≪嘘夢語≫守護使役の真贋
●
「ムッフフ~ン。やあ、久しぶりだね。今年のエープリルフールはちょっと変わった世界に飛んでもらおうと思うんだ」
ここは貴方の夢の入口。
古妖・獏が現実と夢が混じりあう空間に浮かんで貴方を見下ろしていた。
立っているでもなく、寝ているわけでもなく。
とても不思議な感覚でいるまま、貴方は獏から否応なく話を聞かされることになる。
「いまから行くのは、ある日突然、自分の守護使役と全く同じ「ニセモノ」が出現してしまうという謎の感染症が蔓延するパラレルワードだ。キミは発現してからずっと、いや、生まれた時から一緒に過ごしてきた守護使役に、違和感を覚えたことはないかな?」
ない、と答えたのか。はたまた、ある、と答えたのか……覚束ない。
「ムッフフ~ン。そうか。まあ、頑張って『答え』を見つけておいで」
獏がくるりとパクテンすると、目の前の風景が一変していた。
●
「もしかして、あたし、ニセモノなんじゃない?」
ずっと連れ添ってきた守護使役が、突然、妙なことを言いだした。
いや、妙でもなんでもないか。知らないうちに謎の感染症にかかってしまっていたのなら……。
ちらりと見ると、昨日までの守護使役と特徴は全く変わらなかった。語ってくれた記憶も同じ。
だが、ニセモノの自覚が芽生えた時点でそれは「守護使役」と認められなくなる。その日のうちに消えてしまうのだ。どこかにいる本物と一緒に。
守護使役を失った発現者は自我も失って、危険な古妖になってしまう。覚者たちに討伐されてしまう……。
「ねえ……どうしよう?」
狼狽える守護使役。
でも、いま傍にいるのは本当にニセモノなんだろうか。
ホンモノって一体……?
「探しに行こう」
ニセモノの守護使役と一緒に、ホンモノの守護使役を捜すことにした。謎の感染症にかかっていたなら、ホンモノの守護使役は初めて出会ったあの場所のどこかにいるはずだから。
「ムッフフ~ン。やあ、久しぶりだね。今年のエープリルフールはちょっと変わった世界に飛んでもらおうと思うんだ」
ここは貴方の夢の入口。
古妖・獏が現実と夢が混じりあう空間に浮かんで貴方を見下ろしていた。
立っているでもなく、寝ているわけでもなく。
とても不思議な感覚でいるまま、貴方は獏から否応なく話を聞かされることになる。
「いまから行くのは、ある日突然、自分の守護使役と全く同じ「ニセモノ」が出現してしまうという謎の感染症が蔓延するパラレルワードだ。キミは発現してからずっと、いや、生まれた時から一緒に過ごしてきた守護使役に、違和感を覚えたことはないかな?」
ない、と答えたのか。はたまた、ある、と答えたのか……覚束ない。
「ムッフフ~ン。そうか。まあ、頑張って『答え』を見つけておいで」
獏がくるりとパクテンすると、目の前の風景が一変していた。
●
「もしかして、あたし、ニセモノなんじゃない?」
ずっと連れ添ってきた守護使役が、突然、妙なことを言いだした。
いや、妙でもなんでもないか。知らないうちに謎の感染症にかかってしまっていたのなら……。
ちらりと見ると、昨日までの守護使役と特徴は全く変わらなかった。語ってくれた記憶も同じ。
だが、ニセモノの自覚が芽生えた時点でそれは「守護使役」と認められなくなる。その日のうちに消えてしまうのだ。どこかにいる本物と一緒に。
守護使役を失った発現者は自我も失って、危険な古妖になってしまう。覚者たちに討伐されてしまう……。
「ねえ……どうしよう?」
狼狽える守護使役。
でも、いま傍にいるのは本当にニセモノなんだろうか。
ホンモノって一体……?
「探しに行こう」
ニセモノの守護使役と一緒に、ホンモノの守護使役を捜すことにした。謎の感染症にかかっていたなら、ホンモノの守護使役は初めて出会ったあの場所のどこかにいるはずだから。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.守護使役との絆を深める
2.異世界の物語を楽しむ
3.なし
2.異世界の物語を楽しむ
3.なし
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると夢の世界で盛大な嘘を思いっきり楽しんじゃえ!です。
●
古妖・獏によって送り込まれた異世界。
時は朝、自宅の一室から始まります。
始まりのシチュエーションはだいたいみな、OPの通り。
守護使役の突然の告白から始まります。
自称・偽物の守護使役をつれて、本物のことを思い浮かべながら、出会いの場所へ向かってください。
果たして結末は――。
守護使役は擬人化されていても、元の姿のままでも構いません。
どちらでもこの世界では普通にお喋りできます。
●擬人化した守護使役を登場させる場合。
性別、容姿、一人称、二人称(貴方の呼び方)、口調をプレイングにご記入ください。
過去、そうすけが出した『獏』依頼で擬人化している場合は、シナリオ名を記入ください。
守護使役の設定詳細が省けます。
次に、発現時の状況をご記入ください。
何年前か、季節は、場所は?
赤ん坊だったりした場合は、生まれた病院とか、実家の様子を両親や保護者から聞いたことにしてください。
覚えていない場合は自称・偽物の守護使役に聞くとよいでしょう(そうすけが勝手にでっち上げてしまいますので嫌な人は頑張って作ってください)。
次に、偽物と本物を見分けるための『何か』をご記入ください。
これがないと終始黙ったまま、もくもくと歩き続けることになります。
その間、徐々に守護使役の姿は薄れ出し、貴方の体にも少しずつ変化が現れてきます。
バットエンドを自らお望みの場合は、討伐に現れたファイヴの覚者たちに浴びせる罵詈雑言などをご記入ください(笑)。
「正義の味方づらしやがって! ああ、前々から気に入らなかったんだよお前たちのことが!」等々。
●もとの姿のまま守護使役を登場させる場合。
一人称、二人称(貴方の呼び方)、口調をプレイングにご記入ください。
以下は、擬人化した守護使役を登場させる場合と同じです。
●結末
バットエンドになると?
