【攫ワレ】実験がもたらす災い
●発現した力の暴走
そこは、人が立ち入らぬ程深い森。
奥に口を開いた洞穴の中に、『カーヴァ生体工学研究所』の所長、コーディ・カーヴァが隠れ住んでいた。
「何で、コンナ事になってしまったノカ……」
研究レポートを纏めるカーヴァは、深く溜息をつく。
今や、人身売買罪、逮捕・監禁罪容疑で追われる身。自身の研究所は完全閉鎖され、今や助手もいない。満足できぬ機器しかないこの薄暗い洞穴に身を潜めつつ、彼は覚者の少女と時を過ごす。
「コレでは、満足ナ研究がデキマセーン……」
彼は覚者の因子について研究をする為に、来日していた。
研究所の立ち上げに協力してくれた静永には、感謝している。彼は自分に、研究に専念できる環境を整えてくれたし、彼がいなければ、研究所の運営は成り立たなかったのは間違いない。しかし……。
「うっ……」
「ワット……!?」
目の前のベッドで横たわる翼人の少女が呻いたのに気づき、カーヴァが立ち上がる。
現在は、沈静剤、精神安定剤を含めた薬物を投与していたはず。それなのになぜ。
「ア、アァァッ!!」
ありえないほどの力の高まり。翼人の少女は力任せに、ベッドの拘束を引き千切る。
「コ、コレハ……ッ!?」
原因が分からない。しかし、これだけは言える。何らかの事象が組み合わさったことで事故が起こり、『研究対象』を壊してしまった。
「シット……!」
カーヴァは手近にあったスイッチを押す。それは、少女の首にはめた枷に強力な電流を走らせるもの。少女はもちろん、研究所にいた際、捕らえていた子供の覚者達を恐怖させた装置だ。
しかし、少女はまるで応じない。電流を浴びてなお動きを止めず、カーヴァを睨みつけた。
彼女は独特な香りを発することで、カーヴァの身体能力を弱める。そして、彼女は近場にあったメスを手にとり、カーヴァを襲う。
「研究対象ガ……!」
カーヴァは手にした書物を広げ、力づくで少女を押さえつけようとするのだった。
以前、F.i.V.E.の覚者達が壊滅に追いやった、人身売買組織『テイク』。
そこは、攫って捕らえた覚者の販売を繰り返すチンピラの団体だった。その実、七星剣幹部、『濃霧』霧山・譲らが操る組織に操作されていた下部組織……らしい。
F.i.V.E.の覚者達は売られた覚者の行く末を調べているうちに、『カーヴァ生体工学研究所』へと行き着く。研究者達は買い取った覚者を人体実験することで、生体工学について研究を進めていた。
先日、AAA所属鬼頭三等の力を借り、人身売買罪、逮捕・監禁罪容疑で所長コーディ・カーヴァ以下所員数名を拘束すべく、覚者チームが突入したのだが……。
結果、所員達を拘束した上、子供の覚者数名を保護したものの、所長カーヴァと、副所長・静永を取り逃がすこととなり、彼らに覚者の少女を連れ去られてしまった。
会議室に集まった覚者達。姿を現した『薄幸の男の娘』菜花・けい(nCL2000118)が口を開く。
「『カーヴァ生体工学研究所』所長、コーディ・カーヴァが見つかったのじゃ」
けいの報告に、覚者達の表情が変わる。カーヴァが見つかったのであれば、捕らわれの少女についても気になるところ。覚者達からは少女、簗鶏・怜佳の安否についての質問がけいへと寄せられる。
しかし、けいの表情がそこで曇った。
「どうやら、なんらかの事故……なのかもよくは分からぬが、少女は破綻者になってしまうようなのじゃ……」
現場は、カーヴァが潜む森の中の洞窟。決して満足の言えぬ機器しか置かれていない場所だ。設備の少なさによる影響なのか……想像の域は越えず、原因は分からない。だが、少女が破綻者となってしまうのは、止めようもない未来だ。
「F.i.V.E.としては、この少女を助け出したいのじゃ」
先の依頼で、覚者達は少女の兄を救出している。
この少年は保護され、F.i.V.E.内の設備にて療養しているのだが、けいはF.i.V.E.スタッフと話し合った結果、彼に怜佳の状況は伝えないことにしていた。伝えた場合、救出に参加すると言い出すのは、夢見で視ずとも明らかだったからだ。
「……できるなら、無事に会わせてあげたいのじゃ」
また、カーヴァを捕らえられるならばより良いが、カーヴァに注意を向けすぎて少女を救えないということがないようにしたい。あくまで優先すべきは、簗鶏・怜佳の命だ。
あと、気になるのは副所長静永の所在だが、けいにもその姿は確認ができなかったようだ。
「ともあれ、今は少女の救出に尽力して欲しいのじゃ」
けいが配布された資料。そこには、夢見の力を元に分析された少女とカーヴァのデータ、そして、現場までの道のりと現場の洞窟についてが記載されていた。覚者達はそれに一通り目を通し、少女の救出に当たる。
「……皆の力で、少女を兄と会わせて欲しいのじゃ」
けいは覚者達へと、心からそう訴えるのだった。
そこは、人が立ち入らぬ程深い森。
奥に口を開いた洞穴の中に、『カーヴァ生体工学研究所』の所長、コーディ・カーヴァが隠れ住んでいた。
「何で、コンナ事になってしまったノカ……」
研究レポートを纏めるカーヴァは、深く溜息をつく。
今や、人身売買罪、逮捕・監禁罪容疑で追われる身。自身の研究所は完全閉鎖され、今や助手もいない。満足できぬ機器しかないこの薄暗い洞穴に身を潜めつつ、彼は覚者の少女と時を過ごす。
「コレでは、満足ナ研究がデキマセーン……」
彼は覚者の因子について研究をする為に、来日していた。
研究所の立ち上げに協力してくれた静永には、感謝している。彼は自分に、研究に専念できる環境を整えてくれたし、彼がいなければ、研究所の運営は成り立たなかったのは間違いない。しかし……。
「うっ……」
