<魂振りの地>石舞台。睡連の洞
<魂振りの地>石舞台。睡連の洞



 守護使役。
それは遥か彼方の那由他の地で二つの魂が合い、その後作為的に、二つの魂に別れて生まれたもの。
 
 ――過去から未来へ。

 近畿地方のとある地。
 数千年の時を経てなお、魂振の信仰が息づくこの地で、呪術に使ったと思われる玉をはめ込んだ石舞台が見つかった。
 国の学者や研究員たちが石舞台の前の土を掘り起こすと、神の恩恵をもたらす勾玉を求めて贄(にえ)を捧げた竈あとが見つかる。遠いとおい昔、ここで魂ふりを析って踊りが舞われたことであろう。
 周辺の調査を一通り済ませると、石舞台の中を調査することになった。
 苔と草と蔦と、木の葉の天蓋に守られた石舞台の岩戸を慎重に動かす。
 現れたのは光が届かぬほど深く暗い洞。
 突然、中から白い粉塵が勢いよく吹きだしてきて、正面に立っていた作業員と学者先生たちが真っ白になってしまった。
 
 ぱたり、ぱたり、と倒れていく。
 
 みな、いびきをかいていた。
 
 

 『生き延びたければ死んだふりをせよ』
 
 懐中電灯はすぐに電池が切れて使い物にならなくなる。ロウソクを手にしたら風が火を掻き消す。竜の守護使役のともしびでさえ、一寸先も照らせない。
 洞の中を舞っていた太古の粉塵はだいぶ収まったが、依然として謎の声が頭の中で響き続けている。
 
 ――パリン。
 
 耳もとで、ガラスが踏まれて割れたような音がした。ひんやりと冷たい闇の中で聞くと、なんと恐ろしい音だろう。なんと魂をひしぐ音なのだろう。
 同時に微かな花の香りが目に見えぬ帯となってたなびき、鼻先に匂いを残す。
   
 
 『花が開いた時、蓮はすでに実を結んでいる。つまり、原因と結果は同時に生じる……』
 
 ――ザブン。
 
 ふくらはぎに冷たい泥が跳ねかかった。
 隣にいた同僚の気配がなくなっていた。
 おい、と声を掛けて、何もない空間を手で探る。
 もう少し先を探ろうとして、闇の中で足を踏み出し、そして――
 ああ、泥水の中に埋ってしまった!
 ずぶずぶと体が沈み込んでいく。
 
 
 『五彩の睡連の祭壇で生を食らい、死を差し出せ。わらわに絆を示せるものたちだけが、清き水を得ることができるであろう』
 
 わあわあと腕を振り回して、後ろにいた同僚の手を掴む。なんとか引きずり上げてもらい、これ以上の探索をあきらめて、石舞台から逃げ出した。
 
 

「というわけで、政府は急遽、御崎教授に連絡を取り、石舞台の調査をファイヴに託したの」
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)が長い睫をあげる。遠いまなざしで天井を見つめながら、人差し指で骨に刻まれたルーン文字をなぞった。
「危険であることが分かり切っている調査だから、夢見の力を借りて事前に事故を回避したかった、ってところね」
 ところが、夢見で複数の小さな妖が調査隊を襲って次々と底なしの泥沼に引きずり込んでいることが解ると、政府は調査そのものをファイヴに投げてきたのだ。
 眩は顎を引くと、集まった覚者たちに目を向けた。
「光を拒む洞の中を飛ぶのは、睡連の精たち。夢の中では、迷路状の通路を無事抜けた最奥に祭壇があったわ。五彩の睡連のうち、一本だけ生きている妖の睡連があって、花開くたびに睡連の精が入った実を飛ばしていた。あとの四本はガラスの作り物。一つだけ、なんらかの原因で壊れてしまったのか、元から無かったのか……」

 政府のオーダーは至ってシンプルだ。
 
 ――洞窟の調査が安全にできるように妖を退治してほしい。
 
「恐らく、洞の中の特殊な暗闇は睡連の妖、または……洞の声の主が作りだしているはずよ。『清き水』というのが何なのか。いまはわからないけど、これも手に入れてきてちょうだい。みすみす政府の連中に渡す必要はないわ。ファイヴで調べましょう」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.妖・睡連の花(本体)と妖・睡連の精を討伐する
2.『清き水』を手に入れる
3.なし
●このシナリオは、以下の守護使役のスキルを有効に使って攻略していただく内容となっています。

