慟哭の魔法少女
●
メインヒロインが、怪生物と化していた。
巨大な両目の間に、鼻と口がある。手足が伸縮自在で、体型も歪みまくる。
いくら魔法少女とは言え、これは変身し過ぎだろう、とは俺ならずとも思う事だ。
背景と人物の対比も不可思議で、キャラクターが巨人になったり小人になったりする。
戦闘シーンだけは妙に出来が良い、と思ったらバンクの嵐だった。
これは後世に残る、と俺は思った。
この『魔法少女クリティカル・ミナ』第146話は今後、アニオタの間で伝説的作画崩壊回として語り継がれ、ネタにされ続ける事だろう。それはそれで楽しい。
実況版は、大いに盛り上がっていた。
そのお祭り騒ぎの中、某動画投稿サイトへのリンクがひっそりと貼られているのを俺は見つけた。
そこにアップされていたのは、本来の第146話としか思えない動画であった。
二次創作の類ではない。作画も脚本も、実際に放送されたものとは雲泥の差だ。何より、声優が本物だった。
一体どういう事なのかは、何となくわかる。
すでに完成していた第146話が、大人の事情で放送出来なくなってしまったのだろう。だから急遽、作り直さなければならなかった。その結果の作画崩壊である。
投稿された本来の第146話は、アニメーターの生死が気がかりになるほど凄まじい出来栄えだった。
それを、お蔵入りにしなければならない。制作者としては、はらわたの煮えくり返る事態であろう。
違法を承知の上で、動画サイトに投稿する。その気持ちは察するに余りある。
まさに神回と言うべき第146話を、封印しなければならなかった理由。それもわかる。公式は何も言わないが、言われるまでもない事だ。
作中に、車椅子に乗った少女が登場するからだ。
●
例の動画は当然、削除された。だが1度ネットの海に放流されてしまったものを完全に消し去る事など出来はしない。
視聴した者の心に突き刺さった作品を、消し去る事など出来はしないのだ。
本来の第146話は、主人公ミナと、車椅子に乗った少女との交流を描いた物語である。
その少女が、実は魔法少女クリティカル・ミナの敵勢力『幻影楽団』の放った刺客で、ミナは苦しみながら戦いに臨む事となる。結局、最後は倒さなければならなくなる。
これは封印されるだろう、と僕は思わざるを得なかった。一億総クレーマーの国で、放送出来るわけがない。
作中で、車椅子の少女は叫んでいた。
誰も私を見てくれない。誰もが、私から目をそらせて通り過ぎる。私がいると皆、見て見ぬ振りをする。
私は、いない事にされている。
だけどミナ、貴女はこうして私を殺しに来てくれる。本気で、私と向き合ってくれる。
少女はそう笑いながら、一般市民を殺戮し続けた。
作品そのものが絶叫している、と僕は感じたものだ。
この第146話を執筆した脚本家は、あの作画崩壊回が放送された、その日に自殺をした。
動画を投稿したのも、この脚本家ではないか、と僕は思っている。
脚本家の自殺に関して、公式は何も触れない。代わりなどいくらでもいる、と言わんばかりにだ。
それも当然か、と思いながら、僕は立ち止まった。
街中である。
交差点を行き交う人々の波。その中に、おかしな姿があった。
クリティカル・ミナだった。車椅子を押して、歩いている。
その車椅子に乗っているのは当然、あの少女だ。
本来の第146話、その1シーンが再現されていた。
コスプレの類ではない。ハイクオリティ、などというレベルではない。
ミナも、車椅子の少女も、本物だった。根拠もなく、僕はそう確信していた。
道行く人々が、ちらちらと訝しげな視線を注いでくる、あるいは見て見ぬ振りをして通り過ぎようとする中。
少女の車椅子が、装着型の戦闘車両に変形してゆく。作中のシーンそのままにだ。
砲身が伸び、魔力砲撃が迸った。
街中で爆炎が立ちのぼり、大勢の人が、自動車が、砕け散りながら吹っ飛んだ。
それを止めなければならないはずのクリティカル・ミナが、逃げ惑う通行人を、魔法のステッキで片っ端から撲殺してゆく。
殺戮の舞い。僕は、それに見入った。
ミナの、美しく躍動する二の腕と太股。優雅にうねる桃色の髪、少しだけ揺れる胸。コスチュームのはためきと、純白のパンチラ。
全てが、本物だった。
「神作画……」
呆然と呟く僕に、ミナが歩み寄って来る。血まみれのステッキを携え、涙を流しながら。
私を見て。私を、いない事にしないで。
作中で車椅子の少女が叫んでいた、その言葉が、僕の脳裏に蘇った。
それは、あの脚本家の叫びでもあった。
メインヒロインが、怪生物と化していた。
巨大な両目の間に、鼻と口がある。手足が伸縮自在で、体型も歪みまくる。
いくら魔法少女とは言え、これは変身し過ぎだろう、とは俺ならずとも思う事だ。
背景と人物の対比も不可思議で、キャラクターが巨人になったり小人になったりする。
戦闘シーンだけは妙に出来が良い、と思ったらバンクの嵐だった。
これは後世に残る、と俺は思った。
この『魔法少女クリティカル・ミナ』第146話は今後、アニオタの間で伝説的作画崩壊回として語り継がれ、ネタにされ続ける事だろう。それはそれで楽しい。
実況版は、大いに盛り上がっていた。
そのお祭り騒ぎの中、某動画投稿サイトへのリンクがひっそりと貼られているのを俺は見つけた。
そこにアップされていたのは、本来の第146話としか思えない動画であった。
二次創作の類ではない。作画も脚本も、実際に放送されたものとは雲泥の差だ。何より、声優が本物だった。