「ワット……!?」
目の前のベッドで横たわる翼人の少女が呻いたのに気づき、カーヴァが立ち上がる。
現在は、沈静剤、精神安定剤を含めた薬物を投与していたはず。それなのになぜ。
「ア、アァァッ!!」
ありえないほどの力の高まり。翼人の少女は力任せに、ベッドの拘束を引き千切る。
「コ、コレハ……ッ!?」
原因が分からない。しかし、これだけは言える。何らかの事象が組み合わさったことで事故が起こり、『研究対象』を壊してしまった。
「シット……!」
カーヴァは手近にあったスイッチを押す。それは、少女の首にはめた枷に強力な電流を走らせるもの。少女はもちろん、研究所にいた際、捕らえていた子供の覚者達を恐怖させた装置だ。
しかし、少女はまるで応じない。電流を浴びてなお動きを止めず、カーヴァを睨みつけた。
彼女は独特な香りを発することで、カーヴァの身体能力を弱める。そして、彼女は近場にあったメスを手にとり、カーヴァを襲う。
「研究対象ガ……!」
カーヴァは手にした書物を広げ、力づくで少女を押さえつけようとするのだった。
以前、F.i.V.E.の覚者達が壊滅に追いやった、人身売買組織『テイク』。
そこは、攫って捕らえた覚者の販売を繰り返すチンピラの団体だった。その実、七星剣幹部、『濃霧』霧山・譲らが操る組織に操作されていた下部組織……らしい。
F.i.V.E.の覚者達は売られた覚者の行く末を調べているうちに、『カーヴァ生体工学研究所』へと行き着く。研究者達は買い取った覚者を人体実験することで、生体工学について研究を進めていた。
先日、AAA所属鬼頭三等の力を借り、人身売買罪、逮捕・監禁罪容疑で所長コーディ・カーヴァ以下所員数名を拘束すべく、覚者チームが突入したのだが……。
結果、所員達を拘束した上、子供の覚者数名を保護したものの、所長カーヴァと、副所長・静永を取り逃がすこととなり、彼らに覚者の少女を連れ去られてしまった。
会議室に集まった覚者達。姿を現した『薄幸の男の娘』菜花・けい(nCL2000118)が口を開く。
「『カーヴァ生体工学研究所』所長、コーディ・カーヴァが見つかったのじゃ」
けいの報告に、覚者達の表情が変わる。カーヴァが見つかったのであれば、捕らわれの少女についても気になるところ。覚者達からは少女、簗鶏・怜佳の安否についての質問がけいへと寄せられる。
しかし、けいの表情がそこで曇った。
「どうやら、なんらかの事故……なのかもよくは分からぬが、少女は破綻者になってしまうようなのじゃ……」
現場は、カーヴァが潜む森の中の洞窟。決して満足の言えぬ機器しか置かれていない場所だ。設備の少なさによる影響なのか……想像の域は越えず、原因は分からない。だが、少女が破綻者となってしまうのは、止めようもない未来だ。
「F.i.V.E.としては、この少女を助け出したいのじゃ」
先の依頼で、覚者達は少女の兄を救出している。
この少年は保護され、F.i.V.E.内の設備にて療養しているのだが、けいはF.i.V.E.スタッフと話し合った結果、彼に怜佳の状況は伝えないことにしていた。伝えた場合、救出に参加すると言い出すのは、夢見で視ずとも明らかだったからだ。
「……できるなら、無事に会わせてあげたいのじゃ」
また、カーヴァを捕らえられるならばより良いが、カーヴァに注意を向けすぎて少女を救えないということがないようにしたい。あくまで優先すべきは、簗鶏・怜佳の命だ。
あと、気になるのは副所長静永の所在だが、けいにもその姿は確認ができなかったようだ。
「ともあれ、今は少女の救出に尽力して欲しいのじゃ」
けいが配布された資料。そこには、夢見の力を元に分析された少女とカーヴァのデータ、そして、現場までの道のりと現場の洞窟についてが記載されていた。覚者達はそれに一通り目を通し、少女の救出に当たる。
「……皆の力で、少女を兄と会わせて欲しいのじゃ」
けいは覚者達へと、心からそう訴えるのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.破綻者となった少女の救出。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
事件に進展がありましたが、
悪い方向に動いているようです。
●破綻者 深度2
○簗鶏・怜佳(やなとり・れいか)翼×木
人身売買された果てに、この場へと連れられてきた9歳の少女です。
首に金属製の枷をつけられております。
仇華浸香を含む木行スキルとエアブリット、
近場にあったメスをナイフのように使用してきます。
●隔者
○コーディ・カーヴァ……55歳。アメリカ人。
現×天。書物を武器とし、魔力を飛ばしてきます。
『カーヴァ生体工学研究所』の所長、指名手配犯です。
やや日本語に不慣れな部分があり、片言で喋ることがあります。
雷獣を中心とした天行の他、
魔導書を使った魔力での特殊攻撃をメインに行います。
少女の枷に電流を入れるスイッチを所持しておりますが、
破綻者となった少女を大人しく出来ないでいるようです。
●状況
人里離れた森にある洞穴の中、
少数の実験機器を持ち込んだカーヴァが少女と潜んでいます。
洞窟内は自然にあるものを利用しており、
戦うのに問題ない広さがあります。
夕暮れ時の突入で薄暗い森の中ではありますが、
洞穴内部には灯りもある為、照明の類は不要です。
現状は実験の際の事故によって、少女が破綻者となってしまい、
少女を押さえつけようと動いています。
この場は少女を優先させたいところですが、
カーヴァの動きにも十分注意が必要です。