 ・犬系
 ・虫系
 ・不定形

 ※これらの守護使役を連れた覚者が参加していなくとも、工夫次第で遺跡の攻略は可能です。


●場所と時間
 近畿地方。森の中で新たに発見された石舞台の中。

 外は昼ですが、石舞台の中をくだった先にある洞窟の中は真っ暗です。
 妖の術が効いているらしく、人工的な光も竜系守護使役の【ともしび】も一切使えません。
 祭壇の妖を倒せば、それらの光も使用可となります。

 洞窟の中は底なし沼を渡る迷宮になっています。
 道は余裕を持って、二人。肩が触れ合う距離で並べば三人の幅が常にあります。
 ただし、道はうねうねとくねり、しかも一本道ではありません。
 沼に落ちるとランダムで10~60程度のダメージが入ります。
 ※覚者は沼の中に沈んだままになることはありません。

 洞窟の奥から出口に向かって微風が吹いています。
 微風には、ごくごくわずかですが蓮の花の匂いが含まれています。
 また洞窟内に点在する底なし沼は、常に泥臭い匂いを放っています。

 洞窟を奥へ進むほど湿気が高くなり、気温も上がっていきます。


●五彩の蓮の祭壇
 洞窟の一番奥、小部屋のような空間に設えられています。
 薄緑、赤、橙、黄、青の五彩の蓮が淡い光を微かに放って咲いています。
 五彩の睡連のうち、一本だけ生きている妖の睡連となっています。
 あとの四本はガラスの作り物です。
 一つだけ、なんらかの原因で壊れてしまったのか、元から無かったのか……謎です。

 蓮の僅かな光の向こうに、衣を纏った女神の像の足がなんとなくぼんやりと見えています。
 ※そのままでは祭壇が邪魔で近づくことができません。


●敵
 ・睡連の妖/一体・ランク2
  五彩の蓮の祭壇の中の一本。動けません。
  華を開かせる度に睡連の精(後述)が入った気弾をばら撒く。

  【開花】……花弁を開き、睡連の精(後述)が入った気弾を8~10個ばら撒く。
  【泥縄根】……遠単特/鈍化。地中より泥の根を出して叩く。

 ※他の蓮に近いため、攻撃すると元々祭壇にあった蓮の花まで壊してしまいます。


 ・睡連の妖/複数・ランク1
  真っ暗な洞窟の中を定期的に飛んできて、侵入者の近くで殻を割って出てきます。
  殻が割れると同時に甘い花の匂いがして、嗅いだものは強い眠気に襲われます。
  蓮の花を倒すまで8から10個単位で固まって、6分に1回の割合で飛んできます。

  【花香】……近列特/ダメージ0、睡眠。殻が割れた時に1度だけ。
  【葉切】……近単物/出血。

●清き水
 現時点ではそれが何なのか、何の役に立つのか、どこで手に入るのか、全く不明です。

●その他
 ロープが必要な場合、ファイヴが用意したことにして構いません。
 なお、現地まではファイヴの手配したマイクロバスで全員揃って移動します。

●STコメント
 KSKST、柚鳥STとの連動シナリオです。
 よろしければご参加ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年03月11日

■メイン参加者 8人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『鮮血の亡者』
杠 一臣(CL2001571)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)


