人皮魔本は人を喰らう
●
休日の午前九時ごろ、まだ日も高くない頃から女性が一人公園に入ってくる。女性はステンレス製の柵を避けながら、その上に乗っている数匹の金属製の雀の頭を撫でる。雀たちに小さく挨拶をしたあと、左手に見える砂場やブランコで遊ぶ子供たちを見ながらお気に入りのベンチまでやってくる。そこはちょうど公園を一望できる場所にあり、周囲にある木々のお蔭でちょうどいい木漏れ日に包まれている。彼女はこの場所でこそインスピレーションがわくのだという。
ベンチのところまで来て見慣れないものが置かれていることに気が付く。一冊の本だ。黒ずんだ黄色の台紙で装丁された本で、表紙には題字などはなくところどころ血のような赤黒とした飛沫が描かれている。昨日までこんなものはここに置かれていなかったはずだ。気味が悪いとは思いながらも本好きの性に逆らえずそれを手に取ってしまう。
(少しだけ、少しだけ――)
そう自分に念押しをしながら本を開く。
●
かくて、彼の者は王となり世界を平定した――
本が閉じられ、ずれた眼鏡を直し女性が伸びをする。本そのものは気味悪かったが、中身はある男が仲間と共に多くの偉業を成し、最後には狂王を打倒し王になるというファンタジー小説だった。彼女の趣味ではなかったが、書き方が面白く時間がたつのも忘れ読みふけってしまった。なにより、中に描かれていた挿絵が今にも飛び出して来そうなほどリアリティ溢れるもので、それが臨場感を増させていた。
すっかり日も傾き夕方になっていた。あまりの時間の経過にマズイと思いながらも本の持ち主がまだ取りに来ないことを思い出し、周囲を見渡す。いつの間にやら遊んでいた子供たちは帰ってしまい、公園の中は一人の女性がベンチに座っているだけになっていた。
「……帰ろう」
溜息をつき、自分も帰ろうとして本をベンチに置き、立ち上がった時のことだ。
「貴様が我の物語となる者か」
背後からのぞっとする様な低い声に驚き振り返る。
そこには挿絵で何度も見た主人公がそこに立っていた。手に持った剣は女性に突きつけられている。その時初めて気づく。今まで読んでいた物が妖であったことを。
「ぁ、あ、あなたの、本、お、おも、面白かったわ……だから……」
見逃して。そう言いたかった。しりもちをつき、掠れ声をどうにか絞り出して言おうとした。しかし、深々と喉に突き刺さった刃がそれを許さなかった。
剣を携えた男は消え、本から伸びた腕がずるずると女性の体を手繰り寄せる。動かぬその体を本はまるで食うようにして体内に吸収していく。
すべてが終わった時、その場には一冊の本だけが残った。それまでよりも少しだけ厚みを増して……。
●
「万里ちゃんだよー! 今日はちょーっと不思議な古妖が相手だよ!」
そういって覚者達へ久方 万里(nCL2000005)は陽気な声で話し始める。
「今回は不思議な本の古妖が相手。でもでも、何がすごいって本の中の登場人物を襲わせてくるみたい! すごいねー」
万里出してきた写真には本から浮かび上がる様にして出てきた剣士が映されていた。
彼女の見た風景を念写し、それを映し出したのだろう。
「本の内容はファンタジーで、この写真の人が、悪い王様を倒して自分が王になるってお話みたい」
写真に出ている男は一人。だが彼女の口ぶりからして他の登場人物たちを呼び出してくるであろうことを予測した覚者の一人がそれを聞いてみる。
「いろんな人が出てくると思う。近接戦闘が得意な人もいるけど、ファンタジーらしく魔法使いなんてのもいるみたい! でも、そういうのは全て虚像だから、倒してもキリがないかも。あっ……でも、この主人公だけは本体と直結してるんだと……思う……」
夢見の直感だろうか、確信にこそ至らないがそうなのではないかという予測を伝える。古妖は一匹だが、ずいぶんと骨の折れる相手のようだ。
「襲った人を作品内の登場人物にしちゃうみたいだから、放置すればするほど強くなっていくんだと思う。今のうちにどうにかしなきゃだよね! おにーちゃんたち、未来を変えてきてね!」
休日の午前九時ごろ、まだ日も高くない頃から女性が一人公園に入ってくる。女性はステンレス製の柵を避けながら、その上に乗っている数匹の金属製の雀の頭を撫でる。雀たちに小さく挨拶をしたあと、左手に見える砂場やブランコで遊ぶ子供たちを見ながらお気に入りのベンチまでやってくる。そこはちょうど公園を一望できる場所にあり、周囲にある木々のお蔭でちょうどいい木漏れ日に包まれている。彼女はこの場所でこそインスピレーションがわくのだという。
ベンチのところまで来て見慣れないものが置かれていることに気が付く。一冊の本だ。黒ずんだ黄色の台紙で装丁された本で、表紙には題字などはなくところどころ血のような赤黒とした飛沫が描かれている。昨日までこんなものはここに置かれていなかったはずだ。気味が悪いとは思いながらも本好きの性に逆らえずそれを手に取ってしまう。
(少しだけ、少しだけ――)
そう自分に念押しをしながら本を開く。
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かくて、彼の者は王となり世界を平定した――
本が閉じられ、ずれた眼鏡を直し女性が伸びをする。本そのものは気味悪かったが、中身はある男が仲間と共に多くの偉業を成し、最後には狂王を打倒し王になるというファンタジー小説だった。彼女の趣味ではなかったが、書き方が面白く時間がたつのも忘れ読みふけってしまった。なにより、中に描かれていた挿絵が今にも飛び出して来そうなほどリアリティ溢れるもので、それが臨場感を増させていた。
すっかり日も傾き夕方になっていた。あまりの時間の経過にマズイと思いながらも本の持ち主がまだ取りに来ないことを思い出し、周囲を見渡す。いつの間にやら遊んでいた子供たちは帰ってしまい、公園の中は一人の女性がベンチに座っているだけになっていた。