それでは、よろしくお願いいたします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2017年01月20日
2017年01月20日
■メイン参加者 7人■

●少女を救い出す為に……
それは朗報であり、悲報でもあった。
「怜佳様の居場所が分かったのですね」
「怜佳さん……。彼女もあの誘拐事件の被害者の1人なんですね。なんとしても助け出さないといけません」
カーヴァ生体工学研究所の所長、副所長に連れ去られた少女の所在が判明したこと。『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268) 、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)はそれに関しては喜びを見せる。
だが、2人の表情は決して明るくはない。集まる他の覚者達も同様だ。
「強い精神的ストレスから破綻……恐れていた事態になったわね」
「怜佳、破綻しちまったのか……あの時助けてやれなかったばかりに……」
眉を顰める『ファイヴ村管理人農林担当』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496) 、そして、『不屈のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)は悔しさをにじませる。
「やっぱり、カーヴァは悪の組織やん」
「全く、最初から碌なことしないとは思ったけど、ここまでとはね」
兄と離れ離れにされたり、破綻者となったりと、茨田・凜(CL2000438)は少女、簗鶏・怜佳の境遇を憂い、同情を見せる。その研究所について、エメレンツィアは呆れすら覚えていた。
「何とか助けたいんよ」
「ええ、一刻も早く助け出すわよ」
凜もエメレンツィアも、少女が壊れかけている状態であっても、諦めてはいない。
「ああ。まだ間に合うんなら、今度こそ絶対に助ける!」
翔もまた、声を荒げた。F.i.V.E.に戻れば、彼女の兄がいる。是非とも、無事に2人を対面させてやりたい。
「破綻してしまっていても、その深度ならまだ間に合うはず。必ず救い出してお兄様の元へ連れて帰りますわ!」
意気込みを大声で口にしたいのり。それに応じるメンバー達は、所長コーディ・カーヴァが潜む森へと踏み込んでいく。
森の奥深く、ひっそりとした場所に口を開いた洞穴。
危険があるかもしれないと、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466) は危険予知を使う。
また、隠し通路の存在はないかと、いのりは守護使役ガルムの力で、そして、翔は透視を使って壁を注意深く調査する。
灯りが備え付けられていることもあり、研究所の建物のように、敵がこの洞穴をカスタマイズしている可能性もあると2人は考えたのだ。
洞穴はそれほど深くなさそうだ。覚者達はすぐ、目的の人物2人を発見することとなる。
立ち上がり、書物を広げて攻撃態勢に入った初老の外国人。……そして、力を暴走させてしまった翼人の少女。
「こんな小さい子を破綻するまで苦しめるなんて、カーヴァは本当にろくでもないな……」
少女は遠目にも、苦しんでいるように見える。なんとしても、その少女、怜佳を助け、兄の元に返したい。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328) はそう考え、仲間と共にその場へと飛び込んでいく。
「カーヴァ! 怜佳様は返していただきますわ!」
声を上げたいのりが仲間と共に布陣し、覚醒する。可愛らしい子供の姿から成長した大人の姿へと変わった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラも叫びながら、英霊の力を引き出す。
「コーディ・カーヴァ……赦しません。こんなに小さな子に、こんなになるまで辛い思いをさせるなんて」
「F.i.V.E.……」
忌々しげにこちらを睨んでくるカーヴァ。その姿に、研究所での余裕はほとんど見られない。
この場の制圧の為、メンバー達は動き始める。だが、カーヴァと怜佳を個別に対処せねばならない。7人の覚者は二手に分かれて動くこととなる。
「私はレイカの対応ね」
覚醒して髪を赤く染めたエメレンツィアも英霊の力を引き出す。とはいえ、彼女は仲間の援護回復を主体として立ち回る予定だ。
「まずは、暴走した怜佳ちゃんを止めるんよ」
救出はしたいが、相手は破綻者。手加減している余裕などないと、凜は全力で対応に当たる。空色の刺青を光らせた彼女は粘りつく霧を発生させ、その場の2人へと纏わりつかせた。
「簗鶏・幸也、分かるよな? お前のにーちゃんだ。お前のにーちゃんは俺らが助け出した。もう心配しなくていいぜ」
この場に罠は張られていないと判断した飛馬は怜佳の抑えへと回り、説得しつつ、自身へと注意を向けさせる為に大声で気を引く。
隠し通路が洞穴にないことを確認した翔は2人を同時に捉える。
(これも、怜佳を元に戻す為……!)
翔は自らにそう言い聞かせ、波動弾を飛ばす。手前のカーヴァに当たるのはともかく、奥の怜佳に命中し、彼女が苦しむ姿に心を痛めてしまう。
「気が引けるけど……」
蛇眼でこの場の状況を見定める亮平もまた、躊躇いがちにスキルを放つ。これも、怜佳を救い出す為だ。
亮平が飛ばした気弾に撃ち抜かれた怜佳、そしてカーヴァ。そいつは忌々しげに覚者を睨みつける。
「悉ク、邪魔してくるデスネー……、F.i.V.E.!」
若者の姿へと変化したカーヴァ。彼は腕を伸ばし、魔力を放って応戦してきたのだった。
●所長の拘束を!