一体どういう事なのかは、何となくわかる。
すでに完成していた第146話が、大人の事情で放送出来なくなってしまったのだろう。だから急遽、作り直さなければならなかった。その結果の作画崩壊である。
投稿された本来の第146話は、アニメーターの生死が気がかりになるほど凄まじい出来栄えだった。
それを、お蔵入りにしなければならない。制作者としては、はらわたの煮えくり返る事態であろう。
違法を承知の上で、動画サイトに投稿する。その気持ちは察するに余りある。
まさに神回と言うべき第146話を、封印しなければならなかった理由。それもわかる。公式は何も言わないが、言われるまでもない事だ。
作中に、車椅子に乗った少女が登場するからだ。
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例の動画は当然、削除された。だが1度ネットの海に放流されてしまったものを完全に消し去る事など出来はしない。
視聴した者の心に突き刺さった作品を、消し去る事など出来はしないのだ。
本来の第146話は、主人公ミナと、車椅子に乗った少女との交流を描いた物語である。
その少女が、実は魔法少女クリティカル・ミナの敵勢力『幻影楽団』の放った刺客で、ミナは苦しみながら戦いに臨む事となる。結局、最後は倒さなければならなくなる。
これは封印されるだろう、と僕は思わざるを得なかった。一億総クレーマーの国で、放送出来るわけがない。
作中で、車椅子の少女は叫んでいた。
誰も私を見てくれない。誰もが、私から目をそらせて通り過ぎる。私がいると皆、見て見ぬ振りをする。
私は、いない事にされている。
だけどミナ、貴女はこうして私を殺しに来てくれる。本気で、私と向き合ってくれる。
少女はそう笑いながら、一般市民を殺戮し続けた。
作品そのものが絶叫している、と僕は感じたものだ。
この第146話を執筆した脚本家は、あの作画崩壊回が放送された、その日に自殺をした。
動画を投稿したのも、この脚本家ではないか、と僕は思っている。
脚本家の自殺に関して、公式は何も触れない。代わりなどいくらでもいる、と言わんばかりにだ。
それも当然か、と思いながら、僕は立ち止まった。
街中である。
交差点を行き交う人々の波。その中に、おかしな姿があった。
クリティカル・ミナだった。車椅子を押して、歩いている。
その車椅子に乗っているのは当然、あの少女だ。
本来の第146話、その1シーンが再現されていた。
コスプレの類ではない。ハイクオリティ、などというレベルではない。
ミナも、車椅子の少女も、本物だった。根拠もなく、僕はそう確信していた。
道行く人々が、ちらちらと訝しげな視線を注いでくる、あるいは見て見ぬ振りをして通り過ぎようとする中。
少女の車椅子が、装着型の戦闘車両に変形してゆく。作中のシーンそのままにだ。
砲身が伸び、魔力砲撃が迸った。
街中で爆炎が立ちのぼり、大勢の人が、自動車が、砕け散りながら吹っ飛んだ。
それを止めなければならないはずのクリティカル・ミナが、逃げ惑う通行人を、魔法のステッキで片っ端から撲殺してゆく。
殺戮の舞い。僕は、それに見入った。
ミナの、美しく躍動する二の腕と太股。優雅にうねる桃色の髪、少しだけ揺れる胸。コスチュームのはためきと、純白のパンチラ。
全てが、本物だった。
「神作画……」
呆然と呟く僕に、ミナが歩み寄って来る。血まみれのステッキを携え、涙を流しながら。
私を見て。私を、いない事にしないで。
作中で車椅子の少女が叫んでいた、その言葉が、僕の脳裏に蘇った。
それは、あの脚本家の叫びでもあった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖2体(クリティカル・ミナ、車椅子の少女)の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の敵は、自殺した脚本家の怨念が妖化した『魔法少女クリティカル・ミナ』と『車椅子の少女』で、共に妖の心霊系ランク2。
ミナは前衛。攻撃手段は、マジカルステッキによる打撃を中心とする格闘戦(特近単)。物を破壊出来るほど濃密に凝り固まった怨念が、彼女らの身体を組成しているのです。
車椅子の少女は後衛。攻撃手段は、身体と一体化した装着型戦闘車両からの魔力砲撃。これには単発(特遠単)と連射(特遠全)の2パターンがあります。
場所は東京都内の市街地、広い交差点の中央で、時間帯は真昼。人々が逃げ惑っているところへ、夢見の情報を得た覚者の皆様が駆けつける、その場面から始めさせていただきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年07月09日
2017年07月09日
■メイン参加者 6人■

●
人の思いは、人を傷付ける。
思いを伝えようとする意志は、伝わらなければ殺す、死ぬ、というところへ容易に行き着いてしまう。
自殺した脚本家は、その典型的な例であったのだろう。
彼の思いは、本人の死後もこうして世に残り、災厄をもたらしている。
(真剣な思いを嘲笑う、ような人間には決してなりたくないけれど……)
翼を広げ、ゆったり羽ばたかせてマイナスイオンを拡散させながら宮神羽琉(CL2001381)は、面識のない脚本家に語りかけていた。
(だけど、これは違うよ。貴方は、作品に命をかけてまで……こんな事が、したかったの?)