「……帰ろう」
溜息をつき、自分も帰ろうとして本をベンチに置き、立ち上がった時のことだ。
「貴様が我の物語となる者か」
背後からのぞっとする様な低い声に驚き振り返る。
そこには挿絵で何度も見た主人公がそこに立っていた。手に持った剣は女性に突きつけられている。その時初めて気づく。今まで読んでいた物が妖であったことを。
「ぁ、あ、あなたの、本、お、おも、面白かったわ……だから……」
見逃して。そう言いたかった。しりもちをつき、掠れ声をどうにか絞り出して言おうとした。しかし、深々と喉に突き刺さった刃がそれを許さなかった。
剣を携えた男は消え、本から伸びた腕がずるずると女性の体を手繰り寄せる。動かぬその体を本はまるで食うようにして体内に吸収していく。
すべてが終わった時、その場には一冊の本だけが残った。それまでよりも少しだけ厚みを増して……。
●
「万里ちゃんだよー! 今日はちょーっと不思議な古妖が相手だよ!」
そういって覚者達へ久方 万里(nCL2000005)は陽気な声で話し始める。
「今回は不思議な本の古妖が相手。でもでも、何がすごいって本の中の登場人物を襲わせてくるみたい! すごいねー」
万里出してきた写真には本から浮かび上がる様にして出てきた剣士が映されていた。
彼女の見た風景を念写し、それを映し出したのだろう。
「本の内容はファンタジーで、この写真の人が、悪い王様を倒して自分が王になるってお話みたい」
写真に出ている男は一人。だが彼女の口ぶりからして他の登場人物たちを呼び出してくるであろうことを予測した覚者の一人がそれを聞いてみる。
「いろんな人が出てくると思う。近接戦闘が得意な人もいるけど、ファンタジーらしく魔法使いなんてのもいるみたい! でも、そういうのは全て虚像だから、倒してもキリがないかも。あっ……でも、この主人公だけは本体と直結してるんだと……思う……」
夢見の直感だろうか、確信にこそ至らないがそうなのではないかという予測を伝える。古妖は一匹だが、ずいぶんと骨の折れる相手のようだ。
「襲った人を作品内の登場人物にしちゃうみたいだから、放置すればするほど強くなっていくんだと思う。今のうちにどうにかしなきゃだよね! おにーちゃんたち、未来を変えてきてね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖の撃破
2.女性の救出
3.なし
2.女性の救出
3.なし
今回は本の古妖との戦いになります。
本の一部になれるなら死んでも……良くないですね。
●状況
皆さんの到着はちょうど昼頃です。
女性は本を読みふけり、他に注意は向いていません。
周囲もお昼時ゆえか人の数は減っています。
●女性
小説家『夏野貴子』という人です。
本が好きという設定の人であれば、見たらわかるでしょう。
主に推理小説を執筆しています。
●古妖について
古妖『人皮魔本』
本を読んだ人間を食い、その人を自身の内に取り込み登場人物にしてしまう古妖。
その装丁は取り込んだ人の皮でなされている。
何かしらの形で読むことを止めると攻撃を始めます。
また、自身が攻撃された場合も反撃のため襲いかかってきます。
●戦闘
「英雄」
古妖の生み出した主人公。古妖と直結しており、これが戦闘中時の本体。
右手に剣を構える精悍な男性。
妖ランク2に相当する能力を持つ。
攻撃手段
斬撃:A:物近単【二連】
疾風:A:特遠単 【流血】
治癒:A:特遠味単(回復術)
合体魔法:A:特遠敵全溜め2
・味方の一人と協力して放つ魔法。激しい雷撃が目の前の敵全てに襲い掛かる
・詠唱しているキャラクターが詠唱できなくなった時点で攻撃は中断される
「戦人」
古妖の生み出した両手斧を振りかざす人物。
背が低く長く伸びた顎髭は人ではない種族を彷彿させる。
妖ランク1に相当する能力を持つ。
剛力斬:A:物近単
剛力衝:A:物近単[貫2] [貫:100%,50%]
合体幇助:A:溜め2
・合体魔術発動の支援。
「術師」
古妖の生み出した杖を持った人物。
若く見えるがピンと伸びた尖った耳が異種族を思わせる。
妖ランク1に相当する能力を持つ。
氷矢:A:特遠単
爆熱:A:特遠列 【火傷】
合体幇助:A:溜め2
・合体魔術発動の支援
この三種類が登場します。
「戦人」が近距離に2体
「術師」が中距離に2体
「英雄」が遠距離に1体配置されます
また、偶数ターン開始時に「戦人」、「術師」の順で交互に1体追加で出現します。
出現位置は「戦人」は最も前線に、「術師」は最前線一歩後ろに出現します。
最後尾は「英雄」の位置とし、これより後ろに登場することはありません。
以上です。
戦闘がちょっとややこしく、難しいとは思いますが、皆さんの力を結束し、撃破してください!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月01日
2017年03月01日
■メイン参加者 8人■

●
太陽が頭上高くにある昼頃。徐々に春へと近づく日差しが公園を包み込んでいる。公園内にはこれから起きるであろう悲劇を感じさせない平和な風景が広がっている。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と鈴白 秋人(CL2000565)は一般人の避難を済ませ、貴子を逃がすルートの確認などを行った後、覚者達に合流する。公園内には『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の結界が張り巡らせられ、一般人は近づくことはないだろう
「夏野女史の様子は?」
「本に釘付け。古妖の方も動きはないわ。作戦通りにいきましょう」
千陽の言葉に『月々紅花』環 大和(CL2000477)が周囲への活動を行ってきた四人に現状を伝える。あとは、古妖と彼女を引きはがすだけだ。