洞穴内で、始まる戦い。
覚者としては、両者を抑えることができたらよいのだが、両者ともそう簡単に制することのできる相手ではない。
いのりは両者へと絡みつく霧を重ねる。それによってやや能力を低下させた二者へ、エメレンツィアも神秘の力で生成した水竜を放ち、両者の動きを弱めようとする。
(この場にいないシズナガが気になるわね……)
同じく、研究所から逃げ出した副所長、静永の姿がここにはない。彼女は熱感知や超視力も使い、常に新たな人物がこの付近に現れないかと注意も払い、戦況を見定める。
力を暴走させた怜佳は唸りながら、高圧縮した空気を飛ばす。
それを受け止めた飛馬は仲間達へと人々を護る優しい灯火の力で仲間に加護を与え、さらに海のベールと岩の鎧を纏って前に出た。
「怒りも不安も全部受け止めてやる。何も考えずに打ち込んで来やがれ」
「アアッ、アアアッ!!」
手にするメスを無茶苦茶に振り回してくる怜佳。その攻撃を、飛馬は手にする2本の太刀、『厳馬』と『悠馬』でただ、受け止め続ける。
(ちょっと痛い思いするかもだけどゴメンね)
凜も水の礫を飛ばし、怜佳の動きを止めようとした。彼女は出来る限り、攻撃を受けないようにと立ち回る。
(赤ちゃんが心配なんよ)
2月に出産予定だという凜はとりわけ、お腹への被弾に注意していた。
(申し訳ありません)
怜佳を戻す為には、ある程度のダメージを与える必要がある。
再び、スキルを使う態勢を整えたいのりも、すまなさそうに一言心の中で謝った後、カーヴァも合わせて射程に捉え、光の粒を怜佳に叩きつけて行く。
しかし、いのりの狙いはカーヴァだ。彼女は威風を纏い、鋭い目つきでカーヴァを睨む。
「しつこいデスネー!」
カーヴァも雷雲を洞窟内に発生させ、覚者達へと雷を叩き落してくる。その威力はこちらと同等。油断できない相手だ。
「怜佳の事は任せたぜ!」
他の仲間に少女を任せ、翔はカーヴァの相手に集中する。
「子供に首輪まで付けて、言うこと聞かせるなんて卑怯者。ぜってーに許しておけねー!!」
距離を詰めながら、翔はカーヴァを怜佳から引き離す。そして、カーヴァを透視で見回した。
「そこだ!」
白衣右のポケットに入っていた小型のスイッチ。それを狙い、彼は波動弾として飛ばす。狙い通りにスイッチは吹き飛んで壁に命中し、黒煙を上げて地面に転がった。
「シット……!」
カーヴァもまた、波動弾をもって反撃を繰り出す。
それによって、怜佳が狙い撃ちされないようにと、亮平も身を持って割り込み、少しでもその威力を抑えようとする。
抵抗するカーヴァを取り押さえたいところ。彼は斬りかかったナイフと撃ちこむ銃弾でカーヴァに痺れを与えて動きを止めようとし、怯んだタイミングで地を這うような連撃をナイフで食らわせた。
ラーラはカーヴァへと本気で対する為に、金の鍵で魔導書の封印を解く。そうして彼女は気力を使って拳大の炎の塊を飛ばす。
(体力が減ってきていますね)
エネミースキャンを使い、カーヴァの状態を見定める。相手は自分と同格と行ったところだろうか、人数を持って油断なく戦えば倒せそうな相手だ。
しかしながら、何を行うかがわからない相手でもある。ラーラは次なる炎の弾を作り出しつつ、超視力でカーヴァの一挙一動も見逃さない。
戦況はしばらく、暴走する怜佳とカーヴァを覚者が押さえつけながら、スキルを使うという状況が続く。
徐々に疲弊していく仲間のサポートの為、エメレンツィアが幾度目かの恵みの雨を降らせる。
傷の塞がった覚者がさらに交戦を続けると、先に膝を折ったのはカーヴァだった。
「ワット、なぜ、コンナ事に……」
カーヴァは忌々しげに呟くが、彼が今置かれた状況など、覚者達の知ったことではない。
「これまで貴方が子供達に味あわせて来た痛み、今度は貴方が受ける番ですわ!」
トドメは近いと、いのりが雷雲から雷を叩き落す。痺れで動かぬ体に歯噛みするカーヴァへ、翔が思いっきり拳を振りかぶった。
「お前だけは、ぜってーぶん殴る!」
勢いよく繰り出された拳はカーヴァの頬を捉える。
「グアアアアアッ!」
その衝撃で、カーヴァは壁に向かって吹き飛んだ。
「シィト……!」
悔しがるカーヴァ。そいつは壁に背を預けた状態で意識を失い、元の中年男性の姿に戻って崩れ去る。
すかさず、亮平が駆け寄り、そいつの体をロープで縛り付けて行ったのだった。
●自我を失った少女へ
カーヴァは取り押さえたものの。依然として怜佳は無自覚に、覚者としての力を放出する。
「アア、アアアッ!」
滅茶苦茶に暴れる少女に、自我などない。
怜佳は何かに怯えて翼を広げ、特殊な花の香りを漂わせる。それは相手の体を弱らせる効果をもたらし、その上で、彼女は自分の周りの全てを破壊しようとメスを振り回す。
自身の力を抑えられずに狂ってしまった少女へ、覚者達はスキルをぶつけ、それ以上に言葉を投げかけて元に戻そうとする。
「次は怜佳、お前が自由になる番だ」
主に暴れる怜佳を抑えるのは飛馬だ。彼は刀を構え攻撃をすることなく防御態勢のまま大きな声を上げる。
「だから、もうそんな暴走した力を振りかざさなくていい。こっからは俺らが守ってやるんだからな」
自身の身を覆うスキルが解ければ、彼はその度に強化を施し、仲間の盾となり続ける。