「遺跡の奥、何があるんだろう……」
 『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は、おっかなびっくり石舞台の中に入った。
 まだ外の光がかろうじて届くところで立ち止まり、そよ風に揺れるあほ毛で遊んでいた守護使役のレンゲさんに声をかける。
「ちょっと怖いけど、わくわくする、かも……」
 レンゲさんはミュエルの頭の上から顔の前に移動すると、あたしもだよ、と言いたげに、小さな羽を動かした。
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は石室の壁をぐるりと見渡し、鼻から空気を吸い込んだ。守護使役の大和の力を借りて、人体生理に不都合を生じる危険な匂いがないか確かめる。
 カビ臭い調査隊が眠らされてしまったという、白い粉――恐らく妖、蓮の精が殻を破った時に飛び散った鱗粉ではないかと思われるものの匂いはまったく感じられない。
「清き水ってヤツじゃね? ここの奥にあるのは」
 緊張を解き、ふう、と息を吐きだすと、一悟は腰に手をあてて大和とともに石の壁の途切れた先を睨んだ。
「これ、奥州ちゃん。ここからが本番よ? 緊張を解くのはいささか早くないかね。で、清き水ねえ……。すまないが、考える時間を少しくれ」
 緒形 逝(CL2000156)は腕を組んで考え込んだ。守護使役のみずたまが心配そうに、フルフェイスヘルメット上から見守っている。
 みずたまは不安だった。最近、特にあの奇妙な棺の中に入ってからというもの、アレクセイの人格かい離と融合が悪いほうに強まっているような気がするのだ。
(「魂振り、五彩の睡蓮、祭壇、偶像に示す、生きて動けば水は濁る……いや、意思が濁るか? これは自嘲か、不必要だ」)
 ぶつぶつと呟かれた言葉は、みずたま以外には聞こえない。それは北の大地で博士と呼ばれていた頃の口調だった。
(「睡蓮。そう睡蓮だ、清き水……睡蓮の上……祭壇……結晶体である可能性も」)
 呼び戻さねば――。
 みずたまがフルフェイスヘルメットの上で跳ねると、逝はハッとしたように頭を上げた。
「……あらやだ。おっさん素面で寝言を言い始めたかしら」
「そのようだな」
 『白い人』由比 久永(CL2000540)は毛玉を取りだすと、壁に手ごろな突起を見つけて先を結びつけた。
 何をしているのか、と一悟に問われ、ふっと笑みを漏らした。
「西洋に『アリアドネの糸』というのがあるだろう? あんな感じで入口から繰っていけば、帰りも楽になるだろうと思ってな。それにしても、守護使役とのつながりが深くなっているようだの。緒形の頭の上で飛び跳ねたみずたまが、いつも以上に生き生きとして見える。かひご、そなたもな」
 夢見によると、守護使役との絆を示せ、とこの遺跡の主は先の調査隊隊員たちに言ったらしい。何らかの力が作用して、守護使役とのつながりが深くなっているかもしれない、久永は言った。
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は胸の前で両手をぐっと握りしめた。肩の上で守護使役のペスカも雲のような尻尾を揺らす。
「事前に聞いた情報だとペスカの力が直接遺跡の攻略に役立つわけじゃないかもですが……きっと私達にもできることがあるはずです。こっそり縁の下の力持ちで頑張りますよ」
