ある夢見の記録File1-Page1
●『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)のその後
ぱちん、と。将棋の駒が置かれる音が澄んで響く。
「どうですか? 新しい生活には慣れましたか?」
私、菊本正美はFiVE指令、中 恭介(nCL2000002)と一局、将棋をやっていた。
ぱちん、とまた音が一つ。金を取って駒を進める。
「……ああ、まあそうですね……まあぼちぼち」
対局中に聞かれたことに、私は曖昧に言葉を返す。
いや、ハッキリ言いたかったのだが、現状がそれを許さなかった。
何せこの指令、かなり強い。
私は将棋が強いとは決して言わない。かと言って弱いと一蹴されはしない程度の自信はあった。
お互いの強さが分からないので平手で勝負を挑んだが、相当鋭い手を打ってくる。こちらは防戦一方だ。(守りの硬い将棋の方が好きなのだが、それとこれとは話が別だと付け加えておく)
というか対局中にこういうこと聞いてくる時点でかなり余裕あるだろこの人……!
「王手」
「え、えっ!?」
若干の焦りを見抜かれたように、また音が一つ。慌てて盤上を見てみれば、確かに。
私は取った駒と今の状況を改めて見直した。槍を進めるべきか。銀を動かす……いや、この方向には動けない。じゃあ桂馬? いやいや、置いた所で結局玉が取られてしまう。じゃあ、そうなると手持ちの歩を……。
そこまで考えて歩を取った瞬間、中さんと目が合った。目が、笑っている。
「へ……?」
「准教授、それ、二歩ですよ?」
それを言われて私のCPUは数秒間、機能を停止した。
そこまで読まれてるか……!!
……およそ2年前軽くやり込めたのを、今回10倍ぐらいで返された気分である。本当に完膚なきまでに叩きのめされた。
「あー! もう!!」
数秒後、思考が戻ってきたところで私は思わず椅子にのけぞり、駒を派手に盤上に転がした。目の前の27歳の青年は声を上げて笑っている。
「参りました……」
かくして私は約2年越しの仕返しを食らい、頭を垂れるしかなかった。
……ディベートだったら間違いなく勝っていた。うん。
●目的
将棋は今回の目的の一部ではあったが、本当にしたいことがあって私は彼のもとを訪れたのだ。
「覚者の話を聞きたいのですか?」
「ええ」
私の目的はそれだった。
「こうやってFiVEにお世話になる訳ですし、皆さんと顔見知りになっておきたいなと思いまして。在野にいる間のカバーと言うか、埋め合わせと言うか……そういうことをしておきたくて」
それは私の本心だった。
以前彼の誘いを断ったのは、FiVEという組織に対する不信感があったからだ。新興の自警団程度にしか見えず、危機感を覚えたのだ。
強権は法によって適切に管理されるべきだ。だから、FiVEの在り方が恐ろしかった。
だが今は違う。電波障害を解決し、七星剣幹部、暴力坂乱暴を撃破し、その勢いはAAAをもしのぐ。まさに破竹の勢いという言葉がふさわしい。まだ疑問に思うことも多いが、その事実は信頼たりうる。
この組織は本当にいい覚者に恵まれたのだ。
だが知名度が上がるごとに、私の懸念していた事柄も表面化するかもしれない。
そのためには、覚者一人一人が考えないといけない。この組織は個々の判断が全てを握る。戦うことだけを考えていれば、確実に足元を掬われる。
しかしオタクのモヤシみたいな青年がそんなこと相手を知らずに伝えた所で、反感を買われるだけだ。
教職に就く人間が全て人格者たれとは私は思わないが(現に私も相当なトラブルメーカーだという自覚はある)、ある程度の信用が必要なのと一緒だ。
中さんは私の言葉に「ふむ」と一度言葉を発した後、少し考えてから口を開いた。
「分かりました。それならば」
●結局
という訳で、私はいつものワープロソフトを立ち上げている。何だかこうやって文章を打っていると、結局いつもの日々に戻った気分だ。
もっとも、学園の敷地内にさえいればいいので教授職や研究については許可された。コンピューターさえあれば出来る研究内容で良かったとつくづく思う。
……とにかく。
とりあえずそれらしい夢を見るまで私は記録に徹することにする。
このFiVEに所属する覚者達がどういう人達なのかを見極めるために、色んな事を見聞きしたい。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。
ぱちん、と。将棋の駒が置かれる音が澄んで響く。
「どうですか? 新しい生活には慣れましたか?」
私、菊本正美はFiVE指令、中 恭介(nCL2000002)と一局、将棋をやっていた。
ぱちん、とまた音が一つ。金を取って駒を進める。
「……ああ、まあそうですね……まあぼちぼち」
対局中に聞かれたことに、私は曖昧に言葉を返す。
いや、ハッキリ言いたかったのだが、現状がそれを許さなかった。
何せこの指令、かなり強い。
私は将棋が強いとは決して言わない。かと言って弱いと一蹴されはしない程度の自信はあった。
お互いの強さが分からないので平手で勝負を挑んだが、相当鋭い手を打ってくる。こちらは防戦一方だ。(守りの硬い将棋の方が好きなのだが、それとこれとは話が別だと付け加えておく)
というか対局中にこういうこと聞いてくる時点でかなり余裕あるだろこの人……!
「王手」
「え、えっ!?」
若干の焦りを見抜かれたように、また音が一つ。慌てて盤上を見てみれば、確かに。
私は取った駒と今の状況を改めて見直した。槍を進めるべきか。銀を動かす……いや、この方向には動けない。じゃあ桂馬? いやいや、置いた所で結局玉が取られてしまう。じゃあ、そうなると手持ちの歩を……。
そこまで考えて歩を取った瞬間、中さんと目が合った。目が、笑っている。
「へ……?」
「准教授、それ、二歩ですよ?」
それを言われて私のCPUは数秒間、機能を停止した。
そこまで読まれてるか……!!
