ハルピュイアに啄まれし者たち
ハルピュイアに啄まれし者たち


 久方相馬(nCL2000004)は、夢を見た。
「苦しい、苦しい、苦しいよ。死ねば楽になれると思っていたのに。
 誰かのせいにする、つもりはない。世の中が悪いとか、社会が間違ってるとか、そんな事を言いたかったわけじゃないんだ。
 ただ、僕が弱かった。それだけなんだ。だから誰にも迷惑かけずに消えるつもりだった。
 同じように弱くて苦しんでいる人たちを、ネットで探して、こうして集まって練炭を炊いたんだ。
 それで、この世からさよなら出来た……はずなのに、僕達はまだここにいる。苦しいよ。
 見て。僕たちの死体が、動き始めてる。このままじゃ誰かを襲うよ。
 見て。僕たちの死体から溢れ出したものが、こうして凝り固まって渦を巻いている。
 憎しみの渦さ。憎い、憎いよ。世の中の誰もが憎い。
 誰かのせいにする、つもりはなかった。だけど死んで、初めてわかったよ。
 僕たちはずっと、誰かのせいにしたかったんだ。
 お前たちのせいで、僕らは死ぬ。
 そんな醜い思いが、この世に残って渦を巻いている。
 嫌だ、嫌だよ、こんなのは。
 おぞましい怨念の塊に成り果てた僕たちを……どうか、この世から消して欲しい。君たちの力で……」


「……琵琶湖に近い山の中で、集団自殺があった。1週間くらい前らしい。死体は、まだ発見されてない。
 その死体が、動き出すみたいなんだ。そう、妖に変わっちまうのさ。分類すると、生物系のランク1って事になる。全部で7体、放っておけば山を下りて人を襲う。
 こいつらを全員、倒して欲しい。
 言ってみりゃ死体損壊作業だ。気が進まないだろうけど妖だからな。覚者の力で、破壊するしかないんだよ。
 で厄介な事に、こいつらにはボスみたいなのがいる。
 自殺した7人の怨念が、1つに固まって心霊系の妖になっちまってるのさ。怨念そのものを、鞭みたいに振り回して攻撃してくるらしい。何で知ってるかって? その自殺した人たちが、夢に出て来て教えてくれたんだ。
 あの人たちは、自分の怨念がこの世に残って人に危害を加えるのを悲しんでる。
 だから頼む、願いを叶えてやって欲しい。
 動く死体も、怨念の塊も、この世から消しちまってくれ。
 ちょっと偉そうな言い種になるけど、それが一番の弔いになると思うんだ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.妖(生物系7体、心霊系1体)の撃破
2.なし
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 今回の舞台は琵琶湖畔の山中、もう使われていない山小屋近辺での戦闘となります。時間帯は真昼。
 覚者の皆様の到着と同時に、山小屋から自殺者たちの腐乱死体(妖、生物系ランク1、7体)それに彼らの怨念の集合体である心霊系の妖(ランク2、1体)が現れ、問答無用で襲いかかって来ます。
 動く死体の攻撃手段は、怪力による近接攻撃(物近単)のみ。
 心霊系は、相馬君のお話通り、物理的破壊力を持ち得るほどに凝り固まった怨念の鞭(特近列、BS麻痺)を伸ばし放ちます。
 別に何か神聖な事をする必要もなく、戦って打ち負かせば、彼らは砕け散って消滅し、成仏してくれるでしょう。
 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年03月01日

■メイン参加者 6人■

『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)


 人間の死体に妖が宿ったもの。それはもはや妖という、人間とは別種の生き物なのである。
 これを斃したところで、死者への冒涜にはならない。妖を討伐した事にしかならないのだ。
 そう割り切る事が出来るかどうか。それが勝敗を決するだろう、と斎義弘(CL2001487)は思う。
 割り切っている者の筆頭が、このエルフィリア・ハイランド(CL2000613)だ。
「人間の死体じゃなく、妖っていう立派な生命体……生き物なら、アタシの得意技があらかた効いちゃうわねえ」
 翼を広げ、鞭を鳴らしながら、彼女は微笑む。