 守護使役とのつながりが深くなっているならば、自分とペスカも必ず役に立てるだろう。
 その隣で、でも、と口を尖らせたのは『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)だ。
「むー。妖はぱくぱくでは食べられないのよ。蓮の花もダメなのよ。ころんさんにどこで活躍してもらえばいいのか……あすか、分からないのよ」
 飛鳥は夢見に指定された虫系の守護使役ころんを連れている。だが、事前に聞かされた話だけでは、ころんの活躍の場がないような気がして仕方がないようだ。
「そんなことを言ったら、レンゲさんだって……何をぱくぱくすればいいの?」
 まあまあ――。
 ころんさんは、飛鳥とミュエルの間で白くて丸っこい体を転がした。ユーモラスなしぐさに場が和む。
「ん?」
 ひとしきり笑ったあと、飛鳥は何かに気がついたように小さく声をあげた。
「もしかして、守護使役さんたちの姿は暗闇のなかでも見える??」
「それはどうかの? この先は祭壇までまったき闇に包まれておるらしいからの……自分の手すら見えぬ、一切の光が拒まれる中で果たして守護使役たちの姿が見えるかどうか」
 久永は天井に向けて開いた手をじっと見つめた。
 その手のひらの上にかひごが乗って、卵の殻のようなゼリー状の膜をふるり、と震わせた。
「心配するな。例え互いに姿は見えなくとも、不安に思うことはない。そなたの存在、絆まで見失うことは絶対にないからの」
 後ろから勒・一二三(CL2001559)が、守護使役ミトスが足に持つ勾玉を目で追いかけながら、おずおずと発言する。
「あの……もしかして、みなさんには守護使役たちの言葉が聞こえているのでしょうか? そんな風に見えましたが……僕は、僕だけかもしれませんが、ミトスの姿は見えても声は聞こえません」
「それをいうならボクもですよ」
 『鮮血の亡者』杠 一臣(CL2001571)は、頭の横からつかず離れずの微妙な位置で丸くなっている水滴を見やった。
「水滴の言葉を聞いたことがありません。いままでも、そしてこの中に入ってからも。しかし、ボクと水滴は互いに信頼し合っています。懐かれている感じまではしませんが……」
 ペスカを腕に抱っこして、ラーラが二人を振り返った。
「私たちにも聞こえていませんよ。ただ、ペスカたちの言いたいことが解る……気がするだけです。一二三さんも、一臣さんも、まだ発現してから日が浅いでしょ?」
 ふたり揃ってこくりと頷く。
「おっさんも、発現して最初の頃はみずたまの気持ちが分からなかったさね。ここにいるみんなそうだぞ。焦ることはない。守護使役に見守られながら、神秘の力を使っていくうちにどんどん仲良くなれるさね」
 逝の言葉を裏付けるように、ミトスと水滴がそれぞれのパートナーの肩にとまった。
「そういうものですか。ミトスや、いまはまだお前の声を聞くこと叶わぬが……そのうち、いや是非とも解りたいものです」
 飛鳥が暗い洞の入口で腕をあげる。
「おしゃべりは真っ暗な中でもできるのよ。さあさあ、みなさん。れっつ、ごーなのよ!」
 祭壇の部屋にあるという謎の『清き水』を求めて、いざ闇の中へ。
「この先で守護使役の力が役立つ。ボクたちの絆が試される……いこうか、水滴。頼りにしているよ」
 