……およそ2年前軽くやり込めたのを、今回10倍ぐらいで返された気分である。本当に完膚なきまでに叩きのめされた。
「あー! もう!!」
数秒後、思考が戻ってきたところで私は思わず椅子にのけぞり、駒を派手に盤上に転がした。目の前の27歳の青年は声を上げて笑っている。
「参りました……」
かくして私は約2年越しの仕返しを食らい、頭を垂れるしかなかった。
……ディベートだったら間違いなく勝っていた。うん。
●目的
将棋は今回の目的の一部ではあったが、本当にしたいことがあって私は彼のもとを訪れたのだ。
「覚者の話を聞きたいのですか?」
「ええ」
私の目的はそれだった。
「こうやってFiVEにお世話になる訳ですし、皆さんと顔見知りになっておきたいなと思いまして。在野にいる間のカバーと言うか、埋め合わせと言うか……そういうことをしておきたくて」
それは私の本心だった。
以前彼の誘いを断ったのは、FiVEという組織に対する不信感があったからだ。新興の自警団程度にしか見えず、危機感を覚えたのだ。
強権は法によって適切に管理されるべきだ。だから、FiVEの在り方が恐ろしかった。
だが今は違う。電波障害を解決し、七星剣幹部、暴力坂乱暴を撃破し、その勢いはAAAをもしのぐ。まさに破竹の勢いという言葉がふさわしい。まだ疑問に思うことも多いが、その事実は信頼たりうる。
この組織は本当にいい覚者に恵まれたのだ。
だが知名度が上がるごとに、私の懸念していた事柄も表面化するかもしれない。
そのためには、覚者一人一人が考えないといけない。この組織は個々の判断が全てを握る。戦うことだけを考えていれば、確実に足元を掬われる。
しかしオタクのモヤシみたいな青年がそんなこと相手を知らずに伝えた所で、反感を買われるだけだ。
教職に就く人間が全て人格者たれとは私は思わないが(現に私も相当なトラブルメーカーだという自覚はある)、ある程度の信用が必要なのと一緒だ。
中さんは私の言葉に「ふむ」と一度言葉を発した後、少し考えてから口を開いた。
「分かりました。それならば」
●結局
という訳で、私はいつものワープロソフトを立ち上げている。何だかこうやって文章を打っていると、結局いつもの日々に戻った気分だ。
もっとも、学園の敷地内にさえいればいいので教授職や研究については許可された。コンピューターさえあれば出来る研究内容で良かったとつくづく思う。
……とにかく。
とりあえずそれらしい夢を見るまで私は記録に徹することにする。
このFiVEに所属する覚者達がどういう人達なのかを見極めるために、色んな事を見聞きしたい。
ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。
さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.菊本准教授と話をする
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。
~前回までのあらすじ(ストーリーの内容ではない)~
A指令「FiVE来てくださいよ准教授」
K准教授「やだ」
S部「OP作った身で言うのもなんだけど、こんな理系オタクに関わりたいPLさんいるの……? いないよね普通……」
↓
倍率2倍超え
↓
S部「えっ」
まーさみちゃん! あーそーぼ!!
今回の話は端的に言えば『PCさん語りを品部に書かせて』って話なんだ。
でもって手持ちのNPCでそういう役割が相応しかったのがこいつだけだったって話なんだ。別なキャラがいたらそいつを使ってたんだ。
そしてタイミングとして今しかなかったんだ。
さて、今回もOPで字数を超えた品部です。
中指令の名誉挽回は大事です。スーパー公務員ですから沽券がかかってる(実は中指令をやり込めたシーンはちょっとかわいそうだと思っていました)のでちょっと准教授をヒネってもらいました。
21年の沈黙を破った菊本准教授ですが、まあ彼にも責任感というものがある訳で。
信頼を築くためにも、FiVEに属する覚者達と話がしたくなったようです。
簡単に言うと先日の拙作「菊本准教授の最期」で予約者多数になったからアレの戦闘抜きバージョンをやるしかないと決意したまでです。
イベントシナリオにしようと思ったんですけど、お前はフェルマーかって言うぐらいそれを書くには余白が狭すぎる。
なので2本全く同じシナリオです。多分締切ギリギリまでお時間頂くかもですが、それでも皆さんが書きたい。
流れてもいい。ただ、できるだけ皆さんを書きたいだけなんだ。
人気があったらまた同じのやりたいからFileってタイトルについてるんだ。
さて本題に参りましょう。今回はほぼ個別描写シナリオです。ほぼ。
何でほぼなのかと言えばPLさんの選択によって個別じゃなくてもいいからです。
友達誘って准教授と遊んでもいいのですよ……。
§概要
学園内で正美の質問に答えて下さいって話です。
指令から話聞いて研究室にお邪魔してもいいですし。
基本的に自分の研究室にいますが大学のキャンパス内とかこもれびとかでも会話に応じます(プレイングで指定してください。無ければ無いでこちらで決めますが)
・正美からの質問
『貴方は何故FiVEに入ったのですか。FiVEに入った理由が無いのであれば、貴方は何故今FiVEにいるのかをお聞かせください』
質問の回答については正美が品部と一緒に誠実にかみ砕いてできるだけ誠実にコメント及びリアクションさせて頂きます。
質問に答えたら逆に彼に質問したりとか、将棋やったり研究室にあるニュートンのゆりかご眺めててもいいですよ。
悩み相談とかもしていいです。おバカな品部の中身が露出しない程度にはがんばります。
准教授に「何でそんなにロン毛なの」とか聞いてもいいです。セクハラとか嫌がらせじゃない限りはマスタリングせずに答えます。
NPC(空野旦太と大柴智子)は呼ばれれば研究室あたりにひょっこり顔出します。遊んだげてもいいのよ。
とにかく字数の許す限り埋めて下さい。
字数はキャラクターの再現度に正比例するって准教授が言ってた(嘘)
とにかく品部も字数の許す限り拾いにかかります。がんばります。
一応断っておきますが、NPCも人間なのでPCさんが彼を怒らせたり挑発的なことをすればそれ相応の態度を取ります。基本寛容な人なので、後々許しはしますが。
逆にちょっと叱られたいとか、矛盾指摘されたいとか、悩ませて苦しめたいとか、うちの子を千尋の谷に突き落としたいのをご希望の方はExプレイングかプレイングの隅っこに【殴られ希望】と書いておいてください。(※超重要。ホント重要)
品部が責任をもって准教授でジェントルに殴らせて頂きます。ちゃんとジェントルに飴も提供します(需要あるのかこれ)
ただし准教授、議論での反論は出来るけど基本は内向的なオタクなので殴る蹴るとか言葉責めとかはできませんからね……!?