「怜佳は一人じゃねーんだ。兄ちゃんも他の仲間もちゃんといる。オレ達だって怜佳の仲間だ」
研究所で、自身と同じ境遇だった子供達は皆、F.i.V.E.で保護している。翔はそれを彼女へと伝えていた。
「だから、こっちに戻ってきてくれ。お前が憎い奴は、オレ達がぶっ飛ばしてやるから!」
実際、カーヴァをぶっ飛ばして気絶させた翔だ。新たな敵が現れれば、彼は再びそいつに拳を振るうことだろう。
「ウアア、アアアアアッ!」
あまりに強すぎる力に飲み込まれ、少女は空気の弾丸を乱発し続ける。
「怜佳さん、ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね……」
彼女を止める為に少しでも、力を削がなければならない。罪のない少女を傷つけることなど本意ではないが、ラーラは炎の弾を飛ばしていく。
「ア、アウウッ!」
「今助けますから。心を落ち着けて、力に負けないでください」
思った以上に、怜佳は力を放出し続けている。それでもなお、あふれる力が彼女を飲み込んでいて。
(カーヴァが気になるんよ。でも……)
気を失った状態のカーヴァはしっかり捕らえてはいるが……、今は怜佳の対応が先。彼女を抑える仲間に癒しの力を振りまき、全力でサポートを行う。
「ユキナリは無事よ。私たちが保護しているわ」
エメレンツィアも同じだ。特に傷の深い飛馬へと癒しの滴を落とし、彼女もまた怜佳に呼びかける。
「ユキナリは、貴女の事をずっと心配しているわ。だから、こんなところで争うのは止めて、私達と一緒にユキナリのところに帰りましょう?」
「ア、ア……」
怜佳の動きが……止まる。
「いのりにも弟がいます。誰よりも大切なかけがえのない存在ですわ」
深度はそこまで深いわけではない。声は届いているといのりも確信し、怜佳に呼びかける。怜佳の兄もまた、彼女の身を案じているはずだと。
「幸成様はご無事で貴方の帰りを待っています。どうか、ご自分を取り戻してください! そして、お兄様の元へ帰ってあげてくださいませ!」
「オ……兄……」
覚者達の攻撃、そして、呼びかけが破綻者となっていたはずの怜佳の力を弱めた。それによって、彼女の理性が戻りつつある。
亮平がそこで怜佳に近寄り、メスを握った右手を掴む。
「幸也君の事を……お兄さんの事を思い出してくれ!」
その手には、先ほどのような力はない。暴れていたのが嘘のように、怜佳は亮平を見つめたままだ。
「お兄さんは無事だ。だから……一緒に帰ろう……!」
「オ……兄……ちゃん」
怜佳を包む力が完全に止まる。穏やかな表情に戻り、少女は意識を失って倒れる。凜が歩み寄って、少女の首にはめられた枷を守護使役のばくちゃんに食べさせる。
全ての憂いがなくなり、覚者達がホッとしたのも束の間のこと。
メンバー達はカーヴァの姿がなくなっていたことに気づく。メスを使ってロープを寸断し、洞穴の外へと逃げてしまったらしい。
メンバー達はすぐに周辺の捜索を行ったが、残念ながらカーヴァの姿を再び捉えることはできなかった。
●隠れ家で得られた情報は……
カーヴァはとり逃したが、覚者達は無事に少女の救出に成功した。
「ここは……?」
「よく頑張りましたわ」
目を覚ました怜佳。元の姿に戻ったいのりが、彼女を優しく抱きしめる。
「怜佳が破綻した原因って、何だったのかな……」
薬の原因もあるのだろうが、翔はその原因を探ろうと周囲を見回す。
「不意のことでしたから、データや成果の持ち出しなどできてはいないはずですね」
ラーラもこの場の捜索へと当たり始める。この場には、それほど多くの設備があるわけではないが、気になるのは、カーヴァが放置していったパソコンだ。
プロテクトもかけられていなかった為、凜がそれを操作して、色々と情報を引き出す。
「因子の……発現」
カーヴァの研究は、研究所で行っていたものと大差はない。
大きな研究テーマとしては、複数因子の発現、非覚者に対する因子の発現だ。……もっとも、ほとんどそれは実になっていなかったようだが。
また、凜は他の情報も引き出してみる。とりわけ、この場にいない副所長、静永の情報は皆、気になるところだ。
「『黒霧』……って、聞いたことあるんよ」
凜は検索を繰り返す。それは、七星剣の組織の一つ。『濃霧』霧山・貰心を頂点として、諜報、スパイ活動を行いながら、様々な悪行を行う組織だ。
しかし、貰心の死去が囁かれて久しい。公にはなっていないが、二つ名を含めてその後を継いだとされているのは、息子の霧山・譲だ。
現状、トップの死去によってバラバラになりかけた組織を、霧山・譲は再び力で縛り付けている。その補佐を行うのが、静永・高明という男らしい。
カーヴァはそれを知っていながらも、資金提供の為に黙っていたということか。
彼らは確実に叩くべき組織だが、今は……。
「さあ、一緒に帰りましょう、レイカ」
「はい……」
エメレンツィアが怜佳に声をかけた。その体には、痛々しい傷が見て取れる。身体の傷、そして、精神状態も気になる為、覚者達は取り急ぎ、彼女を搬送することにしたのだった。
それは朗報であり、悲報でもあった。
「怜佳様の居場所が分かったのですね」