 石の壁が途切れて数歩で、湿った土の匂いのする、真っ暗な地底である。
 予め得ていた情報通り、洞窟は一本ではなかった。蟻の巣のように造られた、胎内洞だ。落ちればダメージを受ける沼も、目に見えぬだけで、道の両脇に広がっている。
 覚者たちは沼落ちを避けるため、守護使役に足元近くを飛んでもらうことにした。
 ただ一人、逝だけがみずたまを頭上に飛ばしている。危険察知の能力で沼を回避できるのが一番の理由だが、不意に頭を低くなった天井に打ちつけないよう、みずたまに頭上を見張っていてもらう方がよい、と判断したためである。背の高いと、こういう所で苦労する。
 分岐点では先頭に立って進む一悟が、『かぎわける』で祭壇から吹いてくる微風にわずかに蓮の花の匂いをかぎ取り、進行方向を決めた。
「左だ」
 清廉珀香をかけ終えたミュエルが、送受心・改で一悟が割りだした方向を全員に伝達する。この時ばかりは危険察知の能力が使えないので、レンゲさんが頼りだ。足元に彼女の気を感じるだけで随分と心強い。
 飛鳥は熱感知で、沼と道の温度差を見分けては、先を行く仲間たちが道を踏み外さないように声をだした。時々、足元のころんを蹴りそうになる。というか、蹴った。
 飛鳥に蹴られるたびにころんは見えない沼の上をポヨンポヨンと弾み、壁に当たって戻ってくる。
「あうう。ころんさん、ごめんなさいなのよ。ボールみたいだからってわけじゃないのよ、本当なのよ」
 久永が繰る毛玉の糸にそっと指を触れて一臣が、ラーラの背中に軽く指を添えて一二三が、足首に守護使役の存在を感じながらすり足で進む。
 僅かな光を増幅して視界を得る暗視は今のところ役には立たなかった。
「祭壇はまだまだ先みたいですね。近づけば、祭壇に祭られたガラスの蓮が発する光を増幅して、暗視が生きるのですが――ペスカ?!」
 ラーラは、寄り添うように足元を飛んでいたペスカが音もなく、スウッと上がっていく気配を感じた。即座に自身に宿る英霊の力を引き出し、攻撃力を高める。
 危険を察知した逝が、低くハミングするように警報を発した。
「悪食や、待ちかねのディナータイムだぞ。遠慮はいらん。残らず頂きなさい」
 攻撃に備え、全員が一斉に覚醒する。足元にいた守護使役たちも、それぞれのパートナーの目となるべく飛び上がった。
 レンゲの鼻先で蓮の精を宿した種が弾け、割れたガラスが踏まれたような音がした。
 瞬時に、守護使役の驚きがミュエルに伝わる。
「レンゲさん!」
 次々と音が弾け、辺りに薄く、甘い香りが広がった。
 もどってきたレンゲの羽が起こす僅かな風をあほ毛に感じてほっとするも、後ろでドサリと誰かが倒れる音がした。
 続いてうわっと、叫ぶ声。一臣だ。
 近づいてきた蓮の精を水滴が牽制して、近くに教えてくれたのはいいが、攻撃をつけようとして沼に足が入ったらしい。
 一臣は真っ暗な中で腕を振り回し、演舞・舞音を舞っていた久永の袖を掴んで引いた。
「――!」
 飛鳥が熱感知で沼に倒れ込もうとしていた二人の体温を捕え、腕を伸ばして久永の手を掴み、引っ張る。小さな体でめいいっぱい踏ん張りって、なんとか二人を道の上に留まらせることに成功した。
 かひごと水滴が無事を喜ぶように、それぞれの横でぽよん、と跳ねた。
 飛鳥が癒しの霧を広げて、仲間が受けた傷を癒す。
 久永は頭の回りを飛ぶ小さな羽の音を聞きつけた。危険を感じないことと、眠りに落ちて倒れたらしい一二三の方角から飛んで来たことと合わせて、ミトスだと判断する。パートナーを起こしてやってくれ、と言いに来たのかもしれない。
「すぐに起こしてやるからの。かひご、余が舞いの舞台から出ないように注意しておくれ」
 一臣は演舞の邪魔にならないよう、水滴に導いてもらい前に進んだ。
「後ろは……大丈夫そうね。では、さっさと食べてしまおうか。みずたまや、食事が飛んでいる、だいたいのところを示してくれんかね」
 スゥッと動いたみずたまの気配を追って、逝は迷いなく悪食を振るった。
 ぬらり――。
 妖刀の刃が闇を切り裂いて空を滑る。
 悪食が妖の悲鳴とより深い闇を後に残して、逝にしか見えぬ弧を描く。
「あら、終わり? 食い足りんぞ」
 羽音も勇ましく、レンゲは逃げようとしていた一体に向かった。
「まだいるみたい!」、とミュエル。
「残り何体いるのか分からねえけど、一体は任せろ。大和! 追って敵の位置を教えてくれ!」
 一悟は大和の気配を追って腕を回した。指の先に気を集め、大和の気配の先を狙い撃つ。
 妖気がはじけ飛んだところへ、雲の尻尾を立てたペスカが飛びついた。一悟が倒した蓮の精の後ろに隠れて、もう一体。いや二体いたようだ。
「ペスカ、下がって!」
 ラーラは戻ってきたペスカから黄金の鉤を受け取ると、魔道書の封印を解いた。ページを開いて炎を召喚する。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!!」
 渦巻く炎の塊を次々と飛ばし、二体の妖を撃ち落とした。