§NPCデータ
菊本正美
FiVEに所属する夢見では珍しい中年男性の夢見。見た目は院生。
賢い馬鹿の准教授。だが意外と常識人。社会常識上不可解な事に会うと結構困惑する。
研究室は数学とか物理に関するおもちゃだらけでカオス。
酒煙草恋愛沙汰には無限遠に離れている所にいる。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
5日
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年02月21日
2017年02月21日
■メイン参加者 8人■

●Case01『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)
――何で初っ端からこんなことに。まあ、こんなの悪夢で見飽きたけれども。
首筋に刃物を突き付けられ、正美は溜息を吐いた。視線の先には威圧感を出すバニーガール姿の少年が一人。
彼は飛騨直斗。苗字で分かる。『彼女』の弟だ。数少ない『犠牲者』の名前なので正美も知っていた。
中指令から気を付けろとは言われていたが……。
「バニーガールが研究室に来る時点で警戒するよ。自覚無い?」
正美は低い声で言った。
「あんたこそ嗅ぎ回ってる自覚ないよね?」
「……」
「これは忠告だよ。過去を触れられたくない異常者だっている」
「あ。そ」
正美は敢えて素っ気ない言葉を選んだ。これはあくまで脅し。自分を殺したら本当に居場所が無くなると理解している筈だ。
「詮索は命を縮める。首、狩られたいの?」
「無回答も回答の内だ。本当は君が何かにつけて脅したいだけ」
「……」
「暴力の方が命を縮める。君こそ首を狩られるぞ」
「ハハハ!」
突如研究室に響く直斗の笑い声。正美はむしろそれに腰を抜かしそうになった。
「俺に説教? いい度胸だ。……気に入った」
「お褒めに預かり至極光栄だ」
「困ったことがあるなら俺も力になろう」
「じゃあ質問に答えて。答えてもらわないと困るから」
正美の斬り返しに、直斗はニヤリと笑ってから答えた。
まず経歴に関係なく所属できるから。だがそれ以上に、死んだ姉がいたからだと。臆病で意地っ張りだった彼女が命を賭してまでいたこの組織に興味があると。
「どんな『正義』を見せてくれるか気になってさ。でも、憎い敵を斬れればそれでいいよ」
「そっか」
そんな話の後、彼は去った。
「あんたが敵になるならその長髪ごと狩るからね」
最後にそう言って。
静かになった研究室の中、正美は溜息一つ。
実力だけは買う。……実力だけ。それでいい。
「困ったら、でいいか」
●Case02杠 一臣(CL2001571)
杠一臣。研究室に礼儀正しく入って来た彼を見た瞬間、正美は独特の『それ』を感じた。理系の教職をやっていると、時折見かける。
「人助けをしたかったんです」
そう一臣は言ったが正美は黙った。何せ酷くよそよそしい。しんとする研究室の中、正美は一言。
「素直に言おうか?」
深淵の中を覗き込む覚悟でハッキリ告げる。一臣の身体が、ゆらりと揺れた。
「……ふふ、教授と言うからにはばれますよね」
「それは買い被りかな」
平静は保って返したつもりだが、何かが背筋をぞっと伝った。
「ぼくの本当の目的は『血をみること』です人でも憤怒者でも覚者でも味方も敵も関係ありません血が見れればいいんです血が血を……! 資料をみてねああぼくがそこにいたらどう殺しただろうなぁって思うんですよ楽しく綺麗に鮮やかに殺さないと……」
突然饒舌になって、やっぱりと思う。こういう青年を時々見かける。酷く内向的で、興味のベクトルが一方向にしかない青年を。
彼の場合、そのベクトルは血だ。そしてそれは正美には不本意だった。
「……夢見は悪夢の中手を出すこともできず、血に染まっていく人を見てなきゃいけない」
「いいなあ羨ま」
「だから私は血が嫌いなんだ!」
一臣の身体がびくりと震えたのを見て、正美は後悔した。声を張り上げるつもりは無かったが、自分の痛みを笑われているような気がして、つい。
謝ろうとしたその瞬間、頭を大きく下げたのは一臣の方だった。
「すいません。ぼくってほんとクズですよね……」
「そこまでは……」
それから女性と付き合ったことがあるかとか、将棋について聞かれたりもしたが、得体の知れないものが纏わりついた気がして何を答えたか全く覚えていない。
一臣が帰った所で、正美は水道から冷たい水を汲んで一気に呷った。
「……要観察だな」
●Case03『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)
工藤奏空。五麟学園中等部3年。彼の名前はFiVEの管理する事件記録で見かけたことがある。確かこの間も……。
とはいえ、目の前のごく普通の少年は緊張しているようだ。視線は周囲のオモチャに囚われ気味だが。机の上にお菓子と紅茶を置き、話を始める。
彼が発現したのは中学二年生の頃。最近だ。
「覚者だから……危ないから、怖いからって前の学校を追い出されたんです。それでここに」
「酷い……」
率直な言葉が口を突いた。少し俯いていて奏空の表情は伺い知れない。
それでその後、FiVEに所属を決めたらしい。理由は人助けがしたいから。だが、本当の所は自分の存在意義を求めていたからだと。怖い、危ないと言われた力を人を救うために使いたかったのだと。
「自分の力が役に立って、嬉しかった」
本当に安堵の笑顔を見せる彼を見て、正美は思った。
彼は本当に幸運だったのだな、と。
奏空はその後もいくつもの事件に関わって、そして思った。
無知から起こる数々の悲劇を無くしたいと。その為には神秘の解明が必要だと。
「無知は恐ろしいよね」
「はい。だから俺はその力になりたくて。闇が晴れればきっと未来は明るい。俺はその礎になればいいと思ってます」
「難しい言葉を使うね」
正美は笑った。
「でも礎は地に埋まるもので、それは先人の役割だ」
「え?」
「もっといい言葉を教えよう」
正美は椅子から立ち上がると、ホワイトボードに大きく字を書いた。
魁 と。
「『さきがけ』だ。格好良くない? 鬼に斗って」
中学生の時真っ先に覚えたよ。と笑って言ったら、ようやく彼の緊張も取れたようだ。机の上の紅茶とお菓子が目に入ったようで、奏空はそれを手に取った。
その際。
「それに、好きなコも出来て」
奏空が顔を赤らめて紅茶を飲む様子に、淡々と一言。
「それ、次回詳しく」
思わず奏空は紅茶を噴き出し、正美は大爆笑した。
●Case04納屋 タヱ子(CL2000019)
「ご挨拶に来ました」
納屋タヱ子。FiVE屈指の耐久力を誇る覚者だとの評判だ、が……こんな小柄な少女が?