「これからファイヴが妖を討滅します。一般の方々は速やかに避難して下さい」
妖精結界を発生させながら、『五行の橋渡し』四条理央(CL2000070)が凛とした声を響かせる。
逃げ惑う人々を落ち着かせ、冷静な避難行動へと導くのに、羽琉のマイナスイオンはいくらかでも役に立っているのだろうか。
「作品を封印される……それはきっと、このような事なのでしょうね。ものを作る方々にとっては」
路面に膝をつき、怪我人を抱き上げながら『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神伊織(CL2001603)が言った。
「最初から無かった事にされてしまう……筆舌に尽くしがたい思いでしょうが無論それは、このような殺戮暴虐を許す理由にはなり得ませんわね」
怪我人は、幼い女の子だった。爆風に吹っ飛ばされたのか、全身が血まみれである。
その死にかけた身体を膝の上に抱いたまま、伊織は癒しを念じたようだ。命力分配、である。
「他者を傷付けてまで、世に晒したいものがある……まったく表現者とは度し難い輩であると、宮神くんはお思いでして?」
「……獅子神さんは違う、と思っていますよ」
「そうありたいものですわね。さ、早くお逃げなさいな」
怪我の治った女の子が、そう言われても逃げようとしない。
「おねえちゃんも、いっしょに……」
「お姉ちゃんはね、今からステージですのよ。お子様は立ち入り禁止の過激なライブ……始まる前に、お逃げなさい」
伊織が立ち上がり、避難誘導に参加した。
「私たちはファイヴですわ! ただ今、危険な妖を討伐しておりますから皆様、慌てず騒がず迅速に避難なさって下さいませね!」
●
作画崩壊回なら『駆動戦士フリーガン』にも、放送事故レベルのものが何話かある。
それらと比べても『魔法少女クリティカル・ミナ』第146話は、破格の壊れようであった。
話題になっているので、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、この回だけを後追い視聴してみたのだ。
放送されるはずであった本来の第146話も、削除される前に見る事が出来た。
「凄かったよ。この番組ぜんぜん見てない俺でも、わかる凄さだった」
言いつつ奏空は、帝釈天の印を結んだ。
電光が迸り、車椅子の少女を直撃する。
砲身を備えた車椅子。それはもはや、装着型の戦闘車両であった。
「あれがお蔵入りで、代わりに放送されたのがアレじゃあ……やってらんないよね、確かに」
電撃に灼かれながら少女は、歯をくいしばり、奏空を睨む。
自殺した脚本家の怨念そのものの、眼光だった。
同じ目をした少女が、もう1人いる。
魔法少女クリティカル・ミナ。血まみれのマジカルステッキを振りかざし、軽やかな撲殺の舞いを披露しながら奏空に迫る。
怨念の塊であるステッキが弧を描き、襲いかかって来るのだが、奏空はかわせなかった。
ミナのスカートがひらひらと舞い上がり、下着の純白が眩しく見え隠れしているからだ。
(こ、このあからさまなパンチラで、140話も続いてるのか……)
そんな思いと共に撲殺される、寸前の奏空を『緋焔姫』焔陰凛(CL2000119)が背後に庇う。
「自分、パンチラとかにドギマギしてまう方? ハニートラップ喰ろうたらイチコロやんか」
言いつつ凛が、銘刀・朱焔でマジカルステッキを受け流す。いくらか不安定な体勢に見えるが、ハイバランサーが効いているようだ。
「女に免疫ないんやね。ハーレム物の主人公みたいな学園生活、送っとるように見えたけど」
「そ、そりゃ仲良くしてくれる女の子は何人かいますけど。パンチラ見せてくれる子なんて1人もいないから、いやそんな事よりも」
奏空は見回した。
広い交差点が、地獄絵図と化していた。
仲間たちが避難誘導をしてくれている。これ以上の犠牲者は出ないはずだ。いや、出してはならない。
「こら、とんでもないな……」
ミナと睨み合ったまま、凛が呟く。
「美少女2人組が、大量殺人……オタクはこういうの大好きかも知らんけど、あたしらから見ればシュールなだけや。放置はせえへんで」
灰色の瞳を、赤く燃え上がらせながら凛が、朱焔を一閃させた。
その斬撃を、ミナがかわす。短いスカートを、あられもなく舞い上がらせながらだ。
そこへ、
「めっ……女の子だから、ちゃんと隠す」
巨大な戦斧が襲いかかる。『清純派の可能性を秘めしもの』神々楽黄泉(CL2001332)が、超燕潰しを振るったところだ。
その斬撃を、ミナが辛うじてかわす。
黄泉と並んで魔法少女と対峙したまま、凛が言った。
「自分もずいぶん短いスカート穿いとるやん。ちゃんと隠してへんのとちゃう?」
「見えそで見えない振り付け、習った。獅子神に」
「ふふふ、そういう事ですわ」
伊織が、会話と戦闘に加わってきた。避難誘導は終わったようだ。
「見えそで見えない伊織流アイドルダンス、凛さんにも伝授して差し上げましょうか?」
「ええって。あたしミニスカとか穿かれへんし」
「穿いたら穿いたで貴女、丸見えお構いなしですものね」
「あたしのパンチラなんて需要あるかいな。喜んでくれるの奏空くらいやでえ、なあ?」
「パンチラの話はもういいから!」
悲鳴を上げながら、奏空は吹っ飛んだ。
車椅子の少女が、電撃の痺れに抗うように砲身を震わせ、魔力弾を放ったところである。
奏空は直撃を喰らって宙を舞い、錐揉み状に回転しながらアスファルトに激突した。
羽琉が傍にふわりと降り立ち、気遣ってくれる。
「……工藤くん、大丈夫?」
「平気……でもないけど、あの子たちの攻撃は俺たちが全部受け止めなきゃね」
奏空は、むくりと身を起こした。頭から、ぼたぼたと大量の鮮血が滴り落ちる。
その頭が突然、潤しの滴に包まれた。