作戦の内容を確認する覚者達の中で浮かない顔をしているのはジャックだ。古妖と人の間に生まれた彼にとって古妖は倒すべき敵ではない。むしろ、人と寄り添い生きていける存在なのだ。
「な、なぁ……まずは、説得させてくれね?」
そう言うジャックの顔は普段の天邪鬼ではないおずおずと窺う少年のようだ。
「……、説得で戦闘行為を止めてくれるのならそれに越したことはありませんが……」
顎に手を当てて考える仕草をする千陽が言わんとする言葉を予想し、息苦しさを覚えるジャック。やめてくれないのであれば倒すしかない。殺すことにもなるかもしれない。
「やる価値はあるんじゃないかな……。ダメでもともと。試さないよりは試してみるべき……じゃないかな?」
秋人はジャックの意見に乗り、他の者達も頷き返す。様子を窺っていたジャックの顔はそれまでとは一転し、パッと明るい顔に変化する。そのまま意気揚々と貴子の元へと歩いていこうとする。
「まてまてまてまて。切裂、説得は貴子さんからあの本を引っぺがした後だ」
『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)がジャックの首根っこを掴まえる。ジャックは「あ、そっか」と小さく呟き貴子の様子を見る。
彼女は本を読み進める事だけに没頭していた。まるで、何かに憑かれたかのように。
●
貴子は本を読み進めつづけていた。時間の経過も忘れ、まるで魔法にかかったかのように読みふけっていた。そんなひと時は唐突に終わりを告げる。
肩に何かが触れた。それが触れたと気付くのには数秒の時間が必要だった。それほどまでに本の世界に魅入られていた。
「サインをお願いできませんか?」
そう言われ、貴子はハッとしたように顔を上げ自分の執筆した本を持った秋人の姿を見る。秋人は何度か肩を優しく叩くも反応が鈍い彼女へもう一度肩を叩こうとしたところだった。
「え、えぇ、良いわよ……あ、いま何時かしら?」
貴子がファンサービスに応じようとそれまで読んでいた本を脇に置き、秋人から本を受け取ろうと手を伸ばす。その顔はファンの声という喜びと共に、すっかり時間がたったことに気付いた驚きの両方が浮かんでいた。しかし、その顔は直後驚愕に変化する。
魔本はベンチの上に置かれると、赤黒く発光を始める。すぐさま千陽が衝撃波を放ち、魔本をベンチから弾き飛ばすようにして本を貴子から遠ざける。
「ちょ……ちょっと!? な……なに……妖!?」
突然の状況に混乱する貴子。目の前にはそれまで読んでいた本の挿絵に描かれていた英雄が現れる。剣抜き、構える様は明らかにこちらに友好的な態度をとっているようには見えない。
「逃げてください。貴子さん。あれは人皮装丁本……人を襲う妖です!」
ラーラの言葉と共に秋人が貴子を抱きかかえる。
「失礼。急ぐから、掴まっててね」
突然のことに混乱したままの彼女だったが、妖が襲ってきたことだけは理解し、秋人の体にしがみつく。
逃すまいと斬りかかろうとする立ち現われた英雄の刃を緒形 逝(CL2000156)と『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)の鬼丸と悪食が食い止める。
「あぁ、人型の古妖なんて久しぶりだねぇ。おっさん、楽しませてもらうよ!」
「行かせませんわよ」
二人の刃に阻まれて、英雄の姿を模した古妖が改めて大きく距離を取ると、剣を振りかざし雄たけびを上げる。
その声に呼応するかのように地面に魔方陣が描き出され、そこから人間とはまたちがうヒトガタの存在が現れる。
「衛兵の登場ですのね。部下の後ろに隠れるなんて、臆病な英雄ですわね。少々がっかり致します」
「気をつけてください。あれは虚像ですが、それなりに力はありそうです。それに、夢見の通り、無尽蔵に湧き出してきそう」
相手の行動に落胆するつばめへと相手の構造を分析したラーラが注意を促す。
「それだけじゃあねぇな。奴ら、何か狙いがありそうだ」
「常に自分達が敵を監視します。ですが、まずは……」
凛音、千陽も分析をするために観察を始める。お互いがにらみ合いを始める中、ジャックは一人武器を持たずに敵の前に出ていく。
●
「聞いてくれ! 俺はヒトと古妖の間に生まれた仔なんだ!」
そう言いながら進み出るジャックの表情は真剣そのもの。武器も持たず両手を広げ、仁王立ちする彼の姿は無防備だ。
「ヒトと古妖の間には超えちゃいけない一線があるんだ。どっちかが傷付ければもう片方が不幸になる! そうして憎しみが連鎖して、悪い方向に進むんだ!」
目の前に現れた背の低い大斧を担ぐ者がジリジリと近寄ってくる。
つばめは鬼丸を構え、迎撃しようと飛び出そうと構える。それを千陽は手で制する。
この隙に秋人は貴子を連れて脱出に成功する。戻ってくるまでの時間さえ稼げるかもしれない。そういう算段もあったが、説得を続けてほしかった。
「多分だけど……寂しかっただけやんな? 新しいページが欲しかっただけやんな? だけどもうお前の書き手は……」
「笑止!」
英雄の姿を模した古妖の一声と共ににじり寄ってきたヒトガタの大斧が振り下ろされる。その刃をつばめが受ける。
「愚か也。新たな頁を欲するは本の性。人を喰らえば腹も満ちる、一石二鳥よ」
「くっ……」
冷たく言い放つ古妖の言葉に悲しげな顔を浮かべるジャック。そんな彼の気遣いを踏みにじるかのように幻影たちが襲い掛かる。
「交渉決裂じゃ致し方なし。迎撃するしかないさね」
さらに大斧を構え突撃してくる者を斬りつけながら逝は冷静に斬り返す。
広げていた両手はすっかり下げられ、悔しさから握り拳を作る。キッと古妖を睨み返す眼にはそれでも説得の心は消えない。友人帳を見つめ闘志を燃やす。
(俺は古妖のみんなから力を借りてる。今までも、これからも。あいつとも、分かりあえない訳がない!)