ぺこり、と小さな頭が下がったのを見て、正美も頭を下げた。私そんな偉くないのにと思いつつ、彼女に質問を投げかけることに。
タヱ子の目は真っ直ぐだった。
「私を信じてくれる誰かを守ることができるからです」
凛として発せられた言葉。何故か心がずきんと痛む。
「確かに、それは道義に反する道へ進んでしまう可能性のある動機なのかもしれません」
「うん」
「けれど……一度記憶を失った私にはほとんど……五麟の思い出しかありません」
「うん……」
「それを大切にするのはいけないことなのでしょうか?」
「う……」
「私はここまで強くなってしまったんです」
ざくり、と。良心に刺さった。
「あ、後戻りしたいとは……」
「後戻りした所で、私やこの街を大人の覚者達は守ってくれたでしょうか」
正美は遂に黙った。
恐れていた事が現実として目の前に横たわっている。彼女こそが『礎』だ。その小さな身体がずぶりずぶりと埋まっていく気がした。
――案の定。
「それに、私には力しかないから……」
弱さが、見えた。
「独りぼっちには……」
正美はそれに手を伸ばした。
「そこまで言葉に出来る以上、ホントは分かってる筈だ」
タヱ子の丸い目が、更に丸くなった。
「君は後戻り出来る。でも恐れが君を力へと依存させる」
「それは……」
「この際だ。更に言おう。君は独りぼっちを結果的に選んでいる。結局背負い過ぎなんだ」
「その……」
「孤立も十分依存だ。頼れない、頼らない自分を作り出して居場所を確保する。そうやって自分を追い込み、孤立し、更に依存を生む。そして潰れるまでそのサイクルを続ける。違う?」
「……私には、分かりません」
「そうだよね。強い君が『疑問という外敵』から弱い君を守っているから」
彼女な頑なだ。前向きに捉えようとはしない。
だが、彼女は言葉は発した。……疑問は彼女の意識下にある。
タヱ子の目は、僅かに揺れていた。
その小さく硬い岩に、ヒビは入れた……つもりだ。
「じゃ、宿題にしよう。YesかNoかだけでも答えを用意すること」
正美は諦めない。難しい宿題でもいつか答えを持ってきてくれることを願う。
●Case05『白い人』由比 久永(CL2000540)
由比久永。中等部3年。年齢……99歳!?
記憶済みではあるが、貰った資料を改めて見て正美は目を剥いた。……時間が狂っていると言われる自分を棚に上げて。
「かーてんを閉めてもよいかな?」
西日の差す研究室の中、言われて正美は代わりにカーテンを閉める。
久永の白い肌と髪が、目に付いた。
将棋の相手を探していた所、指令から自分を紹介されたらしい。そこでここに来たそうだ。
「所で私、皆さんにここに来た理由を聞いてまして」
将棋を指しつつ話を切り出す。ぱちんと音がしてからしばらくの沈黙の後、久永はぽつりと。
「…………成り行き、かの?」
彼が生まれたのは山奥の小さな村。当然のように、異質なものは排除される運命だ。彼は神社に隔離された。
「覚者でなくとも、このなりだからな」
「……前近代的だ」
「だが当時はそれが『普通』であったわけだから。恨んではおらぬし、自分を不幸だとは思っておらぬよ。今も昔も」
ぱちん、と。また音が響いた。
「……。……『普通』の違いですね」
「そうよの」
閑話休題。そんな彼を連れだしたのが、FiVEだったらしい。
「いきなり日の下に連れ出された時は死んだと思ったがな」
淡々とそう語る。
そして村に戻る理由も無く、行きがかり上。もし他の組織に連れ出されていたらそのまま成り行きでそこにいただろう。
「とはいえ、FiVEには感謝しておるよ」
彼はもう一人ではない。友人も仲間もいる。老い先短いが、出来る限りのことはしてやりたい。その顔にわずかに笑みを見せて彼は言った。
自分を見ている気分だ。そう思った。
違うのは……。
「王手」
「え?」
気が付けば詰んでいた。呆気に取られて久永を見る。参りましたと頭を下げると、彼は一言。
「大した理由でなくてすまぬな」
「いえ……」
大したことは、ない。相当な、理由だ。
「ところで」
「はい」
「そなた甘い物は好きか?」
そう言いつつ久永が袂から出したのは、饅頭。お茶を淹れて二人で頂くことにした。
そこで話題は再び将棋に。
「さっきの囲い、面妖よの。片矢倉とも違うが」
「ああ、ボナンザ囲いですか。使ってみたくて」
「ぼなんざ?」
久永の目が丸くなる。正美は笑って駒を取った。
「老い先短いなどと言わず、これからも是非多くのことを学んで下さい。協力します。……まずは、ボナンザから」
●Case06『機械仕掛けの狂天使』成瀬 舞(CL2001517)
成瀬舞。あの刑事の妻らしい。『精霊馬』の件については首を傾げていたので、正美としてはその点ほっとしたのだが。
「夫の誘いですね」
それがFiVEに所属した理由だとは。
FiVEって同好会だっけ?
一瞬そんな感覚にさえ襲われたが、次の瞬間彼女の口から出た言葉に絶句した。
「私、実の父に軟禁されていたんです」
「え」
彼女の父親は覚者差別主義者らしく、それで彼女は軟禁された。そこを救ってくれたのが今の夫や友人達だった。
「友達が慌てて匿ったことにすればいい」そう言って切り抜けたとか。
正美が感心を口にすると、舞は嬉しそうだった。
「だから『過去の自分』が助けられれば。そんな感じです」
「いい旦那さんだ」
「ええ、でも」
「?」
「准教授が仰っていたジレンマについては、私、特に考えていなくて」
「……ああ」
――相互理解を促す筈のFiVEの試みは、逆に新たな差別を作るのでは。その言葉か。
正美は頭を掻いた。
「あれは中さん……つまり政府に対して言ったんです。国は展望持って考えてるの? と」
今のこの組織の在り方を見ているとその疑問はある。国や非覚者は何を考えているか分からない。そう感じる。
「本当は、皆で考える問題なんでしょうけども……」
「仰る通りです」
舞の言葉に頷いて溜息一つ。
研究室内が静かになった所で舞はやおら立ち上がった。
「所で、数理物理が専門だそうで」
そこまで言って手渡されたのは、一枚の名刺。
『サイエンスライター 成瀬舞』
正美は目を輝かせた。
「是非! 准教授の研究内容を伺いたくて!」
「本当ですか!?」
「ええ!」
自分の研究内容を言うのはくすぐったかったが、舞が熱心に聞いていたのでつい延々と喋ってしまい、気付けば日もとっぷりと暮れてしまった。
――でもやっぱ、数学っていいよな。
●Case09『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)
志賀行成。大学部3年。長身の青年。研究室のドアの上部に頭を激突させたため尚更その印象が強い。俯いて頭をさすっていたが、覚者だから大丈夫だろうか?