「怜佳さん……。彼女もあの誘拐事件の被害者の1人なんですね。なんとしても助け出さないといけません」
カーヴァ生体工学研究所の所長、副所長に連れ去られた少女の所在が判明したこと。『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268) 、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)はそれに関しては喜びを見せる。
だが、2人の表情は決して明るくはない。集まる他の覚者達も同様だ。
「強い精神的ストレスから破綻……恐れていた事態になったわね」
「怜佳、破綻しちまったのか……あの時助けてやれなかったばかりに……」
眉を顰める『ファイヴ村管理人農林担当』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496) 、そして、『不屈のヒーロー』成瀬 翔(CL2000063)は悔しさをにじませる。
「やっぱり、カーヴァは悪の組織やん」
「全く、最初から碌なことしないとは思ったけど、ここまでとはね」
兄と離れ離れにされたり、破綻者となったりと、茨田・凜(CL2000438)は少女、簗鶏・怜佳の境遇を憂い、同情を見せる。その研究所について、エメレンツィアは呆れすら覚えていた。
「何とか助けたいんよ」
「ええ、一刻も早く助け出すわよ」
凜もエメレンツィアも、少女が壊れかけている状態であっても、諦めてはいない。
「ああ。まだ間に合うんなら、今度こそ絶対に助ける!」
翔もまた、声を荒げた。F.i.V.E.に戻れば、彼女の兄がいる。是非とも、無事に2人を対面させてやりたい。
「破綻してしまっていても、その深度ならまだ間に合うはず。必ず救い出してお兄様の元へ連れて帰りますわ!」
意気込みを大声で口にしたいのり。それに応じるメンバー達は、所長コーディ・カーヴァが潜む森へと踏み込んでいく。
森の奥深く、ひっそりとした場所に口を開いた洞穴。
危険があるかもしれないと、『守人刀』獅子王 飛馬(CL2001466) は危険予知を使う。
また、隠し通路の存在はないかと、いのりは守護使役ガルムの力で、そして、翔は透視を使って壁を注意深く調査する。
灯りが備え付けられていることもあり、研究所の建物のように、敵がこの洞穴をカスタマイズしている可能性もあると2人は考えたのだ。
洞穴はそれほど深くなさそうだ。覚者達はすぐ、目的の人物2人を発見することとなる。
立ち上がり、書物を広げて攻撃態勢に入った初老の外国人。……そして、力を暴走させてしまった翼人の少女。
「こんな小さい子を破綻するまで苦しめるなんて、カーヴァは本当にろくでもないな……」
少女は遠目にも、苦しんでいるように見える。なんとしても、その少女、怜佳を助け、兄の元に返したい。『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328) はそう考え、仲間と共にその場へと飛び込んでいく。
「カーヴァ! 怜佳様は返していただきますわ!」
声を上げたいのりが仲間と共に布陣し、覚醒する。可愛らしい子供の姿から成長した大人の姿へと変わった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
ラーラも叫びながら、英霊の力を引き出す。
「コーディ・カーヴァ……赦しません。こんなに小さな子に、こんなになるまで辛い思いをさせるなんて」
「F.i.V.E.……」
忌々しげにこちらを睨んでくるカーヴァ。その姿に、研究所での余裕はほとんど見られない。
この場の制圧の為、メンバー達は動き始める。だが、カーヴァと怜佳を個別に対処せねばならない。7人の覚者は二手に分かれて動くこととなる。
「私はレイカの対応ね」
覚醒して髪を赤く染めたエメレンツィアも英霊の力を引き出す。とはいえ、彼女は仲間の援護回復を主体として立ち回る予定だ。
「まずは、暴走した怜佳ちゃんを止めるんよ」
救出はしたいが、相手は破綻者。手加減している余裕などないと、凜は全力で対応に当たる。空色の刺青を光らせた彼女は粘りつく霧を発生させ、その場の2人へと纏わりつかせた。
「簗鶏・幸也、分かるよな? お前のにーちゃんだ。お前のにーちゃんは俺らが助け出した。もう心配しなくていいぜ」
この場に罠は張られていないと判断した飛馬は怜佳の抑えへと回り、説得しつつ、自身へと注意を向けさせる為に大声で気を引く。
隠し通路が洞穴にないことを確認した翔は2人を同時に捉える。
(これも、怜佳を元に戻す為……!)
翔は自らにそう言い聞かせ、波動弾を飛ばす。手前のカーヴァに当たるのはともかく、奥の怜佳に命中し、彼女が苦しむ姿に心を痛めてしまう。
「気が引けるけど……」
蛇眼でこの場の状況を見定める亮平もまた、躊躇いがちにスキルを放つ。これも、怜佳を救い出す為だ。
亮平が飛ばした気弾に撃ち抜かれた怜佳、そしてカーヴァ。そいつは忌々しげに覚者を睨みつける。
「悉ク、邪魔してくるデスネー……、F.i.V.E.!」
若者の姿へと変化したカーヴァ。彼は腕を伸ばし、魔力を放って応戦してきたのだった。
●所長の拘束を!