●
説得も虚しく戦闘が始まってしまったのを公園の隅まで来た秋人は確認する。貴子はやっと大まかな現状を理解すると息をつく。腰が抜けてしまい立ち上がることができないでいるものの、受け答えはしっかりできている。秋人は膝立で貴子の無事などを確認しながらあの本がどういう存在だったのかを説明する。
「じゃあ、あの本は古妖で、私はそれに魅入られていた、と」
「はい。あの、俺は覚者なんで、加勢に戻らないといけないんだけど……。此処で待っててもらっても大丈夫?」
立ち上がり戦場へ戻ろうとする秋人を貴子が止める。
「一つ、聞いてもいいかしら? もし、あのまま本を読んでいたとしたら、私、どうなっていたの?」
「……本に食べられて、ページの一部にされてました」
その言葉に血の気が引きながらも貴子は頷きで返す。コクコクと何度か頷いた後、彼女はもう一度口を開く。
「ありがとう。教えてくれたことも、助けてくれたことも、色々とね」
そうして気丈に振る舞う彼女だが腰が抜けているのは変わりない。
「ごめんなさい、話を長引かせちゃって。みんなのところにあなたも戻らなきゃいけないのよね」
「気にしないでください。夏野さんが無事でよかったです……。……これに後でサインください。みんなで戻ってきますから」
その言葉と共に秋人は踵を返し、仲間たちの元へと駆けていく。誰かと話さねば不安で仕方がなかった貴子も一度は彼を引きとめたがもうそれはしない。今なお不安感は残るがその腕に抱いているファンの想いが、守ってくれる存在が一人ではないということを教えてくれる。
不安を感じないために、覚者達を信じるために、貴子は渡された自分の代表作を強く、強く抱きしめた。
●
「源素が集中していく……やつら、ドでかい術を放ってくるぞ!」
戦闘の最中英雄が突如剣を地面に突き立てた行動の意図をすぐさま読み取る凛音。そこに集約されていく力はどんどん膨れ上がっていく。際限などないかのように。
「あの人も共鳴してる……。左の杖持ちです! ……良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
凛音の声にすぐさま術の行使を援助しているものを探るラーラと千陽。ラーラは発見と共に独特の詠唱を行う。ラーラの眼前に展開された魔方陣から大量の炎が噴き出したかと思えば上空に巻き上がっていく。紅蓮の獅子と化した炎は戦場に降り立つと濁流の如く術者の敵を焼き焦がしていく。
しかし、その身を焼かれようと敵の詠唱は止まらない。まるで痛みそのものがないかのように怯みさえしない。
「まだ立ちますか……大和さん!」
「えぇ、準備できているわ」
大和は自分の周囲に展開された符を一枚手に取り念を込める。符は大和の力に呼応するかのように青白い発行をしたかと思うと周囲へ放電を始める。やがてそれは激しい雷鳴を響かせ、雷光は周囲を抉り取る様に広がっていく。
「何をするつもりか知らないけれど、好きにはさせないわ」
大和は符へ十分に力を込めると上空に投げ放つ。空中に張り付けられるようにして止まった符からそれまでよりさらに激しい雷鳴が轟き、杖を持った幻影たちへ激しい雷撃が落とされていく。
魔法の多段攻撃に耐えきれず、杖を持った幻影達は苦しむように倒れ込んだかと思うと、まるでそんな存在は最初からいなかったかのように消え去ってしまう。
「本当に虚像なのね」
何も残さず消える術者の姿を見て大和が呟く。それと共に最初に出てきた魔方陣が再び現れ、地面から生えるように先ほど倒したものと同じ姿をした存在が一人現れる。
「そして無尽蔵。本体まで一気に行きましょう」
ラーラが彼女の守護使役であるペスカから黄金の鍵を受け取る。このままではらちが明かないと判断したようだ。ならばと大和も今度こそと符を一枚取り、再び念を込める。次こそ敵を殲滅するために。
●
「アハハッ! 人型の古妖なんておっさん昂っちゃうね!」
狂気とも取れる声を上げ戦闘を楽しんでいる逝。先ほどから前衛に立ち続け、左腕は既に数多の傷を受けるもそれを気にした風はない。逝の用いる刀の扱いは重量を活かした動きであり、テンションが上がるにつれて斬るというよりも叩き潰すに近くなりつつある。
「奇妙な姿をした貴方は戦い方まで奇妙なのね」
「奇妙? あぁ、そうかも。でも、おっさんはこれでいいのよ」
対して双刀で相手を切り裂くつばめの動きは流麗だ。力で斬るのではなく技巧で切り裂いているというのが正しい。つばめにとって対極の戦い方をする逝はその姿も相まって大変奇妙な存在に映った。
しかし、全く違う戦い方をする二人の呼吸は意外と合い、次々に現れる敵を薙ぎ倒していく。やがて、斧を持った敵は前線に一人だけになる。雄叫びを上げて近づくそれに対し逝が先手を打ち片腕を斬り飛ばす。
「さぁ! これで終いじゃないんだろ!」
フルフェイスに映る両手斧を持ったヒトガタのそれは片腕を失っても変わらずその斧を振り下ろす。逝の変形した左腕がその一撃を受け止め、強烈な金属音が周囲に響く。
しかしここまでが全て囮。逝の体が死角となり、上空へ飛び上がったつばめを小柄なヒトガタが気付くのにはその首が斬り落とされる直前までかかった。
「背中ががら空きですわよ」
上空で体を回転させつつ敵の背後に降り立ったつばめは刃を交差させ、まるで鋏のように扱い敵の首を胴体から斬り離す。他の者と同じように、このヒトガタもまたまるで最初から存在していなかったかのように掻き消える。
●
覚者達の猛攻により、戦線は一気に押し上げられていく。同時に消耗も激しかったが、凛音と戦線に復帰した秋人の治癒魔法が戦場を支えていた。
「遅れた分しっかり支えるからね」
秋人は皆の傷を回復させるために術の行使をする。秋人の手に凝縮された水は空へ舞い上がると、慈雨となり降り注ぐ。
