなんだか聞き慣れない兵器がきゅらきゅらついてきているが、別に気になるほどではない。
「珍しいと言いますか、発生する条件が狭く限られるというべきでしょうか。けど、大妖クラスが大量の妖を引き連れていたり、妖が群れで行動するのは珍しいケースではありませんね」
同じく植え込みに身を隠す『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)。
現場が近づくにつれ、意識がそちらへと向いていく。
マーケットの建物と、その屋上に寝そべる巨大な獅子『ヒトクイケモノ』が見えてきた。 いや、遠目からでも充分見えていたのだが、この距離までくると巨大さをあらためて実感する。
「あの下にとらわれた人たちが……一刻も早くヒトクイケモノを倒しましょう。そのために私たちがやるべきことは」
「ようどう、だよねぇ」
きゅっと身を屈めてブロック塀に隠れる『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)。
「えっとぉ……駐車場とは反対のところから、入っていくんだよねぇ」
「大丈夫か? 相手は鼻がきくんだろ? 建物に近づく前に集まってこねえかな」
そろそろ身を隠すのも限界にきたのか、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)が刀に手をかけた。
「臭いのするものを別の方向に置いてきたから、少しは減ってくれているといいんですけど……」
「さて、と」
覚醒状態に切り替え、『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は立ち上がった。
後続の部隊にむけて振り返る。
「いい? 私たちは誰よりも慎重に、それでいて勇敢に動かなきゃいけないの。負傷者がでたら恐れず前に、しかし倒れてはいけないから慎重かつ迅速に。連携でそれを可能にするの。仲間の命を救うためにも、一人として倒れるわけにはいかないわ。わかりましたね!」
返事を待つこと無く、御菓子は再び戦場へと向き直る。
屋上から数体の獅子型妖がこちらを見下ろし、そして即座に飛び降りてきた。
ヒトクイケモノもまたすっくと立ち上がり、高く吠えた。
「やっぱ侵入前から気づかれたか!」
「けど、望むところです。私たちの目的は……陽動ですから!」
皆が戦闘態勢へと移行する。戦車は砲を放ち、歩兵たちは銃撃を開始した。
妖の群れが、波のように押し寄せる。
●救出作戦
ヒトクイケモノ討伐作戦はその発足当初、救出作戦として話し合いが進んでいた。
ゆえにと言うべきかしかるにと言うべきか、全8部隊のうち3部隊もがとらわれた一般市民の救出にあてられていた。
他の部隊も目的を陽動としている以上、ほぼ全部隊救出を第一に目指したと言うべきかも知れない。
「民のみんな、準備はいいかい? 余はトイレいきたい」
「我慢して」
『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)はいつものテンションでふんわり号令をかけたが、『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)がいつもの三倍くらいキツいテンションで釘を刺した。
「こわい。今日のツム姫こわい。飛べないから?」
「モヤモヤする……」
発現が何歳からかはちょっと記録にないが、幼くして発現した人は発現特徴を自然な身体部位として捉える傾向がある、と聞く。
急に腕が一本無くなったようなものと考えれば、モヤモヤどころでは済まないだろう。
プリンスはお口にチャックを決め込んだ。
それを知ってか知らずか、紡は後ろをついてくる『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)に声をかけた。
「大丈夫? 恐くない?」
「……本音を言えば、恐いです。でも生きてつかまっているひとたちは、もっと恐い筈ですから」
「そーだね」
会話のなかで、鈴鳴がハッと顔をあげた。妖たちが一斉に同じ方向へと移動していく。