「猛毒に弱体化、それに出血多量……色んなプレイ、取り揃えてるわよ?」
 鞭を持つ美女の、そんな言葉を聞いても、山小屋から出て来た者たちは特に悦んではいない。
 性別すらわからぬほど腐敗しつつも動いている、7つの屍。生者と変わらぬ速度で歩行し、踏み込み、襲いかかって来る。
「意外と速いんだね……じゃ、まずこれを」
 瞳を赤く輝かせながら『sylvatica』御影きせき(CL2001110)が、地面に光の種を蒔く。
 種はすぐに芽吹き、捕縛蔓となって妖7体の全身に絡みつく。
「さて、ゲームスタートなわけだけど……みんな、行ける?」
「任しとけ。きっちり片付けて、静かに逝かせてやっからよ!」
 右掌に浮かんだ紋章を握り締めながら『雷切』鹿ノ島遥(CL2000227)が気合いを燃やす。
「そうだな。気合いを入れていこうか」
 機甲化し、スパイクを生やした両足で、義弘は地面を踏み締めた。
 そして『灼熱化』を遂げる。炎の力が血液の如く、全身隅々まで行き渡る。
「こいつらを、早く寝かせてやらないとな」
「俺のこもりうたで良ければ、歌ってあげるよ」
 東雲梛(CL2001410)の額で、第3の目が開いてゆく。
 不思議な芳香が、覚者6名を包み込んだ。清廉珀香。
「……で、工藤は大丈夫?」
「うん……」
 割り切っていない者の筆頭、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、弱々しく応えた。『ハイバランサー』を使っているようだが、それでも不安定な山道で今にも転んでしまいそうだ。
「おいソラ、しけた顔してんじゃねえぞ!」
 遥が、活を入れにかかる。
「考えたり悩んだりは後だ後! 今は、目の前のやるべき事に集中だろ!」
「そうだよね……相馬さんの夢に出てまで、お願いした事……叶えてあげないとね……」
 刀を抜きながら、奏空が覚醒する。両の瞳が桃色の光を宿すが、その輝きも弱々しい。
「だけど……死んでからしか、助ける事が出来ないなんて……」
「わかっていると思うけど」
 冷たい声を発したのは、エルフィリアである。
「この連中をね、生き返らせてあげる事なんて出来ないのよ?」
 奏空が、俯いてしまう。
(戦力外も、止むなしか……?)
 思いつつ、義弘は見上げた。
 奏空が戦力外となると大いに難儀しそうな敵が、山小屋の屋根から立ち昇り、空中からこちらを見下ろしている。睨んでいる。
 それは、怨念の塊であった。
「ふん、恨みつらみの塊ってわけね」
 エルフィリアが嘲笑う。
「アンタたちねえ、自殺したくせに何こんなに未練を渦巻かせてるわけ? 誰かのせいにしたかったら生きてるうちにしとけって言うの。死んだ後にこんなの残されたって迷惑なだけ……ああなるほど、腹いせに迷惑かけたかったから自殺したわけね。最低」
 彼女はわざと奏空の心を逆撫でしている、と義弘は思った。
 7つの屍は、絡みつく捕縛蔓を引きずるように押し寄せて来る。
 義弘は、声を投げた。
「東雲、結界は?」
「張ってあるよー。登山客とかが、うっかり近付いて来る事はないと思う」
 答えつつ梛が、エルフィリアに向かって片手を差し伸べる。
「というわけで……お姉さん、そろそろ工藤をいじめるのはやめにしてさ。一緒にどう?」
「……ちゃんとエスコートしてよね、軽そうなイケメン君」
 ふわりと翼を揺らしながら、エルフィリアがその手を取った。
 軽やかに身を翻して舞う2人の周囲に、色とりどりの花が咲いた。
 それら花々の香気が、激しく吹き荒れる。
 梛とエルフィリア、2人分の仇華浸香である。
 毒々しい芳香の嵐が、押し寄せる屍7体のうち3体を直撃した。
 凶香に苦しむ、その3体に向かって、義弘は印を結ぶ。炎柱が生じた。
「なあエルフィリア女史。アンタの言う事はもっともだがな、こいつらだって人に迷惑かけるつもりはなかったろうさ」
 凶花の香りで死にかけていた妖3体が、その炎にとどめを刺されて遺灰と化す。
「生きてる間は抑えておけた思いが、死んだ後で止まらなくなる。そういう事もあるんじゃないか? 人間の本性なんて生きてるうちにはわからなかったりしてな」
「生きてる間は、自分を抑えてなきゃいけないもんねっ」
 エルフィリアが微笑み、鞭を振るう。