「だけど、秋人が来てくれたことで大分マシになったさ。敵の数も減ったしな」
そういう凛音は周囲の者たちの状況を把握し、メンバーの状態を常に頭の中に入れ続けている。それも、秋人の登場でずいぶん楽になっている。
「じゃあそろそろこっちも攻撃に切り替え……切裂!? 何するつもりだ!」
回復がある程度行き届いたのを確認し、攻撃に転じようとしたところで再びジャックが説得のために前に出ていくのを目撃する凛音。
ゆっくりと歩み寄るジャック。最初の頃よりはるかに古妖は劣勢だ。既にその力の大半を使い、それでもなお覚者達に膝を着かせられないでいる。今ならば説得ができるのではないか、そう考えたのだ。
「なあ、もう鎮まってくれ。ヒトを傷つけないでくれよ。悪王を討つはずの英雄であるお前が、悪くないヒトを傷つけて何も思わないんかっ」
ジャックは必死であった。これ以上戦闘が続けば間違いなく魔本は裂かれ、この世から消えてしまうだろう。そんなことは許せなかった。どうにかして、彼もまたこの世界の一部として生きていてほしかった。
「お前の姿は誰かに読まれるための物だろ。お前にはヒトに読んでもらって夢とか、どきどきとかを届ける役目がある、そうじゃないのか」
本であること、それは誰かに読まれるということだ。いつしかそれが人を食べ、自分の物語の一編として取り込む存在に変わったとしても、『読まれる』という行為をされない限りは基本襲わなかった。それは古妖にとっても思い当たる部分があった。
「『読まれる』喜びをお前は忘れちまってるんだ。思い出してくれ。お前の中に綴られた英雄譚を読んで、心を躍らせ、勇気を貰い、満足したヒトの顔を!」
「我は……我は……」
●
魔本は狼狽していた。いつの頃からか、自分のページを増やすこと、それは人を喰らうことで成立していた。時に人から人の手に渡り、時に自分で動き、人を喰らい自分の厚みを増させていた。
だが、読まれている間、食事のこと以外を考えなかったわけではない。確かに読まれることに喜びを見出していた。欲求の根底には読まれることが常にあった。
狼狽えている古妖をみつめ、最初に武器を下ろしたのは最初に攻撃をした千陽だった。
「貴様が暴走を止め、国家に仇なすことを止めるというならばこの場は収めよう」
「ときちかー!」
千陽の言葉につい喜びの声を上げてしまうジャック。千陽も考えなしに武器を下ろしたわけではない。既に敵を追い詰め、圧倒的優位に立っているのは覚者の側だ。再度戦闘を始めたとして、勝ちは見えている。であれば、無益な戦闘を繰り返す必要はない。
古妖としても迷いは多かった。覚者の条件を飲めば、間違いなく食事は出来なくなる。しかしこのままでは死ぬのは必至。
「……了承した。だが、代わりに我が頁を増やす方法を見つけよ、混血の仔よ」
古妖の声と共に、英雄達がその姿を消すと一冊の本が地面に転がった。人を食べることを止める、その決断をしたのだ。
●
「……封印、しますか?」
ラーラは自分の本の封印と同じく、古妖を封印するかを尋ねるがジャックは首を横に振る。
「それじゃだめだ。抑えつけられたらヒトを嫌いになっちまう」
魔本を抱き上げたジャックの頭を凛音はぐしゃぐしゃとなでる。
「またお前はそういう面倒を……。まぁ、仕方ねぇか」
かくして覚者一行は魔本を手に貴子の元に戻ってくる。
「はい。サイン入れておいたわよ。戦いも無事に終わったのかしら?」
入り口の柵に腰かけ、小鳥の像をなでていた貴子はそう言って秋人に本を返す。
「ありがとう。えぇ、みんな無事です」
秋人は嬉しそうに本を受け取ると大事そうにそれを抱える。
「本の中の登場人物に出会えるまでは、夢のある話なんですけどね……。本当にホラーでしたね」
「貴女が無事でよかったですわ。夏野さんの新刊を楽しみにしている一人ですもの」
ラーラとつばめと話をする間にすっかり元気になったのか貴子の顔からも笑みも零れる。
そんなところにジャックが申し訳なさそうに顔を出す
「あの……もし、コイツを許してくれるのなら、貴女の手で登場人物を増やしてほしいな、なんて……思って……」
ジャックが差し出したのは魔本だ。
「……。魅力的なお話だけれど……。私には、無理よ。恐いし、それに、得意分野、じゃなくてね」
「そ、そっか。あ、あはは、気にしないで!」
しょぼくれた顔をして踵を返すジャック。そんな彼を大和と千陽、凛音が迎える。
「気にすることじゃないわ。人と古妖、がわかりあうためにはまだ時間がかかるだけよ」
「これからの彼の処遇は帰ってからにしましょう」
「まぁ、甘いものでも食って考えようぜ? な?」
友人帳と魔本を両手に抱え、ジャックは小さく頷いた。
太陽が頭上高くにある昼頃。徐々に春へと近づく日差しが公園を包み込んでいる。公園内にはこれから起きるであろう悲劇を感じさせない平和な風景が広がっている。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)と鈴白 秋人(CL2000565)は一般人の避難を済ませ、貴子を逃がすルートの確認などを行った後、覚者達に合流する。公園内には『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)と『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の結界が張り巡らせられ、一般人は近づくことはないだろう
「夏野女史の様子は?」
「本に釘付け。古妖の方も動きはないわ。作戦通りにいきましょう」
千陽の言葉に『月々紅花』環 大和(CL2000477)が周囲への活動を行ってきた四人に現状を伝える。あとは、古妖と彼女を引きはがすだけだ。