守護使役が消えて古妖となった直後に、ファイヴの覚者たちに囲まれて……そこで獏に元の世界に連れ戻されます。
そう、すべては夢の中の出来事。
守護使役との親密度に変化はありませんのでご安心ください。
ただ、起きた時に守護使役と目があってちょっと気まずいかも……
なお、両結末ともに命数は減りません。夢の世界をお楽しみください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
10日
10日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年04月20日
2017年04月20日
■メイン参加者 6人■

●桂木・日那乃(CL2000941)とマリンの物語
「マリンはマリン。そんなの知らない」
ほかに言いようがなかった。偽物だなんて信じられないし、信じたくない。
受けた動揺の強さを悟られないように、日那乃は横に座る中性的な顔立ちの守護使役から目を外す。
「ヒナ……」
途方に暮れた声がゆっくりと耳ににじむ。きっと、いま、マリンは月を砕いたような色の前髪を揺らしてうなだれている。青い目に深い悲しみを湛えて。
マリンもまた動揺しているのだ。自分以上に。しっかりしなきゃ。だけど、口を突いて出てきたのは泣き言だった。
「ずっと、一緒にいたのに。……病気に、ならないように、気をつけてた、のに」
なぜ、どうして。
まるで海の底を泳ぐ魚のように、疑問が頭の中を漂う。
窓から差し込む朝の日差しは冷たく、スリッパを掃き忘れた素足を温めてくれはしなかった。足を床から少し浮かせて、きゅっと指を丸める。
少し視線をずらすと、すぐ横で一回り大きなマリンの足が、やっぱり指を丸めていた。
「……寒い?」
「うん。寒いね」
すっと、マリンの足が床に降ろされる。
「とりあえず、朝ごはんにしよう。パン、それともごはんがいい?」
少し考えてから、ごはん、と答えた。言ってから、これが最後の食事かも、と気持ちが沈む。
「じゃあ、おにぎりを作ろう。お昼に食べられるように」
「お昼? 出かける、の……どこへ?」
目の前に差し出されたマリンの手を取って立ち上がった。
「ボクたちがはじめて会った場所」
「はじめて会った、場所?」
知らない。覚えてない。心が不安の波で大きく揺れる。
溢れそうになった涙を振り切るように、窓の外へ目を向けた。桜の花びらが風に舞って、滲みながらゆっくりと落ちていく。
日那乃は生まれついての発現者だった。当時を知る両親は、日那乃が物心つく前に隔者に殺されていた。
梅干しを包んだごはんを握りながら、「ボクが覚えていることを話すね」、とマリンが言った。
京都府内。育った施設がある街からは遠く離れた、別の街の総合病院で日那乃はマリンを連れて生まれてきた。その時はまだ、マリンに名前はなかったのだけれども。
「ボクたちが初めてお互いを意識したのは……産婦人科病棟のベビーベッドの中。ちょうど雨があがって、窓の外に虹がかかっていたっけ」
六月の梅雨時。つかの間の晴れ。日那乃は雲の切れ間から差し込む光の中で泳ぐ、ぼんやりとした桜色の影を捕まえようと小さな手を差し入れた。
「いきなり尾を掴まれた時はびっくりしたな。ボクはボクで空にかかった虹の波に乗ろうと一生懸命泳いでいたんだ。その時はヒナの傍から遠く離れられないなんてこと、ぜんぜん知らずにね」
「……そう、な、の?」
ゆっくりと、マリンの横顔を仰ぎ見る。シャープな顎が、こくりと引かれた。
一緒に生まれてきたはずなのに、マリンは日那乃よりも成長が早い。いつのころからか擬人化された姿は、三つほど年長さんだ。ちょっとずるい、と思う。
「マリンが言うなら。ほんとう、ね」
握ったおにぎりに海苔をまいて、ランチボックスに詰めた。炒めたウインナーと、卵焼きを横に入れる。余ったおにぎりと味噌汁で簡単に朝食を済ませると、三食分が詰まったランチボックスを下げて家を出た。
「ホンモノとニセモノ……。見た目と記憶が、違わなかったら。なにが、ちがう?」
京都府の南に位置する五麟市から電車に乗って一時間。薄墨色にくすんでいた想像とは違って、真っ白な色に塗られた病院に来ていた。
「ニセモノは、どこがニセモノ? ニセモノなら。あなたは、だれ?」
もう言葉を発することもできなくなっているマリンの薄い影と、古妖化していく自分の濃い影が並んで緩い坂道を上がる。
院内に入った。
「ホンモノ、いない、ね」
泣き声が賑やかな産婦人科の新生児室にも、妊婦たちが春の日差しに目を細める休憩室にも、どこにもホンモノはいなかった。
探索を諦め、廊下の窓から見つけた桜木の庭へ降りた。院内を歩き回っていたときに、外ではにわか雨が降っていたのだろう。芝がキラキラと光っている。
日那乃は躊躇せずに濡れた芝に腰を下ろすと、ランチボックスを広げた。
「二人で三人分、ね。お腹、苦しくなる、かも」
マリンはもう人の姿すら取っていない。差し出されたおにぎりを前に、悲しげにゆらゆらと尾を動かすだけだ。
「ホンモノもニセモノも。マリンが消えて。わたしが古妖になって、倒されたら」
口にしたおにぎりはしょっぱかった。
「……また、一緒、ね」
空にかかる虹を目指して跳ねた守護使役の尾を、腕を伸ばして掴み取る。
「マリンは……、マリンだけは、ずっと、一緒にいてくれる、って約束。わたしも、守る、から」
お願い。ずっと一緒にいて。
涙が伝う頬に青い影が落ちる。背中に腕が回され、さらさらとした髪が日那乃の額をくすぐった。
「泣かせて、ごめん。ボクはボク。もう揺らがないよ。絶対――」
●『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)とクロの物語
結鹿は無意識のうちに長い髪を束ねるリボンへ指をやった。視線が右から左へと落ち着きなく流れる。守護使役の告白を聞かなかったことにしてしまいたい。
「結鹿、大丈夫か?」
偽物だと告白した後も、クロは相変わらず優しい。焼きあがったばかりのクッキーを並べたパッドをわたしから取りあげると、腕を引いて店の一角にあるテーブルへ連れて行ってくれた。
夜明け前、いつもより早めに家を出て店に来たのはただの偶然。予感があった訳じゃない。休みの日に養父母の洋菓子店を手伝うのはいつものことだ。でも、いまみんながいなくてよかった。
「さあ、これを飲んで。落ち着いて」
そういってティーカップに紅茶とミルクを注ぐクロの手が震えている。ああ、彼にとっても急な悟りだったに違いない。
でも、いつ、どこで感染症にかかったの?
疑惑を透かして見てとったかのように、クロが口を開く。
「わからない。ただ――気がついてしまったんだ」
すまない、とクロは白い頬にまつげの影を落とした。ハンサムな顔の輪郭を、朝の空を染め始めた淡い紫色が縁取る。焼きたてのクッキーの甘い香りが鼻をくすぐった。
窓の外が次第に明るさを増していくなかで店の時計が五時を告げた。そうだ、ショックを受けている場合じゃない。わたしは立ち上がった。
「クッキー。袋に詰めましょう。早く――」
二人であっという間に袋詰めを終えた。使った道具を洗って元の場所にきちんと戻す。
店に来た義姉たちはきっと、袋詰めされたクッキーを前に、わたしたちの姿がないことに首を捻るだろう。
「きっと勘違いよ。貴方は本物。それを証明しに行きましょう」
もちろん、大好きな義姉たちに手紙を残していくつもりは無かった。
黄金色の道の上に、白い雪のような桜の花びらがゆっくりと落ちていく。足を向ける先は、生家近くの河原だ。澄んだ朝の空気に包まれて歩きながら、発現時のことを思い出していた。
幼稚園のころ。お姉ちゃんのはあるのに自分だけ赤ちゃんの時の写真がない、と駄々をこねて養父母をひどく困らせたことがあった。叱られて――いま思うと、叱られたと思い込んで、家を飛び出した。泣きながら河原へ走っていき、生えていた古木にもたれかかってベソをかいているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。恐らく、発現したのはその時だ。
「覚えている?」
「もちろん」
クロが寂しげに笑う。
「偽物なのに……覚えているなんて、妙な感じだな」
河原に着いたころには、すっかり日が高くなっていた。
古木はまだ生えていた。だけど、記憶していたよりもずっと細くて低い。
「あの時は、見上げるように大きく、包まれるようにどっしりとして安心した記憶があるんだけど……」
「いや、この木だよ。間違いない」
クロはいつくしむように幹に当てた手を動かした。
「結鹿が大きくなったんだ」
その言葉に、クロとともに過ごした年月の長さを実感する。
同時に、発現を見届けた古木の周りにクロと同じ姿がないことにほっとした。
ふと、見上げる。
クロが優しく微笑んでいた。
暗い中で一人目覚めたときも。高いところから見下す目がとても優しく、初対面なのにまったく怖さを感じさせなかった。黒い服を着ているところも同じだ。さすがにまったく同じデザインではないけれど。
「あれ?」、とクロが首を捻った。
「……どうかした?」
「その時、俺はまだ人の姿を取れなかった。確かに上から見下ろしてはいたけど、それは守護使役本来の姿で、だ」
そんなはずはない。わたしは確かに、背の高い男の人に飛びついたのだ。胸を懐かしい気持ちでいっぱいにして、知るはずのない名を口にしながら。
その人――クロは、泣いちゃだめだ。泣くくらいなら笑えって頭を撫でた。そんなこと、猫の姿ではできないでしょ?
「頬ずりをした覚えはあるが……」
二人の不安を煽るように、冷たい風が河原を吹き渡った。木漏れ日が揺れて、クロの顔をまだらの影が覆う。もしかして……偽物なの?