「アタシが死んで、妖にでも憑かれたら……こんな連中、問題にならないくらいのバケモノになっちゃうかもね?」



 不知火の刃が、妖の腐った肉体を切り裂きながら灼いてゆく。
 屍7体の中でも、特に大柄な1体だ。その巨大な腐乱死体が、裂傷と大火傷を負いながら痙攣している。
 きせきの斬撃に、遥が続いた。
「自殺する奴の気持ちは、わからねえが……」
 光り輝く紋章を握り込んだ拳が、一閃する。流星にも似た正拳突き。『五織の彩』だ。
「誰にも迷惑かけたくねえってのは、わかるぜ!」
 大型の腐乱死体が、グシャリと潰れた。辛うじて人の原型をとどめながら、腐敗した剛腕をのろのろと動かしている。
 間髪入れず奏空が、とどめの一撃を叩き込んでくれる……はずであった。普段ならば。
 遥が叫ぶ。
「おいソラ!」
「わ、わかってる……」
 奏空が踏み込んで来た。
 練覇法は使ってあるようだが、弱々しい踏み込みだった。
「十六夜……!」
 掛け声に合わせて、奏空が双刀を振るう。
 こんなものは十六夜ではない、ときせきは思った。
 本来の十六夜とは程遠い、非力な斬撃が、潰れかけの妖に微かな裂傷を負わせる。
 無論とどめになるはずもなく、腐乱した剛腕が、奏空の細身を殴り飛ばした。
「ソラ……!」
「奏空くん!」
 遥の声ときせきの声が、重なった。
 ほぼ同時に、鞭が走った。毒液を滴らせる鞭。
 エルフィリアの、非薬・紅椿である。
 うねる毒草のような一撃が、潰れかけの大柄な屍を粉砕しつつ、左右の2体をも打ち据える。
 妖と化した自殺者2名が、腐敗した肉体を植物毒に侵され、膝をついて苦しみもがく。
「復讐も八つ当たりも、生きてるうちにやんないと。ねえ?」
 エルフィリアは、わざと奏空の心を苛んでいる。
 そう思いつつ、きせきは不知火を、下から上へと一閃させた。地烈。
 今は、奏空の身を案じるよりも、毒に苦しむ死者たちに安息を与えなければならない。
 苦しみもがいていた屍2体が、滑らかに両断されて動かなくなり、本物の屍に変わった。
 それを確認している暇もなく、きせきは跳躍した。回避の跳躍。
 鞭のようなものが、超高速で足元をかすめる。
 怨念の塊が、身体の一部を細長く伸ばして来たところである。
 着地しながら、きせきは息を飲んだ。
 空中から覚者6名を見下ろす、巨大な怨念の塊。
 人間の原型は、どこにも残っていない。
 だが明らかに人間の成れの果てであるという事が、理屈も根拠もなく、わかってしまうのだ。
「俺たちの心の中にも、同じものがあるかも知れない……って事かな」
 言いつつ梛が、倒れた奏空に向かって片手をかざす。
 動かぬ奏空の身体に、『樹の雫』が染み込んでゆく。
「うっ……く……」
 傷は治ったはずだが、奏空は立ち上がれない。弱々しく上体を起こし、怨念の塊を見つめている。
「おいソラしっかりしやがれ!」
 残る1体の屍が、腐乱した剛腕を叩き付けて来る。その一撃を十字受けで防御しながら遥が叫ぶ。
「いいディフェンスよ、空手少年!」
 エルフィリアが投げキスをした。遥にではなく、彼と押し合いをしている妖に向かって。
 投げキスと共に、種が撃ち込まれていた。
 種が芽吹き、その芽が荊となって、屍の全身を穿ち縛る。腐敗した血液が、大量にしぶいた。棘散舞。
 どす黒い血にまみれて苦しみ舞う妖を、遥が五織の彩で粉砕する。
「悪ぃな……こんなふうにしか、楽にしてやれなくてよ。それよりソラ、おい!」
 遥が叫ぶが、そんな場合ではなくなった。
 巨大な怨念の鞭が、大蛇の如く襲いかかって来たのだ。
「このっ……!」
 梛が、右手の親指で種を弾き飛ばした。
 弾丸の如く飛んだ種が、怨念の塊に撃ち込まれ、荊を芽吹かせる。
 荊に縛り上げられながらも、しかし怨念の大蛇は荒れ狂う動きを止めず、遥を、きせきを、そして奏空を襲う。
 遥ときせきは別方向に跳び、怨念の大蛇を辛うじて回避した。
 だが奏空は、まだ立ち上がらぬまま呆然と、自殺者の集合体を見つめている。
「前衛、交代だ……!」
 義弘が前に出て、奏空を背後に庇って立つ。
 そして、怨念の鞭の直撃を受けた。
 義弘も楯で防御を試みたようだが、その楯が高々と宙を舞っていた。義弘自身の肉体もだ。
「義弘さん……!」