作戦の内容を確認する覚者達の中で浮かない顔をしているのはジャックだ。古妖と人の間に生まれた彼にとって古妖は倒すべき敵ではない。むしろ、人と寄り添い生きていける存在なのだ。
「な、なぁ……まずは、説得させてくれね?」
そう言うジャックの顔は普段の天邪鬼ではないおずおずと窺う少年のようだ。
「……、説得で戦闘行為を止めてくれるのならそれに越したことはありませんが……」
顎に手を当てて考える仕草をする千陽が言わんとする言葉を予想し、息苦しさを覚えるジャック。やめてくれないのであれば倒すしかない。殺すことにもなるかもしれない。
「やる価値はあるんじゃないかな……。ダメでもともと。試さないよりは試してみるべき……じゃないかな?」
秋人はジャックの意見に乗り、他の者達も頷き返す。様子を窺っていたジャックの顔はそれまでとは一転し、パッと明るい顔に変化する。そのまま意気揚々と貴子の元へと歩いていこうとする。
「まてまてまてまて。切裂、説得は貴子さんからあの本を引っぺがした後だ」
『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)がジャックの首根っこを掴まえる。ジャックは「あ、そっか」と小さく呟き貴子の様子を見る。
彼女は本を読み進める事だけに没頭していた。まるで、何かに憑かれたかのように。
●
貴子は本を読み進めつづけていた。時間の経過も忘れ、まるで魔法にかかったかのように読みふけっていた。そんなひと時は唐突に終わりを告げる。
肩に何かが触れた。それが触れたと気付くのには数秒の時間が必要だった。それほどまでに本の世界に魅入られていた。
「サインをお願いできませんか?」
そう言われ、貴子はハッとしたように顔を上げ自分の執筆した本を持った秋人の姿を見る。秋人は何度か肩を優しく叩くも反応が鈍い彼女へもう一度肩を叩こうとしたところだった。
「え、えぇ、良いわよ……あ、いま何時かしら?」
貴子がファンサービスに応じようとそれまで読んでいた本を脇に置き、秋人から本を受け取ろうと手を伸ばす。その顔はファンの声という喜びと共に、すっかり時間がたったことに気付いた驚きの両方が浮かんでいた。しかし、その顔は直後驚愕に変化する。
魔本はベンチの上に置かれると、赤黒く発光を始める。すぐさま千陽が衝撃波を放ち、魔本をベンチから弾き飛ばすようにして本を貴子から遠ざける。
「ちょ……ちょっと!? な……なに……妖!?」
突然の状況に混乱する貴子。目の前にはそれまで読んでいた本の挿絵に描かれていた英雄が現れる。剣抜き、構える様は明らかにこちらに友好的な態度をとっているようには見えない。
「逃げてください。貴子さん。あれは人皮装丁本……人を襲う妖です!」
ラーラの言葉と共に秋人が貴子を抱きかかえる。
「失礼。急ぐから、掴まっててね」
突然のことに混乱したままの彼女だったが、妖が襲ってきたことだけは理解し、秋人の体にしがみつく。
逃すまいと斬りかかろうとする立ち現われた英雄の刃を緒形 逝(CL2000156)と『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)の鬼丸と悪食が食い止める。
「あぁ、人型の古妖なんて久しぶりだねぇ。おっさん、楽しませてもらうよ!」
「行かせませんわよ」
二人の刃に阻まれて、英雄の姿を模した古妖が改めて大きく距離を取ると、剣を振りかざし雄たけびを上げる。
その声に呼応するかのように地面に魔方陣が描き出され、そこから人間とはまたちがうヒトガタの存在が現れる。
「衛兵の登場ですのね。部下の後ろに隠れるなんて、臆病な英雄ですわね。少々がっかり致します」
「気をつけてください。あれは虚像ですが、それなりに力はありそうです。それに、夢見の通り、無尽蔵に湧き出してきそう」
相手の行動に落胆するつばめへと相手の構造を分析したラーラが注意を促す。
「それだけじゃあねぇな。奴ら、何か狙いがありそうだ」
「常に自分達が敵を監視します。ですが、まずは……」
凛音、千陽も分析をするために観察を始める。お互いがにらみ合いを始める中、ジャックは一人武器を持たずに敵の前に出ていく。
●
「聞いてくれ! 俺はヒトと古妖の間に生まれた仔なんだ!」
そう言いながら進み出るジャックの表情は真剣そのもの。武器も持たず両手を広げ、仁王立ちする彼の姿は無防備だ。
「ヒトと古妖の間には超えちゃいけない一線があるんだ。どっちかが傷付ければもう片方が不幸になる! そうして憎しみが連鎖して、悪い方向に進むんだ!」
目の前に現れた背の低い大斧を担ぐ者がジリジリと近寄ってくる。
つばめは鬼丸を構え、迎撃しようと飛び出そうと構える。それを千陽は手で制する。
この隙に秋人は貴子を連れて脱出に成功する。戻ってくるまでの時間さえ稼げるかもしれない。そういう算段もあったが、説得を続けてほしかった。
「多分だけど……寂しかっただけやんな? 新しいページが欲しかっただけやんな? だけどもうお前の書き手は……」
「笑止!」
英雄の姿を模した古妖の一声と共ににじり寄ってきたヒトガタの大斧が振り下ろされる。その刃をつばめが受ける。
「愚か也。新たな頁を欲するは本の性。人を喰らえば腹も満ちる、一石二鳥よ」
「くっ……」
冷たく言い放つ古妖の言葉に悲しげな顔を浮かべるジャック。そんな彼の気遣いを踏みにじるかのように幻影たちが襲い掛かる。
「交渉決裂じゃ致し方なし。迎撃するしかないさね」
さらに大斧を構え突撃してくる者を斬りつけながら逝は冷静に斬り返す。
広げていた両手はすっかり下げられ、悔しさから握り拳を作る。キッと古妖を睨み返す眼にはそれでも説得の心は消えない。友人帳を見つめ闘志を燃やす。
(俺は古妖のみんなから力を借りてる。今までも、これからも。あいつとも、分かりあえない訳がない!)