紡の視点からは、もっと明確にそれが見えていた。
透視、鷹の目、さらには『ていさつ』も組み合わせた拡張視野でもって、ヒトクイケモノと妖たちがマーケットの南側(本来自動車が入っていくべき駐車場側とは逆の方向)へと集まっていくのが見えたのだ。
「絶好のチャンスかも。急ご」
「はいっ!」
鈴鳴たちはそれぞれの部隊を引き連れ、マーケットの中へと突入していった。
まだ機能している両開きの自動ドアを潜ると、がらんとした光景が広がっていた。
かつては生鮮食品が売られていたであろう場所は無残に破壊され、多くが踏みつけられ、腐敗した臭いだけが漂っている。
どこかで火災も発生したのかスプリンクラーの形跡が混じり、それだけが人が過ごしていた気配をにおわせていた。
もしこのとき、より強い嗅覚を持っていたなら、別室に沢山吊るされた『肉』の存在に気づいただろう。紡は透視した視野からそれに気づいてはいたが、鈴鳴やプリンスの精神面を考えて無視を決め込んだ。それより、大事なことがある。
「みんな、備えてね。『いる』よ」
プリンスの送受信をレシーバーにして、壁の向こうにいる一般市民たちと、それを見張るように座っている妖の存在が部隊内へと伝わっていく。
妖の数は3。R2とはいえ油断すれば一般市民が傷つく位置だ。
裏の大倉庫につながる両開きの扉。そこに片足をつけて、スリングショットを構えた。
「いち、にの――」
さんの声は誰にも聞こえなかった。
突入する部隊の銃声。放たれたスモークグレネードの幕に混じってショットガンを放つ兵士たち。
突然の襲撃によって先手をとられた妖たちが対応に遅れている間に、紡はまず一体の眉間めがけて空圧弾を発射。
命中し、ずしんと倒れた所をプリンスは大ジャンプで飛び越える。
手には巨大なハンマーがあるが、彼の細身からは信じられないほどのパワーでぐるんぐるんと振り回した。
「民をオヤツにしちゃうやつは、王家のスマイルをあげちゃうよ!」
着地と同時に叩き込まれたハンマーが、妖の頭部を見事に粉砕していく。
が、それで安心はしない。もう一体残っている。
残った一体はなんとか混乱を脱し、人間へと襲いかかった。
いや、混乱を脱してはいなかったのかもしれない。なぜなら襲いかかった人間がプリンスでも紡でも後続の部隊でもなく、とらわれた一般市民だったのだ。
「――ッ!」
飛びかかるには距離がある。走り寄るには時間がコンマ五秒足りない。
焦りが顔にでそうになったその瞬間。
ガン、と強固な金属音がした。
一般市民。
獅子の妖。
その間に割り込む、鈴鳴。
相手の顎に戦旗を差し込み、猿ぐつわでも噛ませるように更に奥へとねじ込んでいく。
「噛み砕けはしませんよ」
更には鉄棒で逆上がりでもするように柄を掴んで身をねじ上げると、靴底に氷の術式を集めた。
「この旗は、人々の平穏のためにあるんですから!」
喉元を蹴りつけると、妖は口を離して吹き飛んだ。
二度のバウンドの末、地面を滑って壁に激突。そのまま動かなくなり、気づいたネコへと戻っていった。
「もう大丈夫。大丈夫ですよ」
泣きじゃくる子供を抱いて、ぽんぽんと背中を叩いてやる鈴鳴。やがて子供は安心したように眠りに落ちていく。
一般市民を見張っていた妖を撃破したことで、とらわれていた市民たちを解放することが出来た。
粘液のようなものでべったりと地面に貼り付けられていた彼らを解くのはそれほど難しくなかったが、問題は『どこに逃がすか』だった。
装甲に手を添えて紡が問いかけてみた時のことである。
「戦車ちゃん、中に人を入れて逃げたりできる?」
「ニャーン」
「なあに今の、鳴き声?」
プリンスは首を傾げたが、しかし送受心でもって意識レベルで会話してみたところ、どうやら中には自分自身がぎっしり詰まっているから一人くらいしか詰められそうにない、ということらしい。貝類の軟体動物みたいな古妖なのだろうか。そういや中身見てないな、と思ったが……。
「ひーふーみー……数えても十人以上いるね。外に出したまま連れて行くのはチョットあぶないかなあ」
「ヒトクイケモノが妖を呼び寄せていますから、実質的には安全圏そのものがない……んじゃないかと」