 奏空がようやく立ち上がった。そして、地面に激突した義弘に駆け寄って行く。
「何だ……動けるじゃないか……」
 義弘が、苦しげに微笑んだ。その笑顔は、青ざめている。
「……身体が……痺れて、動かん……おい絶対、こいつを喰らうなよ……」
「義弘さん……俺の、せいで……」
「……調子の悪い時は、誰にでもある……」
「おいソラてめえ!」
 遥が、奏空の胸ぐらを掴んだ。
「お前も俺もきせきも、長い事トリオでやってきたよなあ! 俺ぁソラにもきせきにも散々迷惑かけてきた、だから俺はいくらだってお前のフォローはしてやる。けどな、俺ら以外の人に迷惑かけたら駄目だろうがッ!」
「遥……俺を、ぶん殴って……」
 奏空が、涙を流している。
「甘ったれてるの、自分でもわかる……頭じゃ、わかってるんだ……エルフィリアさんの言う通り、俺がうじうじ悩んだって……この人たちを生き返らせる方法が、見つかるわけじゃないって……死んだ人に、してあげられる事なんて……何にも、ないって事……」
「ソラ……」
 左手で奏空の胸ぐらを掴みながら、遥が右手で拳を握る。その拳が、震えている。
 出来ないだろう、ときせきは思った。本人に望まれてとは言え、弱っている親友を殴る事など彼には出来ない。
 怨念の大蛇が相変わらず激しくうねり、梛を、エルフィリアを襲う。2人とも辛うじてかわした。
 任せきりにするわけにはいかない。一刻も早く自分たちも奏空も、戦いに戻らなければ。
 奏空くん、ごめん……と言いかけて、きせきは口を噤んだ。
 そうしながら、平手打ちを叩き込む。
 奏空の柔らかな頬が、音高く痛々しく鳴った。
 遥が、呆然とする。
「きせき……お前……」
「……戦おう、奏空くん」
 じっと見上げてくる桃色の瞳を、きせきは正面から見つめた。
「死んだ人にしてあげられる事なんて、何にもない……確かに、そうだよね。だからこれは僕たちのための戦いだ。今、生きてる人が遭うかも知れない被害を防がなきゃいけない。それが僕たちの思いで、奏空くんの思い」
 梛が、エルフィリアが、怨念の鞭に打ち据えられ、まるで交通事故死者のように吹っ飛んだ。
 猛り狂う怨念の塊を見据え、きせきはいった。
「それに……きっと、この人たちの思いでもある。だから奏空くん」
「きせき……」
 怨念の塊が、こちらへ迫って来る。
 梛が、よろよろと立ち上がった。そして、
「……誰かのせいに、したいんだろう? いいよ、俺たちの……俺の、せいにして……」
 麻痺しかけた唇と舌で、無理矢理に言葉を発している。
「全部、受け止めるから……生きてる間は、誰にも向けられなかった気持ち……最期なんだ、全力でおいでよ……」
 辛うじて立ち上がった梛と、倒れたままのエルフィリアを、遥が背後に庇って立った。そして怨念の塊と対峙する。
「オレぁ今から、お前らをぶちのめす! 生きてる時にお前らを虐めた連中と同じようにな。さあ、オレはそいつらだ! 憎たらしいだろ? 許せねえだろ!? ぶっ殺しに来い!」
「……どう、するの……」
 エルフィリアが呻く。その白い肌は死人の如く青ざめ、緑色の瞳は奏空を見据える。
「……お友達に……汚れ役を、押し付ける?」
 遥が、怨念の鞭に叩きのめされた。
 奏空が素早く印を結び、真言を叫ぶ。
「……オン! コロコロ、センダリ、マトウギ、ソワカ!」
 神秘の水の波紋が、覚者たちを包み込む。
 妙法睡蓮水紋。
 梛の、エルフィリアの、義弘の、遥の肉体から、怨念の麻痺毒が洗い流されてゆく。
「みんな、ごめん……!」
「やれやれ……いつものソラに、戻りやがったな」
 遥が微笑む。義弘が、力を取り戻した身体で踏み込んで行く。
「静かな眠りを、取り戻してやるぞ……爆裂天掌!」
 炎の力を宿したメイスが、怨念の塊を大きく凹ませた。
 悲鳴を、きせきは確かに聞いた。死せる者たちの、音なき悲鳴。
「苦しいよな……けど、あと少しだけ我慢」
 言葉と共に、梛が念じる。
「生きるって事のしんどさに比べたら、ましだと思う!」
 棘散舞が、さらに厳しく過酷に、怨念の塊を縛り締め付けた。
 音声なき悲鳴が、きせきの心に痛々しく響いた。
 怨念の大蛇が、苦しげに跳ね上がり、襲いかかって来る。苦しみと憎しみを宿した一撃。