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
傍から見ると、同い年ぐらいの二人。行成の方が大人だと正美は思う。
「学業と両立できるから、という点はありますが」
「……ああ」
一番の理由は、妖に襲われた時に助けて貰ったかららしい。その時に発現したらしいが……。
「発現したての身と戦い慣れた組織では雲泥の差だ」
「そうだね」
「ですが……少しだけ、もう少しだけ……早ければ……」
言い淀む様子に何か、朱い物が見えた気がした。
「無理には聞かないから」
「……はい」
――ちゃんと意識にあるんだ。それが痛い程分かった。
それで何かの組織に属した方が学べることが多いと思ってここに来たそうだ。
しかし、この組織で互いに意見が分かれることもあり、敵対する相手に共感することもあると言う。
正義について考えたことも、少なくないようだ。
「それでも、私が今もFiVEにいる理由は……信頼できる仲間(チーム)が出来たからだと」
「……」
「逆を言えば……誰も信用できなければここにはいなかった」
「……」
「この者達の為に力になりたい、そして、無事に生きて帰れたことを共に祝いたい。そう思える人たちのおかげで、私は前に進めているのだと思う」
空気と一緒に、心まで声が響く気がした。ずっとその声の余韻を聞いていたくて、正美は黙った。
「……強いね」
深い息を吐く行成に、お茶を勧めて正美は笑う。だが彼の茶の瞳は、また朱い何かを見つめている気がした。
「将棋?」
将棋盤が目に入ったようで、そうこぼす行成に正美は盤を持ってくる。
「お時間よろしければ、一局お相手願えますか。……少し、気持ちを落ち着かせたいもので」
「いいよ」
彼の記憶はきっと戒めだ。
でも、見つめ過ぎれば心が傷つく。そんな辛い朱は、楽しい記憶で上書きしてほしいが……正美は敢えてそれを言わない。
きっと彼なら気づく。いや、既に知っているかもしれない。
忘却は、記憶と同じぐらい大事だと。
行成の打つ手に、平静は見えない。ちょっと意地悪な気分になって、正美は大人げなく駒を進めた。
「王手」
行成の顔に、驚きが見える。正美は得意げに笑った。
「こういうミスは、覚えておくといい」
●Case16『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)
「先生!」
突然ドアが開き、正美は腰を抜かした。
如月彩吹。面識のある少女だ。何故。直後目が合う。笑ってない。彼は思わず後ずさった。
「夢見は学園外に出られないのは事実ですか?」
壁に追い詰められた所で正美は頷く。
「夢見の安全の為にって……」
彩吹の目が猛禽類の光を帯びた。……失言だったか。
「指令を殴りに行きます」
「ちょ……!」
何とかと宥めつつ、彼が彩吹と向かったのは学園の屋上。
束縛が大嫌いな彩吹の訴えは辛かった。
「助けたと思ったのに……本当は先生を苦しめたんですか?」
道中、そう言われて心が痛くなった程だ。
風に吹かれて溜息一つ。
「ありがとう」
ぼそりと言った。
「助けてくれたあの日、死を考えた。束縛されるのが怖くてね」
彩吹の目が大きく開いた。驚かせた気がして、首を静かに横に振る。
「今は違う」
「じゃあ……」
「君達に会えたから」
「え……」
「君達を誰一人欠けさせることなく、幸せな未来を見届ける。それが私の役目だと確信したから」
真っ直ぐに。でも。
「これが私の持つべき『原理』だ」
震えた声で言った。
「なら私も先生の未来を変える」
「それは嬉しいけど」
涙でぼやける視界の中、差し出された彩吹の手を彼は握り返した。
「……それは君の自由を無くす行為だ」
正美は袖で涙を拭って空を見上げた。
「それに」
空が、橙色に染まっている。
「自由は制約の中にもある。数学者はそれを知っている」
彩吹も一緒に空を仰ぐ。
「今からやるのは『それ』の証明。君なら分かる筈」
彩吹の顔に、ようやく笑顔が浮かんだ。
「指令を殴るより楽しいですね」
「……評価Sを進呈しよう」
悪ガキが二人、そこにいた。
その日、『学園敷地内上空』を黒い羽根を散らして飛ぶ覚者が目撃された。その腕に長髪の男を抱え、笑い声をあげて。
「思考は自由なんだ!」
「私も自由です!」
「じゃあ幸せだー!」
その後正美は強制的に自室に送られた。理由は学園上空を飛んだからではなく、m徹目だと判明したためだ。要は「いい加減寝ろ」という話だ。
「やー。皆さんに話聞くのも教授職も楽しくって。気付いたら『奇行』に走ってて。徹夜明けのテンションって困りますねー」
驚きの白々しさでそう語ったため中指令に呆れられ、部屋に放り込まれた訳だ。
彼はn日間微動だにせず昏々と眠り続けたらしい。(m、nは自然数とし、読者の想像に任せるものとする)
――何で初っ端からこんなことに。まあ、こんなの悪夢で見飽きたけれども。
首筋に刃物を突き付けられ、正美は溜息を吐いた。視線の先には威圧感を出すバニーガール姿の少年が一人。
彼は飛騨直斗。苗字で分かる。『彼女』の弟だ。数少ない『犠牲者』の名前なので正美も知っていた。
中指令から気を付けろとは言われていたが……。
「バニーガールが研究室に来る時点で警戒するよ。自覚無い?」
正美は低い声で言った。
「あんたこそ嗅ぎ回ってる自覚ないよね?」
「……」