わたしはクロに腕を伸ばした。掴んだ腕を引っ張りながら木の根元にしゃがみこむ。
首の後ろに手をやってリボンをほどいた。
「もういちど。わたしに元気の出る魔法をかけて」
「魔法?」
あのとき、クロはわたしのためにシロツメクサを編んでリボンを作ってくれた。猫じゃなく、人の姿で。肩の下まで伸びた髪に、特別よ、と言って教えたお母さん直伝の元気が出る魔法(髪の毛をリボンでまとめる)をかけてくれたのだ。
「宝物ねっ」て、埋めたシロツメクサのリボンもう土に帰ってしまっているだろう。でも――。
見つめ合ったまま、じりじりと時だけが過ぎていく。
「そうだ。思い出した」
勘違いを詫び、長い指がそっとシロツメクサの茎を折った時、わたしは無性にうれしくなってクロに抱きついた。頬に甘いキスを送る。
ああ、勘違いでよかった。
●『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と大和の物語
「おう、大和。学校、行こうぜ」
一悟は上がり框に腰掛けると、履き慣れたランニングシューズに足を突っ込んだ。ふと、守護使役の様子がいつもと違うことに気づいて振り返る。いつもなら、我先にと玄関をあけて飛び出していくのに……。
「って、お前……なに犬の姿に戻ってんだ?」
守護使役は本来の姿で肩の後ろで浮かんでいた。
「あのよ、一悟。オレ、偽物みてえだわ」
「はぁ?」
「しっ、声がでかい!」
いきなり何を言いだすのやら。一悟は腕を伸ばすと大和の尻尾を掴んで引き寄せた。
やばい伝染病が発現者の間で流行っていることは、ニュースを見て知っていた。昨夜もじいちゃんたちと話し合ったところだ。帰ってきたら、手を洗ってうがいをしろと真顔でいう祖父母たちに、インフルエンザかよ、と笑って返した。それが……。
鼻と鼻がくっつくほど顔を近づける。
「マジかよ?」
「冗談でいえるか、こんなこと」
一悟は靴を脱いだ。こっそり二階の部屋に戻ると、豚の貯金箱を壊した。こっちへ来てから毎月こつこつと貯めたお小遣いは、故郷まで戻る二人分の新幹線代と、駅弁の費用になんとか足りそうだ。
「よし。京都駅から新幹線に乗ろう。お前が消えてオレが妖になっちまう前に本物を探しだそうぜ」
「妖じゃなくて古妖な。まあ、どっちでもいいか。最後は討伐されちまうんだし」
「他人事かよ!」
大和はぱたぱたと尾を振って面白がった。
「お前も消えちまうんだぞ」
「ニセモノの俺はどっちにしろ消えるから」
おふざけ一転。ぺたり、と耳を倒して呟いた大和の顔が暗い影で覆われる。
「バカ野郎。諦めてんじゃねえよ。本物を見つけたらとりあえず一発ぶん殴る。大和、お前も殴れ。話はそれからだ」
「俺が俺を殴る? いいね、それ。気に入ったぜ」
「じゃ、とりあえず人間の姿に戻れ。犬のまんまじゃ殴れねぞ」
少し元気を取り戻した大和と一緒に、足音を殺して下に降りた。
わざと大きな声で、「行ってきまーす」と奥へ声を掛ける。
「アラ、まだいたの? 早く行かないと遅れちゃうわヨ」
祖母が暖簾を手で上げながら廊下に顔を出した――ばあちゃんと呼ぶと必ず叱られる。だからいつも名前で呼んでいる。
「リサさん。ファイヴからさっき呼び出しがあって……遠出するから、晩飯いらない」
すらすらとウソが口を突いて出てきた。
「気ぃつけて行ってくるんやで」
居間で新聞を畳む音がした。そろそろじいちゃんも仕事に出る時間だ。
一悟は祖父の顔を見てしまう前にあわてて家を飛び出した。
発現して覚者になる前、一悟は原因不明の昏睡状態に陥って一年近く入院していた。いまから二年ちょっと前のことだ。原因は不明。眠っている間、誰かと深い穴の底へ落ちる夢を繰り返し見ていた。
気がついたら、大和が見下していた。「誰だ、お前?」、と言ったような気がする。
「言った。ずっと心配していたのに、なんてひでえ奴って思ったね」
「だってさ、家族でもねえし、医者には見えなかったし」
しようがねえだろ、と一悟は笑った。
発現したのは多分、あの時だ。
駅弁を広げて、頬張る。新幹線は浜松を過ぎたところだった。
「こんな時によく食えるな」、横で大和がため息をつく。
「ジタバタしてもしょうがねえだろ。食べながら一緒に考えようぜ。偽物が出来ちまう原因は何かとかさ」
けど、すぐ話は途切れた。ふたりとも、難しい話はニガテだ。
「肉体派だからな、オレ」
「俺は違う。一緒にするな」
「じゃあ、解ったら起こしてくれ」
腹が膨れたら眠くなる。これ、自然の摂理なり。
目を閉じた途端、強い眠気がやって来て、己の正体を語りだした大和の声を遮断した。
「結局、見つからなかったな。妖になっちまう前にどっか高いところから一緒に飛び降りるか」
もしかしたら、いまいる世界のほうが夢で、飛び降りたら目が覚めるかもしれない。
おどけて放った言葉は大和に響かなかったようだ。怖い顔でこちらを睨んでいる。その後ろに夕日に染まる山々が透けて見えていた。
「ふん……、いまさら戻れるか。どの面を下げてあのお方の前に出ろと?」
「あ! 思い出した、一緒に落ちたやつの名前。確かディ――」
鉄拳が飛んできた。避けきれず、まともに鼻っ柱に食らった。鼻血が出た。
「忘れろ。俺も忘れる」
「ざけんな! どうせお前が先に思いだして『帰りたい』なんて思ったんだろ。だから下らねえ病気になっちまった。なあ、違うか? 答えろ――。ん、あれ? お前、なんて名前だったけ?」
一悟は振り上げた拳を頭の上でクルクルと回した。さっきの一撃で忘れてしまった……フリをする。
「まあ、いいや。お前はオレの守護使役だ! 死ぬまで付き合ってもらうぜ!」
「ああ。とことん付き合ってやる」
そういって沈みゆく太陽に背を向けた大和は、しっかりと大地に影を落としていた。
●緒形 逝(CL2000156)とみずたまの物語
守護使役のみずたまから偽物であると告げられた時、逝は店でファイヴに納める刀剣の手入れをしていた。
「アリョーシャ?」
聞こえているさね、と薄い声を背後の影に返し、壁に懸けられたカレンダーへ目を向ける。
今日が運命の日……とは思わなかった。格別意味を持たない、ただの日付だ。ごく普通の一日にすぎない。
ただ、長く続いた、あまりにも長く続いた偽りの日々がやっと終わるのだと思えば、微かに心が疼く。ただ、それを哀愁と呼ぶにはあまりにも頼りなく、未練と呼べるほどの熱も感じない。
床に目をおとすと、壁際まで伸びた影が揺れた。
「気づいていたのですか?」
いつから、と声にならない声が続く。
逝は笑った。
「いつ気づいたか、かね? みずたまや、お前が偽物だと言うならここにいるおっさんもまた然り。確か十年前くらいだったな――いや、初めから、と言っておこうか。うん、初めから、といっていい。なあ、悪食や」
鞘に収まる妖刀が微かに震えて、刀かけがカタカタと音をたてた。原因を押しつけるなと不服を申し立てたのか、それともその通りと笑ったのか。
彼の地より這い出て来た化け物を目の前にして、死ぬか生きるかの瀬戸際で手に取った直刀もまたこの世のものではなかった。器の存続と引き換えに、アレクセイは代償として『悪食』に食われてしまったのだ。
結果、発現。ただ、このときはまだ<緒方 逝>というラベルは作られていない。『至聖所』から出てきた正体不明の怪異と戦いに勝利し、回収され……その間は沼男が器の主であり、幽霊は沼男の後ろで大人しく様子をうかがっていた。必要に迫られた<緒方 逝>の登場は、シベリアを経て日本の収容サイトに送られてからのこととなる。
逝は手入れ道具をきちんとしまい込むと、紫布で巻いた刀を腕に抱えた。
「……さて、みずたま。お散歩に行くぞう。悪食と装備一式を持って来ておくれ」
納品先のファイヴは五麟大学の敷地内にある。
「この前の底岩戸の遺跡に行っても良いんだけど……ちと人が多い、発現した場所は今じゃ闇の中。更に収容サイトは数年前に『無かった』事にされた。多分おっさんの所為かね」
ヘルメットを平台から取り上げ、振り返る。
「おや、いつからヘルメットをかぶるようになったのかね?」
「ヘルメット? ああ、か って すね。気が き せんで た」
みずたまが発した声の欠落には触れず、逝はヘルメットをかぶった。
鏡写しにしたような姿の守護使役と向き合う。幾分か薄れて後ろが透けて見えていたが、まだしっかりと輪郭は保っていた。これならまだ大丈夫。街を歩いても騒ぎにはならないだろう。古妖への変貌は始まっていない。すくなくとも外見は。
いつものように戸締りをして店を出た。
桜の花びらが落ちる平和でのどかな道をゆっくりと歩きだす。
しばらくは柔らかく降り注ぐ日差しを楽しんでいたが、なにやら予感めいたものを感じて沈黙を破った。
「……みずたまや。テセウスの船と哲学的ゾンビに沼男の話だ。観測者の居ない箱は存在しない。何も信用出来ないなら何を基準にする?」
返事代わりにチャリン、チャリンと小銭が落ちたような音がした。足の先を小さな歯車が転がっていく。
「大丈夫かね? 部品がいくつか落ちて転がっていったよ」
「あれはア KUセイ で よ?」
視界の隅に映るみずたまが崩れ始めていた。抱きかかえた悪食と混じりあって醜く変形し、さらには自分の体と繋がっている。
「ああ、収容オーバーか」
春の空を仰ぎながら笑おうとして首をあげると、ヘルメットの中でチャプンと波がたった。
人から人ならざる者へ。
逝の姿は道行く人々の注意を引いた。ヘルメットの下から流れ出る肉と、妖気を発する巨大な刀の腕。そして皮膚を突き破り増殖する歯車。
覚者すらたじろぎ、道を開ける。
「おっと、これはダメだぞぅ。取り込んじゃあいかん。ちゃんと納めないと」
左手で紫布に巻かれた刀を高く掲げながら、正門をくぐった。集まった覚者たちを無視して、まっすぐ考古学研究所へ向かう。
「薫ちゃんはいるかね?」
意外なことに納品は淡々と行われた。恐らく、夢見から予め聞かされていたのだろう。とくに言葉は交わされなかった。ただ、向けられた目が寂しげに細められただけだった。
ここでさよならを口にするのは野暮だろう。
逝は黙って背を向けた。
考古学研究所を出ると、建物の損壊を気にしなくて済む場所に向かった。グランドでファイヴの精鋭たちが待っていた。みな、いくつもの依頼をともにこなした者たちばかりだ。
「さて、収容違反の5057の処分を頼む。手に負えなくなる前にね」
強い横風が吹き、散り桜が視界を霞めて――。
鳴り響く時計のアラートに目が覚めた。
ふと、壁のカレンダー見る。
日付は四月一日だった。
●『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)とライライさんの物語
(「ド、ドロボー!?」)
朝、目が覚めたら視界の隅を人影がかすめた。眠気が一気に消し飛んで、布団を跳ねあげる。
叫ぼうとした途端、後ろから大きな手で口を塞がれた。
「ソラ! 俺だ、俺。いいか、手を離すぞ。叫ぶなよ」
ドロボーの言葉をあっさり鵜呑みにするほど俺は甘くない……つもり。あっさりいうことを聞いてやるもんか。
手が口を離れた瞬間、大きく息を吸い込んだ。間髪入れずにまた手で塞がれる。すると、今度は口を塞がれたまま、頭を乱暴に横へひねられた。痛い。
「だ・か・ら、俺だって言ってんだろ!」
涙で霞んだ目でよく見ると……あ、前に会った事ある。ライライさんの人間バージョン!? でも、どこで会ったんだっけ?
ゆっくりと瞬きを繰り返して、解ったと伝える。
安堵したライライさんの赤い目の上で金髪が揺れた。
「なんで朝から俺の部屋をウロウロしてたの?」
「あー、それな」
ライライさんは胡坐を組んで座り直すと、がっくりと肩を落とした。
「すまん、ソラ。俺、ニセモノみたいだわ」
「はあ?」
聞けばいまから一時間以上も前から、俺が目を覚ますのを待っていたらしい。どう伝えようか、悩みながら。
渋るライライさんの膝を揺すって事情を説明させた。
「……俺にもさっぱり、だ。ただ、『あ、なんか違う』って感じちまったんだ」
「なんだよ、それ?」
障子をあけて、部屋の中に日の光を入れた。布団を畳んで押入れにしまう。
発現者だけがかかる謎の感染症のことは、探偵事務所でも、馴染みの店のMaltでも話題になっていた。つい先日も、ファイヴ所属の――自分もよく知っていた覚者が発症し、古妖化して仲間たちに討伐されたばかりだ。不思議なことに、討たれた瞬間、かつて仲間であった古妖の体は奇妙な笑い声とともに光に包まれて消滅したと聞いている。
――このままだとライライさんは消えて、俺、古妖になっちゃうの? 俺もおっさんと同じ運命をたどるの?
いや、まだ間に合う。ぱしり、と太ももを手で打って、足の震えを止めた。
「ライライさん、本物を探しに行こう」
言ってから哀しみに襲われた。本物が見つかって無事にすり替わった後、偽物がどうなるのか。討伐されて消えてしまう事例が圧倒的に多く、助かった者はなぜか一様に口を閉ざして詳細を語りたがらなかった。だから、誰も偽物の末路をしらない。
「俺のことは気にするな。大事なのはソラ、お前だ」
俺の怯えを感じ取ったのか、ライライさんが肩に腕を回してきた。
軽い。なによりもぬくもりが感じられないことが無性に悲しかった。
ライライさんに最初に会ったのは忘れるはずもない。中2の時に木から足を滑らせて頭を打ち、担ぎ込まれた先、実家近くの大きな病院だ。
「気が付いたらここに居たんだよね」
意識を取り戻して、最初に目に飛び込んで来たのがライライさんだった。勾玉を足に持った黄色い鳥の姿で、だったけど。
だから本物はここに居るはず。それなのに――。
(「おかしいな……いない。 ……なんでだろ?」)
地下から屋上まで、院内を隈なく歩き回った。なんども、なんども。
「ソラ、この世の終わりみてえな顔をするな。お前を見て、病人が怯えてんじゃねえか」
不安になる俺を、口は悪いけど隣でライライさんが励ましてくれた。
「俺は最後までお前の傍を離れない。一緒に覚者とだって戦ってやるぜ」
姿は薄れているが、口は相変わらずだ。威勢がいい。
「どうやって?」
「どうやって、て……偵察で空の上から近づいてくる敵を教えてやるから、お前がドーンと雷獣を落としてやっつけろよ」
「それ、ぜんぜん戦ってないじゃん」
あはは、と笑い飛ばした。
「でも、ありがとう。もしこのまま君が消えて俺が古妖になっても君の事忘れないよ」
「だからずっと一緒にいるって言ってんだろ? 俺は偽物だけど、信じろ。あっちでまた、美味い珈琲と飯を食わせてやる」
それで思い出した。あれは精霊の花茶碗って名のお店だったっけ。
「あの時聞けなかった君の本当の名前……知りたかったな……」
そこまで言って、また思い出した。
「そうだ。初めて会ったのはここじゃない!」
夕暮れの街を走り、辿り着いた空き地。ライライさんに触れたくて足を滑らせた木はない。でも、俺の目には大きく枝を張りだす巨木が見えていた。
「てっぺん近くまで登った時、見えたんだ。その時は守護使役だったなんて知らなかったけど。夕日を背に飛ぶ姿があんまり綺麗で……それで俺が名付けたんだよね」
頭を打った俺は、その事をすっかり忘れてしまっていた。いま、五体満足で生きていられるのは――。
「ありがとう……雷鳳……」
「なんだよ、しっかり覚えてんじゃねえか。でもな、俺はお前がくれたライライって名前が気に入ってる。だからこれからもライライさんって呼んでくれ」
肩に回された腕から、今度はしっかりとライライさんのぬくもりが伝わってきた。
●『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)ところんの物語
背中を丸めたパジャマ姿は、丸くて柔らかそうで、大きなヌイグルミそのものだった。もちろん突撃しない手はない。
「ころんさーん、おはようなのよ!!」
どーんと背中にぶつかると、いつも通り柔らかくて温かかった。ちょっぴり甘い香りがするのは、いつもお菓子を食べているからかもしれない。
だが、様子が変だ。
いつもならここで大げさなリアクションとともに悲鳴をあげている。眉をハの字にして、それでも優しく「おはよう、飛鳥ちゃん」と返してくれる。それなのに今朝は飛鳥を背中にしょったまま、ころんはじっとして動かなかない。
「ころんさん、どうしたのよ? 元気ないけど病気?」
守護使役は病気にならない。擬人化してご飯も食べるし、眠りもするけれど、それはみんなフリであって――。
そこまで考えて飛鳥ははっとした。
いま流行りの感染症、守護使役が分裂して加護の力が衰え、力の制御ができなくなった発現者が古妖化する奇病のことを思い出したのだ。
「まさか……」
「うん。ごめんね、飛鳥ちゃん。かかったみたい。ごめんね。本物の分もいま謝っておくよ。パパさんにもママさんにも……ごめんなさいするね」
飛鳥を背中から降ろして立ち上がると、ころんはゆっくりと振り返った。いつもにこにこと笑っている顔が、泣いている。
飛鳥も立ち上がった。
突然、ばちん、と小気味いい音が部屋に響く。
「い、いったぁ~い!?」
飛鳥の手で両頬を張られたまま、ころんが悲鳴をあげる。
「どっちのころんさんも消えて欲しくないのよ。とにかく本物を探しに行きましょう。ささ、はやく着替えてくださいなのよ!」
飛鳥の両親はどちらも教職についている。母親は小学校の教師で、父親は五麟大学の工学部・物理工学科、医療工学分野の准教授だ。両親から「最後まであきらめない」ことを教え込まれていた。
きりり、と眉をあげる飛鳥に、ころんは赤くはれた頬を弛ませる。
お出かけの身支度を整えると、キッチンで朝食を作る母親に声を掛けた。父親はもう五麟市の職場へ出かけてしまっていない。
「ねえ、お母さん。あすかが生まれた時のこと、教えて欲しいのよ」
母はどうしてそんなことを聞くのかと笑った。
「お天気がいいので、ころんさんと生まれた病院に行ってきます。題して『あすかズ ヒストリー』なのよ」
まさか、と顔を曇らせる感のいい母親には、あくまで春休みの自由課題だ、といいきって家を出た。
奈良駅までの切符を買い、奈良線に乗る。窓をあけて車内に春の風を呼び込むと、髪をなびかせながらころんと流れる景色をじばし楽しんだ。
自分が生まれた病院を前にして、飛鳥は胸の前で腕を組んで唸った。
「どうしたの、入らないの?」
「病院には本物のころんさんはいない気がするのよ」
ここまで来たんだから、ところんに引っ張られて院内に入った。が、悪い予感はあたるもので、病院のどこにも本物のころんはいなかった。
「む~、やっぱりいないのよ。次は奈良公園に行くのよ」
奈良公園は、初めて飛鳥が守護使役の存在に気づいた場所だ。3才の春、ちょうど家族でお花見をしていた時のことだった。
鹿に鹿せんべいを食べさせてあげたいが、噛まれるのが怖いと泣いていた時、目の前に白くてころんとした生き物が突然現れて、鹿を遠ざけてくれた。