洞穴内で、始まる戦い。
覚者としては、両者を抑えることができたらよいのだが、両者ともそう簡単に制することのできる相手ではない。
いのりは両者へと絡みつく霧を重ねる。それによってやや能力を低下させた二者へ、エメレンツィアも神秘の力で生成した水竜を放ち、両者の動きを弱めようとする。
(この場にいないシズナガが気になるわね……)
同じく、研究所から逃げ出した副所長、静永の姿がここにはない。彼女は熱感知や超視力も使い、常に新たな人物がこの付近に現れないかと注意も払い、戦況を見定める。
力を暴走させた怜佳は唸りながら、高圧縮した空気を飛ばす。
それを受け止めた飛馬は仲間達へと人々を護る優しい灯火の力で仲間に加護を与え、さらに海のベールと岩の鎧を纏って前に出た。
「怒りも不安も全部受け止めてやる。何も考えずに打ち込んで来やがれ」
「アアッ、アアアッ!!」
手にするメスを無茶苦茶に振り回してくる怜佳。その攻撃を、飛馬は手にする2本の太刀、『厳馬』と『悠馬』でただ、受け止め続ける。
(ちょっと痛い思いするかもだけどゴメンね)
凜も水の礫を飛ばし、怜佳の動きを止めようとした。彼女は出来る限り、攻撃を受けないようにと立ち回る。
(赤ちゃんが心配なんよ)
2月に出産予定だという凜はとりわけ、お腹への被弾に注意していた。
(申し訳ありません)
怜佳を戻す為には、ある程度のダメージを与える必要がある。
再び、スキルを使う態勢を整えたいのりも、すまなさそうに一言心の中で謝った後、カーヴァも合わせて射程に捉え、光の粒を怜佳に叩きつけて行く。
しかし、いのりの狙いはカーヴァだ。彼女は威風を纏い、鋭い目つきでカーヴァを睨む。
「しつこいデスネー!」
カーヴァも雷雲を洞窟内に発生させ、覚者達へと雷を叩き落してくる。その威力はこちらと同等。油断できない相手だ。
「怜佳の事は任せたぜ!」
他の仲間に少女を任せ、翔はカーヴァの相手に集中する。
「子供に首輪まで付けて、言うこと聞かせるなんて卑怯者。ぜってーに許しておけねー!!」
距離を詰めながら、翔はカーヴァを怜佳から引き離す。そして、カーヴァを透視で見回した。
「そこだ!」
白衣右のポケットに入っていた小型のスイッチ。それを狙い、彼は波動弾として飛ばす。狙い通りにスイッチは吹き飛んで壁に命中し、黒煙を上げて地面に転がった。
「シット……!」
カーヴァもまた、波動弾をもって反撃を繰り出す。
それによって、怜佳が狙い撃ちされないようにと、亮平も身を持って割り込み、少しでもその威力を抑えようとする。
抵抗するカーヴァを取り押さえたいところ。彼は斬りかかったナイフと撃ちこむ銃弾でカーヴァに痺れを与えて動きを止めようとし、怯んだタイミングで地を這うような連撃をナイフで食らわせた。
ラーラはカーヴァへと本気で対する為に、金の鍵で魔導書の封印を解く。そうして彼女は気力を使って拳大の炎の塊を飛ばす。
(体力が減ってきていますね)
エネミースキャンを使い、カーヴァの状態を見定める。相手は自分と同格と行ったところだろうか、人数を持って油断なく戦えば倒せそうな相手だ。
しかしながら、何を行うかがわからない相手でもある。ラーラは次なる炎の弾を作り出しつつ、超視力でカーヴァの一挙一動も見逃さない。
戦況はしばらく、暴走する怜佳とカーヴァを覚者が押さえつけながら、スキルを使うという状況が続く。
徐々に疲弊していく仲間のサポートの為、エメレンツィアが幾度目かの恵みの雨を降らせる。
傷の塞がった覚者がさらに交戦を続けると、先に膝を折ったのはカーヴァだった。
「ワット、なぜ、コンナ事に……」
カーヴァは忌々しげに呟くが、彼が今置かれた状況など、覚者達の知ったことではない。
「これまで貴方が子供達に味あわせて来た痛み、今度は貴方が受ける番ですわ!」
トドメは近いと、いのりが雷雲から雷を叩き落す。痺れで動かぬ体に歯噛みするカーヴァへ、翔が思いっきり拳を振りかぶった。
「お前だけは、ぜってーぶん殴る!」
勢いよく繰り出された拳はカーヴァの頬を捉える。
「グアアアアアッ!」
その衝撃で、カーヴァは壁に向かって吹き飛んだ。
「シィト……!」
悔しがるカーヴァ。そいつは壁に背を預けた状態で意識を失い、元の中年男性の姿に戻って崩れ去る。
すかさず、亮平が駆け寄り、そいつの体をロープで縛り付けて行ったのだった。
●自我を失った少女へ
カーヴァは取り押さえたものの。依然として怜佳は無自覚に、覚者としての力を放出する。
「アア、アアアッ!」
滅茶苦茶に暴れる少女に、自我などない。
怜佳は何かに怯えて翼を広げ、特殊な花の香りを漂わせる。それは相手の体を弱らせる効果をもたらし、その上で、彼女は自分の周りの全てを破壊しようとメスを振り回す。
自身の力を抑えられずに狂ってしまった少女へ、覚者達はスキルをぶつけ、それ以上に言葉を投げかけて元に戻そうとする。
「次は怜佳、お前が自由になる番だ」
主に暴れる怜佳を抑えるのは飛馬だ。彼は刀を構え攻撃をすることなく防御態勢のまま大きな声を上げる。
「だから、もうそんな暴走した力を振りかざさなくていい。こっからは俺らが守ってやるんだからな」
自身の身を覆うスキルが解ければ、彼はその度に強化を施し、仲間の盾となり続ける。
「怜佳は一人じゃねーんだ。兄ちゃんも他の仲間もちゃんといる。オレ達だって怜佳の仲間だ」