「これは忠告だよ。過去を触れられたくない異常者だっている」
「あ。そ」
正美は敢えて素っ気ない言葉を選んだ。これはあくまで脅し。自分を殺したら本当に居場所が無くなると理解している筈だ。
「詮索は命を縮める。首、狩られたいの?」
「無回答も回答の内だ。本当は君が何かにつけて脅したいだけ」
「……」
「暴力の方が命を縮める。君こそ首を狩られるぞ」
「ハハハ!」
突如研究室に響く直斗の笑い声。正美はむしろそれに腰を抜かしそうになった。
「俺に説教? いい度胸だ。……気に入った」
「お褒めに預かり至極光栄だ」
「困ったことがあるなら俺も力になろう」
「じゃあ質問に答えて。答えてもらわないと困るから」
正美の斬り返しに、直斗はニヤリと笑ってから答えた。
まず経歴に関係なく所属できるから。だがそれ以上に、死んだ姉がいたからだと。臆病で意地っ張りだった彼女が命を賭してまでいたこの組織に興味があると。
「どんな『正義』を見せてくれるか気になってさ。でも、憎い敵を斬れればそれでいいよ」
「そっか」
そんな話の後、彼は去った。
「あんたが敵になるならその長髪ごと狩るからね」
最後にそう言って。
静かになった研究室の中、正美は溜息一つ。
実力だけは買う。……実力だけ。それでいい。
「困ったら、でいいか」
●Case02杠 一臣(CL2001571)
杠一臣。研究室に礼儀正しく入って来た彼を見た瞬間、正美は独特の『それ』を感じた。理系の教職をやっていると、時折見かける。
「人助けをしたかったんです」
そう一臣は言ったが正美は黙った。何せ酷くよそよそしい。しんとする研究室の中、正美は一言。
「素直に言おうか?」
深淵の中を覗き込む覚悟でハッキリ告げる。一臣の身体が、ゆらりと揺れた。
「……ふふ、教授と言うからにはばれますよね」
「それは買い被りかな」
平静は保って返したつもりだが、何かが背筋をぞっと伝った。
「ぼくの本当の目的は『血をみること』です人でも憤怒者でも覚者でも味方も敵も関係ありません血が見れればいいんです血が血を……! 資料をみてねああぼくがそこにいたらどう殺しただろうなぁって思うんですよ楽しく綺麗に鮮やかに殺さないと……」
突然饒舌になって、やっぱりと思う。こういう青年を時々見かける。酷く内向的で、興味のベクトルが一方向にしかない青年を。
彼の場合、そのベクトルは血だ。そしてそれは正美には不本意だった。
「……夢見は悪夢の中手を出すこともできず、血に染まっていく人を見てなきゃいけない」
「いいなあ羨ま」
「だから私は血が嫌いなんだ!」
一臣の身体がびくりと震えたのを見て、正美は後悔した。声を張り上げるつもりは無かったが、自分の痛みを笑われているような気がして、つい。
謝ろうとしたその瞬間、頭を大きく下げたのは一臣の方だった。
「すいません。ぼくってほんとクズですよね……」
「そこまでは……」
それから女性と付き合ったことがあるかとか、将棋について聞かれたりもしたが、得体の知れないものが纏わりついた気がして何を答えたか全く覚えていない。
一臣が帰った所で、正美は水道から冷たい水を汲んで一気に呷った。
「……要観察だな」
●Case03『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)
工藤奏空。五麟学園中等部3年。彼の名前はFiVEの管理する事件記録で見かけたことがある。確かこの間も……。
とはいえ、目の前のごく普通の少年は緊張しているようだ。視線は周囲のオモチャに囚われ気味だが。机の上にお菓子と紅茶を置き、話を始める。
彼が発現したのは中学二年生の頃。最近だ。
「覚者だから……危ないから、怖いからって前の学校を追い出されたんです。それでここに」
「酷い……」
率直な言葉が口を突いた。少し俯いていて奏空の表情は伺い知れない。
それでその後、FiVEに所属を決めたらしい。理由は人助けがしたいから。だが、本当の所は自分の存在意義を求めていたからだと。怖い、危ないと言われた力を人を救うために使いたかったのだと。
「自分の力が役に立って、嬉しかった」
本当に安堵の笑顔を見せる彼を見て、正美は思った。
彼は本当に幸運だったのだな、と。
奏空はその後もいくつもの事件に関わって、そして思った。
無知から起こる数々の悲劇を無くしたいと。その為には神秘の解明が必要だと。
「無知は恐ろしいよね」
「はい。だから俺はその力になりたくて。闇が晴れればきっと未来は明るい。俺はその礎になればいいと思ってます」
「難しい言葉を使うね」
正美は笑った。
「でも礎は地に埋まるもので、それは先人の役割だ」
「え?」
「もっといい言葉を教えよう」
正美は椅子から立ち上がると、ホワイトボードに大きく字を書いた。
魁 と。
「『さきがけ』だ。格好良くない? 鬼に斗って」
中学生の時真っ先に覚えたよ。と笑って言ったら、ようやく彼の緊張も取れたようだ。机の上の紅茶とお菓子が目に入ったようで、奏空はそれを手に取った。
その際。
「それに、好きなコも出来て」
奏空が顔を赤らめて紅茶を飲む様子に、淡々と一言。
「それ、次回詳しく」
思わず奏空は紅茶を噴き出し、正美は大爆笑した。
●Case04納屋 タヱ子(CL2000019)
「ご挨拶に来ました」
納屋タヱ子。FiVE屈指の耐久力を誇る覚者だとの評判だ、が……こんな小柄な少女が?