「あのあと鹿さんと仲直りさせてくれたの覚えてる?」
「もちろんだよ。懐かしいなぁ」
公園にも本物はいない。ころんは影が薄くなり、輪郭がぶれだしている。
飛鳥は近くにいた鹿に手を伸ばした。ちゃっかりしたもので、せんべいを手にしていない人間には見向きもしない。頭をひと撫でされると、鹿はゆったりと歩き去った。
「奈良公園は広いから。むこうを探してみよう」
ころんと肩を並べて桜の下を歩く。そういえば、こうやってころんとゆっくり過ごすのは久しぶりだ。
――ああ、もしかして原因は。
飛鳥は立ち止まると、ころんに頭を下げた。
「いつもそばにいることが当たり前になっていました。ごめんなさいなのよ、ころんさん」
本物のころんさんにも謝りたい。きっと寂しくなって家出してしまったのだ、と飛鳥は唇を噛む。
「……ボクが初めて人間の姿になったときのこと覚えてる? 飛鳥ちゃん、独りで放課後も残ってダンスの練習していたね」
「覚えているのよ。突然、ころんさんが男の子になって、あのときはとってもびっくりしたのよ」
ころんは微笑みを浮かべると、ちょっぴり頬を赤くして飛鳥の手を取った。
「踊ろう」
桜の花びらが舞い落ちる夕暮れ、芝の上でふたり手を繋いで踊る。くるくる、くるくる。笑い声をあげて踊っているうちにぶれていたころんの体がだんだんと定まってきた。
「やっぱり、謝るのは……寂しかったのはボク。飛鳥ちゃんとの絆を見失いかけて――」
飛鳥は最後までころんに言わせなかった。
大好き、と泣き笑いしながら、まるくて柔らかいころんに抱きついた。
●
『嘘物語』は楽しかったかい? では、また来年。
ムッフフ~ン。
「マリンはマリン。そんなの知らない」
ほかに言いようがなかった。偽物だなんて信じられないし、信じたくない。
受けた動揺の強さを悟られないように、日那乃は横に座る中性的な顔立ちの守護使役から目を外す。
「ヒナ……」
途方に暮れた声がゆっくりと耳ににじむ。きっと、いま、マリンは月を砕いたような色の前髪を揺らしてうなだれている。青い目に深い悲しみを湛えて。
マリンもまた動揺しているのだ。自分以上に。しっかりしなきゃ。だけど、口を突いて出てきたのは泣き言だった。
「ずっと、一緒にいたのに。……病気に、ならないように、気をつけてた、のに」
なぜ、どうして。
まるで海の底を泳ぐ魚のように、疑問が頭の中を漂う。
窓から差し込む朝の日差しは冷たく、スリッパを掃き忘れた素足を温めてくれはしなかった。足を床から少し浮かせて、きゅっと指を丸める。
少し視線をずらすと、すぐ横で一回り大きなマリンの足が、やっぱり指を丸めていた。
「……寒い?」
「うん。寒いね」
すっと、マリンの足が床に降ろされる。
「とりあえず、朝ごはんにしよう。パン、それともごはんがいい?」
少し考えてから、ごはん、と答えた。言ってから、これが最後の食事かも、と気持ちが沈む。
「じゃあ、おにぎりを作ろう。お昼に食べられるように」
「お昼? 出かける、の……どこへ?」
目の前に差し出されたマリンの手を取って立ち上がった。
「ボクたちがはじめて会った場所」
「はじめて会った、場所?」
知らない。覚えてない。心が不安の波で大きく揺れる。
溢れそうになった涙を振り切るように、窓の外へ目を向けた。桜の花びらが風に舞って、滲みながらゆっくりと落ちていく。
日那乃は生まれついての発現者だった。当時を知る両親は、日那乃が物心つく前に隔者に殺されていた。
梅干しを包んだごはんを握りながら、「ボクが覚えていることを話すね」、とマリンが言った。
京都府内。育った施設がある街からは遠く離れた、別の街の総合病院で日那乃はマリンを連れて生まれてきた。その時はまだ、マリンに名前はなかったのだけれども。
「ボクたちが初めてお互いを意識したのは……産婦人科病棟のベビーベッドの中。ちょうど雨があがって、窓の外に虹がかかっていたっけ」
六月の梅雨時。つかの間の晴れ。日那乃は雲の切れ間から差し込む光の中で泳ぐ、ぼんやりとした桜色の影を捕まえようと小さな手を差し入れた。
「いきなり尾を掴まれた時はびっくりしたな。ボクはボクで空にかかった虹の波に乗ろうと一生懸命泳いでいたんだ。その時はヒナの傍から遠く離れられないなんてこと、ぜんぜん知らずにね」
「……そう、な、の?」
ゆっくりと、マリンの横顔を仰ぎ見る。シャープな顎が、こくりと引かれた。
一緒に生まれてきたはずなのに、マリンは日那乃よりも成長が早い。いつのころからか擬人化された姿は、三つほど年長さんだ。ちょっとずるい、と思う。
「マリンが言うなら。ほんとう、ね」
握ったおにぎりに海苔をまいて、ランチボックスに詰めた。炒めたウインナーと、卵焼きを横に入れる。余ったおにぎりと味噌汁で簡単に朝食を済ませると、三食分が詰まったランチボックスを下げて家を出た。
「ホンモノとニセモノ……。見た目と記憶が、違わなかったら。なにが、ちがう?」
京都府の南に位置する五麟市から電車に乗って一時間。薄墨色にくすんでいた想像とは違って、真っ白な色に塗られた病院に来ていた。
「ニセモノは、どこがニセモノ? ニセモノなら。あなたは、だれ?」
もう言葉を発することもできなくなっているマリンの薄い影と、古妖化していく自分の濃い影が並んで緩い坂道を上がる。
院内に入った。
「ホンモノ、いない、ね」
泣き声が賑やかな産婦人科の新生児室にも、妊婦たちが春の日差しに目を細める休憩室にも、どこにもホンモノはいなかった。
探索を諦め、廊下の窓から見つけた桜木の庭へ降りた。院内を歩き回っていたときに、外ではにわか雨が降っていたのだろう。芝がキラキラと光っている。
日那乃は躊躇せずに濡れた芝に腰を下ろすと、ランチボックスを広げた。
「二人で三人分、ね。お腹、苦しくなる、かも」
マリンはもう人の姿すら取っていない。差し出されたおにぎりを前に、悲しげにゆらゆらと尾を動かすだけだ。
「ホンモノもニセモノも。マリンが消えて。わたしが古妖になって、倒されたら」
口にしたおにぎりはしょっぱかった。
「……また、一緒、ね」
空にかかる虹を目指して跳ねた守護使役の尾を、腕を伸ばして掴み取る。
「マリンは……、マリンだけは、ずっと、一緒にいてくれる、って約束。わたしも、守る、から」
お願い。ずっと一緒にいて。
涙が伝う頬に青い影が落ちる。背中に腕が回され、さらさらとした髪が日那乃の額をくすぐった。
「泣かせて、ごめん。ボクはボク。もう揺らがないよ。絶対――」
●『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)とクロの物語
結鹿は無意識のうちに長い髪を束ねるリボンへ指をやった。視線が右から左へと落ち着きなく流れる。守護使役の告白を聞かなかったことにしてしまいたい。
「結鹿、大丈夫か?」
偽物だと告白した後も、クロは相変わらず優しい。焼きあがったばかりのクッキーを並べたパッドをわたしから取りあげると、腕を引いて店の一角にあるテーブルへ連れて行ってくれた。
夜明け前、いつもより早めに家を出て店に来たのはただの偶然。予感があった訳じゃない。休みの日に養父母の洋菓子店を手伝うのはいつものことだ。でも、いまみんながいなくてよかった。
「さあ、これを飲んで。落ち着いて」
そういってティーカップに紅茶とミルクを注ぐクロの手が震えている。ああ、彼にとっても急な悟りだったに違いない。
でも、いつ、どこで感染症にかかったの?