「周りに被害を及ぼさないため……だからって、無茶をしたら駄目だよ」
治療術式をもたらしながら、理央が進み出て来る。
「うっかり死んじゃったら、もうこの先……誰も、助けられなくなっちゃうんだから」
「おっ委員長、来た。これで勝ち確定や」
黄泉と2人でミナを牽制しながら、凛が言う。
「避難誘導の方、もう大丈夫なん?」
「この区域にいるのはボクたちだけ、あとは災害の元凶を排除するだけだよ。それとね、委員長じゃないから」
理央に1つ愛称を付けるとしたら委員長しかないだろう、とは奏空も密かに思うところであった。
●
「さて、じゃあ戦闘シーン続行しようか……君らの相手は俺たちだよ。思いきり、見せ場を作るといい」
奏空が立ち上がり、大太刀を構え、魔法少女たちに向かって言い放つ。
アニメの戦闘シーンとは多くの場合、世界の命運あるいは大勢の人々の生死が決定付けられる重要な局面であって、パンチラを見せたり胸を揺らしたりしている場合ではないはずであった。
なのにミナの胸は、露骨にではないにせよ揺れている。
「そういうの…………めっ」
黄泉の胸は、いくら激しく動いても微動だにしない。
それはともかく黄泉は、小さな両手で大斧を猛回転させた。
殴りかかって来たマジカルステッキが、その回転撃に弾かれる。ミナの体勢が、のけぞり崩れる。
そこへ凛が、炎まとう刃を叩き込んだ。豪炎撃。
「めっちゃムカついとるか喜んどるか、どっちかやなあ黄泉」
炎の斬撃に怯む事なくステッキを構えるミナに、油断なく眼光を向けたまま凛は言った。
「アホ毛、ぴょんぴょこ跳ねとるでえ」
「両方。新しく超燕潰し使えるの、嬉しい。だけど意味なく胸、揺らす人いるの……許せない」
「……そう睨まんといて。しゃあないやん、あたしかて好きで揺らしとるワケやなし。気がついたら、揺れるほどのサイズになってもうたんや。大丈夫、黄泉も大きゅうなるて。まだ小学生やもの、これからこれから」
「……私、19歳」
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛! 推して参る! オラかかってきぃやマジカル何たらゆうの!」
凛が、勢いでごまかしにかかった。
「最初っからおらん事にされたんが悔しいて? けどなあ、あたしアニオタとちゃうからアンタらの事なんて知らん。最初っからおらんのと同じや」
「凛さん、だけじゃない……君たちが傷付け、命を奪った、大勢の人たち」
羽琉の言葉に合わせて、霧が生じた。迷霧だった。
「作品が世に出たとしても、触れたかどうか定かではない人ばかり……そんな人たちに無理矢理、自分の作品を押し付けるなんて」
妖の少女2人に、ではなく死せる脚本家に、羽琉は語りかけているようだった。
「……悪いけど僕は、貴方とは決して向き合えない。貴方の作品を、見たいとも思わない」
「そういう人たちに、無理矢理にでも自分の作品を見せつけたい……行き着く所は、そこなのかもね。物書きの人たちって」
言いつつ理央が、1枚の符を掲げる。
その符が発火し、燃え上がった。
灰を蹴散らすようにして火焔連弾が発射され、車椅子の少女を直撃する。
声なき悲鳴を発する少女が、装着型戦闘車両もろとも、羽琉の迷霧に締め上げられる。
その様を見据えながら、理央は言った。
「もう死んじゃってるから、生活を守るために色々我慢する必要もない。人に迷惑かけながら思う存分、表現の自由を行使出来るってわけ……まったく、物書きって人種は」
●
「俺は、君たちを見てくれる人は絶対いると思う。その人たちまで殺しちゃって、どうするんだよ!」
奏空が叫び、踏み込む。大太刀が電光を帯び、刺突の形に一閃する。
それは、まるで雷の矢であった。雷帝インドラの矢。
その一撃が、迷霧に縛られた妖の少女2名を貫通する。
次に踏み込んだのは、凛であった。
「あたしは、痛々しい構ってちゃんをわざわざ見たりせぇへんよ……」
銘刀・朱焔が、気合いに合わせて疾風・閃光と化す。
「悔しかったら刻んでみぃ、あたしの記憶に! あんたらのいる証っちゅうもんを!」
それがミナを、車椅子の少女を、ひとまとめに穿ち貫いた。
「焔陰流……穿光や」
「次は、私。鎧どぉーしぃー」
声を発した黄泉、以外の全員が、その場にへなへなと崩れ落ちた。
浮遊していた羽琉が、墜落して来る。
脱力しつつも、伊織は助け起こした。
「みっ宮神くん、大丈夫でして?」
「だ、大丈夫です……すみません、つい力が抜けて」
「こ、これは……神々楽さんには、振り付けだけでなく発声を教えて差し上げる必要がありそうですわね」
「け、けど、この脱力系ボイスにも一定の需要はありそうやで」
凛がそんな事を言っている間にも、黄泉の鎧通しはミナを貫通し、車椅子の少女にまで及んでいた。発声はともかく、技に込められた気合いは本物だ。
少女2人の姿を組成している怨念の霊体が、立て続けの貫通攻撃を受けて苦しげに揺らぐ。
エネミースキャンを行っていた奏空が、声を上げる。
「よし、効いてる……あっいけない、攻撃来るよ!」
戦闘車両と化した車椅子が、砲撃を迸らせていた。
魔力と怨念の砲弾が、凄まじい勢いで連射・速射されて降り注ぐ。
黄泉が吹っ飛んだ。凛が膝をつき、奏空が倒れる。
羽琉が翼を広げ、伊織を庇ってくれた。が、2人まとめて砲撃に打ち倒されてしまう。
「うっ……ぐ……」
伊織は血を吐いた。体内のどこかが、破裂したようである。
次の瞬間。その破裂箇所に思いきり傷薬をぶちまけられたかのような激痛が生じた。
理央が、血まみれになりながらも符を掲げていた。
その符が砕け散って水分の粒子と化し、凝集して雲を成し、潤しの雨を降らせたところである。
「攻撃と、回復……スイッチの切り替えは、慣れた事だよ」
破裂箇所が、麻酔なしで治療されてゆく。その痛みに耐えながら、伊織は無理矢理に笑って見せた。