 きせきは、不知火を防御の形に構えた。
 その防御に、怨念の大蛇がぶつかって来る。
 不知火をうっかり手放してしまいそうな衝撃と共に、怨念の飛沫が飛び散って、きせきの腕に付着した。
 痛みと熱さと冷たさが、同時に染み込んで来る。きせきは、歯を食いしばった。
 まともに喰らえば麻痺だけでは済まないだろう。防御に専念出来なければ、きせきも義弘たちのように死にかけていたところだ。
 よろめき、踏みとどまったきせきの傍で、奏空が双刀を掲げた。
「終わらせる……もう、苦しませないよ」
 落雷が、怨念の塊を直撃する。雷獣の一撃。
 自殺者たちの集合体が、電光に灼かれて揺らぎ、音なき絶叫を轟かせる。
 それが、止まった。
 遥の飛び蹴りが、怨念の塊を貫いていた。会心の、活殺打である。
 1人が防御に専念して敵の攻撃を受け止め、その間に2人が攻撃を行う。奏空、きせき、遥の3人で磨き抜いてきた連携だ。
 遥が着地し、残心を決める。
 怨念の塊が、ちぎれ舞いながら薄れ、消滅してゆく。
 それは、曇天が晴れてゆく様にも似ていた。



 歌が、聞こえる。優しい歌声。
 梛が『こもりうた』で死者たちを送っていた。
「……なかなかのハスキーボイスじゃないの」
 エルフィリアが褒める。あるいは、からかっている。
「そのホスト声で一体、女の子を何人騙してきたわけ? ねえちょっと」
「勘弁してよ。女の子って、ちゃんと男の中身も見てくるからさぁ……俺みたいな薄っぺらいのに騙されてくれる娘なんか、いないって」
 そんな事を言いながら梛が、奏空の肩をぽんと叩く。
「お疲れさん」
「うん……ありがとう梛さん、それにエルフィリアさんも」
「アタシはねえ……ふふっ。可愛い男の子を、言葉責めで愉しんでただけよ?」
 エルフィリアが微笑む。奏空も、曖昧な笑みを返すしかなかった。
 そうしてから、義弘の方を向く。
「義弘さんも……本当に、ごめん。ありがとう」
「役に立てて良かった。俺は、それだけさ」
 言いながら義弘が、今や人の原型をとどめぬ7人分の屍に、小さな花束を捧げている。
 遥が、少しだけ呆れた。
「用意のいいオッサンだなあ」
「来る途中の花屋で買っておいた。弔いになるのは、わかっていたからな。それより俺をオッサンと呼ぶのは、まあ構わんが、お前らも25歳なんてあっという間だぞ」
 義弘が、少しだけ笑ったようだ。
「それと……自分たち以外の人間に迷惑をかけるな、などと水臭い事は言うなよ」
「……そうだな。俺たち……へへっ、仲間だもんな」
 言ってから遥は、まるで照れ隠しのように、少し強めの力で奏空の背中を叩いてくる。
「ほら! そんなシケた面してたって誰も喜ばねえぞソラ、オレらも、こいつらも」
 もはや死体とも言い難い、腐乱した肉片の山に向かって、遥は片手を立てた。
「何かしたいんなら、今生きてるヤツに対してだ。死んだ連中には……何にも、してやれねえんだよなあ本当に。お前の言う通りだぜ」
「遥も、ありがとう」
 言いつつ、奏空は両手を合わせた。供養。それはもしかしたら死者のためではなく、生者の心の安らぎのためにあるのかも知れない。
「この人たち……身元がわかって、家族のところへ帰れるといいんだけど」
「どうかなあ。家族から逃げて来た人も、いるかも知れないし」
 梛が言った。
「ま、何にしても俺たちに出来る事はここまでさ。帰ろうか」
「とりあえずメシ食おうぜ、いつものラーメン屋!」
 遥が、元気な声を発している。
 きせきが、奏空に言葉をかけてきた。
「殴り返してくれても、いいよ」
「……またいつか。きせきが、今日の俺みたく凹んでる時があったらね」
 奏空は応え、そして思った。
(俺には、こうして活を入れてくれる友達がいる……この人たちにも、そういう仲間がいれば)
 この7人には結局、傷を舐め合い共に死ぬ仲間たちしか、いなかったのだ。
(でも、お礼を言いたい。この事を相馬さんに知らせてくれて……誰かを傷付ける事になる前に、教えてくれて……本当に、ありがとうね)

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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