ぺこり、と小さな頭が下がったのを見て、正美も頭を下げた。私そんな偉くないのにと思いつつ、彼女に質問を投げかけることに。
タヱ子の目は真っ直ぐだった。
「私を信じてくれる誰かを守ることができるからです」
凛として発せられた言葉。何故か心がずきんと痛む。
「確かに、それは道義に反する道へ進んでしまう可能性のある動機なのかもしれません」
「うん」
「けれど……一度記憶を失った私にはほとんど……五麟の思い出しかありません」
「うん……」
「それを大切にするのはいけないことなのでしょうか?」
「う……」
「私はここまで強くなってしまったんです」
ざくり、と。良心に刺さった。
「あ、後戻りしたいとは……」
「後戻りした所で、私やこの街を大人の覚者達は守ってくれたでしょうか」
正美は遂に黙った。
恐れていた事が現実として目の前に横たわっている。彼女こそが『礎』だ。その小さな身体がずぶりずぶりと埋まっていく気がした。
――案の定。
「それに、私には力しかないから……」
弱さが、見えた。
「独りぼっちには……」
正美はそれに手を伸ばした。
「そこまで言葉に出来る以上、ホントは分かってる筈だ」
タヱ子の丸い目が、更に丸くなった。
「君は後戻り出来る。でも恐れが君を力へと依存させる」
「それは……」
「この際だ。更に言おう。君は独りぼっちを結果的に選んでいる。結局背負い過ぎなんだ」
「その……」
「孤立も十分依存だ。頼れない、頼らない自分を作り出して居場所を確保する。そうやって自分を追い込み、孤立し、更に依存を生む。そして潰れるまでそのサイクルを続ける。違う?」
「……私には、分かりません」
「そうだよね。強い君が『疑問という外敵』から弱い君を守っているから」
彼女な頑なだ。前向きに捉えようとはしない。
だが、彼女は言葉は発した。……疑問は彼女の意識下にある。
タヱ子の目は、僅かに揺れていた。
その小さく硬い岩に、ヒビは入れた……つもりだ。
「じゃ、宿題にしよう。YesかNoかだけでも答えを用意すること」
正美は諦めない。難しい宿題でもいつか答えを持ってきてくれることを願う。
●Case05『白い人』由比 久永(CL2000540)
由比久永。中等部3年。年齢……99歳!?
記憶済みではあるが、貰った資料を改めて見て正美は目を剥いた。……時間が狂っていると言われる自分を棚に上げて。
「かーてんを閉めてもよいかな?」
西日の差す研究室の中、言われて正美は代わりにカーテンを閉める。
久永の白い肌と髪が、目に付いた。
将棋の相手を探していた所、指令から自分を紹介されたらしい。そこでここに来たそうだ。
「所で私、皆さんにここに来た理由を聞いてまして」
将棋を指しつつ話を切り出す。ぱちんと音がしてからしばらくの沈黙の後、久永はぽつりと。
「…………成り行き、かの?」
彼が生まれたのは山奥の小さな村。当然のように、異質なものは排除される運命だ。彼は神社に隔離された。
「覚者でなくとも、このなりだからな」
「……前近代的だ」
「だが当時はそれが『普通』であったわけだから。恨んではおらぬし、自分を不幸だとは思っておらぬよ。今も昔も」
ぱちん、と。また音が響いた。
「……。……『普通』の違いですね」
「そうよの」
閑話休題。そんな彼を連れだしたのが、FiVEだったらしい。
「いきなり日の下に連れ出された時は死んだと思ったがな」
淡々とそう語る。
そして村に戻る理由も無く、行きがかり上。もし他の組織に連れ出されていたらそのまま成り行きでそこにいただろう。
「とはいえ、FiVEには感謝しておるよ」
彼はもう一人ではない。友人も仲間もいる。老い先短いが、出来る限りのことはしてやりたい。その顔にわずかに笑みを見せて彼は言った。
自分を見ている気分だ。そう思った。
違うのは……。
「王手」
「え?」
気が付けば詰んでいた。呆気に取られて久永を見る。参りましたと頭を下げると、彼は一言。
「大した理由でなくてすまぬな」
「いえ……」
大したことは、ない。相当な、理由だ。
「ところで」
「はい」
「そなた甘い物は好きか?」
そう言いつつ久永が袂から出したのは、饅頭。お茶を淹れて二人で頂くことにした。
そこで話題は再び将棋に。
「さっきの囲い、面妖よの。片矢倉とも違うが」
「ああ、ボナンザ囲いですか。使ってみたくて」
「ぼなんざ?」
久永の目が丸くなる。正美は笑って駒を取った。
「老い先短いなどと言わず、これからも是非多くのことを学んで下さい。協力します。……まずは、ボナンザから」
●Case06『機械仕掛けの狂天使』成瀬 舞(CL2001517)
成瀬舞。あの刑事の妻らしい。『精霊馬』の件については首を傾げていたので、正美としてはその点ほっとしたのだが。
「夫の誘いですね」
それがFiVEに所属した理由だとは。
FiVEって同好会だっけ?
一瞬そんな感覚にさえ襲われたが、次の瞬間彼女の口から出た言葉に絶句した。
「私、実の父に軟禁されていたんです」
「え」
彼女の父親は覚者差別主義者らしく、それで彼女は軟禁された。そこを救ってくれたのが今の夫や友人達だった。
「友達が慌てて匿ったことにすればいい」そう言って切り抜けたとか。
正美が感心を口にすると、舞は嬉しそうだった。
「だから『過去の自分』が助けられれば。そんな感じです」
「いい旦那さんだ」
「ええ、でも」
「?」
「准教授が仰っていたジレンマについては、私、特に考えていなくて」
「……ああ」
――相互理解を促す筈のFiVEの試みは、逆に新たな差別を作るのでは。その言葉か。
正美は頭を掻いた。
「あれは中さん……つまり政府に対して言ったんです。国は展望持って考えてるの? と」
今のこの組織の在り方を見ているとその疑問はある。国や非覚者は何を考えているか分からない。そう感じる。
「本当は、皆で考える問題なんでしょうけども……」
「仰る通りです」
舞の言葉に頷いて溜息一つ。
研究室内が静かになった所で舞はやおら立ち上がった。
「所で、数理物理が専門だそうで」
そこまで言って手渡されたのは、一枚の名刺。
『サイエンスライター 成瀬舞』
正美は目を輝かせた。
「是非! 准教授の研究内容を伺いたくて!」
「本当ですか!?」
「ええ!」
自分の研究内容を言うのはくすぐったかったが、舞が熱心に聞いていたのでつい延々と喋ってしまい、気付けば日もとっぷりと暮れてしまった。
――でもやっぱ、数学っていいよな。
●Case09『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)
志賀行成。大学部3年。長身の青年。研究室のドアの上部に頭を激突させたため尚更その印象が強い。俯いて頭をさすっていたが、覚者だから大丈夫だろうか?
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
傍から見ると、同い年ぐらいの二人。行成の方が大人だと正美は思う。
「学業と両立できるから、という点はありますが」
「……ああ」
一番の理由は、妖に襲われた時に助けて貰ったかららしい。その時に発現したらしいが……。
「発現したての身と戦い慣れた組織では雲泥の差だ」
「そうだね」
「ですが……少しだけ、もう少しだけ……早ければ……」
言い淀む様子に何か、朱い物が見えた気がした。
「無理には聞かないから」
「……はい」
――ちゃんと意識にあるんだ。それが痛い程分かった。
それで何かの組織に属した方が学べることが多いと思ってここに来たそうだ。
しかし、この組織で互いに意見が分かれることもあり、敵対する相手に共感することもあると言う。
正義について考えたことも、少なくないようだ。
「それでも、私が今もFiVEにいる理由は……信頼できる仲間(チーム)が出来たからだと」
「……」
「逆を言えば……誰も信用できなければここにはいなかった」
「……」
「この者達の為に力になりたい、そして、無事に生きて帰れたことを共に祝いたい。そう思える人たちのおかげで、私は前に進めているのだと思う」
空気と一緒に、心まで声が響く気がした。ずっとその声の余韻を聞いていたくて、正美は黙った。
「……強いね」
深い息を吐く行成に、お茶を勧めて正美は笑う。だが彼の茶の瞳は、また朱い何かを見つめている気がした。
「将棋?」
将棋盤が目に入ったようで、そうこぼす行成に正美は盤を持ってくる。
「お時間よろしければ、一局お相手願えますか。……少し、気持ちを落ち着かせたいもので」
「いいよ」
彼の記憶はきっと戒めだ。
でも、見つめ過ぎれば心が傷つく。そんな辛い朱は、楽しい記憶で上書きしてほしいが……正美は敢えてそれを言わない。
きっと彼なら気づく。いや、既に知っているかもしれない。
忘却は、記憶と同じぐらい大事だと。
行成の打つ手に、平静は見えない。ちょっと意地悪な気分になって、正美は大人げなく駒を進めた。
「王手」
行成の顔に、驚きが見える。正美は得意げに笑った。
「こういうミスは、覚えておくといい」
●Case16『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)
「先生!」
突然ドアが開き、正美は腰を抜かした。
如月彩吹。面識のある少女だ。何故。直後目が合う。笑ってない。彼は思わず後ずさった。
「夢見は学園外に出られないのは事実ですか?」
壁に追い詰められた所で正美は頷く。
「夢見の安全の為にって……」
彩吹の目が猛禽類の光を帯びた。……失言だったか。
「指令を殴りに行きます」
「ちょ……!」
何とかと宥めつつ、彼が彩吹と向かったのは学園の屋上。
束縛が大嫌いな彩吹の訴えは辛かった。
「助けたと思ったのに……本当は先生を苦しめたんですか?」
道中、そう言われて心が痛くなった程だ。
風に吹かれて溜息一つ。
「ありがとう」
ぼそりと言った。
「助けてくれたあの日、死を考えた。束縛されるのが怖くてね」
彩吹の目が大きく開いた。驚かせた気がして、首を静かに横に振る。
「今は違う」
「じゃあ……」
「君達に会えたから」
「え……」
「君達を誰一人欠けさせることなく、幸せな未来を見届ける。それが私の役目だと確信したから」
真っ直ぐに。でも。
「これが私の持つべき『原理』だ」
震えた声で言った。
「なら私も先生の未来を変える」
「それは嬉しいけど」
涙でぼやける視界の中、差し出された彩吹の手を彼は握り返した。
「……それは君の自由を無くす行為だ」
正美は袖で涙を拭って空を見上げた。
「それに」
空が、橙色に染まっている。
「自由は制約の中にもある。数学者はそれを知っている」
彩吹も一緒に空を仰ぐ。
「今からやるのは『それ』の証明。君なら分かる筈」
彩吹の顔に、ようやく笑顔が浮かんだ。
「指令を殴るより楽しいですね」
「……評価Sを進呈しよう」
悪ガキが二人、そこにいた。
その日、『学園敷地内上空』を黒い羽根を散らして飛ぶ覚者が目撃された。その腕に長髪の男を抱え、笑い声をあげて。
「思考は自由なんだ!」
「私も自由です!」
「じゃあ幸せだー!」
その後正美は強制的に自室に送られた。理由は学園上空を飛んだからではなく、m徹目だと判明したためだ。要は「いい加減寝ろ」という話だ。
「やー。皆さんに話聞くのも教授職も楽しくって。気付いたら『奇行』に走ってて。徹夜明けのテンションって困りますねー」
驚きの白々しさでそう語ったため中指令に呆れられ、部屋に放り込まれた訳だ。
彼はn日間微動だにせず昏々と眠り続けたらしい。(m、nは自然数とし、読者の想像に任せるものとする)
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『鮮血の亡者』
取得者:杠 一臣(CL2001571)
『先駆者』
取得者:工藤・奏空(CL2000955)
『異常者の警告』
取得者:飛騨・直斗(CL2001570)
『鎖に繋がれた人形』
取得者:成瀬 舞(CL2001517)
『或る数学者の翼』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『朱色の憂い』
取得者:志賀 行成(CL2000352)
『過去に取り残された羽』
取得者:由比 久永(CL2000540)
『惑いの盾』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
取得者:杠 一臣(CL2001571)
『先駆者』
取得者:工藤・奏空(CL2000955)
『異常者の警告』
取得者:飛騨・直斗(CL2001570)
『鎖に繋がれた人形』
取得者:成瀬 舞(CL2001517)
『或る数学者の翼』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『朱色の憂い』
取得者:志賀 行成(CL2000352)
『過去に取り残された羽』
取得者:由比 久永(CL2000540)
『惑いの盾』
取得者:納屋 タヱ子(CL2000019)
特殊成果
なし

■あとがき■
危うく寝食を忘れる事態が頻発する程に楽しい執筆でした。皆様も楽しんで頂ければ幸いです。
尚この拙作は同時納品予定のPage2と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
彼が皆様と出会って何を得たかについてはPage2でちょっと分かるかと思います。
それでは、また彼共々お会いすることがあれば。
尚この拙作は同時納品予定のPage2と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
彼が皆様と出会って何を得たかについてはPage2でちょっと分かるかと思います。
それでは、また彼共々お会いすることがあれば。