「た……助かりましたわ、委員長さん。では私も」
「だから! 委員長じゃないって」
理央の抗議を無視しながら、伊織は癒しを念じ、ふわりと身を翻した。
軽やかな舞いが、癒しの力を振りまいた。癒力活性。
負傷者全員が、女性覚者2名による術式治療を受けて立ち上がる。
理央が、じっと伊織を見つめた。
「割と新米の人かと思ってたけど……やるものだね。だけど本調子じゃない感じ。もしかして、怪我か病気?」
「……過去に、ね。色々ありましたの」
今ここで、不幸自慢のように語る事でもなかった。
●
死んで妖になるような者には、それ相応の事情があるに決まっている。気にかけていたら、覚者など務まりはしない。
「言い分は聞かへんで。あたしはなぁ、悪い事する悪い子は嫌いやねん。せやからブッちめる、それだけや!」
怒りの気合いを込めて、凛は朱焔を一閃させた。
傍目には一閃だが、朱焔の刃は3度連続でミナの身体に叩き込まれている。
「焔陰流……煌焔。これで死ぬほど反省しいや。ちゅうか、もう死んどるんやっけ」
「いえ、まだ生きておりますわ。魔法少女の形をした、怨念と渇望の念が」
伊織の言葉通りミナは、全身から血飛沫の如く霊気の粒子を噴出させながらも踏み込んで来る。涙を流しながら、両手でステッキを振るう。
死神が鎌を振り下ろす様にも似た一撃。
質量を有するほどに濃密な怨念が、凛の全身を殴打する。
「ぐうッ……!」
血を吐きながら、凛は倒れた。
庇うように、伊織が前衛に飛び出して来る。
「アイドルとアニメヒロイン……立場は違えど私たちは共に、見る人たちを楽しませる事が使命であり矜持であるはず。ねえ、違いまして!?」
言葉と共に、伊織がレグルスを振るう。ステージパフォーマンスで、ギタリストがギターを叩き壊すように。
「忘れたなら見せて差し上げますわ。これが、私の矜持!」
猛の一撃だった。
それに調子を合わせるかの如く、
「黄ー泉ーク、ラー、ッシュー」
どこからか跳躍した黄泉が、落雷の如く降って来た。
女性覚者2名による攻撃が、魔法少女を粉砕する。
一方、もう1人の少女も。
「火と植物の弾丸コンボ……しっかり、受け止めてよね」
理央の優美な手先から飛ばされた符を貼られ、硬直していた。
その符から、無数の茨が生え溢れ、装着型戦闘車両もろとも少女を縛り切り裂いてゆく。
そこへ狙いを定めるが如く、奏空が帝釈天の印を結ぶ。
「動画はもう削除されちゃったけど、あれが本物の……君たちの、物語。ファンの心には、きっと届いてるから……俺も、君たちとの戦い! 心に焼き付けるから!」
「僕は……悪いけど、駄目だよ。君たちの存在を、工藤くんみたいに肯定的に捉える事は出来ない」
羽琉が、存在しない弓矢を引いている。
「……だから、否定させてもらうよ」
「宮神くん、無理はしないで」
奏空は言った。
「相手は妖、とは言っても感覚としては……人殺し、みたいなものだよね。だから」
「確かに人殺しは嫌だけど……汚れ役を誰かに押し付けて自分は綺麗事、なんていうのはもっと嫌だから」
バチッ……と微かな放電が起こった。
存在しない弓矢が、電撃の光として顕現し始めている。
「僕は大丈夫。合わせよう、工藤くん」
「……わかった!」
帝釈天の印から、電光が迸る。
同時に羽琉が、雷の矢を放つ。
覚者2人分の、雷獣であった。
装着型戦闘車両が、砕け散る。
そこから解放されたかのように、少女の姿が薄れてゆく。
粉砕されたミナが、きらきらと霊気の粒子に変わりながら、寄り添ってゆく。
もはや妖ではなくなった2人の少女が、最後に微笑んだようだった。
そして、消えた。
「もう出て来たらあかんで。次はもっとキッツイお仕置きになるさかいな」
凛は、届かぬ言葉をかけた。
「……反省したか? ま、あたしはあんたらを忘れへん。刃交えた相手の事やしな」
「反省は、してないと思うよ」
潤しの滴を凛に降らせながら、理央が言った。
「反省っていうのは、次へ繋げるためのもの。だけど死んじゃった人に次なんてないからね……お蔵入りになっていたもの、盛大にぶちまけて満足しながら消えていったんじゃないかな。物書きの1人満足に付き合わされた方は、たまったものじゃないどね」
「……委員長キツいわ、言う事」
「だから! 委員長じゃないって」
そんな会話の傍らで、伊織が鎮魂の『こもりうた』を歌っている。
「はあ……地下アイドルっちゅうても、さすがプロやな。あたしらとは発声からして全然違うわ」
「私、貴女のステージは大好きでしてよ」
歌い終えた伊織が、微笑んだ。
「良い意味で荒削りな、とっても原始的なライブ。聴いていると元気になれますわ」
「……ま、お互い刺激し合うとるっちゅう事で」
「ねえ、ねぇ」
黄泉が言った。
「その、消されちゃった、お話……もう、見れない? あの子たち、ただ見て欲しかっただけ……その、お願い、叶えてあげられたらって」
「うーむ」
スマートフォン片手に、奏空が難しい顔をしている。
「削除されてた動画、またアップされてる。今なら見れるけど」
「そ、それって違法視聴になるんじゃ」
羽琉はそう言うが、見られるものならば見て構うまいと凛は思う。
だが、特に見たいとは思わなかった。
人の思いは、人を傷付ける。
思いを伝えようとする意志は、伝わらなければ殺す、死ぬ、というところへ容易に行き着いてしまう。
自殺した脚本家は、その典型的な例であったのだろう。
彼の思いは、本人の死後もこうして世に残り、災厄をもたらしている。
(真剣な思いを嘲笑う、ような人間には決してなりたくないけれど……)
翼を広げ、ゆったり羽ばたかせてマイナスイオンを拡散させながら宮神羽琉(CL2001381)は、面識のない脚本家に語りかけていた。
(だけど、これは違うよ。貴方は、作品に命をかけてまで……こんな事が、したかったの?)
「これからファイヴが妖を討滅します。一般の方々は速やかに避難して下さい」
妖精結界を発生させながら、『五行の橋渡し』四条理央(CL2000070)が凛とした声を響かせる。
逃げ惑う人々を落ち着かせ、冷静な避難行動へと導くのに、羽琉のマイナスイオンはいくらかでも役に立っているのだろうか。
「作品を封印される……それはきっと、このような事なのでしょうね。ものを作る方々にとっては」
路面に膝をつき、怪我人を抱き上げながら『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神伊織(CL2001603)が言った。
「最初から無かった事にされてしまう……筆舌に尽くしがたい思いでしょうが無論それは、このような殺戮暴虐を許す理由にはなり得ませんわね」
怪我人は、幼い女の子だった。爆風に吹っ飛ばされたのか、全身が血まみれである。
その死にかけた身体を膝の上に抱いたまま、伊織は癒しを念じたようだ。命力分配、である。
「他者を傷付けてまで、世に晒したいものがある……まったく表現者とは度し難い輩であると、宮神くんはお思いでして?」
「……獅子神さんは違う、と思っていますよ」
「そうありたいものですわね。さ、早くお逃げなさいな」
怪我の治った女の子が、そう言われても逃げようとしない。
「おねえちゃんも、いっしょに……」
「お姉ちゃんはね、今からステージですのよ。お子様は立ち入り禁止の過激なライブ……始まる前に、お逃げなさい」
伊織が立ち上がり、避難誘導に参加した。
「私たちはファイヴですわ! ただ今、危険な妖を討伐しておりますから皆様、慌てず騒がず迅速に避難なさって下さいませね!」
●
作画崩壊回なら『駆動戦士フリーガン』にも、放送事故レベルのものが何話かある。
それらと比べても『魔法少女クリティカル・ミナ』第146話は、破格の壊れようであった。
話題になっているので、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)は、この回だけを後追い視聴してみたのだ。
放送されるはずであった本来の第146話も、削除される前に見る事が出来た。
「凄かったよ。この番組ぜんぜん見てない俺でも、わかる凄さだった」
言いつつ奏空は、帝釈天の印を結んだ。
電光が迸り、車椅子の少女を直撃する。
砲身を備えた車椅子。それはもはや、装着型の戦闘車両であった。
「あれがお蔵入りで、代わりに放送されたのがアレじゃあ……やってらんないよね、確かに」
電撃に灼かれながら少女は、歯をくいしばり、奏空を睨む。
自殺した脚本家の怨念そのものの、眼光だった。
同じ目をした少女が、もう1人いる。
魔法少女クリティカル・ミナ。血まみれのマジカルステッキを振りかざし、軽やかな撲殺の舞いを披露しながら奏空に迫る。
怨念の塊であるステッキが弧を描き、襲いかかって来るのだが、奏空はかわせなかった。
ミナのスカートがひらひらと舞い上がり、下着の純白が眩しく見え隠れしているからだ。
(こ、このあからさまなパンチラで、140話も続いてるのか……)
そんな思いと共に撲殺される、寸前の奏空を『緋焔姫』焔陰凛(CL2000119)が背後に庇う。
「自分、パンチラとかにドギマギしてまう方? ハニートラップ喰ろうたらイチコロやんか」
言いつつ凛が、銘刀・朱焔でマジカルステッキを受け流す。いくらか不安定な体勢に見えるが、ハイバランサーが効いているようだ。
「女に免疫ないんやね。ハーレム物の主人公みたいな学園生活、送っとるように見えたけど」
「そ、そりゃ仲良くしてくれる女の子は何人かいますけど。パンチラ見せてくれる子なんて1人もいないから、いやそんな事よりも」
奏空は見回した。
広い交差点が、地獄絵図と化していた。
仲間たちが避難誘導をしてくれている。これ以上の犠牲者は出ないはずだ。いや、出してはならない。
「こら、とんでもないな……」
ミナと睨み合ったまま、凛が呟く。
「美少女2人組が、大量殺人……オタクはこういうの大好きかも知らんけど、あたしらから見ればシュールなだけや。放置はせえへんで」
灰色の瞳を、赤く燃え上がらせながら凛が、朱焔を一閃させた。
その斬撃を、ミナがかわす。短いスカートを、あられもなく舞い上がらせながらだ。
そこへ、
「めっ……女の子だから、ちゃんと隠す」
巨大な戦斧が襲いかかる。『清純派の可能性を秘めしもの』神々楽黄泉(CL2001332)が、超燕潰しを振るったところだ。
その斬撃を、ミナが辛うじてかわす。
黄泉と並んで魔法少女と対峙したまま、凛が言った。
「自分もずいぶん短いスカート穿いとるやん。ちゃんと隠してへんのとちゃう?」
「見えそで見えない振り付け、習った。獅子神に」
「ふふふ、そういう事ですわ」
伊織が、会話と戦闘に加わってきた。避難誘導は終わったようだ。
「見えそで見えない伊織流アイドルダンス、凛さんにも伝授して差し上げましょうか?」
「ええって。あたしミニスカとか穿かれへんし」
「穿いたら穿いたで貴女、丸見えお構いなしですものね」
「あたしのパンチラなんて需要あるかいな。喜んでくれるの奏空くらいやでえ、なあ?」
「パンチラの話はもういいから!」
悲鳴を上げながら、奏空は吹っ飛んだ。
車椅子の少女が、電撃の痺れに抗うように砲身を震わせ、魔力弾を放ったところである。
奏空は直撃を喰らって宙を舞い、錐揉み状に回転しながらアスファルトに激突した。
羽琉が傍にふわりと降り立ち、気遣ってくれる。
「……工藤くん、大丈夫?」
「平気……でもないけど、あの子たちの攻撃は俺たちが全部受け止めなきゃね」
奏空は、むくりと身を起こした。頭から、ぼたぼたと大量の鮮血が滴り落ちる。
その頭が突然、潤しの滴に包まれた。
「周りに被害を及ぼさないため……だからって、無茶をしたら駄目だよ」
治療術式をもたらしながら、理央が進み出て来る。
「うっかり死んじゃったら、もうこの先……誰も、助けられなくなっちゃうんだから」
「おっ委員長、来た。これで勝ち確定や」
黄泉と2人でミナを牽制しながら、凛が言う。
「避難誘導の方、もう大丈夫なん?」
「この区域にいるのはボクたちだけ、あとは災害の元凶を排除するだけだよ。それとね、委員長じゃないから」
理央に1つ愛称を付けるとしたら委員長しかないだろう、とは奏空も密かに思うところであった。
●
「さて、じゃあ戦闘シーン続行しようか……君らの相手は俺たちだよ。思いきり、見せ場を作るといい」
奏空が立ち上がり、大太刀を構え、魔法少女たちに向かって言い放つ。
アニメの戦闘シーンとは多くの場合、世界の命運あるいは大勢の人々の生死が決定付けられる重要な局面であって、パンチラを見せたり胸を揺らしたりしている場合ではないはずであった。
なのにミナの胸は、露骨にではないにせよ揺れている。
「そういうの…………めっ」
黄泉の胸は、いくら激しく動いても微動だにしない。
それはともかく黄泉は、小さな両手で大斧を猛回転させた。
殴りかかって来たマジカルステッキが、その回転撃に弾かれる。ミナの体勢が、のけぞり崩れる。
そこへ凛が、炎まとう刃を叩き込んだ。豪炎撃。
「めっちゃムカついとるか喜んどるか、どっちかやなあ黄泉」
炎の斬撃に怯む事なくステッキを構えるミナに、油断なく眼光を向けたまま凛は言った。
「アホ毛、ぴょんぴょこ跳ねとるでえ」
「両方。新しく超燕潰し使えるの、嬉しい。だけど意味なく胸、揺らす人いるの……許せない」
「……そう睨まんといて。しゃあないやん、あたしかて好きで揺らしとるワケやなし。気がついたら、揺れるほどのサイズになってもうたんや。大丈夫、黄泉も大きゅうなるて。まだ小学生やもの、これからこれから」
「……私、19歳」
「焔陰流21代目(予定)焔陰凛! 推して参る! オラかかってきぃやマジカル何たらゆうの!」
凛が、勢いでごまかしにかかった。
「最初っからおらん事にされたんが悔しいて? けどなあ、あたしアニオタとちゃうからアンタらの事なんて知らん。最初っからおらんのと同じや」
「凛さん、だけじゃない……君たちが傷付け、命を奪った、大勢の人たち」
羽琉の言葉に合わせて、霧が生じた。迷霧だった。
「作品が世に出たとしても、触れたかどうか定かではない人ばかり……そんな人たちに無理矢理、自分の作品を押し付けるなんて」
妖の少女2人に、ではなく死せる脚本家に、羽琉は語りかけているようだった。
「……悪いけど僕は、貴方とは決して向き合えない。貴方の作品を、見たいとも思わない」
「そういう人たちに、無理矢理にでも自分の作品を見せつけたい……行き着く所は、そこなのかもね。物書きの人たちって」
言いつつ理央が、1枚の符を掲げる。
その符が発火し、燃え上がった。
灰を蹴散らすようにして火焔連弾が発射され、車椅子の少女を直撃する。
声なき悲鳴を発する少女が、装着型戦闘車両もろとも、羽琉の迷霧に締め上げられる。
その様を見据えながら、理央は言った。
「もう死んじゃってるから、生活を守るために色々我慢する必要もない。人に迷惑かけながら思う存分、表現の自由を行使出来るってわけ……まったく、物書きって人種は」
●
「俺は、君たちを見てくれる人は絶対いると思う。その人たちまで殺しちゃって、どうするんだよ!」
奏空が叫び、踏み込む。大太刀が電光を帯び、刺突の形に一閃する。
それは、まるで雷の矢であった。雷帝インドラの矢。
その一撃が、迷霧に縛られた妖の少女2名を貫通する。
次に踏み込んだのは、凛であった。
「あたしは、痛々しい構ってちゃんをわざわざ見たりせぇへんよ……」
銘刀・朱焔が、気合いに合わせて疾風・閃光と化す。
「悔しかったら刻んでみぃ、あたしの記憶に! あんたらのいる証っちゅうもんを!」
それがミナを、車椅子の少女を、ひとまとめに穿ち貫いた。
「焔陰流……穿光や」
「次は、私。鎧どぉーしぃー」
声を発した黄泉、以外の全員が、その場にへなへなと崩れ落ちた。
浮遊していた羽琉が、墜落して来る。
脱力しつつも、伊織は助け起こした。
「みっ宮神くん、大丈夫でして?」
「だ、大丈夫です……すみません、つい力が抜けて」
「こ、これは……神々楽さんには、振り付けだけでなく発声を教えて差し上げる必要がありそうですわね」
「け、けど、この脱力系ボイスにも一定の需要はありそうやで」
凛がそんな事を言っている間にも、黄泉の鎧通しはミナを貫通し、車椅子の少女にまで及んでいた。発声はともかく、技に込められた気合いは本物だ。
少女2人の姿を組成している怨念の霊体が、立て続けの貫通攻撃を受けて苦しげに揺らぐ。
エネミースキャンを行っていた奏空が、声を上げる。
「よし、効いてる……あっいけない、攻撃来るよ!」
戦闘車両と化した車椅子が、砲撃を迸らせていた。
魔力と怨念の砲弾が、凄まじい勢いで連射・速射されて降り注ぐ。
黄泉が吹っ飛んだ。凛が膝をつき、奏空が倒れる。
羽琉が翼を広げ、伊織を庇ってくれた。が、2人まとめて砲撃に打ち倒されてしまう。
「うっ……ぐ……」
伊織は血を吐いた。体内のどこかが、破裂したようである。
次の瞬間。その破裂箇所に思いきり傷薬をぶちまけられたかのような激痛が生じた。
理央が、血まみれになりながらも符を掲げていた。
その符が砕け散って水分の粒子と化し、凝集して雲を成し、潤しの雨を降らせたところである。
「攻撃と、回復……スイッチの切り替えは、慣れた事だよ」
破裂箇所が、麻酔なしで治療されてゆく。その痛みに耐えながら、伊織は無理矢理に笑って見せた。
「た……助かりましたわ、委員長さん。では私も」
「だから! 委員長じゃないって」
理央の抗議を無視しながら、伊織は癒しを念じ、ふわりと身を翻した。
軽やかな舞いが、癒しの力を振りまいた。癒力活性。
負傷者全員が、女性覚者2名による術式治療を受けて立ち上がる。
理央が、じっと伊織を見つめた。
「割と新米の人かと思ってたけど……やるものだね。だけど本調子じゃない感じ。もしかして、怪我か病気?」
「……過去に、ね。色々ありましたの」
今ここで、不幸自慢のように語る事でもなかった。
●
死んで妖になるような者には、それ相応の事情があるに決まっている。気にかけていたら、覚者など務まりはしない。
「言い分は聞かへんで。あたしはなぁ、悪い事する悪い子は嫌いやねん。せやからブッちめる、それだけや!」
怒りの気合いを込めて、凛は朱焔を一閃させた。
傍目には一閃だが、朱焔の刃は3度連続でミナの身体に叩き込まれている。
「焔陰流……煌焔。これで死ぬほど反省しいや。ちゅうか、もう死んどるんやっけ」
「いえ、まだ生きておりますわ。魔法少女の形をした、怨念と渇望の念が」
伊織の言葉通りミナは、全身から血飛沫の如く霊気の粒子を噴出させながらも踏み込んで来る。涙を流しながら、両手でステッキを振るう。
死神が鎌を振り下ろす様にも似た一撃。
質量を有するほどに濃密な怨念が、凛の全身を殴打する。
「ぐうッ……!」
血を吐きながら、凛は倒れた。
庇うように、伊織が前衛に飛び出して来る。
「アイドルとアニメヒロイン……立場は違えど私たちは共に、見る人たちを楽しませる事が使命であり矜持であるはず。ねえ、違いまして!?」
言葉と共に、伊織がレグルスを振るう。ステージパフォーマンスで、ギタリストがギターを叩き壊すように。
「忘れたなら見せて差し上げますわ。これが、私の矜持!」
猛の一撃だった。
それに調子を合わせるかの如く、
「黄ー泉ーク、ラー、ッシュー」
どこからか跳躍した黄泉が、落雷の如く降って来た。
女性覚者2名による攻撃が、魔法少女を粉砕する。
一方、もう1人の少女も。
「火と植物の弾丸コンボ……しっかり、受け止めてよね」
理央の優美な手先から飛ばされた符を貼られ、硬直していた。
その符から、無数の茨が生え溢れ、装着型戦闘車両もろとも少女を縛り切り裂いてゆく。
そこへ狙いを定めるが如く、奏空が帝釈天の印を結ぶ。
「動画はもう削除されちゃったけど、あれが本物の……君たちの、物語。ファンの心には、きっと届いてるから……俺も、君たちとの戦い! 心に焼き付けるから!」
「僕は……悪いけど、駄目だよ。君たちの存在を、工藤くんみたいに肯定的に捉える事は出来ない」
羽琉が、存在しない弓矢を引いている。
「……だから、否定させてもらうよ」
「宮神くん、無理はしないで」
奏空は言った。
「相手は妖、とは言っても感覚としては……人殺し、みたいなものだよね。だから」
「確かに人殺しは嫌だけど……汚れ役を誰かに押し付けて自分は綺麗事、なんていうのはもっと嫌だから」
バチッ……と微かな放電が起こった。
存在しない弓矢が、電撃の光として顕現し始めている。
「僕は大丈夫。合わせよう、工藤くん」
「……わかった!」
帝釈天の印から、電光が迸る。
同時に羽琉が、雷の矢を放つ。
覚者2人分の、雷獣であった。
装着型戦闘車両が、砕け散る。
そこから解放されたかのように、少女の姿が薄れてゆく。
粉砕されたミナが、きらきらと霊気の粒子に変わりながら、寄り添ってゆく。
もはや妖ではなくなった2人の少女が、最後に微笑んだようだった。
そして、消えた。
「もう出て来たらあかんで。次はもっとキッツイお仕置きになるさかいな」
凛は、届かぬ言葉をかけた。
「……反省したか? ま、あたしはあんたらを忘れへん。刃交えた相手の事やしな」
「反省は、してないと思うよ」
潤しの滴を凛に降らせながら、理央が言った。
「反省っていうのは、次へ繋げるためのもの。だけど死んじゃった人に次なんてないからね……お蔵入りになっていたもの、盛大にぶちまけて満足しながら消えていったんじゃないかな。物書きの1人満足に付き合わされた方は、たまったものじゃないどね」
「……委員長キツいわ、言う事」
「だから! 委員長じゃないって」
そんな会話の傍らで、伊織が鎮魂の『こもりうた』を歌っている。
「はあ……地下アイドルっちゅうても、さすがプロやな。あたしらとは発声からして全然違うわ」
「私、貴女のステージは大好きでしてよ」
歌い終えた伊織が、微笑んだ。
「良い意味で荒削りな、とっても原始的なライブ。聴いていると元気になれますわ」
「……ま、お互い刺激し合うとるっちゅう事で」
「ねえ、ねぇ」
黄泉が言った。
「その、消されちゃった、お話……もう、見れない? あの子たち、ただ見て欲しかっただけ……その、お願い、叶えてあげられたらって」
「うーむ」
スマートフォン片手に、奏空が難しい顔をしている。
「削除されてた動画、またアップされてる。今なら見れるけど」
「そ、それって違法視聴になるんじゃ」
羽琉はそう言うが、見られるものならば見て構うまいと凛は思う。
だが、特に見たいとは思わなかった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