●
説得も虚しく戦闘が始まってしまったのを公園の隅まで来た秋人は確認する。貴子はやっと大まかな現状を理解すると息をつく。腰が抜けてしまい立ち上がることができないでいるものの、受け答えはしっかりできている。秋人は膝立で貴子の無事などを確認しながらあの本がどういう存在だったのかを説明する。
「じゃあ、あの本は古妖で、私はそれに魅入られていた、と」
「はい。あの、俺は覚者なんで、加勢に戻らないといけないんだけど……。此処で待っててもらっても大丈夫?」
立ち上がり戦場へ戻ろうとする秋人を貴子が止める。
「一つ、聞いてもいいかしら? もし、あのまま本を読んでいたとしたら、私、どうなっていたの?」
「……本に食べられて、ページの一部にされてました」
その言葉に血の気が引きながらも貴子は頷きで返す。コクコクと何度か頷いた後、彼女はもう一度口を開く。
「ありがとう。教えてくれたことも、助けてくれたことも、色々とね」
そうして気丈に振る舞う彼女だが腰が抜けているのは変わりない。
「ごめんなさい、話を長引かせちゃって。みんなのところにあなたも戻らなきゃいけないのよね」
「気にしないでください。夏野さんが無事でよかったです……。……これに後でサインください。みんなで戻ってきますから」
その言葉と共に秋人は踵を返し、仲間たちの元へと駆けていく。誰かと話さねば不安で仕方がなかった貴子も一度は彼を引きとめたがもうそれはしない。今なお不安感は残るがその腕に抱いているファンの想いが、守ってくれる存在が一人ではないということを教えてくれる。
不安を感じないために、覚者達を信じるために、貴子は渡された自分の代表作を強く、強く抱きしめた。
●
「源素が集中していく……やつら、ドでかい術を放ってくるぞ!」
戦闘の最中英雄が突如剣を地面に突き立てた行動の意図をすぐさま読み取る凛音。そこに集約されていく力はどんどん膨れ上がっていく。際限などないかのように。
「あの人も共鳴してる……。左の杖持ちです! ……良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
凛音の声にすぐさま術の行使を援助しているものを探るラーラと千陽。ラーラは発見と共に独特の詠唱を行う。ラーラの眼前に展開された魔方陣から大量の炎が噴き出したかと思えば上空に巻き上がっていく。紅蓮の獅子と化した炎は戦場に降り立つと濁流の如く術者の敵を焼き焦がしていく。
しかし、その身を焼かれようと敵の詠唱は止まらない。まるで痛みそのものがないかのように怯みさえしない。
「まだ立ちますか……大和さん!」
「えぇ、準備できているわ」
大和は自分の周囲に展開された符を一枚手に取り念を込める。符は大和の力に呼応するかのように青白い発行をしたかと思うと周囲へ放電を始める。やがてそれは激しい雷鳴を響かせ、雷光は周囲を抉り取る様に広がっていく。
「何をするつもりか知らないけれど、好きにはさせないわ」
大和は符へ十分に力を込めると上空に投げ放つ。空中に張り付けられるようにして止まった符からそれまでよりさらに激しい雷鳴が轟き、杖を持った幻影たちへ激しい雷撃が落とされていく。
魔法の多段攻撃に耐えきれず、杖を持った幻影達は苦しむように倒れ込んだかと思うと、まるでそんな存在は最初からいなかったかのように消え去ってしまう。
「本当に虚像なのね」
何も残さず消える術者の姿を見て大和が呟く。それと共に最初に出てきた魔方陣が再び現れ、地面から生えるように先ほど倒したものと同じ姿をした存在が一人現れる。
「そして無尽蔵。本体まで一気に行きましょう」
ラーラが彼女の守護使役であるペスカから黄金の鍵を受け取る。このままではらちが明かないと判断したようだ。ならばと大和も今度こそと符を一枚取り、再び念を込める。次こそ敵を殲滅するために。
●
「アハハッ! 人型の古妖なんておっさん昂っちゃうね!」
狂気とも取れる声を上げ戦闘を楽しんでいる逝。先ほどから前衛に立ち続け、左腕は既に数多の傷を受けるもそれを気にした風はない。逝の用いる刀の扱いは重量を活かした動きであり、テンションが上がるにつれて斬るというよりも叩き潰すに近くなりつつある。
「奇妙な姿をした貴方は戦い方まで奇妙なのね」
「奇妙? あぁ、そうかも。でも、おっさんはこれでいいのよ」
対して双刀で相手を切り裂くつばめの動きは流麗だ。力で斬るのではなく技巧で切り裂いているというのが正しい。つばめにとって対極の戦い方をする逝はその姿も相まって大変奇妙な存在に映った。
しかし、全く違う戦い方をする二人の呼吸は意外と合い、次々に現れる敵を薙ぎ倒していく。やがて、斧を持った敵は前線に一人だけになる。雄叫びを上げて近づくそれに対し逝が先手を打ち片腕を斬り飛ばす。
「さぁ! これで終いじゃないんだろ!」
フルフェイスに映る両手斧を持ったヒトガタのそれは片腕を失っても変わらずその斧を振り下ろす。逝の変形した左腕がその一撃を受け止め、強烈な金属音が周囲に響く。
しかしここまでが全て囮。逝の体が死角となり、上空へ飛び上がったつばめを小柄なヒトガタが気付くのにはその首が斬り落とされる直前までかかった。
「背中ががら空きですわよ」
上空で体を回転させつつ敵の背後に降り立ったつばめは刃を交差させ、まるで鋏のように扱い敵の首を胴体から斬り離す。他の者と同じように、このヒトガタもまたまるで最初から存在していなかったかのように掻き消える。
●
覚者達の猛攻により、戦線は一気に押し上げられていく。同時に消耗も激しかったが、凛音と戦線に復帰した秋人の治癒魔法が戦場を支えていた。
「遅れた分しっかり支えるからね」
秋人は皆の傷を回復させるために術の行使をする。秋人の手に凝縮された水は空へ舞い上がると、慈雨となり降り注ぐ。
「だけど、秋人が来てくれたことで大分マシになったさ。敵の数も減ったしな」
そういう凛音は周囲の者たちの状況を把握し、メンバーの状態を常に頭の中に入れ続けている。それも、秋人の登場でずいぶん楽になっている。
「じゃあそろそろこっちも攻撃に切り替え……切裂!? 何するつもりだ!」
回復がある程度行き届いたのを確認し、攻撃に転じようとしたところで再びジャックが説得のために前に出ていくのを目撃する凛音。
ゆっくりと歩み寄るジャック。最初の頃よりはるかに古妖は劣勢だ。既にその力の大半を使い、それでもなお覚者達に膝を着かせられないでいる。今ならば説得ができるのではないか、そう考えたのだ。
「なあ、もう鎮まってくれ。ヒトを傷つけないでくれよ。悪王を討つはずの英雄であるお前が、悪くないヒトを傷つけて何も思わないんかっ」
ジャックは必死であった。これ以上戦闘が続けば間違いなく魔本は裂かれ、この世から消えてしまうだろう。そんなことは許せなかった。どうにかして、彼もまたこの世界の一部として生きていてほしかった。
「お前の姿は誰かに読まれるための物だろ。お前にはヒトに読んでもらって夢とか、どきどきとかを届ける役目がある、そうじゃないのか」
本であること、それは誰かに読まれるということだ。いつしかそれが人を食べ、自分の物語の一編として取り込む存在に変わったとしても、『読まれる』という行為をされない限りは基本襲わなかった。それは古妖にとっても思い当たる部分があった。
「『読まれる』喜びをお前は忘れちまってるんだ。思い出してくれ。お前の中に綴られた英雄譚を読んで、心を躍らせ、勇気を貰い、満足したヒトの顔を!」
「我は……我は……」
●
魔本は狼狽していた。いつの頃からか、自分のページを増やすこと、それは人を喰らうことで成立していた。時に人から人の手に渡り、時に自分で動き、人を喰らい自分の厚みを増させていた。
だが、読まれている間、食事のこと以外を考えなかったわけではない。確かに読まれることに喜びを見出していた。欲求の根底には読まれることが常にあった。
狼狽えている古妖をみつめ、最初に武器を下ろしたのは最初に攻撃をした千陽だった。
「貴様が暴走を止め、国家に仇なすことを止めるというならばこの場は収めよう」
「ときちかー!」
千陽の言葉につい喜びの声を上げてしまうジャック。千陽も考えなしに武器を下ろしたわけではない。既に敵を追い詰め、圧倒的優位に立っているのは覚者の側だ。再度戦闘を始めたとして、勝ちは見えている。であれば、無益な戦闘を繰り返す必要はない。
古妖としても迷いは多かった。覚者の条件を飲めば、間違いなく食事は出来なくなる。しかしこのままでは死ぬのは必至。
「……了承した。だが、代わりに我が頁を増やす方法を見つけよ、混血の仔よ」
古妖の声と共に、英雄達がその姿を消すと一冊の本が地面に転がった。人を食べることを止める、その決断をしたのだ。
●
「……封印、しますか?」
ラーラは自分の本の封印と同じく、古妖を封印するかを尋ねるがジャックは首を横に振る。
「それじゃだめだ。抑えつけられたらヒトを嫌いになっちまう」
魔本を抱き上げたジャックの頭を凛音はぐしゃぐしゃとなでる。
「またお前はそういう面倒を……。まぁ、仕方ねぇか」
かくして覚者一行は魔本を手に貴子の元に戻ってくる。
「はい。サイン入れておいたわよ。戦いも無事に終わったのかしら?」
入り口の柵に腰かけ、小鳥の像をなでていた貴子はそう言って秋人に本を返す。
「ありがとう。えぇ、みんな無事です」
秋人は嬉しそうに本を受け取ると大事そうにそれを抱える。
「本の中の登場人物に出会えるまでは、夢のある話なんですけどね……。本当にホラーでしたね」
「貴女が無事でよかったですわ。夏野さんの新刊を楽しみにしている一人ですもの」
ラーラとつばめと話をする間にすっかり元気になったのか貴子の顔からも笑みも零れる。
そんなところにジャックが申し訳なさそうに顔を出す
「あの……もし、コイツを許してくれるのなら、貴女の手で登場人物を増やしてほしいな、なんて……思って……」
ジャックが差し出したのは魔本だ。
「……。魅力的なお話だけれど……。私には、無理よ。恐いし、それに、得意分野、じゃなくてね」
「そ、そっか。あ、あはは、気にしないで!」
しょぼくれた顔をして踵を返すジャック。そんな彼を大和と千陽、凛音が迎える。
「気にすることじゃないわ。人と古妖、がわかりあうためにはまだ時間がかかるだけよ」
「これからの彼の処遇は帰ってからにしましょう」
「まぁ、甘いものでも食って考えようぜ? な?」
友人帳と魔本を両手に抱え、ジャックは小さく頷いた。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
皆さま、参加ありがとうございました。
今回は、古妖の討伐が目的のハズでしたが
まさかまさかの平和的解決です。
これは、STとして初めての事でした。
書いててとても楽しかったです。
自分の想定だけでなく、皆さんと作ってるという実感を持って執筆できました。
それではまた次の機会にまたご一緒できればと思います。
今回は、古妖の討伐が目的のハズでしたが
まさかまさかの平和的解決です。
これは、STとして初めての事でした。
書いててとても楽しかったです。
自分の想定だけでなく、皆さんと作ってるという実感を持って執筆できました。
それではまた次の機会にまたご一緒できればと思います。
