<冷酷島>妖に満ちた島・導入章
●幸せが約束されなかった島
黎刻ニューアイランドシティは埋め立て地として新たに作られた複合住宅都市でした。
日本の多くが妖によって被害を受ける中、日本国土の外側に居住地を建設すれば安全になるのだという主張から建設されたその人工島は、政治家と市民たちが夢見たフロンティアだったのです。
学校、病院、警察署や消防署、スタジアムや自然公園、そして立ち並ぶマンションや一戸建ての住宅街。最新の技術で整えられたその人工島は、安息の地になるはずでした。
なるはずだと思っていたのは、人間だけだったようですが。
黒煙を噴き上げるバスは横転し、空を巨大な鳥の妖が飛んでいく。
獣のようなうなり声といびつな足音が、舗装された道路を進んでいた。
そんな風景を裂くように、けたたましい軽機関銃の射撃音が重なっていく。
「住民避難はまだなのか!? 橋の爆破が間に合わなくなるぞ!」
軽トラックに機関銃を無理矢理据え付けた戦車もどきが走る。その後を追尾する巨大な獅子の妖。
銃座に見立てた二台でレバーを握り込み、作業服の男は妖への牽制射撃を仕掛けた。
弾が獅子の表皮を弾いていく。
「実弾程度じゃまるでダメージにならない! 覚者を呼んでくれ!」
「足止めくらいにはなるはずだ、黙って撃ち続けろ!」
運転席の男はアクセルを限界まで踏みしめたが、バックミラーの光景に目を見開いた。
獅子の妖が跳躍し、一気に距離をつめたのだ。空中で腕を肥大化させたかと思うと、軽トラックの後ろ半分をたたきつぶしていく。
後ろ半分を無くして走行を継続できるほど軽トラックは頑丈ではない。たちまち火花を散らして停止。運転席から転がりでた男は、高速で走ってきた獅子の妖に身体の上半分を食いちぎられた。
本来夢見ていた未来を裏切るように、冷酷に人々を殺していく島。
この島を人々は、恐怖を込めて『冷酷島』と呼んだ。
●長期的な戦闘作戦
「妖の集中的な発生によって立ち入りが禁止された島、通称『冷酷島』における長期的な妖討伐作戦を、ファイヴが引き受けることになりました」
ここはファイヴのブリーフィングルーム。集まった覚者たちに、夢見は島の地図を見せながら話を続けた。
「湾状の土地の中央に建設された人工島は三つの橋でアクセスが可能でしたが、妖の大規模発生により全ての橋を破壊。海や空を渡って侵攻しようとする妖を文字通りの水際で迎撃してなんとか周囲への影響を防いでいる状態です。しかしこの状況が長く続けば人類側が疲弊し、本土が侵略されてしまうでしょう。ですのでファイヴからチームを送り込み、内部の妖を倒す作戦が必要とされています」
今回戦うのは破壊された橋の際を陣取っている獅子型の妖だ。
「対象の識別名称『咀嚼する牙』。複数の同一個体が確認されている妖で、島への侵入が困難になっている原因のひとつです」
『咀嚼する牙』は巨大な獅子に似た生物系妖R2で、足が速く、跳躍からのスタンピングや直接食いちぎるなどの獰猛な攻撃方法をとる。
作戦としては強行上陸船で島へ乗り付け、妖と戦闘。
妖を倒して島への上陸自体を可能にさせるというものだ。
「戦闘後には島内を探索するためのチームを派遣します。チームはこの依頼に参加したメンバー1人につき1チームつけますので作戦終了後に役立つことでしょう。詳しくは付属の資料を見てください」
メンバーに資料を配ってから、夢見は小さく頭を下げた。
「長期的な作戦になるかもしれませんが、解決すれば本土の人々の平和が守られます。どうかお気をつけて」
黎刻ニューアイランドシティは埋め立て地として新たに作られた複合住宅都市でした。
日本の多くが妖によって被害を受ける中、日本国土の外側に居住地を建設すれば安全になるのだという主張から建設されたその人工島は、政治家と市民たちが夢見たフロンティアだったのです。
学校、病院、警察署や消防署、スタジアムや自然公園、そして立ち並ぶマンションや一戸建ての住宅街。最新の技術で整えられたその人工島は、安息の地になるはずでした。
なるはずだと思っていたのは、人間だけだったようですが。
黒煙を噴き上げるバスは横転し、空を巨大な鳥の妖が飛んでいく。
獣のようなうなり声といびつな足音が、舗装された道路を進んでいた。
そんな風景を裂くように、けたたましい軽機関銃の射撃音が重なっていく。
「住民避難はまだなのか!? 橋の爆破が間に合わなくなるぞ!」
軽トラックに機関銃を無理矢理据え付けた戦車もどきが走る。その後を追尾する巨大な獅子の妖。
銃座に見立てた二台でレバーを握り込み、作業服の男は妖への牽制射撃を仕掛けた。
弾が獅子の表皮を弾いていく。
「実弾程度じゃまるでダメージにならない! 覚者を呼んでくれ!」
「足止めくらいにはなるはずだ、黙って撃ち続けろ!」
運転席の男はアクセルを限界まで踏みしめたが、バックミラーの光景に目を見開いた。
獅子の妖が跳躍し、一気に距離をつめたのだ。空中で腕を肥大化させたかと思うと、軽トラックの後ろ半分をたたきつぶしていく。
後ろ半分を無くして走行を継続できるほど軽トラックは頑丈ではない。たちまち火花を散らして停止。運転席から転がりでた男は、高速で走ってきた獅子の妖に身体の上半分を食いちぎられた。
本来夢見ていた未来を裏切るように、冷酷に人々を殺していく島。
この島を人々は、恐怖を込めて『冷酷島』と呼んだ。
●長期的な戦闘作戦
「妖の集中的な発生によって立ち入りが禁止された島、通称『冷酷島』における長期的な妖討伐作戦を、ファイヴが引き受けることになりました」
ここはファイヴのブリーフィングルーム。集まった覚者たちに、夢見は島の地図を見せながら話を続けた。
「湾状の土地の中央に建設された人工島は三つの橋でアクセスが可能でしたが、妖の大規模発生により全ての橋を破壊。海や空を渡って侵攻しようとする妖を文字通りの水際で迎撃してなんとか周囲への影響を防いでいる状態です。しかしこの状況が長く続けば人類側が疲弊し、本土が侵略されてしまうでしょう。ですのでファイヴからチームを送り込み、内部の妖を倒す作戦が必要とされています」
今回戦うのは破壊された橋の際を陣取っている獅子型の妖だ。
「対象の識別名称『咀嚼する牙』。複数の同一個体が確認されている妖で、島への侵入が困難になっている原因のひとつです」
『咀嚼する牙』は巨大な獅子に似た生物系妖R2で、足が速く、跳躍からのスタンピングや直接食いちぎるなどの獰猛な攻撃方法をとる。
作戦としては強行上陸船で島へ乗り付け、妖と戦闘。
妖を倒して島への上陸自体を可能にさせるというものだ。
「戦闘後には島内を探索するためのチームを派遣します。チームはこの依頼に参加したメンバー1人につき1チームつけますので作戦終了後に役立つことでしょう。詳しくは付属の資料を見てください」
メンバーに資料を配ってから、夢見は小さく頭を下げた。
「長期的な作戦になるかもしれませんが、解決すれば本土の人々の平和が守られます。どうかお気をつけて」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖『咀嚼する牙』2体以上の破壊
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●エネミーデータ
『咀嚼する牙』×3体
生物系妖ランク2
スタンピング:遠単【重圧】:飛び上がって前足を肥大化するスタンピング攻撃です。あまりの衝撃に暫く体術が困難になることがあります。
食らいつき:単貫3【流血】:突撃と共に相手に食らいつきます。突撃の勢いゆえに庇ったものごとまとめて食いちぎってしまいます。
自己回復:自HP小回復、BSリカバー30%:じわじわと自分を回復します。
●シチュエーションデータ
破壊した橋の周辺を縄張りのようにしてうろついています。
人間が寄ってくるのを待っているため、近くに来たら臭いや音で察知して駆けつけてくるでしょう。
戦闘エリアを足場のぬかるんだ水際にするか、足場の整った橋の上にするかは工夫次第です。普通にやると水際になります。
水際の場合こちらの回避と命中に『-10』の負荷がかかります。
●後続部隊の行動選択
皆さんには1人につき1チームの後続部隊がついています。AAA・ファイヴ・中途採用組などから混成された汎用チームで、調査研究戦術その他諸々の専門家が集まっています。
後続部隊は依頼完了後に行動し、妖の探索や掃討、特定事件の捜査を行ないます。
EXプレイング内にて以下の内からひとつの行動を選択して『A:周辺探索』や
『C:(指定内容)』というように記入して下さい。
・A:周辺探索
戦闘後に残された痕跡や周辺の状態を探索します。
今回関わった事件と同タイプの依頼が出やすくなります。
・B:残敵掃討
戦闘後に周辺を回ってとにかく妖を倒していきます。
今回関わった事件と同タイプの依頼が出にくくなります。
・C:特定捜査
島内において特定の事件を専門に調査します。
どんな事件を捜査して欲しいかを指定してください。
(※EXプレイング内にない内容は反映されません)
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年04月02日
2017年04月02日
■メイン参加者 6人■

●穢れの底
手こぎ式のバナナボートをこぐ『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)。
同じくオールを使って身長にボートを操作していく『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)と共に、対岸の島を目指していた。
目を細めるラーラ。
はっきりと目視できるほどに近い距離。
しかし『こちら側』とは明らかに違う、よどみやゆがみのようなものが島を満たしていた。
「島が出来てから妖が出てくるなんて、どういうことなんだろう。狙って妖を湧かすなんて、できるのかな。なんだか、すごく作為的だよ」
「妖が発生する原理は未だ明らかになっていません。ですから発生の原因を突き止めることはできませんが……逆に『発生しなかった』、もしくは『発生が確認されなかった』原因を突き止めることはできるでしょうね。奏空さんの言うように、作為的すぎますから」
爆破処理によって崩壊した橋の残骸から、ぱらぱらと落ちる破片が水面をはねていく。
ぬらした指を翳し、風向きを確かめる。
わずかに後ろから来るような横風。合図を送ると、別のボートで同じように風向きを確認していた『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)がぱたぱたと手を振った。
あっちから行くよの合図を出して、回り込むようにジェスチャーする。
すると、『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)がこっくりと頷いて指を立てた。
空に円環を描くように指を回すと、まるで砂糖菓子の蓋を開けたようにキラキラとした妖精の粉がふりかかってくる。
やがて重力に逆らうようにふわふわと浮き上がったきせきは、奈南を抱えて水面ギリギリを漂うように移動し始める。移動速度こそゆっくりで、ほとんど風に漂うタンポポの綿毛めいた振る舞いだったが、(人を抱えているとはいえ)頑張れば途切れた橋までたどり着くことくらいはできそうだ。
「うんうん、順調。向こうは気づいてるのかね。興奮してるのか元からそうなのかよくわからん動き方だなあ……」
遠くを見るように片手を翳す仕草をする緒形 逝(CL2000156)。
フルフェイスヘルメットをしているのでその仕草じたいが無意味なのだが、逝は人間のフリをした異形みたいな振る舞い方で振り返った。
「ええと……」
見られたことに気づいてぱちくりする『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)。
逝は数秒してから手を叩いた。
「守衛野ちゃんだったね。よろしくね」
「はい。大変な事態ですから」
戦旗をどこからともなく取り出すと、翼を広げてぶわりと飛び上がる。
人間が飛び上がるとそれなりの音がするものだが、狙いがバレるとよろしくないので音を殺しながらゆっくり浮き上がる。
水平に握った戦旗の軸棒に片手でつかまり、一緒に浮き上がっていく逝。
さて、ここからはバレてもいい時間だ。
むしろ積極的に動いて、自分に注意を引きつけたいくらいである。
「急に上がるので、腕に注意してくださいねっ」
一度翼を大きく振り上げ、空気をかくように急上昇する鈴鳴。けたたましく羽ばたく翼に、橋の上にいた妖たちが一斉に反応した。
まるで獲物を見つけた犬やネコのように立ち上がり、空高く飛び上がった鈴鳴たちを見上げている。
「……」
かけた橋。所々に壊れた町並み、しかし新品のオモチャのごとく綺麗に整った町並み。
「……みんな、安全なベッドを求めていたんですね。それはきっと、ステキなことだったでしょうから」
ぐん、と戦旗を引き絞るように勢いをつける。
「皆さんの想いを取り戻すために、頑張りましょう!」
振り込んだ戦旗の勢いに乗って、逝が妖めがけて飛び込んでいく。
これ幸いと飛びかかる妖――の上あごを掴み、体重と突入の勢いを全てのっけて相手をひっくり返す。
自分の倍以上の巨体が放り投げる逝を、しかし妖たちは恐れなかった。獰猛で、しかし愚かな、妖の獣である。
投げた勢いでごろんと転がった逝は、退路を断とうと広がって陣取る妖たちをバイザーに反射させた。
「よし、今さね」
「ありがとうっ!」
橋の端っこにつかまっていたきせきは飛行状態を解きつつも素早くよじ登り、手に持っていたカプセルを地面に叩き付けた。
百円玉で出てくるカプセルトイのような球体は衝撃で壊れ、内包していた神秘性ガスを広がらせていく。
獲物が増えたことで本能的に食らいつきにいった妖――を、同じくよじ登った奈南がホッケースティックで受け止めた。
恐ろしく硬くなった柄に、妖が自慢の牙でくらいつく。
拮抗した状態のなか、奈南はぎゅっと両目を瞑った。
「む~ん……!」
自分の中で大きな網をイメージして。獰猛な狼やライオンを閉じ込める折に変えていく。
「えい!」
両目を開いた途端、奈南を中心に巨大な檻めいた結界が出現した。
そんなことなどお構いなしに戦闘を続ける妖たちだが……もし彼らにもうちょっとだけ高い知能があったなら気づけていただろう。奈南たちが自分に不利な地形で戦わないように、舗装された橋上に戦場を固定していたという事実にだ。
「おまたせ、皆!」
檻の外側から入ってきた奏空が、小太刀を一本引き抜いた。
獲物を追い詰めたつもりが挟み撃ちに遭っていたときづいた妖は慌てて奏空に飛びかかるが――。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を!」
「ライトン――」
「――イオ・ブルチャーレ!」
巨大な炎と雷が飛びかかる途中の妖を包み、その周囲の妖にまで燃え広がっていく。
飛びかかる最中に直撃をうけた妖にいたっては、じたばたともがいて転落。ラーラはその様子を見て次の魔方陣を描きにかかった。
「作戦成功ですねっ!」
「そういうこと、きせき――!」
「うん!」
きせきは二つ目のカプセルを取り出すと、奏空めがけて投げた。
奏空はそれをキャッチして握りつぶし、神秘性の回復ガスを展開していく。
一方の妖たちは起き上がり、圧倒的に不利な状況のまま、そしてそれをろくに悟ることも無く牙を剥いた。
奈南を撃破するなり、彼女のがんばりを超える勢いで結界を破るなりすれば少しは有利になったろうが、この妖たちにそこまで考える頭は無かった。
ただ囲まれ本能的に牙を剥き、近くの獲物めがけて食らいつくのみである。
大きく吠え、腕を肥大化させながら飛びかかる妖。
対して、鈴鳴は一度閉じた目を強く見開き、両足をしっかりと地面に突いた。
旗の先端と中程をそれぞれ強く握りしめ、大きくかざし、そして大きく振り込んだ。
まるで風がふいたように、奏空ときせきが勢いづいていく。
妖の牙やパンチで受けた傷が吹き飛んでいくような爽快さで、二人は同時に飛んだ。
殴りかかる妖を正面から受け止めるきせき。彼の腕をジャンプ台代わりにして二段目のジャンプをしかけた奏空は、大上段に振り上げた刀を着地と同時に振り込んだ。
激しい衝撃が波となり、後続の妖が思わず身を固める。
そこへ、きせきは袖から爆発的に成長させた植物を空圧ポンプさながらに噴射。妖を吹き飛ばし、他の妖にぶつけて転がした。
「今だよっ、奈南ちゃん!」
「気合いとみんなの友情パワーで、まけないんだからぁ!」
奈南はホッケースティックを振りかざすと、架空のディスクを無数に生み出し、それらを一斉に打ち弾いた。
ディスクが妖たちへ直撃していく。
しかしそこはランク2の強さというところか、満身創痍でもしっかりと立ち上がり、奈南へと牙をむき出しに襲いかかったのだ。
「おっと、そこを狙っちゃあいかんぞう」
剣を抜き、斬りかかる逝。
腕を食いちぎらん勢いで噛みつかれたが、構わず剣を内側に差し込んで妖を貫いていく。
大きく引き抜くと、妖は傷ついたネコになってその場に転がった。
「ふむ……これが『素体』かな?」
ネコに全く興味が無いという風に、逝は残りの妖に狙いを定めていく。
最初は獲物を見つけて食らいついたはずの妖だが、逆に喰われる立場になったような錯覚を覚えていることだろう。
逝はどこからかギシギシと音をたてながら、妖に間合いを詰めていく。
互いの間合いの直前。ぴたりと止まる。次に動いた方が勝負を決するその次の瞬間。
「そこです!」
どちらが動くことも無く。
妖を中心に地面から大きな魔方陣が出現した。
外周を埋めるように浮き上がった炎のネコが、一斉に妖に群がっていく。
やがて巨大な炎に包まれた妖は、傷ついたネコとなってその場に転がった。
立て続けに二匹の仲間がやられた事態にさすがの妖も危機を悟ったようだ。
包囲を振り切るように走り出し、結界の壁めがけて殴りかかった。
「んっ!」
頬に空気を溜めるような仕草でこらえる奈南だが、ランク2の妖が全力で殴りかかるとなればさすがにキツいようだ。結界が目に見えて歪み始めている。
一度逃走を許せば他の群れに情報が伝わる。いや、群れが居るかどうかも、伝わるかどうかも、そして仮に伝わった結果どうなるかも分からないが……逃がしてはならないという気持ちだけは確かだった。
「このっ、逃げるな!」
奏空は小太刀を投擲。妖の身体に刺さった木立が激しい電撃を放つ。
一瞬しびれてのけぞった妖――に、逝とラーラが同時に急接近した。
刀からまがまがしい気を吹き出させる逝。
細く長い針のような魔方陣を手の延長上に出現させ、炎を螺旋状に巻き付けていくラーラー。
二人の斬撃が妖を襲う。
交差した傷から血が吹き出て、妖は悲鳴をあげた。
手負いの獅子という言葉もあるように、こうなった妖は死にものぐるいだ。
目を見開いて振り返り、牙をむき出しにして飛びかかる。
そこへ割り込んだのはきせきだった。
上下へ翳した手で妖の顎を押さえる。だが鋭い牙は彼の両手を易々とつらぬき、今にも腕ごと噛み砕かんばかりだ。
しかし、『タタタン』というリズミカルな足踏みがきせきの身体を支えた。
鈴鳴が旗を回して足踏みをはじめ、天高く旗を放り投げる。
古今東西、応援というものは人の力を引き出すもので、きせきは漲った力をもって妖の下あごに足をひっかけ、更に奥深くへ手を突っ込んだ。
手にいっぱいに握った種を放出。急成長した種は妖の身体を突き破り、無数の花を咲かせた。
くるくると回転した旗が鈴鳴の手に戻ったとき、同時に戦いも終わるのだ。
どさりと崩れ落ちる妖。奈南も、空気のぬけた風船みたいにぺうーといって結界を解いた。
●調査記録
やや例外的なことではあるが、戦闘終了から一週間後のことを話そう。
「みんなおかえりぃ!」
奈南はぴょんぴょんしながら調査部隊を出迎えた。
場所は冷酷島から海を挟んで南側。本土防衛ラインの拠点テント前である。
行動記録を受け取ってぱらぱらと読んでいたきせきが、読み終えて顔を上げた。
「あの周辺に残ってた同タイプの妖を倒して、島内に侵入するルートを確保したんだって。もう少し先に進んで、無人の家とかを調べたみたいなんだけど……」
「ん、んー……」
調査の記録を受け取ったのは逝とラーラなのだが、内容にどうも納得がいっていないようで首を傾げていた。
目をぱちくりとする鈴鳴。
「何かあったんですか?」
「避難民の聞き込みと、監視カメラを調べたさね。この島のは無線でつながってないから、カメラごとにログが内蔵されてるわけだけど……」
「最初に映っていた映像が既に『妖の群れ』だったんです」
「聞き込み結果も大体そんな感じさね。といっても島の端っこに住んでた人らしか島外に逃げ切れてないから情報は偏るんだけがね」
「『みんなが気づいた頃には既に群れで存在していた』ということですか? そんなことって、あるんでしょうか。どこかから集まってくるならまだしも、急に沢山わくなんて」
「あんまり聞かないっていうか……聞いたこと無い話だよね。あと、ごめん、関係ないかもしれないけど別のライン調べてみた」
奏空がなんだか分厚い資料を翳した。
「島の建設にあたってる重要人物を洗い出してってお願いしたんだけど、すごい量になってて……」
行政が関わる巨大な施設の建設には、それはもうとんでもない人数と金が動くものである。埋め立て島と都市開発にかかる費用なんてえものは、ちょっと想像しづらいものである。
「えっとね、関わった行政の偉い人と、当時の市長と、主な工事の責任者と、その他諸々なんだけど……全員島に行ったまま行方不明になってるの。安全になるって信じてたからって言えばそれまでだけど、逃げる手段もなかったなんてあると思う?」
「あの、これはあくまで予想なんですが」
小さく手を上げたラーラが、資料をデスクに投げ出した。
「この事件、ランク4以上の案件だと考えます。過去に起こった『牙王』事件に類似している節がありますし、だとしたらランク3の妖が複数島内に居座っている可能性もあります」
「それって、とっても危ないよねぇ……」
奈南のシンプルな言葉に、全員が深く頷いた。
「島内に戦闘部隊を入れるのは危険かもしれません。今後は島外の防衛線を維持することに集中して貰って、追加調査や特定の事件を追う作業は私たち自身で行なう必要がありますね」
彼らは一度みなの考えをまとめてから、ファイヴに持ち帰ることにした。
手こぎ式のバナナボートをこぐ『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)。
同じくオールを使って身長にボートを操作していく『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)と共に、対岸の島を目指していた。
目を細めるラーラ。
はっきりと目視できるほどに近い距離。
しかし『こちら側』とは明らかに違う、よどみやゆがみのようなものが島を満たしていた。
「島が出来てから妖が出てくるなんて、どういうことなんだろう。狙って妖を湧かすなんて、できるのかな。なんだか、すごく作為的だよ」
「妖が発生する原理は未だ明らかになっていません。ですから発生の原因を突き止めることはできませんが……逆に『発生しなかった』、もしくは『発生が確認されなかった』原因を突き止めることはできるでしょうね。奏空さんの言うように、作為的すぎますから」
爆破処理によって崩壊した橋の残骸から、ぱらぱらと落ちる破片が水面をはねていく。
ぬらした指を翳し、風向きを確かめる。
わずかに後ろから来るような横風。合図を送ると、別のボートで同じように風向きを確認していた『ちみっこ』皐月 奈南(CL2001483)がぱたぱたと手を振った。
あっちから行くよの合図を出して、回り込むようにジェスチャーする。
すると、『新緑の剣士』御影・きせき(CL2001110)がこっくりと頷いて指を立てた。
空に円環を描くように指を回すと、まるで砂糖菓子の蓋を開けたようにキラキラとした妖精の粉がふりかかってくる。
やがて重力に逆らうようにふわふわと浮き上がったきせきは、奈南を抱えて水面ギリギリを漂うように移動し始める。移動速度こそゆっくりで、ほとんど風に漂うタンポポの綿毛めいた振る舞いだったが、(人を抱えているとはいえ)頑張れば途切れた橋までたどり着くことくらいはできそうだ。
「うんうん、順調。向こうは気づいてるのかね。興奮してるのか元からそうなのかよくわからん動き方だなあ……」
遠くを見るように片手を翳す仕草をする緒形 逝(CL2000156)。
フルフェイスヘルメットをしているのでその仕草じたいが無意味なのだが、逝は人間のフリをした異形みたいな振る舞い方で振り返った。
「ええと……」
見られたことに気づいてぱちくりする『ハルモニアの幻想旗衛』守衛野 鈴鳴(CL2000222)。
逝は数秒してから手を叩いた。
「守衛野ちゃんだったね。よろしくね」
「はい。大変な事態ですから」
戦旗をどこからともなく取り出すと、翼を広げてぶわりと飛び上がる。
人間が飛び上がるとそれなりの音がするものだが、狙いがバレるとよろしくないので音を殺しながらゆっくり浮き上がる。
水平に握った戦旗の軸棒に片手でつかまり、一緒に浮き上がっていく逝。
さて、ここからはバレてもいい時間だ。
むしろ積極的に動いて、自分に注意を引きつけたいくらいである。
「急に上がるので、腕に注意してくださいねっ」
一度翼を大きく振り上げ、空気をかくように急上昇する鈴鳴。けたたましく羽ばたく翼に、橋の上にいた妖たちが一斉に反応した。
まるで獲物を見つけた犬やネコのように立ち上がり、空高く飛び上がった鈴鳴たちを見上げている。
「……」
かけた橋。所々に壊れた町並み、しかし新品のオモチャのごとく綺麗に整った町並み。
「……みんな、安全なベッドを求めていたんですね。それはきっと、ステキなことだったでしょうから」
ぐん、と戦旗を引き絞るように勢いをつける。
「皆さんの想いを取り戻すために、頑張りましょう!」
振り込んだ戦旗の勢いに乗って、逝が妖めがけて飛び込んでいく。
これ幸いと飛びかかる妖――の上あごを掴み、体重と突入の勢いを全てのっけて相手をひっくり返す。
自分の倍以上の巨体が放り投げる逝を、しかし妖たちは恐れなかった。獰猛で、しかし愚かな、妖の獣である。
投げた勢いでごろんと転がった逝は、退路を断とうと広がって陣取る妖たちをバイザーに反射させた。
「よし、今さね」
「ありがとうっ!」
橋の端っこにつかまっていたきせきは飛行状態を解きつつも素早くよじ登り、手に持っていたカプセルを地面に叩き付けた。
百円玉で出てくるカプセルトイのような球体は衝撃で壊れ、内包していた神秘性ガスを広がらせていく。
獲物が増えたことで本能的に食らいつきにいった妖――を、同じくよじ登った奈南がホッケースティックで受け止めた。
恐ろしく硬くなった柄に、妖が自慢の牙でくらいつく。
拮抗した状態のなか、奈南はぎゅっと両目を瞑った。
「む~ん……!」
自分の中で大きな網をイメージして。獰猛な狼やライオンを閉じ込める折に変えていく。
「えい!」
両目を開いた途端、奈南を中心に巨大な檻めいた結界が出現した。
そんなことなどお構いなしに戦闘を続ける妖たちだが……もし彼らにもうちょっとだけ高い知能があったなら気づけていただろう。奈南たちが自分に不利な地形で戦わないように、舗装された橋上に戦場を固定していたという事実にだ。
「おまたせ、皆!」
檻の外側から入ってきた奏空が、小太刀を一本引き抜いた。
獲物を追い詰めたつもりが挟み撃ちに遭っていたときづいた妖は慌てて奏空に飛びかかるが――。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を!」
「ライトン――」
「――イオ・ブルチャーレ!」
巨大な炎と雷が飛びかかる途中の妖を包み、その周囲の妖にまで燃え広がっていく。
飛びかかる最中に直撃をうけた妖にいたっては、じたばたともがいて転落。ラーラはその様子を見て次の魔方陣を描きにかかった。
「作戦成功ですねっ!」
「そういうこと、きせき――!」
「うん!」
きせきは二つ目のカプセルを取り出すと、奏空めがけて投げた。
奏空はそれをキャッチして握りつぶし、神秘性の回復ガスを展開していく。
一方の妖たちは起き上がり、圧倒的に不利な状況のまま、そしてそれをろくに悟ることも無く牙を剥いた。
奈南を撃破するなり、彼女のがんばりを超える勢いで結界を破るなりすれば少しは有利になったろうが、この妖たちにそこまで考える頭は無かった。
ただ囲まれ本能的に牙を剥き、近くの獲物めがけて食らいつくのみである。
大きく吠え、腕を肥大化させながら飛びかかる妖。
対して、鈴鳴は一度閉じた目を強く見開き、両足をしっかりと地面に突いた。
旗の先端と中程をそれぞれ強く握りしめ、大きくかざし、そして大きく振り込んだ。
まるで風がふいたように、奏空ときせきが勢いづいていく。
妖の牙やパンチで受けた傷が吹き飛んでいくような爽快さで、二人は同時に飛んだ。
殴りかかる妖を正面から受け止めるきせき。彼の腕をジャンプ台代わりにして二段目のジャンプをしかけた奏空は、大上段に振り上げた刀を着地と同時に振り込んだ。
激しい衝撃が波となり、後続の妖が思わず身を固める。
そこへ、きせきは袖から爆発的に成長させた植物を空圧ポンプさながらに噴射。妖を吹き飛ばし、他の妖にぶつけて転がした。
「今だよっ、奈南ちゃん!」
「気合いとみんなの友情パワーで、まけないんだからぁ!」
奈南はホッケースティックを振りかざすと、架空のディスクを無数に生み出し、それらを一斉に打ち弾いた。
ディスクが妖たちへ直撃していく。
しかしそこはランク2の強さというところか、満身創痍でもしっかりと立ち上がり、奈南へと牙をむき出しに襲いかかったのだ。
「おっと、そこを狙っちゃあいかんぞう」
剣を抜き、斬りかかる逝。
腕を食いちぎらん勢いで噛みつかれたが、構わず剣を内側に差し込んで妖を貫いていく。
大きく引き抜くと、妖は傷ついたネコになってその場に転がった。
「ふむ……これが『素体』かな?」
ネコに全く興味が無いという風に、逝は残りの妖に狙いを定めていく。
最初は獲物を見つけて食らいついたはずの妖だが、逆に喰われる立場になったような錯覚を覚えていることだろう。
逝はどこからかギシギシと音をたてながら、妖に間合いを詰めていく。
互いの間合いの直前。ぴたりと止まる。次に動いた方が勝負を決するその次の瞬間。
「そこです!」
どちらが動くことも無く。
妖を中心に地面から大きな魔方陣が出現した。
外周を埋めるように浮き上がった炎のネコが、一斉に妖に群がっていく。
やがて巨大な炎に包まれた妖は、傷ついたネコとなってその場に転がった。
立て続けに二匹の仲間がやられた事態にさすがの妖も危機を悟ったようだ。
包囲を振り切るように走り出し、結界の壁めがけて殴りかかった。
「んっ!」