疑惑を透かして見てとったかのように、クロが口を開く。
「わからない。ただ――気がついてしまったんだ」
すまない、とクロは白い頬にまつげの影を落とした。ハンサムな顔の輪郭を、朝の空を染め始めた淡い紫色が縁取る。焼きたてのクッキーの甘い香りが鼻をくすぐった。
窓の外が次第に明るさを増していくなかで店の時計が五時を告げた。そうだ、ショックを受けている場合じゃない。わたしは立ち上がった。
「クッキー。袋に詰めましょう。早く――」
二人であっという間に袋詰めを終えた。使った道具を洗って元の場所にきちんと戻す。
店に来た義姉たちはきっと、袋詰めされたクッキーを前に、わたしたちの姿がないことに首を捻るだろう。
「きっと勘違いよ。貴方は本物。それを証明しに行きましょう」
もちろん、大好きな義姉たちに手紙を残していくつもりは無かった。
黄金色の道の上に、白い雪のような桜の花びらがゆっくりと落ちていく。足を向ける先は、生家近くの河原だ。澄んだ朝の空気に包まれて歩きながら、発現時のことを思い出していた。
幼稚園のころ。お姉ちゃんのはあるのに自分だけ赤ちゃんの時の写真がない、と駄々をこねて養父母をひどく困らせたことがあった。叱られて――いま思うと、叱られたと思い込んで、家を飛び出した。泣きながら河原へ走っていき、生えていた古木にもたれかかってベソをかいているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。恐らく、発現したのはその時だ。
「覚えている?」
「もちろん」
クロが寂しげに笑う。
「偽物なのに……覚えているなんて、妙な感じだな」
河原に着いたころには、すっかり日が高くなっていた。
古木はまだ生えていた。だけど、記憶していたよりもずっと細くて低い。
「あの時は、見上げるように大きく、包まれるようにどっしりとして安心した記憶があるんだけど……」
「いや、この木だよ。間違いない」
クロはいつくしむように幹に当てた手を動かした。
「結鹿が大きくなったんだ」
その言葉に、クロとともに過ごした年月の長さを実感する。
同時に、発現を見届けた古木の周りにクロと同じ姿がないことにほっとした。
ふと、見上げる。
クロが優しく微笑んでいた。
暗い中で一人目覚めたときも。高いところから見下す目がとても優しく、初対面なのにまったく怖さを感じさせなかった。黒い服を着ているところも同じだ。さすがにまったく同じデザインではないけれど。
「あれ?」、とクロが首を捻った。
「……どうかした?」
「その時、俺はまだ人の姿を取れなかった。確かに上から見下ろしてはいたけど、それは守護使役本来の姿で、だ」
そんなはずはない。わたしは確かに、背の高い男の人に飛びついたのだ。胸を懐かしい気持ちでいっぱいにして、知るはずのない名を口にしながら。
その人――クロは、泣いちゃだめだ。泣くくらいなら笑えって頭を撫でた。そんなこと、猫の姿ではできないでしょ?
「頬ずりをした覚えはあるが……」
二人の不安を煽るように、冷たい風が河原を吹き渡った。木漏れ日が揺れて、クロの顔をまだらの影が覆う。もしかして……偽物なの?
わたしはクロに腕を伸ばした。掴んだ腕を引っ張りながら木の根元にしゃがみこむ。
首の後ろに手をやってリボンをほどいた。
「もういちど。わたしに元気の出る魔法をかけて」
「魔法?」
あのとき、クロはわたしのためにシロツメクサを編んでリボンを作ってくれた。猫じゃなく、人の姿で。肩の下まで伸びた髪に、特別よ、と言って教えたお母さん直伝の元気が出る魔法(髪の毛をリボンでまとめる)をかけてくれたのだ。
「宝物ねっ」て、埋めたシロツメクサのリボンもう土に帰ってしまっているだろう。でも――。
見つめ合ったまま、じりじりと時だけが過ぎていく。
「そうだ。思い出した」
勘違いを詫び、長い指がそっとシロツメクサの茎を折った時、わたしは無性にうれしくなってクロに抱きついた。頬に甘いキスを送る。
ああ、勘違いでよかった。
●『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)と大和の物語
「おう、大和。学校、行こうぜ」
一悟は上がり框に腰掛けると、履き慣れたランニングシューズに足を突っ込んだ。ふと、守護使役の様子がいつもと違うことに気づいて振り返る。いつもなら、我先にと玄関をあけて飛び出していくのに……。
「って、お前……なに犬の姿に戻ってんだ?」
守護使役は本来の姿で肩の後ろで浮かんでいた。
「あのよ、一悟。オレ、偽物みてえだわ」
「はぁ?」
「しっ、声がでかい!」
いきなり何を言いだすのやら。一悟は腕を伸ばすと大和の尻尾を掴んで引き寄せた。
やばい伝染病が発現者の間で流行っていることは、ニュースを見て知っていた。昨夜もじいちゃんたちと話し合ったところだ。帰ってきたら、手を洗ってうがいをしろと真顔でいう祖父母たちに、インフルエンザかよ、と笑って返した。それが……。
鼻と鼻がくっつくほど顔を近づける。
「マジかよ?」
「冗談でいえるか、こんなこと」
一悟は靴を脱いだ。こっそり二階の部屋に戻ると、豚の貯金箱を壊した。こっちへ来てから毎月こつこつと貯めたお小遣いは、故郷まで戻る二人分の新幹線代と、駅弁の費用になんとか足りそうだ。
「よし。京都駅から新幹線に乗ろう。お前が消えてオレが妖になっちまう前に本物を探しだそうぜ」
「妖じゃなくて古妖な。まあ、どっちでもいいか。最後は討伐されちまうんだし」
「他人事かよ!」
大和はぱたぱたと尾を振って面白がった。
「お前も消えちまうんだぞ」
「ニセモノの俺はどっちにしろ消えるから」
おふざけ一転。ぺたり、と耳を倒して呟いた大和の顔が暗い影で覆われる。
「バカ野郎。諦めてんじゃねえよ。本物を見つけたらとりあえず一発ぶん殴る。大和、お前も殴れ。話はそれからだ」
「俺が俺を殴る? いいね、それ。気に入ったぜ」
「じゃ、とりあえず人間の姿に戻れ。犬のまんまじゃ殴れねぞ」
少し元気を取り戻した大和と一緒に、足音を殺して下に降りた。
わざと大きな声で、「行ってきまーす」と奥へ声を掛ける。
「アラ、まだいたの? 早く行かないと遅れちゃうわヨ」
祖母が暖簾を手で上げながら廊下に顔を出した――ばあちゃんと呼ぶと必ず叱られる。だからいつも名前で呼んでいる。
「リサさん。ファイヴからさっき呼び出しがあって……遠出するから、晩飯いらない」
すらすらとウソが口を突いて出てきた。
「気ぃつけて行ってくるんやで」
居間で新聞を畳む音がした。そろそろじいちゃんも仕事に出る時間だ。
一悟は祖父の顔を見てしまう前にあわてて家を飛び出した。
発現して覚者になる前、一悟は原因不明の昏睡状態に陥って一年近く入院していた。いまから二年ちょっと前のことだ。原因は不明。眠っている間、誰かと深い穴の底へ落ちる夢を繰り返し見ていた。
気がついたら、大和が見下していた。「誰だ、お前?」、と言ったような気がする。
「言った。ずっと心配していたのに、なんてひでえ奴って思ったね」
「だってさ、家族でもねえし、医者には見えなかったし」
しようがねえだろ、と一悟は笑った。
発現したのは多分、あの時だ。
駅弁を広げて、頬張る。新幹線は浜松を過ぎたところだった。
「こんな時によく食えるな」、横で大和がため息をつく。
「ジタバタしてもしょうがねえだろ。食べながら一緒に考えようぜ。偽物が出来ちまう原因は何かとかさ」
けど、すぐ話は途切れた。ふたりとも、難しい話はニガテだ。
「肉体派だからな、オレ」
「俺は違う。一緒にするな」
「じゃあ、解ったら起こしてくれ」
腹が膨れたら眠くなる。これ、自然の摂理なり。
目を閉じた途端、強い眠気がやって来て、己の正体を語りだした大和の声を遮断した。
「結局、見つからなかったな。妖になっちまう前にどっか高いところから一緒に飛び降りるか」
もしかしたら、いまいる世界のほうが夢で、飛び降りたら目が覚めるかもしれない。
おどけて放った言葉は大和に響かなかったようだ。怖い顔でこちらを睨んでいる。その後ろに夕日に染まる山々が透けて見えていた。
「ふん……、いまさら戻れるか。どの面を下げてあのお方の前に出ろと?」
「あ! 思い出した、一緒に落ちたやつの名前。確かディ――」
鉄拳が飛んできた。避けきれず、まともに鼻っ柱に食らった。鼻血が出た。
「忘れろ。俺も忘れる」
「ざけんな! どうせお前が先に思いだして『帰りたい』なんて思ったんだろ。だから下らねえ病気になっちまった。なあ、違うか? 答えろ――。ん、あれ? お前、なんて名前だったけ?」
一悟は振り上げた拳を頭の上でクルクルと回した。さっきの一撃で忘れてしまった……フリをする。
「まあ、いいや。お前はオレの守護使役だ! 死ぬまで付き合ってもらうぜ!」
「ああ。とことん付き合ってやる」
そういって沈みゆく太陽に背を向けた大和は、しっかりと大地に影を落としていた。
●緒形 逝(CL2000156)とみずたまの物語
守護使役のみずたまから偽物であると告げられた時、逝は店でファイヴに納める刀剣の手入れをしていた。
「アリョーシャ?」
聞こえているさね、と薄い声を背後の影に返し、壁に懸けられたカレンダーへ目を向ける。
今日が運命の日……とは思わなかった。格別意味を持たない、ただの日付だ。ごく普通の一日にすぎない。
ただ、長く続いた、あまりにも長く続いた偽りの日々がやっと終わるのだと思えば、微かに心が疼く。ただ、それを哀愁と呼ぶにはあまりにも頼りなく、未練と呼べるほどの熱も感じない。
床に目をおとすと、壁際まで伸びた影が揺れた。
「気づいていたのですか?」
いつから、と声にならない声が続く。
逝は笑った。
「いつ気づいたか、かね? みずたまや、お前が偽物だと言うならここにいるおっさんもまた然り。確か十年前くらいだったな――いや、初めから、と言っておこうか。うん、初めから、といっていい。なあ、悪食や」
鞘に収まる妖刀が微かに震えて、刀かけがカタカタと音をたてた。原因を押しつけるなと不服を申し立てたのか、それともその通りと笑ったのか。
彼の地より這い出て来た化け物を目の前にして、死ぬか生きるかの瀬戸際で手に取った直刀もまたこの世のものではなかった。器の存続と引き換えに、アレクセイは代償として『悪食』に食われてしまったのだ。
結果、発現。ただ、このときはまだ<緒方 逝>というラベルは作られていない。『至聖所』から出てきた正体不明の怪異と戦いに勝利し、回収され……その間は沼男が器の主であり、幽霊は沼男の後ろで大人しく様子をうかがっていた。必要に迫られた<緒方 逝>の登場は、シベリアを経て日本の収容サイトに送られてからのこととなる。
逝は手入れ道具をきちんとしまい込むと、紫布で巻いた刀を腕に抱えた。
「……さて、みずたま。お散歩に行くぞう。悪食と装備一式を持って来ておくれ」
納品先のファイヴは五麟大学の敷地内にある。
「この前の底岩戸の遺跡に行っても良いんだけど……ちと人が多い、発現した場所は今じゃ闇の中。更に収容サイトは数年前に『無かった』事にされた。多分おっさんの所為かね」
ヘルメットを平台から取り上げ、振り返る。
「おや、いつからヘルメットをかぶるようになったのかね?」
「ヘルメット? ああ、か って すね。気が き せんで た」
みずたまが発した声の欠落には触れず、逝はヘルメットをかぶった。
鏡写しにしたような姿の守護使役と向き合う。幾分か薄れて後ろが透けて見えていたが、まだしっかりと輪郭は保っていた。これならまだ大丈夫。街を歩いても騒ぎにはならないだろう。古妖への変貌は始まっていない。すくなくとも外見は。
いつものように戸締りをして店を出た。
桜の花びらが落ちる平和でのどかな道をゆっくりと歩きだす。
しばらくは柔らかく降り注ぐ日差しを楽しんでいたが、なにやら予感めいたものを感じて沈黙を破った。
「……みずたまや。テセウスの船と哲学的ゾンビに沼男の話だ。観測者の居ない箱は存在しない。何も信用出来ないなら何を基準にする?」
返事代わりにチャリン、チャリンと小銭が落ちたような音がした。足の先を小さな歯車が転がっていく。
「大丈夫かね? 部品がいくつか落ちて転がっていったよ」
「あれはア KUセイ で よ?」
視界の隅に映るみずたまが崩れ始めていた。抱きかかえた悪食と混じりあって醜く変形し、さらには自分の体と繋がっている。
「ああ、収容オーバーか」
春の空を仰ぎながら笑おうとして首をあげると、ヘルメットの中でチャプンと波がたった。
人から人ならざる者へ。
逝の姿は道行く人々の注意を引いた。ヘルメットの下から流れ出る肉と、妖気を発する巨大な刀の腕。そして皮膚を突き破り増殖する歯車。
覚者すらたじろぎ、道を開ける。
「おっと、これはダメだぞぅ。取り込んじゃあいかん。ちゃんと納めないと」
左手で紫布に巻かれた刀を高く掲げながら、正門をくぐった。集まった覚者たちを無視して、まっすぐ考古学研究所へ向かう。
「薫ちゃんはいるかね?」
意外なことに納品は淡々と行われた。恐らく、夢見から予め聞かされていたのだろう。とくに言葉は交わされなかった。ただ、向けられた目が寂しげに細められただけだった。
ここでさよならを口にするのは野暮だろう。
逝は黙って背を向けた。
考古学研究所を出ると、建物の損壊を気にしなくて済む場所に向かった。グランドでファイヴの精鋭たちが待っていた。みな、いくつもの依頼をともにこなした者たちばかりだ。
「さて、収容違反の5057の処分を頼む。手に負えなくなる前にね」
強い横風が吹き、散り桜が視界を霞めて――。
鳴り響く時計のアラートに目が覚めた。
ふと、壁のカレンダー見る。
日付は四月一日だった。
●『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)とライライさんの物語
(「ド、ドロボー!?」)
朝、目が覚めたら視界の隅を人影がかすめた。眠気が一気に消し飛んで、布団を跳ねあげる。
叫ぼうとした途端、後ろから大きな手で口を塞がれた。
「ソラ! 俺だ、俺。いいか、手を離すぞ。叫ぶなよ」
ドロボーの言葉をあっさり鵜呑みにするほど俺は甘くない……つもり。あっさりいうことを聞いてやるもんか。
手が口を離れた瞬間、大きく息を吸い込んだ。間髪入れずにまた手で塞がれる。すると、今度は口を塞がれたまま、頭を乱暴に横へひねられた。痛い。
「だ・か・ら、俺だって言ってんだろ!」
涙で霞んだ目でよく見ると……あ、前に会った事ある。ライライさんの人間バージョン!? でも、どこで会ったんだっけ?
ゆっくりと瞬きを繰り返して、解ったと伝える。
安堵したライライさんの赤い目の上で金髪が揺れた。
「なんで朝から俺の部屋をウロウロしてたの?」
「あー、それな」
ライライさんは胡坐を組んで座り直すと、がっくりと肩を落とした。
「すまん、ソラ。俺、ニセモノみたいだわ」
「はあ?」
聞けばいまから一時間以上も前から、俺が目を覚ますのを待っていたらしい。どう伝えようか、悩みながら。
渋るライライさんの膝を揺すって事情を説明させた。
「……俺にもさっぱり、だ。ただ、『あ、なんか違う』って感じちまったんだ」
「なんだよ、それ?」
障子をあけて、部屋の中に日の光を入れた。布団を畳んで押入れにしまう。
発現者だけがかかる謎の感染症のことは、探偵事務所でも、馴染みの店のMaltでも話題になっていた。つい先日も、ファイヴ所属の――自分もよく知っていた覚者が発症し、古妖化して仲間たちに討伐されたばかりだ。不思議なことに、討たれた瞬間、かつて仲間であった古妖の体は奇妙な笑い声とともに光に包まれて消滅したと聞いている。
――このままだとライライさんは消えて、俺、古妖になっちゃうの? 俺もおっさんと同じ運命をたどるの?
いや、まだ間に合う。ぱしり、と太ももを手で打って、足の震えを止めた。
「ライライさん、本物を探しに行こう」
言ってから哀しみに襲われた。本物が見つかって無事にすり替わった後、偽物がどうなるのか。討伐されて消えてしまう事例が圧倒的に多く、助かった者はなぜか一様に口を閉ざして詳細を語りたがらなかった。だから、誰も偽物の末路をしらない。
「俺のことは気にするな。大事なのはソラ、お前だ」
俺の怯えを感じ取ったのか、ライライさんが肩に腕を回してきた。
軽い。なによりもぬくもりが感じられないことが無性に悲しかった。
ライライさんに最初に会ったのは忘れるはずもない。中2の時に木から足を滑らせて頭を打ち、担ぎ込まれた先、実家近くの大きな病院だ。
「気が付いたらここに居たんだよね」
意識を取り戻して、最初に目に飛び込んで来たのがライライさんだった。勾玉を足に持った黄色い鳥の姿で、だったけど。
だから本物はここに居るはず。それなのに――。
(「おかしいな……いない。 ……なんでだろ?」)
地下から屋上まで、院内を隈なく歩き回った。なんども、なんども。
「ソラ、この世の終わりみてえな顔をするな。お前を見て、病人が怯えてんじゃねえか」
不安になる俺を、口は悪いけど隣でライライさんが励ましてくれた。
「俺は最後までお前の傍を離れない。一緒に覚者とだって戦ってやるぜ」
姿は薄れているが、口は相変わらずだ。威勢がいい。
「どうやって?」
「どうやって、て……偵察で空の上から近づいてくる敵を教えてやるから、お前がドーンと雷獣を落としてやっつけろよ」
「それ、ぜんぜん戦ってないじゃん」
あはは、と笑い飛ばした。
「でも、ありがとう。もしこのまま君が消えて俺が古妖になっても君の事忘れないよ」
「だからずっと一緒にいるって言ってんだろ? 俺は偽物だけど、信じろ。あっちでまた、美味い珈琲と飯を食わせてやる」
それで思い出した。あれは精霊の花茶碗って名のお店だったっけ。
「あの時聞けなかった君の本当の名前……知りたかったな……」
そこまで言って、また思い出した。
「そうだ。初めて会ったのはここじゃない!」
夕暮れの街を走り、辿り着いた空き地。ライライさんに触れたくて足を滑らせた木はない。でも、俺の目には大きく枝を張りだす巨木が見えていた。
「てっぺん近くまで登った時、見えたんだ。その時は守護使役だったなんて知らなかったけど。夕日を背に飛ぶ姿があんまり綺麗で……それで俺が名付けたんだよね」
頭を打った俺は、その事をすっかり忘れてしまっていた。いま、五体満足で生きていられるのは――。
「ありがとう……雷鳳……」
「なんだよ、しっかり覚えてんじゃねえか。でもな、俺はお前がくれたライライって名前が気に入ってる。だからこれからもライライさんって呼んでくれ」
肩に回された腕から、今度はしっかりとライライさんのぬくもりが伝わってきた。
●『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)ところんの物語
背中を丸めたパジャマ姿は、丸くて柔らかそうで、大きなヌイグルミそのものだった。もちろん突撃しない手はない。
「ころんさーん、おはようなのよ!!」
どーんと背中にぶつかると、いつも通り柔らかくて温かかった。ちょっぴり甘い香りがするのは、いつもお菓子を食べているからかもしれない。
だが、様子が変だ。
いつもならここで大げさなリアクションとともに悲鳴をあげている。眉をハの字にして、それでも優しく「おはよう、飛鳥ちゃん」と返してくれる。それなのに今朝は飛鳥を背中にしょったまま、ころんはじっとして動かなかない。
「ころんさん、どうしたのよ? 元気ないけど病気?」
守護使役は病気にならない。擬人化してご飯も食べるし、眠りもするけれど、それはみんなフリであって――。
そこまで考えて飛鳥ははっとした。
いま流行りの感染症、守護使役が分裂して加護の力が衰え、力の制御ができなくなった発現者が古妖化する奇病のことを思い出したのだ。
「まさか……」
「うん。ごめんね、飛鳥ちゃん。かかったみたい。ごめんね。本物の分もいま謝っておくよ。パパさんにもママさんにも……ごめんなさいするね」
飛鳥を背中から降ろして立ち上がると、ころんはゆっくりと振り返った。いつもにこにこと笑っている顔が、泣いている。
飛鳥も立ち上がった。
突然、ばちん、と小気味いい音が部屋に響く。
「い、いったぁ~い!?」
飛鳥の手で両頬を張られたまま、ころんが悲鳴をあげる。
「どっちのころんさんも消えて欲しくないのよ。とにかく本物を探しに行きましょう。ささ、はやく着替えてくださいなのよ!」
飛鳥の両親はどちらも教職についている。母親は小学校の教師で、父親は五麟大学の工学部・物理工学科、医療工学分野の准教授だ。両親から「最後まであきらめない」ことを教え込まれていた。
きりり、と眉をあげる飛鳥に、ころんは赤くはれた頬を弛ませる。
お出かけの身支度を整えると、キッチンで朝食を作る母親に声を掛けた。父親はもう五麟市の職場へ出かけてしまっていない。
「ねえ、お母さん。あすかが生まれた時のこと、教えて欲しいのよ」
母はどうしてそんなことを聞くのかと笑った。
「お天気がいいので、ころんさんと生まれた病院に行ってきます。題して『あすかズ ヒストリー』なのよ」
まさか、と顔を曇らせる感のいい母親には、あくまで春休みの自由課題だ、といいきって家を出た。
奈良駅までの切符を買い、奈良線に乗る。窓をあけて車内に春の風を呼び込むと、髪をなびかせながらころんと流れる景色をじばし楽しんだ。
自分が生まれた病院を前にして、飛鳥は胸の前で腕を組んで唸った。
「どうしたの、入らないの?」
「病院には本物のころんさんはいない気がするのよ」
ここまで来たんだから、ところんに引っ張られて院内に入った。が、悪い予感はあたるもので、病院のどこにも本物のころんはいなかった。
「む~、やっぱりいないのよ。次は奈良公園に行くのよ」
奈良公園は、初めて飛鳥が守護使役の存在に気づいた場所だ。3才の春、ちょうど家族でお花見をしていた時のことだった。
鹿に鹿せんべいを食べさせてあげたいが、噛まれるのが怖いと泣いていた時、目の前に白くてころんとした生き物が突然現れて、鹿を遠ざけてくれた。
「あのあと鹿さんと仲直りさせてくれたの覚えてる?」
「もちろんだよ。懐かしいなぁ」
公園にも本物はいない。ころんは影が薄くなり、輪郭がぶれだしている。
飛鳥は近くにいた鹿に手を伸ばした。ちゃっかりしたもので、せんべいを手にしていない人間には見向きもしない。頭をひと撫でされると、鹿はゆったりと歩き去った。
「奈良公園は広いから。むこうを探してみよう」
ころんと肩を並べて桜の下を歩く。そういえば、こうやってころんとゆっくり過ごすのは久しぶりだ。
――ああ、もしかして原因は。
飛鳥は立ち止まると、ころんに頭を下げた。
「いつもそばにいることが当たり前になっていました。ごめんなさいなのよ、ころんさん」
本物のころんさんにも謝りたい。きっと寂しくなって家出してしまったのだ、と飛鳥は唇を噛む。
「……ボクが初めて人間の姿になったときのこと覚えてる? 飛鳥ちゃん、独りで放課後も残ってダンスの練習していたね」
「覚えているのよ。突然、ころんさんが男の子になって、あのときはとってもびっくりしたのよ」
ころんは微笑みを浮かべると、ちょっぴり頬を赤くして飛鳥の手を取った。
「踊ろう」
桜の花びらが舞い落ちる夕暮れ、芝の上でふたり手を繋いで踊る。くるくる、くるくる。笑い声をあげて踊っているうちにぶれていたころんの体がだんだんと定まってきた。
「やっぱり、謝るのは……寂しかったのはボク。飛鳥ちゃんとの絆を見失いかけて――」
飛鳥は最後までころんに言わせなかった。
大好き、と泣き笑いしながら、まるくて柔らかいころんに抱きついた。
●
『嘘物語』は楽しかったかい? では、また来年。
ムッフフ~ン。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