研究所で、自身と同じ境遇だった子供達は皆、F.i.V.E.で保護している。翔はそれを彼女へと伝えていた。
「だから、こっちに戻ってきてくれ。お前が憎い奴は、オレ達がぶっ飛ばしてやるから!」
実際、カーヴァをぶっ飛ばして気絶させた翔だ。新たな敵が現れれば、彼は再びそいつに拳を振るうことだろう。
「ウアア、アアアアアッ!」
あまりに強すぎる力に飲み込まれ、少女は空気の弾丸を乱発し続ける。
「怜佳さん、ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね……」
彼女を止める為に少しでも、力を削がなければならない。罪のない少女を傷つけることなど本意ではないが、ラーラは炎の弾を飛ばしていく。
「ア、アウウッ!」
「今助けますから。心を落ち着けて、力に負けないでください」
思った以上に、怜佳は力を放出し続けている。それでもなお、あふれる力が彼女を飲み込んでいて。
(カーヴァが気になるんよ。でも……)
気を失った状態のカーヴァはしっかり捕らえてはいるが……、今は怜佳の対応が先。彼女を抑える仲間に癒しの力を振りまき、全力でサポートを行う。
「ユキナリは無事よ。私たちが保護しているわ」
エメレンツィアも同じだ。特に傷の深い飛馬へと癒しの滴を落とし、彼女もまた怜佳に呼びかける。
「ユキナリは、貴女の事をずっと心配しているわ。だから、こんなところで争うのは止めて、私達と一緒にユキナリのところに帰りましょう?」
「ア、ア……」
怜佳の動きが……止まる。
「いのりにも弟がいます。誰よりも大切なかけがえのない存在ですわ」
深度はそこまで深いわけではない。声は届いているといのりも確信し、怜佳に呼びかける。怜佳の兄もまた、彼女の身を案じているはずだと。
「幸成様はご無事で貴方の帰りを待っています。どうか、ご自分を取り戻してください! そして、お兄様の元へ帰ってあげてくださいませ!」
「オ……兄……」
覚者達の攻撃、そして、呼びかけが破綻者となっていたはずの怜佳の力を弱めた。それによって、彼女の理性が戻りつつある。
亮平がそこで怜佳に近寄り、メスを握った右手を掴む。
「幸也君の事を……お兄さんの事を思い出してくれ!」
その手には、先ほどのような力はない。暴れていたのが嘘のように、怜佳は亮平を見つめたままだ。
「お兄さんは無事だ。だから……一緒に帰ろう……!」
「オ……兄……ちゃん」
怜佳を包む力が完全に止まる。穏やかな表情に戻り、少女は意識を失って倒れる。凜が歩み寄って、少女の首にはめられた枷を守護使役のばくちゃんに食べさせる。
全ての憂いがなくなり、覚者達がホッとしたのも束の間のこと。
メンバー達はカーヴァの姿がなくなっていたことに気づく。メスを使ってロープを寸断し、洞穴の外へと逃げてしまったらしい。
メンバー達はすぐに周辺の捜索を行ったが、残念ながらカーヴァの姿を再び捉えることはできなかった。
●隠れ家で得られた情報は……
カーヴァはとり逃したが、覚者達は無事に少女の救出に成功した。
「ここは……?」
「よく頑張りましたわ」
目を覚ました怜佳。元の姿に戻ったいのりが、彼女を優しく抱きしめる。
「怜佳が破綻した原因って、何だったのかな……」
薬の原因もあるのだろうが、翔はその原因を探ろうと周囲を見回す。
「不意のことでしたから、データや成果の持ち出しなどできてはいないはずですね」
ラーラもこの場の捜索へと当たり始める。この場には、それほど多くの設備があるわけではないが、気になるのは、カーヴァが放置していったパソコンだ。
プロテクトもかけられていなかった為、凜がそれを操作して、色々と情報を引き出す。
「因子の……発現」
カーヴァの研究は、研究所で行っていたものと大差はない。
大きな研究テーマとしては、複数因子の発現、非覚者に対する因子の発現だ。……もっとも、ほとんどそれは実になっていなかったようだが。
また、凜は他の情報も引き出してみる。とりわけ、この場にいない副所長、静永の情報は皆、気になるところだ。
「『黒霧』……って、聞いたことあるんよ」
凜は検索を繰り返す。それは、七星剣の組織の一つ。『濃霧』霧山・貰心を頂点として、諜報、スパイ活動を行いながら、様々な悪行を行う組織だ。
しかし、貰心の死去が囁かれて久しい。公にはなっていないが、二つ名を含めてその後を継いだとされているのは、息子の霧山・譲だ。
現状、トップの死去によってバラバラになりかけた組織を、霧山・譲は再び力で縛り付けている。その補佐を行うのが、静永・高明という男らしい。
カーヴァはそれを知っていながらも、資金提供の為に黙っていたということか。
彼らは確実に叩くべき組織だが、今は……。
「さあ、一緒に帰りましょう、レイカ」
「はい……」
エメレンツィアが怜佳に声をかけた。その体には、痛々しい傷が見て取れる。身体の傷、そして、精神状態も気になる為、覚者達は取り急ぎ、彼女を搬送することにしたのだった。

■あとがき■
リプレイ、公開です。
無事、少女を救出できて何よりです。
パソコンのデータは回収され、
詳しく分析される予定です。
後は所長、副所長を捕らえるのみです……!
皆様、お疲れ様でした。
ゆっくりとお休み下さいませ。
無事、少女を救出できて何よりです。
パソコンのデータは回収され、
詳しく分析される予定です。
後は所長、副所長を捕らえるのみです……!
皆様、お疲れ様でした。
ゆっくりとお休み下さいませ。