頬に空気を溜めるような仕草でこらえる奈南だが、ランク2の妖が全力で殴りかかるとなればさすがにキツいようだ。結界が目に見えて歪み始めている。
一度逃走を許せば他の群れに情報が伝わる。いや、群れが居るかどうかも、伝わるかどうかも、そして仮に伝わった結果どうなるかも分からないが……逃がしてはならないという気持ちだけは確かだった。
「このっ、逃げるな!」
奏空は小太刀を投擲。妖の身体に刺さった木立が激しい電撃を放つ。
一瞬しびれてのけぞった妖――に、逝とラーラが同時に急接近した。
刀からまがまがしい気を吹き出させる逝。
細く長い針のような魔方陣を手の延長上に出現させ、炎を螺旋状に巻き付けていくラーラー。
二人の斬撃が妖を襲う。
交差した傷から血が吹き出て、妖は悲鳴をあげた。
手負いの獅子という言葉もあるように、こうなった妖は死にものぐるいだ。
目を見開いて振り返り、牙をむき出しにして飛びかかる。
そこへ割り込んだのはきせきだった。
上下へ翳した手で妖の顎を押さえる。だが鋭い牙は彼の両手を易々とつらぬき、今にも腕ごと噛み砕かんばかりだ。
しかし、『タタタン』というリズミカルな足踏みがきせきの身体を支えた。
鈴鳴が旗を回して足踏みをはじめ、天高く旗を放り投げる。
古今東西、応援というものは人の力を引き出すもので、きせきは漲った力をもって妖の下あごに足をひっかけ、更に奥深くへ手を突っ込んだ。
手にいっぱいに握った種を放出。急成長した種は妖の身体を突き破り、無数の花を咲かせた。
くるくると回転した旗が鈴鳴の手に戻ったとき、同時に戦いも終わるのだ。
どさりと崩れ落ちる妖。奈南も、空気のぬけた風船みたいにぺうーといって結界を解いた。
●調査記録
やや例外的なことではあるが、戦闘終了から一週間後のことを話そう。
「みんなおかえりぃ!」
奈南はぴょんぴょんしながら調査部隊を出迎えた。
場所は冷酷島から海を挟んで南側。本土防衛ラインの拠点テント前である。
行動記録を受け取ってぱらぱらと読んでいたきせきが、読み終えて顔を上げた。
「あの周辺に残ってた同タイプの妖を倒して、島内に侵入するルートを確保したんだって。もう少し先に進んで、無人の家とかを調べたみたいなんだけど……」
「ん、んー……」
調査の記録を受け取ったのは逝とラーラなのだが、内容にどうも納得がいっていないようで首を傾げていた。
目をぱちくりとする鈴鳴。
「何かあったんですか?」
「避難民の聞き込みと、監視カメラを調べたさね。この島のは無線でつながってないから、カメラごとにログが内蔵されてるわけだけど……」
「最初に映っていた映像が既に『妖の群れ』だったんです」
「聞き込み結果も大体そんな感じさね。といっても島の端っこに住んでた人らしか島外に逃げ切れてないから情報は偏るんだけがね」
「『みんなが気づいた頃には既に群れで存在していた』ということですか? そんなことって、あるんでしょうか。どこかから集まってくるならまだしも、急に沢山わくなんて」
「あんまり聞かないっていうか……聞いたこと無い話だよね。あと、ごめん、関係ないかもしれないけど別のライン調べてみた」
奏空がなんだか分厚い資料を翳した。
「島の建設にあたってる重要人物を洗い出してってお願いしたんだけど、すごい量になってて……」
行政が関わる巨大な施設の建設には、それはもうとんでもない人数と金が動くものである。埋め立て島と都市開発にかかる費用なんてえものは、ちょっと想像しづらいものである。
「えっとね、関わった行政の偉い人と、当時の市長と、主な工事の責任者と、その他諸々なんだけど……全員島に行ったまま行方不明になってるの。安全になるって信じてたからって言えばそれまでだけど、逃げる手段もなかったなんてあると思う?」
「あの、これはあくまで予想なんですが」
小さく手を上げたラーラが、資料をデスクに投げ出した。
「この事件、ランク4以上の案件だと考えます。過去に起こった『牙王』事件に類似している節がありますし、だとしたらランク3の妖が複数島内に居座っている可能性もあります」
「それって、とっても危ないよねぇ……」
奈南のシンプルな言葉に、全員が深く頷いた。
「島内に戦闘部隊を入れるのは危険かもしれません。今後は島外の防衛線を維持することに集中して貰って、追加調査や特定の事件を追う作業は私たち自身で行なう必要がありますね」
彼らは一度みなの考えをまとめてから、ファイヴに持ち帰ることにした。