● 
 蓮の精の第一陣を退けてから、三度ほど真っ暗な迷宮の中で戦闘を行った。足場の悪さと視界ゼロという悪条件に、覚者たちは疲労困憊していた。
 ここまで挫けずに祭壇を目指して歩き続けられたのは、やはり守護使役たちの存在が大きい。
「あ、ぼんやりと、見え……る?」
「マジ? オレ、何もみえねぇけど」
「奥州さん、目を開けて暗視を活性して」
 ミュエルのほか、暗視できる飛鳥、ラーラ、逝が前方に光を捕えて息をついた。
「あ、本当だ。花の匂いも強くなっているし……あそこが祭壇で間違いないな」
 一悟の言葉に一行の中で誰よりも喜んだのは、暗視を持たぬ一二三と一臣だ。
「僕と杠さんは暗視がないからまだ何も見えませんが、みなさんには見えているのですね。よかった。なんというか、ハチさんに何度も何度も刺されると……」
「もしかして、痛かった? ごめんね……」
 ミュエルの暗視で増幅された視野の中で、一二三が慌てて首を振る。
「いえ、全然痛くありませんでしたよ。むしろ元気を注入されて、気持ちがよかったぐらいです。ええ、癖になりそうな気がしましてね。ちょっと……」
「ボクもけっこう蓮の精たちに切られましたからね。もういいよ、って感じです」
 一臣の言葉に笑いが誘われて、場が和んだ。
 道を踏み外す心配がなくなったおかげで、移動速度が上がった。祭壇に近づくにつれて、一二三と一臣も気楽に歩けるようになった。
「さあ、着いたぞ」
 覚者たちの目の前に水が流れ落ちる巨大な祭壇が現れた。水が溢れ出している大きな水鉢が五つ。互いに接するように置かれた水鉢の中で、光る五彩の蓮が咲いている。あのうちの一本が偽物、妖の蓮だ。
「奥州ちゃん、ここからどれが妖か分かるかね?」
 一悟は鼻から匂いをかぎ取った。
「近すぎて、どれから匂いが出ているかわからねえ」
 発している光の色こそ違うが、見た目はどの蓮も同じだった。大きさから、花の開き具合まで、全く同じである。
「逆に入口からは祭壇が遠すぎる。鉢が動かせるかどうか分からぬが……安全に運び出すために妖を眠らせようにも、ここからではぎりきり届かぬ」
「エナミースキャンも然りですわ。みなさん、ちょっとここで待っていてくださいませんか?」
 ラーラはペスカの能力を使い、妖に気取られぬよう足音を忍ばせてそっと祭壇に近づいた。泥でぬかるんだ部屋の中ごろで足を止めて、五本の蓮を順に見ていく。
 解析待ちの時間を使って、一二三はみんなに自分の気力を分け与えた。
 ラーラが指さしたのは、よりにもよって真ん中の水鉢で咲く赤い蓮だった。
「ふむ。ではまず余が妖を眠らせる。万が一、蓮が種を放出したら――」
「ボクが守護空間を発動させて蓮の精たちを近づけさせません」
「お願いしますのよ。あすかは両隣の水鉢が運ばれた瞬間に、攻撃するのよ。水鉢を部屋の外に運び出したら、すぐ戻ってきてください」
 運び出しは逝と一悟、一二三、ミュエルとラーラが行うことになった。女子2人は一組で、一つの水鉢を受け持つ。
 覚者たちが一斉に部屋の中に走り込むと、振動を感知して妖の蓮が花を開かせた。同時に花の中から種が飛び出す。
 泥の床の一部がうねり、根が持ちあがった。
 久永の舞が、妖化した蓮を眠らせる。
 種が割れる直前に一臣が守護空間を発動させて、割れて出て来た蓮の精を空間から押し出した。
「今のうちに運び出してくださいなのよ!」
 四人の運び手は、ざぶざぶと祭壇前の水溜まりに膝までつかりながら水鉢に近づいた。
「け、けっこう重いぜ。それに濡れているから、手が滑って持ち上げにくい」
「この鉢の水はどこから? 蓮自体が濡れているようですが――」
 一二三は祭壇とその後ろの女神の偵察に飛んでいたミトスから情報を受けた。
「ああ、蓮の中からあふれ出ているようです。まさか、この水自体が『清き水』なのでは?」
「考察はあとよ!」
 祭壇からガラスの蓮がさく水鉢が取り除かれると同時に、待機していた飛鳥が水龍牙を放った。
大きく口を開けた龍が妖の蓮を捕え、かみ砕く。
 さらに久永が召喚した上から雷を纏った神秘の虎が牙を剥いて襲い掛かった。
 駆け戻ってきたミュエルがアベイユ・ヴィオレを突き入れて、毒を流し仕込む。
 一臣は守護空間を解除した。
 蓮の精が一斉に襲い掛かかっくる。
「退け!」
 腕を上げて手から気の弾丸を放ち、蓮の精を牽制する。
 散り散りになって逃げる敵をすくい取るように、逝が悪食を振う。
 食べ逃した残りをラーラの炎が焼き落とした。
 最後のあがきで振られた根に、一二三が雷を落として泥の中に鎮める。
「燃えてしまえ!!」
 最後は一悟が炎に包まれたトンファーを振るって、蓮の花を散らした。


 後には半ば化石になった蓮の花が残されていた。割れた実から、うっすらと光る種が見えている。
「大丈夫なのよ。女神さまが食べなさいっていってるのよ、お腹壊さないから……」
 枯れた蓮の花は虫の守護使役一体では食べきれない大きさだった。
 ころんとレンゲさんで仲良く、左右からパクパクする。
 祭壇に戻したガラスの蓮を参考にして、みずたまとかひご、水滴が協力して赤い蓮に合体変化する。
 ――と。
 祭壇の背後に立っていた女神像が金色に光りだした。
「そなたたちの絆、確かに確かめさせてもらったぞ。水鉢の底にある石をとって持っていくがよい。『清き水』か? 清き水ならばそこの守護使役たちの口の中に」
 見るところんとレンゲさんが微妙な顔をしたまま、口をもぐもぐさせていた。
「この子たちが食べたのは、妾が玉磨きのためにこさえた清き水を貯える『神秘の種』じゃ。石とともに役立てるがよい」
 ころんとレンゲさんは、久永と一臣が用意して来ていた水筒のなかに口の中ですりつぶして作った『清き水』を注ぎ込んだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです