丑の刻 人を呪った女達
●人を呪わば穴二つ
丑の刻参り。
丑の刻(一時から三時)の間に神社の神木に呪いたい相手を思いながら藁人形を打ち付ける儀式である。通じて七日間この儀式を行えば相手は死ぬというものだが、途中で儀式を見られたら呪いの効果が消えるというという。
「殺す……私の篤史さんを誑かしたあの女、殺してやる」
白装束に身を纏い、髪を振り乱した女性が神社に向かって歩いていた。頭には鉄輪を被ってロウソクを三本立て、顔に白粉を塗り建てている。胸に鏡をつるし、手には五寸釘と藁人形を手にしていた。
憎む相手は会社の後輩だ。相思相愛(と勝手に思い込んでいた)篤史さんなる会社の同僚と後輩が結婚すると聞いたのが数日前。それから毎日ここで五寸釘を打ち込んでいた。今日で五日目。あと二日だ。あの女を殺した後は、篤史さんを説得しなくては。別荘に連れ込んで二人だけで話し合おう。睡眠薬と手錠は家にある。問題ない。
そんな問題だらけのことを考えながら神社の石段を上がっていくと、コーンという音が聞こえてきた。何かを強く打ち付けるような音だ。しかもいつも藁人形を打ち付けている御神木の方から聞こえてくる。
なんだろう。こんな時間に迷惑な。そう思いながら女性は歩を進める。そこには、白装束を着た一人の女――の姿をした古妖がいた。
「見・た・な」
古妖は藁人形から五寸釘を引き抜き、女に向かい振り下ろした。
●FiVE
「嫉妬って怖いよねー」
久方 万里(nCL2000005)は頬に手を当てて、ため息を吐くようにそう告げた。まだあどけない少女である万里の口からそういうことを言われて、返す言葉がない覚者達。
「古妖の名前は『橋姫』。橋を護る鬼だよ」
丑の刻参りの原点は橋姫と呼ばれる古妖である。この古妖は橋から外敵や水難を護る古妖なのだが非情に嫉妬深く、他の橋を褒めたり女の嫉妬に関することを言うとその者を呪い殺すという古妖だ。酷いということなかれ。土地神は総じてそういった性分なのだ。
「スピードは遅いけどパワーが強くて頑丈みたい。あと藁人形が邪魔に入るんで面倒と思ったらそっちを先に倒すのもいいかも?」
呪いの藁人形も自分を見たものを殺すために動くという。厄介だが橋姫を戦闘不能にすれば藁人形は止まるため、あえて放置するのも手だ。
「後は倒れている女の人? 放置してもいいと思うよ。呪いで殺せないわけだし」
このままこの女が丑の刻参りを続けても、人は死なない。ただ人を呪おうという病んだ精神は何とも言えない物がある。
「気を付けてねー」
元気に送り出す万里の声を聴きながら、覚者達は会議室を出た。
丑の刻参り。
丑の刻(一時から三時)の間に神社の神木に呪いたい相手を思いながら藁人形を打ち付ける儀式である。通じて七日間この儀式を行えば相手は死ぬというものだが、途中で儀式を見られたら呪いの効果が消えるというという。
「殺す……私の篤史さんを誑かしたあの女、殺してやる」
白装束に身を纏い、髪を振り乱した女性が神社に向かって歩いていた。頭には鉄輪を被ってロウソクを三本立て、顔に白粉を塗り建てている。胸に鏡をつるし、手には五寸釘と藁人形を手にしていた。
憎む相手は会社の後輩だ。相思相愛(と勝手に思い込んでいた)篤史さんなる会社の同僚と後輩が結婚すると聞いたのが数日前。それから毎日ここで五寸釘を打ち込んでいた。今日で五日目。あと二日だ。あの女を殺した後は、篤史さんを説得しなくては。別荘に連れ込んで二人だけで話し合おう。睡眠薬と手錠は家にある。問題ない。
そんな問題だらけのことを考えながら神社の石段を上がっていくと、コーンという音が聞こえてきた。何かを強く打ち付けるような音だ。しかもいつも藁人形を打ち付けている御神木の方から聞こえてくる。
なんだろう。こんな時間に迷惑な。そう思いながら女性は歩を進める。そこには、白装束を着た一人の女――の姿をした古妖がいた。
「見・た・な」
古妖は藁人形から五寸釘を引き抜き、女に向かい振り下ろした。
●FiVE
「嫉妬って怖いよねー」
久方 万里(nCL2000005)は頬に手を当てて、ため息を吐くようにそう告げた。まだあどけない少女である万里の口からそういうことを言われて、返す言葉がない覚者達。
「古妖の名前は『橋姫』。橋を護る鬼だよ」
丑の刻参りの原点は橋姫と呼ばれる古妖である。この古妖は橋から外敵や水難を護る古妖なのだが非情に嫉妬深く、他の橋を褒めたり女の嫉妬に関することを言うとその者を呪い殺すという古妖だ。酷いということなかれ。土地神は総じてそういった性分なのだ。
「スピードは遅いけどパワーが強くて頑丈みたい。あと藁人形が邪魔に入るんで面倒と思ったらそっちを先に倒すのもいいかも?」
呪いの藁人形も自分を見たものを殺すために動くという。厄介だが橋姫を戦闘不能にすれば藁人形は止まるため、あえて放置するのも手だ。
「後は倒れている女の人? 放置してもいいと思うよ。呪いで殺せないわけだし」
このままこの女が丑の刻参りを続けても、人は死なない。ただ人を呪おうという病んだ精神は何とも言えない物がある。
「気を付けてねー」
元気に送り出す万里の声を聴きながら、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.橋姫の打破
2.一般人の生存
3.なし
2.一般人の生存
3.なし
嫉妬の心は父心。押せば命の泉沸く。
●敵情報
・橋姫(×1)
古妖。鬼女。白装束を着て、鉄輪を逆さにかぶって三本のろうそくを乗せた女性です。鬼面というよりは白い幽霊のようなイメージを受けます。手に五寸釘を持ち、儀式を見た者に襲い掛かってきます。
ちなみに丑の刻参りはOPで見られたために効果はなくなってます。
神社の近くに大きな橋があり、そこを護る古妖だというのは推測できます。
攻撃方法
五寸釘 物近単 五寸釘を打ち付けてきます。【致命】
鬼の拳 物近貫2 おもいっきり殴って、衝撃を飛ばします。(100%、50%)
大暴れ 物近列 奇声を上げながら暴れまわります。
怨み声 特遠列 嫉妬に満ちた声で呪います。対象の性別が『女性』『不明』なら【呪い】。男性なら【必殺】
・藁人形(×4)
大きさ六〇センチほどの藁人形。宙に浮いています。
橋姫の術的な物ですが、カテゴライズするなら古妖です。橋姫が倒れれば動かなくなります。
様々な呪いで支援します。体力は低め。
攻撃方法
痛み 特遠単 胸を貫くような痛みを与えます。【解除】
嫉み 特遠単 不幸になれと嫉ます。【不運】
妬み 特殊単 気がふれてしまえと妬みます。【不安】
飛行 P 飛行状態になります。
●NPC
・益田・梨花
神社に丑の刻参りをしに来た一般人。二〇代女性。好きな人が結婚すると聞いて、精神病み気味。
橋姫を見て気を失っています。戦闘中に目を覚ますことはありません。
●場所情報
神社境内。社務所から離れているため、新たに人が来る可能性は皆無。
時刻は夜。灯は橋姫の蠟燭があるだけで、このままだと覚者の遠距離攻撃の命中判定にマイナス修正が付きます。足場と広さは戦闘に支障なし。
戦闘開始時、敵前衛に『橋姫』『益田』が、中衛に『藁人形(×2)』が、後衛に『藁人形(×2)』がいます。
急いでいるため、事前付与は不可とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2017年02月02日
2017年02月02日
■メイン参加者 6人■

●
草木も眠る丑三つ時、橋姫が怒り狂う。
丑の刻参りに訪れた女性は、同じく丑の刻参りを行っていた鬼女を見かけて殺されそうになっていた。女は文字通り鬼気迫る表情に気を失って、倒れ伏す。橋姫は動かぬ女に五寸釘を振り下ろそうとして――現れた覚者達に気づく。
「これが丑の刻参りってやつか。迫力あるじゃねーか、色んな意味で」
橋姫と女の間に割って入ったのは『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)だ。二本の刀を抜き放ち、防御の構えを取る。守護使役の『龍丸』が炎を吐き、周囲を照らす。その炎が橋姫の表情を煌々と照らしていた。
「怖いですけど……頑張ります」
その表情を見て怯えるように『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が呟く。如何に戦いに慣れたとはいえ、橋姫の狂気に満ちた形相は十七歳の少女には刺激が強い。知らずに見たらトラウマレベルである。
「人を呪わば穴二つ。ことわざ、状況、よく示す」
途切れ途切れに岩倉・盾護(CL2000549)が口を開く。他人に害を与えようとする者は、やがて自分も被害を受ける。相手と自分の二つの穴。だがそれを墓穴にしてはいけない。橋姫に殺されそうになっている女性を救うべく、神具を構えた。
「嫉妬ねー。分からないこともないけどなんていうか、あたし向きのやり方じゃないかな」
倒れている女性を見ながら鳳 結衣(CL2000914)は頷く。好きな人を奪われたから、その相手を呪い殺そう。その心理自体は理解できるが、行動は理解できない。少なくとも自分が同じ状況なら、別方向に努力するだろう。
「ともあれ、止めなくてはいけないわね」
古妖を真正面にとらえ、三島 椿(CL2000061)が翼を広げる。恋愛とは別だが、嫉妬という感情は抱いたことがある。強い相手に抱く羨望の裏返し。それがあるから強くなれる。負の感情は行動の原動力になる事を知っている。だが、この嫉妬は止めなくてはいけない。
「人間に危害を加える奴はアタシ達の敵よ」
赤の髪を手で梳きながら『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)が宣戦布告をする。どちらかというと古妖の方に好意を寄せるありすだが、人間に害を為すのならその限りではない。徹底的に燃やし尽くすと、指先に炎をともす。
「生か・して・返さ・ない」
橋姫の方も覚者を許すつもりはない。強く五寸釘を握りしめ、吼えるように雄叫びをあげる。それはまさに鬼。嫉妬という感情を隠そうともせず、その強い恨みを示すかのように五寸釘を握る手から血が流れていた。
覚者が陣形を整えると同時に、橋姫の持つ藁人形が宙に浮く。
夜の神社に、覚者と古妖がぶつかり合った。
●
「遠慮なく行かせてもらうわね」
最初に動いたのはありすだ。左手に第三の瞳を顕現させ、右手に炎を生む。夜の黒を打ち消すように赤い炎が迸った。炎は冬の冷たさを吹き飛ばすように熱く、熱が刃となって敵を襲う。言葉通り、遠慮をするつもりはなかった。
ありすの手から放たれた炎が広がり、古妖達を包み込むように広がった。鈍重な橋姫と藁人形はそれを回避することが出来ず、炎の波にのまれてしまう。業火は一瞬で消えてなくなるが、炎で与えた傷は確かに残っていた。
「どうせなら宇治橋とか一条戻り橋とか有名な橋の橋姫に会いたかったわね」
「おまえ・から・殺す」
「『他の橋を褒めると嫉妬する』……伝承通りなんですね」
怒りの矛先をありすにむけた橋姫を見ながら、ラーラが神具の書物を抱きしめるようにして頷く。丑の刻参りや橋姫を見ながら、どこか怯んでいる様子が見受けられた。傷つくのが怖いのではなく、その見た目が怖い。そんな怯え方。
怯えながらも『煌炎の書』のタイトルを指先でなぞり、ラーラは戦場を見る。怒りの表情を浮かべる橋姫に手を向けて、炎の弾丸を形成する。連続的に放たれる炎の弾丸が橋姫に降り注いだ。炎に焼かれ、橋姫がうめき声をあげた。
「こ、怖いわけじゃないです。ただその、本当に丑の刻参りってあるんだなと思って」
「呪っ・て・やる」
「強い感情ね」
椿は嫉妬する橋姫にそんな感想を抱いていた。橋姫に限らず土地神は基本的に嫉妬深い。だがそれは『身内を護ろう』という感情の裏返しなのだ。誰しも護ろうとした相手に裏切られれば心に傷を受ける。『護る』ことが戦う理由の椿には、その気持ちが理解できた。
橋姫の殴打を受けた仲間を癒すため、椿は矢を番えず和弓を構える。足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心。射法八節と呼ばれる基本動作。弓の音が鳴り響き、弓鳴りの音に乗せた癒しの術が覚者達の傷を癒していく。
「でも止めさせてもらうわ。この人は殺させない」
「黙・れ。皆・殺す」
「盾護、誰も殺させない」
端的に自らの役割を口にする盾護。機械化した両腕に盾を構え、ここから先は通さないとばかりに橋姫の前に立ち塞がる。味方の傷を気にしながら、橋姫の動きをしっかりと見る。その暴威で誰かの命が奪われないように。
土の加護を身にまとい、盾を構えて腰を落とす盾護。仲間を狙う橋姫の前に立ち、その拳を受け止める。盾から伝わってくる強い衝撃。それが盾護の体を震わせる。吹き飛ばされそうになる肉体を盾の重みで押さえ込み、静かに橋姫を見る。
「盾護、盾役、守る、お仕事」
「うわ、痛そうね。久しぶりに気持ちよくなれそう」
橋姫の殴打をみて結衣が顔を緩ませる。FiVEの任務は久しぶりだが、実戦に出て感覚が戻ってきた。あの痛みを真正面から受けたらどうなるだろうか。そんな事を想像し、思わず笑みが浮かんだ。
炎を拳に宿らせ、橋姫に向かう結衣。重心を落として真っ直ぐに拳を突き出す姿は、彼女が武術の経験者であることを示していた。お返しとばかりに放たれる橋姫の拳。その一撃を受けて、思わずうっとりとする結衣。
「ふふ、いい感じ。ハッシー、丑の刻参りの効果をなくしてくれたんなら割と良いかも」
「その・まま・倒れろ」
「いろんな人がいるんだなぁ」
まだ若い飛馬は結衣を見て乾いた笑いを浮かべる。武芸者として傷つくことはあるし、それが何かしらのスイッチになる感覚もある。だがまあ、そういうスイッチになる人は初めて見た。庇った方がいいのか、迷ってしまう。
橋姫が振り上げた拳が飛馬に迫る。その手に握られた五寸釘を胸に打ち付けようと、鬼気迫る表情で。飛馬は鬼の手首に当てるように、刀の柄を突き出した。同時にもう片方の刀を振るう。交差した古妖と覚者。橋姫のわき腹に赤い染みがにじみ出ていた。
「流石に力つえーや。鬼っていうのは本当なんだな」
「人間・風情が」
戦闘が続くにつれて、橋姫の表情が険しくなる。その心を支配する激しい嫉妬。それが橋姫の鬼たる由縁。妬み、怒り、そして呪う古妖。
橋姫の嫉妬から罪無き……少なくとも罪はない女性を護るため、FiVEの覚者は戦う。
●
覚者達は橋姫の性格を利用し、ありすに攻撃を集中させていた。
近接攻撃が主な橋姫から距離を離したありすに集中させることで、遠距離の攻撃を誘発させよう、という試みだ。その作戦自体は上手くいき、ありすを中心に攻撃が展開される。だが、