「一番安全なのはココってことか」
三人は頷きあい、一部隊だけを護衛に残してヒトクイケモノを倒すために陽動班と合流することに決めた。
●ヒトクイケモノ
マーケットは島の南端に存在していて、駐車場は北向きについていた。
つまるところ、駐車場と逆側というのは島外縁部、ごくわずかな人工緑地帯になっていた。
ぱっと見背水の陣だが、ラーラたち陽動班は別に逃げ出すつもりはないので望むところである。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
自らを中心にした巨大な魔方陣が足下に現われ、ラーラを覆うように巨大な炎の獅子が飛び出していく。
襲い来る妖たちをぶち抜き、駆け抜ける炎の獅子。
それが、ヒトクイケモノと正面からぶつかった。
炎をまるごと食いちぎり、口の端から煙を噴きながら唸る。
「まだまだ!」
ラーラは手を翳し、五芒星型の魔方陣を起動。
その周囲では小銃のストック部分を杖代わりにした魔道歩兵が一斉に火炎弾を乱射した。
弾幕を浴び、煙たそうに首をふるヒトクイケモノ。
「ミサイルうてうてー!」
ホッケースティックを翳して走る奈南。
彼女の進行を助けるように、戦車が搭載されたロケットランチャーで周囲の妖たちに爆弾を浴びせていく。
次々におこる爆発の中を駆け抜け、スティックを振りかぶる。
「いっくよぉー!」
正面から突っ込んできた妖の顔面にスティックを叩き付ける。
体格からすれば、奈南はトラック事故にでもあったかのように吹き飛んで然るべきなのだが、このとき吹き飛んだのはむしろ妖の方だった。
奈南は踵で地面をかるくえぐったのみである。
「獅子王小隊推参! なんてな……奈南! 雷獣結界はどうだ!?」
ヒトクイケモノに割り込むように刀を翳し、防御を固める飛馬。
「もうだめみたい。妖が多すぎるからかなぁ」
「無理すんな! 『作戦』は大体成功してるみたいだからさ!」
ヒトクイケモノが飛び上がり、腕を硬化させていく。
「ヒトクイケモノなんて呼ばれるまでにどれだけ悪さしてきんだ? 俺が止めてやる、来い!」
防御を固めに固めた飛馬が、飛来するパンチを受け止める。
物理的にどう例えたものか困るが、ロードローラーが空から降ってきた状態を想像していただければよいだろうか。常人なら跡形も残さず道路のシミになるところである。
そこへきて飛馬は……。
「ぐっ……この……!」
なんとか耐えた。
が、右肩が音を立ててへし折れた。
「やべっ、防御の型が……!」
だがしかし。このまま噛み砕かれるかという所で、肩の異常がめきめきと直った。
振り返ると……。
「あなたも、無理しないでくださいね」
想良が書物を開いて空間干渉の術を展開していた。
横から妖が食いつこうと襲いかかるが、戦車が割り込んで防御。
ふわりと翼を広げて浮き上がった想良は、霧の術式を展開しはじめた。
「ヒトクイケモノは倒せそうですか?」
「どうか分からん。手下の妖が多すぎるし……なにより五つの部隊じゃしのぐのに精一杯だ!」
飛馬や想良の防衛力がモノを言って、陽動班はヒトクイケモノにたたきつぶされると言うことだけはなかった。集まってくる妖の群れに食いつぶされるということもない。
しかし全体的な攻撃力をそのぶん犠牲にしているので敵は増える一方だった。
「救助班が合流するまでの我慢だよ。向日葵隊――第三楽章!」
御菓子が楽器を構えると、後続の楽団がトランペットを構えた。
強烈な回復空間が、音楽という形で戦場を包んでいく。
荒れ狂うヒトクイケモノと妖たちの猛攻に、音楽がぶつかっていくのだ。
やがて曲調は行進曲のそれに変わり、マーチングバンドの様相へと変化していく。
なぜならば。
「おまたせ――しました!」
戦旗を掲げて戦場へ舞い込む、鈴鳴の到来があったが故である。
回復が更に厚くなったことで、想良はここぞとばかりに雷獣による攻撃へとシフト。
彼の電撃に混じり、青いイナズマがヒトクイケモノと妖たちへと浴びせかけられた。
あまりの衝撃に妖たちが次々と倒れていく。
「この攻撃は……」
「とらわれてた人たちは無事だよ。さっ、がんがんいこうか!」
ステッキをくるくる回し、柄でもってプリンスのケツをぶっ叩いた。
はぎゃんとか言って前へ出るプリンス。
しかし叩いたひょうしに何かの術がはたらいたようで、プリンスはこれまでにない勢いで飛び上がった。
「ヒトクイケモノ? カッコイイ名前つけてさ、余のこともかっこよく呼んでいいんですよ!」
ハンマーから光を放ちヒトクイケモノへ叩き付ける。
うなりを上げたヒトクイケモノは、じたじたと数歩よろめいた。
その時確かに、ヒトクイケモノの目に焦りの感情を見た。
●今日の終わり、そして明日へ
戦況を一度俯瞰してみよう。
マーケットの逆側からの侵入を試みた陽動班は、目視や嗅覚・聴覚といった要素によって侵入前に接近を気づいたヒトクイケモノの号令によって交戦状態に突入。
妖の大多数がマーケットを離れるという予想を超えた好ましい事態に、一方の救出班はとらわれた一般市民の救助に当たる。
見張りの(もしくは偶然その場に残っていただけの)妖との戦闘を終え、救出班はメインとなる目的を完遂。
どの方角から新しい妖が駆けつけるかわからないため、野外に出ることはせず小隊をひとつ残してヒトクイケモノとの戦闘に移行した。
移行するに当たって用いた通路は透視能力によって判明していた従業員用物資搬入路である。
動向した戦車と歩兵をつれ陽動班との合流を果たすことになる。
が、しかし。
ヒトクイケモノを含むコミュニティ全体を引きつけるに至った陽動班は妖の群れによって海を背にした包囲状態にあり、合流するにはまずその妖たちを排除する必要があったのだ。
こうして、包囲を脱しながら戦う元陽動班と、外側から包囲網を攻撃する元救出班による第三の戦闘作戦が始まったのである。
「皆さん、ついてきてください!」
三角形の魔方陣を連ねるように一列に並べながら走るラーラと歩兵部隊。
そんな彼女が直接攻撃を受けないようにぴったりと張り付いて攻撃を引き受ける飛馬の小隊。
両サイドからの挟み撃ちを防ぐべく展開した戦車が自ら遮蔽物となり、妖たちの体当たりを無理矢理に防いでいた。
包囲を塞ぐように回り込んでくる妖に対し――。
「一斉砲撃!」
ラーラの召炎帝をはじめとした魔法弾が集中。巨大な爆炎と煙を作り、その中を突っ切っていった。
中でもいち早く包囲を脱したのは想良である。
ラーラたちと一緒に包囲の脱出を目指す歩兵部隊の頭上を飛んで元救出班へと合流すると、術式の構築を始めた。
変化の乏しい表情ではあるが、妖を見る目にどこか鋭いものがある。
それを察したのか、どうなのか。
「今日はいそがしいなぁ」
戦車の上に飛び乗った紡は空に向けてカプセル状のものを発射した。
カプセルは天空ではじけ、鳳をかたどった電流へと変化した。
想良の雷撃と合わさり、周囲の妖たちへと次々と降り注いでいく。
回避を試みる妖もあったが、まるで戦場を駆け巡るように飛ぶ紡の雷撃につかまってはじけ飛んでいった。
とはいえ、命中精度はそこそこ。敵の数が多いうちにこそ有効な手である。
減ってくればより少数を想定した手に切り替えていくだろう。
「さて、アヤカシレストランはそろそろ閉店ガラガラしようか」
プリンスはハンマーをよっこいしょといって持ち直すと、側面から飛びかかる妖をカウンター気味にスマッシュアウト。
返す刀ならぬ返しハンマーで反対側からくらいつきにかかる妖の顔面にハンマーを叩き込んだ。
ハンマーの扱い方としてはあまりに強引かつパワフルな動きである。
うなりをあげ、口を大きく開くヒトクイケモノ。
獅子の口の開き方とはまるで異なる、同じ大きさの物体すら丸呑みにできてしまいそうな異常な大きさだった。
それを、アイスクリームをスプーンですくっていくかのような強引さで地面ごと喰らっていった。
歩兵の戦車が噛みつかれ、ぎしぎしぎと軋みを上げる。
「回復を集中! 急いで!」
御菓子は演奏のパターンを急遽変更。
インパクトの強い曲調に変えると、部隊の楽団たちも追いかけるように曲調を変えていった。その強引さたるや、高速道路で急に車体を180度回転させ対向車をかわしながら全速力で逆走するさまに近い。
だがその強引さに誰よりも早くあわせてきたのは鈴鳴だった。
戦車の上に立って足場を強く踏みならし、旗を振って見せる鈴鳴。
楽団が、もといマーチングバンドというものはどこか吹奏楽の延長のように思われがちだが、これも立派な兵士であり兵器である。それも軍の歴史から見ればかなり近代的な、人間を鼓舞するという重要な位置づけにある兵科であった。
それは当然、覚者戦闘にも適用される。
強引なドリフトをかけながらカーブする戦車の上で旗をふる。
ついさっきまで自分の頭があった場所を、跳躍した妖の牙が通り抜けていくが背筋ひとつ曲げはしなかった。
砲撃。ヒトクイケモノの口から解放された戦車が鳴き声をあげながら全速後退。
代わりに前へ出た別の部隊がヒトクイケモノたちに一斉砲撃を仕掛けた。
そして。
「妖……」
目をギラリと光らせた想良が空高く舞い上がった。
その光は魂の光である。
どんな感情が、どんな歴史がそうさせたのか、彼女の身体からわき上がった電撃は巨大な雷の群れとなり、ヒトクイケモノが引き連れていた大量の妖たちを次々に貫いていく。
さらには無数の雷が巨大な槍のように組み合わさり、想良の頭上へ形成された。
目測。
やや傷ついたヒトクイケモノをこの場で倒しきるにはまだ少しばかり火力不足だが、瀕死の状態にまで追いやるには充分だった。
「この傷痕は、あなたをやがて殺すでしょう」
槍を振り下ろす動作。
と共にヒトクイケモノを貫く雷の槍。
そして次々に倒れる妖たち。
ヒトクイケモノは……。 次々に倒れる妖たち。
その中にあって、ヒトクイケモノは。
「…………」
何か言いたげに、そして忌々しげに鈴鳴たちをにらみ付けたあと、ぐるりと背を向けて走り出した。
「逃がさないよぉ!」
戦車の上に乗って回り込む奈南。
砲撃にあわせてジャンプで飛びかかり、ホッケースティックを叩き付けた。
対するヒトクイケモノも速度をまるで落とすこと無く突進。
一人と一匹はすれ違う。
ヒトクイケモノの右目が大きく傷付けられ、片目を瞑った状態のまま駆け抜ける。
対して奈南は空中でバランスを失って反転。
地面に頭から落ちそうになったところを、紡がスライディングでキャッチした。
「ごめんねぇ、かっきーんって戻そうとしたんだけど」
「充分充分。あれを倒すのが目的じゃあないしね」
振り向くと、大量の妖が力尽き、妖化前の生物へと戻っていた。
恐らくはこの土地に流れてきた野良猫の集団だったのだろう。
ヒトクイケモノもそのボスかなにかだったのかもしれないが……。
「次があるよ。追っかけてやっつけよう」
「んっ!」
奈南はグッとガッツポーズをとった。
マーケットが再び巣として利用されないように、砲撃による破壊が行なわれた。
欲を言えば建物を破壊する専用の重機や爆薬が欲しかったところだが、そういうのは後々専門家に任せればよい。餅は餅屋である。
「いくら覚者にパワーがあると言っても、建物を的確に解体する技術や経験があるわけじゃありません。出来ることは限られていますね」
「けど、そのできることは充分やれたと思うぜ」
崩壊したマーケットを、とらわれていた一般市民たちが眺めている。
トラウマになった建物が無くなったことで、ほっとした表情を見せる者もいた。
「この後は、民を連れて島の外に出るんだよね」
「妖を逃がしたのは、まだ悔やまれますが……」
プリンスの問いかけから少しズレることを言って、想良はヒトクイケモノが逃げた方角を見つめていた。
「わたしはもう暫くここに残って、足取りを追おうと思います。幸い、痕跡は沢山ありますから」
血のあとが転々とつながっている。
奈南が去り際につけた傷が深かったのだろう。
「では、私たちは市民の皆さんを外に送ってから、警備を手伝おうと思います」
鈴鳴と御菓子はそれぞれのやり方で市民たちをケアしながら船に乗せていく。
そしてふと、崩壊したマーケットをもう一度だけ振り返った。
この場所に妖がいなくなって、本当に誰もが安心して暮らせる土地になったなら。
また同じようにマーケットがたち、その日の夕飯を何にしようか考えながら歩く主婦や子供たちが訪れるのだろうか。
そうなるかどうかは。
自分たちにかかっているのだろうか。