「拳の一撃が重い……!」
「貫通攻撃も織り交ぜてきたか!」
中衛に居るありすにダメージを与える手段は遠距離攻撃だけではない。拳の衝撃を届かせて、ありす共々覚者全員を攻撃していた。
「盾護、負けない」
「この程度で倒れてられねーんだよ!」
ありすを護ろうと庇った盾護と飛馬が、鬼の一撃で命数を削られる。
だが後衛にはほとんど攻撃が飛んでくることはなく、そういう意味ではヘイトコントロールはうまくいっていた。
「藁人形はよく燃えるでしょうよ。乾燥藁の人形だものね」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
そしてありすとラーラの炎が藁人形を一掃する。そうなれば後は橋姫を集中的に攻め立てるだけだ。
「思いっきりぶつかって来てね、ふふっ」
橋姫の前に立ち結衣が笑みを浮かべる。炎の拳を振りかぶり、力強く叩きつける。怒りの声と共に鬼の拳が結衣の腹部に叩き込まれる。体が壊されそうな痛みが脳まで届く。命数を燃やしながらなんとか堪え、意識を保つ。
結衣の笑みが妖艶さを増し、顔が上気していた。普段の生活では味わえない痛み。因子発現している人間よりも強い一撃。肉体と精神はこれを求めていた。壊れるほど、痛いほどいい。そして痛みを与えてくれた礼に炎の拳を叩き込む。
「行きます!」
ラーラは藁人形が全て片付いた後に、前世との絆を強めていく。彼女の力の本質は炎。その本質を引き出す前世の存在。それは如何なる魔術師か、あるいは識者か。魂でつながった存在の知識を借りて、ラーラの炎は強く燃え上がる。
体内で湧き上がる炎を制御し、鋭く絞るラーラ。小さく、小さく、密度を増して。力だけではなく、技術を高めて。貪欲に力を求めるのは、生真面目な性格からか。細く絞った炎の矢が、橋姫の胸部に突き刺さる。
「大丈夫。今癒すから」
安心させるように優しく声をかけ、癒しの術を行使する椿。声をかける。それだけで精神的に落ち着いてくれることを椿は知っている。効果がない時もあるが、それでもやらないよりはやった方が心が落ち着く。癒すのは仲間そのもの。心も体も。
人の心は難しい。今回の事件からも椿は痛感していた。嫉妬で他者を呪う人間や古妖。それは昔から変わらない。だからと言って放置はしない。苦労することはあるだろうが、それでも見捨てない。兄が守ってくれたように、今度は自分が守るのだ。
「人形がいないから、癒しの術はいらないな」
仲間が藁人形の毒牙にかかった時の為に用意しておいた癒しの水術。飛馬はそれはもう不要だと断ずる。橋姫の戦術は『藁人形が敵の能力を下げ、橋姫が押し切る』形式だ。藁人形がいなくなれば、その戦術は崩壊する。
そうと分かっていても、防御の手は抜けない。それは何度か殴られた飛馬自身が身をもって知っている。二本の刀を使い、橋姫の攻撃を捌いていく。時に真正面から受け止め、時に流すように力を逸らし。
「こっち、狙う。来い」
挑発するように盾を鳴らす盾護。古妖の攻撃から仲間を護ろうと、橋姫に向かい立ちふさがる。機械化した腕と同化した盾。それは幾多の闘いを乗り越えてきた戦友だ。盾についた傷。その分だけ盾護は仲間を護り成長している。
振りかぶる橋姫の拳を見ながら、静かに腰を落とす盾護。踏みしめた足から伝わってくる大地の感覚。そこにしっかり根を下ろすようなイメージをし、衝撃の瞬間に力を籠める。激しい音と共に全身を震わせる鬼の一撃。また一つ、盾護の勲章が増える。
「ホントに、何でこんな醜い鬼女になっちゃったんだか。古今の頃はもっと素敵な方だったのに」
挑発を続けながら炎を放つありす。元より前衛向きではないありすは、橋姫の怒りの一撃を数度受ければ倒れてしまうだろう。だが敢えて危険に挑んだ。その成果は高く、多少の思惑違いはあれど想定通りに事は進んでいる。
だがありすの心中は複雑だった。橋姫を醜く描いたのは人間であり、怨むように仕向けたのもまた人間なのだ。同情する部分はあれど、ここで見過ごすことはできない。人に害為すのなら、その禍根は立たなければならないのだ。
ありすを願う橋姫の一撃を、盾護と飛馬が受け止める。盾護はその盾で真正面から受け止め、飛馬は刀を使って流すように逸らす。同じ防御型の覚者なのに、その在り方は別ベクトル。純粋な硬さで受け止める盾護と、受け継がれた武術の飛馬。二種類の盾が、覚者を護っていた。
ありすとラーラと結衣。彼女達は炎を用いて古妖を攻め続ける。ありすの炎は火山の溶岩に似た炎の鉄槌。ラーラの炎は古き魔女の技術によって生まれた矢のような炎。結衣の炎は拳に纏う武装し、武術をもって熱を伝える。三者三様の炎の在り方。それは同じ源素の炎なのに、その覚者の在り方を示すようだった。
そしてそんな五人を見守るように椿が水術を放つ。もう心配はしていない。それは様々な戦いからの経験則もあるが、純粋に仲間を信じているからであった。これ以上癒しの術は必要ないだろう。戦いはもう、終わる。
「悪いけどここで焼け死んでくれる」
ありすの放った炎が橋姫を包み込む。苦悶の表情をあげて叫ぶ橋姫の動きが少しずつ弱まり、そして膝をつく。
「この・火傷・うら……む」
最後まで人を恨み続けながら、橋姫は大地に倒れ伏した。
●
さて、FiVEとしての仕事は橋姫の打破が為された時点で終わりである。
倒れている一般人に関してはFiVEのスタッフに任せても問題はない。
「この人間のフォローまでやる義理はないわ」
他人を呪おうとする人間のフォローなど真っ平御免とありすは手を振る。実の所、その通りなのだ。そこまでやる義理はない。
「そうよね。呪う行動力を惚れてもらう方に使えばいいのに」
もったいない、と結衣が頷く。丑の刻参りを行おうという行動力は大したものだ。おそらく相応に情報収集をし、数日間行ってきたのだ。そのパワーを別の方向に使えば、とは思う。
だが、
「お話はしてみたいです」
ラーラと椿と飛馬はおせっかいと分かっていても倒れている益田を起こす。
「……あれ? さっき鬼が……」
「あの古妖は私達が倒したわ」
「益田梨花さん……ですよね? 丑の刻参りをするほどに思いつめた理由、良かったら聞かせてもらえませんか?」
橋姫を倒したことを告げ、事情を聴く覚者達。その内容は、概ね夢見からの情報と変わらなかった。自分には正当性があるような口調だが、冷静に聞けば一方的な恋慕でしかない。
「申し訳ねーんだけど、俺ら見ちまったからな。もうねーちゃんの丑の刻参りは成功しねーんだ」
飛馬は丑の刻参りが成立しないことを告げる。誰かに呪いの場を見られてしまっては丑の刻参りは成立しない。その事は彼女も知っていたのか、落胆したように崩れ落ちた。
「いいえ。また初日に戻ったと思えばいいのよ。ふふふ」
でもすぐに復活した。
「止めとけよ。さっきのおっかねーおばさんみたいにはなりたくないだろ?」
「また呪うのなら、今度は私達が止めるわ」
飛馬の言葉を継ぐように、椿が言葉をかける。
「橋姫は貴方まで呪った。呪いは自分自身にもおよぶという事ね。
貴方はその覚悟があったのかしら?」
「覚悟?」
「貴方自身も死ぬかもしれないという覚悟よ」
椿の言葉に、体を震わせる益田。先ほど橋姫に襲われた恐怖が蘇ってきたのだろう。覚者達が介入しなければ、確実に死んでいた。
「あのですね」
落ち込む益田に優しく声をかけるラーラ。
「そういう時は呪いにして打ちつけるよりも、吐き出しちゃった方がいいって思うんです」
「吐き出す?」
「お友達や親に悔しい、っていうんです。こういう時こそ頼っていいと思いますよ」
微笑むラーラの言葉に、忘我する益田。今まで思いつかなかったという顔だ。おそらく他人に愚痴をこぼすことを格好悪いと思うタイプなのだろう。だからこそストレスを溜め込んで、丑の刻参りに走ったのかもしれないが。
「…………」
言葉なく覚者達を見る益田。その顔は人を呪う鬼気迫るものではなかった。
後日に調査を行った所、件の篤史と後輩の結婚式はつつがなく行われたという。
その結婚式には益田も出席していた。彼女の顔から険はとれており、笑顔で新生活を祝福したという。
丑の刻に人を呪う女性は、もういない。
草木も眠る丑三つ時、橋姫が怒り狂う。
丑の刻参りに訪れた女性は、同じく丑の刻参りを行っていた鬼女を見かけて殺されそうになっていた。女は文字通り鬼気迫る表情に気を失って、倒れ伏す。橋姫は動かぬ女に五寸釘を振り下ろそうとして――現れた覚者達に気づく。
「これが丑の刻参りってやつか。迫力あるじゃねーか、色んな意味で」
橋姫と女の間に割って入ったのは『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466)だ。二本の刀を抜き放ち、防御の構えを取る。守護使役の『龍丸』が炎を吐き、周囲を照らす。その炎が橋姫の表情を煌々と照らしていた。
「怖いですけど……頑張ります」
その表情を見て怯えるように『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が呟く。如何に戦いに慣れたとはいえ、橋姫の狂気に満ちた形相は十七歳の少女には刺激が強い。知らずに見たらトラウマレベルである。
「人を呪わば穴二つ。ことわざ、状況、よく示す」
途切れ途切れに岩倉・盾護(CL2000549)が口を開く。他人に害を与えようとする者は、やがて自分も被害を受ける。相手と自分の二つの穴。だがそれを墓穴にしてはいけない。橋姫に殺されそうになっている女性を救うべく、神具を構えた。
「嫉妬ねー。分からないこともないけどなんていうか、あたし向きのやり方じゃないかな」
倒れている女性を見ながら鳳 結衣(CL2000914)は頷く。好きな人を奪われたから、その相手を呪い殺そう。その心理自体は理解できるが、行動は理解できない。少なくとも自分が同じ状況なら、別方向に努力するだろう。
「ともあれ、止めなくてはいけないわね」
古妖を真正面にとらえ、三島 椿(CL2000061)が翼を広げる。恋愛とは別だが、嫉妬という感情は抱いたことがある。強い相手に抱く羨望の裏返し。それがあるから強くなれる。負の感情は行動の原動力になる事を知っている。だが、この嫉妬は止めなくてはいけない。
「人間に危害を加える奴はアタシ達の敵よ」
赤の髪を手で梳きながら『淡雪の歌姫』鈴駆・ありす(CL2001269)が宣戦布告をする。どちらかというと古妖の方に好意を寄せるありすだが、人間に害を為すのならその限りではない。徹底的に燃やし尽くすと、指先に炎をともす。
「生か・して・返さ・ない」
橋姫の方も覚者を許すつもりはない。強く五寸釘を握りしめ、吼えるように雄叫びをあげる。それはまさに鬼。嫉妬という感情を隠そうともせず、その強い恨みを示すかのように五寸釘を握る手から血が流れていた。
覚者が陣形を整えると同時に、橋姫の持つ藁人形が宙に浮く。
夜の神社に、覚者と古妖がぶつかり合った。
●
「遠慮なく行かせてもらうわね」
最初に動いたのはありすだ。左手に第三の瞳を顕現させ、右手に炎を生む。夜の黒を打ち消すように赤い炎が迸った。炎は冬の冷たさを吹き飛ばすように熱く、熱が刃となって敵を襲う。言葉通り、遠慮をするつもりはなかった。
ありすの手から放たれた炎が広がり、古妖達を包み込むように広がった。鈍重な橋姫と藁人形はそれを回避することが出来ず、炎の波にのまれてしまう。業火は一瞬で消えてなくなるが、炎で与えた傷は確かに残っていた。
「どうせなら宇治橋とか一条戻り橋とか有名な橋の橋姫に会いたかったわね」
「おまえ・から・殺す」
「『他の橋を褒めると嫉妬する』……伝承通りなんですね」
怒りの矛先をありすにむけた橋姫を見ながら、ラーラが神具の書物を抱きしめるようにして頷く。丑の刻参りや橋姫を見ながら、どこか怯んでいる様子が見受けられた。傷つくのが怖いのではなく、その見た目が怖い。そんな怯え方。
怯えながらも『煌炎の書』のタイトルを指先でなぞり、ラーラは戦場を見る。怒りの表情を浮かべる橋姫に手を向けて、炎の弾丸を形成する。連続的に放たれる炎の弾丸が橋姫に降り注いだ。炎に焼かれ、橋姫がうめき声をあげた。
「こ、怖いわけじゃないです。ただその、本当に丑の刻参りってあるんだなと思って」
「呪っ・て・やる」
「強い感情ね」
椿は嫉妬する橋姫にそんな感想を抱いていた。橋姫に限らず土地神は基本的に嫉妬深い。だがそれは『身内を護ろう』という感情の裏返しなのだ。誰しも護ろうとした相手に裏切られれば心に傷を受ける。『護る』ことが戦う理由の椿には、その気持ちが理解できた。
橋姫の殴打を受けた仲間を癒すため、椿は矢を番えず和弓を構える。足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残心。射法八節と呼ばれる基本動作。弓の音が鳴り響き、弓鳴りの音に乗せた癒しの術が覚者達の傷を癒していく。
「でも止めさせてもらうわ。この人は殺させない」
「黙・れ。皆・殺す」
「盾護、誰も殺させない」
端的に自らの役割を口にする盾護。機械化した両腕に盾を構え、ここから先は通さないとばかりに橋姫の前に立ち塞がる。味方の傷を気にしながら、橋姫の動きをしっかりと見る。その暴威で誰かの命が奪われないように。
土の加護を身にまとい、盾を構えて腰を落とす盾護。仲間を狙う橋姫の前に立ち、その拳を受け止める。盾から伝わってくる強い衝撃。それが盾護の体を震わせる。吹き飛ばされそうになる肉体を盾の重みで押さえ込み、静かに橋姫を見る。
「盾護、盾役、守る、お仕事」
「うわ、痛そうね。久しぶりに気持ちよくなれそう」
橋姫の殴打をみて結衣が顔を緩ませる。FiVEの任務は久しぶりだが、実戦に出て感覚が戻ってきた。あの痛みを真正面から受けたらどうなるだろうか。そんな事を想像し、思わず笑みが浮かんだ。
炎を拳に宿らせ、橋姫に向かう結衣。重心を落として真っ直ぐに拳を突き出す姿は、彼女が武術の経験者であることを示していた。お返しとばかりに放たれる橋姫の拳。その一撃を受けて、思わずうっとりとする結衣。
「ふふ、いい感じ。ハッシー、丑の刻参りの効果をなくしてくれたんなら割と良いかも」
「その・まま・倒れろ」
「いろんな人がいるんだなぁ」
まだ若い飛馬は結衣を見て乾いた笑いを浮かべる。武芸者として傷つくことはあるし、それが何かしらのスイッチになる感覚もある。だがまあ、そういうスイッチになる人は初めて見た。庇った方がいいのか、迷ってしまう。
橋姫が振り上げた拳が飛馬に迫る。その手に握られた五寸釘を胸に打ち付けようと、鬼気迫る表情で。飛馬は鬼の手首に当てるように、刀の柄を突き出した。同時にもう片方の刀を振るう。交差した古妖と覚者。橋姫のわき腹に赤い染みがにじみ出ていた。
「流石に力つえーや。鬼っていうのは本当なんだな」
「人間・風情が」
戦闘が続くにつれて、橋姫の表情が険しくなる。その心を支配する激しい嫉妬。それが橋姫の鬼たる由縁。妬み、怒り、そして呪う古妖。
橋姫の嫉妬から罪無き……少なくとも罪はない女性を護るため、FiVEの覚者は戦う。
●
覚者達は橋姫の性格を利用し、ありすに攻撃を集中させていた。
近接攻撃が主な橋姫から距離を離したありすに集中させることで、遠距離の攻撃を誘発させよう、という試みだ。その作戦自体は上手くいき、ありすを中心に攻撃が展開される。だが、
「拳の一撃が重い……!」
「貫通攻撃も織り交ぜてきたか!」
中衛に居るありすにダメージを与える手段は遠距離攻撃だけではない。拳の衝撃を届かせて、ありす共々覚者全員を攻撃していた。
「盾護、負けない」
「この程度で倒れてられねーんだよ!」
ありすを護ろうと庇った盾護と飛馬が、鬼の一撃で命数を削られる。
だが後衛にはほとんど攻撃が飛んでくることはなく、そういう意味ではヘイトコントロールはうまくいっていた。
「藁人形はよく燃えるでしょうよ。乾燥藁の人形だものね」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
そしてありすとラーラの炎が藁人形を一掃する。そうなれば後は橋姫を集中的に攻め立てるだけだ。
「思いっきりぶつかって来てね、ふふっ」
橋姫の前に立ち結衣が笑みを浮かべる。炎の拳を振りかぶり、力強く叩きつける。怒りの声と共に鬼の拳が結衣の腹部に叩き込まれる。体が壊されそうな痛みが脳まで届く。命数を燃やしながらなんとか堪え、意識を保つ。
結衣の笑みが妖艶さを増し、顔が上気していた。普段の生活では味わえない痛み。因子発現している人間よりも強い一撃。肉体と精神はこれを求めていた。壊れるほど、痛いほどいい。そして痛みを与えてくれた礼に炎の拳を叩き込む。
「行きます!」
ラーラは藁人形が全て片付いた後に、前世との絆を強めていく。彼女の力の本質は炎。その本質を引き出す前世の存在。それは如何なる魔術師か、あるいは識者か。魂でつながった存在の知識を借りて、ラーラの炎は強く燃え上がる。
体内で湧き上がる炎を制御し、鋭く絞るラーラ。小さく、小さく、密度を増して。力だけではなく、技術を高めて。貪欲に力を求めるのは、生真面目な性格からか。細く絞った炎の矢が、橋姫の胸部に突き刺さる。
「大丈夫。今癒すから」
安心させるように優しく声をかけ、癒しの術を行使する椿。声をかける。それだけで精神的に落ち着いてくれることを椿は知っている。効果がない時もあるが、それでもやらないよりはやった方が心が落ち着く。癒すのは仲間そのもの。心も体も。
人の心は難しい。今回の事件からも椿は痛感していた。嫉妬で他者を呪う人間や古妖。それは昔から変わらない。だからと言って放置はしない。苦労することはあるだろうが、それでも見捨てない。兄が守ってくれたように、今度は自分が守るのだ。
「人形がいないから、癒しの術はいらないな」
仲間が藁人形の毒牙にかかった時の為に用意しておいた癒しの水術。飛馬はそれはもう不要だと断ずる。橋姫の戦術は『藁人形が敵の能力を下げ、橋姫が押し切る』形式だ。藁人形がいなくなれば、その戦術は崩壊する。
そうと分かっていても、防御の手は抜けない。それは何度か殴られた飛馬自身が身をもって知っている。二本の刀を使い、橋姫の攻撃を捌いていく。時に真正面から受け止め、時に流すように力を逸らし。
「こっち、狙う。来い」
挑発するように盾を鳴らす盾護。古妖の攻撃から仲間を護ろうと、橋姫に向かい立ちふさがる。機械化した腕と同化した盾。それは幾多の闘いを乗り越えてきた戦友だ。盾についた傷。その分だけ盾護は仲間を護り成長している。
振りかぶる橋姫の拳を見ながら、静かに腰を落とす盾護。踏みしめた足から伝わってくる大地の感覚。そこにしっかり根を下ろすようなイメージをし、衝撃の瞬間に力を籠める。激しい音と共に全身を震わせる鬼の一撃。また一つ、盾護の勲章が増える。
「ホントに、何でこんな醜い鬼女になっちゃったんだか。古今の頃はもっと素敵な方だったのに」
挑発を続けながら炎を放つありす。元より前衛向きではないありすは、橋姫の怒りの一撃を数度受ければ倒れてしまうだろう。だが敢えて危険に挑んだ。その成果は高く、多少の思惑違いはあれど想定通りに事は進んでいる。
だがありすの心中は複雑だった。橋姫を醜く描いたのは人間であり、怨むように仕向けたのもまた人間なのだ。同情する部分はあれど、ここで見過ごすことはできない。人に害為すのなら、その禍根は立たなければならないのだ。
ありすを願う橋姫の一撃を、盾護と飛馬が受け止める。盾護はその盾で真正面から受け止め、飛馬は刀を使って流すように逸らす。同じ防御型の覚者なのに、その在り方は別ベクトル。純粋な硬さで受け止める盾護と、受け継がれた武術の飛馬。二種類の盾が、覚者を護っていた。
ありすとラーラと結衣。彼女達は炎を用いて古妖を攻め続ける。ありすの炎は火山の溶岩に似た炎の鉄槌。ラーラの炎は古き魔女の技術によって生まれた矢のような炎。結衣の炎は拳に纏う武装し、武術をもって熱を伝える。三者三様の炎の在り方。それは同じ源素の炎なのに、その覚者の在り方を示すようだった。
そしてそんな五人を見守るように椿が水術を放つ。もう心配はしていない。それは様々な戦いからの経験則もあるが、純粋に仲間を信じているからであった。これ以上癒しの術は必要ないだろう。戦いはもう、終わる。
「悪いけどここで焼け死んでくれる」
ありすの放った炎が橋姫を包み込む。苦悶の表情をあげて叫ぶ橋姫の動きが少しずつ弱まり、そして膝をつく。
「この・火傷・うら……む」
最後まで人を恨み続けながら、橋姫は大地に倒れ伏した。
●
さて、FiVEとしての仕事は橋姫の打破が為された時点で終わりである。
倒れている一般人に関してはFiVEのスタッフに任せても問題はない。
「この人間のフォローまでやる義理はないわ」
他人を呪おうとする人間のフォローなど真っ平御免とありすは手を振る。実の所、その通りなのだ。そこまでやる義理はない。
「そうよね。呪う行動力を惚れてもらう方に使えばいいのに」
もったいない、と結衣が頷く。丑の刻参りを行おうという行動力は大したものだ。おそらく相応に情報収集をし、数日間行ってきたのだ。そのパワーを別の方向に使えば、とは思う。
だが、
「お話はしてみたいです」
ラーラと椿と飛馬はおせっかいと分かっていても倒れている益田を起こす。
「……あれ? さっき鬼が……」
「あの古妖は私達が倒したわ」
「益田梨花さん……ですよね? 丑の刻参りをするほどに思いつめた理由、良かったら聞かせてもらえませんか?」
橋姫を倒したことを告げ、事情を聴く覚者達。その内容は、概ね夢見からの情報と変わらなかった。自分には正当性があるような口調だが、冷静に聞けば一方的な恋慕でしかない。
「申し訳ねーんだけど、俺ら見ちまったからな。もうねーちゃんの丑の刻参りは成功しねーんだ」
飛馬は丑の刻参りが成立しないことを告げる。誰かに呪いの場を見られてしまっては丑の刻参りは成立しない。その事は彼女も知っていたのか、落胆したように崩れ落ちた。
「いいえ。また初日に戻ったと思えばいいのよ。ふふふ」
でもすぐに復活した。
「止めとけよ。さっきのおっかねーおばさんみたいにはなりたくないだろ?」
「また呪うのなら、今度は私達が止めるわ」
飛馬の言葉を継ぐように、椿が言葉をかける。
「橋姫は貴方まで呪った。呪いは自分自身にもおよぶという事ね。
貴方はその覚悟があったのかしら?」
「覚悟?」
「貴方自身も死ぬかもしれないという覚悟よ」
椿の言葉に、体を震わせる益田。先ほど橋姫に襲われた恐怖が蘇ってきたのだろう。覚者達が介入しなければ、確実に死んでいた。
「あのですね」
落ち込む益田に優しく声をかけるラーラ。
「そういう時は呪いにして打ちつけるよりも、吐き出しちゃった方がいいって思うんです」
「吐き出す?」
「お友達や親に悔しい、っていうんです。こういう時こそ頼っていいと思いますよ」
微笑むラーラの言葉に、忘我する益田。今まで思いつかなかったという顔だ。おそらく他人に愚痴をこぼすことを格好悪いと思うタイプなのだろう。だからこそストレスを溜め込んで、丑の刻参りに走ったのかもしれないが。
「…………」
言葉なく覚者達を見る益田。その顔は人を呪う鬼気迫るものではなかった。
後日に調査を行った所、件の篤史と後輩の結婚式はつつがなく行われたという。
その結婚式には益田も出席していた。彼女の顔から険はとれており、笑顔で新生活を祝福したという。
丑の刻に人を呪う女性は、もういない。

■あとがき■
どくどくです。
呪いたくなるほど強い嫉妬なのか、嫉妬が呪おうという行動力を生むのか。
というわけで『巻き込まれる人が人間的にどうしたものか』なシナリオでした。
流石に敬遠されるかなと思ったのですが、まさかのアフターフォロー付き。ありがとうございます。
MVPは最も効果的な説得をしたビスコッティ様に。
ともあれ、お疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
それではまた、五麟市で。
呪いたくなるほど強い嫉妬なのか、嫉妬が呪おうという行動力を生むのか。
というわけで『巻き込まれる人が人間的にどうしたものか』なシナリオでした。
流石に敬遠されるかなと思ったのですが、まさかのアフターフォロー付き。ありがとうございます。
MVPは最も効果的な説得をしたビスコッティ様に。
ともあれ、お疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
それではまた、五麟市で。
